障害者権利条約の批准と同時に国内法・行政・司法の基本改革が必要

障害者権利条約の批准と同時に国内法・行政・司法の基本改革が必要
清水 建夫(働く障害者の弁護団/NPO 法人障害児・者人権ネットワーク 弁護士)
1 障 害 による差 別 の撲 滅 に向 けてのEUの先 進 的 取
組み
ADA(障 害 をもつアメリカ人 法 )の成 立 (1990 年 )は
ADAの衝 撃 として各 国 に影 響 を与 え、数 十 の国 に差
別 禁 止 法 制 をもたらした。1990 年 台 後 半 からは、障 害
による差 別 の撲 滅 へのEUの取 組 みがめざましく先 進
的 な役 割 を果 たした。とりわけ、EU指 令 である雇 用 均
等 一 般 枠 組 み指 令 (2000 年 )はEU加 盟 国 に法 制 定
の整 備 を迫 り、加 盟 各 国 は着 実 に法 制 化 を進 めた。E
Uは国 連 における障 害 者 権 利 条 約 の内 容 についても
積 極 的 に参 画 し 、合 理 的 配 慮 の否 定 は差 別 である と
の条 約 の根 幹 を定 める上 での中 心 的 役 割 を担 った。E
U加 盟 国 の中 にはフラ ン ス、ド イ ツのように日 本 と同 じ
割 当 雇 用 制 度 を採 用 している国 が一 定 数 あり、EUの
新 たな 法 制 度 は 日 本 に お いて 障 害 者 権 利 条 約 の 国
内 法 化 を進 めるにあたって重 要 な指 針 を指 し示 してい
る。E Uの先 進 的 取 組 みについて障 害 者 職 業 総 合 セ
ンター調 査 研 究 報 告 書 No.81「EU諸 国 における障 害
者 差 別 禁 止 法 制 の展 開 と障 害 者 雇 用 施 策 の動 向 」
(2007 年 3月 )、同 No.87「障 害 者 雇 用 にかかる『合 理
的 配 慮 』に関 する研 究 −EU諸 国 及 び米 国 の動 向 」
(2008 年 3月 )に詳しい。
2
EU雇 用 均 等 一 般 枠 組 み指 令 の概 要
以 下 は上 記 研 究 報 告 書 No81 第 Ⅰ部 第 1章 引 馬 知
子 「E Uの障 害 者 の人 権 保 障 の法 的 取 組 みと雇 用 施
策 の現 状 」からの引 用 による。
「EUは、障 害 のある人 々の社 会 的 統 合 における施
策 や行 動 プログラムの積 み重 ねにより、アムステルダム
欧 州 理 事 会 (1997 年 )において、障 害 による差 別 の撲
滅 を可 能 とする措 置 をE U が執 り得 るこ とを、拘 束 力
のある法 として初 めて謳 った。2000 年 にはこれを具 体
化 する指 令 (雇 用 均 等 一 般 枠 組 み指 令 及 び人 種 ・民
族 均 等 指 令 )が、EU と加 盟 国 、市 民 社 会 、労 使 、欧
州 議 会 との 協 議 の末 に 採 択 さ れた。現 在 、 全 加 盟 国
には、E U 指 令 が規 定 する最 低 限 あるいはそれ以 上
の水 準 の均 等 法 政 策 の実 施 が求 められている。また、
新 し い E U 条 約 と な り 得 る 欧 州 憲 法 条 約 ( 2004 年 合
意 )は、EUの標 語 を 多 様 性 の中 の統 合 に求 め(Ⅰ8条 )、その条 文 で障 害 のある人 々の基 本 的 権 利 及 び
政 治 的 ・市 民 的 権 利 を提 示 するのである。」「全 体 とし
て、1990 年 代 半 ば以 降 EU は障 害 に関 わる視 点 を、
補 償 の受 身 の 受 給 者 から 、均 等 な 権 利 をもって 積 極
的 に社 会 に参 加 する者 へと移 し、障 害 のある人 々のメ
インストリーム化 を主 眼 とする諸 施 策 を目 指 すようにな
った。それは、本 章 で述 べるEU における福 祉 モデル
から 福 祉 モデルと市 民 権 モデルの共 存 の方 向 性 や 、
雇 用 における均 等 法 の導 入 、社 会 の全 側 面 における
アクセスの向 上 への取 り組 みに現 れる。」「雇 用 均 等 一
般 枠 組 み指 令 は、人 種 あるいは民 族 、宗 教 あるいは
信 条 、障 害 、年 齢 あるいは性 的 志 向 による、直 接 的 及
び間 接 的 な差 別 を禁 止 する。同 指 令 は、差 別 の概 念
を、間 接 及 び直 接 差 別 、ハラスメント(嫌 がらせ)に分 け、
その詳 細 を定 義 した。適 用 範 囲 は、自 営 業 をはじめと
する全 ての雇 用 分 野 における、職 業 訓 練 や職 業 への
アクセス、昇 進 、再 訓 練 、解 雇 や賃 金 を含 む雇 用 条 件
や労 働 条 件 等 である。同 指 令 の均 等 原 則 には、一 定
の範 囲 で例 外 が認 めら れ(第 三 国 民 や無 国 籍 者 、軍
隊 への適 用 等 )、また、障 害 に関 しては特 例 として『合
理 的 な配 慮 (reasonable accommodation)』の規 定 が設
けられている(第 5条 )。これは、障 害 のある人 々への均
等 な取 り扱 いの原 則 を遵 守 するために、使 用 者 にとっ
て不 釣 合 いな負 担 にならない限 り、障 害 者 の雇 用 への
参 加 や昇 進 、あるいは訓 練 へのアクセスを可 能 とする
適 切 な措 置 を、使 用 者 が執 ることを謳 う。さらに、加 盟
国 には一 定 のポジティブ・アクション(積 極 的 な行 動 /
積 極 的 差 別 是 正 措 置 )の採 択 が認 められる。( 中 略 )
同 指 令 は、EU の多 くの指 令 に倣 い、均 等 待 遇 原 則
の保 護 に有 利 な規 定 を加 盟 国 が導 入 あるいは維 持 で
きるとしている(第8条1項)。また、権利の擁護
(defence) と し て 、 均 等 待 遇 原 則 の 適 用 さ れ る 権 利 が
侵 害 されたと考 えるすべての者 に、司 法 的 又 は行 政 的
手 続 きをとる権 利 を定 めた(第 9条 )。その立 証 責 任 は
原 則 として被 告 にあり(第 10 条)、均 等 待 遇 原 則 への
苦 情 や法 的 手 続 きに対 する使 用 者 の解 雇 や不 利 な
扱 いについて、個 人 を保 護 する措 置 の導 入 を規 定 す
る(第 11 条 )。さらに労 働 の現 場 の監 視 や労 働 協 約 の
締 結 、行 動 規 範 を通 じた均 等 待 遇 を促 進 する労 使 対
話 の奨 励 (13 条 )や、加 盟 国 による適 切 な NGO との
対 話 促 進 (14 条 )に触 れている。」
3
「労 働 環 境 ・労 働 条 件 の改 造 」を求 める障 害 者 権
利 条 約 と「障 害 者 の改 造 」を求 める国 内 法
(1) 法 思 想 の本 質 が相 違
障 害 者 権 利 条 約 と障 害 者 基 本 法 ・障 害 者 雇 用 促
進 法 は、障 害 者 の権 利 についての法 思 想 が本 質 的 に
異 なっている。障 害 者 権 利 条 約 27 条 は障 害 者 が他 の
者 と平 等 に労 働 する権 利 を明 確 にしており、「 合 理 的
配 慮 の否 定 」は差 別 だと明 記 している(2条 )。一 方 障
害 者 基 本 法 は 、 障 害 者 に 対 し 、「 職 業 相 談 , 職 業 指
導 、職 業 訓 練 及 び職 業 紹 介 の実 施 その他 必 要 な施
策 を講 じる」とし(15 条 1項 )、障 害 者 雇 用 促 進 法 は障
害 者 は「自 ら進 んで、その能 力 の開 発 及 び向 上 を図 り、
有 為 な職 業 人 とし て自 立 するように努 めなければなら
-298-
ない」としている(4条 )。これら国 内 法 は障 害 者 のため
に働 きやすい労 働 環 境 や労 働 条 件 をいかに整 備 、改
造 するかという考 え方 よりも、障 害 者 を障 害 のない労 働
者 にかぎりなく近 く「改 造 」することを優 先 し、かつ障 害
者 の自 己 責 任 を 強 調 するものである。障 害 者 基 本 法
16 条2項 は、「事 業 主 は、社 会 連 帯 の理 念 に基 づき,
障 害 者 の雇 用 に関 し、そ の有 する能 力 を正 当 に評 価
し、適 切 な雇 用 の場 を与 えるとともに適 正 な雇 用 管 理
を行 うことによりそ の雇 用 の安 定 を図 るよう努 めなけれ
ばならない」としている。障 害 者 雇 用 促 進 法 5条 も同 一
内 容 の規 定 とともに、「 障 害 者 である労 働 者 が有 為 な
職 業 人 とし て自 立 し よう と する努 力 に対 し 協 力 する 責
務 」 とし ている。「 社 会 連 帯 の理 念 」 「 努 力 に対 し 協 力
する責 務 」というのは裏 を返 せば、善 意 ・慈 悲 の世 界 で
障 害 者 を眺 めるものであり、かつこれらはいずれも努 力
義 務 にすぎない。
(2) 障 害 者 基 本 法 の基 底 にあるのは障 害 者 雇 用 は負
という思 想
障 害 者 基 本 法 の法 思 想 は障 害 者 雇 用 は事 業 主 に
とり経 済 的 負 担 であるとの考 えに基 づいている(16 条 3
項 ) 。こ れは障 害 者 雇 用 は 事 業 主 にとり負 の存 在 ( お
荷 物 ) であるという考 え 方 が基 底 にあり、労 働 者 とし て
の障 害 者 の尊 厳 を根 本 で否 定 するものである。
法 は、元 来 国 や自 治 体 などの施 策 のあり方 を定 める
ものであって、改 正 によっても、障 がいのある人 に対
して、具 体 的 な権 利 を認 めるものとなっていない。ま
た、中 央 障 害 者 施 策 推 進 協 議 会 は、恒 常 的 な組 織
体 制 を持 たないばかりか、人 事 及 び予 算 の面 からの
独 立 性 が担 保 されておらず、救 済 の権 能 も有 してい
ないなど、人 権 救 済 機 関 としての実 態 を有 するもの
とはなっていない。国 内 法 の整 備 がされないまま権
利 条 約 が批 准 されると、権 利 条 約 が求 めている人
権 保 障 システムの確 立 が先 送 りされる結 果 だけをも
たらさないかが強 く懸 念 される。」ことを指 摘 してい
る。
(5) 障 害 者 権 利 条 約 の批 准 に伴 う国 内 法 整 備 を 障
害 者 基 本 法 の改 正 ですませるやり方 は、旧 約 聖 書
の 新 しい葡 萄 酒 を古 い革 袋 に入 れるな(新 し い酒
は新 しい革 袋 に入 れよ) という警 告 が正 に当 てはま
るで あ ろ う 。 障 害 者 権 利 条 約 ( 新 し い 酒 ) を 障 害 者
基 本 法 (古 い皮 袋 )につめるべきではない。
4
(3) 障 害 者 雇 用 促 進 法 の主 体 は事 業 主 で、障 害 者 は
措 置 の対 象 にすぎない
障 害 者 雇 用 促 進 法 は事 業 主 を主 体 とする法 律 で、
障 害 者 を権 利 の主 体 とする法 律 ではない。経 済 的 負
担 となる障 害 者 雇 用 について事 業 主 相 互 が金 銭 で調
整 を 図 る 法 律 で 、 障 害 者 は 措 置 の 客 体 に す ぎな い 。
障 害 者 雇 用 促 進 法 の1条 (目 的 )そのものに「措 置 」と
いう障 害 者 福 祉 の世 界 でははるか昔 に、過 去 のものと
なっている用 語 が3度 も登 場 するのに驚 かされる。同 条
の「雇 用 義 務 等 に基 づく雇 用 の促 進 等 のための措 置 」
は明 ら かに事 業 主 の側 か ら見 た雇 用 の促 進 で、障 害
をもつ働 く労 働 者 の 立 場 から 見 ていない。まし てや障
害 者 を権 利 の主 体 とみなしていない。障 害 者 雇 用 のた
めの助 成 金 も事 業 主 に支 給 されるのみで(49 条 ),障
害 者 には支 給 されない。したがって例 えば視 覚 障 害 者
が音 声 転 換 のパソコン用 ソフトや介 助 者 を必 要 としても
事 業 主 が助 成 申 請 しないかぎり助 成 されないという不
合 理 な制 度 となっている。
厚 生 労 働 省 の事 業 主 に甘 い運 用 が障 害 者 の労
働 環 境 ・労 働 条 件 を一 層 悪 化 させた
(1) こ の よ う な い び つ な 国 内 法 の 中 で 障 害 者 の 雇 用
環 境 を一 層 悪 くしているのは厚 生 労 働 省 をはじめと
する行 政 の側 の事 業 主 に甘 い運 用 である。厚 生 労
働 省 は障 害 者 雇 用 は非 正 規 雇 用 でも障 害 者 雇 用
促 進 法 43 条 の規 定 する「常 時 雇 用 する労 働 者 」に
該 当 するとして、雇 用 率 算 定 の分 子 としてカウントす
ることを認 め、法 定 雇 用 率 の対 象 としている。このた
め障 害 者 の多 くは契 約 社 員 か嘱 託 社 員 の不 安 定
な低 賃 金 労 働 で固 定 化 されてきた。
厚 生 労 働 省 が監 修 した事 業 主 向 けの「障 害 者 雇
用 ガイドブック」には、旧 労 働 省 時 代 から一 貫 して1
ヵ月 、6 ヵ 月 の 有 期 契 約 で も、日 々 雇 用 さ れる労 働
者 でも「1年 を超 えて雇 用 されると見 込 まれる労 働
者 」であれば「常 時 雇 用 する労 働 者 」にカウントする
と い う 取 り 扱 い を 明 記 し て き た 。こ れ は 近 年 労 働 市
場 全 般 で非 正 規 雇 用 が増 大 するはるか前 からであ
る。障 害 者 雇 用 促 進 法 の「常 時 雇 用 する労 働 者 」と
いうのは言 葉 の素 直 な解 釈 として正 規 雇 用 (期 間 の
定 めのない契 約 )を指 していることは明 白 である。厚
生 労 働 省 の扱 いは国 による明 らかな障 害 者 差 別 で
ある。
(4) 2009 年3月 13 日 日 本 弁 護 士 連 合 会 は「障 害 のあ
る人 の権 利 条 約 の批 准 と国 内 法 整 備 に関 する会 長
声 明 」 を 発 表 し 、 そ の 中 で 、「 政 府 は 、 今 般 の 条 約
批 准 の承 認 と併 せて、障 害 者 基 本 法 の中 に、合 理
的 配 慮 の否 定 を含 むいくつかの差 別 の定 義 規 定 を
設 け、障 害 者 基 本 法 24 条 に定 める中 央 障 害 者 施
策 推 進 協 議 会 に国 内 モニ タリング機 関 の機 能 を持
たせる改 正 を行 おうとしている。しかし、障 害 者 基 本
(2) 有 期 契 約 の労 働 者 は更 新 されるか否 かの不 安 の
中 で働 き、更 新 されてほっとするのが関 の山 である。
昇 給 はほとんどなく、退 職 金 もない。ほとんどの障 害
者 は最 低 賃 金 すれすれのところで働 かされている。
最 低 賃 金 法 7条 に基 づき最 低 賃 金 以 下 に減 額 され
ている労 働 者 も少 なくない。「障 害 者 は働 かせてもら
えるだけまし」という考 えが事 業 主 のみならず厚 生 労
働 省 、都 道 府 県 労 働 局 、ハローワーク、地 方 自 治
-299-
体 等 の側 の根 底 にある。政 府 は障 害 者 雇 用 促 進 法
を改 正 し,2010 年 7月 より短 時 間 労 働 者 であっても
常 用 労 働 者 0.5 人 分 にカウントすることとした。障 害
者 の労 働 の 質 よりも 数 ( 雇 用 率 ) の 充 足 ばかりが 優
先 されている。
(3) 米 国 発 の 世 界 同 時 不 況 を 理 由 に 非 正 規 雇 用 労
働 者 の 解 雇 が 激 増 し 、 障 害 者 解 雇 も 激 増 し た 。厚
生 労 働 省 の 2009 年5月 15 日 発 表 によれば、2008
年 度 に勤 め先 を解 雇 された障 害 者 が前 年 度 より
82%増 えて 2774 人 に上 った。ハローワークを通 じて
就 職 できた件 数 は44,463 件 で、2001 年 度 以 来 7年
ぶりに前 年 度 を下 回 った。解 雇 されたのは上 半 期 が
787 人 (前 年 同 期 741 人)に対し、下 半 期 1987 人
(同 782 人 )である。2008 年 秋 以 降 、月 ごとに増 えて
おり、月 別 では 2008 年 11 月 の 234 人 から 2009 年
3月 は 541 人 に増 えた。障 害 者 の新 規 求 職 は 11 万
9765 件 で、前 年 度 より 11%増 えた。一 方 、就 職 でき
た件 数 が減 少 に転 じたことで、就 職 率 は前 年 度 より
5.1 ポイント低 下 して 37.1%となった。産 業 別 では、
就 職 した人 の 39%がサービス業 で、製 造 業 は前 年
度 より4ポイント低 下 して 20%にとどまった。
(4) 解 雇 が 激 増 し て も 非 正 規 雇 用 の た め 解 雇 さ れ た
障 害 者 は法 的 救 済 を自 ら あきらめ弁 護 士 に相 談 に
来 る事 もない。障 害 のない労 働 者 の一 般 労 働 市 場
において非 正 規 雇 用 の労 働 者 が大 量 に職 を失 う事
態 が生 じ、厚 生 労 働 省 はあわてて非 正 規 雇 用 の正
規 雇 用 化 を 進 め よ う と し て いる 。 障 害 者 に つ い て も
障 害 者 雇 用 促 進 法 にいう「常 時 雇 用 する労 働 者 」
の本 来 の 意 味 に 立 ち 返 り 、法 律 の 文 言 に 忠 実 に、
実 雇 用 算 定 の対 象 となる労 働 者 は正 規 労 働 者 に
限 るべきである。
(5) 厚 生 労 働 省 は 2009 年 3月 5日 厚 生 労 働 省 告 示
第 55 号 により「障 害 者 雇 用 対 策 基 本 方 針 」を発 表
した。同 省 は 2003 年 度 より 2008 年 度 までの「運 営
期 間 中 においては、障 害 者 の就 労 意 欲 の高 まりに
加 え 、CSR( 企 業 の社 会 的 責 任 ) への関 心 の高 まり
等 を 背 景 とし て 、 積 極 的 に 障 害 者 雇 用 に 取 り 組 む
企 業 が増 加 する等 により、障 害 者 雇 用 は着 実 に進
展 し てきた。」 と企 業 を 賞 賛 し た。し かし 、今 回 明 白
になったのは、企 業 業 績 が少 し悪 化 しただけで簡 単
に解 雇 する 企 業 の 実 態 で ある。 障 害 の ある 労 働 者
を非 正 規 雇 用 に 固 定 する 行 政 施 策 のも とで は、 企
業 は目 先 の業 績 を重 視 し、厚 生 労 働 省 の強 調 する
CSRなどどこ吹 く風 である。
5
司法改革
障 害 をもった労 働 者 の雇 用 や人 権 の侵 害 について、
裁 判 所 に申 し立 てる手 続 としては、訴 訟 、仮 処 分 、調
停 、労 働 審 判 がある。裁 判 所 以 外 のものとして、個 別
労 働 関 係 紛 争 の解 決 の促 進 に関 する法 律 に基 づく都
道 府 県 労 働 局 長 へのあっせん申 請 がある。中 途 障 害
者 の解 雇 事 件 の裁 判 を通 じて、弁 護 士 側 が強 く感 じる
ことは、日 本 の裁 判 官 の多 くは能 力 主 義 の中 で育 って
おり、判 断 にあたっても能 力 主 義 を当 然 と考 えている。
合 理 的 配 慮 を直 ちに理 解 してくれる裁 判 官 はほとんど
いないと思 うべきであろう。労 働 審 判 は審 判 委 員 の姿
勢 が労 働 審 判 は話 し合 いによる解 決 (和 解 )を前 提 とし
た制 度 と位 置 付 けている側 面 が強 く、こ との正 悪 を 明
快 な審 判 によって解 決 しようという考 えが根 底 にない。
結 局 合 理 的 配 慮 の内 容 を明 確 にするためには訴 訟 に
よらざるを得 ないことになるが、訴 訟 の場 合 には、時 間
と費 用 がかかるのが通 常 である。現 制 度 より簡 易 で迅
速 な準 司 法 制 度 を速 やかに準 備 するべきである。
6
労 働 ・雇 用 分 野 における障 害 者 権 利 条 約 への対
応 の在 り方 に関 する研 究 会 (中 間 整 理 )
(1) 中 間 整 理 の発 表
厚 生 労 働 省 は厚 生 労 働 大 臣 の諮 問 機 関 として
2008 年4月 2日 「労 働 ・雇 用 分 野 における障 害 者 権 利
条 約 への対 応 の在 り方 に関 する研 究 会 」を立 ち上 げ、
同 研 究 会 は 2009 年 7月 8日 中 間 整 理 を発 表 した。こ
の中 間 整 理 は労 働 政 策 審 議 会 障 害 者 雇 用 分 科 会 に
引 き継 がれた。しかし、この中 間 整 理 は障 害 者 権 利 条
約 を実 質 骨 抜 きにするもので、到 底 賛 同 できない。
(2) 合 理 的 配 慮 の内 容 についての基 本 的 な考 え方
(中 間 整 理 )
「 合 理 的 配 慮 につ いて は 、 条 約 の 規 定 上 はそ れ を
欠 くことは障 害 を理 由 とする差 別 に当 たるこ ととされて
いる(差 別 禁 止 の構 成 要 件 としての位 置 付 け)が、これ
を実 際 に確 保 し ていくため には、関 係 者 がコン セン サ
スを得 ながら障 害 者 の社 会 参 加 を促 すことができるよう
にするために必 要 な配 慮 (社 会 参 加 を促 進 するための
方 法 ・アプローチとしての位 置 付 け)として捉 える必 要
があるとの意 見 が大 勢 であった。」
「『合 理 的 配 慮 』は、個 別 の労 働 者 の障 害 や職 場 の
状 況 に応 じて、使 用 者 側 と障 害 者 側 の話 し合 いにより
適 切 な対 応 が図 ら れるものであるので、本 来 的 には 、
企 業 の十 分 な理 解 の上 で自 主 的 に解 決 さ れるべきも
のであるとの意 見 が大 勢 であった。」
(中 間 整 理 に対 する筆 者 の意 見 )
中 間 整 理 は障 害 者 権 利 条 約 が合 理 的 配 慮 の否 定
を差 別 だとする意 味 を全 く理 解 していない。法 による強
制 力 をもってこそ 実 効 性 があるが、コンセン サス、話 し
合 いを前 提 とすることは合 理 的 配 慮 の否 定 であり、差
別 の継 続 を容 認 するものといえる。
(3) 権 利 保 護 (紛 争 解 決 手 続 )の在 り方
(中 間 整 理 )
① 企 業 内 における紛 争 解 決 手 段
「企 業 の提 供 する合 理 的 配 慮 について障 害 者 が不
-300-
十 分 と 考 え る 場 合 に 、そ れを直 ちに 外 部 の 紛 争 解 決
に委 ねるのではなく、企 業 内 で、当 事 者 による問 題 解
決 を促 進 する枠 組 みが必 要 との意 見 が大 勢 であっ
た。」
② 外 部 機 関 等 による紛 争 解 決 手 続
「障 害 者 に対 する差 別 や合 理 的 配 慮 の否 定 があり、
企 業 内 で 解 決 さ れない場 合 には、 外 部 機 関 による 紛
争 解 決 が必 要 となるが、訴 訟 によらなければ解 決 しな
いような仕 組 みは適 切 ではなく、簡 易 迅 速 に救 済 や是
正 が図 られる仕 組 みが必 要 との意 見 が大 勢 であっ
た。」
「紛 争 解 決 手 続 としては、差 別 があったか否 か、合
理 的 配 慮 が 適 切 に 提 供 さ れた か 否 か を 、 い わ ゆる 準
司 法 的 手 続 (例 え ば行 政 委 員 会 による命 令 )のような
形 で判 定 的 に行 うというよりはむしろ、どのような配 慮 が
なさ れる こ とが 適 当 か 、 何 ら かの 差 別 が 生 じ て い た 場
合 にはどのような措 置 を講 ずるこ とが適 当 か等 につい
て、 第 3 者 が 間 に 入 って 、 あ っせ ん や 調 停 な ど、 調 整
的 に解 決 を図 ることが適 当 ではないか、との意 見 が大
勢 であった。」
(中 間 整 理 に対 する筆 者 の意 見 )
(2)において、 合 理 的 配 慮 の内 容 を 定 めるに あたっ
て、話 し 合 いを 優 先 し てい るのと同 様 に、(3)において
紛 争 解 決 手 続 についても話 し 合 いの優 先 を強 調 し て
いる。しかし、わが国 の企 業 環 境 の下 で使 用 者 と労 働
者 が対 等 な立 場 で話 し合 いが成 立 する余 地 は皆 無 に
等 し い。ましてや障 害 をもって働 く労 働 者 は職 場 で肩
身 の狭 い思 いで働 いているのが現 実 であり、当 事 者 に
よる問 題 解 決 を重 視 する中 間 整 理 は障 害 者 権 利 条 約
の根 幹 を否 定 するに等 しい。これは言 わば実 効 性 があ
る法 整 備 の不 実 行 宣 言 である。
(4) 障 害 者 雇 用 率 制 度 の位 置 付 け
(中 間 整 理 )
「差 別 禁 止 の枠 組 みと、現 行 の障 害 者 雇 用 率 制 度
との関 係 については、実 際 問 題 として雇 用 率 制 度 は
障 害 者 の雇 用 の促 進 に有 効 であり、差 別 禁 止 の枠 組
みと矛 盾 し ない、積 極 的 差 別 是 正 措 置 (ポ ジティブア
クション)に当 たるとの意 見 が大 勢 であった。」
(中 間 整 理 に対 する筆 者 の意 見 )
障 害 者 雇 用 促 進 法 は、実 雇 用 率 の算 定 の基 本 とな
る労 働 者 を「 常 時 雇 用 す る労 働 者 」 に限 定 し て いる 。
「常 時 雇 用 する労 働 者 」を法 の文 言 どおり素 直 に解 釈
すれば正 規 雇 用 労 働 者 であり、それ以 外 はありえない。
前 述 のとおり、厚 生 労 働 省 は労 働 省 時 代 から 非 正 規
雇 用 も実 雇 用 率 にカウントする方 針 をとってきた。その
結 果 、 障 害 を もつ 労 働 者 のほ と んど は 不 安 定 な 非 正
規 雇 用 労 働 者 の地 位 におかれている。これは国 による
違 法 な差 別 であり、こ の運 用 を継 続 するかぎり評 価 に
値 するポジティブアクションとは到 底 いえない。中 間 整
理 はわが国 の割 当 雇 用 制 度 の欠 陥 に踏 み込 むことな
く、通 り一 遍 にポジティブアクションと位 置 付 けており、
客 観 的 に検 討 する慎 重 さを欠 いている。
7
労 働 政 策 審 議 会 ・在 り方 研 究 会 の改 組 の必 要
厚 生 労 働 大 臣 の諮 問 機 関 である労 働 政 策 審 議 会
にしろ、在 り方 研 究 会 にしろ、公 益 委 員 、使 用 者 委 員 、
労 働 者 委 員 ( 障 害 者 雇 用 分 科 会 の場 合 は障 害 者 委
員 )が選 任 され、一 見 公 正 ・客 観 的 な有 識 者 の意 見 の
体 裁 をとっている。しかし、このうち公 益 委 員 の人 選 は
使 用 者 側 の意 見 を反 映 する学 者 等 が選 任 され、常 に
労 働 者 や障 害 者 の権 利 を制 限 する諮 問 を答 申 してき
た。労 働 の規 制 緩 和 と称 し非 正 規 雇 用 の拡 大 を答 申
したのも労 働 政 策 審 議 会 である。労 働 政 策 審 議 会 に
し ろ 、在 り 方 研 究 会 にし ろ 、真 に 人 権 が 守 ら なけれ ば
ならない人 たちの立 場 を反 映 する人 選 がなされていな
い。 民 主 党 政 権 と なり、 民 間 有 識 者 会 議 の 廃 止 の 機
運 がある。少 なくとも現 状 の労 働 政 策 審 議 会 のこ れま
での答 申 はいずれもきわめて保 守 的 であり、使 用 者 側
の意 向 を正 当 化 するための諮 問 機 関 の役 割 しか担 っ
ていない。障 害 者 雇 用 分 科 会 の場 合 は 障 害 をもって
現 に働 いている人 など真 に働 く権 利 の確 保 を必 要 とし
ている人 の代 表 も委 員 に選 任 するべきである。現 在 の
労 働 法 制 審 議 会 の廃 止 若 しくは大 幅 な改 組 が必 要 で
ある。
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障 害 者 自 立 支 援 法 の廃 止 と立 ち遅 れた法 制 度 の
再構築
(1) 2005 年 10 月 に成 立 した障 害 者 自 立 支 援 法 は、
法 律 の名 称 とは逆 に、障 害 者 の自 立 を阻 害 する法
律 であり、障 害 者 への給 付 を削 減 する一 方 、応 益
負 担 の 原 則 のもとに障 害 者 の自 己 負 担 を 求 めるも
の で あ っ た 。こ の 法 律 は 同 法 成 立 以 前 か ら 世 界 の
潮 流 より大 きく遅 れていたわが国 の障 害 者 施 策 をさ
らに数 十 年 逆 戻 りさせたに等 しかった。2009 年 9月
自 民 党 政 権 が崩 壊 し、民 主 党 、社 民 党 、国 民 新 党
は3党 連 立 政 権 合 意 文 書 を交 わした。文 書 上 に「障
害 者 自 立 支 援 法 は廃 止 し 、『 制 度 の谷 間 』 がなく、
利 用 者 の応 能 負 担 を基 本 とする総 合 的 な制 度 をつ
くる」と明 記 している。また、9月 19 日 新 厚 生 労 働 大
臣 は障 害 者 自 立 支 援 法 の廃 止 を明 言 した。
(2) こ の 数 年 間 、こ の 悪 法 が 障 害 者 や 家 族 を 痛 め 続
けた現 実 を思 うと廃 止 は一 刻 も早 く行 うべきである。
しかし、わが国 の障 害 者 が自 立 支 援 法 で苦 しまされ
ている間 に、世 界 における障 害 者 法 制 は大 きく前 進
した。一 人 わが国 のみが世 界 の潮 流 からさらに大 き
く立 ち遅 れる結 果 となった。この遅 れを如 何 に取 り戻
す か が 焦 眉 の 課 題 で あ り 、そ の た め に は 障 害 者 権
利 条 約 を一 言 一 言 忠 実 に国 内 法 に反 映 させていか
なければならない。
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