ポータブル地震警報システムについて 富岡 寛 Hiroshi Tomioka 企画開発部 グローバル資本主義社会における企業経営において、最も重要視されるのが事業継続力であ り、これを脅かす要素の一つとして地震災害がある。例えば、2004.10.23 に発生して 59 名の 犠牲者を出した新潟中越地震では、事業を継続できずに倒産した企業が 132 社(従業員 985 名) あった。近年、日本は地震の活動期に入っていると言われ、東海地震・東南海地震・南海地震・ 東京湾北部地震などの大規模地震の発生確率が上がり続け、地震の恐怖が続いている。 そこで、当財団では、近地点において発生した地震を検知し警報を発信する「ポータブル地 震警報システム」を開発したので、これを紹介する。 1.はじめに 地震情報は二つに大別される。ひとつは気象庁が提供する「緊急地震速報」であり、もうひと つは情報を必要とする場所で計測した「計測地震情報」である。 緊急地震速報は、全国 1000 地点に設置された地震計によって、地震の発生を捕らえ、遠隔地に 対し地震波が到達する前に、地震の到着時刻や震度を知らせるもので、到着時刻や震度を予測計 算することから、気象庁では「地震予報」であるとしている。 緊急地震速報は、地震予知が不可能な現状の中で、事前に地震の発生を知ることが出来る唯一 のシステムであるが、地震発生を検知してから地震の発生場所の特定や地震の規模を測定するた めの時間が必要で、 「警報が発信されるまでに数秒が掛かる」と言うシステム上の弱点を持ってい る。この弱点は、直下地震には間に合わない欠点として取り上げられ、緊急地震速報の活用を考 える上で致命的欠陥と誤解されて緊急地震速報普及の妨げの一因となっている。 しかしながら、直下で発生する地震でも 50km を超えるような深度の地震には有効であるし、直 下より周辺で発生する地震のほうが数倍も発生確率が高いことを考えれば、緊急地震速報が危機 管理計画に欠かせない重要な地震情報であることに変わりないのである。 このような背景のもと、当財団では、緊急地震速報の欠点を補完する方法について研究を重ね、 ようやく近地点において発生した地震を検知し警報を発信する「ポータブル地震警報システム」 を開発したことから、これを紹介する。 2.緊急地震速報の弱点や短所 緊急地震速報は、気象庁が全国 1000 箇所に設置された地震計によって地震発生を検知し地震が 任意の地点へ到達する「地震予報」を発信するシステムであるために、システムの規模が大きく それなりの短所を持っている。 (1)直下地震のように近地点で発生した地震には間に合わない 地震の発生を検知してから警報を発信するまでに数秒が掛かるために、近くで発生する地震に は間に合わない。また、地震情報の精度を上げようとすれば、それに比例して間に合う地震が遠 ざかっていくことになる。 (2)通信に準備とコストが必要 地震情報を任意の地点、つまり情報利用者に届ける方法は、テレビ放送や携帯電話による通知、 インターネット回線を使ったサービスがあるが、いずれも防災観点から見ると不十分である。 最短時間で情報の信頼度を確保しようとすると、専用線を使った通信方法を選択する必要があ る。しかし、専用線は事前に工事が必要であるし、月々の通信コストが高いという欠点を持って いる。 (3)移動する現場には使えない 専用線の引き込みや警報機器の設置などに手間がかかり日々移動するような工事では不経済で ある。 3.緊急地震速報システムの有効性の確認 (1)余裕時間 ①余裕時間は、受信者が緊急地震速報を受信してから地震が到達するまで利用することがで きる時間の事を言う。 ②情報を利用するために必要な最低余裕時間は、一般的反応時間から 1 秒程度と考えられる。 ③緊急地震速報は、地震波が地中を伝播する時に生じる PS 波の時間差を利用しているので、 震源から離れるほどに余裕時間は長くなる。 ④余裕時間を有効に生み出すためには「情報を伝達するためにロスされる時間」を短くする ことが重要である。 ⑤余裕時間は、次の計算によって算出する。 Yt=D-R Yt=余裕時間(s) D=地震波の伝播速度差から生じる時間 R=情報を伝達するために必要な時間(C+L+F) C=緊急地震速報発信に必要な時間 L=通信時間 F=警報伝達時間 (2)地震波の伝播速度差 地震波の伝播速度は土質によって変化するので一概ではない。表−1は、堆積土を含む地盤を 伝播する場合の P 波と S 波の時間差を計算したものである。 表−1 時間差の目安 堆積土を含む地盤の P 波と S 波の伝播速度と時間差 距離 10km 20km 30km 40km 50km 60km 70km P 波速度 6km/s 1.7 3.3 5 6.7 8.3 10 11.7 S 波速度 3km/s 3.3 6.7 10 13.3 16.7 20 23.3 時間差(秒) 1.6 3.4 5 6.6 8.4 10 11.6 (3)配信に必要な時間 気象庁が緊急地震速報を試験配信した平成 16 年 2 月 25 日から平成 18 年 6 月 30 日の間におい て、震度 4 以上を観測した 64 例について地震時に速報を発信するまでに要した平均時間は、精度 の低い1点観測の場合で 5.6 秒、精度の高い 2 点以上観測では 6.4 秒となっている。 表−2は、緊急地震速報が本運用になってから発生した 2008.6.14 の「岩手・宮城内陸地震」 における緊急地震速報の発信に要した時間例であり、特定事業者あての配信が 3.5 秒後、一般配 信が 4.5 秒後になっているおり、平均より早い段階で警報が出されたことを表している。 表−2 NO 「岩手・宮城内陸地震」における緊急地震速報の発信に要した時間例 検知時間 発信時間 地震位置 深さ 大きさ M 08:43.50.7 0 未確定 1 08:43.54.2 3.5 確定 2 08:43.55.2 6 大きさ震度 10km 5.7 5 強以上 4.5 10km 6.1 同上 08:44.02.1 11.4 10km 6.7 5 強∼6 強 7 08:44.13.1 22.4 10km 6.9 6 弱から 6 強 8 08:44.21.1 30.4 10km 7.0 注意 NO1.6.8 は、特定事業者宛発信時間、NO2.7 は一般向け情報発信時間、マグニチュー 同上 ド M や震度が発信時間によって変動している。 「気象庁発表資料を編集」 (4)通信時間 地震情報の伝達時間を左右するのが地震の震源位置や地震規模の特定に費やされる時間と通信 時間である。 通信時間は、通信方法によって大きく左右される。また、通信の信頼度も通信方法に大きく左 右されるので重要な選択肢を持っている。 緊急地震速報を有効に活用するためには、通信の信頼性確保と共に無駄の無い通信方法を選択 する必要があり、現状満たすのは専用線のみである。 表−3は、当財団が「岩手・宮城内陸地震」の速報を専用線によって発信した時に要した通信 時間を示したものである。 時間には、地震予報を再度計算した時間も含まれるが、各報ともに 1 秒以内に到達している。 表−3 当財団の「岩手・宮城内陸地震」における通信時間 第 ①気象業務支援センターから緊 報 急地震速報を受信した時刻 ②利用者へ発信した時刻 ③利用者が受信した時刻 1 08:43:54.381 08:43:54.584 08:43:55.204 2 08:43:55.318 08:43:55.584 08:43:56.188 3 08:43:56.162 08:43:56.349 08:43:56.954 (5)警報伝達時間 緊急地震速報を受信した者が「机の下にもぐる」と言った直接行動をとる場合は必要としない 時間であるが、 「地震が来る、作業やめて道具をおけ、こちらに集合」と言った現場に応じた警報 として発信するためには 1∼2 秒程度の時間が必要である。 (6)情報を伝達するために必要な時間 =C+L+F=4+1+1=6 秒 C=緊急地震速報発信に必要な時間を 4 秒と仮定する。 L=通信時間を 1 秒と仮定する。 F=警報伝達時間を 1 秒と仮定する。 (7)震源までの距離と余裕時間 前述のように余裕時間は、地震波の伝播速度差から情報を伝達するために必要な時間を差し引 いた値であることから、震源との距離がないと確保できない時間である。前項で設定した情報を 伝達するために必要な時間 6 秒を満たす震源との距離は、3(2)の表より 40km 程度であること が分かる。 つまり、緊急地震速報の欠点である「直下地震等近距離で発生する地震に間に合わない」の近 距離とは、この 40km 程度以下を指すのである。 (8)緊急地震速報が有効的な地震と有効的でない地震 前述の震源距離 40km を有効的、非有効的の基準とすると次のように分類できる。 ①有効的な地震 ・茨城県南部地震 (2005.10.16)深度 40km ・千葉県北西部地震 (2005.7.23)深度 73km ・東京湾北部地震 (1894.6.20)深度 50km ②有効ではない地震 ・新潟県中越地震(2004.10.23)深度 8km ・能登半島地震 (2007.3.25)深度 10km、 ・新潟中越沖 (2007.7.16)深度 17km ・岩手・宮城内陸地震(2008.6.14) 8km 4.緊急地震速報を補完する方法 前述の緊急地震速報の限界である 40Km 以内の近地点で発生した地震に間に合わない欠点を補 完するためには、自前で地震を計測して安全につなげる方法を考える必要があるが、計測しても 安全対処に必要な時間「余裕時間=対応時間」が確保できなければ警報として成り立たないので、 その時間について検証する。 (1)地震波の伝播速度差 40km 以内で発生した地震にも PS 波の時間差が生じるので、これを検証すると直下地震の中で 最も浅い深度 8km の地震で 1.4 秒程度、40km の地震で 6.6 秒程度の時間差が生じている。表−4 参照。 表−4 時間差の目安 PS波の時間差(40km以内) 距離 8km 10km 20km 30km 40km P 波速度 6km/s 1.3 1.7 3.3 5 6.7 S 波速度 3km/s 2.7 3.3 6.7 10 13.3 時間差(秒) 1.4 1.6 3.4 5 6.6 (2)揺れの増幅に見る余裕時間 地震波は P 波と S 波が順にやってくるが、揺れがいきなり大きくなるわけではなく、揺れはじ めから 1∼2 秒の時間を要して徐々に大きくなる。 図−1は、新潟中越地震のときに震源真上の小千谷地域で計測された地震波であるが S 波の到 達から震度 5 になるまでに 1.5 秒程度の時間が掛かっていることが読み取れる。つまり前述の PS 波の時間差に、体の自由が利かなくなる震度 5 に達するまでの 1.5 秒程度の時間も余裕時間とし て利用できるのである。 震度 5 に到達 1.5 程度 S 波到達 1.5 程度 P 波到達 0 図−1 新潟県中越地震における小千谷(震度6強)の地震波の記録 (3)余裕時間 40km 以内の近地点で発生する地震の影響を抑制しようとすると地震情報に多くを望むのは無理 であるが、P 波到着から本格的な揺れまでの間に生み出すことが可能な時間の合計は、最も浅い 深度 8km の地震において、①PS 波の時間差において 1.4 秒程度、②揺れの増幅に見る余裕時間で 1.5 程度、合計 3 秒程度である。 (4)対応時間 P 波を検知し、「地震が来る、作業やめて、つかまれ」と言った警報を発信するためには 1∼2 秒程度の時間が必要であるが、地震だ"と叫ぶだけならば 1 秒程度である。これに作業員の反応時 間 1 秒程度を足してやると対応時間は 2∼3 秒程度になる。 (5)自前計測は補完する能力を要するか 対応時間 2∼3 秒に対して、余裕時間は 3 秒程度を確保できるので、自前で計測して警報として 活用するのは有効である。表−5参照。表記のない数値は全て秒である。 表−5 自前計測の補完能力度(40km以内) 時間差の目安 距離 8km 10km 20km 30km 40km ①PS の時間差(秒) 1.4 1.6 3.4 5 6.6 ②揺れの増幅余裕 1.5 1.5 1.5 1.5 1.5 ③余裕時間の計 2.9 3.1 4.9 6.5 8.1 ④対応時間 2∼3 2∼3 2∼3 2∼3 2∼3 0.1∼0.9 1.1∼0.1 2.9∼1.9 4.5∼3.5 6.1∼5.0 ギリギリ有効 有効 高い 高い 高い ⑤時間の過不足 補完能力度 5.補完システムの設計条件 設計条件を次のように整理した。 ①地震計により地震波 P を観測、一定の大きさ以上について警報器を作動させる。 ②重機を使用した工事現場に使用するために地震計を 100m 以上離れた場所に設置できるように する。 ③機器は、設置や運搬が容易なものとし屋外仕様とする。 ④緊急地震速報と併用、非併用に限らずあくまで監視の補完システムとする。 6.ポータブル地震警報システムの構成 設計や改良を重ねた結果、第1段階として次のシステム構成とした。 ①地震感知器周辺機器 地震感知器・無線 LAN 発信機・バッテリー・アンテナ ②警報器周辺機器 警報器・無線 LAN 受信機・バッテリー・アンテナ 7.終わりに 緊急地震速報を補完するシステムが必要との声を聞かない中で、独自の考えからポータブル地 震警報システムを製作した。機器も第1開発段階として簡易なものとなっている。 また、本報告では、ポータブル地震警報システムの詳細については説明を省いた。発表会当日、 機器を展示するのでご覧いただきたい。
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