ビタミン B12 を用いたバイオインスパイアード触媒による

日本金属学会誌 第 75 巻 第 11 号(2011)626
632
特集「レアメタルのリサイクル技術」
ビタミン B12 を用いたバイオインスパイアード触媒による
ヒ素の無毒化処理と Ga リサイクル
中村浩一郎
日本板硝子株式会社研究開発部
J. Japan Inst. Metals, Vol. 75, No. 11 (2011), pp. 626
632
Special Issue on Recycling Technologies of Rare Metals
 2011 The Japan Institute of Metals
Arsenic Detoxification by Bio
Inspired Catalysts with Vitamin B12 and Recycling of Gallium
Koichiro Nakamura
R & D Department, Nippon Sheet Glass Co., Ltd., Yokkaichi 5100051
A simple technique for the detoxification of inorganic arsenic was successfully developed. It is believed that the proposed
arsenic detoxification would be effective for raremetal recovery. The objectives of the present study are as follows: (1) Development of the safe and efficient arsenic detoxification treatment technique, streamlining of processes, and cost reduction; (2) Establishment of a safe technique for recovering gallium from  compound semiconductors. The results are as follows. A bio
inspired catalyst system with vitamin B12 was developed for the detoxification reaction (turnover number for methyl transfer:
>150). Inorganic arsenic was selectively removed from the acid solution of GaAs semiconductors by using a suitable adsorbent
with cerium hydroxide. The removed inorganic arsenic was detoxified by using vitamin B12 and an amino acid. Without using the
adsorbent with cerium hydroxide, the detoxified arsenic, arsenobetaine, was isolated from the mixture with gallium ion and
arsenobetaine by column chromatography on silica gel after detoxification. As stated above, the proposed arsenic detoxification
was used for the safe recovery of gallium from GaAs semiconductors, thus confirming that the technique was effective for the
recovery of rare metals.
(Received June 27, 2011; Accepted August 29, 2011)
Keywords: arsenic detoxification, bioinspired catalysts with vitamin B12, recycling of rare metal, gallium arsenide, arsenobetaine,
adsoebent, cerium hydroxide, critical raw material, critical minerals
 
ス効率化とコストダウン,
族化合物半導体からガリ
1.
は じ
め に
ウムの安全な回収技術の確立を目的として研究を行ってき
た711) .その結果, GaAs 半導体の処理液から,水酸化セリ
無機ヒ素は,発ガン性,急性・慢性毒性物質であり環境汚
ウムを主成分とするヒ素選択吸着剤を用いて選択的にヒ素を
染物質である.この無機ヒ素を無毒化処理する簡易的な合成
除去し,ガリウムを単離することに成功した(> 99 ).除
技術が開発された1,2) .この新たなヒ素の廃棄技術は注目さ
去したヒ素はビタミン B12 と,これまで報告されているグル
れ,日本学術会議による「提言」として報告された3,4).
タチオンよりも安価なアミノ酸( Cys )を用いて無毒化した
族化合物半導体(GaAs)は我が国が世界供給の中核をなし
(無毒化ヒ素純度> 99 ).水酸化セリウムを主成分とする
ており,携帯電話などの情報電子機器や,低炭素社会の実現
吸着剤を使用しないプロセスについても検討した.GaAs 半
に必要な,発光ダイオード( LED )や太陽電池などに使われ
導体の溶解液を直接,無毒化処理することにより,セリウム
ている.今後,社会の発展とともに,これらのハイテク産業
を主成分とする吸着剤の代わりに,ユビキタス元素である珪
部品や代替エネルギー源に必要な基幹部品としてヒ化ガリウ
素を主成分とするシリカゲルを用いて,無毒のヒ素であるア
ム半導体は大きく使用量が増加するとみられている.循環型
ルセノベタインをガリウムから分離することが実証された.
社会に対する社会的要請の高まりと,ガリウムの安定供給と
さらにビタミン B12,酸化チタン,メチル基供与剤からなる
いう資源確保の観点から,ガリウムはリサイクルすることが
光駆動型バイオインスパイアード触媒システムを構成し,無
望ましい.一方,GaAs 半導体からガリウムのリサイクルの
毒化反応について触媒サイクルを発現するシステム(ターン
処理プロセスについて,アルシンガス中毒の事例が報告され
オーバー数> 100 回)の開発に成功した.コバルト錯体であ
ている5,6) .毒性が高くアルシンガスを発生する無機ヒ素を
るビタミン B12 が触媒的に機能することが確認されたことか
毒性の低いヒ素に変換するヒ素の無毒化処理技術は,ガリウ
ら,化学量論反応に比べて低コストのヒ素の無毒化処理技術
ムの安全な回収技術に対して有効な支援技術になると考えら
が提案される.
れる.
 ヒ素の無毒化処理技術の収率向上,プロセ
本研究では,
ヒ素の無毒化処理技術を GaAs 半導体からガリウムの回収
に対して適応し,有効な支援技術となることが検証された.
11
第
号
ビタミン B12 を用いたバイオインスパイアード触媒によるヒ素の無毒化処理と Ga リサイクル
627
る.また,副生成物を生成しない,無駄のない反応系であ
2.
ヒ素の無毒化処理
2.1
ヒ素化合物と毒性
ヒ素は銅,鉛,亜鉛等の鉱石中に含まれ精錬の過程で,亜
ヒ酸として回収される.回収されなかった残りのヒ素は,廃
り,環境調和型の反応システムとしてのお手本である.この
ように,生物の有する無毒化機能から学び,さらに生物機能
を凌駕するバイオミメティック系,あるいは,バイオインス
パーアード系の無毒化処理システムを構築することに成功し
た1,2,1113).
液,鉱さい,汚泥に含まれる.無機ヒ素は,還元条件下で,
猛毒の無機ヒ素を定量的にアルセノベタインに変換する簡
猛毒のアルシン(水素化ヒ素)を発生し,精錬,リサイクル工
便な手法については,過去に報告した(Fig. 2)1,2).このシス
程でこのアルシンガスを吸引する事例が報告されてい
テムについては,天然のビタミン B12 誘導体,あるいはバイ
る5,6) .このように,毒性の強い無機ヒ素やアルシンガスを
オミメティック B12 をメチル基転移補酵素モデルとして,ア
無毒のヒ素に変換することにより,安全なレアメタルの回収
ミノ酸誘導体を還元補酵素モデルとして用いている.この反
処理プロセスが提案できると考えられる.
応は,有機溶媒を使用しない温和な水溶液中の反応であるた
ヒ素化合物の毒性は,酸化状態,メチル化の程度に強く依
め,ヒト,環境に対して安全な処理法である.また,無機ヒ
存する.ヒ素の酸化状態と毒性の関係については,5 価のヒ
素からアルセノベタインに変換する反応は定量的に進行し,
素化合物は対応する 3 価種よりも毒性が低い.また,ヒ素
毒性の高いヒ素化合物を副生成物として生成しない安全な方
に結合したメチル基の数が増えるにつれて毒性は小さくなる
法である.
( Fig. 1 ).特に,トリメチルヒ素であるアルセノベタイン
ヒ素の無毒化反応は,天然のビタミン B12 誘導体であるメ
は,魚介類に豊富に存在する無毒のヒ素として国際的に認め
チ ル コ バ ラ ミ ン ( CH3B12 ) , 還 元 剤 で あ る グ ル タ チ オ ン
られている.このような理由から,無毒のヒ素として,アル
( GSH )により,無機ヒ素をトリメチル化して,さらにヨー
セノベタインを選択した.
ド酢酸と GSH よるカルボキシメチル化反応により,定量的
2.2
バイオミメティックシステム
にアルセノベタインが合成される.還元剤である GSH は,
スルフヒドリル基( SH 基)を有する単純アミノ酸( Fig. 3)で
著者は,無機ヒ素を無毒のアルセノベタインに変換するこ
ある,システイン(Cys),ホモシシテイン(Hcy)に置き換え
とで,ヒト,環境に影響を与えない,新たな毒物の処理法が
ても,トリメチル化反応が定量的に進行する.安価な Cys
提案できるものと考え,ヒ素の無毒化処理技術の低コストプ
等の単純アミノ酸を使用することにより,低コスト化が可能
ロセスの開発を行っている.また,無機ヒ素を無毒化処理す
である.また,ベタイン化反応についても同様に検討した.
るプロセスを実現するためには,環境に対して優しい材料を
還元剤として, GSH の代わりに Cys, Hcy を用いた場合に
用い,温和な水溶液中でも反応が進行する系を構築すること
も,ヨード酢酸で処理すると,トリメチルアルシン
が望ましい.このようなプロセスは,自然界で実現されてい
( TMAO )からアルセノベタインが定量的に生成した.この
る物質変換プロセスから学ぶことができる.アルセノベタイ
ように,無機ヒ素の無毒化システムについては(Fig. 2),グ
ンは,海洋生物の食物連鎖を経て,魚介類に生物濃縮され
ルタチオンよりも構造が単純で安価なアミノ酸である Cys
る.生物によって行われる生化学反応は,常温,常圧,中性
を用いた場合にも全く同様に進行することが明らかになっ
水溶液という極めて温和な条件下で物質変換反応が進行す
た.一方,反応後のビタミン B12 誘導体は,常法により,出
Fig. 1 The toxicity of arsenic compounds and chemical structure.11) iAs(): arsenite, MMA: monomethylarsonate, DMA:
dimethylarsinate, TMAO: trimethylarsine oxide, AsB: arsenobetaine.
628
日 本 金 属 学 会 誌(2011)
第
75
巻
Fig. 2 Arsenic detoxification system and isolated arsenobetaine (in the photograph) synthesized from inorganic arsenic by using
biomimetic detoxification system.
CH3B12: methylcobalanin (Vitamin B12 derivative).
エンスルホン酸メチル[Fig. 4 において,XS(=O)2C6H4
(pCH3),トリメチルスルホキソニウムヨージド(CH3)3S
(= O )+ I- ]を用いた. Fig. 4 の B は,三酸化二ヒ素
[ iAs
()]から,トリメチルヒ素(TMAO)を生成するトリメチル
化反応(図中で三本の矢印で表す)と,引き続いて進行する,
TMAO から AsB へのカルボキシメチル反応を示す.トリメ
チル化の推定反応機構を, Fig. 4 の B に模式的に示す.触
媒であるビタミン B12 と酸化チタン( TiO2 ),に対して,過
剰のメチル基供与剤,触媒量のビタミン B12 の存在下,紫外
線照射することにより,ビタミン B12 基準でメチル基転移の
Fig. 3 Chemical structure of reducing agents.
GSH: glutathione reduced, Cys: cystein, Hcy: homocystein.
反応収率は 10000を超え,ターンオーバー挙動を示した.
最適条件下では,ターンオーバー数は 150 回を越えること
を確認した57).
発物質であるメチル化 B12(CH3B12)に再メチル化することに
このように,バイオミメティックシステム,あるいは,バ
より,再利用が可能である1,2) .反応の高率化を検討するた
イオインスパイアードシステムによるヒ素無毒化処理システ
め,ヒ素のメチル化反応に及ぼす光照射効果を検討した.可
ムの構築に成功した.後者はビタミン B12 の触媒的利用が可
視光照射することにより,無機ヒ素のメチル化は加速され
能な低コストプロセスとして期待される.
た.さらに,還元剤が存在しない系でも,光照射によりメチ
ル化反応が進行したことから,ビタミン B12 の光駆動型触媒
システムを構築する基礎的知見が得られた2).
2.3
バイオインスパイアードシステム
GaAs 半導体からガリウムの回収とヒ素の無毒化
3.
3.1
セリウム系吸着剤によるヒ素の選択分離
GaAs 半導体から,ガリウムの回収については,製造プロ
触媒サイクルを発現するシステムの構成を検討した( Fig.
セス,あるいは最終製品からの回収が検討,実施されている.
4 ).前述の通り,ビタミン B12 誘導体( CH3B12 )から,無機
GaAs 半導体を製造するプロセスで発生する廃棄物,廃ガ
ヒ素へのメチル基転移は光照射により加速される. CH3B12
ス,あるいは,廃液, GaAs 半導体部品, GaAs 半導体を装
は,光照射により,コバルト炭素結合が開裂し,メチルラ
着した発光ダイオード,太陽電池,携帯電話などの最終製品
ジカルが生じることが知られている.無機ヒ素へのメチル基
がリサイクルの対象となる.本報告では,プロセス廃棄物で
転移は,メチルラジカルによるものと推定されている2).
ある GaAs 半導体チップから,ガリウムとヒ素を分離するこ
光駆動型触媒システム(Fig. 4)は,ビタミン B12(シアノコ
とによりガリウムを回収し,分離された無機ヒ素を無毒化処
バ ラ ミ ン , 他 ) , 酸 化 チ タ ン ( TiO2 ) , メ チ ル 基 供 与 剤
理するプロセスを検討した.GaAs 半導体チップから,ガリ
)から構成した11).メチル基供与剤としては,pトル
ウムを回収するためには,GaAs 半導体を酸性水溶液に溶解
(XCH3
11
第
号
629
ビタミン B12 を用いたバイオインスパイアード触媒によるヒ素の無毒化処理と Ga リサイクル
Fig. 4 Arsenic detoxification system by a bioinspired catalyst with vitamin B12 and a proposed reaction mechanism711). A: systhesis of arsenobetaine (AsB) by using bioinspired catalytic system with vitamin B12. B: estimated reaction mechanism of catalytic system with vitamin B12 and methyl transfer from methyl donor (XCH3) to arsenic. XCH3: methyl donor, X: ptoluenesulfonyl group, hv:
photoirradiation.
し,溶解したヒ素イオンを,ヒ素に対して選択的に吸着する
吸着剤を用いて分離した.この吸着剤は,セリウム化合物を
た.溶液中の金属濃度は ICPMS 法で測定した.
吸着剤をろ過法で分取し,ろ液をエバポレーターで濃縮し
主成分とするもので,水酸化セリウムが有する高いヒ素補足
た.ICPMS 法で金属濃度を評価した.吸着剤は,0.1 mol/
能力に着目して開発されたものである14) .レアアースであ
L 水酸化ナトリウム( 200 mL )で 3 回処理して吸着剤からヒ
るセリウムの日本国内での用途別使用量については,ガラス
素を脱離させた.この溶液を 100 mg As/ L になるように濃
用の研磨剤や紫外線遮蔽ガラスへの使用が大部分を占めてい
度の調整を行った(液 C ).液 C を 2 mL, 1 mol / L Tris 塩酸
る.セリウムは安定資源確保の観点からも,再資源化が望ま
緩衝液( 48 mL ) , CH3B12 ( 15 mg ) , Cys ( 8 mg )を加え, 100 °
C
れる.ガラスを研磨した後に残る使用済み研磨材中には酸化
で 2 時間反応した.引き続き,超純水 100 mL,ヨード酢酸
セリウムが高濃度に含まれる.研磨屑に含まれるセリウムの
( 20 mg ) , Cys ( 40 mg )を加え, 80 °
C で 2 時間反応した.反
リサイクル技術の開発にも成功している14) .本研究では,
応生成物は,高速液体クロマトグラフ法誘導結合プラズマ
ガラス研磨屑から再利用したセリウム系ヒ素吸着剤を用いて,
質量分析法(HPLCICPMS 法)により分析した.
GaAs 半導体を溶解した水溶液から,ヒ素イオンを選択吸着
3.2.2
結
果
し,ガリウムからヒ素を分離した.分離したヒ素は,溶液の
ガリウム標準液またはヒ素標準液(金属濃度 100 mg /L)
pH を変化させることにより,吸着剤から脱離し,無毒化処
を用いた場合の,ガリウムイオン,ヒ素イオンに対する吸着
理を行うことによりアルセノベタインに変換した.ヒ素を脱
剤の吸着特性を示す( Fig. 6 ).反応温度 30 °
C ,吸着剤量 80
離した使用後の吸着剤は,pH を再調整して処理することに
g ,処理液量 1.6 L ,攪拌速度 100 rpm の条件で実施した.
より,吸着剤としての再利用が可能である.
吸着等温線から得られる飽和吸着量の値は,> 10 mg As /
3.2
3.2.1
g吸着剤であり14),本実験の吸着量は 2 mgAs/g吸着剤で
ガリウムの回収とヒ素の無毒化処理
実
あった.この条件では,ヒ素イオンに対して選択的な吸着特
性を示した.
験
GaAs 半導体から,ガリウムの回収,ヒ素の無毒化を下記
スキームにしたがって検討した(Fig.
5)11).
GaAs 半導体を 5硝酸で処理した場合の溶液に含まれる
ガリウムイオン,ヒ素イオンに対する吸着特性を示す( Fig.
ガリウム標準液(原子吸光用,1000 ppm)とヒ素標準液(原
7 ).標準液の場合と同様に,ヒ素に対して特異的な吸着特
子吸光用,1000 ppm)を用いて,100 ppm のガリウム,ヒ素
性を示した.ガリウムのヒ素からの分離の程度について評価
混合液( 200 mL )を調整した(液 A ).ヒ化ガリウム( 40 mg )
した.下式( 1 )に従って定義したガリウムの純度は, 99 
と 5硝酸(2 mL)をテフロンるつぼに入れ,100°
C に保持し
であった.
た恒温槽で 9 時間過熱した.室温に冷却後,白色沈殿物
( 17.1 mg )をろ過した.ろ液を超純水で 200 mL に希釈した
(液 B).溶液 A または溶液 B について,吸着剤
w(Ga)/[w(Ga)+w(As)]×100
(1)
[ただし,w(Ga)ガリウムの質量,w(As)ヒ素の質量]
(商品名
GaAs 半導体を 5硝酸で処理した溶液に対する吸着反応
アドセラ,日本板硝子製)10 g を加えて室温で 4 時間攪拌し
後(Fig. 7),溶液から吸着剤を取り出し,アルカリ溶液中で
630
日 本 金 属 学 会 誌(2011)
第
75
Fig. 5 Process of recycling of gallium and detoxification of arsenic from GaAs semiconductor by using cerium oxidebased adsorbent and biomimetic arsenic detoxification system.11)
Fig. 6 Adsorption property for gallium (Ga) and arsenic (As)
for standard solutions by using a cerium oxidebased adsorbent.
The volume of the reaction solution: 1.6 L, the weight of adsorbent: 80 g and the stirring rate: 100 rpm.
Fig. 7 Adsorption property for gallium (Ga) and arsenic (As)
from GaAs semiconductor by using cerium oxidebased adsorbent.
処理することにより,選択的に吸着したヒ素イオンがアルカ
リ溶液中に脱離した( Fig. 8 ). HPLC ICP MS 法により,
遊離したヒ素イオンの化学形態は, 5 価の無機ヒ素[ヒ酸イ
オン,iAs()]であった.
GaAs 半導体の酸処理溶液から,吸着剤を用いてガリウム
から分離した無機ヒ素[iAs()]を CH3B12, Cys で処理し,
選択的にトリメチルアルシンオキシド( TMAO )に変換した
[ Fig. 9(b )].さらにヨード酢酸と Cys により,無機ヒ素を
定量的にアルセノベタインに変換した[Fig. 9(c)](無毒化ヒ
素純度>99).
3.2.3
結
論
Fig. 8 Desorption property for gallium (Ga) and arsenic (As)
from a cerium oxidebased adsorbent.
ヒ化ガリウムの水溶液から,吸着剤(日本板硝子製)を用い
てヒ素イオンを選択的に吸着し,ガリウムを回収した[ Ga /
(Ga+As)>99].吸着した無機ヒ素は,CH3B12 と Cys を
用いてアルセノベタインに変換された(純度>99).
巻
11
第
3.3
号
ビタミン B12 を用いたバイオインスパイアード触媒によるヒ素の無毒化処理と Ga リサイクル
セリウム系吸着剤を使用しないガリウムとヒ素の分離
プロセス
631
1200)15,16),セリウムの需給が逼迫したため,セリウムの
再資源化とともに,セリウム代替材料によるガリウムとヒ素
の分離プロセスについての検討も行った.セリウムフリープ
前述したように,レアアースであるセリウムは,国内で
ロセスの設計は,無毒化処理の特徴を利用した分離プロセス
は,主にガラス用研磨剤,紫外線吸収ガラスなどに使用され
を適用することにより可能である.無毒化処理により,無機
ている.本研究に用いたヒ素選択吸着剤に使用されるセリウ
ヒ素は有機ヒ素化合物であるアルセノベタインに変換され
ムは,ガラスを研磨した後の使用済み研磨屑を再資源化した
る.アルセノベタインは,トリメチル体であり,対応する無
ものである.吸着したヒ素を脱離することにより,吸着剤の
機イオンよりも高い疎水性を有する.したがって,クロマト
再利用も可能となり,持続可能なセリウムの再利用プロセス
グラフ法における分離モードを選ぶことにより,ガリウムイ
を提案することができた.しかしながら,酸化セリウムの価
オンとの分離が容易になる.本検討では,ユビキタス元素で
格が, 2010 年から 2011 年にかけて,急騰し(価格上昇率
ある珪素を構成元素とするシリカゲルを用いたカラムクロマ
ト グ ラ フ 法 に よ り ガ リ ウ ム か ら , ヒ 素 を 分 離 し た ( Fig.
10 ).写真で示したように, GaAs 半導体由来のヒ素は,ア
ルセノベタインとして高純度で単離されることが実証された.
4. ま
と
め
GaAs 半導体からのガリウムの回収とヒ素の無毒化処理に
ついて検討し,以下の知見を得た.


GaAs 半導体の酸溶解液に,セリウム系ヒ素吸着剤を
作用させて,ヒ素をガリウムから分離することにより,ガリ
ウムを回収することに成功した( 99 ).吸着剤に吸着され
たヒ素は,pH を調整することにより吸着剤から脱離した.
Fig. 9 Reaction products of detoxification reaction for inorganic arsenic separated from GaAs semiconductor analyzed by
highperformance liquid chromatography (HPLC)inductivelycoupled plasmamass spectrometer (ICPMS).
(a) Standards solution of inorganic arsenic [iAs()],
monomethyl arsenenate (MMA), arsenobetaine (AsB) and
trimethylarsine oxide (TMAO).
(b) After methylation reaction from iAs to TMAO.
(c) After carboxymethylation reaction from TMAO to AsB.
このヒ素は無毒化処理することによりアルセノベタインに定
量的に変換された.


GaAs 半導体の酸溶解液を直接無毒化処理することに
より,溶液中のヒ素イオンは,選択的にアルセノベタインに
変換された.シリカゲルを充填したカラムクロマトグラフ法
により,アルセノベタインは,ガリウムから高純度で単離さ
Fig. 10 Process of recycling of gallium and detoxification of arsenic from GaAs semiconductor by using biomimetic arsenic detoxification system and column chromatography with silica gel.
632
日 本 金 属 学 会 誌(2011)
れた(99).


ヒ素の無毒化処理について,バイオミメティックシス
テムを開発した.還元補酵素モデルとして,グルタチオン
(GSH)の代わりに単純アミノ酸であるシステイン(Cys)を用
いても反応は定量的に進行した.光照射により,反応は加速
された.


コバルト錯体であるビタミン B12,酸化チタン,メチ
ル基供与体から構成されるバイオインスパイアード触媒につ
いて,無機ヒ素のメチル化反応を検討したところ,ターン
オーバー挙動が確認され,高効率の触媒システムを構築する
ことが可能であることが検証された.
 ヒ素の無毒化処理技術の収率向上,プロ
今後はさらに,◯
 
族化合物半導体から Ga
セス効率化とコストダウン,◯
 アルセノベタインの動物
の安全な回収技術の効率の改善,◯
実験による安全性試験を実施し,効率,経済性に優れたヒ素
無毒化処理技術の確立と,それを応用した,族化合物
半導体からの希少金属の回収技術が望まれる.
本研究の成果の一部は,平成 21 年度および平成 22 年度
環 境 省 循 環 型 社 会 形 成 推 進 科 学 研 究 費 補 助 金 ( K2102,
K22087 ),平成 23 年度環境研究総合推進費補助金(K2334 )
により実施された.
文
献
1) K. Nakamura, Y. Hisaeda, L. Pan and H. Yamauchi: Chem.
Commun. 41(2008) 51225124.
2) K. Nakamura, Y. Hisaeda, L. Pan and H. Yamauchi: J. Organo-
第
75
巻
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