アジア太平洋文化への招待 アジアと日本をつなぐアニメーション 鈴木 伸一 すずき しんいち アニメーション作家・漫画家。1933年長崎生まれ。現在、杉並アニメー ションミュージアム館長。中学校時代から雑誌にマンガを投稿。1963 年にトキワ荘メンバーと「スタジオ・ゼロ」を設立。数々のテレビアニメ、 CMの制作に関わる。1993年からACCUの識字教育ビデオ『ミナの笑 顔』の制作以降、環境教育シリーズ「PLANET」のアニメーション制作 に携わる。 ACCU プラネットシリーズの 制作を通して AC C Uの環 境アニメーションシリーズ ※1 メーターが少なく、C Mのような 短いものは作れても、日本のよう なアニメーションシリーズを作る 力はなかったと思います。 「PLANET(プラネット)」 の制作は、 私はミナが登場するこれらの 2008年に完成した『ミナの防災村づくり』 アニメーションを海外のプロダク で四本目になりました。 ションと共同制作することによっ 1992年に制作した識字教育アニメ『ミナ て、ストーリーのある作品づくり の笑顔』という作品は、 「PLANET」と同 に少しでも慣れて欲しいと思いま じ、東南アジアの農村に住むミナという家 した。しかし、作画技術が日本に 庭の主婦を主人公に、文字を読んだり書 比べるとまだまだ未熟だったた いたりすることがいかに大切なことか… と め、 『ミナの笑顔』から16年後の いう内容をドラマ仕立てで作ったものです 「PLA N ET」の四作目『ミナの が、原画と撮影は日本のスタッフがやり、 防災村づくり』は、すべて日本のスタッフで 使用していた時代に、 マレーシアのプロダク 動画やセル仕上げ、背景の制作はマレーシ やることになりました。東南アジアに行った ションでは、動画用紙も鉛筆も使わず、直 アのスタッフが行いました。これにはアジア ことがない日本のスタッフで作ったもので 接コンピュータ上に作画出来るタブレットを の国と協力して作る方法を試したいという すが、器用な日本のスタッフは三作目まで 使っていました。この作業を見てコンピュー 気持ちもあったからです。 「PLAN ET」の の雰囲気に合わせながら、キャラクターの タ作業に関してはこれらの国々の方が先進 一作目から三作目は、脚本、絵コンテ、演 統一も取れて、日本のアニメ作画技術の高 国だな、と思ったものでした。日本の導入 出は私の担当で、作画から撮影、編集まで さを感じました。 が遅れたのは、下請け会社がすぐにはコン はマレーシアやタイのプロダクションが行い 最近は東南アジアへ出かけることが少な ピュータ作業に切り換えることができず、世 ました。当時、 マレーシアやタイにもアニメー く、アニメーションの制作事情にも少し疎く の中がコンピュータに馴染んでから徐々に ション制作会社はあったのですが、アニ なりましたが、 マレーシアでも、タイでも劇 切り替えて行ったからのようです。 PLANET3の冊子(上)とポスター(下)を使った授業 (カンボジア) 場用長編アニメーション作品が制作 され、上映されたという話を聞きま アジア各国のアニメ事情 した。作品内容については日本で PLANET4制作会議(右手奥が筆者) 2 ACCUニュース No.374 2009.8 見ることができないので分かりま さて、 『ミナの笑顔』や「PL A N ET」の せんが、CGを使って制作された作 制作で外国の人々とも会う機会が多くな 品だったということです。両国は、 り、テレビやDVD、VCD(海賊版が多いと このコンピュータでの作業を日本 いうことです)などを通して日本のアニメに より早くアニメーション制作に取り 親しんでいる様子がよく分かりました。 入れていて、日本がまだセル画を 日本のアニメーション制作会社が下請け ※1 ポスター、冊子、 ビデオまたはDVDのパッケージ教材。PLANET 1『ミナの村と川』、PLANET 2『ミナの村と森』、 PLANET 3『ミナの村のごみ騒動』、PLANET 4『ミナの防災村づくり』。 ア ジ ア太 平 洋 文 化 へ の 招 待 作業をアジア各国に出すの は人件費が安いという事情 に他なりませんが、その分、日 本のキャラクターに慣れるまで の原画、動画の修正をする日本 のスタッフに皺寄せが来ていたこ とも確かです。しかし、そういった 作業を重ねているうちに下請けで技 環境教育シリーズ「PLANET」のアニメーションビデオ 術を習得した会社は、初めのうち、割 (左) Mina Smiles (ミナの笑顔) 1992 (右) 『ミナの笑顔』を37言語収録(DVD)2007 安な料金で仕事をしていたのに、作画に慣 面でしたが、面白いかどうかというと、それ ることながら高い経済力と共に政府がアニ れてくると日本と変わらない料金を要求し は別… という印象でした。しかし、インド メ産業に対する政策に力を入れているか てくるようになりました。そうなると海外へ では映画が最大の娯楽という映画好きの らでしょう。13億という人口を抱え、急速な 下請けに出すメリットも薄れてきます。韓国 国民ですし、世界的にもコンピュータ技術 経済発展で多くの産業を必要とする中国 などは現在、日本とほぼ同じ水準にあると 者の大国ですから、これを組み合わせると が、国民の知的資源を活用できるアニメー いうことです。 CGアニメはすぐにでも作れるのではない ションに目をつけたのは十分に理解できる 韓国はアジアにおけるドラマや歌手、俳 でしょうか。アメリカの映画会社もその辺り ことです。しかも、隣の日本のアニメが世界 優の活躍で「韓流」といわれるポップカル に目をつけているそうですから、一本ヒット で歓迎されているのを見れば、自国の膨大 チャーの流行を作り出していますが、アニ が出るとCGアニメ大国になる可能性はあ な人口の中から優れた才能、人材を発掘 メーションの世界にも良い作品が生まれて りそうです。 しようという発想は当然生まれてくるもの います。NHKなどで作品の放映をしていた のでご存知の方も多いでしょう。学生作品 の中にも光るものを持った作品が多く、国 杉並アニメーションミュージアム 来館者 でしょう。 中国アニメの発展 際的にも評価は上がっています。 私 が 勤 めて いる杉 並アニメーション フィリピンにはいくつも制作スタジオが ミュージアムは設立されて四年半になりま このようなこともあり、最近は中国へ行 あるようです。英語圏なのでアメリカの下請 すが、知名度も上がってきたのか外国人の くことが多くなりました。一昨年、長春(中 けが多いと聞いていますが、そのせいか誇 方も毎日のように来館されています。毎年 国・東北地方の都市)の吉林芸術学院動 張の大きいアニメーションが多いそうです。 のように6月、7月には、アメリカから中学、 画学院から講演依頼があり、日本のアニメ まだフィリピン国産の作品を目にする機会 高校 生約五百人が文化親善大使の役割 の歴史や、世界中で人気がある理由につい がないので分かりませんが、日本の東映ア で来日、杉並アニメーションミュージアムに て私なりの話をしてきましたが、日本のアニ ニメーションはマニラにスタジオがあって、 も来訪し、短編アニメを鑑賞したり、アニ メについてはどんな事でも興味を持ってい 専用の光ファイバーの回線を日本と繋い メ作画の体験をしたりするのですが、その るようです。 で制作作業をしているそうです。企画や演 際、私自身も興味があるので、アメリカの 中国にも現在では沢山のアニメーション 出、作画監督など製作の中枢は日本でやっ 子供たちが、どんな日本のアニメ作品を好 制作会社があり、日本を凌駕する制作本 て、作画以降の作業はマニラのスタジオだ んで見ているのか、聞いてみることにして 数のアニメーション作品が生産されている そうですが、これは国際協力の良い例だと います。 『NA RU TO』 『犬夜叉』 『クレヨ そうですが、視聴者には中国国産のアニメ 思います。 ンしんちゃん』 『名探偵コナン』 『セーラー より、まだ日本の作品の方に人気があると インドはハリウッドを越えて世界一の映 ムーン』 『ドラゴンボール』 『鋼の錬金術 いうことです。3年ほど前、上海に行った 画製作本数を誇る「映画大国」ですが、ア 師』… 嬉しそうな顔からこういった日本ア 時、中国のテレビ用のアニメーション作品を ニメーション制作会社があるのかどうかは ニメのタイトルがポンポン飛び出してきま 作っている制作会社の人たちと会う機会が 分かりません。20年ほど前にアニメーショ す。放映時期こそ日本より少し遅れてはい あり、その際にもらったサンプルの作品を ン・フェスティバルの審査でインドの作品を ますが、日本のアニメが世界で広く見られ 見た限りでは、頑張ってはいるけれどキャ 見たことがあります。インドの神話を元に ている証拠で嬉しい限りです。 ラクターのデザインが日本のアニメによく似 作った内容だったと思いますが、丁寧な作 アジア各国からの来館者もありますが、 ていて苦笑したことがありました。私は昔 画で色彩などもインド特有の個性的な画 中でも中国からの人が多いのは、人口もさ の中国アニメーション作品が大好きだった ACCUニュース No.374 2009.8 3 アジア太平洋文化への招待 ので、その中国の作品の良さが引き継がれ 面白さが、他の国の作品と一線を画してい くわけです。また政府は国家動画産業基 ていない事にがっかりしました。 るのではないでしょうか。 地というアニメーション制作の工業団地の 30年ほど前の話ですが、中国が改革開 これは最近会った中国の留学生から聞 ようなものを作り、制作会社を一箇所に集 放政策のもと、市場経済を導入し、対外的 いた話ですが、中国では日本作品の人気が め、効率よく制作させ、融資や税金等の優 にも経済が開放されて間もない頃、手塚治 高いので政府は自国アニメ育成(あるいは 遇などの支援もするということでした。こ 虫先生や日本アニメーション協会の仲間と 保護)のために、ゴールデンタイムの夕方5 の動画産業基地が、上海、杭州、大連、蘇 文化交流の一員として訪中しました。その 時から8時まで外国のアニメ作品の放映を 州、無錫、深圳など、国内に15箇所も設定 時、中国で数少ないアニメーション制作ス 禁止し、国産アニメのみを放映させている されているのです。これが一斉にアニメ生 タジオだった上海美術電影制片廠を訪問 ということです。でも、本当にアニメ好きの 産を始めたらどうなるのでしょう。政府指 し、改革開放前に作られていた数々の作品 人たちは衛星放送やDV D(海賊版も含め 導で生まれてくる作品はどんなものでしょ を見せていただいた時は大変感激しまし て)で、日本のアニメを見ているということ うか。大変興味があります。 た。開放前はあまり外国との交流がなかっ でした。昨年、広州の大学へ講演に行った たので、内容、表現技術などが全く中国独 際、街のDV D店で中国で作られたアニメ 自のもので、本当に面白くて、しかもアート 作品を買ってきました。日本では見ること と言える素晴らしい作品群でした。これを ができないので興味津々で見始めたので アニメーション作品は人間の想像力と技 ぜひ日本に紹介したいということで、中国 すが、言葉もわからないこともあり、面白い 術で作られるものです。 のスタッフを招いて池袋で上映会をしたほ とは思えませんでした。画面だけ見てもや 日本のアニメーション作品は、 マンガと共 どです。 はりまだ日本の作品の方が優れていること に発展して今では「マンガ」 「アニメ」という それが改革開放後の中国では人件費が が分かります。 日本語がそのまま通用するほど世界の人々 安かったことから、日本やヨーロッパからの しかし、中国は私たちの想像できないパ の人気を集めてきました。そして日本の「マ アニメの下請け作業が大量に流れ込むよう ワーを持った国です。中国の大きな四つの ンガ」 「アニメ」というストーリー性の強い になり、受注するうちに流行のアニメスタイ 大学や映画学院から毎年多くの学生が卒 形式はアジアの国々でも注目されていて、 ルの洗礼を受け、中国のスタッフもこれが 業し、アニメーション制作会社に入るよう ACCUも日本動画協会との共催で2007年 良いものだと思うようになり、変わっていっ です。業界全体にどれくらいの人がいるの と2008年にアジアのアニメーションに関す たのです。日本の「アニメ」はキャラクター か分かりませんが、私が訪ねた吉林芸術 る会議※2を開いたことがありました。 のスタイル、デザイン、演出法など特徴のあ 学院動画学院でアニメーションを学んでい アジアではまだ違法に出版されるDV D るものが多いのですが、なんといってもマ る学生の数は全部で三千人、三年制です などが多いと聞きますが、そういったもの ンガから発達してきたといえるストーリーの から毎年千人の学生が入学し、卒業して行 からでも勉強した人たちがマンガ作家やア しゃんはいびじゅつでんえいせいへんしょう アジアと日本の架け橋として ニメーターとしてスタートを切ろうとしてい ます。 やがてその人たちが自分たちの国の「マ ンガ」 「アニメ」を作り上げていくことでしょ う。アジアには日本のような成功を目指し て、政府が産業として後押ししている国が いくつもあります。その手助けをしながら日 本のアニメーション関係者も、世界から目 標とされるような作品を作り続けていくこ とが大切だろうと思います。 (写真は筆者提供) ※2 「アジア太平洋アニメ国際会議」 (2007年3月22日 26日:東京) と「アニメーション文化・産業に関する アジア太平洋リージョナルセミナー」 文化の多様性 推進のために(2008年7月16日 18日:東京) 。セミ ナーについてはACCUニュース369号P.8参照。 PLANET3を使った授業(カンボジア) 4 ACCUニュース No.374 2009.8
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