併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合

併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
05/08-09/2009
国際シンポジウム「知的財産権と渉外民事訴訟」
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合
報告 横溝 大(名古屋大学)
一 はじめに
本報告では、国際的な知的財産紛争に関する国際裁判管轄の内、併合管轄(二)、保全管轄
(三)、国際的訴訟競合(四)について、日本における現行法を前提に立法提案を行う1。尚、他の
報告同様本報告においても、一方で、属地主義の原則が知的財産に関する国際条約によっても、
また慣習国際法によっても各国に義務付けられないと解しつつ、他方で、合目的性から(ユビキタ
ス侵害を除き)原則として権利独立の原則を維持することを前提としている。また、個々の知的財
産権毎に異なる規定を設けるのではなく、知的財産権全体を対象とした規定の導入を目指してい
る。
二 併合管轄
併合管轄については、国際裁判管轄において客観的併合と主観的併合とを区別する現行日本
法との整合性を考慮しつつ、知的財産紛争固有の要請への対応を図った結果、以下の通り 3 項
から成る規定となった。
【立法提案】
1
同一当事者間の複数の請求又は反訴が密接に関連する場合、その一の請求について日本
の裁判所に国際裁判管轄が認められるときは、当該他の請求又は反訴についても、日本の裁判
所に国際裁判管轄が認められるものとする。但し、特別裁判籍に関する規定によって国際裁判
管轄が認められるときは、主たる義務が日本において履行されるべきであった場合、又は、主た
る事実が日本において生じたか生じるべき場合に限る。
2 異なる被告に対する複数の請求又は数人の原告からの請求であって、請求同士が密接に関
連している場合、その一の請求について日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるときは、他
の請求についても、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるものとする。但し、異なる被告に
ついては、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められることが通常予見出来る者に限る。
3 異なる被告に対する複数の請求であって、各請求の基礎となる知的財産権が異なる国で成立
している場合、その一の請求について日本の裁判所に国際裁判管轄が認められ、当該各知的財
産権が実質的な関連を有しているときは、他の請求についても、日本の裁判所に国際裁判管轄
が認められるものとする。但し、特別裁判籍に関する規定によって国際裁判管轄が認められると
きは、主たる義務が日本において履行されるべきであった場合、又は、主たる事実が日本におい
1
これに対し、条約・立法案において紹介する各案は、我が国の国際裁判管轄法制一般に関す
る立法案を除き、国際条約、乃至各国が受け入れられるべきモデル案を志向しており、本提案と
はその目的が若干異なる。
1
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
て生じたか生じるべき場合に限り、且つ、異なる被告については、日本の裁判所に国際裁判管轄
が認められることが通常予見出来る者に限る。
(1) 客観的併合(1 項)
① 国際的な知的財産紛争において客観的併合が問題となる状況
例えば、複数国の特許権に関するライセンス契約や2、インターネット上のウェッブサイトへの写
真の無許諾の掲載3等のように、同一の契約や行為に基づき複数国の知的財産権侵害が問題と
なり、原告が我が国の裁判所において日本の知的財産権侵害に基づく請求に加え、外国の知的
財産権侵害に基づく請求を行う場合に、外国の知的財産権侵害に基づく請求については通常国
際裁判管轄が認められないにも拘らず4、当該請求についても我が国の国際裁判管轄を認めるべ
きか否かがここでの問題である。
② 現行法における客観的併合
我が国では、国際裁判管轄における客観的併合については、特に限定を課さない立場もある5
が、現在では、請求相互間の関連性を必要とする見解が学説上は多数と言える6。その根拠とし
ては、国内管轄の場合と異なり移送という手段がない国際裁判管轄においては、証拠収集の難
易や被告が我が国において訴訟活動を行うことに伴う負担等が考慮されるべきであることが挙げ
られている7。著作権の利用許諾を巡る日本法人からのタイ人に関する損害賠償請求や日本及び
タイにおける著作権の帰属等が問題となった最判平成 13 年 6 月 8 日 [円谷プロ事件] 8は、国際
社会における裁判機能の合理的な分配という観点と、裁判の複雑長期化の回避という要請から、
客観的併合につき請求間に密接な関係が認められるべきであるとし、最高裁判決として初めて従
来の多数説を確認し、また、具体的判断において、実質的に争点を同じくしているか否かが密接
な関係を判断するメルクマールの一つになることを例示した 9。尚、反訴については、身分関係に
2
3
Ortman v. Stanray, 371 F. 2d154 (7th Cir. 1967).
Cf. Kelly v. Arriva Soft Corp., 336 F 3d 811 (9th Cir. 2003)(原告である写真家が自らのウ
ェッブサイト及びライセンス契約を結んだ他のウェッブサイトに写真を掲載していたところ、被告の
検索エンジンのデータベースに自らの写真が取り込まれていることを発見し、複数国での著作権
侵害に基づき訴えを提起した事例。但し、同事件は国内事件である).
4 例えば、被告の普通裁判籍が我が国に存在しない場合。
5 東京地中間判昭和 62 年 10 月 23 日判時 1261 号 48 頁、東京地中間判平成元年 5 月 30 日
判時 1348 号 91 頁、東京地中間判平成元年 6 月 19 日判タ 703 号 246 頁、池原季雄「国際裁判
管轄権」鈴木忠一=三ケ月章・新・実務民事訴訟講座 7 国際民事訴訟・会社訴訟(1982 年)35
頁。
6 議論状況につき、渡辺惺之「客観的併合による国際裁判管轄」石川明先生古稀祝賀『現代社会
における民事手続法の展開 上巻』(商事法務・2002 年)367 頁、中西康〔判批〕私法判例リマー
クス 2001〈下〉150 頁。
7 東京地判平成 10 年 11 月 27 日判タ 1037 号 235 頁。
8 民集 55 巻 4 号 727 頁。
9 拙稿〔判批〕法協 119 巻 10 号(2002 年)2095 頁、2105 頁。同判決に従うその後の下級審判決
として、東京地判平成 18 年 4 月 4 日判時 1940 号 130 頁。
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併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
関する事例ではあるが、本訴と密接な関係を有する限り、特段の事情のない限り国際裁判管轄を
肯定すべきであるとする事例がある10。
各国法において、ヨーロッパでは、客観的併合に関する準則を有するものは必ずしも多くはな
い11。また、イギリスのように、そもそも、専属管轄に関するブリュッセル I 規則(民事及び商事事件
における裁判管轄及び裁判の執行に関する 2000 年 12 月 22 日の理事会規則(EC)44/2001)22
条 4 項が侵害訴訟をも対象としていると看做し、外国特許権侵害に関する併合請求自体を認めな
い国もある12。その中で、客観的併合に関する規定を有するベルギー国際私法は、請求と非常に
密接な関連があり、別途判断された場合に調和し得ない解決が生じるのを避けるため同時に審
理する利益がある請求について、客観的併合を認めている(9 条)13。尚、ブリュッセル I 規則にお
いては、反訴についてのみ規定が置かれており、「本訴の基礎と同一の契約又は事実に基づく反
訴」の管轄が、本訴の係属する裁判所に認められている(6 条 3 項)14。
米国においては、管轄の原因となる請求と非常に密接に関連しており同一の事案又は論争の
一部をなしている他の請求についての補充管轄が認められている15。そのメルクマールは、請求
東京高判平成 18 年 4 月 13 日判時 1934 号 42 頁。重婚を理由とする後婚の取り消し請求訴
訟に対する反訴として、前婚の無効確認等が請求された事例。但し、「身分関係に関する紛争の
画一的・一回的解決」を重視する同判決の射程は限定的なものに留まる。
11 Schack, Internationales Zivilverfahrensrecht (4. Aufl., 2006), at 124 では、客観的併合
規定を有する国々として、ギリシャ、イタリア、ベルギーが挙げられている。
12 Coin Controls Limited v. Suzo International (UK) limited and Others, [1997] FSR 660,
672(同一のヨーロッパ特許から生じた英、独、西の特許のうち、独西特許権侵害については、有
効性が争われていなかったにも拘らず、ブリュッセル条約 16 条 4 項〔現在のプリュッセルⅠ規則
22 条 4 項〕により請求を却下した)。
13 “Lorsque les juridictions belges sont compétentes pour connaître d'une demande,
elles le sont également pour connaître d'une demande qui y est liée par un rapport si
étroit qu'il y a intérêt à instruire et à juger celles-ci en même temps afin d'éviter des
solutions qui pourraient être inconciliables si les causes étaient jugées séparément.”
14 但し、このことは、ブリュッセルⅠ規則の下で客観的併合が否定されることを意味するものでは
ない(主観的併合において後述)。尚、この場合、外国特許権の有効性に関する反訴は、22 条 4
項により 6 条 3 項の射程外であるとされる。Marta Pertegás Sender, Cross-border
Enforcement of Patent Rights (Oxford, 2002), at 167.
15 28 U.S.C. §1367(Supplemental jurisdiction).
”(a) Except as provided in subsections (b) and (c) or as expressly provided otherwise by
Federal statute, in any civil action of which the district courts have original jurisdiction,
the district courts shall have supplemental jurisdiction over all other claims that are so
related to claims in the action within such original jurisdiction that they form part of
the same case or controversy under Article III of the United States Constitution. Such
supplemental jurisdiction shall include claims that involve the joinder or intervention of
additional parties.
(b)...
(c) The district courts may decline to exercise supplemental jurisdiction over a claim
under subsection (a) if-(1) the claim raises a novel or complex issue of State law,
(2) the claim substantially predominates over the claim or claims over which the
district court has original jurisdiction,
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が「影響ある事実の共通の核(common nucleus of operative fact)」から生じており、同一の手
続で審理されることが通常期待されているか否かにあるとされている16。尚、この補充管轄を行使
するか否かは基本的には裁判所の裁量に委ねられる17。但し、自国特許権侵害訴訟において外
国特許権侵害に関する請求を併合することについて、米国裁判所は慎重な姿勢を示していると言
ってよい。確かに、一方で、同一製品に関する内外特許権譲渡契約上のライセンス料未払いや同
契約の不法な終了が問題となった事例において、請求の基礎が米国内外で被告が行った同様の
行為(similar acts)の結果であり、外国特許権侵害についても契約の解釈が重要であることから、
併合請求が認められた事例もあるが18、他方、米国法人による日本法人に対する特許権侵害訴
訟において、電子貨幣弁別回路(electronic coin discriminators)に関する米国・日本の特許権
に加えてなされた日本特許権侵害に基づく第三請求の併合につき、①主たる請求が方法特許で
あるのに対し、第三請求が物の特許に関する請求(apparatus claim)であること、②侵害対象製
品(devices)の範囲も異なること、③侵害行為も直接侵害か寄与侵害かで異なること、④準拠法
が異なること、を根拠に、併合請求が退けられた事例も存在する19。とりわけ、オクラホマ法人で
ある原告からのフロリダ法人である被告に対する侵害訴訟であり、米国特許権の他、特許協力条
約に基づく申請により原告が取得したヨーロッパ、英、仏、独、カナダの特許権侵害に基づく請求
が問題となった近時の事例において、米国裁判所は、パリ条約における特許独立の原則、外国
特許権侵害を審理することが、当該外国が特別の裁判所等を通じて確保しようとする特許権の信
頼性や一貫性、議会の意図を破壊し、フォーラムショッピングを助長すること、Act of State
Doctrine 等を理由に、裁判所が補充管轄の裁量を行使すべきではないとして併合請求を認めな
かった20。このように、各国の特許が対応特許権でありまた被疑侵害行為の態様が同じであると
しても、米国は補充管轄を認めない傾向が実務上強まっていると言えよう21。
(3) the district court has dismissed all claims over which it has original jurisdiction, or
(4) in exceptional circumstances, there are other compelling reasons for declining
jurisdiction.
(d)...
(e) ...”
尚、同規定の施行は 1990 年 12 月 1 日である。
16 United Mine Workers of Am. v. Gibbs, 383 U. S. 715 (1966); Sinclair v. Soniform, 935
F. 2d 599, 603 (3d Cir. 1991).
17 28 U.S.C. §1367(c).
18 Ortman v. Stanray, 371 F. 2d154 (7th Cir. 1967). イリノイ州在住の原告とデラウェア法人
被告との間の同一製品に関する米国、カナダ、ブラジル、メキシコの特許権譲渡契約。米国特許
権侵害、ライセンス料の未払い及び譲渡契約の不法な終了(wrongful termination)の他、カナ
ダ、ブラジル、メキシコにおける特許権侵害に基づく差止請求。
19 Mars Incorporated v. Kabushiki-Kaisha Nippon Conlux, 24 F. 3d 1368 (Fed. Cir.
1994).
20 Voda v. Cordis, 476 F. 3d 887 (Fed. Cir. 2007). 尚、同判決には反対意見が付されている。
同判決につき、Marta Pertegás, “The sppropriate Venue for Cross-Border Patent
Disputes: Heading (Far) West?”, Arnaud Nuyts (ed.), International Litigation in
Intellectual Property and Information Technology (Kluwer, 2008), 89; Marko
Schauwecker, “Zur internationalen Zuständigkeit bei Patentverletzungsklagen – Der
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併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
③ 条約・立法案
現在まで公表されている条約・立法案においては、請求間に一定の関係の存在を要求してい
るものが多い。例えば、知的財産紛争だけではなく国際民事紛争一般を対象として 2008 年 4 月
に公表された国際裁判管轄研究会報告書、及び、法制審議会国際裁判管轄法制部会第 5 回会
議においては、同一当事者間の複数の請求の間に「密接な関係」が認められる場合、また反訴に
ついては、「本訴の基礎と同一の契約又は事実に基づく」場合又は本訴請求と密接に関連する場
合に、客観的併合を認めている22。また、アメリカ法律協会の「知的財産:国境を越える紛争にお
ける管轄、準拠法及び判決を規律する原則」(以下、「ALI 原則」とする)においては23、「元の請求
Fall Voda v. Cordis im Lichte europäischer und internationaler Entwicklungen”, GRUR
Int., 2008. 96.
21 アメリカにおける知的財産紛争に関する客観的併合につき、Harold C. Wegner, “Voda v.
Cordis: Trans-Border Patent Enforcement”, available at
http://www.foley.com/files/tbl_s31Publications/FileUpload137/2989/Voda_Texas_Paper.p
df (最終確認 2009 年 3 月 30 日〔同論文を御紹介下さった鈴木正文教授(名古屋大学)に記して
謝意を表する〕)。
22 「国際裁判管轄研究会報告書(6・完)」NBL888 号(2008 年)72 頁以下。
「第 6 の 1 請求の客観的併合
1 同一当事者間の複数の請求の間に密接な関係が認められる場合において、その一の請求に
ついて日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるときは、他の請求についても、日本の裁判所
に国際裁判管轄が認められるものとする。
2 本訴について日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる場合には、本訴の基礎と同一の契
約又は事実に基づく反訴についても、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるものとする。
3 上記 1 及び 2 の規律については、当該他の請求又は反訴について、日本の法令によれば日本
の裁判所の管轄に専属するような管轄原因が外国にあるときは、この限りでないものとする。」
尚、1 項は前掲最判平成 13 年 6 月 8 日の基準を採用し、2 項はブリュッセルⅠ規則を参照し
たものとされる。
また、法制審議会国際裁判管轄法制部会第 5 回会議では、以下のような立法案が提示されて
いる(http://www.moj.go.jp/SHINGI/090227-1-2.pdf)。
「① 一の訴え(数人からの又は数人に対する訴えを除く。)で数個の請求をする場合において,日
本の裁判所が一の請求について管轄権を有する場合には,他の請求について管轄権を有しない
ときであっても,当該一の請求と当該他の各請求の間に密接な関連があるときは,日本の裁判所
にその訴えを提起することができるものとする。
② 被告は,日本の裁判所が本訴の目的である請求について管轄権を有する場合には,反訴の
目的である請求について管轄権を有しない場合であっても,
【甲案】当該本訴の請求の基礎と同一の契約又は事実に基づく
【乙案】当該本訴の目的である請求と密接に関連する
請求を目的とするときに限り,口頭弁論の終結に至るまで,当該本訴の係属する日本の裁判所に
反訴を提起することができるものとする。ただし,反訴の提起により著しく訴訟手続を遅延させるこ
ととなるときはこの限りでないものとする。
③ 上記①の他の請求又は上記②の反訴の目的である請求について,日本の法令によれば,日
本の裁判所の管轄に専属するような管轄の原因が外国にあるときは,上記①又は②の規律は適
用しないものとする。」
23 The American Law Institute, Intellectual Property: Principles Governing
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併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
が基礎としている取引や事件、若しくは一連の取引や事件から生じる、同一当事者間でのあらゆ
る請求および防御」についての事物管轄権が認められている24。但し、2003 年に公表されたマッ
クスプランク研究所の知的財産分野における国際裁判管轄に関する特別規定においては、被告
が常居所地を有する裁判所が、侵害地如何にかかわらず被告に対する侵害に関する全ての請
求につき管轄を有するとされている(12 条 a3 項(2)及び 4 項(1))25。
また、知的財産に関する立法案においては、所謂ユビキタス侵害のような、複数国で侵害が生
じる場合の処理につき、客観的併合にさらに一定の限定をかけている例が見られる。例えば、
ALI 原則では、そもそも個別の請求に関して裁判所が対人管轄権も有しなければならないとする
ことで、被告が法廷地に居住する場合、及び、法廷地に合意管轄又は応訴管轄が認められる場
合に併合の可能性を限定している26。また、他の案の中には、損害発生地を原因として国際裁判
管轄が認められる場合については、その国内で生じた取引や侵害行為に関連した請求に限定す
Jurisdiction, Choice of Law, and Judgments in Transactional Disputes (ALI Publishers,
2008). 最終草案の段階での邦語による紹介、検討として、山口敦子「インターネットを通じた隔地
的な著作権侵害の準拠法に関する一考察」関西学院大学法政学会・法と政治 59 巻 1 号(2008
年)317 頁がある。
24 [§212 反訴、補充的請求及び抗弁(Counterclaim, Supplemental Claims, and
Defenses)にかかる事物管轄権]
「(1) 裁判所は、元の請求が基礎としている取引や事件(occurrence)、もしくは一連の取引や事
件(occurrence)から生じる、同一当事者間でのあらゆる請求および防御について裁判することが
できる。この場合、問題となっている権利あるいはそれらの権利を主張している当事者の出所
(territorial source)は問題としない。ただし、個別の請求に関しては、裁判所は、法廷地法に基
づく事物管轄権および 201 条ないし 207 条に基づく対人管轄権を有していなければならない。」
その他、早稲田大学グローバル COE《企業法制と法創造》総合研究所主催『第 8 回知的財産
法・国際私法シンポジウム』(早稲田大学・2008 年 12 月 20-21 日)において提案された韓国案
も、主観的併合に比べ客観的併合においては被告に対する負担が相対的に尐ないことや、特に、
インターネットを通じた国際知的財産権紛争等の効率的解決のためより柔軟に客観的併合を認
める必要があるということから、ALI を参照しつつ、元の請求と同一或いは一連の取引、又は侵
害行為から始まった関連請求につき、以下のように客観的併合を認めている。
208 条 (客観的併合)
「① 一つの請求に対して裁判管轄を持つ裁判所は同一な当事者間にその請求と同一或いは一
連の取引、または侵害行為から始まった関連請求に対してもその取引、または侵害の場所に関
わらず裁判管轄を持つ。但し、第 204 条第 2 項の規定によって裁判管轄を持つ場合には、その国
内で生じた取引、または侵害行為に関連した請求に限る。
② 第 1 項の規定は登録知的財産権の成立・有効性紛争に関する訴には適用しない。
③ 併合に関する主張は本案に関して最初で陳述や答弁をする時点まで提起することができる。
④ 併合決定に対する不服は、これを行うことができる最初の機会に行わなければならない。」
25 2003 年の MPI 提案については、Josef Drexl/ Annette Kur (ed.), Intellectual Property
and Private International Law (IIC Studies, vol. 24 [2005]), at 309-334. 邦語による紹介・
検討として、木棚照一「知的財産紛争に関する国際私法規則の調整と調和の試み-東アジアの
視点から」高林龍編『知的財産法制の再構築』(日本評論社・2008 年)283 頁。また、同条につき、
Marcus Norrgård, “Provisional Measures and Multiple Defendants in the MPI
Proposal”, in Drexl/ Kur, id., 35, at 51.
26 212 条 1 項。
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併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
べきであるとするものもある27。さらに、主として侵害の対象とされた知的財産権が属する国にお
いてのみ他国の知的財産権侵害に関する訴えの併合を認めるべきであるとする案も見られる28。
④ 本立法案に関するコメント
同一の契約や行為に基づき複数国の知的財産権侵害が問題となる場合、当事者間の紛争を
単一の裁判所における一回の訴訟で解決し、当該判決の効力を国際的に承認し合うことが費用
等の面で両当事者の便宜に適うと考えられる29。そこで、一つの訴訟において複数国の知的財産
権侵害に基づく請求の審理を認めることには実務上十分な意義があろう。また、複数国の知的財
産権侵害に基づく請求の客観的併合を認めることは、とりわけ外国知的財産権侵害に基づく域外
的保全命令の基礎となる本案管轄を法廷地裁判所に提供することになり、迅速な差止めを行うこ
とが出来るようになる点で、知的財産権の権利者にとっては重要な保護手段を提供するだろう30。
確かに、とりわけ特許権の場合には、保護範囲やその解釈等において各国法制度の差異が小
さくなく、従って、客観的併合を認めて行く場合のデメリットとして、法廷地裁判所が外国特許法を
適用し外国特許法侵害を判断する際に伴う困難や、複数国法の適用による審理の長期化が考え
られる。また、EU におけるブリュッセルⅠ規則のような外国判決等の承認執行に関する共通の制
度的前提を持たない我が国裁判所が、外国知的財産権侵害について審理し広く域外的差止命令
を行うことについては、実効性の点から疑問もあろう。だが、これらの点を考えても猶、当事者間
の紛争を単一の裁判所において一回の訴訟で解決することの実務上の利点の方が大きいと考え
られる。
従って、同一の著作物に関する複数国の著作権の帰属が同一のライセンス契約の解釈に依拠
前掲注(24)の韓国案 208 条 1 項。
前掲注(24)のシンポジウムで提案された日本案 11 条。
第 11 条 管轄の集中
「同一の権利者に属する複数国若しくは領域の知的財産権が、インターネット等のユビキタスメデ
ィアを介して同時的に侵害された場合、主として侵害の対象とされた知的財産権が属する国の裁
判所に他の国の知的財産権の侵害に関する訴えを併せて訴えることができる。」
尚、同案は、各国知的財産権侵害に関する請求間の関連性は属地主義の原則の下では意図
的に分断されていると考えるべきであるという立場の下、客観的併合をユビキタス侵害に関して
のみ認める特別な救済方法とすべきであると限定的に位置付けているところに特徴がある。
29 イギリス及びオランダでの著作権侵害が問題となった Pearce v. Ove Arup Limited and
Others, [1997] WLR 779 においても、知的財産権やそれを利用して製造・製作された製品の国
際取引が増加する状況において、複数国での侵害に対し同一の裁判所で訴えることができること
が便宜であると言い得ると述べている。
30 Arnaud Nuyts/ Katarzyna Szchowska/ Nikitas Hatzimihail, “Cross-Border Litigation
in IP/IT Matters in the European Union: The Transformation of the Jurisdictional
Landscape”, in Arnaud Nuyts (ed.), International Litigation in Intellectual Property
and Information Technology (2008, Kluwer), 1, at 9-13. 尚、本立法提案が、相手方にも配
慮するため債務不存在確認訴訟等の対抗手段を認めつつ、相互間の調整を試みている点につ
いては、国際的訴訟競合に関する立法提案において後述する。
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している場合や31、インターネット上の同一行為による複数国の知的財産権侵害の場合32は勿論
のこと、被告が同種の製品を複数国に販売している場合のように、場合によっては同種ではあっ
ても同一とまでは言えない行為が問題となる場合であっても、客観的併合を認めることが望ましい
と考える。そこで、本立法案では、各請求の基礎が「同一の契約又は事実に基づくものである場
合」に限らず、各請求の間に密接な関連性がある場合に、客観的併合が認められることとした。こ
の案の下では、外国特許権侵害とそれに対する反訴としての不正競争に基づく請求についても33、
準拠法が異なる可能性があるとは言え34、同一の行為が問題となっており、整合的な解決を図る
必要性が高いということから、客観的併合が認められることになる。
但し、上述のような請求間の密接関連性を要求するだけでは、結果発生地としての不法行為管
轄により我が国の国際裁判管轄が肯定される場合35、或いは、問題となる契約に複数の義務が
含まれており、付随的な義務に関する義務履行地管轄により我が国の国際裁判管轄が肯定され
る場合等、紛争全体と我が国との密接関連性がそれ程強くない場合にまで客観的併合が認めら
れる可能性が生じ、被告の予測可能性が害される可能性がある。例えば、外国の著作権帰属に
関する訴訟が我が国の裁判所に係属している間に、同一の著作物に関する日本著作権の帰属
確認請求を原告が追加し、当該請求に関する国際裁判管轄を基にして外国著作権の帰属に関す
る請求についても客観的併合を認めさせるといった方法が助長されることは36、当該紛争の中心
が日本国内にない限り、被告の防御権の保護という観点から問題であろう。そこで、本立法案で
は、被告の普通裁判籍が我が国にない場合、客観的併合が認められる状況を日本が主たる義務
履行地・結果発生地の場合に限定した37。日本が主たる義務履行地・結果発生地であるかどうか
は、事案の個別的状況に応じて決定されることとなり、この点当事者の予測可能性が若干失われ
ることとなるが、国際的な知的財産権侵害の多様性を考慮すれば、この程度の柔軟性を導入する
ことは已むを得ないことであろう38。
尚、専属管轄事項に関する請求を客観的併合から除外することは、一般論からすれば当然で
あるが、知的財産に関する国際民事紛争において専属管轄を認めない本立法案の態度決定に
従い、本条では特に専属管轄に関する規定を置いていない。本立法案に、「第 1 項の規律につい
ては、当該他の請求又は反訴について、日本の法令によれば日本の裁判所の国際裁判管轄に
前掲最判平成 13 年 6 月 8 日。
例えば、前述のようにウエッブサイトへの写真の掲載等の同一行為により複数の著作権の侵
害が生じたと考えられる場合。
33 東京地判平成 15 年 10 月 16 日判時 1874 号 23 頁、判タ 1151 号 109 頁[サンゴ砂事件]。
34 実際、前掲東京地判平成 15 年 10 月 16 日では、差止請求権の不存在に関する準拠法と、信
用毀損行為であるか否かを判断した準拠法が異なった。
35 前掲平成 13 年 6 月 8 日。
36 同上。
37 尚、2003 年 MPI 提案がインターネット関連の侵害訴訟において、被疑侵害行為の原因となっ
た活動の主たる部分が法廷地で生じたことを要求していることにつき、Annette Kur,
“Jurisdiction and Enforcement of Foreign Judgments- The General Structure of the
MPI Proposal”, Drexl/ Kur , supra note (25), 21, at 27.
38 Cf. Kur, id., at 27, note 16.
31
32
8
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
専属するような管轄原因が外国にあるときは、この限りでないものとする。」といった規定を加えれ
ば、知的財産紛争に限らず財産関係事件一般の規定としても本項は有益であろう。
(2) 主観的併合(2 項)及び「蜘蛛の巣の中の蜘蛛(Spider in the web)」(3 項)
① 国際的な知的財産紛争において主観的併合等が問題となる状況
例えば、日本における子会社や代理店等により日本の知的財産権が侵害されている場合に、
日本国内で侵害行為を行っている直接の相手方だけではなく、教唆・幇助等の関連行為を行って
いる外国の親会社等に対する請求についても、通常は有しない国際裁判管轄を認めるべきか否
かがここでの問題である39。また、さらに進んで、同一の企業グループに属する子会社や代理店
等が複数の国で対応する知的財産権を侵害している場合に、これらの者に対する請求の併合を
認めるべきか否かが問題となる40。
② 現行法における主観的併合等
我が国においては、共同不法行為を理由とする主観的併合の場合、特段の事情が認められな
い限り国際裁判管轄を肯定するとする裁判例もあるものの41、その多くは、他国での応訴を強いら
れる被告の不利益の大きさを考慮して、我が国の裁判所において裁判を行うことが、具体的事案
に照らし当事者の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に適合すると認められる特段の事
情が存在する場合に限って主観的併合を認めて来た42。これに対し、最判平成 10 年 4 月 28 日
[サドワニ事件]43は、外国判決承認執行においてではあるが、「同一の実体法上の原因に基づく
訴訟であって、相互に密接な関連を有しているから、統一的な裁判をする必要性が強い」ことを根
拠として、主観的併合を認めており、同判決は、客観的併合だけではなく主観的併合の場合にも、
東京地判平成 13 年 5 月 14 日判時 1754 号 148 頁、東京地判平成 19 年 11 月 28 日判例集
未登載等参照。
40 Cf. Roche Nederland e.a. v. Primus, Case No. C-539/03 [2006] ECR I-6335. この問題
は、客観的併合と主観的併合とを組み合わせさらに一歩進めたものであり、主観的併合の枠内で
扱うことは若干躊躇われるが、ヨーロッパにおいてこの問題が主観的併合に関するブリュッセル条
約及びブリュッセルⅠ規則 6 条 1 項の解釈問題として扱われていることから、ここでも便宜上主観
的併合と併せて論じる。
41 東京地判昭和 61 年 6 月 20 日判時 1196 号 87 頁、判タ 604 号 138 頁、東京地中昭和 62 年
6 月 1 日判タ 641 号 269 頁(管轄肯定)、東京地判昭和 62 年 6 月 1 日金融・商事判例 790 号
32 頁(但し、被告と日本との関連がないことから特段の事情があるとして管轄を否定)、東京地判
平成元年 6 月 28 日判タ 723 号 228 頁(管轄肯定)、東京地判平成 6 年 1 月 14 日判タ 864 号
267 頁(管轄肯定。但し間接管轄)。
42 東京地中昭和 62 年 5 月 8 日判時 1232 号 40 頁、判タ 637 号 87 頁、東京地判昭和 62 年 7
月 28 日判時 1275 号 77 頁、判タ 669 号 219 頁、東京地判平成 2 年 10 月 23 日判時 1398 号
87 頁、東京地判平成 3 年 1 月 29 日判タ 764 号 256 頁、東京地判平成 7 年 4 月 25 日判タ 898
号 245 頁、東京高判平成 8 年 12 月 25 日高民集 49 巻 3 号 109 頁、東京地判平成 9 年 2 月 5
日判タ 936 号 242 頁。尚、そもそも主観的併合自体を否定する戦前の判決として、東京区判昭和
6 年 2 月 9 日法律新聞 3253 号 16 頁。
43 民集 52 巻 3 号 853 頁。
39
9
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
「両請求間の密接な関連性」を国際裁判管轄の基準として採用したものと学説上位置づけられて
いる44。だが、同判決の枠組に従い請求間の密接関連性を考慮したと見受けられる下級審判決も
登場している一方で45、従来の下級審裁判例の定式に依拠する裁判例も依然として尐くないのが
現状である46。
知的財産関係の事例としては、国内特許権侵害訴訟において、日本国内で製品を製造・販売
する日本法人に加え、親会社である外国法人に対しても共同不法行為等を理由に訴えを提起し
た事例が 2 件あるが、うち 1 件ではそもそも主観的併合は問題とされず47、他の 1 件では、裁判所
は従来の主たる下級審裁判例の判断を踏襲し、「相被告に対する請求と当該被告に対する請求
との間に、固有必要的共同訴訟の関係ないしそれに類似する程度の強固な関連性があることが
認められる場合など、特に我が国の裁判所に国際裁判管轄を認めることが当事者間の公平、裁
判所の適正・迅速を期するという理念に合致する特段の事情が存する場合」にのみ主観的併合
が認められると判示して、請求を却下している48。
このように、我が国における主観的併合の取扱いは、現在のところ非常に限定的であるという
ことが出来る。
ヨーロッパにおいては、ブリュッセル条約では共同被告につき被告のうちの何れかの住所地の
裁判所に主観的併合を認めていたが(6 条 1 項)、ヨーロッパ司法裁判所の判決を受け49、ブリュッ
セルⅠ規則では「但し、請求原因を別々に判決すると生じ得る矛盾した解決を避けるために、同
時に審理して判決する利益があるような密接な関係によって請求同士が関連している場合に限
る。」という文言が追加された(6 条 1 項)50。そこで、知的財産紛争の場合に、「密接な関係によっ
44
安達栄司〔判批〕櫻田嘉章=道垣内正人『国際私法判例百選[新法対応補正版]』(有斐閣・
2007 年)174 頁、175 頁。
45 東京地判平成 16 年 10 月 25 日判タ 1185 号 310 頁(連帯保証債務の履行請求につき本請求
である保証行為の成立を前提とした)。
46 名古屋地判平成 15 年 12 月 26 日判時 1854 号 63 頁、東京地判平成 17 年 3 月 14 日判例
集未登載(平 16(ワ)10199 号)、東京地判平成 18 年 8 月 28 日判例集未登載(平 17(ワ)12472
号)(但し、専属管轄合意との関係で)、東京地判平成 20 年 4 月 11 日判タ 1276 号 332 頁。
47 東京地判平成 13 年 5 月 14 日判時 1754 号 148 頁(共同不法行為に関する立証が不十分で
あるとして訴え却下)。尚、結論に反対する者として、渡辺惺之「多国籍企業グループによる日本
特許権侵害とわが国の国際裁判管轄」L&T18 号(2003 年)20 頁。
48 東京地判平成 19 年 11 月 28 日判例集未登載。尚、髙部眞規子「渉外的著作権訴訟の論点」
野村豊弘・牧野利秋編『現代社会と著作権法【斎藤博先生御退職記念論集】』(弘文堂・2008 年)
125 頁、129 頁では、主観的「併合請求の裁判籍は、原則的には認められず、例外的に固有必要
的共同訴訟の場合や後に求償の問題が生じるような場合に限り、認められる余地があろう」と略
同様の見解が示されている。
49 ECJ Judgment of 27 September 1988, case 189/87, (Kalfelis/Schröder) [1988] ECR
5565.
50 “A person domiciled in a Member State may also be sued:
1. where he is one of a number of defendants, in the courts for the place where any one
of them is domiciled, provide the claims are so closely connected that it is expedient to
hear and determine them together to avoid the risk of irreconcilable judgments
resulting from separate proceedings:” (訳は、基本的に中西康訳「民事及び商事事件に関す
10
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
て請求同士が関連している場合」とは如何なる場合かが問題となる。
まず、各国裁判所は、複数の者による単一の知的財産権侵害が問題になる場合に請求間の
関係を認めて来た51。また、異なる国で成立している一連の知的財産権侵害が問題になる場合に
ついても、とりわけ同一のヨーロッパ特許から生じる複数の国の対応特許が問題となる場合、密
接な関係を認める裁判例が、とりわけオランダを中心に優勢であったとされる 52。このような立場
に対しては、これを支持する見解もあったものの53、ヨーロッパ特許が異なる国家法により規律さ
れる各国特許の束に過ぎないという権利独立の観点からの批判がなされた54。また、侵害行為の
96%が英国で行われているにも拘らず、英国法人の親会社とオランダ法人の子会社とに対する
ハーグ裁判所の併合管轄が認められる等、併合管轄の広範な利用が生じ、問題となった55。その
結果、オランダ裁判所が採用したのが、所謂「蜘蛛の巣の中の蜘蛛(spider in the web)」理論で
ある56。この理論に依れば、同一グループに属する複数の会社による侵害の場合、6 条 1 項によ
り管轄が認められるのは、オランダ居住の被告がこのグループの統括中心地(management
epicenter)である場合のみということになる。この理論は、ベルギー等においても受け入れられ、
また、学説上も、侵害者が同一のグループに属しており、侵害が単一の会社により指揮されてい
るという状況は、当該政策を命じる会社について管轄ある裁判所の併合管轄を十分に正当化す
るが、他方、命じられる方の会社について管轄ある裁判所の併合管轄は正当化しないというのは
合理的である、として、好感を持って迎えられた57。但し、何が蜘蛛に当たるかが各国抵触法の解
る裁判管轄及び裁判の執行に関する 2000 年 12 月 22 日の理事会規則(EC)44/2001(ブリュッ
セルⅠ規則)〔上〕」国際商事法務 30 巻 3 号(2002 年)311 頁、314 頁に依る。以下同様)
51 Pearce v Ove Arup Partnership Ltd and others, [1999] 1 All ER 769 (英蘭の著作権侵
害に基づく、英国人とロッテルダム市等に対する請求); Coin Controls Limited v. Suzo
International (UK) limited and Others, [1997] FSR 660, 672. その他、Abkco Music &
Records Inc v Music Collection International Limited and Another, [1995] EMLR 449
(英国で CD を製造販売する被告と共に、同被告に許諾を与えたデンマーク法人に対しても請求し
た事例。但し、国内英国法により判断)。James J. Fawcett/ Paul Torremans, Intellectual
Propert and Private International Law (Oxford, 1998), at 172; Marta Pertegás Sender,
Cross-Border Enforcement of Patent Rights (2002, Oxford), at 91;
Nuyts/Szchowska/Hatzimihail, supra note (30), at 14.
52 Sender, id., at 91. 但し、同一のヨーロッパ特許から生じた英国とオランダの特許権が二つの
異なる国家的権利であり、矛盾した判決が下される危険性がないとして併合を否定するのは、
Ford Dodge Animal Health Ltd and others v Akzo Nobel NV (patent) licensed to
Intervet International BV , [1998] FSR 222.
53 Sender, id., at 93.
54
G. O’Sullivan, “Cross-border jurisdiction in patent infringement proceedings”, [1996]
EIPR, 654, at 657.
Nuyts/Szchowska/Hatzimihail, supra note (30), at 18.
The Hague Court of Appeal, 23 April 1998, Expandable Grafts, Ethicon & Cordis
Europe v. Boston Scientific [1999] FSR 352. 邦語による同理論の紹介として、渡辺惺之「国
際的な知的財産権侵害訴訟の裁判管轄」大阪大学大学院法学研究科附属法政実務連携センタ
ー編『企業活動における知的財産』(大阪大学出版会・2006 年)231 頁、247 頁以下。
57 Nuyts/Szchowska/Hatzimihail, supra note (30), at 19; Cristina Gonzalez Beilfuss, “Is
There Any Web for the Spider? Jurisdiction over Co-defendants after Roche Nederland”,
55
56
11
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
釈により異なり得る以上、同理論を用いても EU 諸国の裁判所で管轄の抵触が生じる可能性があ
るという問題が指摘されてもいた58。
このような状況において、近時ヨーロッパ司法裁判所は、米国在住の欧州特許保有者がロッシ
ュグループの 9 つの会社に対しハーグ地裁に提起した侵害訴訟に関する先決判断において59、6
条 1 項が適用されるためには各請求が同一の法的・事実的状況の下でなされている必要がある
が、被告が異なり被疑侵害行為が異なる国でなされている以上同一の事実的状況がなく、また、
ヨーロッパ特許を通じて生じる各国特許権侵害については依然として各国法により判断されるた
め同一の法的状況もないとして、同一のヨーロッパ特許から通じて生じる各国特許権侵害につき、
6 条 1 項にいう「密接な関係によって請求同士が関連している場合」に該当しないとした。また、被
告会社が同一のグループに属し、同一の方法で行為を行っている場合であっても、矢張り同一の
法的状況にあるとは言えない上、そのような場合に併合を認めることは、裁判の健全な運営とい
う点からすれば、被告の予測可能性の減尐、Forum shopping の増大、本案前に実質審理をせ
ねばならなくなること、特許の有効性については専属管轄であるため全ての手続を併合すること
が認めないこと等の問題を孕み、利点よりもさらなるリスクを増大する要因となる、として、「蜘蛛
の巣の中の蜘蛛」理論を正面から退けた。
同判決は、ブリュッセル体制の下での国境を越えた知的財産権紛争の可能性を深刻に制限す
るものとして、学説上激しく批判されている60。また、マックスプランク研究所は、同判決を踏まえ、
ブリュッセルⅠ規則 6 条 1 項に「蜘蛛の巣の中の蜘蛛」理論を導入すべく、改正提案を行っている
61。
in Arnaud Nuyts (ed.), supra note (30), 79, at 85(同理論がフォーラムショッピングの可能性
を減尐させると共に、企業グループの現実とヨーロッパレヴェルの侵害とを処理しようとするもの
であるとするとする).
58 Sender, supra note (51), at 100-101.
59 Roche Nederland e.a. v. Primus, Case No. C-539/03 [2006] ECR I-6335.
60 Nuyts/Szchowska/Hatzimihail, supra note (30), at 31; Beilfuss, supra note (57), at
84-88; Michael Wilderspin, “La compétence juridictionnelle en matière de litiges
concernant la violation des droits de propriété intellectuelle - Les arrêts de la Cour de
justice dans les affaires C-4/03, GAT c. LUK et C-539/03, Roche Nederland c. Primus et
Goldberg”, Rev. crit. 2006. 777, at 794.
61 European Max-Plank Group for Conflict of Laws in Intellectual Property (CLIP),
“Exclusive Jurisdiction and Cross Border IP (Patent) Infringement: Suggestions for
Amendment of the Brussel I Regulation (20.12.2006), available at
http://www.ivir.nl/publications/eechoud/CLIP_Brussels_%20I.pdf (last visited, March 9,
2009). 6 条 1 項に、以下の規定を追加することを提案している。
“For the purposes of this provision, a risk of irreconcilable judgments exists in disputes
involving essentially the same legal and factual situation.
(i) A finding that disputes involve the same legal situation shall not be excluded by the
mere fact that different national laws are applicable to the separate proceedings,
provided that the applicable provisions of the relevant national laws are harmonised to
a considerable degree by Community legislation or an international convention
applicable in each of the proceedings.
(ii) Where the risk of irreconcilable judgments arises out of the fact that the defendants
12
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
③ 条約・立法案
現在まで公表されている条約・立法案においては、請求間に密接な関連性が存在する場合に
主観的併合を認めるものが多い。例えば、国際裁判管轄一般を対象とした前述の国際裁判管轄
研究会報告書、及び、法制審議会国際裁判管轄法制部会第 5 回会議においては、「訴訟の目的
である権利又は義務が数人について共通であるもの、又は同一の事実上及び法律上の原因に
基づくもの」につき、主観的併合を認めている62。また、ALI 原則においては、他の要件も課されて
いるものの、法廷地に居住する被告に対する請求と居住していない他の被告に対する請求とが
「非常に密接に関連しており、一貫しない判決が下されるリスクを回避するために併せて判断され
るべきである場合」に、複数の被告に対する人的管轄権が認められている63。さらに、2003 年の
engage in coordinated activities, the defendants may only be sued in the courts for the
place where the defendant coordinating the activities is domiciled. Where the activities
are coordinated by several defendants, all defendants can be sued in the courts for the
place where any one of the defendants coordinating the activities is domiciled.”
62 前掲注(22)72 頁以下。
「第 6 の 2 請求の主観的併合
1 異なる被告に対する複数の請求又は数人の原告からの請求であって、訴訟の目的である権利
又は義務が数人について共通であるもの、又は同一の事実上及び法律上の原因に基づくものに
ついては、その一の請求について日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるときは、他の請求
についても、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるものとする。
2 上記 1 の規律は、当該請求について、日本の法令によれば、日本の裁判所が専属的に管轄を
有するような管轄原因が外国にある場合には、適用しない。」
尚、同規定は、主観的併合は、被告にとっての不利益が大きいので、その国際裁判管轄は慎
重に考えるべきであり、尐なくとも、民事訴訟法 38 条前段の要件を充足する必要があるということ
を考慮したものであるとされている。また、法制審議会国際裁判管轄法制部会第 5 回会議では、
以下のような立法案が提示されている(http://www.moj.go.jp/SHINGI/090227-1-2.pdf)。
「数人からの又は数人に対する訴えで数個の請求をする場合において、日本の裁判所が一の請
求について管轄権を有する場合には、日本の裁判所が他の請求について管轄権を有しないとき
であっても、訴訟の目的である権利又は義務が数人について共通であるとき、又は同一の事実上
及び法律上の原因に基づくときは、その数人は、日本の裁判所に共同訴訟人として訴え、又は訴
えられることができるものとする。ただし、当該他の請求について、日本の法令によれば、日本の
裁判所の管轄に専属するような管轄の原因が外国にあるときは、この限りでないものとする。」
63 [§206. 複数の被告に対する人的管轄]
「(1) 被告の居住国で訴えを提起した原告は、当該被告に対する請求と居住していない他の被
告に対する請求とが非常に密接に関連しており一貫しない判決が下されるリスクを回避するため
に併せて判断されるべきであり、且つ以下の条件を充たす場合には、非居住の他の被告に対して
もまた当該国で訴訟手続を行うことが出来る。
(a)問題となっている法廷地の知的財産権とそれぞれの非居住の被告との間に、重要で
(substantial)、直接の、且つ予見可能な関連が存在する場合。または、
(b)法廷地と付加される被告が居住する国の中で、紛争全体につきより密接に関連する法廷地
が存在しない場合。
(2) 事後に下される判決が以下のような場合、一貫しない判決が下されるリスクがある。
(a)余分な責任を課す場合。
(b)ある事件における判決が他の事件における判決を妨げる(undermine)という点で抵触す
13
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
MPI 提案においても、請求間の密接関連性が要件の一つとされている(14 条 1 項(a))64。
但し、知的財産に関する立法案においては、請求間の密接な関連性以外に更なる限定をつけ
ているものがある。例えば、ALI 原則においては、法廷地知的財産権と共同被告間との予見可能
な関連性や65紛争全体につきより密接な関連を有する国の不存在 66を課しているし、2003 年の
MPI 提案においても、法廷地と法廷地に常居所を有しない被告に関する紛争との間に実質的な
関連(substantial connection)を要求している67。また、同一の対象に対し成立している各国の
知的財産権についての取扱いについても相違がある。すなわち、一方で、世界中で侵害効果を有
する行為を行うことを複数の被告が合意する事例68を念頭においている ALI 原則においては、各
国の異なる知的財産権が問題となっている場合においても、他の被告と法廷地との関連性・被告
間の協調した行動が立証されればこれを併合することを認めており69、また、2003 年の MPI 提案
る場合。
(c)当事者が双方の判決について調和した態度を採ることが出来ないという点で抵触する場
合。
(3)(1)は、§202 を充たす原告との排他的管轄合意を援用する共同被告人については適用され
ない。
(4)この節に基づいてある国で訴えが提起される場合、裁判所は、一貫しない判決が下されるリ
スクを創出するとされる活動から生じる侵害に関し、それが何処で起ころうとも 管轄を有す
る。」
また、前掲注(24)のシンポジウムにおける韓国案も、1 項(b)を除外しつつも、以下のように、基
本的に ALI 原則を採用した立法提案を行っている。
209 条 (主観的併合)
「① 共同被告の中で 1 人の被告の常居所地国の裁判所は、その被告に対する請求と他の共同
被告に対する請求間に密接な関連があるため、矛盾した裁判の危険を回避する必要があり、法
廷地の知的財産権とその他の共同被告間に実質的かつ直接的に予測可能な関連がある時には、
その国に常居所がない共同被告に対しても裁判管轄を持つ。
② 第 1 項の規定は原告と専属的管轄合意を行った共同被告に対しては適用しない。
③ 第 1 項の規定によっていかなる国の裁判所に訴が提起された場合、その国の裁判所は矛盾
した裁判の危険をもたらす行為から発生した全ての被害に対してその発生地に関係せず裁判管
轄を持つ。」
64 但し、国毎に権利が独立している知的財産権においては、厳密に解釈すれば、異なる国の知
的財産権が扱われている場合に一貫しない判決のリスクが生じるとは言えないことから、よりリベ
ラルな方法を採用すべきであるとされ、ALI 原則のように「一貫しない判決が下されるリスク」は
MPI 原則においては考慮されていない。Norrgård, supra note (37), at 51-52.
65 206 条 1 項(a)。尚、AIPPI, “Question Q174: Jurisdiction and applicable law in the case
of cross-border infringement (infringing acts) of intellectual property rights, Resolution”,
(2003, available at https://www.aippi.org/download/comitees/174/SR174English.pdf)
Article 1 [§3]も、外国でなされた知的財産権侵害に関する国際裁判管轄につき、法廷地裁判所
との十分な客観的関連性を求めている。
66 206 条 1 項(b)。
67 14 条 1 項(b)。Norrgård, supra note (37), at 51.
68 そこでは、ファイル共有サーヴィス、検索エンジン、多様なインターネットサーヴィスの提供(オ
ークション、テレビ及びラジオのストリーミング)等が例として挙げられている。
69 ALI, supra note (23), at 61-62, Illustration 165 (医療コンソーシアムによる世界中での医
療書類の不正利用に関する併合例); Reporters’ Notes 1 (「蜘蛛の巣の中の蜘蛛」の事例が念
14
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
でも、前述の要件に加え法廷地に常居所を有する被告が主たる侵害者であることを要件にその
併合を認めている70。これに対し、他の案においては、同一の知的財産権侵害に関する主観的併
合のみを念頭においているものも見られる71。
④ 本立法案に関するコメント
a) 主観的併合(2 項)
知的財産権侵害において、子会社や代理人が直接侵害行為を行い、外国親会社等がこれを
教唆・幇助する事例は尐なくなく、そのような場合に、関係当事者間において矛盾した判決を回避
し統一的な解決を図るために、同一の訴訟において同一の知的財産権侵害に関する関係当事者
に対する(又はからの)密接に関連した請求の審理を認めることには、実務上十分な意義があろう。
この点につき、これまでの我が国の裁判例は非常に抑制的であるが、前述のようにヨーロッパに
おいては主観的併合が当然視されており、より積極的に主観的併合を認めるべく立法により態度
を改める必要があろう。だが、主観的併合においては他国で応訴を強いられる共同被告の負担
は大きく、とりわけ直接的には日本と何ら関連を有しない共同被告に対する請求の併合は、場合
によっては共同被告の予測可能性を著しく害し、被告の防禦権を実質的に奪う結果ともなりかね
ない。そこで、直接侵害行為を行う者が外国会社の完全子会社や代理人で、当該外国親会社の
指示により行為を行う場合等、客観的に見て共同被告が日本での訴訟につき予見可能な場合に
のみ、限定的に主観的併合を認めるとこととした(2 項但書)72。
尚、専属管轄に関する事項を除外することに関しては、客観的併合において述べたことと同様
のことがここでも当てはまる。
b) 「蜘蛛の巣の中の蜘蛛(Spider in the web)」(3 項)
客観的併合に関する 1 項と、主観的併合に関する 2 項を組み合わせることにより、異なる国に
居住する複数の被告が、複数国の知的財産権のそれぞれにつき全て共同で侵害を行う場合もカ
ヴァーされることになる。すなわち、ある被告の普通裁判籍が日本にあるか日本が主たる侵害行
頭に置かれていることが明示されている).
70 14 条 1 項(c). Norrgård, supra note (37), at 51.
71 前掲注(24)のシンポジウムで提案された日本案 10 条。
「同一の知的財産権の侵害に関わった複数の者を被告とする場合、侵害の対象となった知的財
産権の保護国、直接の侵害行為を行った被告の住所地国、又は、主たる侵害者の住所地国の裁
判所に共同して訴えられる。」
同条は、複数の被告が共同して侵害が行われたと見られる場合、直接の侵害行為を行った被
告の他に、幇助、加功した者を共同して訴えるべきであり、間接侵害若しくは侵害幇助行為のみ
を独立して訴えることは出来ないという考え方に基づいており、証拠収集などの面でも統一的な
法廷地を認める合理性が大きいとされる。また、とりわけ、多国籍企業体による侵害行為の場合、
直接の侵害行為者ではないが、侵害の企画をした企業の本拠地にも管轄を認めるべきであるとさ
れる。但し、「蜘蛛の巣の中の蜘蛛」理論のように、同一の対象についての複数国での知的財産
権侵害を念頭に置いた規定ではないと解される。
72 これは、ALI 原則 206 条 1 項(a)の趣旨と略同様の要件である。
15
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
為地であり、且つ我が国での訴訟につき他の共同被告の予測可能性が肯定されるならば、共同
被告に対する複数国での知的財産権侵害に関する我が国の国際裁判管轄が肯定されることにな
る。
だが、国際的な知的財産紛争においては、さらにそれを越えて、事業本部からの統一的な指揮
命令の下、同一の企業グループに属する会社が異なる国で同一製品を販売すること等により、複
数国の知的財産権を個別的に侵害する状況についても対処する必要がある 73。この場合、各国
における独立した知的財産権に対し、独立した法人格を有する被告が侵害を行っており、厳密に
考えれば、法的には客観的併合にも主観的併合にも当てはまらない。だが、現実的には、同一の
企業グループにより対応する複数国の知的財産権侵害が行われており、客観的併合の場合と同
様、当事者間における紛争を一回の訴訟で解決するのが望ましいという事実状況が発生している
と言うことが出来る。
確かに、このような紛争に関する裁判例は我が国には未だ存在していないし、一般的に併合管
轄に抑制的であった我が国裁判例の態度からすれば、過剰管轄であると思われるかも知れない。
だが、前述のように、ヨーロッパにおいてはこのような紛争が各国裁判所でしばしば問題となって
おり、近い将来我が国においても問題となることが予想される。また、ALI 原則や 2003 年の MPI
提案においても、このような紛争に対処する規定の導入が主張されていることからしても、同種の
規定が必要であり国際的な基準からしても合理的な管轄として受け入れられていると言うことが
出来よう。
そこで、本立法案では、「蜘蛛の巣の中の蜘蛛」理論を正面から導入することにした 74。同理論
が客観的・主観的併合の結合のさらに延長上にある点からすれば、先ずは客観的併合、主観的
併合における個別の限定的要件が充たされる必要がある。すなわち、被告の普通裁判籍が我が
国にあるか又は主たる侵害が我が国において行われており、且つ、他の共同被告に関する予見
可能性が確保されていなければならない。その上で、侵害の対象となっている各国知的財産権間
の実質的関連性が要求される。実質的関連性という用語は、客観的併合に関する 1 項において
要求される密接関連性以上に狭い意味で用いている。すなわち、同一製品の製造・販売といった
侵害行為の同種性だけでは不十分であり、侵害の対象となっている各国の対応知的財産権の適
用範囲や内容が一定以上類似している場合75に初めて各知的財産権間の実質的関連性が充た
されることになる。このような限定的な要件が充たされる事例は、現状においてはヨーロッパ特許
等例外的な場合に限られるが、今後各国知的財産法の統一化が進展するに従って徐々に増加し
Norrgård, supra note (37), at 50, 52.
同理論を導入せず同様の結果を実現する手法として、法人格否認の法理に基づき共同被告
間の法人格を否定し被告の同一性を認めた上で、1 項により客観的併合を行うという方法も考え
られる。だが、国際裁判管轄において法人格否認の法理が我が国において極めて限定的に用い
られている現状を考えれば(例として、横浜地判平成 18 年 6 月 16 日判時 1941 号 124 頁)、現
実的にはそのような理論構成が採用されることは困難だろう。
75 Cf. CLIP, supra note (61), at 11.
73
74
16
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
ていくことになろう76。
三 保全管轄
【立法提案】
保全命令事件は、日本に本案の国際裁判管轄が認められるとき、又は仮に差し押さえるべき物
が日本に所在するとき、若しくは申立てが日本の知的財産権に基づくものであるときは、日本の
裁判所に国際裁判管轄が認められるものとする。
(1) 国際的な知的財産紛争において保全管轄が問題となる状況
国際的な知的財産紛争において、我が国の裁判所が、日本における保全処分だけではなく、
外国における侵害行為に対する保全処分の申立てについても我が国の国際裁判管轄を認める
べきか否かがここでの問題である。
(2) 現行法における保全管轄
① 日本
我が国においては、民事訴訟法の国内土地管轄規定の参照+特段の事情という最判平成 9
年 11 月 11 日77の示した判断枠組に基づき、国際裁判管轄における保全管轄についても民事保
全法 12 条78が参照され、本案について日本に管轄がある場合または保全すべき権利若しくは係
争物が日本に所在する場合には、特段の事情がない限り、国際裁判管轄が認められる79。但し、
本案管轄以外の管轄については、これを否定する見解や80、外国本案判決の我が国での執行可
76
実質法上の統一ではないが、二国間において、一方の国で特許となった出願について、他方
の国でその審査結果を参照しながら、早期審査を行う枠組である「特許審査ハイウェイ」(PPH)の
取組を近時我が国が進めていることにつき、参照、特許庁「多国間特許審査ハイウェイ会合の結
果について~「特許審査ハイウェイ」の取り組みを推進~」(平成 21 年 2 月 23 日)
http://www.jpo.go.jp/torikumi/kokusai/kokusai2/takokukanhighway-kekka.htm
(最終確認 2009 年 3 月 31 日)。
77 民集 51 巻 10 号 4055 頁。
78 「① 保全命令事件は、本案の管轄裁判所又は仮に差し押さえるべき物若しくは係争物の所
在地を管轄する地方裁判所が管轄する。
② 本案の訴えが民事訴訟法第 6 条第 1 項に規定する特許権等に関する訴え[特許権、実用新
案権、回路配置利用権又はプログラムの著作物についての著作者の権利に関する訴え]である
場合には、保全命令事件は、前項の規定にかかわらず、本案の管轄裁判所が管轄する。ただし、
仮に差し押さえるべき物又は係争物の所在地を管轄する地方裁判所が同条第 1 項各号に定める
裁判所であるときは、その裁判所もこれを管轄する。」
79 裁判例として、旭川地決平成 8 年 2 月 9 日判時 1610 号 106 頁、判タ 927 号 254 頁東京地
決平成 19 年 8 月 28 日判時 1991 号 89 頁、判タ 1272 号 282 頁。道垣内正人「保全訴訟の国
際裁判管轄」高桑昭=道垣内正人編『新・裁判実務体系 3 国際民事訴訟法(財産法関係)』(青
林書院・2002 年)399 頁、小林秀之「国際民事保全法序説-国際民事保全法の理論的構築に向
けて-」上智法学論集 38 巻 1 号(1994 年)33 頁。
80 林順碧〔判批〕ジュリ 460 号 136 頁。
17
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
能性を考慮する見解81もある82。
ところで、そもそも外国での行為に関し不作為を命ずる仮処分は、現行法上認められているの
だろうか。学説上は、これまで国内での行為に対する仮処分を中心に議論がなされており83、この
点について言及した論稿は尐い。その中で、債務者が仮処分命令に違反した場合に一定額の金
銭の支払いを命ずる旨を仮処分命令の主文に付加することにより、執行保全の目的を間接的に
達することが出来、実効性が確保されるということから、これを認める見解があり、注目に値する
84。
裁判例において、外国での行為に対し不作為を命じる仮処分の可否が問題となった事例は見
当たらないが、保全処分に限らず我が国裁判所が外国での行為に対する不作為を命じた事例と
しては、大阪地裁平成 12 年 11 月 6 日85がある。日本企業の会社更生手続が行われる中で、更
生債権者が NY 連邦地裁に提起した債権の取立訴訟につき、更生管財人が日本の裁判所に更
生計画遂行命令として米国訴訟の差止を申立てた事件において、裁判所は、「更生債権者は、日
本国内及び日本国外において、当裁判所が・・・認可した本件更生計画によらずして更生会社か
ら債権の弁済を受け、又は債権の弁済を受けるために訴訟提起その他の行為をしてはならない」
という命令を下している86。また、公正取引委員会の審決ではあるが、外国事業者の私的独占行
為に対し、我が国独禁法を適用した事例である公取委平成 10 年 9 月 3 日審決87においても、被
告であるカナダ法人に対し、我が国において事業活動を行っていないベルギー法人に対する通知
が命じられている。従って、一般的に言えば、我が国手続法上、外国での行為を対象とした差止
命令は下されているのであり、保全処分においてもそのような命令が認められない理由はないと
考えられる。
但し、知的財産については、属地主義の原則との関係が別途問題となる。米国特許権に基づ
く我が国における行為の差止・廃棄請求が問題となった最判平成 14 年 9 月 26 日[カードリーダー
事件]
88では、属地主義の原則に基づき当該差止・廃棄請求が認められなかった89。属地主義の
前掲旭川地決平成 8 年 2 月 9 日。
学説の状況につき、道垣内・前掲注(79)。
83 例えば。中村也寸志「不作為を命ずる仮処分命令と国際裁判管轄」判タ 798 号(1993 年)43
頁。
84 長谷部由紀子「保全の必要と被保全権利の存在」高桑=道垣内編・前掲注(79)406 頁、411
頁。尚、保全処分として外国訴訟差止めが可能であるかという文脈でこれを否定する見解として、
古田啓昌『国際訴訟競合』(信山社・1997 年)96 頁以下。但し、そこでは外国訴訟差止めの性質
が問題とされているのであり、我が国の裁判所がそもそも外国での私人の行為を差止める権限
があるか否かが問題とされているわけではない。
85 山本=山本=坂井編『国際倒産法制の新展開-理論と実務-』金融・商事判例 1112 号
(2001 年)53 頁以下。
86 同判決に好意的な評価をするものとして、渡辺惺之「外国訴訟差止命令-日本の裁判所は命
令できるか-」松井=木棚=薬師寺=山形編『グローバル化する世界と法の課題』(東信堂・
2006 年)229 頁、244 頁以下。
87 判例集未登載。本件につき、拙稿〔判批〕ジュリ 1177 号(2000 年)208 頁。
88 民集 56 巻 7 号 1551 頁。
81
82
18
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
原則に基づく同判決からすれば、尐くとも日本の知的財産権が被保全権利となっている場合には、
相手方の国外での行為を差止めることは不可能ということになろう。だが他方で、外国の知的財
産権が被保全権利となっている場合には、相手方の当該外国での行為を差止めることは、同判
決においても認められていると解される90。
② 各国の状況
ブリュッセルⅠ規則の下では、本案管轄を有する裁判所の他、31 条により91、如何なる締約国
の裁判所においても、当該締約国法が認める限りで保全措置の請求が認められている92。31 条
の下で、域外的保全措置が認められるか否かについては争われており、現在でも未解決の問題
であるとされているが93、EU 各国においては、90 年代のオランダ裁判所による事前手続におけ
る域外的差止命令を皮切りに94、ドイツ、ベルギーにおいても命じられるようになっている95。
尚、特許無効の抗弁との関係で近時ヨーロッパ司法裁判所において下された GAT v. LUK 判
決96以降も、無効の抗弁が暫定的措置には影響を与えることはないと考えられている97。他方、主
観的併合に関する前述の Roche 判決の影響は本案管轄の範囲を限定するという点で、暫定的手
89
「しかし、我が国は、特許権について前記属地主義の原則を採用しており、これによれば、各国
の特許権は当該国の領域内においてのみ効力を有するにもかかわらず、本件米国特許権に基
づき我が国における行為の差止め等を認めることは、本件米国特許権の効力をその領域外であ
る我が国に及ぼすのと実質的に同一の結果を生ずることになって、我が国の採る属地主義の原
則に反するものであり、また、我が国とアメリカ合衆国との間で互いに相手国の特許権の効力を
自国においても認めるべき旨を定めた条約も存しないから、本件米国特許権侵害を積極的に誘
導する行為を我が国で行ったことに米国特許法を適用した結果我が国内での行為の差止め又は
我が国内にある物の廃棄を命ずることは、我が国の特許法秩序の基本理念と相いれないという
べきである。」
90 米国差止請求権の不存在請求につき米国特許法を適用して判断した、東京地判平成 15 年 10
月 16 日判時 1429 号 80 頁、判タ 769 号 280 頁〔サンゴ砂事件〕参照。反対、髙部眞規子「特許
権侵害訴訟と国際裁判管轄」中山信弘編『知的財産法と現代社会-牧野利秋判事退官記念』
(信山社・1999 年)125 頁、136 頁(裁判所の権限が空間的にその国の領域に制限されていること
から疑問であるとする)。
91 「他の締約国の裁判所が本案について管轄を有する場合でも、締約国法が定める保全措置は
この締約国の裁判所に請求することが出来る。」
92 概要につき、的場朝子「欧州司法裁判所による保全命令関連判断-ブリュッセル条約 24 条
(規則 31 条)の解釈」神戸法学雑誌 58 巻 2 号(2008 年)99 頁。
93 Katarzyna Szychowska, “Jurisdiction to Grant Provisional and Protective Measures
in Intellectual Property Matters”, in Nuyts, supra note (30), 207, at 227.
94 Cf. Heleen Bertrams, “Das grenzüberschreitende Verletzungsverbot im
niederländischen Patentrecht”, GRUR Int. 1995. 193.
95 Nuyts/Szchowska/Hatzimihail, supra note (30), at 9-13. 邦語による紹介として、片山英
二「ヨーロッパにおけるクロスボーダー・インジャンクション」中山編・前掲注(90)265 頁、
Guntram Rahn「ヨーロッパにおけるクロスボーダー特許侵害訴訟の最近の動向」AIPPI48 巻
11 号(2003 年)852 頁。
96 Case No. C-4/03 [2006] I-6523. 邦語による紹介として、安達栄司「国際的専属裁判管轄の
規定は特許侵害訴訟にも適用されるか」国際商事法務 35 巻 6 号(2007 年)844 頁。
97 Katarzyna Szychowska, supra note (93), at 217.
19
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
続にも及ぶとされる98。
(3) 条約・立法案
現在まで公表されている条約・立法案において、保全管轄について規定しているものとしては、
まず、1999 年にハーグ国際私法会議特別委員会において採択された「民事及び商事に関する裁
判管轄権及び外国判決に関する条約案」13 条がある99。同条約案は、国際裁判管轄一般につい
てのものであるが、そこでは、本案裁判所の保全管轄が認められると共に、財産所在地国裁判所
の当該財産についての保全管轄が認められ、さらに、他の裁判所についても、その目的が本案
請求権を暫定的に保全するものである限りにおいて、領域内に限って保全処分を行うことが認め
られていた。尚、13 条 1 項において域外的効力を有する保全処分を行うことも可能であると解さ
れていた100。
知的財産紛争に関するものとしては、ALI 原則が、暫定的措置及び保全的措置につき、本案
管轄を有する裁判所と共に、知的財産権が登録されているか又は有体財産が所在している国の
裁判所に管轄を認めている101。但し、後者により認められる保全措置の効力は法廷地領域内に
限定される102。また、2003 年の MPI 提案では、本案管轄を有する裁判所に域外的効力を有する
Szychowska, id., at 220.
「1 第 3 条から前条までの規定により本案について管轄権を有する裁判所は、保全処分を命
ずる管轄権を有する。
2 財産が所在する国の裁判所は、当該財産について保全処分を命ずる管轄権を有する。
3 前二項による管轄権を有さない締約国の裁判所は、次のすべてを満たす場合には保全処分を
命ずることができる。
a) 保全処分の執行がその国の領域内に限定されていること
b) 保全処分の目的が係属中又は申立人が申し立てる本案の請求権を暫定的に保全するも
のであること。」(訳は、道垣内正人編著『ハーグ国際裁判管轄条約』(商事法務・2009 年)50 頁
に依る。以下同様)。
100 ピーター・ナイ=ファウスト・ポカール(道垣内正人・織田有基子訳)「民事及び商事に関する国
際裁判管轄権及び外国判決の効力に関する特別委員会報告書」道垣内編・同上 152 頁。
101 [§214 暫定的措置及び保全的措置]
「(1)裁判所は本原則の§201 乃至 207、及び、§221 乃至 223 に規定する権限と合致する暫定的
措置若しくは保全的措置を命ずる管轄権を有する。
(2)知的財産権が登録されているか、若しくは、有体財産が所在している国の裁判所は、当該財
産に係る暫定的措置若しくは保全的措置を命ずる管轄権を有する。当該措置の効力は法廷地国
の領域内に限定される。
(3)移動中の物の保管もしくは管理(custody or control)をしている者は、当該物が一時的に所在
している国の法によっては侵害者とならない場合であっても、真の所有権者が確定され、手続に
参加するまで、当該物の一時的な留置命令を求める訴えの相手方となり得る。」
102 この限定は、ALI/UNIDROIT Principle of Transnational Civil Procedure, Principle
2.3 に依拠したものである。ALI, supra note (23), at 90.
尚、前掲注(24)のシンポジウムにおける韓国案も、以下のように ALI 原則と略同様の規定を
提案する。
211 条 (臨時的処分)
「① 第 201 条ないし第 209 条の規定によって本案に対し国際裁判管轄を持つ裁判所は当該本
98
99
20
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
措置も含め保全管轄が認められ、また、他の裁判所には、当該国の領域内にその執行が限定さ
れる限りにおいて保全処分が認められている103。
(4) 本立法案に関するコメント
まず、そもそも外国における保全措置を我が国裁判所が命じることに何処まで意義があるの
だろうか104。情報の時間的価値は高く、現実に行われている侵害行為を可能な限り早い段階で
差し止める実務上の要請は、知的財産紛争においては一般的にも非常に高いと言えるが105、イ
ンターネット上での侵害等複数国での侵害が益々容易になりつつある現在、一国の裁判所で複
数国の知的財産権侵害を出来る限り早く差し止める必要性は一段と高まっていると考えられる。
被疑侵害行為の差止めを命じる保全処分は、内容上本案での差止命令と異ならず、大きな影響
力を持っており106、保全処分が下されたこと自体により当事者間で紛争の解決がなされることも
尐くないだろう。また、我が国保全命令が外国において承認される可能性もあることを考えれば107、
矢張り域外的保全処分を我が国裁判所が行うことに実務上の意義があると言えるだろう。そこで、
国際的な知的財産紛争に関し、外国における行為に関する差止めの可能性を含め、保全管轄の
規定を導入することは十分有意義であると言える。保全措置の必要性等は、管轄の問題とは区
別して、事案に応じて個別具体的に判断されるべきであろう108。
権利独立の原則を維持し、また義務履行地や不法行為地管轄を柔軟に認める本立法案の立
場において、本案管轄以外にも保全管轄を認める必要がどこまであるかは問題であろう。とりわ
け、前述のように保全処分の効果と本案において下される救済が類似している場合には、本案管
轄とのバランスにも留意する必要がある 109。だが、当事者間に外国裁判所を指定する管轄合意
や仲裁手続のため仲裁合意が存在する場合や、日本の知的財産権侵害をも対象とした外国にお
ける訴訟係属の場合のように、我が国の知的財産権に関する請求が問題となっていても、必ずし
も我が国における審理が認められない場合もある。そのような場合においては、本案における審
理が出来ないとしても、保全処分を命じる必要性が認められることもあるだろう。また、我が国に
案に関する臨時的処分を行うことができる。
② 知的財産権登録国、または有体財産所在地国の裁判所は当該知的財産権、または有体財
産に関して当該領土に限って効力を及ぼす臨時的処分を行うことができる。」
尚、2 項における効力の限定は、管轄の根拠が属地性の強い知的財産の登録又は有体財産の
所在であることに求められている。
103 Norrgård, supra note (37), at 42.
104 Cf. Norrgård, supra note (37), at 38.
105 ALI, supra note (23), at 90.
106 Norrgård, supra note (37), at 41.
107 道垣内・前掲注(79)400 頁。尚、ブリュッセル条約を前提にした事例ではあるが、英国のマレ
ーバインジャンクションの効力を承認したフランスの事例として、Civ. 1re, 30 juin 2004, Rev. crit.
2004. 815, note H. Muir Watt, Clunet 2005. 112, note G. Cuniberti.
108 外国で既に保全命令の申立てがなされている場合の問題も、矢張り必要性の問題として考慮
されるべきであろう。
109 Norrgård, supra note (37), at 36, 41.
21
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
所在する財産に関する仮差押が問題となる場合については、知的財産に関する紛争であるとして
も、通常の国際民事紛争の場合と特に別の管轄基準を導入する必要はない。このような考えから、
本立法案においても、本案管轄が我が国裁判所に認められる場合以外についても、保全管轄を
認めることにした。但し、知的財産という無体物の所在地を擬制する場合に生じる不明確さ 110を
避けるため、「係争物の所在地」ではなく、「申立てが日本の知的財産権に基づくとき」とした。「仮
に差し押さえるべき物」に基づく管轄はそのまま残している。
最後に、保全命令の効力範囲は、本案における差止命令の範囲を超えるものではない。そこで、
知的財産権侵害に基づく保全命令の場合、通常は問題となる知的財産権が発生した国の領域に
その効力は限定されよう。但し、”Market Impact Rule”を採用する本立法案の下では、ある外
国において明らかに特定国市場を対象とした製品の製造が行われているといった例外的場合に
は、その効力は当該外国での実施行為にまで及ぶことになる111。また、ユビキタス侵害について
は、権利独立の原則を採用しないことを本立法案では提唱している。この場合には、ウェッブサイ
トの削除等、ユビキタス侵害の源となっている被疑侵害行為を対象とした保全命令が、国境に影
響されない形で下されることになろう。
尚、本立法案においては、登録型の知的財産権侵害訴訟につき無効の抗弁が本案に関する
日本の国際裁判管轄を失わせるという見解を採用しなかったが、仮に採用した場合であっても、
迅速性が求められ、外国知的財産権の有効性について決定的な評価を行うものではない保全管
轄においては、そのような無効の抗弁により管轄を妨げられることはないと考えるべきであろう112。
従って、そのような場合には、「前項において、当該知的財産権に関する無効の主張は、保全命
令事件に関する国際裁判管轄には関らないものとする。」といった規定を置くべきであろう。
四 国際的訴訟競合
【立法提案】
1 日本の裁判所における請求と同一の原因又は密接に関連する請求に基づく訴訟が外国裁判
所において係属している場合、主たる義務が当該外国において履行されるべきであったとき、又
は、主たる事実が当該外国において生じたか生じるべきときは、特段の事情がない限り、訴えを
却下するものとする。
2 前項において、裁判所は、外国での訴えが却下されるか又は外国判決が確定するまで、或い
は自らが定める合理的期間の間、訴訟を中止することが出来る。
3 請求の基礎となる知的財産権の有効性に関する手続が外国国家機関において進行している
場合、裁判所は、外国手続が終局的に判断を下す時まで、又は、自らが定める合理的期間の間、
訴訟を中止することが出来る。
4 前 3 項において、裁判所は、却下・中止の判断やその後の審理に関し、外国裁判所と直接に
110
111
112
Norrgård, supra note (37), at 41.
小島報告〔設例 1〕及び〔設例 2〕に関するコメントを参照。
Szychowska, supra note (93), at 217 及びそこに挙げられた裁判例参照。
22
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
連絡し、又は直接に情報提供を求めることが出来る。
(1) 国際的な知的財産紛争において国際的訴訟競合が問題となる状況
各国裁判所が自国の知的財産権に関する請求だけではなく、外国知的財産権に関する請求
についても審理を行う場合には、通常の国際民事紛争同様、同一の紛争に関して複数国の裁判
所に訴えが提起される可能性がある。国際的な知的財産紛争に関する国際的訴訟競合につき、
どのような判断枠組を採用すべきかがここでの問題である。
(2) 現行法における国際的訴訟競合
① 日本
我が国においては、外国で係属する訴訟を「特段の事情」による具体的判断の一要素として捉
える「特段の事情」説113と、先行する外国訴訟に基づく判決が将来我が国で承認されることが予
測される場合に我が国での後訴を却下する承認予測説114、さらに国際的訴訟競合を訴えの利益
の問題として考慮すべきであるとする説115が対立する。裁判例は、最初は外国の訴訟係属を全く
考慮しない態度を示していたが116、その後はこれを一定程度考慮している。その際には、明確に
承認予測説を採用した事例もないわけではないものの 117、「特段の事情」説に依拠したものが多
い118。
113
石黒一憲『国際民事紛争処理の深層』(日本評論社・1992 年)101 頁以下。
道垣内正人「国際的訴訟競合(5・完)」法学協会雑誌 100 巻 4 号(1983 年)722 頁以下等。
115 渡辺惺之「国際的二重訴訟論-訴えの利益による処理試論-」判例民事訴訟法の理論(下)
(1995 年)475 頁以下。
116 東京地判昭和 30 年 12 月 23 日下民集 6 巻 12 号 127 頁、東京高判昭和 31 年 7 月 18 日
下民集 8 巻 7 号 1282 頁、大阪地中判昭和 48 年 10 月 9 日判時 728 号 76 頁。
117 東京家判平成 17 年 3 月 31 日判例集未登載(中国人間の離婚及び親権者指定等請求)。「一
般に、外国離婚判決についても民事訴訟法 118 条の適用を肯定すべきものと解されるところ、民
事訴訟法 118 条が一定の要件のもとに外国判決の国内的効力を承認するものとした趣旨を考慮
し、国際的な二重起訴の場合にも、先行する外国訴訟についての本案判決がされてそれが確定
に至ることが相当の確実性をもって予測され、かつ、その判決が日本国において承認される可能
性があるときは、判決の矛盾抵触の防止、当事者の公平、裁判の適正、迅速、さらには訴訟経済
の観点から、二重起訴の上記規定の趣旨を類推して、後訴を不適法とすべきものと解される。」と
した。但し、控訴審判決たる東京高判平成 17 年 9 月 14 日判例集未登載は、「中国における判決
が確定しておらず、直ちに判決が出るといった状況にもないこと、X 及び Y は、いずれも日本に住
所を有し、日本国の永住者としての在留資格を有すること等にかんがみれば、X の日本における
裁判を受ける権利を奪ってまで、例外的に民事訴訟法 142 条を類推適用して本件訴訟を国際的
二重起訴に該当すると解することはできない」として破棄差戻しを命じている。その他、位置づけ
が分かれるものの、一般論において承認予測に言及した事例として、東京地中判平成元年 5 月
30 日判時 1348 号 91 頁。
118 東京地判昭和 59 年 2 月 15 日判時 1135 号 70 頁、東京地判昭和 62 年 6 月 23 日判タ 639
号 253 頁・判時 1240 号 27 頁、東京地中間判平成元年 6 月 19 日判タ 703 号 246 頁、東京地
判平成 3 年 1 月 29 日判時 1390 号 98 頁、静岡地浜松支平成 3 年 7 月 15 日判時 1401 号 98
頁、東京地判平成 10 年 11 月 27 日判タ 1037 号 235 頁、東京地判平成 16 年 1 月 30 日判時
114
23
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
知的財産関紛争に関する事例としては、前述の円谷プロ事件がある。この事件では、X が、Y
他 3 名を相手方として提起した、「本件契約書が偽造であることを理由に、本件著作物についての
X の著作権を侵害する行為があるとしてその差止めや損害賠償等を求めるタイ訴訟」の存在が問
題となった。二審判決は、「本件訴訟と同様の争点について争っている」ことを理由に、タイ訴訟の
存在を我が国の国際裁判管轄を否定する「特段の事情」の一要素として考慮したのに対し119、最
高裁は、「本件訴訟とタイ訴訟の請求の内容は同一ではなく、訴訟物が異なるのであるから、タイ
訴訟の争点の一つが本件著作物についての独占的利用権の有無であり、これが本件訴訟の争
点と共通するところがあるとしても、本件訴訟について Y を我が国の裁判権に服させることが当事
者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反するものということはできない。その他、
本件訴訟について我が国の裁判所の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情があるとは認めら
れない」と判示した120。同判決が「特段の事情」説を採用したものと位置づける評釈もあるが121、
従来の「特段の事情」説が弾力的判断を重視し訴訟物の同一性等を特に問題としないのに対し
122 、本判決は、承認予測説と同じく、本件訴訟とタイ訴訟の訴訟物が同一であるか否かという判
断を重視している。この点を考慮すれば、同判決は、外国での訴訟係属が国内訴訟において考
慮されるためには、まずもって訴訟物の同一性が要求されることを示した判決として位置付けられ、
同一である場合にどのように考慮されるかについては何ら判断をしなかったものと考えられる123。
② 各国の状況
ブリュッセルⅠ規則の下では、「同一当事者間の同一の対象及び同一の原因の訴えが、異なる
構成国の裁判所に係属するときは、後に訴えが係属した裁判所は、職権に基づき、先に訴えが係
属した裁判所の管轄が確定されるまで、手続を中止しなければならない」とされ(27 条 1 項)、先に
訴えが係属した裁判所の管轄が確定したときには、後に訴えが係属した裁判所は訴えを却下す
る(同 2 項)。また、関連する訴えが異なる構成国の裁判所に係属しているときには、後に訴えが
係属した裁判所は手続を中止することが出来る(28 条 1 項)124。
但し、知的財産紛争に関しては、特許権の有効性に関する専属管轄規定の射程との関係で、
上記の規定が機能しない場合も見受けられる。例えば、オランダにおける英蘭特許権侵害訴訟に
おける被告のうち同一グループの 5 社が、オランダ法人を相手としてオランダ訴訟差止命令を求
めた英国の事例である Ford Dodge Animal Health Ltd and others v Akzo Nobel NV
1854 号 51 頁、東京地判平成 19 年 3 月 20 日判時 1974 号 156 頁。尚、判断理由が不明である
ものとして、東京地判平成 11 年 1 月 28 日判タ 1046 号 273 頁。
119 東京高判平成 12 年 3 月 6 日民集 55 巻 4 号 778 頁、792 頁。
120 最判平成 13 年 6 月 8 日民集 55 巻 4 号 727 頁。
121 小林秀之〔判批〕判例評論 518 号(2002 年)176 頁。
122 石黒・前掲注(113)110 頁以下。
123 以上、拙稿・前掲注(9)2106 頁。
124 尚、関連する訴えとは、「相互の訴えが密接に関連するため、別々に判決がなされたならば矛
盾する解決が生じるのを避けるために、同時に審理され判決されることに利益を有するようなも
の」をいう。28 条 3 項。
24
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
(patent) licensed to Intervet International BV125
においては、英国特許権侵害が英国特
許権の有効性と密接に結びついていることを理由に、オランダにおける侵害訴訟の存在にも関ら
ず、英国裁判所は英国の排他的管轄を認めている。
一方、国際的訴訟競合の問題を主として Forum non conveniens の法理により判断する英米
法系では126、知的財産紛争に関しそれぞれの国の訴訟において異なる国の知的財産権が問題
となる場合、Forum non conveniens の法理を用いることに慎重な態度を示している国もある。例
えば、オーストラリア裁判所におけるオーストラリア法に基づく著作権の帰属確認請求に対し、同
事件被告が米国裁判所において米国法に基づく著作権の帰属確認請求を行いつつ、Forum
non conveniens を理由にオーストラリア裁判所において中止請求を行ったオーストラリアの事例
である TS Production LLC v. Drew Pictures Pty Ltd127においては、共通の事実関係、ま
た、”copyright”という権利に関する共通の表現にも拘らず、米豪二つの手続の性質は異なるとし
て、裁判所は中止を認めなかった。このように、各国知的財産権の独立性を考慮して、同様の事
実関係に基づく紛争であっても、外国での係属している訴訟との調整を行わない事例が存在す
る。
(3) 条約・立法案
現在まで公表されている条約・立法案においては、国際的訴訟競合に関し何らかの調整を図る
必要があるという認識は共有されているものの、国際的訴訟競合につき明確な指針を示している
ものはあまり多くはない。例えば、国際裁判管轄研究会報告書では、外国に同一の訴えに係る訴
訟が既に係属している場合に、一定の要件の下に、日本訴訟を却下乃至中止出来るものとする
とされているが128、そこでは、従来の議論が参照された上で、尚検討を要するとされるに留まって
125
Supra note (52).
米国につき、古田・前掲注(84)19 頁以下。より一般的には、Arnaud Nutys, L’exception de
forum non conveniens: Étude de droit international privé comparé (Bruylant, 2003).
126
[2008] FCAFC 194 (19 December 2008). 概要については、Conflict of Laws. net,
“ Forum non conveniens, anti-suit injunctions, and concurrent US and Australian
copyright proceedings”, available at
http://conflictoflaws.net/2009/forum-non-conveniens-anti-suit-injunctions-and-concurre
nt-us-and-australian-copyright-proceedings/.
128 国際裁判管轄研究会・前掲注(22)78 頁以下。
「第 7 の 2 国際訴訟競合に関する規律
1 日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる管轄原因が存する場合であっても、外国に同一
の訴えに係る訴訟が既に係属している場合には、一定の要件の下に、日本の裁判所に係属して
いる訴訟について、訴えの却下をすることができるものとする。
2 [甲案]
日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる管轄原因が存する場合であっても、外国に同一
の訴えに係る訴訟が既に係属している場合には、一定の要件の下に、日本の裁判所に係属して
いる訴訟について、訴訟手続の中止をすることができるものとし、当該中止決定に対しては、独立
の不服申立てを認めるものとする。
[乙案]
特段の規定は設けないものとする。」
127
25
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
いる129。1999 年のハーグ国際裁判管轄案においては、基本的には受訴の先後に基づいた承認
予測説を採用しているが、2 番目の受訴裁判所が明らかにより適切な裁判地の場合や、最初の
受訴裁判所での訴えにおいて債務不存在確認請求がなされた場合等一定の例外を認めている
(21 条)130。
また、国際的な知的財産紛争に関する条約・立法案においては、国際的訴訟競合につきブリュ
ッセル規則Ⅰに準じた時間の先後による調整を基礎とし、知的財産権の有効性等の判断に関す
る権利付与国の国際裁判管轄の優先性を考慮した立法案もあるが131、そもそも国際的な管轄集
同上・79 頁。尚、法制審議会国際裁判管轄法制部会第 5 回会議では、国際的訴訟競合の問
題が扱われているものの、具体的な立法提案には至っていない。
130「1 同一の当事者が異なる締約国の裁判所において訴訟を行い、かつ、求める請求にもかか
わらず、当該手続が同一の訴訟原因に基づくものである場合において、最初の受訴裁判所が管
轄権を有し、かつその裁判所が 2 番目の受訴裁判所の国においてこの条約に基づき承認するこ
とができる判決をすることが予想されるときには、2 番目の受訴裁判所は、手続を停止しなければ
ならない。ただし、2 番目の受訴裁判所が第 4 条又は第 12 条により専属的な管轄権を有する場
合はこの限りでない。
2...
3 最初の受訴裁判所の原告が本案についての裁判を得るために必要な手続をとらない場合又
はその裁判所が合理的な期間内に本案についての裁判をしない場合には、2 番目の受訴裁判所
は、当事者の申立てにより、事件の審理を進めることができる。
4...
5...
6 最初の受訴裁判所での訴えにおいて、原告が被告に対して債務を負っていないことの確認を
求めている場合において、2 番目の受訴裁判所に実質的な救済を求める訴えが提起されたとき
は、
a) 前各項の規定は、当該 2 番目の受訴裁判所に適用しない。
b) 2 番目の受訴裁判所がこの条約に基づき承認することができる裁判をすることが予想される
ときは、最初の受訴裁判所は、当事者の申立てにより、手続を中止しなければならない。
7 最初の受訴裁判所が、当事者の申立てにより、2 番目の受訴裁判所が次条に定める条件に基
づき紛争を解決するのに明らかにより適切であると決定する場合には、本条の規定は適用しな
い。」
131 前掲注(24)のシンポジウムにおける日本案 12 条(競合訴訟の調整)。
「(1) 二重訴訟
a 案 通常の二重訴訟と同じく先係属訴訟優先となる規定をおく
b 案 知的財産権の「権利範囲」が争点となる訴訟に関しては、時間の先後とは関係なく知的財産
の権利付与国が優先的管轄を有する。
(2) 無効訴訟と権利侵害訴訟
知的財産権の登録、無効、取消に関わる訴えが権利付与国に提起された場合、これらを前提的
な争点に含む訴訟は、権利付与国における判断が確定するまで、手続を中止する。」
尚、以下の韓国案 210 条(国際的訴訟競合)は、関連請求に関しても国際訴訟競合と看做す等、
ALI 原則をも若干参照しつつも、基本的には承認予測説に立ったものと位置付けられる。
「① 同一な当事者間で互いに異なる国の裁判所に訴訟が係属しており、その訴訟が請求された
救済手段と関係なく同一、或いは一連の取引、または侵害行為から始まった関連請求である時に
は、第 1 受訴裁判所が優先的に管轄権を行使する。
② 第 1 受訴裁判所が当該事件に対し裁判管轄を持ち、かつ第 2 受訴裁判所に係属された請求
に対しても併合審理等によって第 2 受訴裁判所の国で承認される裁判を下すと予想される時には、
129
26
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
中(請求の併合)という抜本的な提案をするものもある。すなわち、ALI 原則は、異なる国の裁判
所において同一又は一連の取引乃至出来事に関する訴訟に携わる当事者の申立てにより、裁判
所に、却下、協力命令、手続集中の命令、協力及び手続集中の組み合わせの命令の何れかの
調整を行うことを認めているのである132。ある国の裁判所が調整手続きを行っている間、他国の
裁判所は、当該裁判所の判断を待って手続を中止しなければならない133。
このように、国際的訴訟競合に関する条約・立法案は、多くの点で異なっている。
(4) 本立法案に関するコメント
外国知的財産権に基づく侵害訴訟を審理することが多くの国で受け入れられている現状にお
いては、同一の契約や事実に基づいた訴訟が複数国の裁判所で生じる可能性が高く、裁判所間
で調整する必要が高いことは明らかである。だが一方、そのような調整に関する国際条約が存在
しない現状を前提にすれば、各国が受け入れるべきモデル案を提示する ALI 原則と異なり、我が
国国内法についての立法提案を行う本報告の姿勢からは、一国の立法では実現の望めない国
際的な手続集中を採用することは困難であろう134。そこで、基本的には国際的訴訟競合に関し一
定の要件の下に我が国における訴訟を却下・中止するという方法が合理的であるように思われる。
とは言え、国際的訴訟競合における判断やその後の審理に関し、外国裁判所と直接連絡したり
情報提供を求めたりする等の形で裁判所間での協力を行うことは、国内法においても可能であり
有益であろう135。とりわけ、知的財産紛争については、この分野を専門とする裁判所間の国際的
第 2 受訴裁判所は訴訟を中止しなければならない。但し、第 2 受訴裁判所の国が管轄合意や専
属裁判管轄を持つ国である時にはそうではない。
③ 第 2 受訴裁判所は承認要件を満たす第 1 受訴裁判所の裁判が提出されれば直ちに訴えを却
下しなければならない。
④ 第 1 受訴裁判所の原告が本案裁判に至るため必要な手続を取らないか、或いは第 1 受訴裁
判所が本案裁判を合理的な期間内にしない時には、当事者の申請によって第 2 受訴裁判所は訴
訟を進行することができる。
⑤ 第 1 受訴裁判所に提起された訴が、義務不存在確認の訴として被告が本案に関する最初の
陳述、または答弁を行う前に履行の訴が第 2 受訴裁判所に提起された時には、第 1 受訴裁判所
の優先的管轄権は否認されており、むしろ第 2 受訴裁判所が裁判管轄を持って第 1 受訴裁判所
の国で承認される裁判を下すと予想される時には、第 1 受訴裁判所は訴訟を中止しなければなら
ない。
⑥ 本条を適用することにおいて以下の時期に裁判所に訴訟が係属されることとして見なす。
1. 手続を開始する書面、またはそれに相当する書面が裁判所に提出された時。但し原告が
その後、書類を被告に送達するための措置を行わない場合にはそうではない。
2. 前号の書類が裁判所に提出される時に送達されなければならない場合には、書類が送
達担当機関に受付された時。但し、原告がその後、書類を裁判所に提出するための措置を行わ
ない場合にはそうではない。」
132 ALI, supra note (23), §221-223.
133 ALI, id., §223 (1).
134 尚、言語の障壁や異なる法的背景から ALI プロジェクトのアプローチにつき実現可能性の問
題を指摘する者として、Kur, supra note (37), at 25.
135 Cf. ALI, id., at 103 (Comment d.).
27
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
な交流の進展を考えれば136、一般の国際民事紛争に比しこのような協力の実現可能性はより高
いように思われる。そこで、本立法案においては、UNCITRAL 国際倒産モデル法 25 条 2 項を参
考に137、4 項で外国裁判所との間の協力の可能性を開くこととした。
国際的訴訟競合の調整手段としては、訴訟係属の先後という時間的観点からの方法、いずれ
がより適切な訴訟地かという空間的観点からの方法とがある。我が国裁判例の主流である従来
の「特段の事情」説は後者の立場であるが、この方法によれば具体的妥当性はある程度確保出
来るものの、当事者の予測可能性が全く成り立たないという欠点がある。他方、間接管轄が一応
認められるとしても、我が国裁判所に比し請求との関連が低い外国裁判所を、先に訴えが提起さ
れたことのみを理由に常に優先することにもまた問題があるように思われる。本立法案では、併
合管轄との整合性という観点を重視し、紛争全体とより密接に関連する裁判所において複数の請
求が一括して判断されるのが望ましいと考えることから、訴訟の先後よりも、いずれか適切な訴訟
地かを重視する方法を採用した。すなわち、本立法案では、同一の請求原因に基づく訴訟が係属
する外国において、主たる義務が履行されるべきであった場合、又は、主たる事実が生じたか生
じるべき場合には、当該外国における訴訟が日本における原告の裁判を受ける権利を事実上又
は法律上侵害するような特段の事情がない限り138、我が国での訴えを却下することを提案してい
る139。尚、紛争当事者における武器平等という観点からすれば、1999 年のハーグ国際裁判管轄
条約案のように、債務不存在確認請求訴訟を侵害訴訟等に常に务後させる理由はないと考えら
れる。
また、調整する訴訟における請求の範囲、とりわけ、異なる国の知的財産権に関する訴訟をど
のように扱うかが問題となる。この点については、併合管轄により同一訴訟において扱うことが可
能な請求の範囲を国際的訴訟競合と看做す範囲と考えるべきであろう140。すなわち、各請求間に
密接関連性がある場合に、異なる国の知的財産権についても客観的併合を認める本立法案の立
場からすれば、ここでも異なる国の知的財産権が問題となっているとしても、請求間に密接な関連
がある場合には、国際的訴訟競合と看做すことになろう。また、主観的併合や「蜘蛛の巣の中の
蜘蛛」理論の場合にも同様の考え方が当てはまろう。従って、併合管轄を広く認める本立法案に
おいては、国際的訴訟競合における調整も広範に行われることになる。
136
我が国知財高裁の外国裁判所との交流につき、参照、
http://www.ip.courts.go.jp/documents/thes_03.html (最終確認 2009 年 3 月 31 日)。
137 「裁判所は、外国裁判所又は外国管財人と直接に連絡し、又は直接に情報提供若しくは援助
を求めることができる。」(訳は山本和彦『国際倒産法制』(商事法務・2002 年)301 頁に依る)。尚、
このモデル法に依拠したとされる我が国の外国倒産処理手続の承認援助に関する法律は、同条
を採用していない。その根拠につき、山本・同上 398 頁以下。内外管財人同士の協力で十分だと
考えられたようである。
138 例えば、我が国の方が当該外国よりも、併合管轄を認める請求の範囲が広い場合、我が国
において併合管轄が認められるが当該外国においては認められない請求について我が国での訴
えを却下すると、当該請求に関し国際的な裁判拒絶が発生することになる。
139 尚、原被告逆転型国際的訴訟競合の場合も考慮すれば、普通裁判籍による優先务後の判断
は、国際的訴訟競合においては望ましくないように思われる。
140 前掲注(131)における韓国案参照。
28
併合管轄・保全管轄・国際的訴訟競合(横溝)
尚、前述の場合において、訴えを却下するのではなく外国訴訟の帰趨が明らかになるまで国内
訴訟を中止することも考えられる。各国訴訟の審理期間が大きく異なる点、また、訴訟の遅延や
二重の手続に関する当事者の訴訟費用等を考慮すれば、中止規定を導入することなく、一般的
規律に従い却下か訴訟遂行かを決定することも一応考えられる 141。だが、当該外国裁判所が未
だ本案審理に入っておらず却下される可能性もある場合や、間もなく下される外国判決につき我
が国での承認の可否が明らかではない場合等、中止の方が訴え却下よりも有益な場合もあり得
よう。そこで、本立法案では、訴訟遅延に関する歯止めとして合理的期間の設定を加えつつ、裁
判所に中止権限をも認めることにした。
さらに、我が国裁判所において外国知的財産権に関する侵害に基づく訴えが提起され、当該
外国知的財産権の有効性に関する手続が外国国家機関で行われている場合、どのように処理す
るかという点が問題となる。国内訴訟においては、侵害訴訟と無効審判手続が並行して行われる
場合の調整規定としては、審決確定まで訴訟手続の中止を認める特許法 168 条 2 項があるが142、
迅速処理の要請もあり殆ど使われていないようである143。国際訴訟においても、矢張り紛争解決
の迅速性は重要であるが、他方、国毎に矛盾した法律関係が発生するのを出来るだけ回避する
ことも重要であり、ここでも、矢張り中止に関する規定を導入している。
尚、専属管轄に関する事項に関する請求等については、客観的併合において述べたことがここ
でも当てはまるだろう。
五 結語
以上、併合管轄、保全管轄、国際的訴訟競合に関する立法案を示した。国際的な知的財産紛
争を一回の訴訟で解決するという要請を、日本法との整合性を保ちつつ出来る限り実現するとい
う観点から、一方で、国際的な知的財産紛争に関する併合管轄に関する基準を従来に比べかな
りの程度広げると共に、他方で、国際的訴訟競合と看做す範囲をも拡大し外国訴訟との調整を広
範に図ることでバランスを取る、というのが本立法案の基本的構造となっている。このように我が
国が併合管轄を広く認めることは、間接管轄の基準を緩和するという意味で、外国判決の承認執
行をも促進することに繋がるだろう。その意味においても国際的な知的財産紛争の実効的な解決
に貢献すると考える。
141
国際的訴訟競合一般につき、中止よりも却下の方が望ましいとするものとして、Pierre
Mayer, “Le phénomène de la coordination des ordres juridiques étatiques en droit privé”,
Recuil des cours, tome 327 (2007), 9, at 299.
142 「訴えの提起又は仮差押命令若しくは仮処分命令の申立てがあった場合において、必要があ
ると認めるときは、裁判所は、審決が確定するまでその訴訟手続を中止することができる。」
143 髙部眞規子「特許法 104 条の 3 を考える」知的財産法政策学研究 11 号(2006 年)123 頁、
134 頁以下。
29