病院長ノート(No.18: 平成 18 年 7 月号) 杉原 國扶 プロフィール 杉原國扶 所属学会 昭和22年5月26日 日本臨床外科学会評議員 東京医科歯科大学医学部卒 日本消化器病学会関連地方評議員 医学博士(腫瘍外科専攻) 日本消化器外科学会認定医・指導医 日本消化器学会専門医・指導医 日本癌治療学会・日本乳癌学会など 大変遅くなりましたが病院長ノートNo.18を発信します。Wカップドイツ大会のテレビ観戦記をと 考えた結果中旬になってしまいました。お許しください。 この2ヶ月、社会的には暗いニュースばかり続きました。また政治経済の面ではライブドアの ホリエモン逮捕から村上ファンドへの波及、日銀総裁の村上ファンド投資問題など政権末期特有 のさまざまな問題が露呈しています。しかし通常国会は延長されることなく閉幕し、小泉首相は 卒業旅行かと思われるアメリカ行き。プレスリーの遺品に夢中でした。橋本元首相の訃報、息つ く暇も無く北朝鮮がミサイルを発射して、大騒ぎになっています。 そこで小泉首相『俺はついている。国会も終了していたし、プレスリーのところで発射されなか ったし』と言ったという噂も聞こえてきました。このようなさなかに政府自民党の税調は消費税 アップの必要性に言及しましたが、時期や税率については明示していません(参議院選挙で負け る?)。また医療制度の改革(改悪)法案も社会福祉政策全体の見直し論議が無いまま、こっそ り国会を通過しています。自民党次期総裁選挙の話が先行していますが、実は今現在政治がなさ ねばならないことがおざなりのようです。 イタリアーフランスの決勝戦でドイツWカップが終わりました。 イタリアが1-1の延長戦の末、 PK戦を制して優勝しました。今回のWカップの最大の特徴は、最後まで走りぬいたもの、組織立 った防御ができたチームが勝利したということです。決勝戦も積極的に前線から組織的なプレス をかけて、最終ラインがしっかりと守備を行うというゲームでした。イタリアの失点がわずか2 点ということがそれを示しています。それにしても延長後半のジダンの頭突き退場はなんとも残 念です。今回は前回と異なって、大番狂わせは無く、特に決勝トーナメントに入ってからは延長 戦も多くて大接戦が続きました。そして今後の世界のサッカー界を牽引していく若手としてポル トガルのC.ロナウドをあげておきたいと思います。皆さんも今後の活躍を注目してください。 WカップでのジーコJAPANの戦いは第一戦の対オーストラリアが全てでした。 FIFAのランキングが 上位ということで期待が大きかったようですが、 わが日本チームには0点で押さえきるだけの力 が無かったということに尽きます。実に悔しかったですが、がっかりはしませんでした。結果的 には1分2敗でグループ最下位、しかしブラジル戦の前半終了近くまでは今後の日本チームの戦 いの方向性に夢を持たせてくれた内容でした(実にがむしゃらにボールを追い続けていたではあ りませんか。問題は世界のチームはこれを90分間やり抜くことができるのです)。またアジア 勢は4チームとも決勝トーナメントに進むことができませんでした。 世界とアジアの差を痛感し ました。こんなWカップのさなかに中田(英)がプロサッカー選手からの引退を表明しました。 ご苦労様でした。オシムが日本のサッカーをどう変えていくのか、選手たちが今回の敗戦をどの ように受け止めて進歩していくのか、 期待をこめて4年間を見守って生きましょう。そんななか, 上川さんが3位決定戦の主審を務めました。これは日本のサッカーが世界に認められたというこ とです。こういった世界標準の審判のもとでJリーグなどの主要な試合が日常的に行われること が、わが国のサッカー界のレベルを向上させるもとになるのです。この快挙に拍手!!! 閑 話 休 題 癌の末期患者に対する緩和医療、緩和ケアに関する考察(No.4) ―――EBMに基づく治療:その意義と限界 現在各種のがん治療に診療ガイドラインが作成され、基本的にそれに基づいて治療が行われて います。胃癌学会が最初にがん治療ガイドラインを作成し、その後関連する各学会、研究会がお のおのの癌の治療に関して標準的な治療法を提示し、ガイドラインとして公表しました。われわ れ医師は基本的にこのガイドラインに則って患者さんに治療方針を提示し、 治療法を選択してい きます。胃癌学会は胃癌治療ガイドラインを作成したときの目的を、①癌の治療法について適正 な適応を示すこと、 ②癌治療における施設間格差を少なくすること、③治療の安全性と治療成 績の向上を図ること、 ④無駄な治療を廃して、人的、経済的負担を軽減すること、⑤ガイドラ インを広く一般に公開して、医療者と患者の相互理解にも役立てること、そのための作成の基本 方針は、①各治療法が癌の進展に合わせて過不足の無い治療法であること、 ②治療効果の評価 は原則としてevidence basedであること、 ③治療の基本的な評価尺度は生存期間とするが、症 状の寛解、腫瘍の縮小、QOLの改善も評価すること、 ④日常診療として有用な治療法の適応を示 すこと、としています。 このことによって、施設間の格差は縮小し、EBMに基づく治療の概念が一般化してきたことは 事実です。しかし一方で患者がある特定の専門病院に集中し(これは厚生労働省が保険診療で手 術件数によって点数に差をつけることなどで意図的に誘導した誤りの結果であり、マスコミが 大々的に病院ランキングなるものを宣伝したことなどにも責任があります)、一人ひとりの患者 さんにあった治療を行うことが物理的、時間的、人的に無理になり、すべてがあらかじめ決めら れた治療法のレールのもとで行われるという傾向が生まれました。また各治療をおのおのの専門 医が別々に行うことで、患者さんの病気とその社会生活、人格を総合的に把握して、経過観察や 検査、治療をコーディネートする医療者が存在しないという弊害を生み出しています。 再発癌、末期がんの患者さんにおいてその矛盾が最も強く現れています。治療は化学療法が主 体となりますが、治療を行ったにもかかわらず病状が進行し、新たな病変が出現した場合、患者 さんは直ちに緩和ケアへの移行を進められる傾向にあります。しかし、患者さんはまだまだ治療 を望まれている場合が圧倒的です。根治的な治療は不可能だとしても、癌細胞と共存して少しで も生存したい、症状を緩和したい、QOLを向上させたいと考えます。この場合の治療は必ずしも EBMに基づいたものとはなりえないことになります。化学療法を行うにしても以前使用した薬剤 の中で有効だった薬剤を通常量から減量して使用することでもっとも苦痛である症状が緩和さ れるケースもありますし、進行していた病巣の進展がゆっくりとなり、結果的に生存期間が延長 されることもしばしば見られます。 現在わが国では、先進的な治験的治療やEBMに準拠した治療と、緩和ケアを橋渡しする『積極 的な(根治的な治療ではありません)治療』を行う部門が確立されていません。私たちかつての 外科医は、手術と術後の経過観察、化学療法の施行、再発から看取りまでという患者さんの一生 とお付き合いをしていたわけですが、結局のところそれに近い形の医療の存在と位置づけが、 evidence basedに検討され、確立されていかねばならないと考えています。現在癌治療、癌研究 に積極的に取り組んでいる若い医師たちには、そのような目で患者さんと接してもらいたい(君 たちは病気を扱っているのではなく、人を、そして患者さんを通じて社会の縮図を見ているのだ から)と強く望む次第です。
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