十二年国民基本教育から見る職業高校における日本語学科の現状と

 十二年国民基本教育から見る職業高校における日本語学科の現状と課題
呉承和
一、はじめに
筆者は一年間の教育実習を経て、2006 年から職業高校の日本語教師として
働いてきた。将来のスペシャリストに求められる専門性の基本・基礎に重点
を置く職業教育のため、日本語に関する聞き取りや書き取りなどの言語運用
能力を身につけさせることは大切である。また就職志向で入学するため、既
習した言語能力をさまざまな分野に活用できる即戦力の育成も重要だと考え
られる。しかし、教えれば教えるほど、予想と現実は異なると感じることが
多くなってきた。
まず大学への進学志望者が多いことである。中学生のときに勉強が苦手で、
将来の就職に役に立つ実用的な知識やスキルを学習するために職業高校を選
んだと思われる。だが、卒業した後にすぐ就職するケースが意外に少ないの
に対して、大学や技術学院などへの進学を目指す生徒は年々増加する傾向が
ある。進学の機会がだいぶ増加し、また少子化により大学に入りやすくなっ
たことも進学希望者が増えた要因のひとつだと考えられる。
もともとは日本語や日本の文化などに興味があって日本語学科に入りなが
ら、勉強すればするほど学習意欲が落ちてしまうことも少なくない。教育課
程の内容と構成が生徒のニーズに合わないことや教授法と学習活動の取り入
れがよくないなどの原因があると考えられる。なお、楊(2003:136)は少子化
により生徒の募集が困難になるにつれて、学生の資質が低下していったため
に学習効果の向上も難しくなったと指摘している。
今年の 5 月に台湾の教育部(日本の文部科学省に相当)は「十二年国民基本
教育政策が 2014 年に本格的に実施される」と公表した1。十二年国民基本教
育は長年にわたり立てられた政策であり、国民に期待されている成果とも言
える。この政策の実施は国民資質の向上、受験のストレス解消と中学校教育
の正常化に役に立つだけではなく、地域間の教育資源の平準化、高校地域化2
や生徒の適性発展にも有利である(楊
2010:1)。
しかし、
「高校義務教育化」の推進にはさまざまな困難が生じ、多くの課題
を抱えている。またその評価も賛否両論である。とはいえ、十二年国民基本
1
ヤフーニュース (2011) 「民國 103 年免試升高中上路」 2011 年 5 月 21 日発表 台湾ヤ
フーHomepage(http://tw.news.yahoo.com/article/url/d/a/110521/11/2rxpm.html) (2011 年 6 月
現在) 2
「高校地域化」とは全国の各学習地域の普通高校と職業高校に教育資源の共有・連携を促進
し、さらに地域住民への継続教育の提供など、地域と密着した学校づくりを狙う政策であ
る(劉 2008:108)。 1 教育の実施により、台湾の後期中等教育は現在大きな転換期を迎えている。
本稿では職業高校教育における「日本語学科」を取り上げ、その現状と問題
点を検討することにより、義務教育年限延長の改革に伴う職業高校における
日本語学科の動向と課題を明らかにする。
二、職業高校および日本語学科の現状と問題点
1、現状について
職業教育とは特定の職業分野に必要な知識、技能を修得させるために実
施する教育のことである。その教育目的は経済政策および経済成長に基づ
いて、さまざまな分野の人材を育成することである3。職業教育で育った
人材は 1970 年代の高度経済成長に大きく貢献した。さらに 1980 年代には
普通高校と商業学校の生徒数の割合は 3 対 7 で、職業教育の最盛期と言わ
れている。職業高校に初めて日本語学科が設置されたのは 1986 年であっ
た(徐 2009:13)。
90 年代に入って経済の発展、中級人材のニーズ、また生活水準の上昇
に伴い進学への関心も高まってきた。しかし、完成教育という性質を持つ
職業高校で進学の進路指導はなかったので、大学への進学はきわめて難し
かった。このような現状では、進学が困難な職業高校より大学へ進学しや
すい普通高校のほうを選ぶという傾向が現れた。学歴重視という価値観の
影響のため、人気を博することができない職業高校教育はさらに厳しさを
増した。また、生徒のニーズに対応できない職業高校教育に反対する意見
さえも出された4。
政府は職業高校教育の危機を解決するため、生涯教育論に基づき、技
術・職業教育体系を生涯教育体系へ移行しようとした。まずは完成教育の
性質を有する職業高校の教育目標を「接続教育」へと改正し、さらに技術・
職業教育体系の各学校段階の改善・完備を図ろうとした。それゆえ、1996
年以降、技術・職業教育体系の整備および進学機会の拡大は教育改革の中
心の一つになった。また技術・職業教育の教育課程の改正を通じ、一般教
養知識および人文科を強化した(劉 2008:5)。
学生数について、もっとも少ない時期は 2003 年で、わずか 325,999 人
であった。その後、学生の数が徐々に多くなってきて、2009 年に 354,608
人に上り、さらに 2010 年になると、362,514 人に増えた5。学生数が増え
3
教育部(2000) 『職業教育白皮書』(『職業教育白書』) 台北市:教育部 呉清基(2000) 『技職教育的轉型與發展-提升國家競爭力的作法』(『職業教育の転換と発展
-国家の競争力を高めるためのやり方』) 師大書苑 2000 年 序言 4 ページ。 5
教育部(2011) 『教育統計 100 年度』 2011 年 5 月 20 日発表 教育部
2 4
た原因について、楊(2010:5)は技術・職業教育体系の整備および進学機
会の拡大と同時に、技術・職業教育に対する社会意識もだんだんよい方向
へ変わっていくし、またその価値も高まっていると述べている。近年、ト
ップの国立高校の入学資格を放棄し、国立職業高校に入学する生徒たちの
ことがよくニュースや新聞で報道されている。ゆえに技術・職業教育の価
値が軽視されていた状況から重視され始めたと考えられる。
職業高校における日本語学科の現状について、徐(2009:9)は日本交流協会
の行った台湾における2003年と2006年の日本語教育事情調査報告書によると
学習者数と機関数が大幅に増えていることが分かると報告している。特に学習
者数は2003年度が36,597人であったのに対し、2006年度は58,198人であり、つ
まり59%の増加である。また、2006年日本語教育事情調査報告書では「中等教
育について、この10年来教育部が第二外国語教育の振興を図っており、第二外
国語科目の中で、もっとも高い人気を維持してきた」ことが指摘されている。
筆者の経験によると、確かに日本語あるいは日本という国に興味を持つ高校生
は少なくない。これは日本のアニメ、ドラマやバラエティなどの番組が放映さ
れたり、日本に関する情報がたくさん入ってきたりするなどの原因が考えられ
る。 2、問題点
台湾の「職業教育法」(2010年6月9日改正)の第1条は次のように述べている。 職業学校は職業に応じる技能の学習、職業道徳の養成および健全な基層の人
材を育成することを教育目標とする6。 しかし、近年では職業学科を卒業した生徒の大学進学率がかなり上昇してい
る。1998年には進学率は24.74%であったが、その後徐々に高くなり、2009年に
は76.91%に上り、2010年には79.64に達している7。これに対して、就職率は下
がる一方である。正式な進学ルートの拡大に加えて、少子化により大学に入り
やすくなったことが職業学校での進学ブームを引き起こした要因だと考えら
れる。知識経済化時代では、よりよい専門的な技術や知識を身につけるために
大学への進学を目指すことは確かに必要である。だが、8割の生徒が進学志向
という現状から考えれば「各種の技能や資格を持つ、健全な基層の人材を育成
6
7
Homepage(http://www.edu.tw/statistics/publication.aspx?publication_sn=1734) (2011 年 6 月
現在) 法務部(2010) 『職業學校法』 2010 年 6 月 9 日改正 全國法規資料庫
Homepage(http://law.moj.gov.tw/LawClass/LawContent.aspx?PCODE=H0040006) (2011 年 6 月
現在) 教育部(2010) 『教育統計指標』
2010 年 6 月発表 教育部統計處
Homepage(www.edu.tw/files/publication/B0013/99indicators.xls)
3 (2011 年 6 月現在) する」といった教育目標を立てる必要性はなくなったのではないだろうか。つ
まり、職業学校は、単に大学進学へのつながり、言わば準備段階になってしま
ったと考えてもよいのである。
職業学校における日本語学科も同じ問題に直面している。「98年外語群職校
課程綱要」(日本の高等学校学習指導要領)における外国語学科の主な教育目標
は次のとおりである。 外国語を活用する仕事を担うことができ、健全な外国語関連業界の基層人材
の育成であること8。 また、各職業高校における日本語学科の「教育目標」はおおむね以下のよう
なものになっている。 1、読む、書く、話す、聞くの四つの言語技能を養成すること。
2、日本語の言語運用能力および実務能力の育成。
3、日本語の学習を通じ、お互いの言語や文化に対する理解を深めること。
以上のことから、「よい言語運用能力を持ち、また既習した日本語を各分野
の仕事に生かすことができる人材の育成」は主な目的であると言える。
日本語能力試験などのような資格試験を受け、各種の資格取得、また一定レ
ベル以上の日本語能力を身につけることは日本語学科の生徒たちにとっても
っとも重要なことの一つになっている。しかし、前述したように、少子化問題
の影響で生徒の募集が困難になるとともに学生の資質も低下したため、学習効
果の向上も難しくなった。教師は一生懸命合格させられるよう努力してもよい
成果が出るとは限らず、仮に合格してもそのレベルに合う言語運用能力がある
わけではない。 成績のよい生徒はもちろん、成績のよくない生徒でさえ大学への進学を目指
している。しかし、筆者の経験上、卒業して大学の日本語学科に入り勉強する
生徒数は半分にも満たない。大学における日本語学科が受け入れる学生数はそ
れほど多くないこと、また勉強すればするほど学習意欲がだんだん減っている
ことも原因のひとつだと考えられる。なお、卒業寸前にもかかわらず、自分の
進路、またどんな分野に興味、関心があるのか、まったくわからない生徒も大
勢いる。ゆえに、大学で観光、国際貿易や法律などのような日本語学科と異な
る分野で勉強することも珍しくない。だが、専攻を変えて勉強してみると、「や
はり日本語の勉強のほうが簡単でおもしろい」と後悔する生徒も少なくない。 8
高職外語群科中心(2009) 『98 年外語群職校課程綱要』 2009 年 7 月発表 高職外語群科中
心教學資料庫 Homepage(http://210.59.19.199/mediafile/4170016/fdownload/542/282/2009‐7‐23‐14‐8‐57‐282‐n
f1.doc) (2011 年 6 月現在) 4 要するに職業学校に入るのは専門的な知識や技術を身につけるためではな
く、自分の適性、興味や関心などを探し出すということが目的になってしまう
のである。むろん、生徒自身に就学、就業などの特定目的に対する適性を見つ
けさせることは学校教育の目的のひとつである。だが、そうなれば職業高校の
存在意義や特色がなくなるのではないだろうか。今後どう対応すればいいのか、
これは職業高校において解決しなければならない課題だと言えるだろう。 三、十二年国民基本教育の実施について
1、「十二年国民基本教育政策」の概要
今 年 の 1月 1日 に 馬 英 九 総 統 が 発 表 し た 年 頭 所 感 の 文 書 よ り 、2011年
か ら 義 務 教 育 を 12年 間 に 延 長 す る こ と が 明 ら か に な っ た 。 「十 二 年 基
本 国 民 教 育 」は 単 に 義 務 教 育 年 限 を 9年 か ら 12年 に 延 長 す る こ と で は
な い 。「義 務 教 育 」に は 「教 育 機 会 均 等・水 準 確 保・無 償 制 」と い う 根 幹
的 な 概 念 が 含 ま れ て い る の に 対 し 、 「国 民 基 本 教 育 」に は 「入 試 制 度 の
廃 止 、学 費 免 除 、非 強 制 入 学 」と い う 基 本 的 な 概 念 が あ る 。つ ま り 、「義
務 教 育 」は 強 制 的 な 性 質 を 持 っ て い る の に 反 し 、 「国 民 基 本 教 育 」は オ
プション政策であり、単に国民の後期中等教育を受ける権利の保障、
後 期 中 等 教 育 の 普 及 を 目 指 し て い る の で あ る 。 し た が っ て 、 「十 二 年
国 民 基 本 教 育 」は 国 民 の 教 育 水 準 を 高 め る た め の 「国 民 素 質 教 育 」と 考
えればよい。
呉 (2011: 6)は 十 二 年 国 民 基 本 教 育 の 実 施 は わ が 国 の 人 材 育 成 に 以
下の利点をもたらすと指摘している。
(1 )就 学 前 教 育 の 全 額 無 料 化 。
(2 )中 学 校 教 育 の 正 常 化 お よ び 生 徒 の 適 性 に 応 じ 発 展 さ せ る こ と 。
(3 )普 通 高 校 と 職 業 学 校 の 教 育 資 源 の 共 有 と 連 携 に よ る 後 期 中 等
教 育 全 体 の 品 質 を 向 上 さ せ る 。さ ら に 学 校 類 型 を 多 様 化 に す る
ことを通じ、中学生の多様なニーズに応じさせること。
(4 )生 徒 の 適 性 学 習 に よ り 高 等 教 育 段 階 で 必 要 な 予 備 知 識 お よ び
積極的な学習態度を身につけさせることは高等教育のよい発
展の基礎になる。
(5 )知 識 経 済 社 会 に お い て よ り 創 造 的 、良 質 な 人 材 の 育 成 に 役 に 立
つこと。
今 も っ と も 注 目 さ れ て い る の は 基 本 学 区 に よ る「 区 域 内 就 学 」と「 入
学 方 式 」 で あ る 。「 区 域 内 就 学 」 と は 最 寄 り の 学 区 内 で の 入 学 の こ と
で あ る 。も っ と も 大 事 な 学 習 地 域 、つ ま り 基 本 学 区 の 設 定 に つ い て 今
で も ま だ 論 議 中 で あ る 。 入 学 方 式 に つ い て は 7割 の 生 徒 は 入 試 免 除 で
5 自分の適性やニーズによって普通高校や職業学校を選び、入学する。
残 り の 3割 は 各 地 域 の 「 連 合 募 集 試 験 」 を 受 験 し 、 合 格 す れ ば 「 特 色
あ る 学 校 」に 入 学 す る こ と が で き る 。だ が 、ど の よ う な 高 校 が「 特 色
あ る 学 校 」と 言 え る の か 、従 来 の 国 立 名 門 校 な の か 、あ る い は 体 育 や
音 楽 教 育 な ど の さ ま ざ ま な 分 野 に 力 を 入 れ る 学 校 な の か 、ま だ 賛 否 両
論 で 話 題 と な っ て い る 。 以 上 の こ と か ら 、「 区 域 内 就 学 」、「 生 徒 の 適
性 進 学 選 択 」、 ま た 「 多 様 な の ニ ー ズ に 応 じ え る こ と 」 と い う 三 つ の
ものは適性学習地域と入学方式を決める要素であることがわかる。
2 、 「十二年国民基本教育政策」実施の問題点
少 子 化 時 代 の 到 来 や 国 民 資 質 の 向 上 な ど の 立 場 か ら 立 ち 見 れ ば 、十
二 年 国 民 基 本 教 育 の 実 施 は 確 か に そ の 必 要 性 が あ る 。し か し 、こ の 政
策 に お け る も っ と も 大 事 な 理 念 で あ る「 入 試 免 除 に よ る「 学 習 地 域 の
設 定 」と「 区 域 内 就 学 の 制 限 」」ま た 、
「ニーズや適性により学校の選
択すること」において、まださまざまな課題が残されている。
(1 ) ど の よ う に 「 学 習 地 域 の 設 定 」 を す れ ば い い か 、 ま た 「 区 域 内
就学の制限」は可能なのか。
地域間格差が激しく、また学校の分布が不均衡であるため、
学 習 地 域 の 設 定 が 困 難 で あ る 。そ の た め 、区 域 内 就 学 の 制 限 で 、
生徒は学習地域にある学校から自分の適性やニーズにふさわ
しい高校や職業学校を選び出すことができるか、まだ深く考慮
必要がある。
(2 ) 入 試 全 廃 に お い て ど の よ う に 入 学 者 選 抜 を 行 え ば い い か 。
台 湾 で は 公 立 学 校 優 位 の た め 、公 立 学 校 志 望 者 が か な り 多 い 。
特に質の高い学校が集中している地域は入学志望者が各学校の
募集定員を超える可能性が高いと考えられる。これに対して中
学 3年 間 の 成 績 を 入 学 合 否 の 判 定 基 準 に す る 、ま た は 抽 選 で 入 学
者 を 決 め る と い う 選 考 方 法 の 声 も 出 て い る 。ま た 、先 日「 中 学 3
年間の成績を入学合否の判定基準にするかわりに、
「全国規模の
中学学力検定試験を行う予定だ。その結果を入学合否の判定基
準 の ひ と つ に す る 。」と 教 育 部 は 公 表 し た 。し か し 、こ れ ら の よ
うな選抜方法は十二年国民教育政策の教育理念に合うか、また
保護者と生徒が納得できるか、まだ討論・論議の必要があると
考えられる。
(3 ) 3割 の「 特 色 あ る 学 校 」と い う 生 徒 募 集 方 法 は よ り 激 し い 進 学 競
争が起こる恐れがある。
6 台湾の教育部の発表により、
「 特 色 あ る 学 校 」に は 従 来 の 国 立
名門校のほか、体育や音楽教育などのさまざまな分野に力を入
れる学校も含まれている。事実、全国規模の高校入試および大
学入試試験により形成されてきた学校の序列関係はすでに人々
の意識に定着している。むろん、このような意識を変えること
は容易ではない。このような政策に対して、教師の関連団体と
PTA全 国 協 議 会 か ら は す で に 「 こ の よ う な や り 方 は 過 去 よ り 猛
烈な受験競争が起こる懸念があるので、反対だ」という意見が
出た。
要 す る に 、も っ と も 大 き な 問 題 点 は 市 民 や 保 護 者 が 期 待 し て い る 十
二年国民基本教育は政府が作り出した教育政策の内容と異なること
で あ る 。一 般 の 市 民 や 保 護 者 が 求 め て い る の は 高 校 受 験 制 度 の 廃 止 だ
け で は な く 、生 徒 た ち が 自 由 に 自 分 の 適 性 や 興 味 に ふ さ わ し い 学 校 を
選択することができる教育環境である。
「台 北 市 教 師 会 9」が 台 北 市 の 教 師 を 対 象 と し 行 っ た ア ン ケ ー ト 調 査
10
に よ る と 、 68% の 教 師 は 高 校 入 試 免 除 に 反 対 で あ る こ と が 明 ら か に
な っ た 。ま た 、十 二 年 国 民 基 本 教 育 の 影 響 で 、学 力 が 低 下 す る 可 能 性
が 高 い と 答 え た 教 師 も 74% を 占 め て い る 。 「ス ト レ ス が な い こ と が 教
育 の 目 的 お よ び 理 念 で は な い 。生 徒 に 自 分 の 適 性 を 見 つ け さ せ る こ と
と 、補 充 教 育 を き ち ん と 行 う こ と は 十 二 年 国 民 基 本 教 育 成 否 の 鍵 で あ
る 」と 現 場 教 師 は 指 摘 し て い る 。
こ れ ら の 問 題 を ど う 解 決 す れ ば い い の か 、今 後 の 課 題 と な っ て い る 。
四 、十 二 年 国 民 基 本 教 育 の 実 施 か ら 見 る 日 本 語 学 科 に お け る 今 後 の 課
題
先 述 し た よ う に 、職 業 高 校 で 日 本 語 を 専 攻 と す る 生 徒 数 は ず っ と 増
加 し て い る 。 ま た 「私 立 の 高 校 生 の 授 業 料 援 助 と 公 私 立 高 校 間 の 授 業
料 格 差 の 縮 小 」と い う 政 策 が す で に 実 施 さ れ て お り 、学 習 者 数 が 今 後
も 増 え て い く 見 込 み で あ る 。し か し 、十 二 年 国 民 基 本 教 育 の 実 施 に 直
面 す る に あ た り 、考 え て お か な け れ ば な ら な い 課 題 が 以 下 の と お り で
ある。
1 、職 業 高 校 の 役 割 が す で に 大学進学への「通過点」に変 化 し つ つ あ る 。
9
10
日本の 「教職員組合」、または「教職員連盟」に相当する。 中央社ニュース (2011) 「免試無壓力 北市教師會不認同」 2011 年 6 月 23 日発表 台湾
MSN Homepage(http://news.msn.com.tw/news2222052.aspx) (2011 年 6 月現在) 7 年々高くなっていく大学や技術学院などへの進学率から見れ
ば 、 過 去 に 職 業 学 校 が 持 っ て い た 「完 成 教 育 」 と い う 性 質 は す で
に「進学準備教育」に変わってしまったことがわかる。つまり、
後期中等教育における職業教育はただ高等職業教育段階への準
備 段 階 に な っ た の で あ る 。な お 、十 二 年 国 民 教 育 政 策 の 実 施 に よ
り 、こ の よ う な 現 状 は さ ら に 進 展 す る の で は な い だ ろ う か 。ま た 、
こ の 状 況 が こ れ 以 上 進 ん で い く と 、後 期 中 等 教 育 に お け る 普 通 教
育と職業教育の区別がつかなくなると言っても過言ではない。
2 、生 徒 の 人 生 設 計 能 力 の 育 成 、つ ま り キ ャ リ ア 教 育 に 力 を 入 れ る べ
き。
確 か に 日 本 語 や 日 本 と い う 国 に 興 味 が あ り 、日 本 語 学 科 に 入 学
する生徒は多い。だが、勉強すればするほど、学習意欲が落ち、
「 日 本 語 が 難 し い 。 も う い や だ 。」 ま た は 「 将 来 、 観 光 学 科 な ど
の 違 う 分 野 で 勉 強 し よ う 。」 と い う 文 句 を よ く 耳 に す る 。 こ の よ
う な こ と に な っ て し ま う の は 日 本 語 が 難 し く 、学 び に く い 言 葉 だ
か ら で は な く 、生 徒 た ち が 自 分 の 適 性 、つ ま り ど ん な こ と に 興 味
を持っているのかわからないからである。
言 語 学 習 は 長 い 時 間 を か け 、工 夫 し な け れ ば 成 果 が 出 な い も の
で あ る 。日 本 語 学 科 を 有 す る 職 業 高 校 は す べ て 私 立 校 で あ る 。少
子 化 の 問 題 が 深 刻 に な り 、生徒の募集が難しくなるとともに学生の資
質も低下していく傾向がある。もともと勉強が好きではなく、学習の達
成感があまりない学生であるため、日本語の学習で挫折感を感じると、
すぐ放棄してしまってもおかしくないのが現状である。
日本語学科を選んだ動機がそれほど強いわけではなく、自分がどんな分
野の勉強に向いているか、あるいは今すべきことは何なのか、何もわから
ないままで入学したので、学習動機が低く、学習効果が上がらないのは当
然である。そして、どんなことを勉強すればいいのかもわからないまま大
学や技術学院に進学してしまう。ゆえに、自分の個性を理解し、主体的に
進路を選択する能力・態度を育てるとともに、望ましい職業観・勤労観お
よび職業に関する知識や技能を身につけさせる教育11、すなわち、キャリ
11
文部科学省(2006) 『進路指導・キャリア教育について』 2006 年 11 月発表 文部科学省
Homepage(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/career/06122006/001.htm)
在) 8 (2011 年 6 月現
ア教育の重要性は言わずもがなのことである。明確な目的意識を持たせて、
「今できることとすべきこと」の意義を理解させ、積極的に「学校生活の
向上」に取り組む姿勢を育てるように指導ができれば、学習意欲と学習効
果の向上が可能になるのではないだろうか。
3、就業体験教育の必要性。
日本語学科の生徒は「英語」や「国語」などのような教養科目のほか、
「翻訳」、
「読解」や「聴解」などのような日本語に関する専門的な科目を
履修しなければならない。だが、日本語能力試験などのような資格試験の
準備、授業時間数の制限、授業進度の維持などの影響で生徒を言語学習の
面白さや楽しさを感じさせることはやはり困難である。また、学校内の授
業だけでは外国語の勉強の重要性を感じさせることも無理である。人生経
験がまだ少なく、勉強した日本語を使う機会もあまりない生徒にとって、
日本語を勉強する重要さと外国語でコミュニケーションができるように
なる楽しさがわかるはずもない。
そのため、生徒たちに就業体験の機会を与えれば、実際に日本語を使う
チャンスがあり、自分の勉強不足に気づき、勉強意欲がより湧いてくる効
果があると考えられる。なお、就業体験を通じて得た経験は自分の個性や
適性の理解だけではなく、将来の進路選択にも役に立つのではないだろう
か。確かにこのような体験制度の導入は生徒の心身状況、学習、権利や福
利保障などに関わる問題も生じるし、学校の教職員により負担がかかるこ
とになってしまう恐れがある。しかし、たとえ教師が何度も社会の現実性
や勉強の重要性などを言っても、実感のない生徒にとって、それはだだの
決まり文句に過ぎない。ゆえに、就業体験教育のような現実を体験できる
制度の導入は必要があると考えられる。
4、教育課程編成への検討。
教育部が公示した教育課程の基準である「98 年外語群職校課程綱要」
によると、日本語学科の生徒が履修しなければならない科目は主に「一般
科目」と「学科専門科目」に分けられている。「一般科目」には国語、英
語と数学のほかに歴史、地理と公民12、または基礎物理と基礎化学のよう
な理科も含まれている。「学科専門科目」には日本語聴解練習と読解・翻
訳といった二つの科目がある。「一般科目」は全履修単位数のほぼ 40%を
占めている。むろん、生徒にとって自分の専門に関する知識や技術が大切
であるが、国語や英語のような教養科目の知識も必要である。また、「外
語群職校課程綱要」における総則からみると、教育目標は「有能で、専門技
12
日本の高校の「現代社会」という科目に相当する。 9 術を持つ人材の育成」から「人文、芸術の素養、および常識がある有能な人
材を育成すること」へと強化したと言える。
このような目標を達成するため、「聴解練習」や「読解」などのような必修
科目のほかに学校側は多種多様な選択科目を提供することもよい方法の
ひとつである。たとえば、「日本の歴史」、「日本の地理」、「日本文化」や「民
話・物語」などのような人文的なものでもいいし、「接客サービスの日本語」、
「旅行の日本語会話」や「ビジネス日本語」などのような実用的な科目でも
いいと考えられる。つまり、学生の習熟度や志望動機の多様性に対応でき
るよう、幅広い選択科目を提供すればいいのである。
5、教師が直面する新しいチャレンジ。
授業の流れをよく把握し、また教科の内容をわかりやすく生徒に教える
ことは教師の仕事である。たとえ教育課程の編成を完璧にしようと努力し
ても、教師がきちんと学習内容を伝えられなければ、学習成果は上がらな
い。そのため、教師が担う役割は重要である。だが、将来「十二年国民基
本教育政策」が始まると、就職準備の機能を担うのと同時に、進学準備の
機能も求められるようになる可能性を予見することができる。つまり、ど
のように授業を進めれば学習効果を上げられるのか、生徒の多様なニーズ
にどう対応すればいいのか、教師が常に考えなければならないことが課題
になっている。
もともとさまざまな専門職業人の育成を目的とする職業高校はすでに大学
や技術学院などのような高 等 職 業 教 育 機 関 へ の 準 備 段 階 と し て の 学 校
に な っ て い る 。十 二 年 国 民 基 本 教 育 の 実 施 に よ り 、こ の よ う な 現 状 は
よ り 定 着 し て い く と 考 え ら れ る 。学 校 側 お よ び 現 場 の 教 師 は ど う 対 応
すればいいのか、今後の課題だといえるだろう。
10 参考文献
和文文献
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楊 淑 真 (2003)「台湾省職業高校応用日文科における日本語教育研究―屏榮商
工を例として」」国立高雄第一科技大学応用日語学科修士論文
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劉 語 霏 (2008)「 台 湾 の 後 期 中 等 教 育 段 階 に お け る 就 業 体 験 教 育 ― 学 校
体 系 内 外 で の 取 り 組 み - 」『 東 北 大 学 大 学 院 教 育 学 研 究 科 研 究 年 報
第 56集 ・ 第 2号 』 15-28
劉 語 霏 (2008)「 台 湾 の 義 務 教 育 制 度 改 革 に 伴 う 後 期 中 等 教 育 の 再 編 -
普 通 高 校 ・ 職 業 高 校 の 地 域 化 政 策 に 着 目 し て - 」『 東 北 大 学 大 学 院
教 育 学 研 究 科 研 究 年 報 第 57集 ・ 第 1号 』 103-115
中国語文献
呉 清 基 (2011)「 推 展 十 二 年 國 民 教 育 邁 向 教 育 新 紀 元 」『 教 育 研 究 月 刊 』
205期 5月 號 5-13
楊 朝 祥 (2010) 「 預應十二年國教,後期中等教育何去何從」『 各國中等教育 』
46期 1-26
作者簡介
吳承和。東吳大學日本語文學系研究所碩士畢。國立師範大學課程與教學研
究所博士班。現任文化大學日本語文學系、文化大學推廣部、市立中山女中、
市立西松高中、私立育達商職、及萬華社區大學日語講師。教授日語會話等
相關課程。
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