特集 日産自動車_090910.indd

自動車における新たな用途
神 戸 洋 史
日産自動車 ㈱
自動車からの CO2 削減のため、新しいパワートレインをもつ自動車が開
発されてきている。本稿では、これら将来の自動車に必要とされるダイ
カスト部品の動向について述べる。
1.はじめに
近年、自動車を取り巻く状況は益々厳しくなって
動車産業にとって、材料や生産技術にかけられる期
いる。衝突安全性能の向上や、標準装備品の増加で
待には大きいものがある。特に、モーターやバッテ
車重が重くなる一方、各国での CO2 規制強化の動き
リーなどの新しいパワートレインのシステムに関し
に代表される地球環境改善対応のため、大幅な燃費
ては、エンジンやトランスミッションと異なり、材
向上が求められている。日本でも、ホンダ インサイ
料や生産技術が確立していないものが少なくなく、
ト、トヨタ プリウスといったハイブリッド車が相次
今後の開発が必要となる。また、これらのパワート
いで発売され、予想以上の販売となっている。また、
レインや車両全体の軽量化、製造コスト削減も重要
三菱自動車、富士重工業から電気自動車が発売され、
な課題となっている。本報告では、今後適用が増加
CO2 削減に向けた動きが活発化してきている。
すると考えられるダイカストへの期待とそれを成立
一方で、製造コスト削減の要求も強く、今後の自
させるための課題について述べる。
2.自動車を取り巻く環境
2
地球環境負荷低減が強く求められる中で、1997 年
このような状況下、自動車から排出される CO2 削
第 3 回締約国会議(COP 3)が京都で開催され、2000
減は急務であり、燃費向上の開発が各自動車会社に
年以降の地球温暖化防止に関する京都議定書が採択
おいて進められ、ハイブリッド車もその地位を確保
された。その中で、先進国などに対し、温室効果
してきている。2009 年になり、ホンダ、トヨタから
ガ ス を 1990 年 比 で、2008 ∼ 2012 年 に 一 定 数 値( 日
新しい世代のハイブリッド車が相次いで発売され、
本 6 % 、米国 7 % 、EU 8 %)削減することが義務付
エコカー減税も導入されたこともあり、予想を上回
けられ、これを達成するための京都メカニズムなど
る販売となっている。また、三菱自動車、富士重工
が導入された。日本は、2002 年 6 月 4 日にこれを批
業が電気自動車を発売、日産自動車も発表し、CO2
准、欧州共同体、ロシアなども批准したことにより、
削減に向けた新しいパワートレインが出揃い始めた
2005 年 2 月 16 日に発効された。2008 年 1 月から約束
感がある。このように化石燃料を節約するあるいは
期間に入っているが、目標達成は難しい状況にある。
使わないパワートレインが実用化されてきている
特集 ダイカストの新しい用途開拓を探る
図 1 自動車を取り巻く状況
が、車両重量は何もしないと増加する一方であり、
されており、相反するものも多い。より良いものを
燃費を悪化させる要因となっている。このため、車
より安くが基本であり、環境、安全、快適性などを
両の軽量化も極めて重要であるといえる。
追求しつつ、製造コストをできる限り押さえていく
上記は自動車を取り巻く状況のほんの一部分であ
ことが望まれている。
るが、自動車には図 1 に示すように種々の要求がな
3.パワートレインの多様化とその構成
1)
従来の自動車は、主にガソリンや軽油といった化
す 。従来のエンジンにモーターを付加して燃費を
石燃料を燃焼させることで動力を取り出していた。
向上させたハイブリッド車、モーターの使用割合を
従って、燃焼後に生じる CO2 を排出することはやむ
増やしてさらに燃費を向上させたプラグインハイブ
を得ず、地球環境問題に影響を及ぼしている。この
リッド車、エンジンを使わずモーターだけの動力と
排出する CO2 をできる限り少なくするために燃費の
した電気自動車、燃料電池を使った燃料電池車など
向上が叫ばれ、従来の内燃機関の燃費向上は言うま
が開発されてきている。図 2 からもわかるように、
でもなく、内燃機関に置き換わる動力の開発が進ん
一般的なエンジンの CO2 排出量も技術開発により削
できた。図 2 に、日産グリーンプログラムで予測し
減されると予測されている。しかし、その多くは、
ている将来のパワートレインとその CO2 排出量を示
ハイブリッド車や電気自動車に置き換わっていくと
考えられている。
すでに市場に出て、人気の高いハイブリッド
車は大きく分けて 3 種類ある。エンジンで発電
機を駆動し、発電した電力によってモーターが
車輪を駆動する「シリーズハイブリッドシステ
ム 」、エンジンとモーターが車輪を駆動する方式
で状況に応じて 2 つの駆動力を使うことができ
る「パラレルハイブリッドシステム 」、シリー
ズハイブリッドとパラレルハイブリッドの長所
を組み合わせて構成した「シリーズ・パラレル
ハイブリッドシステム 」 の 3 つである。それぞ
れのシステムに一長一短があり、いろいろな開発
がなされている。図 3 にトヨタ プリウスのハイブ
図 2 将来のパワートレインと CO2 排出量
リッドシステムを示す。プリウスでは、シリーズ・
3
図 4 日産自動車の電気自動車における主な構造
成が簡単で比較的コストが安いと考えられる。ハイ
ブリッド車は、どのシステムにおいてもエンジン、
モーター、インバーター、減速機、バッテリー等が
必要になる。従来の自動車に新しく加わるのは、モー
ター、インバーター、バッテリー等である。
電気自動車は、従来のエンジンやトランスミッ
ションを全く使用しないシステムとなる。化石燃料
を用いないので走行中は全く CO2 を出さない。図
4 に電気自動車の主な構造を示す。エンジンの換わ
りにモーターの駆動力で自動車を動かす。動力源は
バッテリーに蓄えられた電力となり、バッテリーの
電力をモーターに供給するためにインバーターが必
要となる。図 4 には示されていないが、その他にブ
図 3 トヨタのハイブリッドシステムの一例
レーキから電力を回収するシステムや充電のための
パラレルハイブリッドシステムを採用しており、エ
のエンジンやハイブリッドのシステムと比較すると
ンジン動力を動力分割機構により分割し、一方で直
機械システムとしては単純なものである。
接車輪を駆動、他方は発電に使用して仕様割合を自
このように、パワートレインの構成が変化するこ
システム等が必要となる。これらのシステムは従来
2)
在に制御し、その電力でモーターを駆動している 。
とにより新しく必要となる部品は、モーター、イン
一方、ホンダ インサイトのシステムはモーター 1 個
バーター、バッテリーを中心としたものとなり、これ
を使ったパラレルハイブリッドシステムであり、構
らの部品の中で新しい用途を探っていく必要がある。
4.ダイカストの新しい用途
4
上述したように、今後の自動車で新しく設定され
リッド車では、従来のエンジンに加えてモーターや
ていくシステムの中にダイカストを用いた方が性能
インバーター、バッテリーが必要となるため、重量
やコストの面で有利となる部品が考えられる。また、
が増加する。電気自動車においては、エンジンは必
ハイブリッド車や電気自動車となることで CO2 排
要ないが、バッテリーの重量が問題となる。三菱自
出量が減るため、従来からよく言われているような
動車の i−MiEV では、エネルギー密度の高いリチウ
軽量化は必要ないかというとそうではない。ハイブ
ムイオンバッテリーを搭載しているが、その重量は
特集 ダイカストの新しい用途開拓を探る
約 200 kg に及ぶと言われている。これらの重量の増
の機構であり、バッテリーの電圧を昇圧させる昇圧
加は、自動車の走行性能等に影響を及ぼすし、また、
コンバーターとバッテリーの直流電流を交流電量に
軽量化することによりさらに CO2 排出量が下がると
変換させるためのインバーターなどから構成されて
いったメリットもある。従って、新しいパワートレ
いる。車両の高機能化・高性能化に伴ないパワーコ
イン部品以外でもアルミニウム合金やマグネシウム
ントロールユニットも小型・高出力化が求められて
合金のダイカストを適用して、車両を軽量化すると
いる。パワーコントロールユニット高出力化のため
いうニーズは相変わらず高い。ここでは、部位別に
には、その心臓部となる多数の半導体パワー素子を
新しい用途について述べたい。
大電力化する必要がある。半導体パワー素子は大電
力化すると温度上昇するため、いかに効率よく冷却
4.1 パワートレイン部品
するかが重要となる。このため、ウォータージャケッ
ハイブリッド車は、図 3 に示すようにエンジンと
トを持ったダイカスト製のハウジングが適用された
モーターの両方の機構を持つ。エンジンの構造は従
り、最近ではアルミニウム合金の冷却チューブを半
来の自動車用エンジンとほとんど差はない。ハイブ
導体パワー素子に直接接合して冷却性能を高めた構
リッドのシステムにより違いはあるものの、エンジ
造をとったりしている(写真 2、3)。いずれにせよ、
ンの後ろに発電機やモーターが配置される。発電機
パワーコントロールユニットのハウジングは放熱性
やモーターを保持するケーシングは、従来のトラン
や重量、製造コストの観点からアルミニウム合金ダ
スミッションケースと同様、アルミニウム合金ダイ
イカスト製が主流となることが予測され、薄肉化や
カストである。
構造も含めたコスト低減が期待されている。
電気自動車においては、エンジンの換わりに写真
1 に示すようなモーターを用いている。モーターの
主要部分は、けい素鋼板、銅線、磁石、シャフトな
どであるが、外側のケーシングはアルミニウム合金
製である。モーターは駆動することにより熱を発生
するため、ケーシングにはウォータージャケットを
設置し、水冷している。現行の自動車用モーターは、
ウォータージャケットに砂中子を用いたアルミニウ
ム合金鋳物で作られているようであるが、将来の量
産やコスト低減を考えるとダイカストで鋳造できる
ような構造とすることも必要になってくると考えら
れる。
写真 2 マイルドハイブリッド用インバーター
写真 1 三菱自動車 i − MiEV のモーター
写真 3 パワーコントロールユニット
ハイブリッド車や電気自動車のモーターを駆動・
制御するためにはパワーコントロールユニットと呼
電動車両のもう一つの大きなユニットとしてバッ
ばれる装置が必要となる。パワーコントロールユ
テリーがある。現在のハイブリッド車の多くはニッ
ニットは、バッテリーの直流電流とモーターやジェ
ケル水素バッテリーを用いているが、電気自動車に
ネレーター駆動用の交流電量を最適に制御するため
おいては電池の単位重量あたりの蓄電容量の大きい
5
スティング材、大型のサスペンションメンバーに高
真空ダイカスト部品(写真 5)が適用されている。
上述したように、電動車両となるとモーターやバッ
テリーで重量増加が考えられるため、それぞれの部
品での軽量化の要求がさらに増加すると考えられる。
このため、サスペンション部品へのダイカスト部品
の適用も増加し、また、さらに軽量化するためには
薄肉化や形状の最適化が必要となると思われる。
写真 4 日産自動車の電気自動車用リチウムイオンバッテリー
4.3 車体部品
車体構造そのものは、将来においてもそう大きな
変化はないと考えられる。しかし、軽量化の要求は
写真 4 に示すようなリチウムイオンバッテリーを用
ますます大きくなってくると予測される。車体の大
いている。電気自動車においてはこのリチウムイ
幅な軽量化を目的として、車体部品全体をアルミニ
オンバッテリーの開発がキー技術となっている。i−
ウム化したオールアルミニウム車体が採用されてき
MiEV の場合、総電力量 16 kWh で重量は約 200 kg、
た。90 年に発売されたアルミニウムモノコックボ
コストは 200 ∼ 300 万円と言われている。さらに大
ディーのホンダ NSX を始め、アルミニウムスペース
型の車種となれば、さらに大きなバッテリーが必要
フレーム構造をもつアウディ A 8、日産ハイパーミ
となる。また、現状の電気自動車では、フル充電状
ニ、ホンダ インサイト、大型アルミニウム鋳物を用
態からの航続距離が 10 ・ 15 モードで 160 km 程度で
いたアウディ A 2、ニュー A 8 などの車種である。こ
あり、航続距離を伸ばすためにはさらにバッテリー
れらの車体は、アルミニウム合金の板材、押出し材、
容量を増やす必要がある。バッテリーの内部構造に
鋳造材を組み合わせた構造となっている。
はダイカスト部品の適用は難しそうであるが、バッ
オールアルミニウム車体で先行するアウディで
テリーのハウジングへの適用には可能性がある。電
は、A ピラー、B ピラーといった車体大物部品に高
気自動車のバッテリーは床下に搭載されることが多
真空ダイカスト法を用いたアルミニウム合金ダイカ
く、ハウジングには水密性や路面との干渉時や事故
ストが適用されている。高真空ダイカスト法では、
の際に壊れないことなどといった性能と軽量化、低
高品質の鋳物が比較的低コストで製造できる。また、
コスト化が要求される。特に大量生産となった場合、
薄物大型部材の製造、さらには溶接も可能であるこ
大型のダイカスト部品を用いることでこれらの要求
とから、部品一体化による原価低減という観点から
を満足していくことが考えられる。
も他部品への採用が増加している。
近年、種々の材料を組み合わせた車体構造の車が
4.2 サスペンション部品
出始めている。BMW の 5 シリーズはフロントのエ
サスペンションには、従来、鉄系の部品が多く使
ンジンコンパートメントをアルミニウムとし、その
われてきた。
近年、
軽量化や運動性能向上の要求から、
他を従来の鋼板で形成している。アウディ TT も鋼
高級車やスポーティカーを中心にアルミニウム化が
板とアルミニウム合金を組み合わせたスペースフ
進んできた。ステアリングナックルにスクイズキャ
レーム構造を提案している。また、NISSAN GT−R
の車体構造は、鋼板、アルミニウム合金ダイカスト、
カーボンコンポジットを組み合わせたマルチマテリ
3)
アルボディとなっている 。これらの車体に適用さ
れているアルミニウム合金部品は、高真空ダイカス
ト法で製造されているものが多く、車体のアルミニ
ウム化にとって、アルミニウム合金ダイカストは重
要な技術となっている。
車体部品は元々、鋼板プレス品からの置き換え
であるため、薄肉化が要求される。写真 6 に示す
NISSAN GT−R に適用したストラットハウジングで
は、従来構造でストラット部とホイールハウス部に
写真 5 高真空ダイカスト製サスペンションメンバー
6
相当する 15 部品を一体成形したアルミニウム合金ダ
特集 ダイカストの新しい用途開拓を探る
写真 7 NISSAN GT − R のドアインナー
写真 6 NISSAN GT − R のストラットハウジング
ナーも高真空ダイカストで生産されている。1,400×
700×200 mm もある大型部品であるが、肉厚は 2 ∼
イカストで、タイヤからの入力を効率的に分散させ
3 mm と薄肉である。
て、車体変形の線形化と遊びの無いボディを実現さ
今後増加すると考えられる車体部品用のダイカス
せる重要部品である。このため、タイヤからの入力
トでは、大型で薄肉の製品が求められていくと考え
を受けるストラット部分の肉厚を 3 ∼ 4 mm、それ
られる。また、軽量化を考えると部分的に更なる薄
ほど大きな入力を受けないホイールハウス部の肉厚
肉化が必要となるであろう。
を 2 mm としている。また、写真 7 に示すドアイン
5.おわりに
将来の自動車の形がおぼろげながら見えてきた。
参考文献
ハイブリッド車は市民権を得ているが、電気自動車
1 )日産自動車ホームページ
はまだまだ解決しなければならない課題が山積して
2 )トヨタ自動車ホームページ
いる。将来、さらに新しい提案が出てくる可能性も
ある。ダイカストは比較的低コストで自動車部品を
3 )金指研,田代政巳,鈴木信夫,松本茂,勝倉誠人,板
倉浩二:軽金属,59(2009),148
製造できる工法であり、これらの新しい自動車の構
造に対応した部品を安価に製造することができると
考えられる。さらに、アルミニウム合金やマグネシ
ウム合金を適用することにより、軽量化とリサイク
ル性を備えた地球に優しい部品を製造することがで
きる。技術が確立していない今だからこそ、設計技
術者と生産技術者が一緒になって新しい技術や部品
を開発していく必要があると思う。
日産自動車株式会社 パワートレイン技術開発試作部 〒 230 - 0053 神奈川県横浜市鶴見区大黒町 6 - 1 TEL. 045 - 505 - 8468 FAX. 045 - 505 - 8504 http://www.nissan.co.jp/ 7