Title 成人学習支援者に関する一考察 : さまざまな状況におけ る学習支援

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成人学習支援者に関する一考察 : さまざまな状況におけ
る学習支援者( fulltext )
倉持, 伸江
東京学芸大学紀要. 総合教育科学系, 60: 19-26
2009/2/27
URL
http://hdl.handle.net/2309/95618
Publisher
東京学芸大学紀要出版委員会
Rights
東京学芸大学紀要 総合教育科学系 60: 19 - 26,2009.
成人学習支援者に関する一考察
── さまざまな状況における学習支援者 ──
倉 持 伸 江*
教育学講座生涯教育分野
(2008 年 9 月 26 日受理)
はじめに
のではないか。
本稿では,学習支援の状況や教える分野・内容,役割
成人が様々な学習場面へ参加する機会が増えてきてい
は違っても,成人の学習を支援する人々には成人の学習
る。公民館や生涯学習センターといった社会教育関連施
のプロセスを支援することに関する共通の専門的な力が
設はもとより,教育委員会以外の各種行政機関,さらに
求められるのではないかという問題意識のもと,専門職
は民間の各種機関・団体等が,営利・非営利を問わず,成
としての成人学習支援者の実践的な力量形成について探
人を対象とした講座を数多く企画し,多様な学習機会を
る研究 1)の一部として,どのような状況で活動している
提供している。成人の学習機会は社会教育・生涯学習の
人々が成人学習支援者として考えられるのか,これまで
分野のみならず,NPO やボランティアが活動の一環とし
あいまいであった成人学習の領域を整理することを目的
て成人の学習を組織したり,看護教育など専門教育の分
としている。
野や大学などの高等教育機関でも社会人学生が増えてい
まず,欧米の成人教育研究では成人学習支援者の範
るように,ますます多様に広がってきている。
囲をどのようにとらえているのかについて見た上で,わ
成人の学びがフォーマル・ノンフォーマルを問わずさ
が国において成人学習支援者としてとらえることができ
まざまな状況で活発に展開してくるにしたがい,成人の
る人びとについて考える。社会教育・生涯学習に関わる
学習プロセスを支援する役割も,多様な人々が担うよう
職である社会教育主事(主事補)や生涯学習関連の行
になってきている。しかし,成人学習の領域は実態とし
政職員,高等教育機関における社会人学生を教える教員,
て広がってきている一方で,自分たちが関わっている活
健康に関わる職である看護師,保健師,栄養士といった
動を「成人の学習」という視点で,また自らを「成人学
人々,企業・ビジネスの領域における人材育成・企業内
習支援者」として自覚的にとらえている人は多くはない。
教育担当者など,成人の学習を支援するさまざまな状況
その理由として,例えば,教える知識や技術といった内
における人びとが,成人学習支援者としてとらえること
容領域の専門性が重要視され,成人の学習を支援すると
ができるということを示したい 2)。
いう現場における力量については関心がはらわれてこな
1.欧米における成人学習支援者
かったためということなどが考えられる。しかし,学習
社会実現に向けて,成人の学習者を対象とした学習支援,
さらには成人学習者ならではの特性を活かした学習プロ
わが国において,成人学習の支援にあたる職としてそ
セスの支援を考える必要があるのではないだろうか。そ
の役割を論じられてきたのは,社会教育主事をはじめと
して,そのための実践的な力量をどのように形成するの
する行政職員としての社会教育・生涯学習関連職員であ
かについて検討する必要があるのではないだろうか。少
り,60年代以降,その専門性について活発に議論されて
なくとも成人学習支援と成人学習支援者という考え方が
きた。社会教育主事を中心とする社会教育・生涯学習関
どこまで成り立ちうるかという問いを立てる意味はある
係職員の専門性の内実として認識されてきたのは成人学
* 東京学芸大学(184-8501 小金井市貫井北町 4-1-1)
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 60 集(2009)
習の「組織者」としての役割であり,特定の内容領域の
いての記述と,イギリス,ドイツにおける成人教育職員
専門性をもたない,という考え方が中心になっている 3)。
の範囲について書かれたものをまとめたものが表 1 であ
成人の学習を組織する社会教育主事・生涯学習関連職
る 5)。いずれにおいても,多様な領域,職業にわたる人々
員の範囲については,社会教育主事を中心に限定的に論
があげられ,成人学習支援者の範囲がより広くとらえら
じられてきたが,80年代以降,生涯学習概念の浸透と共
れている。欧米では成人教育成立の歴史から,内容領域
に,社会教育・生涯学習に関わる学習支援者,職員,指
を教える役割である教育者や講師にあたる人びとに関心
導者の範囲も次第に広く考えられるようになってきてい
が向けられてきた背景があるが,なぜ教える立場,役割,
る 4)。しかし,成人の学習を支援するという視点から,
分野,領域が異なっても,
「成人学習」あるいは「成人
職員,講師,支援者,指導者といった人びとを包括的に
学習支援者」としてとらえられているのだろうか。
とらえる視点はまだあまり見られない。
アンドラゴジー論を提唱したことで有名なノールズは,
欧米の成人教育研究では,成人の学習とはどのような
「自分を成人教育者だと認識している人よりもはるかに
範囲でとらえられ,成人学習支援者とはどのような人た
多くの人が成人教育者である。もし『成人教育者』が,
ちと考えられているのだろうか。北アメリカ(アメリカ,
成人の学習を援助する何らかの責任のある人をさすので
カナダ)における成人教育学研究者であるM.ノールズ,
あれば,この国の何と多くの人びとにこの称号が与えら
P.クラントン,J.アップスによる成人教育者の範囲につ
れることになるだろう」6)と述べ,しかし「これら広範
表1 欧米における成人学習支援者
成人学習支援者(成人教育者・成人教育職員)の定義と範囲
ノールズ:アメリカ
(Knowles, 1980)
クラントン:カナダ
(Cranton, 1996)
イギリス
(上杉,2002)
ドイツ
(三輪,2002)
「成人の学習を援助する何らかの責任のある人」
。
―ウィメンズ・クラブ,メンズ・クラブ,奉仕団体,宗教家の団体,PTA,専門職団体,市民クラブ,
労働組合,職能団体,農業者組合などのボランタリーな団体の数十万のプログラム担当者,教育担当
者,ディスカッション・リーダーたち。
―産業界,政府,社会的機関の数万の経営者,訓練担当者,監督者,職工長など。
―公立学校,大学,図書館,産業学校などの教育機関における数千の教師,運営者,グループ・リー
ダーなど。
―新聞,雑誌,ラジオ,テレビなどのマス・メディアの教育部門における数百のプログラム責任者,作
家,編集者たち。
―成人教育の仕事のためにとくに訓練を受け,それを一生の仕事とする数多くの常勤の専門的成人教育
者たち。
「インフォーマルな場面であれフォーマルな場面であれ,学習活動の指導,助言,支援,組織化のいず
れかにかかわる者のこと」
。
①大学―大学教員
②カレッジ―カレッジの教員
③ビジネスと産業―企業における人材開発担当者,トレーナー,訓練担当者,管理職やリーダー
④健康にかかわる専門職―医療・看護・歯科医療,歯科衛生など健康にかかわる専門職の教育者
⑤コミュニティ教育―学校,教会,YMCA,YWCA,教育委員会・カレッジ・大学が夜間に提供するさ
まざまなコースなどにおける教育者
⑥インフォーマルな場面―コミュニティ開発,任意団体,コミュニティ活動,インフォーマルなグルー
プ学習,自助グループ,ディスカッション・グループ,公民権運動,フェミニスト・グループ,エコ
ロジー運動などのリーダー,オーガナイザー,議長
さらに,成人教育者や教育者の能力開発を受けもつ能力開発担当者も
何らかの教科や主題についての教師として,成人教育のコースで教えるチューターを務め,その経験を
積んだ後に,成人教育機関の長,あるいはオーガナイザーとして,事業の企画・立案,プログラムの作
成,チューターの選定等にあたる人。大学の構外教育部(成人教育部,継続教育部)
,成人教育機関,
労働者教育協会,継続教育カレッジ,コミュニティカレッジ,成人教育センターなどでフルタイム,あ
るいはパートタイムで働く人々。
加えて,刑務所や軍隊で教育に当たる人,看護師の教育に従事する人,職業教育に当たる人,健康教
育を担当する人。公務員もいればボランタリーな団体の職員も
市民大学,家庭教育施設,寄宿制市民大学,労働組合教育センター,職業教育センター,夜間ギムナ
ジウム,カトリック・プロテスタント両教会の教育活動などきわめて幅の広い分野で教育活動を担当す
る職員
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倉持 : 成人学習支援者に関する一考察
囲の人びとのうちで比較的わずかの者が,より正確に定
また,教える知識・教科領域の専門性や学習のどのプ
義された『成人教育者』としての役割を担っていると自
ロセスでどのような役割を担うかにかかわらず,実践に
覚している」7)と指摘している。その理由は,こうした
おいて成人学習の取り組みに関わる専門性を,成人学習
人びとにとって,一定期間内に特定の作業をすることや,
支援者は有しているものとしてとらえたい。ここで言う
特定の会社の特定の部門とのつながりや,教える教科の
専門性とはある分野や領域の一般的・不変的で専門特
方が重視されているからだという。
化した知識において成り立つ伝統的なものではなく,成
カナダの成人教育学者であるクラントンも,成人学習
人の学習を支援するという実践に基礎をおく専門職であ
支援者を多岐に広がるものとしてとらえているが,ノー
る。道具的知識や技術ではなく,実践知と行為の中の省
ルズが指摘したのと同様に,多くの実際に現場で成人
察に専門性をとらえる考え方は,D.ショーンによる省
の学習を支援している人びとは,自分自身のことを成人
察的実践論 11)の提起をうけ,成人教育学の中でも重要
教育者としては考えていないし,成人教育者になるため
視されてきている 12)。
の準備をしていないと指摘する。
「たいていの教育者は,
成人学習支援者の分類の仕方について,木全は,M.ガ
成人教育に専門職もしくは学問としてのアイデンティ
ルブレイス,B.ゼレナックによる成人教育実践者および
ティをもつというよりも,むしろ,自分の教科領域や,
職員の類型を,わが国の社会教育・生涯学習関連職員と
自分が教える学生たちや,自分が仕事をしている組織の
実践者に引きつけて整理し,次の 3 分類を示している。
タイプ,さらにはコンピュータ技術といったような自分
第 1 に専門性からみた類型で,計画者・教育者あるいは
が用いる手段のほうにアイデンティティをもっている」8)
管理運営者・教師・カウンセラー・政策立案者と分ける
のである。
方法である。第 2 に職務分担の程度から分類する方法で,
しかし重要なのは,これまであげてきたような職業あ
成人教育を担う層をボランティア,職務の一部,本来の
るいは立場の人びとが取り組んでいる仕事には「他の成
職務の 3 つに分類している。第 3 に,有給職と無給ボラ
人がより能力を発揮できるように支援するという点にお
ンティア,常勤と非常勤,専門と専門外に分ける方法で
いて,共通の要素があるということ」9)である。成人に
ある 13)。また,クラントンは,成人教育の一般的な状況
は子どもとは異なる特性(経験や自己決定性など)があ
とさまざまな状況における教育者について「大学」
「カ
り,それに配慮した,あるいはその特性をいかした学習
レッジ」
「ビジネスと産業」
「健康にかかわる専門職」
「コ
支援のあり方が求められるのではないだろうか 10)。そし
ミュニティ教育」
「インフォーマルな場面」という 6 つに
てそのための力量形成の取り組みも多領域にわたる成人
整理している。
学習支援者の「おとなの学び」として,共に議論し,展
本稿では,これらの分類を参考に,
「社会教育・生涯
開していくことができるのではないだろうか。
学習に関する学習支援者」
「高等教育機関における教員・
職員」
「健康に関する専門職」
「ビジネス・企業において
2.日本における成人学習支援者
人材育成に関わる人びと」
「能力開発担当者」の 5 つに
整理した。各領域の成人学習支援者の雇用形態は,専
次に,日本における成人学習支援者について考えてみ
任・兼任,常勤・非常勤・嘱託,正規雇用・パートタイ
たい。
ム・ボランティアなどさまざまである。
成人学習支援者とは,成人が取り組む学習の計画,実
施,評価の各プロセス,あるいはプロセスを通して何ら
かの形でおとなの学習に関わる人のことを意味し,組織
2.1.社会教育・生涯学習に関する学習支援者
(1)社会教育・生涯学習部局や施設の職員
者,企画・立案者,管理者,教授者,講師,コーディ
わが国において,成人学習の場としてまず考えられる
ネーター,ファシリテーターなどの役割を担っている。
のが社会教育の分野である。
「学校の教育過程として行
欧米ではこうした人びとを「成人教育者」と呼ぶことが
われる教育活動を除き,主として青少年及び成人に対し
多いが,日本語で「教育者」というと一定の教科を教え
て行われる組織的な教育活動」
(社会教育法 第1章第2
る「教師」という意味で受け取られたり,教師主導型,
条)である社会教育における専門職としてあげられるの
知識提供型の学習スタイルのイメージを喚起したりして
が,社会教育主事(補)
,司書(補)
,学芸員(補)であ
しまう。ここでは教師決定型,学習者決定型,相互決定
り,これらは社会教育専門職員として法律で規定されて
型などの学習−教授のタイプや関係性にかかわらず,成
いる。これらの職業は,成人を中心とする市民の学習を
人の学習のいずれかのプロセスになんらかの役割で関わ
専門的に支援する役割と考えられている。特に社会教育
る人びとを指して「成人学習支援者」と表現している。
主事は,養成過程においても成人の学習,成人学習支援
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 60 集(2009)
について学んでおり,職務の重要な一部として成人学習
なっている。また大学改革,教育改革の一環として「大
支援者の役割が求められているといえるだろう。
学開放」政策が進められてきている。一方成人学習者に
社会教育の現場において,成人の学習を支援している
とっても,自分の仕事に役立てる専門的な知識や技術を
のは,社会教育施設で働く職員,すなわち公民館主事・
習得するため,資格を取得するため,教養のため,余暇
職員,博物館職員,図書館職員,各種社会教育・生涯
を活用するため,といったさまざまな理由で大学を利用
学習施設で勤務する指導員などである。さらに,行政職
する人びとが増えてきている。成人が大学で学ぶ機会と
員ではないが,指定管理者制度の導入後,社会教育・生
して,社会人入試・社会人編入学で大学・大学院の正規
涯学習施設の施設管理・運営を財団や民間に委託する場
の学生として入学する場合,通信教育部で学ぶ場合,夜
合も増加してきており,そういった場合,委託を受けた
間部・夜間コースで学ぶ場合,科目等履修生・聴講生と
財団法人職員,民間団体職員,民間企業職員が講座を企
して学ぶ場合,公開講座・オープンカレッジを受講する
画したり,学習施設の管理・運営をしたり,学習相談を
場合などがある。近年においては,専門職大学院も成人
行ったり,というような成人学習支援を行っている。
の学習場面として注目を集めている。
これまでは特別な存在だった「社会人学生」や「社会
(2)生涯学習関連の行政職員
人院生」は今後ますます増加することが予想されるが,
生涯学習の部局以外,例えば学校教育,福祉,保健,
それに伴って,大学における教員の指導や職員の対応に
男女共同参画,まちづくり,市民活動などの部署や施設
ついても検討する必要があるだろう。現代における成人
の職員で市民や職員を対象に講座や研修などの学習活動
の重要な学習機会として,高等教育は位置づけられてき
を計画・実施する人びとも成人学習支援者と言える。
ているものの,高等教育機関においてスタッフ,すなわち
教員や職員が成人学習者をどのように支援するのかにつ
(3)社会教育・生涯学習に関する教育者
いて検討はほとんどなされていない。大学の教員や職員
生涯学習の分野で計画される講座や学習会など組織
は自分たちを「成人学習支援者」として考えるどころか,
的な学習における講師や,ファシリテーター,コーディ
既存の大学の知のあり方,学び方のスタイル,アカデミ
ネーターと呼ばれる人びとも,成人の学習の支援者であ
ズムに成人学習者が適応することを求める傾向にあるが,
る。こうした役割は,専門家や技術者などある内容領域
「大学では,社会人の学生を入学させたり,公開講座の
の専門的な技術や知識を持っている人が担っていること
受講生を迎え入れたりした結果,これまでとはちがった
が多い。
対応を探らなければならなくなっている」14)のである。
なおフォーマルな成人学習機会における学習支援者と
して,成人を対象とした,あるいは成人が参加する学校,
(4)生涯学習関連の民間営利組織・個人
カルチャーセンター,通信教育,教育コンサルタント
例えば日本語学校,夜間中学校などの教員・職員もここ
など民間の成人を対象とした教育機会を提供する営利を
に含めておきたい。
目的とした組織や施設で働く人びとも成人学習支援者で
2.3.健康に関する専門職
ある。
健康に関する専門職,すなわち保健師,栄養士,看護
士,作業療法士などは,住民,あるいは患者が健康問題
(5)生涯学習関連の非営利組織・個人
自主的な組織や市民団体,NPO,地域のリーダーで仲
の予防や治療のために自分自身の健康について学ぶのを
間の学習を支援する人々,ボランティアで地域の学習の
支援する成人学習支援者であるととらえることができる。
支援を行う人々も多い。
また,そういった健康に関する専門職の養成や研修に関
わる人々もまた,成人学習支援者であると言えるだろう。
2.2.高等教育機関における教員・職員
松下は,保健師・栄養士の仕事は住民に健康に関する
高等教育機関とは,大学,大学院,短期大学,高等
自己管理能力を身につけてもらうことであると述べてい
専門学校(4 年生以上)
,専修学校専門課程を指す。高
る 15)。健康に関する自己管理能力とは,本人の主体的な
等教育と成人学習の研究は社会教育の分野で大学開放
学習によって成り立つため,保健師・栄養士の役割は,
の視点から検討が積み重ねられてきている。少子・高齢
従来の衛生教育のように「指導する側」としての自分た
化の進行による18歳人口の減少の中で,高等教育機関,
ちと「指導される側」である住民とを区別するのではな
特に大学は存続の危機にさらされており,必然的に成人
く,人々の主体的な学習を支えるところにあると論じて
をあらたな学習者層として取り込むことは重要な課題に
いる。保健師・栄養士の専門性を住民の主体的な学習を
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倉持 : 成人学習支援者に関する一考察
支える学習支援者として位置づけることは,住民の問題
が集まっていたとは言えないと筆者は考える」21)として,
を把握して解決方法を与え指導するという発想の変換を
アメリカの成人教育学の文献を参考に挙げるなど,この
求める。成人である住民の主体的な学びを支える役割を
視点の重要性が指摘されている。
強調する松下の考え方は多くの意欲的な保健師・栄養士
の支持を得ている。こうしたとらえ方は,保健師・栄養
2.5.能力開発担当者
士を成人学習支援者として見る考え方として受け取るこ
最後に取り上げる能力開発者とは,企業や大学での能
とができるだろう。
力開発担当者,成人学習支援者,教育者の能力開発を受
看護の分野でも成人学習論への関心は高まってきて
けもつ,
「トレーナーのトレーナー」
,成人学習支援者の
いる。成人学習支援者向けに書かれたP.クラントンの著
学習支援者にあたる人びとのことである。また,さまざ
書『おとなの学びを拓く―自己決定と意識変容をめざし
まな対人援助職の人々が,お互いの実践の省察をとおし
て』16)は「看護教育の分野で基本書に指定されて読者を
て学び,専門職としての力量形成を支えあうという意味
ふやして」17)いること,また雑誌『看護教育』18)で「お
においては,それぞれが成人学習支援者であるとも言え
となの学びを支援する」という特集が組まれていること
る。このように考えると,お互いの実践のふり返りによっ
からも,その関心をうかがい知ることができる。看護教
て学び合っている学校教員,ユースワーカーなども,職
員,看護継続教育担当者など健康に関する専門職の養成
務においては青少年の学習支援を行っているが,成人学
や研修などに携わる人びとが,成人学習支援者としての
習支援者の視点でとらえることができるのではないだろ
力量を必要としていると考えることができるのではない
うか。
だろうか。
まとめ
2.4.ビジネス・企業において人材育成に関わる人びと
企業内教育,人材育成,社員教育を担当する人びと,
本稿では,さまざまな状況において成人の学習を支
すなわちビジネスにおける組織内のあるいは組織の構成
援する人びとを,成人学習支援者として整理した。日本
員を対象とした教育担当者,人材育成担当者や職業訓練
においても実態としてはさまざまな領域の人びとが成人
担当者,キャリア開発担当者,教育サービス事業者など
の学習に支援者としてたずさわっていることが明らかに
は成人学習支援者ととらえることができるだろう。
なった。
企業内教育においては,
「大学や教育サービス事業者
成人学習支援者を幅広い領域,分野における成人の学
などから社外専門家やプロ講師を招くこともあるが,一
習を支援する専門職としてとらえ,その力量形成を考え
般に社内人材(社員)が講師を勤めることが多い」19)と
るとき重要な 2 つのポイントがあるように思う。それは,
いう。しかし,各部門で好業績を挙げている好業績者
「省察的実践者としての成人学習支援者」と「学習者と
や専門知識をもって活躍している業務専門家は必ずしも
しての成人学習支援者」という視点である。
「省察的実
「
『教えることのプロフェッショナル』ではないことに注
践者としての成人学習支援者」とは実践知を重視し,自
意する必要がある」20)。また,OJT
など職場での教育に
分自身の実践をふり返ることで実践の理論を構成,再構
関してはほとんどの場合上司や先輩が教えることになり,
成していくということであり,
「学習者としての成人学習
そういった意味では,マネジャー,リーダー,管理職の
支援者」とは成人学習者は自分の実践について学ぶ,あ
人びとも成人学習支援者としての役割が求められるとい
るいは教えることについて学ぶ学習者であることを意識
えるだろう。近年注目されている「コーチング」の手法
するということである。こうした視点からの研究・実践
などは,そうしたニーズの高まりを示しているといえる。
が今後ますます必要となっていくのではないだろうか。
しかし,この分野においても,成人学習支援者という視
点からの検討はほとんどされていないようである。中原
注
は,人材育成の領域について「少しでも関係するような
研究を集めていくと,膨大な数の先行研究をレビューす
1 )成人学習支援のための実践的な力量形成については倉持伸
る必要がある」が,それはこうした研究が「さまざまな
江「成人教育者の力量形成におけるふり返り(reflection)の
領域に散在し」
,
「そこで生み出されている概念が非常に
意味−その理論的検討」日本社会教育学会『日本社会教育
混乱している」からであると述べている。その注の中で,
学会紀要』No.39,2003年,pp13-22および倉持伸江「成人教
「成人(大人)の学習を対象とした教育研究領域も存在
育者の実践的な力量形成の方法に関する一考察 ―ふり返り
する。が,その社会的意義に比べ,これまで十分な関心
(リフレクション)に着目して―」お茶の水女子大学大学院
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 60 集(2009)
人間文化研究科『お茶の水女子大学21世紀 COE プログラム
「誕生から死までの人間発達科学」平成14年度公募研究成果
9 )M.ノールズ,前掲,p.10
10)成人学習者の特性を活かした支援についての検討について
論文集』2003年,pp.65-72の中で検討している。
は,倉持伸江「成人の学習支援におけるファシリテーター論
2 )なお,ここに取り上げなかった職業や立場,役割の人々を成
−アメリカの研究動向をふまえた一考察−」お茶の水女子大
人学習支援者から除外するものではない。むしろ,成人学習
学大学院人間文化研究科『人間文化論叢』第5巻,2003年,
pp.419-428を参照。
の領域は潜在的にまだまだ広がりがあると考えている。ここ
では,現在,成人学習の視点から検討がなされている,ある
11)省察的実践者としての成人学習支援者についての検討は,倉
いはなされようとしている状況を整理した。
持伸江「成人教育者の力量形成におけるふり返り(reflection)
3 )倉持伸江「社会教育・生涯学習関係職員の研修のあり方に
の意味−その理論的検討」日本社会教育学会『日本社会教
育学会紀要』No.39 2003年,pp13-22を参照。
ついて−成人学習者支援の見地から」お茶の水女子大学修
士論文,2001年を参照。
12)近年,アメリカにおいては成人教育者の専門職化が進められ
4)
「生涯学習政策の推進と行政改革を背景として,一般行政部
ている。
「セルベロ(R.Cervero)は,成人教育は,自らの実
局が住民向けの講座を開催することが増加している。社会教
践の価値と哲学を反映した専門職化のモデルを見つける努力
育施設の財団法人化により,嘱託職員や非常勤職員が増加
をすべきであり,伝統的な専門職化のモデルを避けて,その
しており,さらに自治体の常勤職員である社会教育職員が数
領域の権威主義的な前提を問題とし,専門職へ過度に依存
年という短期間で移動するため嘱託職員,非常勤職員の方が
しない方向へ行くべきであると述べている」
(赤尾勝己,
「ア
社会教育の現場に長期的に勤務する傾向がある。また NPO
メリカにおける成人教育関連職員の研修−大学院プログラム
をはじめとする教育・文化団体の活動の活発化にともない,
を中心に」大槻宏樹編著『21世紀の生涯学習関係職員の展
自治体職員ではない者の活動が重要性を増していると考えら
望―養成・任採用・研修の総合的研究―』多賀出版,2002,
れる」というように「住民の学習に関わる職員が多様化して
p.445。
きている」
。新井浩子・久田邦明「市区町村における社会教
13)木全力夫「アメリカ合衆国の成人教育・継続教育実践者と
育・生涯学習関係職員研修―全国市区町村教育委員会アン
その養成・研修―わが国における研究課題を探る手がかり
ケート調査の結果より」大槻宏樹編著『21世紀の生涯学習
として」大槻宏樹編著『21世紀の生涯学習関係職員の展望
関係職員の展望―養成・任採用・研修の総合的研究―』多
―養成・任採用・研修の総合的研究―』多賀出版,2002,
pp.424-442参照。
賀出版,2002,pp.214
5 )Knowles,M. The Modern Practice of Adult Education, Association
14)新井浩子・久田邦明「市区町村における社会教育・生涯学習
Press, 1980(M.ノールズ著,堀薫夫・三輪建二監訳『成人教
関係職員研修―全国市区町村教育委員会アンケート調査の
育の現代的実践』鳳書房,2002年)
,Cranton,P. Professional
結果より」大槻宏樹編著『21世紀の生涯学習関係職員の展
Development as Transformative Learning; New Perspectives for
望―養成・任採用・研修の総合的研究―』多賀出版,2002
Teachers of Adults. San Francisco: Jossey-Bass, 1996(P.クラン
年,pp.214-242参照。
トン著,入江直子・三輪建二監訳『おとなの学びを創る―専
15)松下拡『健康学習とその展開―保健婦活動における住民の
門職の省察的実践をめざして』鳳書房,2004年)
,上杉孝實
「英国の成人教育職員養成制度―大学・大学外」大槻宏樹編
学習への援助』勁草書房,1990年
16)P.クラントン著,入江直子・豊田千代子・三輪建二訳『おと
著『21世紀の生涯学習関係職員の展望―養成・任採用・研
なの学びを拓く―自己決定と意識変容をめざして』鳳書房,
修の総合的研究―』多賀出版,2002年,pp.394-402,三輪建
1999年
二「ドイツ連邦共和国における成人教育・継続教育職員の養
17)三輪建二「解説―クラントン『おとなの学びを創る』につい
成と研修」大槻宏樹編著『21世紀の生涯学習関係職員の展
て」P.クラントン著,入江直子・三輪建二監訳『おとなの学
望―養成・任採用・研修の総合的研究―』多賀出版,2002
びを創る―専門職の省察的実践をめざして』鳳書房,2004
年,pp.403-423
年,p.296
6 )M.ノールズ著,堀薫夫・三輪建二監訳『成人教育の現代的
実践』鳳書房,2002年,p.10
18)医学書院『看護教育』第41巻第3号,2000年3月
19)中原淳編著『ここからはじまる人材育成―ワークプレイス
7 )同前,p.11
ラーニング・デザイン入門』中央経済社,2004年,p.4
8 )P.クラントン著,入江直子・三輪建二監訳『おとなの学びを創
る―専門職の省察的実践をめざして』鳳書房,2004年,p.9
20)同前
21)同前,p.195
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倉持 : 成人学習支援者に関する一考察
成人学習支援者に関する一考察
── さまざまな状況における学習支援者 ──
A study of adult educators
---- adult educators in various fields
倉 持 伸 江*
Nobue KURAMOCHI
生涯教育
Abstract
Though adult learners are increasing in number in various field in fact, there are few people who see what they are concerned with as
"adult leaning", and consider themselves as "adult educators."
The purpose of this paper is to demonstrate and explain who adult educators are in various fields.
Even if the situation and the field are different, adult educators may need common professional knowledge in practice to facilitate adult
learners.
First, some studies which discussed about a range of adult educators in Europe and America are explained. Then, people who
possibility thought adult educators in Japan are examined. There are many professions who take roles in supporting adult learning;
‘syakaikyoiku-syuji,’ supervisor of adult and community education and public employee who engaged in adult learning and lifelong
learning; teacher and stuff in higher education who teach and support adult learner; nurse, health nurse and nutritionist who help
adult learning to solve problem of health; trainer, facilitator and organizer who commit to training programs and staff development in
business and industry.
Key words: adult educator, adult learning, trainer, facilitator, organizer
Department of Pedagogy, Tokyo Gakugei University, 4-1-1 Nukuikita-machi, Koganei-shi, Tokyo 184-8501, Japan
要旨 : 生涯学習への関心とニーズの高まりとともに,成人が様々な学習場面へ参加する機会が増えてきている。成
人の学びがフォーマル・ノンフォーマルを問わずさまざまな状況で活発に展開してくるにしたがい,成人の学習プロ
セスを支援する役割も,多様な人々が担うようになってきている。しかし,成人学習の領域は実態として広がってき
ている一方で,自分たちが関わっている活動を「成人の学習」という視点で,また自らを「成人学習支援者」として
自覚的にとらえている人は多くはない。
そこで本稿では,学習支援の状況や教える分野は違っても,成人の学習を支援するために共通の専門的な力が求め
られるのではないかという問題意識のもと,専門職としての成人学習支援者の力量形成について探る研究の一部とし
て,どのような状況で活動している人々が成人学習支援者として考えられるのか,成人学習の領域を整理することを
* 東京学芸大学(184-8501 小金井市貫井北町 4-1-1)
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 60 集(2009)
目的としている。
まず,欧米の成人教育研究では成人学習支援者の範囲をどのようにとらえているのかについて見た上で,わが国に
おいて成人学習支援者としてとらえることができる人びとについて考えた。社会教育・生涯学習に関わる職である社
会教育主事(主事補)や生涯学習関連の行政職員,高等教育機関における社会人学生を教える教員,健康に関わる職
である看護師,保健師,栄養士といった人々,企業・ビジネスの領域における人材育成・企業内教育担当者など,成
人の学習を支援するさまざまな状況における人びとが,成人学習支援者としてとらえることができる。成人学習支援
者を幅広い領域,分野における成人の学習を支援する専門職としてとらえたうえで,実践的な力量をどのように形成
していくのかについて,検討していくことが求められる。
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