4 月 - 医療情報システム研究室

Vol.5, No.1, 25 April 2015
Monthly Lecture Meeting
第 44 回 月例発表会
第5巻1号
同志社大学生命医科学部
医療情報システム研究室
Published by the Medical Information System Laboratory
of Doshisha University, Kyotanabe, Japan
Medical Information System Laboratory
Monthly Lecture Meeting
Contents
シンギュラリティ
石原 知憲 . . . 1
角膜イメージングを用いたアイトラッキング
藪内 優貴 . . . 8
可視光通信
萩原 里奈 . . . 12
The wireless capsule endoscopy
片山 朋香 . . . 17
エナジーハーベスト
坂口 暁美 . . . 23
ソーシャル決済
石田 直也 . . . 32
IT と農業
吉武 沙規 . . . 37
図書館情報学
横山 宗平 . . . 45
Deep Learning
玉城 貴也 . . . 50
DPC,NDB,医療データベース
和田 寛 . . . 57
3 次元メモリ
岡田 雄斗 . . . 62
量子コンピューター
桂田 誠也 . . . 69
自動運転技術
木下 知奈美 . . . 76
Pepper くん
谷 隼一 . . . 80
ドローン(無人航空機)
尾花 遼汰 . . . 84
携帯電話の変調方式
金原 宏樹 . . . 90
Windows 10
山口 直哉 . . . 95
AppleWatch について
有田 宗平 . . . 100
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
シンギュラリティ
石原 知憲
Tomonori ISHIHARA
石田 和
Izumi ISHIDA
Abstract 近年の ICT 技術の発展に伴い,クラウドコンピューティングやハードウェアの進歩が
加速している.こうした技術により生活は一層便利なものになってきている.こうした分野の発達は急
速で指数的な発達がみられる.ICT 分野だけでなく磁気記憶装置やナノテクノロジーの分野でもこうし
た発達がみられ,このペースで様々な分野が発達すれば,いずれコンピュータ知能が人類の知能を超え
ると考えられている.このコンピュータ知能が人類の知能を超える現象を「シンギュラリティ」と呼び,
2045 年問題として問題視されている.
はじめに
1
近年,ICT ( Information and Communication Technology ) 技術の発展により,私たちの
生活はより一層豊かで便利になった.音声認識によりスマートフォンに話しかけるだけで様々
な情報を検索でき,また自動車の自動運転が可能となり,ICT 技術の発展を身をもって感じて
れるようになった.こうした技術は指数関数的に発展しており,意思を持ったコンピュータ,
人工知能 (Artificial Intelligence) の研究も注目されいる.AI はコンピュータの高速な計算能
力と,人間の高度な判断能力の融合をめざし,情報化社会の中での情報の取捨選択に,大き
な役割を担うことが期待されている.しかしこの目覚ましい ICT 技術の発展が続けば,AI が
人類の知能を超える時代が来ると考えられている.この AI が人類の知能を超える瞬間をシン
ギュラリティ(技術的特異点) と呼び,2045 年までに起きる大きな革変として注目を浴びてい
る.本稿ではシンギュラリティの概念と現状,その後の展望について述べる.
1.1
シンギュラリティとは
シンギュラリティとは ICT 分野では技術的特異点のことを指し,その定義は「コンピュー
タの知能が人間を超える現象,またはその瞬間」とされている.
ここで未来学者でシンギュラリティについて提唱するレイカーツワイル氏を紹介する.彼
はスキャナーやテキスト音声変換装置,OCR(Optical Character Recoqnition),シンセサイ
ザーなどを発明し,未来予言者としてもテクノロジーと未来について様々な予言を的中させて
きた学者である.彼はコンピュータの能力が指数関数的に成長し続けていることを示したうえ
で,その現象がトランジスタの性能向上にとどまらず,磁気記憶技術や太陽電池の製造技術に
もあてはまることを指摘している.IC 技術の発展予測を Fig1 に示す.今後 ICT 分野だけで
はなく,IT 化の進む遺伝子やエネルギーの研究,ナノテクノロジーといった技術分野も指数
関数的な成長を免れないと彼は述べている 1) .
2
人間の知能を超えるコンピュータ知能
シンギュラリティを迎えると人間より処理能力の高いコンピュータの作る世界に,人間の知
能で作る世界は追いつくことすらできなくなる.よって CPU 知能に人類の知能は永遠に追い
つくことが出来なくなる.この状態におちいることを,人間の知能を人工知能が超えたと解釈
されている.
シンギュラリティを迎えるまでは,これまで通り人間が技術開発を進歩させていく.しかし
AI が自我に目覚め,自分で思考しプログラムを書き換えることが可能になれば,それ以降で
は技術開発の主体は人間ではなくなり,人間を超えたコンピュータが担うと考えられる.すな
わちこれまでの経験からは想像もできない世界が出現することが予想される.
1
Fig. 1 IC 技術の発展予測 (参考文献 2) より自作)
コンピュータ分野
3
人類を超えるとされるコンピュータとは,多くの場合 AI を指す.AI は機械学習を用いて電
子計算機に人間が行う高度な知識をもとにした思考,判断,意思決定を行わせることを目的と
している.方法としては知識,言語,意思決定のための法則などを,記号列として電子計算上
で表現し,それらを操作して探索,判断などのプロセスをシュミレートする.
3.1
機械学習
機械学習とは人間が経験によって学習するのと同様に,AI が入力データを経験としアルゴ
リズムで入力データのルールを学習し,AI 自身で以降の判断を決定させる技術である.たと
えば猫の画像の画像識別を例に挙げる.猫の画像とそのタグ(この場合“ 猫 ”)をペアにした
大量のサンプルデータを入力し,猫の画像に共通する特徴を AI に学習させる.学習後以降は
新たに入力された画像に猫の画像と共通する特徴を検知し,猫の画像であると識別するよう
になる.実用的な例としては,Amazon のおすすめ紹介や,Facebook で知り合いと思われる
ユーザーを提示したりするシステムがあげられる.
Fig. 2 機械学習 (自作)
3.2
AI 研究の歴史
1950 年代,その時代の識者たちによって,AI の研究がスタートした.初期の人工知能は,
簡単な問題を対象としていた.AI に解かせたい問を AI が理解できるように入力できなけれ
ば,処理させることができなかった.1980 年代,様々な業界の専門家の知識やノウハウを移
植するエキスパートシステムを AI に導入することを目標として再びブームになった.しかし
当時の AI は専門知識を移植されただけのものであったため,覚えた答えしか出力できなかっ
た.そのため「知識を入れればコンピュータは賢くなる」が,
「人間の持つ知識すべてを書き
2
きれない」という結論に至り,研究は収束した.
1980 年代中頃,マレー・キャンベルとフェンション・シューの 2 人は自ら学習し,思考す
るチェス・コンピューターの開発に取り掛かかった.IBM 研究所はこの 2 人の研究者を迎え
入れ,チェス専用スーパーコンピューター「Deep Blue」の開発に必要なリソースを提供した.
その結果,1997 年の歴史的な対戦の末,Deep Blue は当時のチェスの世界チャンピオンに勝
利した世界初のコンピューターとなった. その後,IBM はコンピューターでありながら,人と同じように情報から学び,経験から学
習するコグニティブ・テクノロジーを用いた Watoson を開発.自然言語を理解できるという
点に注目が集まり,言語理解が不可欠なクイズ番組に挑戦し,そして 2011 年 2 月,クイズ番
組で歴代チャンピオン二人と対決し,見事に勝利を収めた.
そして現在,グーグルやアップル,マイクロソフト,IBM,Facebook まであらゆる巨大 IT
企業が人工知能の研究に乗り出しており,最近では 2015 年 2 月 10 日にソフトバンクテレコ
ム株式会社と提携が発表され,Watson への日本語の導入が発表された.
3.3
チェス専用マシーン ディープブルー
ディープブルーは 32 プロセッサー・ノードを持つ,IBM の RS/6000SP をベースに,チェ
ス専用の 512 個のプロセッサが平行して動く仕組みである.1 秒間に数億ポジションを分析す
ることが可能となったチェス専用のスーパーコンピュータである.DeepBlue は全幅探索を用
いて,ルール上指すことが許されているすべての手をメモリと時間の許す限り,全幅探索で深
く読み進めていくものである.チェスのある局面での合法手の総数は約 35 手といわれている
ので 5 手先読みでは 35 の 5 乗の局面を先読みしなければならない.
1997 年に行われたチェスの世界チャンピオン,カスパロフとの対戦では毎回平均14手先
まで先読みして対局を行った.ある局面で有効手があったが,DeepBlue はその一手を指そう
とせず時間を使って考慮をした.DeepBlue は有効手の 8 手先の局面を瞬時に検索し,8 手先
の評価を点数化した.相手の長考中に有効手の 9 手先の検索を始めると,8 手先に較べて評価
が低くなっていることに気づいた.その後検索を進めると,手数を読み進めるごとに評価点数
が低くなっていることに気づき,有効手と思われた手を打たず,違う手を打ったことでカスパ
ロフの策略を回避し,勝利を収めた.このように DeepBlue は自ら局面を学習し,思考するこ
とで初めて人間に勝利した AI となった.
Fig. 3 Deep Blue(参考文献 3) より引用)
3.3.1
全幅検索
コンピュータ将棋等で一般的に用いられている探索手法は,ミニマックス法とαβ枝刈りを
利用したアルゴリズムである.DeepBlue ではルール上許されるすべての手を検索する際に,
用いられるアルゴリズムである.Fig4 のノードは局面,エッジは指し手に対応する.一番上
のノード(ルートノード)が探索を開始する局面である.探索を行う場合,最初に何手先まで
読むかを決めておき,ルートノードからその手数まで進んだノード(葉ノード)で評価関数に
よってその局面の優劣を数値化する.ミニマックス法とは,自分の手番では最も自分に有利な
手を選び,相手の手番では自分にとって最も不利な手を選択することを前提として最善手を選
択する手法である.αβ枝刈りとは,そのような選択をする場合に不必要なノード展開を防ぐ
ための方法である.実際にはさらに反復深化法と呼ばれる,先読みの深さを徐々に深くしてい
くという方法が用いられる 4) .
3
Fig. 4 全幅検索 (参考文献 4) より引用)
3.4
IBM Watson
Watson は AI 技術の中でも,
「自然言語処理」と「機械学習」を最大の特徴とするコンピュー
タである.
人間の話す言葉を理解すると同時に,サーバーに保存された大型データベースやインター
ネット上に散在する膨大なデータを分析し学習する.そして分析から導き出した最も合理的な
答えとその思考の道筋,またその妥当性を示すことができるため論理的に思考できる.した
がって Watson は人間が直接プログラミングする必要はなく,人間とのかかわりの中で成功と
失敗両方から学習し,より賢くより速く処理できるように成長する.本節では Watson の質問
に対する解答までの原理と流れを説明する.
Fig. 5 Watson(参考文献 3) より引用)
• 仮説生成
Watson は質問に対し,仮説の生成とその評価を行う.さまざまなデータから素早く関連
性のある情報を見つけて解析し,複数の解答候補がどの程度確かなのかを検証し評価を
行う.
• 自然言語
Watson は自然言語を読み取り理解することが可能である.自然言語とは人間が一般的に
意思疎通に用いる言語である.今日存在するデータの約 80 パーセントは非構造化データ
であるため,データ分析において自然言語を解釈できる Watson の能力が重要となる.
Watson は自然言語を解釈し,根拠をもとに仮説を生成し,経験から学習していくことがで
きるため処理を行うごとに知識を蓄積し学習できる AI である.Fig6 に Watson の解答を行う
までの全体像を示す.Watson を活用すれば,企業はビジネスを取り巻くデータをより深く理
解して活用し,より適切な意思決定を行えるようになると考えられる.
たとえば患者を診断中の医師が,病気の症状を Watson に会話するように言葉で伝えると,
Watson が今までに発表された医療関係の学術論文や症例を大量に検索,分析し,それに基づ
いて挙げられる病名等を医師にアドバイスする.したがって Watson は人間の意思決定を支援
するテクノロジーとして利用されることが期待されている 3) .
4
Fig. 6 Watson の思考の仕方 (自作)
各分野の研究
4
4.1
ロボット工学分野
Google はロボットに特定の性格などを植え付けられるシステムのアメリカ特許を取得した.
性格の作成方法は明らかになっていないが,人間の意識の正体やメカニズムはまだ医学的にも
解明されていないことから,動画や音声などのデータを解析して,パターン分類的に特徴を抽
出する方法などが取られていると考えられる.
この技術が普及すれば,人間のさまざまな特徴に基づく性格情報がデータベースに蓄積
され,クラウド技術を活用し,ロボットに性格データをダウンロードすることが理論上可能に
なる.また特定の個人に性格を含めて話し方や表情などを似せることが可能となり,亡くなっ
た親族に似せたロボットを身近に置くことによって心痛を和るといった活用法も考えられる.
この技術はクラウドベースになるため,旅行の際,自宅のロボットを持ち運ぶことなく,移動
先で別のロボットに同じ性格をダウンロードすることもできる.
さらに実際の人間の性格をロボットに植え付けるのではなく,自分好みの性格を好みの外
見をしたロボットに載せることも可能である.そのためホテルや飲食店などが接客用のロボッ
トを顧客の好みに合うようにセットするといった使い道も想定されている.
現在 Google の子会社,ボストンダイナミクスにより人型ロボットを開発しており,性格
をダウンロードするためのアンドロイドの開発も進んでいる.
4.2
電気工学分野
オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学の量子コンピューターテクノロジーセンター
が,原子 1 個で構成され実際に動作するトランジスタを作成することに成功した.これまでコ
ンピューター技術の究極として,多くの研究者が目指していることの 1 つが,1 個の原子で構
成されるトランジスタであった.コンピューターに用いられているトランジスタは,電圧の状
態に応じてスイッチの役割を果たす.物質の最小単位である原子 1 個の状態で制御することが
できれば,物理的に存在できる最小のトランジスタになると期待されている.さらに同大学の
研究チームは原子レベルの超精密技術で大きな成果を続けて上げており,リン原子 4 つ分で構
成される配線技術を発表している.しかし,作成されたトランジスタは液体ヘリウムで冷却さ
れた超低温環境でないと動作せず,動作速度も遅い.そのため現在の技術ではコンピューター
用の半導体として実用化することはないが,将来的な量子コンピューターへの道を開くものと
して期待されている.また今後量子コンピュータまではいかなくとも,確実にコンピュータの
チップは微細化すると考えられている 5) .
5
シンギュラリティ以降の世界
ここで先ほど紹介したレイカーツワイル氏が提唱しているシンギュラリティ以後の世界の予
想を紹介する 2) .
5
5.1
脳のデジタル化
レイ・カーツワイル氏は,コンピュータの性能は指数関数的に向上し,
「人間の脳の機能を
スキャンできる」程に発達すると述べる.すなわち人間の脳をデジタル化し,保存,コピー,
デバイスにインストールすることが可能になる.
人間の脳をアップロードするとは,脳の目立った特徴を全てスキャンして,それらを十分に
強力なコンピューティング基盤に再インスタンス化することである. 「脳のデジタル化」を
行えば,自分という存在を別の場所に引き継ぐことも理論上可能になり,私たちは「人体」と
いうハードウェアを乗り越え,よりソフトウェア的な存在となると考えられる.
これは人間が死亡したとしても,脳を保存しておくことでロボットに自分をインストールす
ることができ,そのロボットをあたかもその人間としてとして扱うことが可能になる.実際,
すでに脳の機能の一部はシミュレーションが可能なまでにモデリングされており,脳波で義手
をコントロールするものや,ALS 患者用の意思疎通システム等もその一例として挙げられる.
5.2
臓器の代替
次に人間の身体に「ナノテクノロジーを使った極小のロボット(ナノボット)」を注入する
ことで,臓器が不要になる.
たとえば,血液は心臓のポンプを使って循環しているが,自ら運動する血球ロボットを血管
に流し込めば,ポンプの役割を担う心臓は不要になる考え方である.
心臓を不要にするという観点で考えると人工心臓への交換も実現し始めているが,より有効
な方法は心臓を完全に取り除くことである.実際,ある学者が設計したもののひとつに自力運
動性のナノロボット血球がある.血液が自動的に流れるのであれば,一点集中のポンプに非常
に強い圧力が求められるという技術上の問題は解決されるため,心臓の代替を担うことが考
えられる.
この技術が実現すれば,栄養はもちろん,ホルモンなども血中のナノボットが提供するよう
になり,やがて血液やその他の代謝経路を流れる化学物質,ホルモンなども体外で合成できる
ようになるため,それらを作り出す臓器も不要になっていくと考えられている.
5.3
人体のコントロール
細胞レベルや遺伝子レベルで人体をコントロールすることが可能になれば老化や体質といっ
た身体的特徴ですら,コントロールすることも可能となり,さらには死の克服すらも可能とな
る.ナノテクノロジーを用いた医療が介入すると,最終的に,老化を止めるだけでなく,現在
の年齢から本人が希望する年齢へと若返れるようになる.毎年健康診断と体内洗浄を受け,必
要に応じて修復を行えば,年齢を自分が選んだ年齢に近づけることができる.よって現在の寿
命より約 10 倍は寿命が長くなると考えられる 2) .
シンギュラリティに対する批判
6
こうしたシンギュラリティ以降の世界が予見される中,シンギュラリティを危惧し,シン
ギュラリティを批判する学者も存在する.現在挙げられている批判を下記に述べる 6) .
6.1
ソフトウェアの発達とハードウェアの発達
ハードウェアは指数的に成長する半面,ソフトウェアは人間の試行錯誤の結果によるため急
速には進歩しない.よってたとえハードウェアが超人間的レベルまで進歩しても,ソフトウェ
アは人間並みに進歩しないとする批判である.しかし,ナノテクノロジーの進歩(血球サイズ
のロボットなど)により,2020 年までには脳全体をモデル化しシミュレートするのに必要な
データの収集と,コンピューティングのツールを手に入れることが可能になるとされている.
6.2
人間の知識の再現
人間の知能は脳におけるタンパク質や熱などの,物質の固有の性質により創発するものであ
るため,コンピュータによる計算ではシミュレーションできないとする批判である.しかし,
人工知能は脳とまったく同じように機能する必要はなく,同じように機能しているように見え
れば問題はない.過程はどうであれ質問に対する答えと入力に対する出力が応答していれば,
見かけ上脳と同じように機能しているように見えるため,AI は応答関数であればよいという
6
意見もある.
7
まとめ
本稿ではシンギュラリティの概念と現状,その後の展望について述べた.各分野の指数的
発達によりコンピュータ性能は急速な発達を遂げ,いずれ人類の知能を超える.シンギュラリ
ティを迎えると脳のデジタル化や人体のコントロールが可能となると予想されている.現在で
は機械学習や自然言語処理を用いたAIの研究,また原子サイズのトランジスタの実現まで
研究は進められている.また google が性格のダウンロード技術の特許を取得し人格のポータ
ブル化が可能になった.そのため人間の存在意義といった倫理的な問題も表面化している.こ
うした問題を解決するため,コンピュータに感情や思考を持たせる意味での,感情や思考の研
究も今後加速していくことが予想される.
参考文献
1) 徳田英幸 Ray Kurzweil, 未来への提言 加速するテクノロジー, 第一刷発行, NHK 出版,
2007.
2) “21
世 紀 中 に 訪 れ る「 シ ン ギュラ リ ティ(技 術 的 特 異 点)」と は 何 か,”
http://www.ikedahayato.com/index.php/archives/27729,
日.
閲 覧 日:2015 年 4 月 2
3) IBMJapan, “Watson news,” http://www.ibm.com/smarterplanet/jp/ja/ibmwatson/?lnk=jphpcs2,
閲覧日:2015 年 4 月 2 日.
4) 北陸先端科学技術大学院大学, “なぜ将棋?探索,” https://www.google.co.jp/#q=閲覧日:
2015 年 4 月 17 日.
5) 山 路 達 也,
“1
つ の 原 子 か ら 構 成 さ れ る ト ラ ン ジ ス タ が で き た,”
http://www.tel.co.jp/museum/magazine/news/015.html, 閲覧日:2015 年 4 月 17 日.
6) “有意水準の石,” http://user.keio.ac.jp/ũa805580/reading/20121012 significance.html, 閲
覧日:2015 年 4 月 2 日.
7
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
角膜イメージングを用いたアイトラッキング
藪内 優貴
Masataka YABUUCHI
田中 勇人
Hayato TANAKA
Abstract アイトラッキングはマーケティングや心理学などの様々な分野で用いられている.近年,
医療分野で応用すべく角膜イメージングを用いたアイトラッキングが開発された.この技術により,眼
球表面画像を利用することで装着機器と校正処理を必要とせずにアイトラッキングを行うことができる
ようになった.しかし,品質の良い画像が得にくいなどの問題点が生じた.この問題点を改善し,計測
精度が落ちないアイトラッキングを可能にした技術について述べる.
1
はじめに
人が商品を購入する際にウェブサイトや広告など様々な媒体を見て判断する.商品の価値や
品質以外にも視覚で得たイメージが判断に与える影響が大きい 1) .そのため,生活者の価値
観やライフスタイルの多様化に伴い,生活者の潜在的な心理状況を把握・分析することが求め
られている.この分析で近年用いられているのがアイトラッキングである.この一例として自
動販売機での利用がある.従来,自動販売機において,人の注目を集めているのは左上に設置
された商品であると思われ,主要商品は左上に置かれていた.しかし,アイトラッキングを利
用して調査したところ,人の視線を集めていたのは左下であることがわかった.これにより,
自動販売機の陳列が変化したことが報告されている 2) .本稿では,アイトラッキングを医療
分野に応用するために,活用されている角膜イメージング法について述べていく.
2
アイトラッキングの概要
アイトラッキングとは,人の顔や眼球,角膜反射を赤外線で捉えて視線の動きを追跡する方
法である.この技術は,人の注視行動の把握ができるため,客観的な調査が可能である.アイ
トラッキングの模式図を Fig. 1 に示す.眼球の動きを捉えるために被験者にアイカメラを装
着し,視線方向を撮影するために環境カメラを設置する必要がある.また,機器の装着が不要
な場合でも,計測を始める前に校正処理が必要である.校正とは,被験者の前面に仮想的な平
面を想定し,アイカメラによって検出された眼球の角度と平面上の位置を対応付ける処理であ
る.そのため,被験者が校正したときと異なる状況になると,大きな誤差が生じる.マーケ
ティングでは,ある一定の場所から動くことなく商品やウェブページが見れるのでこの方法が
適用できる.しかし医療現場では,医師の術野が変わることで校正がうまくいかないことがあ
る.すると,正確な計測ができなくなり,アイカメラの画像と環境カメラの画像を対応させら
れなくなる.そこで,次章では,それらの問題を改善すべく,新しい方法について述べる.
注視点
環境カメラ
被験者
アイカメラ
Fig. 1 アイトラッキングの模式図(参考文献 3) より自作)
8
角膜イメージングを用いたアイトラッキング
3
新たなアイトラッキングには,角膜イメージングを用いる.角膜イメージングとは,眼球表
面に反射した画像のことである 3) .この像を解析することにより被験者が何を見ているかが
わかり,周辺視を知ることができる.従来法は被験者の前面に仮想的な平面を仮定し注視点
を検出するものであるため,校正時と異なる環境では正しく動作しない場合がある.しかし,
眼球表面上で反射する像と,環境カメラで撮影した環境の画像とを直接対応付けすることで
注視点検出を実現する.この注視点計測の概念図を Fig. 2 に示す.角膜イメージングを用い
ることにより,以下のような利点が得られる.眼球の表面反射像は視線計測カメラにより遠隔
から撮影できる.そのため,機器を装着する必要がなくなる.また,校正処理が不要になる.
さらに,校正時とは異なる状況においても正しく動作することが可能になる.本章では,角膜
イメージング法を支える技術について述べる.
環境カメラ
注視点
被験者
眼球計測カメラ
Fig. 2 角膜イメージングを用いたアイトラッキングの模式図(参考文献 3) より自作)
3.1
眼球の表面反射を用いた注視点計測
眼球の表面反射を用いた注視点計測は,眼球表面上で視線方向から来る環境光を反射する点
(GRP:Gaze Reflection Point)を眼球の幾何モデルを用いて求める手法である.これにより
眼球表面反射画像での GRP における画像特徴と環境カメラにおける画像の画像特徴を比較す
ることで,注視点を推定することができる.眼球の幾何モデルは実際の眼球および近似したモ
デルを用いる.眼球は単一の球面ではないので,角膜部分の球面と眼球本体の 2 つの異なる球
面から構成すると正確に近似できる.この幾何モデルは実際の眼球と完全に一致していない
が,幾何的に単純で解析には扱いやすいという利点がある.眼球の表面反射解析においては十
分な精度を持つ.
次に,眼球計測カメラ画像から眼球の姿勢推定手法について述べる.今回は,弱透視投影モ
デルに基づいた近似解法により GRP を導出する手法を用いる.弱透視投影モデルとは, カ
メラの校正は必要ないが,性質上瞳を平行投影する近似投影面での瞳の奥行きの差とカメラ
と近似投影面との距離の比に応じて誤差が大きくなるというものである.この誤差について
は,実験設計において問題になることは少なく,計算量が少ないので用いられる.GRP は反
射球面である角膜球面の幾何モデルと,眼球計測カメラから得られた眼球姿勢を用いて求め
ることができる.
また,眼球光軸と注視方向の差(個人誤差)を補正する手法についても述べる.先程求めた
GRP は,視線方向が眼球の光軸方向と一致するという仮定に基づいている.この視線方向と
眼球光軸のずれは個人に依存する値であるので,何らかの方法で注視点推定前に取得する必
要がある.そこで,GRP の導出と同様に,眼球の表面反射を用いて行う.
この技術を用いれば,環境カメラにおける画像中の点と眼球表面反射像中の点を直接対応づ
けるため,校正処理をする必要がなくなる.
3.2
アクティブ照明による注視点計測
アクティブ照明による注視点計測は,環境に対してパターン光を投影することで眼球表面
反射画像と環境画像を対応付けする手法である.これにより,通常の撮影では眼球の表面反射
9
光は弱く解像度も高くないのでマッチングすることは困難であった問題点が解消される.注
視点の動的な動きに対応するため,非常に高速に時系列パターンを投影できる照明システム
(HF-PIP:High Frame-rate Programmable Illumination Projector)を新たに開発し,高速度
カメラと同期して撮影するシステムを実現した.HF-PIP は格子状に設置された高輝度 LED,
レンズ系,コントローラからなり,任意のパターン光を数百 Hz で投影することが可能になる.
この仕組みにより,環境をアクティブ光で照明することで環境カメラ画像中の点と眼球表面反
射画像中の点を対応付けすることができ,注視点の検出を行うことが可能になる.この技術に
ついては,LED アレイプロジェクタ (LED-AP)を用いる方法と,パターン発光マーカを用い
る方法がある.
3.2.1
LED-AP
LED-AP は,格子状に配置された高輝度 LED 群,レンズ,コントローラで構成される.LED
は 0.05ms で点滅を制御可能であり,各 LED で異なる時系列の 2 値パターンを投影できる.ま
た,各 LED の方向を個別に変えることができるため,広い領域をカバーできるように照明光
を配置できる.各 LED の時系列照明パターンにユニークな ID を持たせることで,カメラの
撮影画像列から ID を復元し,光源となる LED を同定することができる.一方,環境中の空
間解像度は LED の数により決まるため限界がある.この欠点を補うため,線形補間を組み合
わせて注視点の推定を行う.すなわち,眼球反射画像中において GRP から近い 3 つの LED
の投影点を求め,それらと GRP との相対的な位置関係を求める.環境画像中からも各 LED
の投影点を求め,既に得られた GRP との相対位置関係を用いて,環境画像中の注視点を推定
する.処理の流れは以下のようになる.まず,眼球反射画像列から時系列コード復元を行い,
ピクセル毎の ID を求める.復元された ID を元にラベリングを行い,一定以上の面積を持つ
ラベルを求め,その重心位置を各 LED に対する表面反射点とする.LED-AP は可視光 LED
あるいは赤外 LED で実装している.これにより,被験者が投影光に気づくことなく注視点推
定を行うことができる.注視点を環境画像中の任意の点として得ることができるので,得られ
た注視データの後解析が容易になるという利点がある.
3.2.2
パターン発光マーカ
パターン発光マーカは,LED-AP の各 LED を独立させた構成からなり,各マーカ毎に異
なった時系列パターンを発光する.これにより,マーカを注視対象物に取り付けることで,被
験者がその対象物を注視しているかを判断することができる.各マーカに Aruduino マイクロ
コントローラが実装されており,リアルタイムクロックで同期させることにより同期した発光
パターンを保つことができる.このマーカの眼球表面上での反射光と GRP の位置関係から,
マーカと視線方向の角度を計算できる.これで,角度による閾値処理などを行うことで注視し
ているか否か判定する.この方法で得られる注視情報は対象物体単位であるが,対象物に小型
のマーカを取り付けるだけでよく,簡易な構成で実験可能であるという利点がある.
4
現在の応用例
筋委縮性側索硬化症(ALS)や筋ジストロフィーなどの疾病や難病,脊髄損傷や頚椎損傷
の事故による障害を持つ患者がいる.患者が,目の動きと瞬きだけで会話や周辺機器の制御
ができるシステムの構築がされている.視線をマウスやキーボードに代わるコンピュータへ
の入力装置として利用されているものもある.Fig. 3 に示す,Tobbi Technology 社のマイト
ビー C15Eye は,視線で操作する意思伝達装置である.マウスやキーボードではなく,目だけ
を使って文章を書いたりメールを送受信できるツールである 4) .また Fig. 4 に示す,Tobii
X2-30 という機器がある.この機器は携帯性に優れ,頭などに装置を付ける必要がなく機器装
着の煩雑さがなくなり利用しやすい.さらに,アイトラッキング装置の前に座って画面に出て
くる点を数秒追うという,校正処理をするだけで使用できるという利点もある.これらの機器
における校正処理は,座標計算のための瞳孔中心と角膜反射点の画像を取得するために必要
である.このように,アイトラッキングはすでに医療分野で利用されている.
10
Fig. 3 マイトビー C15Eye(参考文献 4) より引用)
Fig. 4 Tobii X2‐ 60 アイトラッカー(参考文献 4) より引用)
5
今後の展望
角膜イメージングを利用したアイトラッキングを用いることで機器を装着せずに手術を行
う方法が考えられている.今後は,手術室で執刀医らが消毒された手を汚すことなく,コン
ピュータや医療機器を目だけで操作できるようなシステム作りなどにも,アイトラッキングを
活用できることが期待される.アイトラッキングを利用すると,執刀医は目を使って画像をめ
くったり,拡大するなど医療機器を操作できる.これは腹腔鏡手術での方向感覚喪失のリスク
低減,複数作業の同時遂行も可能になると考えられている.現在考案された角膜イメージング
を用いたアイトラッキングが医療の分野に応用されることが期待されている.
6
まとめ
アイトラッキングとは視線の動きを追跡する手法で,マーケティングや心理学など様々な分
野で用いられている.医療現場では,医師の術野が変わることがあり,アイトラッキングで医
師の視線調査を行う際には,正確な視線追跡が困難になる.そこで,角膜イメージングを用い
たアイトラッキングが開発された.この技術により,装着機器を必要とせず,校正処理も不要
で,校正時と異なる状況においても正しく計測を行うことが可能となる.角膜イメージングを
用いたアイトラッキングが実用化されると,医師は手術中に視線を動かすだけで画面を操作で
きると考えられている.これからは医療現場での応用が期待される技術である.
参考文献
1) “人 の 眼 球 の 動 き を 記 録 し て 分 析 す る 調 査 手 法,” http://itpro.nikkeibp.co.jp/
article/Keyword/20100901/351671/, 閲覧日:2015 年 4 月 5 日.
2) “自販機の一等地は「左上」
?人の視線を追いかけたら“常識”が覆った,” http://bizmakoto.
jp/makoto/articles/1403/26/news045.html, 閲覧日:2015 年 4 月 5 日.
3) 中澤篤史, “角膜イメージング法を用いたパララックス誤差に頑健な注視点推定法,” 画像セ
ンシングシンポジウム論文集, Vol.18, No.19, pp.1–8, 2013.
4) “Tobii 社、視線追跡を医療分野に,” http://www.medtecjapan.com/ja/news/2013/08/
20/907, 閲覧日:2015 年 4 月 6 日.
11
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
可視光通信
萩原 里奈
Rina HAGIWARA
岡村 達也
Tatsuya OKAMURA
Abstract 現在,携帯電話や無線 LAN 等で使用されている通信は,電波による人体や精密機器へ
の影響が指摘されている.そのような状況で,LED(Light Emitting Diode:発光ダイオード) やイメー
ジセンサの技術の発展から,新しい無線通信として可視光通信が注目されている.可視光通信は送信デ
バイスが高速に点滅することにより変調された情報が送られ,受信デバイスで情報を受け取る通信技術
である.可視光通信は従来の無線通信には無い特徴を持ち,様々な方面への応用が考えられている.
1
はじめに
現在携帯電話や無線 LAN 等で広く使用されている通信には,一般的に電波による人体への
影響から送信電力を上げる事ができなく,通信距離が制限されるという特徴がある.その他
に病院では精密機器への影響から電波による通信は使用できないという問題点も指摘されて
いる.また近年,LED の発光効率が急速に向上し,照明器具へと広く普及している.さらに,
イメージセンサなどに関しても技術が改善され,感度が向上してきている.
このような状況から,広く普及している LED を送信デバイスに,イメージセンサを受信デ
バイスに利用する可視光通信が注目されてきている.可視光通信とは光源を高速に点滅させ
ることにより情報を送り,イメージセンサなどでそれを受け取る通信技術である.可視光通信
は従来の通信方式とは異なり電波を用いないことから,その安全性や利便性において期待が
高まっている.例えば現在,照明機器から位置情報を取得し,屋内ナビゲーションを実現する
というような用途など,様々な応用例が考えられている.本稿では,可視光通信の特徴,仕組
み,課題,及び展望について述べる.
2
可視光通信の特徴
可視光通信とは,目に見える可視光(波長 380[nm]∼780[nm])を見てもわからないほど高
速に点滅させることで情報を送る通信技術である.これは,LED など半導体素子の高速応答
性を利用して可視光によって情報を発信し,フォトダイオードやイメージセンサなどの素子で
受信してデータ通信を行う技術である.Fig. 1 において,可視光通信の概要を示す.
Fig. 1 可視光通信の概要(参考文献 1) より自作)
可視光通信には,電波による通信や赤外線通信に無い以下のような特徴がある.
• 電磁環境への影響低減
可視光による通信であれば,電波による人体の影響がないため,高い電力で通信が可能で
ある.また,電波を利用しないため,病院内などの精密機器に影響を与えない.
• インフラの兼用
12
照明器具のインフラを活用して,通信を可能にすることから,新たな電源配線の必要がな
いなどスペースの確保が必要なく,コストがかからない.また,今使われている光を点滅
させるだけなので新たな通信目的のエネルギーを必要としないため,省エネルギーになる
ことも期待される.
• 通信媒体の視認性
通信媒体である光が目に見えるので,どこから情報が出ているのか,どこで通信が可能な
のかを視認することが可能である.また,カーテンなどの身近な物で通信を容易に遮断す
ることができるため,セキュリティの確保が容易である.
• 利用しやすさ
現段階では可視光通信は電波法などでの制限の範囲外であり,免許申請や周波数割り当て
などの法規制がないため,利用しやすい 2) .
可視光通信の仕組み
3
3.1
送信デバイス
可視光通信に利用できる代表的な送信デバイスは,LED である.チップ技術,蛍光体技術,
パッケージ技術の改良により,LED の発光効率が上昇している.LED としては,白色 LED
と単色 LED の 2 種類がある.白色 LED の発光方式は以下の 3 種類がある 3) .
• 青色 LED により,黄色蛍光体を光らせる.
• 近紫外線または紫色 LED により,赤色,緑色,青色の蛍光体を光らせる.
• 光の 3 原色の LED(赤色,緑色,青色)を組み合わせる.
このうち,蛍光体を用いる方式は蛍光体の応答速度が遅いため高速化に向かない.このため,
3 原色型白色 LED において,1 色のみに変調を加えて,他の 2 色は変調なしで点滅させるこ
とにより,通信を行う方式が考えられている.電波による通信と可視光通信の速度を Table. 1
において比較した.
Table. 1 通信速度の比較 4)
電波による無線通信 [bps]
赤色 LED[bps]
緑色 LED[bps]
青色 LED[bps]
白色 LED[bps]
11M∼54M
614M
520M
662M
614M
3.2
受信デバイス
可視光通信の受信デバイスとしては,フォトダイオード,イメージセンサが用いられる.フォ
トダイオードは周囲の明るさにより出力電流が変化するものである.フォトダイオードの種
類として,pn フォトダイオード,pin フォトダイオード,アバランシェフォトダイオードが挙
げられる.pn フォトダイオードは,応答速度が低速で光が当たっていないときに流れる暗電
流が小さい.pin フォトダイオードは,応答速度は比較的高速だが暗電流が大きい.アバラン
シェフォトダイオードは,応答速度が高速で高感度であり,微弱光信号の検出に適している
が,駆動に高電圧が必要となり高価である.フォトダイオードは構造が簡単で低コストであ
り,屋内における近距離であれば問題なく通信可能で,通信速度の高速化も可能である.しか
し,混信や外乱光源によるノイズに弱く,長距離通信に向かない等の課題がある.
一方,イメージセンサはフォトダイオードを 2 次元配列した,画像を撮影するための素子で
ある.これは,長距離通信や複数光源からの並列通信,屋外での利用が可能となる.しかし,
構造的にフォトダイオードより高価になることや複数信号を同時に処理するので負荷が大きく
高速通信が困難であるといった短所がある 2) .また,送信側にも多数の LED を配列した並
列通信を行うものもある.イメージセンサは,近年高感度・高速・広ダイナミックレンジ・低
雑音といった技術が大きく改善している.イメージセンサの感度の技術について Fig. 2 に示
す.イメージセンサの高感度化のためには,光を効率よくフォトダイオードまで導くことが重
要である.表面から光が照射されるイメージセンサでは多層配線のために,光の一部が配線層
で反射されてフォトダイオードまで光が届かなくなる.そこで,裏面照射型では,チップ表面
のマイクロレンズから受光面までの距離を短くでき,障害となる配線層もないため,感度が向
上した.
13
Fig. 2 イメージセンサ(参考文献 5) より自作)
3.3
変調
光で通信を行うには,通信したい情報を光にのせて送信するため,変調が必要となる.変調
とは,通信媒体を介して情報を効率的,正確に伝送できるように搬送波を加工・変更すること
である.可視光通信の変調方式は,電波による通信や赤外線の光空間通信等で使われている
様々な変調方式を使うことができる.以下において様々な変調方式について説明し,Fig. 3 に
おいて変調の概要を示す.
• ASK 変調 (Amplitude Shift Keying)
ASK 変調方式は Fig. 3(a) に示すように,2 ビットのディジタル情報である 0/1 に振幅の
異なる搬送波を割り当てる.ASK 変調には,情報が 0 であるときに情報を送らず,1 で
あるときに情報を送る OOK 変調 (On-Off Keying) というきわめてシンプルな変調方法も
ある.他の変調方式の回路と比べて,それほど複雑ではないが,雑音に弱く,波形がひず
むと復調が困難になり,エラーが増えるという欠点がある.
• FSK 変調 (Frequency shift Keying)
FSK 変調方式は,Fig. 3(b) に示すように,2 ビットのディジタル情報である 0/1 に周波
数が異なる搬送波を割り当てる.雑音に対して比較的強い.その一方で,周波数の占有幅
が広いという欠点がある.
• PSK 変調 (Pulse Shift Keying)
PSK 変調方式は,Fig. 3(c) に示すように,2 ビットのディジタル情報である 0/1 に位相の
異なる搬送波を割り当てる.雑音に強いが,データの伝送効率が悪いという欠点がある.
• 4PPM 変調 (4 Pulse Position Modulation)
4PPM 変調方式は,Fig. 3(d) に示すように,4 つに区切られたうちの 1 つにパルスを配
置し,どの位置にパルスがあるかで情報を送る方式である.明るさよりも電力効率を求め
る変調方式である.
• I-4PPM 変調 (Inverted 4 Pulse Position Modulation)
I-4PPM 変調方式は,Fig. 3(e) に示すように,PPM を反転させたもので,照明を明るく
点灯させながら通信を行う方式である.4PPM に比べて,I-4PPM は明るさが 3 倍とな
るが,電力効率は低下する.エレクトロニクスに関する業界団体 JEITA(電子情報技術
産業協会)で 2013 年 5 月に制定された CP-1223(可視光ビーコンシステム)は,送信デ
バイスから受信デバイスへの通信方式が規定され,I-4PPM 変調方式が採用されている.
企業で発売されている送受信デバイスは,この可視光ビーコンシステムに対応して,実用
化されている.JEITA の規定の説明において,4PPM 変調,I-4PPM 変調,SC-I-4PPM
変調は,4 つの区切りごとに 0.416[ms] が割り当てられている.
• SC-I-4PPM 変調 (Subcarrier Inverted 4 Pulse Position Modulation)
SC-I-4PPM 変調方式は,Fig. 3(f) に示すように,4PPM,I-4PPM では矩形パルスを用
いるため,太陽光などの背景光の影響を受けやすい.そこで矩形パルスの代わりに副搬送
波を用いた SC-I-4PPM が提案されている.副搬送波を用いることで受信側でのフィルタ
処理が可能となり,信号成分と背景光成分の分割が行える.しかし,電力効率が大幅に低
下する.
14
(a) ASK 変調
(b) FSK 変調
(c) PSK 変調
(d) 4PPM 変調
(e) I-4PPM 変調
(f) SC-I-4PPM 変調
Fig. 3 変調の概要(参考文献
4
6)
より自作)
可視光通信の課題
可視光通信では以下の課題が挙げられる 7) .
1. 通信距離が光の届く範囲に限定される.
2. 電波のように遮蔽物を回り込むことや透過することができないため,送信部と受信部を遮
断すると通信ができない.
3. 屋外で利用する場合も霧や降雪のような遮蔽状態では通信距離が極端に短くなり,通信が
出来なくなることがある.
1 についての解決案として,長距離通信の実験が行われている.例えば,可視光コンソー
シアム (VLCC) は,2008 年 10 月にイメージセンサを用いて,通信距離 2[km] では通信速度
1022[bps],通信距離 1[km] では通信速度 1200[bps] を記録している 8) .2,3 については,可
視光通信は視認できるという特徴を活かして対応していく必要がある.
5
展望
可視光通信は電波による通信や赤外線通信に無い特徴から,様々な利用が期待できる.例え
ば,電波による通信が利用できない水中での通信が考えられる.既存の LED を利用した通信
においては,障害者対策や福祉施設,商業施設におけるサービスが挙げられる.また,長距離
通信の実現により,信号機等の交通システムへの応用から ITS(Intelligent Transport Systems:
高速道路交通システム) への展開も期待される 2) .
障害者対策への応用例については,視覚障害者が介助犬に頼らず屋内空間で歩行できるシス
テムの実用化を目指した研究が行われている.LED 照明を利用した可視光通信と,屋内マッ
ピングデータ及び,汎用性の高いスマートフォンに内蔵される地磁気センサを用い,障害者向
けの音声ナビゲーションシステムが開発されている.地磁気センサは屋内空間では鉄筋の影響
等で正確な方向を検出できない問題があるため,LED 照明下の地磁気情報をあらかじめ取得
し補正する必要がある.実証実験を通じて,LED 照明から送られる位置情報と補正処理され
た地磁気の値で,進行方向と距離を案内できることが確認された.また,更なる方位精度の
検出方法を確立する方法として,イメージセンサを用いて LED から送られる位置情報を受信
し,正確な到来方向を検出する研究も行われている 9) .
15
6
まとめ
現在使われている通信には問題が指摘されている.また,可視光通信で用いられる素子の技
術が発展している.これらの背景から可視光通信が近年注目を浴びている.可視光通信は,情
報を光にのせるために変調し,LED を高速点滅させることで情報を送信する.そして,LED
から送られてきた情報をフォトダイオードやイメージセンサによって受信する.可視光通信に
は光の届く範囲に通信が限定されることや,遮断されると通信が出来なくなるという課題が
ある.しかし,それらを可視光通信の視認性のような特徴を活かし,状況に合わせて利用する
ことにより,今後多くの応用が考えられる.
参考文献
1) “株式会社中川研究所,” http://www.naka-lab.jp/product/datatransmit.html, 閲覧
日:2015 年 4 月 1 日.
2) 橋口裕彦, “LED 可視光通信,” 電気設備学会誌, Vol.31, No.10, pp.799–801, 2011.
3) 望月輝, 藤本暢宏, “三原色型 白色 LED による高速照明光通信の一・検討,” 近畿大学工学
部研究報告, Vol.31, No.10, pp.799–801, 2011.
4) “近畿大学,” http://www.kindai.ac.jp/, 閲覧日:2015 年 4 月 2 日.
5) “CMOS イメージセンサ,” http://www.sony.co.jp/Products/SC-HP/tech/isensor/
cmos/, 閲覧日:2015 年 4 月 17 日.
6) 根日屋英之, 小川真紀著, ユビキタス無線ディバイス-IC カード・RF タグ・UWB・ZigBee・
可視光通信・技術動向, 第 1 版 1 刷, 東京電機大学出版局, 2005.
7) “LED 通信技術,” http://www.kendenkyo.or.jp/pdf/technology/159_basic.pdf, 閲
覧日:2015 年 4 月 2 日.
8) “イメージセンサ通信などを利用した長距離可視光通信実験に成功,” http://www.vlcc.
net/pr/090323.pdf, 閲覧日:2015 年 4 月 2 日.
9) 中島円, 神武直彦, 春山真一郎, “視覚障碍者の屋内歩行支援を目的とした音声ナビゲーショ
ンシステムの提案と実証実験による検証,” 電気学会論文誌 C (電子・情報・システム部門
誌), Vol.133, No.5, pp.922–929, 2013.
16
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
The wireless capsule endoscopy
片山 朋香
Tomoka KATAYAMA
滝 謙一
Kenichi TAKI
Abstract カプセル内視鏡とは,口から飲み込まれ,消化管を通過しながら内部を撮影することが
可能なカプセル型の小型内視鏡である.これにより,従来のプッシュ式の内視鏡では観察不可能だった小
腸を見ることが可能になった上,患者の負担が大幅に軽減された.しかし,滞留の危険性や病変部の重
点的観察が困難なことなどの問題点がある.現在,その問題点に対して対処や研究が行われている.近
い未来には,治療可能なカプセル内視鏡が実現していると考えられる.
はじめに
1
カプセル内視鏡 (The wireless capsule endoscopy) は,2000 年にイスラエルのギブン・イ
メージング社によって世界で初めて開発された.イスラエル国防省の軍事技術であるミサイル
の映像処理技術のワイヤレスカメラを技術移転して製品化された.カプセル内視鏡が開発さ
れるまでは,細長い管状の長い内視鏡を押し入れていくプッシュ式が主流であった.その内視
鏡では,小腸の大部分は到達範囲外でなため,観察不可能であった.しかし,カプセル内視鏡
が開発されたことによって,全小腸を観察することが可能になった.
また,ダブルバルーン内視鏡という消化管全域が観察可能である新しい内視鏡も 2001 年に
登場した.現在,カプセル内視鏡は観察目的に使われているが,ダブルバルーン内視鏡は治療
目的に使われている.ダブルバルーン内視鏡を長時間使用することは苦痛を伴うため,事前に
カプセル内視鏡で観察をし,病変部の有無や位置を確認する.このようにカプセル内視鏡とダ
ブルバルーン内視鏡を組み合わせて使うことで,小腸疾患を早期発見,治療をすることが可能
になった.
2014 年には大腸カプセル内視鏡が公的医療保険の対象となり,大腸ガンの早期発見などで
活躍している.保険の適用が拡大したうえ,カプセル内視鏡が患者の苦痛を軽減させるという
利点を持つため,普及が進み,すでに世界中で 200 万件以上利用されている.しかし一方で,
滞留する可能性や観察したい箇所を見逃す可能性があるなどの問題点がある 1) .
本稿では,カプセル内視鏡の概要と問題点に対する現在の対処と研究について述べる.
カプセル内視鏡の概要
2
カプセル内視鏡とは内服薬のように口から飲み込まれたあと,消化管を通過しながらその内
部を撮影することが可能なカプセル型の小型内視鏡である.プッシュ式の内視鏡では見ること
ができなかった小腸も観察可能になったうえ,被験者の負担も軽減した.ベーシックなカプセ
ル内視鏡の大きさは,外径 11mm,長さ 26mm である.カプセル内視鏡の検査での第一の適
応は,原因不明の消化管出血である.他にも血管性病変やクローン病,小腸腫瘍などの診断に
カプセル内視鏡は用いられている.カプセル内視鏡は,従来のプッシュ式では診断不可能だっ
た病変を観察可能にした技術である 2) .
2.1
カプセル内視鏡のシステム構成
カプセル内視鏡のシステムは以下の三つの機器で構成されている.カプセル内視鏡の本体,
カプセル内視鏡本体からの画像データを受信する受信器と外部記憶装置であるデータレコー
ダ,被験者の個人データや撮影された画像を処理し解析するソフトウェアが入ったコンピュー
タの三つである.
カプセル内視鏡本体は,LED(Light Emitting Diode),撮影素子,小型バッテリ,無線送信
装置などで構成されている.Fig. 1 はカプセル内視鏡の構造の断面図を示している.カメラが
前にくるように,カプセルはカメラ側が少し重く設計されている.カプセル内視鏡の実現のた
17
めには,撮影装置,照明装置,無線回路の小型化と低消費電力が必要とされた.
撮影装置は,CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor) もしくは,CCD(Charge
Coupled Device) が使われている.CMOS は半導体を使って読み出しているが,CCD は電気
信号を順繰りに送り出し,DSP(Digital Signal Processor) という半導体によって画像処理を
行っている.CMOS は 19∼27 万画素であり,CCD は 41 万画素である.CMOS は CCD に比
べて消費電力が少ないことが利点であるが,画質が CCD より格段に劣るという欠点がある.
一方で,CCD は CMOS より圧倒的に画質がよいという利点があるが,消費電力は CMOS よ
りかかるという欠点がある.ともに利点と欠点があるため,会社によって採用している撮影装
置が異なる.白色 LED は,一つのカプセルに複数あり,LED の照度をコントロールする自動
調光機能を採用しているため,近部から深部まで明るく照らして鮮明な観察視野を実現して
いる.また,カプセル内視鏡で白色 LED を使用しているのは,赤色領域を一番自然な色で見
ることが可能なためである 3) .
現在のカプセル内視鏡の動作時間は,排出時間に合わせて約 8 時間であり,内蔵電池の容
量,撮像装置と無線装置の消費電力によって限定される.8 時間の確実な画像伝送の実現を優
先するために,体内での伝播電波の減衰を考慮して,中心周波数 315MHz の微弱無線を使っ
ている.受信する電波の強度からカプセルの位置を求めることが可能である.さらに,カプセ
ル内視鏡の無線装置を送信機能のみに限定することで低消費電力化している 4,
5)
.
Fig. 2 は,カプセル内視鏡検査の流れを示している.患者は,カプセルを飲み込み,カプセ
ル内のカメラが患者の蠕動運動に伴いながら小腸を撮影する.撮像時には,一秒あたり二回の
頻度で LED が発光するのと同時に撮影装置で画像データを取得する.取得された画像データ
は患者の体外に貼り付けた受信器へ無線送信される.カプセル内視鏡から送信される電波の
向きや距離による受信映像品質への影響を少なくするために,患者は 8 個の受信アンテナを
つける.その後,画像データはデータレコーダへ記録され,ビデオ化された画像を読影ソフト
ウェアが入ったコンピュータを用いて診断する.読影ソフトウェアは,類似する画像を一つの
画像に重ね合わせて再生時間を短縮するオートマチックモードや,撮影した全画像をその色調
やパターンに基づき,特徴ある画像を自動的にサンプリングしてくれるクイックビューの機能
がついていて,診断支援をしてくれる 2,
6)
.
Fig. 1 カプセル内視鏡の構造 (参考文献 7) より自作)
Fig. 2 カプセル内視鏡検査の流れ (参考文献 8) より自作)
18
2.2
カプセル内視鏡の利点と問題点
カプセル内視鏡の最大の利点は,カプセルを飲み込むだけという簡易な検査であるため,被
験者が苦痛をほとんど感じないことである.カプセルを飲み込んだ状態で日常生活を送るこ
とが可能なため,時間的拘束が少ないことも利点である.また,普通の内視鏡で必要な鎮痙剤
や鎮静剤などの前投薬をカプセル内視鏡検査では必要とせず,腸液が貯留したままの消化管内
腔を蠕動運動にともなって進むため,自然な状態で内視鏡検査が行うことが可能である.しか
し,カプセル内視鏡には問題がある.まず,消化管の内側が予期せず狭くなっている場合,カ
プセル内視鏡が体内に滞留する可能性がある.バッテリーは人体にとって有害なため,滞留し
てしまうことは危険である.そのため,滞留した場合はダブルバルーン内視鏡を使うか外科手
術をして摘出する必要がある.また,患者の蠕動運動に任せてカプセルは進むので,重点的に
病変部を観察することが困難という問題点がある.カプセル内視鏡を見たい方向や場所に動
かすことができないため,病変部を見逃す可能性もある.次章でこれらの問題に対する現在の
対処と研究について述べる.
3
パテンシーカプセル
カプセル内視鏡が滞留する可能性があることに対して,現在の対処はパテンシーカプセルを
使うことである.パテンシーカプセルとは,腸管の内側が狭くなっていることが疑われる患者
がカプセル内視鏡検査を受ける前に,消化管の開通性を確認することが可能な溶けるカプセ
ルである.カプセル内視鏡と同一サイズ(長さ約 26mm,直径約 11mm)のダミーカプセルで
あり,バリウムが入っている.パテンシーカプセルは,口から飲み込みむと胃や腸の中を前進
し,腸管の内側が狭くなっていなければ,自然排出される.排出されない場合は,パテンシー
カプセルの両端にタイマープラグと呼ばれる部品がついており,服用 30 時間後以降は溶解が
開始する 2) .
Fig. 3 はパテンシーカプセルを使用したとき,カプセル内視鏡の検査が可能か不可能かを
判断する分岐図である.30 時間以内に排出された場合,パテンシーカプセルが原形を留めて
いれば,開通性があるので,カプセル内視鏡検査が可能である.原形を留めていなければ,滞
留する可能性があるので,カプセル内視鏡検査は不可である.30 時間以内に排出されない場
合,X 線検査を実施して位置を確認する.パテンシーカプセルが原形のまま大腸にあるなら
ば,開通性があると判断されてカプセル内視鏡の検査が可能である.大腸に到達していなけれ
ば,開通性がないと判断されてカプセル内視鏡検査は不可である.検査が不可と判断された時
は,ダブルバルーン内視鏡を使って診断することになる.パテンシーカプセルが狭窄部で滞留
した場合は,100 時間∼200 時間以内に自然崩壊し,非溶解性のコーティング膜だけが自然排
出される.
滞留する確率は通常の人は 1.6∼2.5 %であるが,クローン病にかかっている人は 8∼13
%と高くなっている.そのため,クローン病の人などはカプセル内視鏡の検査が不可であった.
2012 年にパテンシーカプセルが販売されたことによって,クローン病の人も開通性が確認で
きればカプセル内視鏡の検査が可能になった.多くの人が低侵襲で安全な画像検査を行うこと
が実現した.パテンシーカプセルによって開通性が確認された場合,カプセル内視鏡の滞留率
はほぼ 0 %である 9,
10)
.
Fig. 3 パテンシーカプセル使用時の分岐図 (参考文献 9) より自作)
19
コントロール可能なカプセル内視鏡に向けて
4
一般的に使われている内視鏡は,操作部や手元側の挿入部を医師が直接コントロールをして
使用している.しかし,カプセル内視鏡は被験者の蠕動運動によって消化管内部を移動してい
くため,病変部を見逃す可能性がある.見たいところへ誘導するには,体外からコントロール
可能な仕組みが必要となる.カプセル内視鏡が自走するために必要な条件として,カプセルを
動かすための動力を非接触で供給し,この動きを簡単な方法で遠隔制御できること,小型軽量
化のため構造が簡単であることなどがあげられる.
現在,外部からのエネルギーを利用する場合と,カプセル自体に駆動源を搭載する場合が検
討されている.それぞれ次のような技術開発が行われている.
4.1
外部からのエネルギーを利用する場合
外部の力である磁場を利用して,ヒレ型のマイクロマシンがついたカプセル内視鏡を動か
す研究が進んでいる.2010 年にヒレ型カプセル内視鏡を人の体内で可動させ,撮影すること
に成功した.7) Fig. 4 はヒレ型カプセル内視鏡と外部装置を使って検査している様子を表し
ている.波形を発生させる制御装置より交流電流を大型電磁石に流すことで,磁極間には交流
の磁場が発生する.そうすることで,小型磁石とヒレを組み合わせたマイクロマシンが振動し
てヒレが動く.磁場の波形を制御することによって,方向や速度を自由自在に制御することが
可能である.現在位置や姿勢は,リアルタイムの画像でモニターできる.被験者は事前に水を
500ml 飲み,その中をマイクロマシンがついたカプセル内視鏡が魚が泳ぐようにして進む.可
動式のベッドを使って身体を傾けて水の溜まり具合を調整していくことによって,隅々までヒ
レ型内視鏡が体内を撮影をすることが可能になる.
体外から与える磁場によって駆動するため,駆動時に熱の発生はなく,駆動時間の制限がな
いことが利点である.また,構造が非常に簡単で安価に作成することができるため,将来の臨
床応用時に必要となる使い捨て用途に十分対応可能である.食道から大腸までの全消化管を全
て検査できるようになる可能性もある.使用する磁場も,MRI(magnetic resonance imaging)
検査時に浴びる磁場の強さと比べて約 1/100 と格段に弱く,人体に影響を及ぼさないと考え
られている 11) .
また,外部からの力である磁気を利用する場合での別の方法も開発が進んでいる.均一な磁
場を発生させることが可能な対向型電磁石を XYZ の 3 軸に配置することで任意の方向に磁場
を発生することが可能になる.体外磁場発生装置が発生させる回転磁界により,磁石を内蔵し
たカプセルを回転させカプセル外表面に設けた螺旋によって推進力を得ることができる.自在
に前後進,進行方向をコントロールできるため,対象となる部位にアプローチしたり,観察の
方向やポジションを調整することが可能になる 7) .
(a) ヒレ型カプセル内視鏡 (参考文献 11) より自作)
(b) 外部装置 (参考文献 12) より参照)
Fig. 4 ヒレ型カプセル内視鏡と外部装置
20
4.2
カプセル自体に駆動源を搭載する場合
カプセル自体に移動する機能を搭載する自走式カプセル内視鏡の研究が進んでいる.柔らか
い生体内を傷つけずに走行させるために,滑らかな外形でも走行可能な設計となっている.カ
プセルの本体は,金属製で直径 11mm,長さ 24mm である.その中に電磁石のコイルと,ピ
ストンのように移動する永久磁石で構成された自走機構が入っている.Fig. 5 は,この自走式
カプセル内視鏡の構造である.電気を流すとコイルが電磁石となり,永久磁石の両端と,反発
したり引き合ったりする.この結果,コイルがピストンのように動く振動をコントロールする
ことによってカプセル自体の動きもコントロールすることが可能である.例えば,永久磁石を
左に当たるときは強く,右に戻る時はゆっくり動かすことの繰り返しで一方向に進むという工
夫がされている.
実際にこのカプセルが走行可能なことは確認されている.腸内を 1 秒間に 5mm∼10mm の
速度で進むことができ,飲み込んでから最短 1 時間ほどで,体外に出てくる.前進だけでなく,
印加する電流を逆にすることで後退や停止も可能である.カプセルからリアルタイムで送ら
れる画像をもとに,遠隔操作してカプセルを目的の部位に動かす.特定の部位に到達すると,
無線で位置を知らせてくれるようになっている.この自走式カプセル内視鏡を使うことで,検
査時間を大幅に短縮可能なため,医師や患者の負担が軽減されることが利点である.しかし,
長時間駆動させた場合,熱が発生する可能性があることや電力不足であることなどの問題点
がある.またカメラなどの機構を搭載させるために小型化が必要になる.
平成 28 年度から臨床試験が始まるので,数年以内に実用化されることが予想される.この
走行カプセルを使って,体内の特定の場所へ薬を放出することや,体液を採取したりすること
への応用も検討されている.そのような機構を搭載ためにさらに微小なポンプや採集メカニ
ズムが必要となる 13,
14)
.
Fig. 5 自走のメカニズム (参考文献 13) より自作)
5
展望
検査を目的としたカプセル内視鏡の問題点は改善されつつある.カプセルをコントロールす
る技術の開発は進んできており,数年以内に実用されることが期待されている.外部からのエ
ネルギーを利用する場合,駆動時に熱の発生や時間制限がなく,駆動装置の構造が簡易である
という利点があるが,装置が大掛かりであるため患者は拘束されるという問題点がある.一方
で,カプセル自体に駆動源を搭載する場合,検査時間が短縮可能なため,負担が少ないという
利点があるが,熱が発生する可能性や電力不足などの改善すべき点がある.今後,駆動時間に
制限がなく,使い捨てに対応でき,患者にとって負担が少ないといったような双方の利点を生
かした自走式カプセル内視鏡の開発が必要になる.
また,無線で電力を給電するシステムなどの開発も検討されている.長時間動作させて高フ
レームレートで撮影するためには,瞬間電力の確保が必須である.無線給電を使用すること
で,投薬や体液採取などもカプセル内視鏡で可能になることが考えられている.これらを達成
するためには,治療するための機構を搭載可能な大きさに小型化する必要がある.
現在,カプセル内視鏡は観察目的に使っているため,小さな病変部を観察,組織の採取をす
ること,止血,ポリープの切除,閉塞部分の拡張などの治療はダブルバルーン内視鏡で行って
いる.カプセル内視鏡は,ダブルバルーン内視鏡に比べて患者の身体的負担がかなり少ない.
そのため,将来,ダブルバルーン内視鏡でしている高精度な観察や治療をカプセル内視鏡で行
うことが可能になることが期待されている.
21
6
まとめ
カプセル内視鏡が 2000 年に開発されたことによって,今まで見ることができなかった小腸
の観察は可能になった.カプセル内視鏡の技術が進んできたため,保険適用も拡大された.そ
のため,値段が安くなり一般化が進み,カプセル内視鏡の使用数の増加に繋がった.患者がカ
プセルを飲み込むだけで検査が可能なため,負担が大幅に軽減された.しかし,滞留する可能
性と見たい病変部を重点的に観察不可能という問題点があった.滞留の問題に対しては,パテ
ンシーカプセルを使用することで開通性を確認することが可能になり,今まで使用不可だった
人にも適用が拡大した.また,見たい病変部を重点的に観察するためには,外部からカプセル
内視鏡の位置や向きをコントロールする技術が必要である.外部から磁場を使ってヒレ型付き
カプセル内視鏡を移動させる場合と磁石を振動させて移動させる駆動機構をカプセル自体に搭
載する場合が研究されている.近い未来に,ダブルバルーン内視鏡を使わなければできなかっ
た治療が,研究が進むことによってカプセル内視鏡でできるようになると考えられる.
参考文献
1) 日経デジタルヘルス, “カプセル内視鏡が進化して治療する無線ロボット,” http://techon.
nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20140528/354700/?ST=ndh, 閲覧日:2015 年 4 月 19 日.
2) 寺野彰, カプセル内視鏡スタンダードテキスト, 第2刷, 南江堂, 2010.
3) 中川正雄, 可視光通信の世界 LED で拓く「あかりコミュニケーション」, 初版第一刷, 工
業調査会, 2006.
4) 穂満政敏, 滝沢賢一, “カプセル内視鏡の現状と将来に向けて,” 電子情報通信学会 通信
ソサイエティマガジン, Vol.5, No.1, pp.26–30, 2011.
5) 笹川克義, “カプセル内視鏡の現状と将来,” 映像情報メディア学会誌, Vol.62, No.4, pp.475–
478, 2008.
6) 山下晴弘, “カプセル内視鏡,” 岡山医学会雑誌, Vol.120, No.3, pp.351–352, 2008.
7) Olympas, “お な か の 健 康 カ プ セ ル 内 視 鏡,” http://www.onaka-kenko.com/
endoscope-closeup/endoscope-technology/et_06.html, 閲 覧 日:2015 年 4 月
17 日.
8) 科学技術政策, “最新発光ダイオードが照らす明るい未来,” http://www8.cao.go.jp/
cstp/5minutes/012/index3.html, 閲覧日:2015 年 4 月 17 日.
9) COVIDIEN, “クローン病の新しい検査 カプセル内視鏡,” http://www.nomudake.com/
cd/capsule/03.html, 閲覧日:2015 年 4 月 17 日.
10) ギブン・イメージング, “3d 医用画像処理ワークステーション,” http://www.innervision.
co.jp/041products/2012/p20120824.html, 閲覧日:2015 年 4 月 17 日.
11) 株式会社ミュー, “自走式カプセル内視鏡 (ヒレ型) のヒトへの応用,” http://www.
mu-frontier.com/1106.html, 閲覧日:2015 年 4 月 17 日.
12) W. Japan, “泳げ!カプセル内視鏡,” http://web-japan.org/kidsweb/ja/hitech/
capsule_endoscopes/002.html, 閲覧日:2015 年 4 月 17 日.
13) 九州工業大学, “消化管内走行カプセル,” http://www.micro.mse.kyutech.ac.jp/
Research/Research.html, 閲覧日:2015 年 4 月 17 日.
14) 産経ニュース, “自走式カプセル内視鏡開発 福岡,” http://www.sankei.com/region/
news/150303/rgn1503030076-n1.html, 閲覧日:2015 年 4 月 17 日.
22
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
エナジーハーベスト
坂口 暁美
Yoshimi SAKAGUCHI
信楽 慧
Satoshi SHIGARAKI
Abstract エナジーハーベストは,空間に散在する電源として今まで用いられていなかった微弱な
エネルギーから単位面積・単位体積あたりの発電出力の密度が 1∼10 µW オーダーの電力を取り出すと
いう考え方である.近年急速な発電デバイス周辺部品の進歩,無線電力伝送やデータ通信技術の発展に
よりワイヤレスセンサネットワークの電源として導入されるようになった.本稿では,このエナジーハー
ベストの具体的な応用例,発展の流れについて述べる.
1
はじめに
近年,環境保護や東日本大震災後の原子力発電炉が停止したことで節電や省エネルギーに注
目が集まり,再生可能エネルギーや廃棄物削減,省電力への関心が高まっている.それに伴っ
て注目されるようになったのが,エナジーハーベスト (Energy Harvesting) である.エナジー
ハーベストは,空間に散在する今まで電源として用いられることのなかった微小なエネルギー
を収穫 (ハーベスト) し,発電に用いることで電力を生み出すという考え方である 1) .
エナジーハーベストの概念を応用した技術は昔から存在したが,省電力や環境保護への関
心の高まりに加え発電デバイスを生かす電源回路や,信号送受信に利用される無線 IC,制御
マイコン,センサなどの周辺部品が低消費電力化など進歩したことにより,近年急速にワイヤ
レスセンサネットワーク(Wireless Sensor Networks;WSN)の電源として導入されるよう
になった 2) .エナジーハーベストをワイヤレスセンサネットワークに導入すれば電池や電源
コード,ネットワーク接続のための配線などが不要になり,メンテナンス費用を抑えることが
できる.またワイヤレス化が可能になったことにより配線が難しい場合でもワイヤレスセンサ
ネットワークを用いることが出来るようになる.
エナジーハーベストを用いることにより,血中酸素モニタやインシュリンポンプ,また体内
に埋め込むタイプの医療デバイスのように急なバッテリ切れや配線トラブルなどが起こると命
に関わるような医療分野などで長期間メンテナンスフリーな電力供給が可能となり,更なる医
療分野の進歩やモノのインターネットのセンサの電源への導入による QOL (Quality of Life)
の向上が期待されている.またバッテリレス化,ワイヤレス化による農畜産業での個体管理に
用いられる無線通信 ID タグのような監視デバイスなどの無線端末の数が膨大となりメンテナ
ンスコストが掛かるような分野に応用することでコスト削減が期待されている.そこで,本稿
ではエナジーハーベストについて述べる.
2
エナジーハーベスト
エナジーハーベストは,環境の中に微弱ながら広く存在する今まで電源として使用されてい
なかったエネルギーから微弱な電力を取り出すという考え方であり,系統電源から分離した,
電池を代替する持続的電源と位置づけられる.また太陽光発電や風力発電などの電源として
用いることを目的とした系統電源 (送電網) に接続する低コスト・大容量の電源とは全く異な
る概念である.系統電源からは配線せずに電池を使用したい場面としては,下記のような例が
考えられる.
1. 系統電源からの物理的な距離が遠い.
2. 自身が移動,回転などの運動をすることにより配線が難しい.
3. 配線自身の重量,あるいは設置コストが問題となる.
4. 防爆性などの安全性の観点から有線の使用が難しい.
23
エナジーハーベストによる単位面積・単位体積あたりの発電出力の密度はいずれも 1∼10
µW オーダである.各エネルギー源による発電密度を Table. 1 に示す. Table. 1 エネルギー源と発電密度
エネルギー源
発電密度 [µW/cm2 ]
電磁波エネルギー
1
光エネルギー
10
熱エネルギー
10
力学的エネルギー
10
また,エナジーハーベストの概念は振動発電を応用した腕時計の電源など 1980 年代から存
在するが,近年,発電デバイスの周辺部品の進歩によりワイヤレスセンサネットワークの電源
として導入されるようになった.従来では,ノードという無線端末に電源コードを接続する,
または電池を搭載する設計が主流であった.しかし,エナジーハーベストを用いることでノー
ドの中に電源を組み入れることで,バッテリレス化・ワイヤレス化が可能となった.
エナジーハーベストの導入メリットは
1. ケーブルや電池の使用量の削減による環境負荷低減やコスト削減
2. 超長期メンテナンスフリーとすることによるメンテナンスコスト削減
3. 電池が使用できない厳しい環境に電源を供給
であるといえる.
2.1
2.1.1
発電方法
電磁波発電
電磁波を電気に換えるエネルギー発電の基本原理は,周波数変換である.他の環境発電では
環境エネルギーを電気エネルギーにエネルギー変換することで発電を行う.電磁波と電気は
マックスウェル方程式で表される同じエネルギーであるため,電磁波発電と便宜上呼んでいる
が,正確には発電ではなく,高い周波数で伝搬する電磁波を低い周波数もしくは直流の電気に
周波数変換しているにすぎない.一連の流れを示したものが Fig. 1 である.そこで半導体 (主
にダイオード) を用いた周波数変換回路,つまり直流への整流回路を通し,周波数変換を行っ
て電力を収穫するのである.Fig. 2 に示すようにアンテナと整流回路を合わせたものがレクテ
ナ (Rectifying antenna; Rectenna) と呼ばれる.
Fig. 1 電磁波と電気の関係 (参考文献 1) より自作)
24
Fig. 2 レクテナ (シングルシャント全波整流回路)(参考文献 1) より自作)
自然界に存在する電磁波は人間が発生させる電磁波よりも格段に弱く,エナジーハーベス
トに用いるのは困難である.しかし,人間が生活する上で生じる機会の多い電磁波はエナジー
ハーベストに用いることが出来る密度を有している.つまり電磁波は他のエナジーハーベス
トのエネルギー源とは異なり,完全に人為的なエネルギー源でありながら,安定していつでも
どこでも得ることができるエネルギー源である.他目的の電磁波を収穫すれば電磁波発電と
言え,電磁波をエネルギーを送る目的で発生させ,受信すれば無線電力伝送と言える.
電磁波発電の場合は収穫する電磁波が多くは変調され周波数帯域が広く,そして電磁波密度
が非常に弱い.しかし,無線電力伝送の場合は無変調連続波を用いることが多いため周波数ス
ペクトルが極端に狭く,用途によるが電磁波密度はやや強めである.そのため,アンテナや整
流回路設計に若干の違いが見られる.無線電力伝送の場合は,それに加えて電磁波の発生回路
と,送電ビーム制御回路が加わる.
電磁波発電を用いるメリットとしては,人が生活している所ならどこでも存在するエネル
ギーであり,変換効率が最大 90 %と高いこと,整流回路技術が発電と無線電力伝送において
共通であるため小型化が可能であることが挙げられる.対してデメリットとしては,使える
周波数帯が決められていること,電磁界を用いるため金属や水の影響を受けることが挙げら
れる.
電磁波発電は電池を内蔵していないパッシブ方式の交信方法を採用している RFID タグな
どに用いられている.
2.1.2
光発電
太陽光を電気に変えるエネルギー発電の基本原理は,光電効果である.太陽電池は基本的に
Fig. 3 に示すような p 型 Si と n 型 Si の pn 接合からなっている.pn 接合の近傍では,p 型半
導体のホールは n 型領域へ移動し,n 型半導体の電子は p 型領域へ移動し,電子とホールが
再結合して内部電界ができる.内部電界に光が当たることによって,電子とホールが分離し,
電子は n 型領域へ,ホールは p 型領域へ到達し,最終的に電気として取り出される.
Fig. 3 太陽電池の構造と発電原理 (参考文献 1) より自作)
25
Fig. 4 に示すエネルギーバンド図の中で,p 領域と n 領域を外部回路により短絡させた場
合,光が当たると,電子は電位障壁の部分を p 型 Si から n 型 Si の方へ拡散していき,また
ホールは n 型 Si から p 型 Si の方へ拡散する.これによって,短絡電流 ISC が流れる.
Fig. 4 太陽電池のエネルギーバンド図 (参考文献 1) より自作)
外部回路をつながず開放にした場合,光により生じた電子とホールはそれぞれ n 領域と p
領域に蓄積され,その電位差で決まる開放電圧 VOC が生じる.縦軸に電流を取り横軸に電圧
を取ると,短絡電流は電圧が 0 のときの電流で,開放電圧は電流が流れていない時の電圧で
ある.Fig. 5 に示す電気出力は,最大電流 Imax と最大電圧 Vmax を乗じた面積によって定義
され,電気出力と短絡電流と開放電圧の積の比を曲線因子と呼んでいる.太陽電池の出力は,
短絡電流を受光面積で割った短絡電流密度と開放電圧,曲線因子の積になる.それを太陽電池
に入射された太陽エネルギーで割ると,光電変換効率になる.
光発電におけるメリットは,発電素子に光があたる環境であればどこでも発電出来ることで
ある.デメリットは,夜間や暗所での発電量が低下すること,天候の影響を受けること,高コ
スト・低効率であることが挙げられる.
Fig. 5 太陽電池 (I) ー電圧(V) 特性 (参考文献 1) より自作)
光発電は災害などで電力線が切断された場合にも電力を確保する必要がある場合,ユビキタ
ス道路メンテナンス情報収集システムなどにおいて用いられている.
2.1.3
熱電発電
熱を電気エネルギーに換えるエネルギー発電の基本原理は,金属や半導体の両端に温度差を
与えたときに発生する熱起電力を応用したものである.
まず,ゼーベック効果を利用して発電する方法を説明する.Fig. 6 に示すように導電性の物
質 A と物質 B からなる回路を構成し,接合部温度を TH ,TL として接合部間に温度差を与え
たとき,温度差に対応した開放起電力 VAB が発生する.これがゼーベック効果である.この
時端子間に負荷を接続すると電流が流れ,外部に電力を取り出すことが出来る.温度差がわ
ずかにあるときには式 (1) の比例関係にあり,比例係数 SAB は物質 A と物質 B のその温度に
おける相対ゼーベック係数という.すべての物質はある温度で固有の絶対ゼーベック係数を有
し,これらの値の差で相対ゼーベック係数が式 (2) で表される.
VAB = SAB (TH − TL )
26
(1)
Fig. 6 ゼーベック効果 (参考文献 1) より自作)
SAB = SA − SB
(2)
ゼーベック係数は温度差 1 K あたりの起電力を表す物理量であり,その絶対値は通常,金
属で数 µV/K,半導体で数十∼数百 µV/K である.
次にペルチェ効果を応用して発電する方法について説明する.Fig. 7 に示すように,接合部
温度を T0 に保ちながら回路に電流 I を流した場合,接合部では単位時間当たり式 (3) の吸熱,
発熱が生じる.ここで π はペルチェ係数という.
Fig. 7 ペルチェ効果 (参考文献 1) より自作)
Q = SAB T0 I = πI
(3)
ペルチェ効果による吸熱・発熱は可逆現象であり,電流方向が反転すると吸熱・発熱の方向も
反転する.ペルチェ効果を利用した冷却技術を熱電冷却またはペルチェ冷却という.
熱電発電のメリットは,固体に温度差を与えるだけで発電できるため,タービン等の駆動部
品を必要としないことである.デメリットは,熱電材料が高価なため発電コストが高いこと,
更に人体では 0.1 %,それ以外では 3 %と変換効率が低いことがあげられる.
熱電発電は駆動部品が不要であり,小型で単純なシステムを構成できるため,特長を生かし
た利用が可能である.体温を利用し電源とする腕時計やランプなどの光源の排熱を利用して
冷却ファンの駆動電力とする電源などに用いられている.
2.1.4
振動発電
運動エネルギーの源としては,人体の運動,機械等の振動,その他に分類できる.人体の運
動からの発電としては,腕時計用の振動発電がすでに実用化されているが,最も大きな出力が
期待出来るのは歩行時の運動エネルギーである.体重 68kg に対して,理想的には 67 W が取
り出せると見積もることが出来る.すでに開発されている靴の中敷に組み込むタイプや膝に取
り付けるタイプのデバイスでは,Fig. 8(a) に示すように,直接発電要素に力を働きかけられ
るため発電出力も比較的大きい.しかし,エネルギーハーベストの大前提である環境の中に散
在する電源として用いられていないエネルギーから微弱な電力を取り出すという条件を満た
せないか,あるいは用途が限定されると考えられる.したがって,振動からの発電では,Fig.
8(b) に示すような形式が一般的である.すなわち,振動源に対して小さな発電機を「後付け」
で設置することによって,まず環境の振動を内部振動子の運動エネルギーに変換し,そして発
電素子により振動エネルギーを電気的エネルギーへと変換する.
27
Fig. 8 振動器の発電モデル (参考文献 1) より自作)
振動エネルギーから電気的エネルギーへの変換方式は,圧電方式,電磁誘導方式,可変コン
デンサを用いて電力を増幅する狭義の静電誘導方式,誘電体に電荷を固定したエレクトレット
(electret) 方式などがある.エレクトレット方式はエレクトレット材料の性能の影響が大きい.
また,出力電圧は面積や周波数に対して不変であり,発電出力が面積,周波数に比例する.対
して,電磁誘導は,出力電圧,発電出力が周波数のそれぞれ 1 乗,2 乗に比例する.エレクト
レット方式は出力電圧が不変であるため,電磁誘導方式を用いた発電器よりも小型であっても
エレクトレット材料の性能次第で同じ発電出力を得ることが可能である.更にエレクトレット
方式が対応する振動周波数は 3∼100 Hz と低く,最低限発電器に要求される 0.1 µW 以上の
発電出力,0.1 V 以上の出力電圧,100 Hz 以下の共振周波数という条件を満たし,電磁誘導
より小型発電器に有利な方式である. 2 cm 角のエレクトレット方式の振動発電デバイスは 30
Hz で 100 µW の発電量が得られたというデータがある 1) .
振動発電のメリットは,人体の運動や機械の振動などは比較的高エネルギー密度をもってお
り屋内でも利用しやすいということが挙げられる.デメリットとしては,発電量が少なく,デ
バイスに寿命があることが挙げられる.更に環境の振動を電気エネルギーに変換するまでに
手間がかかるということが挙げられる.
使用例としては,自動巻発電機構搭載の腕時計,モニタリングシステム向けセンサモジュー
ル用電源などがある.
2.2
導入例
エナジーハーベストの最も重要な応用先は,モノのインターネットである.従来,インター
ネットは人と人の間のコミュニケーション手段であった,しかし,モノのインターネットとは,
ヒトと機械,あるいは機械と機械がインターネットを介して通信を行うことである.エナジー
ハーベストをワイヤレスセンサネットワークに導入することで,モノのインターネットにおい
て重要な観測値を得るセンサの設置が容易となった.
また,エナジーハーベストは環境分野,産業分野,災害対策分野,交通・物流分野,生活・
娯楽分野,医療・福祉分野など,多くの利用場面が想定されている.鉄道,航空機,プラン
ト,橋脚などの複雑な建造物やシステムでは,構造ヘルスモニタリングシステム (Structural
Health Monitoring; SHM) が検討されている.構造ヘルスモニタリングシステムとは,建造
物の状態を常時モニタリングし,いわば健康状態をできる限り定量的に計測し,劣化箇所から
優先的に補修するとともに事故を未然に防ぐことを目的とするシステムである.橋梁ヘルス
モニタリング用の電源を想定して高速高架橋での出力測定を行われた.車両通過による橋梁
の振動によって振動発電の出力が得られることを確認されている.
28
2.2.1
無線センサ
電池いりまセンサ (日本電業工作株式会社),Mu センサ (日本電業工作株式会社) などがす
でに製品化されている.どちらも送信器から受け取ったマイクロ波を電気に変換してセンシン
グデータの送信を行うバッテリレスのワイヤレス給電センサである 3) .
ワイヤレスセンサネットワークの技術を利用することで Table. 2 に示すように適用するこ
とが出来る 4) .
Table. 2 WSN の適用例
場面
屋外
店舗
家屋
適用例
環境モニタリング (温度・湿度・照度・雨量),建造物監視, CEMS(Cluster/Community Energy Management System), 街灯制御・監視,GPS 測量,防災モニタリング ビル
照明制御・空調制御,監視・冷蔵庫・POS システム・電子棚札
RF リモコン,セキュリティ,スマートホーム,HAN(Home Area Network), H(Home)EMS ホームセンター (温度・湿度・ハウスダスト・照度) 空調制御・監視 (HVAC(Heating Ventilaton,and Air Conditioning)),
ビル管理,照明制御,セキュリティ,B(Building)EMS 工場
電力監視,FA 機器間通信,自動機制御・監視,表示制御,F(Factory)EMS
倉庫
物流監視,位置情報,空調制御・監視,アクティブ RF タグ
3
ワイヤレスセンサネットワーク
ワイヤレスセンサネットワークとは,空間に散在させたセンサの観測値を,通信ネットワー
クを介して収集するセンサネットワークに電池を搭載することで,ワイヤレス化を実現したシ
ステムのことである.プラントや工場の自動化,自動車やロボットの制御,ビルや住宅のエネ
ルギー管理,天候や自然災害の観測などへの応用が期待されている 5) .
ワイヤレスセンサネットワークを構築するにあたって重要な項目が 2 つある.1 つ目は,セ
ンサ数に対するスケーラビリティ(網羅率) であり,2 つ目はセンサのライフタイム (使用期限)
である.ワイヤレスセンサネットワークではセンサ数が数千を超えることがしばしばある.こ
のような大規模ワイヤレスセンサネットワークをツリー型の中継ノードを経由するマルチホッ
プ通信で構築すると,全てのノードが相互に直接無線通信可能となる.しかし,集約局付近の
通信リンクがボトルネックとなるため,センサ数を制限するか,センサの観測頻度を制限せざ
るを得ない.つまり単純なマルチホップ通信ではセンサネットワークのスケーラビリティを保
つことができない.
ワイヤレスセンサネットワークは通常,アクセスポイントを介さず直接通信を行うアドホッ
ク機能と,各ノードから中枢ノードへデータを送るための経路を見つけ出すルーティング機能
を持つ.ノード間の通信に障害が出た場合,ルーティング機能をによって別の通信経路が再構
築される.外部から電力供給なしに長期間動作する機能もあり,そのために省電力機能または
自己発電機能がある.この自己発電機能にエナジーハーベストの技術が用いられている.
センサネットワークの用途は多岐にわたるが,主に監視,追跡,そして制御に集約するこ
とが出来る.具体的には,電力や温度などのモニタ,赤外線や慣性センサによる行動モニタ,
GPS/電波/音波/慣性などによる追跡などが挙げられる.多点を同時計測できるため,物理現
象の分布変化を把握するのに有効である.また,屋内配線において電気機器のスイッチをセン
サ・制御に見立てると,センサネットワークの導入で大幅な配線削減が可能になる.
現状のセンサノードは電池駆動を前提に設計されているものが多い.マルチホップ通信によ
るノード当たりの送電電力の低減やスリープ機能の高度化により低消費電力化が図られてい
るものの,電池のライフタイムは有限でありいずれ電池交換が必要である.特に大規模ワイヤ
レスセンサネットワークやビルトイン型のワイヤレスセンサネットワークでは,この電池交換
に掛かるメンテナンスコストが問題となる.これらの問題を解決するために,ここでワイヤレ
スセンサネットワークにエナジーハーベストを用いた無線給電技術を応用する.
29
給電方法およびデータ収集方式
3.1
UHF (Ultra High Frequency) 帯の中でも 860∼960 MHz の周波数を用いた RFID (Radio
Frequency Identification) は RF タグに実装されたメモリの内容を離れた距離から読み書きす
るシステムであり,物流や在庫管理に応用されている.RFID は JIS では「誘導電磁界または
電波によって,非接触で半導体メモリのデータを読み出し,書き込みのために近距離通信を行
うものの総称」と定義されている.RFID を用いた電力供給方式には,バッテリを内蔵してい
るアクティブ方式,バッテリレスのパッシブ方式,データ保持やセンサ回路用バッテリを内蔵
しているセミパッシブ方式がある.RF タグの交信距離は,アクティブ方式では受信回路の性
能で制限されるが,100 m 以上に至る製品がある.パッシブ方式ではリーダ/ライタから RF
タグへの電力供給距離と同じとなる.
UHF 帯の RFID の標準規格は ISO/IEC18000-6 Type C である.最大 30 dBm の高出力な
電磁波を用いてタグを駆動し,リーダ/ライタからタグへの送信とタグからリーダ/ライタへの
受信とで異なる周波数を使い分ける.そして,電波干渉を回避するミラーサブキャリア (MS)
方式によりタグとリーダ/ライタ間で無線通信を行う.UHF 帯の RFID は,一体多の無線給
電技術であり,これをセンサネットワークに応用したシステムをアクティブタグと呼ぶことも
ある.RFID の給電距離は数メートル程度であり,センサネットワークで想定している網羅率
には程遠い.また,現状のリーダ/ライタを複数設置した場合は,リーダ/ライタ間の干渉が発
生し通信品質が劣化する問題がある.
3.1.1
ワイヤレスグリッド
先ほど述べたようにグリッド間 (リーダ/ライタ間) の干渉問題を解決を試みる.屋外センサ
ネットワークの場合は,通常,通信距離が長くまたシステムも大規模になるため無線給電より
も太陽光発電などを用いるほうが現実的である.そのため,今回は屋内センサネットワークを
想定した給電方法とデータ通信について述べる.近年,屋内フィールドに温度,湿度,照度,
人感,圧力,加速度など任意のセンサが散在している時,そのセンサへの無線給電とデータ通
信を同時に行う仕組みとしてワイヤレスグリッドが導入されている.
ワイヤレスグリッドは,RFID タグなどで無線端末を多数利用したメッシュネットワークで,
通信と無線による電力伝送の両方の機能を実現した電力伝送技術である.グリッドとは電力
ネットワークでは,送電網と呼ばれる.メッシュネットワークとは,対象となるエリアに自動
的・自己組織的に無線マルチホップに基づく相互持続性を確保するノード郡の総称である.
Fig. 9 ワイヤレスグリッドを用いた屋内センサネットワーク (参考文献 1) より自作)
ワイヤレスグリッドでは,Fig. 9 に示すように照明と一体型という形などで無線ノードを天
井にグリッド状に配置し,そのワイヤレスグリッドノードが面的な無線給電を行い,またデー
タ通信のためのルータの役割を果たしている.センサはアクティブタグと同様に自己の電池を
無線給電により充電し,イベント時には自律的にデータをネットワークに送信する.またワイ
ヤレスグリッドは面的な無線給電とデータ伝送を同時に行うため,950 MHz 帯の利用が国内
において使われている.この 950 MHz 帯は,パッシブ RFID のための周波数と,センサネッ
トワーク (アクティブ系小電力無線システム) のための周波数が混在する帯域であり,無線給電
30
で駆動するセンサネットワークを単一周波数帯で構築するために便利な周波数帯である.その
為,データ通信と無線給電を同時に行うワイヤレスグリッドでの運用に適していると考える.
但し,2011 年 (平成 23 年) の国際的な周波数の協調と携帯電話の普及に伴う周波数逼迫によ
り告示周波数割当計画が改正され,950 MHz 帯の周波数を利用する構内無線局,簡易無線局,
および特定小電力無線局の全てが 920 MHz 帯への移行対象となっている.そのため,2018 年
4 月以降,950 MHz 帯電子タグシステムは使用できなくなる.しかし,今回は 950 MHz 帯で
の場合について述べる.
Fig. 10 950 MHz 帯周波数スペクトルマスク (参考文献 1) より自作)
950 MHZ 帯の周波数スペクトルマスクを Fig. 10 に示す.この帯域には,950 MHz から 958
MHz までの間に 200 kHz 単位のチャネルが 33 個用意されている.その中にはチャネルの利
用状況を検知して,同一周波数で複数の搬送波を送信しないように一定時間経過してから再
度通信を試みる機能であるキャリアセンスを必要としない送信電力が高出力 (30 dBm) な無線
給電のためのチャネルが 4 つ含まれている.200 kHz 単位の 29 個の低出力 (10 dBm) チャネル
は,アクティブシステムすなわちセンサネットワークのデータ通信に用いることが出来る.そ
こでワイヤレスグリッドでは,4 個のチャネルを無線給電専用に用い,残りの 29 個のチャネ
ルを用いてデータ通信を行うことを想定する.このようにエネルギー伝送とデータ通信の住
み分けを行うことで,グリッド間 (リーダ/ライタ間) の干渉問題をシステム的に解決する.
4
展望
エナジーハーベストを導入する上での課題がある.環境に広く存在するが微弱なエネルギー
を用いるため,発電量はごく微量であり,更にその発電量も環境状態に影響されやすく安定し
ないという点である.その為,エナジーハーベストを用いて発電する場合にその利用先の環境
状態や条件などを加味してどの発電方法が最も適しているのかを検討する必要性がある.ま
た,発電に用いる発電素子から発電電力を損失することなく効率よく取り出し,無線端末など
のデバイスに安定した電力を供給する発電素子用の電源 IC も重要となる.
また,エナジーハーベストの発電電力と機器の消費電力とのバランスを取る必要がある.機
器が消費する電力よりも,発電電力が小さいということが起こらないように常に機器の消費
電力を賄うということは発電素子の発電特性は向上しているものの未だ課題となっている.そ
れを解決する手段として,発電電力を一度キャパシタなどに蓄電し,機器の動作を間欠動作と
することで,発電電力量と消費電力量のバランスをとる方法がある.
ワイヤレスセンサネットワークを用いる場合においては目的に応じて無線の種類を選ぶ必要
がある.用いる周波数帯によって通信距離に制限があるため,目的の範囲のデータを集めるた
めに適切な通信距離を持つ無線を選ぶ必要がある.更に最適なセンサ電源用の発電量を生み
出すことの出来る電磁波発電の方法を考える必要性がある.
発電素子や通信・電力伝送距離など技術的な問題は未だ残るものの,エナジーハーベスト
31
やワイヤレスセンサネットワークはシステムとしては,すでに確立されたものとなっている.
そのため今後は,これらをいかに応用して情報化社会の中で運用していくのかが重要となる.
エナジーハーベストをセンサの電源として導入したワイヤレスセンサネットワークで集めた
データを,クラウドなどに収集し,その集められたデータを運用していくモノのインターネッ
トのようなシステムが今後発展していくと期待される.
5
まとめ
エナジーハーベストは,空間に散在する電源として今まで用いられていなかった微弱なエネ
ルギーから単位面積・単位体積あたりの発電出力の密度が 1∼10 µW オーダーの電力を取り
出す技術である.従来では,発電量が微量であった為電源として用いられる場面は少なかった
が,環境保護や東日本大震災後の原子力発電が停止したことで節電や省エネルギーに注目が
集まり,再生可能エネルギーや廃棄物削減,省電力への関心が高まりに加え,近年の急速な発
電デバイスの周辺部品の進歩,無線電力伝送やデータ通信技術の発展によりワイヤレスセン
サネットワークの電源として導入されるようになった.
今後,長期間持続可能なメンテナンスフリーの電源として農畜産業や医療デバイスへの応用
やそれによる QOL の向上,モノのインターネットにおけるセンサへの用途拡大が期待されて
いる.モノのインターネットの発展により,ヒトと機械,あるいは機械と機械がインターネッ
トを介して通信を行うことで,環境分野,産業分野,災害対策分野,交通・物流分野,生活・
娯楽分野,医療・福祉分野など,多くの利用場面が想定されている.
参考文献
1) 鈴木雄二, 環境発電ハンドブック∼電池レスワールドによる豊かな環境低負荷型社会を目
指して∼, 初版第一刷, エヌ・ティー・エス, 2012.
2) “”電池不要”の世界が動き出す エネルギー・ハーベスティング (1),” http://www.nikkei.
com/article/DGXNASFK2901S\_Z20C10A9000000/?df=2, 閲覧日 2015 年 04 月 21 日.
3) “無線センサネットワーク ワイヤレス技術で広がるセンサソリューション,” http://www.
den-gyo.com/solution/solution10.html, 閲覧日:2015 年 04 月 21 日.
4) “ワイヤレスセンサネットワークとは,” http://tocos-wireless.com/jp/tech/wsn.html,
閲覧日 2015 年 04 月 21 日.
5) 小牧省三, 無線技術とその応用 3 無線 LAN とユビキタスネットワーク, 初版, 丸善株式会
社, 2004.
32
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
ソーシャル決済
石田 直也
Naoya ISHIDA
村上 晶穂
Akiho MURAKAMI
Abstract 近年,インターネット上での取引が頻繁に行われるようになり,その市場規模は増大し続け
ている.また,SNS 利用者は増加傾向にあり,常にインターネットとつながる生活が当たり
前になっている.そこで,広く普及した SNS を用いて決済を行うソーシャル決済に,注目が
おかれている.ソーシャル決済は,友人アカウントへの送金が可能となっており,気軽に決済
できることが利点である.ソーシャル決済は既存の決済方法よりも,電子決済の方法として優
秀な決済方法だと言える.
はじめに
1
近年,ネットワーク上での取引市場が巨大化してきている.なかでも,企業-消費者間の電
子商取引額は,2013 年度で 11.2 兆円となっており,非常に大きな市場である 1) .この企業消費者間のネットワーク上の取引において,多くの人がクレジットカードで決済が行っている
が,昔からクレジットカードの不安点として,情報漏洩による不正使用が挙げられる 1) .こ
の不安点を解消するために,新しい決済サービスの形が現在広まっている.それがソーシャル
決済であり,SNS が普及していることから,爆発的に広まることが期待されている.
本稿では,既存の電子決済の決済方法とソーシャル決済の違いを述べるとともに,ソーシャ
ル決済の問題点,展望について述べる.
既存の電子決済の方法
2
まず,既存のネット取引で行われている決済方法について紹介する.
2.1
PayPal
PayPal は,メールアドレス,クレジットカード情報,住所等を PayPal に登録し,決済時
にはメールアドレスのみを用いて決済を行う.
Fig. 1 PayPal の仕組み
決済の手順として,Fig. 1 に示した.まず,買い手が PayPal にクレジットカード情報,住
所,メールアドレスを登録する.
33
そして,PayPal を採用しているウェブサイト上の決済ページにて,PayPal を選択し,メー
ルアドレスを入力する.入力されたメールアドレスをもとに,PayPal 上に一致するメールアド
レスが存在するか照合し,一致した場合,決済が行われる.クレジットカード情報は,PayPal
のデータベース上にしか存在せず,間接的に決済を行われている.PayPal で決済が可能な条
件として,取引する双方が PayPal に加入している必要がある.PayPal は SNS ほど浸透して
おらず,利用者が少ないことがデメリットと言える.
2.2
クレジットカード
クレジットカード決済は,ネット上の取引の 6 割を占めており,最も多く使われている 2) .
しかし,カード情報を直接入力して決済を行うため,カード情報が洩れ,不正利用されること
が懸念される.
また,カード情報は以下の 3 つにおいて漏洩しやすく,3 大リスクポイントと呼ぶ 3) .
• ストレージに「保存」するとき
• プログラム上で「処理」するとき
• ネットワークで「伝送」するとき
2.3
IC カード
IC カードは,ICOCA や Suica で代表されるように,鉄道に多く利用されている.IC カー
ドは,事前にお金をチャージし決済を行う.また,残高が足りないと決済が行われないため,
チャージの手間,現金を持ち歩く必要がある.さらに,地域や対応端末ごとに使い分ける必要
があり,デメリットが多く見られる.
ソーシャル決済の概要
3
ソーシャル決済とは,SNS を用いた決済方法でアカウント間での送金が可能である.Fig. 2
にソーシャル決済の広がり方を示す.既に人同士がつながっているところに決済機能が加わる
ことで,ソーシャル決済は一気に広まることが期待されている.また利用のしやすさや,新し
いサービスであることから注目されている.
Fig. 2 ソーシャル決済の広がり方
3.1
ソーシャル決済の特徴
ソーシャル決済の特徴として,以下が挙げられる.
• メリット
すでに広まっている SNS に決済機能が付くため,爆発的な広まりが期待できる.さらに,
現在のネット取引で行われている決済方法に比べ,安全性・広がりやすさ・どこでも決済
可能という点で改善されている.
• デメリット
SNS アカウントが乗っ取られた際に,勝手に決済が行われる危険性がある.
34
ソーシャル決済での改善点
3.2
第 2 章で述べたデメリットが,ソーシャル決済ではどのように改善されているのかを述べる.
まず,PayPal のデメリットとして,取引する双方が登録する必要があるにもかかわらず,利
用者が少ないことが挙げられた.しかし,ソーシャル決済では,すでに浸透している SNS を
利用するため,気軽に利用できると考えられる.
次に,クレジットカードのデメリットとして,3 大リスクポイントを挙げたが,ソーシャル
決済では,クレジットカード情報を事前に登録した SNS のアカウント同士でやり取りを行う.
そのため,クレジットカード情報は直接やり取りされないため,3 大リスクポイントを犯すこ
とはない.
最後に,IC カードのデメリットとして,チャージの手間,現金の必要性が挙げられたが,
ソーシャル決済では,クレジットカードを登録しておけば,いつでも金額をチャージすること
が可能である.
このように,ソーシャル決済は既存の電子決済の方法のデメリットを改善しており,優秀な
決済方法であることが分かる.
ソーシャル決済の具体例
4
ソーシャル決済の具体例について,LINE Pay と Google Wallet の 2 つを挙げる.
4.1
LINE Pay
LINE Pay とは,LINE 株式会社が提供する無料メッセンジャープラットフォーム LINE を
用いた決済方法である 4) .Fig. 3 に 2014 年の LINE の利用率を示す.Fig. 3 から,LINE の
利用率は近年非常に高いものとなっていることが分かる 5) .
Fig. 3 LINE 利用率
4.1.1
LINE Pay の仕組み
LINE Pay では,Fig. 4 の流れで支払が行われている.まずクレジットカード,またはコン
ビニエンスストアで LINE Pay アカウントにチャージする.そして,チャージされた LINE
Pay 上のお金を用いて,LINEPay 加盟店 (LINE STORE) で商品を購入したり,友人のアカ
ウントへの送金が可能になっている.LINE STORE 利用時や,友人に送金する際には,LINE
Pay 専用の PIN コードの入力を求められる.これは LINE ログインパスワードとは別に設定す
る必要があるため,二重パスワードとなっており,セキュリティ面を補っている.また,LINE
アカウント内のお金を口座に出金するときに手数料が発生し,これが LINE 株式会社の利益
となる.
4.1.2
LINE Pay の課題と展望
LINE Pay では,現在,オンラインでの買い物,友人間の送金に限られてサービスが行われ
ている.しかし,オフライン店舗での利用ができないこと,海外ユーザーへの送金ができない
ことが課題となっている.オフライン店舗で利用するために,店頭での決済方法を考案するこ
とが必要になり,QR コードや,決済端末を設置することが考えられる.また,海外ユーザー
35
Fig. 4 LINE Pay の仕組み
への送金は,為替に対応できる機能を追加することで,解決できると考えられる.
4.2
Google Wallet
Google Wallet では,事前にプリペイド,または,クレジットカードを登録し,Google Wallet
内通貨をチャージする.Google Wallet では,メールにチャージしたお金を添付して送金可能
になっている.アカウント同士で送金が可能な点は LINE Pay と同じである.しかし,Google
Wallet はオフライン店舗での決済にも利用が始まっている.その方法は,店頭にある決済端
末にスマートフォンをかざすことで,スマートフォンの画面が決済画面に変わり,PIN コード
を入力することで,決済が完了するというものである.
Fig. 5 Google Wallet の仕組み
4.2.1
Google Wallet の課題と展望
決済端末と非接触の通信を行うためには,NFC (Near Field Communication: NFC) と呼ば
れる機能が必要でありが,これは現在のスマートフォンにはあまり採用されていない.その
ため,オフラインで Google Wallet を使用するには,まず NFC の普及が第一と言える.そし
て,ワイヤレス充電の原理ともなっている NFC はこれから普及すると考えられるため,同時
に Google Wallet の需要も高まると考えられる.
36
5
ソーシャル決済の課題と展望
ソーシャル決済が普及するに伴って,なりすましによる詐欺被害が発生することが懸念され
る.しかし,なりすましが起きた原因を早急に判断し,同じことが起きないように対策をする
こと,さらに被害者ユーザーの補償を迅速にすることが大切である.なりすましは情報漏洩し
た ID に対して,考えうる大量のパスワードを全て試行して行われる事が多い.そのため,初
めてログインするコンピュータに対しては,スマートフォンと連携した本人認証が必要になっ
ている.それによって,SNS の評価を向上させ,さらなる利用者を獲得できる.この繰り返
しが大切であると考えられる.そして,いずれオフライン,オンラインの垣根なくソーシャル
決済が可能になり,グローバルに決済が行える生活が訪れると考えられる.
6
まとめ
近年,インターネット上の取引が増加してる.また,スマートフォンの普及により,SNS の
利用者が増加している.そのため,これまでの決済方法が変化し,SNS を用いて決済を行う
ソーシャル決済に注目がおかれている.ソーシャル決済は,既存の電子決済の方法のデメリッ
トを補っており,友人間での送金も可能で,非常に優秀な決済手段だと言える.しかし,なり
すましによる詐欺被害が出ることが懸念される.その解決策として,迅速な対応と被害者の補
償が不可欠になる.ソーシャル決済の利用者は増加し,また,オフライン店舗での利用や,グ
ローバルな利用が可能になれば,万能な通貨にもなりうるといえる.
参考文献
1) 経済産業省, “平成 25 年度我が国経済社会の情報化サービス化に係る基盤整備 (電子商取引
に関する市場調査),” 2014.
2) 総務省, “平成 25 年通信利用動向調査の結果,” 2014.
3) WebPay, “webpay,”
http://webpay.jp, 参照:2015/4/13.
4) LINE 株式会社, “Line pay とは,”
http://line.me/ja/pay, 参照:2015/4/13.
5) “スマートフォンユーザーの line 利用率調査,”
http://iphone-mania.jp/news-42874/, 参照:2015/4/20.
37
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
IT と農業
吉武 沙規
Saki YOSHITAKE
小淵 将吾
Shogo OBUCHI
Abstract 近年,就農者の高齢化が問題となっている.その理由の 1 つは,若年層の新規参入の障
壁となる経験則や勘に従った農業経営である.新規参入しやすい農業へと変化させる方法として農業の
IT 化が推進されている.IT 化はクラウドを用いたナレッジデータとセンサから得られる環境に関する
センシングデータの比較により行われる.提示される推奨作業を利用する圃場栽培と植物工場が普及さ
れており,更なる技術向上と高効率,高競争力が期待される.
1
はじめに
日本の人口を占める高齢者の割合は年々高くなっている.またそれは農業に関しても同様
で,農家の平均年齢も上がってきており,現在の農業就業者の平均年齢は 66.8 歳である 1) .
その背景としては,若年層の新規就農者の人数が大きく減っていることが理由として考えられ
る.若年層が定着しない理由は,農業は経験則や勘に頼っての作業が多く,利益が見込めない
という問題があるからである.そこで最近では,経験則や勘をデータ化することにより,農業
の効率化と,出荷量や生産量の管理で利益をあげやすい環境をつくる取り組みが行われてい
る.このように農業を IT 化することにより,農業に参入しやすい環境を作ろうとしている.
本稿では農業の IT 化の概要,装置と技術,IT 化の例について,また現在の問題点と今後の
展望について述べる.
2
農業の IT 化
農業の IT 化とは農業の工程である経営や生産,販売の 3 つに関わる作業を IT を用いて行
うことである.
農業を IT 化する目的はノウハウをデータ化することで,経験不足による新規参入の障壁を
低くし,集出荷や販売を支援することで利益向上をしやすくすることである.利益の向上や営
農支援をすることで農業に参入しにくいという意識を変え,農業の就業人数を増やすことが
最大の目標である.それらを可能にするために,営農計画,生産,集出荷および流通,販売を
センサやクラウド,モバイル端末を用いて新規就農者の支援を行う.
具体的には,農業を行う際に必要な経験則や勘に頼っていた情報,判断基準を視覚的にとら
えられるデータにし,それらを蓄積・分析したデータと比較することで農作業を効率化するこ
とである.また,生産した農作物を販売する際にも IT を用いて生産者と消費者の双方の満足
度を上げる知識産業化市場とすることも含まれる.
農業の IT 化に必要な技術としてはセンサ,環境制御装置,環境制御システム,クラウドが
必要になる.
38
IT 化に必要な技術
3
農業を IT 化するにあたり,様々な装置,クラウドが必要となる.本章では,これらの技術
について述べる.
3.1
装置
IT を用いて農業を行う際に必要な装置はセンサと環境制御装置に大別できる.センサの例
として温度計・湿度計・地湿計さらに炭酸ガスや pH 測定装置などが挙げられる.環境制御装
置では冷暖房装置・排熱ファン・人工光源・換気装置・炭酸ガス施用装置などがある.
3.1.1
センサ
センサとは農業を行っている環境のデータをとる装置であり,環境把握に必要である.
センサには屋内でのみ使用できるものと屋内・屋外で併用できるもの,屋外でのみ使用する
ものがある.
屋内で使用するものの例として,株式会社セネコムが温湿度データロガーという商品を発売
している.この製品では温度や湿度,気圧,二酸化炭素量を測定できる.
Table. 1 にこの製品の仕様を示す 2) .
Table. 1 セネコム製温湿度計の仕様
温度計 [℃] 湿度計 [%] 二酸化炭素測定装置 [ppm]
測定範囲
-20∼+50
10∼95
0∼5000
± 0.3
± 2
± 50
0.1
0.5
1
精度
分解能
次に,屋内・屋外併用センサとして株式会社協和エクシオのセンサを紹介する.このセンサ
には標準センサとして温度,湿度,日照のセンサがあり,カメラも搭載されている.オプショ
ンとして土壌湿度センサを搭載できる.通信モジュールもついており,子機を設置することで
多地点での観測が可能になり,情報の送信をすることもできる.子機は最大 2km 離して設置
することができ,18 台まで同時に使用できるため,広範囲の環境データを測定できる.
3.1.2
環境制御装置
環境制御装置とは,施設内の環境をより適正なものへと近づける際に用いる装置である.
株式会社ネポンの農業用の冷暖房装置や炭酸ガス発生装置,施設園芸用ファンを紹介する.
また,Panasonic のハウス用換気扇,電動シャッター,照明制御システムの紹介もする.
Table. 2 にこの製品の仕様を示す 3)
.
Table. 2 環境制御装置の仕様
電源 [V] 仕様周波数 [Hz]
消費電力 [W]
小型温風機
100
50/60
170/190
炭酸ガス発生装置
100
200
200
50/60
160/185
50
490
50/60
49/39
換気扇
電動シャッター
3.2
4)
ユビキタス環境制御システム
上記の装置を用いて施設内の環境制御を行うシステムがユビキタス環境制御システム(Ubiq-
uitous Environment Control System:UECS)である.
こういった設備では,適切な環境との差分を求め,その差を埋めるにはどのような方法があ
るかを求める.さらに環境条件から考えてできるものを選択し,環境の制御を行っている.例
えばハウス内の気温を下げるといっても天窓や側窓を開ける,または換気ファンを回し,強制
的に換気をする,カーテンを下げて日光を遮るなどの方法がある.その日が雨であった場合は
窓を開けることはできないため,カーテンを下げたり,冷房機器を入れるなどの選択肢をとる
必要がある.このようにその時の環境に適した方法を判断し,施設内の環境制御装置を操作す
ることで環境条件を整えている.ここで用いられるのがユビキタス環境制御システムである.
ユビキタス環境制御システムでは,コンピュータ基板を組み込むことで同じ通信規格のネッ
39
トワークでつなげられる.
Fig. 1 ノードの生成
また,この基板には内蔵された装置の自律制御プログラムがあり,装置の自動制御が行え
る.このシステムでは IEEE802.3 という通信規格を採用している.これはインターネットと
同じ規格となっているため,モバイル端末への送信も容易となる.また,Web サーバーを内
蔵しているため,Web ブラウザからの設定も行える.
Fig. 2 ユビキタス環境制御システムの利用
このシステムにより,ノードが互いに通信を行い,内蔵されたマイコンによって機器の計測
制御を自動で行うため省コスト・省エネルギーで環境制御が行えるようになっている.このシ
ステムではやり取りする情報が規格化されているため,製造企業の異なるセンサや装置でも
混在して使用できる 5) .
Fig. 3 ユビキタス環境制御システム
さらにインターネットにつなぐことにより,クラウドを利用し,データの蓄積や解析も行え
るようになる.
40
3.3
クラウド
クラウドとは,従来まで手元のコンピュータで管理していたソフトウェアやデータをイン
ターネットなどのネットワークを通じてサービスの形で利用する形態のことである.このイン
ターネットを雲に見立てており,クラウド内に存在するサーバにデータを処理させる.よって
ネットワークに接続できればクラウドに存在するサービスを利用することができる.
農業の IT 化にはこのようなクラウドシステムが重要になっている.その仕組みには,ナレッ
ジデータとセンシングデータが必要になっている.ナレッジデータは経験者のノウハウや農業
生産管理システム(Good Agricultual Practice:GAP)
・過去の活動記録・履歴から求める農
作業や環境条件のデータである.GAP は適正農業規範のことであり,農場の管理,肥料・農
薬の使用,収穫,選果,出荷,作業者の安全に関する行動規範,管理基準のことである.経験
者のノウハウは動作型知識,説明型知識,判断型知識から求める.動作型知識は専門家と初心
者の作業の比較によってどの様に作業するべきかを求めた知識である.この知識では,手先の
器用さに知識が織り込まれていると考えている.説明型知識は専門家がどのようなところに
注目しているか,それがどういう状態であるかという気づきから意思決定のための注目すべ
き点に関する知識である.判断型知識は説明型知識での気づきに対してどのような判断をす
るべきかという知識であり,観察結果から作業を選択する時に重要となる 6) .
Fig. 4 ノウハウのデータ化
現在の状況を観察したセンシングデータをデータベースに保存・管理し,そのデータをナ
レッジデータと比較する.ナレッジデータは作物を栽培しやすい環境・手順を求めたデータで
あるため,そのデータを目標とする.目標と現在の環境であるセンシングデータの差分を求め
て,その差を少なくする作業を求め,推奨作業として表示するものが農業での IT 化と言える
7)
.現在は圃場の不均一性から普及はしていないが,センシングデータから専門家が分析し,
そのサービスを通して遠隔地指導をしている.
Fig. 5 クラウドサービス
環境制御装置を用いると,このセンサからのデータにより営農・生産支援を行える.このク
ラウドもユビキタス環境制御システムを用いているため,ネポン株式会社の装置や Panasonic
の装置,協和エクシオやセネコムのセンサと連携して施設内の環境を制御できる.また,イン
41
ターネット通信によって手持ちのモバイル端末でも施設内環境のデータを見ることができ,モ
バイル端末からの制御も行える.
例えば,富士通のクラウドには,TC クラウド(FUJITSU Technical Computing Solution
TC クラウド)上に計算環境とストレージが存在している.解析プラットフォームサービスと
してこのクラウドのサーバを提供しており,上記の計算環境で解析アプリケーションの実行を
している.また,ストレージでは解析アプリケーションの入出力データを格納している.富
士通では HPC(High Performance Computing)ポータルも提供している.HPC ポータルは
Web ブラウザの簡易な GUI から、個人の HPC システム(PC クラスタやスーパーコンピュー
タ)を利用可能にするポータルのことである.このサービスでは各操作を行うためのポータル
画面を提供しており,ユーザー認証や解析ジョブの実行や管理,利用状況の表示などを一元的
に操作することができる 8) .
生産における農業の IT 化
4
これらの装置や技術を用いて農業の生産を効率化する.生産の種類は大きくわけて植物工場
と圃場栽培の IT 化の 2 種類ある.
4.1
植物工場
まず,植物工場について説明する.植物工場は,施設内で環境条件を制御して栽培を行う施
設園芸で,環境や生育状態のモニタリングを基礎として,環境制御を行うことにより,野菜等
の周年・計画生産が可能な栽培施設のことである.植物工場は 2 つの種類に分けることがで
きる.
1.完全人工型
完全人工型とは,完全に閉鎖された空間の中で,蛍光灯や LED などの人工光で野菜を作る
植物工場のシステムである.溶液栽培(土を使わずに生育に必要な肥料を溶かした溶液で作物
を育てる方法)で,栽培溶液を循環させるトレーを使用し,日照量,温湿度,養分量は蛍光灯
やエアコン,栽培溶液の養分調整で自動制御し,二酸化炭素量も光合成に最適な濃度を自動調
整することで発育に最適な環境で栽培する施設園芸である.完全閉鎖タイプがほとんどで,出
入りの際も防菌防虫をするためほぼ無菌状態であり,病気や害虫が発生せず,無農薬で育てら
れる.完全人工型に必要な装置の概要をに示す.
Fig. 6 完全人工型植物工場
施設内に作物を育てる栽培ベッドをおき,それらに栽培養液を流し込む.この時,栽培ベッ
ド溶液が循環するタイプを用いることが多い.また,養液を保存するタンクも必要となる.施
設内の環境を観察するために,様々なセンサを設置する.設置したセンサで収集された環境に
関するデータは制御用コンピュータに送信され,モニタリングが行われている.集められた情
報から栽培植物の最適環境にするためにどのような調整を行えばよいのかを求める.それに
従い,施設内に取り付けた環境制御装置を用いて,施設内の温度・湿度・炭酸ガス量を調整す
る.最適な環境を整えることで,生産効率をあげ,高品質の作物をつくることができる.
2.太陽光利用型
太陽光利用型は太陽光の利用を基本として補光に人工光を使ったり、夏季の高温抑制技術な
どを用いて栽培する.光源を主として太陽光とすることから,完全制御型の植物工場ほどの高
効率,周年生産は不可能だが,設備費用や光熱費を低く抑えることができる.そのため完全制
42
御型の植物工場では採算の合わないものについても生産が可能になる.また,太陽光利用型
のうち,人工光を利用するものについては「太陽光・人工光併用型」という.太陽光利用型で
は,基本的な観察装置は完全人工型と同じだが他に天窓や側窓を制御する装置を取り付け,換
気を行う.換気を行うことで高くなりがちな湿度を下げることができる.また,遮光装置を取
り付けることで日照管理を行え,散水装置により水分調整を行える.それらは全て完全人工型
と同じように制御装置で調整される.
Fig. 7 太陽光利用型植物工場
完全人工型では,植物の育成に最適な環境を人工的に構築するシステムで,太陽光は利用し
ない.温度,湿度など,栽培環境を常に最適化することが可能である.完全閉鎖であるため,
農薬の必要性はない.また,面積効率がよいことも利点の一つである.太陽光利用型は,太陽
光の補助として人工光を利用するシステムである.太陽光を主に使用することから,完全閉鎖
型植物工場ほどの高効率,周年生産はできない.しかし,設備費用や光熱費を抑えることがで
きる.このように双方にメリットデメリットがある.
4.2
圃場栽培
圃場栽培では,センサやカメラを用いて圃場での気温,湿度,日射量,また画像によって作
物の発育状況を観察し,そのデータをクラウドなどで収集・蓄積し分析することで圃場管理や
生産管理,作業の振り返りを行い,生産を行う.主な内容としては,収穫時期や農薬散布,水
遣りのタイミングの決定ができる.また,衛星画像を用いることで広範囲の作物の発育状況を
把握できるため,大規模農場での収穫時期の決定および発育状態の違いによる作業内容の決
定,収穫の順番の決定も行える.情報をデータとして扱うため,ノウハウの継承も行いやすく
なり,人材育成もしやすくなっている.
5
流通・販売での IT 化
最後に流通・販売での IT 化について説明する.現在,流通コストや野菜の廃棄率は非常に
高くなっており,コスト削減や高機能化が求められている.これらに対し,物流情報(コス
ト・廃棄率・ルート),市場価格情報(卸値・需要量・供給量),販売時点管理情報(購買層・
販売価格)といった情報が有効になってくる.IT を用いることにより,こういった情報をク
ラウド上に蓄積・分析を行うことで流通にかかるコストの把握が可能になり,最適流通経路を
求めることができる.物流コストは人件費や配送費,保管費,情報処理費のような費目から求
められる.算出の際配賦比率・基準を確定し,物流コスト表の作成で求める.このコスト表は
経済産業省が決めた物流コスト算定活用マニュアルに基づく項目から作成する 9) .最適流通
経路を求めることで積卸し回数を減らし,品質の劣化を抑えることが可能になる.これに生産
側の収穫時期予測と流通側での需要予測を用いると消費タイミングにあった無駄のない流通
が行えるようになる.結果的に収益を大きくし,利益を上げにくいという理由で敬遠されがち
だった農業に参入するきっかけとなると考えられる 10) .
6
問題点と展望
農業の IT 化に関する問題として 2 点挙げられる.1 つ目は圃場の不均一性である.これは
土地によって天候・地質が異なるため,同じ環境での生産が行えないことを表している.した
がって,クラウドによる農作業の決定は難しくなっている.そこで現在では,植物工場のよう
43
に環境を制御することで栽培しやすい環境に近づける対抗策が行われている.また,より多く
のデータを行うことにより,より汎用性を高めようとしている.そのためには,作物名や作業
名,農業機械やセンサの標準化や,センサ設置基準のガイドライン作成などによって情報の
共有化をしやすくし,ICT を生み出す価値を理解してもらい,情報開示をしてもらうことが
データ集めに関して重要な点である 11) .また,圃場栽培ではその圃場の過去のデータが重要
になっている.
2 つ目は採算性の問題である.IT 化のために必要な設備を整える費用は非常に高い.全国農
業会議所によると機械や施設の取得に必要な金額が 561.8 万円,農業を営むのに必要な金額の
平均が 159.7 万円となっている.つまり就農 1 年目に必要な金額は平均で 721.6 万円となる.
また 1 年目の売上金額は平均で 265.3 万円である.この点が普及の妨げになっている.公的な
補助金のもされているが,それでも採算性を保つことは難しいままである.そこで現在では,
各設備のコストを低くする試みが行われている.また暖房や照明の環境制御の効率を上げる
ことで光熱費削減を行っている.
7
まとめ
現在の農業では,新規就農者の減少という問題がある.その背景としては,経験が重要な農
業には参入しにくいという考えがある.そこで用いるのが IT である.農業の IT 化は農業の
各工程を IT を用いて支援することである.IT を用いる際にはクラウドやセンサ,環境制御装
置,ユビキタス環境制御システムといった技術が必要になる.しかし,農業を IT 化する際に
は圃場の不均一性や採算性という問題がある.そこで現在では,多くのデータの取得による汎
用性の向上や環境制御の効率を上げる取り組みが行われている.
参考文献
1) “農業労働力に関する統計,” http://www.maff.go.jp/j/tokei/sihyo/data/08.html, 閲覧日:
2015 年 4 月 19 日.
2) “OPUS シリーズ 温湿度・気圧・CO2 データロガー,” http://senecom.co.jp/opus20.html,
閲覧日:2015 年 4 月 19 日.
3) “空調・換気・浄化システム,” http://panasonic.biz/es/air/air.html, 閲覧日:2015 年 4 月
19 日.
4) “農用機器,” http://www.nepon.co.jp/nk/, 閲覧日:2015 年 4 月 19 日.
5) “UECS の概要,” http://uecs.jp/uecs/uecs-1.html, 閲覧日:2015 年 4 月 20 日.
6) 神成敦司, “AI(Agri-Informatics) に基づく学習支援システムの研究開発,” 人工知能学会,
Vol.30, No.2, pp.174–181, 2015.
7) 島津秀雄, “産地の営農指導支援システムの研究開発,” 人工知能学会, Vol.30, No.2, pp.167–
173, 2015.
8) “TC クラウド 解析プラットフォーム・サービス,” http://www.fujitsu.com/jp/solutions/businesstechnology/tc/sol/tccloud/platform/, 閲覧日:2015 年 4 月 20 日.
9) “物流コスト調査,” http://www.logistics.or.jp/data/survey/cost.html, 閲覧日:2015 年 4
月 21 日.
10) 小池聡, “データに基づく農業の知識産業化,” 人工知能学会, Vol.30, No.2, pp.193–198,
2015.
11) 砂子幸二, “農業クラウドサービスの展開と農業ナレッジの課題と可能性,” 人工知能学会,
Vol.30, No.2, pp.188–192, 2015.
44
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
図書館情報学
横山 宗平
Shuhei YOKOYAMA
田村 陵大
Ryota TAMURA
Abstract 現在の図書館は,情報技術の発展により利用者にとって有意義なものとなっている.し
かし,司書が利用者のニーズに応えることができないなど,問題も起きている.また,図書館内の蔵書
を扱うだけではなくなった図書館には,利用者の求める情報をいち早く提供する情報のプロとしての仕
事が司書に求められる.そのためには情報についての知識は必要不可欠であり,これらの理由ために図
書館情報学を学ぶ必要がある.
1
はじめに
現代社会では様々な領域に情報技術が浸透している.図書館も例外ではなく運営にあたって
すでに情報技術は必要不可欠のものとなっている 1) .たとえばオンライン蔵書目録 (Online
Public Access Catalog: OPAC) では図書館から離れた場所にいながら蔵書の検索を可能に
している.さらにその資料の貸し出し状況も表示する.また蔵書の管理や返却,貸出の管理な
どの業務もコンピュータで行われている.このように情報技術の発達が現在の図書館の運営に
必要不可欠なものとなっている.しかし新たな問題も生じている.情報技術の発展で情報機器
の操作技術だけで業務が簡単に行われることにより,かつて司書に要求されていた専門的な知
識や技術が必要なくなった.そのため利用者の質問に対応するレファレンスサービスでは利用
者の質問に適切に応えられない司書が増加している.図書館内の蔵書を扱うだけではなくなっ
た図書館には,利用者の求める情報をいち早く提供する情報のプロとしての仕事が司書に求
められる.これらの問題を解決し,図書館に蓄積された人類の知識と情報を最大限に利用・提
供できるようにすることが,図書館情報学を学ぶ目的である.
2
図書館情報学の概要
図書館情報学という分野は,文献資料の処理に関わる図書館学がその対象を文献資料から情
報一般に広げるための条件が整った 1960 年代から 70 年にかけてアメリカで誕生し,まもな
く日本にも伝わった 2) .
図書館学は図書館という機関におけるサービス,技術,歴史を対象にしていた.図書館が社
会的に有意義な制度であることを前提に,これを支えるための様々な技術と知識の総体を図書
館学と呼ぶ 2) .図書館学が図書館情報学とよばれるための条件を以下に示す.
1. コンピュータによる文字,画像,音声,動画の処理可能性 2. 情報を電子的に蓄積し検索する技術(情報検索)の開発
3. 遠隔地から情報のやり取りを可能にするネットワーク通信システムの開発と普及
4. 情報を電子的にやり取りするためのファイルフォーマットの標準化の進展
5. 文献に関わる諸現象についての計量的な分析方法の開発
6. 情報利用者である人間の情報行動への着目
これらの条件の中で,1∼4 は従来の図書館で扱われてきた文献操作の方法をコンピュータで
置き換えるための技術開発に伴ったものである.これらは 3.1 で述べるように 20 世紀前半の
ドキュメンテーションと呼ばれる領域に,その時代に開発された新技術を適用したものともい
える.技術的要因以外にも科学技術流通の効率化を要請する政治的状況,計量化のような科学
的方法を重視する学術的状況など,第二次世界大戦後のいくつかの要因が複合してもたらさ
れたのである.図書館情報学に代わるときに付けられた情報という言葉は,このような複合的
なものを総称している 2) .
45
図書館情報学教育
3
当初は図書館の実務が中心,情報検索や情報技術に関する科目を加えたものであったが,2000
年に図書館情報学教育方針では
1. 情報環境
2. コミュニケーションと利用
3. 情報ニーズと情報提供
4. 情報伝達過程
5. 情報の組織化と検索
6. 情報の分析
7. 情報技術
8. 情報資源管理
9. 情報提供機関の管理
10. 情報と図書館の利用の評価
という情報を中心とした 10 領域をあげている.扱う資料が物理的な形を折らなくなり,イン
ターネットの利用が広がったことから,情報を中心としたカリキュラムになっている 3) .
本年から同志社大学院の総合政策科学研究科総合政策科学専攻に図書館情報学コースが設
立された,カリキュラムでは以下の図のように図書館情報学コース特有の科目を学ぶ.
Fig. 1 博士課程 図書館情報学コース
このコースでは,図書館員を中心とした情報関連専門家の再教育と,図書館情報学の研究者
養成の両方を目的とするもので, 図書館情報学の理論や研究手法および図書館政策,図書館
経営,各種メディア,情報サービス,情報システムなど広い範囲の専門的な内容を取り扱って
いる.また修了後は,図書館や情報機関などの組織で高度な知識を生かして企画立案や実施を
担当するスペシャリストとして活躍することが期待されている.また図書館情報学の研究者と
して大学などに就職する者もいる 4) .
図書館情報学の構成
4
図書館情報学は,図書館学やドキュメンテーションから情報学へと連なる連続体の間に位置
づけられている.
4.1
ドキュメンテーション
コンピュータなどを駆使し,人類が蓄積してきた膨大な情報を分類整理提供する知識と技術
を学ぶ.1950 年代のコンピュータの利用が開始されたことにより,デジタル化されたデータ
と統計手法を用いる情報検索の研究が始まり発展した.
46
Fig. 2 図書館情報学の構成
情報学
4.2
この情報学はドキュメンテーションが発達したもので,コンテンツと呼ばれるような知識
を伴った情報メディアの分析や,それに伴う現象の分布や動態の変化を測定し分析することな
どを中心とする研究領域となっている 2) .図書館情報学に関係する領域では情報の発生,収
集,組織化,蓄積,検索,理解,伝達,活用などにかかわる事項の社会的適応可能性を追求す
る学問である.
4.2.1
計算機科学
情報と計算の理論的基礎,及びそのコンピュータ上への実装と応用に関する研究分野であ
る.図書館情報学に関係のあるデータベースの理論,情報検索システムの開発と評価,情報メ
ディアの開発などの技術領域を含んでいる.
4.2.2
自然言語処理
自然言語処理は,人間が扱う言葉をコンピュータで処理する研究分野である.計算機学的ア
プローチの主流は,言語学と同様,潜在的に無限の言語データを扱う規則とアルゴリズムにあ
るが,図書館情報学の視点からは,歴史的に蓄積された言語表現をどう取り入れるかが課題と
なる.
5
図書館情報学の領域
日本学術振興会の分類表において図書館情報学が「人文社会情報学」とともに情報学フロン
ティア分科の中の 1 つの細目として位置づけられている例である.図書館情報学には以下の 9
領域が含まれている 2) .
1. 図書館学
図書館に関係する技術・運営・思想などの諸要素を対象とする学問
2. 情報サービス
資料に関する質問に回答するなど,情報提供機能に基づくサービス
3. 図書館情報システム 図書管理,貸出・返却管理用のデータベースアプリケーション
4. ディジタルアーカイブス
図書館などの文化資源をデジタル化して保存を行うこと
5. 情報組織化 図書館が収集した情報資源を利用に供するために,利用者の検索しやすいように,一定
のルールに従って,その情報資源が有している各種の情報をまとめること
6. 情報検索 必要な特定の情報を探す技術および学問
7. 情報メディア 人間の情報伝達,コミュニケーションを媒介するもの.またその技術,社会的なシス
47
テム
8. 計量情報学・科学計量学
計量情報学は科学計量学の 1 分野で,文献を章,節,文字レベルで取り上げて分析し,
規則性や,文献外の事象との関係を明らかにするもの
9. 情報資源の構築・管理
入手した情報を,探しやすくするために整理する技術,情報の流通,利用のためのメ
ディア,及びこれを支援する社会組織を扱う研究領域 現在図書館で使用されている OPAC はこの情報検索の領域である.
コンピュータの発達以前は,目録カードが使われていた.目録カードとは,図書 1 冊に対し
1 枚のカードが用意され,そこにタイトル・著者名などの書誌事項が記入され,書架とは別の
場所に保管される.そうすることで直接書架に行かなくても,本を探すことができた.しかし,
カードの作成に手間がかかりすぎることや,利用者が本のタイトルや著者名などの情報を知
らないと使いにくいなどの問題点があった.しかし書誌事項を電子化し,ネットワークを利用
して一般利用を可能にすることでこの問題点を解決した.このシステムが OPAC である 1) .
6
OPAC
OPAC では目録作成によって作られたデータベースを使って,目録利用者の検索要求を処
理する.目録データベースには資料のタイトルや著者,出版社などの項目別にデータが入力さ
れている.これにより資料を項目別に検索できるようにしている.
Fig. 3 情報検索システムの構成
情報検索システムの構成としては図のようになっている.本を収集,選択,入力,組織化
し,データベースを作成しする.そのデータベースから検索用のデータベースが作られ,検索
ソフトウェアは,利用者が入力した検索クエリをもとに検索し,検索結果を利用者に示す 3) .
しかし目録カードと同じように,項目からしか検索できないこと,1 文字でも間違えて入力す
ると該当資料が出てこなく,大きなくくりで検索すると,検索結果が大量になり,絞り込めな
いなどの問題がある.
6.1
次世代 OPAC
これまでの OPAC では,資料の書誌情報からの検索が主な使用法だった.しかし,次世代
OPAC では,目次・書評・内容などからフリーワードでの検索が容易になった.また絞り込
み機能も充実し,キーワードを再入力することなく検索結果をジャンル・出版年などで絞り込
み,必要なものを抽出することができる.そのほかにも,本や視聴覚資料だけではなく,図書
館が独自に持っている電子データなども同時に検索対象となっている 5) .
6.2
CiNii Books
CiNii Books は,国立情報学研究所 (NII) が運営する大学の総合目録データベースである.
全国の大学図書館など約 1200 館が所蔵する,約 1000 万件の本の情報と,約 150 万件の著者
48
の情報を検索することができる.基本的な書誌情報のほかに,本の詳細表示画面を通じ,所蔵
する大学図書館や,その大学図書館の連絡先,受付時間,休館日等の利用方法も合わせて提供
されている 6) .
7
展望と課題
従来の OPAC ではタイトルなどの項目からしか検索できなかったが,次世代 OPAC の登場
により蔵書の目次などの内容から検索できるなど検索が容易になった.今後の検索システム
には今以上に蔵書の詳細な内容,つまり本文から検索できるようにすることが望まれている.
また,検索内容に本文を含むと検索結果に膨大な量の結果が表示されることになる.そのため
にも利用者が求めている情報を抽出するために次世代 OPAC よりもさらに細かい絞り込み機
能が求められる.しかし本文検索を可能にするためには様々な問題点とがある.2010 年の著
作権法の改正により国立国会図書館は著作権者に許可を得る必要がなく原資料保存のために
代えて講習に提供するためのデジタルデータを作ることが可能になった.また,1968 年まで
の図書,古典籍,雑誌など約 90 万冊の蔵書のデジタル化に取り込むことができるようになっ
た.しかし,現在の光学式文字読取装置(Optical Character Reader:OCR) 技術では古い字
体の漢字が読めないことが原因となり,画像データから本文を抽出できない.今後の検索シス
テムの向上にはそのような技術の発展が必要不可欠であり,また,著作権の問題なども深く関
わっている.
図書館に限らず今後も情報量は増え続けていく.その増え続けた情報の中から必要な情報い
ち早く入手できるようにする等,情報についての知識が豊富な司書が今後の図書館には求め
られている.また,レファレンスサービス以外にも今後高齢化社会により高齢者へのサービス
の充実など,その時代やニーズに沿ったサービスを提供し続けていくことになる.
8
まとめ
本稿では,図書館情報学という学問についての説明と情報検索を例に挙げ,情報技術がどの
ように図書館を有意義にしてきたか,また今後どのような検索が可能になるか,また実現のた
めの課題を述べた.しかし,図書館の利便性が上がることによって司書のレファレンスサービ
スに関する問題が現れた.図書館内の蔵書を扱うだけではなくなったこれからの図書館には,
今まで以上に多くの情報を扱う必要がある.そのためにも利用者の求める情報をいち早く提
供する情報のプロとしての仕事が司書に求められる.それを担う知識と技術を備えた人材の
育成が重要である.そのためにも,図書館情報学を学ぶことが必要である.
参考文献
1) 河島茂生, 図書館情報技術論, 初版, ミネルヴァ書房, 2013.
2) 根本 彰, 図書館情報学基礎, 初版, 東京大学出版会, 2013.
3) 上田修一, 図書館情報学, 初版, 勁草書房, 2013.
4) “同志社大学大学院 総合政策科学研究科総合政策科学専攻 図書館情報学コース,”
http://www.slis.doshisha.ac.jp/grad/course/index.html, 閲覧日:2015 年 4 月 14 日.
5) “次世代 opac とは?,” https://www.library.toyama.toyama.jp/file/img/tayori/t57.pdf, 閲
覧日:2015 年 4 月 19 日.
6) “Cinii について,” http://support.nii.ac.jp/ja/cinii/cinii.outline, 閲覧日:2015 年 4 月 19 日.
49
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
Deep Learning
玉城 貴也
Takaya TAMAKI
塙 賢哉
Kenya HANAWA
Abstract Deep Learning とは脳の神経ネットワークをモデル化したニューラルネットワークを何
層も重ねることで構成された機械学習アルゴリズムの総称である.従来では専門家によって行われてい
た生データからの特徴量抽出を自動的に行うことが可能である.さらに,識別の精度は極めて高く,そ
の優れた汎化能力から音声認識や画像認識など,様々な分野への応用が大いに期待される.
はじめに
1
人間と同様の学習をコンピュータに行わせることを目的とする機械学習において,人間が認
識する抽象度の高い特徴,つまり多様な入力の組み合わせによる複雑な意味表現の学習は非
常に困難であり,課題の 1 つであった.
近年,そのような状況の中で Deep Learning が注目を集めている.Deep Learning とは深い層
を重ねることで,特徴量を抽出し,さらに汎化能力を上げるように工夫したニューラルネット
ワークを用いた機械学習アルゴリズムのことである.従来の機械学習ではできなかった特徴量
抽出を可能にし,困難とされた複雑な意味表現の学習に対する突破口を与えている.2006 年
にトロント大学の Hinton らによって教師無し学習によるニューラルネットワークの開発に成
功して以来,様々な学会や企業から注目を集めている.2011 年には音声認識のタスクで,従来
の手法に比べて識別率が 10%も向上し,2012 年には ILSVRC(ImageNet Large Scale Visual
Recognition Competition) という一般物体認識のコンテストで識別率が約 84%という好成績
で 2 位以下を 10%以上引き離し,圧勝している 1)
2)
.
本稿では,Deep Learning の基となるニューラルネットワーク,Deep Learning の具体的な説
明とその有用性,そして Deep Learning の問題点と今後の展望を述べる.
ニューラルネットワーク
2
人間と同様の学習をコンピュータに行わせるために,人間の脳の神経細胞 (ニューロン) の
ネットワークをモデル化することで実現しようするアルゴリズムが考案された.それがニュー
ラルネットワークである.ニューラルネットワークは与えられたデータを元に識別を行い,期
待する出力信号 (教師信号) と実際の出力信号との差を縮めることで学習する.そうすること
で,未知のデータが与えられたときに正しく識別を行うことができる.本節では,ニューラル
ネットワークの構造とその学習方法について述べる.
2.1
基本構造
脳の神経ネットワークをモデル化するためには,その基本要素である神経細胞 (ニューロン)
の構造を理解する必要がある.ニューロンは基本構造として,信号を受ける樹状突起,それを
統合する細胞体,出力を送る軸索が存在する (Fig. 1(a)).そして,入力信号によって膜電位
が閾値を超えた時のみ,シナプスを介すことで他のニューロンに信号を伝達させている.この
ニューロンの基本構造を Fig. 1(b) のようにモデル化する.このニューロンのモデルはユニッ
トと呼ばれ,シナプスの結合の強さを重み W ,各ニューロンが持つ閾値をバイアス b として
表現する.
50
W i1
b1
W 13
಍ཝ৬
W j1
b3
W j2
३ॼউ५
W 23
b2
ກด
W k2
౴૾఍କ
(a) ニューロンの構造
(b) ニューロンモデル (ユニット)
Fig. 1 ニューロンの構造とモデル (自作)
このニューロンを模したユニットを層上に並べ,互いに結合した有向グラフ (同じ層間は結
合しない) を用いることで,ニューラルネットワークを構築する (Fig. 2).
োৡपৌૢघॊ
োৡಽ hk -1 র৑ಽ h k লৡಽ hk+1 ॡছ५दँॊન૨
োৡਦಀ
i
0
0.04
0
ෙ୷
1
……
……
……
wij
0.02
0.80
……
……
j
ઇపਦಀ
0.05
0
ਦಀभ૴ो
Fig. 2 ニューラルネットワークの構造 (自作)
図において,データは入力層に入力され,順番に中間層,出力層へと,信号が伝播される.そ
の際,隣接の層間の計算は次のようになる.図の有向グラフ構造に従い,第 k 層の i 番目のユ
ニットの入力は,第 k −1 層のユニットからの出力を h
bi k +
∑
k−1
wij k hj k−1
= [h1 k−1 ,h2 k−1 ,…] として
(1)
j
のように計算される. bi k は i 番目のユニットが持つバイアスであり,wij k は第 k 層の i 番
目のユニットと第 k − 1 層の j 番目のユニット間の結合が持つ重みである.ここで,wi k =
T
[wi1 k ,wi2 k ,…] と定義し,活性化関数 f を用いると,出力 hi k は次のように与えられる.
hi k = f (bi k + wi kT h
k−1
)
(2)
活性化関数には連続関数であり,ステップ関数に近似可能なシグモイド関数が最も一般的に用
いられている (式 (3),Fig. 3).
f (x) =
1
1 + exp(−x)
51
(3)
Fig. 3 シグモイド関数 (自作)
さらに,式 (4) のように正規化することで,出力される値のなかで最大のものを与えるイン
デックスが,与えられた未知データのクラスとなる.
k−1
exp(bi k + wi kT h
)
p(x) = ∑
k−1
k
kT
exp(bi + wi h
)
2.2
(4)
ニューラルネットワークの学習
ニューラルネットワークの学習とはパラメータ (すべての重みとバイアス) を調節すること
により,期待する出力信号 (教師信号) と実際の出力との差を縮めることである.この学習に
よりニューラルネットワークは,より正確に識別を行うことができる.与えれた教師信号と実
際の出力の差の尺度として平均二乗誤差や交差エントロピーなどが用いられる.この尺度を C
とすると,勾配降下法を用いて C が最も小さくなる方向に,繰り返し重み wij を wij ← wij
+∆wij ,バイアスを bk ← bk + ∆bk のように更新する.このとき∆wij ,
∆bk は
∆wij = − ϵ
∂C
∂wij
(5)
∆bk = − ϵ
∂C
∂bk
(6)
のように与られ, ϵ は更新のステップ幅であり,学習係数と呼ばれる.この学習係数が大き過
ぎるとパラメータの勾配が発散し,小さ過ぎると学習の進みは遅くなる.さらに,出力層から
遠い層の重みに関する勾配を求めるため,微分の連鎖法則に従い,誤差逆伝播法を用いて誤差
を出力層から遡って順番に計算することでニューラルネットワークは学習する.しかし,パラ
メータ (重みとバイアス) の初期値をランダムに設定した場合,ニューラルネットワークは層が
多層になるにつれて勾配が拡散してしまい,学習はうまくできないという問題がある 3)
3
4)
.
Deep Learning
前節で述べたとおり,従来のニューラルネットワークでは多層での学習は非常に困難であっ
た.その多層の学習を可能にしたのが Deep Learning である.しかし, Deep Learning はある
特定の手法そのものを指しているわけではない.Deep Learning とは汎化能力の高い,ニュー
ラルネットワークを基にした多層の機械学習アルゴリズムの総称であり,畳み込みを用いた
Convolutional Neural Network,教師無しのプレトレーニングを行う Deep Autoencoder,生
成モデルに基づく手法を用いた Deep Belief Network など様々な種類が存在する.本稿ではそ
の中でも教師無し学習を行う Deep Autoencoder と,教師あり学習を行い,画像認識で主に用
いられている Convolutional Neural Network について述べる.
3.1
Deep Autoencoder
ランダムに初期値をセットした場合,多層ニューラルネットワークの誤差逆伝播法による学
習はうまくいかない.そこで Deep Autoencoder では,Fig. 4 のように,層ごとに pretraining
と呼ばれる教師無し学習を行い,そこで得たネットワークのパラメータを初期値として,ネッ
トワーク全体の微調整 (finetuning) を行う.このパラメータの調整によって,ランダムな初期
52
値ではうまくできなかった多層での学習を正しく行うことができる.そして次元圧縮を繰り返
すことで特徴量を自動的に抽出することができる 4) .
Autoencoder
Wd
…
…
…
W3
copy
…
W3
W3
…
…
W2
W2
copy
NN
W4
…
W2
…
…
W1
W1
教師無し
教師あり
W1
pretraining
finetuning
Fig. 4 Deep Autoencoder の処理の流れ (参考文献 4) より自作)
3.1.1
Autoencoder
Deep Autoencoder において pretraining を行う際には,Autoencoder と呼ばれる教師無し
学習が用いられる.入力層 (x) と出力層 (h) の 2 層からなるニューラルネットワークを考え,
順方向の伝播
h = f (Wx + b)
(7)
を,入力 x から符号 h を得る encoder と見なす.これと逆向きの同様の計算
′
′
′
y = f (W h + b )
(8)
を仮想的に考え,これを decoder と見なす.Autoencoder とは,与えられた入力 x を encoder
で符号化した h を,今度は decoder で符号化し h を再現する y を得た時,y が元の x に近く
′
′
なるようにパラメータ W,b,W および b を誤差逆伝播法により決定する方法である 4) .
3.1.2
Pretraining
3.1 節で述べたように,pretraining によってパラメータの初期値を正しく設定することがで
きる.Fig. 4 における Autoencoder を用いた pretraining の手順は次のようになる 4) .
step.1 入力層を含む最初の 2 層を,Autoencoder を用いて訓練する.
step.2 訓練した層の内,上の層の状態を次の 2 層への入力と見なし,同じく Autoencoder を
用いて 2 層のみ訓練する.
step.3 step.2 を層の数だけ繰り返す.
3.1.3
Finetuning
finetuning は pretraining で設定したパラメータの微調整を行う.この finetuning には Fig.
4 に示すような 2 通りの方法がある.1 つは,最上位層のさらに上に,最上位層の出力を入力
とするニューラルネットワークを接続し,全体を 1 つのニューラルネットワークと見なし,誤
差逆伝播法により教師あり学習を行う.もう 1 つは,全体を大きな Autoencoder と見なし,教
師無しでパラメータの微調整を行う. その場合,最下位層への入力 x に対し,ここから順方向
の伝播によって最上位のユニットの状態 hk を計算し,逆にここから x を再現した y を求めそ
の差が小さくなるように誤差逆伝播法により学習を行うことになる 4) .
53
3.2
Convolutional Neural Network(CNN)
脳の初期視覚野 (V1) には特定の傾きに選択的に反応する単純細胞 (simple cells) と,同様の
選択性を持ちつつ,多少位置をずらしても変わらず反応する複雑細胞 (complex cells) が存在
する.CNN はこの単純細胞と複雑細胞の働きをモデルとして,単純細胞に対応する畳み込み
と,複雑細胞に対応するプーリングを行い,誤差逆伝播法により学習を行う.これにより,特
徴量を自動抽出し,正しい識別を行うことができる.Fig. 5 に CNN の処理の概要を示す.ま
ず,入力画像に対して重みフィルタを畳み込み処理する.この畳み込み処理の出力は特徴マッ
プと呼ばれるマップ上に出力され,出力された特徴マップを入力としてプーリング処理を行
う. プーリング処理により新たな特徴マップが生成される.この動作を繰り返すことにより,
特徴量を自動生成できる.そして,最後に得られた特徴マップを全結合型のニューラルネット
ワークなどの識別部に入力し,識別を行う.
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…
0.94 (Aである確率)
A
…
…
0.02 (Bである確率)
ෙ୷
0
…
…
…
…
…
…
…
…
0.01 (Zである確率)
1
0
…
્ඉঐॵউ
Fig. 5 Convolutional Neural Network(CNN) の処理の流れ (自作)
3.2.1
畳み込み層
単純細胞の性質を入力に対して重みとなるフィルタを畳み込み処理することによって再現す
る.そして,この重みフィルタはニューラルネットワークの重みと同様に誤差逆伝搬法による
勾配降下法によって学習される.画素数 nx × nx の画像 x に対する,画素数 nw × nw のフィ
ルタ w の畳み込みを考える.この畳み込みを h = x ∗ w とすると,出力 h のサイズ nh は式
(9) のようになる.ただし,実際には画像の周辺部で適当な処理を行い,nh = nx とする場合
が多い.
nh ≡ nx − nw + 1
(9)
例として,文字認識で「A」という文字を認識させたい場合を考える.入力画像は 32 × 32 の
画素数を持ち,畳み込みフィルタを 5 × 5 の大きさのものを使用するものとする.Fig. 6 のよ
うに,フィルタと入力画像を畳み込むことで,フィルタを通った値だけが特徴マップに特徴と
して抽出される 4) .
Fig. 6 畳み込み処理の例 (参考文献 4) より引用)
54
3.2.2
プーリング層
プーリングとは,抽出特徴から認識に余分な情報を捨て,認識に必要な情報を保った表現に
変換することである.CNN でよく使われているのは max pooling である.max pooling とは
フィルタ出力 hj の小領域 Pi (i = 1,2,…) の中で最大値を取り出す処理のことで,プーリン
′
グ後の出力 hi は 式 (10) のように与えられる.
′
hi = maxhj
j∈Pi
(10)
例として,Fig. 6 で行った畳み込み処理の後の特徴マップから 4×4 の領域をとり,maxpooling
を行う.すると, 4 × 4 の領域の中で最大値のみを取り出し,畳み込み後の画素数を 1/4 に,
つまり 8 × 8 のサイズに落とすことができる (Fig. 7).これによって,畳み込み処理の際に位
置が多少ずれてしまっても,同じ表現に変換することができる.従って,複雑細胞の性質が
プーリングによって実現されている 4) .
Fig. 7 プーリング処理の例 (参考文献 4) より引用)
3.2.3
CNN が解決した問題
CNN は重みを共有し,従来のニューラルネットワークと比べ,ネットワークの結合が疎で
あるため,多層になっても逆伝搬する勾配が拡散せず,誤差を出力層から入力層に正しく伝え
ることができる.これにより,ニューラルネットワークでは不可能であった多層での識別を可
能にしている.さらに,畳み込みとプーリング処理を複数回行うことで,特徴量を自動抽出す
ることができる 4) .
4
Deep Learning の有用性
Deep Learning は従来の機械学習アルゴリズムと決定的に違う点がある.それは,今まで専
門家によって行われてきた特徴量の抽出も習得できることである.生データを入力して学習
させると,データから自動的に素性を作り,より抽象的な表現を習得することが出来る.これ
は,機械学習で最も難しい問題とされる表現の学習に対する突破口を与えている.さらに,冒
頭でも述べたが,画像認識,音声認識など分野の様々なコンテストで Deep Learning を用い
たチームが優勝し,その優れた性能が示された.2014 年には Facebook によって開発された顔
認証技術である「Deep Face」が 4030 人の顔写真 440 万枚を用いた大規模学習によって認識
率が 97.53 %と,ほぼ人間並の人物識別性能を達成した 5) .2015 年 1 月には Audi と Nvidia
の共同開発による自動車「Jack」が Deep Learning を用いた技術によって,カメラで捉えた
物体を識別し,シリコンバレーからラスベガスまで完全自動走行を行うなど,各企業が続々と
Deep Learning を取り入れている 6)
5
7)
.
Deep Learning の問題点と今後の展望
万能かと思われる Deep Learning であるが,実は問題点もある. それは中間層とその中の
ユニットの数,学習係数の決定までは自動で行えないことだ. これらのパラメータは使用する
データ及びタスクに強く依存するため,層やユニットの数に対してデータがより単純であった
り複雑すぎる場合,アルゴリズムがその特徴を掴みきれずに悪い性能を出してしまう.今後
この問題が解決されれば,人間と同様にあらゆる入力に対して学習を行うことが可能になり,
55
データ,タスクによって分けられていたアルゴリズムを Deep Learning で一貫して行うことが
できるようになるということが期待できる.
6
まとめ
本稿では Deep Learning の基となるニューラルネットワークの概要とその問題点,さらにそ
の問題点を改善した Deep Learning の一種である Deep Autoencoder と Convolutional Neural
Network のそれぞれの特徴を述べ,Deep Learning の具体的な応用例について触れた.Deep
Learning の精度の高い多層での識別によって,従来の機械学習アルゴリズムでは成し得なかっ
た特徴量抽出を可能にし,より抽象度の高い表現の獲得が可能になった.その汎用性は高く,
様々な企業が既に取り入れ始めている.しかし,まだ数々パラメータの決定が自動化できてい
ないという問題点が残っており,更なる発展が期待される.
参考文献
1) F. Seide, G. Li and D. Yu, “Conversational speech transcription using context-dependent
deep neural networks,” INTERSPEECH2011, pp.437–440, 2011.
2) ILSVRC2012, “Image net large scale visual recognition challenge 2012,” http://www.
image-net.org/challenges/LSVRC/2012/results.html, 閲覧日:2015 年 4 月 18 日.
3) 銅谷賢治, 計算神経科学への招待 脳の学習機構の理解を目指して, サイエンス社, 2007.
4) 八木康史, 斉藤英雄, コンピュータビジョン最先端ガイド 6, アドコム・メディア株式会社,
2013.
5) Y. Taigman, M. Yang, M. Ranzato and L. Wolf, “Deepface: Closing the gap to humanlevel performance in face verification,” Computer Vison Papers, pp.1–8, 2014.
6) Nvidia, “How nvidia drive px will help automakers slim down self-driving cars — nvidia
blog,” http://blogs.nvidia.com/blog/2015/03/17/nvidia-drive-px, 閲覧日:2015
年 4 月 18 日.
7) Audi,
“Audi piloted driving,”
http://www.audi.com/com/brand/en/vorsprung_
durch_technik/content/2014/10/piloted-driving.html, 閲覧日:2015 年 4 月 18 日.
56
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
DPC,NDB, 医療データベース
和田 寛
Hiroshi WADA
三島 康平
Kohei MISHIMA
Abstract 近年, 医療技術の高度化と健康意識の向上に伴って, 保健医療が取り上げられている. その
中で, 医療の質を評価するためにできたものが DPC(Diagnosis Procedure Combination) である.DPC
とは, 入院患者の病名と医療資源とをグループ化し, 分類するものである. また, 課題点として退院後の患
者の追跡ができないなどの課題点はあるが,個人番号の一つであるマイナンバーを利用することで, 患者
の動向や, 生涯にわたって健康データが管理でき, 多くの医学研究に役立つことが期待されている.
1
はじめに
近年, 医療技術の高度化と健康意識の向上に伴って, 保健医療が先進諸国共通の国家的問題
として取り上げられ, 医療のシステム化が求められている. 様々な医療データを管理し, 容易に
検索・抽出などの再利用できるようにしたものを医療データベースという. 特に, 医療データ
ベースの需給両面において必要性が増加したため, 医療データベースの重要度が高まっている.
まず住民の保健意識の変化に伴う潜在需要の顕在化と, 人口構成の老齢化が医療需要の増大
を生じている 1) . この結果, 医療への需要が質的にも量的にも急速に増大しつつある.
一方, 医療の供給面に関しては, 医療技術はますます高度化, 複雑化し, 診療内容が濃密化し
た反面, 医療従事者の養成や医療施設の増設は需要の増加に大きく遅れていて, 需給の差が開
く一方になっている. この結果, 住民の要望に応えて良質の医療を円滑に提供することが容易
ではなくなっている. こうした現状への対策の一つとして限られた医療資源を最も効果的に活
用するためのシステムが検討されるようになり, 医療情報の管理と利用を効率化することが最
も重要な課題とされ, その結果として, 医療データベースや医療データ処理システムの構成・開
発がされた.
そして, その医療データベースの中でも医療の質を相対的に評価できるものとして注目され
ているのが,DPC(Diagnosis Procedure Combination)である.DPC は日本語では「診断群分
類」と呼ばれ, 1万以上ある病名を, 医療資源の必要度から, 病名グループに整理し, 分類する
方法のことである.DPC データとは DPC で分類されたデータのことである.
本稿では医療データベースの DPC に焦点をあて, 抱えている課題や, 今後の展望について述
べる.
2
医療データベース
まず, 医療データベースについて述べる前に, データベースについて述べる. データベース
は, データを集めるだけでなく集まったデータを結合し, 結合されたデータを様々な利用者が,
それぞれの目的に応じて利用できるように, ソフトウェア及びハードウェアが「データベース
管理システム」を備えていることが特徴である. データベースが用いられる前は, 一つの利用
目的に一つのデータファイルが従属して保管していた. そのため他の目的や利用者に用いられ
ることは技術的に困難であった. その結果, 重複したデータファイルが保管されるという無駄
が生じたり, ファイルの更新や検索のためのソフトウェアも個別的で共同利用することは容易
ではなかった. これに対しデータベースでは, データの登録に際し,「データ構造」が記述して
格納するため, システム内におけるファイル間の編成が可能で, 重複したデータの格納が避け
られる. また, データベース利用のための特別の言語を用いることでファイルの利用と管理を
容易にしている. この他, データベース方式は Table. 1 に示すように, 従来のファイル管理方
式に比べて, データやプログラムの管理, 機密保持が容易であること, 業務の変更や拡張に対し
柔軟性があるといった優れた特徴を有している. データベースのこのような利点は, 格納され
57
るデータの「データ構造」が明確にされていることと,「データベース言語」と呼ばれる利用
に便利な特別の言語が用意されていることである. 日本には大きな医療データベースが二つあ
り, 厚生労働省が保持している NDB(National Database) と, 医療情報データベースである. 前
者は主に医療費の適正化に用いられ, 後者は医薬品の安全性の評価に用いられている.
Table. 1 従来のファイル管理方式とデータベース方式との比較
2.1
従来のファイル管理方式
データベース方式
プログラムとファイルの関係
従属
独立
プログラムとファイルの管理
困難
容易
データの重複
多い
少い
業務の拡張
困難
容易
NDB
NDB が出来上がったのは「高齢者の医療の確保に関する法律」が成立し, 医療費の適正化
のため, 厚生労働省が行う分析などに用いるデータベースが必要となったからである. 「高齢
者の医療の確保に関する法律」が成立したのは, 国民の高齢期における適切な医療の確保を図
るためである. NDB は厚生労働省が保持しており, レセプトデータと呼ばれる診療報酬明細書
が収載されているデータベースのことである.
レセプトデータの中に電子レセプトと DPC データが含まれている. 電子レセプトとは診
療報酬請求のためのデータであり, 医療行為や処方された薬剤, 実施日などが記載されている.
NDB は医療費の適正化以外の利用として, 医療サービスの質の向上等や学術研究の発展に資
するための分析に用いられている.
2.2
医療情報データベース
まず, 医療情報データベースとは「医療情報データベース基盤整備事業」という, 電子化さ
れた医療情報から, データを抽出・分析し, 医薬品などのリスクや評価など, 安全対策に活用す
るため, 厚生労働省などが推し進めている事業内のデータベースのことである. 現在の医薬品
の安全対策は, 主に医療機関や企業からの副作用の報告で行われているが, この制度では医療
品等の使用者を把握できない, もともとの疾患による症状と副作用等の区別が困難であるなど
がある. そのため, 医薬品等の安全性の定量的な評価等のためのデータベースが必要であり, 利
用可能な多くのデータ規模も必要であると提言され医療情報データベースが作られた.
3
DPC
DPC は入院医療に適用され, 国際疾病分類で 1 万以上ある病名を, 医薬品や医療材料などの
医療資源の必要度から, 統計学的に意味のある 500 から 1500 程度の病名グループに整理し, 分
類する方法である. DPC の目的は医療情報の標準化と可視化による医療提供体制の適正化と
医療の質向上である. 主に DPC は診察報酬における包括評価に用いられている.
DPC が必要になったのは医療のアウトプットの評価が必要だからである. 医療政策の目標
は質の高い医療サービスを国民に提供する体制を整備することである. したがって, 医療制度改
革についての議論の前提とすると, 医療サービスの質を評価するための情報が必要になる. 医
療サービスの質の評価指数は絶対評価ではなく相対評価となる 2) . そして, 相対的な評価をす
るためには比較のための共通のベースが必要になる. そこで開発されたのが各患者を病名と行
われた医療行為, さらに合併症の有無などの重症度に関連した情報を用いてまとめる DPC と
いう手法である.
3.1
DPC の概要
Fig. 1 に示したように DPC の構成は,14 の桁コードになっている. 数字の羅列で見づらい形
になっていますが, この 14 桁の数字は, それぞれ意味がある.
• 病名
「主要診断群」+「分類コード」の 6 桁を用いて病名を表すコードである.
• 入院種別
58
検査入院等の入院形態の違いを表すコードである.
• 年齢・体重・JCS 条件
JCS(Japan Coma Scale) とは日本で使用する意識障害の深度分類のことである. 同じ病気
であっても, 年齢などが異なると状況が異なるので, それらを分けるコードである.
• 手術等サブ分類
手術の種類を分類するコードである.
• 手術・処置等
「手術・処置等1」と「手術・処置等2」とありあますが, ここでは補助手術や化学療法
などの有無を表すコードである.
• 副傷病名
併存症や続発症の有無を表すコードである.
• 重症度
医療資源の投入量に関係するような条件のためのコードである. 例えば白内障であれば, 片
眼なのか, 両眼なのかというものである.
Fig. 1 診断群分類コードの構成(参考文献 2) より自作)
3.2
DPC データ
DPC に基づいて定額支払い制度を導入している病院のことを DPC 対象病院という. 技術
の普及で用いる医療資源量は変わっていく.DPC による評価はこのような変化に対応して精緻
化を行っていかなければならない. そのために毎年 DPC 対象病院から以下の DPC データの
提出が求められる.
1. 様式 1
診療録情報である. 医療機関情報, 患者基本情報, 入退院情報, 診断情報, 手術情報が必須
項目として入力している. 必須項目以外に, がんのステージ, 妊娠の有無などの臨床情報
も収集している.
2. E ファイル
診療行為ごとの請求額の小計を記録しているファイルである.
3. F ファイル
診療行為の詳細を記録したファイルである. E,F ファイルを分析することで, 使用した
薬剤・特定保健医療材料, 実施した処置が日別に把握することができる. また, 患者別に
診療行為の詳細を日計で分析することも可能となる.
4. D ファイル
DPC の診療報酬請求にかかわる診療報酬点数等の包括診療明細情報をまとめたファイ
ルである.
5. 様式 3
施設調査票のであり, 医療機関別の病床数、入院基本料等加算の算定状況等を把握する
ためのデータである.
6. 様式 4
59
患者の利用保険を記載したファイルである. これを活用することで, 自費などの通常の
保険診療以外の保険を用いた患者を把握することができる.
3.3
DPC の使用例
DPC は日本の医療費の定額支払い制度に用いること以外にも使用用途は多い.
1. 患者・国民に対して
医療の透明性が向上し, データに基づく医療機関の評価・選択が可能となる.
2. 各医療機関に対して
まず, ベンチマーキングとは自施設の製品, サービス, プロセスを分析し, パフォーマン
スの良い他施設と比較することである. バンチマークを用いて, 各医療機関と全国標準
との比較が可能となり, 管理・運営に役立てることができる
3. 医療政策に対して
医療資源の最適配分, 医療への効率的な投資など, データに基づく医療政策の立案・評
価が可能となる.
4. 医学研究に対して
麻酔, 外科, 稀少な疾患などについて, 様々な臨床疫学研究が可能となる.
3.4
DPC の課題点
まず,DPC の制度では地方の病院は経営・運営の両方の面から不利である. その理由として,
高齢化, 広域性, 機能分化困難, 連携施設不足, 医師・看護師不足があげられる. 機能分化困難の
理由は, 地方の病院では軽症から重症まであらゆる患者を受け入れなければならない. 周辺の
医療機関が乏しいため, 外来患者が多く労働条件も厳しくなる. 連携施設不足は, 地方は開業医
が少なく, 施設が連携できず, 在院日数の延長が生じる. 医師・看護師不足は, 地元志向の人が
少なく, 都会の医者の方が賃金の上で, 都会に比べ労働が厳しいのが理由にあります.
さらに,DPC は入院医療を対象としており, 外来医療は対象外となっている.DPC では定額
支払い制度に対し, 外来医療では出来高払いである. 出来高払いは, 行った医療行為が多いほど
医療報酬が増えるため, 回復への最短治療を行った医者へは支払いが減り, 長引かせた医者へ
の支払いが増えるという矛盾があった. 無駄な医療を行わさず, 最適な医療を行う, といった医
療費の効率化と医療の質の向上のためにも, 外来診療も対象とすべきである.
最後に,DPC データをより活用するための最大の課題は, 患者の追跡ができない不自由さで
ある. 病院に入院中の患者は把握できても, 例えば, 治療して一か月後治っているのか, 死亡し
たのか, 転院したのかまでは把握することはできない.
4
今後の展望
2016 年からマイナンバーというものが始まる. マイナンバーとは社会保障・税番号のことで
ある. マイナンバーでは, 年金などの社会保障と納税を 1 つの個人番号で管理する. そしてこれ
を個人の医療情報と組み合わせることで非常に応用のきく情報となる. 課題点でも述べた, 患
者が追跡できない不自由さが解消され, 個人の健康データが生涯を通じて管理できる. 例えば,
重複する検査や投薬なども減らすことができる. また, すべての人を管理するので, 稀少なデー
タを逃すこともなく, 医療研究に役立つ. さらに, 医療には遺伝子情報というものもあり, 病気
を遺伝子レベルで調べることも可能になるだろう. しかし, 一方で漏えいした際は取り返しが
つかないというリスクもある. そのために, 番号などが変更できる医療 ID というももの必要性
も言われている. 応用の幅は非常に広いが, 同じく個人の情報を安全に管理することも考えて
いかなければならないだろう.
5
まとめ
本稿では,DPC に焦点をあて,NDB や医療データベースについても触れた.DPC は入院医療
に適用され, 病名と医療資源の必要度から病名グループに分類する方法である. また, 診療報酬
の包括支払いや, 医療施設の評価, 医学研究に用いられている. しかし, 外来医療は対象外であっ
たり, 退院後の患者の追跡ができないなどが現状である. 今後, マイナンバーと結びつくことで,
患者の動向や, 生涯にわたって健康データが管理でき, さらに多くの医学研究に役立つといった
60
ことから, 日本の医療にとって必要不可欠なものとなっていくだろう.
参考文献
1) 古川俊之, “医療データベース,” 情報処理, Vol.16, No.5, pp.386–392, 1975.
2) 松田晋哉, 基礎から読み解く DPC-実践的に活用するために, 第 3 版, 医学書院, 2012.
61
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
3 次元メモリ
岡田 雄斗
Yuto OKADA
林沼 勝利
Katsutoshi HAYASHINUMA
Abstract NAND 型フラッシュメモリはスマートフォンやパソコンなど,様々な機器の記憶媒体
として活躍している.しかし,近年情報量が増加しているのに対して,フラッシュメモリの微細化が限
界をむかえ,大容量化が停滞している.そこで,コストを下げつつ,記憶容量を増やすために,フラッ
シュメモリの 3 次元化が進められている.3 次元メモリの開発により,HDD と同等の容量を持つ SSD
が作られるようになった.これにより,より高速にデータを扱えるようになる.
はじめに
1
従来の不揮発性メモリである Electrically Erasable Programmable Read-Only Memory
(EEPROM)(電気的消去および書き込み可能な読み出し専用メモリ)は,1 ビット当たり
が 2 個のトランジスタからなり,1 ビット当たりの占有面積が大きかった.このため EEPROM
のコストが高かった.それに対して HDD に代表される磁気記憶装置は,コストが安く,不揮
発性であった.そのため,半導体メモリは磁気記憶装置に比べて処理速度が早いため置き換え
られることが期待されたが,完全に置き換えることは出来なかった 1) .
そこで 1980 年に舛岡富士雄氏によって一括消去型 EEPROM であるフラッシュメモリ開発
された.その後市場は急激に大きくなり,容量の増加と価格の低下が進んでいった.しかし,
近年では記憶容量の増加が低迷し始めており,コストと容量の問題から HDD などの磁気記憶
装置からのフラッシュメモリを含む半導体メモリへの置き換えはまだ進んでいない.この問題
を解消するために 3 次元メモリの開発が進められている.
本稿では,現在使われているフラッシュメモリの歴史と構造について述べ,現在開発が進ん
でいるさまざまな 3 次元メモリの構造について比較していく.
フラッシュメモリの開発と NAND 型フラッシュメモリの変遷
2
2.1
NOR 型フラッシュメモリ
最初に開発されたフラッシュメモリは NOR 型フラッシュメモリと呼ばれ,Fig. 1 のように,
ビット線 1(B)とワード線 2(W)間に 1 個のメモリセル 3 が接続されている構造である.こ
のためビット線に接続された 1 個のメモリセルが導通すると,ビット線の電位は下がることに
なる.
メモリセルの基本的構造は,Fig. 2 に示すように,EEPROM と同じく Metal Oxide Semi-
conductor(MOS)トランジスタのコントロールゲートとシリコン基板間にフローティング
ゲート(Floating Gate : FG)を持つ構造をしている.コントロールゲートはワード線と接続
されており,ワード線に電圧をかけることで,電流の流れているシリコン層から FG に電荷が
移動する.FG は絶縁膜であるシリコン酸化膜によって囲まれているため,一度 FG に注入さ
れた電荷は,電源を切った後も保存される.これがフラッシュメモリの不揮発性メモリとして
の原理である.
NOR 型は EEPROM の技術を応用し,プログラムにより消去・書き込みが出来るよう機能
を発展させたものであり,ランダムアクセスが得意で,システムメモリとして普及した.ただ
し,この NOR 型フラッシュメモリでは大容量化が難しく,書き込みが遅いという問題があっ
た.そこで開発されたのが NAND 型フラッシュメモリである 1) .
1 メモリセルからデータを取り出す信号線.
22
次元状に並んだメモリセルアレイの中から,一列を選択するための制御信号線.
3 電気的に情報を保持する役割を持つ.
62
Fig. 1 NOR 型フラッシュメモリ(参考文献 1) より自作)
Fig. 2 メモリセルの基本構造(参考文献 1) より自作)
2.2
NAND 型フラッシュメモリ
NAND 型フラッシュメモリは Fig. 3 のように,ワード線が隣接する MOS トランジスタで
ソースとドレインが共有され,長く繋がっている.このつながりは String と呼ばれており,数
十個の MOS からなっている.ビット線を選択するためには,Fig. 3 の選択線に繋がっている
MOS を ON にし,FG を持っている不揮発性 MOS(non volatile MOS:NV-MOS)トランジ
スタのうち MOS1 以外のゲートに電圧をかけて ON 状態にすると MOS1 にアクセスできる.
同様に MOS2 以外の MOS を ON にすると MOS2 にアクセスできる.これを繰り返すことに
よってすべての MOS にアクセスでき,ビット線を選択することが出来る 2) .
フラッシュメモリの容量を大きくするためにはメモリセルを増やす必要がある.そこで,今
までは同じチップ面積でメモリセルの数を増やすために,メモリセルの微細化が進められてき
た.しかし,従来の NAND 型フラッシュメモリは FG 構造の NV-MOS がびっしりと並んで
いるため,メモリセルを微細化していくと隣のメモリセルとの間隔が狭くなり,隣接するセル
同士が電気的な干渉を起こし,隣のビット情報との混信が起きる.その結果この方法では微細
化するにも,現在量産されている最も小さいものは 15nm で,1 つの NAND 型フラッシュメ
モリの最大容量は 16GB であると言われている 3) .また,15nm 微細化できるとしても,干
渉を防ぐプロセスが必要なため,ビットコストが大きくなりすぎてしまう.
そのため,微細化するだけでは容量的にもコスト的にもハードディスクの置き換えが出来な
い.そこで平面上で微細化せずに容量を大きくするために考えられたのが 3 次元メモリであ
る.NAND 型フラッシュメモリの 1 枚の厚さは 30µm と薄いため,フラッシュメモリを縦に
積んでも問題ないと考えられた 1) .
3 次元メモリ
3
3.1
3 次元化技術
当初,メモリを 3 次元化する技術として,Fig. 4(a)のような従来の NAND 型フラッシュ
メモリを,Fig. 4(b)のようにそのまま積み重ねてビット線で繋いでいく方法が提案されて
いた 4) .しかし,この場合では,メモリ層を 1 層追加するごとに最小線幅のパターンを焼き
付けるための露光 4 及びそれに付加する加工工程が数回ずつ必要であり,1 層当たりの工程コ
ストが高くなる.そのため,積層数を増やしてもビットコストが低減しにくいという問題が
4 レーザー光線を用いてエッチングする技術.
63
Fig. 3 NAND 型フラッシュメモリの回路図(参考文献 2) より自作)
Table. 1 3 次元技術
技術名
略称
企業
Bit-Cost Scalable Technology
BiCS
東芝
pipe-shaped BiCS
3D Vertical NAND
p-BiCS
3D V-NAND
東芝
Samsung
あった 2) .
そこで,3 次元化におけるこれらの問題を解決するために,東芝,Samsung などは新たな
技術を開発した.その技術を Table. 1 に示す.この中で近年量産化された技術が p-BiCS であ
る.本稿では,その前身である BiCS と,比較するために BiCS と構造の異なる 3D V-NAND
について述べる.
3.2
BiCS
3.2.1
BiCS 技術による 3 次元メモリアレイの形成
Fig. 5 に示すように,板状電極と層間絶縁膜を互いに積み重ねた積層構造に,最上層から最
下層まで貫通する孔を一度に開け,メモリ機能を持つ窒化シリコン膜を孔側面に形成した後に
柱状電極を埋め込む.これにより,板状電極とシリコン柱の交点を 1 つのメモリセルとする 3
次元メモリセルアレイを,積層数によらず一括で形成できる.
BiCS 技術をフラッシュメモリに応用した BiCS フラッシュメモリの概略図を Fig. 6 に示す.
Fig. 5 のように板状電極とメモリ膜を電子を蓄積できる絶縁膜を積層しシリコン柱を挿入し
た後,Fig. 6 のようにビット線とソース線を形成すると,シリコン柱と板状電極の交点はシリ
コン柱をチャネルとし,板状電極をゲート電極とする縦型トランジスタとなる.1 本のシリコ
ン柱は縦型トランジスタを直列に接続した NANDString となり,全体ではコントロールゲー
トを共有する複数の NANDString を束ねた 3 次元メモリセルアレイが形成されることになる.
NANDString の上下には選択トランジスタが配置され,上端にはビット線,下端はソース線
に接続されている.1 本の NANDString はビット線と上部選択ゲートを選ぶことによってア
クセスできる.選ばれた NANDString 上の 1 ビットは積層されたコントロールゲートのうち
の 1 層を選ぶことによってアクセスする 5,
6)
.
この技術により,2 次元 NAND 型フラッシュメモリに比べて,チップ面積を増やすことな
く大容量化が可能になった.また,積層数が増加しても,複数層を一括して微細化するため加
工にかかるコストが小さい.
ただし,BiCS には以下のような問題もある.
• 高温プロセスを必要とする NANDString の形成を,下部選択ゲート形成後に行うことに
なるため,下部選択ゲートトランジスタの特性劣化を招く.
• ソース線が抵抗の高い拡散層で形成されていることから,大規模メモリセルアレイからの
データ読み出しが難しくなる.
• メモリ膜を積層後にソース線と下部選択ゲートの間(底面)のメモリ膜を取り除くため,
メモリ膜にダメージを与え,メモリ膜の信頼性を劣化させる.
64
Fig. 4 従来の 3 次元構造の NAND 型フラッシュメモリ(参考文献 5) より自作)
Fig. 5 BiCS 技術のコンセプト(参考文献 5) より自作)
これらの問題を解決するために開発された技術が p-BiCS である.
3.2.2
p-BiCS の構造
p-BiCS は,NANDString の上端だけを選択ゲートに接続し,隣接する NANDString の下
端同士を水平方向にシリコン柱で接続し,バックゲート電極によりトランジスタ動作させるこ
とで導通させる,Fig. 7 のようなパイプ型の BiCS である 6) .
3.2.3
p-BiCS による改善点
p-BiCS の開発により,以下のように改善された.
• NANDString 形成後に選択ゲートとソース線が形成されるため,選択ゲートのトランジ
スタ特性が劣化しない.
• 金属配線で形成された低抵抗ソース線が適用できるため,大規模メモリセルアレイからの
読み出しが可能となった.
• BiCS における底面のメモリ膜を除去する工程が不要のためメモリ膜の特性が向上し,1
つのセルに 2 ビットの情報を記憶する多値動作が可能となった.
しかし,メモリ孔の一括加工の容易性を考慮して,BiCS フラッシュメモリではコントロー
ルゲートに不純物を添加した多結晶シリコンを用いているため,抵抗が高くなり動作速度が
遅くなるという問題が生じた.そこで,シリサイドの形成による低抵抗化の技術が開発された
6)
.
シリサイドとは金属とシリコンの合金である.Fig. 8 のように,化学気相堆積法 5 によりコ
ントロールゲートの側壁に金属膜を堆積し,熱処理によって金属とシリコンを反応させ,未反
応の金属を除去することにより自己整合的にシリサイド形成を行う.シリサイドは金属に似て
いるため電気伝導性を持つ.また全く別の物質間を電流が流れると抵抗が大きくなるが,シリ
サイドとそれに接続されるシリコンは似た物質であるため,低抵抗化が可能となる.これによ
り全コントロール層の抵抗値の低減を実現した 6) .
5 蒸気圧のある材料をガスの状態で反応槽に供給し,エネルギーを与えて分解・反応させ,基板の表面に膜を堆積
する技術.
65
Fig. 6 BiCS フラッシュメモリの概略図)(参考文献 6) より自作)
Fig. 7 p-BiCS の構造(参考文献 6) より自作)
3.3
3D V-NAND
3.3.1
3D V-NAND の構造
3D V-NAND は Fig. 9 のように Channel Hole と呼ばれるものを積層した構造になってい
る.Channel Hole は従来の Fig. 10(a)のようなメモリセルを筒状にした Fig. 10(b)のよ
うなメモリセルを積み上げた,Fig. 10(c)のような構造となっている.Fig. 10(c)を露光
によって積層することで,メモリセルの 32 層構造をシリコンチップ内に作ることができ,1
枚の NAND 型フラッシュメモリで 16GB まで実現されている 7) .
3.3.2
BiCS と V-NAND
Fig. 6 と Fig. 9 を比較するとわかるように,構造的には全く異なる方法で開発されている.
BiCS については東芝が 2015 年 3 月に 48 層積層したもののサンプル出荷を発表しているが,
容量は 16GB であり 8) ,V-NAND の方がメモリセルの微細化では先行している.しかし,
Samsung よりも積層数は多くなっており,積層技術では東芝が先行している.
3.4
2 次元フラッシュメモリと 3 次元フラッシュメモリ
BiCS や V-NAND は現在,2 次元フラッシュメモリと同じく 16GB が最大容量となってお
り,まだ 3 次元フラッシュメモリの目的である 2 次元フラッシュメモリ以上の大容量化は実現
されていない.しかし,2 次元フラッシュメモリは微細化の限界を迎えつつあるのに対して,3
次元フラッシュメモリはまだ積層数を増やすことができると言われており,2 次元フラッシュ
メモリよりも大容量化が可能であると考えられている 7) .
4
今後の課題と展望
近年,HDD の代わりとなる記憶媒体として SSD と呼ばれるものが発売されている.これ
は NAND 型フラッシュメモリを搭載した記憶媒体である.HDD では,ランダムアクセス時
に物理的なヘッドの移動を伴うが,SDD にはフラッシュメモリが使われているため物理的な
移動がなく,HDD に比べてランダムアクセスにかかる時間が短くなるという特徴がある.ま
た,この物理稼働部分がないため読み書き中の振動に HDD に比べて強く,消費電力が少ない
という特徴もある.ただし,今までの SSD ではフラッシュメモリの容量に限界があったため
66
Fig. 8 側壁シリサイド(参考文献 6) より自作)
Fig. 9 3D V-NAND の構造(参考文献 7) より自作)
HDD に比べて容量が小さいという問題があった.しかし 3 次元メモリの開発によってその問
題が解消されつつある.
Samsung はこの 3D V-NAND 技術による 3 次元フラッシュメモリを用いて,128GB,256GB,
512GB,1TB の SSD を発売した.2018 年には 1 つの NAND 型フラッシュメモリで 100 層
128GB の容量を実装したものを発売する予定であり,容量の問題は解決されつつある 9) .し
かし,1TB の HDD が 1 万円以内で様々な企業から発売されているのに対して,この 1TB の
SSD は 9 万円近くとなっており,まだ普及するには難しいと思われる.
東芝の 3 次元 NAND 型フラッシュメモリについても,BiCS 技術は現在 48 層積層まで実現
されており,2015 年 3 月にサンプル出荷が開始された.しかし,V-NAND も BiCS も容量は
2 次元メモリと同じ 16GB になっており,容量を増やすためにより積層数を増やして,コスト
を抑える技術の開発を進めている 8, 9) .
また,2 次元メモリよりもメモリセルが大きいため,平面方向に微細化することで容量を増
やすことも考えられている.しかし,BiCS と V-NAND はメモリセル間の電気的干渉を防ぎ,
シンプルなアルゴリズムで制御し,信頼性,耐久性,書き込み速度,書き込み可能回数を向上
するために従来よりも大きなメモリセルを使用している.そのため,微細化による信頼性の低
下と,アルゴリズムの複雑化によるコスト増大が問題となっている 7,
5
10)
.
まとめ
本稿では,2 次元 NAND 型フラッシュメモリの歴史とその問題を述べた.またその問題を解
決するための技術として開発された 3 次元フラッシュメモリである,東芝の BiCS フラッシュ
メモリと,それを改良した p-BiCS フラッシュメモリ,そして Samsung の V-NAND を取り上
げ,その構造や動作について述べた.2015 年下半期には東芝から BiCS フラッシュメモリが
量産化される予定である.その他にも,Intel-Micron 連合や SK Hynix などの企業が 3 次元メ
モリを開発しているが,量産化には至っていない 11,
12)
.
3 次元フラッシュメモリの大容量化が進めば,SD カードや SSD,USB フラッシュメモリな
67
Fig. 10 Channel Hole の構造(参考文献 7) より自作)
どの記憶媒体の容量が大きくなり,持ち運べる情報量が増える.大容量化により,スマート
フォンの大規模なアプリケーションの実装や,HDD で持ち運べたものよりも高画質な写真や
医療画像などの持ち運びを簡単にできるようになると予想される.
参考文献
1) 舛岡富士雄, 躍進するフラッシュメモリ [改訂新版], 初版第 5 版, 工業調査会, 2003.
2) 加藤俊夫, “メモリの大革命 3 次元 NAND フラッシュ,” エレクトロニクス実装技術,
Vol.30, No.1, pp.42–48, 2014.
3) 上垣内岳司, 青地英明, “3 次元 NAND 型フラッシュメモリの最新技術動向,” エレクトロ
ニクス講演論文集, Vol.1, No.2, pp.SS14–SS17, 2014.
4) S.-M. Jung, “Three Dimensionally Stacked NAND Flash Memory Technology Using
Stacking Single Crystal Si Layers on ILD and TANOS Structure for Beyond 30nm
Node,” Electron Devices Meeting, 2006, Vol.1, No.1, pp.1–4, 2006.
5) 田中啓安, 青地英明, 仁田山晃, “低ビットコストで大容量な 3 次元構造の NAND 型フラッ
シュメモリ,” 東芝レビュー, Vol.63, No.2, pp.28–31, 2008.
6) 青地英明, “超大容量不揮発性ストレージを実現する 3 次元構造 BiCS フラッシュメモリ,”
東芝レビュー, Vol.66, No.9, pp.16–19, 2011.
7) J. Elliott, “Ushering in the 3D Memory Era with V- NAND,” Flash Memory Summit
2013, Vol.1, No.1, pp.1–32, 2013.
8) “世界初,48 層積層プロセスを用いた 3 次元フラッシュメモリ(BiCS)の製品化について
,” http://www.toshiba.co.jp/about/press/2015_03/pr_j2601.htm, 閲覧日:2015 年
4 月 12 日.
9) “SSD,”
http://www.samsung.com/global/business/semiconductor/minisite/
SSD/jp/html/ssd850pro/overview.html, 閲覧日:2015 年 4 月 12 日.
10) 勝又竜太, “超高密度不揮発性メモリを実現する 3 次元構造のパイプ型 BiCS フラッシュ技
術,” 東芝レビュー, Vol.64, No.12, pp.56–57, 2009.
11) “Micron and Intel Unveil New 3D NAND Flash Memory,”
//newsroom.intel.com/community/intel_newsroom/blog/2015/03/26/
micron-and-intel-unveil-new-3d-nand-flash-memory,
日.
http:
閲 覧 日:2015 年 5 月 4
12) 有留誠一, “3 次元 NAND フラッシュ 2015 年に本格量産へ,” 日経エレクトロニクス,
Vol.1117, pp.81–90, 2013.
68
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
量子コンピューター
桂田 誠也 Seiya KATSURADA
小淵 将吾 Shogo OBUCHI
Abstract 現在のコンピューターの技術ではあまりにも膨大な計算量の問題を解くことができない.
そういった問題を解決するのが量子コンピューターである.このことから量子コンピューターを用いる
ことで人類の平均寿命の中で天文学的計算を行い全く新しい技術を創ることが期待されている.
はじめに
1
現在の High Performance Computing (HPC) は 1 秒間に 3 京回もの演算処理が可能である
という.仮に人間が 1 秒間に 1 回の計算ができるとすると, これは人間一人が 24 時間休まず
に計算して約 9 億年かかる計算だ
1)
.しかし, これだけの計算能力があっても解けない問題
も存在する. 例えば囲碁で常に最善手を打った場合, 先手と後手どちらが勝つのかだ.1 手目で
着手できるのは 19 × 19 で 361 通りであり全ての着手の組み合わせは 361 の階乗で 10760 乗
通りとなる. これはあまりにも膨大な時間を要する計算となるため現在の技術では解けないの
だ.こういった問題を解決するために,より演算能力の高い HPC が求められている.しかし,
計算回数が多くなることで回路内部に流れる電子が波の性質により,トンネル効果で絶縁体を
すり抜け隣の回路に移動してしまう可能性が高くなる.このため,このため現在の PC では量
子力学レベルで起こる誤作動が生じてしまう.そのため,これを克服する量子コンピューター
が注目されている.本稿では量子コンピューターについて説明する.
量子コンピューター
2
現在の PC の論理回路では 0 か 1 の情報が割り振られたビットを回路内のゲートに通すこ
とで演算が行われている.量子コンピューターでは量子ビットを用いており,量子ビットは 1
ビットにつき 1 つの情報しか保持できないビットと異なり 0 と 1 の情報を重ね合わせて持つこ
とが可能である.この量子の特徴を利用して並列演算を行うことで従来以上の演算速度をだせ
るのが量子コンピューターの最大の特徴である.量子コンピューターが開発された暁には,現
在解読不可能な暗号通信技術「公開鍵暗号」を僅かな時間で解読することが可能となる. そ
のため量子コンピューターが開発されれば現実的な時間で暗号を解読できる装置として活用
できる.さらに,膨大なデータ解析が必要となる実験のシミュレーションや人工衛星の軌道修
正,偵察衛星の画像分析,弾道弾ミサイルの迅速な弾道計算,これらは数字を一つ増やしただ
けで天文学的な量の計算を行わなくてはいけない.だが,量子コンピューターでは瞬時に解析
結果が得られるため迅速な対応をとる事が可能となる.これを可能にする量子について以下
に述べる.
量子の定義
3
量子とは,物理量として最小かつ不連続な値のことである.量子の起源はアインシュタイン
による光のエネルギーとしての最小単位である光量子つまりは光子の発見が元である.光は
広く知られているように波と粒子の性質を持っている.この波の性質により量子は 0 と 1 の情
報を同時に保持することができる.この理由は次の確率波で詳しく説明していく 2) .
3.1
確率波
量子が波の性質を持っていることを光子を例にして説明する.Fig. 1 のように光を 2 つに分
ける道具である半透鏡に光子 1 つを入射すると各出力に 1/2 の確率で光子が検出された. では
Fig. 2 のように半透鏡を 2 つにして実験してみる.先ほどの実験のように光子が常に 1/2 の
確率で反射されるのなら A に光が届くのも 1/2 の確率になるはずだ.しかし,実際には干渉
69
計の一方の出力から光子が検出される確率は経路の長さに応じて変化し,常に 1/2 ではない.2
つの経路の長さが等しいとき 100 %の確率で A から光子が検出され,経路の長さが波長の半
分だけ異なるのなら 100 %の確率で B から光子が検出される.当然,経路の長さがその間に
あれば長さに応じて 0 から 100 %の間の値を取る.ここで 1 個しか存在しない光子が両方の
経路差を知っているかのように振る舞えるのかが疑問になる.そこで登場するのが確率波とい
う考え方だ.光子が存在する確率は確率波の振幅の 2 乗で表される.Fig. 3 に示すように,こ
の確率波が最初の半透鏡で上下の経路に分けられて伝搬し両方の経路の長さが等しいときは
A の出力で確率波は強め合い,大きさ 1 の振幅を持つ.B の出力では確率波の振幅は 0 となる.
このように光子は単純に上側または下側の経路のどちらかに存在するというわけではなく,あ
る振幅を持った 2 つの確率波として表される状態にある.このような状態を重ね合わせの状態
と呼ぶ 3) .
Fig. 1 光子を半透鏡に入射
Fig. 2 経路長が等しいときの光子の出力
Fig. 3 経路長が等しいときの確率波の出力
3.2
量子ビット
量子ビットとは 0 あるいは 1 の 2 つの状態を重ね合わせてとる確率波のことである.確率波
の経路には 2 つの経路の位相差が重要であったように量子ビットの状態を知るには確率に関
する情報だけでなく位相の情報が必要となる.位相情報を含んだ概念的な説明をするために,
70
3 次元の立体構造と数式表記が必要となるので次の項目で説明していく.
3.2.1
3 次元・数式表記
Fig. 4 に量子ビットを立体的にした概念図を示す.地球儀を例にして説明すると,緯度が 0
と 1 のどちらに重みがある重ね合わせであるかを表しており,北極が 0 で南極が 1 に対応して
いる.次に経度は重ね合わせの位相の違いに対応している.例えば赤道上の点について考える
と,Fig. 4 の x 軸上で正の値を取る点では図 2 の経路長が等しい時の重ね合わせに対応する.
また,x 軸上で負の値を取る点では経路差が波長の半分である重ね合わせに対応している 4) .
Fig. 4 量子ビット
次に量子ビットの状態を記号 |⟩(ケット) を用いて数式で表す.Fig. 5 のように量子ビットが
0 の状態を | 0⟩,1 の状態を | 1⟩ と表記する.つまり量子ビット a が 0 のとき式 (1) のように
記す.
| a⟩ =| 0⟩
(1)
次に,Fig. 6 のように 0 と 1 に位相差がない状態で等しい確率で重ね合っている場合は式 (2)
のように記される.
1
1
| a⟩ = √ | 0⟩ + √ | 1⟩
2
2
(2)
赤道以外に点が存在する場合は虚数 i を用いて,位相差を exp(i α) を符号として係数にかけ
ることで位相の状態を表すことができる.Fig. 7 を例にすると式 (3) のようになる.
| a⟩ = cos
θ
θ
| 0⟩ + exp(i α) sin | 0⟩
2
2
Fig. 5 | a⟩ =| 0⟩
Fig. 6 | a⟩ =
√1
2
71
| 0⟩ +
√1
2
| 1⟩
(3)
Fig. 7 | a⟩ = cos θ2 | 0⟩ + exp(i α) sin θ2 | 0⟩
3.3
量子ゲート
従来の PC でも用いられている論理回路の考え方を量子ビットに拡張させたのが量子論理回
路であり,量子ゲートは量子ビットに作用することで演算を実行させる.
3.3.1
回転ゲート
回転ゲートとは量子ビットをある軸周りに一定の角度回転させるような操作が行える.例え
ば Fig. 8 のように状態 | 0⟩ の量子ビットに y 軸周りに 180 度回転させるような回転ゲートを
作用させると出力の状態は | 1⟩ となる.今回の例のように y 軸について 180 度回転させるよ
うなゲートは論理回路における NOT ゲートと似た処理が行える.
Fig. 8 回転ゲート
3.3.2
アダマールゲート
アダマールゲートとは量子ビットが初期状態 | 0⟩ をとるときに作用させることで量子演算
の肝である 0 と 1 が等しい確率の重ね合わせを作ることが可能である.そのため量子論理回
路では頻出するので説明する.これも回転ゲートの一種であり,Fig. 9 のように x 軸と z 軸平
面に各軸の 2 等分線を軸として取り,その軸を中心に量子ビットを 180 度回転させる操作を行
う.これは状態 | 0⟩ の量子ビットに作用させると | 0⟩ と | 1⟩ を同位相で等しく重なった重ね合
わせ状態に変化させる.
Fig. 9 アダマールゲート
3.3.3
制御ノットゲート
制御ノットゲートとは 2 つの量子ビットの入力に対して 2 つの量子ビットを出力する.具体
的には,入力ビットの片方を制御ビット,他方を信号ビットと呼称し,制御ビットが 1 の時だ
け信号ビットを反転させる. この性質を利用して,重ね合わせ状態にある 2 つの量子ビットを
別の重ね合わせ状態にある量子ビットへと変換できる.Fig. 10 のような回路では制御ノット
ゲートは論理回路における NOR ゲートと似た処理を行える.
72
Fig. 10 制御ノットゲート
4
ドイチュ-ジョサのアルゴリズム
量子ビットを用いた演算ではその結果には複数のものが現れるため,観測しても正しい結
果が得られるかの信頼性がない.ここでは量子ビットを用いた回路でいかに特徴を抽出して信
頼できる結果を得るのかについて説明する.入力した数値に応じて 0 または 1 を出力し,か
つ入出力に重ね合わせ状態を許すような量子ブッラクボックスを例にして説明する.ただし,
Fig. 11 のブラックボックスは 0 または 1 の文字が片方だけ,または均一に並んでいると考え
る.ステップ A ではアダマールゲートを作用させることで | 0⟩ と | 1⟩ の重ね合わせ状態を変
化させている.このとき 4 つのビットの状態 | a2, a1, a0, b⟩ は式 (4) となる.
(| 0, 0, 0, 0⟩+ | 0, 0, 1, 0⟩+ | 0, 1, 0, 0⟩+ | 0, 1, 1, 0⟩+ | 1, 0, 0, 0⟩+ | 1, 0, 1, 0⟩+ | 1, 1, 0, 0⟩+ | 1, 1, 1, 0⟩
√
2 2
(4)
ステップ B でブラックボックスに入力する.ただし,このブラックボックスに | 0, 0, 0⟩ と入
力すると内部のビット列の対応する値が 1 なら | b⟩ の値を反転させ,0 なら何も変化しない.
この過程を経ると値ビットの状態は式 (5) となる.
(| 0, 0, 0, 1⟩+ | 0, 0, 1, 0⟩+ | 0, 1, 0, 1⟩+ | 0, 1, 1, 1⟩+ | 1, 0, 0, 0⟩+ | 1, 0, 1, 1⟩+ | 1, 1, 0, 0⟩+ | 1, 1, 1, 0⟩
√
2 2
(5)
仮にブラックボックス内部の文字列を 10110100 とすると,各項の最終ビットがビット列の情
報を表しているのが分かる.これはたった 1 度の操作でブラックボックスを読み取ったという
ことである.ステップ C 以降では,ここからどうようにして特徴を抽出して均一か等量かを
判別する操作である.まず,ステップ C の制御位相シフトゲートは入力が 1 の時にビットの
位相を反転させる.この操作を通すとビットの状態は式 (6) のように表される.
(− | 0, 0, 0, 1⟩+ | 0, 0, 1, 0⟩− | 0, 1, 0, 1⟩− | 0, 1, 1, 1⟩+ | 1, 0, 0, 0⟩− | 1, 0, 1, 1⟩+ | 1, 1, 0, 0⟩+ | 1, 1, 1, 0⟩
√
2 2
(6)
ステップ D では,もう 1 度ブラックボックスを通すとビットの状態は式 (7) となる.
(− | 0, 0, 0, 0⟩+ | 0, 0, 1, 0⟩− | 0, 1, 0, 0⟩− | 0, 1, 1, 0⟩+ | 1, 0, 0, 0⟩− | 1, 0, 1, 0⟩+ | 1, 1, 0, 0⟩+ | 1, 1, 1, 0⟩
√
2 2
(7)
このとき,| b⟩ の状態は全て 0 なので以降は省略して考える.ステップ E でアダマールゲート
| 0⟩ + √12 | 1⟩ へ,| 1⟩ に作用させると √12 | 0⟩ − √12 | 1⟩ へ
と変化する.各項についてアダマールゲートを通した場合を考え整理すると式 (8) となる.
を通すことで | 0⟩ に作用すると
√1
2
(| 0, 0, 1⟩+ | 0, 1, 1⟩− | 1, 0, 0⟩+ | 1, 1, 0⟩
2
(8)
この状態のビットを観測すると | 0, 0, 1⟩,| 0, 1, 1⟩,| 1, 0, 0⟩,| 1, 1, 0⟩ のどれかが観測できる.こ
れらは要素に 0 以外を含んでいるため,与えられたブラックボックスは文字列が等量であると
断定できる.逆に文字列が均一である場合は観測できるビットの状態が全て 0 となる.このよ
うに量子論理回路では量子ビットに制御を施すことで得られる結果から必要な情報を抽出する
ことで信頼性の高い装置を実現している.また,一つのゲート操作をステップ 1 回とすると
2n 個のビット列に対しても 2N+3 回のステップで演算できる.仮にこれが従来の PC であっ
た場合 2n−1 回の操作が必要であり,検証するのに必要な時間の差は歴然である.
73
Fig. 11 ブラックボックス回析回路
5
ショアのアルゴリズム
ショアの量子アルゴリズムとは因数分解を高速で行えるものである.1万桁以上の整数を因
数分解するには現在のコンピューターを用いても1000億年以上はかかると言われている
が,量子コンピューターを用いると桁数に比例する程度の時間で計算できる.以下の説明でそ
のアルゴリズムについて説明する.因数分解の手順として,まず因数分解したい整数を N と
おく.次に N より小さく N と約数を持たない数 x を適当に決定する.そして xr を N で割っ
r
r
たらあまりが 1 となるような自然数 r を探す.r が偶数であれば x 2 + 1,x 2 − 1 と N は最大公
約数 z を必ず持つのでユークリッド互除法を用いて z を求められる.この z が N の因数とな
る.ここまでの流れで z を求めるのに PC では非常に時間がかかる.というのも手順の中で登
場した自然数 r を求めるのにとても時間がかかる.言ってしまえば r さえ求められたら現在の
技術でも高速で因数を求めることが可能である.そして,この r を高速で求めるのがショアの
アルゴリズムである
Fig. 12 因数分解の手順
6
問題点
ここまで量子コンピューターが存在すれば,いかに演算処理を高速で行えるのか説明してき
た.これだけの性能を謳っておいて実際に活用されていないのは未だ実現に必要な条件を満た
せていないからだ.そのため実現するには以下に記す内容を満たす必要がある.
• 量子ビットを初期化できること
• 量子ビットの状態を読み出せること
• 基本ゲートを構成できること
• 量子ビットの数が増えた際に規模や動作回数が急激に増大しないような物理システム
• 緩和時間が 1 つのゲート動作の時間より十分長いこと
7
展望
量子を用いることで高速演算処理が行えると説明してきたが,前項で挙げたように未だ多く
の技術的な問題を抱えているのが現実である.コンピューター演算という性質上その結果は信
頼できるほど精確なものでないといけない.そのため現在は量子ビットとして扱える量子の決
定や制御実験に注力されている.量子ビットの候補として有力なのが光子である.光子は光の
制御・観測に使う道具をそのまま使えるため量子ビットの初期化や状態の読み出しが容易に行
えるほか,光ファイバーのように長距離伝送技術が広く用いられていることから緩和時間の問
題も解決している.基本ゲートも半透鏡を利用することで実現は可能なのだが,論理回路を組
74
む際にその規模や動作回数が増大してしまう 5) .このため現在はスケーラブルな物理システ
ムの研究開発が主流である.
8
まとめ
未だ完璧な実現には至っていない量子コンピューターであるが,その実現による利益は計り
知れないものがある.演算速度の高さにより今までは多くの手間や時間のかかった分野の技術
も量子コンピューターを用いることで開発期間を短縮できるため大幅なコストダウンにもつな
がる.また,天文学的な数値の処理も現実的な時間で行えるため,実現すれば現在では考えも
しなかったような技術が開発されて今とは全く異なる新しい世界になるだろう.
参考文献
1) 多和田新也, “Pc watch 中国の「天河二号」がスパコン世界一の座を 2 年間堅持,” http:
//pc.watch.impress.co.jp/docs/news/20141118_676509.html, 閲覧日:2015 年 4 月
10 日.
2) 中村泰信, “電子情報通信学会知識ベース 5 編 量子通信と量子計算,” http://www.
ieice-hbkb.org/portal/doc_S2_05.html, 閲覧日:2015 年 4 月 5 日.
3) 竹内繁樹, 量子コンピューター, 第 1 刷発行, 講談社, 2005.
4) 伊藤公平, “工学者のための量子計算 基礎の基礎,” http://www.appi.keio.ac.jp/Itoh_
group/coursework/pdf/QCN1.pdf, 閲覧日:2015 年 4 月 5 日.
5) 竹内繁樹, “光子を用いた量子回路の実現と展望,” http://kincha.kek.jp/kincha032_
takeuchi.pdf#search=’%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3+%E5%
85%89%E5%AD%90+%E9%87%8F%E5%AD%90’, 閲覧日:2015 年 4 月 20 日.
75
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
自動運転技術
木下 知奈美
Chinami KINOSHITA
田中 健太
Kenta TANAKA
Abstract 日本での交通事故件数は年々減少しているが,高齢者に限ってみると年々増加している.
この原因の一つは高齢者の認知能力の低下であり,判断や操作によるミスと比べてもその割合は高い.
『認知』動作を補うものとして,現在センシング技術が発展しており,そのいくつかは既に自動車に搭載
され,運転支援システムとして活用されている.センシング技術は個々の性能向上や他の技術と組み合
わせることによって更なる進化をとげ,自動運転にも活用されることが期待されている.
はじめに
1
日本での交通事故件数は減少傾向にあり,2013 年警視庁交通総務課の調べによると,都内
においての交通事故も年々減少しており,2013 年の事故件数は 10 年前の約半数となっている.
しかし,65 歳以上の高齢運転者が関与する交通事故の占める割合は年々増加しており,10 年
間で約 2 倍になっている.この原因は認知能力の低下による先行車両など障害物の発見の遅れ
であり,交通事故発生状況の約 67%を占めている 1) .自動車を安全に走行させるためには認
知能力を補うものが必要であり,現在センシング技術の開発が進められている.そして車載セ
ンサとしてセンシング技術が用いられた安全運転支援システムが実用化されている.本稿で
は,車載センサとして実用化されているセンシング技術の役割や特徴,センシング技術を用い
た自動運転が今後どのように発展していくかを述べる.
実用化されているセンシング技術
2
車載センサは周辺の状況を認知することで,自車の位置を推定することや障害物を検出するこ
とに役立っている.安全運転支援システムとして,ミリ波レーダーを利用した ACC(Adaptive
Cruise Control),レーザーレーダーを利用したスマートアシスト,ステレオカメラを利用し
たアイサイトなどが商品化されている.ここでは,ミリ波レーダー,レーザーレーダー,ステ
レオカメラそれぞれの特徴とセンシング方法について述べる.
2.1
ミリ波レーダー
ミリ波レーダーは波長 1∼10mm,周波数 30G∼300GHz の電波を送信波として利用してい
る.測定可能距離は 100∼200m であり,悪天候に強く,夜間にも使用できるという利点があ
る.一方,歩行者の認識が困難であるという欠点もある.ターゲットから戻ってきた反射波を
分析することでターゲットまでの距離やターゲットの相対速度,ターゲットの方向を計測して
いる 2) .
2.1.1
FM-CW 方式による距離と相対速度の計測
ターゲットまでの距離やターゲットの相対速度を計測する方法の一つに FM-CW(Frequency
Modulated-Continuous Wave)方式がある.FM-CW 方式の構成例は Fig. 1(a) に示す.まず,
電圧制御発振器(Voltage Controlled Oscillator: VCO)で三角波の FM 変調をかけて送信波
を生成し,一部を結合器でミクサへ分配し,送信アンテナからターゲットに向けて放射する.
ターゲットからの反射波が受信アンテナからミクサへ導かれると,分配されていた送信波との
時間差から Fig. 1(b) のようにビート信号を生成する.このビート信号を FFT 解析し,周波
数のピークを検出することで,ターゲットまでの距離を求めることができる.また,ドップ
ラー効果により反射波の周波数がシフトしていれば,そのシフトの度合いから相対速度を求
めることができる 3) . 76
FM変調された
送信波と受信波
高周波
周波数
周波数
受信波
時間
送信波
VCO
時間
送信波
ビート
周波数
送信アンテナ
FM変調
ビート信号出力
生成された
ビート信号
ターゲット
反射波
時間
受信アンテナ
ミクサ
(a) 構成例
(b) 受信ミクサでのビート信号生成の原理
Fig. 1 FM-CW 方式 (参考文献 3) より自作)
2.1.2
電子スキャン方式による位置関係の計測
受信アンテナを複数個持ち,スイッチ切換えてビート信号を時分割受信することで水平方
向の位置が検出できる.Fig. 2(a) のようにターゲットが真正面にある場合は,ビート信号間
の遷移周波数の位相がゼロであり,Fig. 2(b) のようにターゲットが斜め方向にずれている場
合は,ビート信号間の遷移周波数に位相が生まれる.この遷移周波数を FFT 解析し,周波数
ピークを検出することで,ターゲットの方向を知ることができる 3) .
FFT
FFT
強さ[dB]
強さ[dB]
-
0
+
周波数位相差
(a) ターゲットが真正面の場合
-
0
+
周波数位相差
(b) ターゲットが正面でない場合
Fig. 2 電子スキャン方式 (参考文献 3) より自作)
2.2
レーザーレーダー
車載用レーザーレーダー波長約 890nm,周波数約 1T の赤外線を送信波として利用する.測
定可能距離は約 80m であり,低速域で使用に限定されているためブレーキのサポートシステ
ムに用いられている.ミリ波レーダーよりも精度が低いという欠点がある一方,ミリ波レー
ダーよりもコストが低いという利点がある.
2.2.1
距離の計測方法
距離の計測は基本的にミリ波レーダーと同様であり,送信波をターゲットに向けて放射し,
ターゲットから返ってくる反射波との時間のずれから距離を求めることができる.
77
ステレオカメラ
2.3
ステレオカメラは 2 つのカメラユニットで構成されており,左右の視差から距離を測定する
ことができる.その測定可能距離は極近距離から 80m で,全車速域に対応している.また自
動車,歩行者,自転車,車線などの形状を認識するだけでなく,信号機やブレーキランプの色
を認識することもできるようになっている.
2.3.1
距離の計測方法
ステレオカメラでは Fig. 3 に示す d(左右の視差),B(左右のカメラの距離),f (焦点距
離),Z (ターゲットまでの距離)の 4 つ要素を用いて,三角形の相似関係からターゲットま
で距離を求めることができる.
Z
左画像
右画像
d
f
B
自車バックミラー
Fig. 3 ステレオカメラによる距離算出 (参考文献 2) より自作)
2.3.2
形状や色の認識
計測した距離の情報から距離画像を作成し,元の撮影像と統合し処理することで形状を認識
している 4) .また,撮像素子をモノクロからカラーに変更したことで色の識別ができるよう
になった 5) .
3
今後の展望
センシング技術は個々の性能向上や欠点を補うために組み合わせることで発展してきたが,
得られた情報は自車でしか利用することができない.自動運転を実現するには車車間や路車
間で相互に情報交換を行い,その情報を効率よく統合し,共有する必要がある.そこで情報
を動的情報と静的情報に分類し,Fig. 4 に示すように階層的に情報を管理する LDM(Local
Dynamic Map)の標準化が検討されている 6) .動的情報とは現在地や速度,道路状態,交通
状況,天気など刻々と変化する情報のことであり,ここまでに述べたセンシング技術を利用し
て取得する.また静的情報とは地図や建物,標識など長期間変化しない情報のことであり,こ
れは GPS を利用して取得する.LDM の機能によって情報を効率よく処理することができる
ようになるため,技術面において自動運転の実現可能性が高められている.例えば,Google
社は LIDAR(Light Detection and Ranging)という 360 ° 3D センサを用いて動的情報を取
得し,LDM を利用することで,自動走行実験を成功させている.一方で,日本の道路交通法
では運転中にハンドルから大きく手を放すことが禁止されており,自動運転はこれに違反する
ため,今後は法律を改正していく必要がある.
78
Signal Phase
Vehicles
Ego Vehicle
Type4: Highly dynamic data
(vehicles, signal phase)
Slippy Road
Accident
Type3: Transient dynamic data
(congestion, road works)
Trees
Landscape
Type2: Transient static data
(roads infrastructure)
Map
Type1: Permanent static data
(map data)
Fig. 4 LDM 階層図(参考文献 6) より自作)
4
まとめ
交通事故の一原因である『認知』能力の低下を補っているセンシング技術の実用例を示し
た.センシング技術の性能向上など技術面は日々進化しており,運転支援システムはより充実
していくと考えられる.一方で,より高度な自律走行や完全な自動運転には展望で述べたよう
に,法律面での課題が残っているのが現状である.日本では 2020 年の東京オリンピック・パ
ラリンピックをターニングポイントとし,安全運転支援技術の高度化と次世代交通システムの
早期実用化及び普及促進が図られており,社会インフラの整備が進められている.完全自動運
転車が一般道路を走行するには,さらに時間を要すると考えられている.
参考文献
1) 警視庁, “防ごう!高齢者の交通事故,” http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kotu/
kourei/koureijiko.htm, 閲覧日: 2015 年 4 月 20 日.
2) 日本経済新聞, “クルマの衝突予防 ミリ波レーダー進化で普及加速へ,” http://www.
nikkei.com/article/DGXMZO78095290X01C14A0000000/, 2014.
3) 水野広, 富岡範之, 川久保淳史, 川崎智哉, “前方障害物検出用ミリ波レーダ,” デンソーテク
ニカルビュー, Vol.9, No.2, pp.83–87, 2004.
4) 富士重工業株式会社, “ステレオカメラによる運転支援システム,” 第 10 回新機械振興賞受
賞者業績概要, pp.1–4, 2013.
5) SUBARU OFFICIAL WEBSITE, “アイサイト総合サイト 主な機能,” http://www.
subaru.jp/eyesight/function/, 閲覧日: 2015 年 4 月 19 日.
6) 佐藤健哉, 島田秀輝, 高田広章, “グローバル LDM コンせプト:動的情報のネットワーク分
散管理,” 進化適応型自動車運転支援システム「ドライバ・イン・ザ・ループ」, pp.63–69,
2015.
79
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
Pepper くん
谷 隼一
Junichi TANI
田中 那智
Nachi TANAKA
Abstract 近年,世界各国でロボットの研究・開発が進んでいる.日本のソフトバンクとフランス
の ALDEBARAN Robotics は 2014 年に世界初の感情認識パーソナルロボット Pepper くんを発表し
た.Pepper くんはあらゆる分野の最新技術を応用して作られたロボットであり,ロボット開発の歴史に
大きく貢献した.本稿はこの Pepper くんに用いられている最新技術や,現在抱えている問題点や将来
の展望について触れ,近い将来必ずロボットが私たちの身近な存在となるきっかけとなる Pepper くん
について述べる.
1
はじめに
これまでに多くのロボットが開発され,あらゆる分野で利用されてきた.しかし,どのロ
ボットも人のようなスムーズなコミュニケーションは困難であり,それによって人の意図がロ
ボットにうまく伝達されず,必要な時にロボットを効率良く利用することができないなどとい
う問題が発生する場合があった.そのため,現在の技術では,人とロボットが共存する社会の
実現は困難であると考えられていた.ロボットが人の思い通りに動き多くの場面で役に立つコ
ミュニケーション面に特化したロボットの開発が求められていた.そして 2014 年,日本のソ
フトバンクロボティクスとフランスの ALDEBARAN Robotics が共同して世界初の感情認識
パーソナルロボット Pepper くんを発表した.20 世紀から人類は産業用のロボットをはじめ,
Honda の ASIMO に代表されるような人型のロボットの開発を目指してきた.しかし,それら
は人間のように相手の感情を理解し,知的なコミュニケーションをとることができなかった.
今回発表された Pepper くんは相手の話す言葉を理解し,自然なコミュニケーションをとるこ
とができる感情認識エンジンを搭載している.本稿では Pepper くんの概要や Pepper くんに
使用されている技術について詳しく述べる.
2
過去のロボットからの改善点
Pepper くんは旧型の NAO やその他多くの人型ロボットから大きく進化した.特にコミュ
ニケーション面での進歩が著しい.クラウド AI と感情認識エンジンにより膨大なデータから
常に成長・改良することができるので,人のようなスムーズなコミュニケーションができる.
また,二足歩行よりエネルギー消費の小さいオムニホイールを用いた移動方式を採用された.
これにより最大 12 時間程度の稼働を行い,長時間の利用が可能.
3
Pepper くんの概要
Pepper くんには最新技術が多数使用されている.1) Pepper くんは自分の判断で動くこと
ができ,人間とのふれ合いの中で自律的に反応することができる.Pepper くんには話す相手
の表情と声からその人の感情を察する感情認識機能が備わっており,人の気持ちをスムーズに
理解する.またスマートフォンのように専用のアプリケーションをダウンロードして,できる
ことのバリエーションを増やすことができる.Pepper くんは常時ネットワークに接続されて
おり,クラウド・ネットワークとの連携により最新の情報を得て,人間のように学習,加速度
的に成長していく.安全面でも細心の注意を払って設計がなされている.子供とのふれあいも
考慮し,安全を第一に考えた体の構造になっている.人や障害物を多くのセンサーの組み合
わせで検知し,衝突の危険性を減少するように動きを制御する機能 (衝突防止機能) や, 誰か
に押されても倒れないように自分でバランスを保とうとする機能 (オートバランス機能) など,
安全面にも優れた技術が応用されている.従来のロボットはバッテリーの消費が激しく,高コ
80
ストで扱いにくいものであったが,Pepper くんは大容量のバッテリーを有しているので長時
間の稼働が可能である.移動方式において,従来のロボットと異なる点はオムニホイールと呼
ばれる 360 度自由な移動を可能にする移動方法を採用したことである.オムニホイールは,段
差など高低差のある場所で移動することはできない.オムニホイールは最低限の移動を想定
して開発されており,バッテリーの消費も少ない.バッテリーの稼働時間は約 12 時間である.
Pepper くんの販売価格は 19 万 8 千円と現在までの他のロボットと比較すると低価格であり,
従来の人型ロボットと比べて購入しやすい.
「Pepper くん」に使われている技術
4
4.1
オムニホイール
旧型の「NAO」と大きく異なる点は見た目と移動方式である.Pepper くんは安全面への配
慮を想定し,最低限の移動で済む球状車輪のオムニホイールが採用された.3 つのオムニホ
イールにより 360 °の全方向への移動が可能である.ローラを用いた移動であるため,超えら
れる段差は 2cm 以内である.オムニホイールとは車輪の円周方向の縦方向にモーターの駆動
力を伝達し,横方向へは自由に回転することが可能である.車軸に垂直方向の軸を車輪の周囲
に設け,その軸にローラを取り付けた車輪で車軸を動かすことなく全方向への移動が可能であ
る.Fig. 1 に実物画像を示す.
Fig. 1 オムニホイール 2)
4.2
多種多様なセンサー
Pepper くんには多種多様なセンサーが使われている.多くのセンサーを組み合わせること
で,人との円滑なコミュニケーションや,安全な交流が可能となる.頭部から順にマイク× 4,
頭部タッチセンサー× 3,3D センサー× 1,RGB カメラ× 2,ジャイロセンサー× 2,手部
タッチセンサー× 2,赤外線センサー× 2,ソナーセンサー× 2,レーザーセンサー× 6,バン
パーセンサー× 2 のようにセンサーが配置されている.これらのセンサーは多くのロボットに
も利用されており,さらなる発展が望まれる.以下 Fig. 2 に Pepper くんのセンサーの位置を
示す.
マイク×4
頭部タッチセンサー×3
3Dセンサー×1
RGBカメラ×2
赤外線センサー×2
a
ジャイロセンサー×2
手部タッチセンサー×2
ソナーセンサー×2
レーザーセンサー×6
バンパーセンサー×3
Fig. 2 多種多様なセンサー参考文献 1) より自作
4.3
アプリケーション
スマートフォンのように Pepper くんの機能を拡張するアプリをダウンロードすることが可
能.アプリの開発コンテストも行われている.現在存在するアプリには,カメラ機能や子供へ
の本の読み聞かせ機能,家族への伝言,献立の提案などがある.
81
4.4
感情認識エンジン
Pepper くんが感情認識パーソナルロボットとして感情があるように見せるために,この感
情認識エンジン 3) を利用している.感情認識エンジンと Pepper くんに内蔵されたカメラ機
能で相手の表情を認識したり,声のトーンから人の感情を認識するシステムである.通常の
様々な感情に加えて喜怒哀楽といった人間の大きな感情の揺れを数値化して管理する.例え
ば,Pepper くんが何か手伝いをしてくれた際に,満面の笑みで「ありがとう!」と Pepper く
んに伝えると,表情と声からその行為が良かったものだと認識し学習する.逆に,
「だめじゃな
いか!」と怒られると,同じく表情と声からその行為が悪いものだったと認識して自律学習す
る.このようにして無限大ともいえる人の感情のパターンを数値化して,クラウド上に蓄積・
分析することで学習していき,人間のように自然なコミュニケーションが可能になる.Pepper
くんがどのようにして相手の表情を認識・理解しているか述べる.ロボットとヒトが協調する
ためには,ロボットがヒトを認識し,理解することが重要になる.ヒトの中でも最も多くの情
報を発信しているのが顔である.私たちはヒトの顔を見ることで相手の感情をはじめとした
多くの情報を得ることができる.ロボットが視覚で顔を認識する技術は大きく分けて以下のよ
うに分類される.また,Fig. 3 に顔認識の流れを示す.
• 画像中から,高速に複数の顔の位置を検出する技術.また検出した顔を追跡する技術.
• 顔の器官の位置・形状を検出する. 検出した顔領域の中から,目・鼻・口などの主な顔の
器官の位置・形状を検出する技術.
• 相手が誰であるかなどの個人の特定や,性別・年齢の推定,表情のような物理情報から感
情を推定,また顔の状態を見分ける技術.
Fig. 3 顔認識のフローチャート参考文献 4) より自作
4.5
クラウド AI
Pepper くんはクラウド上に情報を上げて,その情報を分析してフィードバックする.Pepper
くんと人との出会いは無限大にあり,感情やその表現も無数に存在するため,それらの情報を
逐一クラウドに蓄積し,分析することで自律学習し,学んでいくシステムが「クラウド AI」で
ある.クラウド AI 上の処理に利用されている技術がニューラルネットワークと呼ばれる技術
である.5) 人の脳を構成する無数のニューロン (神経細胞) のネットワークをコンピュータ上
で再現したものであり、情報を素早く処理することが可能である.クラウド上の AI がこの機
能を有しており,処理と成長を重ねていく.クラウド AI のデータ領域は 2 つある.1 つ目の
データ領域は全ての Pepper くんの情報を吸収し,Pepper くんが次にどう行動するべきかを
分析,予測して再び全ての Pepper くんに戻す.この操作を繰り返すことで Pepper くんを改
良して,性能を良くする.2 つ目のデータ領域はある特定の Pepper くんに関することで,あ
る Pepper くんが利用者の状況に合わせて変化していくというもので,個人情報と匿名情報に
分かれる.匿名情報部分でどんどん賢くなり,個人情報部分で徐々に利用者に適応して個別の
Pepper くんを形成していく.Pepper くんは学習結果をアップロードしていくが,結果の中で
も全てを記録するのではなく,人間の感情の振れ幅が大きかったもの,例えば喜ばれた結果,
怒られた結果等を重点的に記録するように設計されている.このクラウド AI に,各家庭や店
舗などに配備された複数の Pepper くんからの学習結果が記録されることとなり,それらを集
合知として利用・フィードバックする.そうすることで Pepper くんの加速度的な成長・進化
82
が可能になる.また、クラウド上に蓄積された個人情報は企業が責任を持って管理している.
Fig. 4 にクラウド AI の役割を示す.
Fig. 4 クラウド AI 参考文献 1) より自作
5
問題点と解決策
Pepper くんは多くの機能を有した画期的なロボットであるが,まだまだ改良の余地がある.
今抱えている問題としては,まず第一に場所や環境によってはネットワークに接続できないこ
とがある.この問題の解決策として LTE を搭載したチップを Pepper くんに備え付けること
が検討されている.次に Pepper くんとのコミュニケーション面での問題も挙げられる.世界
初の感情認識パーソナルロボットとして発表された Pepper くんであるが,初期状態ではヒト
との会話がうまくかみ合わないことや空気を読めずに発言したり,話し始めると止まらないと
いった事例が報告されている.この状態ではヒトと潤滑にコミュニケーションをとることが可
能だとは言えない.Pepper くんはクラウド AI を有しているので,日々進化することができ
る.初期状態ではうまくいかないコミュニケーションでも時間が経過し,多くの Pepper くん
から得られるデータが蓄積されれば,集合知によりコミュニケーション面での問題も軽減され
ていくことだろう.また,多くのアプリケーションで性能を向上させることも可能である.更
なる新しいアプリの開発が期待されている.最後に音声認識の精度も悪いといった事例も報告
されている.企業側の製品のアップデートにより問題が改善されることが予想される.
6
今後の展望
多くのアプリが開発されてさらに Pepper くんの機能が拡張され,様々な応用がなされる.
現在,日本は少子高齢化が問題となっており,高齢者のサポートへの利用が期待される.将来
的にはロボットと人が共生して新しいコミュニケーションが生まれ,将来的には高齢者の生
活補助だけでなく,強度面を補強し,力仕事が行える介助ロボットとしての活躍も期待されて
いる.
7
まとめ
Pepper くんはこれまでのロボットとは異なり,人間の感情をクラウド AI,感情認識エンジ
ンを使って読み取り,潤滑なコミュニケーションを行うことのできる感情認識パーソナルロ
ボット.将来的に多くの応用がなされて,より人の役に立つロボットになることが可能である.
参考文献
1) “Softbank 製品紹介「pepper くん」,” http://www.softbank.jp/robot/products/, 閲
覧日:2015 年 4 月 6 日.
2) “Dances with pepper,” http://pepper.ohwada.jp/archives/13, 閲覧日:2015 年 4 月 7
日.
3) “【特集:pepper の衝撃(4/7)】pepper の「感情認識エンジン」と「クラウド ai」,”
http://robot-times.jp/, 閲覧日:2015 年 4 月 7 日.
4) 一般社団法人日本ロボット学会, ロボットテクノロジー, 第 1 版, オーム社, 2011 年.
5) 吉冨康成, シリーズ 非線形科学入門 2 ニューラルネットワーク, 第 1 版, 朝倉書店, 2002 年.
83
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
ドローン(無人航空機)
尾花 遼汰
Ryota OBANA
佐藤 琢磨
Takuma SATO
Abstract ドローンは自律飛行を行い,飛行に加え撮像や運搬等,目的を持った無人航空機であ
る.全地球方位システム(GPS:Global Positioning System),地理情報システム(GIS:Geographic
Information System)といったシステムを利用することにより,自律飛行を可能としている.自律飛行
により,現状では人間が作業を行うに困難だった危険区域での撮像,経路によらず配達を行う事が可能
となった.そのため災害現場においての撮像や,離島への運搬,様々な分野での活躍が期待される.
1
はじめに
ドローン(無人航空機)は UAV(Unmanned Aerial Vehicle) の総称と定義されている.そ
して無人の空中輸送手段で操縦パイロットや人を搭載せず,その航法は航空力学に基づく揚
力や推力を利用し,自律的航法か遠隔操縦航法によって飛行する動力源を有した制御された
機体である.また位置情報を知ることのできる GPS や,膨大な量の地理情報の集合体である
GIS といった各情報システムを用いることでより精密な制御が可能となり,物資の運搬や商品
配達等,様々な分野でも活用が見込まれる.現在,個人利用を目的とした DJI 社の IS1SRC,
Parrot 社の PF725140 が販売されている.最初の無人航空機は 1916 年にアメリカのローレン
スおよびスペリーによって製作されたものの,第一次世界大戦や第二次世界大戦では技術的理
由により実用的な無人航空機は存在しなかった.本格的な研究開発はベトナム戦争や冷戦を
きっかけとして 1950 年代末から開始されアメリカは 1991 年の中東戦で実用化している.3
D の任務 dangerous(搭乗員の生命にリスクを与える危険な任務),dirty(汚染された空域で
の任務),dull(単調に繰り返す任務)において,安全にかつ効率よく情報を取得することが
できる有効な手段であるため軍事目的に留まらず,2011 年 3 月に発生した東日本大震災にお
いて,福島第一原子力発電所の被害状況把握にグアムから飛来した米軍の無人航空機グロー
バルホーク(RQ-4 Global Hawk)が活躍したように空撮や,Amazon 社の配達用ドローン構
想等多数の実用的な商業利用の面でも近年非常に注目をされている.本稿では撮像を主とし
た無人航空機についての自律飛行制御,GPS や GIS を用いたハザードマップの作成,有用性
について述べる.
2
無人航空機のシステム
無人航空機は搭乗者を有せず,地上からの遠隔操作により飛行する航空機を指す.一般的に
遠隔操作にて飛行計画と呼ばれる飛行方向や撮影ポイントの設定等の指示を行ったり,無人航
空機によって撮影された画像情報を収集したりする地点のことをグランドステーションとい
う.またグランドステーションから飛行計画を受け取り,GPS 等の航法センサを利用し,目
標位置への姿勢を算出し飛行を可能にするシステムを自律飛行制御という.一般に無人航空機
は上記のグランドステーションと無人航空機内に存在する自律飛行制御から成り立ち,両者は
無線介にて通信を行う.以下に無人航空機のシステム全体図を示す 1) .
84
グランドステーション
飛行モニタ
飛行計画
移動指示
無人航空機内部機能
飛行計画
目標位置
方向
自機位置
姿勢指定
目標位置
姿勢指定
GPS
INS
高度計
対流速度計
駆動系
航法センサ
外乱
Fig. 1 自律飛行システム全体図
自律飛行方式
3
無人航空機が自律飛行を行う上で,地球上の全ての屋外において,その地球上での位置を 4
つの衛星から取得・蓄積することができる GPS 及び膨大な量の地理情報の集合体である GIS
といった各情報システムは必要不可欠である.この章ではそれらがどのように利用されている
のか述べる.
3.1
GPS を用いた飛行方式
自律飛行は一般にウェイポイント誘導方式により行われる.この方式ではグランドステー
ションにて予め登録されたウェイポイント(緯度,経度,高度から成る飛行通過点)を目標に
して機体は飛行する.機体はウェイポイントを通過したことを搭載されている GPS との差異
から自ら判別し,通過した場合には次のウェイポイントへと向かい飛行を継続する.しかし,
我々が日常的に体験しているように,GPS による位置の特定は必ずしも正確なわけではなく,
誤差を含んでいる.そこでよりより正確な制御行うためには GIS 情報を追加することでが必
要となる 2) .
3.2
GIS 情報を用いた飛行方式
Fig. 3 に示すように,GIS 上の任意の2点 A 点から B 点まで無人航空機に搭載された下向
きカメラによる視覚情報を用いて移動する誘導制御について述べる.AB 間にラインマーカー
を設定し,以下のよう行う.
state.1 A 点が画像中心となるようにホバリング
state.2 GIS にて予め設定した B 点に向け,画像中心が常にマーカー上を指すように移動
state.3 最終的に,B 点を画像中心で捉えるまで移動の継続
85
Fig. 2 A 点から B 点までの移動にて下向きカメラの捉えた画像
このようにして,無人航空機は AB 間の誘導制御が可能となる.さらに,このアルゴリズ
ムを拡張し,GIS 上に複数のラインマーカーを配置することにより,飛行範囲を拡大すること
も可能であるため,監視システムの基礎となり無人航空機の制御を行う事が可能となる.しか
し,GIS システムのみでこの制御を行うとなると,無人航空機自体の高度が不安定になりやは
り単独の技術のみでは満足のいく制御は行う事が出来ない.
Point A
Point A’
Point B
1m
Fig. 3 A 点から B 点までの移動
前述の通り,GPS は 3 次元的な空間把握能力はあるものの,精度にかける.GIS は 2 次元
情報に特化しているものの,高度といった問題には弱さが目立つ.そのため,無人航空機の高
精度の自律制御には,両者を併用し各々の特性を補いあうことが求められる 3) .
無人航空機の応用
4
4.1
ハザードマップの作成
自然災害の発生時においては,被災直後では,交通機関は麻痺し,地上の道路も通行が不
可能である.そのような場合において,上空からの迅速な被害状況の把握,さらに被災地域の
特定や被災者の発見,救出活動が求められる.そこで有人ヘリやレスキュー隊の到着前に ハ
ザードマップを作成し共有することで,迅速な救助や支援が可能となる.現在では有人航空機
等が被災情報の収集手段として運用されているが,有人航空機による情報収集は,パイロット
の安全性の問題,飛行場の有無,燃料や整備などの維持費の問題を抱えている.そこで危険区
域であっても安全に,かつ低コストで撮像可能な無人航空機の利用によるハザードマップの作
成が近年注目されている.無人航空機からの伝送動画像を用いて,被害状況の把握や要救助者
等の有無,及びその位置等の情報を収集する.このようにして収集した画像や位置情報,取得
日時などを自動的に GIS データビューア上に統合することでハザードマップを作成する.こ
のハザードマップを共有し活用することで,迅速な救助や支援を可能にする.また,災害発生
直後から復興まで,継続的に情報収集を行い,GIS データビューア上で被災情報を時系列的に
86
整理することで,無人航空機が収集した情報を,復興計画や防災策の立案に役立てることが可
能となる.空撮画像をリアルタイム伝送して表示するのみでは,どの場所を撮影しているかが
判りづらく,被災者の発見や広範囲にわたる情報把握が困難であった.そこで,動画像に画像
処理を行い,機体センサ出力によって推定された自己位置・姿勢角を複合することで,この問
題を解決する.各フレームの撮影範囲が狭く,また撮影対象の位置情報が不明であるという問
題に対しては,地図と空撮動画を連動し,地図上で撮影対象の位置を確認することによって対
処する.これを実現するために,無人航空機の搭載センサによって推定された機体の自己位置
と姿勢角を用いて,取得画像を地図画像上へ整合するように変形して表示する.これにより,
空撮画像を位置情報と連動して把握することが可能になり,状況の把握を助けることができ
る.以上の処理を無人航空機の飛行中に実時間で行うことで,伝送される動画像を用いた迅速
な被災情報の収集を実現する. 具体的な被災情報の収集は,災害現場において火災発生現場
や崖崩れが起きている箇所といった任意の注目地点の位置座標を処理画像から取得し,識別情
報を付加することで行う.そして,注目地点情報を被災情報として,GIS データビューア上に
統合し,ハザードマップを生成する.このように動画からリアルタイムに地図上に画像を投影
していくことで,広域の情報が位置情報と共に把握が容易になることが確認できる.さらに注
目点の選択により地上座標と画像を共に管理することで,災害時の迅速な状況把握や救出活
動が可能となる.
Fig. 4 GIS に画像情報を統合した例
4.2
画像地図の自動生成によるリモートセンシング
従来リモートセンシングによる画像生成は衛星や航空機を介して情報を収集していたため
に測定範囲は広域に及ぶものの,精度という面では満足のいくものではなかった.だが,無人
航空機の登場にて高解像度の観測が可能となった.しかし,高い精度で地形の状況を把握する
ことが求められる場合,無人航空機の旋回により生じる画像の歪み,そして位置姿勢の誤差に
より撮影画像が正確に整合しないことが大きな課題となる.そこで GIS とマッチングを行う.
自律飛行のための航法センサにより算出された無人航空機位置姿勢は,航法センサの重量制
限等から位置姿勢に誤差が含まれている.そこで,無人航空機に搭載されたカメラにより撮影
された画像情報を複合することで,無人航空機の位置姿勢を修正する.具体的には,無人航
空機の飛行後に得られた空撮画像と誤差を含む位置姿勢を用いて,画像特徴の再投影誤差を
示す評価関数を作成し,これを最小化することで,無人航空機位置姿勢を推定し画像地図を
作成する.このプロセスを自動で行うことで,小型無人航空機を用いた容易な地上の解析の
実現が可能となる.無人航空機空撮画像間において,画像特徴の自動対応付けを SIFT(Scale
Invariant Feature Transform)特徴と呼ばれる画像特徴を利用し行う.このようにして対応付
けられた画像特徴の投影座標の誤差を最小化することにより,画像撮影時のの位置姿勢を補正
する.Fig. 5 に無人航空機航法センサによる位置姿勢を用いて,地表面に画像を投影すること
で作成した画像地図を示す.これらから,提案手法では整合のとれた広域の画像地図を生成で
きていることが確認できる.以上により非常に高分解能な小型航空機の画像を用いて,様々な
広域のモニタリングや調査を行うことが可能となる 4) .
87
Fig. 5 最適化計算により作成した地図
4.3
新たな宅配事業
米国では Amazon 社が 2013 年に「Amazon Prime Air」という注文後 30 分以内での配送
を可能にするドローン配達システムを開発していることを明かし,2015 年度実用化を目指し
ている.このサービスでは,配送センターから 30 分以内の距離に,重さ 5 ポンド (約 2.3kg)
以内の商品を発想が可能となる.ドローンは,8 枚の回転翼を持つオクトコプターで動力源は
電動モーターとなる.現在は性能上,上記の距離制限・重量制限があるものの,この重量制限
内でも現在 Amazon で取り扱う商品の約 86 %をカバー出来ている.先月実験的耐空証明書が
発行され飛行試験が開始されたばかりであるものの,実現されると人件費削減による低価格
化の実現が可能となる 5) .
5
展望
先に述べた災害救助でのハザードマップや宅配事業に留まらず無人航空機は様々な分野での
活躍が期待される.一つは救急医療システムの構築である.AED は現在普及したものの,ま
だ十分であるとは言えない.そこで自律飛行を行うドローンに AED を搭載し,通報現場まで
運搬することで,生存確率の向上を目指す医療用ドローンが開発されている.空には渋滞がな
いため,救急車の到着より早く,またモニタ越しに医師による遠隔操作での処置を目指してい
ることから新たな救急医療システムとなる可能性を秘めている.また農業分野においても広
大な農地であっても適切な水の利用や害虫の発生状況といった,農作物の管理ができるため,
収穫量増加の面から期待されている.人口増加による深刻な食糧難の問題をドローンが克服
する可能性がある.しかしながら技術の進歩に法整備が追い付いていないという問題が無人
航空機にはある.現在の航空法では無人飛行を想定していないため,今後飛行区域や取扱い資
格,プライバシー侵害等,様々な問題が生じることが懸念される.そのため日本国内において
我々が日常的に無人航空機を目にする機会はまだ先かもしれない.
6
まとめ
軍事利用のため当初は開発された無人航空機だが,近年は商用利用として非常に注目を集め
ている.無人航空機の自律飛行は GPS と GIS の両システムを用いることにより成り立ってい
る.そして自律飛行により得られた画像情報を GIS とマッチングを行う事により,ハザード
マップの作成を行うことが出来る.また自律飛行により,新たな宅配事業を含め,様々な分野
での活躍が期待される.だが実用化されてからの歴史は浅く,完全な技術が確立されていない
ため,今後自律飛行を行うための制御面をはじめとした問題が解消されることで,現在の主流
である撮像に限らず無人航空機は様々な面での活躍が期待される.
参考文献
1) 古川 徹 佐藤 則道池之座 将太, “空から情報を収集する小型無人航空機システム,” 日立評
論, pp.56–59, 2012.
88
2) 金平徳之, “小型無人飛行用制御ボードの開発,” http://www.kawada.co.jp/technology/
gihou/pdf/vol32/3201_04_05.pdf, 閲覧日:2015 年 4 月 7 日.
3) 森 亮介, 米澤 直晃平田 健一, “視覚情報に基づく小型無人ヘリコプタの誘導制御,” 日本
ロボット学会誌, Vol.26, No.8, pp.905–912, 2008.
4) 星 仰, リモートセンシングの画像処理, 第1版, 森北出版株式会社, 2003.
5) Amazon.com, “Amazon prime air,” http://www.amazon.com/b?node=8037720011, 閲
覧日:2015 年 4 月 20 日.
89
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
携帯電話の変調方式
金原 宏樹
Hiroki KIMPARA
後藤 優大
Yudai GOTO
Abstract 今日の我々の生活において,携帯電話は生活必需品に含まれるほど, 生活に密着した製
品である.1985 年に日本で初めて NTT が「ショルダーホン」として販売した製品は肩にかけて持ち運ぶ
もので,機能は音声通話のみであった.しかし現在の携帯電話は単なる電話からモバイルインターネッ
トの中核をなすマルチメディア端末へと成長した 1) .携帯電話を現在の多機能なものへと進歩させるこ
とに貢献したのが,
「変調方式の発展」である. 本稿では, 携帯電話の変調技術の特徴と今後の展望ととも
にまとめた.
1
はじめに
無線通信では,音声や画像等の情報を無線で遠方に伝えるために,電波に音声や画像等を乗
せることが必要である.この技術を変調(Modulation)という.アナログ変調方式には音声
等の振幅および周波数を搬送波に乗せる振幅変調(AM:Amplitude Modulation)と周波数
変調(FM:Frequency Modulation)がある.AM は中波放送,短波放送,アマチュア無線で
使用されている変調方式で,FM は FM 放送,コミュニティ放送などの変調方式に用いられて
いる.また電波の伝搬過程で障害が発生しても比較的安定した通信が可能な変調方式である.
FM は第一世代携帯電話方式の変調方式に用いられている.アナログ変調方式は送・受信装置
が比較的簡易に構成できることが特長であり,現在も用いられている技術である.デジタル変
調方式は,アナログ変調方式とは異なり“ 1 ”と“ 0 ”の2つの値の信号を入力し変調する方式
である.
2
変調
携帯電話に用いられる変調について Fig.1 に示す.携帯電話の変調方式には,大きく分けて
アナログ変調とデジタル変調があり,入力する信号がアナログ信号かデジタル信号かによって
分けられている.携帯電話ではアナログ変調方式の中でも FM 変調が用いられており,デジタ
ル変調においても,主に BPSK 変調,QPSK 変調,QAM 変調が採用されている.変調とは,
データを電波として伝送しやすいように変換することである.変調を行う目的は,送受信をす
るアンテナに最も適した周波数にするためである.データ信号のことを変調信号(modulating
signal)と呼び,情報を乗せるための波を搬送波という.搬送波に情報を乗せることで,変調
された信号波を被変調信号(modulated signal)と呼ぶ.通常,搬送波には正弦波が用いられ
る.搬送波に乗せることで音声をはじめとする,情報を喪失させることなく送信する.一般的
にクロック周波数に対して変調を行う数が大きくなるほど,より多くの伝送をすることができ
る.しかし多くのデータの伝送が行える反面,データ点を増加させるほど,雑音などの劣化要
因に対して弱くなってしまうというデメリットも存在する.変調のイメージを簡単に示したも
のを Fig.2 に示す.はじめに,変調したいデータ信号を変調回路に入力する.そして搬送波
を変調回路において乗算し,変調する.そして,変調回路から出力し被変調信号を得ている.
90
Fig. 1 携帯電話の変調の種類
Fig. 2 変調の概要
91
2.1
周波数変調(FM)
周波数変調(FM)は,音声信号の振幅を変調させる方式である.振れ幅に搬送波を乗せて
変調するため,非変換信号に粗密が現れることが特徴である.FM の搬送波に乗せることので
きる音の周波数帯域は 50Hz∼15000Hz であり,低い音から高い音まで幅広い周波数の音を表
現できる.まず, データ信号を FM 変調回路に入力する.FM 変調回路は,データ信号の周波
数に対して変調を行う回路である.変調後,搬送波とともに乗算された被変調信号が出力さ
れる.
2.2
BPSK 変調 (Binary Phase Shift Keying)
BPSK 変調とは,デジタル変調方式の1つであり,送信データを差動符号化(連続するデー
タ間の値を位相に反映すること)を行い,ロールオフフィルタで整形した波と搬送波を乗算器
によって合成し変調波を得る手法である.これにより,BPSK では 1 クロック周期で1つ(1
ビット)の送信データの変調を行う.BPSK 変調を簡単に示したものを Fig.3 に示す.まず
送信データの差動符号化を行う.差動符号化とは,デジタル信号における隣同士の値の差を対
応させることである.そして,情報の喪失が起こらないように調整を行うため,ロールオフ
フィルタを通して波を整形する.その後搬送波と乗算を行い,BPSK 変調波を得る.
Fig. 3 BPSK 変調の概要 2) .
2.3
QPSK(Quadrature Phase Shift Keying)
QPSK 変調とは 2 系列の BPSK 変調を行い,2 系列の BPSK 変調波を合成することにより,
変調波を得る技術である.乗算後,2系統の信号を合成させて変調波を得る.QPSK ではク
ロック 1 周期で 2bit の送信データの変調を行い BPSK の 2 倍の送信データを伝送することが
可能である.QPSK 変調を簡単に示したものを Fig.4 はに示す.まず変調したい送信データ
に対して,逆の位相の波に変換を行う.この変換の元の波をシリアルデータ,変換された波を
パラレルデータと呼び,変換を SP 変換(シリアル−パラレル変換)という.こうして得られ
た,2 系列の波に対して,BPSK 変調と同様に,差動符号化,ロールオフフィルタによる変調
を行い,蒸散することで QPSK 変調波を得る.
92
Fig. 4 QPSK 変調の概要 2) .
2.4
QAM
QAM は,位相と振幅を用いた変調方式です.16QAM では送信データとして,2つの 2 値
信号を用います.その信号を SP 変換することによって逆位相の信号を作成します.その後,
元々の 2 つの信号と SP 変換によってできた2つの信号をそれぞれデジタルアナログ変換回路
(DAC:digital to analog converter)を用いて,それぞれ 1 つの 4 値(2 の 2 乗)信号に変換し
ます.そして,ロールアップフィルタによって信号を整形した後,それぞれの信号を直交させ
る.64QAM では3つの 2 値信号を入力信号として用い1つの 8 値 (2 の 3 乗) 信号,256QAM
では,4 つの2値信号から 1 つの 16 値 (2 の 4 乗) 信号をそれぞれ直交させて変調波を得る.
3
携帯電話と変調方式の進化
携帯電話には,第 1 世代では FM,第 2 世代では BPSK, 第 3 世代では BPSK と QPSK,第
3.5 世代は QPSK と 16QAM,現在のスマートフォンに採用されている第 3.9 世代 (3.9 G),そ
して次の第 4 世代は QPSK と 16QAM,64QAM と呼ばれる変調方式が取り入れられている.
Table. 1 は各世代の速度と特徴や製品 3) .4) . を示している.
Table. 1 各世代の携帯電話の変調方式と特徴 3) .4) .
種類
変調方式
速度
特徴や製品
第 1 世代
FM
BPSK
(音声)
自動車電話, ショルダーフォン
数 kbit/s
電子メールやウェブ対応
BPSK,QPSK
QPSK,16QAM
384kbit/s
14Mbit/s
2G と比べさらに高速
3 Gと比べ約 5 倍のスピードに.
QPSK,16QAM,64QAM
QPSK,16QAM,64QAM
100Mbit/s
1Gbit/s
さらに高速化(LTE 方式)
第 2 世代
第 3 世代
第 3.5 世代
第 3.9 世代
第 4 世代
5)
.
通信速度が光ファイバと同等
第1世代は,1960 年代に登場した際の自動車電話やショルダーホンを含む初期の携帯電話
である.重量は 1 kg以上あり,片手で持つことが精一杯であった. また機能は通話のみであっ
た. 第 2 世代では,データ変調がデジタル変調が採用された.データの処理能力が向上し,メー
ルやインターネット接続が可能となった.続く第 3 世代から第3.5次世代では,第 2 世代
からインターネットとの接続や電子メールで写真の送受信,携帯端末での決済,テレビ放送
(ワンセグ)の受信など多様な機能が追加された.現在のスマートフォンなどに用いられてい
る,第 3.9 世代においてもそれまでの流れに続き, より高速な通信を可能となることによっ
て,PC の性能に近づいている.
93
4
今後の展望
第 1 世代から第 3 世代において,変調方式の進歩は携帯電話の機能の進歩に大きく寄与し
た.第3世代以降は,機能にそれほどの変化は見られないが,通信速度,データの送信量が増
加することによってのそれまで携帯機能の発展がなされている. 現在計画されている,第 4 世
代(IMT-Advanced)は第 3.9 世代と同様の変調方式を採用されている. これからの携帯電話
の進歩を変調方式の観点から考えると,現在の方式からさらに多くの送信信号を変調し,送信
した際におこる,劣化要因に弱くなるといった弱点に対する技術的課題の解決が必要となると
考えられる. その課題が解決された時には,現在のケーブルテレビのような画質の映像や音声
を送受信できる携帯電話が開発されると期待されている.
5
まとめ
携帯電話におけるデータ信号の変調は,位相と振幅を変調するものが主である.この技術の
進歩が,同時に送信できる信号の情報量の増加に貢献した.情報量の増加によって,携帯電話
の登場当初には通話機能のみであった機能が,インターネットの接続,写真や画像,音楽デー
タの送信に貢献した. 現在は,変調技術の進歩が直接携帯電話の機能を向上させる方向には寄
与いないが,技術的な進歩によって携帯電話の機能が向上することが考えられる.
参考文献
1) 森永 規彦三瓶 政一, “高速ワイヤレスデータ伝送のための適応変調技術,” 電子情報通信学
会誌, pp.245–251, April 2002.
2) 日 本 電 業 工 作 株 式 会 社,
“無 線 方 式 博 士 の 電 波 講 座,”
http://www.den-
gyo.com/labo/kouza/radio03.html, 2015.4.14.
3) 一般社団法人電波産業会, “第 104 回電波利用懇話会 「移動通信技術・サービスの最新動
向と今後の展望について」,” http://www.arib.or.jp/osirase/seminar/no104konwakai.pdf,
2015.4.14.
4) 木暮仁, “携帯電話の歴史,” http://kogures.com/hitoshi/history/keitai-denwa/index.html,
2015.4.14.
5) 株 式 会 社 サ ー キット デ ザ イ ン,
“無 線 機 の 変 調・復 調 に つ い て,”
http://www.circuitdesign.jp/jp/technical/modulation/modulationm ain.asp, 2015.4.14.
94
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
Windows 10
山口 直哉
Naoya YAMAGUCHI
廣安 知之
Tomoyuki HIROYASU
西田 潤
Jun NISHIDA
Abstract Windows 10 は,マイクロソフト社から新しく発売されるオペレーティングシステムで,
新しく搭載される機能や以前から存在する機能をバージョンアップしたもの,一新されるブラウザなど
目新しい点が多く存在する.今回特に注目されるのは,Cortana や Windows Hello を使ったユーザーの
声や顔といった外部情報から PC を動かすシステムと,Aero Snap や仮想デスクトップを使った同画面
での作業進行ヘルプシステムである.
1
はじめに
Windows とは,マイクロソフト社が開発したオペレーティングシステム (OS) の総称であ
り,OS とは PC を動かすのに必要な最も基本的なソフトウェアである.Windows の開発は
1985 年の Windows 1.01 に始まり,1995 年に発売された Windows 95 が世界的に売れたのを
経て,Windows 98,Me,NT,2000,XP,Vista,7,8,8,1 と現在に至る.本稿では,その
Windows の最新作で 2015 年夏に発売が予定されている Windows 10(コードネーム:Threshold)
について述べる.
2
Windows 10 の概要
Windows 10 のスペックは,物理メモリ:1GB 以上 (PC32 ビット),2GB 以上 (PC64 ビッ
ト),2MB 以上 (モバイル).グラフィック:DirectX 9.0 以上の GPU.ストレージ:16GB 以上
(PC32 ビット),20GB 以上 (PC64 ビット),4GB 以上 (モバイル).画面解像度:800 x 600 以
上 (PC),800 x 480∼2560 x 2048(モバイル).画面サイズ:8 インチ以上 (PC),3 7.99 インチ
(モバイル) である.
また Windows 10 では,PC 向けの OS だけでなく,モバイル用の OS も Windows 10 の 1 つ
として提供される.このように PC とモバイル用の OS を区分けせず同じシリーズのエディ
ションとするこの形態をマイクロソフトは「One Windows」と呼んでいる.これによって,複
数の OS の開発を 1 つにできるため開発費を減らせたり,あるソフトが一部の OS にしか対応
していないといった事態を防げるなど企業とユーザー双方にとってメリットがある.
さらに Windows 7 及び 8.1 のユーザーは,Windows 10 の発売から 1 年間は無料で Windows
10 にアップデートでき,一度アップデートした PC 等の端末は「端末 (ハードウェア) が寿命
を終えるまで」無料でサポートされるとしている.これには,海賊版の使用者は新しいバー
ジョンを使うことに対して出費するのを避けるので,無料のアップデートを提供することで
これらの人たちに正規版の利用を促す狙いと,売り上げ及びユーザーの評価が良くなかった
Windows 8 で失ったユーザーの信頼と評価を取り戻す狙いがあると思われる.
3
3.1
Windows 10 の特徴
スタートメニュー
Windows 8 ではスタート画面の採用とともに,スタートメニューとスタートボタンが廃止さ
れた.これは,フルスクリーンでのタッチ and タブレットのスタイルを積極的に使ってほしい
という考えから始まった.しかし,Windows 7 までのスタートメニューとスタートボタンに慣
れて PC を扱ってきたユーザーにとっては急激な変化で扱いにくいという意見が出た.そのた
め Windows 8.1 ではまずスタートボタンが復活し, Windows 10 ではスタートメニューも復
活することになった.Windows 10 のスタートメニューは,Fig. 2 に示したように,Windows7
までのスタートメニューと Windows 8 に使われていたスタート画面を組み合わせたものとなっ
95
ている.スタート画面を画面全体に広げたり,常に表示されるものを変更したりといったカス
タマイズが可能である.
(a) Windows 7 のスタートメニュー
(b) Windows 8 のスタート画面
Fig. 1 Windows 7 と Windows 8 のスタート画面の違い (参考文献 1)
2)
より参照)
Fig. 2 Windows 10 のスタートメニュー (参考文献 3) より参照)
3.2
Cortana
スマートフォン向け OS の Windows Phone シリーズの最新作である,Windows Phone 8.1
に先行して搭載されている音声認識アシスタント機能が「Cortana」である.それが Windows
10 にも搭載されることになった.現在プレリリース版が動作している様子がムービーで公開
されており,Cortana の搭載によって,音声による端末操作,検索,テキストの読み上げなど
が可能になると思われる 4) .
3.3
Project Spartan
これまで Internet Explorer 用に開発されてきたレンダリングエンジンである「Trident」
とは異なる新しいレンダリングエンジン「Edge」を搭載した新ブラウザが登場する.それが
「Project Spartan」である 5) .Windows 10 ではこれが初期設定のブラウザになる. レンダ
リングエンジンとは,数値や数式といったデータをコンピュータプログラムで処理して,具
体的な画像や映像,音声などを構成するソフトウェアや装置,システムのことであり,そうし
た処理のことをレンダリングという.Project Spartan に実装される仕組みにデュアルレンダ
96
リングエンジンというものがある.これは Trident を主に過去との互換性のために,Edge を
メインのレンダリングエンジンとして運用するというものである 6) .この Project Spartan
には Internet Explorer に比べて大きな利点が 2 つある.1 つめは,Web ページへの直接の書
き込み(アノテーション)が出来ることで,それをシェアすることもできる.2 つめは,リー
ディングモードである.リーディングモードとは web ページの文章が読みにくい時,Fig. 3
の様に無駄な要素を省くことでページの必要な部分だけ表示させることができる機能である.
この機能はオフラインにも対応している.
(a) 補正前
(b) 補正後
Fig. 3 リーディングモード (参考文献 7) より参照)
3.4
Aero Snap
Windows 7 から搭載されている機能の一つとして, 画面にウィンドウを自由に配置できる
のが「Aero Snap」である.Windows 7 ではタイトルバーをドラッグ and ドロップするとウィ
ンドウの最大化や右端表示,あるいは左端表示にすることができる 8) .例として,2 つのウィ
ンドウを左端と右端に並べたのが Fig. 4 である.Windows 10 ではそれに加えてウィンドウ
を 4 個まで分割できる機能が追加される.これによってマルチタスクでの作業効率の向上が期
待できる.
Fig. 4 Windows 7 での Aero Snap の流れ (参考文献 8) より自作)
4
4.1
新しく追加される機能
仮想デスクトップ
Windows 10 で初めて搭載される機能の 1 つとして, 1 つのディスプレイでも,マルチディ
スプレイ環境のように複数のデスクトップを使用できる機能がある.これを「仮想デスクトッ
97
プ」という.通常ディスプレイは 1 つしかないが,Windows 10 では Fig. 5 のようにタスク
ビューから追加や切り替えを行うことができる 6) .これにより Aero Snap と同じくマルチタ
スクでの作業効率の向上が期待できる.
(a) デスクトップ選択前
(b) デスクトップ選択後
Fig. 5 仮想デスクトップ (参考文献 9) より参照)
4.2
Windows Hello
Windows 10 に搭載される生体認証機能として,顔・虹彩・指紋を用いてユーザーを認証す
ることができる「Windows Hello」がある.Windows Hello のメリットとしては,パスワード
を用いないので,パスワードを忘れてログインできないといったことを防ぐことができる.ま
た生体認証は本人でないと認証されないため,高いセキュリティ性を得ることができる 10) .
5
まとめ
Windows 10 はマイクロソフト社から新しく発売される OS で,Windows Phone 8.1 に搭
載されていた Cortana や,Aero Snap といった Windows 7 からあったものもバージョンアッ
プして搭載される.さらには Project Spartan という新しいブラウザや, 仮想デスクトップ,
Windows Hello といった新機能も搭載される.また One Windows のおかげで OS 自体の汎用
性も上がるため,機能の充実と合わさって使い勝手の大きな向上が期待される.
参考文献
1) http://image.search.yahoo.co.jp/search?tt=c&ei=UTF-8&fr=sfp_as&aq=-1&oq=
&p=windows7+%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%A1%E3%83%8B%E3%
83%A5%E3%83%BC&meta=vc%3D#mode%3Ddetail%26index%3D4%26st%3D0/ 2015.
2) http://image.search.yahoo.co.jp/search?tt=c&ei=UTF-8&fr=sfp_as&aq=6&oq=
window&p=Windows+8&meta=vc%3D#mode%3Ddetail%26index%3D0%26st%3D0/ 2015.
3) http://image.search.yahoo.co.jp/search?p=Windows+10&aq=1&oq=windows&ei=
UTF-8#mode%3Ddetail%26index%3D0%26st%3D0/ 2015.
4) “Windows 10 で 動 く「cortana」は こ ん な 感 じ,”
20141208-windows-10-cortana/, 2015.
http://gigazine.net/news/
5) J. Niino, “マイクロソフトの新しいレンダリングエンジン「edge」 、新ブラウザ
「project spartan」「次期 ie」両方のデフォルトに,” http://www.publickey1.jp/blog/
15/edgeproject_spartanie11.html/, 2015.
6) 阿久津良和, “「project spartan」が実装するデュアルレンダリングエンジンとは阿久
津良和の windows weekly report,” http://news.mynavi.jp/articles/2015/02/02/
windows10report/, 2015.
7) 一色政彦, “Windows 10 に搭載される新ブラウザー“ spartan ”とは,” http://www.
buildinsider.net/web/spartan/01/, 2015.
98
8) “Microsoft
atlife,”
http://www.microsoft.com/ja-jp/atlife/tips/archive/
windows/tips/250.aspx/, 2015.
9) 柳谷智宣, “Ascii.jp,” http://ascii.jp/elem/000/000/982/982103//, 2015.
10) SECURE, “Secure,” http://www.secureinc.co.jp/securityQA/answer02-01-06.
html/, 2015.
99
第 44 回 月例発表会(2015 年 04 月 25 日)
医療情報システム研究室
AppleWatch について
有田 宗平
Souhei Arita
Abstract
廣安 知之
Tomo Hiroyasu
後藤 優大
Yudai goto
ウェアラブル機器は文字通り身につけて使用する電子機器の事を指し, センサの装備
や Hand Free である事等の要素が上げられる. そして Apple の次世代機として。ウェアラブル端末の
AppleWatch が発売されることとなり、世界から注目を集めている本稿では AppleWatch の概要と画面
操作の仕組みについて述べる。
はじめに
1
現在, スマートフォンを始めとして小型の通信機器が発達し普及している. 日本では人口に
対して 122 %の普及率になっており, 日本の現代社会においてコミュニケーションツールとし
て欠かせないものとなっている. しかし、現在の日本人の一日にスマホを見る時間は時間と言
われ, スマートフォンへの依存が問題視され, 人と人とのコミュ二ケーションが減る, または疎
となるといった問題も提起されるようになった. そしてこの問題を解決しうる AppleWatch と
いうウェアラブル端末が 2015 年 4 月 24 日に発売された. その概要を以下で説明する.
2
AppleWatch
2.1
AppleWatch の概要
Apple 社の今までのデバイスとは異なりウェアラブル端末として身に付ける事を前提とした
物で小型化されている. 基本的なアプリケーションとして iPhone や iPad とほぼ同様のものが
入っている. またウェアラブル端末として小型化しているため画面が大きいサイズで 42mm 四
方となっているが, タッチ操作する指で隠れてしまうような細かい操作のときには, 画面横に
付いているデジタルクラウンによって拡大縮小, 上下操作が行う事が出来る. また画面をやや
強く押すフォースという入力方法が設定されているため、タップとプレスを感じ分けて, 各ア
プリで別々の操作をすることが可能になっている.
腕に触れる AppleWatch の背面には 4 つのレンズがあり赤外線や可視光 LED を用いたセン
サーとなっていて使用者の心拍を計測し GPS, 加速器等のデータを統合して使用者の運動状況
の記録を行う事が出来る.1) 2.2
搭載アプリケーション
• 時計
iPhone と連携して世界標準時と常に照合して誤差をなくす. タイマーやストップウォッ
チ, アラームの機能も備えられている.
• メッセージ
メッセージの受信と定型文を使った返信, 音声入力による返信, オーディオメッセージに
よる返信が可能.
• 電話
iPhone にかかってきた着信を iPhone を触ることなく通話を始める事が出来る。通話中の
最中でも iPhone に転送可能.AppleWatch からの発信は不可.
• メール
受信したメールを読む事が可能. また削除やメールの管理が可能. キー入力での返信は出
来ない.
100
• アクティビティ
ムーブ, エクササイズ, スタンドの三つの運動状態の記録を行うことが出来る.
• ワークアウト
アクティビティ以外の本格的な有酸素運動に行ったときにその内容を計測, 保存出来る.
• その他上記以外にも, マップ,siri, 音楽再生, 株価, 天気, 写真の閲覧などが可能. また通信し
ている iPhone から AppleWatch 用のアプリをダウンロードする事も出来る.
2.3
画面操作
• 基本的な操作システム Apple 社の製品のタッチパネルは静電容量方式の投影型 (Project Capacitive) を取ってお
り, これはプラスチックやガラスなどの絶縁体フィルム, 電極層, 演算処理を行う IC を搭
載した基盤層から構成されている. 絶縁体フィルムの下の電極層には酸化インジウムスズ
(ITO) 等の透明電極によって縦横 2 層からなる多数のモザイク状電極パターンがガラス
やプラスチックなどの基板上に配置される. 指が触れるとその付近の電極の静電容量の変
化を縦横 2 つの電極列から知ることで位置を精密に判別できる. 縦と横に走る多数の電極
列によって、多点検出が可能となる.2)
2.4
AppleWatch のシステム
AppleWatch の画面にはフォースセンサーが使われており, これによりタッチとプレスの
違いを感じ分ける. これには Apple 社の持つ圧力式タッチパッドの特許が使われている.
この特許はバネとなる膜を二つの電極面で挟み, 力がかかると電極同士が近接し、力が緩
むとバネの力で再び離される原理で圧力を検出するもので蒲田工業のタクタイルセンサ
に近しいものである.
タクタイルセンサシステムは荷重を測定するシステムではなく, 圧力の分布傾向をリアル
タイムもしくは, レコーディングし再生を行なうことにより視覚的に確認することができ
るシステムである. このセンサーシートは,1 枚のフィルムに 4 層からなる特殊インクを印
刷しているシートを使用しているので 0.1 mmと極めて薄く柔軟性がある. センサーシー
トの素材は, ポリエチレンテレフタレート (PET)が使用され, その内側に各 1 枚ずつに行
方向の印刷, 列方向の印刷がされている. 印刷されているインクは, 電流を通すシルバー
ペーストに、このインクを覆うように特殊インク (感圧抵抗性物質) が印刷されている. 交
わっている部分に圧力が加わるとのように圧力の量に応じて、この特殊インクの抵抗値が
変化する. この抵抗値の変化はセンサーコネクタに伝えられ、コネクタ内にある基盤で 8
ビットに AD 変換 され、ソフトウェア上に圧力の分布として表示する.
こうして検出された圧力の分布と上記の静電容量方式によって得た入力の位置情報を合わ
せて、入力の xyz 軸的な入力を可能にしていると考えられる。3,
2.5
4)
搭載センサー
AppleWatch の画面の背面には 4 つのセンサーが取り付けられており, 緑色可視光と赤外線
光線によって心拍を計測する. これは光電式容積脈波記録法 (photoplethysmography, フォトプ
レチスモグラフィー)という技術が使用される. これは皮膚の上から動脈拍動が触知でできる
四肢の任意の部位の容積変化を計測するもので取り扱いが容易であることから動脈疾患, 静脈
疾患の評価に用いられる. この技術には透過式と反射式があり AppleWatch では反射式が使用
されている. センサーから出た光 (今回の場合, 緑色光と赤外線光線)が血液及び皮下組織に反
射し戻った光量を計測し, 微細血管の容積変化の半定量的なデータを得る事が出来る. 計測領
域の血管床の大きさの違いなど個体差があるためデータをキャリブレーション出来ない欠点も
ある 5) .
2.6
Taptic Engine
2.7
?
上記の taptic Engine は iPhone,AppleWatch の通知を音だけでなく振動で人体に直接知ら
せる事を可能にした. これは常に肌に触れるウェアラブル端末である AppleWatch であるから
こそ可能な方法である. これにより人は常にスマートフォンの着信を気にせずに行動する事が
101
出来るようになる. また AppleWatch 同士ではフォトプレチスモグラフィーによって得られた
心拍を送信することで新たなコミュニケーションの形を提案している.AppleWatch は人々の
コミュニケーションを促進させると共により密な時間を提供する端末である.
3
今後の展望
AppleWatch を始めとしたウェアラブルコンピュータには使用者へのリアルタイムな情報提
供であったり, 装着者の状態の記録, 外部コンピュータとの連携が期待されている.AppleWatch
は iPhone と連携する事によって GPS 機能等を利用する事が出来るようになるなど、機能の
一部を iPhone に依存する形になっている. 端末としての独立性の向上が行われればより普及
し易くなり技術的な応用もされ易くなる。さらに用いられているセンサー技術は医療用技術
であり, 医療分野への広がりも期待する事が出来る。例えば, 心拍の異常な変化を検出すると
医療機関への連絡を行うといった事も可能になる.
4
まとめ
本稿では, 携帯通信機器の普及によるスマートフォンへの依存と対人コミュニケーショ
ンの減少に対して AppleWatch によってどのような変化を提案するのかとともに AppleWatch
の機能の概要とその展望について述べた. まだ iPhone の付加オプションのイメージがある
AppleWatch が今後どのような変化をしていき, どの様に現代のコミュニケーションを変えて
いくのかといった点にも注目したいデバイスである.
1)
2)
3)
4)
5)
参考文献
1) Apple, “Apple watch,” https://www.apple.com/jp/watch/, 2015/04/07.
2) EDNjapan,
“今 更 聞 け な い デ ジ タ ル 技 術 の 仕 組 み,”
http://ednjapan.com/edn/articles/1206/20/news087.html, 2015/04/13.
3) 蒲田工業株式会社, “圧力分布測定システム,” http://www.kamata.co.jp/html/pressure/,
2015/04/13.
4) 日本写真印刷株式会社, “フォースセンサー,” http://www.nissha.com/products/dev/input/force.html,
2015/04/13.
5) 岩 田 博 英,
“フォト プ レ チィス モ グ ラ フィ,”
angiology.org/journal/pdf/20054505/329.pdf, 2015/04/17.
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