2014/7/11 東北大学北門会館エスパス 東北大学リベラルアーツサロン 第29回 言語学者が研究する文法とは 大学院国際文化研究科 高橋大厚 1 1 はじめに ◇文法とは? ○言語を学習するときに遭遇する (無味乾燥な)約束事 2 1 はじめに ◇文法とは? 例1) 英語:疑問詞を節頭に置く What did Harry buy? * Did Harry buy what? 例2) 日本語:終助詞「か」を節末に ハリーは を買いましたか。 ハリーはどの を買いましたか。 3 1 はじめに ◇文法とは? ○生成言語学 ・生得的な言語の基盤「普遍文法」を仮定 ・そのモデルを構築 ・全ての言語の文法の基盤 ・どの言語にもその働きを見て取れる 4 ◇構成 1 はじめに 2 言語の基盤 3 学習なしに知っていること 4 いっしょに考えよう 5 おわりに 5 2 言語の基盤 ◇英語のyes-no疑問文 (1) Harry is happy. (2) Is Harry happy? Q: 平叙文からどうやって疑問文を作 る? 6 2 言語の基盤 ☛ 仮説A:Be動詞を文頭に (1) Harry is happy. (2) Is Harry __ happy? では次の例は? 7 2 言語の基盤 ☛ 仮説A:Be動詞を文頭に (3) Harry is happy that Ginny is able to fly. (4) Is Harry __ happy that Ginny is able to fly? (5) * Is Harry is happy that Ginny __ able to fly? 8 2 言語の基盤 ☛ 仮説B:最初のBe動詞を文頭に (線形順序にもとづく) (3) Harry is happy that Ginny is able to fly. (4) Is Harry __ happy that Ginny is able to fly? (5) * Is Harry is happy that Ginny __ able to fly? では次の例は? 9 2 言語の基盤 ☛ 仮説B:最初のBe動詞を文頭に (線形順序にもとづく) (6) The boy who is flying is a wizard. (7) * Is the boy who __ flying is a wizard? (8) Is the boy who is flying __ a wizard? 10 2 言語の基盤 ☛ 仮説C:主節のBe動詞を文頭に (構造にもとづく) ※記号S=文(sentence)、節という単位 主節=最上位のS (9) S Harry is happy 11 2 言語の基盤 ☛ 仮説C:主節のBe動詞を文頭に (構造にもとづく) (10) S Harry is happy S that Ginny is able to fly 12 2 言語の基盤 ☛ 仮説C:主節のBe動詞を文頭に置 く。(構造にもとづく) (11) S the boy S is happy who is flying 13 2 言語の基盤 Q: 英語の母語話者は仮説Cをどのよう に「知る」のか? ◇Crain and Nakayamaの実験 Crain, S. and M. Nakayama (1987) “Structure dependence in grammar formation.” Language 63.3: 522-543. 14 2 言語の基盤 ◇Crain and Nakayamaの実験 ・3才∼5才 ・疑問文形成について ・一人がジャバ・ザ・ハット(Jabba the Hutt) の人形を持つ ・もう一人が子供に絵を見せ、「Ask Jabba if the boy who is unhappy is watching Mickey Mouse.」と問いかけさせる ・ジャバは絵を見て子供の疑問文に答える 15 2 言語の基盤 ◇Crain and Nakayamaの実験 ☞一人の子供も「Is the boy who unhappy is watching Mickey Mouse?」という仮説Bに もとづく誤った疑問文を発しなかった。 ☞実験の対象の親の発話に(8)のような複雑 な疑問文はほとんど見られない。にもかか わらず、子どもたちは正しく疑問文を作る ことができた。 16 2 言語の基盤 ☞「入力」にないのになぜ「出力」に はあるのか? ☛文への操作は構造にもとづいているこ とが生得的に「組み込まれて」いる。 17 3 学習なしに知っていること ◇もし生得的な基盤があるとしたら? ☛ 学習なしに「知っている」言語に関 する知識が存在し、それは個別言語 間で変異がないはず。 18 3 学習なしに知っていること ○英語のwh疑問文 (12) a. Harry destroyed the wand. 「ハリーは を破壊した。」 b. What did Harry destroy __ ? 「ハリーは何を破壊しましたか。」 19 3 学習なしに知っていること ○英語のwh疑問文 (13) a. Ginny thinks Harry destroyed the wand. 「ジニーはハリーが を破壊したと 思っている。」 b. What does Ginny think Harry destroyed __ ? 「ジニーはハリーが何を破壊したと 思っていますか。」 20 3 学習なしに知っていること ○英語のwh疑問文 ☛疑問詞が文頭に置かれ、対応する文中 の位置は「空所」となる。 WH ..... __ ..... ? 21 3 学習なしに知っていること ○英語のwh疑問文 (14) a. Harry looked for the man who sold the wand to Voldemort. 「ハリーはヴォルデモートに 売った男を捜した。」 b. * を What did Harry look for the man who sold __ to Voldemort? 「ハリーはヴォルデモートに何を 売った男を捜しましたか。」 22 3 学習なしに知っていること ○英語のwh疑問文 ☛疑問詞に対応する空所が関係代名詞節 に含まれると文は容認できなくなる。 (Ross, J. R. (1967) Constraints on Variables in Syntax. 博士論文. MIT.) 23 3 学習なしに知っていること ○日本語のwh疑問文 (15) a. 麻里子は拓哉から誕生日プレ ゼントをもらった。 b. 麻里子は誰から誕生日プレゼ ントをもらったの。 24 3 学習なしに知っていること ○日本語のwh疑問文 (16) a. 麻里子は拓哉から誕生日プレ ゼントをもらったと思い込ん でいる。 b. 麻里子は誰から誕生日プレゼ ントをもらったと思い込んで いるの。 25 3 学習なしに知っていること ○日本語のwh疑問文 (17) a. 麻里子は康から送られた誕生 日プレゼントを捨ててしまっ た。 b. 麻里子は誰から送られた誕生 日プレゼントを捨ててしまっ たの。 26 3 学習なしに知っていること ○日本語のwh疑問文 (18) a. 麻里子が __ 誕生日プレゼントを もらったのは誰からですか。 b. 麻里子が __ 誕生日プレゼントを もらったと思い込んでいるのは誰 からですか。 c. * 麻里子が __ 送られた誕生日プレ ゼントを捨ててしまったのは誰か らですか。 27 3 学習なしに知っていること ○インバブーラン・ケチュア語のwh疑 問文 (エクアドル・インバブーラ県で話される ケチュア語の一種) Cole, P. (1987) “Null Objects in Universal Grammar.” Linguistic Inquiry 18: 597-612. Hermon, G. (1985) Syntactic Modularity. Foris Publications. 28 3 学習なしに知っていること ○インバブーラン・ケチュア語のwh疑問文 (19) Juan aychata mikurka / mikurka aychata フアンが 肉を 食べた 食べた 肉を 「フアンが肉を食べた」 (20) Piwan-taj Maria __ parlan 誰と-か マリアが 話している 「マリアが誰と話しているか」 29 3 学習なしに知っていること ○インバブーラン・ケチュア語のwh疑問文 (21) Pita-taj Maria-ka Juan __ riku-shka-ta 誰を-か マリア-は フアンが 見た-の-を yan 思っている 「マリアはフアンが誰を見たと思っている か」 (22) * Imata-taj rikurkangui __ randi-shka runata 何を-か (君が)見た 買った-の 男を 「君は何を買った男を見たか」 30 3 学習なしに知っていること ○ヴァタ語のwh疑問文 (コートジボワールで話されるクルー語の 一種) Koopman, H. (1984) The Syntax of Verbs: From Verb Movement Rules in the Kru Languages to Universal Grammar. Foris Publications. 31 3 学習なしに知っていること ○ヴァタ語のwh疑問文 (23) n lì saká 私が 食べた 米を 「私が米を食べた」 (24) àlÓ Kòfí yÊ __ yé lá 誰を コフィが 見た か 「コフィは誰に会ったか」 32 3 学習なしに知っていること ○ヴァタ語のwh疑問文 (25) àlÓ ǹ gūgū nā Kòfí yÊ __ 誰を 君が 思う と コフィが 見た yé lá か 「君はコフィが誰に会ったと思うか」 33 3 学習なしに知っていること ○ヴァタ語のwh疑問文 (26) * yĪ ǹ gūgū nā Kòfí yÊ yO-O 何を 君が 思う と コフィが 見た 子ども mŌmO à nyÊ-ɓO __ yé lá 関係代名詞 私たちが 与えた か 「君はコフィが私たちが何を与えた子どもに 会ったと思うか」 34 3 学習なしに知っていること ☛「悪い」文は日常生活で使われない ・なぜ「悪い」と判断できるのか ・生得的な文法に組み込まれている 35 4 いっしょに考えよう 4-A フランス語:助動詞の選択 p. 8 4-B イタリア語:名詞句からの抜き出し pp. 9-10 4-C 古文:助動詞「つ」と「ぬ」 p. 11 4-D 中国語:主語の倒置 p. 12-13 4-E 現代日本語 (1):「ている」の解釈 p. 14 4-F 現代日本語 (2): 2字熟語+(を)する p. 15 36 4 いっしょに考えよう 予備知識:動詞の分類 (i) 他動詞:主語と目的語をとる 例) Harry broke the window. 麻里子がコップを壊した。 (ii) 自動詞:主語だけをとる 例) Harry went/ran (to the park). 麻里子が(公園まで)行った/走った。 37 4 いっしょに考えよう 4-A フランス語 ○複合過去: 助動詞(être ‘be’ / avoir ‘have’) + 過去分詞 (A1) Il a lu le livre. he has read the book 「彼はその本を読んだ。」 (A3) Le bateau est entré dans le port. the ship is entered into the port 「その船は港に入った。」 38 4 いっしょに考えよう 4-A フランス語 問題:助動詞はどのように使い分けられ ているか? 39 4 いっしょに考えよう 4-B イタリア語 ○主語は動詞の前でも後でもよい。 ((B1)∼(B3)参照) (B3) a. Molti esperti esamineranno il 多くの 専門家が 調べるだろう caso. その 事件を 「多くの専門家がその事件を調べるだろう。」 b. Esamineranno il caso molti esperti. 40 4 いっしょに考えよう 4-B イタリア語 ○名詞句「それら/彼らの+名詞」の「それら/ 彼らの」の部分が代名詞neで表され動詞・助 動詞の直前に置かれる。 ((B4), (B5)参照) (B4) Ho comprato delle た Ne 買う arance ieri. いくつか オレンジを 昨日 ho mangiate una. それらの た 食べ 1つを 「私は昨日オレンジをいくつか買った。それらの 1つを食べた。」 41 4 いっしょに考えよう 4-B イタリア語 問題:neの「抜き取り」が可能なのは どのような場合か? 42 4 いっしょに考えよう 4-C 古文 ○ 完了の助動詞「つ」と「ぬ」の使い分 け 問題:2つの助動詞はどのように使い分 けられているか? 43 4 いっしょに考えよう 4-D 中国語 ○ 主語の後置の可能性 (D1) a. 他 了. 彼が 走っ た (D2) a. 他 来 彼が 来 (D3) a. 他 吃 了. た 了 苹果. 彼が 食べ た リンゴを 44 4 いっしょに考えよう 4-D 中国語 問題:主語の後置が可能なのはどのような 場合か? 45 4 いっしょに考えよう 4-E 現代日本語 (その1) ○ 「ている」の解釈 (D1) 太郎が走っている。 (D2) 荷物が届いている。 46 4 いっしょに考えよう 4-E 現代日本語 (その1) 問題:「動詞+ている」形はどのような場 合にどのような解釈を持つか? 47 4 いっしょに考えよう 4-F 現代日本語 (その2) ○ 「漢字二字熟語+する/をする」の容認 度 例)勉強する/勉強をする 48 4 いっしょに考えよう 4-F 現代日本語 (その2) 問題:どの熟語にも「を」を使えるか? 使いにくいのはどんな場合か? 49 4 いっしょに考えよう 4-A フランス語 ☛助動詞にêtreを用いるもの: entrer 「入る」、aller 「行く」、venir 「来る」、partir 「去る」、arriver 「着 く」、sortir 「出かける」、naître 「生ま れる」、など。(佐藤房吉・大木健・泉田武 二 (1968)『新基礎フランス文法̶改訂版 ̶』白水社) 50 4 いっしょに考えよう 4-B イタリア語 ☛neを抜き取ることができる場合: (i) 他動詞の目的語 (ii) 「着く、存在する、沈む」の後置され た主語 (Burzio, L. (1986) Italian Syntax: A Government-Binding Approach. Reidel.) 51 4 いっしょに考えよう 4-C 古文 ☛「つ」:意識的・意図的な動作・作用の完了 「ぬ」:無意識・自然な動作・作用の完了 (『完全マスター古典文法』第一学習社) 52 4 いっしょに考えよう 4-D 中国語 ☛主語の倒置が可能な動詞:「来、死、到、発 生」 (Huang, C.-T. J. (1987) “Existential Sentences in Chinese and (In)definiteness.” In E. J. Reuland and A. G. B. ter Meulen ed. The Representation of (In)definiteness. MIT Press. pp.226-253.) 53 4 いっしょに考えよう 4-E 現代日本語 (その1) ☛「ている」の解釈 進行中:「走る、歩く、読む、歌う」 結果の状態:「届く、来る、開く、沈む」 (寺村秀夫・鈴木泰・野田尚史・矢澤真人(編) (1987)『ケーススタディ日本文法』桜楓社) 54 4 いっしょに考えよう 4-F 現代日本語 (その2) ☛「を」の座りが悪い2字熟語 「到着、命中、死亡、沈殿」 (影山太郎 (1993) 『文法と語形成』ひつじ書 房) 55 4 いっしょに考えよう ◎まとめ ・フランス語で助動詞にêtreを取る動詞 →イタリア語で後置主語からのneの取り出 しを許す →古文で助動詞「ぬ」が用いられる →中国語で主語の後置を許す →現代日本語で「ている」形が動作の結果 の状態を表す →現代日本語で対応する漢字二字熟語が 「をする」形を許さない 56 4 いっしょに考えよう ☛これらは単なる偶然か、それとも...。 ◎自動詞が「主語の動作」ではなく 「出来事」を表しその主語はその中 の登場物である場合、特別なことが 起こる。 57 5 おわりに ・生得的な言語の基盤を仮定 ・どの言語にも影響が観察されるはず ・観察を積み重ね、その基盤(普遍文法) を解明できる ・「人間とは何か」に答える 58 完 59
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