4章 ボーアの原子モデル

4章
ボーアの原子模型と水素原子のスペクトル
[1] 原子モデル
ボーア以前に解っていたことを纏めると概ね以下のようになる。
(1)原子は原子核と電子からできている。
(2)原子核は+Ze(Z は原子番号)の電荷を持ち、電子は-e の電荷を持つ。
(e = 1.602177×10-19 C )
(3)原子の質量の大部分は原子核に集まっている。(*ラザフォード散乱)
(4)サイズ
(5)質量
原子のサイズ
~1x10-10= ~1Å
原子核のサイズ
10-15~10-14m = 0.00001Å ~ 0.0001Å = 数 fm
電子の質量
9.109×10-31 kg
プロトンの質量
1.673×10-27 kg
(6)各原子には固有の発光スペクトルの系列がある。
水素原子のスペクトル系列は次式に従う( は振動数、  は波長)。
h  h
1
 1
 R 2  2 

m n 
c
(n  m  0) m, n は整数、 R :リュードベリ定数
[2] ボーアの原子模型
ボーアの原子模型は原子の内部状態を理解しようとして 20 世紀初頭に生み出された理論であり、現在
では間違った部分があることも解っているが、ボーアの原子模型から学ぶことは多い。
太陽系型モデルの困難:従来の古典電磁気学では、電荷を持った粒子が円運動をすると、その回転周期
に対応する振動数の電磁波を放射し、粒子は運動エネルギーを失ってしまうことになる。そのため、原
子核の周りを電子が運動する、いわゆる太陽系型(土星型)原子模型では、電子はエネルギーを失って
原子核へ墜落するはずである。電子が電磁波を放射することを無視したとしても、電子が原子核の周囲
をほぼ一定の距離を保って運動する理由は不明である(つまり、原子が一定のサイズを持つ理由が解ら
ない)。
ボーアの原子モデル:ボーアは以下の太陽系型(土星型)原子模型と「ボーアの仮説」を使ってこのよ
うな理論的な困難を回避した。ボーアの原子モデルは以下の3つに纏められる。
(1)電子は原子核を中心とした半径の円周 r を運動している。
(2)電子と原子核の電荷による電気的クーロン力と電子に作用する遠心力が釣り合う。
(3)電子の運動する円周長が電子の物質波の整数倍であるとき原子は安定に存在する。
3つ目がボーアの仮説である。イメージ図で表現すると以下の通りである(あくまでイメージ図)。
このモデルを式で表現しよう。
n 1
n2
n3
n4
n5
n6
先ず、前ページの、
(1)電子は原子核を中心とした半径の円周 r を運動している。
(2)電子と原子核の電荷による電気的クーロン力と電子に作用する遠心力が釣り合う。
を考える。 me を電子の質量、 e は電子・プロトンの電荷量(電気素量)、 v を電子の速度として、原子番
号 Z  1 の水素原子を仮定する。
クーロン引力
e2
=
遠心力

4 0 r 2
me v 2
r
(1)
次に、
(1)電子は原子核を中心とした半径の円周 r を運動している。
(3)電子の運動する円周長が電子の物質波の整数倍であるとき原子は安定に存在する。
を合わせて考える。物質波(ド・ブロイ波)の波長  は3章より次式である。
h
p

 の整数倍が円周長 2 r ( r は円周の半径)となるので、整数 n を含んだ次式が成立する。
h
n  2 r (n  1, 2,3, ) → n  2 r (n  1, 2,3, )
(2)
p
rp は角運動量 L の絶対値である。向きも含めて表記すると角運動量は
L
ベクトル r と p の外積(ベクトル積)となる。
L  rp
r
p
再び絶対値で話を進めよう。 L  rp で式(1)を置き換えると次式(2)を得る。
L  n
h
 n (n  1, 2,3, )
2
但し、  
h
2
(3)
(4)
このように、ボーアモデルでは、角運動量が幅  で飛び飛びの(不連続な)値をとる。式(3)をボーアの
量子条件と呼び、整数 n を原子の量子数と呼ぶ。ここで、
p  me v とすると、これらの4式(式(1)、式(3)、 p  me v 、 L  rp )から、電子が円運動するときの
半径 r が決まる。
r
4 0  2 n 2
e 2 me
(n  1, 2,3, ) 、
n  1 での r をボーア半径と呼ぶ。その値を示しておく。
rB 
4 0  2
 0.529177  1010 m  0.529177 Å  1 bohr
2
e me
電子の全エネルギーは運動エネルギーとクーロンポテンシャルを足し合わせて得る。
En 
p2
e2

2me
4 0 rB
(5)
 
me e 4 1
me e 4
1


2 2
2
2 2 2
8 0 h n
32  0  n 2
1 me e 4
1
 
2 2
2 (4 0 )  n 2
(6)
(n  1, 2,3, 4, )
具体的な数値を計算しておこう。 n  1 のとき、
me e 4
1 me e 4


 2.180 1018 J  13.66 eV   0.5 hartree 。
2 2
2 2 2
2 (4 0 ) 
32 0  
光を照射したり電子を衝突させたりして、何らかの方法で上式のエネルギーを水素原子に与えれば、水
素原子は原子核と電子に分解する(電子は水素原子から離れて自由に飛び去ることができる)。つまり、
この値は水素原子のイオン化エネルギーである。
==========================================================================================
話がやや横道に外れるが、微細構造定数  を導入して式(6)を変形してみよう。微細構造定数  は次式で
定義される無次元の量(単位の無い数値)である。

e2
4 0 c

1
137
 を式(6)に代入する。
En  
1 me e 4
1
1
1
  me c 2 2 2
2 2
2
n
2 (4 0 )  n
2
==========================================================================================
[3] 光の吸収と放出
先に述べたように、原子の発光・吸光は特定の振動数のみに限られ、各振動数の間には一定の法則が
成り立つ。
h  h
1
 1
 R 2  2 

m n 
c
(n  m  0) m, n は整数、 R :リュードベリ定数
これは以下のように説明できる。水素原子のエネルギーは上式(6)で示す飛び飛びの値 E1 , E2 , E3 , E4 , 
しかとることができない。これらのエネルギーをもつ状態は定常状態である。原子が定常状態 n から別
の定常状態 m に変化することを遷移と呼んでいる。原子が定常状態 n から定常状態 m へ遷移するときに、
あたかもエネルギーの塊 En  Em を授受するように光を放出・吸収する。その光の振動数 は次式とな
る。
E  h  En  Em
(7)
En  Em のとき光の放出、 En  Em のときに光の吸収が起こる。式(7)は「2章の式(4)」を参照すれば
容易に納得できるであろう。
n  2,3, 4,5,  の状態から n  1 の状態に遷移することによって起こる発光をライマン系列と呼ぶ。
n  3, 4,5,  の状態から n  2 の状態に遷移することによって起こる発光をバルマー系列と呼ぶ。
n  4,5,  の状態から n  3 の状態に遷移することによって起こる発光をパッシェン系列と呼ぶ。
下図は水素原子のバルマー系列を観測したものである(上欄は波長と色の対応を示している:下欄が水
素原子の発光スペクトル)。バルマー系列は、丁度、可視光領域の波長となる。
410.2 434.1
486.1
656.2
波長(nm)
水素原子のスペクトル(Balmer 系列)
問題[1]
(a)次式で定義したリュ-ドベリ定数 R の式を、式(6)(7)、及び、1章の(1)式から導け。
1
 1
 R 2  2 

m n 
hc
(n  m  0) m, n は整数
(b)上問(a)で得た R に物理定数の値を代入して R の値を計算せよ。
(c)上図の水素原子のスペクトルの波長 656.2 ナノメートル(nm)から上式の R の値を計算せよ。656.2nm
の光は n=3 から m=2 への遷移による発光である。更に、この R の値を使って 486.1nm の波長が説明で
きることを確認せよ。
問題[2]
ボーアの原子モデルの説明において、原子核の電荷を Ze ( Z は原子番号)に変更した場合、(6)式のエ
ネルギーがどのように変化するか示せ。但し、(4)式のクーロン力は次式のように変化する。
Ze 2
4 0 r 2
問題[3]
ボーアの原子モデルの説明において、(4)式に現れる電子の速度 v と光速 c との比  の式を示せ。

v
c
但し、物理定数としては、微細構造定数  だけを使い、他の物理定数を含まないようにせよ。
次に、問題[2]の設定に於ける  を  と Z だけを使った式で示せ。
問題[4]
4章冒頭の「原子のサイズ」と「原子核のサイズ」をピコメートル(pm)単位で示せ。
問題[5]
電子の質量 9.109×10-31 kg と水素原子核(プロトン)の質量 1.673×10-27 kg の「比」を日常的な事物
になぞらえたい。電子が野球のボール(約 145g)程度の質量だと考えると、プロトン(水素原子核)は
どの程度の質量の物体に対応するだろうか。
問題[6]
(6)式を導出する過程で、水素原子の運動エネルギーとポテンシャルエネルギーが簡単な整数比となるこ
とが解るはずである。下の箱を最も簡単な整数で埋めよ。
p2
e2
: 
2me
4 0 rB

:
問題[7]
ビリアル定理について調査しその内容を説明せよ。更に、問題[6]の結果がビリアル定理で説明できるこ
とを示せ。
問題[8]
ラザフォード散乱について調査し、ラザフォード散乱によって得られる知見の中で、この章と関係する
内容を200~300字程度でまとめよ。
問題[9]
微細構造定数αの定義式中の物理定数  0 、 e 、  、 c に具体的な単位を付して(SI 単位が望ましい)、単
位の計算をして、αが無次元になることを示せ。