日本バーチャルリアリティ学会第 11 回大会論文集(2006 年 9 月) 経皮電気刺激及び機械刺激を併せた触覚提示の提案 Proposal for Revision of Electro-Tactile Display 黒木忍,梶本裕之,川上直樹,舘暲 Shinobu KUROKI, Hiroyuki KAJIMOTO, Naoki KAWAKAMI and Susumu TACHI 東京大学 大学院情報理工学系研究科 (〒113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1, Shinobu_Kuroki,@ipc.i.u-tokyo.ac.jp, {kaji, kawakami, tachi}@star.t.u-tokyo.ac.jp) Abstract: We propose a combination of electrical stimulation and mechanical stimulation as a foundational method to realize temporal and spatial high-resolution tactile display. In this paper, we confirmed interaction between electrical and mechanical stimulation. The interaction (1)lowers tactile threshold and (2)reduces so-called “electrical” sensation. The results may solve some practical problems of electrocutaneous display. Key Words: tactile display, electrocutaneous display, vibrotactile, electrical stimulation 1. はじめに を探して搭載する必要性は無いことになるだろう。皮膚変 指先に触覚を提示する研究の多くは、触対象環境を再現 形の時間・空間周波数に対して、受容器が応答する(即ち することで皮膚内の受容器を変形させ、ヒトに環境を知覚 人が知覚する)範囲は限られているからである (図 1)。と させることを目指している。具体的には皮膚表面の物理的 ころで、機械刺激で空間的に高分解能なデバイスを作成す 振幅や振動周波数を振動ピンアレイ[1]によって提示して、 るのは、アクチュエータのサイズ制約からやや困難である 任意の皮膚感覚の提示を試みている。これら機械刺激を用 と言える。一方で電気刺激によるデバイスを考えると、ま いる手法に対し、触覚受容器の変形による神経発火そのも ず皮膚の深い位置に存在する受容器(図 1におけるパチニ のを再現しようとするのが Kajimoto[2]らによる経皮電気 小体)に働きかけることが難しいため、電気刺激で時間的 刺激を用いた手法である。こちらは皮膚下の感覚神経をそ な高周波成分を再現するのは困難である。また電流量の調 の種類別に刺激し、またそれらを組み合わせることで任意 節が難しい、圧覚のみを安定的に生成するのが困難、いわ の感覚を生成することを目標としている。これを触原色原 ゆる電気的な感覚が生じてしまう等の問題も表出してく 理と呼ぶ。 る。 そこで本研究では機械刺激と電気刺激を併用することを 考える。併用には二つの利点があると考えられる。第一に、 空間周波数 それぞれが異なる受容器(すなわち皮膚変形の異なる時空 間領域)を狙うことにより、相補的に高品位皮膚感覚提示 SA1 が実現可能となると思われる点である。第二に、同一の受 容器を電気、機械で刺激する事による感覚閾値の低下、お よびそれに伴う感覚のダイナミックレンジ拡大である。 FA1 本稿ではまず、併用の準備段階として、電気刺激知覚レ ンジに関する課題を解決することを目指し,電気、機械二 PC 種類の刺激が同時に加えられた場合の感覚閾値の変化を 計測した。 時間周波数 2. 目的 機械刺激と電気刺激を同時に行った際の感覚閾値変化に 図 1 皮膚触覚受容器(SAⅠ: メルケル細胞 FAⅠ: マイス 関しては、Richardson[3]らの先行研究が挙げられる。こ ナ小体 PC: パチニ小体)の時空間特性の模式図 れは機械刺激を印加する際に適切な強度の電気的ノイズ 触原色原理に則って話を進めるならば、触覚提示デバイ 刺激を加えることで機械刺激の閾値が低下する、というも スは必ずしも時空間共に高い分解能を持つ刺激提示手法 のである。我々はこれとは逆に、機械的刺激による電気刺 390 激閾値の低下を狙う。電気刺激は機械刺激に比べ高解像度 Skin Deformation Finger のディスプレイを容易に構成できるため、もし機械刺激で Neural Spikes 電気刺激の閾値を下げられるなら、将来的に「大面積を刺 Far 激する単一機械振動子」と「微細なマトリクス電極」を組 み合わせた最適なシステムに繋がると考えられるためで ある。 ま た ノ イ ズ を 加 え る こ と に よ る 感 覚 閾 値 低 下 現象は FSR(Functional Stochastic Resonance)として知られてい Near るが[4]、我々はより効率的に感覚閾値低下を目指すため、 Time ノイズではなく既知の信号を用いることとした。 3. 実験 3.1.実験装置 図 3 正弦的な機械刺激の印加点からの距離による神経 発火位相のずれ 実験装置を図 2に示す。刺激点に機械刺激と電気刺激を 同時に加えることを可能とする。直径 1mm のステンレス 一方で電気刺激を印加した場合は、電流の到達する範囲 ピンを直径 6mm の穴の開いたアルミ板の中央に配置し、 の受容器は(可能ならば)一斉に発火することになる。そこ 機械刺激時にはピンのみを積層圧電素子(NEC トーキン社 で機械刺激としてパルス波を選択し、空間的に広がって分 製 ASL シリーズ 最大振幅 68μm)を用いて振動させた。 布する複数の触覚受容器の神経発火タイミングを極力一 電気刺激時にはピンを陽極、アルミ板をグランドとした陽 意に定め、電気刺激と条件を揃えることを試みた。機械刺 極刺激の設定とし、パルス電流(パルス幅 20μs、パルス高 激は 30pps(pulses per sec)のパルス波、電気刺激は さ最大 4mA)を印加する。被験者は右手人差し指の先端が 15pps(pulses per sec)とし、<機械刺激のみ‐機械刺激と電気 ピンに当たるように指を置く。なお、刺激閾値は刺激箇所 刺激‐刺激なし>を各 1 秒間ずつの 3 秒 1 セットとして提 及び指の状態により相当量左右されることが予想された 示した。なお、陽極刺激ではマイスナ小体が優先的に発火 ので、被験者の人差し指は事前に石膏で型をとっておき、 することが期待されるため、今回の実験ではその共振周波 実験時はその上に指を固定した。 数に応じた周波数に実験条件を設定してある。 66ms Finger Ground Stimulating Electrode Linear Actuator 6.0 66ms 1.0 Time 図 2 実験装置の模式図:Top View(左図) Side View(右図) 33ms 図 4 30pps 機械刺激(緑)と 15pps 電気刺激(黄) 3.2.実験手法 皮膚表面に対して正弦的な機械振動を加えると、皮膚の 機械刺激の振幅を数段階に分けてランダムに提示し、被 歪エネルギが一定値に達したところでその所々の受容器 が発火する。つまり、機械刺激によって触覚受容器は空間 験者には 15Hz の振動刺激(理想的には、15pps の神経発火 的に異なるタイミングで発火することになる(図 3)。 が生じるはずである)が知覚される閾値になるよう、電気 刺激の強度を調整してもらった(調整法)。各強度 5 回ずつ 実験を行った。被験者は 1 名、22 歳であった。 391 電気刺激が働くであろう、という仮説をここで”末梢レベ ル相互作用仮説”とする(図 7)。 +E 図 5 実験時の様子 手前は電気刺激装置 3.3.結果 複数回行われた実験結果の平均をとってプロットしたも のを図 6に示す。横軸は機械刺激の振幅[μm]であり、縦 軸は電気刺激の強度[mA]である。 図 7 末梢レベル相互作用仮説模式図 5.5 "test2.txt" この仮説は、神経が発火に至らない、ある「閾値以下の 強度の機械刺激」に、同様に「閾値以下の強度の電気刺激」 電気刺激強度 [mA] 5 を印加した時、個々では強度不足により発火に至らなかっ た電気刺激と機械刺激が末梢レベルで相互作用して、神経 4.5 発火を起こせるのではないか、と考えたものである。もし この仮説が成立するならば、機械刺激か電気刺激どちらか 4 一方によって電位勾配が発生している間にもう一方の刺 激を加えて電位勾配を神経発火閾値以上にする必要があ 3.5 るため、刺激間の位相を合わせることが本質的な課題とな 3 0 10 20 30 40 50 る。そこで位相差を考え合わせた上で追加実験を行った。 機械刺激振幅 [μm] 3.4.検証実験 3.2.と同様の条件設定で再度実験を行う。機械刺激に対し 図 6 機械刺激と電気刺激を同時に行った際の電気刺激の 電気刺激のパルスの立ち上がり位相差が 0 と Pi の場合(図 閾値変化 8)について機械刺激強度ごとにセットを作成し、位相・機 図 6から、電気刺激による 15Hz 振動知覚の閾値が下に凸 械刺激強度双方についてランダムに被験者に提示した。各 の曲線を描いていることがわかる。これは 1)適切な機械刺 条件の試行回数は 5 回。被験者は 1 名、22 歳であった。 激を加えることによって電気刺激の閾値が低下した結果 と 2)機械刺激の値がある一定値以上に大きくなることで 66ms 66ms 電気刺激に対するマスキング効果が生じ閾値が上昇した、 という二つの結果を示すグラフだと解釈できる。本結果に より、電気刺激と機械刺激の間に何らかの相互作用が働い たことは証明された。 66ms 3.4.仮説 66ms 受容器レベルで生じる神経発火は、何らかの信号処理を 経て知覚に至る。では電気刺激と機械刺激との相互作用は ヒトが対象に触れてから刺激を知覚するまでの一連の流 Time れの、具体的にはどの部分で働いているのだろうか。ここ 33ms 17ms で受容器レベルと中枢神経レベルに信号処理系を二分す る。前者において相互作用が行われる、即ち同一の受容器 図 8 (今回はマイスナ小体を想定している)に対し機械刺激と 30pps 機械刺激(緑)と 15pps 電気刺激(黄)について、 位相差 0 の場合(左図)、位相差 Pi の場合 (右図) 392 4. おわりに 3.5.検証結果 図 9に見られるように、現在の結果からは位相差が 0 の 本稿では時空間的に高分解能な高品位触覚提示の実現を 場合と Pi の場合について優位な差は見られない。 目指し、経皮電気刺激と機械刺激を併せた触覚提示を提案 した.具体的には、電気刺激・機械刺激間に閾値の低下及 び電気感覚の低減という相互作用が確認された。これは、 5.5 電気刺激の抱える問題点の一部の解決に繋がると言える。 "test2.txt" using 1:20” “位相差 "test2.txt" using 3:4 “位相差 Pi” また、本稿の段階では電気刺激・機械刺激の”末梢レベル 電気刺激強度 [mA] 5 相互作用仮説”は棄却された。しかし電気刺激・機械刺激 共に、それぞれ個別に刺激を行った際には双方マイスナ小 4.5 体を発火させ得るという生理学的知見が存在している。末 梢レベルでの相互作用が生じない理由について、刺激種類 4 による受容器選択性の有無や刺激位置と知覚位置のずれ 等からの再考、また”高次機能における相互作用仮説”につ 3.5 いての更なる検証の必要性がある。 3 0 10 20 30 40 50 なお、今回は実験装置として単独のピン振動子を用いた が、電気刺激アレイ配置した板を振動させる事でも同様に 機械刺激振幅 [μm] 機能することが予想される。これは、「大面積を刺激する 単一機械振動子」と「微細なマトリクス電極」を組み合わ 図 9 機械刺激と電気刺激を同時に行った際の、位相ごと せた最適なシステム構想に肯定的な結果である。 の電気刺激の閾値変化 参考文献 よって当初筆者らの予想した同一のマイスナに対し機械 [1] C. W. Wagner, S. J. Lederman, R. D. Howe: Design and 刺激と電気刺激が働いた結果神経発火が生じているので あろう、という”末梢レベル相互作用仮説”は棄却される。 そこで複数の異なる受容器が神経発火を起こした(群刺激 Performance of a Tactile Shape Display Using RC Servomotors, Haptics-e: The Electronic Journal Of Haptics Research, Vol. 3, No. 4, 2004. となった)ことで、ヒトが脳で知覚を行う際に相互作用が [2] 梶本,川上,前田,舘: 皮膚感覚神経を選択的に刺激 起き、閾値が低下したのであろうという”高次機能におけ する電気触覚ディスプレイ,電子情報通信学会論文誌, る相互作用仮説”が支持される。 Vol. J84-D-II,No.1,pp.120-128,2001. ここで位相差 Pi の場合においても閾値が U 字カーブを [3] Kristen A. Richardson, Thomas T. Imhoff, Peter Grigg, 描いている事実は興味深い。これは電気刺激を行う前後そ James J. Collins: Using electrical noise to enhance the れぞれ約 15ms、十分に長いと考えられる間隔をとって行 ability oh humans to detect subthreshold mechanical われた機械刺激が電気刺激の閾値を下げたことを意味す cutaneous stimuli: Chaos: An Interdisciplinary Journal of る。これは、「神経の発火が知覚に結びつく間には、何ら Nonlinear Science, Vol 8, Issue 3, pp.599-603, 1998. かの積分的処理が行われているであろう」というしばしば [4] J. J. Collins, T. T. Imhoff, P. Grigg: Noise-mediated 耳にする仮説を支持する結果であるとともに、その積分が enhancements and decrements in human tactile sensation. かなりの時間幅をもって行われている可能性をも示唆し Phys. Rev. E 56: 923-926, 1997. ている。もし、ヒトの知覚が時間的にブロードな当たり判 定を神経発火について行っているのならば、今度は周波数 知覚のメカニズムに対する興味が生まれる。この点に関し ては、群刺激がヒトの知覚にどのように働いて知覚される に至るのかという疑問を含め、以後研究の余地があるだろ う。 なお、追加的な事項となるが本稿における重要な知見と して、電気刺激に機械刺激を加えた場合に電気的な感覚が 低減する現象が観測されたことが挙げられる。また、電気 刺激はそれ自体にぼんやりとした感覚の広がりが伴うが、 機械刺激を加えてやった場合にはよりはっきりと振動覚 を得た、つまりより小さな機械刺激強度において、自然な 感覚を提示可能となった。 393
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