フ ォ ー ラ ム がんと栄養 ……………………………… 名古屋市立大学大学院医学研究科消化器外科 教授 竹山 廣光 先生 ●●●● がんによる体重減少はQOLを低下させ、生存期間にも相関関係 があるといわれています。また、がん悪液質はがん患者の20∼ 80%にみられるといわれていますが、このがん悪液質を栄養療 法で改善するのは困難です。こうしたがんによる体重減少はな ぜ起こるのでしょうか。本号では、がん患者の栄養問題につい て、名古屋市立大学教授の竹山廣光先生に伺いました。 がん患者にみられる2つの体重減少 体重減少は、様々ながんでみられます。なかでも最も顕著 に体重減少がみられるのは胃がんですが、肺がんや前立腺 がん等、消化器系がん以外でも体重は減少します。これら の体重減少は患者のQOLと相関しており、がん患者の生存 期間を短縮させることもわかっています。そのため、治癒が 難しいがんであっても、体重を減らさないようにケアをするこ とが重要です。 がん患者における体重減少は、がんに伴う体重減少と、 細胞から産生された乳酸は肝臓に運ばれてブドウ糖に変わ がん誘発性体重減少の2つに区別されます。前者は、消化 りますが、その際に多くのエネルギーが使われます。そこで 管の狭窄や閉塞、治療による摂食不良、告知による精神的 作られたブドウ糖は、再びがん細胞に取り込まれ、エネル な抑うつに起因する摂食不良等が要因であり、改善方法と ギー代謝によって乳酸を作り出し、肝臓に運ばれてブドウ しては、蛋白質とエネルギーを十分に補給することです。一 糖に変わる、というように悪循環が成立します。この循環に 方、後者は、がんによる特有の代謝異常が原因で、通常の よってエネルギーが無駄使いされているため、がん患者は糖 栄養管理で体重を維持・改善することは困難です。 を摂取しても体重を増やすことができないのです。 蛋白質の代謝異常については、がん細胞から放出される 蛋白質分解誘導因子 (proteolysis-inducing factor:PIF) の ●●●● このように、がん誘発性体重減少によって骨格筋量の減 少を主徴とする栄養不良の状態を、がん悪液質と呼びます。 様々な代謝異常が、がん患者の体重減少の要因 関与が考えられます。このPIFには、筋蛋白の崩壊を促進す る作用があると考えられており、体重減少が月に1.5kg以上 がんで痩せたからといってやみくもに栄養を摂取しても、 のがん患者の尿中に出現します。PIFは、体重減少がみら 十分な効果は得られません。がん患者の栄養療法を考える れない場合には検出されませんし、外傷や敗血症等、がん 上では、代謝異常を理解することが重要です。代謝異常は 以外の疾病で体重が減少している人からも検出されません。 様々あります。まず、ワールブルク効果と呼ばれているがん なおPIFの作用を阻害する方法は、まだ発見されていません。 細胞特有の糖質の代謝異常からご説明します。糖質からエ がん患者には、脂質の代謝異常も起こってきます。がん ネルギーを産生する経路には、酸素を必要とする好気的解 細 胞 から放 出され る脂 質 流 動 化 因 子 (lipid mobilizing 糖と酸素を必要としない嫌気的解糖があります。正常な細 factor:LMF) は脂肪の分解を促進するため、がん患者は脂 胞ではグルコースを代謝する際に主に好気的解糖によって 肪組織の崩壊により、体重が減少することがあります。 エネルギーを産生しますが、がん細胞は酸素が十分に存在 以上のように、がん患者には多様な代謝異常が起こって する状 態でも嫌 気的な方法でグルコースから乳酸を作り、 います。腫瘍から放出される炎症性サイトカインは脂肪や筋 エネルギーを産生しています。この嫌気的解糖は好気的解 肉の合成を阻害し、がん細胞から産生される乳酸はCoriサ 糖よりもエネルギーの生産効率が悪いため、がん細胞は無 イクルによって、無駄な代謝を繰り返します。これらが複合 駄な代謝をしているということになります。これががん患者 的に重なり合って、がん患者の体重減少が引き起こされて の体重減少の要因の一つになっています。 いるのです。これらがん特有の代謝異常は、がんに伴う炎 またCoriサイクルと呼ばれる代謝異常も起こります。がん 症が最も大きな要因と考えられています。 14 Vol.10 No.1 ●●●● 炎症を抑えるために効果的なω3(n-3系)脂肪酸 酸を多く摂取すれば良いかというと、そうではありません。 きちんとした食事と同時に、ω3 脂肪酸を摂取することが重 従来の栄養療法では、がん患者にみられる炎症や代謝 要なのです。例えばα-リノレン酸を豊富に含む種油を1g摂 異常には対応できません。 取したとしても、それはわずか 9 kcalに過ぎませんので、す がん患者に対する栄養療法では、炎症を抑えながら、な ぐに燃焼してしまいます。体重を減少させないためには、栄 おかつ十分な栄養を与えることが重要です。そこで注目され 養十分な食事にω3 脂肪酸を加えて、がんによる炎症を抑 るのが、不飽和脂肪酸の一つであるω3(n-3系) 脂肪酸です。 制する必要があるのです。ω3 脂肪酸を豊富に含む食材を α-リノレン酸やエイコサペンタエン酸 (EPA)等のω3 脂肪 うまく利用して適切な栄養量を満たした食事が、がん患者に 酸には、抗炎症作用があることがわかっています(図) 。例 とって最も理想的な食事なのです。 えばEPAは、細胞外に放出されて、他の細胞の細胞膜受 炎症を抑えるためには、ステロイドやアスピリン、インドメ 容体に結合することによって作用するリゾルビンという強力 タシンのような抗炎症剤を使うことも一つの方法です。炎症 な抗炎症作用を持つ脂質メディエーターを産生します。 反応の指標となるC反応性蛋白 (CRP) の数値が 0.5 mg/dl ω3 脂肪酸を多く含む食品は、魚油食品、肝油、ニシン、 を超えている場合には、抗炎症剤の使用を考えてもよいで サバ、サケ、イワシ、タラ等の魚介類や、アブラナ、ダイズ、 しょう。また食欲不振が顕著な場合には、食欲を増進させ エゴマ等の種油であり、最近では、ω3 脂肪酸を強化した る漢方薬を使うのも一つの方法です。 経腸栄養剤やサプリメントも販売されています。 がん患者の栄養療法では、適度な運動も欠かすことがで しかし、がん患者の栄養療法において、単純にω3 脂肪 きません。寝たきりの人にどんなに蛋白質を摂取させたとして も、筋肉は増えません。筋肉の増加には、運 図 EPAの作用機序について 動が欠かせないからです。歩く程度でも十分で がん細胞への影響 すし、歩行が難しい場合はベッドの上で足を伸 生体免疫への影響 EPA ばす、腕を少し上げてみるなどの軽い運動でも かまいません。こうしたリハビリ的な運動を生 EPA 蛋白質分解誘導因子 (PIF) 低下 除脂肪体重 (LBM)の維持 炎症性サイトカイン産生低下 IL-1、IL-6、TNF-α 三大栄養素の 代謝の正常化 急性期反応抑制 (CRP↓) 食欲の増加 安静時エネルギー 消費量(REE)低下 食事摂取量増加 活に取り入れることで、筋肉量を維持・増加させ ることができます。 近年の国際的なコンセンサスでは、がんによ る体重減少・悪液質には、がんの病態を形成 する複雑な要因に対応するため、①栄養、② ω3脂肪酸、③ 運 動 療法、④ 抗炎症 剤、⑤ 食欲増進剤、などの多くの治療を同時に行う ことが重要であると示されています。つまり、 EPAによりがんによる代謝異常を改善し、QOLを向上 EPAは炎症性サイトカインの産生を抑制し、またPIFの放出を低下させることでがんによる代 謝異常を改善する可能性がある。 Tisdale, MJ. et al.:Biochem. Pharmacol. 1991; 41 (1):103-107/Jho, D. et al.:Am. Surg. 2003;69(1):32-36より作成 Run&Up̶ランナップ̶ 地域に暮らす人たちの健やかな暮らしを守るために、日々颯爽と街をゆく──。 そんな訪問看護師のみなさんのさわやかなイメージを言葉にしました。 表紙のことば …………………………………………………………………………………………………… 表紙「おいかけっこ」 春になったよ! 見てごらん。 色とりどりのてんとう虫たちが姿を見せたよ。 あちこち飛び回って、おいかけっこしてるんだね。 おーい、ぼくも仲間に入れてよー。 みんなで遊ぶと楽しいね。 ◎Run&Upの表紙には、 知的障害者施設を運営する社会福祉法人共生社 の「あじさいアート」 を使用しています。 〈あじさいアートのお問い合わせ先〉 社会福祉法人共生社 あじさい学園 TEL.0280-48-0431 E-mail : [email protected] 社会福祉法人共生社ホームページ http: //www.kyoseisha.or.jp/ 栄養を摂るだけではなく、運動療法と薬物療 法を取り入れ、経口で心安らかに楽しく食べて もらう工夫が必要なのです。 Question募集 本冊子では「在宅ケアQ&A」のコーナーで取り上げるQuestionを コーナーで ナ で取り上げるQuestionを で 取 上げ げるQ io を 募集しています。下記URLよりアクセスしてご応募下さい。皆様から のご応募をお待ちしております! 応募URL http://www.eiyonomori.jp/m/ (敬称略/五十音順) ●編集顧問 太田 秀樹 医療法人アスムス 理事長/おやま城北クリニック 院長 川越 正平 あおぞら診療所 院長 ●編集アドバイザー 佐々木静枝 社会福祉法人世田谷区社会福祉事業団 看護師特別参与 ●編集委員 乙坂 佳代 一般社団法人横浜市港北区医師会 港北区医師会訪問看護ステーション 管理者 角田 直枝 茨城県立中央病院・茨城県地域がんセンター 看護局長 白井由里子 八幡医師会訪問看護ステーション 管理者 当間 麻子 一般社団法人在宅医療推進会 代表理事 中山 康子 NPO法人在宅緩和ケア支援センター虹 代表理事 Run&Up編集部 (FAX:03-3835-3040) まで、ご意見、ご質問をお待ちしています。 2014 年 春号 15
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