カンタータ『別れの時に〜雨上がりの夜のレクイエム〜』について 作曲者

 カンタータ『別れの時に〜雨上がりの夜のレクイエム〜』について
作曲者・藤原義久(ふじはら よしひさ)
(1) 作曲の動機
東日本大震災の後、現代日本人を追悼するに相応しい音楽とは? またそのような音楽
を日本人の作曲家はどれだけ作曲したか? という根本的な問いを突き付けられた気がし、
それに応えようとしたのが作曲の動機です。宗教に対し大らかな環境……人によっては無
節操とも非難しますが……の中で、明治維新以降、東洋的な感性と西洋的な知性が急速に
混交した日本人、その精神に訴えかける鎮魂の音楽はどうあるべきか、自分なりに考えて
みたいと思ったのです。
死に対しては、当然のことながら、皆様一人一人の胸の内に、それぞれの想いがあるこ
とでしょう。しかし一方、現代の日本社会に共有される死生観があるかどうかは、いささ
か疑問です。死への想いが個人の胸の内に止り、話し合われる機会も少ないため、全体的
に見た場合、日本人の死生観は曖昧模糊としているように思えてなりません。
ただ、曖昧模糊のままではあっても、慎みある一人の人間として、葬儀の場では荘重な
読経に頭を垂れ、その翌日の演奏会場では心を込めてレクイエムを歌う……それが我々の
あるがままの姿ではないかと思っています。
そして今回、このあるがままをあるがままに、肯定的に捉えるところから出発した音楽
を作ってみようとしました。
なお、同じような考えのもと、ヴォ―チ・アミーケ第13回定期演奏会(2011年)
において、『弔鐘が鳴って……』という小品を発表いたしました。
(2)作曲するにあたっての基本的な考え
死に対する想いを、ごく日常的な日本語……神道や仏教、キリスト教、ユダヤ教さらに
は様々な新興宗教など、いわゆる宗派宗教がよく使う単語や言い回しとは無縁な言葉…… で歌うことを目的としました。
『ドイツ・レクイエム』のテキストを、ラテン語のミサ典礼文ではなく、ドイツ語訳の
聖書から選んだブラームスと同じ発想かもしれません。私自身、最初はそのように思いま
した。しかしドイツ語ではあっても、聖書をテキストとしたブラームスに比べ、私の立場
は極めてあやふやなものでした。
人間の一生の中でもっとも深く信仰と関わる事柄を、出来る限り宗教色の薄い単語や概
念で表現しようと、いささか無謀な試みを企てたからです。
当然のことながら、私の希望を満たしてくれる詩には、なかなか出合えませんでした。
ところが、もう作曲を諦めようと思ったその時、本棚の隅に置かれていた『誰かが 歌う 子守歌』が目に止まり、何年振りかで加藤泰義先生の詩の世界と再会、ようやく第一歩を
踏み出すことが出来ました。
(3)作詞者のこと
加藤泰義(かとう ひろよし)先生(1927~2001)は、一言で言って、私がもっ
とも敬愛した先輩であり、同僚であり、上司でした。
先生は創立されたばかりの学習院大学哲学科に学ばれ、1952年に卒業、それと同時
に副手、大学院を経て助手、1960年専任講師、62年助教授、68年に教授となられ
た後は、定年退職なさる1998年までの30年間、誠心誠意母校である学習院の教育と
運営に尽力されました。 先生の人間的な眼差しを感じるのは、業績表に載った著書・論文など言わば公的な仕事
の中にではなく、私的な想いが詩情豊かに吐露されたソネット集の方ではないかと、私個
人としては思っています。
『春の歌』(89年)、『秋の歌』(90年)、『飛花落葉』(98年)、そして『誰かが歌う
子守歌』(99年)の4冊です。
4冊のソネット集は、深い思想に裏付けられた豊かな言葉の海……と言った趣がある詩
集です。作曲が一段落した今、私はその波打ち際で遊ばせてもらった子供のような心境に
なっています。
(4)言葉の解釈について
【『別れの時に』~雨上がりの夜の哀歌~】という題名が示すように、この曲の歌詞は、
別れの場にいる詩人を想定し、その上で彼が遺した言葉を、死を歌うに相応しいテキスト
として再構成したものです。したがってそのイメージに添って、解説してゆきたいと考え
ます。
第Ⅰ楽章「雨の夜に」
母を亡くした者の悲しみを歌っています。詩人の目は夜の空に向かい、亡き母に呼びか
けているようです。当然のことながら、この楽章の言葉にも、幾つかの意味の重なりが感
じられます。例えば……
<雨>……赴任先山形の自然に学んだことですが、わが国は、雨が降って季節が変わる
国のようです。と言うことで、ここでの雨は、雨そのものの意味の他に、<移ろい>を示
すもの、さらには深い悲しみの涙を意味しているように思います。
<お母さま>……全体に関わることですが、この曲では、人として生を終えたごく一般
的な母を意味すると同時に、命を生み出すもの、命を慈しむもの、命の源である宇宙その
ものを意味します。そしてそれは、星の瞬く温かな春の夜空として、私たちの頭上に広が
ってもいるのです。
第2楽章「ひとりひとりの」
葬儀に参列した詩人は逝った人の一生……その歩み……に思いをはせます。
<砂>……人が生涯の中で経験する喜びや悲しみの<時>……瞬時に過ぎ去ってゆく <無常の断片>の象徴であると同時に、その短い時間の中で悲しみに崩れ、喜びに煌めく
人そのものの存在を表しているように思います。
なおこの曲で、私は人の歩みを、重く引きずるようなリズムで表現してみました。
第3楽章「悲弦」
当初は、悲哀の雰囲気に満ちたアダージオの弦合奏をスケッチしました。しかしあまり
に<それらしい>ので、まったく別の音楽に書き直しました。
第4楽章「山吹は」
ここでは植物としての<山吹>と、その中に宿る<いのち>について語られていますが、
詩人はさらに深く、山吹に宿るその<いのち>が、我々の<いのち>と同じものであるこ
とを示唆しているように思えてなりません。そしてその <いのち>……形あるものを生
かしているエネルギー……が、どこから来てどこへ去ってゆくのか? これは詩人だけで
なく、私たちすべてに投げかけられた大きな問いだと思います。 <山吹>は<私たち>でもあるのです。
ところで、近くの公園では、豪華な桜の木とその根元の地味な山吹が、毎年同じ時期に
花を咲かせます。当然のことながら、人の目は絢爛と咲く桜の花に向かうのですが、よく
考えると、ひっそりと咲く山吹の花の方が、より多くの人の生きざまを表象しているよう
に思えるのですが……。
第5楽章「悲管」
半音階的な旋律が対位法的に組み合わされた 短い間奏曲です。当然のことながら演奏
は管楽器のアンサンブルが中心になります。
第6楽章「亡き母の祈り」
詩人の記憶の中、遠くから聴こえる優しい歌声……。
子守歌のような祈りの音楽……とでも言った楽章です。
スタイルとしては、恐れ多いことですが、ブラームス『ドイツ・レクイエム』の
第5楽章、またフォーレ『レクイエム』第4楽章「Pie Jesu」を念頭に作曲しました。
亡き母が歌った……と捉えると同時に、もっと広く<いのちを生み出したもの>が, <生み出されたいのち>に向かって歌う祈りの歌……と私自身は考えています。
第7楽章「風が」
詩人の想いが<風>をキーワードに語られるこの楽章は、一言で言って<諸行無常>が
テーマだと思います。
そしてその<風>は、無常を生み出す根本的な<時間の流れ>であり、人に無常を思い
知らせる厳しい出来事であり、さらにすべての<動き>または<流れ>の象徴だと考えて
よいでしょう。であるとするなら、<切るような風が吹いても>われわれから離れてゆく
ことがない<ひろがり>とは、何を意味するのでしょうか? 第8楽章「死に行くひとは」
雨の夜に<ひとり>、なにも持たずに死の中に入ってゆく。そして翌日は<ただ陽光と
風>だとするなら、私達の生の意味は……。
解釈をする必要もないほど直截な詩人の言葉が、静かに語られる楽章です。
第9楽章「悲響」
前の楽章の言葉があまりに重いため、それに対する慰め……言葉を超えた感情の高まり
が、ヴォカリーズの重唱とオーケストラで表現されます。
第10楽章「おやすみ」
冒頭の第Ⅰ楽章が、個としての亡き母への呼びかけだとするなら、この終楽章は、母の
本性ともいうべき実在の全体……哲学者西田幾多郎が<絶対の愛>と呼び、加藤先生が <母>と呼ぶもの……からの、慰めに満ちた呼びかけだと思います。そしてその愛と慰め
を凝縮した言葉が、「おやすみなさい」という言葉ではないでしょうか。
……と、このように書いても、まだ御理解いただくには不十分かもしれません。なの
で、出来ることなら資料8(「誰かが歌う子守歌」あとがき)をぜひ読んでいただきたいと
思います。
この楽章を作曲しながら、私は、死が<ひとりひとりのいのち>の<大きないのち>へ
の帰還のように思え、さらにその<帰っていったいのち>は、いつも私たちをつつみ、語
りかけているのかも?……と感じていました。