『戦略的地方債市場改革提言――地方債インフラバンク構想』 評価書

『戦略的地方債市場改革提言――地方債インフラバンク構想』
評価書
土居 丈朗
慶應義塾大学経済学部准教授
今、我が国における地方債制度は変革の時を迎えている。2006 年度から従来の
地方債許可制度から地方債協議制度に移行し、地方債制度を自由化する方向に進
んだ。その一方で、2006 年度に北海道夕張市が、地方財政再建促進特別措置法に
基づき財政再建団体となった。しかし、この地方財政再建促進特別措置法は、1955
年に制定されたもので、夕張市の財政悪化を早期に是正することに寄与しなかっ
た。そのこともあり、一連の議論を受けて、2007 年6月には、地方財政健全化法
が成立した。
この研究を評価するに際し、まずこの地方財政健全化法の内容を概観しておこ
う。地方財政健全化法では、自治体の財政の健全性を4つの指標で判定し、それ
らの報告を全自治体に義務付け、悪化の度合いに応じて、財政健全化団体や財政
再生団体に認定し、財政健全化を促す制度を設けることとした。これら4つの健
全化判断比率は、2008 年度決算から報告が義務付けられる。
そして、財政の早期是正措置として、これらの健全化判断比率のうちのいずれ
かが早期健全化基準以上の場合には、財政健全化団体として、財政健全化計画を
定めなければならない。財政健全化計画の実施状況を踏まえ、財政の早期健全化
が著しく困難であると認められるときは、総務大臣又は都道府県知事は、必要な
勧告をすることができることとする。
さらに、これらの指標のいずれかが財政再生基準以上の場合には、財政再生団
体として、財政再生計画を定めなければならない。財政再生計画は、議会の議決
を経て定め、総務大臣に協議して同意を求めることができる。そして、財政再生
計画に総務大臣の同意を得ている場合でなければ、災害復旧事業等を除き、地方
債の起債ができない。他方、財政再生計画に同意を得た財政再生団体は、収支不
足額を振り替えるため、総務大臣の許可を受けて、償還年限が財政再生計画の計
画期間内である地方債(再生振替特例債)を起こすことができることとする。こ
れは事実上の赤字地方債の容認である。
さらに、政策金融改革の一環として、地方債の引き受けの一翼を担ってきた公
営企業金融公庫は、2008 年度に廃止され、個々の地方自治体による資金調達を補
完するため、地方自治体が共同して、地方公営企業等金融機構を設立することと
なった。
地方公営企業等金融機構の業務の範囲は、政策金融改革での「官から民へ」の
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趣旨を反映して、公営公庫の範囲よりも絞り込み重点化する。事業規模も、地方
自治体による民間からの資金調達を拡大していく方向を堅持しつつ、財政融資資
金と並行して段階的に一定の縮減を図ることとなっている。新機構への出資金は、
地方自治体が全額出資を行い、既往の政府出資は国へ返還する予定である。そし
て、新機構の新勘定には新たな政府保証は付与しないこととなっている。
新機構が自治体(の公営企業)に貸し出す際には、全体としての収支相償の原
則の下、新機構の経営判断に基づいて、市場からの資金調達コストを踏まえ適切
な貸付金利とする予定である。
このような地方債制度にまつわる変革を踏まえつつ、この研究の評価を試みよ
う。まず、第一次提言(2006 年 5 月)として、地方債インフラバンク構想を公表
した。これは、自治体が共同で出資する新しい組織が、自身の高い信用力を基に
して、政府保証なしで「統合地方債」を発行するスキームを提起した。提言によ
ると、インフラバンクが独自に低利で調達した資金を、この組織を通じて、自治
体に融資する仕組みを構築するという。また、その信用力を支える仕組みは、信
用力明示スキーム・信用力補強スキーム、デフォルト確率相殺積立金(現金担保)
、
重層構造の出資構成、質の高いマネジメントとオペレーションの組合せによって
達成される、としている。
この提言は、地方公営企業等金融機構の洗練化に役立つ極めて重要な提言であ
るといえる。新機構の具体的な業務の確定はこれからだが、この提言を踏まえて
業務の確定が行われることが望まれる。
さらに、第二次提言(2007 年 2 月)として、地方自治体財務マネジメント改革
の方策の枠組みを提示した。これによると、自治体が短期の資金繰りを指定金融
機関に頼っている現状では、指定金融機関によってタイムリーペイメントリスク
に差が出る可能性があることから、短期資金融通のバックアップの仕組みとして、
コマーシャルペーパーや短期地方債の発行制度の整備を同時に提案している。
夕張市のような事例に鑑みれば、指定金融機関中心である現状の自治体の短期
資金融通の現代化は、その重要性を示してあまりある。場当たり的な弥縫策や過
度な国による救済に頼ることなく、市場へのアクセスを通じて短期資金融通の問
題を解消しようとするアイディアは、斬新であるとともに、今後の我が国の地方
分権改革の方向と合致するものである。
2度にわたる提言に代表される、この研究の内容は、第一次提言の中長期の地
方債、第二次提言の短期資金融通と、自治体の財源調達について短期から長期ま
でバランスよく考察されている。それとともに、我が国の地方債制度に不足して
いる市場志向の仕組みをいかに埋め込むかについて十分に配慮された内容とな
っている。この研究の内容は、我が国の地方債制度を洗練化することに大いに役
立つことだろう。
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『戦略的地方債市場改革提言――地方債インフラバンク構想』
評価書
江夏あかね
日興シティグループ証券 コーポレート・ボンド・リサーチ
シニア・クレジット・アナリスト、バイス・プレジデント
1. 本研究について
本研究は、日本の公的セクターの明日を描く上で、重要なインプリケーション
を示唆したと言えよう。現在、地方公共団体を取り巻く状況は、
(1)地方分権や
財政投融資改革の流れの中、地方公共団体が資金調達を含めて財政運営の責任が
高まる傾向にあること、
(2)政策金融改革の流れの中で、地方公共団体にとって
重要な資金の出し手である公営企業金融公庫が 2008 年 10 月に廃止され、
「地方
公営企業等金融機構」として発足する予定となっていること、などが挙げられる。
そのような中で、本研究が、現在の地方債市場の問題点および新たな地方公共団
体の資金調達のあり方を様々なアプローチにより示したことは、大変意義がある
と考えられる。
本稿は、地方債市場に実務の面から携わるクレジット・アナリストとしての立
場から、本研究の注目点と、今後さらに議論を深めることが望まれると考えてい
る点をまとめている。
2. 本研究の注目点
近年の日本の地方債市場においては、全国型市場公募地方債発行団体が 2003
年度から共同発行市場公募地方債の発行が行われている。本研究においては、現
行の共同発行スキームの問題点として、
(1)「共同発行債は、スキームに参加し
た発行体の「連帯債務」であるという点」、(2)「現行の共同発行スキームでは、
新たな自治体の参加が難しい可能性」があり、「すべての自治体に恩恵が及ぶス
キームでもない点」を挙げている。
現在、ドイツやフランスの地方債市場にも共同発行地方債が存在する。具体的
には、ドイツの複数の州が発行している Länder Jumbo、フランスの複数の都市共
同体が発行している Communautés Urbaine de France である。これらは、連帯債
務方式ではない共同発行地方債(各発行体が債券全体に対して償還義務を負わず、
各発行体持ち分に応じて償還義務を負う方式)である。日本の共同発行市場公募
地方債が連帯債務方式を採用し、これらの国の共同発行地方債が採用しなかった
背景の考察があると、さらに興味深い内容になった可能性があるとみている。
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さらに、地方公共団体の共同調達という観点からは、カバード・ボンド(ドイ
ツの公共ファンドブリーフ(Öffentliche Pfandbriefe)
、フランスのオブリガシ
オン・フォンシエール(Obligation Foncière)など)があり、これらの商品と
の比較があれば、アプローチに重層感が増した可能性がある。
加えて、現行の共同発行市場公募地方債の強みとしては、
(1)連帯債務方式で
あり、基本的には「ストロング・リンク」の概念を適用することが可能であるこ
とから、いわゆる個別銘柄としてのヘッドライン・リスクに晒されにくいこと、
(2)毎月定例発行されている上に、毎回の発行額も 1,000 億円程度となってい
ることから、投資家の立場から運用計画を策定する際の利便性が高いこと、など
があるとみている。現在の仕組みの強みを生かした上での新たな提言というのも、
可能性としてはゼロではないと考えている。
とはいえ、新スキームである地公体統合財務機構(地方債インフラバンク)の
制度設計において、地方債を含めた公的セクターの債券市場で散見されるスキー
ムを超えて、広い視野から提言が行われているのは、高く評価される。本研究で
示されたのは、(1)証券化などのストラクチャー商品でおいてみられるような、
自己資本および準備金の概念(万一の場合資金流出のリスクから守られた Equity
Pool・流動性準備)や証券償還順位の優先・劣後構造の仕組みを取り入れた重層
構造の出資構成、
(2)社債などでみられるような Keepwell(財務健全性維持)契
約や格付維持契約、などである。このような提言が導かれたのは、本研究のメン
バーの専門分野が十分に分散されていた効果だと確信している。特に、現在の地
方債の発行要項が社債などの債券内容説明書と比較すると、シンプルな内容にな
っていることなどを踏まえると、この発想は大変意義がある。さらに、これらの
スキームは海外においても十分馴染みのある内容であることを勘案すると、資金
調達源を海外に求めることも可能となるとみている。
一方、統合財務機構のマネジメントのあり方については、大変重要なポイント
と考えられる。本研究における米国の地方公共団体における財政の管理手法に関
する検証に関しては、貴重な具体的な情報が示されたという点で、意義があると
みている。
2007 年 2 月に閣議決定された「地方公営企業等金融機構法案」においては、地
方公営企業等金融機構における、代表者会議、経営審議委員会、外部監査制度の
導入、ディスクロージャーの徹底などのガバナンスの仕組みが示された。公営企
業金融公庫は現在、貸付期間が平均 25 年程度に対し、資金調達は 10 年の公営企
業金融公庫債券が中心であるため、金利変動リスクを抱えている。そのため、ガ
バナンスの実効性は、地方公営企業等金融機構のクレジットの行方を占うカギに
なると考えられる。
本研究においても、マネジメントのあり方についての言及があるが、今後さら
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に深化した議論がなされることが望まれる。さらに、究極の地方分権型の地方自
治制度を採用している米国のケースのみならず、地方分権の度合いが異なる国に
おける地方公共団体向けの融資機関との比較も今後の研究の焦点の 1 つであると
考えられる。例えば、ノルディック各国の地方公共団体向けの融資機関(デンマ
ーク地方金融公社(KommuneKredit)
、スウェーデン地方金融公社(Kommuninvest
I Sverige AB)、ノルウェー地方金融公社(Kommunalbanken AS)、フィンランド
地方金融公社(Municipality Finance plc)など)は、限られた人的リソースで
良好なマネジメントを維持している。一方、ノースカロライナ州の自治体委員会
のケースについては、英国で 2004 年 4 月から導入されている「自主規律制度」
(Prudent System)という新たな地方債制度との比較も含めた日本の制度への応
用の可能性の検証が行われることが望まれる。
3. 本研究の評価 - 結論
前述のとおり、本研究がこのタイミングで行われたことは、大変意義のあるこ
とである。地方公共団体にとって最適な資金調達の方法は、日本の公的セクター
において当面焦点となることであろう。2008 年 10 月に予定されている「地方公
営企業等金融機構」の発足に合わせて、本研究における提言の検証と「地方公営
企業等金融機構」への応用の可能性に関するさらなる研究が望まれる。
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