平成 17 年度 農業農村情報の利活用に関する調査検討委託事業 報告書 平成18年3月 社団法人 農業土木学会 まえがき 本報告書は、農業農村整備情報総合センターから農業土木学会に委託された「平成17 年度農業農村情報の利活用に関する調査検討委託事業」の成果を取りまとめたものである。 本業務を実施するにあたり、農業農村整備情報総合センターにご協力を頂きましたことに 深く謝意を表します。 農業農村情報利活用調査検討委員会 委員長 大政謙次 委託事業名 事業委託者 事業受託者 実施期間 平成17年度農業農村情報の利活用に関する調査検討委託事業 社団法人 農業農村整備情報総合センター理事長 長谷川高士 社団法人 農業土木学会会長 田中忠次 平成 17 年 9 月 25 日∼平成 18 年 3 月 15 日 農業農村情報利活用調査検討委員会 委員長 大政謙次 委 員 大西亮一 委 員 松尾芳雄 委 員 溝口 勝 東京大学大学院農学生命科学研究科教授 (財)日本水土総合研究所 専門研究員 愛媛大学農学部教授 東京大学大学院農学生命科学研究科助教授 報告書執筆者 石山 斉 伊藤良栄 大政謙次 小野寺晃宏 平藤雅之 星 仰 星野 敏 松尾芳雄 溝口 勝 山田和広 山本晴彦 吉迫 宏 株式会社パスコ 三重大学生物資源学部 東京大学大学院農学生命科学研究科 農業農村整備情報総合センター 農業・生物系特定産業技術研究機構 中央農業総合研究センター 茨城大学生涯学習研究会・元茨城大学工学部情報工学科 神戸大学農学部 愛媛大学農学部 東京大学大学院農学生命科学研究科 農林水産省農村整備課 山口大学農学部 農業工学研究所地域資源部 目次 1.はじめに ................................................................ 1 2.農業農村情報に関わる研究の現状と問題..................................... 2 2-1 農業農村情報をめぐる社会的要請の実態 .................................. 2 2-2 農村振興における農村の情報化とその利活用の現状 ....................... 14 2-3 持続可能社会おける農業農村情報研究の役割 ............................. 22 2-4 アジア・アメリカ・ヨーロッパにおける農業情報ネットワークの現状 ....... 30 3.農業農村情報を活かすための基盤技術の開発と応用 ......................... 32 3-1 農業農村分野における GIS の利用 ....................................... 32 3-2 ため池群の洪水軽減機能シミュレータ ................................... 40 3-3 フィールドサーバによる農業情報モニタリング ............................ 51 3-4 携帯電話を用いたフィールド情報モニタリング ........................... 64 3-5 農業防災対策のための豪雨災害時における防災情報通信システム ........... 72 3-6 GA による農耕地の適地選定モデルとその応用 ............................ 83 3-7 マルチエージェント・シミュレーションによる地域農業計画モデルの可能性 . 99 3-8 農業工学分野における画像情報の多角的利用法 .......................... 106 3-9 水土の礎−農業土木ポータルサイトの構築 .............................. 119 4.おわりに ............................................................. 125 参考資料 土地改良区の概要................................................ 126 1.はじめに 携帯電話やインターネットなど、情報技術(IT)は確実に私たちの生活に浸透してきている。 しかし、都市に比べると農村での利用は未開拓といって過言でない。食の安全・安心に関 連するトレーサビリティ、気候変動に伴う水循環変動と食料需給の問題解決など、農業分 野における情報利用には大きな可能性がある。また、地震や台風による自然災害など、防 災面からも農村における情報活用が期待される。一方、IT の利用によって、人類の知恵が 凝縮されている農業土木技術を若い世代にわかりやすく伝えることも可能となる。しかし ながら、農業農村情報の定義は人によって異なり、その利活用についても明確なビジョン が示されていないのが現状である。 農業土木学会・農業農村情報研究部会は 2004 年 10 月に発足し、これまで適宜勉強会を 開催し、農業土木分野における農業農村情報研究の現状と問題点を議論してきた。本報告 書は、農業農村情報利活用調査検討委員会のメンバーが中心となり、こうした勉強会で集 積された知識を (1)農業農村の現場における IT 利用の実態 (2)今後 10 年の展開方向の可能性 という視点で整理してみたものである。 本報告書は大きく現状分析(第2章)と応用例(第3章)から構成されている。 第2章では、「農業農村情報に関わる研究の現状と問題点」として、持続可能社会おける 農業農村情報研究の役割が述べられると共に、行政側のニーズや農村振興における農村の 情報化とその利活用の現状、海外の取り組み状況などが述べられている。第3章では、「農 業農村情報を活かすための基盤技術の開発と応用」として、ハード面とソフト面からの取 り組み事例が紹介されている。 本報告書が、21 世紀の農業農村情報利活用のための一つの指針になることを期待したい。 1 2.農業農村情報に関わる研究の現状と問題点 2-1 農業農村情報をめぐる社会的要請の実態 2-1-1 農山漁村における情報化の現状 農山漁村地域は、人口密度が低く、 事業採算性が悪い等の理由で、都市部と比較して CATV や高速インターネット基盤整備が大きく遅れており1)2)、高速・大容量の情報通信サービ ス、いわゆるブロードバンドの利用頻度は低くなっている2)。また、農林漁業者の IT 活 用の有用性への意識が希薄な面もあり、農林漁業や農山漁村のIT化による恩恵を十分に 活かしきれていない。例えば、農業者のインターネット利用は、商工業者や会社員に比べ て低くなっている2)。 その一方で、電子商取引、市況や気象等の情報入手、遠隔監視、農作物の生育制御、食 の安全・安心を含めた消費者への情報発信等といった、地域農業や農業経営に変革をもた らす可能性のあるIT技術の開発が進んでおり、さらには、国民の価値観や生活様式の多 様化を背景とした、ゆとりややすらぎを与える場としての農山漁村地域の評価の高まりを 背景に、農山漁村のIT化は国民のニーズと農村を結ぶ強力なツールともなりつつある3)。 2-1-2 政府の情報化施策 政府は、平成12年11月にすべての国民がインターネット等を容易に利用できる社会 の実現等を目指す高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)を制定し、その後、 IT国家戦略として「e-Japan 戦略」(平成13年11月)、その具体的な施策である「e-Japan 重点計画」等を決定してきた。なお、 「e-Japan 重点計画 2004」では、過疎地域等の条件不 利地域において地方公共団体等が行う地域情報通信基盤の整備については、総務省と農林 水産省が支援を行うこととしている4)。 2-1-3 農業農村におけるIT技術の活用を支援する施策 農林水産省においても、 「21世紀における農林水産分野のIT戦略」 (平成13年4月)、 「e−むらづくり計画」(平成15年7月)を公表し、施策の打ち出しを行っている5)6)。 また、具体的な施策の形である事業制度等は毎年度見直しを行っているが、ここでは施策 の概要を報告する。 (1) 農業生産、農業経営、食の安全・安心におけるIT利活用の推進 ・ユビキタスコンピューティング技術の活用による食の安全・安心システムの導入 電子タグの活用等によるリスク管理、生産・流通の合理化を図る技術開発、モデル 地区でのシステム整備への助成等 ・食品のトレーサビリティシステムの普及 生産流通履歴情報把握システム導入のためのデータベース構築、機器の整備等 ・農業経営の効率化・高度化を支援 温室等の遠隔環境制御・監視システム等の整備等 (2) 情報通信基盤の整備への支援 ・条件不利地域における情報通信基盤整備の推進 CATV、高度情報化拠点施設、地域内漁業情報システム等の整備への支援 ・農林水産業に係るデータベースシステムの整備 農林水産統計情報総合データベース、農学情報資源システムの整備等 (3) 農林漁業者等の情報利活用能力の向上への支援 ・講習会や研修会の開催等 ・子ども達へのIT教育への人材派遣、教材提供等 (4) ITを活用した都市と農山漁村の共生・対流の促進 ・農山漁村から都市への情報発信の強化 2 都市と農山漁村の共生・対流ポータルサイトの開設等 ・農山漁村の魅力を感じさせる情報のデジタル・アーカイブ化 水土里(みどり)電子博物館の開設、水土里の道ウォーキングサイトの開設等 (5) 新たな情報技術の実用化 ・試験研究独立行政法人、民間での技術開発への支援等 2-1-4 「元気な地域づくり交付金」について 農林水産関係の補助金改革の一環として、平成17年度予算においては、補助金大胆な 統合・交付金化を行い(175事業を7つの交付金に)、地域にとって使いやすく、かつ、 地域の自主性、裁量性が十分に発揮できるような仕組みへ転換を図っている7) 。これらの 交付金は、これまでの事業ごと、個別の施設ごとに審査して国が採択する仕組みから、達 成しようとする目標とそれを達成可能な計画内容かどうかを審査して都道府県が採択する 仕組みとし、予算配分についても、国は計画全体について予算を配分し、各メニュー間・ 地区間の予算配分は地方の裁量に委ねる仕組みとしている。例えば、CATV等の情報通 信基盤を整備する農村振興支援総合対策事業(情報基盤整備事業)は、グリーンツーリズ ムや都市農業の振興施策をはじめとする農村振興を図るための非公共事業を統合した「元 気な地域づくり交付金」の中のメニューとしており、農業に関連したコミュニティビジネ スなどの取組を推進するソフト事業、交流施設や棚田整備などのハード事業と同一計画の 下で実施し、それらの施策間の予算配分などを地方が主体的に行える仕組みとなった。こ れにより、地域の創意工夫による元気あふれる農山漁村の実現されることを期待している。 参考情報・資料 1) 総務省「平成 16 年度情報通信白書」 2) 総務省「通信利用動向調査」(H13.11) 3) 「オーライ!ニッポン会議」ホームページ http://www.kyosei-tairyu.jp/ 4) 「IT戦略本部」ホームページ http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/index.html 5) 「21世紀における農林水産分野のIT戦略」 http://www.maff.go.jp/soshiki/kambou/joho/it-sen/it-sen.htm 6) 「e−むらづくり計画」 http://www.maff.go.jp/www/press/cont/20030709press_2.htm 7) 「農林水産予算」ホームページ http://www.maff.go.jp/soshiki/kambou/kessan/index.htm 3 総務省「通信利用動向調査」 (平成13年11月) その他の市 町村 28.9 19.8 12.3 11.9 9.7 2.0 資料:「都市と農村の共生・対流等に関する都市 住民及び農業者意向調査」日本農業研究所 (平成14年) 37.9 地場産の生鮮食品 等を購入できる 資料:㈱サテライトマガジン社「ケーブル年鑑 2004」、総務省「平成15年住民基本台帳に基づく 市区町村別人口及び世帯数」を参考に作成。 政令指定都市 +東京23区 64.4 自然の中でアウト ドア活動 0% 5.7% 20 30 40 ﹁ゆとり﹂ のある ライフスタイル 0.0% 20.0% 40.0% 60.0% 80.0% 100.0% 83.5% 全国平均 59.3% 60 70 ※関東1都3県の都市部に 在住する住民1,500人への アンケート調査結果 農家 消費者との交流 出荷 FAX 販売情報 気象情報 内子フレッシュパークからり内農産物直売所 (愛媛県内子町) きれいな水や空気など の生活環境 都市の人々が考える農村での生活の魅力 (%) 親密な人間関係 学生 20% 40% 61.7% CATV普及率 IT技術を農業に活用している事例 (「立ち上がる農山漁村」として選定) 先進事例 都市住民の農山漁村への 期待が高まっている ゆとりのある 居住空間 51.7% 61.3% 53.4% 60% 80% 91.3% 新しい可能性 農山漁村の魅力と国民ニーズ 子供がのびのび 育つ環境 勤労者 管理職 自由業 商工業自営 44.9% 100% 町村部へのCATVの普及は都市 部に比べ遅れている 農林漁業者のインターネット利用は、 他の職種に比べ遅れている 世帯主の職業別インターネット利用率 農山漁村における情報基盤整備 農林漁業者のIT利活用の遅れ IT化の遅れ 農山漁村のIT化の現状 農山漁村のIT化の現状 農林漁業自営 21.7% 4 無答 5 e-Japan戦略Ⅱ・e-Japan重点計画2004 (IT戦略本部決定) ・「インフラ」の一環として、過疎地域等の条件不 利地域における情報格差の是正を図ることが必 要。 (総務省,農林水産省) 政府全体におけるIT化の推進施策 都市と農山漁村の共生・対流 ・「都市と農山漁村の共生・対流に関する副大臣 プロジェクトチーム」(内閣官房副長官と、農林水 産副大臣が主査となり、関係府省の副大臣で構 成)及びオーライニッポン会議において、「人・物・ 情報」の行き来を活発にした新しい日本再生を目 指すことを目的に展開中。 立ち上がる農山漁村 (食料・農業・農村政策推進本部) ・地域再生の原動力となる先駆的な事例を「立ち 上がる農山漁村」として選定。この中で、高度情 報化による経営革新の事例(愛媛県内子町)を選 定。 食料・農業・農村基本計画 (平成17年3月閣議決定) (4)快適で安全な農村の暮らしの実現 ア 生活環境の整備 都市とそん色のない高水準の情報の提供によ る地域住民の利便性の向上や情報技術の活用に よる流通の効率化、営農の合理化を通じた地域 経済の活性化の観点から、e−Japan戦略を踏ま え、都市地域に比べて遅れている高度な情報通 信基盤の整備を推進する。 特に、近年発達がめざましい情報通信技術が農 特に、近年発達がめざましい情報通信技術が農 村において十分に活用されるよう、ケーブルテレ ビ、携帯電話等の多様なサービスの提供、光ファ イバー網等の整備を推進する。 政府全体の農業・農村の活性化の取組 情報基盤整備の取組 情報基盤整備の取組 ハウス等の遠隔監視 制御 農水省交付金 参加するには… 費用:○○円 情報通信技術を利 用した効率的販売 ・食料の安定供給の確保 ・農業・農村の有する多面的機能の発揮 食料・農業・農村基本法が目指す、 ・効率的な農林漁業の実現 ・都市と農山漁村の共生・対流 全国へ波及 「e−むらづくりモデル地区」の育成 国交省 ファイバ等 民間事業者が整備しない地域における 情報基盤整備の支援 森林ボラン 募集要項 ティア情報○月○日○時より 体験農園 情報 農業、地域資源、防災等多様な 農村地理情報システムの整備 総務省補助 地方単独 事業 事業 民間事業者による情報基盤整備 高速・超高速インターネットの基盤整備 農業者の情報利活 用能力向上の支援 農業農村における情報基盤の活用例 農村に整備された情報通信ネットワークに、各種の農林水産省の 支援施策を組み合わせた「e−むらづくり」を一体的に推進 e−むらづくり計画 … 農業振興地域にお けるCATV整備事 業 従前の各種補助事業 平成16年度予算 農村振興支援総合対策事業のう ち情報基盤整備事業 (23.9億円) … 6 港高度利用促進対策事業 (19.4億円) 水産業振興総合対策事業のうち漁 … 漁港集落におけるC ATV整備事業 強い水産業づくり (152億円) 強い林業・木材産業づくり (78億円) 森林(もり)づくり (44億円) バイオマスの環づくり (144億円) 元気な地域づくり (466億円) 強い農業づくり (470億円) 食の安全・安心確保 (27億円) 農政改革の方向に沿った 統合・交付金化 (175事業を7つの交付金に) 国 B県 5億円 A県 10億円 D村 3億円 C町 7億円 1億円 1億円 3億円 2億円 【これまで】 ・個別事業ごとに申請を受け交付額決定 【これから】 ・統合された交付金一体で事業申請、採択した計画全体について予算 を配分。 地区メニュー ③各メニュー間・地区間の配分は地方の裁量に委ねる 【これまで】 ・国の示すメニューの中から選択 【これから】 ・国の示すメニューに含まれていなくても、地域が必要と判断するメ ニューであれば、補助の対象とする。 ②地域が提案するメニューも補助の対象とする 【これまで】 ・事業ごとに定められた細かな要件に合致しているか細かく審査 ・個別の施設ごとに規模・構造等を細かく審査 【これから】 ・達成しようとする精査目標が、事業の目指す方向に合致しているかど うか、計画内容が成果目標達成可能かどうかのみを審査。 ①入り口重視から出口重視へ 平成17年度予算:補助金改革の方向 農林水産省の情報基盤整備における「交付金化」 農林水産省の情報基盤整備における「交付金化」 … 町の判断 県の判断 国の判断 7 平成10年度 平成11年度 平成12年度 平成13年度 平成14年度 (予算:平成13年度1,025,000 千円,平成14年度966,000 千円) ●農村振興地域情報基 盤整備事業 (予算:平成9年度1,248,000千円,平成10年度1,943,840千円、11年度4,000,000千円、12年度 4,000,000千円,13年度2,500,000千円,14年度639,000千円) ●田園地域マルチメディアモデル整備事業(平成10年度まで公共) 平成9年度 平成16年度 (予算:平成15年度 2,695,087千円,平成16 年度2,390,824千円) ●農村振興支援総合 対策事業のうち情報 基盤整備事業 平成15年度 ・農村振興局関係では田園地域マルチメディアモデル整備事業(H9創設)から、現在までで36地区、46市町村、約13万1千世帯を採択し、事業を実施。 情報基盤整備の現状(地域整備課関連) 情報基盤整備の現状(地域整備課関連) (予算:平成 17年度466 億円の内 数) ●元気な 地域づくり 交付金の うち農村 の振興 平成17年度 8 ・採択審査の簡素化(事後評価の重視) ・採択審査の簡素化(事後評価の重視) ・各種様式の統一、簡略化 ・各種様式の統一、簡略化 ・計画変更手続きの簡素化 ・計画変更手続きの簡素化 事務の簡素化等による使い勝手の向上 事務の簡素化等による使い勝手の向上 地域提案メニュー 地域の担い手の確 保、棚田地域の保全、 多様な地域産業の振 興など山村等中山間 地域の個性ある地域 づくりを推進 中山間地域等の振興 農業、農村の活性 化に資する施設の整 備や地域住民など多 様な主体の参画によ る取り組みや地域づ くりを支援 農村の振興 地域の創意工夫による元気あふれる農山漁村の実現 (目標の達成状況を評価) 事後評価 地域が目標達成に必要であると提案し、都道府県知事が認めた独創的な取り組みも支援 地域の創意工夫を 活かし、きめの細か い生産基盤の整備・ 保全及び関連する推 進施策を支援 農業生産の基盤の整備 グリーン・ツー リズムや都市農業 を通じた市民農園 等による交流、ふ れあい活動を推進 グリーン・ツーリズム、 都市農業の振興 農山漁村の活性化に資するソフト・ハードの幅広いメニューを助成対象 農山漁村の活性化に資するソフト・ハードの幅広いメニューを助成対象 (簡易な様式で実施) 採 択 3∼5年後の地域づくりの目標を、地域独自の視点から明確化 元気な地域づくり計画の作成 ・地域が提案する独創的な取り組みも支援 ・地域が提案する独創的な取り組みも支援 ・地区間、メニュー間の予算配分を地域の ・地区間、メニュー間の予算配分を地域の 裁量により実施可能 裁量により実施可能 地域の自主性・裁量性の発揮 地域の自主性・裁量性の発揮 元気な地域づくり交付金について 元気な地域づくり交付金について 下線部がケーブルテレビ等情報基盤整備に関する事項 1/2相当、1/3相当、定額 等 交付額算定率 都道府県、市町村、一部事務組合、農業協同組合 等 事業実施主体 (2)ハード ① 良好な農村景観の再生・保全に向けた土地改良施設等の改 修などを支援 ② 地方公共団体、公共施設(土地改良施設、集落排水施設等 農業関係公共施設を除く)、農家等の情報通信ネットワークを 構築し、農業情報を含む行政情報等の提供を行うとともに、高 速、大容量及び双方向の通信等を可能とするケーブルテレビ 施設の整備 ③ 土地改良施設、集落排水施設等農業関係公共施設及び農 業共同利用施設を②で構築する情報通信ネットワークに接続 し、施設管理情報、防災情報等を受発信できる高度情報通信 基盤の整備 ④ 農林水産業の振興を図り、施策目標を達成するために必要 となる地域が提案する施設の整備 (1)ソフト ① 農村整備事業を契機とした美しいむらづくりや施設の利活用、 美しい景観の形成、農業に関連したコミュニティビジネスなど多 様な主体の参画による自主的で継続的な取り組みを推進する ため、地域住民の能力構築を促進する取り組みや活動などを 支援 ② 農業農村の振興を図り、施策目標を達成するために必要と なる地域が提案する活動等を支援 事業内容 農村の振興 情報基盤整備による効果(農業振興) 情報基盤整備による効果(農業振興) ・市況状況を把握して、最適集荷・出荷時期の決定 ・生産物の販売情報、消費者の反応を放送・配信するこ とを通じて消費者ニーズの把握 ・消費者へ生産者、産地、生産方法、農薬使用の有無等 の安全・安心に関する情報を発信できる。 ・産地直売システムの促進 (4)農家の市場感覚の向上 ・映像を通じて、農業生産技術等を提供できる。特に、病 害虫情報等地域全体に広がる恐れのある事態に的確 に対応できる。 (3)生産技術を的確に活用 ・地域の農作物に関する営農情報を生育段階に応じて 提供 ・地元の営農の様子をテレビ映像として放送することに より営農意欲が高まる (2)農業意欲の向上 ・市況情報、気象情報等各種情報の入手により、低いコ ストで高い収益を上げる農業経営が可能。遠隔監視技 術の導入により、農作業に係る労働を軽減し、労働生 産性を高める。 (1)農業経営の効率化 9 牛舎 【牛舎遠隔監視:北海道西興部地区】 自宅でパソコンにより情報検索 市況情報 気象ロボット 自宅での牛舎監視 監視カメラによるリアルタイム農地情報 気象情報 【市況情報、気象情報等:長野県川上地区】 10 農産物市況情報 高値で取引される市場への出荷や、出荷のタイミングを図る ことが可能。 農協等が提供する複数の市況情報を、農産物別に過去の 動向を含めてグラフで表示。 【参考】 強風や降霜などの予測が可能となり、それらに対応した作業 を行うことで生産物の質の維持、向上が可能。 民間気象情報サービスによる、地区のピンポイント予報や、 気象観測ロボットの実測データを用いて、農業に必要な気象 情報を提供。 気象情報 情報基盤整備による効果(農村生活) 情報基盤整備による効果(農村生活) ・農村の観光情報、農産物情報、自然景観等環境情報等の提供 ができ、都市との共生・対流が促進される。 (5)地域情報の発信 ・町村役場からの連絡、行政・議会情報の提供 ・行政サービス、町村の施策に関する情報提供 (4)住民の行政や社会活動への参画 ・高齢者に対する健康相談、健康管理が可能 ・住民への健康管理情報の提供 (3)健康管理 ・映像、音声告知等により集落等に必要な情報の提供(会合 案 内、共同作業、防災情報、役所からの情報、各種申請事項等) ・集落内の情報、または同町村内の他地区の情報、小中学校 情 報等を放送または配信することで、集落または行政区域内の一 体性に貢献。 (2)集落機能の維持、行政区域内の一体性の促進 ・映像または音声による防災情報の提供 ・避難情報の提供 (1)防災情報 11 役場、防災セン ター等 保健師 高齢者宅 農家等 複数集落共同 で行事開催 ・血圧、体温等 の健康情報等 ・健康相談 【高齢者福祉システム:兵庫県朝来地区 他】 【行事・イベント情報】 ダム・ため池からの 予警報情報 【防災情報】 昭60 平2 平7 平12 川上村単収(t/ha) 北佐久地区単収(t/ha) 年平均気温(℃) 20.0 25.0 30.0 35.0 (t/ha) 40.0 600 800 1,000 1,200 1,400 1,600 昭60 平2 平7 平12 昭60 長野県川上村 49,920 長野県塩尻市 24,770 茨城県岩井市 14,621 20.0 25.0 30.0 平7 長野県川上村 58,900 長野県塩尻市 34,800 茨城県岩井市 22,600 平12 長野県川上村 62,100 長野県塩尻市 29,300 茨城県岩井市 26,500 3位 2位 1位 昭60 長野県川上村 6,390 長野県塩尻市 3,078 茨城県岩井市 2,686 平2 茨城県岩井市 7,019 長野県川上村 6,723 長野県塩尻市 4,043 平7 長野県川上村 6,555 長野県塩尻市 4,327 茨城県岩井市 3,614 平12 長野県川上村 7,319 茨城県岩井市 4,771 長野県塩尻市 3,322 ○レタスの粗生産額 上位3市町村 (単位:百万円) 3位 2位 1位 平2 長野県川上村 57,600 長野県塩尻市 29,500 茨城県岩井市 18,900 川上村のレタス生産額は一 時期全国シェアが2位に下 がったものの、それ以外は 市況情報・気象情報等を駆 使し、気候変動にかかわら ず高単収を確保し、出荷 額・出荷量ともに全国シェア 第1位を堅持 入荷不足の市場に対して 供給を行い、消費者への農 産物の安定供給に寄与 農家収入の増大等による地 域全体のレタス生産の振興 家 市況情報の活用による出 荷量の適正化 農 気象ロボット 農業気象情報の活用によ る単収・生産量の安定確保 農地監視 カメラ 農業気象情報 35.0 ○レタスの出荷量 上位3市町村 (単位:トン) (t/ha) 40.0 【北佐久地区】…川上村の周辺の2市6町村 (mm) 1,800 川上村単収(t/ha) 北佐久地区単収(t/ha) 年平均降水量(mm) <情報基盤整備の効果> ○川上村のレタス生産額は一時期全国シェアが2位に下がったものの、そ れ以外は市況情報・気象情報等を駆使し、気候変動にかかわらず高単 収を確保し、出荷額・出荷量ともに全国シェア第1位を堅持 ○農業技術情報に適切に対応して、栽培技術、栽培品種等の技術情報、 病虫害情報等を積極的に取り入れて、農業経営の向上を図る。 ○監視カメラにより農地の状況を把握し、洪水、暴風等の災害に対処。 長野県農林業市町村別統計書(各年度版) 気象庁観測データより作成 5.0 5.5 6.0 6.5 7.0 7.5 はく さい そ の他 (19. 7%) (4. 8%) S63(単方向) H12(更新、双方向化) レタス (76. 5%) 八ヶ岳山麓の高原気候特性を活かして、レタス、白菜、キャベツ などの高原野菜を生産。農業が基幹産業、第一次産業従事者割合 は約66%(H12国勢調査)、農業粗生産額は97億円(H12)で約8割がレ タス。 市況情報 情報基盤整備(CATV)による効果(長野県川上村の事例) 情報基盤整備を活かしてレタス出荷額日本一を維持 情報基盤整備 CATV 第Ⅰ期 第Ⅱ期 (℃) 8.0 12 13 <基礎データ> ・面 積: 13,020ha ・耕地面積: 436ha ・人 口: 7,549人 ・農家人口: 3,664人 ・世帯数: 2,270世帯 ・農家戸数: 928 戸 ◆田園地域マルチメディアモデル整備事業(H11∼H13) 地域情報センター、伝送路(光ファイバー26km、同軸ケー ブル142km)、農業情報システム、在宅ケアシステム等 特産品情報、貸し農園情報などをホームページを通じて都 市住民あて発信 ○特産物情報の発信 自宅で血圧や脈拍などを測定し、蓄積され健康管理や指導 を行う。また、テレビモニターを通じ 保健福祉関係者と直接ア ドバイスを受ける。 ○高齢者の健康管理及び健康相談 病害虫被害、過去の被害の実例、対応薬剤のデータベー ス等の情報を提供し、被害を軽減させる。 ○致命的な病害虫被害への対応 種苗、栽培等に関する新しい農業技術を入手し、CAT Vで積極的に農家に提供。農業技術の向上により、農業生 産の効率化が図れる。 ○積極的に新しい農業技術の先取り ITがもたらす農村振興及び都市との交流 <兵庫県朝来町>高速インターネットCATV 農業情報 在宅介護支援 施設 消防本部 農協・土地 改良区 個人 CATVセンター 町役場 個人 保健センター 在宅健康支援システム 個人 ケーブルテレビ イメージ図 2-2 農村振興における農村の情報化とその利活用の現状 2-2-1 はじめに 農業農村情報研究部会の勉強会で農村計画分野からの話題提供に際し、農村振興に係る 情報関連のキーワードを農村整備の現場的な視点から自由連想的に拾い出して整理した 1)。 それらを補足修正し、主に、農村振興の整備対象である、農業生産基盤・施設(Ⅰ)と農村生 活環境(Ⅱ)、整備目標としての、農村振興(Ⅲ)、整備現場における地域変容(Ⅳ)、非日常的 だが影響力の大きい自然災害への対応(Ⅴ.地域防災・減災に関連)面での視点から、農村の 情報化とその利活用を整理し、農村空間のアメニティ視点を交えた小考を加え、報告した 2 。 本稿は、その報告内容 2)を基礎として、そこでの主張や論点に係わる根拠や関連資料等 を補足する。 2-2-2 農村振興対象の農業生産基盤・施設 農業生産基盤・施設に関して、施設管理・運営(運用)管理・機能管理面での管理支援、水 位監視やゲート遠隔操作等の面での水利施設等管理の高度化がある。ハード面で水路網等 のネットワークの整備が進めらるが、施設・設備機能の更新やその機能の保全管理はGI Sツールの普及や適用技術の向上が課題となるだろう。 営農・生産活動の面では、気象・病虫害・栽培技術に関する情報の適時提供、オンデマ ンドな(On Demand:ユーザが必要な時に必要な情報が得られる状況を保証する)技術情 報の提供が想定され、それらは、Precision Farming(精密農法;Artifitial Agriculture も 同義)や BISA(Balanced-Input Sustainable Agricuture:適正投入持続型農業)の環境保 全型の持続的農業の形成にも繋がるとともに、土壌・病害虫等の関連診断技術に関し、A I(Artifitial Intelligence:人工知能)による経験や知識のモデル化が望まれている。 一方で、現実的な課題や問題に直面する農家や農業者の有する在地の経験や知恵(科学的 には根拠が曖昧または不明であっても実用的なもの)の収集や共有化が課題となる。 地域農業面では、転作割当や播種・作付け管理などの土地利用面でGISツールが導入 され活用されるが、これに加えて、市況情報に基づく集出荷管理などの地域農業における 市場戦略策定支援や生産地連携といった課題が想定される(補足資料1)。 農作業面では、安全性・省力化・軽労化における情報利活用ニーズの発掘が課題と思わ れる。単独での農作業も多く、農業機械等における農作業環境の安全性に加えて事故発生 時の緊急通報体制が望まれる。これらでは、GPSや無線通信等の技術の応用や展開が期 待される。 また、地域農業の担い手の女性化や高齢化が進行しており、その対策・支援は、Ⅳ.地 域変容に係るが、根菜から葉物へといった「軽小短薄」作物への転換などが図られてきて いる。そのための啓蒙指導や栽培技術の普及の面での利活用が期待される。 いずれの局面においても、情報提供体系に関しては農村MPIS(Multi-Purpose Information System:多元情報システム)等でのこれまでの経験や知見がハード面での叩 き台として、また、ソフト面での体制整備で、参考になると思われる。 2-2-3 農村振興対象の農村生活環境 農村型CATV(農村MPIS)の基本サービスであるCATV放送(地上波の再送信)や 空チャンネルを使った有線放送電話等は、同軸ケーブルから光ケーブルへといったハード 面での更新対応が求められている。混住化あるいは疎住の農村地域の生活面では、遺漏の ない行政サービス情報、地域活動や社会的ネットワーク形成のために自主制作コミュニテ ィ放送などがあるが、その運営面で技術スタッフの確保や住民等支援体制の有無が存続成 否に係る。農村生活面での情報システム基盤整備は、都市農村交流・産消連携等による農 村の活性化、多様な就業を可能にする異業種立地や定住促進のために不可欠な手段である といえる。 14 CATV回線が既設でない農村も多く、山間地の散居村や島嶼集落などでは、有線シス テムは設置費用や保線等の管理費用も嵩増となる。特に山間地や島嶼部の多い四国や愛媛 県では、無線通信(補足資料2)やインターネット利用環境としての無線LAN(補足資料3) の導入実験等が行われ、過疎地等での新たな通信基盤整備方式に期待される。 2-2-4 目標としての農村振興 農村振興における地域資源を在地のシーズとして、フローの観点からモノ・コト・ヒトお よびストックとしての農村空間の観点から、ここで検討する。 モノ モノは、主に農産物だが、単なる規格食材として一方向的に供給されるのではな く、消費者ニーズが反映できる双方向的な媒体としての位置付けが重要で、生産過程・流 通履歴のトレーサビリティといった、食の安心・安全性情報が望まれる。これには、まだ 単価が高く、安価な農産物での適用は難しいが、ICタグ(電子荷札)の利用が考えられる。 また、大きさが 0.4mm 四方というミューチップも開発されている(補足資料4)。なお、今 は特例に位置づけられる対象かも知れないが、農薬や化学肥料を使わない水田の後作で栽 培された野菜しか受け付けないという化学物質アレルギーの消費者の需要があるという。 農産物のみではなく、水田や畑の生産基盤での栽培方式や生産基盤の利用履歴が問われる 場面もあることになる(地域農産物の固有性・付加価値化に繋がる:補足資料5)。 農産物における双方向性としては、消費者ニーズのモニタリングや掘り起こしが想定さ れるが、そこでは情報収集手段が重要となる。また、消費者ニーズを反映した産消連携や 特産品化、ブランド化といった農業振興に繋げる。伝統食(伝統作物)や地域食などに由来す る農産加工品においても同様と思われる。 コト コトは、農事に由来する伝統行事や伝承祭事などを主とするが、農村空間を利用 した菜の花やひまわりの迷路などの交流イベントも含まれる。特に、後者では交流情報の 発信が望まれ、前者では、さらに音楽・映像、祭具などの多様なデジタル記録による保存 や、技や文化の継承への活用面も想定される。 ヒト ヒトは、農作物の栽培技術に加えて各種技能(屋根葺き、石積み、炭焼き、藁・竹 細工、蕎麦打ち、調理・加工技術など)や伝統芸能を有する人的資源で、農作業を始めとす る体験・学習教育などの交流シーズとなる。一村一品ではないが、地域住民の多様な一人 一芸的な人材データベースは農村振興課題の現場的な解決に寄与するだろうし、また、地 域の人物紹介的な情報は混住化地域では、域内交流の契機ともなるだろう。 農村空間 農村空間は、モノづくりやコトの場、ヒトの活動の場であり、二次的自然と して多様な生態系が育み、親水等も含め、次世代が成長期を過ごし、高齢者等が憩い安ら ぐ場ともなる。加えて、棚田・段々畑等の農村景観、水車や歴史的遺構などを含めて、田 園空間博物館的な整備や美の里づくりを介して、都市農村交流の場として、さらには新た な雇用機会創出への展開も期待される。なお、場の遺贈性、次世代への継承の面では、消 費と回復への配慮(イベント等での改変と現状復帰など)の視点が求められる。 日帰り・短期滞在型の交流を契機として、固定的・長期滞在型の交流、さらにはUIタ ーン等による定住化が望まれているが、交流機会、UIターン、田園居住、雇用・就業な どにに関する各種の情報発信が、農村振興面では田園整備と併せて望まれる。 2-2-5 農村振興整備現場における地域変容 都市近郊の兼業農家等での担手の女性化や高齢化、中山間地域での過疎化や農業者の高 齢化が進行している。農作業面での安全性・軽労化・省力化の視点や作物転換等の営農対 策面は①で触れた通りである。ここでは高齢化と過疎化から述べる。 高齢化 地域管理の観点からは、高齢農業者が要介護とならず、現役で農業従事できる 農作業環境が整備課題となり、地域内で役割や責任を果たすことが望ましい。また、地域 の高齢化の観点からは、高齢者の日常的な健康維持増進、在宅健康管理・相談、個別の生 活指導・健康増進プログラム等が望まれる。高精細映像のTV電話や健康状態データの通 15 信による保健師の指導・助言等が技術的に可能な状況にあるが、プライバシー保護や医療・ 保健面での制度的な問題が残される。 農村ウォーキング等で身近な農村空間の活用を図るなど、保健福祉部局と農村整備部局 の地域内での連携整備が望まれる。なお、高齢者は身体能力・集中力の低下や反射的動作 が困難とされる。高齢農業者は増加しているが、高齢者の農作業中の事故件数も増えてお り、安全対策の啓蒙や普及面でも期待される手段となる(補足資料6)。 過疎化 過疎化や離農により農業者が減少すると水路や農道等の共同管理対象での相対 的な負担の増大、放棄農地の荒廃化やそれに伴う鳥獣害等の増加による営農負荷の増大が 起こる。人目の届かない単独の農作業の機会も多く、農作業時事故や体調急変時の緊急通 報手段の確保が中山間地域では特に、望まれる。なお、農用トラクタで、転倒時に自動緊 急通報を行う装置が開発され、実用段階にある。 2-2-6 非日常的な自然災害への対応 自治体の定める地域防災計画に基づいて防災無線等により、域内一斉に、避難警報、避 難勧告、避難命令等の発令または解除を通報し、避難行動を喚起または解除する。被災時 には、安否確認等で通常の通信手段が輻輳し、機能しなくなることも多い。自治体等の災 害対策本部では被災状況に基づき対策を講じるが、被災状況に関する多様な情報収集手段 が重要となる。末端取水施設等では増水時に担当者が堰板除去等を行うが転落事故等の二 次的災害に繋がることも多く、緊急通報手段が望まれる。 救急・救命面では、被災者の診療履歴・健康状況等を記録したICカードが本人確認を 含め有効とされる。阪神淡路大震災での経験では、高齢者は自分が服用している薬を知ら ないことが多いことが指摘された。 集落の孤立対策や支援面では地上災害に強い衛星電話設置を決めた自治体も多い。平常 時には、ハザードマップにより危険箇所・区域や避難場所・避難経路の周知が求められる が、ライフライン等の保全管理を含め、GISツールは地域情報の管理面で不可欠となる。 2-2-7 空間アメニティ観点からのまとめ −おわりに代えて− 都市アメニティは、計画的観点から空間アメニティが重視され、住環境、職環境、遊環 境に大別されている3)。 この整理に従えば、住環境はⅡ.農村生活環境が該当し、職環境はⅠ.生産基盤・施設 が相当する。多くの農村では非農家の混住化が進み、農村生活環境に関し、都市との生活 環境の違いはなくなりつつあるが、過疎村等では情報基盤整備の格差が残される。農村で は百姓百作と例示・形容される技量対象や知的刺激の多様性があるが個人の志向や価値観 に依存し、職の選択多様性や機会は極めて少ない現状がある。職の立地制約を緩和する手 段として農村の情報化に期待がある。住環境や職環境における都市のそれとのアメニティ 面での違いは今後、平準化すると思われる。ただし、空間の有する経済的な生産性の面で は見込みや期待の度合いが異なるので平準化の判断は難しい(格差は解消されないだろう) 。 遊環境の面では、さらに、①多様な二次的自然・季節の移ろいを身近で接することや、 ②馴染みのある密な地域社会の安らぎに特徴付けられる。都市的な娯楽・刺激や魅力に乏 しいが、都市空間に欠乏する①や②がある。 農村アメニティを特徴付ける近自然的なアメニティ①は、Ⅳ.地域変容により自然との共 生バランスを欠いた疎住や、都市近郊等での生活者の地域疎遠(地域に係らない日常:農村 の都市化)が起こり、②の面で地域社会面での情報遺漏も起こることが予想され、Ⅴ.での 地域防災や減災面での安全性を危うくする危惧や可能性が指摘できる。これらへの対策も 含め、地域の実情(Ⅳ.過疎化・高齢化対策へのニーズ)に対応する地域管理面でのⅢ.農村 振興とその支援が望まれるが、農村体験やボラバイト等の域外交流の仕組みや受皿づくり とその発信や広報の方策・手段としても、農村の情報化は大きく期待される。 16 在地の経験・知恵(学習情報)の収集が課題である(Ⅰ)としたが、情報技術の利活用に関し、 知恵袋の共有、つまり、優良事例や現場的な工夫・手法等の共有化を図ることが、農村地 域の問題解決の効率化や解決策の洗練化に繋がり、重要となる。 また、農村の現場的な問題解決に際し、異局面の事項をクロス・オーバーさせ柔軟な発 想や連想を誘発し、その具体方策へ展開するといった水平思考を誘発する手段となること が、農村の情報化の究極的な役割かも知れない。最後に、補足資料の新聞記事情報は主に 朝日新聞社の「聞蔵」によったことを付記する。 参考資料 1)松尾芳雄:第 1 回勉強会資料 4(2004.9.6), http://agrinfo.en.a.u-tokyo.ac.jp/meetings/s1-4.pdf 2)松尾芳雄:農村振興における農村の情報化とその利活用,農業土木学会大会講要,pp.56 ∼57(2005) 3)青山吉隆他:都市アメニティの経済学、学芸出版社、175P(2003) 補足資料 1:平均 68 歳農家、IT 駆使 「つまもの」全国シェア7割 徳島・上勝町 朝日 5.9.19 旬の料理に添えられて季節の風情を盛り上げるモミジの葉やハギの花は「つまもの」と呼ば れる。全国の7割を生産するのが徳島県の山あいにある上勝町。出荷を担う約 180 軒の農 家の平均年齢は 68 歳。パソコンで相場を読み、携帯電話でタイミングを逃さず出荷を予約 するおばあちゃんの姿はビジネスマンさながらだ。年商が1千万円を超える農家もある。 高齢者が人口の半数近くを占める小さな町は、活気に満ちている。(上田学) 同町傍示の急斜面の中腹に自宅がある菖蒲清さん(79)と妻増喜子さん(80)の一日は、朝7 時半にパソコンの電源を入れてネットに接続することから始まる。「モミジやナンテンの葉 がようけ売れとる」。画面には、つまもの事業を手がける第三セクター「いろどり」(社長(笠 松和市・上勝町長)が流す出荷状況の情報が刻々と更新される。午前 10 時 30 分、防災無線 につながったファクスから農協からの緊急注文が流れた。「ハス葉 100 枚、サトイモ葉 50 枚、山シダ 100 枚…」。通常の注文とは別に、日に5、6回、各農家に一斉送信される。増 喜子さんは紙が半分出たところで携帯電話で農協に出荷予約を入れた。「きょうはうちが先 やったで」と増喜子さん。緊急注文の受注は早い者勝ち。100 軒ほどの農家が一斉に電話す ることもある。「一般電話より、どこでもかけられる携帯電話の方が早い」。受注が決まる と、清さんが山に入った。昼前までに注文の葉を採ってきて自宅でパック詰めし、車に積 んで農協へ。午前中の注文は午後1時までに納品するのが原則。「普段から山のどこに何が あるか気をつけて歩く」と清さんは話す。上勝町は人口約 2200 人。65 歳以上が 46%を占め、 徳島県内では最も高齢者の割合が高い。99 年4月、町などが「いろどり」を設立。ネット環 境を整備し、月1回の割合でパソコン講習会を開いてお年寄りに普及させた。現在、約 70 軒が利用する。町の「つまもの」出荷額は年間約2億5千万円。1軒あたりの売り上げは年 平均約 140 万円、中には1千万円以上の農家もある。ネット上では、農家ごとの出荷状況 や売り上げ順位が更新され、互いの意欲をくすぐる。増喜子さんは「初めはパソコンを怖く 感じたが、慣れたら楽しくなった。全国のどこに商品を出荷するのか、納入先までが開示 されて面白い。同じような年齢の 10∼20 人がライバル」と笑う。菖蒲さん方から約 500m 離れた農家針木ツネコさん(82)はライバルの一人。「お隣さんがよく出荷したなとか、あの 人は少なかったなとか、比べるのが楽しみ。ちょっとでも成績を良くしようという励みに なる」と語る。町の1人あたりの医療費は、県内全 50 市町村(合併前)で 32 位(04 年度)と低 い。「いろどり」の横石知二副社長(46)は「ここでは働くことが楽しみになっている高齢者が 多い。それが生きがいになって、健康を保てているのではないか」と話している。 17 2:無線使いブロードバンド 山間地や島でも実現 (朝日愛媛版 04.12.12) 映像など大量のデータを高速で送受信するブロードバンド環境の地域格差を解消しよう と総務省四国総合通信局などが、内子町で8日から 10 日まで、無線を使ったワイヤレスブ ロードバンドの実験に取り組んだ。道の駅「内子フレッシュパークからり」のスクリーン には、無線で送られてきた街角の様子が鮮明に映し出され、実験の参加者たちは「これな ら様々な使い方ができる」と期待を寄せていた。 内子で総務省など実験 山間地や島は、光ファイバーに代表される高速通信回線を敷設 しようにも地形から費用がかさむ。利用者も少なく、ブロードバンド格差は広がる傾向に あり、山間地や島が面積の大部分を占める四国にとって、格差解消は大きな課題だ。同通 信局は研究者や企業を集めて検討会を8月に発足させ議論を進めてきた。 容量大きい 18 ㌔ヘルツ帯で 検討会が注目したのは 03 年 10 月、地方自治体などに開放 された 18kHz 帯の電波。この電波は、データ通信容量が大きく、電波の届く範囲も広い。 この電波帯の無線通信を使えば、回線を敷設せずとも、高速通信ネットワークが築け、効 果的に格差が解消できるとの結論に至ったという。実験地は、山間地にあり、江戸時代か らの町並みを残す内子町を選んだ。観光客に小型通信機器を貸し出し、町内の名所などに 設置したムービーカメラが撮影した映像を無線で配信するなど様々な使い道が想定できる からだ。実験では、街角などにムービーカメラを設置。収録した映像が無線で送信され、 「内 子フレッシュパークからり」に設けられたスクリーンに鮮明に映し出された。次いで、山 に阻まれ、無線の電波が届かない町役場とからりの間のブロードバンド実験に移った。町 を見下ろす高台にある龍王公園に設置した中継アンテナを経由して、無線で双方の画像を やり取りし、テレビ電話のように会話を交わした。 回線不要、地域格差を解消 四国総合通信局の倉田達夫・企画調整課長は「画像も音声 も鮮明で実験は成功だった。無線を使えば回線の敷設が難しい山間地や島でも高速道信が 可能。すべての人が良好なブロードバンドを享受できるように環境を整備していきたい」 と夢を膨らませている。 3:有線より費用抑制 県電子推進協 報告書まとめ(朝日愛媛版 5/5/12) 山間部や離島でのインターネット利用がしやすくなるよう、高速情報通信の基盤整備方 法を検討してきた「県電子自治体推進協議会」(事務局・県情報政策課)は、無線を使った基盤 整備についての報告書をまとめた。無線は通信の安定性に課題が残るものの、十分な通信 速度を確保できる上、有線より費用を抑えられるため、過疎地での活用に有力な選択肢と している。県情報政策課によると、県内で高速・大容量の情報通信網が未整備なのは、旧 美川村や旧柳谷村など合併前の計 14 町村。人口の少ないこれらの地域では採算が合わない ため、民間事業者による整備が期待できないという。このため、同協議会は昨年から、行 政による過疎地の通信基盤整備方法を検討してきた。昨年 10 月から今年1月には吉田町の 18 奥浦地区で、無線を使ってインターネットに接続する「無線LAN」の実証実験をした。実 験では同地区の9世帯に無線機を設置。光ファイバーによる通信環境が整備されている地 元の小学校を基地局として、各世帯の通信速度を検証した。この結果、6世帯は一般に普 及している有線の ADSL と同レベルの高速通信(約7∼約 20Mbps)が可能だった。海をはさ んだ3世帯は、潮の干満の影響で通信速度が不安定になったが、より感度が良いアンテナ に変えることで改善されたという。費用面でも、奥浦地区の 100 世帯に同様の通信環境を 整備すると想定した場合、光ファイバーなど有線の通信網を設置すると約 2500 万円かかる が、無線なら約 1500 万円に抑えられることもわかった。ただ、山間部などで民家と基地局 の間に山などがある場合は、電波がさえぎられるため無線での整備は難しいという。県情 報政策課は「協議会が目指す行政手続きの電子化などの実現には、まず環境整備が必要。今 回の報告を参考にして、県内の各自治体が快適なインターネット環境を整備してほしい」と している。 4:IC タグ 「ID 記録」にとどめ小型化 5.10.16 2205 万人を集めた愛知万博。その入場券には、IC チップ が埋め込まれ、パビリオンなどの事前予約システムの実 現に一役買った。日立製作所が製造した非接触無線 IC チ ップ「ミューチップ」で、大きさは 0.4mm 四方、世界最小 クラスだ。一般的には「IC タグ(電子荷札)」と呼ばれ、バ ーコードに代わる技術として急成長が見込まれている。 ■コストも減 ミューチップは、128 ビットの情報を記 録できるメモリーと通信機能を備え、小さなアンテナと 併用する。キャッシュカードなどに使われる IC チップと 違って、読み取り専用で書き換えられないメモリーを使 っているのが特徴だ。開発責任者は、同社中央研究所(東 京都国分寺市)主管研究長の宇佐美光雄さん(57)。「信頼性 を向上させる一方で、コスト低減を徹底的に追求した。 機能を ID 番号の記録だけにとどめたのがミューチップ の命なんです」という。 チップ自体を極力シンプルにし、 ネットワークの中で使う。機能を抑えることによって小 型化が可能になった。これこそが「発明」なのだという。 券などに埋め込まれたチップが壊れないよう 米粒と比較したミューチ ップ(東京都国分寺市の にするにも 日立製作所中央研究所) 小さい方がいい。シリコンウエハーから取れるチップの数 が増え、ごみの付着による不良品発生の確率も下がって、コストも改善する。 ■距離も延長 さらに、9月には薄膜アンテナを内蔵した名刺大のラベルにチップをはり 付ける技術を開発、通信距離をこれまでの 30cm 程度から 70cm に延ばした。従来のミュー チップの設計を変えずに専用ラベルにはり付けるという簡単な方法でコストを抑えたのが、 新技術のポイントだ。万博の入場券や衣料品の在庫管理などには 30cm でよかった。しかし、 距離が延びれば、チップと外部の管理システムが離れても情報をやり取りできるようにな り、用途がぐっと広がる。70cm になれば、宅配業者が荷物にこのラベルをはり、ベルトコ ンベヤーに載せたまま荷物のデータを読み取って、自動的に仕分けることもできる。ミュ ーチップは元々、紙幣や有価証券の究極の偽造防止対策として考えられていたという。同 じID番号が存在せず、書き換えもできないためだ。今後はもっと用途が広がり、日常生 活に欠かせない道具になるとみられている。(吉原宏樹) メモ:日立はミューチップの ID 番号がダブらないよう管理しており、これからも同じ番 号は存在しない。野村総合研究所は、 IC タグ市場が 03 年度の 126 億円から、09 年度に 1022 億円に急増すると推計する。 19 ひとこと:ミューチップの課題は価格。今は 100 万個以上買った場合でも1個 10 円台。た だ同然のバーコードより高く、安い商品につけるほど割高だ。 5:カモ、トキ、トンボ…生き物銘柄米たわわ 消費者「安全」、高まる人気 朝日 5.7.4 カモにメダカにゲンゴロウ。水田に暮らす生き物の名前をつけるなどした「生き物ブラン ド米」が全国各地で誕生している。水田に生き物を戻すのを目的として始めたものがほとん どだが、魚や鳥が暮らす水田で育ったということが、「食の安全」を求める消費者に受け入 れられているようだ。コシヒカリ、キヌヒカリと品種は様々だが、通常より高値でも完売 するブランド米もある。(浅見和生) ラムサール条約の登録湿地の石川県加賀市の片野鴨池。そこから1km ほど離れた同市の 農業山本幸次郎さん(77)の田んぼは今、40cm ぐらいの稲が青々と育つ。この田んぼ、実は 周辺の水田とは少し違う。秋収穫した後も、そして冬も、田んぼは水が張ったままだった。 鴨池に飛来するカモの多くは、水面や水中のエサを濾し取って食べる。だが、乾田化が進 み冬場に水を抜く田んぼが増え、カモの飛来も減少した。このため、環境 NPO 法人「鴨池 たんぼクラブ」が、えさ場確保のために、冬の田んぼにも水を張るよう、山本さんに依頼し た。そこで育った米は、特に飛来数が減っていたトモエガモにちなんで「加賀の鴨米ともえ」 と名付けられ、01 年から販売。カモは水田の落ち籾の他に雑草の種を食べるため、除草剤 は通常の半分ですむ。糞が肥料代わりになるため、化学肥料も通常の半分以下だ。米はイ ンターネットを使って全国に売られる。横浜市戸塚区の会社員岡望さん(54)も購入者の一人。 「渡り鳥が好んで飛来する水田で育った米なら、安心して食べられる」と話す。農林水産省 によると、生き物ブランドが増えたのはここ3、4年で、同省が把握しているだけで全国 で 18 種。それまでの地域ブランド米は、ほとんどが地名がつくものだった。 農薬少なめ 滋賀県は、フナずしの原料のニゴロブナが外来魚の影響で激減したため、 産卵場を水田に確保しようと取り組む。04 年度は彦根市や近江町で、琵琶湖から魚が「遡上」 しやすいように、水路の水位を高めに設定。約4ha の水田で農薬や化学肥料を半分以下に した。「魚のゆりかご水田米」と名付けた。近江町の農業高橋克治さん(37)は「魚が泳ぐ安全 な環境で育てたというイメージをアピールできる」と話す。今年度は、「ゆりかご米」の作付 面積を 30ha に拡大、県農村振興課は、「将来は、琵琶湖周辺のブランド米として定着させ たい」と意気込む。 自然保護も 広島県尾道市の農家は、減農薬でゲンゴロウなど水生生物との共存を目指 す。「源五郎米」と名付けた。05 年産は 7.4tを出荷予定だが、すでに3割以上は予約が入 っているという。大型のガンの仲間の名前をつけた茨城県稲敷市の「オオヒシクイ米」は5 kg3500 円と通常のコシヒカリに比べて 1.5 倍近く高い。それでも、毎年約 7.5tが完売す る。サントリー次世代研究所(旧不易流行研究所)の佐藤友美子部長は、「消費者からすると、 食への安全性だけでなく、購入することで、自然保護をサポートしているという満足感も 得られる。こうしたブランド米は増えていくのでは」と話す。 ■主な生き物ブランド米(農林水産省資源課調べ) 伊豆沼オリザ米 はつかり米 雁の里米(宮城県登米市) ふゆみず田んぼ米 雁音米(宮城県田尻町) トキひかり(新潟県佐渡市) ハッチョウ米(新潟県柏崎市) メダカ米(新潟県妙高市) 不耕起メダカ米(栃木県宇都宮市) 加賀の鴨米ともえ(石川県加賀市) 魚のゆりかご水田米(滋賀県彦根市など) コウノトリの舞(兵庫県豊岡市) 源五郎米(広島県尾道市) メダカ米(高知県日高市) 20 サシバの里・穴塚米(茨城県土浦市) 稲守貝米(福岡県前原市) オオヒシクイ米(茨城県稲敷市) 湘南タゲリ米(神奈川県茅ヶ崎市) ハッチョウはハッチョウトンボ、サシバはタカの仲間の鳥、タゲリはチドリの仲間の鳥。「伊 豆沼オリザ米」のオリザはラテン語で稲の意味だが、渡り鳥のえさ場確保のため冬の水田に 水を張り、米袋にも鳥の存在をアピールしている。 写真説明:加賀の鴨米ともえの袋と、鴨米が育つ水田(石川県加賀市) 6:死亡、10 年で 1.8 倍急増 農作業中の高齢者事故 農水省調べ 朝日 5.3.3 お年寄りの農作業中の死亡事故が 10 年間で 1.8 倍に急増していることが2日、農林水産 省の農作業事故調査で分かった。02 年の 70 歳以上の死亡者は 233 件で全体の6割を超え 過去最高。同省は、都道府県を通じて、高齢化した農家を個別指導する「農業作業安全指導 員」の養成を強化する方針だ。調査によると、02 年の死亡事故は全体で 384 件。ここ 10 年 間は 371 件から 409 件の間で推移している。70 歳以上の件数を比較すると、93 年は 126 件(全体の 34.0%)だったが、年々増加し、02 年は 233 件(同 60.7%)となった。02 年の事故 全体の原因を見ると、農業機械作業中の事故が 269 件で、そのうちトラクターなどからの「転 落や転倒」が 126 件(同 46.8%)と最も多かった。農業就業人口の高齢化は年々進んでおり、 02 年は 65 歳以上が 55.4%。お年寄りの死亡事故の増加は「農家全体の高齢化とともに、お 年寄りが注意力や判断能力が落ちたことに気づかないことが原因」(同省生産局)と見ている。 21 2-3 持続可能社会おける農業農村情報研究の役割 2-3-1 はじめに 世界の人口は、国連人口基金(UNFPA)の世界人口白書(2005年版)によると、 1年間に7600万人増加し、約65億人に達しようとしている。また、2050年にお ける人口予測は約90億人で、その後も増加傾向が続くと予測される。そして、生活質の 向上と相まって、食料問題は、人口増加が著しい開発途上国だけでなく、先進国において も重要な問題である。特に、我が国の食料自給率は、熱量換算で40%、穀物で28%と 世界の主要先進国の中で最低レベルであり、食料安全保障の問題として、主食物(穀物) である食糧だけでなく、野菜類や果実類、肉類、魚介類などを含めた食料としての自給率 の向上が求められる。 このように、世界的にみても、我が国においても、食料問題は、解決すべき重要な問題 であるが、世界規模での増産のための生産場の拡大が、森林破壊や砂漠化、海洋汚染など の地球規模の環境問題を引き起こしている。我が国においても、世界各国からのマテリア ルフローが集中し、農耕地での過度の肥料や農薬の使用、家畜糞尿や養殖餌料などが、湖 や沿岸域の富栄養化や汚染の問題を引き起こす要因になっている。一方、我が国において は、生産年齢人口の減少が、地方において顕在化しており、特に、第1次産業においては、 後継者問題が深刻な問題になっている。さらに、食料の安全性や消費者ニーズへの対応も 重要な問題である。そこで、ここでは、このような問題を解決していくための持続可能社 会における農業農村情報研究の役割について、我が国における第1次産業のイノベーショ ン(Innovation)、即ち新しいアグリシステムとの関係で考えてみる。また、地球規模の問題 として、気候変動や食料生産と密接に関係する砂漠化の問題を例に述べる。 摂取熱量 食生活の質 安全性 食料需要 穀物生産 世界人口増加 飢餓・食糧安保 食肉生産 水産物生産 食料・飼料餌料生産(食料供給) 環境劣化 (土壌・水質) 異常気象 生産場の拡大 環境改善 生産性の向上 労働人口減対策(法人化) 自動化・環境制御 生産性向上・対策 地球温暖化 環境変化・汚染 図1 人口と食料と環境問題の相互関係 2-3-2 人口と食料と環境のトリレンマ 図1は、人口と食料と環境問題の相互関係を図示したものである。世界人口の増加は、食 料需要を増加させる。このため、食料増産が必要となるが、過度の生産は、土壌や水質な どの環境劣化を引き起こし、また、砂漠化や地球温暖化、湖沼や海洋の汚染などの問題を 生じさせる。このような環境の変化や劣化は、食料の生産性を低下させ、食料の需給関係 22 にアンバランスを生じさせる。 世界人口 世界穀物生産 途上国人口 途上国穀物生産 増加率(%) 80 60 40 20 0 1998 2015 (年) 2030 (FAO world agriculture: towards 2015/2030より改変) 図2 世界全体と途上国における人口と穀物生産の2000年比の増加率予測(FAO world agriculture: towards 2015/2030 より改変) 図2は、世界全体と途上国における人口と穀物生産の1998年比の増加率予測を示した ものである。人口に比べて穀物生産の増加が大きく、この図からは、食料問題が顕在化す るようにはみえない。この増産の原因は、耕地面積の拡大に加えて、生産性の向上に依存 するところが大きい。小麦や米、トウモロコシなどでは、耕地面積の拡大以上に、生産性 の向上が期待されている。 ところで、国連食糧農業機関(FAO)の統計データなどをみると、各国の人口一人当たりの 摂取熱量は所得に依存して増加する。しかし、穀物消費量は飢餓に瀕している場合を除け ば所得には依存しない。最貧国では、動物性の摂取熱量はほとんどないが、所得が増加す るに従って、動物性に依存する割合が大きくなり、先進国では、動物性のものが、植物性 の1/3程度にまで達している。熱量換算で、最貧国では1日一人当たり1500∼20 00カロリー、また、米国などの富裕国では3500カロリーを超える熱量を摂取してい る。所得の増加に伴う動物性の摂取熱量の増加は、脂肪やタンパク質の摂取量の増加をも たらす。このため、これらの摂取量も最貧国と富裕国では数倍程度の差がある。 肉類生産のために必要な土地は、例えば、トウモロコシを飼料とする場合、kg当たり、 牛肉で 16.3m2(7倍)、羊・山羊で 9.3m2(4倍) 、豚肉で 9.3m2(4倍)、鳥肉で 4.7m2(2 倍)とされる。世界の人々が、より豊かな生活を求めるようになると、図2で述べた穀物ベ 23 ースでの需給関係が崩れる。耕地の生産力を超えた過剰な生産は、土壌劣化による砂漠化 や森林消失による温暖化の問題を引き起こす。例えば、中央アジアでの灌漑によるアラル 海の干上がりや塩類集積の問題は、不可逆的ともいえる生産性の低下をもたらしている。 また、アメリカでも、灌漑のための地下水の過剰な汲み上げが深刻な問題になっている。 長江を堰き止めた三峡ダムは、水資源の確保のためではあるが、ダムへの土砂の堆積など 将来に問題を残している。半乾燥地における過放牧や薪炭材伐採の問題、熱帯林などの焼 き畑の問題なども深刻である。不可逆的な生産性の低下は、需給のバランスを将来大きく 崩す可能性を秘めている。 表1 先進各国の熱量換算と穀物の自給率の変化 (農林水産省 平成15年度食料自給率レポート) 国名 オーストラリア カナダ アメリカ フランス ドイツ スウェーデン イタリア オランダ イギリス スイス 日本 熱量換算自給率(%) 穀物自給率(%) 1970 2001 2001 206 109 112 104 68 81 79 65 46 46 60 265 142 122 121 99 85 69 67 61 55 40 273 142 127 175 132 119 80 24 88 63 28 表1は、先進各国の熱量換算と穀物の自給率の変化を示す。各国の 1970 年と 1998 年(我 が国は 1999 年)の自給率を比較すると、日本以外の国の自給率が上昇していることがわか る。イギリスやスイスは、1970 年には我が国よりも遥かに自給率が低かったが、現在はそ の値が逆転している。ドイツは我が国と同じ程度であったが、現在は完全な自給国になっ ている。フランスは、小麦などの輸出国である。なお、世界の小麦やトウモロコシなどの 穀物の輸出国は、アメリカやカナダ、オーストラリアなどの一部の国に限られている。 我が国の食料の自給政策は、米を中心に行われてきた。このため、米の自給は確保され ているが、他の食料の自給率は年々減少している。小麦や大豆の自給率は5∼10%であ り、牛肉や果実で30∼40%、魚介類で50%程度である。近年、野菜なども近隣諸国 からの輸入が増加している。今後、開発途上国の食生活の質が向上し、また、環境問題な どにより生産適地の拡大が減少すると、先に述べたように絶対量の不足が生じる可能性が ある。このため、他の先進各国と同様に、将来における自給率の確保が必要となる。それ と同時に、食生活の質の変化や安全性に対する対策も必要となる。 一方、国立社会保障・人口問題研究所の報告(中位推計)によれば、我が国における人 口は、少子化のために、2006年に、1億2千8百万人弱で最大になり、その後減少に 転じ、2050年にはおおよそ1億人、2100年には7千万人弱になると予測されてい る。また、15∼64才の生産年齢人口でみると、1990年代にすでに減少に転じてお り、2000年で68%(全人口比)、2050年には54%の5千4百万人に減少すると 予測されている。この生産年齢人口の減少は、地方では既に顕在化しており、特に、第1 次産業において、後継者問題として、深刻な問題になっている。将来の生産年齢人口の減 24 少は、さらに深刻な問題になっていくことが予想され、このままでは、我が国の食料生産 にも重大な影響を及ぼす。 2-3-3 新アグリシステムの構築 上述の人口(世界人口の増加と我が国における生産年齢人口の減少)と食料(食糧安保、 食生活の質、安全性)と環境(環境変化や汚染)のトリレンマ問題を解決のためには、産 業のイノベーションが必要となる。ここでは、我が国の第1次産業におけるイノベーショ ン、即ち、農業だけでなく林業や養殖漁業を含む新しいアグリシステムの姿について考え てみる。 水資源・環境改善 食料増産 ・水質・土壌・大気 ・温暖化防止 ・土壌劣化防止 ・湖沼・海洋汚染防止 ・穀物 ・野菜・果実類 ・肉類 ・水産物 生産 バイオマス 企業化 新資源の開拓・新製品開発・技術 リサイクル・エネルギー 革新・工場生産・企業化・生産委 新商品の開発 託・安全性対策・環境エネルギー対 医薬品開発 抗癌剤等 策 農山漁村振興 (中核機関) 食品開発 観光・レクリエーション 機能性(健康・老化・疾病予防) 情報の収集発信 安全性(農薬、バイオ、疾病対策) ネットワーク化 利便性(レトルト食品) 嗜好性(ダイエット食品) トレーニング アセスメント 企画研究開発 流通 消費 流通経路の簡素化 ブランド化・安全性確認保証 新しい経営組織 新市場の開拓 消費者の嗜好対応 販売促進 図3 第1次産業におけるイノベーションの概念図 イノベーションの概念は、経済学者であるシュンペーターによって提唱されたが、我が 国では、技術革新という意味で用いられることが多い。しかし、本来の意味は、生産技術 の革新だけでなく、新商品の導入、新市場、新資源の開拓、新しい経営実施などを含む概 念であることから、第1産業のイノベーションを考える場合にも、当然のことながら他の 産業のイノベーションと併せて考える必要がある。 図3は、この考え方を第1次産業におけるイノベーションに当てはめたときの概念図であ る。第1次産業は、本来、農業や林業、水産業などの直接自然に働きかける産業である。 これは、図3における生産分野の一部とみることができる。しかし、第1次産業の活性化の ためには、第2次産業や第3次産業とのさらなる融合が必要である。そして、これらを結 びつけるのがITであり、農業農村情報研究である。現在、第1次産業における就業者の 高年齢化と後継者不足により、従来の第1次産業の相続による就業形態を変えるべき状況 にきている。図3には、生産と流通と消費の中心に、中核機関を描いているが、これは、第 1次産業のイノベーションを、中核機関を中心に推進していく必要性を示している。中核 25 機関は、農業法人や一般企業、非営利法人、大学など、どのような組織でもいいと思うが、 生産と流通、消費に関する情報の収集と発信、新製品や新市場の開発、新しい生産・流通 システムの構築、人材のトレーニングとネットワーク化、アセスメント、企画研究開発な ど、イノベーションの中核たる役割を分担して担う必要がある。 先に述べたように、我が国における食料問題は、食料の絶対量の確保、即ち自給率の向 上とともに、食品の安全性や消費者ニーズへの対応が重要である。最近話題になっている 安全性の問題には、狂牛病や食品における残留農薬、遺伝子組換え作物などがある。狂牛 病は、牛海綿状脳症(BSE)とも呼ばれ、プリオン病の一種であるが、これは、肉骨粉 などのリサイクル型の飼料に含まれるBSE病原体となった異常プリオンタンパクにより 発症する。我が国では、現在、全頭検査をしているが、従来、発病しないといわれていた 30ヶ月以下の牛でも異常がみつかっている。これらの家畜を原料とする製品は、食肉や ミルク、焼き肉用の内臓以外にも、加工食品、医薬品、化粧品、医療材料などに使用され ている。また、残留農薬の問題は、最近、中国などからの輸入農産物に高濃度の残留農薬 が検出されたことから問題になったが、我が国でも、比較的高濃度の残留農薬が検出され ることもある。遺伝子組換え技術は、食料や飼料の増産のための有力な方法として期待さ れているが、我が国ではまだ安全性について国民的なコンセンサスがとれておらず、食品 としてのアレルギーがある。これらの問題に対しては、現状で考えられる対策を講じても、 将来、問題が起こる可能性を完全に否定することはできないところに、食品の安全性管理 の難しさがある。このため、生産から消費までのトレーサビリティを確保し、問題が発生 した場合に迅速に対応できる体制をとることが重要である。また、生産や流通の規範と認 証システムの整備が必要である。消費者ニーズの観点からみると、機能性食品やレトルト 食品、嗜好性食品などの開発、さらに、医薬品開発などは、生産物の付加価値を高める。 また、消費者の年齢層を考慮した食品の開発が必要であり、独身層や高年齢層の増加に対 応させることが重要となる。このためには、消費者ニーズを、常時、的確にサーチし、対 応していく体制の整備と、ニーズそのものを作り出すことや、ブランド化なども必要とな る。市場は、わが国だけでなく、先進各国や富裕層が増大している東アジア地域に拡大し ていく必要があろう。 我が国の中山間地における過疎化・高齢化は、生産活動の低下だけでなく、農林地の荒 廃を引き起こし、集落の存続維持さえ困難にしている。このため、耕作地の大規模化や生 産委託、企業化などによる対策が必要とされる。また、エコツーリズムや古里としての観 光・レクリエーション資源としての活用も重要である。地球温暖化対策のための温室効果 ガスの削減や排出権取引などの問題に関連して、森林や農耕地管理の重要性が高まってお り、また、そこで生産されるバイオマスのリサイクルやエネルギー利用を促進していく必 要がある。京都議定書では、2008年から2012年の第1約束期間において、我が国 の温室効果ガスの排出量を6%削減することが決められており、そのうち3.9%を森林 などの吸収に期待している。また、削減目標の達成のために、先進国の間でプロジェクト を行う共同実施(JI)や途上国とのプロジェクトを通して削減する、クリーン開発メカニ ズム(CDM)、排出量取引などの取り決めがあり、今後、森林を含めたバイオマスのリサイ クルとエネルギー化の技術開発や取引システムの確立が重要とされる。将来、炭素税など により財源を確保し、これを農林地の管理とバイオマス精製工場や製品工場を中心とした 地域地振興にあて、バイオマスリファイナリー社会を構築していくために利用することが 必要とされる。 26 新アグリシステムの構築 GPS衛星 人工衛星 施設生産・ポストハーベスト ・バイオ技術 ・飼料・餌料生産技術 ・種苗生産技術 ・栽培・飼育技術 ・環境制御技術 ・自動化・省力化・ロボット技術 ・計測診断技術 ・廃棄物のリサイクル技術 ・バイオマスエネルギー技術 ・加工・貯蔵技術 ・安全安心技術 企業化 養殖漁場 と環境保全 地域生物生産・環境管理 ・安全安心・環境保全型生物生産技術 ・自動化・省力化・ロボット技術 ・水資源・地域環境管理技術 ・階層的リモートセンシング技術 ・Rural-GIS・地域計画 ・LCA ・バイオマスリファイナリ社会構築技術 ・観光・レクリエーション 農林地管理や環境保全 精密農業 生物生産工場 農山漁村振興 流通・経営管理システム・IT化 ・適正農業規範 ポストハーベスト バイオマスエネルギー ・生産 /流通/消費/経営情報システム ・食の安全安心トレーサビリティシステム 消費者 輸出 加工場 産 学 官 農林水産業・農山漁村整備事業 やエネルギー開発との連携 アグリ産業の イノベーション ITインフラ整備 図4 新アグリシステムの概念図 図4は、第1次産業のイノベーションのための新アグリシステムの概念図である。従来は 個別に行われていた生産、流通、消費段階までを一体化して考える新しいアグリ情報シス テムを構築することで、環境保全や食の安全に考慮しつつ、農山漁村の活性化、食料生産 の効率化を図ろうとするものである。即ち、バイオテクノロジー、リサイクル、IT、ロボ ット、リモートセンシングといった技術を集結し、消費者ニーズへの対応、流通の簡素化、 企業的な経営、ビジネスとしての効率化、工場化、環境保全と食の安全性の確保などをシ ステムとして実現しようとするものである。今後、官公庁予算による農山漁村の整備事業 や IT インフラ整備、また、民間も含めた特区事業などの動きとあわせて、産学官の連携に よるモデル研究や事業の推進が望まれる。 2-3-4 地球規模の環境問題への対応 地球温暖化や砂漠化、水資源などの地球環境の問題に関連して、地球観測の重要性が科 学技術研究の最重要課題として取り上げられている。 砂漠化の問題は、地球規模での農業問題としてとらえることもでき、温暖化や水資源の 問題とも密接に関連している。図5は、砂漠化の構図と砂漠化研究の流れ図を示したもので ある。1996年に発効した国連の砂漠化対処条約では、被影響国の貧困の撲滅と、食糧 安全や人口動態、自然資源の持続的管理、持続的農業慣行、多様なエネルギー資源の開発 と効率的利用、制度的法的枠組み、影響評価と体系的観測の強化、教育と公衆啓発などを 保証するための、住民レベルから、国家、国際機関のレベルでの行動計画の立案と実施が 求められている。このため、情報の収集と分析、研究活動の支援、技術移転などの科学技 術協力が重要とされる。具体的な課題としては、(1)砂漠化の原因・機構・影響の体系的 解明、(2)砂漠化のモニタリングとデータベース、(3)新技術・代替システムの開発と 対策計画の作成、(4)持続的な土地利用システム、(5)生態系の保護と植林、(6)効率 27 的な援助とその評価および行動計画作成のための支援、などがあげられる。全ての課題に 農業農村情報研究は密接に関係するが、特に、 (2)は地球観測のプロジェクトとも関連し、 砂漠化の現状把握やそのデータベース化、モデル開発、砂漠化の体系的解明や予知、ある いは対策などのために重要である。 (大政謙次:砂漠化防止に求められるもの「新しい地球環境学(西岡編)古今書院」) 図5 砂漠化の構図と砂漠化研究の流れ図 砂漠化のモニタリングでは、人工衛星などからの広域リモートセンシングによる土地利 用(あるいは植生指数)や降雨の推定などに加えて、社会・経済的側面も含めた総合的な モニタリングが要求される。広域リモートセンシングは、現状ではその画像情報の信頼性 に問題があり、また、空間解像度の高いセンサーを搭載した人工衛星が打ち上げられては いるが、高解像度での連続的なモニタリングには限界がある。このため、砂漠化モニタリ ングでも、他の分野のモニタリングと同様、人工衛星での観測と地上観測やバルーン、航 空機などによる定期的な観測とを併用して、モニタリングの精度と得られる情報量の増大 をはかる必要がある。最近注目されているインターネットとリンクした安価なフィールド サーバーを砂漠化モニタリング向けに改良した観測ネットワークの構築が期待される。そ して、気象情報や土地利用、水資源、生態系などに関する情報を収集解析し、これらの情 報を介して人間活動や影響関連の情報との関係を明らかにし、対策に利用していくことが 必要である。 2-3-5 おわりに ここでは、農業農村情報研究の役割を、我が国における第1次産業のイノベーションや 地球環境問題の一つである砂漠化の問題を例に考えてみた。我が国では、自給率の向上や 生産コストの問題とともに、就労者の老齢化や過疎化、消費者ニーズ、食の安全性、流通 の簡素化、生産場の環境問題などに対する対策が必要となる。このために、生産と流通と 28 消費を一体化してとらえた第1次産業のイノベーションを推進していくことが重要である。 そして、地域の活性化とバイオマスリファイナリ社会の実現のために、今後、農山漁村の 整備事業や IT インフラ整備、さらに、民間も含めた特区事業など、産官学の連携によるモ デル事業やプロジェクト研究の推進が望まれる。一方、地球規模の問題に関連した農業農 村情報研究の必要性について、砂漠化の問題を例に取り上げた。そして、地球観測と協調 した砂漠化モニタリングとその情報利用研究の重要性について述べた。今後、地球環境分 野での農業農村情報研究の発展が期待される。 参考文献 1) 東京大学農学部編,1998:人口と食糧.朝倉書店 2) 西岡秀三編,2000:新しい地球環境学.古今書院 3) 湯川英明(監修),2001:バイオマスエネルギー利用の最新技術.シーエムシー出版 4) FAO,2002:World agriculture: towards 2015/2030. Summary report. 5) 動け!日本タスクフォース編,2002:動け!日本―イノベーションでかわる生活・産 業・地域.日経BP社 6) 農林水産省,2002:食料・農業・農村白書,森林・林業白書,水産白書.平成 14 年度 版. 7) 山内一也・小野寺節,2002:プリオン病―BSE(牛海綿状脳症)のなぞ.近代出版 8) 大政謙次,2003: リモートセンシングの最新技術と農業・環境分野への利用.「リ モートセンシング研究の現状と将来ー農林水産技術への活用に向けてー」.農林水 産技術情報協会. 9) 大政謙次・原沢英夫・(財)遺伝普及会(編),2003:地球温暖化―世界の動向から対 策技術までー.生物の科学遺伝 別冊 No.17 10) RSBS事務局,2005:サステナビリティの科学的基礎に関する調査報告書.イース クエア 11) USDA ERS:PS&D online. 12) Munack, A. et al. (eds), CIGR Handbook of Agricultural Engineering. Vol.6. ASAE (in press) 29 2-4 アジア・アメリカ・ヨーロッパにおける農業情報ネットワークの現状 ここでは、筆者が参加した国際会議をもとに、アジア・アメリカ・ヨーロッパにおける 農業情報ネットワークの現状について報告する。 現在、農業情報ネットワークを主題とする国際会議としては WCCA(World Congress on Computers in Agriculture) が あ り 、 さ ら に 各 地 域 毎 に AFITA(Asian Federation for Information Technology in Agriculture), EFITA(European Federation for Information Technology in Agriculture) , PanAFITA(Pan-American Federation for Information Technology in Agriculture)が組織されている。残念ながら、まだアフリカには WCCA をサ ポートする地域組織は構築されていない。 農業情報に関する初めての学術的な会議は、1982 年にアメリカ合衆国フロリダ州 Tampa で開催された National Conference of Computers on Agricultural Extension Programs である。1980 年代にフロリダ大学が農業用ロボット研究のリーダー的存在であったことか ら、この会議はフロリダ大学 IFAS(Institute of Food and Agricultural Sciences)が主催し、 2回目の 1986 年には、名称も International Conference on Computers in Agricultural Extension Programs に変わり、国際会議に格上げされた。その後もフロリダ大学の主導で 2年毎に開催され、主としてフロリダ大学本部のあるフロリダ州 Gainesville や Orlando 近郊のディズニーワールド近くにある Lake Buena Vista などが会場となった。1994 年の 第5回国際会議からは名称が International Conference on Computers in Agriculture に 変更され、第6回は 1996 年にはメキシコの Cancun で開催された。 その後、地域組織である EFITA が 1996 年に、AFITA が 1998 年に組織された。2002 年には International Conference on Computers in Agriculture が World Congress of Computers in Agriculture and Natural Resources(WCCA)に名称変更され、第1回会議が 3 月にブラジル イグアスの滝で開催された。この際、アメリカ大陸にも AFITA などに相当 する地域組織が必要と認識され、後日 PanAFITA が組織された。これにより、EFITA, AFITA, PanAFITA より構成される WFITA(World Federation for Information Technology in Agriculture)が WCCA の主催団体という現在の体制が構築された。 第1回の WCCA では、精密農業、コンピュータモデリング、ニューラルネットワーク、 画像処理、水管理、GIS、自動制御、温室管理、インターネット・ネットワーク応用、情報 配信・データベース、エキスパートシステム、コンピュータストラテジー・ポリシー、畜 産といったカテゴリーが設定され、120 以上の口頭発表が行われた。参加者は、ブラジル、 アメリカ合衆国はもとより、日本、中国、カナダ、イタリア、ドイツなど 25 カ国に及んだ。 その後 WCCA は、構成組織である AFITA, EFITA, PanAFITA との共同開催の形を取りな がら、2004 年にタイ国バンコク、2005 年にポルトガル Vila Real で開催され、今年は7月 24 日から 26 日までアメリカ合衆国フロリダ州の Lake Buena Vista で開催される予定であ る。発表のカテゴリーも、普及、意志決定支援システム、教育・トレーニング、遠隔授業・ 専門認定、e-AgBusiness and Production Chain Management、現場でのデータ計測と収 集、食の安全とトレーサビリティ、GIS、グリッドコンピューティング、情報システムとデ ータベース、自動制御、Web サービス・ポータル・インターネットアプリケーション、Library Science と知識表現、モデリング・シミュレーション、パッケージング科学と技術、ユビキ タスコンピューティング、精密農業、農村・環境開発および政策、ワイヤレス・センサー ネットワークと拡大し、大会委員長のフロリダ大学 Fedro S. Zazueta 教授からの情報では、 200 を超える発表申し込みがあったとのことである。 AFITA は、 1998 年 1 月に和歌山市で第1回 Asian Conference for Information Technology in Agriculture を開催するにあたり、日本、中国、インド、インドネシア、韓 国およびタイの農業情報関係の学会をフルメンバーとして組織された。第1回の大会は、 和歌山県、中央農業研究所、三重大学を中心に組織され、常時接続回線を会場に引き込み 発表会場でネットワーク環境を提供したのは、当時としては画期的なことであった。Asian 30 Conference for Information Technology in Agriculture は、その後2年毎に韓国水原 (Suwon)、中国北京、タイ国バンコクで開催され、今年は 11 月 9 日から 11 日までインド Bangalore で開催される予定である。2004 年 8 月にバンコクで開催された第4回大会では、 開会式にタイ王室 Maha Chakri Sirindhorn 妃がご出席されるなど、タイでは国をあげて 農業への IT の応用に力を入れていることがうかがえた。口頭、ポスターあわせて 130 以上 の発表があり、参加者は 400 名弱であった。日本、中国、韓国、タイからの参加者が多く、 西アジア諸国からの参加は少なめであった。日本からの出席者は、農業環境工学関係の方 たちがほとんどで、残念ながら農業土木系は筆者ひとりであった。 会議に出席した感じでは、 ・ICT(Information and Communication Technologies) ・FOSS(Free Open Source Software) ・データベース ・Web サービス ・GIS ・携帯電話 といったところがキーワードになっているようである。また、情報関連分野ではデファク トスタンダードが重要になってくるが、Web-GIS はミネソタ大学で開発された MapServer が、ブローカー技術では中央農業研究所で開発中の MetBroker, ChizuBroker, DEMBroker などがデファクトスタンダードになりつつある。 EFITA は 1997 年に第1回大会がデンマークのコペンハーゲンで開催され、その後、2 年おきにフランスモンペリエ、ハンガリーDebrecen 、ポルトガル Vila Real で開催されて いる。このうち、モンペリエには、フランス国立農業工学・環境工学研究所(Cemagref)の Information and technology for agro-processes 部門もあり、ヨーロッパにおける農業情 報研究拠点のひとつになっている。昨年9月にはモンペリエで Fruit, Nut and Vegetable Production Engineering Symposium の第7回大会にあたる”Frutic05 Information and Technology for Sustainable Fruit and Vegetable Production"が開催された。研究発表では 画像や光を用いたセンシングの話が多く、この分野では日本の研究が先行している感じで あった。また、現場レベルでの適用事例に関する発表が少なく、基本的な計測原理に関す る発表では質疑も活発になる傾向が見られた。Excursion で Cemagref の中を案内してもら えたが、4年前にも訪問したことがある同行者の話では、以前は広いスペースを使って農 業機械の開発をしていたとのことであるが、現在は機械類が撤去され、そのスペースが画 像解析用に改造されたので、研究所全体として農業機械から農業情報への転換を図ってい ることがうかがえた。 31 3.農業農村情報を活かすための基盤技術の開発と応用 3-1 農業農村分野における GIS の利用 GIS1(地理情報システム)とは,地理的位置を手がかりに,位置に関する情報を持っ たデータ(空間データ)を,コンピュータを用いて総合的に管理・加工し,様々な形で視 覚的に表示または,分析や迅速な判断を可能にする技術である. この GIS 技術を利用して,農業農村整備事業では計画支援や施設管理,農協等の生産団体 では直接的な営農支援を,自治体では政策的な支援を,また販売・流通業者を通じて消費 者へ生産者情報・品質情報の開示を行うことが可能であり,導入する農業関連団体も増え てきている. 3-1-1 わが国の情報化施策におけるGISの動向 (1) e−Japan戦略とGISアクションプログラム 高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法,平成 13(2001)年1月6日施 行)第25条の規定に基づき「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本 部)が設置され,この第1回会議で国としてのIT戦略「e−Japan戦略(同1月2 2日)」が決定された.重点政策分野のひとつに地理情報システムの推進がある. この「e−Japan戦略」を具体化し,高度情報通信ネットワーク社会形成に向け政 府が迅速かつ重点的に実施すべき施策の全容を明らかにするための重点計画として, 「e− Japan重点計画(同3月29日)」が策定された.これは,今後IT戦略本部を中心と した内閣のリーダーシップの下で本計画を確実に実施し,その達成状況を継続的に調査す るとともに,必要に応じて新たな施策を重点計画に加えることにより,世界最先端のIT 社会への転換を迅速に推進するというものである. 表 1 e−Japan重点計画における年度ごとの具体的施策(GIS関連のみ抜粋) 計画年度 具体的施策 平成13(2001)年度 全国の 1/25,000 地形図の電子データ整備 G−XMLのJIS規格化 三次元 GIS に関する基盤技術の開発 平成14(2002)年度 全国の 1/25,000 地形図のインターネットによる提供 民間が整備保有しているデータの活用を図りつつ, 道路・街区・河川・海等の地理情報の電子化と提供 平成15(2003)年度 地理情報クリアリングハウスの登録内容等を拡充 データ構造等の仕様をJIS規格化 G−XMLの国際標準化機構(ISO)への提案 Webマッピングシステムの開発 1 Geographic Information System 32 また,GISの整備・普及をより確かなものにするため,GISに関係する国の行政機 関からなる「地理情報システム(GIS)関係省庁連絡会議」において,平成 14(2002) 年度以降を計画期間とする新たな計画「GISアクションプログラム 2002-2005」が策定 された.多くの人がGISコンテンツを利用できるように,① 様々な行政分野において効 率化・迅速化,公共サービスの質の向上,② 産業分野における新しいビジネスモデルの創 造,新規雇用の形成,③ 国民生活全般における安価で質の高い各種サービスの享受などが 可能になることを目指している. 3-1-2 GISの標準化動向 (1) ISO/TC211 ISO2(国際標準化機構)の211番目の専門委員会として,平成6(1994)年4月に 設置された.地理情報に関する国際標準化(地理情報標準)の検討を担当している.委員 会の正式名称は「地理情報/ジオマティクス」といい,5つのワーキンググループで構成 される.議長国はノルウェーで,参加国は投票権を持つ30ヶ国(日本を含む)と投票権 を持たないオブザーバ20ヶ国の計50ヶ国からなる. 専門委員会で検討された標準原案は,数度の議決手続きを経て,最終的に国際規格に認め られると「ISO-19100 シリーズ」と呼ばれるようになる. (2) OpenGISコンソーシアム(OGC) GIS関連企業や政府機関,大学等様々な団体が加盟する非営利団体で,異なるGIS 間での空間データ交換を可能にするオブジェクト指向型のソフトウェア仕様を検討してい る.この仕様に従うことにより,ネットワーク上に分散する空間データをシステムの違い を意識せずに利用することが可能になる.GISの中には,OGCの認定を受けた製品が いくつかある. OGCはISOと異なり非政府系の任意組織であり,法的な手続きや根拠を伴っていな い.したがって,策定される仕様は公式標準ではなく,パソコンのOSなどに見られる「事 実上の標準規格(デファクトスタンダード)」であることに留意する必要がある. (3) 地理情報標準 国土地理院では民間企業との共同研究により, 「GISの標準化に関する調査研究(平成 8(1996)∼10(1998)年度)」に取り組み,地理情報標準(第1版)を作りあげた.その 後,「地理情報標準の運用に関する研究(平成 10(1996)∼13(2001)年度)」に取り組み, 地理情報標準の普及のために必要な事項について検討がなされた. 国土地理院および民間企業(共同研究)では,ISO/TC211国内委員会を通して国 際規格案に対する意見・質問等を行い,また,国内委員会と連携しながら国際規格案に準 拠した地理情報標準の整備・拡充を行っている.ISO/TC211に準拠した地理情報 の標準化が図られることで,GISの普及に大いに役立つことが期待されている. (4) G−XML G−XMLとはXML3をGIS用に拡張して地図情報等の格納を可能にしたテキスト 2 3 International Organization for Standardization Extensible Markup Language 33 ベースの言語仕様である.我が国の産学官協同プロジェクトで開発され,平成 13(2001) 年に日本工業規格(JIS)化された.現在の仕様は第2版.WebGISにおけるデー タ交換手法として活用が期待されており,既にいくつかのWebGIS処理ソフトがG− XMLに対応している. G−XMLはネットワーク環境で地図を広く流通させるために不可欠なデータ形式と考 えられているが,一方で,① ISO/TC211による国際統合化に向けた取り組みの最 中であること,② 地図データの容量が従来の約6∼10倍になり,処理効率が落ちること、 などの課題を抱えていることに留意する必要がある. ISO/TC211 への働きかけを通じて国際規格との統合を進める過程で,OGCが推奨す るGMLとの相違が課題になっている(上記①).国際的な標準化に向けた団体同士のいわ ゆる 標準化競争 が起こっており,国内でもダブルスタンダードを危惧する声があがっ ている.この課題を解決すべく,G−XMLの第3版(国際統合版)ではGMLとの統合 に向けた取り組みがなされている. 処理効率の低下は,G−XMLがテキストベースの言語仕様であることに起因する課題 である(上記②).現在多く流通しているバイナリベースのデータ形式に比較して容量が約 6∼10倍に膨れあがるため,コンピュータやネットワークに過大な負荷がかかり,処理 効率が著しく損なわれる.いずれにしても実用化までにはしばらく期間を要する見込みで ある. 3-1-3 空間データ整備に関する技術動向 (1) 数値地形測量技術の最新動向 事業で整備する空間データの多くは,航空写真画像を電算加工して作成するデジタルオ ルソ画像(1/2,500 地形図と同等の位置精度を持つ航空写真画像)を基盤地図として,こ の上に農振地域や圃区等の情報を載せて整備する.デジタルオルソ画像はここ数年来の新 しい測量技術を用いて作成する.要求される品質レベルによって幾通りもの手法がある. 数値地形測量技術はここ1∼2年で急速な進展を遂げており,現在もなお進化の渦中にあ る.特にGPSや電子基準点を用いた自動空中三角測量やレーザー波による精密な地形標 高取得等がその代表例といえる. (2) 空間データ調達仕様書 農村振興地理情報システム整備事業(国庫補助)で整備する空間データの取得は「空間 データ調達仕様書」によることが規定されている.この仕様書は「中山間地域等空間デー タ基盤作成実施要領」をベースとしながらも,プロダクトスペック方式への移行という点 で設計思想が大きく変わった点が特長である. プロダクトスペック方式(成果品の品質を定める)が従来のプロセススペック方式(作 り方を定める)と異なる点は,① 作成手法・工程を限定しないため,関連技術の発展に応 じた新しい手法等の採用が容易になり,データ整備の効率化が期待できる,② 従来の地図 の仕様にとらわれることなく必要なデータ項目のみを示すため,オーバースペックの回避 が容易になる,③ データ項目とその品質を明確にするため,他業務での活用の可否を判断 し易くなり,重複投資の回避が容易になる. 一方,特に定めない限り作業方法は原則として自由なので,計画段階においては運用イ 34 メージを想定した品質の定義がとりわけ重要になる.さらに,成果品の品質の保証を考え た場合,作業規程による発注では規程に従って作業が行われることによって自動的に品質 が確保される部分が多いが,製品仕様による発注では成果品が要求仕様を満たしているか どうかの確認が常に必要となる. (3) 農業農村分野における GIS データの整備状況 現在,1/25,000 レベルの地形データは,国土地理院の「数値地図シリーズ」や市販地図 にあるよう全国レベルの整備は完了している.また,1/2,500 レベルの地形データも都市 計画区域においては,国土地理院の「数値地図 2500(空間データ基盤)」や総務省が市町 村で整備を進めている「統合型GIS」などにより概ね整備が完了している. 一方,農業振興区域においては,上述の都市計画や 1/5,000 の森林基本図が整備されて いる一部の森林区域と重複している区域を除いた 354 万 ha が全国的に未整備な状況であ る.このうち,農水省では,採草地などを除く 233 万 ha を低コストで目視による現況土 地利用が把握しやすく,同時に標高データが得られる「デジタルオルソ画像」による整備 を農村振興地理情報システム整備事業として推進している. H6 H7 H8 H9 H10 H11 1994 1995 1996 1997 1998 1999 H12 H13 2000 2001 H14 2002 H15 2003 2003 農地流動化水利用調整支援システム PC ため池防災データベース PC DB 農地整備地理情報システム (農地整備状況、基幹水利施設、農道・・) 農地環境緊急対策事業(中山間空間データ) PC:パソコン版GIS DB 農村振興地理情報システム整備事業 DB:データ整備 DB WebGIS:インターネットを利用したGIS 日本水土図鑑GIS WebGIS 図 1 農林水産省農村振興局における主な GIS の変遷 3-1-4 農業農村分野における GIS の利用 GIS を利用するためには,GIS ソフトウェアと空間データが必要である.空間データは, 図形データベースと属性データベースから構成され,図形データベースには,地番図,圃 区・耕区,排水路,農道等の範囲,路線等を示す線や面の図形情報,属性データベースに は,圃区・耕区の地番,地目,面積など各図形データの諸元情報や,関連資料の電子化さ れた台帳,図面,写真等がある. 空間データの作成には,多くの時間と費用を要するが,一旦整備されれば,GISソフ トウェアを使って様々な検討や分析が可能である. (1) 農業農村分野における GIS の効率的な利用 農業農村分野の各種施策の連携を効率的に進めていくためには,国・都道府県・市町村・ 土地改良区・農業協同組合・農業共済組合等が持つ空間データと共用し,地理的な条件や 35 事業の実施状況ならびに地域間の相互関係を地図上で把握することのできる GIS(地理情 報システム)の整備が喫緊の課題である.こうした空間データの共有化を図るうえで,そ の「あるべき姿」は以下の通りである. z 水土里ネット(各都道府県の土地改良連合会・土地改良区)はGISの構築について, 土地改良区から市町村・JAを含め,国,都道府県まで関わることができる立場であ る.また市町村とともに農業農村整備事業を通じて技術的サービスを実施しており, GISの利用を促進する仕組みづくりのコアー(センター),データバンクの役割が期 待される. z 農業農村分野における GIS の利用向上には,土地改良区・行政・農業委員会・JA・ 農業共済組合等の各機関の連携を進め,情報技術力の向上や人材育成に取り組むなど 容易なことではないが,ブロック単位の研究会の活動や,それ以上の広域連携型の研 究会での取組みが必要である. z 農業農村分野における GIS データの根幹を成す空間データの整備促進にあたっては, 市町村が保有する一般ニーズの高い空間情報データは,個人情報保護法へ抵触しない 範囲で情報共有されるべきであり,この仕組みづくりには総務省,農水省,都道府県 の支援策が急がれる. z 各地域レベルでの農業農村におけるGIS体系については,都道府県,及び市町村に おける統合型GISと相互流通可能なGISの構築が必須である.例えば,土地改良 区のためだけにデータを作成するものではなく,なるべく共有性の高いデータの運 用・管理が必要である.データ管理ソフト等においては,統合型GIS の形態,シス テム要件に併せた標準的あるいは汎用性・拡張性の高いものである必要がある. z 農業農村分野における GIS の利用は,農業従事者へのサービスの向上や,各関連機関 の業務の効率化を図る上で,GISの整備・普及を確かなものとするため,誰もが情 報にすぐにアクセスできるということが求められる. (2) 農村地域空間情報の迅速な公開と流通 インターネットを中核とした情報通信技術(IT)の革新とその活用は,21世紀を迎 えたわが国の社会・経済の発展を図るうえで,不可欠なものとなっている.産業の分野で は,情報通信技術を活用した生産性の向上や新たなビジネスの成長が期待されており,農 業分野においても,その活用を通じ,生産から流通にわたる多くの場面で様々な可能性を もたらすことが期待されている. さらに,近年,組織や個人を世界規模のネットワークで結び,双方向の情報通信をきわ めて低コストで実現するインターネットが普及しつつあり,農業分野にこれまでにない可 能性をもたらしている.従来型の情報システムは,地域内の情報センターから一方向に情 報提供を行う閉鎖型であり,関係機関の情報を相互に連携して活用できないなどの限界も あった.これに対して,インターネットを活用することで,農業者は,必要な外部情報を 必要に応じて迅速に入手することができるようになるほか,経営の内部で生じた情報を外 部に送信し,専門家の分析・判断を仰ぐことも可能となっている. 農林水産省では,さまざまな農業農村整備事業が各地域に計画・展開されており,生産 者の多様なニーズに応えるうえでも,既存事業で整備した空間情報を速やかに提供するこ 36 とが要求されている. (3) GISを活用した事業間の連携と計画策定の支援 農村で農業生産活動が行われることにより生じる多面的機能は,国民生活及び国民経済 の安定にとって重要な役割を果たしている.近年,特に農業生産条件が不利な中山間地域 等において耕作放棄地の増加等による多面的機能の低下が懸念され,農業生産活動の維持 を通じた耕作放棄の発生防止等の取組みが重要となっており,こうした取組みについて, 中山間地域等の住民だけでなく国民全体の理解と協力を得つつ推進していくことが必要で ある. 農業の有する多面的機能には,国土の保全,水源のかん養,自然環境の保全,良好な景 観の形成,文化の伝承等様々なものがあり,これらは,農業生産活動が行われることによ り発揮される有形・無形の価値であるが,農産物のように市場において評価されるもので はない外部経済効果としての性格,また,国民が対価を直接支払わずに享受できる公共財 としての性格を有している.平成 10(1998)年に農林水産省が発表した全国における農業 農村の多面的機能の計量評価は,農業粗生産額10兆円に対し,洪水防止機能・水源かん 養機能・大気浄化機能で6兆8千億円に達している.農業の有する多面的機能は,水田に おける稲作を中心に発展してきた本道の農業形態と密接に関連したものであり,その機能 を確保するうえで農業の持続的な発展が必要である. こうした背景を受け,デジタルオルソ画像と地図データが整備されてGISを活用する ことにより,農業情報・生活環境情報・防災情報等の多様な主題データが集約化され,数 値に根ざした分析や視覚的な検索/表示により迅速な判断を促す計画策定が可能となる. こうした主題データの整備効果を上げるため,国と地方の農政関係機関との間で連携を図 りつつ,積極的に情報利用していくことにより,事業者間の円滑な相互的調整事務,さら には管内事業受益者や消費者への充分なアカウンタビリティーが可能になる. このようにGISを活用して計画的・効率的な農業農村整備事業の推進を図ることが可能 である. (4) 地域資源データの体系化と活用(空間基盤戦略) 農村は,農業者を含めた地域住民の生活の場であるとともに,農業の持続的な発展の基 盤として重要な役割を果たしていることから,その中長期的なあり方を見据えつつ振興を 図っていくことはきわめて重要である.今後,地域特性とニーズに応じた適切な農村の整 備を行っていくためには,地域住民,行政,関係機関等地域の関係者が主体となって,目 標とすべき農村像を明らかにしたうえで農村振興の目標を設定し,その実現のために必要 なハード事業やソフト施策の連携を図りつつ,これらを一体的に実施することが重要であ る.特に,地域住民が計画の策定から事業の実施,施設の管理まで一貫して参加していく ことが,地域住民のニーズに即した無駄のない施設の整備及び適切な利活用と維持管理に つながることから,地域住民の主体的な参加を促進するとともにこれを積極的に受け入れ ていく必要がある. このようなことに加え,農村における快適な生活を送るうえで,日常的に利用する上水 道,道路及び住宅等の基礎的な生活環境基盤のほか,医療福祉施設,教育施設,文化施設, 交通・情報通信施設,商業施設等の生活支持機能の確保も重要であるが,単独の市町村で の対応が困難であるなど非効率な場合が多いのが現状である.このため,市町村合併が積 37 極的に推進されているほか,複数の市町村等の広域的な連携・機能分担による効率的・効 果的な地域づくりへの取組みや地方中核都市等との交流も促進されている. これからの農業農村整備事業を見据えるうえで,個性豊かな農村の多面的機能の維持増 進を積極的に推進するため,一体的にまとまりを持った地域特性に応じた重点的な事業実 施プログラムの策定が求められている.散在する地域資源データの集約化を行い,地域の 実情に応じた予算の優先配分ならびに事業効果の算定等が図れることが望まれている. (5) 情報化による農業構造改革の加速化と国内農業生産の展開 農業構造改革を推進するには,地域における担い手の明確化と農業経営施策の担い手へ の集中的・重点的な実施が重要だ.これらの取組を通じ,担い手の規模拡大や営農組織の 育成・確保を図る必要がある. また,国内農業生産の新たな展開では,水田作や畑作の経営を対象として,諸外国との 生産条件の格差を是正するための品目横断的政策が19年産から導入される.政策の対象 となる担い手は,認定農業者のほか,経営主体としての実体があるなど,一定の要件を満 たす集落営農組織である. これらの計画支援や「担い手育成確保方針マップ」の作成による合意形成において GIS は有効な手段となりえる. (6) GIS の活用による農業生産の高度化 農業生産に関するさまざまな機関が,その業務に応じてさまざまな情報(データ)を整 備している.これらの情報には,地図情報などの各機関で共通する情報もあり,それらを 共有化することで効率的かつ有効な活用を図ることができる.近年,わが国でも日本型精 密農業への取組みが始まっており,リモートセンシング技術による生育情報や可変施肥装 置等の農業機械への情報伝達のプラットフォームとして,GISは期待されている. また,1筆ごとのほ場の情報管理することで,食品の安心安全に対するトレーサビリティ やGAP(適正農業規範)などへの活用も期待される. 3-1-5 農業農村分野における GIS 利用の展開 (1) 農業農村分野における GIS の利用体系 用水計画・畑地灌漑・需要/供給量 施設維持管理 排水計画・常時/洪水時排水 施設計画・施設造成・施設維持管理 GISの利活用 地域資源管理 農用地情報管理 地域開発計画 地域資源管理 農村計画 土地評価・土地分級 農地流動化 農業経済 農業生産・経営 農振整備計画 生産調整業務 農地転用行政 中山間地域等直接支払い業 農地保有合理化 農用地利用集積 地域営農支援 品目横断的経営安定対策 集落営農の促進 図 2 農業農村分野における GIS の利用体系 38 (2) GISの基盤情報の展開 農業農村分野におけるGISの基盤情報としては,地形図,オルソ画像に次いで必要と なるデータとして農地筆データが挙げられる.これらの基盤情報は,これまでの様々な機 関や事業によって全国的に虫食い状態で整備されており,畑地地域や過疎地域などでは基 盤情報が無い空白地域が多数存在する.これらの空白地域の殆どは,農林水産業を主体と する地域である.これらの地域の情報化を進めることは,過疎地域の防災対策,担い手の 救済,環境保全対策などにおける施策支援やボランティア活動支援等に活用でき,その支 援ツールとしてGISが利用できると考える.農林水産省農村振興局では,全国の農業農 村地域における基盤情報の整備を図るべく,平成 18 年度から新規事業として「水土里情 報利活用促進事業」を予定しており,今後の国や自治体によって基盤情報が整備促進され, 農業農村地域が全てデジタル化されることに期待したい. (3) GISの基盤情報の運用 整備されたデータが陳腐化しないための維持更新や二次利用も重要な課題である. 農業農村整備事業では,事業計画作成時点でアナログの地番図が整備されているが,経年 変化やデジタル化の手間を考えると,自治体から最新のデジタル地番図を借用し,農地筆 データを作成するのが最も安価な方法と言える. 但し,地番図データには個人情報が含まれるため,個人情報保護ガイドラインに抵触し ないように手続きを行う必要がある.個人情報保護ガイドラインでは,①特定利用目的, ②保護されるべき全ての個人の同意、の2つの条件がクリアされれば,個人情報の利用が 可能となるが,多大な労力を必要する.今後,公益性の高い場合の仕組みや運用指針など の法令整備が待たれる. 39 3-2 ため池群の洪水軽減機能シミュレータ 3-2-1 はじめに 日本各地に築造されているため池は、今日においても灌漑水源として、重要な役割を果 たしている。また、ため池は豪雨時の洪水ピーク軽減や親水空間の形成、地域環境の維持 など、多面的な機能を持つことから、様々な効果を果たすことが期待されている。しかし 一方、水稲作付面積の減少による用水需要の減少、また管理者(池守)と受益農家の高齢 化や都市化などによる維持管理の困難などにより、潰廃の危機に直面しているため池も少 なくない。 今後、全国に 20 万余個存在するため池を現代にふさわしく管理・活用していくために は、改修・整備に関わる事業と共に、ため池の持つ多面的機能の効果や受益範囲を定量的 に明らかにし、新たな管理のための費用負担者や担い手の確保を図る等の方策、またそれ に関わる技術開発を行う必要がある。 本報告では、この一環として農業工学研究所において開発した、GIS(地理情報シス テム)技術を活用したため池群が持つ洪水軽減機能評価のシミュレータ(以下、単に「シ ミュレータ」と記す)のあらましを紹介する。加えて、広島県下を流れる椋梨川(沼田川 支流) ・椋梨ダム上流域(広島県東広島市・三原市)において、空間データ基盤等を活用し てシミュレータの入力データとなる流域情報GISデータベースを構築した事例、及びシ ミュレータ上で洪水流出のシミュレーションを行うモデル(以下、単に「モデル」と記す) を作成し、ため池群が持つ洪水ピーク軽減機能の評価を行った事例を紹介する。 3-2-2 ため池群の持つ洪水ピーク軽減効果シミュレータ ため池群の持つ洪水ピーク軽減効果を正確に評価するためには、単独ため池が持つ効果 を単純に足し合わせるだけではなく、各ため池の効果の発現時間差や地域内における降雨 強度・時間等のばらつき、河川や水路を流下する洪水流の到達時間差などを考慮する必要 がある。このシミュレーションを効率的・省力的に行うためにシミュレータを開発した。 シミュレータの概要を図-1 に示す。シミュレータでは、GIS(ESRI 社 ArcGIS)上に 構築した流域情報GISデータベースのデータ群と Excel 形式ファイルで用意した降雨デ ータをそのまま入力データとして用い、モデルを Excel 形式ファイルとしてGIS上で自 動作成する。作成したモデルを用いたシミュレーション計算は、表計算ソフト(Microsoft 社 Excel)を入出力のインターフェースとするプログラムで実行する。河川等の洪水流や ため池からの流出の解析には、広域排水解析などで実績のある不定流解析法を用い、後背 地からの降雨流出には、同様に実績のある、貯留関数法を用いている。 従来、不定流解析法や貯留関数法による広域排水解析等に際しては、紙地図上での計測 や判読等の作業でモデル作成に必要な地理情報を作成しており、多大な労力を必要として いた。シミュレータでは、必要な地理情報をGISデータベースとして構築し、これをそ のまま入力データに用いること、及び地理情報の処理にGISの諸機能を活用することに より、作業労力の軽減を実現している。加えて、ため池や河川の諸条件(洪水吐の構造や 貯水量、河川断面形状など)を変えてシミュレーションを行うことが容易に出来る。また、 表計算ソフトをシミュレーション計算時の入出力インターフェースとしていることから、 40 任意地点・時間の河川流量・水位、ため池貯水位の取得、及びグラフ作成などの取得デー タの加工処理も容易に出来る。 作成したGISデータが そのまま入力データ 数値地図25000 ため池台帳 ほか シミュレーション モデルの作成 流域情報GISデータベースの構築 数値地図25000等からArcGIS上に 1/25,000レベルのGISデータを作成 (一部データは現地での測量・調査の必要あり) ArcGIS上で実行 各種設定は表を操作するだけ、 不定流メッシュは自動作成なので、 水理解析モデルの作成は 大幅に省力化 河川流量やため池貯水率等の GISデータも自動作成 ArcGIS上にシミュレーション 結果を地図として表示 雨量データ アメダス等から入手 Excel形式ファイル化 プログラミング/ システム開発に関わる 特別な知識は不要 シミュレーション結果はMS-Excelの ワークシート(表)として出力 ハイドログラフもMS-Excel ワークシート上に自動作成 MS-Excel上で実行 流量(2_130) 120.000 100.000 流量 (m 3/s) 80.000 60.000 流量(2_130) 40.000 20.000 60:00 48:00 36:00 24:00 12:00 00:00 0.000 時:分 ハイドログラフの出力 地図データの出力 シミュレーションの実行 図-1 シミュレータの概要 3-2-3 流域情報GISデータベースの作成 (1) 流域情報GISデータベースの設計 (a) データ項目と構造 シミュレータの入力データとして必要な項目を表-1 に示す。流域情報GISデータベー スはこの入力項目に対応する様、図-2 に示す構造としている。 (b) 精度 国土交通省河川局河川計画課がとりまとめた「河川基盤地図ガイドライン(案)第 2.1 版」においては、表-2、3 のように、河川基盤地図として 1/2,500 レベルの河川図(詳細地 図)と 1/25,000 レベルの流域図(概略地図)の2つが提案されている。流域情報GISデ ータベースは流域全体の地理情報を扱うことから、1/25,000 レベルの精度としている。 表-1 ため池群シミュレータの入力項目 河道 接続点 流域 ため池 標高点 河川横断 土地利用 不定流メッシュ 流出点 流出方向 41 流域情報GISデータベース (図形データ) 水系界(ポリライン) (属性データ) 水系・谷(ポリライン) 河川断面 分割点(ポイント) 河道標高 粗度係数 後背地ブロック傾斜度 後背地ブロック(ポリゴン) 後背地ブロック面積 土地利用区分区画(ポリゴン) 土地利用区分 水面積 流入域面積 ため池(ポイント) 貯水量 堤高 堤長 溢流幅 溢流水深 図-2 流域情報GISデータベースの構造 表-2 河川基盤地図の種類 種類 河川図 精度 1/2,500 レベル (詳細地図) 対象範囲 対象区間 河道および沿川 200 河川改修計画が定めら ∼500m の範囲 れている河川区間 データの種類 河川背景データ 河川基図データ 河川基盤地図 河川基本主題データ 流域背景データ 流域図 1/25,000 レベル 流域全体 全法河川 流域基図データ (概略地図) 流域基本主題データ 表-3 描画精度 精度(標準偏差) 地図情報レベル 相当縮尺 (平面位置) (標高点の標高) 2500 1/2,500 1.75m 以内 0.66m 以内 25000 1/25,000 17.50m 以内 5.00m 以内 42 (2) 使用する空間データ等 (a) 一般に公開された空間データ 1995 年に地理情報システム関係省庁連絡会議が設置されて以降、ここで決定された「国 土空間データ基盤の整備及びGISの普及の促進に関する長期計画」 「GISアクションプ ログラム 2002-2005」等に基づいて、日本国内においてもGISの利用を支える空間デー タの整備が計画的に進められている。現在、従来は紙地図や冊子等のみで提供されていた 地理情報についても、その多くが電子媒体やインターネットを通じて電子情報として利用 可能となっている。特に、1/25,000 地形図については、これを基に全国を対象に作成され た各種の数値地図が国土地理院より一般に提供され、GIS構築に利用出来るようになっ ている。現在、国土地理院から一般に提供されている空間データを表-4 に示す。 流域情報GISデータベースの構築にあたっては、可能な限り、これらの一般に提供さ れた空間データを使用する。 表-4 国土地理院で作成・提供している空間データ データ名 概 要 データ形式 一般に都市計画図と呼ばれる縮尺 1/2,500 図 数値地図 2500 の行政区域・海岸線、道路中心線、鉄道、内水 (空間データ基盤) 面、建物、基準点等の項目をデジタル化したデ 整備・提供範囲 縮尺 1/2,500 図(都市 ベクター 計画基図:紙地図)の 発行範囲(都市部) ータ。 縮尺 1/25,000 地形図に示されている道路中心 数値地図 25000 線、鉄道中心線、河川中心線、水涯線、海岸線、 (空間データ基盤) 行政界、基準点、地名、公共施設、標高の項目 ベクター 全国 ラスタ 全国 ラスタ 全国 ラスタ 全国 ベクター 全国 をデジタル化したデータ。 数値地図 25000 (地図画像) 数値地図 50000 (地図画像) 縮尺 1/25,000 地形図を 1 図葉ずつ TIFF 画像 データ(0.1 ㎜/画素)化したもの。(全国を 75 枚の CD に収録) 縮尺 1/50,000 地形図を 1 図葉ずつ TIFF 画像 データ(0.1 ㎜/画素)化したもの。(全国を 30 枚の CD に収録) 縮尺 1/200,000 地勢図を 1 図葉ずつ画像デー タ(0.1 ㎜/画素)化したもので、地名、行政界・ 数値地図 200000 鉄道、道路・建物、市街地、地形図、河川、水 (地図画像) 表面を各レイヤー分けし TIFF 画像化した「図葉 ファイル」とぼかし版を JPEG 画像化した「陰 影図ファイル」がある。 数値地図 25000 (行政界・海岸線) 縮尺 1/25,000 地形図の行政界・海岸線の項目 をデジタル化したデータ。市区町村、島が領域 として確認可能 43 縮尺 1/25,000 地形図の注記及び公共施設の記 数値地図 25000 (地名・公共施設) 号を取得し、代表点や属性等を付加した地名及 び公共施設データをデジタル化したデータ。注 ベクター 全国 記・注記座標・注記所属・記号・公共施設の 5 テーブルから構成される。 数値地図 10m 縮尺 1/5,000 及び 1/100,000 火山基本図の等 メッシュ 高線を数値化したものを基に東西南北それぞれ (火山標高) 10m間隔で作成した数値標高モデル(DEM)。 数値地図 5m メッシュ (標高) 数値地図 50m を、航空レーザスキャナ測量にて取得したデー タを基に、家屋・橋・樹木等を除いた地表面デ 1/100,000 火山基本図 の発行範囲 ラスタ 東京都・埼玉県内の各 一部地域 ータとして作成した数値標高モデル(DEM) 地表を約 50m間隔に区切ったメッシュ中心点 の標高を 1/25,000 地形図から計測した標高デー (標高) タ。 ラスタ 全国 ラスタ 全国 ラスタ 宅地利用動向調査 首都圏・中部圏・近畿 圏 土地利用項目 山林・荒地等、田、畑・ その他の農地、造成中 地、空地、一般低層住 宅地、密集 低 層住宅 地、中高層住宅地、工 業用地、商業・業務用 地、道路用地、公園・ 緑地等、その他の公共 公益施設用地、河川・ 湖沼等、その他 地表を約 50m間隔に区切ったメッシュ中心点 メッシュ の標高を 1/25,000 地形図から計測した標高デー (標高) タ。 細密数値情報 ラスタ 地表 5m間隔で区切ったメッシュ中心点標高 メッシュ 数値地図 250m 縮 尺 1/5,000 及 び 宅地利用動向調査による 10mメッシュの土地 (10mメッシュ 利用データと行政区域データをデジタル化した 土地利用) データ。 (b) その他の既存データ ため池の諸元については、各自治体で整備しているため池台帳を活用する。 (3) 流域情報GISデータベースの構築作業事例 椋梨川・椋梨ダム上流域において、流域情報GISデータベースの構築を行った作業事 例を以下説明する。 作業にあたっては、はじめに表-5 の空間データをGIS上に入力し、図-3 の流れでGIS ソフトが持つ基本的な機能を用いて流域情報GISデータベースを構築した。なお、表-5 の空間データから作成出来ないものについては、別途作成方法を検討した。 地区内の概要を図-4 に示す。 44 表-5 流域情報GISデータベース構築に使用する空間データ 種類 概要 数値地図25000(地図画像) 1/25,000 地形図を画像データ化したもの 数値地図50mメッシュ(標高) 1/25,000 地形図の等高線より求めた 50m メッシュ標高値 数値地図25000(地図画像) 背景画像として必要な情報をスクリーン上で描画 分割点(ポイント) 水系界(ポリライン) 水系・谷(ポリライン) 水系界(ポリライン) ブロック境界線(ポリライン) ため池(ポイント) 土地利用区分線(ポリライン) 土地利用区分線(ポリライン) ブロック境界線(ポリライン) ポリゴン化 後背地ブロック(ポリゴン) 土地利用区分区画(ポリゴン) 属性情報の作成 数値地図25000(地図画像) 数値地図50mメッシュ(標高) 必要な情報を読み取りまたは計測 内挿 土地利用 分割点標高 ため池水面積 後背地ブロック傾斜度 図-3 流域情報GISデータベース構築の流れ 45 乃美合流点 椋梨ダム 和木地点 図-4 作業地区の概要 (a) 水系界 数値地図 25000(地図画像)の等高線等から、対象地域と他地域との流域境界線である 水系界を判読した。構築にあたっては、ArcGIS を構成する ArcMAP(ArcView)のエデ ィタ機能により、同地図を背景画像としてスクリーン上で描画(ポリライン)した。 (b) 水系/谷 数値地図 25000(地図画像)上の河川、同地図の等高線から明瞭に判読出来る谷、及び ため池から河川までの流路について判読した。構築にあたっては、エディタ機能によりス クリーン上で描画(ポリライン)した。 なお、河川については数値地図 25000(空間データ基盤)の河川中心線ベクターデータを 用いることも可能である。 (c) 分割点 流入域である後背地ブロックの設定のために、椋梨川については椋梨ダム地点を起点と し、1,000m 単位で分割点を設定した。支川や谷については各合流点を起点として、同じ く 1,000m 単位で分割点を設定した。分割点データ(ポイント)は、エディタ機能の「デ ィバイド」を用いて構築した。 (d) 河川断面 河川断面については既存の地理情報が得られなかったため、数値地図 25000(地図画像) 上の河川に関しては橋地点を中心に河川断面の簡易測量を行った。測量地点を図-5 に示す。 また、河川断面の急変地点についても、現地踏査により地図上で把握した。 これらのデータから、河川断面の急変地点を踏まえた上で、各地点の測量値を河道距離 で比例させ、分割点における河川断面を推定した。推定値は分割点の属性値として入力し た。 46 図-5 河川断面の簡易測量地点(実線:河川、丸印:測量地点) (e) 河道標高 数値地図 50mメッシュ(標高)より、ArcMAP のテーブル結合を用い、分割点の標高 値を求め、属性値として構築した。 (f) 粗度係数 租度係数については既存の地理情報から得られなかったため、数値地図 25000(地図画 像)上の河川については橋地点を中心に河道の状態を把握し、分割点の上流側、下流側そ れぞれの粗度係数を推定した。推定値は分割点の属性値として入力した。 (g) ブロック境界線 分割点で区分された水系/谷の1単位(1,000m)に対応した後背地(流入域)について、 数値地図 25000(地図画像)の河川や等高線等を背景画像として境界線を判読した。構築 にあたっては、エディタ機能によりスクリーン上で描画(ポリライン)した。 (h) 土地利用区分線 水田、畑、果樹園、及び山林について、数値地図 25000(地図画像)の地目境界や地目 記号を背景画像として土地利用区分の境界線を判読した。構築にあたっては、エディタ機 能によりスクリーン上で描画(ポリライン)した。 (i) 土地利用区分区画 土地利用区分線データ(ポリライン)等から、ArcGIS を構成する ArcCatalog の新規ポ リゴン作成機能を用いて、土地利用区分区画(ポリゴン)を作成、構築した。また、数値 地図 25000(地図画像)の「地目境界」「地目記号」を背景画像として、各区画に対応し 47 た土地利用を読み取り、土地利用区分区画の属性値として入力した。 (j) 後背地ブロック 水系/谷データ(ポリライン)とブロック境界線(ポリライン)から、新規ポリゴン作 成機能を用いて後背地ブロック(ポリゴン)を作成した。 また、テーブル結合機能を用いて数値地図 50mメッシュ(標高)から各後背地ブロックに おける水系/谷への落水線方向の傾斜度を、フィールド演算機能を用いて面積を求め、後 背地ブロックの属性値として構築した。 (k) ため池 数値地図 25000(地図画像)上のため池について判読した。構築にあたっては、エディ タ機能によりスクリーン上で位置(堤体の位置を地図画像上で推定)を描画(ポイント) した。また、数値地図 25000(地図画像)上からフィールド演算機能を用いて水面積を、 ため池流入域となる後背地ブロックの面積を求め、それぞれ属性値として入力した。加え て、ため池台帳から各ため池について図-2 の項目を表計算ソフト上で集計し、リレート機 能を用いて属性値として構築した。 なお、ため池の水面積については、数値地図 25000(空間データ基盤)の水涯線ベクター データを用いて求めることも可能である。 (l) 構築したデータ例 構築したデータ例として、水系/谷とため池の位置データを図-6 に示す。 図-6 構築したデータ例(実線:水系/谷、丸印:ため池 (4) ため池属性値(欠損値)の推定 ため池の水面積と流入域面積は数値地図 25000(地図画像)より計測出来るため、全て 48 のため池についてデータを作成出来る。しかし、ため池台帳においては、一部のため池に ついて記載されていなかった。また、ため池台帳に記載があっても、一部項目値が欠落し ている場合もあった。このため、欠損データの推定を行った。 推定に当たっては、まずため池属性値の各項目間について、ため池台帳に記載されたデ ータを用いて相関係数を求めた。結果を表-6 に示す。この結果から、相関関係が認められ る項目間において回帰式を作成し、欠損データを推定した。各項目に対応する回帰式の従 属変数を表-7 に示す。 表-6 ため池属性値の相関関係 流域面積 単相関 (㎡) 水面積 (㎡) 貯水量 (千 m3) 溢流巾 堤高(m) 堤長(m) (m) 水面積(㎡) 0.34** 貯水量(千 m3) 0.17 0.87** 堤高(m) 0.11 0.38** 0.53** 堤長(m) 0.08 0.30** 0.32** 0.45** 溢流巾(m) 0.30** 0.44** 0.39** 0.44** 0.29** -0.00 0.31** 0.37** 0.24* 0.24* 溢流水深(m) * 5%水準で有意 0.43** ** 1%水準で有意 表-7 データ推定に用いた項目 推定した項目 推定に用いた項目 貯水量 水面積 堤高 貯水量 堤長 堤高 溢流巾 堤高 溢流水深 溢流巾 3-2-4 シミュレーションの実行 (1) モデルの作成 洪水流出のシミュレーションの実行にあたっては、前述の通り、図-1 に示した流れに沿 ってモデルを作成する。この際、シミュレータ上でため池の初期貯水位や貯留関数法の諸 定数(K 値・P 値や一時流出率、飽和雨量)、不定流解析法に関わるメッシュサイズ等の設 定を行う。 シミュレーションは、作成したモデルを用いてシミュレータ上で行う。シミュレーショ ン結果が実測流量・水位と整合する様、主として貯留関数法の定数等を変え、試行錯誤的 に定数等を決定する。 椋梨川・椋梨ダム上流域において決定した定数等を設定画面の表示として図-7 に、シミ ュレーションで求めた河川流量と実測流量の比較結果を図-8 に示す。 49 300 0 200 20 100 40 0 60 00 06 12 18 24 経過時間(時) 1989年8月27日降雨 降雨量(流域平均値) 30 実測値 時間降雨量 (mm/hr) 流量(m3/s) 図-7 決定した定数等 36 計算値 図-8 流量の比較結果 (2) ため池群の持つ洪水ピーク軽減効果 決定した定数等を用い、任意のため池初期水位や降雨強度・降雨パターンに基づきモデ ルを作成し、シミュレーションを行うことにより、ため池群の持つ洪水ピーク軽減効果を 評価することが出来る。 ため池群の空き容量に対応した洪水ピーク軽減効果の評価例を図-9 に、河川の溢水抑制 効果の評価例を図-10 に示す。 50 洪水ピーク軽減率 和木地点 -18% -16% -14% -12% -10% -8% -6% -4% -2% 0% 100% 90% 80% 70% 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% ため池空き容量(水位比) 1985.6.25降雨 1989.8.27降雨 図-9 洪水ピーク軽減効果の評価例 乃美合流点 3.5 護岸高さ(3.0m) 河川水位(m) 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 00 12 24 36 経過時間(時) ため池無(確率降雨7年) ため池有(確率降雨7年) 48 ため池有(確率降雨14年) 図-10 河川の溢水抑制効果の評価例 3-2-5 まとめ 整備された空間データを用いて流域情報GISデータベースを構築し、GIS技術を活 用した洪水軽減機能シミュレータを用いて行ったため池群の洪水ピーク軽減効果の評価の 事例を紹介した。 今後、数値地図(空間データ基盤)が一層整備され、数値地図(地図画像)や紙地図をス キャナで読み込んだ画像上でベクターデータの作成を行うことなく直接GIS上にベクタ ーデータを取り込んで作業出来る環境が整うことを期待したい。 51 3-3 フィールドサーバによる農業情報モニタリング 3-3-1 はじめに 農業は生物を生産対象とし環境の影響を受けるため,農業の生産管理においては作物及 び環境に関する莫大なデータが必要であるが,栽培者の目視や経験に頼っているのが現状 である。環境データに関しては AMeDAS の気象データ程度が利用できるが,アメダスは もともと雨量測定が目的であり,日射量,湿度,CO2 濃度,土壌水分など,農業や環境研 究に必須のデータは計測されていない。作物の生育状況や病害発生等に関するデータはほ とんどない。 農業生産の現場だけではなく,農学・環境の研究においても,肝心の情報が決定的に不 足している。コンピュータの演算能力が指数関数的に向上し大量のデータを様々な面から 解析が出来るようになったが,肝心のデータが少ないため「宝の持ち腐れ」になっている。 衛星画像データの情報量も飛躍的に増えているが,こちらも解析に必要となる地上におけ るグランド・トゥルースデータが決定的に不足している。 このように,現場におけるデータの不足が生産及び研究における IT 活用の大きなネッ クとなっている。フィールドサーバはこの問題を解決するために開発されたデバイスであ り,屋外に多数設置してセンサネットワークを構築することができる[1]。 3-3-2 フィールドサーバの機能 (1) フィールドサーバ これまで,屋外における長期定点観測を行うためには,プレハブの観測小屋に計測機器, パソコン,エアコン等を設置し,商用電源と通信用電話回線をひく必要があった。フィー ルドサーバは,最近の情報通信技術及び新規開発した通風冷却技術によって,これらを大 幅に小型化し1モジュール化したものであり [2],冷却用ファン,無線 LAN 基板,計測用 Web サーバ基板(フィールドサーバ・エンジン),ネットワークカメラ,LED 照明,太陽 電池等が搭載されている(図1)。センサは,気温,湿度,日射量,CCD/CMOS カメラを 標準実装し,土壌水分,葉の濡れ,CO2 濃度,紫外線強度,3次元風向・風速等のセンサ を追加できる。 通信手段としては多段中継可能な無線 LAN による高速回線で接続されている。このよ うなシステムをワイヤレス・センサネットワークという。 図1 フィールドサーバ(標準型) 52 (2) 屋外用センサネットワーク 屋外用センサネットワークと室内用センサネットワークには,大きな違いがいくつかあ る。センサネットワークの使い方として,しばしば「センサノードを農場に大量にばらま けば温度を計測できます」と表現を見かける。しかし,このような使い方は全くナンセン スである。例えば,センサノードに内蔵されている電池や電子回路にはヒ素や水銀等の重 金属が含まれており,このようなものを圃場にばらまくと土壌が汚染されてしまう。また, 圃場の表面温度だけをいくら多点で測っても,大して役には立つ情報にはならない。さら に困ったことには,センサノードを適当にばらまいた場合,センサノードで計測される温 度のデータが,地表面温度なのか,あるいは地中温度なのか,はたまた植物の上に落ちた センサノードの温度なのかを判別することができない。 ハルピン(黒竜江省農業科学院栽培耕作研究所) 河北省・保定(河北農業大学) シリア(国際乾燥地農業研究センター) 図2 各地に設置されたフィールドサーバ 室内用センサネットワークは, SmartDust[3]のようにセンサノードのサイズを小さく するほど使いやすくなるが,圃場や砂漠等では十分な設置空間があり,センサノードを無 理に小さくする必要はない(図2)。むしろ,屋外ではプライバシー保護やメインテナンス, 環境汚染防止のためには,センサノードの損算が肉眼で分かるある程度の大きさが必要で ある。 53 すなわち,屋外用のセンサノードでは,計測のための電子回路や情報通信技術だけでは なく,設置方法や運用方法にも配慮する必要がある。 (3) 通風式計測と冷却 気温や湿度程度の1∼2 チャンネルのセンサであれば,MOTE など室内用のセンサノー ドや既存の小型データロガーで十分と思いがちであるが,問題は計測精度である。センサ ノードに直射日光が当たると筐体の温度が上昇し,気温よりも高くなる。また,夜間は放 射冷却で筐体は気温よりも低くなる。さらに,電子基板が発熱すると,その熱がセンサの ケーブル(電流だけでなく熱の良導体)を通して伝わり,センサの温度を上昇させる(図 3)。 すなわち,センサノード内部の温度センサが計測した温度は気温(外気の温度)ではな く,センサノードのケース表面または内部の温度を測っているに過ぎない。そのため,気 温を正確に測るための筐体の断熱と通風を十分行う必要がある。 基板の発熱がケーブル経由 で温度センサに伝わる 日射 セン 放射 空気 図3 温度センサに影響を与える様々な要因 しかし,通風を行うと,台風や豪雨,砂嵐の際に,吸気口や排気口から水や埃が内部に 侵入する可能性がある。また,小動物が侵入する可能性もある。 真夏に気温が 40℃となったとき,筐体に直射日光が上がると,内部温度は極めて高くな る。無線 LAN やネットワークカメラなど高性能の電子機器は発熱量が大きい一方,これ らの電子機器は高温に極めて弱く,50∼60℃を超えると CPU が暴走してしまう。 そのため,フィールドサーバではフィルタを使って防塵性を高めるとともに,センサへ の通風のための気流を使って,内部の電子機器を冷却している。また,この吸気によって 内部の気圧を高くし,防水性と防塵性を高めている。 (4) 屋外に設置する PC 小型の太陽電池でも駆動できるよう,フィールドサーバの内部に搭載する電子機器はな るべく消費電力の小さなものを選んで搭載している。しかし,フィールドサーバの内部の 冷却能力は通気量を増やすことで増やせるため,PC 基板等発熱量の大きなデバイスも搭 載することが出来る。すなわち,フィールドサーバは屋外に設置する PC でもある。Skype をインストールすれば,屋外で音声や画像による会話ができ,ハードディスクを内蔵すれ ば分散型ストレージとなる。太陽光や風力で分散発電した電力をその場で有効利用する装 置ともなる。 現在,フィールドサーバに標準搭載しているデバイスは,計測用 Web サーバ基板(フィ 54 ールドサーバ・エンジン),無線 LAN 基板,超高輝度 LED 照明モジュール,ネットワー クカメラだけであるが,必要に応じて画像認識基板,PC 基板,液晶ディスプレー,ハイ ビジョンカメラや熱画像カメラ等を搭載可能である。こういった高機能なモジュールはバ グ等でハングしやすい。また,消費電力も大きいため,フィールドサーバ・エンジンによ って ON/OFF 制御して,必要な時にのみ電源を ON にして利用している。 (5) ユビキタス・ネットワーキング 電波法は国によって大きく異なるが,無線 LAN は Wi-Fi による標準化が進み,ほとん どの国で利用可能である。そのため,海外での展開を考慮すると現状では Wi-Fi が最適で ある。しかも,W-Fi は通信速度がワイヤレス・センサネットで多用される Zigbee よりも 桁違いに速いため,単位エネルギー当たりの情報伝送量が1∼2桁大きい。すなわち,電 力利用効率が Zigbee よりも高いため(表1),太陽電池など稀少な自然エネルギーで駆動 する必要がある屋外のセンサネットワークに適している。また,Zigbee 同様,AODV 方 式(ルーティングを動的に行う)のメッシュネットワークも利用できる[4]。さらに,イン フラストラクチャモード(アクセスポイント−クライアント接続)でパソコンとの接続も 可能であるため,屋外でインターネットをユビキタスに使うためのインフラストラクチャ となる。 表1 Wi-Fi と Zigbee の比較 ZigBee Wi-Fi 最大通信速度 250 Kbps 11/54/108 Mbps エネルギー効率 4.2 bps/μW 9∼45 bps/μW 到達距離 75∼300m 100m∼22km Mesh Network ○ ○ フリースポット × ○ PC との接続 × ○ しかしながら,無線 LAN は PC やゲーム機器で広く利用されているため,進歩が極め て早く,製品サイクルも短い。そのため,フィールドサーバでは市販の無線 LAN カード, アクセスポイント基板,Ethernet コンバータ等を適宜組み合わせて搭載している。 無線 LAN の通信可能な距離はアンテナによって大きく異なるが,数 100m∼数kmであ る。メッシュネットワーク[4]または WDS(Wireless Distributed System)によって多段 中継すると広域をカバーすることができる(図4)。 基幹回線を構成するフィールドサーバは常時稼働するため,外部電源または大型太陽電池 で駆動される。フィールドサーバの周囲数 100mの範囲に Wi-Fi ホットスポットが生成さ れ,インターネットをフリーで利用できる。Wi-Fi ホットスポット内には,内蔵の小型太 陽電池のみで稼働する間欠動作するフィールドサーバを高密度に設置することができる [5]。 農林地は人目がほとんどなく,通学路の近くに畑や林があると児童にとって極めて危険 なエリアとなる。また,農地の集積が進むとともに,生産者の目の届かない遠隔地の農地 が増えており,農産物の盗難が増えている。 55 農林地にフィールドサーバを設置すると,消費者に農業の生産現場を見せることができる と同時に防犯にもなる。また,渓流釣りやキャンピングをしながらインターネットを楽し むことができるため,グリーンツーリズムやエコツーリズムの魅力アップにも寄与すると 考えられる[5]。 Mesh Network + WDS + Hotspot Wi-Fiメッシュネットワーク AODV アクセスポイント間通信 WDS PDA Wi-Fiホットスポット Wi-Fiホットスポット 図4 フィールドサーバの無線ネットワーク 3-3-3 フィールドサーバをサポートするソフト (1) フィールドサーバ・エージェント フィールドサーバは計測データを Web で表示する Web サーバであり,ブラウザで操作 できる。世界各地のフィールドサーバからデータを収集しデータベース化する作業は人間 の代わりにフィールドサーバ・エージェント(一種の人工知能ソフト)が自動的に行う。 エージェントは各地のフィールドサーバを一定周期で巡回し,あらかじめ入力したルール に従ってデータを XML 形式に変換して,XML 形式のデータベースとしてデータストレー ジ・サーバに蓄積する。同時にフィールドサーバの LED ライトの ON/OFF,カメラの撮 影など一連の作業を行っている[6]。 収集されたデータは農林水産計算センター(電農館)のデータストレージ・サーバにア ーカイブされ,Web で公開されている(図5) 。 現在,エージェントは中央農研の PC クラスタ上で稼働しており,フリーのネットワー クサービスとして運用されている[7]。 ただし,インターネットに接続できない地域や接続が不安定な場合には,超小型 PC に エージェントをインストールした「エージェント・ボックス」を用いてローカルにデータ 収集を行っている(図6)。 56 図5 データビュアーソフト(Applet または Servlet として 無償提供)によって各地のフィールドサーバが収集した データを表示した例 図6 エージェント・ボックス (2) MetBroker フィールドサーバが収集するファクトデータは生態系・地球環境に関する一種の知的資 産である。こういったファクト・データベースを仮想的な一つの巨大データベースとして 利用することができるネットワークサービス「MetBroker」が開発されている[8,9]。 MetBroker によってフィールドサーバや AMeDAS 等の様々な形式のデータベース違いが 吸収されるため,ユーザやアプリケーションソフト開発者は,個々のデータベースの違い を意識することなく,簡単に利用することができる(図7)。 57 図7 MetBroker による気象データベースの統合利用 (円内がフィールドサーバ,それ以外は AMeDAS) 3-3-4 応用例 (1) 生産管理 フィールドサーバが収集したデータは MetBroker 経由で病害虫や霜害等気象災害の発 生予測,生育管理等の様々なアプリケーション(Applet)で利用されている[10]。また, 画像データは作物の生長モニタリング,防犯に利用されている。また,農作業事故の早期 発見,台風や地震等災害時の現況モニタリング等にも活用できる。 海外の農場(ハワイ島UCCコーヒー農園) みかん農園(静岡県) 野菜集荷場の無農薬野菜(埼玉県) 図8 生産現場の画像の例 58 (2) 隠さない農業 消費者は生産現場の履歴画像を見て農薬散布の頻度等を確認できる。また,消費者が購 入した農産物が食卓に届くまでの履歴を消費者自らが見ることができる(図8) 。従来のト レーサビリティシステムは RF-ID のすり替えに対して脆弱であったが,フィールドサーバ 内蔵の値とワークカメラによってクローズアップ画像を撮影しておくと,農産物の形状の 違いを生体認証として利用することができる。 3-3-5 計測用 Web サーバ及びセンサ フィールドサーバの機能はコア基板である計測用 Web サーバ基板「フィールドサーバ・ エンジン」の性能に依存している。センサによっては交流信号源や信号増幅用 IC 等を必 要とするため,フィールドサーバ・エンジンにはこれらの機能を集積している(表2)。A/D コンバータのチャンネル数が 16ch あるため,センサを 16 個まで接続できる。 表 2 フィールドサーバ・エンジンの諸元 搭載 IC 仕様 H8/3069(ルネサス社、20MHz、ROM: CPU 512KB、RAM:16KB、ADC:10bit 8ch、DAC10bit 2ch) 256KB 外付け RAM 外付け ∆Σ 型(シーラス・ロジック社、 A/D コン CS5528、24bit 分解能、8ch) バータ 任意信号 DDS-LSI(ウェルパイン社、出力は 発生 LSI 70MHz まで、周波数分解能は1Hz) 外部機器 半導体リレー2ch(松下電工、 の AQZ205、AC/DC:100V 2A) ON/OFF 制御 電源 IC MIC4680(Micrel 社、 入力:6∼34V、 出力:5V、1.3A まで) 外部 IF Ethernet(10base-T)、RS-232C 基板サイ 75mm×75mm ズ 59 図9 操作画面の例 DDS によって湿度センサが必要とする交流信号(1kHz 程度)を供給できる。この交流 信号を使うと,通常の湿度センサ(8000 円程度)の代わりに家電組込用の安価な湿度セン サ(500 円程度)を利用できる。また,簡単な電極を用意するだけで,土壌水分,農産物 の含水率、EC(電気伝導度)等を計測できる。さらに,スピーカを接続すると可聴域から 超音波までの音響信号を簡単に発生させることできる。フィールドサーバにスピーカとマ イクロフォンを組み込むことで,音波式風速計をソフトウェアで構成できる。 ファームウェアには,Web サーバ機能,計測データの表示,IP アドレスの変更,パス ワードによるアクセス制限,高速データサンプリング, DDS が生成する周波数の設定, リレーの ON/OFF 等の機能を有し,全てブラウザのみで操作できる(図9)。ファームウ ェアには OS を使用していないため。高速かつコンパクトである。C 言語のみで書かれて いるため,C 言語のプログラミング経験があればファームウェアの拡張やカスタマイズを 行うことができる。 内蔵の高精度 A/D コンバータは高精度(24bit)かつノイズが少ないが,変換時間が遅 いため(最大サンプリング速度は 617 サンプル/秒),気温や湿度、日射量等を精密に計 測するのに適している。一方,H8 に内蔵されている A/D コンバータは低精度(10bit)で あるが,高速であるため(最大サンプリング速度は 300k サンプル/秒),音(音声など) や振動(地震など)の計測に適している。 フィールドサーバに新しいセンサを追加するだけで目的が達成されるケースも多い。例 えば,土壌水分センサで土壌水分を計測すれば,降水量のデータから土壌水分を推定する モデルは不要になる。土壌水分センサへのニーズが大きかったため,フィールドサーバの 60 外部接続端子には市販の土壌水分センサ(ECH2O)[11]を直結できるようにした。 センサの結線が違うだけでエンドユーザには簡単に使えないものとなる。そのため,フィ ールドサーバでは ECH2O センサの結線をデファクトスタンダードとして採用し(図10), 他のセンサ及びフィールドサーバの内部での温度・湿度・日射量等のセンサの接続も含め て,全てこの結線方式に統一した。 電源:5V 図10 ECH2O(キャパシタンス式土壌水分センサ)の結線を事実上の標準として採用 フィールドサーバの A/D コンバータは当初,4ch であり,利用できるセンサは最大で4 種類だった。最新のフィールドサーバ・エンジンは 16ch の A/D コンバータを有し,3年 で4倍になった。近いうちに 24ch に拡充する予定である。その次のフィールドサーバ・ エンジン(図11)は 50ch となる。センサ数が増えるに従ってセンサとのインタフェース 回路は極めて複雑なものとなる。しかも,いったんフィールドサーバを屋外に設置してし まうと,回路の調整や変更のために現場を訪れるのは非常に大変である。そのため,この フィールドサーバ・エンジンには,FPAA(Field Programmable Analog Array)が搭載 されており,インタフェース回路をソフトウェアで動的に変更できる。 図11 FPAA 搭載型フィールドサーバ・エンジンのプロトタイプ 61 ムーアの法則とセンサ技術の進歩によって,今後,100ch,200ch と増えて行くかもし れない。画像を計測するイメージセンサの方は,一足先に 30 万画素から 300 万画素,800 万画素と増えている。 3-3-6 おわりに 技術移転や国際協力あるいは共同研究としてフィールドサーバを各地に設置し,フィー ルドサーバ本体やネットワーク接続技術のテストや改良を進めて来た(図12)。また,地 球観測データ収集システムの研究の一環として,アメリカのフロリダ大学の農場にフィー ルドサーバ及びエージェント・ボックスを設置し,パラボラアンテナを使った Wi-Fi によ る超遠距離通信や日米間での高速データストリーム通信の実験,アクティブデータベース の開発研究,ハリケーン等に対する長期耐久性テストなどを行っている。 タイは有数の農業国であり,農場の環境データに大きなニーズがある。環境モニタリン グ及び IT 教育の手段としてフィールドサーバに大きな期待が寄せられている。中央農研 と MoU が締結され,タイの国情にあわせた低コストのタイ製フィールドサーバが NECTEC(National Electronics and Computer Technology Center)及び HAII (Hydro and Agro Informatics Institute)によって開発され,既に約 600 カ所で実運用に供されて いる。 図12 フィールドサーバの実験サイト これまでの実験では,30 台のフィールドサーバが1年間稼働すると約1TB(1012B)の ファクトデータが収集された。3万台だと年間1PB(1015B),3千万台では1EB(1018B) のオーダーに達する。センサ数や画像の解像度の増大によって,データ量はさらに増える だろう。 参考文献 [1] Hirafuji, M. and T. Fukatsu, Architecture of Field Monitoring Servers, Proc. of the Third Asian Conference for Information Technology in Agriculture”, 405-409, 2002 [2] 深津時広,平藤雅之:圃場モニタリングのためのフィールドサーバの開発,農業 情報研究 12(1), pp.1-12,2003 [3] Kahn, J. M., R. H. Katz and K. S. J. Pister, “Mobile Networking for Smart Dust”, ACM/IEEE Intl. Conf. on Mobile Computing and Networking (MobiCom 99), Seattle, 62 WA, Aug., 1999 [4]http://www.thinktube.com/ [5]Hirafuji, M., T. Fukatsu and Hu Haoming, Full-Wireless Field Monitoring Server for Advanced Sensor Network, Proc. of AFITA/WCCA2004, 686-691, Bangkok, Thailand, Aug. 2004 [6] Fukatsu, T. and M. Hirafuji, “The Agent System for Field Monitoring Servers to Construct Smart Sensor-Network”, Fifth International Workshop on Artificial Intelligence in Agriculture, 1-5, 2004. [7] http://model.job.affrc.go.jp/FieldServer/ [8] Laurenson, M. R., T. Kiura and S. Ninomiya, “Providing agricultural models with mediated access to heterogeneous weather databases”, Applied Engineering Agric., 18, 617-625, 2002. [9] http://www.agmodel.org/ [10] http://cse.naro.affrc.go.jp/ketanaka/model/applet/ [11] http://www.ech2o.com/probes.html 63 3-4 携帯電話を用いたフィールド情報モニタリング 3-4-1 はじめに フィールドには、気象、動植物の活動、人為など、様々な要因により刻々と変化する貴 重な土壌情報が眠っている。こうした情報のうち、センサーを用いて電気信号に変換でき るものは、現地に設置されたデータロガーに記録されるが、その情報を確実に得るために は、定期的なデータ回収とメンテナンスが必要となる。しかし、容易に行ける場所ならば ともかく、行くのが困難なフィールドでは、観測途中で起こる不測のトラブルのために、 しばしば記録していた情報を失うことがある。 気象観測では、こうした情報損失の問題を解決するために、データロガーに蓄積された 情報を遠隔操作で取得するシステムが実用化されている。しかし、土壌水分量に関しては、 適当な土壌水分センサーがないなどの理由から、遠隔操作で土壌情報をモニタリングする システムは実用化のレベルには達していなかった。こうした状況の中、最近、安価で高性 能の土壌水分センサーが開発されてきている。そこで、そうした土壌水分センサーと携帯 電話を組み合わせて、土壌水分量と地温を研究室からリアルタイムにモニタリングするシ ステム SIMS-CP (Soil Information Monitoring System using Cellular Phone)を試作した。 一方、日本全国に張り巡らされている農業用水路と農業排水路は、農村地域における水 循環の動脈と静脈的な役割を果たしている。ほとんどの土地改良区は、農業用排水の適正 な水管理のために、日常的に水路での流量(水位)観測を行っている。流量観測データは、 農業用排水路の水位観測地点に固定された自記記録計に記録され、土地改良区の職員よっ て定期的に回収されている。しかし、多くの場合、データは紙に記録され、職員がエクセ ル等に入力しなおしている現状がある。また、流量(水位)観測点は固定されているので、 ある地点で流量を新たに知りたい場合には、既存の地点データから推定するか、設置工事 をして観測点を追加しなければならない。そこで、そうした水圧センサーと携帯電話を組 み合わせて、農業用水の水位と水温・水質を研究室からモニタリングするシステム「農業 用 排 水 管 理 用 ポ ー タ ブ ル フ ィ ー ル ド サ ー バ (PFS-AW; Portable Field Server for Agricultural Water)」を試作した。 本報告では、これらのシステムの構成と構築上の注意点を概説すると共に、実際にこの システムで取得したデータの一例を示しながら、フィールド科学におけるシステムの有効 性について考察する。 3-4-2 方法 (1) SIMS-CP システムの構成 本システムは、土壌水分量と地温、および降雨量をデータロガーに記録し、それらの情 報を現地に設置した受信専用の携帯電話を経由して研究室に取得するものである。 現地に設置するハードウェアは、①センサー 携帯電話データ通信コントローラ ⑤携帯電話 ②マルチプレクサ ⑥バッテリー ③データロガー ⑦避雷器 ④ ⑧アンテナ ⑨太陽電池用パネルである。これらのうち、②∼⑦は防水箱(40cmx40cmx30cm)の中 に吸湿材と共に納められている。(写真 1) 一方、研究室で必要なハードウェアは、①電話回線 64 ②モデム ③RS-232C ケーブル ④通信用ソフト ⑤コンピュータである。 (2) 土壌水分センサー フィールドにおける土壌水分量の測定には、土壌の誘電率が土壌水分量によって変化す る特性を利用した高周波誘電率法が用いられるようになってきた。この方法は、センサー を用いて土壌水分量を電気信号として測定するものである。現場で迅速に土壌水分量を測 定でき、センサーを現地に埋設しておけば土壌水分量の変化を連続的にモニタリングでき る。代表的なものに、TDR 法や ADR 法などがある。 TDR 法は、土壌に挿入された電極中の高周波パルス信号の速度から土壌の誘電率を求め る方法で、土壌水分量と同時に電気伝導度も測定できる。一方、ADR 法は電極と土壌のイ ンピーダンスの差によって発生する干渉反射波の振幅差を電圧で測定して誘電率を求める 方法で、消費電力が少なく、塩分の影響を受けにくいなどの特徴がある。しかし、いずれ のセンサーも土壌中に複数本埋設するには高価であり、それが土壌水分量のモニタリング システム構築上の障害になっていた。 写真 1 防水箱に格納されたハードウェア 最近、これらに比べて廉価な土壌水分センサーが開発された。ECH2O と呼ばれるこの センサーは、土壌をコンデンサーとみなし、その充電時間から土壌の誘電率を求める方法 で、印加電圧と出力電圧の比により土壌水分量が測定できるのが特徴である。高周波を処 理する回路が、幅 3cm・長さ 20cm の帯状センサーの根元に組み込まれているので、温度 による影響を受けにくく(Campbell, 2001a)、またセンサーがグラスファイバーで覆わ れているので塩分の影響も受けにくい。 ECH2O の 出 力 電 圧 と 土 壌 の 体 積 含 水 率 は 次 式 の 線 形 関 係 で 表 さ れ る 。 (Campbell,2001b) ここで、θは体積含水率、Vはセンサーの出力電圧(mV)、a および b は土壌によって決ま θ = aV + b る定数である。マニュアルによると、土壌ごとにキャリブレーションをすれば、その精度 は±1%とされる。 65 今回試作したシステムではこのセンサーを用いた。現地の土壌でキャリブレーションし て得たセンサー定数はそれぞれ a=0.001857, b=-0.9244 である。 (3) データロギング データロガーには CR10X(Campbell 社)を用いた。電源は太陽電池により確保した。 また、雷による電気回路の損傷を防ぐため、避雷器も取り付けた。さらに、今回は地温と 土壌水分量の測定点数がロガーのチャンネル数より多かったので、センサーとロガーの途 中にマルチプレクサを使用した。 (4) システムの制御プログラム CR10X の場合、Windows 上で動作する通信ソフト(PC208W; Campbell 社)を用いる ことにより、容易にプログラミングできる。SIMS-CP のプログラムは、携帯電話制御、 計測、記録の3つの部分から構成される。 (5) 携帯電話データ通信 携帯電話データ通信コントローラは、携帯電話を内蔵したモデムである。このコントロ ーラは、RS232C 変換ケーブルを介してでデータロガーの I/O ポートと、また同軸ケーブ ルを介して室外アンテナと繋がる。CR10X の 5V 用コントロールポートから通信コントロ ーラを経由して、携帯電話に電力が供給される。最近の携帯電話はデータ通信に余分な機 能を持っているので、データ通信を確実に行うためにはメール受信や留守番電話などの機 能を予め解除しておく必要がある。 (6) 研究室からのデータ取り込み PC208W には、外付けモデム経由で CR10X と通信する機能が標準装備されているので、 電話回線によるデータ通信の知識があれば、容易に利用できる。コンピュータにモデムを 正しく認識させ、パケットサイズや応答時間を最適条件に調整する。携帯電話の電波状態 によっては繋がりにくい場合もある。また、内線電話から0発信で外線に繋ぐ場合にも、 交換機の特性によって繋がらないこともある。これらの作業は、ユーザの利用環境に合わ せて試行錯誤で行う必要がある。 3-4-3 SIMS-CP による観測例 (1) 観測地 試作したシステムを 2001 年 8 月 31 日に群馬県 T 村のキャベツ畑地に設置した。この 畑地では、冬期に土壌が凍結するために春期に融雪水が地中に浸透できずに、表土が侵食 されることがしばしば問題となっている(溝口ら,2002)。畑地中央に土壌断面を作り、 各深さの土壌の物理性を測定した後、土壌水分センサーと熱電対を断面に垂直方向に 10cm, 20cm, 30cm, 40cm, 60cm, 90cm の深さに挿入した。ECH2O 土壌水分センサーは、 水分の鉛直方向の移動を遮断しないように縦向きにして挿入した。データロガーなどが収 納されている箱もセンサーの埋設部から 1m 以上離して埋設した。こうすることでデータ ロガーに内蔵されている熱電対温度補正用の基準温度の変動が小さくなり、温度測定の精 度が向上する。また、雨量計と太陽電池用パネルをセンサー類の埋設地点から 2m 程度北 側の地上部に設置した。現地に設置したシステムの概観を写真 2 に示す。 66 写真 2 現地に設置された SIMS-CP の概観 (2) 地温の変化 図 1 は 2001 年 9 月 1 日から 2002 年 4 月 30 日までの地温変化である。日変動を繰り返 しながら、秋から冬にかけて地温が低下してゆく過程や春先に急激に上昇する様子がわか る。表層(10cm, 20cm)の地温は 12 月 7 日までは大きく日変動しているが、それ以降の 3 月 15 日まで変動がなくなった。これは、積雪あるいは土壌凍結のためと考えられる。 80 30 T-10cm T-30cm T-60cm 60 20 T-90cm Rain 15 40 10 5 20 0 04/29/02 03/30/02 02/28/02 01/29/02 12/30/01 11/30/01 10/31/01 10/01/01 0 09/01/01 -5 Rain (mm/h) Temperature (℃) 25 Date 図 1 群馬県 T 村畑地における地温変化 (3) 土壌水分量の変化 図 2 は体積含水率の変化である。観測期間中、群馬県では台風による大雨があった。本 システムは、そうした雨の浸潤やその後の排水過程における畑地土壌水分量の変化を見事 にとらえている。 67 Volumetric water content (θ) 1 20 0.8 0.6 Rain (mm/h) 0 40 0.4 60 0.2 80 04/29/02 03/30/02 02/28/02 01/29/02 12/30/01 11/30/01 10/31/01 10/01/01 09/01/01 0 W-10cm W-20cm W-30cm W-40cm W-60cm W-90cm Rain Date 図 2 群馬県 T 村畑地における土壌水分量の変化 12 月中旬には 10cm 深さの土壌水分量が急激に低下した。この時期に凍結前線が水分計 の埋設されている 10cm 付近に到達しためである。このような土壌水分量低下は 1 月下旬 に 20cm 深でも観測された。その後、3 月上旬まで 10cm 深さの土壌水分量は低い値を保 ち、冬期間土壌が凍結していたことがわかる。 3-4-4 PFS-AW による観測例 (1) 観測地 試作したシステムを栃木県那須塩原市(旧西那須野町)一区町にある那須疏水加治屋 放水路(那須疏水幹線→加治屋用水路→加治屋放水路の末端水路)に設置した。 写真 3 設置状況 図 3 エクセルシートによるデータ取得 (2) データの取得 ユーザ用のエクセルファイルを自分のパソコンにダウンロードし、マクロを有効にして 68 ファイルを開く。エクセルシート上の[データ取得]ボタンをクリックすると、データセン ターからデータがエクセル上に送られ、VisualBasic によって作成されたプログラムによ りグラフが自動作成される。(URL: http://soildb.en.a.u-tokyo.ac.jp/nasu/ ) 0 700 2 600 4 WL(mm) Rain(mm) 6 8 400 10 300 12 Rain (mm/10min) Water Level (mm) 500 14 200 16 100 18 02 /0 2/ 06 12 /1 4/ 05 10 /2 5/ 05 09 /0 5/ 05 20 07 /1 7/ 05 05 /2 8/ 05 0 DATE 図 4 PFS-AW による水位変化と降水量のデータ (3) 今後の課題 今回のシステムでは、携帯電話の電源を1日3時間(12:00-15:00)だけ ON にするよう にしたが、蓄電池の容量が小さかったため電力低下により、しばしばシステムが停止した。 Web カメラは電力を消費するので、カメラ付きフィールドサーバを太陽電池で安定的に稼 動させるためには、スリープ機能をつけるなどの消費電力を節約する工夫が必要である。 3-4-5 フィールド科学における SIMS-CP の有効性 フィールドは、完全にコントロールされた室内実験では得ることのできない貴重な土壌 情報の宝庫である。そのようなフィールドに対して、SIMS-CP は室内実験の計測手法を そのままフィールドに持ち込み、フィールドを仮想的な実験室にするための変換器といえ る。 実際、図 1 と図 2 で示した地温と土壌水分量は、まるで隣の実験室のデータをみている ような感覚で、研究室から取得できる。実験室との唯一の違いといえば、不測のトラブル があった場合に即座に対処できない点であろう。 しかし、これまでは現地に行ってみないと判らなったトラブルを事前に察知できるとい う点だけでも、本システムはフィールド科学の方法を大きく変える。例えば、単にデータ ロガーに供給される電源の電圧をモニターするだけでも、電池交換時期の予測に役立つ。 また、取得したデータを事前にみておけば、トラブル対策を考え、道具を用意して現地に 向かうこともできる。実際、今回の観測期間中に雨量計が稼動していないことに気づき、 69 代替品を持って現地に向かったこともある。こうしたメリットは、交通の便の悪い地域や 海外に調査地をもつフィールド科学者には魅力的であろう。 3-4-6 おわりに 欧米ではここ数年の間に土壌情報のデータベース化が急速に進み、GIS などによる土壌 情報の利用法に関する研究が進められている。筆者らも日本の土壌に関して、既存情報の データベース構築法(野田ら 2001)やインターネットによる利用法(Mizoguchi 1999, Mizoguchi et al. 2000, 関ら 2001 )を研究してきたが、SIMS-CP はこれをさらに一歩進 めて、取得したデータをそのままデータベース化する手法と位置づけられる。 SIMS-CP でリアルタイムにモニタリングされる土壌情報を気象情報や既存の土壌デー タベースとリンクすることで、様々な応用技術への展開が考えられる。例えば、土壌水分 量と降雨量の時間変化を過去の災害情報とリンクさせれば、地すべり予報が可能になろう。 また、地域別作物データベースとリンクさせれば、地域ごとの最適な営農管理ができるよ うになると思われる。 また、PFS-AW は、ポータブルにしたことで農業用排水路の任意の地点に設置できる。 これにより、気象協会等から提供される予想雨量情報に基づいて、事前に知りたい地点の 予想推定高さに PFS-AW を設置すれば、実測雨量に対する農業用排水路ごとの応答特性 (いわゆる水循環における動・静脈瘤)を知ることができることになろう。 今回のシステムではフィールド情報を農地土壌と農業用水に限定したが、電気信号に変 換できる情報であればいくらでもシステムの拡張が可能である。特に、土壌の汚染や浄化 に対する社会的な関心(土壌物理学会,2001)を考えると、土壌中の硝酸や NAPL 類の 濃度センサーの開発が期待される。また、PHS や無線 LAN、インターネットの利用を視 野に入れて、データと画像を海外からも効率よく転送できるようにすることも今後の課題 である。 参考文献 C. S. Campbell, (2001a): Response of ECH2O Soil Moisture Sensor to Temperature Variation, DECAGON Application Note, (http://decagon.com/echo/) C. S. Campbell, (2001b): Response of the ECH2O Soil Moisture Probe to Variation in Water Content, Soil Type, and Solution Electrical Conductivity, DECAGON Application Note (http://decagon.com/echo/) M. Mizoguchi (1999): Development of internet tools for calculation and prediction of soil hydraulic properties, Characterization and Measurement of the Hydraulic Properties of Unsaturated Porous Media, University of California Riverside, 341-347 M. Mizoguchi and K. Noborio (2000): Cyber Soil Center for Predicting Soil Water and Nutrients Movements in Agricultural Fields, Proceedings of the XIV CIGR World Congress 2000, 1755-1758 関 勝寿・野田 恭子・溝口 勝・宮崎 毅 (2001):インターネット対応型土壌データベ ース,農業土木学会講演要旨集,222-223 野田 恭子・関 勝寿・溝口 勝・宮崎 毅 (2001):日本の土壌に関するデータベース構 70 築の試み,農業土木学会講演要旨集,224-225 土壌物理学会編(2001):土壌の汚染と浄化−土壌物理学の貢献−,土壌物理学会シンポジ ウム講演要旨集 溝口 勝 ・矢吹裕伯(2002):積雪寒冷地における地温変化と土壌の凍結融解過程,農業土 木学会誌,70(4),321-324 溝口勝・三上正洋・石井悟(2003):携帯電話を利用した土壌情報モニタリングシステム, 土 壌の物理性, 92, 25-30 71 3-5 農業防災対策のための豪雨災害時における防災情報通信システム 3-5-1 はじめに わが国は狭い国土面積(38 万 km 2)で,しかも南北約 3,000km と細長い島国で複雑な 海岸線を有し,中央を急峻な山脈が縦断し,国土の 75%を山地が占めている。このような 国土の特徴から,梅雨・秋雨前線や台風に伴う集中豪雨が発生すれば土砂災害が頻発し, また多くの地域では高潮や洪水が発生により大規模な水災害に見舞われる危険性を常に有 している。 筆者らは,1993 年の夏季に発生した長雨・豪雨による農業災害 1)∼3)以降,1999 年福 岡・広島豪雨 4),2000 年の東海豪雨 5),最近では 2005 年の梅雨前線豪雨 6)や台風 14 号 7)などを対象に,台風や梅雨・秋雨前線に伴う集中豪雨の気象的特徴や農業災害の発生状 況について詳細な解析を進めてきた 8)。顕著な局地性を有する集中豪雨による農業災害の 解析には,気象庁のアメダスデータは勿論のこと,各種機関が独自に観測している雨量デ ータを中心とした気象データの収集と解析が必要不可欠である 9)∼10)。 近年のインターネットに代表される情報通信技術の進歩や,気象・水文観測技術の進歩に より,高度な豪雨・高潮防災関連の情報が一般に公開・発信されつつある。さらに,2000 年の土砂災害防止法 11)の制定,2001 年の水防法 12)の改正 13)により豪雨災害に関する危 険個所の周知や危険情報の伝達促進が制度化された。このことから,地方自治体による防 災情報,豪雨・高潮災害時の警戒避難情報の整備は急速に進展している状況にある。 豪雨災害時における農業防災対策としての防災情報通信システムの利用は,今後も発生 の頻度が増大すると予測されている豪雨災害を未然に予測・回避・減災することからも重 要な課題であると言える。本報では,農業防災対策のための豪雨災害時における防災情報 通信システムの利用について検討したので概要を報告する。 3-5-2 気象庁で観測された地上気象観測情報の公開 わが国における地上気象観測は,気象庁のアメダス(Automated Meteorological Data Acquisition System:地域気象観測システム)観測網が整備され,四要素観測(気温,風 向・風速,降水量,日照時間)が 21km 四方に 1 ヶ所の割合で約 850 ヶ所,降水量観測が 17km 四方に 1 ヶ所の割合で約 1,300 ヶ所)実施されている。例えば,山口県では図 1 に 示したように,地域気象観測所(気温,風向・風速,降水量,日照時間)が 15 ヶ所,地 域雨量観測所が 7 ヶ所(無線ロボット雨量計を含む)で観測が実施されている。これらの 観測所で観測した気象データは,気象庁に自動的に送信されて,図 2 に示したように「電 子閲覧室 14)」において,1961 年からの気象データ(アメダスデータは 1976 年から)を閲 覧・印刷・コピーすることが出来るようになっている(表 1・表 2)。 気象庁で観測された気象データは,印刷物として気象月報などの形で公開されてきたが, 近年は CD-ROM の形として(財)気象業務支援センターで販売されている。当センター では,インターネット気象データ提供システム(通称,メテオ i-NET)を構築し,必要な データをダウンロードまたはオーダーメイドにより CD-ROM を作成する,準リアルタイ ムのデータ提供サービス(会員制有料サービス)を実施している 15)。 各県における農林関係の部署では,アメダスデータの利活用を図るために様々な形式で 72 インターネットによる気象情報の発信が行われている。たとえば,山口県では, 「山口県農 林業情報システム 16」」においてアメダスデータのリアルタイム情報が公開されている(事 前に登録が必要)。山口県の全地点,隣接する広島県(高野・八幡・内黒山・佐伯・大竹), 島根県(赤名・三隅・波佐・益田・匹見・十種峯・津和野・六日市),福岡県(八幡・頂吉・ 行橋)について,1976 年から現在までの時別・日別・半旬別・旬別・月別・年別の検索に より観測値,極値,累積値の情報が得られる。また,ひまわり,天気図,レーダー,レー ダーアメダス。注意報・警報,気象官署実況,きょう・あすの天気,週間予報,長期予報, 気象庁台風の情報も閲覧できる。山口県以外にも,たとえば秋田県では「秋田県農業気象 情報 17)」において 1976 年からのアメダスデータを発信するなど,同様のシステムが各県 で進められている。 3-5-3 国土交通省の「川の防災情報 18」」の概要 情報通信・気象水文観測技術の進歩により,高度な豪雨防災情報システムの整備が進ん であおり,国土交通省(旧建設省)河川局が管理する 109 ヶ所の 1 級水系を対象に,リア ルタイムで雨量・水位などの情報を提供する「川の防災情報」のシステムが運用されてい る。本情報からは 10 分・1 時間雨量と時間雨量の 12 時間履歴の情報が得られ,同時に水 位,水質,積雪深,レーダー情報の閲覧も可能であり,携帯端末(i-MODE など)でも利 用できるようになっている。 3-5-4 都道府県における防災情報通信システムの概要 各県では, 2 級河川を管理する河川・砂防関係の部署において,リアルタイムで雨量・ 水位などの情報を提供するシステムを独自に構築して,運用を開始し始めている。 2004 年末現在において,独自に雨量(河川水位・潮位も含む)情報システム(県により「土木 防災情報システム」などをはじめ,名称が異なる)の整備を実施している県は表 4 に示し たように 36 都府県となっており,それ以外の 1/4 の 11 府県(宮城県,茨城県,栃木県, 群馬県,千葉県,神奈川県,新潟県,京都府,鳥取県,岡山県,愛媛県)ではシステムが 未整備または準備中の状況にある。 気象庁が所管するアメダスにおける降水量の観測所は,約 17km 四方に 1 ヶ所の割合で 設置されているのに対して,県の河川課・砂防課が管理・運用しているシステムはアメダ スとほぼ同様な設置箇所(北海道,秋田県など5道県)から約 10 倍(香川県)まで,大 きな差異が認められている。また,河川の水位観測所についても,雨量観測所同様な傾向 となっている。 近年,未整備の府県においても台風や前線に伴う局地的豪雨による浸水・土砂災害に見 舞われていることから,早急にシステムの整備を進める必要がある。たとえば,愛媛県で は河川関連部局でのみで閲覧が可能であったシステムを Web 上で閲覧できるように改良 中である。また,整備時期が最も早かった鹿児島県では,2004 年に整備した山形県などと 最新のシステムの利用方法が大きく異なることから,利用者に立場から再構築の必要性も 認められている。また,潮位観測所は各県の港湾課や河川課において整備が行われている が,防災情報システムで閲覧が可能な府県は大阪府,広島県,香川県,鹿児島県のわずか 4県に過ぎない。今後は,地域住民にもインターネットや携帯端末で閲覧は可能な潮位観 73 測システムの整備が急務であると同時に,風観測の情報も同時に受信できることが望まれ る。 1)「山口県土木防災情報システム 19」」の事例 山口県では土木建築部において平成 13 年度に「山口県土木防災情報システム」を構築 し,防災関係機関への配信を開始し,平成 14年度より Web 上で閲覧できるシステムが運 用開始されている(図 3)。本システムは,雨量(128 局)と水位(95 局)の過去 24 時間 の 60 分間毎および累積値の数値・グラフなどの情報がリアルタイムで配信,雨量観測時 には 10 分間毎に観測が切り替わるシステムになっている。 しかし,24 時間以前の雨量・水位情報については閲覧出来ず,県内 22 ヶ所の気象庁「ア メダス」地点や県内 1 級河川の佐波川や小瀬川の国土交通省「川の防災情報」,主要国道 の道路気象情報とはデータの互換がないなど,システム改良の余地は残されている。2005 年 12 月には,県内 14 ヵ所の主要な港湾を対象に,潮位,気圧,風向・風速の要素につい ても閲覧できる機能が追加されており,海岸地域における農業防災に回避・減災にはきわ めて有効な情報である。 2)「香川県防災気象情報 20」」とその利活用 筆者らは,2004 年の台風 23 号により甚大な豪雨災害に見舞われた香川県を対象に,香 川県土木部河川砂防課が整備した「香川県防災気象情報」を用いて,気象庁のアメダス情 報をリアルタイムで提供する「電子閲覧室」と農業防災対策のための利用者の立場からそ の比較分析を行っている 21」。 「電子閲覧室」は全国約 1,300 ヶ所(気温,風向・風速,日 照時間の四要素は約 850 ヶ所)の降水量データをリアルタイムで閲覧できるものの,面積 1,862 km 2 の香川県では 6 ヶ所(約 17km 四方に 1 ヶ所)にしか整備されたおらず(表 4 参照),しかも 1 時間雨量しか閲覧することが出来ない。しかし,「香川県防災気象情報」 は,過去 24 時間の情報に限定して 1 時間雨量,3 時間前までは 10 分間雨量を閲覧するこ とが可能で,観測所も図 4 に示したように県内 71 ヶ所とアメダスの 10 倍以上に及んでい る。昨年の台風 23 号により大規模な土砂災害が発生した東さぬき地域もきめ細かく観測 局が整備されていることから,表 5 や図 5 に示したようにアメダス観測値を大きく上回る 豪雨を観測することが可能となっている。 また,河川砂防課が管理する河川の約 90 ヶ所に水位観測局が整備され,水位が通報・ 警戒・計画高水位のどの状況まで上昇しているのかを視覚的に見ることができる。気象情 報には「注警報・津波予報・天気予報・天気分布予報・季節予報・アメダス・台風情報・ レーダーアメダス・ひまわり・四国合成レーダ」,さらには潮位情報(7 ヶ所)も閲覧する ことが出来ることから,地域毎の農業災害の回避・減災するための手段として有効な情報 であると言える。 3-5-5 市町村における気象観測システムの概要 都道府県と同様に,市町村においても独自に防災情報システムの運用が試みられている。 たとえば,山口県宇部市では平成 12 年度から宇部市内の各所に雨量計を設置して宇部市 HP で配信している。図 6 に示したように,平成 16 年 11 月 1 日に宇部市と厚狭郡楠町と 74 が合併し,新「宇部市」誕生しており,旧楠木町には雨量計の設置が進んでいない。未設 置の旧楠木町においても台風や前線に伴う局地的豪雨による土砂災害に見舞われているこ とから,市内でも防災情報の格差を是正する上でも早急に雨量計の設置を進める必要が示 唆される。 3-5-6 農業防災のための防災情報システム利用をめざして ここまで示してきたように,気象庁,国土交通省河川課,地方自治体では,雨量,河川 水位,潮位などの防災に関する情報をリアルタイムで発信するシステムを独自に構築し, 地域防災力の向上のための利用の普及・促進を行ってきた。また,市町村の中には農村型 CATV 局に気象ロボットを導入して局地気象データの配信を行ってきた 22」。今後は,この ようなきめ細かなリアルタイムの防災・気象情報を,農家サイドにおける農業防災のため の積極的な利用が推進されることを期待したい。 謝辞 本報告を作成するに当たり,国土交通省河川課・気象庁をはじめ地方自治体においてイ ンターネットにより公開されている防災情報システムを利用させていただいた。香川県土 木部河川砂防課からは,2004 年台風 23 号の通過時における雨量・水位データのご提供を いただいた。 本調査研究は, (財)ユニベール財団, (財)国際コミュニケーション基金, (財)セコム 科学技術振興財団,(財)鹿島学術振興財団の研究助成金の一部を使用させていただいた。 ここに,厚く謝意を表します。 参考文献 1)山本晴彦,鈴木義則,早川誠而:1993 年の異常気象による西日本の農業災害.自然災 害科学,14(1),pp.31-42(1995) 2)山本晴彦,鈴木義則,早川誠而:1993 年異常気象による九州・中国地方の水稲被害. 農業気象,50(1),pp.43-48(1994) 3)山本晴彦,早川誠而,鈴木義則:西日本における 1993 年冷夏・凶作と 1994 年猛暑・ 豊作,天気,45(3),pp.163-170(1998) 4)山本晴彦,岩谷 潔,鈴木賢士,早川誠而,鈴木義則:1999 年 6 月 29 日に福岡県と 広島県において発生した豪雨の特徴,自然災害科学,20(4),pp.403-421(2002) 5)Yamamoto, H.,Iwaya, K.: Characteristics of Heavy Rainfall and Flood Damage in Aichi Prefecture from September 11th to 12th 2000, Journal of Natural Disaster Science, 24(1), pp.15-24 (2002) 6)山本晴彦,岩谷潔:山口県東部における梅雨前線に伴う 2005 年 7 月 3 日の豪雨の特 徴と浸水被害.自然災害科学,24(3),pp.323-331(2005) 7)山本晴彦,岩谷潔,東山真理子:2005 年台風 14 号(NABI)による豪雨の特徴と錦川流 域の浸水被害,自然災害科学西部地区部会報・論文集,30,印刷中(2006) 8) Yamamoto, H, Iwaya, K.: Changes and the Characteristics of Heavy Rainfall Disasters in Japan. Journal of Agricultural Meteorology, 60(5), pp.917-920 (2005) 75 9)山本晴彦,岩谷 潔,鈴木賢士,早川誠而,鈴木義則:山口県北部における各機関の 降水量観測の状況と詳細な降水量分布の把握,自然災害科学,19(4),pp.437-452(2001) 10)山本晴彦,東山真理子,岩谷 潔:防災情報通信システムの整備と豪雨災害時におけ る地域住民における気象情報の利活用,気象利用研究会講演論文集,17,pp.24-27(2005) 11)土砂災害防止法 http://www.mlit.go.jp/river/sabo/linksinpou.htm 12)水防法 http://www.houko.com/00/01/S24/193.HTM 13)水防法改正の内容 http://www.mlit.go.jp/river/saigai/tisiki/syozaiti/suibo.html 14)電子閲覧室 http://www.data.kishou.go.jp/index.htm 15)メテオ i-NET http://www.jmbsc.or.jp/ 16)山口県農林業情報システム http://www.nourin.pref.yamaguchi.jp/norin35/norin35.asp 17)秋田県農業気象情報 http://kisyo.agri-ex.pref.akita.jp/agr/ 18)川の防災情報 http://www.river.go.jp/ 19)山口県土木防災情報システム http://y-bousai.pref.yamaguchi.lg.jp/ 20)香川県防災気象情報 http://www.pref.kagawa.jp/bosai/ksy/a2/index_ksy.html 21)山本晴彦,岩谷 潔,松村伸二:2004 年に四国地方で発生した豪雨の特徴,中国・ 四国の農業気象,18,pp.18-22(2005) 22)山本晴彦:耕地環境の計測・制御−役立つ新しい解説書−、第 4 章 4.3 節 気象情報 の利用、pp.159-170 養賢堂(2001) 76 図 1 山口県の予報区と観測所(下関地方気象台HPより転載) 図 2 気象庁が開設した電子閲覧室(http://www.data.kishou.go.jp/index.htm より転載) 77 雨量局 ● ○山口県システム ●気象庁アメダス ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 図 3 山口県土木防災情報システム(雨量局) 図 4 香川県防災気象情報(雨量局) 80 600 引田 70 58mm 60 時 50 間 降 40 水 量 30 (mm) 20 62mm 120 500 6時間降水量 248mm(14-19時) 100 10 24 6 12 18 2004年10月19日 24 6 12 日下峠 100 700 674mm 395mm 92mm 積 算 降 水 300 量 (mm) 200 582mm 400 6時間降水量 457mm(11-16時) 20 0 18 24時 100 0 24 10月20日 6 12 18 2004年10月19日 24 6 12 18 10月20日 0 24時 図 5 引田(アメダス)と日下峠(香川県防災気象情報)における 1 時間降水量とその積算値の推移 78 600 500 400 積 時 80 算 間 降 60 300 降 水 水 量 量 200(mm)(mm) 40 333mm 0 116mm 図 6 宇部市における雨量観測所の設置状況 (□で囲んだ地区名は設置済み) 表 1 観測値における掲載期間 観測値 1日の毎時の値 1ヶ月の毎日の値 1年間の毎月の値 毎年の値 極値 気象台・測候所のデータ 1976年∼昨日まで 1961年∼昨日まで 1961年∼先月まで 1961年∼2002年 統計開始∼昨日まで アメダスのデータ 1976年∼昨日まで 1976年∼昨日まで 1979年∼先月まで 1979年∼2002年 統計開始∼昨日まで 表 2 電子閲覧室のデータをコピーし,EXCELにHTML形式でペーストした事例 日 1日 2日 3日 4日 5日 6日 7日 8日 9日 平均 現地 気圧 hPa 1003.5 1006.6 1009.4 1005.7 1006.8 1006.9 1008.4 1011.6 1009.6 平均 海面 気圧 hPa 1005.5 1008.6 1011.5 1007.8 1008.9 1009 1010.5 1013.6 1011.7 平均 気温 ℃ 19.4 19.9 20.4 22.5 21.9 22.3 22.9 23.1 23.8 最高 気温 ℃ 24.3 28.3 26.1 28.4 29.7 29.2 28.6 29.8 30.1 最低 気温 ℃ 14.7 13 14.1 16.7 16.4 15 18.7 17.3 17.9 平均 相対 湿度 % 最小 相対 湿度 % 67 64 63 58 60 55 60 62 58 79 平均 風速 最大 風速 m/s 2.5 1.5 1.1 1.4 1.3 1.8 1.6 1.7 2.9 m/s 風向 49 23 31 29 33 30 25 28 32 6 4.5 3.4 4 4 4.6 3.7 4.9 6.9 北北西 西南西 南南西 南西 西 南南東 南南西 南東 南東 最大 瞬間 風速 m/s 12 8.9 6.7 8.2 8.1 8.8 7.7 8.8 12.1 風向 北北西 西南西 南西 西南西 西北西 南南東 南南西 南東 東南東 表 3 川の防災情報(i-MODE 版,筑後川水系(福岡/佐賀)) 雨量観測所 原田観測所 宝満川 福岡県筑紫野市 02/15 更新 07:50 現在 現在の降雨状況 10 分: 0 時間: 0 累加: 0 ●12時間履歴 時間/累加 07 時: 0/ 0 06 時: 0/ 0 05 時: 0/ 0 04 時: 0/ 4 03 時: 0/ 4 02 時: 0/ 4 01 時: 0/ 4 24 時: 0/ 4 23 時: 0/ 4 22 時: 0/ 4 21 時: 0/ 4 20 時: 0/ 4 ●1時間履歴 10 分/累加 07:50: 0/ 0 07:40: 0/ 0 07:30: 0/ 0 07:20: 0/ 0 07:10: 0/ 0 07:00: 0/ 0 06:50: 0/ 0 80 表 4 気象庁アメダスと都道府県の防災情報システムとの比較 都道府県名 北海道 青森県 岩手県 宮城県 秋田県 山形県 福島県 茨城県 栃木県 群馬県 埼玉県 千葉県 東京都 神奈川県 新潟県 富山県 石川県 福井県 山梨県 長野県 岐阜県 静岡県 愛知県 三重県 滋賀県 京都府 大阪府 兵庫県 奈良県 和歌山県 鳥取県 島根県 岡山県 広島県 山口県 徳島県 香川県 愛媛県 高知県 福岡県 佐賀県 長崎県 熊本県 大分県 宮崎県 鹿児島県 沖縄県 合計 面積 2 (km ) 78,419.00 9,606.78 15,278.64 7,285.53 11,612.22 9,323.39 13,782.75 6,095.68 6,408.28 6,363.16 3,797.25 5,156.54 2,187.09 2,415.85 12,582.58 4,247.34 4,185.43 4,189.22 4,465.37 13,560.55 10,622.85 7,779.82 5,162.50 5,776.59 4,017.36 4,612.98 1,893.75 8,393.51 3,691.09 4,725.82 3,507.21 6,707.47 7,112.70 8,477.73 6,111.11 4,145.46 1,876.16 5,676.92 7,104.88 4,974.75 2,439.31 4,094.39 7,404.42 6,339.11 7,734.77 9,187.50 2,273.93 372,806.74 アメダス 防災情報システム 四要素 四方km 降水量 四方km 雨量 倍率** 水位 潮位 (箇所) /箇所 (箇所) /箇所 (箇所) (箇所) (箇所) 159 22.2 228 18.5 278 1.2 291 − 22 20.9 31 17.6 *185 6.0 *130 − 33 21.5 52 17.1 74 1.4 57 − 18 20.1 24 17.4 − − − − 24 22.0 37 17.7 39 1.1 97 − 20 21.6 32 17.1 177 5.5 127 − 29 21.8 48 16.9 102 2.1 99 − 14 20.9 23 16.3 − − − − 14 21.4 22 17.1 − − − − 13 22.1 23 16.6 − − − − 8 21.8 14 16.5 14 1.0 20 − 14 19.2 17 17.4 − − − − 14 12.5 20 10.5 77 3.9 82 − 5 22.0 11 14.8 − − − − 27 21.6 45 16.7 − − − − 9 21.7 15 16.8 83 5.5 71 − 11 19.5 15 16.7 106 7.1 110 − 9 21.6 15 16.7 81 5.4 60 − 10 21.1 15 17.3 68 4.5 58 − 29 21.6 48 16.8 146 3.0 − − 23 21.5 37 16.9 138 3.7 102 − 17 21.4 29 16.4 141 4.9 113 − 11 21.7 19 16.5 140 7.4 − − 12 21.9 21 16.6 *169 8.1 *122 − 9 21.1 13 17.6 91 7.0 63 − 8 24.0 19 15.6 − − − − 7 16.4 9 14.5 46 5.1 94 7 19 21.0 31 16.5 142 4.6 127 − 6 24.8 15 15.7 75 5.0 30 − 12 19.8 19 15.8 137 7.2 44 − 9 19.7 15 15.3 − − − − 16 20.5 27 15.8 107 4.0 96 − 15 21.8 24 17.2 − − − − 18 21.7 32 16.3 54 1.7 88 13 16 19.5 22 16.7 128 5.8 95 − 8 22.8 13 17.9 51 3.9 − − 6 17.7 7 16.4 71 10.1 93 7 15 19.5 21 16.4 − − − − 15 21.8 27 16.2 52 1.9 65 − 12 20.4 18 16.6 135 7.5 42 − 4 24.7 9 16.5 84 9.3 5 − 14 17.1 19 14.7 128 6.7 58 − 17 20.9 28 16.3 145 5.2 − − 14 21.3 24 16.3 71 3.0 66 − 18 20.7 27 16.9 124 4.6 20 − 30 17.5 40 15.2 259 6.5 38 6 17 11.6 25 9.5 25 1.0 23 − 850 20.9 1,325 16.8 3,589 2.7 2,334 33 *国土交通省所管の観測所を含む **アメダスの雨量観測所に対する県所管の雨量観測所の倍率 81 表 5 香川県東部における 2004 年台風 23 号による降水の特徴 日降水量 所在地 積算降水量 最大1時間 最大3時間 最大6時間 (市町名) 19日(mm) 20日(mm) (mm) 降水量(mm) 降水量(mm) 降水量(mm) 1 日下峠 東かがわ 92 582 674 116 312 457 2 与田山 東かがわ 81 513 594 107 246 399 3 大内 東かがわ 85 466 551 88 222 361 4 前山 さぬき 72 457 529 125 263 376 5 大川 さぬき 89 436 525 91 229 335 6 五名 東かがわ 80 441 521 88 190 322 7 太郎兵衛 さぬき 77 427 504 90 202 322 8 千足 東かがわ 82 419 501 62 158 266 9 門入 さぬき 83 412 495 76 221 334 10 鈴竹 東かがわ 67 412 479 83 184 293 引田 東かがわ 62.0 333.0 395.0 57.5 161.5 255.0 アメダ ス 福原旭 徳島県 79.5 470.0 549.5 70.0 206.0 362.5 順位 観測所名 82 3-6 GA による農耕地の適地選定モデルとその応用 3-6-1 はじめに リモートセンシング技術の遠隔探査の対象は、銀河系、太陽惑星系、地球に大別するこ とができる。われわれの生存する地球の調査は、衣食住といった一次産業に直接係ること からリモートセンシング技術の利活用が盛んになされてきた。その代表的な事例は、気象 衛星観測であり、大気圏流体の解明と予測であり、日々の短期予測、週・月間予測、年間 予測、数年の長期予測へと発展してきている。わが国の主穀物である水稲を例示しても、 その生産高は気象条件に左右されることは既成の事実である。この問題を解決するには未 だ時間のかかる長期的課題である。気象条件以外には、立地条件が生産高に影響を及ぼす。 立地条件の要因としては、3次元位置情報である地球座標系の緯度、経度、標高とそこに 存在する地表情報の土壌である。3次元位置情報は汎地球測位システム(GPS,GLONASS) の活用があり、地表の土壌や生育状況は軌道衛星によって観測できる。特に農作物の調査 の画像データ利用は盛んで、低解像度1km の NOAA/AVHRR センサー,中解像度 10∼100 mの SPOT/HRV センサー、LANDSAT/MSS,ETM センサー、高解像度 0.6∼5mの各種 センサーが用いられ無償利用の方向にある 1)。この中でも、近年運行している超高解像度 1m以下の IKONOS/MSS、QuickBird/MSS センサーが農耕現状把握図をはじめ農公共事 業、農村農業設備管理、農林防災環境、農作物開発など多分野の用途に幅広く有償で活用 されている 2)。 この研究では、わが国のユビキタス社会にリモートセンシング技術をいかに有効に活用 していくかということを念頭におきながら、農業農村情報研究の一端として、農耕地適地 選定モデルについて論述する。 3-6-2 ユビキタス社会における農耕地開発 ユビキタスコンピュータは 3)本来、コンピュータの情報資源をどのコンピュータでも共 有できる環境を構築し、情報通信することが念頭にあったが、インターネットの普及によ ってほぼ達成された。これに加え汎地球測位システムのデータ取得の公開によって、位置 情報と関係付けることができるようになり、ユビキタスの偏在すなわち「何所にでも」が、 無線だけでなく有線によっても可能となってきている。そこで、リモートセンシング技術 によって抽出されたデータをいかにこの通信網に生かすかがユビキタス社会に課せられた 課題であるとも受け止められる。ここで、農耕地適地選定問題を取り上げたとき 4)、LUCC 問題からの耕地被覆率 5)、エネルギー問題からの自給率が基本条件として存在し、この条 件下において、どこに、なにを生産させるべきかという問題を解くモデルが必要になって くる。社会変動への対応が過去の経験の延長で対応できるケースもあるが、そうでないケ ースがあり、後者への対抗がユビキタス社会では、ますます重要視されよう。そこで、農 耕地適地選定では、 「何処に」、 「何を」生産すると生産高に「如何に」効果をもたらすかと いう問題であると定義し、農耕地適地選定問題を解く方法論を述べ 6)、モデル化の現実の 可能性を明らかにするために、事例として、衛星画像や航空機で作成される主題図(地図) を活用して、農耕地の現状と面積の分布調査をする。 次に、作物集合(種類)Q における生育属性Xを土地属性と気象属性条件に2区分して、 83 これらに係るデータとリンクさせながら、最適化問題として定式化することでコンピュー タシュミレーション可能なモデル化ができるので、このモデルのパレット解を算出する。 一般の農耕地は単作物以外に多期作などが実施されていることから、作物の定式化には NP 問題への対応として、遺伝的アルゴリズム(GA)を用いて収束効率を向上させる。そ して、パレット解を求めるには、わが国の分析地区への適用をして具現化に近づける。 3-6-3 作物の農耕地適地選定の定式化 農耕地適地選定は、最適化問題を包含する線形の0−1計画問題として解くことができ る 7).8),9)。また、地域を広域的に捉えることでリモートセンシング技術の衛星画像からの主 題図や地図が活用できる。一般に、このリモートセンシング技術による広域農耕地適地選 定モデルは、中国大陸や南アメリカ、アフリカのような広大な土地を有する諸国での山林・ 原野などの未開拓地を農地として開発するのに適しているが 10)、作物の立地条件と気象条 件の適地選定諸要因の組み合わせが多く NP 問題となるため 11)、モデリングの世界から脱 皮しえなかったといえよう。 しかし、遺伝的アルゴリズム(GA)応用研究の進展するなか、この NP 問題の打開策とし て適用してみたところ、単作物の適地選定の解法の可能性を見出すことできた 12)。 この農耕地適地選定問題では、従来行ってきた作物生育および土地開発の可否を規定する 属性とその属性状態をまず定義し、属性値とその収量の関係を多状態信頼性理論の最小パ スベクトルによって表現可能にする。そして、 分析地区の各属性の内、改善可能な属性を 操作することで、総開発費Hの最小化、作物総収量Jの最大化をする最適化2問題を同時 解く関係とこれに伴う諸条件を以下に示す 13)。 (1) 耕地の土地属性 作物の栽培および収量に影響を与える生育環境要因を表したものを属性Ai(i=1,2,,,n) とし、ここでは、土壌関連属性, 土地被覆関連属性, 気象関連属性, 地形関連属性の種類を 取り上げる。 具体的な属性モデルには、有効土層厚・れき含量・土性(土壌関連属性)、地目(土地被 覆関連属性)、気温・降水量・日照時間(気象関連属性)、傾斜度(地形関連属性)の8属 性要因を用いる。 ここで、気象関連属性と土地被覆関連属性は作物ごとに属性が異なる。 また、土地属性の中には一定の開発費をかけることで状態を改善することができるものも 存在し、それらのことを特に状態改善可能属性とする。 作物の収量は各属性によって収量が変化することから、収量を区分化できるように、各属 性を Lv 段階の状態で表現することにする。段階 Lv の数字が大きいほど収量の多い良好な 状態を表すことにする。 (2) 属性状態ベクトル 分析地区の各区画に対する土地属性状態の集合を属性状態ベクトル Xj とし、ある区画 jの属性 Aj の状態をxj とすると、属性状態ベクトルは、属性数を n としたとき次のよう に表現できる。 Xj = (x1, x 2, L , xn ) (3.1) 84 属性Aとその属性状態Xを表 1 に示す。 (3) 最小パスベクトル この GA モデルにおける最小パスベクトルは、作物収量の達成条件を表すもので, 属性 状態ベクトルと収量レベルの関係を表すことになる。ある収量を得るために最低限必要な 土地属性 Ai の状態をyi とすると、最小パスベクトル Pi は、以下のように表す。 Pi=(y1,y2,...yn) (3.2) また, 土地属性 Ai の状態がxi である区画の最小パスベクトル番号は、最小パスベクトル を収量の多い順に並べたとき, 以下の式を満たす。 xk ≧yk (3.3) ∀k ただし、属性状態ベクトルの値に 1 つ以上 0 がある場合には、その区画の収量は 0 とする。 わが国の水稲の最小パスベクトルを表 2 に示す。 (4) 作物の総収量 分析地区全体における作物の収量の総和、ある区画jの最小パスベクトル番号をλj、そ れから得られる収量をf(λj)とすると、対象地区の区画集合を T 、区画jの面積をaj とし たとき, 対象地区全体の作物総収量 J は次のようになる。 J=Σajf(λj) (3.4) (5) 総開発費 分析地区全体における状態改善に要する開発費の総額を総開発費 H で表す。 ある区画 に対して、改善前属性状態ベクトル Xj から改善後属性状態ベクトル X’j へと開発を行った とき、その土地の開発にかかる費用をhj とすると、分析地区の区画集合を T、T のある区 画jの面積をaj としたとき、対象地区全体にかかる総開発費は次のようになる。 H= Σajhj (3.5) なお、開発費の算出には、作物の単価を要するので、分析地区の市場調査より表 3 を用い る。また、状態の改善をするには、表 1 の*の改善可能属性とその改善コスト(単位:万円 /10a)が必要なので、表 4 を用いる。 3-6-4 遺伝的アルゴリズムの改良プログラム 遺伝的アルゴリズム(GA)を用いて多目的最適化問題を解く研究も進められてきたが 以前のプログラム pgm-0 では、開発費の上限 14)、 C max ( H ≤ C max )を定めたときの総収量 J を最大化する最適化問題とし、開発費の上限を変化させパレット最適解を得てきた。 また、単作物の適地選定問題のコーディングは, 状態改善可能属性の状態番号を区画数だ x ≠ 0 ∀k を満たす時 け並べ、ある区画 j の属性状態ベクトル Xj = ( x1, x 2, L , xn ) が、 k とし、各区画に対して状態改善可能属性の個数Σjの各々についての状態を bit 列で並べ たものである。 この研究では、パレット解曲線の形状の振動性状を滑らかにし収束性の向上を以下の点 で改良して、パレット解を算定できる GA 試作プログラム prg-1 を作成する。 (1) 解空間の改善 85 試作プログラム prg-1 の実行結果のパレット解を横軸に開発費、縦軸に収穫量にしてプ ロットしたとき、初期開発費に対するパレット解が得られていない。このことは、この問 題の解空間に占める解空間が小さく開発費の上限 C max が低いとき、解が求まらないことに 起因する。これは条件式を満たさない個体同士は共に適応度が 0 になるために優劣がつか ず、適応度 f > 0 となる個体が現れるまで解が求まらないためであると推定される。そこ で、評価法の改善として評価関数(適応度) f を用いてきた。 ( H ≤ Cmax ) ⎧J ⎪ f = ⎨ Cmax ⎪⎩ H (それ以外 ) (4.1) (2) パレット解曲線の改善 パレット解が C max が高くなるにつれて、曲線が滑らかとはいえない。また、最適解が求 まりにくくなっている。これはコーディングする全塩基配列の組み合わせの数に対して、 個体数が少ないために局所解に陥りやすいと考えられる。そこで、複数の表現型の導入を 考える。この方法はデコーディングよって個体から得られた区画 j における状態改善可能 属性 Ai の状態を zi としたとき、個体の表す複数の改善後属性状態ベクトル、 X 1 j = (x11 , x12 , L, x1n ) 、 X 2 j = ( x 21 , x 2 2 , L, x 2 n ) 、 X 3 j = ( x31 , x32 , L, x3n ) 、 X 4 j = ( x 41 , x 4 2 , L, x 4 n ) には, 以下の式が成り立つので、 (区画jが改善可能かつ Ak が状態改善可能属性 ) ⎧max (z k , x k ) x1k = ⎨ ∀j , k (それ以外 ) ⎩ x k (4.2) ⎧ min(4, x k + z k − 1) (区画jが改善可能かつ Ak が状態改善可能属性 ) ∀j , k x2 k = ⎨ (それ以外 ) ⎩ x k (4.3) ⎧( x1k + x 2 k ) / 2 (区画jが改善可能かつk = 1, 2 ) ⎪ x 3k = ⎨4 (区画jが改善可能かつk = 7, 8 ) ∀j, k ⎪ x (それ以外 ) ⎩ k ⎧ x 2 k (区画jが改善可能かつk = 1, 2 ) ⎪ x 4 k = ⎨4 (区画jが改善可能かつk = 7, 8 ) ∀j, k ⎪x ⎩ k (それ以外 ) 86 (4.4) (4.5) 式(4.2)で示される X 1 は, 改善可能属性の改善後属性状態に、改善前属性状態と個体の表 す状態のうち、大きい値が選択されてきた。式(4.3)で示される X 2 は、個体の表す状態を 改善前属性状態の増分値として用いるものである。式(4.4)で示される X 3 と式(4.5)で示さ れる X 4 は、水稲の最小パスベクトル(表 2)から土地属性属性A7、A8 が状態 4 でない限り 収量が得られない点を考慮したものである。 (3) 双方向探索 複数の表現型を用いた prg-1 では、その表現型の変わり目で値がジャンプする問題点が あったので、これまで昇順に C max を変化させるのと、逆順に C max を変化させながら探索 を行うことを実験してみたところ、最適解への収束を早められた。これはすべての作物モ デルに使えるもので、逆順探索法の導入をすることにした。 3-6-5 事例適用時の GA パラメータの調整 (1) 個体数・世代数の調整 個体数 N i を変化させたときの個体数と収量合計、実行時間の関係について実験を行っ た。この結果、 N i ≥ 160 の部分で収量合計が安定してきているので、 N i = 200 を採用す る。 世代数 果、 Ng の調整は、世代数と収量合計、実行時間の関係について実験を行った。この結 N g ≥ 30 で収量合計が安定してきたので、 N g = 50 を採用する。 (2) NP 問題の対策 ここまでの仮定から、区画数Σj=50 前後の分析地区に対しては, GA を用いて農耕地適 地選定問題が解くことが可能であった。しかし、50 区画の分析地区での改善可能な土地属 性の組み合わせ数 C1 は、式(2.6)から C1 ≤ 4 4×50 となり、コンピュータ処理のことも考える と、これより広い分析地区の適地選定は不可能になる傾向にある。実際、2ヶ所の分析地 区の区画数は共に 1,000 にも及び、この分析地区での改善可能な土地属性の組み合わせ数 C 2 は、 C 2 ≤ 4 4×1000 となり、組み合わせ数が多すぎる。そこで、分析地区の分割処理を取 り入れ、その地区ごとにパレット最適解を求め、それらの合成手法を思考する。 この分割地区のパレット最適解を合成して分析地区全体のパレット最適解に組み直すこと を、「分割地区合成」と呼ぶことにする。 (a) 分割地区合成問題の最適化 分割地区合成問題も分析地区全体の総収量 TJ を最大化、総開発費 TH を最小化する2 目的最適化問題となるので、開発費の上限 TC max を定め, その条件式(5.1)の範囲内で TJ を 最大化する最適化問題として解く。 87 TH ≤ TC max (5.1) 以下に、この問題の遺伝子へのコーディング, 個体の評価方法を示す。 分割地区問題の遺伝子へのコーディングは、代数的思考では、分割地区ごとのパレット最 適解の標本番号を 2 進数に変換して塩基配列の bit 列に並べることによって実施できるの で、分割地区数: n 、分割地区ごとの標本数:mであるとき、個体の持つ塩基配列の長さ は、 n ⎡log 2 m ⎤ と短く表すことができる。 (b) 個体の評価 次に、分割地区合成問題の個体の評価について述べる。ある分割地区 i において、標本番 号 k の総収量を J i (k ) 、総開発費を H i (k ) とすると、分割地区合成問題において個体のデコ ーディング処理によって取り出した分割地区 i の標本番号を bi としたとき、その個体の表 す分析地区全体の総収量 TJ と総開発費 TH は、分割地区の集合を S とすると次のように 表される。 TJ = ∑ J i (bi ) (5.2) i∈S TH = ∑ H i (bi ) (5.3) i∈S また, ある分割地区 i に含まれる区画 j において、標本番号 k の改善後属性状態ベクトルを X ij′ (k ) とすると、分割地区合成問題において個体のデコーディング処理によって取り出し た分割地区 i の標本番号を トル TX ′j bi としたとき、その個体の表す分析地区の改善後属性状態ベク には、次の関係が成り立つ。 TX ′j = X ij′ (bi ) ∀i, j (5.4) 上式(5.2)、式(5.3)から個体の表す分析地区全体の総収量 TJ と総開発費 TH が求まり、式 (5.4)から分析地区に対する区画ごとの改善後属性状態ベクトルも得られる。 この個体の評価方法には上記の処理で得た TJ , TH を用いて、式(5.5)の評価関数(適応度) f を用いる。 (TH ≤ TCmax ) ⎧TJ ⎪ f = ⎨TCmax ⎪⎩ TH (それ以外 ) (5.5) 88 上記の分割地区合成を含めた改良プロゴラム prg-2 の手順を図 5.1 に示す。 これまで述べてきた改良点を包含したことにより、区画数の多い分析地区でも、単作物の 農耕地適地選定モデルの最適解を求めることが可能になる。 (3) 複作物のモデル これまでの研究によって、単作物を対象とした農耕地適地選定問題は最適解を求めるこ とが可能になった。 そこで、複作物を対象とした農耕地適地選定問題について述べる 15)。 複作物を対象とした農耕地適地選定問題には, 1 年を 2 つの時期に分けて、それぞれに分析 地区全体で 1 つの作物のみを育てる二毛作の問題と、分析地区において同時期に複数の作 物を育てる複作物の問題に限定する。これらの問題は、単作物の遺伝子コーディング部分 と評価法部分を換えるだけで実現できる。以下に、複作物の農耕地適地選定問題に対する 遺伝子へのコーディング法と個体の評価法について述べる。 (4) 二毛作のモデル 二毛作の適地選定問題のコーディングは、2種の作物モデルに対して状態改善可能属性 の状態番号を区画数だけ羅列する。本研究のわが国の事例における作物モデルは、すべて の状態改善可能属性は作物の種類に関わらず共通属性とすることができる。そのため、作 物ごとのコーディングは単作物のコーディング法を用いる。 ただし、地目については水稲モデルとそれ以外の作物モデルで状態が異なるため、状態 3 を畑地, 状態 4 を水田とすることにした。 3-6-6 分析地区と作物の生育条件 (1) 分析地区の概要 わが国の水稲生産の北部と南部では、気象条件を含めた生育条件が異なることから、北 部のモデル地区として、北海道岩見沢地区を選定する。この他、モデル選定には農耕地の 分布面積も考慮の対象となることから、区画選定の調査も行っている 15)16)。 この地区は、北海道中央の石狩平野東部に立地する岩見沢市内にあり空知支庁所在地であ る。東半分は夕張山地、西側は沖積平野からなり、道内有数の豪雪地帯で農業が中心産業 である。この分析地区では、1 区画の土地面積を1ha(100m×100m)としたとき、30×30 格子の 900 区画を事例モデル領域に選定することができる。 (2) 作物の生育条件 (a) 水稲 主な生育特性として水稲は水田で栽培され水を保有する平地が必要である。育苗期間は ハウスなどで育てられるので、本田に移植されてからの水稲を作物の対象にする。幼穂形 成期から出穂期までの適正な温度環境は、昼間 30∼35℃、夜間 25∼30℃、水温 25℃以上 が望ましい。葉面積は幼穂分化から出穂までの間でピークを迎える。 (b) 小麦 寒冷地にも強く年間降水量 400∼1,000mm の地域でよく栽培される。小麦の主な生育特 性としては排水した田・畑のどちらでも栽培可能である。発芽の適温は 25℃前後(最高 40℃、 最低 0∼2℃程度)である。開花の適温は 18∼20℃であり葉面積は出穂期にピークを迎える 17)。 89 (c) 馬鈴薯 萌芽は 5℃で開始し芋の形成と肥大には 15∼20℃が適温で、29℃以上になると芋の肥大 は停止する。土壌に対する適応性は広く、排水良好な砂壌土ないし壌土が生育に適する。 乾燥に弱いが過度の水分は塊茎の腐敗を招く。 また、馬鈴薯の葉面積は塊茎肥大時にピークを迎える 18) 19)。 (d) 小豆 主な生育特性として、温暖な気候を好み、地温が 10℃以上で播種可能となる。葉面積は 開花後 30 日頃にピークを迎える。登熟期はやや冷涼で乾燥した気候が望ましい。また、 小豆は着蕾から開花期の低温により減収する 20)21)。 3-6-7 分析地区への適用結果 (1) 単作物ごとの適地選定モデル 農耕地適地選定問題に対して、水稲・小麦・馬鈴薯・小豆の4種類の作物を、北海道岩 見沢地区モデルに単作物を栽培したことを想定してプログラムを適用する。ただし、本研 究では、すべての区画を笹生地・野草地とみなし、分析地区を未開発地区として問題を解 く。 岩見沢地区の水稲モデルに土地属性状態のデータを与え、適地選定改良プログラム prg-2 を実行させた。出力した水稲のパレット最適解の曲線性状を図7.1 に示す。 この図の横軸の総開発費が、 IRTC1 ( TC max =105 万円 ), IRTC 2 ( TC max =4x105 万円 ), IRTC 3 ( TC max =8x105 万円)のときの最小パスベクトルの数値を、分析地区の 30x30 の格子 区画上に色調を施して図化したものが図7.2∼図 7.4 で、開発区画の広がりが読み取れる。 次に、岩見沢地区の3作物(小麦、馬鈴薯、小豆)の開発適地選定問題のパレット最適解 を求め、その曲線性状と最小パスベクトル図化を図 7.5∼図 7.16 に示す。 この図 7.1 の水稲パレット最適解の曲線性状から開発費効果が総収量にどのように反映し ているかが読み取れる。また、3段階の開発費 IRTC1 、 IRTC 2 、 IRTC 3 において、分析 地区のどの区画が開発対象になったのかを図 7.2∼図 7.4 を比較し理解することができる。 この傾向は水稲と同様に、図 7.5∼図 7.16 からも、小麦、馬鈴薯、小豆の開発費の3時 点における最小パスベクトル図化の相違から開発の進行状況が読み取れる。 (2) 複作物の適地選定モデル (a) 岩見沢地区の複作物の農耕地適地選定 北海道岩見沢地区における複作物を対象とした農耕地適地選定問題を水稲・小麦・馬鈴 薯・小豆の4作物を対象にして、土地属性状態などの入力データを読み込ませて実行した。 適地選定プログラムが出力したパレット最適解の性状を図 7.17 に示す。 この図の横軸の総開発費 ISTC1 ( TC max =0.5x105 万円 ), ISTC 2 ( TC max =2x105 万円 ), ISTC 3 ( TC max =3.8x105 万円 ) の3時点における岩見沢地区の最小パスベクトル番号を 90 30x30 の区画に図化したものが図 7.18∼図 7.20 である。 この図から馬鈴薯の栽培が広がり、さらに開発費を投じると水稲の栽培が増加する傾向が 読み取れる。 (b) 甘木地区の複作物の農耕地適地選定 適地選定プログラムの信頼性を確かめる目的で、わが国の南北の分析地区として、九州 福岡県甘木市のエリアに位置している甘木地区を選定した。北海道岩見沢地区と同様に、 作物生育条件などのデータを整備し、prg-2 に適用した。作物の種類は北海道岩見沢地区 の特産の大豆に変えて、九州の特徴を表す意味を持たすため、トウモロコシを採り上げた 22)。 水稲・小麦・馬鈴薯・玉蜀黍(トウモロコシ)の4作物に対して、土地属性状態などの データを適地選定プログラム prg-2 に読み込ませて実行した。複作物におけるパレット最 適解の性状を図 7.21 に示す。 この図の横軸の総開発費が ASTC1 ( TC max =0.9x105 万円)、ASTC 2 ( TC max =2.4x105 万円)、 ASTC3 ( TC max =3.1x105 万円)のときの甘木地区の最小パスベクトル番号を区画 30x30 格 子上に表示したものが図 7.22∼図 7.24 である。 開発初期の第1時点では、玉蜀黍の栽培が広がり、第2時点では、玉蜀黍に馬鈴薯が加 わってくるが、第3時点では、馬鈴薯のピークが過ぎて馬鈴薯の栽培区画の1部が玉蜀黍 に置き換えられているところが読み取れる。 3-6-8 考察および結論 これまでの農耕地の適地選定問題は、未開拓地区の適用問題として研究してきた。当初 は単作物モデルを取り上げて、投資効果をパレット解で表現する試みをしてきた。次に、 ブラジルの事例研究では、複作物問題へと拡張した。しかし、遺伝的アルゴリズムによる モデリングの収束性を速めることがパレット解の振動性を生み、計画段階では効果的であ っても実施段階へと継続してモデリングすることが精度上、困難な状況にあった。 この研究では、事例モデルに現地に即したデータを用い実用性を重視しながら、かつパレ ット解空間の改善、評価適応度関数の改善により、パレット解の振動性状を少なくするこ とができた。この結果、パレット解の誤差が少なくなり、精度向上に努めることができた。 また、区画分割処理法のロジックを GA の prg-2 に挿入することにより、広域な適地選定 に対する NP 問題を解決した。 この遺伝的アルゴリズムによる適地選定モデルを形成する過程を検証したところ、生産 量が低いときには傾斜度の少ない区画から開発が始まり、生産量が上昇するにつれて徐々 に地目・傾斜度に対する開発が進み、収量の増加が図られていることが明らかになった。 そのため、改善前状態で笹生地・野草地としていた、もともと畑や水田だった区画が早く から開発され、実の分析地区の状態とほぼ同様になった。 また、単位面積当りの収穫量に関しても、どの作物も分析地区の区画における最小パス ベクトル番号の分布状況が、現状に近い分布状況であり、分析地区の統計量を加味したの で、GA モデルの完成度は高いといえる。 91 二毛作については出力結果を省略したが処理システムは予想通りの稼動している。 このため、本研究の GA による適地選定モデルは、区画が笹生地・野草地とみなせる未開 拓地区には適用可能であり、わが国の目標を定めなければならない自給率とこれに見合う 総生産高の算定に対する方向性を提示できよう。また、岩見沢地区と甘木地区の GA モデ ルを用いた複作物の農耕地適地選定問題では、気象関連属性などの相違によって、栽培作 物が異なってくることが明示できたといえる。さらに、甘木地区の複作物の農耕地適地選 定では、開発費を変化するにしたがって区画栽培が固定せず変動する傾向が明らかになっ た。これはこのモデル研究で新たに表現できた解析結果であり、事例研究としても1つの 特徴が得られたといえよう。 近年利活用可能になった地図は、3∼10 年程度古い土地利用状況でも現状と大差ないと きには安価な資料であるが 23)、現在でも地図が入手困難な国・地域も存在する。このよう な状況下では、むしろ時系列データが入手可能なユビキタス社会でのリモートセンシング 技術による衛星画像図の利活用が得策と思われる 24)。 今後の課題として、この研究で論述してきた適地選定モデルをより発展させていくため には、灌漑整備の整った土地利用が高度化している農業先進国の地域に対しての転作・配 置換え問題や野菜栽培、ビニールハウス栽培、特産物の助長などにも適用できるモデリン グ改良が不可決であろう。また、近年、わが国の水稲の転用が話題になっていることから、 将来、作物の配置換えや水稲の転用にも適用できる可能性を秘めている。 謝辞 本研究の事例研究に対して専門的知識の提供・統計資料の紹介などには、元農業工学研 究所室長・石田憲治氏の協力を得た。また、GA モデリングのコーデングと計算処理は、 元茨城大学情報工学科の川口大貫君の協力による。ここにお礼申し上げる。 参考文献 [1] たとえば,http://glcfapp.umiacs.umd.edu/ [2] たとえば,http://earth.google.com/ [3] Mark.Weiser:”Some Computer Science Issues in Ubiquitous Computing”,CACM, Vol.36, No.7, pp.75-84, 1993. 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[23] たとえば、http://www.gsi.go.jp/tizu-kutyu.html [24] 前出[2] 93 表 1 水田開発を規定する属性とその状態 状 態 *有効土層厚 (A1) *れき含量 (A2) 土性 (A3) 4 3 2 100cm 以上 70∼100cm 40∼70cm 3%未満 3∼15% 15∼20% 1 0 25∼40cm 25cm 未満 20∼30% 30%以上 状 態 R2 期の合計降水量 (A5) 4 ――― R1 期の平均最高 気温 (A4) 25∼30℃ 22∼25・30℃以上 19∼22℃ ――― 壌質 砂壌質・壌粘 質 砂質・粘質 強粘質 R3 期の合計日照 時間 (A6) 350hr 以上 18∼19℃ 18℃未満 *地目 (A7) *傾斜度 (A8) 水田 35' 未満 3 1500mm 以上 300∼350hr 畑地 35'∼3° 2 800∼1500mm 225∼300hr 笹生地・野 草地 1 300∼800mm 150∼225hr 森林 0 300mm 未満 150hr 未満 市街地 3∼8° 8∼10° 10°以上 表 2 水稲収量と最小パスベクトル 収量レベル (kg/10a) 最小パスベクトル 700 650 P 1(34343444) P 2(34343344) 600 P 3(34333344) P 4(44233344) 550 P 5(34332344) P 6(44232344) 500 P 7(34212344) P 8(24232244) P 9(33232244) 450 P10(33222244) P11(33231344) 350 P14(33212244) P15(23121244) P16(22121344) 300 P17(23111244) P18(33211144) 250 P17(23111144) P18(12132244) 表 3 作物の平均単価(単位:円/kg) 単価 水稲 258.30 小麦 167.60 馬鈴薯 83.32 小豆 349.37 トウモロコシ 201.67 表 4 状態改善属性とそのコスト(単位:万円/10a) 状態 前\後 3 2 1 有効土層厚 4 3 2 48 ― ― 71 48 ― 94 71 48 れき含量 3 5 ― 15 10 20 15 4 2 ― ― 5 4 10 35 70 94 地目 1 3 ― 25 60 2 ― ― 35 4 48 25 60 地目 2 3 ― 35 70 2 ― ― 35 4 24 60 210 傾斜度 3 ― 40 198 2 ― ― 150 開始 分割地区ごとに 適地選定問題を解く TCmax の再初 期化 GA パラメータ・TCmax の 初期化 N o TCmax>(TCmax の終 値) GA による最適化 処理 Yes 最高適応度を持つ個体から 改善後属性状態ベクトル・総収量 を取得 終了 図 5.1 改良プログラム pgm-2 の手順 350000 300000 総収量[10kg] 250000 200000 150000 100000 50000 0 0 20000 40000 60000 80000 100000 120000 総開発費[10万円] 図 7.1 岩見沢地区の水田開発のパレット解 図 7.2 IRTC1 の最小 パスベクトルの図化 図 7.3 IRTC2 の最小 パスベクトルの図化 95 図 7.4 IRTC3 の最小 パスベクトルの図化 120000 100000 総収量[10kg] 80000 60000 40000 20000 0 0 20000 40000 60000 80000 100000 120000 総開発費[10万円] 図 7.5 岩見沢地区の小麦畑のパレット解 凡例 1 5 10 15 図 7.6 IWTC1 の最小 パスベクトルの図化 図 7.7 IWTC2 の最小 パスベクトルの図化 図 7.8 IWTC3 の最小 パスベクトルの図化 18 0 1.2e+006 1e+006 総収量[10kg] 800000 600000 400000 200000 0 0 20000 40000 60000 80000 100000 120000 総開発費[10万円] 図 7.9 岩見沢市地区の馬鈴薯畑のパレット解 凡例 1 5 10 15 18 0 図 7.10 IPTC1 の最小 パスベクトルの図化 図 7.11 IPTC2 の最小 パスベクトルの図化 96 図 7.12 IPTC3 の最小 パスベクトルの図化 120000 100000 総収量[10kg] 80000 60000 40000 20000 0 0 20000 40000 60000 80000 100000 120000 総開発費[10万円] 図 7.13 岩見沢市地区の小豆畑のパレット解 凡例 1 5 10 15 18 0 図 7.14 IBTC1 の最小 パスベクトルの図化 図 7.15 IBTC2 の最小 パスベクトルの図化 図 7.16 IBTC3 の最小 パスベクトルの図化 1.2e+006 1e+008 1e+006 総収量[10kg] ISTC3 6e+007 600000 4e+007 ISTC2 400000 水稲 小麦 馬鈴薯 小豆 利潤 200000 ISTC1 0 0 20000 40000 60000 80000 100000 総利潤[10円] 8e+007 800000 2e+007 0 120000 総開発費[10万円] 図 7.17 岩見沢地区の複作物のパレット最適解 凡例 ■ ■ ■ ■ ■ 図 7.18 ISTC1 の最小 パスベクトルの図化 図 7.19 ISTC2 の最小 パスベクトルの図化 97 図 7.20 ISTC3 の最小 パスベクトルの図化 水稲 小麦 馬鈴薯 小豆 なし 350000 1e+008 300000 総収量[10kg] 200000 6e+007 150000 4e+007 総利潤[10円] 8e+007 250000 100000 水稲 小麦 馬鈴薯 トウモロコシ 利潤 50000 0 0 20000 40000 60000 80000 100000 2e+007 0 120000 総開発費[10万円] 図 7.21 甘木地区の複作物のパレット最適解 凡例 ■ ■ ■ ■ ■ 図 7.22 ASTC1 の最小 パスベクトルの図化 図 7.23 ASTC2 の最小 パスベクトルの図化 98 図 7.24 ASTC3 の最小 パスベクトルの図化 水稲 小麦 馬鈴薯 玉蜀黍 なし 3-7 マルチエージェント・シミュレーションによる地域農業計画モデルの可能性 3-7-1 はじめに 筆者らは,近年,マルチエージェントモデルによる地域農業計画モデルを開発した。同 モデルの前身である CALL モデル(Community-based Agricultural Land Lease Model)は 農地流動化を予想するためのプロトタイプモデルとして開発したものであるが,作業受委 託の機能を加えた改良版である ASMAP (Agent-based Simulation Model for Agricultural Planning)は,農地流動化のみならず様々な課題に適用できることが明らかになってきた。 本論では,地域農業計画モデル論1の展開を踏まえて,マルチエージェントモデルによる 地域農業計画モデルの可能性について検討する。 3-7-2 地域農業計画モデル論の展開 能美誠(1999) 2は,経験や実態等をもとにして,そこから機能的に構築した計画手法(帰 納論的接近法)と高度な数学や計量的手法を適用した計画手法(数学的接近法)に分類し ている。ここでは,後者に属する地域農業計画モデルの展開を簡単に整理しておきたい。 (1) 地域農業計画モデル論の展開 農村計画分野における計画手法にはいろんなタイプのものがあるが,地域農業計画に関 するモデルは,まず農業経済学・農業経営学分野で研究されてきた。この分野の古典的な 成書として,武藤和夫・森島 賢らの研究(1979)3や農林水産省農業研究センター編の研究 (1983)4がある。これらの書籍では,人口・就業者予測,多変量解析を応用した地域分析法, 数理計画手法を用いた個別経営計画,計量経済モデルなど,非常に幅広く解説されている。 地域農業計画モデルの代表的な手法は線形計画手法である。線形計画法は,戦後単体法が 開発されて以来,様々な分野で応用されるようになったが,農業経営分野では 1960 年代か ら個別経営計画に適用した論文が見られるようになり,計算機により解の計算が容易にな って更に普及する。 当初は個別経営体を対象にした最適営農計画モデルであったが,すぐに様々な課題へ拡 張されていった。たとえば,農業経営計量分析研究会編の研究(1985)5では,作目と技術の 選択,長期的な投資と資金繰りの問題,価格変動に伴うリスク対応などの個別経営計画に 関する課題に適用されただけでなく,営農集団の経営管理や組織運営や集団転作,地域農 業システムなどの地域農業計画に関するモデルも提案されている。また,下村(1989)6も同 様に集団的営農問題への適用を試みており,個別経営計画から地域農業計画への展開がみ られる。さらに南石(1991)7は確率的多目標計画法を用いた地域農業計画モデルを提案し, 不確実性下の意思決定における同手法の有効性を明らかにしている。このように数理計画 法を用いた計画モデルは今日まで多くの研究者と実務者の関心を引きつけてきた。それだ けに,線形計画法による農業計画モデルの課題や限界についてもよく検討されているが, これについては前掲の能美の研究(1999)の整理が詳しい。 上述の数理計画法の応用が地域農業計画モデルの主流ではあったが,それ以外にも地域 農業モデルについてみてみよう。MIT の J.W.フォレスター教授によるインダストリアル・ 1 地域農業を対象にしたモデルであり,計画策定に有益な情報を提供しうるものをここでは 「地域農業計画モデル」と呼ぶことにしたい。 2 能美 誠著, 「地域農業計画手法論」 ,農林統計協会,1999,p. 13 3 武藤和夫・森島 賢共編著, 「地域農業計画の方法と実際」 ,明文書房,1979 4 農林水産省農業研究センター編, 「地域農業の計画手法」,農林統計協会,1983 5 農業経営計量分析研究会編, 「農業生産の計画モデル」,農林統計協会,1985 6 下村義人著, 「集団的営農の計画と管理」,明文書房,1989 7 南石晃明著, 「不確実性と地域農業計画−確率的計画法の理論,方法および応用」,大明堂, 1991 99 ダイナミクス(1961)やアーバン・ダイナミクス(1969)を契機に,我が国でも都市計画・地域 計画で地域モデルは 1970 年代にブームとなり,研究はもちろんのこと,シンクタンクやコ ンサルタントによって実務レベルでも都市の発展を予測する都市モデルの研究開発が盛ん に行われた。1980 年代に入って農村計画分野にもシステム・ダイナミクスを用いたモデル 研究がみられた。該当するモデル研究としては,土地改良事業の投資効果を計測する竹谷 の研究(1981, 1986)8や農地開発の効果を予測する門間の研究(1987)9がある。また,計量経 済モデルを農山村地域に当てはめてモデルを構築した研究には上路利雄(1979)10,高坂祐輔 (1983)11などがある。ただし,農村計画分野での適用事例はいずれも研究ベースでの実験・ 試行的な研究であり,都市モデルの場合ほどには定着に至らなかったように思われる。 (2) OR手法による地域農業計画モデルの問題 地域が多数の主体が絡んだ集合体であることに対応しなければならないため,地域レベ ルのモデルでは,個別経営レベルにはなかった幾つかの課題に直面する。 第1に,地域レベルのモデルでは多数の農家間の関係をモデルに組み込む必要がある。 数理計画法によるモデルではこれが極めて大きな負担となる。実際,営農集団への適用の 多くは数戸程度であり,多数の主体を取り扱うには限界がある。 第2に,そのような多数の主体はそれぞれに異なる価値観を持っている。かつてのよう にそれを均質的なものととらえることはもはや妥当性を欠いている。個々の農家の判断基 準がそれぞれに異なるという事実には,農家間の連携に関しても判断基準が異なってくる と言うことを意味する。短期的な経済合理性以外の判断基準が少なからず農家の連携行動 を支配しており,しかもその基準が農家によって異なっているのである。 第3に,地域農業が営農組織によって一体的に行動しているようにみえても農家間の連 携は緩やかであり,一般の企業のように命令系の指示は機能しない。従来の(OR手法に よる)モデルがこのような主体間の緩やかな連携という構造を表現することは苦手である。 第4に,厳密に構造化されたモデルには,情報加工に関してある種の効率の悪さがを感 じることがある。これは多主体に起因する課題と言うよりも,ハード・システムズ・アプ ローチに起因する課題である。数理計画手法等でモデルを構築するためには,相当大きな 技術係数のマトリクスが必要になる。この技術係数を求めることはかなりの作業量である が,その大部分は計算過程でほとんど使われない。しかも実際には,モデルが考慮外とし た要因によって厳密に求めた解の妥当性が失われることが少なくない。「非効率」と断定す ることは正しくないが,無駄な情報収集と加工が多いことは間違いない。 第5に,関係者が完全な知識の保有を仮定している点である。実際には,モデルの作成 者の知識もその結果を事後的に知ることになる農業者の知識も限定されたものである。 上述の課題は,OR的に扱いやすい部分だけを課題として切り出したモデル化が地域レ ベルのモデル化で適用限界にあることを示唆している。そして地域レベルの構造化しにく い課題に対して有効なモデルの開発が遅れているのである。 (3) マイクロ・シミュレーションによる地域農業計画モデル 上述以外にも地域レベルの農業計画モデルに関して新たな動きがある。マイクロ・シミ ュレーション(MS)である。MS は,個人や世帯,そして企業といった行動主体を分析単位 としたシミュレーションであり,個人の行動を確率的に扱うことからモンテ・カルロシミ 竹谷裕之, 「System Dynamics 手法による土地改良投資の効果計量システムの開発,名古 屋大学農学部食糧生産管理学講座研究報告,19,1981 および竹谷裕之,土地改良投資の波 及効果とその計測,農業土木学会誌,54(9),1986 9 門間敏幸, 地域農業のシステム・ダイナミクス,前掲農林水産省農業研究センター編(1983) および門間敏幸,「パソコンによる農業生産の計画と予測/応用編」,明文書房,1987 10 上路利雄,計量経済モデルによる地域分析,前掲武藤・森島共編著,1979 11 高坂祐輔,地域農業振興と公共投資,前掲農林水産省農業研究センター編(1983) 8 100 ュレーションが用いられる12。たとえば,ミクロレベルの経済行動を積み上げてマクロレベ ルの経済変動をシミュレートするという技法である。労働経済学・人口学分野の分野ある いは交通政策評価などで広く用いられてきた。集計型のモデルが活動をブラックボックス として扱っているため,現象のメカニズムを読み取れないという問題があった。 農業分野でも 1980 年代から研究事例があるが,最近では遠藤(2004)の研究がある。人口 の変動,農作業従事日数の変動,経営主の交代の各プロセスに確率過程を組み込み,各農 家の農業労働力の推計を行い,更にそれを農地面積に反映されて農地利用(耕作放棄地) の予測を試みている。MS もある種の人工社会を構築しており,マルチエージェント・シミ ュレーションと類似している点がある。 3-7-3 マルチエージェント・シミュレーションによる地域農業計画モデル 本節では,マルチエージェント・シミュレーションの特徴とその農村計画分野における 応用について整理したい。 (1) マルチエージェント・シミュレーションとは13 マルチエージェント・シミュレーション(Multi-Agent simulation, MAS)は,計算科学分 野の主要な理論である分散型人工知能分野で発達した。社会変容というマクロレベルの問 題について,ミクロレベルの主体の行動から解明しようとする手法である。経済取引,投 票行動,ゲーム(駆け引き・スポーツ),インターネットなど多数の主体の意思決定が絡む 複雑なシステムに対して有効なモデリング手法である。PC上に「人工社会(仮想社会)」 を構築し,多数のエージェントがそこで意志決定を行い、相互作用を及ぼし合う。 実験 が困難な分野でもさまざまなケースについて実験することができる(図1)。 MAS によるモデルでは,まず,シミュレーションの場(人工社会)を構築する。次に,現 実社会の人間の行為を代行するエージェント(Agent)の意思決定機構や,エージェント間の 相互作用を定義する。そして,人工社会でのエージェントの行動と,社会の大局的な変化 との因果関係を分析することで,現実社会の問題解決に対する提言に結びつけることがで きる。 12 遠藤和子,棚田を対象とする農地利用予測シミュレーション,農村計画学会誌,23(1), 2004 13 本項は,山下良平・星野 敏,地域農業計画シミュレーションシステム『ASMAP』の開 発とその可能性,神戸大学大学院自然科学研究科紀要,24(B),2006 から引用・加筆した。 101 応 用 知識・情報 対象システム 検 証 モデル設計 (仮定・抽象化) 人工社会モデル 実 行 分 析 創発現象 :相互作用 人工社会 エージェント エージェント 価値・目的 エージェント 周辺 状況 意思決定 個人学習 図1 MAS によるモデル分析の概念14 (2) MAS の特徴 (a) エージェント間の相互作用の重視 3-7-2 (3)で,MS について述べたが,MAS と MS はマクロレベルの指標を追跡するため にミクロレベルの行動主体をモデル化していること,また,MAS にも MS と同様,確率過 程が組み込まれていることなどから,両者に類似点が多く,その境界は必ずしも明確では ない。しかし,あえて線を引くとするならば,MAS が行動主体(エージェント)間の相互 作用にこだわってモデルを構築するのに対して,MS には相互作用についてのこだわりがみ られない点である。 (b) 過度な厳密性を要求しないこと 後述するように,MAS による地域農業モデルでは,各農家は必ずしも最適に行動してい るわけではない。実際には何か不具合(労働力が低下,収益性が悪化)が出たときに「以 後ことの良い方向に」動くようにプログラムされている。このように,モデルは過度な厳 密性を農家に要求していないが,このことは現実に則している。 (3) シミュレータ KKMAS MAS によるモデルは,通常のプログラム言語(C 言語等)を用いても構築することがで きる。しかし,より簡単にプログラムを作成し,実行するために専用のシミュレータが開 発されている。Swarm や StarLogo など海外で開発された定番ものもあるが,KK-MAS(開 発元:㈱構造計画研究所)は日本語の Windows 環境で作動し,GUI の操作が簡易であり, 多彩な出力機能を用意してあるので使いやすい。KKMAS の特徴は,第1に,簡易で広範 に普及しているプログラミング言語である Visual Basic に準拠したルール書式によって記 述可能であること,第2に,分析のためのグラフ表示やデータ出力機能などの補助的機能 も整っていることである。このため,仮説検証のための試行錯誤が簡単かつ自由に行うこ 14 山下良平, 「マルチエージェントシステムを用いた集落営農シミュレーションモデルの開 発」,神戸大学農学部修士論文,2004 の p.9 より引用。 102 とが可能になる。我々のモデルもこの KKMAS 上で開発されている。 3-7-4 CALL モデルから ASMAP へ 本節では,開発契機,CALL モデル,ASMAP モデルについて紹介したい。なお,モデル の詳細については論文等を参照いただきたい。 (1) モデル開発の契機 計画づくりを支援する計量手法は数多く提案されているが,モデル化し易いところをモ デル化したものであり,実は地域農業計画に必要な情報を提供してくれる手法は必ずしも 多くない。筆者の経験を一つ紹介すると次の通りである。1988 年に広島県向原町で全国に 先駆けて財団法人向原町農業公社が設立された。この公社は農作業の受委託を通じて,担 い手農家の育成や大規模経営農家の育成を目的とするものである。1990 年代には,農業の 担い手不足を抱えた中山間自治体が公社設立に動いた。筆者も岡山県内の自治体からそれ に関する調査依頼を受けたが,農業公社の立ち上げの基礎資料となる将来の耕作放棄地や 農地流動化の推移を把握する手法がなかったのである。当時は,流動化に関する農家のア ンケート調査結果を積み上げるだけの,極めてプリミティブな方法しか持ち合わせていな かった。結果的に満足のいく予測はできなかったが,この時はそれ以上の展開はなかった。 その後,別のプロジェクトに従事した折りに,MAS と出会い,再びこの問題に取り組む ようになった。現在の CALL,ASMAP の原型となる集落内の個別農家をエージェントにし た農地貸借モデルを構想していた (2) CALL モデル15 上記の構想は「絵に描いた餅」であったが,筆者が 2002 年に神戸大学へ異動してからそ れが実現した。そして誕生したモデルが,MAS による地域農業計画モデルの第1号となる CALL モデルである。赴任後の最初の専攻生となった山下良平が慣れない KKMAS を駆使 して,苦労の末,モデルを完成させてくれた。このモデルのユニークな点は,個別農家間 の農地貸借行動に焦点をあててモデル化した点である。また,従来の数理計画モデルでは 考慮されていない圃場の空間配置や肥沃度,団地化による生産効率などを反映させた。仮 想的なデータセットを当てはめたプロトタイプであったが,パラメータ値を様々に変更さ せることで,従来には想像できなかった試行実験が可能となった。たとえば,耕作放棄地 の発生状況を示す土地利用図(メッシュ図),農業構造の変化(規模階層の分化),耕作放 棄への米価の影響,農地流動化を支援する組織の効果など,従来のモデルでは得難いシミ ュレーションを可能にした。 (3) ASMAP の開発 CALL モデルを現実の地域へ適用する研究に進んだ。ASMAP は,表面的には農地貸借に 加えて,基幹作業の受委託を内装したモデルであるが,プログラムは全面的に改良されて いる16。その改善点を箇条書きにすると以下の通りである。 圃場単位の経営計算を厳密に導入したこと 機械の保有状況および更新意向を組み込んだこと。 作業委託先の要件を組み込んだこと。 家族労働力の推定方法をより厳密にしたこと。 集落営農組織を代表するエージェントを新たに追加したこと。 適用地域は兵庫県神崎町(現神河町)のY集落(農家数約 100 戸)である。純農村地域 15 この研究は山下良平君の卒業研究であり,その内容は農村計画論文集にも掲載されてい る。山下 良平,星野 敏,マルチエージェントシステムを適用した集落農地貸借モデルの 開発−地域農業計画における課題の同定と意思決定支援のために−,農村計画論文集,5 巻 頁 85-90,2003 16 山下 良平,星野 敏,マルチエージェントシミュレーションによる集落営農計画モデル の開発,農村計画学会誌,24(2),103-114,2005 103 であるが,地元では営農組織設立の希望があるため,その効果もあわせて計測した。また, 必要なデータを確保するために,アンケート調査を平行して実施し,その意向を反映させ る方式をとった。 図2は,農家の意思決定フローを示している。労働力による面積調整判 断と許容所得水準による継続判断(その基準はそれぞれに農家毎に異なる)を実施してい る。逆に余力のある農家は作業を受託したり,農地を借りたりすることができる。 <取得データ> ・家族農業者情報 ・経営面積 ・機械の使用年数 ・期待所得水準 等 (データ欠損部補正) 当年度処理開始 機械所有 各種機械の更新処理 更新 更新なし 農地市場 経営収支及び必要労働時間計算 各機械作業受託 農地借受け 希望耕地群 次年度経営計画 超過分休耕 労働力制限による面積調整 許容所得水準による継続判断 各数値の経年変化処理 機械なし 許容水準 未満休耕 余剰労働力による経営拡大判断 拡大意志あり なら探索・取得 次年度へ 図2 農家の意思決定フロー (4) 営農組織の効果の計測 Y集落への適用によって,農地貸借と作業受委託を内奏した ASMAP が完成したが,集 落営農組織の影響を極めてドラスティックに明らかにすることができた(図3)。 これに よって,ASMAP に組織化の啓発ツールとしての役割が追加されることになる17。 Case1 30年後 Case2 30年後 ■:作付耕地 ■:休耕地(委託希望) ■:休耕(貸付希望) ■:放棄地(荒廃) ■:農家宅地(数字は農家番号) 図3 農地保全のシミュレーション結果(左:単純将来予測 右:集落営農を組織) 17 山下良平,星野 敏,伊庭治彦,マルチエージェントモデルによる農地流動化要因の影響 評価-兵庫県神崎町 Y 集落を事例として-,農村計画論文集,7,pp121-126,2005 および山 下良平,星野 敏,営農組合の経営統合に関する効果比較シミュレーション,農林業問題研 究,42(1)(2006 年 3 月掲載決定)では生産組織についての分析を行っている。 104 (5) 圃場整備事業における総合化手法の効果計測 そして,昨年度(2004)から日本水土総合研究所の委託調査では,圃場整備事業の総合化手 法の効果計測研究へとつながっている18。ハード整備(圃場整備)は圃場データを整備圃場 版に入れ替えることにより,また,ソフト施策は担い手あるいは営農組織となるエージェ ントを操作することにより ASMAP でそれぞれ評価することができる。表1は分析の枠組み を示している。6つ(本質的には4つ)のケースを設定してそれぞれ結果を比較すること で,圃場整備の総合化手法の効果を明らかにすることができた。結局,圃場整備事業はソ フト対策とあわせて実施されることにより,単独で実施するよりも大きな効果が期待され ることを明らかにした(図4)。 表1 分析の枠組み(Case 設定) ほ場整備なし 担い手への集約なし Case 1:比較の基準となるケース ほ場整備あり Case 2:ハード単独整備 (ほ場整備事業を単独実施) Case 3a:担い手農家への土地・作 業の集約(農業経営基盤強化促進法 Case 4a:総合化手法 a による施策を単独実施) 担い手集約 b:営農組 Case 3b:営農組織を受け皿とする Case 4b:総合化手法 b 合型 土地・作業の集約(同 上) 注)実際の事例は、Case 4a、4b のどちらかが該当している。 担い手集約 a:担い手 農家型 ソフト施策 なし -1.6 ソフト効果 1 Case3a オペレータ型 Case3b 集落営農 Case2 組織化なし -5.7 ソフト効果 3 ハード効果 2 -10. ハード効果 3 -4.2 -6. Case4a オペレータ型 ソフト効果4 ソフト効果2 ソフト施策 あり -18. ハード効果 1 Case1 組織化なし -16. Case4b 集落営農 放棄地面積(ha) 図4 総合化手法・ハード単独・ソフト単独の効果比較(指標:耕作放棄地) 3-7-5 おわりに 本論では,地域農業計画モデルの流れを整理し,MAS による地域農業計画モデルの開発 に至る契機やこれまでの展開を明らかにした。今後,ASMAP を更に現場に持ち込んで,農 家の普及啓発ツールとしての利用も期待されている。本手法の一層の普及を図るためには, 操作のマニュアル化が必要になると思われる。 敏,山下良平 他:平成 16 年度 ほ場整備の総合化手法の効果予測等に関する調査(1) ほ場整備の総合化手法効果予測 報告書,(財)日本水土総合研究所,2005 18星野 105 3-8 農業工学分野における画像情報の多角的利用法 3-8-1 はじめに 農業工学分野における画像情報の利用は多様であり、その技術の進歩には著しいものが ある。これは、コンピュータや画像センサーなどの要素技術の進歩と低廉化に加えて、イ ンターネットなどの情報通信技術の発達に起因しているところが大きい。また、地域や地 球環境の問題が国際的に認識され、広域情報の解析に適したリモートセンシング画像や地 理情報などの画像情報が、持続的な環境保全型の農業をめざした分野でも積極的に利用さ れ始めたことによる。さらに、最近では、安全性に関連した分野でも画像情報の利用が考 えられている。ここでは、これらの農業工学分野での画像情報の利用、特にリモートセン シングや画像計測などの画像センシングに関連した利用について簡単に紹介する。 3-8-2 画像情報の利用が期待される分野 表1に、農業工学分野における画像情報の利用が期待される分野の一覧を示す。生物生産 の分野において、プレシジョン・アグリカルチャーをめざした技術の進歩はめざましい。 例えば、ポストハーベストの分野では、野菜や果実、穀物などの選別、加工処理などを自 動化する目的で、新しい技術が開発され、広く利用されている。また、農作業用ロボット や種苗生産、栽培管理の自動化などに、画像情報を利用する試みが盛んに行われている。 特に、インターネットなどの情報通信技術(IT)と組み合わせたシステムの開発に、生産 現場だけでなく、ポストハーベストや流通レベルでも多大な期待がある。さらに、バイオ テクノロジーとそれに関連する基礎生物学の分野でも、遺伝子のスクリーニングや遺伝子 情報を含む生体機能の解明と診断への画像情報の利用が急速に拡大している。 また、地球にやさしく、安全性を考慮した環境保全型農業をめざして、プレシジョン・ ファーミングやアグロフォレストリー、リサイクル型農業などが注目されている。これら の農法の発展には、それぞれに関連する技術の開発に加えて、近接あるいは広域リモート センシングによる植物や農業生態系のモニタリング、GPS(Global Positioning System)や地 理情報システム(GIS:Geographic Information System)との併用、さらに、得られた情 報を利用した植物や生態系のモデル化や評価管理手法の開発、営農マネージメントを含め たシステムの構築などが不可欠とされる。 さ ら に 、 環 境 分 野 と し て 、 上 記 の 環 境 保 全 型 農 業 に 加 え て 、 IGBP(International Geosphere-Biosphere Program)や IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change), The Millennium Ecosystem Assessment、GEOSS(Global Earth Observation Systems of Systems)などの国際的な動きに関連して、農地や森林、生態系などのモニタリングやアセ スメント、管理などのために、人工衛星や航空機からの広域リモートセンシングや GIS の 積極的な利用が求められている。また、地域環境計画や景観シミュレーションなどの計画 分野での利用や、都市緑化のための緑化植物の選別や環境改善機能の評価などへの利用も 重要である。その他、基礎生物学分野における生体機能解明への利用や反応が眼でみえる 利点を生かした教育分野への利用、農山漁村における画像情報を利用したユビキタスネッ トワーク化への利用などが期待される。 図1は、生物生産や環境、教育研究分野への画像情報の利用の概念図である。リモートセ ンシングや画像計測などの画像センシングによって得られた画像情報は、GIS や各種知識 データベースなどに保存され、利用される。GIS や各種知識ベースには、画像センシング によって得られたデータ以外に、現場での計測データや、国や地方公共団体、研究機関、 民間企業、さらに、国際機関などにより作成された様々な既存データ、さらに、解析・評 価のための各種のモデルなどが含まれる。 3-8-3 画像センシングの技術的トレンドとその利用 表2に、広域リモートセンシング、生体画像計測(近接リモートセンシングを含む)、ポ 106 ストハーベストなどの分野の代表的な画像センシング技術とこれらの画像センシング技術 から取得可能な情報を示す。また、図2に、農業工学分野における画像センシングの利用の 概念図を示す。 広域リモートセンシングは、主に、人工衛星や航空機からのセンシング技術であり、実 際に耕地面積の広い欧米などでは、Landsat や SPOT、気象衛星などの可視から近赤外、 および熱赤外の衛星画像データが、土地被覆状態や収量予測、気象予測、農業経営などに 利用されている。人工衛星や航空機に搭載されるセンサーの技術的トレンドは、高空間解 像度化、多チャンネル化、高観測頻度化、3次元画像化やレーザーやマイクロ波などの能 動的センサーの利用である。例えば、 2001 年に打ち上げられた米国の商用衛星である QuickBird は、パンクロ画像(0.45∼0.90µm)で 0.61m、マルチスペクトル画像(青(B): 0.45∼0.52µm、緑(G):0.52∼0.60µm、赤(R):0.63∼0.69µm、近赤外(NIR):0.76∼0.90µ m)でも 2.44mと、従来の航空機からのリモートセンシングに匹敵する空間解像度を有し ている。また、2000 年に打ち上げられた EO-1 の Hyperion は Landsat と同じ 30mの空間 解像度で、可視∼近赤外(0.4∼2.5µm)の 220 バンドのハイパースペクトル画像を提供す る。さらに、Vegetation Canopy Lidar(VCL)による1mの距離計測精度を有するレーザー 距離計によって地形や森林の3次元計測を行う計画もある。マイクロ波を利用した合成開 口レーダー(SAR)は、その波長を選択することにより、雲や降雨の状態の計測や、逆に雲や 降雨の影響を受けないで、地表面の情報を得ることができる。2002 年末に打ち上げられた みどり2号に搭載されている高性能マイクロ波放射計では、地表面からのマイクロ波の放 射画像を提供できる。 このような人工衛星からのリモートセンシングの発達により、従来、衛星画像では困難 とされていた我が国の小面積の耕地でも、実用的な利用が可能になってきた。特に、農業 や肥料の最適管理のために、プレシジョン・ファーミングなどの環境保全型農業の分野で は、GPS や GIS との併用利用による実用化が期待されている。しかし、人工衛星からのリ モートセンシングには、観測周期や雲の影響などの問題があり、より自由度のある航空機 からのリモートセンシングとの併用利用が必要である。航空機に搭載されているリモート センサーには、20cm 程度の空間解像度を有するマルチバンドセンサーや2mの空間解像度 で、可視から近赤外(0.43∼1.0µm)を 512 バンドで計測できるハイパースペクトルセンサー などがある。さらに、無線ヘリコプターやバルーン、農作業車からの近接リモートセンシ ングを加えた階層的なリモートセンシングにより、より多くの、より有用な情報を得るこ とができる。 図3は、航空機スキャニングライダー(SL)システムによる地表面と樹冠高の3次元リ モートセンシングの概念図である。このシステムでは、ヘリコプターから進行方向に対し て直角方向に、パルスレーザー(25,000Hz)を地表面に向かってスキャン照射し、地表面 や樹木から帰ってくる反射パルスの飛行時間を計測することにより、地表面との距離を算 出する。その際、樹冠の計測はレーザー光が反射して最初に戻ってくるパルスを受信する モード(FP-mode, First pulse mode)により、地表面の計測はレーザー光が反射して最後 に戻ってくるパルスを受信するモード(LP-mode, Last pulse mode)により行う。そして、 あらかじめ Ground GPS (Global Positioning System)により正確に計測された基準位置(三 角点に設置)と、ヘリコプターに搭載されている Airborne GPS や機体の位置や姿勢を GPS と結合して正確に計測する IMU(Internal Measurement Unit)のデータ、さらに、レーザ ーのスキャン角(照射角度)及び計測された距離のデータなどから地上のレーザー反射位 置の正確な3次元座標を算出し、標高を示すメッシュデータ(DEM、 Digital Elevation Model)を得る(図3の流れ図を参照)。なお、このシステムにより求められる絶対座標の 誤差は、20∼30cm 程度であるが、基準点からの相対座標での誤差でみると、距離計測の精 度である 15cm 以内である。 FP-mode は、レーザー光が反射して最初に戻ってくるパルスを受信するモードであるの で、このモードにより得られた標高メッシュデータ(FP-mode DEM) (図3(a)参照)は、樹 107 木が生育している場所では、その位置で最も高い樹冠の標高を与える。図4は谷間の地域の FP-mode DEM の例である。下方の道路に隣接して植物園があり、この園内には、針葉樹 や広葉樹の高低木、110 余種が植栽されていた。また、研究園の右上方に隣接した山の斜面 には、麓から頂上に向かって、アオキーイロハモミジ群落、コナラ群落、オオバーヤシャ ブシ群落が広がっていた。 一方、LP-mode は、レーザー光が反射して最後に戻ってくるパルスを受信するモードで あるので、樹間を通して地表面までパルス光が到達した場所では、地表面の標高を与える。 このため、このモードにより得られるデータにおいて、周辺に比べて標高が特に低い場所 を抽出し、補間処理をすることにより、地表面の形状(地形、建物を含む)を示す標高メ ッシュデータ(DTM; Digital Terrain Model)(図3(b)参照)を得ることができる。図5は LP-mode DEM から推定された DTM(建物を含む)を鳥瞰図として示したものである。右 上の山の斜面が高く、また、左上から右下に向かって、標高が低くなっていることがわか る。対象地域の地形図や地上調査の結果から判断して、樹木が茂っていたにもかかわらず、 植物園内の地形が正確に描かれていた。また、山の斜面や建物、道路、河川なども細部に わたって現況と一致していた。 図6は FP-mode DEM から DTM を引くことによって求められた樹冠高のメッシュデータ (DCHM; Digital Canopy Height Model) (図3(c)参照)の鳥瞰図である。山や谷、建物な どの部分が除かれ、平地に樹木が生育しているように表示されている。この鳥瞰図から、 樹冠の形や樹木の高さがわかる。個々の樹木において、針葉樹で 47cm、広葉樹で 40cm の 誤差内での計測が可能であった。また、RMSE でみると、針葉樹で 19cm、広葉樹で 12cm 程度の誤差であった。なお、DCHM の算出の際に、ノイズ除去のために3x3メッシュの メディアンフィルター処理を行った。 図7は、航空機搭載の高空間分解能マルチバンドセンサーにより得られたスペクトル画像 から算出された NDVI(=(NIR-R)/(NIR+R)、Normalized Differential Vegetation Index) によるコムギの生育診断の例である。このコムギ畑は、窒素肥料の施肥量の違いにより3 つの区に分かれている。NDVI 値が大きいほど栄養生長がよいことを示すが、左側の区のコ ムギは、生長が早いが風に弱く、突風ですぐ倒れる傾向があった。生殖生長も含めた総合 的な生育では中央の区が最適で、右側の区では肥料不足によって生育が悪かった。この結 果は、生育管理のためには、各々の生育ステージでの観測が必要であることを示唆してい る。 図8は、航空機搭載のハイパースペクトルセンサーで得られたスペクトル画像から得られ た農地の分光スペクトル特性の例である。農地にはスイカやトウモロコシ、タロイモなど が栽培されている。スペクトル画像から、農地の区画が容易に区分でき、また、栽培種に よってそのスペクトル特性が異なっていることがわかる。このことから、土壌や植物とい った簡単な土地被覆状態の分類だけでなく、栽培種の分類やその生育状態の診断への利用 が可能であることがわかる。 一方、生体画像計測は、遺伝子や細胞レベルから個体群を対象とした近接リモートセン シングまで、使用目的によって多種多様である。生体(又は生態)機能や環境応答解明な どの研究目的のためだけでなく、広域リモートセンシングの補助(階層的リモートセンシン グ)として、また、植物被害の診断、農作業用ロボットや植物生産ラインの視覚センサー、 さらにバイオテクノロジー関連技術としても使用される。さらに、プレシジョン・アグリ カルチャーの実用化のためにも有用である。この分野の技術的トレンドも、広域リモート センシングの場合と同様、高空間解像度化、ハイパースペクトル化、3次元画像化やレー ザーやマイクロ波などの能動的センサーの利用などである。しかし、生物生産分野では、 計測装置の低廉化やコンパクト化、利便化、また、携帯端末などを利用したユビキタスネ ットワーク化なども重要である。 生体画像計測における高解像度化は、遺伝子などの分子レベルでの非破壊計測であり、 このため、蛍光色素などを利用した共焦点レーザースキャン顕微鏡や走査プローブ顕微鏡 108 などの技術が発達してきている。また、X線や核磁気共鳴(NMR)などを用いて細胞や組織 レベルでの3次元構造や成分・機能情報を得る CT システムや、生体内に存在するクロロフ ィル a 蛍光などの分光画像を計測することにより光合成反応などに関する情報を得るシス テム、遅延蛍光や化学発光などを計測するシステムなども開発されている。レーザーを利 用した3次元形状計測や LIF(Laser Induced Fluorescence)蛍光イメージングなどは、能動 的な計測技術である。ハイパースペクトル画像計測システムは、顕微鏡レベルから近接リ モートセンシングまでに利用でき、多くの生理的・生態的な情報を得ることができる。ハ イパースペクトル画像解析においては、分光成分分析に用いるケモメトリックスの解析手 法の利用が期待されている。 図9は、分光ミラー/フィルタを内蔵したマルチスペクトルカメラと、このカメラを用い て計測されたイネのスペクトル画像である。このカメラでは、4バンド(B:0.40∼0.52µ m、G:0.48∼0.60µm、R:0.60∼0.72µm、NIR:0.70∼1.1µm)のスペクトル画像とそ の合成画像を得ることができる。植物葉は、クロロフィルやカロチノイドなどの光合成色 素の吸収により、0.4∼0.7µmの可視域の反射が小さく、また、葉温上昇を防ぐために 0.75µ m以上の近赤外域では、大きな反射特性を示す。特に、青や赤の帯域で吸収が大きく、図5 の画像でみられるように葉が黒く写る。緑の帯域では、青や赤の帯域に比べて多少反射が 大きい。稲穂は可視域で葉よりも反射が大きく、特に、赤の帯域で顕著である。このため、 マルチスペクトル画像を用いて、器官の抽出やその生育診断が行える。 プレシジョン・ファーミングにおいては、計測された分光画像から、植物や土壌の成分 を分析することが期待されているが、実際に微量成分の量などを計測するには限界がある ことにも注意を要する。例えば、生葉での計測では、生体内の状態や反応によって他の波 長を用いた方が有用な場合がある。光合成に関係するクロロフィルaの濃度を推定する場 合、吸収帯である青や赤の波長を用いるよりは、緑と近赤外の比(0.55µm/0.90µm)を用い た方が、相関が高く、推定誤差が小さい。この傾向は、クロロフィルaの濃度が大きい程 顕著である。また、水ストレスの影響や窒素施肥効果をみる場合にもこのことがいえる。 葉が枯れるような乾燥状態では、診断に水の吸収帯を利用するのが有用であるが、通常の 生育状態における萎れ程度の水ストレス(-1.0MPa 以上)では、葉からの反射スペクトル のバンド比でみると余り差がみられない。それゆえ、水ストレスの診断には、形状変化の 計測の方が有効である。窒素施肥の場合、生体内の窒素含有量の増加とともに、クロロフ ィルの含有量が変化する。このため、施肥効果をみるには、窒素の吸収帯よりも、550nm と近赤外域の比や 700nm 付近の吸収エッジの変化(シフト)など、クロロフィル含有量と 関係する波長の画像を解析した方が有効である。なお、含有色素や微量成分の量を推定す る場合、画像濃度との関係を相関解析により求める方法をよく用いるが、相関係数が 0.9 以 上であっても、実際には上下限値に数倍の差が生じるので、定量的な成分分析に利用する ときには、注意を要する。また、土壌の微量成分の量を推定する場合には、水ストレスの 場合と同様、検量線の範囲が適切かどうかの確認と上記の誤差を考慮した解析が必要であ る。これらの点に注意すれば、スペクトル画像の解析は、得られる情報が多く、安価で、 かつ、コンパクト、高速処理が可能な装置開発が可能なことから、農業分野での実用的な 利用が期待される。 図10は、筆者らが開発した、アルゴンレーザーを光学的にスキャニングし、クロロフィ ルaの蛍光誘導期現象を遠隔で計測できる LIF イメージングシステムである。レーザー光 を、ポリゴンとガルバノの両スキャナーを用いて、面的に照射するシステムで、このシス テムを用いた蛍光誘導期現象の計測例が示されている。この計測により、光合成反応系の 画像診断が可能である。また、クロロフィルa蛍光を利用した診断には、蛍光誘導期現象 を用いるものの他に、強い飽和パルス光を照射し、光化学的なクエンチングと非光化学的 なクエンチングとに分離して解析する方法が開発され、最近では、ポータブル型の装置や 変動光の下でも計測可能なように、パルス変調(PAM) 化した装置も開発されている。 3次元形状計測には、スキャニングレーザーを用いたイメージングライダー(イメージ 109 ングレンジファインダー)や光切断法などの能動的方法が有効である。しかし、一般に高 価であるので、農業分野では、ステレオ法や shape-from-x と呼ばれる受動的な方法も期待 されている。図11は、筆者らが開発した、受動的方式である改良型 shape-from-focus 法に よる3次元計測用 CCD カメラとこの装置を用いて計測したキンセンカのテクスチャーマッ ピング3D画像の例である。形態などの3次元情報と対応させて色調の情報を得ることが できる。この方法は、近接での被写体計測の他、3次元光学顕微鏡にも適用されている。 しかし、テクスチャーがはっきりしない被写体では、適切なテクスチャーを投影する能動 的な手法に切り替える必要があるが、同じアルゴリズムでの3次元形状計測が可能である。 ポストハーベスト分野は、生物生産分野の中で、画像計測の実用化が最もすすんでいる。 ライン実装のために、高速処理が求められるが、画像としての計測項目は限定され、大き さ(代表径、長さなど)や外観品質(形、色、傷など)が主で計測項目となる。内部品質 の一部(空洞、浮皮、腐敗など)についても、X線CTや透過光などにより画像計測され ているが、成分(糖度、酸度など)や熟度についても画像化の研究が進められている。図1 2は、農家から集荷されたミカンの階級等級自動選別システムの例である。コンテナで運ば れた果実は、ダンパーによりローラーコンベア上を進み、整列ベルト、整列ローラによっ て1列に並べられる。その後、果実は、近赤外光を中心に照射するランプを用いて、数波 長の解析により、糖度、酸度の計測を行う。次に、X線画像により浮皮、スアガリの検査 を行い、さらにカラーCCDカメラを用いて外観検査を行う。このカラーCCDカメラに よる検査においては、偏光板を通して複数のハロゲンランプ(熱線カットフィルター付) で照射し、偏光フィルタを装着した6台のCCDカメラで果実を撮像することにより、安 定した色温度で全周計測が可能である。得られた画像を処理し、寸法、色、形状、傷およ び病気などに関わる特徴量を抽出した後、各果実の階級および等級を判定する。現在、全 国の集荷場にこのようなシステムが導入されつつある。また、野菜などの調整システムや 保存状態の診断にも、画像計測が積極的に利用されつつある。 3-8-4 おわりに ここでは、農業工学分野での画像情報の利用、特にリモートセンシングや画像計測など の画像センシングに関連した利用について簡単に紹介した。表1に示したように、農業工学 の分野における画像情報の利用は多様である。バイオテクノロジーやポストハーベスト、 家畜診断などの高い収益性を有する分野では、実用的な画像センシング技術の積極的な開 発が行われている。また、植物工場やプレシジョン・ファーミングのような栽培管理の分 野でも、高生産性や環境保全型農業のために、自動栽培システムや農作業ロボットに搭載 した画像センサーの開発や GPS/GIS と組み合わせたリモートセンシングの研究が盛んに行 われている。さらに、ここでは述べなかったが、地域計画や環境アセスメントに関連した 分野でもリモートセンシングや GIS の利用が盛んである。今後、画像情報は、インターネ ットの普及によって、ユビキタスネットワーク化の牽引力として、上記の分野だけでなく、 農業教育や環境教育、地域福祉などの分野も含めた多角的分野での利用拡大が期待される。 なお、詳細については下記の文献を参照されたい。 参考文献 1) Auernhammer, H. and J.K. 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ASAE 12) 宮脇敦史(編) (2000) GFP とバイオイメージング. 羊土社 13) 大政謙次 (1984) 新農業システム総合技術(高辻正基・橋本 康・三澤正愛編)459-483 R&Dプランニング 14) Omasa, K. (1990) Modern Methods of Plant Analysis. New Ser. Vol.11 (H.F. Linskens and J.F. Jackson, eds) 203-243 Springer 15) 大政謙次(1994) 新しい農業気象・環境の科学(日本農業気象学会編)149-173 養賢堂 16) 大政謙次(1994)計測と制御 33:855-862 17) Omasa, K. (1998) SPIE 3382:91-99 18) Omasa, K. (2000) Image Analysis: Methods and Applications, 2nd ed.(D.P. Häder, ed) 257-273, CRC Press 19) 大政謙次(2003)農業情報研究.11:213-230 20) 大政謙次(2004)新農業環境工学.59-70 養賢堂 21) 大政謙次(2004)新農業情報工学.66-78 養賢堂 22) Omasa, K. CIGR Handbook of Agricultural Engineering. Vol.6.(A. Munack et al., eds.) ASAE (in press) 23) Omasa, K. and I.Aiga (1987) Systems & Control Encyclopedia.(M.G. Singh, ed.), 1516-1522, Pergamon Press 24) 大政謙次・秋山幸秀・石神靖弘・吉見健司 (2000) 日本リモートセンシング学会誌 20:34-46 25) Omasa, K. and J.G. Croxdale (1992) Image Analysis in Biology.(D.-P. Häder, ed.) 171-193, CRC Press 26) 大政謙次・近藤矩朗・井上頼直(編著)(1988)植物の計測と診断.朝倉書店 155-192 27) Omasa, K., K. Oki and T. Suhama. CIGR Handbook of Agricultural Engineering. Vol.6.(A. Munack et al. eds.) ASAE (in press) 28) Omasa, K., G.Y. Qiu, K. Watanuki, K. Yoshimi and Y. Akiyama (2003) Environ. Sci. & Tech. 37:1198-1201 29) Omasa, K., H. Saji, S. Youssefian and N. Kondo (Eds) (2002) Air Pollution and Plant Biotechnology. Springer 30) 大政謙次・芝山道郎 (1992) バイオ電磁工学とその応用(大森豊明監修)422-433, フ ジ・テクノシステム 31) 岡野利明・星 岳彦・大政謙次他(2000)農業における新しい情報化技術.農業電化協会 32) Rencz, A.N. (ed.)(1999) Remote Sensing for the Earth Sciences. John Wiley & Sons 33) 塩 光輝 (2001) 農業 IT 革命. 農文協 34) 曽我部正博・臼倉治郎 (1998) バイオイメージング. 共立出版 35) 山崎弘郎・橋本 康・鳥居 徹(編)(1996) インテリジェント農業. 工業調査会 111 表1 画像情報の利用が期待される農業情報工学分野 (生物生産関係:プレシジョン・アグリカルチャー) ・栽培植物,飼育動物,培養組織などの診断 ・栽培管理,飼育管理,組織培養などの自動化 ・プレシジョン・ファーミング ・収穫,選別,加工などの自動化 ・遺伝子工学機器の自動化 ・安全性診断と流通システム (環境関係) ・植物や生態系のモニタリング ・生態系機能のモデル化 ・環境改善機能の評価 ・緑化植物の選別と管理 ・景観シミュレーションと地域計画 ・環境アセスメントと環境管理 ・地球環境問題への対応 (その他) ・生体機能解明(基礎生物学,遺伝子情報を含む) ・CELSS(宇宙生物学) ・教育システム(各関連分野) ・農山漁村のユビキタスネットワーク 画像センシング リモートセンシング・画像計測 GIS 画像情報 各種知識 データベース 生物生産や環境,教育研究分野への利用 図1 画像情報の利用の概念図 112 表2 代表的な画像センシング技術と得られる情報 取得可能な情報 分野(対象) 代表的な画像センシング技術 広域リモートセンシン 空中写真(赤外線,高解像度等) 景観・地形 グ マルチスペクトルスキャナ(可視∼熱 土地被覆状態・土地利用 赤外線) (生態系・群落) 生態系機能・被害・収量 ハイパースペクトルスキャナ(可視∼ 種構成・生物季節・群落構造 近赤外線) バイオマス・物質循環 ステレオスキャナ(可視線) 土壌種・状態 マイクロ波レーダー(合成開口等) ライダー(レンジ,蛍光等) 生体画像計測 3次元形状計測システム(ステレオ, 位置・形状・構造 (含近接リモートセン ライダー等) 器官生長・バイオマス シング) スペクトル画像計測システム(紫外∼ 色調・含有色素・成分 (個体群・個体・種苗・ 近赤外線) 気孔反応・蒸散 細胞) ハイパースペクトル画像計測システム 光合成・ガス交換 (上同) 生体内成分・機能 サーマルカメラ(含顕微鏡) 細胞構造・機能・遺伝子情報 蛍光画像計測システム(LIF,Chl 蛍光 等) CTシステム(X線,MRI,超音波等) 顕微鏡システム(共焦点,走査プロー ブ等) ポストハーベスト用画 CCD カメラ(カラー,紫外∼近赤外, 大きさ(代表径,長さ等) 像計測 反射,透過) 外観品質(形,色,傷等) (野菜・果実・穀類等) 3次元形状計測システム(光切断法等) 内部品質(空洞,浮皮,腐敗, CTシステム(X線,MRI 等) 成分等) 軟X線装置 +高速 画像処理 衛星リモートセンシング GPS衛星 航空機リモートセンシング バイオ・エコ センシング プレシジョン・ アグリカルチャー 施設園芸・ 植物工場 ポストハーベスト 画像計測・近接リモートセンシング GISによる 農村地域の 土地利用・ 景観解析 図2 農業情報工学分野における画像センシングの概念図 113 GPS 衛星 地上 GPS LP-mode データ レーザー位置座標 の算出 FP-mode データ 地表面のDTMの 算出 レーザー位置座標 の算出 (b) 樹冠のDEM の算出 (a) 樹冠高(DCHM)の算出 (c) 図3 ヘリコプター搭載の高空間分解能SLシステムによる地表面と樹冠高の3次元リモートセン シングの概念図 24) DEM 図4 谷間の地域の FP-mode DEM の鳥瞰図 24) 114 DTM 図5 LP-mode DEM から推定された DTM(建物を含む地表面)の鳥瞰図 24) DCHM 図6 FP-mode DEM(図4)から DTM(図5)を引くことによって求められた DCHM(樹冠高)の鳥瞰 図 24) 115 NDVI 1.0 0.5 0.2(kg/m2) 0.1(kg/m2) 0.0(kg/m2) 0.0 0 10m 図3 航空機搭載の高空間分解能マルチバンドセンサー(LH Systems ADS40)により得られた スペクトル画像から推定された NDVI によるコムギの生育診断 27).このマルチバンドセンサーは 4つのバンド(B:0.43∼0.49µm、G:0.535∼0.585µm、R:0.61∼0.66µm、NIR:0.835∼0.885µm) を有している。 0 100m 図4 航空機搭載のハイパースペクトルセンサー(Spectral Imaging, AISA)で得られたスペクトル 画像から解析された農地の分光スペクトル特性 27) 116 図5 分光ミラー/フィルタ内蔵のマルチスペクトルカメラ(DuncanTech MS3100)と計測された イネのスペクトル画像.B:0.40∼0.52µm、G:0.48∼0.60µm、R:0.60∼0.72µm、NIR:0.70∼ 1.1µm A B 図6 LIF イメージングシステム(A)とクロロフィルaの蛍光誘導期の画像(B)17) 図Aでは LIF イメージングシステムにより植物にレーザー光が照射されている。 117 A B 図7 改良型 shape-from-focus 法による3次元計測用 CCD カメラ(A)と計測されたキンセン カのテクスチャーマッピング3D画像(B)22) 図8 ミカンの階級等級自動選別システムの例 118 3-9 水土の礎−農業土木ポータルサイトの構築 3-9-1 はじめに 農業土木は、弥生時代の水田開発に始まる二千年の歴史を有し、水をため、水を引き、 また、海を干し、野を切り拓き、荒蕪の地を沃野に転じ、今日の豊かな農業農村の礎を形 成してきた。このような永い歴史的蓄積を重ねてきた農業土木の技術と果たしてきた役割 を体系的に整理し、多くの人々に見て学んでもらい、そして、農業土木の技術を次世代に 継承していくことを目的として、農業土木のポータルサイト『水土の礎』の制作を行った。 図1農業土木のポータルサイト『水土の礎』 3-9-2 インターネット利用者の増大 情報通信白書(平成 17 年度版)によると、平成 16 年末におけるインターネット利用人 口は 7,948 万人と推計され、人口普及率は 62.3%に達しており、国民の 2/3 がインターネ ットを利用していることになる。 (万人) 10,000 (%) 70 インターネット利用人口及び人口普及率 インターネット利用人口 人口普及率 60.6% 62.3% 60 54.5% 8,000 50 44.0% 6,000 4,000 2,000 40 37.1% 6,942 21.4% 9.2% 7,730 7,948 5,593 20 4,708 13.4% 2,706 1,155 10 1,694 0 1 平成9 2 10 3 11 30 124 5 13 146 7 15 0 8 (年末) 16 図2 インターネット利用人口の変化(出典:総務省「通信利用動向調査」) また、小中高等学校におけるインターネットの普及状況は、平成 16 年 3 月 31 日現在、 インターネット接続率は 99.8%に達し、ほぼ全ての公立学校がインターネットに接続して 119 いる。また、高速インターネット(回線速度 400kbps 以上)への接続率は 71.6%となっ ている他、平成 15 年度現在、ホームページを開設している公立学校は 67.4%であり、イ ンターネットの利用が急速に進展している。 表1 小中高等学校におけるインターネットの普及状況(出典:文部科学省「学校のコンピュー タ整備及びインターネット接続について」) 整備状況 (平成17年3月31日現在) 1学校当た 教育用 りの教育用 コンピュー 学校数 コンピュー タ タ平均設置 総台数 台数 A B B/A 校 台 台 学校種 教育用コン Dのうち高 普通教室の ホームペー ピュータ1 インター 学校のイン 速インター LAN整備 ジの開設率 台 ネット ターネット ネット接続 率 (H15) 当たりの 接続学校数 接続率 率 児童生徒数 C D D/A E F 人/台 校 % % % % 小 学 校 22,720 698,804 30.8 10.1 22,691 99.9% 78.5 37.1 ― 中 学 校 10,254 477,066 46.5 7.1 10,244 99.9% 82.3 40.0 ― 高 等 学 校 4,076 438,721 107.6 6.2 4,076 100.0% 95.5 71.5 ― 中等教育学 校 7 433 61.9 2.9 7 100.0% 100.0 66.0 ― 盲・ろう・ 養 護 学 校 934 27,343 29.3 3.4 933 99.9% 91.0 58.3 ― 37,991 1,642,367 43.2 8.1 37,951 99.9% 81.7 44.3 67.4 合 計 注1)「教育用コンピュータ1台当たりの児童生徒数」は、平成16年5月1日現在の児童生徒数を(B)で除したものである。 注2)「高速インターネット接続率」は、インターネット接続回線速度が400Kbps以上の学校の割合を表す。 注3)「普通教室のLAN整備率」は、全普通教室のうち、LANに接続している教室数の割合を表す。 このように、インターネットは基幹的な情報インフラとなっており、その情報量は、圧 倒的に書籍物を凌駕しており、幅広い分野での情報収集に利用されている。 このことからも、農業土木に関するあらゆる歴史や技術などをインターネットを利用し て情報発信するウェブサイトは、その歴史を正しい見識をもって理解してもらえるなど、 より多くの効果を期待できると考えられる。そして何よりも次世代を担う人たちの歴史的 教材として活用されることが望ましい。 3-9-3 水土の礎のコンテンツ (1) 水土の歴史年表 年代ごと、地域ごとの歴史データベースの検索機能を有し、全国と地域の政治、経済、 文化の歴史を対比ながら閲覧することができる。また、歴史年表キーワードから対象ペー ジにジャンプする機能も有している。地域の農業土木の歴史を改めて整理できる、きわめ て活用の高い資料と考えられる。 120 図3 水土の歴史年表 (2) 地域の礎 その土地土地、地方地方に応じた百所百様の土地改良事業の歴史を全国9エリア、県別 に紹介している。具体的には戦後、各地で実施された国営事業、特になぜ国営事業が実施 されたのか、なぜ国営事業が必要だったのかなどの歴史を中心に紹介している。八郎潟干 拓事業では、当時の吉田茂首相にまつわるエピソード、また、 「近代社会が法による平等を 保障しても、農業水利の不平等という問題はほとんど解決されなかったが、農業水利施設 の完成により、長年の社会構造を改善したという意味でも特筆されるべき事業と言えるの ではないでしょうか。」という国営農業水利事業の成果が語られている。 図4 地域の礎 (3) 水土の成り立ち 民俗学者柳田国男は、川を「天然の中で最も日本的なるもの」として、川をめぐる社会 の緻密さは世界に類がないと云っている。日本の農民たちは年中水の絶えることのない川 を確保するため、何百年にわたって山に木を植え続けて、森林を維持してきた。そして森 林によって涵養された水を維持し、循環させ、持続的に使い続けるために、協調し、共同 し、ときに争いながら変動の激しい国土と気象条件を克服し、高度な水秩序、世界一緻密 な水社会を形成してきた。 こうした日本の水土の成り立ちを「ひく」「ほす」「ためる」「わける」 「ほす」「もどす」 「むすぶ」「まもる」の8つの事例で紹介している。 121 図5 水土の成り立ち (4) 大地への刻印 昭和 63 年に発行された『大地の刻印』この島国は如何にして我々の生存基盤となった か、のウェブ版である。古代から現代にいたる壮大な農業土木の集積をアーカイブ化し、 図と解説で分かりやすく解説している。 図6 大地への刻印 (5) 国土を創造した人々 「食を得るというただ一つの目的のために、これほどはげしく肉体をいじめる作業とい うのは、さらにそれを生涯くりかえすという生産は、世界でも類がないのではないか。」 (司 馬遼太郎『街道をゆく−潟のみち』より) 日本の国土を創造(たがや)した名もなき多くの農民の壮絶なる歴史を「 新潟 である ために・十章」、「藍より青く吉野川」、「疎通千里・利沢万世」、「安曇野水土記」、「王朝の 湖水」、「千年の悲願」などで、あらためて紹介する。 122 図7 国土を創造した人々 (6) 礎の歴史的展開 我が国の農業とその基盤の整備は、アジア・モンスーン地帯の地理的、気象的条件を生 かした水稲栽培を中心に発展してきた。そして、我が国の国土づくりは、時代の為政者と 多くの人々の力で、古代は律令制により、中世は荘園制により、近世は大名知行制により、 近代は富国政府の下で、稲作を中心とする基盤づくりによってなされてきた。 また、稲作栽培は、二千数百年前の縄文時代後期に始まりましたが、現在の姿まで発展 する過程は、栽培技術の向上とともに用水路の開削や開墾などの生産基盤整の歴史と云っ ても過言ではない。 このような我が国の農業とその基盤の整備が、いかにして形成されてきたか、時代の為 政者と多くの人々の力の結晶が生みだした生産基盤整備の歴史を紐解く。 図8 礎の歴史的展開 (7) 近代日本の礎 明治維新によって奨められてきた士族授産事業、代表的な士族授産事業である安積疎水 及び那須疎水を紹介し、近代日本の黎明期が鮮やかに蘇る。国営事業の歴史を紐解いてい くと、その始まりは士族授産とも云われる。その士族授産事業の背景、士族授産政策の破 綻・功績など、戦前の貴重な文献等の資料からまとめられている。 123 図9 近代日本の礎 (8) 水土の巧 人に人柄、土地に土地柄があるように、水柄がある。このコンテンツは、ARIC 情報誌 に連載している日野文雄氏(フォトエッセイスト)の『水利の技術を訪ねて』のウェブ版 であり、それぞれの水柄から生まれた水利の技術と暮らしを巡る旅の報告を、氏の美しい 写真とともに紹介している。 図10 水土の巧 3-9-3 おわりに 農業土木は、狭い国土に複雑高度な水路網を張り巡らせ、荒蕪の地を沃野に転じ、多く の民を養ってきた。四季折々に自然と向き合う術を諭し、地域の人々の気質をも形成して きた。 その技術は、二千年にもおよぶ悠久の歴史に培われてきた知識の集積と云うべきもので あり、私たち農業土木の技術者は、その歴史を正しく理解し、すなわち先達の偉業を次世 代へと引継ぐ役割も負っていると考えられる。 そうした視点から『水土の礎』 (http://www.suido-ishizue.jp/)が利用されることを期待 する。 参考資料 総務省 情報通信白書平成17年度版 文部科学省 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/04120301.htm 124 4.おわりに 本報告書は、農業土木学会・農業農村情報研究部会の勉強会で議論してきたことを基に、 (1)農業農村の現場における IT 利用の実態、(2)今後 10 年の展開方向の可能性、という視点 で現状分析と応用例を整理したものである。農業農村情報とは何か、その定義は現時点で も不明確ではあるものの、少なくとも上記 2 つの命題に関して次のようにまとめられる。 (1) 農業農村の現場における IT 利用の実態 農業における IT 利用の革新をめざして農林水産省委託 IT 研究プロジェクト「データベ ース・モデル協調システム」 (http://www.agmodel.net/DataModel/)が平成 13 年度から 5 年計画で実施された。このプロジェクトでは、農学・工学・情報科学の研究者の力を結集 して、農業の IT に関わる問題を解決するために必要な要素技術が開発された。その主な技 術は以下のようなものである。 ・圃場の情報を効率的に収集するシステム ・膨大な文書情報を知識に変えて営農や農業研究を支援するシステム ・大量のデータを分かりやすく整理・分析して営農や農業研究を支援するシステム ・生産者・流通・消費者を結びつけるシステム ・ばらばらの情報資源をばらばらのまま融合して利用する−分散協調型のシステム これらは、農業という産業を支援する個別技術としては革新的なものといえる。しかしな がら、生活空間としての農業農村地域における IT 利用という基盤技術の開発までには至っ ていない。 また、ダムや排水機場などの公共予算のつけやすい大規模な施設管理には高度な情報技 術が使われているが、ため池や農業用水路などの地域住民が協働管理する施設における情 報利用はまだまだ進んでいるとはいえない。このような実態から判断して、農業農村の現 場における具体的な IT 利用はまだ始まったばかりといえよう。農業農村地域の人々が何を 望み、地域をどうしていきたいのか、まずはそのニーズを明確に把握し、地域住民が安心 して生活できるような身近な情報利用技術の開発が望まれる。 (2) 今後 10 年の展開方向の可能性 農業就業者の減少と高齢化の進行が見込まれる中、農業の持続的な発展を図るためには、 今後ますます農業農村情報の利用法が重要になってくる。企業を含む農業への新規参入を 見込んだ担い手の育成・確保や農地の利用集積の促進、農業農村地域のみならず都市住民 にとっても魅力ある農業・農村づくり、予防的な保全対策を組み込んだ水利ストックの有 効活用、地すべりやため池溢水などの防災・減災のための危機管理システム、また安全な 農作物を生産し食卓まで流通させるトレーサビリティシステムなど、農業農村に関わる情 報利用には多方面への展開が見込まれる。 農林水産省では、平成 19 年度から、農地・水・環境保全向上を図るための新たな対策を 導入する。その手始めとして、平成 18 年度には、全国 600 地域で、実験的な取組に対する 支援(実験事業)が開始される。この対策により、将来にわたってさまざまに変化する農 業農村の基盤を支えることになる。この対策では、 「農業者だけでなく、地域住民、自治会、 関係団体などが幅広く参加する活動組織を新たにつくってもらい、これまでの保全活動に 加えて、施設を長持ちさせるようなきめ細かな手入れや農村の自然や景観などを守る地域 活動を促進する」ことが重視されている。多様な住民で構成される活動組織をどのように つくり運営するのか、その鍵となるのは住民にとって有用な情報の収集・共有・発信とな ろう。農業農村情報の技術は、農業農村地域において合意形成を実現するツールの一つと して、今後ますます重要になってくるであろう。 日本の農業政策の転換期にあたるこの機会に、本報告書が 21 世紀の農業農村情報利活用 の方向性を決める羅針盤となれば幸いである。 125 参考資料 土地改良区の概要 126 土 1 地 改 良 区 の 概 要 土地改良区制度の概要 土地改良区は、一定の地域について土地改良事業を実施することを目的として、土 地改良法に基づいて設立される法人であり、土地改良事業の公共的性格を反映して、 組合員の強制加入(法第11条 )、経費の強制徴収(法第36条、法第39条)等が 認められている公共団体(沿革的には戦前における土地改良事業(工事)の実施主体 たる耕地整理組合及び水利施設の維持管理団体たる普通水利組合の機能を一元的に包 括したものとなっている 。)。 (1)設立手続 15人以上の事業参加資格者(原則として農地の耕作者)が、あらかじめ、実施し ようとする土地改良事業、土地改良区の概要につき受益地内の事業参加資格者の3分 の2以上の同意を得て、事業計画、定款等を作成し、知事の認可を経て設立。 [参考1 土地改良区設立手続一覧参照] (2)地区及び組合員 土地改良事業の施行に係る一定の地域を地区とし、当該地区内の事業参加資格者は 土地改良事業に対する同意、不同意にかかわらず、すべて組合員となる。 (3)事 業 土地改良事業(かんがい排水施設の新設、改良、管理、区画整理等)及びこれに附 帯する事業 (4)管理、運営 ① 定款、規約等諸規程を整備 ② 役員−理事5人以上、監事2人以上 (理事の定数の5分の3以上、監事の定数の2分の1以上は組合員でなければな らない 。) ③ 総会が最高の意思決定機関 (組合員が200人を超える場合には総代会を設置することが可。総代は市町 村の選挙管理委員会の管理のもとで選挙) (5)議決権、選挙権 組合員は、その経営する面積の広狭にかかわらず一人一票制 2 土地改良区の現状 (1)土地改良区及び関係面積の推移 昭和36年度の13,163地区がピーク 。その後 、合併 、設立抑制等により漸減 。 平成16年3月時点では6,354地区 。[第1表参照] (注)① 土地改良区設立については、昭和39年までは1事業1改良区主義が厳し く適用され、同一地域において同種の目的をもった土地改良区が重複して設 立されてきた。 - 1 - ② このため、昭和36年までは土地改良区が乱立し、その数は年々増加し、 13,000を超えるに至った。 ③ このような事情を背景とし、昭和39年の法改正が行われ、2以上の事業 の施行を目的として1の土地改良区を設立することができることとなった。 ④ 他の土地改良区と重複している地区は、27%、6以上の土地改良区と重 複している地区も1.5%存在する 。[第2表参照] ○土地改良区数及び面積の推移 地区数 昭和27年度 30 35 36 37 40 45 50 55 60 平成2年度 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 土地改良区 面積(ha) 6,302 2,095,001 10,238 2,768,320 13,041 3,157,730 13,163 3,229,217 13,146 3,289,961 12,557 3,397,277 11,664 3,514,391 10,186 3,499,481 9,031 3,431,226 8,476 3,254,854 8,133 3,253,048 8,071 3,242,953 7,992 3,230,917 7,892 3,211,387 7,796 3,187,322 7,681 3,159,846 7,573 3,139,646 7,414 3,102,782 7,297 3,080,347 7,137 3,042,494 7,004 3,014,601 6,816 2,972,649 6,605 2,939,856 6,354 2,904,196 (第1表) 土地改良区連合 地区数 面積(ha) 32 71,230 67 152,400 138 318,992 139 382,073 142 350,907 143 373,708 137 405,447 123 408,945 116 417,500 112 419,089 106 388,433 105 386,605 104 382,257 101 376,422 102 380,668 100 370,805 97 364,527 96 363,194 93 351,857 92 350,832 89 342,748 89 339,770 85 319,602 85 325,964 ○土地改良区の重複状況 地区数 (割合) ( 重複なし 3,982 73.3 ) ( (第2表) 単位:( )は% 集計地区 重複する土地改良区数 数 1区 2区 3区 4∼5区 6区以上 849 314 142 64 80 5,431 15.6 ) ( 5.8 ) ( 2.6 ) ( 1.2 ) ( 1.5 ) ( 100.0 ) (2)土地改良区の設立態様 現存する土地改良区の約5分の4は土地改良法制定後に新設されたものであり、 5分の1は普通水利組合等から組織変更されたものである 。[第3表参照] (3)土地改良区の面積規模 土地改良区の多くは 、小規模面積のものであり 、100ha未満の地区が約半数 。 近年、わずかながら大規模化の傾向 。[第4表参照] - 2 - ○土地改良区の設立経緯 (第3表) 単位:( )は% 区 分 新 設 土地改良区数 (割合) ( 新設合併 3,511 64.6% ) ( 耕地整理組合 502 9.2% ) ( 組 織 変 更 北海道土功組合 普通水利組合 485 8.9% ) ( 851 15.7% ) ( 集計地区数 82 1.5% ) 5,431 100.0% ○面積規模別土地改良区数の推移 (第4表) 単位:地区、% 100ha 未満 S35 8,231 (割合) ( 63.1 40 7,664 ( 61.0 45 6,729 ( 57.7 50 5,512 ( 54.1 55 4,544 ( 50.3 60 4,086 ( 48.2 H2 3,882 ( 47.7 7 3,615 ( 47.1 12 3,302 ( 47.1 15 2,953 ( 46.5 年度 ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) 100∼ 300 2,490 ( 19.1 2,490 ( 19.8 2,468 ( 21.2 2,189 ( 21.5 2,087 ( 23.1 2,062 ( 24.3 2,039 ( 25.1 1,947 ( 25.3 1,738 ( 24.8 1,573 ( 24.8 300∼ 500 984 ) ( 7.5 960 ) ( 7.6 947 ) ( 8.1 936 ) ( 9.2 921 ) ( 10.2 881 ) ( 10.4 819 ) ( 10.1 784 ) ( 10.2 683 ) ( 9.8 599 ) ( 9.4 500∼ 1,000 812 ) ( 6.2 844 ) ( 6.7 860 ) ( 7.4 861 ) ( 8.5 807 ) ( 8.9 770 ) ( 9.1 708 ) ( 8.7 630 ) ( 8.2 618 ) ( 8.8 577 ) ( 9.1 1,000∼ 3,000 ) ) )( )( )( )( )( )( )( )( 494 4.2 510 5.0 484 5.4 498 5.9 498 6.1 519 6.8 479 6.8 465 7.3 3,000∼ 5,000∼ 10,000ha 計 5,000 10,000 以上 472 36 16 13,041 ( 3.6 ) ( 0.3 ) ( 0.1 ) ( 100.0 534 46 19 12,557 ( 4.3 ) ( 0.4 ) ( 0.2 ) ( 100.0 92 54 20 11,664 ) ( 0.8 ) ( 0.5 ) ( 0.2 ) ( 100.0 99 63 16 10,186 ) ( 1.0 ) ( 0.6 ) ( 0.2 ) ( 100.0 115 58 15 9,031 ) ( 1.3 ) ( 0.6 ) ( 0.2 ) ( 100.0 107 57 15 8,476 ) ( 1.3 ) ( 0.7 ) ( 0.2 ) ( 100.0 117 52 17 8,132 ) ( 1.4 ) ( 0.6 ) ( 0.2 ) ( 100.0 105 65 16 7,681 ) ( 1.4 ) ( 0.8 ) ( 0.2 ) ( 100.0 113 56 15 7,004 ) ( 1.6 ) ( 0.8 ) ( 0.2 ) ( 100.0 116 55 16 6,354 ) ( 1.8 ) ( 0.9 ) ( 0.3 ) ( 100.0 ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) (注)土地改良区連合は含まない 面積別土地改良区数の推移 100ha 未満 100∼ 300 300∼ 500 500∼ 1,000 1,000∼ 3,000 3,000∼ 5,000 5,000∼ 10,000 10,000ha 以上 S45 S50 S55 S60 H2 H7 H12 H15 0% 20% 40% 60% 80% 100% (4)土地改良区の事業・役割 ① 土地改良区の約7割は農業水利施設の維持管理を行っている 。[第5表参照] (ダム462ヶ所、頭首工7,952ヶ所、水路28㎞等) [第6表参照] ② また、国が造成した農業水利施設の約7割を土地改良区が管理している。 [第7表参照] - 3 - ○土地改良区の事業形態 区 分 工事主体 土地改良区数 (割合)( (第5表) 工事+管理 438 8.1)( 管理主体 1,220 22.5)( 単位:( )は% その他 集計地区数 償還業務 2,732 50.3)( 778 14.3)( 263 4.8) 5,431 100 (第6表) ○ 土 地 改良 区が 管理 している土地 改良 施設 区分 ダム(ヶ所) 頭首工(ヶ所) 機場(ヶ所) 樋門(ヶ所) ため池(ヶ所) 水路(km) 施設数 462 7,952 26,329 19,977 13,376 280,532 管理主体数 302 1,480 2,591 1,689 1,463 3,787 (第7表) ○国営基幹水利施設の管理主体 国 県 市町村 土地改良区 (単 位 :% ) その他 計 ダ ム ・貯 水 池 0 .6 2 4 .1 2 3 .5 4 5 .9 0 100 頭首工 2 .4 2 0 .3 1 0 .1 6 4 .2 3 100 揚水機場 0 .3 1 0 .4 1 4 .8 7 4 .1 0 .3 100 樋門 全体構成比 0 4 0 .6 2 2 .6 3 6 .8 0 100 1 .4 1 6 .2 1 5 .5 6 6 .1 0 .8 100 資 料 :農 村 振 興 局 (5)土地改良区の賦課金 ア 土地改良区1地区当たりの平均的な財政規模は1億3千万円。 主な収入は、賦課金(約3割 )、補助金(約2割 )、借入金(約1割)である。 ま た 、 主 な 支 出 は 、 運 営 経 費 ( 約 2 割 )、 施 設 管 理 費 ( 約 1 割 )、 工 事 関 係 経 費 (工事に係る借入金償還金を含む 。)(約5割)である。 イ 土地改良区の賦課金には、大きく分けて事務人件費、維持管理費に充てるための 経常賦課金及び工事費、工事借入金償還に充てるための特別賦課金がある。 なお、10a当たり賦課金は、土地改良区平均で、経常賦課金約2,900円、 特別賦課金約4,000円となっている。 [参考2 土地改良区の財政運営参照] (6)土地改良区の職員 土地改良区で専任の職員を置いている地区は約半数 。[第8表参照] ○専任職員の設置状況 100ha未満 100∼300 300∼500 500∼1,000 1,000∼3,000 3,000∼5,000 5,000∼10,000 10,000ha以上 計 (割合) (第8表) 単位:地区、人 1 2 3∼5 6∼10 11∼20 21人以上 集計地区数 職員数 338 75 20 1 2,201 558 491 174 60 3 1,442 1,054 193 133 80 3 602 752 124 137 156 21 1 562 1,127 38 51 174 112 26 448 1,980 2 8 11 26 48 9 110 1,211 2 4 8 20 19 53 986 2 1 2 8 13 518 2,852 1,189 578 505 174 96 37 5,431 8,186 ( 52.5 ) ( 21.9 ) ( 10.6 ) ( 9.3 ) ( 3.2 ) ( 1.8 ) ( 0.7 ) ( 100.0 ) なし 1,767 714 193 123 47 6 - 4 - 参考1 土地改良区設立手続一覧 § 7 | ⑤ 申 請 人 ( § 5 | ① § 5 | ① § 5 | ② ) 15 人 以 上 一 定 地 域 の 決 定 3農 分用 の地 2外 以資 上格 同者 意全 徴員 集同 意 § 7 | ① 事 業 計 画 ・ 定 款 の 作 成 § 5 | ③ § 設 7 立 | 認 ① 可 申 請 県 知 § 8 | ① ④ 事 報審 告 聴 取査 § 適申 8 | 否請 ① の人 決へ 知 § 7 | ④ 見 聴 取 § 9 | ② §9−① 定通 計 画 書 に 非 農 用 地 区 域 を 表 示 § 8 | ⑤ ) 市 町 村 長 意 利 害 関 係 人 非 農 用 地 取 込 み 基 準 ) 計 画 概 要 に つ き 協 議 専 門 技 術 者 ( 国 有 地 等 編 入 承 認 § 5 | ② ④ § 8 | ② ( § 5 | ⑦ § 5 | 宅 ⑥ 地 等 に つ き 全 員 同 意 計定 款 画基 本 概事 項 要等 公 告 技 術 吏 員 の 援 助 - 5 - § 8 | ⑥ 計 画 書 ・ 定 款 の 公 告 縦 覧 § 異 9 議 | 申 ② 出 ・ 受 理 決 定 § 10 | ① 認 可 § 10 | ② 土 地 改 良 区 の 成 立 § 10 | ③ 公 告 参考2 土地改良区の財政運営 収 項 目 入 1地区当たり 10アール当たり 千円 賦課金 経常賦課金 特別賦課金 補助金・助成金 国庫補助金 工事費補 恒常的経費補助 市町村等補助金 工事費補助 恒常的経費補助 借入金 農林公庫 その他 その他の収入 他目的使用料 地区除外決済金 受託料 過年度収入 その他 繰越金 計 支 項 目 35,270 14,883 20,387 22,617 10,105 8,032 2,073 12,512 9,625 2,887 14,424 7,747 6,677 23,742 1,360 1,635 2,997 498 17,252 32,090 128,143 恒常的経費 運営費 運営事務費 役員報酬費 職員人件費 維持管理費 整備補修費 電力油脂費 人件費 助成金等 適正化拠出金 その他 工事費 国県営負担金 借入金償還金 各種積立金 その他の支出 繰越金 計 円 6,941 2,929 4,012 4,452 1,989 1,581 408 2,463 1,895 568 2,839 1,525 1,314 4,673 268 322 590 98 3,395 6,316 25,221 出 1地区当たり 10アール当たり 千円 割合 円 % 27.5 11.6 15.9 17.7 7.9 6.3 1.6 9.8 7.5 2.3 11.2 6.0 5.2 18.6 1.1 1.3 2.3 0.4 13.5 25.0 100.0 割合 % 22,455 12,479 3,636 1,187 7,656 9,976 3,879 1,562 1,642 919 677 1,297 10,627 12,658 34,926 13,122 8,915 25,440 4,420 2,457 716 234 1,507 1,963 763 308 323 181 133 255 2,091 2,491 6,874 2,583 1,755 5,007 17.5 9.7 2.8 0.9 6.0 7.8 3.0 1.2 1.3 0.7 0.5 1.0 8.3 9.9 27.3 10.2 7.0 19.9 128,143 25,221 100.0 - 6 - 2.土地改良区をめぐる情勢 (1)新たな農業農村施策 1)新農業農村基本法の制定(平成11年(1999)7月16日) 21世紀における、日本の食料、農業及び農村に関する施策の基本指針となる、①食 料の安定供給の確保、②多面的機能の発揮、③農業の持続的発展及び④農村の振興の4つ の理念を掲げた新基本法が制定された。 2)土地改良法の改正(平成12年7月) 新食料、農業、農村基本法の制定を受けて 、「事業実施に当たっての環境との調和へ の配慮 」、「地域の意向を踏まえた事業計画の策定」等についての1部改正。 3)新たな米政策(平成16年度かr) 米を取り巻く環境の変化に対応し、消費者重視・市場重視の考え方に立って、需要に 応じた米作りの推進を通じて水田農業経営の安定と発展を図ることを目的。 4)食糧・農業・農村基本計画の改訂 基本法に基づく基本計画が改訂され、17年度からスタートする。重点課題として、 ①担い手育成のあり方、②経営安定対策(品目横断的政策 )、③農地制度のありかた、④ 農業環境・資源政策の確立 が取り上げられている。 中でも④については、土地改良区にとっても重要な課題となる。 (2)施設管理を巡る課題など 1)管理責任の増大 2)管理費用の増大 3)技術力確保への対応 4)組合員の負担の困難性の増大 5)地域資産としての期待の増大 3.土地改良区に期待される役割 食料・農業・農村に係る、新たな施策の展開への対応とともに土地改良区をめぐる課 題の解決をとおし、これからの土地改良区の役割は重要になると思われる。 (1)農地・農業用水の管理保全 農村の過疎化や都市化、混住化の中で、担い手農家への農地利用集積や、集落機能の 強化のため、土地改良区の役割は以前にも増して大きくなり、これに的確に対応すること が重要。 (2)多面的機能の発揮を通じた地域への貢献 「 水 」、「 土 」 の 管 理 を 通 じ て 、 農 業 農 村 の 有 す る 多 面 的 機 能 を 発 揮 、 維 持 を さ せ る こ とが期待される。 (3)各種情報の保有、蓄積と活用 多くの土地改良区は、農家、農地、農業用水、土地改良施設等の係る多様な情報を有し ており、こうした情報を情報技術の導入により、効率的・効果的に農家に、提供すること が、望まれる。 - 7 - 4.21世紀土地改良区創造運動のとりくみ 土地改良区を取り巻く状況を踏まえ、土地改良区の存在への地域からの理解と地域へ の貢献を進めるための活動を展開 「別紙 OO」 - 8 -
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