シロアリ腸内共生微生物群集の解析と新規分離法の開発

(様式3)若手研究者支援研究費
平成 23 年 3 月 1 日
琉球大学
学長 岩 政 輝 男 殿
所属部局・職 熱帯生物圏研究センター・助教
氏
名
新里 尚也
平成21年度研究プロジェクト支援事業(若手研究者支援研究費)研究実績報告書
このことについて、以下のとおり報告いたします。
➀研究課題
シロアリ腸内共生微生物群集の解析と新規分離法の開発
シロアリは熱帯から亜熱帯にかけて数多く生息する昆虫であり、主に木材を食べて生
活している事は良く知られている。シロアリは他の生物が摂食しない木材を食べる事で
繁栄し、地球上で最も現存量の多い生物種のひとつに数えられている。また、シロアリ
はその高い木質分解能力と旺盛な繁殖力によって、家屋に甚大な被害を与える害虫とし
て恐れられる存在でもある。
しかしながら、シロアリが摂取した木質成分の消化を自ら行う事はできず、木質成分
の分解活性を持つ腸内共生微生物の働きに依存している事はあまり知られていない。シ
ロアリの消化管には、このような共生微生物を生息させる為の特別な部位(ルーメン)
が発達しており、そこには原生動物とバクテリアからなる独特の微生物生態系が構築さ
れている。ルーメンにおけるバクテリアの密度は、1010/mlに達すると見積もられており、
➁研究の概要
非常に高い密度で微生物が生息している。このルーメンにおいて、シロアリは木質のほ
とんどを、彼らの呼吸基質である酢酸に変換しており、シロアリは小さいながらも非常
に効率よく木質を分解するリアクターを体内に保持していると言える。
その一方で近年、石油資源の枯渇と、地球温暖化等の環境問題の深刻化を受けて、石
油資源に代わる代替クリーンエネルギーの開発が盛んに行われている。こうした中、木
材などの資源を有効に活用する技術の開発も注目を集めている。木質の主要構成成分で
あるセルロースは、地球上に最も多量に存在する有機化合物であり、これらをエタノー
ル等に変換して有効に利用する事は非常に有益であると考えられる。
このような背景から、シロアリの木質分解機構を解明する事は、学術的にも応用学的
にも大きな意味を持つと考えられ、シロアリの腸内共生微生物の分離が寒天培地を用い
た一般的な手法により試みられてきた。しかしながら、近年の分子生物学的な解析によ
り、こうした手法で取得可能な微生物は環境中に生息する微生物の1%未満である事が
明らかとなっている。また、大部分の腸内共生微生物は、シロアリの腸内環境に高度に
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適応している為に分離培養が困難であると考えられており、シロアリの腸内共生微生物
相の全体像は把握できていないのが現状である。
本研究では、シロアリの木質消化を担う腸内共生微生物相を学術的に解明する事と、
そこに生息する微生物の機能・性状に関する知見を得る事を目的とし、分離・培養を介
さない分子生物学的手法による消化共生系の解析と腸内共生微生物分離法の検討を試み
る。具体的には、シロアリ腸内共生微生物相から全 DNA を抽出し、そこに含まれるバク
テリアの 16S リボソーマル RNA 遺伝子を特異的に増幅して、300 クローン程度の塩基配列
の解析を行う。これにより、シロアリ腸内共生微生物相を構成する個々の微生物を同定
する事ができるとともに、大まかな存在比も推定する事ができる。これらの知見から、
シロアリ消化共生系の全容が明らかになると考えられ、木質消化の代謝フローを画く事
も可能になると思われる。また、微生物間相互作用に着目した新規な微生物分離法の検
討も行う。シロアリ腸内のような極めて小さい環境で高密度に生息する微生物間には、
お互いの代謝産物に依存した共生関係が成り立っている可能性が考えられる。そこで、
シロアリの腸内共生微生物を人工的に培養する際に、微生物の代謝産物がどのような影
響を与えるか、特定の微生物の生育を促すような効果を示すかについて、微生物群集構
造解析(DGGE 法:denaturing gradient gel electrophoresis)を行って評価する。こう
した知見は、難培養微生物の新規培養法開発に繋がると考えられ、シロアリ腸内共生微
生物の培養を格段に容易にする可能性を秘めている。こうした技術は木質分解に関与す
る微生物を用いた応用研究にも道を開くと考えられ、シロアリ腸内共生微生物に関する
研究を飛躍的に前進させる可能性があると考えている。
➂研究成果の概要
シロアリの木質消化を支える腸内共生微生物相を明らかにする事を目的とし、琉球列島に生息する代表的
なシロアリ種のひとつであるタイワンシロアリの腸内微生物相、特に細菌(バクテリア)相の構成について
16S rRNA 遺伝子に基づいた網羅的解析を行った。具体的には、本種の消化管より 16S rRNA 遺伝子を特異的
に PCR 増幅し、大腸菌へクローニングした後に 280 クローンをランダムに選択して RFLP(Restriction
fragment length polymorphisms)解析によるタイピングと全長シーケンス(>1400 bp)を行った。その結果、
相同性 97%以上の criterion で 56 の phylotype を確認した。相同性検索による同定を行った結果、
Firumicutes、Bacteroidetes/Chlorobi group、Proteobacteria、Actinobacteria の4つの系統群に属する
事が示された。クローンの構成比はそれぞれ、54.3%、30.7%、13.9%、1.1%であった。興味深い事にシロ
アリの主要な腸内微生物群であると考えられている Spirochaetes に属するクローンは全く検出されなかっ
た。これまでにシロアリ腸内から見出されている細菌の 16S rRNA 遺伝子を含めて近隣結合法による詳細な系
統解析を行った結果、56 phylotype のうち 25 phylotype がシロアリ由来のクローンと非常に近縁である事
が示された。さらに、そのうちの 15 phylotype がタイワンシロアリが属する、他のキノコシロアリから得ら
れたクローンとより近縁である事が示された。これらの結果はシロアリとその腸内微生物相の共進化的な関
係を示唆しているが、それが世代間の垂直感染の結果であるのか、あるいは外部環境の特定の系統群が水平
感染した結果であるのかは、この結果のみからでは判断できない。しかしながら、少なくともこれらの結果
は、シロアリ腸内環境に特異的に生息するバクテリア群が存在する事を示しているとともに、シロアリがそ
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れぞれの系統群に適した腸内微生物相を共生させている事を伺わせるものであった。
本研究では、シロアリの共生微生物相の解析に加えて、微生物間相互作用に関する研究を推進する目的で、
同じくタイワンシロアリの腸内より培養可能な微生物の取得も試みた。具体的には、50 個体分のタイワンシ
ロアリの消化管ホモジネートを接種源として、様々な基質(フェナントレン、アントラセン、フタル酸、ト
リクロロベンゼン、ジフェニルウレア、ビスフェノール A、MTBE、サリチル酸、ナフタレン、リグニンスル
ホン酸、トロペオリン、RBBR、グルコマンナン、キシラン、結晶性セルロース、カルボキシメチルセルロー
ス)を単一炭素源として 2 週間集積培養を行い、その後栄養培地を用いて微生物の分離を行った。分離され
た微生物のセルロース分解活性を、カルボキシメチルセルロース(CMC)を基質として、コンゴレッド染色な
らびに還元糖定量により評価した結果、0.5g/L 以上の還元糖を生成する高活性菌を 9 株見出した。この結果
は、シロアリのセルロース分解活性に寄与する可能性のある微生物を選択的に腸内に生息させている可能性
を伺わせるものであった。
上記、集積培養から全体で 115 株の分離を行い、コロニー形状の違いから 36 株を選抜した。次いで、分離
した 36 株の腸内微生物を栄養培地で 1 週間液体培養した後に、それらの培養上清を 10%添加した液体培地に
再度、タイワンシロアリの腸内微生物相を接種して培養を行った。1 週間培養後に培養上清を添加しなかっ
た場合と比較して微生物群集構造がどのような影響を受けるかについて、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法
(DGGE 法)を用いて検討を行った。その結果、4 株を除いて培養上清を添加しなかった場合と比較して異な
ったバンドパターンを示し、培養上清の添加による微生物群集の集積パターンへの影響が認められた。しか
しながら、duplicate の実験において DGGE パターンに再現性が認められた株が 36 株中 7 株と再現性に乏し
い事から培養条件の検討が必要である事が示された。その為には、液体培養の手法(スケール、培養温度、
時間等)についての条件検討が必要であると思われる。また、特異的に増殖してきた微生物種について 16S
rRNA 遺伝子に基づく同定が必要である。
➃研究成果の公表、あるいはその準備状況
タイワンシロアリの腸内バクテリア相の 16S rRNA 遺伝子による解析結果は、独特の食性を持つキノコシロ
アリの腸内フロラの解析結果として貴重であり、現在、学会発表ならびに論文発表の準備を進めている。
微生物間相互作用を利用した難培養微生物の培養技術開発については、培養可能な微生物の代謝産物によ
って特異的な微生物が集積される効果が確認されている。しかしながら、新規培養化技術開発としては、
集積されてきた微生物の中に、これまで得られていない微生物がどの程度含まれているかを検証する事が必
要である。また、固形培地を用いても同様な効果によって、難培養微生物の分離培養が可能になるか検討す
る必要がある。上記の効果が確認された段階で外部発表を行う事ができると思われる。
➄科学研究費等の申請に向けた準備状況
シロアリの腸内微生物相は、セルロース等の未利用バイオマス資源を有効活用する為のバイオリアクター
等への応用が期待されている。しかしながら、腸内微生物相の多くが難培養である為に、このような取り組
みの障壁となっている。こうした背景から腸内の難培養な有用微生物を分離・培養する為の技術開発には大
きな意義があり、本研究結果と併せて科研費申請においてアピールして行きたい。その為には、今回の成果
を裏付けるデータの積み上げも進めていきたい。
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➅今後の研究の展開、展望
これまでに得られた木質(セルロース)分解に関与する微生物を含む、培養可能なシロアリ腸内共生微生
物を元に、これらの生産する代謝産物が他の微生物の生育にどのような影響を与えるかについて評価を進め
ていきたい。微生物培養上清の効果については、多くの微生物上清に他の微生物の成育を促す効果が得
られており、今後は集積した微生物にどの程度新規な微生物(難培養微生物)が含まれているか、シー
ケンスを行って評価する必要がある。その為には、代謝産物を調製したバクテリアのゲノムのコンタミ
ネーションが DGGE 解析にどの程度影響するのか、小スケールでの培養にどの程度の再現性があるのか
等の慎重な条件検討を行う事が必要である。また、今後は液体培養のみならず、固体培地上でのコロニ
ー形成への効果も検討する必要があると思われる。
* 上記について、概ね4ページ程度にまとめること。また、別途関連する資料類(論文別刷など)があれ
ば添付すること。
⑤費目別収支決算表
合計
申請書に
記載した経費
物品費
旅費
謝金等
その他
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円
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2,000,000
2,000,000
0
0
0
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円
円
円
2,000,000
2,000,000
0
0
0
円
円
円
円
円
1,933,053
1,673,220
0
259,833
0
の使用内訳
決定通知書に
記載された
支給額内訳
実支出額の
使用内訳
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