卵殻膜を用いた機能性フィルムの作製 および評価

東京理科大学Ⅰ部化学研究部 2013 年度秋輪講書
卵殻膜を用いた機能性フィルムの作製
および評価
火曜班
Y.Luo (1K), E.Ando (1OK), M.Kobayashi (1OK), T.Terazono (1OK),
N.Hama (1OK), T.Kadoya (1C), T.Sato (1C), A.Masuda (1C), K.Yashiro (1C),
M.Tsuno (2K), K.Ii (2OK), A.Itake (2OK), T.Mikami (2C),
S.Nakakuma (2C), H.Komatsubara (2C), S.Chin (2OK),
Y.Nakajo (2C), K.Minamisawa (2K), T.Mashimo (2K)
1. 諸言
現在「フィルム」と呼ばれる製品は至る所で使用されている.それは食品包装を目的とし
た生活用品として活躍し,一方は人工透析といった医学的分野に大きく貢献しているなど,
我々が生活していくうえで必要不可欠なものとなっている.そしてフィルムは,加工がしや
すく,耐熱性に優れるものや殺菌性に優れるもの,変性に富むものなど様々な用途に合わせ
てあらゆる方法で生産され,
「フィルム」というカテゴリの中でも製品によって多種多様な性
質をもつ.
現在開発されているフィルムは先に述べた性質をもつものの例として,ラップのような抗
菌を目的とするものや,コンタクトレンズのように酸素透過性を有するものがある.1)これら
の性能を考えたときに,現在開発されているフィルムの性能は,用途によるが,主に保護,
輸送に関する性能を持ち,それは生物の生理現象に必要不可欠な役割を担う膜の特性と似て
いるということに気づいた.
今日製品化されているフィルムが作製される際,主な原料は石油を代表とした化石燃料で
あり,二酸化炭素の排出量とともに大気汚染,資源の枯渇が懸念されている中,その利用に
ついて見直しがなされ,事態の改善が求められている.
この問題を解決するために,先ほどフィルムの性質は生物の膜のそれに似ていると述べた
ように,フィルムの原料を天然由来物質に変更すれば大きく改善されると考えた.さらに,
天然由来物質の選択の際に細胞膜のような膜を使用することで浸透性や酸素透過性を持つフ
ィルムを作製できるのではないかと考えた.
天然由来の膜を選択する際に重要な点は,安価で手に入れやすく,取り扱いが容易である
ことである.さらに,原料そのものが現在のフィルムと同じような性質を示すものでなけれ
ば,現在のフィルムの代替品となるものを作製するのは困難であると考えた.
これらの条件を考慮したうえで原料を考えたとき,卵殻膜,特に鶏卵の卵殻膜が最適では
ないかと考えた.卵殻膜とは卵殻の内側にある薄い膜で,卵白部より内側の保護,内圧の調
1
整とそれに伴う空気の輸送を担う非細胞性の膜である.成分分析や構造解析は進んでいるが,
食品廃棄物として捨てられているのが現状で,有効活用されることは稀であり,これがもつ
特性を生かした製品の開発はきわめて少ない.そこで,これらの性質を保ちつつ,加工する
ことによって天然物質の問題点である腐敗や変性を抑えたフィルムを作製できないだろうか
と考えた.
以上のことから,火曜班は卵殻膜を利用した機能性フィルムの作成を検討することで,化
石燃料にとって代わる環境低負荷素材の発見を試みる.そしてこれの機能や実用性について
考察する.
2. 目的
市販の鶏卵から得られる卵殻膜を加工し,機能性フィルムを作成する.そして,作成過程
において条件を変更し,最も作成に適した条件を模索する.また,作製したフィルムが持つ
性能について,浸透圧と酸素透過性に注目し検証する.検証した結果から,得られた性能の
向上を試みる.
3. 原理
3.1 卵殻膜
卵殻膜とは厚さ 70 μm 程度の,脂質や糖質を含む,主にたんぱく質からなる格子状に組ま
れた繊維により構成されている.卵殻膜はさらに厚さ 50 μm の 6 層から成る外層(外卵殻
膜と呼ぶ)と,厚さ 20 μm の 3 層から成る内層(内卵殻膜と呼ぶ)に分かれ,外層と内層
は気室の部分では別れて存在している.外層と内層を分離するのは困難であるため,今回は
この二つは区別せず,卵殻膜として一つにまとめて考えることとする.
卵殻膜がもつ性質は,Na+ や Cl- を選択的に輸送するイオンチャネルの役割を果たすほか,
外部からの細菌の侵入を防ぐとともに卵の内部へ酸素を供給する酸素透過性をもつといった,
必要不可欠な性質を備えている.
Table 1 は乾燥した卵殻膜 1 g あたりの成分を示す.2)
Table 1 卵殻膜の成分
成分
mg
たんぱく質
880~960
脂質
19~42
糖質
1.65~1.95
灰分
18.5~27.0
2
卵殻膜の主成分は繊維状のたんぱく質で約 20 種のアミノ酸から構成され、アミノ酸以外
にもコラーゲンやヒアルロン酸も含む.
卵殻膜の主成分 (%)
20
15
10
5
フェニルアラニン
チロシン
グルタミン酸
セリン
アスパラギン酸
アルギニン
シスチン
プロリン
グリシン
スレオニン
ロイシン
イソロイシン
メチオニン
バリン
アラニン
トリプトファン
ヒスチジン
リジン
0
Fig.1 卵殻膜のアミノ酸組成
3.2 膜たんぱく質の可溶化
膜たんぱく質は,疎水結合によってリン脂質を主とした脂質二重膜に深く侵入し,この膜
と強固に結合している.生体膜における膜たんぱく質のはたらきは,受容体またはチャネル
といった,生命活動を維持するための選択的な透過性を有している. Na+ ,K+ , Ca2+ チャネ
ルなどはたんぱく質から成るオリゴマー(少数のモノマーが結合した重合体)で,膜電位ま
たは生理活性物質の感受によりゲートの開閉を調節している.3)
膜たんぱく質の機能を研究することや,加工するためには可溶化させなければならない.
膜たんぱく質は中央部が生体膜の疎水性領域に埋め込まれ,両端部が水相にさらされていて
安定化している.したがって,可溶化された膜たんぱく質は水溶液中であっても有機溶媒中
であっても不安定である.
膜たんぱく質が可溶化されると不安定になる主な原因は,界面活性剤の不適合にあること
が多い.また,可溶化の効率は膜たんぱく質の種類はもちろんのこと,共存する脂質の量や
組成に大きく影響される.これまでに可溶化に利用された界面活性剤は多種多様で,膜たん
ぱく質の研究が進んできた現在ではさらに新しい界面活性剤が合成され市販されている.
例を挙げると,天然の界面活性剤であって,動物の消化液に含まれているコール酸やデオ
キシコール酸は,特に動物組織の膜たんぱく質の可溶化に有効なことが多い.また,デシル
マルトシドやドデシルマルトシドで安定化した種々の生物種由来の膜たんぱく質からは高品
質の結晶が得られることが多い.このことは,生体膜がリン脂質二重層で構成され,厚さも
約 50 Åと生物種によらず,基本的に共通の構造を持っているためである.4)
膜たんぱく質が可溶化する過程は,界面活性剤を加えることから始まる.膜たんぱく質は
3
先ほども述べたように脂質二重層に埋もれているが,界面活性剤を用いることで膜たんぱく
質が界面活性剤の疎水基に囲まれるようにして水溶液中に存在できるようになる.また,膜
たんぱく質を取り囲む界面活性剤は親水基を外側にして存在している.この状態のたんぱく
質をミセルという.(Fig.2)5)
Fig.2 可溶化の過程
3.3 界面活性剤とその種類
少量の界面活性剤を水に溶かすと,一部はモノマーとして水中に均一に分散して存在し,
一部は水と空気の界面にモノレヤーを形成する.そして両者の間に平衡状態が成り立つ.水
に溶かす界面活性剤の量を増やしていくと,水中のモノマー濃度が上昇するが,ある濃度に
達するとミセルを形成するようになる.ミセルは複数のモノマーがコンパクトに集合した会
合体であり,親水部が外側を向いて水と接し,疎水部が内側に隠されたような構造をとる.
すなわち,界面活性剤がある濃度を越えるとミセルが形成されることになる.そのような濃
度以上のところではモノマーとミセルが平衡状態で共存することになる.そのようなミセル
を形成し始める濃度を臨界ミセル濃度(cmc)と呼ぶ.
代表的な界面活性剤の種類を以下の表に示す.
界面活性剤の大きく分けてイオン性のものと非イオン性のものがある.特徴として非イオ
ン性のものはたんぱく質の分離・精製する際に使用でき,一方でイオン性のものは界面活性
剤を取り除きやすいという利点がある.
ドデシル硫酸ナトリウムのような長鎖のアルキル基を持つイオン性界面活性剤は,一般に
界面活性作用が強く,膜たんぱく質の可溶化に用いる濃度ではほとんどのたんぱく質を変
性・失活させてしまう.ステロイド環を持つコール酸系統のイオン性界面活性剤(コール酸ナ
トリウム,デオキシコール酸ナトリウム等)は,親水性部分が分子の一部分に限定されないと
いう特徴を持っている.例えば,コール酸はステロイド環に三つの水酸基を持ち,かつ末端
4
にカルボキシル基を持っている.水酸基が二つのデオキシコール酸は水酸基が三つのコール
酸よりも親水基が弱く,より強い界面活性作用を示す.6)
以上のように,界面活性剤にはさまざまなタイプのものがあるが,その使用に当たっては,
それぞれの界面活性剤の性質をよく知っておくことが大切である.
Table 2 代表的な界面活性剤の cmc
界面活性剤
cmc[mM]
イオン性
ドデシル硫酸ナトリウム
8.2
ドデシルスルホン酸ナトリウム
9.8
コール酸ナトリウム
3
デオキシコール酸ナトリウム
7
タウロデオキシコール酸ナトリウム
5
非イオン性
オクチルグルコシド
25
デシルグルコシド
2.2
ヘプチルチオグルコシド
30
Triton X-114
0.2
Nonidet P-40
0.29
Triton X-100
0.24
Brij 76
0.03
3.4 たんぱく質の架橋
タンパク質を架橋させる方法として,タンパク質中のアミノ基(-NH2)とグルタルアルデヒ
ド中のアルデヒド基(-CHO)との反応を用いる.反応機構を以下に示す.(Fig.3)
Fig.3 アルデヒドとアミンの反応機構
5
この反応によって C,N 間に二重結合が形成され,酸加水分解に対しても安定なイミン(シ
ッフ塩基)が形成される.グルタルアルデヒドは,分子の両端にアルデヒド基があるため重
合体を形成しやすく,架橋剤として古くから知られている.今回の実験においてはたんぱく
質のアミノ基同士を架橋する役割を担っている.(Fig.4)7)
Fig.4 タンパク質の架橋
また,グルタルアルデヒドは高 pH で脱水反応によってα-β-不飽和重合体を生成して沈殿
する.そして,酸性下で安定な理由は,グルタルアルデヒドによるシッフ塩基形成ではない
かと考えられている.グルタルアルデヒド自身の架橋反応によってできたものはα-β-不飽和
アルデヒドであり,アミノ基との反応の結果生じたシッフ塩基はエチレン性の二重結合の共
鳴構造を有しているために,酸加水分解に対して安定になると考えられる.そのため,重合
アルデヒドの最末端についたアルデヒドは二重結合をもたないので,酸に安定な架橋を作る
ことはできない.
したがって,架橋剤としてグルタルアルデヒドを使用する場合は pH に注意する必要があ
る.8)
3.5 浸透圧
溶媒だけを通して溶質を通さない半透膜で溶媒と溶液が隔てられているとき,溶媒の側か
ら溶液の側へと溶媒が移動する.この現象を浸透という.浸透は濃度が異なる溶液が半透膜
で隔てられている場合も起こる。浸透を抑止するためには,溶液側から圧力を加えなければ
ならない(Fig.5).この圧力を浸透圧という.ファントホッフは,ペッファーの実験結果から,
希薄溶液に浸透圧 Π は,理想気体の圧力 P と類似の関係式
ΠV=nRT
(1)
V:溶液の体積 n:体積 V の溶液に溶けている溶質の物質量
であらわされることを見出した.これをファントホッフの法則という.式(1)は,浸透圧が,
あたかも溶液中の溶質が気体分子のようにふるまった時に半透膜に及ぼす圧力に等しいこと
を示している.また,(1)式は,溶質のモル濃度を c とすると,c=n/V であることから,(2)式
とも表される.9)
Π=cRT (2)
6
Fig.5 浸透圧
3.6 酸素透過
隔膜の酸素透過について考えるとき,隔膜電極を使う.隔膜電極にはガルバニ電池方式と
ポーラログラフ方式がある.しかし後者は水銀を使用するため非常に取扱いに不便である.
よって前者のガルバニ電池方式に注目する.
ガルバニ電池方式では隔膜電極の末端に溶存酸素を透過する膜を取り付け,内部に陽極(白
金,金,銀など),陰極(銀,銅,鉛,亜鉛など)と電解質(水酸化ナトリウム溶液や塩化カリウ
ム溶液)を納めた構造をとる.(Fig.6)
Fig.6 隔膜電極 (ガルバニ電池方式)
得られたデータから酸素透過性について比較対象とされる値は,酸素透過係数 P である.
酸素透過係数は次式で表され,酸素透過係数が大きいと電流値が高くなる,すなわち酸素透
過率が高いとみなすことができる.
P = {(1/(N・F・A・ps)}
・i・L = k・i・L
(3)
P:酸素透過係数 N:反応に関与する電子数 F:ファラデー定数
A:陰極面積 L:膜の厚さ ps:酸素分圧 k:電極定数 i:電流値
例として陰極に鉛を,電解質に水酸化ナトリウムを用いたときの電極反応は以下のとおり
である.10) 11) 12)
陽極:O2 + 2H2O +4e- → 4OH- (4)
陰極:2Pb → 2Pb2+ + 4e- (5)
2Pb2+ + 4OH- → 2Pb(OH)2 (6)
Pb(OH)2 + OH- → HPbO2- + H2O (7)
7
4. 器具・試薬
4.1 器具
100 ml ビーカー,シャーレ,ガスバーナー,温度計,金網,銅鍋,電子天秤,ガラス棒,
薬包紙,薬さじ,白金板,銀板,ポケットデジタルマルチメーター
4.2 試薬
コール酸
C24H40O5,分子量 408.58.融点 190 ℃.
15 ℃における溶解度 水:0.28 g/L.
大部分の脊椎動物の胆中にグリシン,タウリンの抱合剤とし
て分布.界面活性剤.13)
コール酸ナトリウムはそのナトリウム塩.
グルタルアルデヒド
C5H8O2,分子量 100.12.
沸点 187~189 ℃. 比重 1.062.水に可溶. 架橋剤.
無色またはわずかに薄い黄色の液体で,特異な刺激臭がある.
水,アルコール,アセトンに易溶.比較的不安定で、加熱す
ると重合することがある.また,酸化によってグルタル酸に
変化する.殺菌消毒薬として利用され.2~20%溶液がグル
タラールやステリハイド等の名称で販売されている.主に医
療機器の滅菌,殺菌,消毒に用いられる.14)
炭酸ナトリウム
Na2CO3, 式量 105.99.融点 851 ℃.密度 2.533 g/cm3.
無水物は吸湿性の白色粉末.水溶液は塩基性を示す.
溶解度 水:7.1 g (0 ℃) 48.5 g (10.4 ℃)
化学工業上最も重要な素材の一つで,アンモニアソーダ法に
よって製造される.二酸化炭素を吸収して炭酸水素ナトリウ
ムを生成する.ガラス,石鹸,水酸化ナトリウム,炭酸水素
ナトリウムなどの原料であり,製紙,染料,洗剤などの各工
業でも広く用いられる.15)
8
水酸化ナトリウム
NaOH, 式量 40.00.融点 328 ℃. 沸点 1388 ℃.
密度 2.13 g/cm3.常温では無色,斜方晶系の固体.
潮解性を示す,代表的な強塩基である.
工業的には食塩水の電気分解によって製造される.ふつうは
半球形の錠剤か棒状に固められて市販される.たいていの場
合,表面は空気中の二酸化炭素と反応して炭酸ナトリウムに
なっている.腐食性が強く,皮膚を侵す.
最大の用途は合成繊維・化学薬品工業であるが,そのほか,
石油精製・パルプ工業・織物・ゴムの再生などにも用いられ
る.16)
水酸化カリウム
KOH, 式量 56.11. 融点 360.4 ℃. 沸点 324 ℃. 密度
2.04 g/cm3.カセイカリともいう.硬くてもろい白色固体で,
かなり潮解性がある.塩化カリウム水溶液の電気分解により
製造される.水にきわめてよく溶け,水溶液は強アルカリ性
を示す.化学的性質は水酸化ナトリウムとほとんど同じであ
るが,一般に水酸化カリウムのほうが水酸化ナトリウムに比
べ,強い性質を示すことが多い.有機物合成の重要な試薬で
あるが,工業上の用途は水酸化ナトリウムほど多くない.17)
5. 実験操作
5.1 膜の生成の確認
選んだ試薬を用いて膜が生成されるかを実験した.
(1) 300 ml ビーカーに水 100 ml をホールピペットを用いてとり,卵殻膜 3.0 g (卵 6 個程度) ,
コール酸ナトリウム 1.0 g を加えた.
(2) 炭酸ナトリウムを pH が 11 程度になるように pH 試験紙で確認して加えた.
(3) 湯浴で加熱し,よく撹拌した.装置の図を以下に示す.
9
Fig.7 湯浴装置
(4) 残った卵殻膜を取り除き,グルタルアルデヒド 5 ml を加え,よく撹拌した.
(5) 溶液を 200 ml ビーカーとシャーレにわけてとり,一週間パラフィルムを用いて封をし,
静置した.
(6) 膜の生成をそれぞれ目視で確認した.
(7) 溶液を取り除き,膜のみで静置した.
5.2 加熱温度の変更
加熱によるタンパク質の熱変性を防ぐために,加熱温度に制限を設けた.
(1) 300 ml ビーカーに水 100 ml をホールピペットを用いてとり,卵 3 個分の卵殻膜と,コ
ール酸ナトリウム 1.0 g を加えた.
(2) 炭酸ナトリウムを pH が 11 程度になるように pH 試験紙で確認して加えた.
(3) 45 ℃ を超えないように湯浴で加熱を行い,よく撹拌した.装置は Fig.7 のとおりであ
る.
(4) 残った卵殻膜を取り除き,グルタルアルデヒド 5 ml を加え,よく撹拌した.
(5) 溶液を 200 ml ビーカーとシャーレにとった.
(6) 200 ml ビーカーにとったほうの溶液を 100 ℃近くまで加熱した.
(7) それぞれ一週間パラフィルムを用いて封をし,静置した.
(8) 膜の生成をそれぞれ目視で確認した.
5.3 卵殻膜処理の変更
(1) 100 ml ビーカーに水 50 ml をホールピペットを用いてとり,卵 5 個分の卵殻膜と,コー
10
ル酸ナトリウム 2.0 g を加えた.
(2) 水酸化ナトリウム水溶液を pH が 11 程度になるように pH 試験紙で確認して調製した.
(3) 45 ℃ を超えないように湯浴で加熱を行い,よく撹拌した.装置は Fig.7 のとおりであ
る.
(4) 残った卵殻膜を取り除き,グルタルアルデヒド 10 ml を加え,よく撹拌した.
(5) 一週間パラフィルムを用いて封をし,静置した.
(6) 膜の生成をそれぞれ目視で確認した.
以上の手順をもとに,以下の項目を変更して膜生成を試みた.
・pH を 11,12,13 に調整しておこなった.
・湯浴における溶液の温度を 40 ℃,60 ℃とした.
・卵殻膜を加える際,ミキサーで粉砕してから加えた.
・静置する時の温度を,常温と冷蔵庫内の低温でおこなった.
5.4 浸透圧測定
(1) Fig.8 のように測定装置を作成した.
(2) 左右の塩化ビニルパイプ部分にイオン交換水と 0.025M グルコース溶液を等量加えて満
たした.
(3) 左右の注射器に(2)と同じように等量のイオン交換水と 0.025M グルコース溶液を左右
にそれぞれくわえて静置した.
(4) 水面の高さの差が一定になったことを確認し,記録した.
Fig.8 浸透圧測定装置
5.5 酸素透過率測定
(1) Fig.8 のように,カソードを Pt,アノードを Ag,電解液に 0.5 M 水酸化カリウム溶液
として酸素透過率測定装置を作成した.
11
(2) 白金板が電解液にすべて浸かるように設置し,単 2 アルカリ乾電池 2 本を直列につな
ぎ,電流を流して表示された電流の最大値を電流値とした.
(3) 反応が進むと酸化銀が生成されるため,一度測定し終えたら銀板の表面をやすりを用い
て取り除いた.
(4) 以上の手順をそれぞれの膜でおこなった.
6. 実験結果
6.1 膜の生成の確認
コール酸ナトリウムを加えて溶かしたが,卵殻膜はかなり溶け残った.グルタルアルデヒ
ドを加えたのち,溶液は薄黄色に濁った.一週間静置されたビーカーでは厚い沈殿が,シャ
ーレでは薄い膜が生成した.このうち,シャーレの膜は非常に薄く,触っただけで壊れる程
脆かった.また,乾燥した膜は両方ともそのまま使用できる状態ではなかった.さらに,ビ
ーカーのものはひび割れていた.乾燥した膜は,水分を与えても元の状態には戻らなかった.
6.2 加熱温度の制限
卵殻膜の量を減らしたが,卵殻膜はまだ溶け残っていた.グルタルアルデヒドを加えたの
ち,溶液は薄白色に濁った.一方,100 ℃近くまで加熱された溶液は黄色になった.一週間
静置したシャーレ及びビーカーでは膜を確認することができた.さらに,この膜は触っても
簡単には壊れず,前回よりも強度がいくらか増加した.
6.3 卵殻膜処理の変更
・pH について,pH12,13 で作成すると白色の沈殿が生じたが,pH11 でおこなうと白色の
沈殿は生じなかった.前者は膜の生成が見られなかったが,後者は脆かったものの,膜状の
ものの生成が確認できた.
・温度を 40 ℃と 60 ℃で作成したとき,実験の過程で大きな変化は見られなかった.しか
し,溶液の色は 40 ℃では薄白色であったが,60 ℃では薄黄色であった.60 ℃でおこなっ
た溶液からは膜の生成が確認できなかった.
・卵殻膜を可溶化させる時,ミキサーを用いて細かく砕いて界面活性剤を加えた.結果,溶
け残った膜を取り除くことが困難になり,破片が溶液に残った.その破片により,膜の生成
を目視で判断することは難しく,ピンセットなどを用いて取り出すこともできなかった.
・常温下で静置する場合と冷蔵庫を使用して低温で静置する場合とで比較した結果,特に変
化は見られなかった.膜の生成は両方とも確認できなかった.
12
6.4 浸透圧測定
注射器の筒の半径は 0.90 cm,溶液の密度は 0.9965 g/ml,温度 24 ℃であり,重力加速度
を 9.8 m/s2 として計算した.
結果を以下に示す.
Table 3.1 卵殻膜の浸透圧
一回目
二回目
三回目
1.4
1.6
1.4
液面差(cm)
Table 3.2 作成した膜の浸透圧
一回目
二回目
三回目
0.3
0.3
0.4
液面差(cm)
6.5 酸素透過率測定
卵殻膜,作成した膜,溶け残った大部分の卵殻膜にグルタルアルデヒドを加えるなど可溶
化操作以降同じ手順を踏んだもの,これら三種類を測定した.(以下,順に卵殻膜,作成,加
工と略す) なお,膜の厚さは計測が困難であったため 70 μm (7.0×10-6 m)で統一であると
仮定した.
得られた結果を以下に示す.また,酸素透過係数は式 (3) によって算出した.酸素透過係
数の単位は(cm3(STP)cm/(cm2・s・Pa))とする.
Table 4 酸素透過による電流値
電流
電流
電流
[A](20 ℃)
[A](40 ℃)
[A](60 ℃)
2.000
0.0476
0.0806
0.0938
7.0×10
2.000
0.0323
0.0616
0.0811
7.0×10-5
2.000
0.0176
0.0409
0.0699
厚さ(cm)
面積(cm3)
7.0×10-5
加工
-5
作成
卵殻膜
Table 5 酸素透過係数
20 ℃
40 ℃
60 ℃
2.02728×10
-16
3.43275×10
3.99494×10-16
作成
7.49583×10-17
1.74193×10-16
2.97704×10-16
加工
1.37566×10-16
2.62354×10-16
3.45404×10-16
卵殻膜
-16
13
4.5
酸素透過係数(×10-16)(P)
4
3.5
3
2.5
卵殻膜
2
作成
1.5
加工
1
0.5
0
0
20
40
60
80
温度(℃)
Fig.9 酸素透過係数
膜を使用しなかった場合の電流値を以下に示す.
Table 6
膜なし
白金板による電流値
電流
電流
電流
[A](20 ℃)
[A](40 ℃)
[A](60 ℃)
0.0847
0.1446
0.1850
7. 考察
今回の膜作製では,代表的な胆汁酸の塩であり,且つ安価なコール酸ナトリウムを界面活
性剤として用いることとした.一方,架橋剤としては,その作用が複雑ではあるが,簡便性
があり安価で手に入れられるグルタルアルデヒドを用いることとした.これらの二つの試薬
を用いて実際に膜が生成するか実験することとした.
7.1 膜生成の確認
膜の生成に成功した.生成した膜は卵殻膜の薄桃色ではなく,白濁色であった.しかし,
膜の強度不足,乾燥に弱い,薄すぎるなどの,性能の測定や比較を行う以前に改善を要する
多くの問題が発覚した.また,溶液が薄黄色に濁るという変化が観察された.これは加熱温
度の測定,制限をしなかったため,タンパク質が熱変性してしまった可能性が考えられる.
そこで実験 5.3 で加熱温度を制限し,タンパク質の熱変性を防ぎ,且つ膜が生成されるかを
確かめることとした.
14
7.2 加熱温度の制限
実験 5.2 とほぼ同様の膜を,溶液を変色させることなく得ることができた.また,一部の
溶液を 100℃近くまで加熱したものは黄色に変色したことから,実験 5.2 及び今回の実験に
て溶液が黄色に変色したのは,タンパク質の熱変性及びグルタルアルデヒドの作用によるも
のだと考えられる.よって今回の膜の強度の上昇は,熱変性を防いだためと考えられる.
7.3 卵殻膜処理の変更
pH による沈殿の有無は,原理 3.4 で述べたとおり高 pH という条件でグルタルアルデヒド
自身による重合体が生成されて,たんぱく質の架橋にほとんど作用せずに白色沈殿が生じた
と結論づけられる.40℃の場合と 60℃の場合では溶液の色が異なったが,理由は考察 7.2 と
同じく,たんぱく質の熱変性及びグルタルアルデヒドの作用によるものだと考えられる.卵
殻膜の破片が残ることによって架橋剤が可溶化されたたんぱく質のみならず,溶け残ってい
るたんぱく質とも反応してしまう恐れがあるため,溶け残ったたんぱく質は架橋する際には
阻害剤となる.したがって,溶け残ったたんぱく質は完全にのぞかれることが好ましい.
以上のことから,今回の膜作成で好ましい条件は以下のとおりである.
1. 界面活性剤は 0.1 M コール酸ナトリウム溶液を用いる.
2. pH は 11 程度が望ましい.
3. 40~45 ℃ で試薬を加え,反応させる.
4. 残った卵殻膜を取り除くこと.
最終的に,ピンセットでつまんで実験による評価ができるほどの強度をもつことができた.
7.4 浸透圧
得られた結果について,今回おこなった条件での液面差の理論値 h は式 (2) を用いて,以
下のようになるはずである.
0.01 × h × 1000 × 0.9965 × 9.8 = 0.025 × 8.314 × 297 (8)
h ≅ 0.63 cm
しかし,卵殻膜,作成した膜ともに理論値より高い値を示した.これは,塩化ビニルパイ
プに溶液を満たす際,完全に空気を抜けなかったことが原因と考えられる.
作成した膜が卵殻膜より低い値を示したことから,作成するにあたってたんぱく質が変性
し,架橋に疎密があることが考えられる.ある程度の浸透性を示したため,たんぱく質処理
で膜の浸透性は保たれたと考えられる.
7.5 酸素透過係数の測定
今回の測定でおこなわれた化学反応式は以下のとおりであると思われる.
カソード: O2 + 2H2O + 4e- →
4OH- (9)
アノード: 2Ag + 4OH- → Ag2O + 2H2O + 4e15
(10)
銀板では酸化反応が行われたことが観察できたことから,この反応式は正しいと考えられ
る.
酸素透過係数のグラフから,卵殻膜,加工した膜,作成した膜の順で酸素透過率が高いこ
とがわかる.また,どの膜にも共通したことは温度が上昇すると酸素透過率が上がることで
ある.これは Table 6 からわかるように,温度の上昇によって電流値があがることがわかる
ので,そのためであると思われる.卵殻膜の酸素透過率は温度が上昇すると勾配が緩やかに
なり,卵殻膜,加工した膜,作成した膜の順で勾配が急になっているのがわかる.このこと
から,卵殻膜は温度の上昇によってたんぱく膜が変性し,卵殻膜の性質である酸素透過性が
失われていくと考えられる.加工した膜よりも作成した膜のほうが温度による上昇が顕著で
ある理由は,作成によるたんぱく質の変性によって酸素透過率は低いが,処理することによ
って温度変化によるたんぱく質の変性が抑制されたためであると思われる.卵殻膜との上昇
の違いも同じ理由である.
8. 展望・まとめ
作成した膜について,浸透性の低下はあったが,酸素透過については成果を得られた.卵
殻膜のままでは熱変性の影響を受けやすいが,可溶化して処理をおこなうことで熱変性の影
響を受けにくくなるため,高温下で酸素透過性を求められる条件に適することが期待できる.
したがって,コール酸ナトリウムによる膜たんぱく質の可溶化は可能であり,グルタルアル
デヒドによる架橋によって可溶化した膜たんぱく質を改めてある種の性質を示す膜,すなわ
ちフィルムを作製することは可能であるだろう.
今回の実験で最も時間を要したのは膜の作成であった.考察で述べたように,ある程度の
最適条件を決定することはできたが,その条件で作成を試みても失敗することがあった.課
題として,安定して確実に膜を作成できる条件を模索する必要がある.
もう一つの課題は,作成した膜のほとんどは非常に脆く,扱いが難しかったため評価実験
を行うにも適さないことが多かった.これに関してはより多く可溶化させ,ある程度の強度
をもつ架橋が必要であるため,試薬の選択及び処理方法の見直しが求められる.
今回の実験でわかった課題の改善策には,遠心分離機の使用と,透析もしくはイオン交換
クロマトグラフィーをおこなうことがあげられる.生化学の分野においてたんぱく質を扱う
実験は遠心分離機による処理がよくおこなわれているため,これにならうことが多くのたん
ぱく質を可溶化させることができると思われる.また,透析もしくはイオン交換クロマトグ
ラフィーをおこなうことによって可溶化させたたんぱく質にミセルとして存在する界面活性
剤を取り除くことで架橋を阻害されなくなる.これらの処理をおこなう際にはイオン性や非
イオン性など取り除きやすい界面活性剤が変わるので,適性を考慮する必要がある.
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