留学レポート〜ヨーロッパの中心、ロンドンでの生活〜 3112028x 法学部

留学レポート〜ヨーロッパの中心、ロンドンでの生活〜
3112028x
法学部4年
太田
亮
ロンドン大学アジア・アフリカ研究院
一橋大学に入学してからのこと、留学は一つの目標であった。そのために授業も頑張って高
い GPA を取得できるよう学業に奮励していた。
自分が留学するにあたり目標にしていたことがある。それは英語である。アメリカで8年間
暮らし、日本に帰国して早九年近くが過ぎ去ろうとしていた。中学・高校在学中は英語を使う
機会が少なく、その間に自分の英語力が少しずつ頽廃していることに気づくことさえできずに
いた。大学へ進学し徐々に英語を使う機会が増えるにつれて、自分の英語力の低さを自覚する
ようになり、自分への憤りを感じることも増えていった。一番効率的に英語力をつける方法を
考えると、やはり英語が使われている環境に飛び込むことであると思い出し、留学を決意した。
留学に行って学んだこと
派遣先で受講した授業は、基本的に一橋で主に勉強していることの延長と思い受講したものが
ほとんどであった。しかし実際には、一橋で普段習う内容とは大きく異なる内容であった。一
番印象に残っている授業の一つは International Politics である。国際関係における理論を主に各授
業で取り扱いその理論の背景や内実、今の国際関係を実際分析するのにどう有効であるかを学
ぶものであった。国際関係の基本的な理論というのは、リアリズムやリベラリズムなどいわゆ
るメジャーどころがあり、そのあとにフェミニズムやコロニアリズムなどのいわゆるマイナー
な理論を勉強するのが普通と考えられる。少なくとも一橋ではそのような授業構成であった。
派遣先でもメジャーどころを取り扱うという点は一緒であった。もっとも、自分は二学期目か
らの参加で、それらは一学期目ですでに扱ってしまっていたため内容がどうであったかはわか
らないが、二学期目からは、いわゆるマイナーな理論を扱って行く授業であった。この理論の
選択が変わっていて興味深かった。普段一橋では取り扱う確率が低いであろう唯物論などの社
会主義的な理論が大きな割合を占めていたのである。普段日本の教育では勉強する機会の少な
い内容を勉強することができ、普段では知ることのできない、自分にとって新しい視点からの
物の見方があることを知らされた。そういうものが存在し、自分の価値観なども一つの固定観
念に過ぎないのかもしれないことを気付かされたという面では、これらの授業はとても有意義
だったと思う。
次に International Relations of East Asia という授業では、台湾人の先生が近頃の日中韓を中心とし
た、東アジアで起こっている問題を歴史的経緯、現在の政権の意向などを交えて解説する授業
であった。派遣先の授業の形式は基本、先に、教授が講義するレクチャーと呼ばれる授業をし
てから、後に、ゼミ形式のディスカッションをするチュートリアルと呼ばれる授業が行われる
というものであった。この授業で特に面白かったのがこのチュートリアルであった。様々な背
景から来ている生徒が多く、色々な意見が飛び交った。ルクセンブルクからの生徒は小国が大
国と関わる時に自国の話を例にして話してくれたり、イスラム系イギリス人の生徒は国内の人
種問題についてイギリスでの経験を語ってくれたり、東アジアで起きている問題と似たような
問題を自分たちの国ではどう対応しているのかを発言し、それが東アジアにおいて適応可能な
のか、どうすれば東アジアでは解決できるかを考えた。皆それぞれしっかりと自分の意見を持
って、また、アジアに強い関心を抱いていた。我々アジア人の受講者は実際にその国の内情を
聞かれることが多かった。実際にはどうなのかという質問に対し、しっかりとこうであると答
えることのできるアジア人学生は少なかった。西洋式の教育は東洋のそれとは違い、自分の意
見をはっきり言うように教育されているのだとよく言われている。それが多少事実であっても
一概に言うことはできないのではないかと思っていたが、現実を突きつけられた気がした。自
分も無関心でいてはいけないと思い、反省し、これからどうありたいか、自分の意見をしっか
り持てるようにしっかりと勉強しようと思わされた。
知り合った人たちとの関わり
ロンドン大学アジア・アフリカ研究所は変わった学校であり、関わる人達も変わった人が多く、
飽きることがなかった。一緒にいた時間が一番長かったのは一緒にフラットをシェアしていた
フラットメートの人達であろう。偶然にも自分のフラットの学生はほとんどがアメリカ人で、
彼らと過ごしているとイギリスにいるのにアメリカの文化に染まっていくような気がした。夜
お腹が空くと、よし、ハンバーガーとフライを食べに行こうなどとあまりにもアメリカらしい
出来事が何回もあった。しかし、政治などの真面目な話になると、やはり今まで話した日本人
達よりも自分の意見に自信を持っていて、よほどのことがない限り自分の意見を変えることは
なかった。しかしアメリカ人と雖も皆やはり色々な背景があり、その人達の中でも一致する意
見、相違する意見を聞いているのがとても興味深かった。時間を決めたというわけでもなく夕
食をキッチンで食べていると、自然と集まってきて、時には真面目な、時にはたわいもない会
話をしている内、気づいたら3時を回っていたなどということは何回もあった。留学の経験で
何が一番恋しいかと聞かれると、彼らとのこのような取り留めのない会話だと答えると思う。
彼ら以外にも関わった人は大勢いる。派遣先の生徒はアジア・アフリカ研究院というだけあっ
て皆アジアやアフリカに興味があり、私達の話にとても興味深く耳を傾けてくれていた。そん
な彼らもみんなそれぞれ違うバックグラウンドから来ていて、それぞれ皆からたくさんの刺激
を受け、たくさんのかけがえのない友人を作ることができた。
留学中の苦労
留学中は、勉強以外はこれといった苦労もなく、とても楽しく快適に過ごすことができた。逆
に勉強はとても大変であった。レクチャーに出て、チュートリアルまでに論文を何本か読んで、
それらの論文を踏まえてその日のテーマについて議論するのだが、授業ごとの読書量が多く、
全てを読んで参加するのに非常に苦戦した。それでも授業に真面目に取り組み、先生の伝えた
かったことはしっかりと汲み取ったつもりである。しかし特に大変だったのが課題であった。
自分は学年の途中の参加であったため特別措置として二本分のレポートを書くことが課題とし
て出された。これらを書き上げるのに丸々二ヶ月図書館で缶詰生活を送ることとなった。起き
て朝ごはんと昼ごはんを作り図書館へ行き、夜11時に閉館すると、帰って夜食を食べて寝る
という生活が、途中何回かの小旅行を外せば、二ヶ月間続いたこの時期が一番大変だった。毎
日図書館へ足を運ぶモチベーションを保つのに苦労したため、なるべく食事は友達とするよう
にして、楽しみを作るようにしていた。
留学前のイメージと行ってからの違い
留学する前の予想として、自分もつられるようになってしまうほど、ハリーポッターのキャラ
クター達のようなイギリス訛りの英語にたくさん触れると思っていた。しかし実際はロンドン
にはたくさんの移民がいて、予想以上にはるかに多くの訛りで英語が話されていた。派遣先も
半分近くが留学生のため、生粋のイギリス英語に触れる機会は非常に少なかった。他にも天気
は悪いと聞いていたし、料理もお美味しくないと聞いていた。しかし、料理はこちらも移民が
多いという理由から、その国の料理をその国の人達が作ってくれる。そのためロンドンにいな
がら様々な国の料理に触れ、とても美味しい食事を何回もすることができた。自分の苦手だっ
たベトナム料理も好きになるくらいにまでなった。また、今年だけなのかもしれないが、予想
以上にたくさんの晴れの日に恵まれて、気の向くままにハイドパークやリージェンツパークと
いった、ロンドン中心部にある大きな公園でのピクニックを楽しんだ。全体的な印象としてロ
ンドンという街は非常にコンパクトにまとまっていて、公共交通も使いやすいため、非常に便
利で暮らしやすかった。また、大きな都市であるが故、一日を過ごすためにできるアクティビ
ティが何かしらあり、夜に出かけたいとなっても、眠らない町と言っても過言ではないくらい
にイベントが数多く行われていた。そのため飽きることがなかった。また、ロンドンのパブに
も足を運び、様々な味のビールを飲み自分の好みのビールも見つけることができた。派遣先の
学校の友人と飲んでいると、驚くことに彼らは日本や韓国の学生が行う飲む際に行われるゲー
ムを知っているのだ。そのため自分はイギリスのそのようなゲームを知りたいと思い、尋ねて
みると彼らは「そんなものはない。強いて言えば座って黙って飲むことがゲームだ」と答えた。
さすがイギリス恐るべし、と思った。
終わりに
ロンドンという街は飽きることがなく、6 ヶ月間いても全てを堪能することはできなかった。近
い内に必ずもう一度戻りたいと思うし、しばらく住んでみたいとも思えるようにまで愛着が湧
いた。すっかり自分の第二の故郷となってしまった。
このような素晴らしい機会を与えてくださったすべての皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。
これからもこの経験を生かし、世に恩返しができるようにこれからも精進して参りますので、
まだまだ若輩者でありますが、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。