独立行政法人家畜改良センター茨城牧場の 実験用

日本SPF豚研究会
独立行政法人家畜改良センター茨城牧場の実験用小型ブタについて(概要)
独立行政法人家畜改良センター茨城牧場の
実験用小型ブタについて(概要)
沖 修
(独立行政法人家畜改良センター茨城牧場 業務課実験用豚係
〒 308-0112 茨城県筑西市藤ヶ谷 2330)
All about SWINE 48, 19-24
独立行政法人家畜改良センター茨城牧場について
の育種改良および優良種豚の供給,遺伝資源の
独立行政法人家畜改良センター茨城牧場(以
保存等を行っております。その一環として,実験
下,茨城牧場)は,昭和 34 年,茨城県筑西市藤ヶ
用小型ブタの維持管理および供給を行っておりま
谷に農林省大宮種畜牧場の豚検定課としてスター
す。
トしました。その関係で,地元の方の中には未だ
に茨城牧場のことを「トンケン」と呼ばれる方も
実験用小型ブタの系統造成について
いらっしゃいます。以来,一貫してブタの育種改
茨城牧場では平成 3 年度より実験用小型ブタ業
良業務に取り組み,
「クニエル(ランドレース)
」
,
務を開始しました。まず,国内外の主要な小型ブ
「サクラ 201(デュロック)
」
「サクラ 401(大ヨー
,
タ 7 品種(クラウン系,ゲッチンゲン系,オー
クシャー)
」等の系統豚の造成を行いました。そ
ミニ系交雑種,会津系,ピットマンムーア,中国
の後,平成 2 年に家畜改良センター茨城牧場に改
系小型ブタ,メキシカンヘアレスピッグ)を収集
組し,さらにその後,平成 13 年に独法化を行い,
し,それぞれの性能調査を実施しました。この時
現在に至っております。主な業務としては,ブタ
に導入されたメキシカンヘアレスピッグ(以下,
図 茨城牧場庁舎
図 茨城牧場豚舎エリア
− 19 −
日本SPF豚研究会
All about SWINE 48, 19-24 (2016)
MHP)は,メキシコ・ユカタン半島原産です。
とを期待されております。
この MHP はメキシコから JICA 研修で日本を訪
れていたメキシコ人獣医師の情報により,その存
サクラコユキ系
在を知らされ,1 年の捜索の後に導入を行いまし
白色の被毛と小型(180 日齢で 25kg 以下)が
た。伝え聞いた話によると,MHP は現地の村で
特徴のブタです。この系統は,国内外で主要な白
食用として飼育されていたようです。その後,性
色系ミニブタ 2 品種と多産の形質を有する中国系
能調査の結果を基に,系統造成に使用する品種
ミニブタを交雑し,作出しました(系統完成時の
を決定し,平成 16 年度より 3 系統(小型白色系,
180 日齢体重:♂ 24.2kg,♀ 23.1kg)。家畜豚と
中型貧毛系,中型淡色系)
の造成を開始しました。
は異なり,小さいこと,成長が遅いことが重要と
そして,平成 22 年度の第 6 世代の選抜をもって
され,選抜にあたっては,180 日齢で 25kg を超
系統完成としました。この系統完成を機に,小型
えるブタは選抜落ちすることとしています。
白色系はサクラコユキ系,中型貧毛系はサクラメ
ヒコ・ペローン系,中型淡色系はサクラメヒコ・
リヘーロ系と,各系統を命名しました。平成 23
年度以降は維持を行いつつ,共同研究機関や医科
系大学等に配布を行っています。実際に実験に供
することにより,茨城牧場の 3 系統の特性調査を
行っております。
図 サクラコユキ系(9 ヶ月齢♀)
サクラメヒコ・ペローン系
被毛(毛根)が非常に少ないことが特徴のブタ
です。この系統は,MHP から被毛(毛根)の少
ない個体を掛け合わせることにより作出した被毛
の少ない系統です(系統完成時の被毛数:0.2cm2
図 メキシコの村で飼育されていた MHP
あたり平均 2.9 本(左右頸部および背部))。被毛
茨城牧場の 3 系統について
(毛根)
が少ないことを選抜基準としているので,
茨城牧場で平成 22 年度に完成した系統は,以
選抜にあたっては,0.2cm2 あたり平均 5.0 本以下
下の 3 系統となっております。これらの系統は,
(左右頸部および背部)を超える個体は選抜落ち
造成過程の明らかな実験用小型ブタとして,医科
とすることとしております。
系大学や研究機関,製薬会社などに使用されるこ
− 20 −
日本SPF豚研究会
独立行政法人家畜改良センター茨城牧場の実験用小型ブタについて(概要)
実験用小型ブタの飼養管理について
前項までは,茨城牧場と当場の実験用小型ブタ
についての紹介をさせていただきました。本項で
は,茨城牧場における実験用小型ブタの飼養管理
についてお話しさせて頂きます。ほとんどの部分
は家畜豚と差がないと思いますが,その中でも特
徴的だと思われる部分について簡単にご紹介した
図 サクラメヒコ・ペローン系(9 ヶ月齢♀)
いと思います。
サクラメヒコ・リヘーロ系
被毛(毛根)が少なく,皮膚色が淡いことが特
温度管理
徴のブタです(系統完成時の体色:DIC カラーガ
サクラコユキ系は温度変化に対してある程度抵
イド第 17 版 No.1,2,467,468,469,477 の範囲)
。
抗性があるのですが,サクラメヒコ・ペローン系
MHP は元々ペローンのように皮膚色が灰色のブタ
およびリヘーロ系(以下,サクラメヒコ系)は被
なのですが,茨城牧場で飼育しているうちに,皮
毛が極端に少ないため,温度変化に弱いです。特
膚色の淡い個体が出現しました。皮膚色の淡い個
に寒さに弱いので,全豚舎とも暖房を強化してお
体同士を掛け合わせることにより,その特徴を固
ります。また,細かいことではありますが,種豚
定したのが,この系統です。被毛(毛根)が少な
に関しては,日当たりの良い豚舎南側の豚房にサ
いことと日本人の皮膚色に近いことを選抜基準と
クラメヒコ系を入れるようにしております。
しているので,選抜にあたっては,0.2cm あたり
2
平均 10.0 本以下(左右頸部および背部)を超える
給餌
個体および皮膚色が目視で DIC カラーガイド第 17
実験用小型ブタは,体の大きさをある程度のサ
版 No.1,2,467,468,469,477 の 範 囲 から 外
イズまでにとどめないといけないため,育成段階
れるものは選抜落ちとすることとしております。
において制限給餌を行っております。家畜豚であ
れば,食べられるだけ食べさせて,できるだけ早
く大きくなってもらわなければならないですが,
実験用小型ブタは逆なのです。また,実験の目的
によって,必要なブタの大きさが違うため,その
部分についてもコントロールも行っております。
当場では主に 30 ∼ 40kg の豚を共同研究者等に
提供しており,要望によっては,20kg 台の豚や
50kg 近くの豚も提供しております。やはり,こ
図 サクラメヒコ・リヘーロ系(9 ヶ月齢♀)
れらの体重に収めるためにも制限給餌が必要で
− 21 −
日本SPF豚研究会
All about SWINE 48, 19-24 (2016)
す。また,給与する飼料も実験用小型ブタ専用飼
ただこうと思います。
料となっております。この飼料は,繊維分を増や
すことにより腹持ちが良くなるようにし,また,
なぜ実験動物として「ブタ」が利用されるのか ?
給餌量を制限した場合でも健康的に成長できるよ
なぜ実験動物として「ブタ」が利用されるので
うに飼料設計をしてあります。
しょうか。ちなみに,ここで言う「ブタ」の中に
一方,選抜で種豚として選ばれたものに関して
は,払い下げられた家畜の子豚なども含まれ,必
は,成豚舎に移動後,家畜豚用の成豚飼料を給与
ずしも実験用小型ブタのみではありません。実験
しております。こちらについては,繁殖のことを
動物として「ブタ」が利用される理由としては,
考え,種豚用として販売されている飼料を給餌す
以下のようなことが言われています。
ることとしております。
① 生体機能上,ヒトとの類似点が多い
実験動物としての疾病モニタリング
体重あたりの臓器重量や臓器の性質がヒトに
SPF 豚協会では,GGP/GP 農場の排除対象疾
近いので,医学分野の試験研究を始めとし,
病として,オーエスキー病,豚流行性下痢,伝染
幅広い分野で利用されています。
性胃腸炎,萎縮性鼻炎,豚マイコプラズマ肺炎,
② 繁殖能力に優れる
サルモネラ コレラスイス感染症,豚赤痢,トキ
多胎動物であり,また年 2 産が可能なこと,
ソプラズマ症を挙げ,監視対象疾病として豚繁
さらに性成熟も早いため,実験動物としての
殖・呼吸障害症候群,豚胸膜肺炎,内・外部寄生
生産能力は高い方だとされています。
虫を挙げております。茨城牧場では,前述の疾病
③ 性質が温順で扱いやすい
を含め,さらに国内で NIBS 系の実験用小型ブタ
ブタは社会性があり,馴らし易い動物である
を生産・販売を行っている日生研株式会社で行わ
ということから,このように言われておりま
れているミニブタモニタリングを参考に検査して
す。もちろん個体差はありますが,多くの接
おります。また,実験用小型ブタでは E 型肝炎
点を持つようにすれば,しっかり馴化するこ
がよく問題とされており,大学との共同研究契約
とが可能です。なお,馴化に関しては後ほど
を結ぶことにより,定期的にモニタリングを行っ
触れようと思います。
ております。
④ 動物愛護上の問題となりにくい
愛玩動物であるイヌやネコ,ヒトに近いサル
実験用小型ブタ業務でよく出る話題について
などに比べて,元来家畜として認識され,飼
前項では,茨城牧場で行われている飼養管理の
養されてきたブタは,動物愛護上の問題にな
中で,家畜豚の飼養管理と異なると思われる点に
りにくいとされています。そのため,近年イ
ついてお話させて頂きました。本項では,実験動
ヌを使用する試験が減ってきており,それに
物や実験用小型ブタの話題の中で,読者の皆様に
とって換わって,ブタを使用する試験が増え
興味を持っていただけそうな話題をお話させてい
てきています。
− 22 −
日本SPF豚研究会
独立行政法人家畜改良センター茨城牧場の実験用小型ブタについて(概要)
および実験動物の福祉の基本理念として掲げられ
ております。それぞれの R の意味は以下の通り
です。
① Reduction(使用動物の削減)
図 サクラメヒコ・ペローン系(左)とサクラコユキ系(右)
の背中の被毛比較
実験に供する動物の数を減らすことや,不必
要な実験を行わないことで実験に供する動物
の数を減らすことを意味しています。
以上のような理由があるため,医学分野や薬学分
② Refinement(実験の精度向上)
野などを代表的なものとして,様々な分野の実験
実験を厳選して行うこと,また,実験の精度
で利用されております。茨城牧場の実験用小型ブ
を高めて,必要以上の実験を行わないように
タも医学分野,薬学分野で利用されております。
することを表しています。
例えば,サクラメヒコ系は被毛数が少なく,ヒト
③ Replacement(代替法の検討)
の皮膚に性質が近いため,消毒薬やワクチンの薬
動物を使用しないで行える実験方法を検討す
効評価試験や皮膚損傷の評価試験,医療トレーニ
ることや実験の全行程で動物を使用するので
ングなどに利用されております。さらに,脳の容
はなく,必要な部分でのみ動物を使用するこ
積が他のブタに比べ大きいという性質があり,脳
とを意味しています。
の研究にも利用されています。また,サクラコユ
現在,このような理念に基づき,実験の精度向上
キ系は再生医療分野や内視鏡のトレーニング,医
などが求められております。実験の精度を高める
用モデルブタの小型化などに利用されています。
ための方法の 1 つとして,実験動物の中でもより
今後,実験用小型ブタの利用が拡大すれば,もっ
ヒトに近いとされるブタを用いることなどが挙げ
と多岐にわたる試験で利用されるかもしれませ
られております。また,1 頭の動物から複数の材
ん。
料を採材し,多くの試験に利用することにより,
使用動物の削減を図るということも試みられてお
動物実験における「3R」について
ります。
いきなり「3R」と書かれても,ピンと来ない
のではないでしょうか。皆様の中には「Reduce,
実験動物の馴化について
Reuse,Recycle」という言葉が思いつく方がいる
馴化というのは,簡単に言うと動物を馴らすこ
かもしれません。これは廃棄物や消費エネルギー
とです。畜産の分野でもブタを馴らすことはある
の削減について話をする時に使われるかと思い
と思いますが,実験動物としてのブタの馴化はひ
ます。実は動物実験における「3R」もよく似て
と味違うと思います。各機関の動物施設では,搬
います。動物実験における「3R」は「Reduction,
入をしてから実験を行うまでの間,検疫を行う
Refinement,Replacement」 と な っ て お り ま す。
と同時に馴化を行っております。これはストレス
こちらは,国際的に普及・定着している動物実験
の軽減や実験をスムーズに行うことを目的として
− 23 −
日本SPF豚研究会
All about SWINE 48, 19-24 (2016)
行っています。方法としては,ボールなどのおも
行う組織において,実験用小型ブタという毛色の
ちゃをケージに入れて,ストレスを発散させる方
異なる分野の事業を行っていますと,畜産と実験
法,温水シャワー浴およびブラッシングでキレイ
動物の考え方のギャップに気づかされます。も
に磨くことや,果物などのおやつを与えることに
ちろん,どちらの考え方が正解というわけではな
より人に馴れさせる方法などがあります。この中
く,両者の良い点をお互いに取り入れられるよう
で,おもちゃについてはストレス軽減の目的で何
になれば良いのではないかと思います。今のとこ
かしらのものを与えている方もおられるかと思う
ろ,畜産分野のこれまでに蓄積されたブタの扱い
のですが,おやつは流石にあげている方はいない
方に関する情報を活かすことが出来ないだろうか
かと思います。私もブタの購入を検討される方か
と,実験動物分野の方々が畜産分野の方々と情報
ら,「茨城牧場ではどのようなおやつをあげてい
を交換しあって,実験動物施設におけるより良い
ますか?」という質問をされることがあり,最初
ブタの扱いについて検討しているところです。逆
の頃はビックリしてしまった記憶があります。こ
の情報の流れは少し難しいかもしれませんが,今
のように様々な馴化の方法を用いて,採血場所へ
後,実験用のブタの市場が広がれば,食用とは別
自分で入るように調教したり,実験を行う際のハ
の利用方法として,情報の交流が増えるかもしれ
ンドリングを容易にしたりするそうです。
ません。そのような中で,両者の間で業務を行う
人間として,今後も両者を繋いでいけるよう業務
最後に
を行っていきたいと思います。
家畜改良センターという家畜の育種改良を主に
− 24 −