エコーウイルス 13 型無菌性髄膜炎の臨床的検討

673
エコーウイルス 13 型無菌性髄膜炎の臨床的検討
1)
済生会広島病院臨床検査室,2)同
1)
樫 山 誠 也
小児科
藤 ! 道 子2)
(平成 15 年 5 月 28 日受付)
(平成 15 年 6 月 23 日受理)
Key words:
aseptic meningitis, echovirus, outbreak
要
旨
2002 年 6 月から 8 月の間,当院小児科で経験したエコーウイルス 13 型の無菌性髄膜炎 21 名における
臨床症状および検査所見の検討を行った.
平均年齢 8.3 歳で学童が多く,発熱,頭痛を全例に認め,嘔吐・嘔気は軽い者もあったが,4 回以上の
激しい嘔吐を呈した者もあった.病初期の平均 WBC 数は 8,283!
µl,CRP は平均 0.8mg!
dl と低く,GOT,
GPT,LDH に異常はなかった.髄液検査では,蛋白,糖に異常はなく,平均細胞総数 560!
µl,細胞分類
は平均多核球数 357!
µl,単核球数 203!
µl と多核球優位を示す者が多かった.回復期の髄液細胞数と比較
すると,病初期の多核球優位の傾向が,回復期には単核球優位に転じた.21 例中 1 例で髄液多核球優位,
CRP 6.2mg!
dl と高値を示し,さらに手足の痺れ,過呼吸,興奮といった不穏症状がみられたため細菌性
髄膜炎との鑑別に慎重を要した.ほとんどの症例は軽症であり,既報のエコーウイルスによる無菌性髄
膜炎の臨床検査所見と大きな差異は認めなかった.
〔感染症誌
序
文
77:673∼676,2003〕
ているが,本年はこれまで報告の少ない EV13 が
小児の無菌性髄膜炎の原因ウイルスは,主とし
広島市において 169 件,広島県においては 322 件
てエンテロウイルスであり,特にコクサッキーお
(2002 年 11 月現在)
と,大流行した8).今回我々が
よびエコーウイルス(以下,EV)が多く報告され
経験した EV13 による無菌性髄膜炎の臨床症状と
ている1).これまでエコーウイルス 13 型(以下,
検査所見について検討を行った.
EV13)の分離報告は欧米の報告例がほとんどであ
対象および方法
り2)3),本邦では 1980 年に岐阜県で 1 例,2001 年
2002 年 6 月∼8 月,発熱,頭痛,嘔吐などの症
に福島県,ついで大阪市や福井県で国内初めての
状や検査所見より髄膜炎と診断され,当院小児科
4)
∼6)
複数症例の EV13 分離報告があった
.
に入院した 27 人のうち,EV13 分離培養陽性で
広島県における EV の流行は,感染症発生動向
あった 21 名を対象として検討を行った.血液・生
調査が開始された 1981 年以降,1989 か ら 1991
化学検査,髄液一般検査,一般細菌培養検査は院
年 30 型,1992 年 9 型,1997 年 30 型および 9 型の
内で施行し,ウイルス分離培養および同定は広島
流行が認められ7),30 型,9 型の病態はほぼ知られ
県保健環境センターにて行った.ウイルス分離に
別刷請求先:(〒731―4311)広島県安芸郡坂町北新地
2 丁目 3 番 10 号
済生会広島病院臨床検査室 樫山 誠也
平成15年 9 月20日
は,HEp-2,RD-18 の培養細胞を用い,分離された
ウイルスは抗 EV13 単味血清(デンカ生研)を用い
た中和試験により同定した.
674
樫山
Fig. 1 Clinical findings
誠也 他
Table 1 Laboratory findings on admission
Peripheral blood
mean ± SD
range
WBC[/µl]
8,283 ± 2,158
(5,080 ∼ 13,480)
CRP[mg/dl]
0.8 ± 1.3
(0 ∼ 6.2)
GOT[IU/l]
24.8 ± 5.4
(17 ∼ 38)
GPT[IU/l]
LDH[IU/l]
13.7 ± 3.7
451.6 ± 68.4
(8 ∼ 22)
(351 ∼ 606)
Protein[mg/dl]
32.2 ± 13.9
(17 ∼ 67.5)
Glucose[mg/dl]
61.4 ± 6.7
(50 ∼ 76)
Total-cell[/µl]
560 ± 438
(43 ∼ 1,599)
Polynuclear-cell[/µl]
357 ± 373
(32 ∼ 1,285)
Mononuclear-cell[/µl]
203 ± 192
(11 ∼ 685)
Cerebrospinal fluid
成
績
1.性別および年齢
EV13 分離培養陽性の患者は男児 13 名,女児 8
名で, 年齢は平均 8.3±3.0 歳(平均±SD)であり,
7∼12 歳の学童が 13 名と多く全体の 6 割を占め,
Fig. 2 Change of mononuclear cell and polynuclear
cell in cerebrospinal fluid
0∼6 歳が 6 名,13∼15 歳が 2 名であった.
2.臨床症状(Fig. 1)
初発症状として全例に 37∼39℃ 台の発熱があ
り,頭痛は,問えばありと答える軽い頭痛が 17
名,眠れない位の激しい頭痛が 4 名であった.嘔
吐・嘔気は,軽い者が多かったが,4 回以上の激し
い嘔吐を呈する者が 8 名あり,その他の症状とし
て 1 名に手足の痺れ,過呼吸,問いかけに対し興
奮するといった不穏症状を認めた.初発から解熱
までの日数は 2 日から 6 日,平均 4.1 日であった.
3.血液および髄液検査結果(Table 1)
入院時の末梢血検査所見は,WBC 8,283±2,158!
µl で 16 症例が 10,000!
µl 以下であった.CRP は
4.髄液細菌塗抹培養結果
入院初日に採取された髄液全検体に細菌学的検
査を実施したが,塗抹および培養にて細菌は検出
しなかった.
0.8±1.3mg!
dl と低値であったが 1 例で 6.2mg!
dl
5.髄液多核球・単核球の変動(Fig. 2)
と高値を示した.GOT,GPT,LDH に異常は認め
入院初日と回復期(入院 5∼9 日後)に髄液採取
なかった.
を行った 13 名の髄液中多核球数と単核球数を比
病初期の髄液採取は全例で入院初日に実施して
較すると,病初期には多核球数 510±417!
µl,単核
おり,問診より推測する発症日より 1 日から 5 日,
球数 290±205!
µl と多核球優位であったが,回復
平均 2.0 日の経過であった.蛋白 32.2±13.9 mg!
期には多核球数 2±5!
µl,単核球数 124±70!
µl と
dl,糖 61.4±6.7mg!
dl でいずれも異常 を 認 め な
単核球優位に転じた.
かった.細胞総数は 560±438!
µl,細胞分類は多核
6.症例
球 数 357±373!
µl,単 核 球 数 203±192!
µl で,21
EV13 を分離した 21 例中,1 例で無菌性髄膜炎
例中 15 例で多核球優位を示した.また,細胞総数
と細菌性髄膜炎の鑑別に慎重を要した.症例は 12
1,000!
µl を超えた症例が 5 件みられ,この 5 症例
歳女児,生来健康で過呼吸の既往なし,初診時に
の細胞分類は,多核球数 984±187!
µl,単核球数
は高熱,激しい頭痛,嘔吐と共に手足の痺れ,過
246±111!
µl と全例で多核球優位であった.
呼吸,問いかけに興奮するなど不穏症状を示し,
感染症学雑誌
第77巻
第9号
Echovirus 13 型無菌性髄膜炎
675
CRP 6.2mg!
dl,髄液多核球数 235!
µl,単核球数
り,髄液および同日の血液培養も陰性であった.
44!
µl と多核球優位であり,細菌性髄膜炎の可能
迅速な髄液塗抹検査と確実な培養検査の実施が重
性も考え,CTX,PAPM!
BP による治療を開始し
要であり,髄液一般検査と並行して細菌学的検査
た.しかし,入院当日の髄液塗抹検査は陰性であ
を実施することが有用であると思われた.
り,入院 4 日目に症状は軽快,CRP は 0.6 と低下し
本邦における無菌性髄膜炎の起因ウイルスに関
たため無菌性髄膜炎と診断した.入院 7 日目の髄
しては,これまで EV30 の報告9)∼15)が多数あるが,
液は多核球数 18!
µl,単核球数 155!
µl に転じ,軽快
EV13 に関する報告は少なく,特に EV13 感染の
退院した.なお,
血液および髄液培養は陰性であっ
集団発生に関しては 2001 年の福島県での流行の
た.
みが報告されている16).諸家の報告9)∼15)によると
考
察
EV30 による無菌性髄膜炎では発熱,頭痛,嘔吐は
今回我々は EV13 無菌性髄膜炎の流行を経験し
80% 以上に認め,腹痛,痙攣,発疹,下痢は 10%
た.広島県においては,2002 年 4 月 24 日,無菌性
以下である.また,髄液中細胞は多核球優位な症
髄膜炎患者の髄液から EV13 を初めて分離し,そ
例が多く,CRP は陰性あるいは軽度上昇,比較的
の後 6 月末より増加しはじめた.さらに 7 月末に
軽症で後遺症はほとんど認められていない.また,
7)
ピークを迎え 8 月末に終息する傾向を認めた .
2001 年福島県の EV13 無菌性髄膜炎 36 例の報告
当院小児科においても同様な傾向を示し,7 月 22
も全例が軽症であった.今回の当院検討において
日∼28 日に陽性者 5 名のピークを示し,広島県感
も,EV30,
EV13 の臨床報告と大きな差異は認め
染動向調査とほぼ一致した結果であった.
なかった.
今回の検討では,発熱,頭痛,嘔吐に関しては
今回当院では,臨床症状より髄膜炎を疑った症
個々の差はあるものの全例において認められた.
例が 35 例あり,その全例に髄液検査を施行した
問診より知りうる初発から解熱までの期間は,2∼
が,髄液細胞数 10!
µl 以下の症例はウイルス分離
9)
10)
に比べ若干
培養の対象から除外した.しかし,激しい頭痛や
長い結果となった.初発日より平均 2.0 日後に採
嘔吐を呈する症例では,髄液細胞数増多を認めな
取された髄液検査では,細胞分類において多核球
くても,ウイルス分離陽性を示した報告が見られ
優位であり,5∼9 日後の回復期は単核球優位に転
る17).無菌性髄膜炎を疑う症例では,髄液細胞数
じた.一般に無菌性髄膜炎の髄液検査では,病初
の増多を認めなくても,臨床症状を考慮したウイ
期には多核球が多く,1∼2 日後には単核球が多く
ルス検索が必要な場合もあると思われる.また,
6 日,平均 4.1 日であり,従来の報告
1)
なるとされる .今回当院で経験した症例も,その
RT-PCR 法によるウイルス検索に関して培養細胞
多くが病初期多核球優位であり,回復期には全例
を用いた分離培養陰性例においても陽性を認める
単核球優位となった.
こともある17).遺伝子学的検索がより一般的な方
ほとんどの症例は軽症であったが,21 例中 1 例
で細菌性髄膜炎との鑑別に慎重を要した.CRP
上昇と髄液多核球数の増加,さらに患者の不穏症
状により細菌性髄膜炎を否定することができず,
抗菌薬治療を開始した.EV30 の無菌性髄膜炎に
おいては,他のウイルスによるものより炎症反応
11)
が高いことを示唆した報告がある .本症例の経
験から EV13 においても,炎症反応が高くなる症
例もあることを視野に入れ,細菌性髄膜炎との鑑
別に注意が必要であると思われる.また,本症例
では並行して実施した髄液塗抹検査は陰性であ
平成15年 9 月20日
法として実施可能となれば,より幅広い診断につ
ながると考えられ,今後の開発が期待される.
なお,本研究の一部は,第 141 回日本小児科学会広島地
方会(2002 年 12 月)において報告した.
文
献
1)社団法人日本臨床衛生検査技師会:髄液検査法
2002.日本臨床衛生検査技師会,東京,2002;p.
43―8.
2) Centers for Disease Control and Prevention :
Echovirus type 13-United States , 2001. Mortal
Wkly Rep 2001;50:777―80.
3) Robert Koch Institute : Eine Haufung viraler
676
樫山
Meningitis durch ECHO-Virus Typ13 in SachsenAnhalt . Upidemiologisches Bulletin 2000 ; 38 :
305―6.
4)国立感染症研究所:病原微生物検出情報.IASR
2001;22, No. 12.
5)国立感染症研究所:病原微生物検出情報.IASR
2002;23, No. 5.
6)国立感染症研究所:病原微生物検出情報.IASR
2002;23, No. 7.
7)国立感染症研究所:感染症発生動向調査.IDWR
2002;第 32 週.
8)国立感染症研究所:感染症発生動向調査.IDWR
2002;第 46 週.
9)伊藤昌弘,吉野弥生,金子慎一,水沢慵一,三沢
正弘,大塚正弘,他:髄液中にエンテロウイルス
(エコー 30 型)が検出された無菌性髄膜炎 32 例
の臨床的検討.小児科臨床 2001;54:235―9.
10)渕上達夫,清水達也,橋本光司,稲毛康司,篠原
美千代,内田和江,他:EV30 が分離された無菌性
髄膜炎の臨床的検討.臨床とウイルス 2001;29:
138―41.
11)平本信介,中井正二,飯塚幹夫,岡田隆好,石田
茂:エコー 30 型ウイルスによる無菌性髄膜炎の
臨床的検討.小児科臨床 1987;40:2551―6.
誠也 他
12)辰巳研一,福原正和,久保田知樹,瀬川雅史,高
柳滋治,岡田 靖,他:最近経験した無菌性髄膜
炎の臨床的検討.小児科臨床 1995;48:1225―
32.
13)加古真紀,赤木秀一郎,吉田 茂,中澤道人,原
田茂樹:エコー 30 型ウイルスによる無菌性髄膜
炎 26 例の検討.小児科臨床 1993;46:493―7.
14)谷 直人,中野 守,市川啓子,今井俊介,車谷
典男,土肥祥子,他:奈良県におけるエンテロウ
イ ル ス 髄 膜 炎 の 疫 学 的 調 査.臨 床 と ウ イ ル ス
1996;24:299―304.
15)佐藤俊哉:1997 年秋に岩見沢市で流行した EV30
無菌性髄膜炎の臨床的検討.感染症誌 1998;72:
747―52.
16)Masaaki Keino , Masahiko Kanno , Kyoko
Hirasawa , Tomoko Watari , Masahide Mikawa ,
Kimio Saito, et al .:Isolation of Echovirus Type13
from Patients of Aseptic Meningitis. Jpn J Infect
Dis 2001;54, 249―50.
17)吉尾博之,山田雅夫,横井順子,岩本あづさ,中
村 信,溝口由美子:RT-PCR 法を用いた新生児
エンテロウイルス髄膜炎の検討.感染症誌 1997;
71:1046―50.
Clinical Analysis of Aseptic Meningitis Caused by Echovirus 13
Seiya KASHIYAMA1)& Michiko FUJITAKA2)
1)
Department of Clinical Laboratory, 2)Department of Pediatrics, Saiseikai Hiroshima Hospital
We examined the clinical symptoms and laboratory findings of 21 children with aseptic meningitis caused by echovirus 13 during the summer of 2002.
All patients(mean age:8.3 years)complained of fever and headache. Some had mild vomiting
and some had severe vomiting of 4 times or more. In the early stage of the disease, the mean count of
WBC was 8,283!µl, mean level of CRP was 0.8mg!dl, and there were no abnormalities in levels of
GOT, GPT, or LDH. The levels of protein and sugar, in cerebrospinal fluid showed no abnormalities,
and mean total cell count was 560!
µl. The mean number of polynuclear cells was 357!
µl, and of mononuclear cells was 203!µl, showing polynuclear cell predominance. In the recovery period, the tendency to polynuclear cell predominance in the early stage of the disease shifted to mononuclear predominance. One of the 21 patients exhibited multinucleated cell predominance in the cerebrospinal
fluid, a high CRP value of 6.2mg!dl, as well as symptoms of restlessness including numbness of the
limbs, hyperpnea, and excitation, needed careful diagnosis as aseptic meningitis. Almost all of the patients were mild cases, and no large differences were seen with the clinical and laboratory findings in
previous reports of echovirus aseptic meningitis.
感染症学雑誌
第77巻
第9号