2011 JALスカラシッププログラム アジアフォーラムin石川

2011
JALスカラシッププログラム
アジアフォーラムin石川
目次
プログラム概要
2
参加者
4
日程表
3
キーノートスピーチ
10
アイセック・ジャパン東京大学委員会企画
15
オープニングセミナー
白山市企画
俳句体験
日本文化体験
金沢市市内ツアー
全体講演
全体講演②
足湯体験
18
19
20
24
アジアフォーラムin石川
国際交流まつり
石川地区ホームステイ
奈良プログラムオリエンテーション
茶道体験
交流会
奈良フィールドワーク
奈良プログラムプレゼンテーション
総合技術研究所見学
クロージングセミナー
東京地区ホームステイ
修了式・フェアウエルパーティー
参加者感想
(石川地区日本人学生)
参加者感想
(奈良女子大学学生)
参加者感想
(スカラー)
JALスカラシッププログラム参加国・地域と人数
編集後記
17
22
グループ討議
大和ハウス工業
11
25
26
32
33
34
36
37
38
39
49
50
51
52
54
58
60
66
67
1
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
JALスカラシッププログラムとは
JALスカラシッププログラムは、毎年アジア・オセアニアの大学生を日本に招
待し、研修や文化交流を通じて日本への理解や、国境を越えた相互理解を深め、
また将来のアジア・オセアニア地域を担う若者を育成することを目的としている。
このプログラムは、1975 年に日本航空によって創設され、1990 年に発足した
財団法人日航財団が運営を引き継ぎ、時代のニーズを反映しながら内容の充実
を図ってきた。
今回のプログラムにより、総勢 1,452 名の海外学生が参加し巣立っていったこと
になる。
2011JALスカラシッププログラムメインテーマ
“活気あふれる日本を再現するためには
~ 語ろう、探ろう、日本の強み・日本の弱み”
最近、日本では、世界の中での日本の存在感は、この 20 年間で著しく低下し
てしまったと言われている。新興国が台頭していることが、その要因のひとつと
も言われているが、海外に留学する日本人学生の減少や海外勤務を望まない新
入社員が増加していることを鑑みると、やはり、最近よく耳にする日本人の「内
向き」志向という言葉は、危機に瀕する日本を象徴するキーワードのひとつであり、
積極的に世界と関わろうとしない内向きの姿勢が日本の存在感を低下させてい
る理由のひとつであるとも思われる。
JAL スカラシッププログラムはこれまで戦後復興を成し遂げ、アジアの中で先駆
けて経済大国として発展した日本を、実際にアジア・オセアニアの学生達に自分
たちの目で見てもらうことにより、将来のアジア・オセアニアを担う若者を育成し、
国境を越えた相互理解を深めることを目的として、1975 年に創設され、今日ま
で企画開催されてきたが、今年は、大きく視点を変え、急速に成長するアジア・
オセアニア諸国で日本に興味・関心を持つ学生達と現代の日本の若者が直に交
流することを通じて、将来を担う学生を含む我々日本人に対して、何か日本を元
気にする知恵や活力を与えてほしいという趣旨を柱として実施した。
2
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
2011
JALスカラシッププログラム/アジアフォーラム in 石川 日程
日付
曜日
内
容
1
11月12日
土
各地より来日
2
11月13日
日
午前:オリエンテーション
午後:オープニングセミナー、キーノートスピーチ
夜:ウエルカムパーティー
3
11月14日
月
オープニングセミナー2日目
(終日)
4
11月15日
火
東京大学アイセック共同企画
夕刻~:自由行動
5
11月16日
水
昼:羽田空港発 石川県小松空港へ
白山市プログラム 白山市懇親会
6
11月17日
木
日本文化体験
石川オリエンテーション
金沢市観光
フィールドワーク
7
11月18日
金
フィールドワーク 講義
足湯体験
金沢市長表敬訪問
8
11月19日
土
午前:グループワーク、まとめ
午後:アジアフォーラム in 石川
国際交流まつり
夜:石川ホストファミリー宅へ
9
11月20日
日
石川地区ホームステイ
10
11月21日
月
午前:金沢→奈良に移動
午後:自由行動
11
11月22日
火
午後:奈良オリエンテーション 講義
夜:交流会
12
11月23日
水
フィールドワーク
13
11月24日
木
午前:まとめ&発表
午後:大和ハウス工業 総合技術研究所見学
夜:大阪伊丹空港→東京羽田
14
11月25日
金
午前:自由時間
午後:クロージングセミナー・面接
夕刻:ホストファミリー宅へ
15
11月26日
土
東京地区ホームステイ
16
11月27日
日
東京地区ホームステイ
修了式/フェアウェルパーティー
17
11月28日
月
各国に帰国
茶道体験
3
参加者 / JALスカラー
JAL Scholars
トゥン・ソヴァン
Tun Sovann
(ソヴァン)
カンボジア
プノンペン王立大学
セキ・ム
Shi Meng
石 夢
(夢)
中国上海
上海大学
キム ウンミ
Kim Eunmi
金 恩美
(ミちゃん)
韓国釜山
威徳大学校
ソン・タイジン
Sun Ti-Jen
孫 體仁
(マキ)
台湾高雄
文藻外語學院
オオニシ リナ
大西 里奈
(りな)
日本
奈良女子大学
4
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
リュー・ホーカ
Liu BaoJia
劉 宝佳
(ほうか)
中国北京
北京外国語大学
マー・キッイン
Ma Kit Ying
馬 潔盈
(ナタリー)
中国香港
香港城市大学
タニャラート・
リーラワディ
Thayarath Lylavady
(ティンノイ)
ラオス
ラオス国立大学
リアントーン・
スィラーラット
Reangthong Sirarut
(モー)
タイ
カセサート大学
ウラタ
マサコ
浦田 雅子
(まさこ)
日本
立命館大学
チン・ケンショウ
Cheng Jian Xiang
陳 鍵湘
(ケン)
中国広州
広東外語外貿大学
ゴ・カエン
Wu HuaYan
呉 華艶
(かえん)
中国大連
大連外国語学院大学
ジョン スジ
Jung SooJi
イム ジア
Lim JiA
鄭 守祗
(スジ)
韓国ソウル
カトリック大学校
林 池娥
(JiA)
韓国ソウル
Yonsei大学校
クア・インイン
Quar Yin Yin
柯 盈盈
(リサ)
マレーシア
マラヤ大学
レ・ティ・ニャット・ホァ
Le Thi Nhat Hoa
(花ちゃん)
ベトナム
ハノイ大学
リュウ・イシン
Liu Yi Chen
劉 怡臻
(はな、花衛門)
台湾台北
台湾大学
チャン・マイテー・ア
ン
Tran Mai The An
(アン)
ベトナム
貿易大学
オオトリ モエカ
大鳥
萌香
(もえもえ)
日本
立命館大学
※氏名の表記は、姓・名・(ミドルネーム)
の順で統一しています。
5
日本人学生(石川県)
BUDDY-STUDENTS
ひきだ
しずか
疋田 静香
北陸大学
国際教養学科
まつざき
松崎
あ
り
さ
亜里紗
北陸大学
未来創造学部
さかぐち ま き
坂口 真樹
石川県立大学
生物資源環境学部
食品学科
たまむら だい
玉邑 大
金沢大学
経済学類
きのした み な
木下
美奈
金沢大学
経済学類
6
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
はやし せ な
林
静奈
北陸大学
国際教養学科
まえかわりょうすけ
前川
諒 輔
北陸大学
国際マネジメント学科
あかお
なおみ
赤尾
直美
北陸大学
国際教養学科
のがみ
こ
野上 るな子
石川県立大学
環境科学科
たけうち あやね
竹内 彩音
石川県立大学
生物資源環境学部
食品学科
さわだ
あい
澤田 愛
金沢大学
人文学類
いしど ようへい
石戸
洋平
金沢大学
経済学類
こだま こうへい
兒玉
浩平
金沢大学
学校教育学類
すみ こうたろう
炭
光太郎
金沢大学
地域創造学類
いとす
糸洲
な お
奈央
金沢学院大学
国際文化学科
7
奈良女子大学学生
BUDDY-STUDENTS
いけもり もえこ
池森
萌子
(もえこ)
奈良女子大学
生活環境学部
にしむら か ほ り
西村
佳保里
さ の
ゆ か
(かほりん、かほ)
奈良女子大学
文学部
佐野 由佳
奈良女子大学
理学部
8
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
いまなか ま ゆ こ
今中 麻祐子
(まゆ)
奈良女子大学
文学部
もりはな あさみ
森花
麻未
たなか
ま り さ
(はな)
奈良女子大学
文学部
田中 麻理沙
(マリサ)
奈良女子大学
文学部
おおいし ま ゆ こ
大石
眞由子
(こまゆ)
奈良女子大学
文学部
やまざき
山﨑
みはる
(みーは)
奈良女子大学
文学部
まつい
松井
ちさと
知里
(ちさと or ちーちゃん)
奈良女子大学
文学部
9
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
キーノートスピーチ
「今、自分に何ができるか-日本そして世界」
根本志保子氏(日本大学経済学部准教授)
【講義の概要】
「今、世界は大きな転機を迎えている。3.11(東日本大震災)
のあと、日本も世界もターニングポイントに立っている」根本先
生のご専門である環境経済学の立場から、世界経済動向と日
本の現状を概観し、また、実際に足を運ばれた震災跡地の取
材と紹介、講義が行われた。そして、日本の持っているといわ
れる
「弱み・強み」
に触れ、「弱みを改善し強みをさらに伸ばす」
という視点ではなく、生物多様性の観点から、「弱み自体も否
定せず肯定しよう」、「それぞれが多様であること、それ自体が
強みである」という独自の視点の提示がなされた。ただし、こ
の生物多様性の観点から、それを生かす
「環境」
が必須であり、
「誰のために、何のために、どのように生かすか」を意識する
ことが大事である。
併せて、WorldShiftのワークショップが行われ、将来に向
けて各人が自分自身の強みと弱みを認識し、今後皆が各国で
貢献していこうという啓発が行われた。このワークショップは、
全日程の終了後のクロージングセミナーでも行われた。
【参加学生感想】
根本先生の専門である環境経済についての概略。その中で
世界経済の不安定(金融不安や中東情勢など)、これからの
社会はより流動的になることを再確認。そして2011年3月11
日に発生した東日本大震災当時の状況や現在の状況を振り返
り、放射能問題についての説明(現在流通している食品や製
品は放射能検査済みであるという安全性を強調)。
日本は地震や自然災害の多い国であるが、今回の地震と
津波は想定を大幅に上回る規模であり、日本国内において甚
大な被害をもたらしている。1995年の阪神淡路大震災以後、
建物の強度や非難訓練など災害に対しての備えを行っていた
にも関わらず、約2万人の死者・行方不明者が発生した。さ
らに、津波により原子力発電所の非常用電源喪失で核燃料
の冷却が滞り、建屋が水素爆発を起こし大量の放射性物質
を空気中に放出した。
たった一度の地震で日本の強みでもある防災意識と原子力
発電所が負の遺産となった。この例を元に“強みは弱みに変
わってしまう”ということを頭の片隅に置きながら、“弱みを理解
し強みにする”という考え方を用いてペアワークを行った。
(浦
田雅子)
このスピーチの中で先生が一枚の紙を配って私たちにどんな
世界からどんな世界に変えたいかを書かせました。私は「もら
う」心を「あげる」心に変えたいと書きましたが先生が主に主張
したのと同じでした。先生は今年の東日本大震災があった後
からずっと今自分ができるのは何かを考えたようです。このス
ピーチを聞いて私も今、現在、自分ができるのは何かを考え
ようになりました。もし人間一人一人がみんなこんな考えを持っ
ているとこの世の中は少しずつ変化すると思います。(呉華艶)
根本先生がグローバルの視野で、今世界中で何が起こって
10
いるのか要約してくれました。世界のどこでも不安が溢れてい
ます。特に3.11以降の日本。地震だけならまだ良かったので
すが、津波や原子力事故にぶつかって、人々がもっと不安に
なりました。根本先生が自分で被災地で取った写真を見せて
くれました。普通の人々がこんなことに巻き込まれてと、つい
目が赤くなりました。科学技術が本当に頼れるかという疑問が
出てきました。もともと人間は自然とともに生きていたのですが、
いつの間にか自然を征服しようと思うようになりました。でも自
然はコントロールできないものです。人間は自然の力の前にい
かに弱い存在であろうことか。根本先生の生物多様性の観点
にも感心しました。国でも、人でも、それなりの強みと弱みが
あります。ひたすら強いところを伸ばし、弱いところを改めれば、
物事の個性が見えなくなるかもしれません。物事が全部均一
化されたら、それなりの魅力も失っていきます。
(石夢)
「今、全世界は大きな転機を迎えている」という話が印象的
でした。たしかに社会的にも環境的にも全世界は今、ちょっと
苦しい状況になっていると思います。でも私はこれを無視して
いました。私とは関係ないことだと思っていたからです。でも今
日の授業を受けて、私の考えが大変間違っていることだと思い
ました。なぜなら今を生きている私にも責任はあるということが
分かったからです。つまり私からこういう世界の問題に関心を
持つべきだったのです。今日の授業を受けてから本当にこれか
らは世界の問題にも関心を持って見守らなければならないと思
いました。
そして今度の日本の大地震についての授業もよかったです。
なぜなら韓国のニュースだけでは実際の日本の状況がよく分か
らなかったのですが、この授業を通して今の日本の状況につ
いてちゃんと分かることができたからです。またこれを通して人
の限界、つまり自然には絶対に勝てない人の能力についても
真剣に考えることができたと思います。本当にいろいろな面で
役に立つ授業だったと思います。
そして授業の終りにしたグルー
プワークも本当によかったと思います。単純なキーワードで自
分の意見を表現するのはかなり難しかったですがこのキーワー
ドでみんなの考えを聞きながらたくさん学ぶことができたからで
す。本当にいい授業だったと思います。
(Jung Sooji)
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
オープニングセミナー
講師:佐野裕太氏(東京大学大学院総合文化研究科在学中)
【講義の概要】
オープニングセミナーは二日間に亘って行われた。
まず、初日は、江戸時代末から、明治維新、日露戦争、
第一次世界大戦、第二次世界大戦、戦後復興、バブル景気、
失われた十年と続く、日本の近現代史を振り返った。
その上で、①焼け野原の廃墟から徐々に復興していった
1950年代の日本、②日本全体がバブル景気に浮いていた
1980年代の日本、そして③現在2011年の日本、これら3つの
時代を比較しながら、それぞれの時代の日本人がどのようなこ
とに幸せを見出していたのかを話し合った。その結果、
スカラー
全員が2011年現在の日本は1950年代の日本、もしくは1980
年代の日本と比べた場合には魅力に欠けると考えていることが
明らかになった。
その結果に基づいて、2日目は、魅力が薄れてきている日本
をどうしていけば活気あふれる国にしていくことができるのか、
3つのグループに分かれてそれぞれ討論した。そして、オープ
ニングセミナーの最後に、各グループが活気あふれる日本を再
現するためへの提言を行った。
【スカラー発表内容】
グループA発表
「日本人は英語が苦手」
(メンバー:劉宝佳、Thayarath Lylavady、Tun Sovann、
Jung Sooji、劉怡臻、Le Thi Nhat Hoa、大西里奈)
1はじめに
「日本人は英語が苦手だ」というイメージが国際社会で強く
思われている。国際会議であまり自分の意見を出さない、英
語で質問をされたら、すぐ逃げてしまうと、英語が苦手な日本
人と見られている。いかに英語の能力を向上させればいいの
か。なぜ外国語として英語がそれほど大切なのか、苦手でも
勉強しないとだめなのか。日本人は本当にどうしても英語がで
きないのか。
日本人が英語ができないということについて考えてみると、
なぜ英語が大切なのか、日本人が英語の能力を向上させるた
めにどうしたらいいのかという質問が、すぐ出てくるだろう。し
かし、それらの問題とか解決策を考える前に、本当に英語は
大切なのか、自分の母国語はどう位置づけたらいいのか、ちゃ
んと考えておかないといけないと思う。
2第二言語VS母語
もし日本人が早めに英語を習うなら、英語が上手にできるこ
とにつながると思われている。子供にとって早めに第二言語の
学習を開始したほうが、それなりに学習の効果は出ると思われ
る。しかし、言語というものは環境の影響も含めて、かなり人
間の思想と関わりあるものだ。ここで考えておくべきことが二点
ある。一点目は人間の思想は自分の母語環境に深く関係して
いるから、できるだけ自分の母語で自分の思想や考え方を確
かめておかないと、ほかの言語(第二言語)で自分の考え方を
他人にどれだけ伝えることができるのかという疑問が浮かんで
くる。二点目、第二言語の習得は言語環境と習得方法によっ
て学習の効果も変わってくることから、小さいころから習ったと
しても必ずしもうまくいくと限らない。
以上の二点からみると、むしろ日本人の母語教育をきちんと
行うほうが、第二言語の習得に役立つと思われる。いくら外
国語ができる人でも、自分の母語でしか伝えられないことはか
ならずある。とすれば、そこが「壁」
(溝)と思われがちだが、
その
「壁」
(溝)
こそ、自分の国の言葉の魅力である。
3母語と文化のつながり
言葉は言の葉という。言の葉とは、
「やまとうたは、人の心
を種として、万の言の葉とぞなれりける。世の中にある人、こ
とわざ繁きものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつ
けて、言ひ出せるなり」
と
『古今和歌集』
の序文のなかに書かれ
ているように、人が言葉によって、心に思うことを伝えることが
できる。よって、自分の母語を大切にして、いかに母語で自分
の国の文化を認識できるかということがむしろ教育のポイント
になるのではないかと思われる。自分の母語も大切にした上で、
さらに外国語を勉強すること
がむしろ外国語の学習に役に
立つだろう。
4外国語学習の目的
東アジアの大学では外国
語は主に英語である。各領
域で勉強の共通語は英語で、
その結果、西洋の思想が各
領域の学術の主流になってし
まう。本当にこれでいいのか
という疑問が湧いてくる。外
国語を勉強するときはそれに
ついて注 意を払う必 要があ
る。英語は共通語として世界
各地に使われても、自分の国
の学術思想のシステムはどう
成り立たせていいのかという
ことをむしろ忘れてはいけな
い。外国語はあくまでも外国
語の思想と知識を吸収し、鏡
として自分の国のことを対照
しながら、自分の国をよくす
る手段の一つである。
5外国語
(英語)
の大切さ
最近各国はたくさん交流を
しています。昔とは違って今
は大国として弱小国を無視す
るのではなく、また弱小国と
11
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
して大国を避けようとするのではなく皆が自分の国をもっとよく
するために他の国との交流をしているのです。それで今は昔よ
り国際会議や国際交渉などが活発になりました。今、日本に
来て勉強をしているJALのスカラーの私たちもその例の一つだ
とも言えるでしょう。
このように国際交流が活発になってから私たちにとって英語
は必須になりました。なぜなら英語は世界共通語であって国
際会議や国際交渉の時、使われるからです。だからもし英語
ができなかったら各国は自分の主張をできなくなります。それ
で英語は各国にとってどんどん重要になったのです。
6日本人が英語ができない原因
日本人はなぜ英語ができないのかということに対して、いく
つかの問題が原因になっていることがあると思います。もちろ
ん、各国の言語は異なることがあるのはあたりまえだと思いま
す。でも、よく見ると日本語と英語は結構違うのです。日本語
と英語の違うところを見れば、文法構造をはじめ、発音の仕方、
語彙などは共通なところはありません。言語学では日本語は膠
着語類に属するのに、英語は屈折語類に属しています。例:
英語: S+V+O、日本語:S+O+Vのようになっています。発
音の方法では、日本人にとって英語を発声するのは難しいこと
です。
7発音構造の違い
なぜなら、日本語には、R,N,Lのような音はありません。さ
らに、語彙では共通点がないことに加えて、英語の単語はス
ペリングと発音がまったく違います。EnterのEは発音するが、
Makeのeは発音はしません。日本人ならば、全部発音してし
まうのです。その上に、日本語のなかに発音が少ないから、
外国語の文化を吸収するために外来語がつくられました。そし
て、外国人とコミュニケーションしなければならない。しかし、
本格的に英語を習うときに、日本語の外来語から影響されてし
まうので、英語の発音をちゃんとできないのである。もう一つ
の理由として、日本語の発音の数がもともと少ないから、多分
日本人にとって、外国語の発音がとても難しいのだろう。つい、
カタカナの発音で外国語を発音してしまうのである。
8使うチャンスが少ない
言語的に異なることだけでなく、その上、日本人は英語を使
う機会があまりないようです。さらに、日本人の大部分は、英
語ができないと、生活することができないと思う人が少ないよ
うです。大学卒業まで英語の授業以外は、英語を使ったり、
英語の本を使ったりすることはありません。そして、大学のレ
ベルくらいなら、必要な本はすべて日本語に翻訳されているそ
うです。つまり、英語の授業・試験以外では、まったく英語
が必要ありません。
9英語を向上させるために
本人が英語能力を上げるために、どうすればいいのか。こ
の問題について、いくつか解決方法を考え出しました。まず、
自分の発音がそんなによくないという意識を捨てたほうがいい
と思います。外国人なので、ネーティブスピーカーのようにな
れないのは当たり前なのではないでしょうか。通じるなら、自
信を持って、できるだけはっきりと自分の意見を話すのが発音
より大切なことだと思います。ほかには、英語に接触する場所
を作ることも重要だと思います。例えば、英語だけ使えるカフェ
12
などあれば、日本人が英語を使う機会もだんだん増えるように
なると思います。
グループB発表
「日本をよりよくするために~日本の忙しさを改善しよう~」
( メンバ ー: 呉 華 艶、 馬 潔 盈、Kim Eunmi、Quar Yin
Yin、Tran Mai The An、大鳥萌香)
このプログラムで今回日本に来て、私たちは日本人が忙しす
ぎるという印象を持ちました。日本人は会社では遅くまで残っ
て残業することで有名です。また街では人々は誰かと会話をす
るわけでなく、一人でそれもものすごいスピードで歩いている
姿を何度も見かけました。私たちはこうした日本人の姿を見て、
こうした忙しさを改善する必要があり、改善することでよりよい
日本の社会をこれからつくることができるのではないかと考えま
した。
さて、日本人はなぜこんなにも忙しくなったのでしょうか。ま
ずは、その原因を時間別に分けて考えてようと思います。
一つは戦後です。戦後、日本はアメリカを目標にして一所懸
命に経済力を発展させてきました。そのためにはたくさんの人
たちの協力や努力なしにはできません。また、いち早く経済力
のある国になるためには仕事や発展のテンポを上げなければな
らないのです。だから日本人が忙しくなったのではないかと思
います。また、アメリカの例えば自由と平等な価値観が入って
きたことにより、みんな同じスタートラインに立っていて競争す
るようになってきました。だから自分が努力しなければ、ほか
のひとに負けてしまうのです。
ゆえに、みんな休まずに仕事
するため、さらに忙しくなるの
ではないでしょうか。
もう一つは現 在です。 現
在の社会を支えている人たち
は、幼い頃から両親の忙しく
働く姿を見ながら成長したた
め、忙しく一生懸命働くこと
が彼らにとって当然の習慣に
なっています。そして、今日
本は不景気であるため、さら
に頑張らなくてはならないとい
う雰囲気が社会全体に広が
り、さらなる忙しさを生み出し
ています。しかし、原因は時
代の変化によるもの以外にも
様々に考えられます。
その中でもまず、現在、女
性は社会進出しているため女
性と男性の役割が不明になっ
てしまい、女性も男性もどち
らも「仕事」
と「家庭」
という二
つの責任を持っていることも、
より忙しくなる原因の一つだ
と思います。男性は、会社の
仕事の後で掃除や子供の世
話など妻を手伝わなければな
りません。女性も、毎日食事
の準備などの家事以外に会
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
社の仕事もしなければなりません。そのため、以前よりさらに
忙しくなりました。また、日本人が真面目で何でも完璧に完成
させたいという国民性を持っているのも、原因の一つだと思い
ます。退勤時間になったら当日の仕事が未完成だと完成させ
たくて残業をするという人も多くいます。よって、急がないとい
けない気持ちを誰もが持ってさらに忙しくなってしまいました。
最後に、少子高齢化で労働力が減少していて若者たちがお年
寄りを支えなければならないので、仕事がもっと増えてしまっ
てより忙しくなっています。
では、なぜこうした忙しすぎる日本人のライフスタイルを、改
善する必要があるのでしょうか。第一の理由は、ストレスが溜
まることです。忙しい生活が続くとストレスが溜まりやすく、人々
の生活に影響が出ます。近年、ストレスが原因で自殺する人
の数が日本で増加し、社会問題として大きく取り上げられまし
た。さらに忙しさが引き起こす社会問題として、少子化や晩婚
化といった問題が挙げられます。忙しいことを理由に夫婦や子
育ての時間が少なくなるため、こうした問題につながるのでは
ないでしょうか。最後に挙げられる理由として人間関係の希薄
化です。忙しいために人と会う時間がないだけでなく、忙しい
ことを理由に、他人との関わりに対する面倒臭さから人間関
係が薄くなってしまう問題があります。
このように日本人にとって忙しさを解消することは非常に大
切です。ではどのようにして解決することができるのでしょう。
私たちは以下の三つの視点に分けて解決方法を考えました。
それは自分・社会・政府がすべきこと、それぞれは何かという
ことです。
まず、自分がすべきことから始めたほうがいいと思います。
一つ目に、仕事からストレスを解消するために、週末あるいは
暇な時、何かに趣味を持つことが必要だと思います。例えば、
運動することです。運動するのはストレスを解消できるだけで
はなく、体の健康にも良いです。一石二鳥です。また、自分
のスケジュールを作るべきだと思います。メリハリをつけると、
娯楽の時間と仕事の時間をはっきり分けることができます。そ
れで仕事も効率よくできるし、家族と近所の人々と一緒に時間
を過ごすこともできるし、つながりも強くなるでしょう。そして、
昼食の時間は大切にしなければなりません。一人で食べるの
ではなく、私たちは昼食を楽しみにして、同僚と一緒に昼ご飯
を食べながら、おしゃべりします。その時に仕事のことを考え
ないことができます。また、同僚間の関係がもっと強くなります。
また、食事を早く終わらせるのは健康にもよくありません。
次に会社がすべきこととして、まずご飯の時間を大切にする
ことです。日本の社会人は他の国より、一人で食事することが
多く食事も早く済ませます。「ゆっくり休められる楽しい時間」
と思う他の国に比べて、日本では「ただ空腹を満たす時間」と
して考えられています。同僚と食事しながら話したり、食べ物
の味を吟味しながら食事したりして、楽しい時間を過ごせば、
楽しい気持ちで仕事を始められ、仕事の能率も上げられます。
二つ目に昼寝時間を作ることです。あまりにも疲労が溜まると、
仕事の効率が悪くなります。その分、どんなに忙しく働いても、
仕事もあまり進みません。よって、企業で少ない時間でも昼寝
をするための時間を作って、すっきりした気分で仕事すれば、
仕事の効率も上げられます。また企業としても、退社時間が
伸びて残業代を払うよりも、昼寝時間を提供することで仕事
の効率が上がるという意識を持つことが必要です。そして最後
に運動の時間を作ることです。ある実験で規則的に運動したグ
ループ
「A」
(以下Aグループ)
と運動を全然しないグループ
「B」
(以下、Bグループ)に分けて、成績の変化を観察する実験を
しました。この実験で、Aグループの方がBグループより成績
が上がった結果が出ました。これは運動する間に、ストレスが
取れ、勉強の能率が高くなったからです。この実験から分か
ることは、仕事の合間に運動する時間(ex.簡単な体操)
を作る
と、仕事から発生するストレスが解消され、仕事も速く済ませ
られることはもちろん、同僚との関係もよくなり、企業全体の
雰囲気もよくなるということです。
しかし、忙しすぎる社会はそもそも根本的な側面から、長期
的・将来的に考えなければなりません。よって政府のサポート
も必要と私たちは考えます。最近日本の女性はだんだん職場
で活躍し、
「おひとりさま」
と
「晩婚化」
という現像に続いて、少
子化という問題も悪化していることから、労働力が低下してい
ることに問題があります。そのため、二人分の仕事を今は一人
でこなさなくてはならないため、日本人はだんだん忙しくなって
います。その問題を解決する方法として、人々はどうして出産
をしたくないのかを、考えなければなりません。社会や会社で
は、女性が結婚あるいは、出産してから、彼女たちを守るルー
ルと支援がないのではないでしょうか。子供の世話をするのは
大変で、お金がかかるのではないでしょうか。そのため、政府
が育児手当という制度を設立し、保育園を増やすことで、出
産の奨励をして、労働力低下という問題を解決できるかもしれ
ません。時間はかかりますが、問題の解決につながると思い
ます。
以上をもって私たちBグループの結論・提言としたいと思い
ます。日本の忙しさを解消することで、日本をよりよくできるこ
とを願います。
グループC発表
「国際社会での日本の魅力を取り戻そう」
( メ ン バ ー: 孫 體 仁、 石 夢、 陳 鍵 湘、Lim JiA、
Reangthong Sirarut、浦田雅子)
第二次世界大戦後の1950
年代、日本の経済が戦前の
水準に戻りつつあった。そし
て、1980年後半、バブル景
気で日本人は豊かな生活をお
くっていた。この二つの時代
を比べて、今の日本の魅力は
徐々に失われている傾向があ
る一方、発展が著しいアジア
諸国も脅威となってきている。
“○○の国のようになりたい”
ということを掲げ発展してきた
国も多いが、現在では日本を
めざす国々が少なくなり、反
対に世界の国々は今アメリカ
や韓国を目指している。今の
国際化の時代において、日本
は魅力を取り戻すために、国
際的な視野を持つことが一番
大事な課題だと思っている。
国際化を実現するために
は、①軍事、②政治、③経
済、④ソフトパワーという四
13
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
つの要素にわけて考えられる。冷戦時代にアメリカとソビエト
連邦は、軍事的に世界の対立を抑え込み、世界を支配してき
た。そして日本の高度経済成長時代には日本が経済の中心に
立つようになった。しかし、今では政治的リーダーというわけ
でもなく、経済成長が著しいわけでもない。今の日本は世界の
リーダーシップをとれるような存在になるために、二つの力を持
たなければいけないと考える。それには企業活動とソフトパワー
である。
1企業活動
A日本企業の現地法人問題
世界に点在する日系企業の雰囲気が重いと感じる人が多
い。特に上司との関係が厳しく、また残業も多いと言われ、日
系企業に就職したい人がだんだん少なくなってきたと感じる。
例えば、社員が自分の仕事が終わって帰りたくても帰れないと
いう雰囲気がある。上司がまだ働いているなら何か悪い印象
が残るかと心配して残業せざるをえない。この様な状況は上司
から変えることで改善できると思う。
もうひとつ注目すべきことがある。海外の日系企業において
上司がほとんど日本人である。地元で採用された現地の人は
派遣された日本人と比べて給料も随分低いので、地元の人は
将来が見えないと思っている。そのため、日系企業側も優秀
な人材が集められない。
B海外文化の理解
日系企業が海外に進出する時他国の文化を知ることも大切
である。サムスンがベトナムに冷蔵庫を発売した例がある。工
場の手違いで、冷蔵庫が冷凍庫になった状態で発売され、大
ヒットになったという話がある。現地の文化・風土を知ること
で地域に根付いたビジネスが可能となる。
また、日本特有のガラパゴス化も日本が世界に進出する妨
げになっているということを理解し、地域に根付いた製品展開
を行う必要がある。
2ソフトパワー
ソフトパワーはアメリカの政治学者であるJoseph Nyeが
1990年に発表した自分の論文で使用した概念である。ハード
パワーは今までの国力の重要な要素だった軍事力や経済力、
そしてソフトパワーは国の文化などから来る魅力や外交力を示
す。日本が自国の魅力を取り戻してソフトパワーを強化したらよ
り良い日本を作れると思う。
ソフトパワーで一番大事なのは文化である。アメリカの強力
な影響力の原因は彼らの文化が世界の人に認められることが
できたからである。日本の文化はアニメとゲームを中心にして
もっと積極的にアピールするべきである。日本なりの個性を生
かしながら、アメリカのハリウッドの様な世界の多くの人に愛さ
れる要素を加えれば、もっと魅力的な日本文化になれるであろ
う。また、最近韓流ブームを起こした韓国のケースを見習い、
日本も政府やプロモーション会社からの広報を通じて日本の文
化をもっと積極的にアピールすればその魅力を取り戻せるであ
ろう。
私たちの提言は、国際社会で日本の魅力を取り戻すために、
企業活動とソフトパワーの2つを生かし、経済のリーダーシッ
プを取って行くことが大切だということである。
【参加学生感想】
戦後10年、バブル景気、そして今の日本、比べたら、今の
14
日本の魅力がだんだん失われてきているということが分かって
来ました。それを課題として、私たちはその対策を考えました。
やはり、日本は一度バブル景気から落ちたことがあって、今の
日本人はなかなか勇気を出せていません。でも、実際に中国
や他の国に比べたら、日本人は確かに豊かな生活をおくってい
ます。ですので、自分を信じればいい、日本のために、自分
の最大限の努力を出せばいいということです。中国も今バブル
景気の時代で、不動産業会では地価もだんだんバブルになっ
てきています。日本の経験を借りて、そのバブルの崩壊を防
ぐために、私たち若者もきっと何かできると思います。どうか、
自信をなくさないで、お互いに頑張っていきましょう。
(陳鍵湘)
スカラー達は三つのグループに分けられて、日本の強みと弱
みを話し合って、弱みを解決する方法について発表しました。
例えば日本人は忙しすぎるという状況は様々な社会問題(少子
化、晩婚化、バブル崩壊、社会関係がよくないなど)
が悪化し
ていることと密接にかかわっています。そして、私たちスカラー
達の国の教育制度と日本の教育制度を比べて、違うところと
どのような問題があるか、もっと詳しくわかるようになりました。
(Quar Yin Yin)
最初に、歴史を通して、日本が経済大国になったが、その
後にバブル崩壊に陥った経緯を教えてくれた。ビデオを通して、
1950と1980年代の日本人はすごく違う生活を送っていたが、
皆幸せと感じていた。そして、民主主義や自由文化の時代に
変わっていくにつれて、その中には就職、進学の競争問題や
女性意識の上昇などが起きてきた。昔の日本は世界中にすご
く魅力を感じさせていた。一方、世界中は今の日本に対して、
どう思っているのかといった問題点をグループで討論したり、
発表したりした。今の日本はだんだん魅力を失っていると言わ
れるが、より良い日本にして、また魅力を取り戻すためにすべ
きなことは何か?今回のプログラムで私たちアジア諸国のスカ
ラーに考えてほしいことをこのセミナーでちゃんと伝えてくれた。
グループ討論の時間が一番良かったと思う。違う国籍のス
カラーの話から、違う日本の様子が見えることは面白かったし、
日本のことをより一層認識することもできた。
(孫體仁)
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
アイセック・ジャパン東京大学委員会企画
・東京大学キャンパスツアー
・交流討論会
・下町フィールドワーク
【概 要】
アイセック・ジャパン東京大学委員会の協力・企画により、
11月15日に開催された。午前中は東京大学のキャンパスツ
アー、その後に交流討論会を行い、東大生協見学後、下町
フィールドワークを行った。フィールドワークでは、上野公園
から、アメ横、谷中ぎんざ、よみせ通りを回り、昭和の景色を
体験した。
【討論会概要】
「活気あふれる下町を再現するには」というテーマで、東京
大学小山さんが今の東京や都市における下町や地域コミュニ
ティの現状・問題点を説明し、それを踏まえてグループごとに
昔のような下町の活気を再現し伝統を守っていくにはどうすれ
ばいいかということをディスカッションした。最後にはグループ
が話し合ったことを全体で発表し、提言も行った。私たちの
班では、人々のライフスタイルの多様化から、そもそも地域の
人々のつながりや関わりがまったくないことを問題にとりあげ、
どうすれば彼らが少しでも関わりの機会を増やすことができる
かということを考えた。この中で台湾ではゴミ出し時間を一定
に定めて居ることや、中国では若者と言っても小学生など比較
的幼い子供への伝統文化の継承を行っているという意見をも
とに提言をした。各国の意見が聞けてよかったし、こうした問
題が日本だけでなく起きていることや、同じように発展していて
も文化は大切にしている国もあっていろんな発見があった。
(大
鳥萌香)
毎日生活のために、忙しく働いたり、生活したりして、人と人
の関係がだんだん薄くなることは当然な結果ではないでしょう
か。どうしてその近所と親しい関係があって、皆と協力する日々
はだんだんなくなってしまうのでしょうか。こんな疑問はスピー
チを聞いてから、ずっと私の頭の中に残っていました。
実は、3月11日の大震災の後、日本人または、世界中の人
が熱心に活気あふれる日本を再現するために、力を合わせて、
震災に被害を受けた人を助けました。そして、被害者が笑顔
を出せるように、努力したことが人と人のギャップを縮めました。
「人間関係が薄くなる」ということはよく言われていますが、緊
急のとき、人々はだれかれの区別なく、協力して、一様に助け
られることは否定できないと思います。
(馬潔盈)
最初は日本の現状を聞いて、各国のスカラーの都市の現状
や都会人がもっと幸せになる方法とかを他のスカラーと東京大
学の学生と討論しました。私のグループはバンコク、北京、ソ
ウル、台北、大連、ホーチミンから来た人なので、だいたい
は大都市だから、問題点はほとんど同じです。それで、私のグ
ループが考えたことは日本は現在、少子高齢化の問題もある
から、都市人の問題を子供と老人を中心に解決すればいいの
ではないかということです。例えば、小学校ぐるみでお祭りを
行うことや、老人の同世代の人たちで集まって、一緒に活動し
たり、昔のように地域の祭りを行ったりすることなどです。日本
だけでなく、他の国のことを聞かせてもらえて本当によかった
です。そして、討論した時も、皆楽しく話し合って、面白いア
【参加学生感想】
地方の人が東京のような大都市に出稼ぎに行って、実家で
はお年寄りや子供しか残されていません。地方のお祭りや伝
統文化が続けられません。一方、大都市では人々の繋がりが
薄くて、孤独死などの問題が出てきました。討論を通して、こ
れは日本だけの問題ではなく、アジア諸国直面することだと気
が付きました。発展すればするほど、この問題が深刻になって
きました。私の考えでは、出稼ぎに行ってはいけないというわ
けではありませんが、大都会で自分の腕を磨いてから、実家
の発展に貢献すべきだと思います。そうでないと、都市と地方
の格差がだんだん大きくなって、人々の不満も高まるに違いあ
りません。(石夢)
日本で一流大学の学生と交流できることは私にとって、本当
に夢みたいでした。いったい東京大学で勉強している学生は
私とどんな違うところがあるか、知りたかったからです。答えは、
学生たちが準備してくれた「都会と産業化」というスピーチを聞
いてから、わかりました。自分の国のことがよくわかるセンスと、
独立性が強いという東京大学の学生の強みに気づいて、私が
習わなければならないことだと思いました。
それに、スピーチの内容にある
「核家族化」、
「個人主義化」
、
「顔のない日常」、「孤人社会」という問題は日本だけではなく
て、自分の国にもあります。時代がだんだん変わって、人々は
15
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
イデアをたくさん提案して、やはりスカラーみんなは面白い人だ
と思います。他のグループのアイデアもとてもよかったと思いま
す。
(Reangthong Sirarut)
【東大キャンパスツアー、下町フィールドワーク参加者感想】
東京大学は初めて行きました。本当に良かったです。なんと
なく今まで東大の学生は勉強ばかりしているんだろうと思って
いましたが普通の大学と同じ雰囲気でした。昔からの建物が
保存されていてなお良かったと思います。本当に伝統のある学
校のようでした。また三四郎池という池もとてもきれいでした。
キャンパスツアーが終わって上野公園やアメヤ横丁に行ったり
日暮里に行って昔の日本の姿を見たりしました。この日はちょ
うど七五三の日だったので上野公園では着物を着たかわいい
女の子も見られました。
東京は首都ですが意外にも伝統的な建物や文化がよく保存
されていて驚きました。そしてどこに行っても町並みがきれい
でみんな親切だったので本当に良かったし羨ましかったです。
これは韓国が本当に見習うべきだともう一回感じました。この
フィールドワークでいろいろなところに連れて行って貰って実際
に見学ができたのでたくさん勉強になったと思います。(Jung
Sooji)
前から友達に東大きれいだよ!できれば行ってみたほうがい
いと聞いたから、ずっと期待していた。今回はアイセックの学
生がガイドして、東京大学本郷キャンパスを巡った。やはりき
れいだと実感した。それに、一つのキャンパスだけで、うちの
学校よりずっと広いということにもすごくショックだった
(笑)
。そ
して教科書だけで読んだ上野公園に行った。すごくきれいだっ
たが、紅葉が見えなくて少し残念だった。続いてのアメ横は本
当に驚かされた。それは、台湾の商店街とそっくりだと思った
から。売ってる商品から店の飾り、人の掛け声まで、すべて
の雰囲気が台湾と似ている気がした。
最後は下町に連れて行っ
てくれた。駅から出て、すぐ印象深い日本の古い町が目に入っ
た。そこで買いたかった金平糖を買えて、嬉しかった。今まで
ずっとホテルでの講義から日本を見たが、今日はフィールドワー
クで日本を見られて、本当に楽しかった。(孫體仁)
15日の朝、東京大学キャンパスツアーに参加しました。実
はベトナムで「ドラゴン桜」のドラマを見て、東大に関することも
少し知っていますが、本物が見られることに対して、本当に楽
しみにしていました。ほとんどの皆さんが東大の広さと景色で
驚きました。実は私の大学もとても広いですが、東大のような
広大な大学はほとんどありません。もう一つは東大の食堂で
16
働いている方はとても親切でした。やはり日本人の勤勉な働き
ぶりに感心しました。午後は、皆と一緒に上野公園へフィー
ルドワークで行きました。実は最初の日も上野公園へ行きまし
たが全員のスカラーと一緒のほうが楽しかったです。皆と色々
なことを話して、友人のようで、本当にうれしかったです。
(Le
Thi Nhat Hoa)
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
白山市企画
俳句体験
@千代女の里俳句館
【概 要】
11月16日、JAL1279便にて、石川県小松空港に降り立っ
た一行は、白山市の出迎えを受けて、バスにて「千代女の里
俳句館」
に到着した。
「千代女の里俳句館」では、南川玲子館長以下、総出で出
迎えていただいた。千代女は江戸時代の女流俳人であり、ここ
白山市の出身である。館内の常設展示で案内を受け千代女の
遺作や創作の背景文化・歴史に触れた後、スカラーは実際に、
俳句の作り方に対する講義を受けて、俳句の創作に挑戦した。
亀田蒼石先生(松任俳句協会会長)ならびにガート・T・ウ
エスタハウト先生(金城大学准教授)のご指導により行われた
俳句ワークショップ。はじめに字数や季語など俳句の基本的な
ルールについて亀田先生から講義を受け、枠にとらわれずスカ
ラー達は全員がひとり一句を作成し、皆の前で披露した。今
年からは本格的な日本語プログラムであるため、国籍を問わ
ず皆が(母国語や英語ではなく)日本語で創作したが、時間内
に作るべく格闘する様は大変に印象的で、でき上がった句を
披露するときには拍手や歓声が上がる。またガートウエスタハ
ウト先生によるミュージカルパフォーマンスを交えてのエクササ
イズ体験も行われた。
ワークショップ終了後は、宿泊先の松任グランドホテルにて、
白山市あげての歓迎夕食会が行われた。尚、作野広昭白山
市長以下歓迎のご挨拶をいただくとともに、スカラーを代表し
て韓国のLim JiA(林池娥)
が謝辞を述べた。
剣にいい言葉を考えたけど、結局字が余りました。俳句はやは
り難しいものですね。タイに帰っても、また俳句を作ってみたい
です。他のスカラーたちの俳句の多くは自分の国のことや、秋
の美しさなどで、皆すばらしかったです。特に台北のえもんちゃ
んの俳句はとてもキレイでした!(Reangthong Sirarut)
※「水害やいとしいタイから早く消え」
(Reangthong Sirarut
創作)
は中日新聞記事にも採り上げられた。
【参加学生感想】
11月16日 俳句館のワークショップの内容は、俳句という
日本の特徴的な詩の作り方です。俳句とは、詩人/読み手
の心や意識の中の瞬間を切り取ったもので、時の流れをとめ、
そこから想像豊かに作っていく
「詩」です。作り方には、大事な
ルールが二つあります。一番目は、全体の17音を三つの部分
に分け、それぞれの長さが5・7・5音、だというルールです。
二番目は、季語を使わなければならないルールです。俳句は、
現在では国際的になっています。各国の子供たち向けの俳句
コンクールもあります。(Tran Mai The An)
亀田蒼石先生とガート先生の指導で、季節の言葉(季語)
と
俳句の作り方(5・7・5)を教えてくれました。俳句は世界で
一番短い詩です。そして自分も初めて俳句を創作するという経
験をして、楽しかったです。俳句は日本の独特な文化の一つ
なので、世界の人々にそんな珍しい文化を紹介して、保存す
るようにがんばる必要があると思います。(Quar Yin Yin)
私はタイで「松尾芭蕉」の俳句を勉強したことがありますの
で、俳句について興味を持っていますが、作ったことがありま
せん。タイも詩がありますが、やはり俳句と違いますね。今回
は初めて俳句を作ったけれど、大変面白かったです。先生の
皆さんも作り方を優しく説明してくださいまして、分かりやすかっ
たです。私が作った俳句の内容はタイの水害についてです。真
17
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
日本文化体験
着付け体験、よさこい、生け花体験
石川県国際交流ラウンジ
【概 要】
11月17日水曜日。この日からは、
「2012アジアフォーラムin
石川」の行事になる。白山市の見送りを受け、一行は、石川
県国際交流ラウンジに到着した。ここは、石川県に観光で訪
れた外国の方々が気軽に日本文化を体験できる空間であり、
指導講師の方々から暖かく出迎えられた。
生け花に挑戦する。授業などでその知識は持っていても、
実際に体験するのは大半の者には初めての経験という。簡単
だと思っていたが想像していた以上に難しかったようだ。しか
し、格闘して作られた作品には、講師の先生からは皆センス
が良いとお褒めの言葉も頂戴した。同じ素材を使いながらも、
でき上がりは皆まったく雰囲気が違うものとなり、個性が表れ
ている。併行して、全員、着物の着付けを体験した。着物は
簡単には着ることはできない。着ることで皆の顔つきも変わる
のか、皆がお互いに一層輝いて笑顔に見えたようだ。近くに
和式の庭園にも出向き、様々なポーズでたくさんの写真に収め
る。
よさこい体験は全員が初めての体験であったようだ。講師の
先生に基礎的な動作を教わり、音楽に乗って皆で踊る。これ
までに見たこともない笑顔と歓声があがり、寒い中でも汗が出
て会場は熱気に包まれた。来日してプログラムが始まって5日
間。スカラー一行には、これまでまだ少し打ち解けず、どこか
ぎこちない部分もあったが、これを期に完全に打ち解けること
ができた。
【参加学生感想】
日本文化体験は最高でした。着物を着るのも初めてだった
し生け花も初めだったのでとてもよかったです。そしていっしょ
によさこい踊りを踊ったときは本当に本当に楽しかったです。
一度だけではなくいろいろな曲を踊ってくださってありがとうご
ざいました。手作りの昼ごはんのカレーもとてもおいしかった
です。そこで初めて会った中国ハルビンの彼女ともいっしょに
躍ったりご飯を食べたり、配慮してくださって、日本人の温か
さを感じました。(呉華艶)
生け花は難しかった。うちの母も生け花を習ったことがあっ
て、昔花屋を営んでいた。ずっと母の生け花を見てきたが、
今の実家は花屋ではなくて良かったと思う。でも、こんな珍し
い経験ができてよかったと思う。私ダンスとかの才能本当に
持っていないけど、皆と一緒によさこいを踊っていた時すごく楽
しかった。よさこいを教えてくれた先生たちも本当に明るくて、
先生たちからいっぱい元気をもらった。台湾で授業の時も着
物を着たことがあるけど、日本式の建物で写真を撮るのが初め
てだったから、楽しかった。もっと写真をいっぱい撮りたかっ
たけれど、時間がないのが残念だった。(孫體仁)
日本の浴衣を体験するのは初めてではないけど、前回と違っ
て冬用の浴衣を体験しました。寒いから夏用浴衣より厚いと
感じました。なんだか前より自分に似合うような気がしました。
18
女用浴衣は一人では着られないし、歩く時も大変難しいし、
昔の人は毎日着ていたので、移動するのが難しかったと思いま
す。生け花は、やったことがないけど、ちょっと見てそんなに
難しくないと前はそう思いました。実際にやってみたら本当に難
しいと感じました。一本一本を飾っていると、気持ちが落ち着
いてきました。
その後皆と現地の人と踊っていた踊りは面白かっ
たです。その踊りの名前は覚えていませんが、足と手の動きが
すごく早いので、なかなか難しかったが楽しかったです。とて
もとても楽しくて、皆とだんだん仲が良くなってきた段階でした。
少し疲れましたが、美味しいカレーを食べさせていただきすぐ
に力が戻りました。とても良かったです。
(Tun Sovann)
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
金沢市市内ツアー
兼六園、金沢城跡、石川県庁、ひがし茶屋街、
金沢市庁舎、金沢市大和町防災備蓄倉庫
【概 要】
11月17日午後、石川県での国際交流ラウンジでの日本文
化体験を終えた後、一行は徒歩で、しいのき迎賓館に向かっ
た。しいのき迎賓館は、かつて石川県庁のあったところで、大
正時代の名残りを残す石川のランドマーク的な建物である。
正午を少し回った暖かい陽射しの差し込む交流サロン、スカ
ラー達はここで石川県内の各大学から有志で参加してきた日
本人学生たちとの対面を果たした。コーディネーターの川畑
松晴先生から、石川プログラムのオリエンテーションを受ける。
この後、一行は兼六園、金沢城跡見学を行う。見学には、
「ま
いどさん」と呼ばれる、黄色いジャンバーを着用した地元のボ
ランティアによる丁寧なガイドがついた。兼六園は特に日本三
名園のひとつに数えられており、名残を色濃く残している。
引き続き、石川県庁にバスで向かう。今回のアジアフォーラ
ムin石川のメインテーマ「災害にうち克つ~石川で考える、私
たち若者ができる事」に沿って、また石川県庁のご厚意もあり、
石川県危機管理監室より、防災センターを特別見学し、災害
発生時の対応について説明を受けた。その後、江戸時代の古
い町並みひがし茶屋街を散策し、宿所である石川県青少年総
合研修センターに着いた。
日本人学生とスカラー混合での班が編成された。石川プロ
グラム初日ではあったが、夕食後早速、各班に分かれて、ア
ジアフォーラムin石川での発表に向けて、グループ討議に入っ
た。
翌日11月18日、フィールドワークで山野之義金沢市長を表
敬訪問、その後、金沢市の防災備蓄倉庫の見学を行った。
金沢市長表敬訪問の場では、山野金沢市長からの歓迎の
辞を受け、対してスカラーからは台湾代表の劉怡臻が答辞を
述べた。
金沢で見た景色にすごく感動しました。特に兼六園は本当
にキレイでした!タイには秋の季節がないから紅葉もないので、
初めて紅葉を見ました。美しい景色を眺めながらガイドさんの
説明を聞きました。ガイドさんは兼六園の中にある瓢池、噴
水、夕顔亭などについて分かりやすい言葉で、説明してくださ
いました。兼六園から見た金沢の人の家の景色もきれいでし
た。兼六園を回った後に私たちは金沢城まで歩きました。金
沢城は広くて静かな雰囲気でした。私が行ったことがある日本
のお城は大阪城だけですが、やはり金沢城と違う雰囲気です
ね。だから、今度日本に行く機会があれば他のお城にも行っ
てみたいと思います。そして、最後は石川県庁防災センターで
講義を聞きました。これもよかったです。そして、関係ないこと
ですけど、あそこで見た石川の夜景はすごくきれいでした。私
元々夜景が好きなので、初めて来た石川の夜景も見られて嬉
しかったです。
(Reangthong Sirarut)
11月17日 金沢市市内ツアー(兼六園、金沢城、金沢県
庁災害センター)は、とても面白かったです。兼六園を散策し
て説明を受けました。兼六園は国の特別名勝に指定され、日
本三名園の一つに数えられています。明治記念之標や雁行橋
や松の雪吊など見学し色々な知識を受けてとても有意義でし
た。それから金沢城を見に行きました。金沢城は戦国時代か
ら江戸時代にかけての梯郭式の平山城です。災害センターで
は10万人分ぐらいの食料が貯蔵されています。
(金沢の人口
が40万人)
。
(Tran Mai The An)
【参加学生感想】
兼六園はとてもすばらしいところだと思います。ガイドさんの
話によるとこの公園は、日本の三名園の一つだそうです。カン
ボジアのアンコール時代と同じように建築は、戦争で敵が入る
のを防ぐために、いろんなこと考えて建物を築いたのは共通点
と思いました。残念なことは雷のせいでお城が残っていません。
しかし、金沢市内は風景がきれいで静かだし、落ち着いてい
るところですから、観光にもっともいいと思います。石川県庁
防災センターはもっとも市民の信用できる防災システムだと思
います。さすが技術が高い先進国の日本です。あんなに遠いと
ころまではっきりと見られる望遠鏡にびっくりしました。そして、
防災の計画などにきちんと考えていることは、とても私たちの
国の見習うことになると思います。
私は金沢はとても住みやすいところだと思います。現代の世
界と昔から残っている東茶屋街、兼六園、きれいな海、美味
しいシーフード、素敵な山の風景があるのでとてもいいところ
です。私は金沢が大好きです。(Tun Sovann)
19
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
全体講演
「金沢市内のある町会の取り組み
~日常から地域の減災対策~ 」
吉田正俊氏(金沢市元菊町本町会長)
【講和の概要】
自分は現役リタイヤしたが、地域での町会長、ならびにコミュ
ニティーアドバイザーとして勤めている。
「向こう三軒両隣」
という言葉があるが、日本の良い伝統とし
て、相互扶助する地域コミュニティを指す言葉である。ところ
が、6年前、わたしが金沢に戻ってくると、
これが
「無関心」
となっ
ており、「高齢化」
が進んでいた。
今回の東日本大震災は
「想定外」「制度・マニュアルでは対
応できない」状況であった。「地元の日常のつながり」があった
ならば、自発的に助け合う力になっていた可能性がある。岩
手県の釜石市では、津波が来たときに声を掛け合うことで、
いち早く気付けて災難を逃れて生き残った事例がある。反対
に、コミュニティのつながりが希薄で助からなかった例もあっ
た。
私たちの町会では、自分が町会長となった6年前に発起して
町会長として、新たに理念を設定した。
「住民は我が町会の宝、連帯は我が町会の命」。
「命、ふるさと、歴史、学び、つながり」これらを大事にし、
誰もが安心して暮らし続ける元菊町を作ろうとした。
リーマンショック、行政サービス
(医療、年金、教育、福祉
など)の低下、自己責任自己犠牲の考え方、自然災害、地球
20
の温暖化、人口の世界的膨張、先進国での少子高齢化など、
世界的に見ても先行き不安が蔓延している。特に弱者には厳
しい流れにある。こうしたことは、すぐに自分の身近に迫ってく
る。決して他人事ではない。
私が町会長になった際に、
「高齢者が町を作ろう」
と訴えた。
高齢者の孤独、寂しさを解決すれば、健康になり、医療費
も下がるはず。まずは自分自身の健康から取り組んだ。我々
一般庶民は経済的な豊かさ「金持ち」にはなれないだろうが、
「心の豊かさ」は追求できると考えた。人知れずに餓死すると
いう悩みを言えずに亡くなっていった事例が発生したが、こう
した悲しい事例をなんとしても再発させてはいけないと考えた。
自分の悩みを隠そうとするのは日本人には特に顕著な特徴であ
るからだ。
戸別訪問をするなど活動を開始した最中、東日本大震災が
発生。折しも、金沢大学の講義を聞いて、
「足湯」
に出会った。
「足湯」はただの身体のケアだけではなく、対面することで施
術を受けるとほろりと悩みを吐露させる効果があり、むしろ心
のケアである。
これだ!!と実感した。町会に導入したところ、お年寄りが
家から出てくるようになった。町会では足湯を基軸として活動
しており、つながりを再生する。これをもとに、手芸、食事会、
健康散歩、などのミニサークルもできて、地域が活性化してき
ている。活動が軌道に乗ってきた。住民の気持ちにも向上心
もでてきた。
なぜ、このコミュニティのつながりが大切か?
「志縁」
:目標をきちんとつくり、それを通して助け合う縁が
自発的に出てきて助け合える素地ができる。コミュニケーショ
ンがしっかりとしていれば、避けられるトラブルもある。だから
つながりは大切である。
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
今日お越しの世界の学生さんたちへ。大人たちに関心を持
ち、積極的に年寄りともかかわる意識を持っていただきたい。
科学的根拠はないが、大人と対話をすることで人情の機微が
わかるようになり、皆さんが社会に出たときにきっと役に立つ。
若者のイノベーションと年輩の私たちの経験が合わさればきっ
と良いものになる。
団結していく、繋がっていくことが、いざ災害時には必ず役
に立つことを覚えておいて頂きたい。
ここにお見えの31名の学生さんには、是非、社会・世界に
必要とされる人材に成長していただきたい。
【参加学生感想】
今の日本は「無縁社会」と言われて、向こう三軒両隣に誰が
住んでいるのかぜんぜん分からない人が多いです。ですから災
害が起こったら、共助できにくくなってきました。高齢化社会
問題については、吉田正俊先生が「高齢者が町を作ろう」
と提
案しました。
とてもいいアイディアだと思います。先日テレビで
「夢
のみずうみ村」というリハビリをする施設のことを観ました。こ
のセンターの特徴はお年寄りや障害者を自立させることです。
食事の配りや、プログラムの選択など全部自分でやります。そ
のうえ、利用者が先生となって他の利用者を指導する教室が
いくつかあります。今の高齢者はいつも自分の存在が余計では
ないかと考えながら、自分自身を嫌うようになりがちです。もし
彼達が自立できるうえに、他人にも役に立つことができれば、
生きがいも出てくるのではないでしょうか。それに足湯活動に
も感心しました。体だけではなく、心を癒すのはもっと大切です。
(石夢)
高齢化によるいろいろな問題は韓国でも見られることだった
からすごく共感できました。田舎の状況はよく分かりませんが
私が住んでいる都市のほうでは人と人との関係がどんどん薄く
なっていくのを見て、これが社会問題になることが心配です。
東京で東大の学生たちとの討論でもこれに似ている主題でし
たけど吉田さんがいま金沢の学生たちがしている‘足湯’のボラ
ンティア活動はそんな高齢化や個人主義の深化による社会問
題を少しづつ解決できる方法だと思いました。有意義な講義
でしたけどプレゼンテーションなどの視覚の資料がなく吉田さ
んの話だけで講義をされて集中するのが大変だったのがすこし
残念でした。
(Lim JiA)
吉田さんからは金沢の町づくりの状況や問題について教えて
もらいました。今、
日本では 向こう三軒両隣が問題だそうです。
つまり近所付き合いが悪くなっているということでした。韓国も
これとはほぼ同じ状況なのでもっと興味を持ちました。
吉田さんによると金沢は現在4人に1人が高齢者だそうです。
なので近所付き合いの問題に敏感になるしかないと言っていま
した。なぜなら家に一人で住むお年寄りは災害に遭ったらもっ
と危険な状況になる可能性があるからです。だから吉田さんは
町会でこのような問題を解決しようと努力していました。
彼は町会の理念を「住民は我が町会の宝、連帯は我が町
会の命」と決めたと言いました。つまり誰もが安心して生きて
いける町を作ろうと思っているのです。自分の町の問題を解
決するためにこんなに頑張っている人たちがいるのが分かって
ちょっとびっくりしたし、感心しました。それで私は今、自分
が住んでいる町にどのぐらい関心を持っているかについて考え
てみました。でもやっぱりあまり関心を持ってないのがわかっ
て反省しました。この講演を通して自分の町について考えてみ
ることができたし、人との繋がりの必要性や重要性についても
う一回学べたのでとても有益な時間だったと思います。
(Jung
SooJi)
21
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
全体講演②
「自然災害にどう対処するか」
田中純一氏(金沢大学人間社会研究域法学系研究員)
【講和の概要】
私は東日本大震災の被災地に16回行ってきた。本日の夜に
も出発する。最初に行ったのは、3/15、つまり震災の4日後。
以来この8か月間、岩手県を中心に足を運んで、被災地を訪れ、
被災地の方々と話をしてきた。
今日はアジアの方々多数がこの場に来ているが、この10年
を考えても、アジアの各地で多くの災害が起きている。私たち
は自国で起きた災害を自国だけの問題として考えるのではなく、
アジアで経験や知識・技術を共有して、一緒に災害に立ち向
かっていくことが大切だろう。これから東日本大震災について
お話しするが、東北地方、日本だけの問題ではなく、アジア
で共有したい。皆さんには各自の専門分野で力を伸ばしグロー
バルに活躍する人材となってほしいが、今日の話がその一助と
なり、災害についても考えていただきたい。
今回の地震では、津波が大きな力を持っていた。アメリカ
西海岸、インドネシアでも被害者が出ている。マグニチュード
9.0未曾有の大きな地震。岩手県宮古市では一番高いところ
で38.8mの津波を記録した。瓦礫も膨大であり、その処理が
問題になっている。家族の心理。行方不明者の家族の一部に
は、死を受け入れられず、死亡届を役所に出さない方もいる。
災害弔慰金の支給率も67%。8ケ月経った今でもまだ、家族
にとって震災は終わっていない。町の復興計画が立てられてい
ない自治体もある。
被災地では5月の終盤から仮設住宅の建設が急ピッチで進
み、8月末には多くの方が仮設住宅に入ることができた。
我々は言う。「夏暑くて冬寒い仮設住宅」。一方、断熱効
果が高くて比較的住みやすい仮設住宅もあるが、どちらを選
択するかは自治体の判断で、キャンプ場を仮設住宅に転用し
ているケースもある。このように仮設住宅といっても様々あり、
生活の質に差が出ているといわざるを得ない。雨漏り、蟻など
の虫、床面の傾き、湿気、結露、非バリアフリーの建築構造。
現在、仮設住宅はこのようなクレームが上がっている。仮設
住宅には集会所が作られるが、基本的に50戸に1個という規
則があるので、小規模戸数の仮設住宅には集会所が設けられ
ず、コミュニティーの作られ方に差が出始めている。前提とし
て仮設住宅に入るのは抽選であり、既存の村社会のコミュニ
ティーが離れ離れになって崩壊している。当初は喜ばれていた
集会所も、近隣からうるさいという声も上がり始めた。住民は、
ストレスが溜まってイライラしている。支援物資がいきわたり始
め余裕が出てきたが、もらえる人ともらえない人との格差があ
る。バザー形式で、元気な人・ちゃっかり者が良い物資を取っ
ていき、杖をついた高齢者などは良い物資をもらえない。また、
「支援慣れ」という「被災者である自分たちは支援されて当たり
前だ」という気持ちの状況から、自分で頑張ろうという気持ち
が萎えている事例もある。
これまでの支援で、モノの支援は満たされてきている。これ
から求められるのはおそらく
「心の支援」
だろう。「災害ユートピ
ア期」という言葉がある。地震が起きたときは周囲みな苦しん
22
でいるから、高揚感、幸福感ができる。ところが半年~ 10ケ
月でこのユートピア期が終わり、被災者の気持ちがLOWにな
る。うつ病・アルコール依存症、外に暴力として出てくる場合
もあるなど、心理的に不安定になる。
仮設住宅に入ると、自立再建を前提としているので、入居
者は、家賃以外の光熱費は自分でコストとして払わなくてはな
らない。光熱費を払えないので暖房を我慢しているお年寄り
がいた。身体を壊す人がでないか心配だ。
生活保護を受け入れた被災者の数が6月に発表された。65
歳以上の世帯、身体障害者、母子家庭世帯の生活保護申請
者が増えていた。結局のところ、地震の起きる前から社会の
中で弱者と言われる人が最初に貧困に陥ってしまう現実があ
る。
こういう問題と向き合わないと、災害に強い社会、豊かな
社会は築けない。だから制度を変えた方が良い。国、地方自
治体は頭をもっと使うべき。仮設住宅に入る二年間、被災者
には体力・財力をリハビリのための期間とするべきでありそれ
を可能にするもっと手厚い保護が必要である。
また、津波で家を失った人々には、
「復旧」⇒「復興」の流れ
で、海に近いところから高台への移転が唄われている。しかし、
アンケートの結果、約4割の人がもと居た場所に戻って住みた
いと言っている。海とともに生きる。故郷への断ち切れない思
いがあり、多数決ではなく、多様な対応が必要である。
「人
間の復興」という観点が必要。一人一人の「住み続けたい」と
いう気持ちを最大限に尊重した復興が必要である。6月25日
に出された、
「東日本大震災復興構想会議」には失望させられ
た。
「復興の7原則」
のなかに、
「被災者」
という言葉はひとつも
出てきていない。二重ローンの問題についても、法人としては
言及があるが、個人の二重ローンに関してはまったく触れられ
ていない。
「自助」
⇒
「共助」
⇒
「公助」
。順番が逆。まずは、
「公
助」
が先である。被災者不在の復興構想である。特区構想
(宮
城県)は、個人事業者を廃業に追い込む可能性がある。地方
経済格差をさらに拡大させる可能性のあるものである。
マニュアル化。マニュアルはあった方が良い。だが、今回は
想定外であった。マニュアルを超えた柔軟な対応が必要であ
る。ボランティアも、制限させることなく技術者は受け入れる
べきであった。支援物資もさることながら、本当は現金が必要
であった。義捐金が被災者にいきわたるのも遅れた。瓦礫処
理も遅れている。
日本国憲法第22条では、居住場所の自由が認められ、第
13条では幸福追求権が認められている。被災者の人たちに地
元に暮らし続けたいという気持ちがあるならこれを取りこぼして
はならない。それが最終的に、豊かな社会、暮らし続ける社会、
災害に強い社会のベースになってくる。
調査の結果、パーソナルネットワークというのがキーワード
になる。能登地震の被災者に3年後にアンケートを行い「復興
の成否、どう感じているか」を確認したところ、パーソナルネッ
トワークが充実した人ほど、
「復興した」と感じている。家族、
近所、友人のネットワークは、高齢者になるほど、過疎地で
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
あればあるほど、小さくなる。
復興させる上では、パーソナルネットワークをつくることが、
大切である。
ここは、吉田さんの
「足湯」
の話に通じる所。
「足湯」
は、手をマッサージすることから始まる。学生は自分から話し
かけることはしない。手を握られることからくる安心感・落着
きから、自然と心がリラックスし、自分の中にためているストレ
ス・悩みを話し出す。
最初の頃、4月5月のころは、学生が手を握っただけで涙を
流されていた。皆が家族を失うつらい経験をしているが、周り
も同じ境遇の者ばかりだから、苦しみを話すことができない。
だから、金沢から来た学生が手を握り話を聞くと、溜まってい
たものを吐き出すのだ。回数を重ねると、前向きに頑張る被
災者も出てきている。
表札プロジェクト。仮設住宅には、表札がない。能登半島
地震で被災された方にお願いして能登原産のあすなろの木を
無料で一ついただき、輪島塗の漆職人の手伝いをいただき、
学生がボランティアで字を書いて、住んでいる被災地のお宅に
表札をつけた。仮設住宅にいのちを吹き込まれるということで、
被災者にも大変喜ばれた。このほか、海岸清掃のボランティ
アも行っている。学生にとって月に1度行くのもやっとだが、仮
設住宅の住民の方々とのコミュニケーションが生まれ、信頼
が育まれた。
7月に岩手県陸前高田の小学校に行った際に、七夕の短冊
に子供たちの願いをみた。「早くおうちができますように」
「お
父さんが早く見つかりますように」「はやく町がきれいになりま
すように」「みんなが風邪をひかないようにがんばろう」
「みん
なが転校しないようにがんばろう」。私たち大人は、彼らの願
いが取りこぼされないように、復興と災害に強い街づくりを考
えていかなくてはならない。
「減災社会」。今の若い人たちには、
町に借りて住んでいるアパートに思い入れは大きくない。でも、
ずっと住んできた人には違う。自分たちの町に対するアイデン
ティティーが大変強い。住み続けたいという願いを取りこぼさ
ない街づくり、基盤づくりをしていかないといけない。耐震構
造に強い建物を作った、防潮堤、防波堤を作るだけでは復興
とは言えない。ハードの問題ではない。もっと深いところで災
害を考えないといけない。
こうした話は、日本だけの問題ではない。アジアどこに住ん
でいても、「災害に強い社会」のベースになる。結局、人間の
復興、人間を中心に考えた復興でなければ、災害に強い社
会を作ることはできない。
つばめの巣の話。カップラーメンのカップにガムテープを貼っ
てつばめの巣作った人が居るようだ。ツバメの巣はツバメにとっ
てのふるさと。ここで産まれたつばめの子供たちは、来年は陸
前高田に戻ってくるだろう。ツバメのための仮設住宅である。
この巣を作った人は、人間だけを故郷と考えていない。ツバメ
にも陸前高田に帰ってきてほしいと考えているのだ。ふるさと
は、つばめにとっても人間にとっても等しく大切なものなのだ。
に立たないかもしれないと思います。個人だけではなく、全社
会で、日本だけではなく、全世界で災害を防ぐために頑張ら
なければならないと思います。
(劉宝佳)
田中純一氏先生の講演は「自然災害にどう対処するか」とい
うテーマでした。先生の講演から、まず日本の311災害の実
情況が詳しくわかりました。そして、被災して壊れた建物を再
建するために、政府、被災者と他の国民がどのように支援する
ことができるのかを教えてくれました。自助、共助、公助とい
う三つの要点は人間の復興を打ち出した復興策を推進するこ
とが必要です。ボランティアの足湯という活動を始めて紹介し
てくれました。足湯を通じて、被災者との交流(談話スペース)
ができて、被災者が向かっている問題と困難をわかって、適
当な支援を差しのべることができて、それは確かに良い活動で
す。自然災害後の支援物資、ボランティアと住宅政策は真剣
に対処するべきです。
(Quar Yin Yin)
田中純一氏の講義「自然災害にどう対処するか」では、災害
にあった皆さんの生活について勉強しました。災害の後、皆さ
んは、夏に暑くて、冬に寒い家で暮らしていて、仕事も給料も
なくて、とても厳しい生活を過ごしていたことを知りました。実
は、被災者の皆さんの生活、私が思ったより、すごく大変だっ
たと思いました。
でも、田中純一氏の講義の中で、一番印象深いところは、
金沢大学学生による被災地支援活動についての話でした。た
とえば、足湯ボランティア活動とか、表礼プロジェクトとか、
被災者との交流(談話スペース)など、色々な有意義な活動が
行われていました。そのような活動から見ると、物質的な支援
も要りますが、非常に困っている被災者にとって、共感しても
らうことのほうが必要、私はそう思いました。
(Le Thi Nhat
Hoa)
【参加学生感想】
田中純一さんから自分自身の体験で東日本大震災の被災地
の状況を紹介していただきました。被災地での仮設住宅で今
まで出てきた問題をいくつか話されました。例えば、
コミュニティ
交流のために作られた集合所の問題や暮らしに物資または環
境の問題などです。そして、復興のために考えなければならな
いことも提示してきました。例えば、支援策の実用性や災害の
あとに続ける支援などが有効でなければ被災地への支援は役
23
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
足湯体験
【概 要】
金沢市長表敬訪問と、金沢市備蓄倉庫見学から石川県青
少年総合研修センターに戻った一行は、
同センターの一室にて、
「足湯」を体験した。午前中の全体講演で、田中純一先生と、
吉田正俊町会長の講義を受けたが、その中で紹介された「足
湯」を、実際にスカラーに体験してもらい、その効能を体感し
てもらうものである。
(協力:金沢大学能登見守り隊・寄り添い隊「灯」
の皆さま)
【参加学生感想】
足湯は面白かったです。このように椅子に座って、体をリラッ
クスしながら、誰かが話を聞いてくれた経験はめったにないで
す。気持ちもいいし、大変な討論やスピーチの後こういう機会
があってよかったと思います。心が癒されるというより、話す
相手がいてくれるほうがありがたい。多分、みんなの前で言
いづらいかもしれません、その時は普通の話をしてました。学
校や年齢や趣味などの話です。でも、もしそんなに騒がない
雰囲気にいるなら、もっといい効果が出るとわたしは思います。
これを手段として、被災地の人の心を聞く、それらの人のいい
づらい話を聞いて、理解してあげて、またそれを応じて、何か
できたらいいなぁと思います。それによって、必ず多くの人が
救われるだろう。(陳鍵湘)
気持ちが良かったです。やってくれた人も、いろいろ質問を
聞かれて、身体的にも気持ちにも良かったです。私は被災者
じゃないですから、正直にあまり実感しませんでしたが、被災
者だったら、身体的にも気持ちにも良くなったりすると思います。
確かに被災者は、家族、家がなくなったし、避難所の生活に
直面してる問題がたくさんあるから、それは本当に心理的な面
にも役に立つと思います。被災者に援助することに対して、も
のはもちろん、心の援助も不可欠だと思います。足湯は、とて
もいい方法だと思います。(Tun Sovann)
「足湯」が体を温めるだけではなく、人々の心も癒せます。こ
れは被災者だけに提供すべきサービスではなく、たまには日頃
お世話になっているご両親にも足湯を体験させるべきだと思い
ます。
(石夢)
足湯を体験する時に中学生のころにボランティアをしたこと
を思い出しました。私は一人暮らしをしているお年寄りの人の
家を訪問するボランティアをしましたが、その時、意外と外の
話を聞きたい、自分のことを話したいという人が多かった。そ
の時はなぜ話すことがしたいのか理解できなかったですが、こ
の体験を通じて、心が温かくなることを感じ、その人たちも本
当は心が寂しかったかもしれないと思いました。人と人が手を
握って、目を合わせながら話すことは意外と大きい影響を与え
ますね。(Kim Eunmi)
「アジアフォーラムin石川」のテーマは「災害にうち克つ-石
24
川で考える私たち若者ができる事」でしたから、私はずっと自
分ができることを考えていました。
「足湯」を体験してから、答
えが見つかりました。日本の大学生がマッサージしてくれなが
ら、話すのは気持ちよっかたし、リラックスできたし、心があ
たたかくなりました。実は、マッサージしてくれた大学生は初め
て会ったのに、相手に自分が悩んでいることを言ったのは、自
分もびっくりして、
「足湯」
は本当に魔法みたい、人の心が癒せ
ると思います。
3月11日のあと、テレビを見て、被害者の顔に笑顔がだん
だんなくなって、自分はお金の寄付しかできなくて、もっと被
災者に何かしようと思っています。しかし、私一人でいったい
何かできるか、若い者の力には限りがあって、えらいことはで
きないとわかります。
「足湯」を体験してから、人を助ける方法
はたくさんあって、金銭的にもあるし、精神的にもあるし、人
に援助の手を差し伸べる気があれば、小さいことでも、相手
はきっと感じられると思います。
(馬潔盈)
自分もボランティアに参加したことがあるけど、実際に被災
地に行って、被災者に心のケアを与えることはできなかった。
被災者に手伝いとかを与えるのは大きな勇気が必要だと思う。
足湯を体験していた時に、体だけではなく、心も温めてくれた。
目の前のこの人は本当に自分のことを思って、話を聞いてくれ
ると私はその時感じていた。こういうボランティア活動は被災
者の心身ともに十分癒しを与えられると思う。
(孫體仁)
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
グループ討議
【概 要】
11月17日、石川県青少年総合研修センターでの2泊3日の
合宿生活の中で、石川選出の日本人学生15名とスカラー 16
名は、混合で班に分かれてグループ討議を開始した。グルー
プ討議の成果は、19日に県地場産業振興センターで行われる
「2012アジアフォーラムin石川」でプレゼンテーションしなくて
はならない。実は、石川県の学生たちは、10月21日の段階で
初顔合わせしており、約1か月にわたって、既に事前調査・準
備を積み上げてきている。しかし、発表までの2泊3日は短く、
夜遅くまで各グループ単位で議論が続けられていた。
≪グループA≫
疋田静香、前川諒輔、炭光太郎、糸洲奈央、劉宝佳、馬潔
盈、Thayarath Lylavady、Reangthong Sirarut
≪グループB≫
林静奈、野上るな子、澤田愛、石戸洋平、Tun Sovann、石夢、
Kim Eunmi、孫體仁
が、皆夜遅くまで頑張ってくれて、本当に感動しました。
(Kim
Eunmi)
石川の学生たちと討論をしていた時は、まるで台湾のク
ラスメートと討論しているような親近感があった。みんなの
年 齢も近いし、 発 表のテーマについても積 極 的に自分の
意見を述べていた。最初に石川の学生たちが震災に関し
ての感 想を聞いた。 皆それぞれ出身地が 違って、同じ日
本に住んでいるけど、震災に対する実感がないと正直に教
えてくれたことに感 心だった。 私たちスカラーも自分、あ
るいは自国が日本の今回の大震災についての感想や疑問
を言ったり、聞いたりして、いろいろなことを改めて認知し
た。そして、発表のテーマを討論していたときもやはりイン
ターネットの世界にはどの国の若者でも同じなんだなと思った。
三日間ずっと研修センターで発表を準備していたけど、退屈な
んか全然感じなくて、すごく充実した三日間だった。
(孫體仁)
≪グループC≫
赤尾直美、坂口真樹、玉邑大、木下美奈、陳鍵湘、Jung
SooJi、Quar Yin Yin、Le Thi Nhat Hoa
≪グループD≫
松崎亜里紗、竹内彩音、兒玉浩平、呉華艶、Lim JiA、劉怡臻、
Tran Mai The An
【参加学生感想】
この三日間、ずっと石川の大学生と発表するために、
「災害
にうち克つ-石川で考える私たち若者ができる事」というテー
マを討議していました。それぞれの国の人が集まって、グルー
プになって、討議する前はうまくいけるかどうか、私の日本語
がわかるかどうか、ちょっと心配していました。しかし、討議し
ているとき、私が日本語で伝えられないことがたくさんありまし
たが、
日本の大学生が一生懸命、私が言いたいことを理解して、
私たちの意見を集められるように、頑張りました。相手の意見
を聞いてから、自分の考え方を合わせるというやり方は日本の
大学生から見習わなければならないと思います。(馬潔盈)
私が属した班は被害を全然受けなかった関西地方の人々か
ら東北の地方のためにできることを中心にディスカッションを
行いました。今まで、第3者の立場で助ける方法は寄付しか
ないと思っていた私も皆と一緒に東北のためにすべきことを考
えるようになりました。私たちはブロックを通じて、東北地方
により良いイメージを植え付けるという意見を出しました。な
ぜかと言うと、地震のために放射能などの、極度にマイナスイ
メージになった東北に、良いイメージを植えつけるために簡単
でお金がかからない、大学生にちょうど良い方法がSNSだと
思ったからです。その結果を出すまで、試行錯誤を重ねました
25
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
アジアフォーラムin石川
テーマ:
『災害にうち克つ
〜石川で考える私たち若者ができる事』
【概 要】
11月19日(土)、これまでの2泊3日のグループ討議の
成果発表の場として、
「2011アジアフォーラムin石川」
が、
石川県地場産業振興センター第12研修室にて、公開シ
ンポジウム形式で開催された。
1.開会の挨拶
2011アジアフォーラムin石川実行委員会
委員長 紐野義昭氏
2.主催者挨拶
日航財団常務理事 中川浩昌氏
3.来賓挨拶
日本航空広報部長 溝之上正充氏
4.歓迎の言葉
石川県国際交流課長 魚直樹氏
金沢市国際交流課長 嶋浦雄峰氏
5.総合コーディネーター:
川畑松晴氏(金沢大学/金沢学院大学講師)
6.コメンテイター:
金沢市元菊町本町会長
吉田正俊氏
石川県青年団協議会会長 石井昌志氏
日本の復興へ
~若者ができること~
アジアフォーラムIN石川
循環的な社会へ
1:持続的
2:安全
3:子孫の負担にならない
4:環境の負担を少なくする
韓国の再生エネルギー対策
• 代替エネルギー開発 利用・普及促進法
• 代替エネルギー ① 新エネルギー
② エネルギー対策 : 太陽光、太陽熱、
地熱、少水力、廃棄物、風力、海洋エネルギーバイオメ
ス
• 「Green Home 100万 普及事業」: 再生エネルギー原を
住宅に設置する場合政府から補助金をもらえるプロ
ジェット
http://www energy or kr/knrec/12/KNREC120100 a
sp
海洋エネルギー発電
★潮力/波力 発電
•リアス式海岸(Rias coast)で有利
•特に閉鎖されている湾(入海)
•高い費用と環境問題発生が欠点
★温度差を利用した発電
•海の表面と深海の温度差を利用
•深いEast Sea(日本海)での韓国と
日本の共同研究の可能性
中国の再生エネルギー
【発表内容】
バイオマス
≪グループD≫
(兒玉浩平)東日本大震災で未曾有な状況に陥ったことは、地震・津波もあるが、原発事故が最
大の原因であったと考える。昔から日本は自然とともに生きてきた。日本が安全で安心な未来を創
造するためには、原子力発電を改め、持続的で安全な子孫の負担にならない、自然に負荷がかか
らない循環的な社会に変換することが必要ではないかと考える。海外スカラーに語ってもらいたい。
これが将来の日本との懸け橋になるきっかけとなればよい。
(Lim JiA)韓国の再生エネルギー対策について紹介したい。韓国では
「代替エネルギー開発・利用・
普及促進法」があり、新エネルギー、再生エネルギーの代替エネルギーと呼び普及に努めている。
再生エネルギーには、太陽光、太陽熱、地熱、少水力、廃棄物、風力、海洋エネルギーバイオ
メスなどある。「Green Home 100万 普及事業」~再生エネルギー源を住宅に設置する場合政
府から補助金をもらえる制度で普及に努めている。日本でも東日本大震災で倒壊した家屋を再建
するときには同様の活用ができるのではないかと思う
(さらに拡大するべきと思う)
。日本は島国だか
ら、海洋エネルギーを利用するのが有利だと思う(潮力発電、波力発電、温度差発電etc)
。高い
費用が欠点だが、入海が多い日本の海岸地形を活かして、水深の深いEAST-SEA(日本海)を利
用して、活用を考えてはいかがだろうか。
(呉華艶)2009年まで中国で再生エネルギー発電したものや量としては主に水力発電で顕著。
バイオマス利用も増加している。もともと生物(bio)の量(mass)のこと。再生可能な、生物由来
の有機性エネルギーや資源をいう。草食動物の排せつ物など、一年から十年で再生産できる植物
体を起源とするもの。バイオマスの原料となるのは、木質ペレット、トウモロコシ、稲などの植物。
日本は木材の利用が多いから、この廃材の利用は考えられないだろうか?環境によく、無限再生可
能で、ごみとして処理することができるのがバイオマスのメリットである。
(Tran Mai The An)ベトナムでは、ほとんど水力発電。ベトナムは国土の75%が山で雨も多く水
力発電に有利。日本の協力の下、原子力発電も開発され始めている。将来的には、太陽光を利
用した発電も期待されるが、コスト面、技術面でまだまだだろう。ベトナムは資金面での困難さから、
地理的・気候的な有利な条件でエネルギー開発策を作成してきた。よって、日本へのアドバイスは、
日本の有利な地理特性のもとでエネルギー開発策を作成するべきということである。これまでの前
26
もともと生物(bio)の量(mass)のことである。
再生可能な、生物由来の有機性エネルギーや資源
をいう。一年から十年で再生産できる植物体を起
源とするもの。
材料:ごみ 木質ペレット トウモロコシ、稲
メリット:環境にいい
無限再生可能
ごみを処理することができる
ベトナム事情
バイオ
力
太
子力
力
•地理有利
•値段安い
•環境に良くない
(biogas)
ベトナムはお金がない
→地理・気候のもとでエネ対策作成
→ 日本へのアドバイス
日本へのアドバイス
理
で
火山多い、 環太平洋火山帯(Pacific Ring of Fire)
→ 地熱
•現在、地熱開発国の中で日本が一番
•予備の供給源がほぼ果てない
再生エネルギー:台湾
★非核家園を目指す
対策:産業構造の変換 (1973年の日本)
エネルギーの節約
エネルギーの開発
★再生エネルギー:5%
進行中:風力、太陽光→技術を持つ
発展へ:地熱、潮力
バイオディーゼル・植物
(ひまし油、ナンヨウアブラギリ)
再生エネルギー:台湾
★電力のコストを固定値段に
ちゃんと反映する
• 政府:補助金 (市場機能を維持)
• 企業、機関:再生エネルギーの開発
• 消費者:節約の意識
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
例はあまりないが、日本は環太平洋火山帯の上にあり、地熱力エネルギーに有利であり、予備の
供給源がほぼ果てる心配もない。是非活用を考えてみてはどうだろうか。
(劉怡臻)台湾では東日本大震災をみて、改めて原子力発電を検討し、非核家園を目指している。
具体的には、産業構造の変換、
エネルギーの節約、
再生エネルギーの開発が掲げられている。現在、
再生エネルギーの全体に占める利用は約5%。主に風力、太陽光の利用が中心で、今後は、地熱、
潮力、バイオディーゼルの利用などが考えられている。ただし、再生エネルギーの開発だけではす
べての解決にはつながらない。いくら再生エネルギーを開発しても根本的には消費者の節電意識が
とりわけ大事であり、電力コストを固定の料金に反映させることが必要。
(竹内彩音)
日本の若者として何ができるか。
どのように世界に発信できるか。
まず、
第一に問題になっ
ているのは、風評被害である。農家や漁師の方々は大きな被害を受けている。
「東北の野菜は危
ない」実際は違う。基準値を超える野菜は一部なのに、出荷停止を受けたり、非常に安い値段で
売られたりしている。人に対する風評被害もある。
「放射能は感染する」実際は違う。福島県からき
た学生が差別を受けたりするなど。放射能が人から人に感染することはない。
(松崎亜里紗)風評被害はこのように極めて深刻。この事実を、どのように世界に発信するか?提
案は、SNSの活用。IT社会の発展している現在、最も有効なのでは? Facebookやツイッター、
自分の思いや行動を親指ひとつで発信できる時代になっている。3つのA“ Anytime Anywhere
Anyone” SNSを駆使できる若者ならではできることではないだろうか?
(劉怡臻)活気あふれる日本を再生することを考えるには、アジア各国の再生エネルギーの開発経
験を参考にしつつ、将来を背負う今の日本の若者の考えを大切にするべきである。
もうひとつ大切なこと、
「日本人は昔から自然とともに生きてきた」
ということを忘れてはもったいない。
石川啄木「ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」
。
昔から、日本人は自然の中に神様が宿っているという日本人特有な自然観、宗教観を持っている。
四季のはっきりした自然の多いなかで育まれてきた感性を大切である。夕焼け小焼けの歌を、皆さ
んに最後紹介したい。
日本の若者にできること
★真の東日本大震災を世界に発信する
SNS(Facebook, Twitter, you tube )の活用
風評被害
★農産物や水産物等★
嘘: 東北の農産物や水産物は全て危険
真実:政府が定めた放射線物質の基準値を下
回る物は安全
★人★
嘘:
東北民から放射能がうつる
真実: 放射能の人から人への感染はない
SNS
用
IT社会の発展
実現性が高い
3つのA
Anytime
Anywhere
Anyone
自然と共に生きる
「
ひ
こ
し
の
」
夕焼け小焼けで 日が暮れて
山の御寺の鐘がなる
おてて 繋いで みな帰ろう
カラスと一緒に 帰りましょう
• 自然の中に神様がいる
• 共生感覚:「夕焼け小焼け」
• 万物は繰り返して転変する
「夕焼け小焼け」
ゆうや
こや
ひ
夕焼け小焼けで
やま
おてら
く
日が暮れて
かね
山の御寺の鐘がなる
つな
かえ
おてて 繋いで
みな帰ろう
いっしょ
かえ
カラスと一緒に
帰りましょう
東北に人を集めよう!
(社会貢献度意欲の男女格差とその対策)
C グループ
大 直美 美奈 真樹
ケン 花 リサ スジ.
目次

問題意識

アイディア

まとめ
問題意識

継続的支援

周りの人々の関心の薄れ

地域のコミュニティーの再生
アイディア
行
と
Ⓑ 継続的
金
援
重要性

ボランティア休暇

被災地見学

単位が貰える

東北の工芸品や
アクセサリーの販売

寄付金を出したら
税金が減る
≪グループC≫
「東北に人を集めよう」
(社会貢献度意欲の男女格差とその対策)
(陳鍵湘)
グループメンバー紹介。問題意識、アイディア、まとめの3部構成としています。
(Le Thi Nhat Hoa)私たちは今回、東北大震災を通して、テーマ「災害に打ち克つ」ということで
考えてみた。
「継続的な支援」
について、昨日の田中先生の講義を通して、被災者との信頼関係を構築するには、
一つの場所に何度も足を運ぶと習った。
「周りの人々の関心の薄れ」
時間が経って周囲の関心が低下し報道でも取り上げられなくなり、関心が薄れていくことはよくな
いこと。
「地域のコミュニティーの再生」
地域の再生にあたって、昨日の吉田町会長の講義で、地域のつながりが希薄化していることは、
災害時の被害を拡大させる可能性がある。日頃からコミュニティー、絆を作っておくことが大切で
ある。
(赤尾直美)
アイディアを紹介する。
この3つの問題点について、どうすればよいか、皆で考えてみた。
A:現地に行くことの重要性をどう体現すればよいか?
ボランティア休暇を取る、被災地域に行く、ボランティアに行くことで大学の単位が取れるように
する。日本の企業でボランティア休暇を取れるところはまだまだ少ない。単位がもらえるというのは、
実際に韓国でも事例があるそうだ。
B:継続的なお金の支援をどう体現すればよいか?
東北の工芸金やアクセサリーの販売をする。寄附金を出したら税金が減る。
(Quar Yin Yin)現地に行くことの重要性を説明したい。
社会貢献しようとする女性は男性より割合が高い。たとえば、金沢のボランティアサークル「灯」
27
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
で参加した学生は170人いたが、男女比女性が8割。これは働いている人にも同じことが言える。
仕事面でも、男性は仕事一筋の面が強く、労働時間と給料は女性よりも男性が高い。子供がで
きると退職する女性も多い。従って、ボランティアに割ける時間は女性の方が整っている。ただし、
これは日本に限ったことではない。
に くこと
→ 社会貢献意欲
․どの国でも男性より女性の方が関心が高い
Ex) 灯の足湯(参加者170人中)
男
(木下美奈)データで検証したい。日本の男女の賃金格差をグラフにすると。一般女性は男性の6
割程度の賃金。パート・アルバイトになると、4割程度しかもらえていない。これから見ると、女性
の社会的地位が低いと言えるが、それにもかかわらず女性はボランティアに行っているので、これ
をみても男性がさらに頑張るべきではないか、と考える。
2割
的なお金の支援
継
賃金格差
%
80
75
70
65
60
55
50
45
40
女性一般/男性一般
女性短時間/男性一般
1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2007
(玉邑大)いかにして男性に興味を向かせて、被災地に向かわせるか、いかにして男性にお金を使
わせるか?
ブームとしてのボランティアは終わった。打開するため私たちは真面目に考えた。
アイドルグループTHK48を提案したい。
現地の復興支援のために、東北出身のアイドルグループを作っては?週末のコンサート実施、ま
た、地域の商品をPRすることもできる。食品の安全を訴える。グッズやCDを販売する。これらの
活動を通して、男性の被災地への集客と消費を刺激することができるのではないか?これに刺激さ
れて社会貢献につながればさらに理想である。
年
出典:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」より
THK48 (ToHoKu48)
東北地域の社会貢献活動
THK

被災者との交流

週末コンサート

地域PR (一緒に復興体験)

グッズCD販売
48
コミュニティーの再生

地域代表制度
- 各地域にふさわしい代表者をアイドル
として推薦
(赤尾直美)THK48をつくることによって、
どのようにしてコミュニティー再生につながるかを考えた。
その方法として地域代表制度の導入すること。各地の代表を出すことで地域の連帯感を出すことは
できないか。
さらに活発にするためには、総選挙制度の導入。これは、AKB48が実際に導入する制度で、
引用したもの。この選挙の勝者に比例して、地元をPRする機会が与えられることとしてはどうだろう?
地域をクローズアップすることで、地域競争制度を導入し、地域をひいては個人を復興させようと
いうことです。
(玉邑大)あくまでわたくしたちの問題意識は、今は震災直後の社会貢献ブームが過ぎて、人々の
関心が薄れてしまっていることにある。被災地は今こそお金が必要になっている。ある意味避けら
れないが、ブームが終わり、ボランティアや募金が限界にきている。アイドル提案はひとつのアイディ
ア。
わたしたち若者にできることは、震災直後の気持ちを忘れずに社会に出ていくこと、そして興味
関心のないかたも巻き込んで、東北、日本を活性化させていくことではないか。
≪グループB≫
(石戸洋平)今回フォーラムでも学んだボランティアもさることながら、もっと長期的な視点で東北が
経済的に自立する支援をしていくことができないか?東北の強みは観光。どうすれば東北に観光客
を呼び戻すことができるか?
それには、ブログやSNSを使って、東北の実情、東北が安全であること、を広く他の人に伝え知っ
てもらうことはできないか?よいイメージを植え付けることができるのではないか?とアイディアを提言
したい。それを我々 B班は、劇を通して紹介したい。
- グッズCDを購入して投票権 GET!
Ex) かわいい子
個性のある子
→ アイドルを応援することで地域の
つながりを作る
地域活性化
総選挙制度
․ 投票権を使って年2回選挙
․ 順位に比例して地元をPRする機会
→ 地域ごとの競争
↓
地域活性化
まとめ

男性の関心をどのように東北地域に
向けるか

インパクトのあることが必要
ご
とうご い した
東北に行かんけ~?
静奈、愛、るな子、洋平、マキ、
ミちゃん、夢、ソヴァン
(((((((((((劇上映))
)
)
)
)
)
)
)
)
(Kim Eunmi)政治家やマスコミが
「東北は安全」
と訴えているけれども、皆さんは本当に信じられる
だろうか?政治家やマスコミは政治的なアクションや利益のために動くから、信憑性が低い。本当
に身近な人が言うことの方が、信じられる。
ブログやSNSは全世界的に繋がっていて速度も速いので、より解りやすく東北地方に良いイメー
ジを植えつけられる。
長期的に考えると…。
東北地方が経済的に
自立すること
観光
私達が考えたこと
≪グループA≫
「世界中の若者、一緒に私たちの地球を守るために頑張ろう!!」
(ニュース形式で)
28
ブログ、SNSなどを使って
よりよいイメージを植えつ
ける。
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
二人の日本人ギャルは東北に行くことにし
ました。
・・・食べてばっかり
東北旅行後
二人は友人に会って、
東北の話をしました。
東北は安全で楽しかった!!
そして二人は、冬の東北に行きました。
ソヴァンは雪が初めて
(香港)
土砂崩れ対策。政府の災害対応が早いのは香港の強み。ビルの倒壊事故。香港の建築物は
耐震構造になっていない場合がある。香港は恵まれた都市で、地震や津波があまりないので、災
害に対する意識が高くない。でも香港にとっても、地震は他人事ではない。
(タイ)
津波。2004年スマトラ島沖地震では、タイ人は津波に対する知識
(例:引き潮が津波の前触れ)
がなく被害が大きかった。
2006年には津波警報装置が作られた。
(中国)
中国の歴史上一番大きな四川大地震。被災者の意識は大体3種類。①大多数の人が今の支援
が足りなくても仕方がない、最も重要なのはやはり自分自身の努力だと言う。②一方、どうすれば
いいのかまだわからず迷っている人もいる。③子供を失った親達が心に傷を負うということもわかっ
ている。救援物資には一番大切な薬の支援がずっと不足の状況で、避難所では風呂、トイレ、水
など衛生上の問題も残っている。
(まとめ)
世界では様々な災害が起きている。その情報や対策は、共有されているのであろうか?私たちは、
「情報を共有すること」が大事だと考える。日本の地震対策や「足湯」ボランティアは世界に広げる
べきであり、逆に世界の様々な災害対策は日本に活かすこともできる。各国の経験から学んだこと
を共有することで、「減災」につながる。そのために、政府同士だけではなく、若者から発信してい
くことが大切。「世界中の若者、一緒に私たちの地球を守るために頑張ろう!!」
寒い!!!
二人は旅行の写真をブログとFacebookに
アップしました。
マキちゃんと夢ちゃんは二人のブログと
Facebookを見て、東北に行きたくなりまし
た。
CAST
きときと石川人A
サムライ石川人B
初雪カンボジア人
ソヴァンに
台湾のモテっ子
中国の少女時代
ナレーター
総司会
るな子
静奈
ソヴァン
愛
マキ
夢
洋平
ミちゃん
【コメンテイター総括】
≪コメンテイター:吉田正俊氏
(金沢市元菊町本町会長)
≫
災害時に一番怖いのは風評被害。だから、正確な情報を迅速に出していかなくてはならない。
東日本大震災では、政府の対外発信が遅れたところはあっただろう。自然とともに共生し、経験を
良い糧としてとらえて未来志向で行くことが重要。男性がボランティアに消極的な傾向も確かにいえ
る。男性への意識づけこれからもお願いしたい。また、東北を元気にするという観点では、現状に
ぎやかなのは、イベントがある仙台だけ。そのほかの地域の活気づけは今後とも必要である。
世界各地の被害者の方々にとって、このような研修と発表会をすることは、実は一番のボランティ
アとなる。その情報を伝えることは被災者の心に伝わる。他人事ではない。
「ミスは絶対に起こる」
のと同様、「災害は絶対に起こる」
。忘れないで備えてほしい。
≪コメンテイター:石井昌志氏
(石川県青年団協議会会長)
≫
青年団の活動、地震を契機に盛り上がったところがある。自分は医療関係に従事しているが、
震災3日後には被災地に入った。先生としてではなく、少しだけの先輩の話として聞いていただけれ
ば嬉しい。
再生エネルギーの検討について。他の国で成功していることを学べればそれに勝ることはない。
2番手になることをためらわずに受け入れる、まねて学ぶべきである。
SNSの話は複数のグループから出ていた。SNSは大変便利なツールでもあるが非常には怖いツー
ルでもあるのでは?なぜなら、ほとんどの風評被害は、SNSから生まれている。私としては、第一に
まず「行動」。面識のある仲間の言動にはRealityがある。SNSはそれを前提として初めて意味が出
るもの。SNSだけを信用してはだめで、先に「行動」であり、自分が出会ったこと、目で見たことを
信じてほしい。
男女格差については、確かに現地には女性ボランティアが多い。ただ、特に災害初期、災害の
核心部になると男性の方が多くなる。力仕事も必要だから。核心部の環境は大変に悪い。もし、こ
こに女性の方に来ていただくというなら相当の覚悟を持ってきていただきたい。ボランティアで一番
難しいことは、現地ですべてを自分で完結すること。現地では何もなく何一つ期待してはダメ。自
分の衣食住は自分自身で賄わなくてはならない。ボランティアでもそこまでの意識のある方はなかな
か少ない。なぜ飲食がないの?と言うボランテイアの方もいる。
とはいえ、何よりもまず「現地に行く」ことが大事。そのための動機は確かに、アイドルでもなんで
もいい。
知っている人がSNSでつながっているのは大事。国をまたいでも知っている人の言動は重みがあ
る。見るだけではなく、
「現地に行く」
「本当?を本当!にする」
につなげる、つながることが大事。
グローバルでの「情報の共有」は、行って学んで体験したことを、体験していない人にも教えてあ
げるということで重要。ただ何より大切なことは、
「情報共有」で発信していく人はたくさんいるが、
29
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
それを
「受け取ろう」
という意識・気持ちを持つことが必要だということ。いろいろな情報を他人事と
せず備えることが大事。「地震は必ず起こる」
と考え、他人事と考えず、このようにグループワークで
勉強することはとても意義があることである。
本
政治家が言うこと。。。
実際に身近な人のほうが信憑性を持つ。
【参加学生感想】
学生ならではの若いアイディアを聞ける楽しい時間でした。記憶に残るのはC班の「THK48」でし
た。いわゆる日本の国民アイドル「AKB48」をベンチマーケティングしたアイドルで、東北地方のた
めにボランティアをするという内容でした。人気がある芸能人になることは難しいですが、一端人気
を得ると想像できない影響力を持てることから思うとあり得ないともいえない意見ですね。そして、
私が属したB班の発表にも本当に満足しました。発表の準備をする時に、どうすればいいのかを悩
みました。普通のパワーポイントだったら、思ったことを整理して読むことに過ぎないし、そんな方
法ではどんなに熱心に発表しても、聴く者がそのまま聞き流すおそれがあるからです。悩んでいた中、
ある人が発表の意見を出して、他の班より、面白く発表できたと思います。これも、若者ならでは
のアイディアですね。(Kim Eunmi)
ブログやSNSを使うと…。
全世界的に繋がっていて、
速度も速いので、より解りやす
く東北地方に良いイメージを
植えつけられる。
北 行
11月19日PM「アジアフォーラムin石川」
には、皆さんが発表して、色々な面白い意見が出てきま
した。ところが、実は、一番印象が与えた点は、JALのスタッフの浜崎明美さんでした。彼女は
「た
とえば、皆さんが、もし日本のお土産をもらったら、うれしいですか」と私達に質問をしました。誰
でも手を上げました。次は、
「でも、たとえば、それは福島からのお土産なら、うれしくもらう人は?」
と聞き続けました。すると今度は、私達のほとんどが、あまり手を上げませんでした。なぜならとい
う理由、たぶん誰もが分かりました。ですが、彼女の最後の質問は「でも、もし、あげた人が、そ
のお土産は安全だと言ってくれたとしたら、もらう人は?」
、今度はほとんどが手を上げました。その
ことから見れば、実は、なんと言っても、福島の原子力発電所のことは世界中の人に大きな影響
を与えました。ですが、最後の質問の私達の答えは、世界の人達は、日本人の国民性と日本の復
興を信じていることを証明しました。それは一番心に残ったものでした。
(Le Thi Nhat Hoa)





皆の発表が全部すばらしかったです。諸国の状況を分析して、いろいろ提案しました。さすがア
ジアフォーラムです。最後浜崎さんの質問が印象的だったのです。
「福島のお菓子をもらったら、
喜んでいただけるのか」。その時、皆迷いました。いろいろ話し合ったのですが、実際に行動する
とどうなるのでしょうか。「愛の反対が無関心」これはマザー・テレサの名句です。愛は、相手に関
心をもつことから始まるのです。傍観者としての関心ではなく、相手の立場で考えて、自分自身は
何ができるのかと自問して、実践することが大切です。(石夢)



?
劉宝佳 (中国)
馬潔盈(香港)
リアントーン スィラーラット (タイ)
タニャラート リーラワディー (ラオス)
糸洲 奈央 日本)
疋田 静香 日本)
前 川諒輔 日本)
炭 光太郎 日本)
【コーディネーター総括】
<アジアフォーラムin石川2011>
「災害に打ち克つ~石川で考える私たちにできること~」
を終えて
コーディネーター 川畑松晴
今年も、多くの方々の協力のお陰で、国際的視野を持つアジアの人材育成を目指す本プログラ
ムは、なんとか所期の目的を果たすことができたのではないかと思う。
今回はとにかくテーマがすべてであった。私自身、3.11の震災以後、それなりに活動を開始して
いた。これまで、石川県ユネスコ協会青年部に関わり、ベトナム・カンボジアへのスタディツアーを
推進してきた経緯もあり、今度は、地元の学生や青年を開発途上国ではなく「被災地の三陸海岸
になんとしても送りたい、しかもできるだけ早い時期に」、と考えていた。5月の連休直後に予備調
査を兼ねてユネスコの青年部学生1名の協力も得て、私の車で、気仙沼市へ3泊4日のボランティ
ア活動に出かけた。三陸海岸の惨状に、私の五感は圧倒され、日本海側でノウノウと暮らす多くの
人たちに、この現地体験を共有させたいとの想いをいっそう強くした。現地での瓦礫撤去などの活
動で被災者の方々の復旧に微力ながらも応えると同時に、息の長い復興支援には、この時期の五
感を通した現地体験の共有が原動力となると確信したのである。
この後、県ユネスコ協会に7月~ 9月にかけての週末利用2泊3日の現地支援活動
(3回)
を提案し
て承認され、早速参加学生の募集にかかり、7月15日(金)~ 18日(月)に総勢20名で第1回目を
実施した。猛暑の中、よろめきながらの一輪車での土嚢運搬、異臭鼻を突くヘドロの撤去、ハエ
を追い払いながらのコンビニ弁当の昼食、そして、何よりも、眼の前に広がる大津波の惨状の数々:
学生達はその生々しさに改めて度肝を抜かれ、しかし、微力ながらも復旧に貢献できたことに充実
感を得たようだ。
このような状況の中で8月5日
(金)
のフォーラム打ち合わせ会を迎えた。震災から半年以上経過し
ているとは言え、11月にアジア各国の意識の高い学生が集まるときに、この緊急事態を避けるわけ
30
ht
/w w youtube.com/watch?v=O0EX r6vgBM
1994年
觀龍樓というところで土砂崩れが起こった
政府の反応
防止計劃を提案する
四千五百斜面を固め
ました
で
こった
な
ビ
が
れ
害
に
2010年1月29日午後1時
土瓜灣馬頭圍道というところの古いアパートが急
に倒れた
理由
アパートの地下に店が
が改装して、ひどい揺れ
が起こった
アパートの構造に問題
があるから、倒れやすい
香港の建築物は耐震構
造になっていない
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT





にはいかない。むしろ、正面に据えて、まともに考えてもらいたいと思った。
躊躇なく私は自分の想いを提案し、財団の方々及び地元事務局員の賛同も得、周知を集めてま
とまったのが、表記のテーマである。世界の人口増の中心であり、経済的発展で世界を牽引する
アジアは、災害大国でもある。その規模、死者・行方不明者数において東日本震災を大きく超え
る2004年のスマトラ沖地震・インド洋津波、2008年の四川省地震をはじめ、中~小規模の自然
災害はアジアの年中行事化している。
「アジア各地のスカラーと地元の学生が、フクシマ原発事故
を含めて東日本大震災を中心に自然災害について改めて学び、考える」
:なんと良い機会をアジア
フォーラムは与えてくださったことか。
このようなタイムリーなテーマを得た以上、コーディネーターの仕事は、比較的楽だ。金大の田
中先生や金沢市元菊町本町の吉田さんの助言もあり、金沢大学、県庁、金沢市の協力を得る素
晴らしいプログラムが肉付けされた。
フォーラムの実施内容とその結果の詳細は、本レポート誌の他ページに譲るが、地元学生とくに
5人の男子のリーダーシップには、ここで触れておきたい。四つのグループの代表・準代表としてそ
れぞれ個性を発揮しながら、事前準備活動及び3日間のフォーラムの中心としてよく頑張ってくれた。
地元学生は、途中参加のお客様で、スカラー達の精力的な活動から
「学ぶ」存在でしかなかった数
年前には考えられない活躍振りであった。日本語が会議言語だったこと、
スカラーに男子が少なかっ
た影響もあるかもしれないが、今後も、継続して期待したい特色であり、石川県青年団協議会と
の協力関係を含め、本県で実施することの意義を忘れずに、関わっていきたいものである。
引き潮が津波の前触れだと分からず
津波についての知識がない
当時はなかった
政府はタイ人に津波の知識を教訓した
2年後 2006)は警報装置を作った
ーー四川大地震被災者の現状
四
川
大
地
震
の
概
要
1、被災者意識
@自分たちが頑張る(多数)
@途方に暮れている(少数)
@子供を失った親たちの心の傷
2、救援物質、支援につい
て
@一ケ月15kg米と300
元
@薬は外国からの支援が
難しい
3、避難所
@形態:体育館、空き地
@状況:お風呂、トイレ、水、衛生
を
日本・世界の災害対策
すること!!
共有
ボラン
ティア
etc…
減災
31
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
国際交流まつり
【概 要】
「2012アジアフォーラムin石川」終了後、石川県地場産業
振興センター 1階コンベンションホールにて、関連者一同が会
して
「国際交流まつり」が開催された。石川県学生、スカラー、
スカラーを御自宅で引き受けて下さるホストファミリー、来賓、
アジアフォーラムin石川実行委員、日航財団スタッフ、皆が揃っ
ての交流の場となった。
まず初めに、地元「加賀豊年太鼓沖町保存会」による和太
鼓の演奏が行われた。上演された曲目は「沖町豊年万博太
鼓」
、創作太鼓「百万石の響き」、「源平魔除太鼓」であった。
日本の迫力ある伝統文化の紹介に、外国から訪れたスカラー
はもちろんのこと、日本人の参加者までもが圧倒された様子で
あった。
続いて、海外スカラーが4つのグループに分かれ、出し物を
披露した。特に、中国・台湾チームが歌ったテレサ・テンの
楽曲「時の流れに身をまかせ」は、多くの日本人に知るところで
あり、最後は会場にいる日本人も参加しての大合唱となって大
きな盛り上がりを見せた。
「国際交流まつり」の終演は、アジアフォーラムin石川を共
に作り上げた石川県学生とスカラーとの別れの場でもあった。
2泊3日の合宿生活で苦楽を共にしあった仲間たちは、お互い
の友情を確かめ合い再会を誓い合った。
【参加学生感想】
三日間の石川プログラムが終わり、忙しくても疲れても楽し
かった時間を過ごしました。「国際交流まつり」で日本の伝統
的な太鼓の演出を見ました。そして、アジア各国の学生たちも
出し物を準備して、みんなに楽しまれました。交流祭りではホ
ストファミリーと初めて会いました。ホストファミリーのお父さん
とお母さんと食べながら話して不自然な感じが全然ありません
32
でした。時間が短
くても同じ目標 に
向けて、一緒に頑
張ったことがあるか
ら、特別な感情も
生み出されました。
(劉宝佳)
皆民族衣装に着替えたのは二回目ですが、今回石川の学生
と一緒にいて、
なんか気楽になりました。皆歌ったり、踊ったり、
ラジオ体操をしたりして、本当に楽しかったのです。でも別れ
の時もきました。この三日間が短いとはいえ、皆の友情が深く
なっていました。うちのグループは「東北へいかんけい」という
スローガンを叫んで、皆涙をこぼしながら抱きあいました。こ
れは決して決別ではなく、いつか世界のどこで会えると信じて
います。
(石夢)
金沢の学生みんなとホームステイの方たちそして関係者のみ
んなと美味しいものを食べながら話し合ったり写真を撮ったり
して本当に良かったです。3日間準備していた発表が終わった
後だったのでもっとほっとした気分で祭りが楽しめたと思いま
す。それにみんなとももっと仲よくなれて良かったと思います。
そして太鼓の公演とかも直に見ることができたし出し物もみん
なと楽しんでいられたので本当に良かったです。国際交流まつ
りが終わってから金沢の学生たちと話す時間があまりなかった
ので残念でしたが本当に楽しかったです。3日間という本当に
短い時間でこんなに親しくなれるとは思えなかったのでちょっと
びっくりしました。すごくいい思い出が作られたと思いますので
後で機会があればまた行きたいです。
(Jung SooJi)
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
石川地区ホームステイ
【概 要】
「アジアフォーラムin石川」終了後、同会場で、石川地区ホー
ムステイへの、スカラーとホストファミリーの対面式が実施され
た。スカラー達は石川のホストファミリー宅で2泊3日のホーム
ステイを体験した。
「ホームステイ対面式」
主催者挨拶
2011アジアフォーラムin石川実行委員長 紐野義昭氏
財団法人日航財団常務理事 中川浩昌氏
お礼の言葉
スカラー代表 ベトナムハノイ代表 Le Thi Nhat Hoa
【参加学生感想】
ホームステイ先のご夫婦はとても優しかったです。色々美味
しい日本の伝統的な料理、果物を食べさせていただきました。
「寿司は自分の好きなものを選んで、どうぞ食べてください。
」
と私たちにいってくれました。たくさんのことを話したり、小鼓
を教えてくれたりしました。優しいです。それと、白川郷までつ
れて行っていただきました。本当にきれいなところですし、スカ
ラー 4人も一緒で、
そこの景色を存分に楽しめました。
これまで、
そんなにきれいなところを見たことがありません。すばらしいと
思いました。ありがとうございます。時間があれば、是非広州
にもいらしてください。(陳鍵湘)
でホームステイできたことはナタ
リーが私たちと縁があるから」と
言いました。今お父さんの話を思
い出して、人と人の付き合うこと
はとても不思議なことだと思って、
縁がなければ、一生会えないか
もしれません。ですから、会えた
ら、自分にとっても、相手にとっ
ても、幸運なことなので、自分は
この関係を大切しないといけないと思います。それで、皆と「さ
ようなら」じゃなくて、ホストファミリーと縁がありますから、ま
たいつか日本で会って、
「ただいま」と言えるチャンスがあるの
を信じています。
(馬潔盈)
台湾のマキチャンと一緒だったホームステイ先はおしゃれな
愛さんと可愛い兄弟、小学校1年生のレイチャンとハルチャン
の3人家族でした。今までいた東京と比べたら金沢は田舎でし
た。アメリカのように店が点々とあって、一つ一つが広いなと
思いました。
ホストファミリーの家は日本の典型的な二階建てでずっと前
から行ってみたかった日本の住宅に泊まることができてすごくう
れしかったです。みんなで金沢駅のショッピングモールに買い
物に行ったり家で手巻き寿司を食べたりしました。2泊という
短い間でしたけど楽しい時間でした。(Lim JiA)
日本でホームステイできたことは得難かったと思います。実
は、このプログラムで日本の大学生と交流したチャンスがたく
さんありましたが、20代以外の日本人といろいろなことを話す
チャンスはあまりありませんでした。しかし、日本人の家でホー
ムステイできたことは、日本の生活文化や行動模様ももうちょっ
とわかるようになりました。それに、いったい田舎に住んでい
る人と都会に住んでいる人との生活習慣はどんな違うところが
あるか、自分の目で確かめられました。
そして、ホームステイの時、ホストファミリーが皆私を親切
にしてくれて、私はお父さんとお母さんのまるで本当の娘と感じ
ました。お肉を食べられないおばあさんは私のために、餃子
屋さんで食事をしてくれたし、お父さんとお母さんも夜遅くまで
私といろいろなことを話してくれたし、お母さんと娘さんのあい
りが雨が降っているとき、わざわざバス停まで迎えに来てくれ
たし、娘さんのゆうりも話してくれたし、このことはほかの人に
とっては、普通のことかもしれませんが、私にとっては、素晴
らしいことだと思います。本当に、ホストファミリーがしてくれた
ことに大変感動しました。お父さんはその前、「ナタリーがうち
33
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
奈良プログラムオリエンテーション
奈良女子大学セミナーハウス
【概 要】
石川でのホームステイ終了後、11月21日、スカラー一行は
バスにて石川県から奈良県に移動した。
11月22日
(火)、奈良女子大学のセミナーハウスで、奈良女
子大学有志の日本人学生9名と合流した。
石川に続いて、奈良では、全旅程最後のフィールドワークと
プレゼンテーションに挑む。増井正哉先生による奈良オリエン
テーションに続いて、フィールドワークの取材対象「ならまち」
の代表である木原勝彬氏、林啓文氏からのミニ講義と講話を
受けた。
1.主催者挨拶
財団法人日航財団 常務理事 中川浩昌氏
2.開会の挨拶、オリエンテーション
国立大学法人奈良女子大学 教授 工学博士 増井正
哉氏
3.奈良女子大学紹介
国立大学法人奈良女子大学
国際交流センター特任助教 松永光代氏
4.ミニ講義
①ローカル・ガバナンス研究所 所長 木原勝彬氏
「地域と行政の連携・協働による奈良町のまちづくり」
②ならまち代表 林啓文氏 講話
【ミニ講義概要】
【1】
ローカル・ガバナンス研究所 所長 木原勝彬氏
「地域と行政の連携・協働による奈良町のまちづくり」
奈良市は中国の唐の長安に習い西暦710年につくられた平
城京が母体になっている。784年に長岡京、794年に平安京
に遷都され、京都は栄えているが、奈良は都の跡地としては
長く衰退した。江戸時代には奈良町奉行所の管下にあった。
現代になっても奈良も他の地方と同様に、人口減少と少子高
齢化の影響を受けている。
元興寺の境内に発展した奈良町(ならまち)は、人口減少の
影響を受けながらも、通行量調査(2008年⇒2011年比較)を
みても、奈良市中心街などで通行量が減っているにもかかわら
ず、奈良町は健闘している。
約30年間をかけて、啓発/学習⇒行政巻込み⇒行政投資
⇒地域活動団体による町づくりを行ってきた。地域の住民が、
歴史的資産を見直し再発見し、景観秩序の維持と活性化の
両立を指向しつつ、主体的に町づくりに取り組んできた。
(1)
取り組み状況
● 奈良町フェスティバル
「わが町再発見」
(1981年)
● 都市計画道路整備への提案活動
(1981年)
● 歴史的市街地の集住秩序と相隣環境の維持
● 景観形成地区指定
(1994年)
古い木造建築を補修維持するうえで補助金の交付
● 奈良町博物館都市
(ならまち賑わい)
構想
(1989年)
景観を維持しながらどのようにして町を活性化させるか。
● 奈良町物語館の開設
人々の交流の場
奈良まちづくりセンターの活動拠点
(1995年)
● 多様な市民活動の展開
(財)
ならまち振興財団など。
(社)奈良まちづくりセンター
コミュニティーの元気を出す。住民主体的に取り組む。
(2)
奈良町活性化の7つの要件
● 奈良町の時空価値の共有
● 多様なまちづくりリーダー
● 学習、調査研究、提案
● 地域
(民間)
主導行政巻き込み
● 多様な活動主体による相乗効果
(社会関係資本)
● 域内外の多様な人材ネットワーク
● 地域資産の保全活用による地域内経済循環
(3)
これからの地域づくり
● これからの地域づくりを話合う対話・協議の
「場」
づくり
● 地域住民の総意を形成する地域自治システムの導入
● 行政と地域とのパートナーシップ
(連携・協働)による地
域づくり
● 少子高齢化に対応する地域ケアシステムの構築
● NPO、地域コミュニティー、商店等の連携・協働関係
の構築
「人間の尊厳の尊重」
年老いても地域から尊敬を受けて、人間の尊厳を損なわれ
ないような地域づくり。
「自助・互助・共助・公助」
自分でできることは自分でやる
(自助)
みんなでやることはやる
(互助)
地域でやることはやる
(共助)
無理な部分は行政にゆだねる
(公助)
「地域民主主義」
「持続可能な地域」
(4)
総括
奈良町には、多くのかたが来過ぎて生活環境が破壊されて
しまうことを問題にする人もいれば、利益優先で奈良町の町づ
くりの歴史を無視して商売をされてもいけないと考える人もい
る。今後はこうした住民のたくさんの意見の調和と解決が課題。
34
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
少子高齢化による子育て支援、高齢者への介護サービスを
地域全体で作っていくことも課題。
みんなで議論をして主体的に当事者として参画して解決する
地域づくり(自治確立)、地域の住民の「総意」を形成していく
ことが重要。
奈良が長い歴史を持つ古い町で、これは北京との共通点の
一つとも言えるでしょう。だから、街づくりにはお互いに習える
点がたくさんあると思います。この講義を聞いて、奈良町への
興味が深められて、翌日の奈良町への見学をより一層楽しみ
にしていました。
(劉宝佳)
【2】林啓文氏講和
4年前に奈良市を退職したが、奈良市の行政の自治体職員
の立場から、町づくりをされる木原さんをサポートしたいという
気持ちで、関わって町づくりに携わってきた。
地方自治体の職員としては、市庁舎のカウンターの内側に
籠っていてはだめ。カウンターを乗り越えて、市民の側に出て
行き、市民と一緒に、悩みや悲しみや苦しみや慶びを分かち
合っていく必要がある、そのように考えて仕事に取り組んで来
たつもりである。これから2日間よろしくお願いしたい。
木原先生から、
「地域と行政の連携・協働による、ならまち
の街づくり」という講義を聞いて、古いものと新しいものが奈良
で互いに共生する理由が少しわかるようになりました。奈良町
の時空価値を共有する、あるいは、奈良町活性化するため、
地域政府が、多様なまちづくりリーダー、学習調査研究提案、
地域主導行政巻き込む、多様な活動主体による相乗効果、
域内外の多様な人材ネットワーク、地域資産の保全活用によ
る地域内経済循環という7つの要件を目指しています。それに、
地域を作るとともに、
「人間の尊厳の尊重」
、
「自助、互助、共助、
公助」
、
「地域民主主義」
、
「持続可能な地域」ということを強
調しています。これは、奈良が何年経っても、昔の日本の姿
が残っている理由で、奈良の強みだと思います。
(馬潔盈)
【参加学生感想】
木原勝彬先生の講義から、奈良の歴史を理解できました。
そして奈良で人口減少と高齢化という問題があります。奈良町
づくりは民家の再生と改修計画についてだけではなくて、奈良
の住民間のきずなが結びつけられなければなりません。
(Quar
Yin Yin)
35
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
茶道体験
36
【概 要】
11月22日、奈良プログラムオリエンテーション終了後、
スカラーは2つに分かれて茶道体験を行った。
奈良プログラムグループワーク時の班編成に従って、
「1班+3班」→古川邸
「2班+4班」→佐久間邸
を訪問した。
日本の茶道に興味が深いです。大学でも茶道の授業を受け
たことがありました。今度奈良に来て、茶道が体験できること
を楽しみにしていました。茶道のやりかたを見ながら自分の習っ
たことを思い出しました。甘い手作りの和菓子を食べて苦い抹
茶を飲む過程で茶道の文化を十分に楽しめました。体験だけ
ではなくて、茶道の源なども紹介していただき、本当に勉強に
なりました。
(劉宝佳)
【参加学生感想】
茶道というと、千利休のことを思わせられます。「一期一会」
は最初に覚えた日本のことわざです。茶室に入ると、つい床の
間のところへ目をやりました。金沢で武家屋敷跡野村家を訪
ねましたので、上段の間や茶室には必ず掛け軸と生け花があ
ることに気が付きました。床の間があるのですから、寂静な雰
囲気を作りました。舞妓さんが抹茶を用意してくれて、おばさ
んたちからいろいろな決まりを教えていただきました。抹茶が
ちょっと苦いですが、お菓子と一緒に食べるとちょうどいい味
です。この体験を通して、「和敬清寂」という茶道の心得を実
感させられました。お茶や生け花など全部中国から伝えられた
ものですが、日本人はこれらのものを「道」に昇華して、精神
的な追求になっています。(石夢)
日本の漫画に良く出るのがこの「茶道」です。韓国にも茶道
がないわけではありませんが、何故か全然違う感じがしました。
そして、お茶を飲むことにもいろんな規則があって、面白かっ
たです。難しくて
「えっ!こんなことまでしなければいけないの?」
と思うこともありましたが、日本の茶道を体験するだけあって、
きちんとするように頑張りました。日本の茶道はとても大変で
すが、スカラーの皆が実際に体験したらもっと楽しい時間を過
ごせたかもしれないと思います。
余談ですが、抹茶を飲みながらなぜ和菓子が甘いかについ
て思いました。
「お菓子は元々甘いものだけど、ちょっと苦い
味がする抹茶と似合うために甘くなったかも…?」
と…。これは
本当に個人的に思ったことです!(Kim Eunmi)
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
交流会
蔵武D(クラブディー)
【概 要】
茶道体験を経たスカラー一行は再度、奈良女子大学の日
本人学生と合流し、「蔵武D」に移動した。「蔵武D」は、歴史
ある町家の1軒を改装して作られた情緒あふれるバーであり、
ならまちの方々が集い、また観光客が訪れ楽しめる大変趣の
あるお店でもある。
ここで、ならまちの皆様、奈良女子大学の日本人学生、スタッ
フを介しての交流会が催された。翌日のフィールドワークで訪
問するならまちの名士
(コンタクトパーソン)
の方々にもご来場を
いただき、グループごとに事前の顔合わせも行われた。ならま
ちの皆様、奈良女子大学の皆様から、大変に心温まる歓待を
受けた。
【参加学生感想】
どのかたもとてもフレンドリーに接してくださって、すぐに皆
で盛り上がれたことが嬉しかったです。また、交流会という堅
苦しくない場で翌日の見学・体験先のかたとお話しさせていた
だけたことで緊張が和らぎましたし、フィールドワーク当日に一
からインタビューの趣旨を説明する間が省け本当に聞きたい内
容にたくさん時間をさけたのでとてもありがたかったです。交
流会の会場をとってみても、奈良に昔からある蔵を改造して営
業している『蔵武D』だったので、私たち日本人学生もスカラー
の皆さんも奈良の落ち着いた雰囲気を感じながら過ごすことが
できて良かったです。(大石眞由子)
地元の人にいろいろな旅行の話を聞けてよかったです。また
奈良の学生さんたちとも親しくなるきっかけになりました。やっ
ぱり交流会はいいと思います。^^
(呉華艶)
交流会の前までには奈良の学生とあまり話す時間がなくて
緊張したのですがこの交流会を通してみんなとちゃんと挨拶し
たり話し合ったりできたので親しくなれたと思います。また学生
たち以外にもたくさんの方々が来て楽しんだのでもっと盛り上
がったと思います。思ったより狭いところでしたがむしろそれで
もっと良かったと思います。狭かったのでみんなともっと活発
に話ができたと思えるからです。また準備されていた食べ物も
すごく美味しかったです。立って食べたので歩き回りながらい
ろいろな学生と交流ができました。先生たちとも話ができたの
でもっと良かったです。個人的に私は目上の人と話すのが苦
手ですがこの時は先生たちが本当に優しくしてくれてたくさん話
ができました。本当に楽しかったし良かったと思います。
(Jung
SooJi)
奈良女子大学のメンバーとの顔合わせ、そして翌日のフィー
ルドワークでお世話になる人との初対面を行った。また、他
のグループのコンタクトパーソンの方々ともお話をする機会とな
り、実際に奈良町の人と話す機会となった。私は奈良女子大
学の松永先生とお話をし、他大学の状況を伺うことができた。
(浦田雅子)
37
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
奈良フィールドワーク
【概 要】
11月23日、奈良女子大学日本人学生とスカラーは、混合
で四つの班を組み、ならまちでのフィールドワークに臨む。翌
日の24日午前には奈良女子大学でのプレゼンテーションが控
えている。
実は、奈良女子大学の日本人学生9名は、10月中旬から
約1か月間をかけて、事前に調査と準備を積み上げてきてい
た。それでも、
スカラーと実際に班を組んでのフィールドワーク・
グループワークは実質的にはこの日1日だけである。ならまち
のコンタクトパーソンを班ごとに訪ね、取材するその様子は真
剣にならざるを得ない。短時間で取材し、グループで議論し、
いかに発表まで作り上げていくか。皆が知識と知恵を出し合っ
て、力の限り取り組んだ。
≪第1班≫
山﨑みはる、田中麻理沙、大石眞由子、Tun Sovann、劉宝佳、
Lim JiA、Le Thi Nhat Hoa
*テーマ:奈良からの
「発信」
と、現代社会、地域との
「調和」
*訪問先:映画監督
河瀬直美さま
今西清兵衛商店 亀村慎さま
≪第2班≫
森花麻未、今中麻祐子、陳鍵湘、馬潔盈、Kim Eunmi、
Thayarath Lylavady、大鳥萌香
*テーマ:「ならまちコミュニティーを探る」
*訪問先:㈱地域滑性局社長 藤丸正明さま
松寿堂 森克容さま
≪第3班≫
松井知里、池森萌子、呉華艶、Jung SooJi、孫體仁、
Reangthong Sirarut、大西里奈
*テーマ:「ならまちの生活と観光の共存・共栄」
*訪問先:奈良町座会長 松山隆さま
奈良まちづくりセンター副理事長 藤野正文さま
≪第4班≫
佐野由佳、西村佳保里、石夢、Quar Yin Yin、劉怡臻、
Tran Mai The An、浦田雅子
*テーマ:
「訪問先企業が、これまでどのように経営してきたか」
*訪問先:藤岡建築設計事務所 藤岡龍介さま
ならどっとFM 取締役局長 中川直子さま
【参加学生感想】
訪問先から得た情報をもとに、それぞれが自国や自分の体
験を例にして意見を出し合えました。このプログラムをきっかけ
に、自国の文字の美しさに気付くなど、外から内(自分の住む
国や地域)
へ目を向ける視点が、内の魅力を認識するきっかけ
になるという考えに至りました。ことばというよりも、心の部分
でスカラーと分かり合えた気がして、とても充実していました。
リーダーとして、意見をまとめようとするあまり、論点を見失っ
てしまったことが、反省点ですが、周りのみんなが道筋を導き
出していき、最後にはまとまったのでよかったです。(山﨑みは
る)
藤岡設計事務所では町屋の良さを知ってもらうべく長屋を
38
改造し、民宿とすることで新
しい需要をつかみ雇用につな
げようと取り組んでいらっしゃ
いました。またならFMどっとこむでは地域に根差し一人でも多
くの人に奈良の良さを知ってもらおうと時代の流れや、人手不
足の問題を抱えながら、地元の人で作っていくラジオ番組を
提供していらっしゃいました。
私がフィールドワークを通して感じたことが2点あります。1
点目はスカラーに奈良の良さを知ってもらえたということ。2点
目は奈良の人はなぜ自分達の町に関心を示さないのかというこ
とです。藤岡さんがお見せになった長屋を改造した民宿には
和の空間に現代的な空間に現代的な安らぎがありました。そ
の中でスカラーが日本の美意識や雰囲気そのものの魅力を理
解してくれたようでした。ですがその分ならFMどっとこむで中
川さんにお話しを伺えましたように肝心な奈良の人が自分の住
む町の良さを知らないことは残念です。奈良の人は東大寺や
春日大社が身近すぎて行く気にならないそうです。私は自分の
町を知ろうとしないことは自分が住んでいない町のことも知らな
い、知ろうとしないことと同じだと思いました
(佐野由佳)
11月24日の奈良女子大学の皆さんとのフィールドワークの
集大成としてのプレゼンテーションのための準備時間はあまり
なかったから、ちょっと大変でしたが、皆、誰も頑張りました。
テーマの4つは
「奈良からの
『発信』
と、現代社会、地域との
『調
和』
」
、
「ならまちコミュニティーを探る」
、
「ならまちの生活と観
光の共存・共栄」と「訪問先企業が、これまでどうのように営
業してきたか」でした。奈良女子大学の皆さんは奈良にあるた
くさんのところを事前に見学して、奈良の大勢の人と話し合っ
て準備していました。ところが、発表する時は、奈良のことだ
けでなく、奈良のことから日本へのアドバイスも考えました。そ
れは一番有意義なことだったと思います。東日本大震災の後
は、日本全体色々な困難なことがありましたから、各地方も
困りましたが、日本復興のために、各地方から交流、支援す
ることはとても大切なことだと思って、そのように発表しました。
(Le Thi Nhat Hoa)
11月23日、奈良女子大学の皆さんとのフィールドワーク(グ
ループワーク)はすごく疲れましたが、面白かったです。藤岡
建築設計事務所とならどっとFM事務所を訪問しました。奈良
では残っている古い建物が文化価値や風景価値や資産・素
材価値など色々な価値を持っています。
「町屋の魅力を活かし
た1戸貸しの宿泊施設に」
という問題が出てきました。FM事務
所の中川さんと奈良の強み・弱みについて話しました。一番大
きな問題は奈良の人は奈良のことをあまり知らないということで
す。夜皆でディスカッションしてプレゼンテーションの準備をし
ました。
(Tran Mai The An)
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
奈良プログラムプレゼンテーション
奈良の強み・弱み
~町家再生と理解発信~
【概 要】
11月24日木曜日。この日は奈良プログラムで前日までグループワークで実地踏査した
内容を、班ごとに発表してもらう日である。一行は奈良女子大学理学部会議室に集合し、
成果を発表した。
グループ4
夢 リサ はなえもん アン
浦田 雅子 佐野 由佳 西村 佳保里
奈良の強み




長い歴史
→伝統的な物
観光資源が多い
→観光業の発達
人と人のつながりが強い
→まちづくり
静かな町
→リラックスできる生活
1.総合コーディネーター:
国立大学法人奈良女子大学 教授 工学博士 増井正哉氏
2.コメンテイター:
ローカル・ガバナンス研究所 所長 木原勝彬氏
ならまち代表 林啓文氏
奈良の弱み
奈良の人は奈良の事を知らない

特徴的な事を当たり前な事にする
→知ろうとしない

内向きの性質
→他の人に奈良の事を発信しない

【発表内容】
≪4班≫
奈良の強み・弱み
~町家再生と理解発信~
奈良の弱み
強いつながり
→奈良の人だけと仲良する傾向がある

観光の町
→やりたい仕事ができる会社が無い

(Quar Yin Yin)奈良は1300年前の平城京に始まり、日本でも最も長い歴史を持っている
町。今でも、東大寺(745年)など古い建築物や、町屋、借家、長屋など古い町並みが残っ
ている。奈良には観光資源もたくさんあり観光業も発展した。奈良に住む人は、人と人の
つながりも強い。ともに街づくりに取り組んでいる。災害の時には助け合うこともできる
だろう。奈良は東京や大阪に比べて静かで平和な雰囲気。リラックスして過ごすことがで
き、魅力がある。これらは奈良の強みである。
若者が離れる
→活気が失われつつある

藤岡建築所ー町家再生
(Tran Mai The An)
一方、
奈良には弱みもある。奈良の人は奈良のことを意外に知らない。
奈良の歴史の深さ、
奈良の観光地・世界遺産など、
知らない奈良の人は少なくない。例え知っ
ても、それを当たり前のことだと思って、奈良の特徴的なことを深く知ろうとせず、大切
にしない傾向がある。また内向きの性質を持っている奈良の人は他の人に奈良のことを発
信しない。また、奈良での人と人の密なつながりは強みでもあるが弱みともいえる。奈良
の人だけと仲良くする傾向があり他の人と交流するチャンスが少なく、奈良を紹介する奇
抜なアイディアは出てこない。最後に奈良は観光の町なので、観光に関係する仕事が多く、
やりたい仕事がない若者が奈良を離れ、高齢化が進んで活気が失われつつある。
町家
再生
現
代
の
生
活
施
設
自然を楽しむ
藤岡建築所ー町家再生
固有歴史資産を活かす
宿泊施設を増やす
町家の魅力を見せる
 伝統技術を活かす改修
 観光貢献
 新たな雇用



町家再生について
(劉怡臻)藤岡建築所での町屋再生のプロジェクトを紹介したい。奈良には大正~昭和初期
に建てられた町屋・長屋建築が存在する。空き家も多く、このまま傷み荒れてしまうと、
奈良固有の歴史遺産が消えてしまう。地域の特殊性や固有性が建築物に表れていると考え
る。藤岡建築所により新しく建てられる町屋では、その中に、日本の伝統様式の和室や庭
園、一方で併行して現代生活様式の設備が取り入れられている。藤岡建築所によって建て
られる町屋のメリットをまとめるとその長所は、
固有の歴史資産を活かす
宿泊施設を増やす
町屋の魅力を見せる
伝統技術を活かす改修
観光貢献
新たな雇用
現代の生活施設を取り入れて、伝統的な和式の町屋建築を活用、保存できる。
谷崎潤一郎「陰翳礼讃」
みなさんはほとんど、現代の生活で西洋式の建築物の中に住んでいる。光を引き出すと
こを追求する西洋文化に対して、日本人はむしろ、光の反対である陰や、間接的な繊細な
光線に心が魅かれ楽しんでいた部分がある。藤岡建築所の建物や再生された町並みの中に、
これを再発見し楽しむことができるだろう。
陰翳礼讃
39
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
(石夢)ならどっとFMについて。中川さんから話を伺った。ラジオのメリットは?
手軽、電池だけで動く
双方向のコミュニケーション(テレビは一方送信)
災害の時、生活の情報を伝えてくれる
ならどっとFMの特色として、大手ラジオにできない、地域に根差して市民の生活に役
立つ情報を提供している。
「規模」、「奈良にこだわった内容」、「人とつながりで話題をもらう」
、
「災害時のライフ
ライン」この四項目について説明していくと、
「規模」
スタッフが9人しかいない。市民のボランティアは80人くらい。人数が少ないため、営
業から番組の企画、放送まですべて一人でやり遂げる。加えて、
地元の人の力を借りて、
色々
な視点から番組を作っている。
「奈良にこだわった内容」
交通情報やおいしい食べ物、奈良の魅力的な文化歴史など伝えている。奈良のことをもっ
と知ってほしいという思いでスタッフは頑張っている。
「人とつながりで話題をもらう」
(佐野由佳)双方向コミュニケーションだからこそ成り立つこと。具体的には、作ってほし
い番組を募集する→ニーズをくみ上げる
感想をファクスやメールですぐもらえる→次のラジオ番組のタネになる
住民が出演する番組も作る→リスナーへの親近感
「災害時のライフライン」
緊急持ち出し袋に必ずラジオがある
災害の時どこに食糧があるか水があるかといった情報を伝える→大手ラジオでは無理、被
災者の立場にたった情報
電波が変わっても、柔軟に対応できる
「問題点」
資金の調達が難しい→スポンサーとして出資するうえでスポンサー会社をもっと濃い内
容で売り出してほしいと要請を受ける。それには、資金がかかる。
人手不足→上記の要請で、人手も必要になる。
ラジオの器具が古くなってきている→MD等は約10年前の媒体。
アナログの衰退→テレビにも地デジの流れ。
「まとめ」
(浦田雅子)では、奈良を良くするためには・・・???
まず、奈良の人が“奈良”を知ることが大切だと考える。そのためには、
①奈良について知るきっかけづくり
ex) 歴史的建造物、文化、歴史
②自分の知識を表現し相手に伝える
ex) コミュニティー活動参画
③情報を共有し発信する
ex) FMラジオ、フリーペーパー
藤岡建築所で見たように、自分たちが住んでいる町がいかに素晴らしい歴史的建造物や
文化、歴史を持っているか知ることが大切。そしてそれを発信するため、人と情報を共有
することが大切。そのために、コミュニティー活動、FMの制作に携わり、新しいNPO法
人に参加することが必要。ならどっとFMで見たように、自分たちを表現するための媒体、
FMラジオやフリーペーパーを使用した、発信する方法を、既存のものもあるが、それを
より深めることが必要。
「自知」自分自身が奈良を知る
「互知」お互いに奈良を知る
「共知」共に知る
「公知」公に知らせる
「協働」協働を行う
これらを通して奈良文化を世界に発信できるのではないかと考えている。
われわれは、それでなくても太陽の光線の這入りにく
い座敷の外側へ、土庇を出したり縁側を附けたりして
一層日光を遠のける。そして室内へは、庭からの反射
が障子を透してほの明るく忍び込むようにする。われ
われの座敷の美の要素は、この間接の鈍い光線に外
ならない。われわれは、この力のない わびしい、果
敢ない光線が、しんみり落ち着いて座敷の壁へ沁み
込むように、わざと調子の弱い色の砂壁を塗る。(略)
われ等は何処までも、見るからにおぼつかなげな外
光が、黄昏色の壁の面に取り着いて辛くも餘命を保っ
ている、あの繊細な明るさを楽しむ。
谷崎潤一郎〈陰翳礼讃〉
ラジオのメリット

手軽い、電池だけで動く

双方向のコミュニケーション

災害の時生活の情報を伝えてくれる
ならどっとFM
大手ラジオ:全国に発信しているので、大まかな
情報である
ならどっとFM:地域に根ざして、市民の生活に
役に立つ情報である
 規模
 ならにこだわった内容
 人とつながりで話題をもらう
 災害時のライフライン
規模
スタッフ:
スタッフ:9人
市民のボランティア: 80人くらい


営業から番組の企画、放送まですべて一人で
やり遂げる
地元の人の力を借りて、色々な視点から語る
ならにこだわった内容

緑のならとキリンで乾杯

JARTIC(ジャティック

イケ

奈良
人とつながりで話題をもらう
双方向のコミュニケーション

作ってほしい番組を募集する

感想をファクスやメールですぐもらえる

住民が出演する番組も作る
災害時のライフライン



緊急持ち出し袋に必ずラジオがある
災害の時どこに食糧があるか水があるかと
いった情報を伝える
電波が変わっても、柔軟に対応できる
問題点

資金の調達が難しい

人手不足

ラジオの器具が古くなっていている

アナログの衰退
奈良を良くするためには
奈良の人が“奈良”を知る
①奈良について知るきっかけづくり
ex) 歴史的建造物、文化、歴史
②自分の知識を表現し相手に伝える
ex) コミュニティー活動参画
③情報を共有し発信する
ex) FMラジオ、フリーペーパー
奈良の強みと弱みを生かして
自知
互知
共知
公知
協働
奈良の文化を世界へ発信!!
40
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
ならまちの生活と観光を通して見た日本
3班
知里、萌子、里奈、カエン、モー、スジ、マキ
≪3班≫
「ならまちの生活と観光を通して見た日本」
テーマの趣旨
(松井知里)近年ならまちは有名になっていて、観光地化されている。同時に一方で普通の
人が普通に生活している住宅地でもある。住民の方々の感じることに焦点を当ててみた。
目次
テーマの趣旨
訪問先の活動
 ならまちの生活と観光の現状と課題
 外国人からの奈良の印象
 気になること
 奈良への提案
 日本人の強み弱み
 日本への提案


テーマの趣旨


ならまちの観光地化
住民の感じていること
訪問先の活動
 奈良まちづくりセンター
藤野正文副理事長
 奈良町座
松山隆会長
ならまちの生活と観光の現状と課題

「ならまち」としてブランド化し知
名度の向上

生活と観光のギャップ

ならまちの今後の展望

伝統的な文化や歴史がよく保存されている

静かで落ち着いている

奈良ならではの建物や景色

標識

看板

夜の町並み

奈良の独特な旅行コースを作ろう!
外国人からの奈良の印象
気になること
奈良への提案
例)1.なら旅行は朝早くから!
2.朝の茶道体験
3.ならまち散歩
4.旅行は7時まで

住民も一緒に頑張ろう!
例)コミュニケーション
1.お祭り
2.ならまち座サロン
日本人の強み弱み

強み

 礼儀正しい
 伝統文化を大切
にする
弱み
 内向き
 自己主張が弱い
 安定志向
 郷土愛
日本への提案

「ならまちの生活と観光の現状と課題」
(池森萌子)20 ~ 30前のならまちはさびれていて、住民の人たちが自分たちは古い町に
住んでいるとしか思っていなかった。しかし、歴史的町並みが壊されそうになっている現
状に危機感を覚えたことをきっかけに、町づくり団体と行政が協力しあって町並み保存に
取り組み始めた。そのうちにならまちが観光スポットとして知名度をあげ、ブランド化し
ていくと、住民は歴史と文化のあるならまちに住んでいるという誇りを持つようになった。
外部からならまちでお店を開きたいという人もやってきて、町屋カフェなどもできた。こ
のため、ならまちは以前に比べ格段に活性化している。反面、観光客目当てのお店が増え
るなかで、住民の生活に根差した生鮮食料品店などが減っている。また、観光客が増えた
ことによってゴミや騒音などの問題が起こっている。週末に住民のかたが車を出そうとす
ると観光客に白い目で見られるというお話も聞いた。こうしてみると、観光客がならまち
を住宅地として意識していないことがうかがえる。つまり、生活と観光にギャップが生じ
ているといえる。ならまちでは町並み保存が順調に進んでいるため、今後の課題としては、
住民同士のコミュニティーの強化や、地元のお祭りをもっと盛り上げていくこと、町づく
りに携わる人々の高齢化の観点から後継者の育成の強化、こうしたことが挙げられる。
外国人からの奈良の印象
(孫體仁)最初の奈良の印象としては、伝統的な文化や歴史がよく保存されている。古い建
物、世界遺産、町屋など、日本の文化・歴史を感じることができる。次に、静かで落ち着
いている。東京と石川と旅程を経てきたなかでも感じる。そして奈良ならではの建物や景
色。奈良は日本で一番古い町で観光地としては京都大阪とも違う。発展する中でも奈良な
らではの景色が保存されている。日本の文化や歴史のよくわからない外国人にも、奈良の
この町の良さはよく伝わる。
より良い旅行環境を作ろう!
例)1.標識
2.ゴミ箱
3.提灯
4.意識の宣伝

(大西里奈)
奈良まちづくりセンター藤野正文副理事長。
25年前から、ならまちの町並み保存と活性化に取り組んでいる。 観光地化反対の方々
にも町を楽しめるように取り組んでいる。
奈良町座松山隆会長。
歴史ある町並みを活かし住民による町づくりを行い、地域振興を図る。日本全国世界の
町づくり運動のネットワーク作りもしており、ペナン、アデレード、台北、ハノイとの交
流が深い。
強みを伸ばすとともに、弱みも強みととら
えなおす
 内向き⇒伝統を守る
 自己主張が弱い⇒他人への配慮
 安定志向⇒生活維持のための努力
外国人の私たちから気になるところ。
(Jung SooJi)標識がないこと。奈良は昔の日本を味わえるところだが、外国人の私たちに
は、建物が全部似ているように見える。地元の住民以外、道に迷う可能性がある。町の風
景が似たり寄ったり。
目印となる店舗の看板があまりないこと。昔の雰囲気を守るためかもしれないが、店舗
と住宅の区別がつきにくい。店舗だとわかっても、店が閉まっている雰囲気がして、入り
にくかった。これは観光客には不便なことである。
夜の町並み。夜には観光ができなくなる。奈良はいつの間にか観光客が増えてたくさん
の人々が来る町になった。でも、奈良には昔からずっと住んでいる住民がいるためか、夜
7時位には大抵のお店が閉まってしまい、これは夜遅くまで奈良を楽しもうとする観光客
にはあまり嬉しくないことだろう。
奈良への提案
(呉華艶)奈良独特な旅行コースを作ろう。
奈良の住民と観光客のギャップあり。観光客の不満「奈良には夜に遊ぶところがない、
観光できない。店の閉店も早い。
」
41
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
ならまち住民の立場「夜の観光コースは作ろうとはしない。高齢者が多く、生活パター
ンを崩されたくない。
」
奈良の住民が観光客に押されて夜の旅行コースを開発する必要はないと思う。なぜなら
ば、奈良もともとの落ち着いた雰囲気がなくなってしまうから。提案として、奈良旅行は
朝早くからという奈良独特の旅行コースを作ってはどうだろう。茶道はもともと朝早くに
するものと茶道体験で習った。これをコースに取り入れてもいい。朝は一番奈良の落ち着
いた雰囲気を味わうことのできる時間。朝にならまちを散歩しながら奈良の趣や落ち着い
た感じを味わうのもよい。旅行は夜7時まで。こうすれば、ならまちの住民も以前のよう
に夜は静かに眠ることができて、奈良の特徴も活かされた素晴らしい町になる。
より良い旅行環境を作ろう!
(Reangthong Sirarut)昨日ならまちを歩いて、皆が感じたのが、標識が少ないということ。
観光客は今どこを歩いているかわかりません。奈良に限らず、日本にはごみ箱が少ない。
日本人はポイ捨てしないが、外国人には捨てたいごみを家に持ち帰りたくないと思う。続
いて提灯。奈良の夜は暗いと思う。提灯は、奈良の雰囲気に合うと思う。観光客の保安、
高齢者への配慮からも、提灯の設置を。そして、奈良は観光地である前に人々が住んでい
るということを、観光客に対してもっと宣伝し、迷惑をかけさせないようにすれば良いと
思う。
住民も一緒に頑張ろう
奈良の住民も一緒によい環境を作るように協力すればよい。お祭りによってコミュニ
ケーションを図るなど。
日本人の強み弱み
(孫體仁)続いて、私たちは、奈良の生活も参考にして、今の日本にいくつかの提案を考え
た。初めに日本の強みについて。
「日本人の礼儀正しいところ」
観光客が地元の人にトイレを借りること。
「伝統文化を大切にするところ」
ならまちで言えば、伝統的な建築や文化をきちんと保存して、国と伝統文化を保つこと。
「郷土愛」
地元の人は自分の町、自分の住むところに誇りを持っている。
続いて、日本の弱みについて。
「日本人の内向な性格」
ならまちは今観光地だが、地元の人は観光客が多くない方がいいと思うこと。奈良での
夜の観光も否定的。
「自己主張が弱い」
ならまちの住民は、好きな人だけにならまちに来てほしいと思っているが、奈良の政府
は観光客が多い方がいいと考えているように思われる。両者はちゃんと話し合った方が良
い。自分の思っていることをちゃんと相手に伝えて、両者のバランスを取ることだ。
「安定志向」
安定を求める気持ちとして、ならまちの人が今の生活を守りたいから、観光客を増やさ
ない方がよいと思っている気持ちにあると思う。
~日本への提案~
(Jung SooJi)以上、わたしたちは今回奈良を通して、日本の強みと弱みについて考えてみ
た。
わたしたちは奈良の強みはもっと活かして、それを通して日本を活気つけるべきであっ
42
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
て、弱みはただ隠すのではなく、それを利用してむしろ強みにとらえ直さなければならな
いと思う。たとえば、日本の弱みである内向きの傾向を、ただ攻めるだけでなく、内向き
だからこそ伝統が守れるのだという考え方をもって、弱みをなおすために頑張るべきだと
考える。
自己主張が弱いところは、他人への配慮につなげていたし、また、安定志向は、生活維
持のための努力につなげていたし、今は日本の弱みではあるが、将来にはそれをまたひと
つの強みにしていかなければならない。
これまでわたしたちスカラーは、東京、金沢を経て、奈良に来た。わたしたちは皆その
なかでも奈良はとても伝統的であって、本当の日本を感じさせてくれたと考えている。私
たちは観光地に変化しつつある奈良の住民と観光客との間での問題の解決に向けて、発表
を準備した。よってわたくしたちなりに奈良の問題点について話し合い、いろいろなアイ
ディアを出してみた。奈良がただ有名な観光地であるから訪れるのではなく、本当に奈良
のことが好きで奈良を訪れてくれる観光客を増やすために、以上のわたしたちの発表が役
に立てばうれしいと思う。
「
2
ミ
ィ
訪問先
・
奈良町情報館館長。奈良大学在学中に、山間地域にあ
る吉野郡川上村の過疎化問題に取り組みはじめられまし
た。2007年に奈良町情報館をオープンされました。
松寿堂。江戸時代から製墨を続け、宮内庁御用達と認め
られた老舗の墨屋さんです。
奈良町情報館
松寿堂
課題①
少子高齢化+若者が伝統文化を
知らない
解決策
教育場面においてこの問題を解決する
①学校の先生に伝統文化を知ってもらう機会を作る
②学校の授業の一環として伝統文化を知る機会を増や
す
例1)職人さんの見学、体験
例2)ビデオ学習
解決策
地域の場面においてこの問題を解決する
≪2班≫
テーマ設定:「ならまちコミュニティーを探る」
藤丸正明さん
(森花麻未)奈良町情報館館長。奈良出身ではないが、奈良大学在学中に、山間地域にある
吉野郡川上村の過疎化問題に取り組みはじめ、2007年に奈良町情報館をオープン、なら
まちの地域活性化に大いに貢献されている。
森克容さん
(今中麻祐子)松寿堂。江戸時代から製墨を続け、宮内庁御用達と認められた老舗の墨屋さ
んを営んでいる。長くならまちに住んでいる。
(大鳥萌香)奈良町情報館は、奈良を訪れた人たちのニーズに応じ、ショップやレストラン
など紹介する観光案内所。また、地元の特産品や吉野杉のお箸の販売レンタサイクルなど
も行う。ならまちの人々と観光客を結び付ける役割を果たしている。
松寿堂は墨を伝統的に作り続け、宮内庁御用達にも指定された老舗の墨屋さん。昔、固
形としての墨は大阪・京都・奈良で作られていたが、最近は液状の墨汁で書道が行われる
ようになり、その結果需要が減少し、現在は奈良でしか伝統的な墨は生産されていないと
のこと。
わたしたちは、今回この訪問の過程でならまちのコミュニティーの抱える課題を伺った。
それをもとに、この課題を話し合ったので、それを発表したい。
(Thayarath Lylavady)問題点のひとつ。少子高齢化で、若者の人口が減っていることに
加えて、若者が伝統文化を知らないことである。なぜ若者が伝統文化を知らないか?若者
が伝統文化に触れる機会が少ないからである。
この問題の解決策として、まず、教育場面で2つの提案をしたい。1つは、学校の先生
に伝統文化を知ってもらう機会を作ること。学校の先生にも、伝統文化に知らずに育って
きた世代が多いので、まずは学校の先生に伝統文化を知ってもらうことが大切と考えた。
2つには、学校の授業の一環として伝統文化を知る機会を作ること。たとえば、職人さ
んの職場の見学や体験の実施、また授業中のビデオ学習等、そうすることで、伝統文化の
本当の良さを知ることができ、興味を引き起こすことができるのではないか。
次に地域場面への提案。地域のお祭りなどの伝統文化のイベントに子供たちが参加する
機会を作ること。松寿堂の森さんは、遷都1300年祭のイベントで、子供達に墨をすって
もらい、伝統文化に触れてもらったそうである。このような活動を増やしていけば、若者
が伝統文化を身近に感じることができるようになると思う。
地域の伝統文化のイベントに子供たちが参加する機会を
作る
課題② 奈良の人が奈良の良さ
をもっと知ること
(陳鍵湘)続いて、2つ目の課題である、
「奈良の人が奈良の良さをもっと知ること」につい
て、発表したい。わたしから、奈良の人は良さを知らない原因を触れてみたい。時代が変
化し、人間の生活が変わりつつある。文化は伝統的に伝わってきた。人が自分の土地で育
ち、自分の文化に合わせながら成長していく。自分にとっては、周りの文化や伝統的なこ
とは当たり前のことだと思っている。よって、自然にそれを吸収し、生活するためにその
環境に慣れてくる。そのため、自分の文化の良さになかなか気づくことができない。外部
43
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
の地域の人がわざわざ自分の生活圏まで来て、自分の文化を学びに来るのを不思議だとさ
え思っているかもしれない。逆に地元の人々は、自分の住んでいる地域を学ぼうという気
持ち・意欲がだんだんなくなってくる。
奈良の人たちが気づかない奈良の良さがたくさんあると思う。
奈良の人は良さを知らない原因
うまれた時からその土地に慣れている
良さを知る機会が少ない
(大鳥萌香)奈良の人が奈良の良さを知っておく重要性。奈良は活性化されていると印象を
受けたが、もっと活性化させるためには、若い人の力が必要と考える。自分たちで活動す
る必要があり、その前提として、そもそも自分自身が奈良の良さを理解していないと、そ
の良さを他の人にアピールしたり発信することはできない。そのため、奈良の良さを自分
自身で知る機会をもっと設けることが必要であると考える。
(馬潔盈)問題の解決方法を発表したい。方法は2つある。まずは、地域のコミュニティー
で食べ物祭りを行うこと。
奈良のことを自身が知るにはまずは、食文化が良いと思われる。奈良でしか食べること
ができない食べ物の紹介を期間限定で数回行う、たとえば春夏秋冬の四季を意識した旬な
食べ物を紹介する。食べ物祭りで奈良でしか食べられない食べ物が集まって祭りに参加す
れば、奈良の食べ物から奈良の人々の生活文化も分かることができると思う。
2つには、現地の学生がツアーガイドをすること。地元の中学生、高校生、大学生は、
外国からの学生や、日本の他地域からの学生を案内してあげること。奈良の学生はガイド
をするために奈良をもっと詳しく調べて奈良の良いところを知ることができる。また、奈
良の地元の人々もボランティアガイドになって、奈良に来た観光客を案内する。しかし、
お金のためだけではなく、担当者が奈良の魅力をよく理解するために一生懸命努力する。
そうすることで、担当者もガイドもその過程で、自分の目で奈良の美しさを確かめること
もできるし、人と人とが協力して、奈良の伝統文化を守るため、奈良の魅力を再確認する
ことができる。
(Kim Eunmi)続いて、世代間による考え方の違いについて発表したい。世代間の考え方
の違い。ならまちには、ならまちを良くしたいと思う人がたくさんいる。様々な年代層が
いる。皆ならまちを良くしようと考えているが、残念ながらその考え方は世代間によって
異なる。たとえば、60年代の方々はボランティアを通じてならまちを活性化しようと思っ
ているが、70年代のかたはビジネスとしてならまちを活性化しようと考えている。
その中の問題とは。世代間の考えの違いによって発生する問題と、解決方法とは。
①新しい人がコミュニティーのルールを知らずに、短期的なビジネスだけを考えている
・昔からのルールを尊重する。
・長期的にどうすべきかを計画すること
②昔から住んでいた人が、新しい考えや人を受け入れようとしないこと
⇒今までの伝統は外国(たとえば中国)などから入ってきたものであることを再認識
すること。たとえば、皆さんが使っている漢字、伝統的な和紙、訪問した伝統的
な墨づくり。これらは実は、外国から入ってきたものである。このことから、昔
も新しいものを受け入れていることがわかる。これからも、新しいことを受け入
れて、今までの伝統をもっと発展する姿勢を持つことが必要。
③世代間の意見の差
⇒個人的な問題と考えるよりも、国、県、市が民間の間に入り、世代間のギャップ
を埋める役割をすることと考える。
≪1班≫
(山﨑みはる)訪問先紹介:映画監督 河瀬直美さん
奈良で生まれ育ち、奈良を題材に映画を撮り、活動される今西清兵衛商店 亀村慎さん
明治から「春鹿」という日本酒を奈良で製造、販売している。
伝統を守る提案については、「内から外にできること」
「外から内にできること」という
切り口で進めていく。
(大石眞由子)河瀬直美さんから学んだこと。本質を守るということ。
「本質」とは、
「もの
ごとの一番大事なところ」ということ。河瀬さんは自分の生まれ育った両親のいる奈良が
大好き。しかし、その奈良から「伝統を守る」気持ちが今、消えてしまいそうだと気付き、
それを止めようと活動をされている。そのために河瀬さんが選んだのは映画を通して自分
44
奈良の良さを知る重要性
地域を活性化させるために
自分たちで活動する必要がある
良さをほかの人にアピール・発信する
ことができない
解決方法ー私たちの提案ー
1.食べ物祭り
2.学生ツアー
Generation
その中の問題とは?
①新しい人がコミュニティーのルールを知らずに、短期的
なビジネスだけを考えている
②昔から住んでいた人が、新しい考えや人を受け入れよ
うとしないこと
③世代間の意見の差
①新しい人がコミュニティーのルールを知らずに、
短期的なビジネスだけを考えている
・昔からのルールを尊重する。
・長期的にどうすべきかを計画すること
②昔から住んでいた人が、新しい考えや人を
受け入れようとしないこと
の
・今までの伝統は外国 たとえば中国)などから入ってきた
ものであることの自覚。
・新しいことを受け入れて、今までの伝統をもっと発展す
ること。
③世代間の意見の差
の
・国、県、市が民間の間に入り、gene at onの
ギャップを埋める役割をすること
ありがとうございました。
2011.11.24
る
1班
ソヴァン、花ちゃん、ジア、宝佳、
みーは、マリサ、まゆ
目次
1.
2.
3.
4.
5.
6.
なぜこのテーマにしたのか
今回学んだこと
伝統を守るためにー外に出よう
内から外へー道をつくる、続ける
外から内へー外国の文化を受け入れる
まとめ
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
先
• 映画監督 河瀬直美さん
奈良で生まれ育ち、奈良を題材に映画を撮り、
活動される
• 今西清兵衛商店
亀村慎さん
: 明治から「春鹿」
という日本酒を奈良
で製造、販売されて
いる
フィールドワークから学んだこと
• 河瀬直美さん
→本質を守るということ
あきらめないで、努力を続けることで広がる
人の輪
・春鹿の今西清兵衛商店
→新しいものを取り入れていく
→古い方法にとらわれない姿勢
ぜ
ーマ
た
伝統を守る
=次の世代が
理解して行けるように
形を変えてでも
本質を変えないこと
出
例1:蓮の実(カンボジア)
例2:ハングルの美しさ
(韓国)
内
へ
道 つ
の止めたいという気持ちを表現するというもの。初めは、
「奈良で映画は作れない」と約8
割のかたからは受け入れられなかったらしい。それでもあきらめないで努力を続け、残り
の2割の方々を裏切らず大切にして、地道に活動することで、協力者が増え、次第に人の
輪が広がって行った。わたしたちはそのような河瀬さんの体験談から、あきらめないで、
本質を守る姿勢の大切さを教わった。
(田中麻理沙)今西清兵衛商店では200年前から奈良の地でお酒を造り続けている。これま
で人々に愛され続けてきており、古い伝統が今まで続いてきた良い例。この伝統を守るた
め、今西清兵衛商店さんは新しいものをどんどん取り入れられてきたそうである。例えば、
日本酒をつくるのに原材料のお米を削る必要がある。これを以前は手作業で人の手で行っ
ていたが、現在では機械で行われている。機械にゆだねた方が良いこともある。古いもの
を守るためには昔のままのやり方ですべて人の手で行うのが良い、と決めつける必要はな
い。時代にあわせて新しいものを取り入れてやり方を変えていくことで、むしろ長く伝統
を守ることができる。
河瀬さんと今西清兵衛商店さんの取材を通じて見えてきたことは、伝統文化を守るため
には、時代に合うように形を変えながらでも、人間にとって一番大切な「本質」を守る、と
いうこと。そのためには、
「気づく」
ことが大切。
(Tun Sovann)外に出て気が付くということ。皆さん、
人間というものをどう思いますか?
わたしの考えでは、人間は不思議なものだと思う。わたしも人間ですけど……。生まれて
から一緒に育ってきた周りの毎日見ているものの大切さ、素晴らしさに気が付かない。な
ぜかというと、それらに慣れてしまって、異なることに気づけないから。どうすれば自分
の周りのことの素晴らしさに気がつくことができるのでしょう?それは、
「外に出ようと
する」こと。そのことで新しいものを見つけることで、慣れていた自分の見てきたこと知っ
ていることを、比較できるようになる。
たとえば、蓮の実。日本のお花屋さんで蓮の花は150円で売られていた。でもカンボジ
アでは、ただ蓮の実だけとって、花の部分、残った部分は捨ててしまっている。このよう
な小さいものでも、価値があることにわたしは気づかされた。このように外に出て、自分
の国の大切さ、素晴らしさに気付くことができる。でも必ずしも、外に出ることが国の外
に出ることとは限らない。外というのは外国という意味だけではなく、自分の住んでいる
環境と違う外、という意味にもなります。河瀬さんは、東京や大阪にいてそこから奈良に
ある素晴らしさに気づくようになれたとおっしゃっていた。
• 道を作るとは何か
→誰もしたことのないことをやること
(Lim JiA)わたしは、日本に来ることで韓国の文化の素晴らしさに気付いた話を紹介した
い。一昨日金沢から奈良に来るバスの中で、台湾のエモンさんに韓国の文字であるハング
ルを教えた。ハングルの美しさと科学性を実感できた。以前からもハングルの美しさ、優
秀性は知っていたが、これを機会に実感することができた。河瀬さんが奈良を離れる前の
ようにわたしも日本に来る前にはハングルの美しさを実感できなかった。ハングルデザイ
ンのグッズの数々、美しいと思いませんか?
へ
続ける
①常に外に目を向ける
②受け入れられるように
みんなを巻き込む
→皆からのレスポンスが生まれる
③人の輪を拡大する
→心の豊かさ
る
• 日本の茶道
ー中国、韓国の影響
• 中国が日本の刀を買う
代価としてお茶などの
文化を伝えた
• 朝鮮への侵略の時
まとめ
中から外への発信
外から中への受け入れ
→積極的に行う姿勢が大切
(Le Thi Nhat Hoa)
「内から外へ」-道をつくる。わたしたちの考える「道を作ること」は
誰もしないことを自分で考え抜いて実行すること。今西清兵衛商店さんの話。昭和59年
まで日本のお酒は海外に輸出することは誰もしないといわれていた。方法がないとても難
しいことだと思われていた。しかし今、今西さんといくつかの酒蔵が協力して日本からア
メリカに輸出する道をつくった。そのあと、続く酒蔵も現れた。日本酒が世界に徐々に知
られている。この例からも、最初の一歩はとても難しいことですが、外に向けて発信する
道をつくることは、とても大切なことである。
(劉宝佳)「内から外へ」-続ける。わたしはこの道を途絶えないためにどのようなことを
すればよいか考えた。
①常に外に目を向ける
②受け入れられるようにみんなを巻き込む
→皆からのレスポンスが生まれる
③人の輪を拡大する→心の豊かさ
まず、自分の地域だけを考えるのではなく常に外に目を向けること。もともと関心を持
てない人に対してでも、巻き込み、だんだんと多くの人々に理解してもらえるようにする。
45
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
向こうにとっても、歴史的な文化を守るというやり方を受け入れやすくなり、レスポンス
が生まれる。河瀬さんのお話のように多くの人に理解してもらえるよう工夫し、その理解
してくれる人々の輪を拡大することができる。
(Lim JiA)外から内へ-外国の文化を受け入れる
茶道体験の時のお話。茶道はもともと昔の日本にはなかったもので、中国と韓国の影響で
できたものとのこと。日本の倭寇退治の対価として中国から日本にお茶が入ってきたとい
う説がある。その後、日本人の独自の茶道を発展させてきた。
(田中麻理沙)新たな視点から自分のルーツを見直してみることが大切である。それまでい
た場所から一度離れて、それまで自分にとって当たり前だったことの大切さや魅力に気づ
けるはず。そうすれば、それを外に発信したい、紹介したいという気持ちが生まれる。そ
れにはまず新しい道を作ることが大切。それを初めてすることはとても大変だがあきらめ
ず努力することが大切。この道ができれば協力者が現れ、人の輪が広がり、次につながる。
魅力に気づく人が増えていく。同時に今の日本には外国からたくさん新しい文化が入って
くる。それに対してどう対処すべきか考えるとき、昔の日本人は中国や朝鮮から来た文化
を受け入れる際、そのいい点だけをうまくくみ取っていたことに気が付いた。このような
姿勢は伝統文化を守りながら他と融和するとてもいい姿勢。伝統文化を守るには、このよ
うに中から外への発信と外から中への受け入れを積極的に行う姿勢が大切。
(山﨑みはる)テーマが伝統を「守る」。「守る」というと保守的に思われがちだが、みなで話
をする中で共通の見解として、日本だけでなく各国で共通することで、伝統を守ることは、
時代やニーズに変化しながらも、本質を変えないことではないかという気づきとまとまり
に達した。
≪コーディネーター増井正哉氏講評≫
自分自身、外国で仕事をしているが、「強み」「弱み」が表裏一体となっていることは日
本とかなり共通しており、それは「特徴」といえる。その特徴を活かす上では、当事者が内
にこもっていてはだめということ。外から来られたかたの目で自分たちを再評価してもら
う。伝統を守るうえでも、町づくり・活性化を図るうえでも、次のステップに進むために
は、皆さんのように外から来られる方々の視点はどれほど大切なことか。奈良も進んでい
く上で、今後ともいろいろな意見をいただければと思う。
≪林啓文氏講評≫
「日本の強み・弱み」という共通テーマ設定があり、4つの班の発表には統一感があった。
また奈良女子大学皆さんの事前調査も非常に功を奏した。表裏の関係は背中合わせである。
奈良の伝統を語る場合、
「伝統を守っていく」ことには、新しいものを取り入れていくこと、
ただし一方で本質は守っていく、このことが大切であると感じた。温故知新、不易流行で
ある。発表のなかでも出た陰翳礼讃、日本の文化はこういうところに集約されるのではな
いかと思う。「陰翳礼讃」は文庫本としても出ているので是非ご一読を。
≪木原勝彬氏講評≫
このような形でならまちのことを取り上げていただき幸せ。ならまちは、まだ条件に恵
まれている。さらに条件の厳しい地域、さらに高齢化の進んでいる地方地域もある。
皆さんには今回、評価者としてならまちの強み弱みを語っていただいたが、大切なのは、
住民である我々も地域の「強み」「弱み」を自己評価しあうこと。これが少し欠けていたと
感じた。
伝統を守るうえで「本質」をつかむこと、これが実は大変に難しい。
「本質」はそもそも普
遍的なものか、それとも個人固有のものか。伝統を守りながら町づくりを進めていく上で、
どのように努力すればよいのか、考えさせられた。
日本はいま本当に大変な時期。日本は国としても、地域としても、今回のように強みと
弱みを考え、日本の「本質」を見つめなおすべき。各地で意識的に取り組まなければ様々な
課題を解決することは厳しいだろう。そうした意味で、我々日本人にとって本日のプレゼ
ンは自国を見つめ直す良い機会となった。
46
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
≪国立大学法人奈良女子大学国際交流センター特任助教松永光代氏 講評≫
発表にも多くあったが、奈良という町が特殊であるからこそそこに住んでいる地域の住
民はその良さに気付けないということ、今回来日したスカラーの皆さんにも自分の国・地
域を顧みて同様のことが言えると感想を持たれたかたも多いのではないか。それは、今回、
外国に出てきたからこそ、気づけたこと。日本で学んだことを持ち帰るだけではなく、今
回の気づきを忘れず、自分の住むところを新しい視点で見つめ直し、それを家族や友人に
伝えて欲しい。また今後の学びに活かして欲しい。
【参加学生感想】
「ならまちの生活と観光を通して見た日本」というテーマでプレゼンテーションを行いま
した。同じグループの外国人スカラーの人たちは、それぞれならまちについて気付いたこ
とを教えてくれ、新たな観光プランを提案してくれました。普段奈良で生活しているのに
気付かなかったこと(例えば、ゴミ箱が町にないこと)を知ることができ、商店街のお店の
閉店時間が早いなら、朝早くから観光しようというプランは、とてもユニークで面白いと
思いました。他のグループのプレゼンテーションでも、新しい発見がたくさんあって勉強
になりました。(池森萌子)
プレゼンテーションでは、スカラーさんの自国と日本の比較から考え出された意見や、
また、観光プランを提案されたりと、とても興味深いものでした。
このプレゼンテーションでは「弱みを強みに変える」という言葉が私の心に残っていま
す。今回のプログラムでは「日本の強みと弱み」をテーマに活動しましたが、ただ「弱み」を
発見し、「弱み」としてみて終わってしまうのではなく、強みに変えるよう行動することの
必要性の指摘は私も重要なことだと感じました。また、プレゼンテーションで行われた具
体的な提案は多角的な視点から考えられており非常に興味深いものでした。フィールド
ワークだけではグループで学んだことしか知ることはできませんが、プレゼンテーション
があったことで、他のグループの学んだことや考えを知ることができたので、とても有意
義なプレゼンテーションでした。
(今中麻祐子)
プレゼンテーションの準備はスムーズにできたので良かったと思います。他班の発表を
聞き、共通点が浮かび上がってきたように感じました。私の中で、奈良は京都よりも観光
客が少なく、夜もにぎわいが少ない。そして大変暗いまちであるという側面を感じていま
した。しかし、今回のプレゼンテーションを聞いて、短所は長所と表裏一体であるという
ことに気づかされました。暗いということは裏を返せば灯りが映えるまちであるというこ
とです。だからこそ、燈花会のような灯りがきれいに映し出されるのだということに気づ
き、奈良の良さをまた一つ知ることができました。
(森花麻未)
フィールドワークから学んだことをまとめた結果、私たちの班は「伝統を守るためには」
ということをテーマに発表することになりました。アグレッシブなテーマだったという指
摘もありましたが、根底にあった伝えたいことには、他の班と似た部分が多くあったと思
います。
各班の発表を聞く中で、
「奈良の強み、弱み」というテーマに対して、共通の認識があっ
たように感じました。
「知る」ことが第一歩だ、ということです。私も大学へ進学して地元
を離れたので、他人事でなく実感したことがたくさんあります。学んだことをこれからに
生かそうと思いました。
(田中麻理沙)
最後の発表のために、みんな真剣に準備しました。インタビューもしたが、フィールド
ワークもしました。同じグループの学生と一緒に討論しました。素晴らしいアイディアが
次々に出てききて、遅くまで準備するのが忘れられない体験だと思います。各組の発言を
聞いて、みんな様々な角度から奈良の都市設備についてよく考えたとわかりました。わた
したちのグループは奈良の伝統的な歴史と文明の守りについて発表しました。奈良の問題
が世界で歴史がある都市には共通すると思いますから、奈良の経験が他のところでも役に
立つかもしれません。
(劉宝佳)
最初のまとめの部分はちょっと大変だけれど、発表はとてもいい感じでした。奈良にい
るとき、スカラーの皆さんは色々違うものを感じていました。討論していたとき、みんな
の考え方はそれぞれ違うと思いますが、最後は何とかまとめました。良かったと思います。
47
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
発表の前の日の夜、私のグループはフロントで8時まで討論していましたが、佐野さんが
ドリンクと何か食べ物を買ってくれました。原田さんはコピー機を持って来てくれました。
ありがとうと言いたいです。最後の発表ですが、みんなともだんだん離れたくなくなりま
した。みんな優しい人ばかりと思います。発表するとき、先生方のコメントもよく勉強に
なりました。(陳鍵湘)
私たちの班は、フィールドワークが終わり次第、すぐにホテルに戻ってプレゼン作りに
取りかかりました。まず、今日訪れた方々のお話を丁寧に外国人スカラーに理解してもら
うまで説明し、その後全員でポイントや大事だと思ったところ、意見や提言などを出して
もらいました。それらを一旦まとめて、プレゼンテーションの構成を考え、三つのパート
に分けて、日本人一人、外国人一人のペアごとに担当を振り分けてパワーポイントならび
に原稿作りを行いました。奈良女子大学の方々は皆さん積極的で、ペアワークは順調に行
うことができました。また、当日の発表の担当もきちんとできたし、非常にみんなで協力
してできたと思っています。プレゼンテーション内容も、訪問先でのお話の内容や学んだ
ことを帰ってからすべてスカラーに理解してもらったので、全員で意見を出し合うことが
できたので良かったと思います。(大鳥萌香)
48
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
大和ハウス工業
総合技術研究所見学
【概 要】
プレゼンテーションを終え、一同は、全国大学の中でも極
めて満足度が高くランクされるという奈良女子大学学生生協
で、 緊張から解放されての昼食を和やかにとった。
その後、お世話になった増井先生、松永先生に別れを告
げ大和ハウス工業総合技術研究所見学に向かう。
環太平洋火山帯に位置する日本列島は東日本大震災だけ
でなく古来より幾多の地震に悩まされてきた国土で、建築技
術は誇れるものがある。
自然との共生を実現している世界各国の様々な住居を概観
し、高度経済成長を通して発展してきた大和ハウス工業社の
作る日本の家屋建築に触れ、そして最新の免震体験施設で地
震と免震技術の実体験をした。
見学終了後、この場所で、密度の濃い奈良プログラムをと
もに過ごしてくれた、奈良女子大学日本人学生9名とはお別
れになる。大阪伊丹空港に向かうスカラー一行の乗るバスを、
一同で最後まで温かく見送っていただいた。
【参加学生感想】
地震対策に関して、多くの地域ではあまり経験していないこ
とだったので、新鮮に感じていたように思います。私自身も、
大和ハウス工業の草創期について知らないことが多く、楽しく
見学させていただきました。必要なところは全体で解説して頂
き、あとは自由に見て回れたこともよかったと思います。それぞ
れ関心のあるブースに時間をかけて体験できました。
(山﨑み
はる)
大和ハウスでは、いま会社が何を目指して動いているのか
についてやそんな現在に至るまでの変遷などの会社に関するこ
とだけでなく、開発・研究中の最新技術についても体験させ
ていただくなど、盛りだくさんの時間を過ごさせていただきまし
た。研究所は行ける距離にあってもきっかけがないとなかなか
行けないので今回は良い機会となりました。私の出身地周辺
では何度か大きな地震があっ
たので、揺れを大幅に軽減す
る構造の家などは大変興味深
いものでした。日本の最新技
術を生で見せてもらえることな
ど普通に生活していたらないの
で、貴重な経験をさせていただ
けたこと嬉しく思います。
(大石
眞由子)
大和ハウス工業総合技術研究所見学して、大和ハウスの先
進技術を通して、日本だけではなく、地球規模で、地球温暖化、
環境問題、自然災害などの課題と向き合い、地球の人々に安
心、安全な生活を提供しています。地震などの自然災害に耐
える防犯性能の高い住宅は住民に安心で快適な住まいを目指
しています。初めて、地震の揺れを体験して、地震の被災者
の地震時の気持ちを感じられて、とっても怖くて、悲しいと感
じました。ハイテクの先端技術をみられて、
易しい説明をくれて、
楽しくて、良い見学でした。
(Quar Yin Yin)
韓国は余り地震がない国です(今まで私が感じた地震は1
回ぐらいです)
。韓国の古い建築物の場合、地震が起きると、
そのまま倒れるおそれがある建物が結構あります。それに比べ
て、日本の場合地震にきちんと研究して、きちんと備えている
と思いました。3時間で建てられる家はとても面白かったです。
断熱が心配だけど、個人の部屋がなかった昔にはちょうどい
い商品だと思いました。
(Kim Eunmi)
やはり日本の技術はすばらしいと思います。地震がよく起こ
るので、地震の対策がされた家の構成を考えた大和ハウス工
業はすごいと思います。それに本物じゃなかったけど地震の経
験がない私は地震がどんなことかちょっと分かるようになりまし
た
(笑)
(Reangthong Sirarut)
49
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
クロージングセミナー
根本志保子氏(日本大学経済学部准教授)
日航財団スタッフ
【概 要】
11月25日、帰京したスカラーは宿泊先のホテルJALシティ
田町東京で、クロージングセミナーに臨んだ。キーノートスピー
チで講演した日本大学の根本先生に再度お越しいただき、改
めてWorldShiftのワークショップを実施した。WorldShift自
体のやり方を変えているわけではないが、来日時と13日間の
様々なプログラムを経験しての本日とでは、皆、書き記す内容
に変化があった。13日間の体験を経て、記す内容がより具体
的に変化した者、視点を変えてまったく異なることを書く者、
さまざまである。
その後引き続き、総括として、日航財団スタッフによる個人
面接が行われた。
【参加学生感想】
Worldshiftをもう一度振り返って、前に自分の思ったことを
二週間ほどでいろいろ発表したり、議論したりしてから、変わっ
てきたものを皆と話し合うことができました。私は変わったこと
は「考え→言い出し」でした。皆もいろいろ考えを変わったみた
いです。「競争→協力」、いろいろいいアイディアがありました。
私は自分が一人で世界のために何をすることができるかと自問
したことがあるけど、実現することが出きないと思ってばかりい
ました。確かに一人ではできないけど、一人ずついっしょにし
たらいつか実現するはずとおもいます。何もできなくても、自分
の意見をちゃんと紙に書くだけでもいつかこれを述べることが
できると思います。正直に世界のために考えて、他人と相談す
るのは、私の初めての経験です。それで、これからもこの考え
をやり続けたいと思っています。このWorldshiftは私にとって
勉強になりました。(Tun Sovann)
これはみんな同じく考えていると思いますけど、東京でのキー
ノートスピーチで根本先生といっしょにしたwordshiftをもう一
度したのが本当に大事だと思いました。東京でした時はみん
なまだ親しくなれなかった状態であまり深い意見の交換はでき
なっかたけど今度は多くのスカラーと このプログラムを通じて
変化した自分の考えを自由に交換できてすごく有意義で楽しい
時間でした。私は特にエモンちゃん、モエカちゃん、佐野さん
と 私がもともと興味を持っていた歴史問題についてすこしでも
話すことができてうれしかったし、同時にもっと早くこんなこと
について話せてたらもっとよかったと思いました。
何よりもこの時間が有意義だったのは、17日間の日本での
勉強が私にどのような変化を起こしたか直接気づくことができ
たことです。私の物を見る視野が広がったのを実感できて不
思議でした。(Lim JiA)
キーノートスピーチの時にした変えたいことを書いたことと、
私が今考える変えたい単語を書いたことを比較しました。16日
間何も変わってないだろうと思いましたが、意外と全然変わっ
ていました。始める時には「競争→協力」で人と人との問題を
50
変えたいと思っていましたが、最後には「紛争→和合」という
ちょっと国家と国家の問題を変えたいと思うようになりました。
この変化はアジア各国のスカラーとの交流とある人との国際関
係(正直に日韓の関係が中心でしたが)について熱論を戦わし
て得た実りだと思います。
(笑)
※競争→協力:競争すれば、勝った人と負けた人が分けられ、
負けた人がそのまま取り残される。それを協力に変えたい。
協力すれば、時間はかかるけど、皆で発展でき、Winwin
の効果があるからだ。
※紛争→和合:国と国の間にはいつも紛争がある。その紛争
のため、戦争まで起こって、一般人にも凄惨な被害をうける。
国と国が和合すれば、一般人が被害をうけることもなく、お
互い助けならが発展できるだろう。
(これもWinWinと言える
かもしれませんね。
)
(Kim Eunmi)
最初はとても不安になったため徹夜して面接資料を準備し
ましたが、実際の面接の時は普通の会話のようです。プレッ
シャーの雰囲気もぜんぜんありませんでした。私が何を言って
も聞いてくださいました中川さんと佐野さん、本当にありがとう
ございました。
(Reangthong Sirarut)
11月25日PM、プログラム集大成としての、財団スタッフに
よる面接は良かったと思います。自分の感想や意見など聞か
れました。
「より良いプログラムのために意見を出してください」
という質問です。私は少し緊張していましたが原田さんと坂本
さんがとても優しく話してくれましたから、
率直に答えられました。
(Tran Mai The An)
面接をしてくれて良かったと思う。どこが良かったか、どこ
が準備不足か、スカラーの意見や考えなどを聞いてくれて、ス
カラーたちも正直な気持ちを伝えられて、反省や励ましなどの
意味を含めているのは素晴らしいところだと思う。
(孫體仁)
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
東京地区ホームステイ
【概 要】
東京地区ホームステイ(11月25日夕~ 27日夕)では、有志
のJALグループ社員とOG/OBのご協力を得て、ご家庭にスカ
ラーを受け入れていただいた。観光、買い物、自宅でゆっく
り、自由時間、料理、寺社歩き、山歩き、美術館、秋葉原、
等々、スカラーの体験も様々であった。石川に加えて東京での
ホームステイ体験により、スカラーは一層、日本の生活と風景
を実体験し、親睦を深めることができた。
【参加学生感想】
ホストファミリーはとても親切な人でした。一日中、秋葉原、
原宿、銀座、御茶ノ水女子大学へわたしを連れて行きました。
そして、夜の時六本木へ行って、美しい光を楽しめました。翌
日、家で家族一緒にお菓子を作ったし、茶道もやりました。
そして、家の近くの浅草へ散歩に行きました。ホストファミリー
のお母さんがわたしの好き嫌いを全部覚えて、わたしの好きな
食べ物をたくさん作っていただき、本当に感動しました。二日
間すごく楽しく過ごしました。ホストファミリーのお母さんとお父
さんに心から感謝したいと思います。(劉宝佳)
私のホストファザーはパイロットで、ホストファミリーは大家
族でした。だからとてもにぎやかで楽しかったです。金沢より
時間も長くていろいろなことができました。みんな自分の娘のよ
うにかわいがってくれてとても楽しかったです。新たな家族が
できたようでとても嬉しいです。(呉華艶)
偶然というか、縁があるというか、今回のホームステイ先は
三人家族で、一人の息子さんがいます。私と同じ年で、同じ
月に生まれた息子さんです。彼と出会って、日本の子供と中国
の子供はやはり違うのだなぁと思っていました。同い年ゆえに、
色々話し合うことができました。とても面白い人だと思います。
ホームステイしたとき、私を鎌倉大仏、東京タワー、銀座へ
つれて行ってくださいました。ありがたいです。本当に親切にし
てくれて、ありがとうございました。(陳鍵湘)
【受入ホスト・ファミリー感想】
このような厳しい時世の中、日本をテーマにアジアの学生さ
んたちがコミュニケーションできるのは大変な財産で、生涯忘
れることのできない思い出になると思います。ぜひ続けてくだ
さい。私たちにとってもとても魅力的で充実した3日間でした。
次回も是非お声がけしていただければとても嬉しく思います。
事前にスカラーの東京滞在経験を
教えていただければ、計画が立てや
すかったと思います。
朝ごはんを一緒に作った。夜中ま
でたくさんおしゃべりをしました。
今回、受け入れをさせていただき、とても楽しい時間を過ご
させていただきました。ありがとうございます。
もう少しホームステイの日程が欲しい。また、17日間のプロ
グラムがかなりハードで睡眠があまり取れていないといってい
たので、フリーの時間をもっとスカラーに与えてあげてほしい。
日本語でたくさん話してくれて、いつも笑顔で楽しませてもら
いました。とても良い経験をさせていただきました。
また、次回も参加したいです。
あちこちと連れまわして疲れさせたかもしれませんが、こちら
が楽しんでしまいました。
今や世界の共通語は英語であり、日本の将来を担う若者た
ちの為にも、英語でのプログラムを存続させていただきたいと
思います。
ちょうど同年代の子供にも良い刺激になったようです。
次回も是非参加させていただきたいと思います。
積極的に、明るく楽しくコミュニケーションをとる姿勢に好
感を持ちました。とても性格の良い子を自宅に迎えることがで
き、感謝しております。
大変積極的に家族みなと話して交流していただきました。最
初は吠えていた犬も、二日目にはすっかり仲良しになっていま
した。
内容豊富で充実した日々だったようですが、かなり疲れてい
るように見えました。
5年10年ごと位に、スカラー OG/OB会でも開催し、縦の
連携フォローも良いかと思います。
51
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
修了式・フェアウエルパーティー
【概 要】
11月23日夕刻、ホテルJALシティ田町東京は「瑞祥の間」に、
スカラー一行が集い始める。既に民族衣装を召した彼ら19人
が一同に会した様子はまさに壮観という他ない。日本語を流暢
に操る彼らではあるが、いざ全員が出身国の衣服を身にまとう
と、ここが文化の異なる各国から集まったスカラーたちによる
国際交流プログラムの場であったことを再認識させられる。16
日間に亘ったスカラシッププログラム最後のイベントとなる修了
式とフェアウエルパーティーが、これから行われる。
修了式が始まると、スカラーたちは日航財団理事長である大
西賢より直々に一人一人名前を呼ばれ、修了証書が手渡され
た。プログラム期間中は日本語の愛称で呼び合う間柄ではあっ
たが、この時ばかりは全員が正式な母国語フルネームで呼ば
れる。スカラーたちも緊張の面持ちである。
フォーマルな修了式が終わると、スカラー、ホストファミリー、
アイセック東大代表、スタッフ、一同が会しての気兼ねないフェ
アウエルパーティーが始まる。ビンゴ大会の企画も催され、見
事ビンゴを引き当てた参加者には景品が渡され、彼らからは喜
びの声が上がる。緊張はほぐれ、
笑い、
歓声も上がり、
パーティー
の盛り上がりはピークに達した。
突然、会場の雰囲気が変わる。16日間に及んだプログラム
を振り返るムービーが流されたからである。16日前、不安な様
子で成田空港に降り立ったスカラーたち。新たな友人との出会
い、様々なイベント、苦労して作り上げたプレゼン、訪れた様々
な場所。その一つ一つが走馬灯のように脳裏によみがえると
同時に、別れの時が刻一刻と迫っていることも感じさせる。明
日にはそれぞれの故郷に帰国しなければならないという現実。
ハードなスケジュールと厳しい内容のプログラムではあったが、
それゆえにそれらを一つ一つこなしていく中で、彼らの間には
一層固い絆が生まれていった。会場全体はビンゴ大会から一
転して涙に包まれた。
最後にスカラー全員が一人ずつ壇上に登り、挨拶をした。
プログラム当初は緊張のためになかなか上手に話すことができ
なかったスカラーもいたが、最後には全員が立派に挨拶をする
ことができた。このプログラムを通して彼らがいかに成長したの
かを感じさせられる。
翌日、スカラー達はそれぞれの母国に向かって帰っていった。
未来ある若者達の夢と希望を載せて彼らの故郷へと飛び立っ
ていく鶴丸を眺めていると、主催者としては感慨無量である。
今回ここに集ったスカラー全員が、プログラム期間中に得た経
験を生かし、近い将来それぞれの国を担って行くような人材と
なり、日本と出身国との間の掛け橋として活躍していってくれる
ことを、心から願わずにはいられない。
52
【参加学生感想】
修了式と送別会はとても悲しかったです。17日間のプログラ
ムを無事によく終えたという意味で修了証を貰ったり皆とビンゴ
ゲームしたりしたのは良かったですが、皆と別れる日が近づい
て来たことが分かったので悲しかったです。それでこの日は皆
すごく泣いてしまいました。17日間の活動の映像を見て我慢で
きなかったからです。みんなそれぞれ違う国から来ましたが17
日間一緒に勉強しながら本当に親しくなれましたのでもっともっ
と悲しかったと思います。またホストファミリーとも最後の日だっ
たので我慢できませんでした。でも本当に楽しかったしたくさん
の友達ができたので嬉しかったです。
(Jung SooJi)
ホームステイから戻って来てすぐだった送別式は慌ただしい
感じでした。最後にみんな民族衣装を着て明日が別れの日だと
思ったら悲しくなってしまいました。理事長から直接修了証をも
らったらこのプログラムに参加したことが本当に誇らしく思いまし
た。また、スタッフと日本人のスカラーたちが作った映像を見て
みんな感激して泣くのを見て一緒に泣いてしまいました。一方、
みなさんの前で一分間の感想を話す機会があってこのプログラ
ムで思ったり感じたりしたことについてもう一度考えることができ
て有意義でした。
(Lim JiA)
修了証書をもらって、この17日間の研修活動はいよいよ終
わってしまいました。JAL のスタッフが作ってくれたビデオを見
て、このツアーで、皆さんと一緒に過ごした楽しい日々を思い出
しました。皆さんと一緒に発表のために頑張ったり、出し物を
準備するために練習したり、カラオケに行ったりしたことは昨日
のことのようでした。ステージで自分のこの16日間の感想を言っ
て、皆さんの話を聞いて、涙も止められないほど、いっぱい出
ました。
この修了式と送別会が終わってから、スカラーの皆さんとホ
ストファミリーと東京大学の学生と「さようなら」を言わなければ
なりませんでした。しかし、皆さんと別れてから、いったいいつ
また会うか、わかりませんが、皆さんと築いた友情や、感情は、
私たちぞれぞれの国に帰っても、きっと消えないと信じています。
(馬潔盈)
明日から皆離れ離れになるから、なんとも感傷的な雰囲気
が漂っていました。特にビデオが流れた時、この16日のことが
ぐっと頭に浮かんできました。
「さよなら」ではなく、
「またね」と
言いたいです。
また日本、
あるいは世界のどこかで会おう。
(石夢)
とても心に残るパーティーになりました。ホストファミリーと協
力した方々と、美味しい夕食、ゲームをいっしょにやって楽しい
時間を過ごせてとてもよかったです。これまで多く移動し、いろ
いろと行動してきた際に撮影されたたくさんの写真を見ながら、
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
恥ずかしい気持ち、懐かしい気持ちも、いっぱい出て来ました。
その後、皆さんに感謝の気持ち、印象的な言葉を話しながら、
涙が出るくらいこの二週間のことが懐かしくなりました。皆さん
のスピーチを聞いた時も、本当に感激しました。この送別会は
とても良かったと思います。
(Tun Sovann)
送別会は楽しかったですが、とても悲しかったです。ビデオ
を見る時からずっと泣いていました。スカラーたちとホストファミ
リーと別れることは悲しすぎます。できるならもっと少し一緒に
いたいです。スカラーの皆さんのスピーチも素晴らしかったです。
聞くと涙が止まりませんでした。送別会が終わる時に皆さんと
抱きしめて、記念写真を撮ったのは幸せですがやはり悲しかっ
たです。
(Reangthong Sirarut)
今回に関しては特別でしたが日本人スカラーがビデオを作っ
たのは本当によかったと思います。日本人スカラーが協力して
作成することに意味があると私は考えており、次のプログラムで
も日本人参加者には修了式で披露する為の何かをつくる機会
を与えていただけたらと思います。会全体の雰囲気は非常によ
かったと思います。本当に感動できるすばらしい修了式でした。
(大鳥萌香)
11月27日当日はとても忙しい一日だったが、感動的な一日で
もあった。ホストファミリーとの最後の時間、アイセックの方と
の再会、そして大西理事長の挨拶など、普段の学生生活では
決して経験できないことを体験させていただいた。
修了式・送別会の準備をお手伝いし、頭の中は様々な思い
と忙しさと寝不足で混乱状態だった。そんな中日本人で作った
17日間の軌跡を振り返るムービーを見た時には、涙が止まらな
かった。何回も何十回も飽きるほど見たはずだが、スカラー達
の喜んでいる姿そして感動している姿を見ると、言葉に表せな
いものが込み上げてきて思わず号泣してしまった。
体力的に精神的に限界だったが、ムービーを作った甲斐が
あったと本当に感じた。
(浦田雅子)
【受入ホスト・ファミリー感想】
プログラム中の活動がみられるムービーがとてもよかった。
スカラーの一言とスライドショーが良かったです。
滞在中の写真が見られたのが良かった。
とても感動的で、素晴らしかった。スカラーの皆さんは、大
西さんと話が全員できたのでしょうか?
スカラーの思いが伝わり、とても温かい懇親会でした。
立派な修了証は、スカラーの良い記念となると思います。ス
カラーが民族衣装を着たのも良かったです。参列者間での話
だけではなく、ゲームもあって楽しかったです。
53
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
参加者感想(石川地区日本人学生)
Buddy Students’ Comments
疋田静香 (北陸大学未来創造学部国際教養学科)
「スカラーとの交流から学んだこと」
私は元々このフォーラムでスカラーと交流することだけではな
く、自分の英語力を伸ばしたいと思っていました。しかし今年
度は例年と違い英語でのコミュニケーションが取れないという
ことで、初めのころはとても残念に思っていました。しかしフォー
ラム参加後、むしろ日本語で交流することができて本当によ
かったと思えました。この3日間、
「災害」
という難しいテーマに
もかかわらず、スカラーの皆さんと災害について理解を深め、
真剣にプレゼン作りに取り組めたのは、日本語を使ってコミュ
ニケーションをとれたからだと思います。スカラーとここまで真
剣に1つのテーマについて深く話し合ったのは私にとって初め
ての経験で、とても新鮮でした。何よりも私が最も感動したの
は、スカラーの皆さんの日本語力と日本についての知識でした。
事前にスカラーの皆さんの作文を見させてもらったとき、日本
についての知識が豊富で、私たちより日本についてよく考えて
いるなあと感じました。また、スカラーの客観的な意見や考え
はとても新鮮で、日本人には気づかないことも多々あったので、
自分の考えや視野を広げる良いきっかけになったと思います。
2日目にあった講義では、貴重なお話を聞くことができまし
た。特に田中先生のお話の中であった”ボランティア先の環境
が女性にとって非常に悪い”ことについては、私自身思いもつ
かなかったことであり、また実際に現地へ足を運んでいる人か
らしか聞けない貴重なことだったのでとても関心を持ちました。
また、被災地の小学校の生徒が“早くお父さんが帰ってきます
ように” 、“早く町が復興しますように”と書いた短冊を見た時
は、感極まって泣きそうになりました。早く町が元通りになっ
てほしいということは、それほどその町に愛着があったからで、
そのような良い町が災害に見舞われるのは本当に皮肉なこと
です。田中先生の言う通り、継続的な支援と、一人ひとりの
希望を聞き逃さず叶えていくことが復興に繋がると思いました。
吉田さんの話の中では、地域の団結が地域づくりに繋がるとい
うことで、若者が大人と関わることの重要さを感じました。こ
れは今の私たちにできることなので、積極的に取り組んでいこ
うと思っています。
今回のフォーラムで学んだこと、感じたことは必ず未来に活
かせると感じています。アジア各国から来たスカラーたちと私
たち石川県内の学生は、まったく違う環境にいながらも、こう
して交流する機会があるのは本当に貴重なことで、私たち若者
の成長に繋がります。人と人との関わりがとても重要だというこ
とはこのフォーラムを通しても改めて強く感じたことなので、こ
れからもその大切さを忘れずに若者としてできることを精一杯
やっていこうと思います。最後に、このような貴重な機会をくだ
さった日本航空の関係者の皆さん、アジアフォーラム実行委
員の皆さん、講師の方々に感謝したいと思います。ありがとう
ございました。
林静奈 (北陸大学未来創造学部国際教養学科)
「アジアの絆」
このアジアフォーラムに参加する前は、「たった3日間でプレ
ゼンなんかできるのか。」と正直思い、不安を抱いていました。
3日間でスカラーたちともうまくコミュニケーションが取れるのだ
54
ろうか、ということも心配に思っていました。
参加してからは、こんな心配はまったくなくなりました。スカ
ラーはみんな日本語を堪能に話し驚きました。プレゼンの準備
も日本の学生、スカラーとともになんの支障もなく順調に進め
ていくことができました。本当に3日間のうちの数時間で自分た
ちが1から内容を考え、みんなで一つのものを作り上げ、発表
もうまくできたことに対して自信を持つことができました。
また、この今回アジアフォーラムに参加して、また江界に仲
間が増えました。スカラーのみんなとは初めて会うにもかかわ
らず、協力し合うことで距離がいっきに近づくことができたと思
います。
私自身、普段英語を勉強しており、英語でのプレゼンなど
で言いたいことをなかなか伝えることができません。今回スカ
ラーのみんなは、しっかりとした意見を持ち、それを日本語で
私たち日本人も驚くような日本語の表現を使ってうまく伝えてい
ることに、尊敬しました。わたしも見習わないといけないと感じ
ました。
学生最後の年にこのアジアフォーラムに参加して、とても良
い経験、思い出ができました。これからも真の国際人を目指し
て頑張っていこうと思います。ありがとうございました。
松崎亜里紗 (北陸大学未来創造学部)
私は今回初めてアジアフォーラムに参加しました。そして感
じたことがいくつかありました。
私は、アジアフォーラムに参加する少し前にイギリスのロンド
ンへ留学をしていました。帰国して日本での大学の勉強が始ま
り、なにか国際交流のできる行事がないかと考えていたところ
に先生からの声がかかりアジアフォーラムに参加することを決
めました。参加した最初の頃、日本人学生だけでの打ち合わ
せの中で、かなりハードなスケジュールで大変そうだなぁと感
じました。しかし、実際にスカラーと対面し、共に時間を過ご
し、ディスカッションを重ねていくと、
「忙しい」や「大変」
という
言葉も感じないくらい、楽しかったです。スカラーのみんなも
いい子ばかりですぐに仲良くなることができました。ちなみに私
は韓国語を勉強したいと考えていて、今回のスカラーの中に韓
国人の方がたくさんいて、アジアフォーラムに参加しつつ、韓
国語を少し教えてもらうこともできました。そしてなにより、日
本語を流暢にはなすスカラーたちに感動しました。こんなに話
せるようになるまで、日本語を学んでくれたことが嬉しかったで
す。
ディスカッションをしていくなかで、学んだこともありました。
私が思っていたよりもスカラーたちは日本の災害について知識
があり、驚きました。そこで自分たちの知識のなさに未熟さを
感じ、日本人の私たち自身がもっと日本を知るべきなのだと思
いました。私には今まで今回ほど日本の災害について考える機
会があまりなく、テレビのニュースや新聞で知ることくらいしか
していませんでした。しかし今回参加して話し合いを進めてい
くことで、日本の災害について興味をもつことができました。ア
ジアフォーラムを観覧にきていた方がおっしゃっていた防災危
機管理者の資格を取ろうと重い、今回のアジアフォーラムの後
さっそく資料請求をしました。それからなにより、意見の食い
違いなど、スカラーと多少揉めることもありましたが、結果的
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
に最後のプレゼンテーションで成功することができて嬉しかっ
たです。
今回アジアフォーラムに参加してたくさんのことを学び、実に
有意義な時間を過ごせて本当によかったです。それから、一
生の友達ができたことも本当に嬉しいです。またこのような機
会があれば是非参加したいと思います。
前川諒輔 (北陸大学未来創造学部国際マネジメント学科)
「実りある3日間」
まず始めに感じたことは、スカラーたちの日本語能力の高さ
が想像のはるか上を行っていたということです。日本語で会話
できることはもちろんのこと、自分の意見や考えを日本語でしっ
かり伝えられる能力などには本当に驚かされました。自分が
留学していた時はこのように上手く聞いたり伝えることができな
かったので、さすがは選抜された学生達だなというのが始めの
印象でした。
ただ、そんなスカラーたちでも、時に理解できなかったり、
うまく伝えられていない表情を見せる時がありました。自分は
グループリーダーもやっていたので、みんなに伝える責任があ
る立場だったにもかかわらず至らない時が多々ありました。で
すが、ほかのメンバーが上手く伝えてくれたりフォローしてくれ
たお陰で、自分自身がどうだったというよりは、チームとしてい
い結果になったのではないかと今振り返ると感じることができ
ます。いろいろな国の学生と関わることで、少しずつ違った考
え方があるのだなと思ったタイミングでもありました。
今回の経験で今自分に必要なことは、英語はもちろんのこと、
さまざまな国の言葉を使えるレベルにしなくてはいけないという
こと。逆に日本語でしっかり伝える能力を身に着けること。また、
世の中に大量にある情報を情報のままにせず、知識になるよう
に研究する。という3つが大切だと感じました。せっかくの海
外の友達とより多くのことを話そうとした時、今のままではいけ
ないと思ったし、これからのグローバル社会では幅広い知識も
必要だと感じました。今回のように優秀な学生とも対等に話す
時には、語学力・知識共に高めていけたらと思います。
スカラー達とはスカラシップが終わって各々の国へ帰った今
でも連絡を取っていたり、どんな様子か写真などで分かる環
境にあります。この出会いを大切にし、自分が相手の国へ訪
れたときや、また日本へ遊びに来てもらった時に会えたらいい
なと思います。
最後に、このような素敵な機会を与えて頂いた皆さんに感謝
しています。ありがとうございました。
野上るな子 (石川県立大学生物資源環境学部環境科学科)
「成長できた2泊3日」
私は、大学生活2年目にして初めて国際交流を持てる場に
自分から参加しました。アジアフォーラムに参加する前に、事
前にスカラーの生徒たちが日本語を話せるということは知って
いましたが、いざスカラーを目の前にするとなかなか上手く話
しかけられず、そして、日本人学生とばかり話してしまっている
自分にもどかしさを感じていました。最初はそんな不安が多々
あり、
「自分はこのままでいいのか!」
という葛藤がありましたが、
1日目・2日目のグループミーティングでスカラーと共に時間を
過ごすにつれて、そんな不安は吹き飛び、とても楽しい時間を
過ごすことができました。スカラーと話していてとても感心した
のは、自国と日本の弱み・強みを客観的にとらえられていたと
ころでした。話し合いの場で日本の弱み強みについて意見を
出し合っていた時に、私はニュースで言われているような、政
治的弱みついてしか思い浮かばず、どちらかというと、日本の
強みだと思う“秩序ある行動”ばかりに目がいってしまいました。
しかしスカラーからは、
「その強みもマニュアル化しすぎると欠
点になる」
という指摘を受け、なるほど!と感心し、自国の概念
にとらわれすぎていた自分を反省しました。それぞれの国で災
害が起こり、その対策も様々です。世界に目を向けることによっ
て、より多くの可能性が存在していることに改めて気づかされ
ました。このフォーラムを通して友人ができたことはもちろんで
すが、得られた経験や思い出は最高の宝物です。もっと世界
に目を向け、もっと世界のことを知りたいと思う気持ちが強くな
りました。またこのような機会があれば是非参加したいと思い
ます。
竹内彩音 (石川県立大学生物資源環境学部食品科学科)
「アジア地域のみんなと交流して得たもの」
私はこのアジアフォーラムin石川に参加するまでアジア地域
の学生とはこんなに親しく交流したことはありませんでした。ア
ジア地域の学生と過ごした3日間はとても貴重な時間となりまし
た。
今回のアジアフォーラムin石川のテーマは「災害にうち克つ
~石川で考える、私たち若者ができる事~」でした。このテー
マを基にグループで話し合いをしました。海外スカラーとの話
し合いでは日本への関心の高さが感じられる意見をたくさん聞
くことができました。日本人の私よりも日本のことを考えてくれ
ていると感じることがたびたびありました。普段ニュースをみた
りネットから東日本大震災の情報をえていました。大震災のこ
とを考えているつもりにはなっていましたが、スカラーの質問に
上手く自分の考えを言えなかったり、知識が少なくて意見でき
なかったりと反省点がたくさんありました。話し合い中はとても
焦ってしまいました。しかし結果として、私にとってそれが大き
なエネルギーになったと思います。もっともっと勉強しようとい
う気持ちになりました。いつかまたこのような企画に参加でき
る機会があれば、その時は今回よりも成長して参加したいです。
また生活をともにして、3日間だけでしたが親睦を深めること
ができました。会うまでは仲良くなれるか不安でしたが、海外
スカラーのみんなは明るく気さくですぐに打ち解けることができ
ました。国が違うということをついつい忘れてしまうくらいでし
た。一緒に金沢を回り、ご飯を食べたり、たくさんの話をした
り、とてもよい時間をすごすことができました。海外スカラーの
みんなとは今回限りではなく、出会いを大切にしてこれからも
連絡を取り合っていきたいなと思います。
兒玉浩平 (金沢大学 学校教育学類)
「スカラーたちから学んだこと」
私がアジアフォーラムに参加した理由は、国際交流で仲間
を多く作ること、ディスカッションを通じて熱い話し合いをした
いという2つの思いからでした。2泊3日という短いスケジュール
でしたが、中身の濃い充実した時間を過ごすことができ、また
目的を果たすことができとても満足しています。
まず参加して驚いたのが、スカラーのレベルの高さでした。
ただ日本語が堪能なだけではなく、日本への理解がとても高く、
私たちが日本について学ばされることが多々ありました。私た
ちD班では、短歌や童謡から日本の姿を探ったり、日本への
提言として様々な意見を交わしたりしました。普段私たちは当
たり前だと思って見落としていたことから気づくこともたくさんあ
55
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
りました。文化、宗教、生活、考え方など、異なるアイデン
ティティーを持つそれぞれが集まって一つの問題に意見を出し
合い考えることは、なかなかできることではなく貴重な経験で
した。異なる意見が集まるからこそなかなか意見がまとまらず、
最終的にパワーポンを本番直前に仕上げるほど苦労の連続で
したが、やり遂げた後の達成感は何事にも代えがたいもので
した。ディスカッションを通じて感じたのが、私たち日本人は
他の意見に同調しがちな気がします。集団で活動するときに集
団の平穏を重んじるあまり、なかなか突発的な意見が少ない
と感じます。しかし今回のD班では、それぞれが自分の意見を
明らかにし、全員が納得するまで話し合いました。結果、D班
としても満足のいくプレゼンテーションをすることができました。
自分の意見や意思を明確にして発言することの大切さを強く学
びました。
アジアフォーラムを通じて多くの仲間を作ることができたの
も貴重な経験でした。アジアフォーラムの事前準備段階では
少し憂鬱だった気持が嘘のように、初日からすぐに打ち解け
て、楽しい時間を過ごすことができました。目標を持って取り
組み、苦楽を共にしたからこそ充実した時間を過ごすことがで
きたのだと思いますし、最高の仲間も作ることができました。
また、スカラーたちのタフさや切り替えの早さは本当に素晴ら
しく、常に彼らからたくさんのことを吸収し勉強でした。このア
ジアフォーラムを通じて、あらためて国際交流のやりがいや重
要性を認識できました。これから就職活動が始まり、より自分
の将来と向き合う時がやってきますが、今回のアジアフォーラ
ムを契機に、自分のやりがいの一つを発見することができまし
た。
アジアフォーラムも終わり、
スカラーたちとの別れは悲しかっ
たですが、これからもSNSを活用して交流していきたいですし、
私自身も今回のアジアフォーラムを、自分のこれからにつなげ
ていきたいと思います。
玉邑大 (金沢大学経済学類)
3日間のあわただしい日程を終え、私が最後まで不安だった
ことがある。それは
「スカラーたちにとって意義のある日々であっ
たのか」ということだ。その不安はすぐに解消された。なぜな
ら、ほとんどの人たちが「金沢楽しかった!」という書き込みを
facebookにしてくれたからだ。本当によかったと思う。正直自
信はなかった。
私は今回C班のリーダーとして、発表を取りまとめさせてい
ただいたが、その過程でさまざまな迷いがあった。それは、
「ス
カラーを含め、C班のメンバーが満足してこのフォーラムを終え
る」という目的において自分がどのような働きかけをするかとい
うことについて常に迷いがあったからだ。「どうすれば、みんな
が満足するのか」。この問いへの最初の答えは、「フォーラム
で優秀章を取る」ことだった。フォーラムで優秀賞がとれれば、
班で満足感が共有できるはずだ、
という確信があった。しかし、
その方針はフォーラム中に変更になり、発表に順位をつけない
ことになった。そうすると、リーダーとしての私の役割も変わっ
てくる。その目標は「どれだけみんなの意見を発表に反映させ、
最大公約数としての発表ができるか」に変えた。しかし、結局
は終始、私を中心として日本人学生が議論をリードしてしまい、
消極的なスカラーの意見を反映させるには至らなかった。自
分は司会にむいていないと判断し、司会を班のメンバーに交代
してもらう場面もあった。その点、他の班はスカラーたちのア
イデアを取り入れた発表という点で優れていたと思う。だから
こそ、質疑応答でどういうプロセスで作品を仕上げたかを問い
56
たかった。
来年から私は海外で売上の80%ほどを稼ぐ機械メーカーの
事務系総合職としてキャリアをスタートさせる。そこで求められ
るのは、いかに現地国の優秀な人材をマネジメントして、新た
な付加価値を生み出していくかが課題になるだろう。その意味
で今回のフォーラムはミニチュア体験としていいシュミレーショ
ンになったと感じている。少なくともリーダーシップにおいて課
題は山積みだ。他の学生は「語学を勉強しなきゃ」とモチベー
ションを高めていたが、私としては組織における自分の役割を
より意識した学生生活にしていきたいと思う。
「組織(集団)の
利益(満足度)
」を最大にするためにどのような行動を心がける
か、それを常に意識し、経営学の本などを通じて知識も取り
入れつつ、理論と実践を積み重ねていきたい。
澤田愛 (金沢大学人間社会学域人文学類)
アジアフォーラムに参加して感じたのは、自分のことを知るた
めには他人を知らなければならないということ、相手のことを
知るためには自分のことをまず知っていなければならないという
こと。相手との違いが、自身を理解することになる。
これは、東日本大震災というテーマで議論を進める中で日本
の学生とスカラーに情報や考え方の違いを見た時に考えさせら
れた。例えば、震災の報道にしても日本と海外では情報に違
いがある。スカラーたちが震災について意見する際、皆が口を
そろえて
「日本人の秩序」
と
「マニュアル化」
を挙げるが、日本で
それらについて触れた報道は一過性のものにすぎなかった。ス
カラーたちの意見を聞くと、震災に関する考え方にはやはり自
国の文化や国政のあり方が強く反映しているようだ。
このことから、私の見ている世界は主観的なものでしかなく
自身が井の中の蛙であることを痛感した。この先も主観抜きに
物事を見ることはできないが、多くの場所を訪れて多くの人と
出会い、多くのものを見て話しを聞き、様々な違いを感じるこ
とで主観を広げることはできると思う。
また、アジアフォーラムではスカラーに限らず日本の学生の
活発な姿にも刺激を受けた。これまで「実行力」や「自己主張」
が自己課題であったのだが、スカラーも日本人学生も社会的な
活動や海外経験が豊富な学生が多く、エネルギッシュな雰囲
気の中でそれらが自然と達成できる場であった。今後この場で
得た経験、感じたことを生かして実行・主張し、さらには外に
目を向け活動できるようモチベーションを持続していきたい。
友好的で意欲高いスカラーや学生とともに過ごせたことは、
人生の中で大きな刺激になった。このように若者へよい刺激を
与えていくことこそ、「日本を元気にする」ひとつの道なのではな
いかと思う。石川県は海外や日本の都市部と比べてまだまだ閉
ざされた地域ではあるが、今後もこのアジアフォーラムが続け
られることで刺激をうける学生が少しでも増えていくことを願う。
木下美奈 (金沢大学経済学部)
「今の私たちにできること」
今回、このアジアフォーラムを経験できたことは、私にとって
とても意義のあるものでした。私がアジアフォーラムに参加し
た理由として、国際交流に興味があることと、今回のテーマで
ある災害に関して、海外の学生がどのような考えを持っている
かを知りたかったことが挙げられます。初めは、テーマとこの
フォーラムの主旨をうまく自分の中でまとめられず、日本人学生
との打ち合わせの中で試行錯誤を続けていたように思います。
さらに短期間の中でまとめたものを発表する場では、反省点も
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
多くありました。私はC班に属していましたが、発表の反省点
として、PPTや発表をもっと工夫することができたという点と、
スカラーの国情や経験などを取り入れる場面が少なかったと
いうことを感じました。他の班と比べると、自分の班の良い面、
悪い面がよくわかるのでとてもためになりました。反省点を挙
げればきりがないですが、日本人学生とスカラーの関係はとて
も良く、
スカラーのタフさと日本語能力に感心しきりでした。あっ
という間の2泊3日でした。私にとって、このフォーラムは参加
理由に沿ったものになったと思います。
スカラーとの交流だけでなく、アジアフォーラム全体のプロ
グラムも私にとって興味をそそるものでした。プログラム2日目
の講演会では、金沢大学の田中純一先生や元菊町本町会長
の吉田さんの「現場」を知るリアルなお話を聞くことができ、と
ても勉強になりました。私も被災地に二度行き実際の現場を
見てきた分、お話をより具体的に捉えることができましたし、
二度行っただけでは知りえない、見聞きできないようなお話を
聞くことができました。また、震災以前から存在する問題が、
震災によって浮き彫りになると田中先生もおっしゃっていました
が、そのとおりだと思いました。今ある問題をしっかり意識し、
考えることが大切だと思います。現在大学で学んでいる分野が
社会政策関連なので、社会の弱者と呼ばれる人々の状況と、
それに伴う社会の仕組みをもっと学んでいこうと思います。
このフォーラムを通して一番感じたことが、「人とのつながり
の大切さ」
です。
きっかけが悲惨な震災であれ、
このアジアフォー
ラムであれ、人が出会って交流することで、その先のつながり
は無限に広がる可能性があるのだなと感じました。ひとつひと
つの経験や出会いを大切にして、今の自分が感じたことやでき
ることを大切にしていきたいと思いました。日本でも、アジアで
も、
「難しい問題」
だらけですが、悲観するのではなく前向きに、
目の前の出会いや課題に取り組んでいけたらと思います。
国際交流は、多文化を肌で感じられるし、時に窮屈に感じ
る自国の文化から解放されるので、とてものびのびとした気持
ちになります。このような機会をたくさんの学生が経験できれ
ばいいなと思います。これからもこのフォーラムが続いていくこ
とを願います。
参加させていただき、ありがとうございました。
石戸洋平 (金沢大学経済学部経済学科)
「濃厚な3日間」
今回のフォーラムは非常にタフなスケジュールだったと思い
ます。すでに一週間活動をしているスカラーの側の精神的・
肉体的負担は極めて重いだろうと、一緒に生活をして感じまし
た。しかし、皆がある種のつらい思いを共有し、それがみなを
一つにまとめた要因であったのでしょう、日に日にみなの仲が
良くなっていくのを感じました。
プログラムの中身も非常に充実していたと思います。金沢観
光から市役所、県庁訪問、田中先生・吉田町長の講義と、
私たち日本人でさえも非常に有意義で貴重な体験ができまし
た。被災地にはボランティアとして行きましたが、実際に復興
のことについてこんなに真剣に考えたことはありませんでした。
結局正しい答えというのはないのかもしれませんが、3日間で
チームがまとまり、結論まで導けたのは非常に有意義だったと
思います。
[魅力的なスカラー達]
はじめに、今回私は少し甘い気持ちでこのイベントに参加し
たことを後悔しています。各国の優秀なスカラー達との生活は、
私の脳と価値観にとって非常に刺激的でした。同じ年代、む
しろ年下が多いスカラーですが、ここまで日本語のレベルが高
いとは正直思っていませんでした。日本に対する知識量も深く、
自分の知識量のなさを今でも恥ずかしく思います。自分が逆の
立場で国の代表となるのはほぼ無理でしょう、それをやっての
けた彼らは本当に優秀で、僕らは彼らから「学ぶ姿勢」を学ば
なければなりません。
しかし後悔をしながらも、今回のフォーラムが心から楽しい
と感じることができたこと、それは本当にスカラー達の魅力そ
のものが大きかったと思います。おもしろい話も、真剣な話も
できる花えもんやウンミちゃんのような人には中々出会えないと
思います。だからこそ今回の出会いを大切に、そして今後も刺
激しあえるような仲間であり続けたいです。
[感 想]
本当に今回の参加者全員が、良いメンバーで良いチームで
あったと思います。参加してよかった。
「残りの学生生活3 ヶ月
をどう過ごすか、これからどう生きるか」
私のその価値観はこの
イベントで大きく変わりました。とにかくもっと動き出して、多
くの出会いを作る、そうして小さな社会で生きるのではなくて、
広い大きな社会の中で生きること、それを大事にして今後生き
ていこうと思います。
本当に学生最後の年にこのイベントに参加できてよかったで
す。川畑先生、Jalのスタッフの方々、実行委員の皆様に非常
に感謝しております。ありがとうございました。
糸洲奈央 (金沢学院大学文学部)
「3日間で得たもの」
今回、初めてアジアフォーラムに参加させていただきました。
いつもは英語で行われているようなのですが、今回は日本語を
勉強しているスカラーと日本語での交流、話し合いでした。
まず始めに驚いたのは、スカラー達の日本語力の高さです。
まるで日本人の友達と喋っているような感覚になるほどでした。
もし今回も英語での交流だったなら、私はほとんど喋ることが
できず、スカラー達とこれほど仲良くなることもなかったと思い
ます。日本語を勉強して2年というスカラーもいましたが、みん
な必死に勉強しているのだと思いました。私は大学でも英語を
勉強していますが、
会話になると言葉がでてきません。スカラー
達との出会いは、これからの生活を見直す良い機会になりま
した。今以上に勉強を頑張り、次にスカラー達と会う時には、
お互いに成長した姿で会いたいと思いました。
次に驚いたのは、スカラー達が日本で起こった災害のことを、
真剣に考えてくれていたことです。今年のアジアフォーラムの
テーマは「災害」だったのですが、3月11日の東北地方大震災
を始め、タイの洪水、地震など世界中で災害の多い年だった
ように思います。たくさんの方が亡くなり、多くの方が心身とも
に傷を負いました。その国で起こったことは、その国だけの問
題ではないのだと、世界のつながりを感じました。
アジアフォーラムに参加した3日間という時間は、とても短い
ものでした。もっと話したいことや、
聞きたいことがたくさんあり、
もっと一緒に過ごしたかったです。2011年度アジアフォーラム
は、これで終わりですが、これを通して出会ったスカラーはも
ちろん、日本学生の参加者や、お世話になった方との縁をこ
れからも大事にしていきたいと思いました。 最後に、このよ
うな貴重な機会をいただき、ありがとうございました。
57
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
参加者感想(奈良女子大学学生)
Buddy Students’ Comments
山﨑みはる (奈良女子大学文学部人文社会学科)
今回のプログラムで特に興味深かったのは、それぞれの国
のスカラーが、地域の結びつきや伝統文化力が弱まっているこ
とに危機感を感じていたことです。
皆それぞれが問題意識を持っているので、それをどう自国
で対処すべきか、一緒に考えることができて本当に貴重な経
験となりました。
今後の抱負として、そういった共通事項を持つアジア圏の学
生と、今度は仕事を通して一緒にディスカッションをしていきた
いと思いました。そのためにも、今回の反省点である、論理
的筋立てを鍛えて、互いの共通認識を深めた上で、同じ目標
にむかってディスカッションができるようにしたいと思います。
佐野由佳 (奈良女子大学理学部情報科学科)
今回のプログラムを通し、印象的だったことが2点あります。
1点目は今回のフィールドワークを通し、町興しに力を入れる
方々の奈良に対する思いや問題意識に触れることができ改め
て自分の住む土地を知ることの大切さを再認識できたこと。こ
れは奈良の人だけの問題ではないと感じたからです。自分の住
む町のことを知らないのは奈良の人に限らず、日本人や外国人
スカラーにも共通していたことだからです。私も大学に入るまで
自分の住む町の良さに気付いていませんでした。ところが英会
話スクールに通った時、外国人講師に“あなたの住む町のいい
ところは何“ や”日本のいいところは何だと思いますか“と聞か
れました。これがきっかけとなり、自分の町だけでなく奈良の
町や様々な土地を歩くなかでそれぞれの良さや違いを実感し、
自分の住む土地はどんなところかを知ることができました。そう
いった異文化を体験して初めて知ろうという気持ちが湧いてく
るのかも知れません。今回のプログラムの参加者に奈良に住
んでいる人がほとんどいませんでした。ですが、他人のことで
はなく、むしろ自分のこととして受け止め、考える機会になりま
した。私は今神戸に住んでいます。この土地を離れ、違う土
地に住むことになれば、神戸の良さを人に伝え、また新しい土
地を歩くことで良さを知り、それを他の土地にも発信すること
ができればと思いました。
2点目はわずか2年の勉強で日本語をある程度習得し、
フィー
ルドワークでも差しさわりなく理解し、質問するスカラーの姿で
した。わからない言葉も自分である程度推測し、いいたいこと
を自分の言葉で話し解決していく意欲の強い人や、努力家で
毎日日本語を勉強し、研鑽して習得している人もいて、明るく
元気で前向きな人が多くいい刺激をもらいました。
今回サポートとして参加した私にも至らない点が多々あった
と思います。準備で困っていた時、発表の内容がまとまらない
時に協力してくれた班のメンバーのおかげで協力しあい、話し
合うことで完成できました。また交流会だけでなくプレゼンテー
ションにわざわざ駆けつけて下さった中川さんには本当にお世
話になりました。相談をお聞き下さいました上重要なキーワー
ドも教えて頂きました。またFMの出演者の方も奈良の問題を
率直なお話しを伺え今の奈良の抱える問題を理解できました。
またその他藤岡設計事務所の藤岡さん、今回のプログラムの
訪問先を調整して下さった木原さん、林さんをはじめ今回たく
さんの方々が貴重なお時間を割いて、取材に協力して下さいま
58
した。そして発表前日に宿までご配慮下さいました日航財団の
方にもこの場を借りお礼申し上げたいと思います。ありがとうご
ざいました。
池森萌子 (奈良女子大学生活環境学部生活文化学科)
外国人スカラーの方たちとのフィールドワークやプレゼン
テーションを通して、普段奈良で暮らしているのに気付くこと
ができなかったことに気付き、奈良について新たな視点を得ら
れたと感じています。日本は少子高齢化や地方の過疎化など
の問題を抱えていますが、ならまちのように元からある地域の
資源を活用することで、観光客を呼び込み地域経済の活性化
を実行できる地域はまだまだあると思います。今回のJALスカ
ラシッププログラムで、地元の観光資源に気付くためには、外
からの視点を得ることが大切だと知りました。だから私も奈良
以外の地域(国内・海外)に積極的に足を運んで、外からの
視点を養う必要があると感じました。このプログラムを通じて
得たことを生かして、観光をキーワードに地域経済を活性化す
る取り組みに将来関与したいと思います。
今中麻祐子 (奈良女子大学文学部)
私はJALスカラシップの奈良でのフィールドワークの活動に
参加させていただきました。このプログラムを通して新しい発
見や学ぶことがあり、成長させていただきました。スカラシッ
ププログラムのテーマとして「語ろう、探ろう、日本の強み 弱
み」ということがあげられていましたが、実際の生活の中では
意識をしないことで、このフィールドワークが「日本の強み、弱
み」を考えるきっかけとなりました。また、強み、弱みというと
何か漠然としたもののように感じますが、奈良まちでフィールド
ワークを行い、具体的に奈良まちの強み、弱みを学ぶことを通
して、具体的に日本の強み、弱みを考え、知ることができまし
た。増井先生やプレゼンテーションでも指摘されていたことで
すが、弱みの一つとして
「価値を知らない」
ということがありまし
た。私自身、奈良の大学に通っているにも関わらず奈良まちに
関して知らないことが多かったですし、日本に関しても知らな
い点が多いと思います。このことから、奈良まちや日本のことを
もっと知りたい、知らなければならないと思いました。このこと
が「弱みを強みに変える」ことに繋がればと思います。スカラー
さんの外からの視点、また、日本人学生の中からの視点とい
う多角的な視点から一つのテーマを話し合うことができとても
面白かったです。このような機会はめったにないことですので、
このような機会を得られたことを嬉しく思います。
また、スカラーさんの日本語力や日本に対する知識には大
変驚かされました。フィールドワークでもその後のプレゼンテー
ションでも、自分の意見をしっかりまとめて、発言されており、
各自の今までの努力の成果だと感じました。私も大学での勉
強を真剣に取り組まなければと励まされました。加えて、今ま
でこれほど多くの国の方とお話したことがなかったのですが、
会話の中でそれぞれの国の様子を聞くことができ、自身の視
野を広げることができたと感じています。
とても有意義な時間を過ごすことができたことを非常に嬉し
く感じています。
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
大石眞由子 (奈良女子大学文学部)
もともと私がこのプログラムに参加を希望したのは、海外の
方と話をするのが好きで国際交流ができるチャンスだと思った
こととフィールドワークの場所が大好きなならまちであるという
ことからでした。しかし、今回のプログラムでは大テーマとして
『日本の強み、弱み』ということが掲げられ、それに沿うかた
ちで奈良なりの活動を3日間にわたり行ったので、普段わかっ
てはいても目を向けることを避けがちな議題に改めて目を向け
るとても良い機会にもなりました。良い機会になったと感じたの
は、問題に目を向けるときには広い視野から物事を見ることが
必要とされるにも関わらず、自分でただ考えているだけではどう
しても独りよがりな考えになってしまうという現状があったから
です。周りと話しあうにしても、似たような環境で暮らしている
人とでは似たりよったりな見方しか出てこないのはうなずけるこ
とで今回のように様々な国から集まったまったく違う環境で暮
らしてきた人と接することで新しい見方を発見できるのは、願っ
てもないことでした。またスカラーの皆さんと一緒に活動するう
えで印象的だったことは、何事にも全力で興味を向ける姿勢
です。フィールドワークの中では、少しでも疑問に感じたことが
あればすぐに私たち日本人学生に聞くなどして分かるまで突き
つめてそれぞれなりの納得する答えを導き出していました。大
和ハウスの研究所見学でも、小さなことにも興味を向けて真剣
に解説を聞く姿が印象的でした。そんな姿を見ていて、最近
の自分は彼らのように好奇心のアンテナを周りに張れていただ
ろうかと考えさせられました。一見自分に関係なさそうな物事
にも興味を持っていかなければ新しい発見をできるはずがない
のに、その姿勢を失ってしまっていたことに気付かされました。
それを意識していかなければならないと暗に教えられたことは、
自分に大きな収穫になりました。
今回の経験から、海外の方と交流することの楽しさを再確
認できたので、またこのような機会があれば是非参加したいと
思います。また、スカラーの皆さんから受けた良い刺激を糧に
してこれからの大学生活を広い視野を持つことを忘れずに送
れたらと思います。最後に、このプログラムに携わって私にたく
さんのことに気付く機会をくれた皆さんに感謝を伝えたいです。
ありがとうございました。
今回、自分の身近な場所で海外の方と交流し、ならのよさとい
うものを考える貴重な機会となりました。
私は、奈良女子大学に在学しているものの、大学と駅の行
き来ばかりでならまちに足を運んだことはほとんどありませんで
した。伝統あるまちがこんなにも身近にあるのにそれに気がつ
かずに大学生活を送っている奈良女の学生は多いです。せっ
かく地方から奈良を選んで奈良に来たからには、もっと積極的
に奈良を知らなければならないと感じました。また、今回のよ
うにならまちと奈良女子大学共同でさまざまな企画ができれば
と思います。
スカラーのみなさんは、意欲的で、力強いパワーを感じまし
た。日本語が流暢なだけでなく、日本の文学や古典、歴史に
ついて詳しく知っているスカラーもいて、大変良い刺激をもらい
ました。今の日本の若者は内向き志向だと言われています。日
本に留まっているだけで安心していい時代はもう終わりました。
周囲の国々、中国、韓国、東南アジアの成長がめまぐるしい
中で、アジアの若者の勢いのあるパワーに負けてはいられない
と強く実感しました。これから、未来の社会を担っていく同じ
アジアの若者として、この出会いを大切にし、協力し合い、お
互い高めあえる存在になれればと思います。
このような貴重な機会を与えてくださった日航財団のみなさ
ま、ならまちの皆さまに大変感謝申し上げます。ありがとうご
ざいました。
田中麻理沙 (奈良女子大学文学部)
私たち奈良女子大生がこのスカラシップに参加したのは3日
間という短い期間でしたが、とても充実した時間でした。フィー
ルドワークでは貴重なお話をたくさん聞くことができました。ス
カラーさんが「このプログラムに参加して自分の考えが変わっ
た」と話してくれたのがとても印象に残っています。私も、今回
のプログラムを通じて初めて考えたことがたくさんありました。
みなさんと一緒に勉強させてもらったと思います。
緊張ばかりしてしまった自分がもどかしいです。スカラーさん
たちとは、もっとたくさん話をしたかったなという気持ちでいっ
ぱいです。
今回のスカラシッププログラムで学んだことを、これからに生
かしていきたいと思います。
みなさん、本当にありがとうございました。
森花麻未 (奈良女子大学文学部人間科学科)
海外に行くと、日本を客観視でき改めて日本の良さが見えて
きますが、日本にいるとなかなか日本について考える機会もあ
りませんし、日本の良さを実感することもほとんどありません。
59
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
参加者感想(スカラー)
Scholars’ Comments
Tun Sovann トゥン・ソヴァン (カンボジア)
このプログラムは少し短いと思いますが、私にとって濃い内
容の二週間を過ごすことができました。はじめから終わりまで
よく見ると毎日いい勉強、いい経験をしていました。特にスカ
ラーとの間は数年間の付き合ってきた友人のようにいっしょに
助け合ったり、頑張ったりしたことなど、すなわち私にとって一
分間皆と一緒にいても幸せでした。遠いところからきた私たち
は話す言葉も別々ですが、同時にいっしょに集まって日本語を
使って討論したり、発表したり、コミュニケーションしたりして
とても素晴らしいと私は思っています。
日本人の大学生のように日本の直面している問題に関わる
テーマを中心にして難しい日本語を使ってディスカッションした
り、発表したりするのは私の初めての経験でした。日本の強み、
弱みをディスッションしたことによって、今まで大切に考えたこ
とがないカンボジアのこともいっぱい頭の中に浮かんできまし
た。一番考えさせるのは 「人間関係」 という問題でした。経済
や技術が目覚しい発展してきた先進国は人間関係の問題は共
通して出てくるようです。日本だけなく韓国でもこの問題がある
そうです。カンボジアも将来的にこの問題が出てくる恐れがあ
るからです。
日本文化体験、日本人の日常生活に触ることができるホー
ムステイの面でもとても楽しかったし、実感しました。私はもっ
と日本文化に近くなってきたような気がしました。それに日本
だけでなく各国の文化も分かるようになりました。とても素晴ら
しかったです。日本を各国の文化や自分の文化と比較すること
ができて、様々な素晴らしさを持っていることに気がつきました。
このプログラムに参加したことによって、いつも子供っぽい私も
大人になったと感じました。そのきっかけで、私の人生は変わ
ると思います。
最後に、改めて日航財団に感謝を申し上げます。日航財団
のスタッフに本当にお世話になりました。今年度から、またカ
ンボジアの大学生に参加させていただくことと期待しておりま
す。
ありがとうございました。
劉宝佳 リュウ・ホーカ (中国・北京)
今年、2011JALスカラシッププログラムに参加できて、
よかっ
たと思います。日本へ行く前に、自分の日本語が外国人の学
生たちに通じるかどうかがとても心配しました。だから、このプ
ログラムに参加したことがある先輩にいろいろ聞きました。先
輩が「大丈夫だよ。言葉より大切なのは自信と熱意だ。きっと
楽しく過ごせるよ。」と言われたが、実際に日本に来てから先輩
の話に納得しました。日航財団のスタッフたちも、各国のスカ
ラーたちも優しくてとても親切な人だとつくづく感じました。親
しみやすい中川さん、細心な原田さん、いつでもかわいくニコ
ニコしている坂本さん、おとなしい浜崎さん、人気ものの佐野
さん、この17日間わたしたちの面倒をみていただき、お疲れさ
までした。お心遣い、本当にありがとうございました。
17日間は短いと言えば短いです。日本の景色の美しさや国
民性の素晴らしさなど、見たいことがまだたくさんあります。し
かし、
長いとも言えますね。今まで出会った人を覚えることとか、
今まで日本で体験したことを記憶することに対し、17日間で足
60
りると思います。短いと言ってもいいし、長いと言ってもいいの
ですが、この素晴らしい期間が一生忘れられないと私は信じ
ています。
活動については、
「忙しい」とか「疲れた」などの言葉が自然
に頭に浮かべます。それは私の真実の体験です。でも、プロ
グラムを全体的に見れば、忙しくても疲れても最も強く感じた
のがやはり
「楽しい」
には違いありません。一日目のオリエンテー
ションから始まり奈良女子大学のプログラムまで、四回の発表
がありました。毎回グループのみなさんと一緒に資料を調べた
りPPTを作ったりして大変なことだと思います。だが、発表し
たあと、その辛い過程が記憶になってから、思い出せることは
準備の途中で起こった面白いことばかりです。発表の回数が
増えてくるに従って、日本語で表現する能力も上がったと感じ
られました。発表以外に、観光と文化体験もたくさんありまし
た。今回行った東京、白山、金沢と奈良の四つの都市が各々
持っている特徴がわかりました。着物や生け花、そして茶道体
験があって、以前教科書の中でしか読まなかったものが目の
前に現れて、日本文化を理解するいい体験だと思います。他
には、ホームステイもすごくいいと思います。金沢も東京も、ホ
ストファミリーのお母さんとお父さんがとても親切な人で、私の
ためにいろいろ準備してくれました。観光地にも連れて行ってく
れたりおいしい料理も用意していただき、本当に感動しました。
ホストファミリーと一緒に過ごし、日本の一般市民の生活様式
が見られました。とてもいい体験だと思います。ホストファミリー
の親切な招待に感謝したいと思います。
今度のプログラムに参加して、いろいろなアジアの国の優秀
な学生に会えてよかったと思います。この中で、いくつかの国
からきた学生との接触は私にとって初めてですが、その学生に
より、その国のことも少しわかるようになりました。参加前、み
んな違った国からきて、外国語の日本語で交流できるかどうか
を疑っていました。しかし、自分自身が来てから初めて、参加
前の疑いが全然必要ではなかったとわかりました。日本語が
上手ではないですけど、考えを伝えることに問題はありません
でした。そして、外国の学生たちと仲良くなって、いい友達に
なりました。嬉しかったです。今度の体験から、
人と人とのコミュ
ニケーションが通じるためには言葉より心がこもっている態度
こそもっとも大切なことだとわかりました。日本人のスカラー里
奈ちゃん、雅子ちゃんと萌香ちゃん、わたしたちを助けてくれて、
心からありがとうございました。
プログラムが終わった今、もう一度参加する前にE-mailで
届いたスカラーの資料を見ると、以前見たときの感じと違いま
す。写真の中の人が、わずか写真のなかの様子ではなくて、
頭にはスカラーたちとの間に起こったことを思い出し、写真も
生きるようになると思います。この17日間、夢みたいにみんな
と一緒に過ごして、きっと一生忘れられない思い出になると信
じています。今までこのプログラムで出会った人たち、ありがと
うございました。また会える機会を期待しています。
陳鍵湘 チン・ケンショウ (中国・広州)
同じ場所へ行っても、人は皆違うものに注目します。また、
同じものを見ていても、その人たちの視点も様々でしょう。ア
ジアの各国から集まった19人のスカラー、本プログラムを通し
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
て、それぞれの国の文化や価値観と出会うことができました。
その違った考え方を理解しようという思いが、積極的な姿勢に
現れて、みんなの心に届いたと思います。
「活気あふれる日本を再現するために、日本の強み・弱みを
探る」というテーマから展開して、私たちにこんな貴重な体験
を提供してくださった日航財団、お世話をしてくれたスタッフの
皆様、まことにありがとうございました。
本プログラムの開始前に、ちょうど日本語の勉強で難しい時
期を迎えていた私にとっては、今回の機会をいただいたおかげ
で、日本語を習う初心、日本語を生かして何かをするという気
持ちを再認識することができました。
日本の茶道にはこのような話があります。茶道というものは
一方的に芸術を展示するだけではない。茶会の後、お客さん
が帰り道で考えていることは、必ず亭主も同ように感じていま
す。つまり、茶道は相互的で、他人に何かを与えたら、自分
もその分の代わりを得るに違いありません。
私の考えでは、茶道のことだけではなくて、今回の経験、日
常生活でも、同じことが言えるのではないでしょうか。自分の
ことを他人に知ってもらいながら、自らも何かがわかるでしょう。
他のスカラーはどう考えているかはわかりませんが、日本を
訪れたとき、自分が中国人であることをよく意識していました。
また、中国にいるだけでは、あるいは中国の広東省にいるだ
けでは、今まであまり興味を持たなかった中国の歴史や文化
のことに改めて気づきました。それはたぶん、海外の人との交
流によって、初めて客観的なフィルターで中国を見ることがで
きたからなのかもしれません。プログラムが終わって、今まで
以上に中国の古い文化を知りたい気持ちが強くなったし、中
国以外の人にもその文化のすばらしさを知ってもらいたいです。
これからも、それを目指して、自分を鍛えて、がんばっていき
たいと思います。
呉華艶 ゴ・カエン
(中国・大連)
まず私がこのプログラムに参加できたのはとてもラッキーな
ことでした。はじめて私が選ばれたことを聞いてわくわくしなが
らも心配でした。なぜならば私が中国大連を代表するほどの
能力があるかどうかに確信がなかったからです。こんな心配を
持って日本に行きましたが日本に到着してほかのスカラーと話
をしてから少し安心しました。このプログラムで重要なのは自
分が何かを教えるのではなくてこのプログラムを通して何を得
るかがもっと重要だと私は感じました。それで私はこの貴重な
チャンスをきちんと掴もうと思いました。
このプログラムを通して私が得たのは数えられないほど多い
です。まずは初めて日本に行ったこと、初めて着物を着たこと、
初めての茶道、華道体験、初めてのホームステイなどなど。こ
こで一番大切なのは縁だと思います。私たちはこのプログラム
のなかでいろいろな縁を結びました。いろいろな国から来たス
カラーたちとの縁、私たちのお世話をした日航財団スタッフた
ちとの縁、そして石川県の人々たち、奈良の人々たち、東京の
人々たち、ホストファミリーたち。この縁は何物にも代えがたい
です。この貴重な縁をずっと続けたいです。
またいろいろなディスカッションを通して以前気付かなかった
ことを考えるようになりました。一人の大学生として大人として
地球人として責任を持つようになりました。このプログラムが私
を成長させたと思います。
今回は私たちがたくさんのものをもらったのでいつか恩返し
することができるように頑張りたいと思います。
石夢 セキ・ム (中国・上海)
この17日間あっという間に過ぎました。正直にいうと、応募
する時はただの無料旅行だと思いましたが、日程を見るとちょっ
とガッカリしました。でも実際に体験した後、旅行よりもっと楽
しかったのです。
このプログラムのおかげで、アジア諸国の皆とめぐり合いま
した。お互いの母国語で変な言葉ばかり教えたり、
「カレーラ
イス」など私たちしか分からない意味でダジャレを飛ばしたりし
ました。発表準備の時、皆自国のことを結びつけて、政治家
みたいに真剣に提案しました。この17日間ともに過ごして、日
本のことだけではなく、他の国の文化にもより良く理解できるよ
うになりました。
スカラーとの付き合いだけではなく、アイセックの皆様や、
石川と奈良の学生たちや、ホームステイやスタッフの皆様がそ
ばにいてくれて、誠にありがたいのです。よく分からないところ
を分かりやすく説明してくれて、お菓子やお店をススメいただき
ました。観光客としてではなく、本当に日本人の生活に受け入
れられたみたいです。
人々との交流を通して、中国に興味を持っている人が多いと
実感しました。でも恥ずかしいことに、私は上海や中国につい
て分からないところがいっぱいあります。質問されたら、なか
なか答えられません。ですから今回帰国してから、自国の文
化や歴史などもっと知りたいのです。日中友好のためになにを
やりたいとはまだいえないですけれども、私ができる限りに中
国のことをもっとアピールしたいのです。
今皆ばらばらになっていますが、心は繋がっています。ソヴァ
ン君が言ったとおり、
「どこへ行っても、皆同じ空の下」
です。
皆、またね。
馬潔盈 マー・キッイン (中国・香港)
日本のことが大好きで、3月11日の大震災のあと、活気あふ
れる日本を再現したい気持ちを持って、それぞれの国から、16
名の大学生が日本に集まって、日本の大学生と日本の強みと弱
みを語り、探り、自分の目で現在の日本の姿を確かめました。
今回は東京、奈良、石川、世界中からの大学生と交流でき
て、
とても幸運だと思ってます。
本当にたくさん勉強しました。
ディ
スカッションする時、皆さんが自分の国だけではなく、世界中
で起こっていることに対するセンスが高いことにびっくりしまし
た。それに、スカラーの皆さんの日本語のレベルと日本への認
識も高くて、それに比べて自分は、ちょっと恥ずかしいと感じま
す。日本語の勉強はもう二年で、ほかのスカラーよりたぶん短
いかもしれませんが、この二年間は日本語ばかり勉強して、日
本の文化や歴史などに少しだけ触れました。スカラーの皆さん
に会ってから、言語の勉強は文型だけではなく、その言語の
背景や国のことを知る必要があると気づきました。これからも、
日本語をもっと勉強するとともに、日本のことをもっと知るため
に頑張ります。
それに、都会の東京と、田舎の石川と、伝統的なものがた
くさん残った奈良へ行って、同じ国でも、多様な面が見られて、
うれしかったと思います。それぞれの県の発展の方向は違うか
もしれないけど、日本では古い物が守られたり、人と人が協力
をして、日本人が幸せと感じられる日本を目指していることは、
私が日本に行ってから、気づいたことです。
よく
「日本人は内と外の人に対する態度は違う」と言われてい
ます。しかし、JALのおかげで、ホームステイできました。ホー
ムステイする時、
「内」
と
「外」
ということはあまり感じられない一
61
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
方、ホストファミリーと本当の家族みたいに生活して、日本人
と切っても切れない関係を築きました。毎日ホストファミリーを
「お父さん、お母さん」と呼んで、違和感はちっとも感じられ
ませんでしたし、あたたかかったと思います。ホストファミリー
に初めて会った私に対する態度は冷たくなく、優しくお世話を
してくれて、大変感動しました。
知識以外、このプログラムで、もう一つ大切なものをもらい
ました。これはスカラーの皆さんとの友情だと思います。友達
や家族がいない日本に行って、最初はとても寂しいと思いまし
たが、毎日スカラーの皆さんと授業を受けたり、文化体験に
参加したり、いろいろなところで見学したりして、皆さんとだん
だん親しくなって、友情もいつの間にか、厚くなりました。人
と人の関係はとても不思議で、国と言語が違っても、友達に
なれます。17日はあっという間に経って、皆さんと日本で笑っ
た時間と、皆さんと別れたくなくて泣いた時間と、スカラーの
皆さんと日本で会った大学生と一緒に作った思い出と、友情
は、国に帰っても、何年経っても、消えないと信じています。
またいつか皆さんと会うのを楽しみにしています。
Jung SooJi ジョン・スジ (韓国・ソウル)
このプログラムは本当に充実して毎日の予定が決まっていま
した。なので、すこし大変だったのですがとても楽しかったし、
たくさん勉強になったと思います。セミナーや講義は日本の歴
史や経済の状況について勉強できたし、俳句、茶道、着付け、
よさこい、生け花などの文化体験は日本の伝統を味わせてくれ
ました。そしてホームステイは実際に日本の家庭の体験ができ、
普段は体験できない日本の生活の文化にも触れることができま
した。また17日間本当にいろいろな日本人にも出会って交流も
しましたが本当に日本人はみんな温かい情を持っていて感動し
てしまいました。
東京、金沢、奈良などいろいろなところに実際に行ってみて
貴重な体験をしました。ただその地域に訪問しただけでも良
かったですがそれにもっといろいろな日本文化体験や講義もで
きてもっと良かったし嬉しかったです。本当にこのプログラムに
選ばれて良かったと思いました。そして日本の文化や歴史など
いろいろなところを勉強しながら私の能力がどの位足りないの
か分かって反省しました。私は今まで日本語さえ上手になれば
日本で何でもできると思っていましたが、実際に日本で生活し
てみると日本語より日本の文化について勉強するのが何よりも
大事だということに気づきました。これからは日本語だけでは
なく日本の文化や歴史、経済などについてもたくさん勉強して
日本通になりたいと思います。
17日間という短い時間でしたが、本当に貴重な体験ができ
たし本当にいい友達もたくさんできたので、とても嬉しいと思い
ます。
この大切な絆をこれからも大事にしていきたいと思います。
日本語を専攻している学生として本当にいいプログラムに選ば
れたと思うのでこれからはこの誇りを持ってもっと頑張るつもり
です。私が日本語の勉強を続けるにあたってここでの経験はた
くさん役に立つと思います。このレポートを通してもう一度JAL
のスタッフさんたちや関係者の方々に本当に心からお礼申しあ
げたいと思います。本当にお世話になりました。いい経験をさ
せてくれて本当にありがとうございました。17日間本当に楽し
かったし幸せでした。
Lim JiA イム・ジア (韓国・ソウル)
まず、思ってもいなかったこんなプログラムに参加できて本
62
当によかったと思います。友達からの勧めで志願することにな
り、合格して得たこの機会はめったにない貴重なものでした。
17日間アジア各国の学生たちと討論したり勉強したり、一緒
に食事をして同じ部屋を使ったり、ずっと一緒に生活をしなが
ら忘れられない思い出を作って、大切な友達もたくさんできて
すごくうれしいです。休日に休まずエッセイを書いて、学校の
授業を休んで面接を受けに行った私の選択は全然間違ってい
ないものでした。
このプログラムで日本に17日間滞在して、韓国に帰ってから
もう2週が過ぎていますが、その記憶はいまでも私の頭に鮮明
に残っています。みんなと話したこと、いろんな講義で学んだ
こと、討論をしながら勉強したこと、その中で私が思ったり感
じたりしたことそしてそれが私の中で変化の種になって行ったこ
とは今もよく覚えています。また、その変化の種はすでに私の
中で芽吹いたかもしれません。
一番大事な変化は、考えてばかりいないで直接行動をする
ようになったことです。英語のもっと深い勉強や中国語の勉強
を始めたいという計画をこんどの冬休みに行動に移すつもりで
す。この変化は根本先生の2回の講義の影響が強かったと思
います。2回目の講義でしたwordshiftを書きながら、思って
いたことを確実に実感できてようやく行動に移すきっかけにな
りました。
また大きな変化は私の将来の進路がこのプログラムを通じて
もっと確固になったことです。もともと私は日韓関係に役に立
つ人になりたくて、外交に関する仕事をしたいと思って大学で
政治外交学を勉強していました。日本語の勉強はアニメに対
する興味から始めたのですが、進路を決めてもっと熱心に勉
強したのです。でも大学に入学していろんなことを知り、今ま
で思っていた公務員ではなく、ただ就職する道も考えている途
中、私はこのプログラムに参加しました。プログラムが終わっ
て、私はずっと思っていた外務公務員になりたいという夢をもっ
と固めるようになりました。そしてこの夢はもっと広がり、日韓
関係だけではなくアジア、特にその重要性が高まっている東ア
ジアの国際関係をよくすることに役に立ちたいと思いました。こ
れからは今学期に聞いている授業で先生が言ってた‘私は韓国
人に生まれたけど、アジア人として死ぬ’という言葉を私のモッ
トーにして目標を目指して努力するつもりです。
私にこんな変化の種をくれたJALスカラシッププログラムに
本当に感謝しています。17日間スカラーのみんなと一緒に作っ
た大切な思い出は一生忘れられないと思います。みんなで5年
後に東京で会う約束をしましたけど、その時みんながそれぞれ
の願いを立派に叶えて会えたらいいなと思います。改めてこん
な貴重な機会を与えてくれた日航財団に感謝し、その機会を
一緒に経験したスカラーのみんなにも感謝しています。
Kim Eunmi キム・ウンミ (韓国・釜山)
ちょっと惜しかったことから記します。インターネットや国際
電話などが自由だったら、母国にある家族と連絡ができて、
母国にいるスカラーの家族ももっと安心ができるかもしれませ
ん。私の場合は私が4年も寮に住んでいて、日本にも何回か
行ったことがあるのに連絡が来なくて心配したそうです。そして、
日本の文化を体験する時、体験することの歴史なども少し説
明があったらもっと楽しく体験できたかもしれないと思います。
たとえば、茶道の場合、日本の茶道の発展について説明を聞
いたらもっと面白かったかもしれません。
このスカラシップを通じて、私は世界をみる視野が広くなっ
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
たと思います。今まで、私が参加したプログラムは日韓だけだっ
たのですが、今回はアジアの各地で集まったいろんな国の人
と出会って、いろんな立場の話を聞けました。
そして、東南アジアのスカラーたちから元気なエネルギーを
もらえました。韓国も日本と同じ問題(高齢者、経済不況など)
を抱えていますが、東南アジアなど発展していく国のスカラー
をみながら、もっと頑張って私はもちろん母国の韓国もよくした
いと思いました。
大阪空港で日本人のスカラーのリナさんとある人と(これを
読む時にぎくりとした人が「ある人」です!(笑))日韓の関係に
ついて話した時はいろいろ学びました(いつの間にか日韓関係
が話題になっていました)。今までは韓国人の立場だけ考えて
いましたが、もっと良い日韓の関係のために、私から変えるべ
き部分は変えていこうと思うようになりました。
一番近い目標は一応、就職ですね(笑)。スカラシップに参
加しようと決心した時、家族と知人から「17日のために仕事を
やめるなんて本当にバカらしい」
と反対されました。その時、私
が「絶対に人に迷惑をかけることなんかしないよ! 準備資金か
ら帰った後に使うお小遣いも私が解決するよ。」と言いました
し、最後までスカラシップを選んだことに対して後悔しないよう
に、必ず就職しなければいけません
(笑)。
ちょっと遠い目標は日本語だけでなく、日韓の関係を学んで
みたいです。日本人の先生はもちろん、家族から「なぜ君が日
本語を学んでいるのか分からない。日本の文化に興味がある
わけじゃないし、日韓の関係についてはいつも否定的に思っ
てるし。不思議だね。」とよく言われます。私も不思議ですね。
今回をきっかけに、韓国人の立場だけで考えていたことを悟り、
いろんな立場で、もっと深く学んでみたいです。
一年前に韓国の外交通商部が選び、日本の外務省と日韓
交流基金が招待(費用も日本が負担)するプログラムに参加し
て、少し自慢していたことを悟りました。これからも取り残され
ないように頑張ります!!
Thayarath Lylavady タニャラート・リーラワディ (ラオス)
このプログラムに参加させていただき、本当にありがとうござ
います。私は日本に行くのは初めてでしたので、日本に行く前
に大変楽しみにしていました。でも、私は日本語がまだまだ上
手ではないので、日本語能力について大変心配していました。
このプログラム全体を通して、色んな勉強ができました。プ
ログラムの中で講義や日本語で発表するのは、日本語が苦手
な私にとって、とても難しくて、分からない所もたくさんありま
したが、みんなに助けてもらって、日本語が次第にわかるよう
になりました。本当に感謝しています。また、アジア諸国から
来た友達ができました。みんなは違う国から来たので、自分た
ちの国のことを共有して、話し合って、似ている点も、違う点も、
たくさんあって、とてもおもしろかったです。
また、着物、生け花、茶道、俳句という日本の伝統的な文
化を体験することができて、楽しいことだけではなく、伝統的
な文化が続いているのは勉強になりました。
また、ホームステイで日本人といっしょに生活することができ
て、日本人の生活もわかるようになりました。ホストファミリー
はとても親切で、色んな所へ連れて行ってくれて、すごく楽し
かったです。それに、たくさんおいしい食べ物をごちそうしてく
れました。短い時間ですけど、本当に幸せになりました。
この二週間のプログラムは有意義で、とてもいい機会でした。
今回の経験から、日本語の勉強をもっと頑張りたいと思います。
もう一度日本に行くために、日本語の勉強は前よりもっと頑張
ろうと思っています。
日航財団の皆様、スカラーのみんな、本当に感謝しています。
Quar Yin Yin クア・インイン (マレーシア)
まず、JALプログラムという素晴らしい機会を与えていただい
て、本当にありがとうございました。実は日本へ行く前に、心
配したことはいっぱいありました。なぜならば、自分は日本語
が苦手だから、今回のプログラムは2週間で日本語だけ使う条
件で、特にディスカッションのとき、他のスカラーとディスカッ
ションできるかどうか、心配していました。そういう複雑で不
安な気持ちを持って、
日本に行きました。しかし、
この17日間で、
スタッフの皆様とスカラーたちはみんな極力簡単でわかりやす
い日本語を使ってくれて、心配な気持ちがどんどんなくなりまし
た。しかも、17日間で、日本語が大幅に改善し、それは素晴
らしい獲得でした。
短い期間ですが、いろいろなことが勉強になって、体験して、
とても有意義に過ごせました。例えば伝統的な文化の体験、
東京大学見学、ホームステイ、色んな国との国際交流などで
す。しかも、日本の文化と歴史だけではなく、他の国の文化も
すこし理解できるようになって、大変貴重な経験だったと思い
ます。そして、
他の国から来たスカラーたちといい友達になれて、
とても素晴らしいことです。
以上のように、今回のプログラムは絶対に忘れられずに、そ
の貴重な経験は将来の仕事などにも役に立つと思います。また、
日航財団のおかげで、快適な時間を過ごすことができて、大変
お世話になり、心から感謝いたします。ありがとうございました。
劉 怡臻 リュウ・イシン (台湾・台北)
このプログラム全体を通して、感想がいろいろあります。
まず、マスコミとか新聞とか一方的に信じることが危ないこと
だ。例えば、日本3・11震災のことを例として、今回のプログ
ラムを通して、実際に東北にボランティアをしに行った人の感
想、日本の若者の震災についての感想などを聞いて、すこし
実際のことをわかってきた。自分の国で教科書とか授業のなか
で、日本人や日本文化についてたくさん勉強したけれども、本
当の日本人とコミュニケーションすることがまさにいちばん勉強
になると思う。一口で日本人といっても、十人十色だ。必ずし
も本の中で教わったイメージに当てはめることはできない。身
をもって体験しないとわからないことがたくさんあります。
JALスカラシップのプログラムに参加して、生まれてから初
めていろいろな国から来た人といっしょに話しあって、友達に
なって同じテーマについて意見を交換できてものすごくありが
たかったと思います。みなさん、それぞれの国や出身地が違う
から、いろんな話を聞けることが楽しかった。面白かった。こ
のプログラムに参加したおかげで、もっと自分の語学能力も向
上した気がします。日本語にしても英語にしても向上したいと
思います。もっとみなさんの国と文化を知りたい気もします。
そして、いろんな講演や授業を聞いて勉強になった。そのな
かで、金沢の田中純一先生の言葉と情熱に感動しました。先
生は東北の子供が震災で故郷を離れたがやはり故郷に帰りた
がっていると言いました。そして、あんなに危ないところに民衆
を帰すかどうか、たしかに疑問になるけれども、ただ人間自分
が住みたいところに住みたい気持ちがちゃんとわかることが大
事だ。もし、また地震と津波がまた起るなら、また考えればい
いと先生は言っていました。とても感動しました。
63
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
子供の教育と同じく、一方的に危ないこと、いけないことを
無理矢理にやめさせるよりも、時間をかけて付き合ってあげる
ことがとても大切だ。
もう一つ印象的な授業があります。佐野さんが担当してくれ
た授業のなかで、映画を二つ見たが、とても対照的な映画だ
と思います。日本社会がごく短いうちに、とても極端な価値観
が現れたことは、わたしたちにいろいろ考えさせられた。人間
の幸せとは金によってもたらされるかな。お金があればあるほ
ど人間が幸せになれるかな。資源が限られるから、どうやっ
て人間と環境と共生していけるか。これは常に考えなければな
らないことだ。特に大震災のあと、普段考える必要のないこと
が実に大切だということ。例えば、エネルギーの安全と消費、
人間の欲望などの問題がある。ただ、自分がひとりで考えるだ
けでなく、他の人といっしょに話し合いながら、話しを行動に
移すことこそ、実際に社会を換えることができるわけである。
色々な人に出会って、話しあうことができるチャンスをいただ
いて、JALに対してとても感謝しています。わたしたちのため、
いろんなことを考えてくれて本当にありがとうございます。
孫體仁 ソン・タイジン (台湾・高雄)
今回のプログラムで、私は初めて日本に来た。最初は日程
を見て、遊びではないと思ったが、そんなに疲れるとも思わな
かった。17日間、行ったところで全部講義を受けて、発表の
準備をして、毎日寝不足だった。しかし、本当に充実していた。
今回来る前に、自分には何が足りないのかを知ろうというつ
もりで日本に来た。そして、このプログラムは本当に答えてくれ
た。17日間の講義、発表で日本の方及びスカラーのみんなに
日本さらにアジア諸国のことを教えてもらううち、台湾のことに
もどんどん興味を持って、自国の文化をもっと知りたくなった。
他国の文化や歴史を知る前に、自国のことをきちんと勉強しな
ければいけないと思った。それから、アジア諸国のスカラーた
ちと話して、彼らの国のことを教えてもらったり、自国のことも
彼らに伝えたりできて、本当に楽しくて面白かった。この17日
間は、真面目な時の討論だけではなく、リラックスした時の会
話でも有意義だった。
途轍もなくきつかったが皆と一緒の時間はそれを忘れられる
ほど楽しかった。一緒に笑ったり泣いたりする友達と出会えて、
幸せだと思う。だから、こういう貴重な経験をくれたJALにも
大変感謝している。
Reangthong Sirarut リアントーン・スィラーラット (タイ)
このプログラムに応募して、全国の学生から一人だけ国の
代表として選ばれるということが分かった時はどうせ自分が選
ばれるわけがないんだろうとずっと思っていました。だから、自
分が選ばれることが分かった時は非常にびっくりしました。た
ぶんこれが「運命」なんでしょう?しかし、日本に行く前にちょっ
と問題がありました。皆様がご存知の通りに10月にタイは洪水
しました。その時、水はだんだん私の家に近づいて、もし出発
日の前に家が冠水したら、日本に行けないなら、そうなったら
日航財団のスタッフに迷惑をかけるのではないかと思いました
ので、行くか、行かないか、どうすればいいかと迷っていました。
だが、結局行くことに決めていました。もしその時行かないと
決めていたら、今の私はきっと後悔していると思います。日本
に到着した時、温かい笑顔で私とソヴァンとティンノイを迎えに
来てくれた坂本さんを見たら、心の中が温まりました。しかし、
プログラムが始まって不安になったこともありました。スカラー
64
の皆さんは日本語がとても上手なので、自分が分からないこと
が多すぎるなら他の人に迷惑かけるんじゃないかなと思いまし
たが、皆さんが喜んで優しく説明してくれました。皆さんが励
ましてくれたから、ディスカッションも発表も楽しくできました。
私はこれからも自分の日本語能力が進むようにもっと頑張らな
ければなりません。海外スカラー、日本スカラーの皆さん、石
川の皆さん、奈良女子大学の皆さん、アイセックの皆さんと一
緒にディスカッションしたり、発表したり、日本文化体験した
り、見学したり、ご飯を食べたりすることは本当に本当に楽し
かったです。短い間でも皆さんと仲良くできて嬉しかったです。
やはり皆さんと作った思い出は宝物です。石川のパパとママと
一緒にいた時もすごく幸せでした。ママとパパは私が本当の子
供のように遊びに連れて行ってくれたり、おいしいご飯を作って
くれたり、あたたかい布団を敷いてくれたり、誠にありがとうご
ざいました。千葉のお父さんとお母さんと一緒にいた時もすご
く幸せでした。Disney Land、
鎌倉、
いろんな場所に連れて行っ
てくれたり、おいしいご飯とお菓子を食べさせてくれまして、誠
にありがとうございました。送別会でお父さんに抱きしめられ
た時は涙が止まりませんでした。原田さん、
坂本さん、
中川さん、
佐野さん、浜崎さん、日航財団の皆さんも誠にありがとうござ
いました。17日間は本当にあっという間ですね。プログラムが
終わって帰国した私自身はなんだか茶室で見た「一期一会」と
いうことわざの意味を深く理解できるようになった気がします。
このプログラムに参加できて、皆さんと出会って本当によかっ
たと心の底からそう思っています。またいつかどこかで皆さんと
再会できると信じています。また会う日まではFACEBOOKで
連絡しましょう!(笑)
Le Thi Nhat Hoa レ・ティ・ニャット・ホァ (ベトナム・ハノイ)
~夢のようです~
それは2011JALスカラシッププログラムに対しての言葉で
す。今回のスカラシップのおかげで、海外へ行くチャンスがで
きて、最初の渡航でしたから、出発する前に日本はどんな国
か全然想像できなくて、本当に楽しみにしていました。ちょっ
と心配しましたが、スタッフの坂本さんに会って、安心しまし
た。あと原田さんも最初の日に、早く来た六人の私達に上野
公園へ遊びにつれて行ってくれて、話し合って、なんとなく心
配することがなくなりました。坂本さんとの小学生みたいの??
私の話しとか、原田さんの質問「石川プログラムは大丈夫でし
たか、難しかったですか?」
とか、中川さんの応援する言葉
「花
ちゃんは日本語が段々上手になったね」とか…スタッフの皆さ
んは、いつも、いつも私のことに関心を示してくれて、忘れな
いでいてくれて、心から感謝しました。他のスカラーもとても明
るくて、親切でしたので、17日間で仲良くなって、友達になり
ました。色々な国から来ましたが、家族のようでした。日常の
ことも手伝ってくれて、発表する時も応援してくれて、本当にう
れしかったです。スカラーの皆さんと日本人の友達の皆さんの
おかげで、いつも笑顔で、安心して17日間を楽しむことができ
て、本当に幸せだったです。
スカラシップを通じて、色々なことに気付けて、とても有意
義でした。発表することとか、グループ活動とか、文化交流
会などに参加して、段々自信にもなってきました。帰国した後、
学部と日本語クラブの活動にも出発する前より、熱心に参加す
るようになりました。今回のスカラシップのおかげで、私は積
極的に変化しましたので、これからも日本語を頑張って勉強し
て、きっと日本に何回も戻りたいです。
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
Tran Mai The An チャン・マイテー・アン (ベトナム・ホー
チミンシティ)
このプログラムのおかげで、私はチームワークや発表のやり
方など色々なことを勉強しました。また、文化体験を通して自
分の大好きな日本についてもっと知ることができました。友達
もできて本当に良かったです。一生忘れられないずっと私の記
憶にとどまる日々です。JALスタッフの皆様にありがたい気持ち
でいっぱいです。
日本で実際に生活して日本人にはもっと感心しました。日本
人はいつも前向きに考えて行動します。それに、より良い自分
を引き出すために自分の弱みを認めて改善します。また、日本
の強み・弱みを通して私は自国のことを考えさせられました。
ベトナムは現在まだ発展途上国なので日本の状況から経験を
組み立てるべきだと私は思います。私は日本で見習ったことを
ベトナムに当てはめてみたいと思います。
このプログラムは最初から最後までとても楽しかったですが、
あっというまに終わってしまいました。最後の日、私たちの一緒
に過ごす時間は短かすぎました。最後の日にもし皆でDISNEY
LANDへ一緒に遊びに行けたならば良かったと思います。
JALスタッフの皆様、今まで色々とたくさんのお世話をしてく
ださいまして本当にありがとうございました。皆様やスカラーの
皆さんに出会って本当に幸せでした。
浦田雅子 うらた・まさこ (日本・立命館大学)
世界から集った19人のスカラーと共にとても濃い日々を過ご
した。今まで経験した国際交流プログラムの中で最もスカラー
と日本人の距離が近かった。最初から最後まで日本代表スカ
ラーという立場であり、日本人代表としての自覚が芽生え、ス
タッフとしての役割以上に自分から参加できる環境だった。来
日直後は“遠慮”や“とまどい”を隠せずにいたスカラーたちの緊
張をほぐし、ディスカッションではリーダーシップを取ることが
私達の役割だったと感じた。しかし、日が経つにつれ、その
役割もスカラー自身で行う場面も見受けられ、新しい場所へ
行く時も自分達が率先して動き、スカラーたちの成長も著しい
ものだった。また、私にとっても日本の慣習・文化を実感し、
私の思う日本の強み・弱みが日本中心の考え方から、世界と
共に日本が生きているという考え方に変化した。
東京セッションでは日本経済停滞とアジア諸国の急成長とい
う対比的な内容を扱い、私自身も高度経済成長期とバブル経
済期を改めて勉強し、昔の日本にあって今の日本にないもの
を改めて考える機会となった。東京大学では下町文化の衰退
について討論し、私の知らない“東京”の姿を目にした。また、
奈良セッションでは日本の伝統文化と現代生活の共存につい
て考え、コミュニティー活動を通して“奈良”を守り・育てる人
達と出会った。
今回のJALスカラシッププログラムでは、社会生活をしてい
く上で必要になると思われる、異文化理解、ディスカッション、
そしてプレゼンテーションといった多様な経験を再認識させら
れた17日間だった。個性溢れるスカラー達と日航財団の方々
と夢のような時間を過ごした。時には気分の乗らない日やハプ
ニングもあったが、良いこともあれば悪いこともある、そんな山
あり谷ありの人生が一番充実していると思う。
最後に日航財団、アイセック東京大学委員会、奈良女子大
学、そして関係者の皆様に深く感謝の意を示す。
そして、縁あって集まった19名のスカラー(+α)がいつか
世界のどこかで再会できる日を楽しみにしている。
大鳥萌香 おおとり・もえか (日本・立命館大学)
私は今回のプログラムを通じて多くの方と出会い、普段の大
学生活では学ぶことのできない多くの機会を頂きました。スカ
ラーと過ごした13日間で、今回のプログラムの趣旨でもある
「日
本の弱み・強み」を大学生として、またこれから日本社会に生
きる一人として様々な視点で考えさせられました。今回、奈良・
東京・日光と日本のいろんな箇所を回りましたが、外国人スカ
ラーの目線でその地域ごとを見ることができたのは一つ大きな
ポイントだったと思います。私たちが外国に行ったときのような
好奇心・疑問を持って日本の文化や地域を見ることが、様々
な発見につながりました。しかしそれ以上に勉強につながった
のは、外国人スカラーが私たち日本人スカラーにぶつけてくる
率直な疑問でした。街中を歩いていても、あれは何か、これ
はどうしてこうなるのか、毎日疑問を投げかけられる日々でした。
彼らの質問は率直ながら、ほとんどが日本人同士の会話では
流されてしまう疑問です。そうであるからこそ、普段から考えな
い私にとって自分の知識のなさを痛感しつつ、自分も彼らと一
緒になって非常に考えさせられました。一つこの中で意外だと
思わされたことは、日本の接客と人々の対応です。東京で電
車に乗っている最中に、ダイヤの乱れを謝罪する放送が流れる
とあるスカラーが「日本人はみな謝ってばっかり、常にすいませ
んだね」と言いました。
「たった電車一本の遅れなのになぜこ
んなに繰り返し謝るの」と聞くスカラーもいました。そこから話
が日本人の謝る習慣へと進展しました。
「そうそう、昨日もお店
で物が落ちて拾ったらすみませんって言われた。
」
「そう言われ
るとこっちが、あ、すみませんって言いたくなるよね」この会話
を聞いて、確かにこれは電車やお店に限った話ではなく、自分
もとっさに何かあるとすみませんと発してしまうなと恥ずかしくな
りました。日本の接客サービスの高さや、人々の礼儀正しさは
他の国にはないすばらしさであるとよく言われ、自分自身も同じ
ように感じていました。しかし、この会話を聞き、日本人は相
手に対する敬意を示すとき自分を下げて相手を上に持ち上げ
ることであり、またこれは感謝の言葉をかけるべきをすぐ謝っ
てしまう日本人の弱みでもあるなと感じました。根本先生が「そ
のものの弱みをカバーできるくらいに他の強みをのばしていこう
とするのではなく、強みと弱みは表裏同じものであり弱みであ
るときもあれば強みであるときもあり変化する。
」とおっしゃって
いたのを思いだしました。
実は私は大学生活を通して様々な国へ行き、その中で外国
の良さを感じるたびに日本の弱みばかりに目が向かいがちにな
り、このプログラムを通して日本の強みを知りたいという目的
を持っていました。しかし、こう考えるとこうして私が感じてい
た弱みもどこかで強みとして現れるのではないかと思うのです。
13日間という期間の中で、これが日本の強みで弱みである、と
いうものを見つけたかと言われれば、想定していたよりも数は
少ないのが正直なところです。しかし私の中で考え方の変化
をすることができたことは、何よりも嬉しいことであり、また本
プログラムを終えた今より一層、ものごとを考える上で、国際
社会の中の日本や私が日本人として外へ出て行くこと、社会を
担っていくんだという視点・意識で考えるようになりました。
この13日間で得たこと、感じたこと、そして何よりもスカラー
と笑って、夜な夜な語り、楽しく過ごした本当にかけがえのな
い日々は、これから私が生きる中でずっと輝き続けていると確
信しています。13日間、出会えたすべての方々に感謝申し上げ
ます。本当にありがとうございました。
65
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
JALスカラシッププログラム参加国・地域と人数
Total
USA-Saipan
USA-Guam
USA-Honolulu
USA-LosAngeles
8
USA
6
Brazil
6
Vietnam-Ho
Chi Minh City
6
Vietnam-Hanoi
Thailand
Taiwan-Kaohsiung
6
30
20
1976
(Summer)
6
6
6
6
24
1977
6
6
6
6
6
6
4
40
1978
6
6
6
6
6
6
6
42
1979
5
6
6
6
6
6
2
37
1980
6
6
6
6
6
6
2
2
2
42
1981
6
6
3
6
6
6
6
4
2
2
47
1982
5
5
5
5
5
5
5
2
2
2
41
5
5
5
5
1
5
5
5
2
2
2
44
1983
2
1984
2
5
5
5
5
1
5
5
5
2
2
1
43
1985
2
3
3
5
5
5
4
2
5
5
5
2
2
1
49
1986
3
3
2
5
5
5
5
2
5
5
5
2
2
1
50
1987
3
3
2
5
5
5
5
2
5
5
5
2
2
1
1
51
1988
3
2
2
4
4
4
4
2
4
4
4
2
2
1
1
43
1989
3
2
2
4
4
4
4
2
4
4
4
2
2
1
1
45
1990
3
2
2
4
4
4
4
2
4
4
4
2
2
1
1
43
1991
3
2
2
4
4
4
4
2
4
4
4
4
1992
3
2
2
4
4
4
4
2
4
4
4
4
1
42
1993
2
2
2
3
4
3
4
2
4
4
4
4
2
40
1994
2
2
2
3
4
3
4
2
4
4
4
4
2
40
1995
3
2
2
4
4
3
4
2
4
4
4
4
4
44
1996
3
2
2
2
4
3
4
2
4
4
4
4
4
42
1997
3
2
2
3
4
3
4
2
4
4
4
4
4
43
1998
3
2
2
2
3
4
3
2
3
3
3
3
3
36
1999
3
2
2
2
3
4
3
2
3
3
3
3
3
36
2000
2
2
2
2
2
3
2
1
2
2
2
2
2
26
2001
3
2
2
2
3
4
3
1
3
3
3
3
3
35
2002
3
2
2
2
3
3
3
3
3
3
3
3
33
2003
3
3
3
3
1
3
3
3
3
27
2004
3
2
2
2
3
4
3
2
2
3
4
3
3
36
2005
3
2
2
2
3
4
3
2
3
3
3
3
3
36
2006
3
2
2
2
3
4
3
2
3
3
3
3
3
36
(Summer) 3
2
2
2
3
4
3
2
3
3
3
3
3
36
2
1
1
10
2
2
2
2
2
2
2
2
2
24
1
2
1
1
13
2
2
2
2
1
2
1
1
14
2
2007
2007
(Autumn)
2
2
2008
(Summer) 2
2008
1
1
2
(Autumn)
2
2
1
(Summer) 2
1
1
1
2009
2009
2
2
2
1
3
2
1
2
2
1
2
2010
(Summer) 1
1
1
1
3
2010
(Autumn) 1
2011
1
1
1
2
1
1
1
1
1
1
3
1
1
58
58
1
1
124
1
(Autumn)
Total
76
132 145
2
2
1
1
2
2
43
1
25
1
1
2
1
1
2
15
1
0
1
1
1
2
13
1
1
1
146 51 145 150 68
1
* 香港については、1997 年より中国返還に伴い、China-HongKong と記載
*Hong Kong is shown as China-Hong Kong after its return to China in 1997.
66
Taiwan-Taipei
(Spring)
Singapore
6
The Philippines
New Zealand
Malaysia
Laos
6
Korea-Busan
Indonesia
6
Korea-Seoul
China-HongKong
China-Dalian
China-Guangzhou
China-Shanghai
China-Beijing
Cambodia
Australia
1975
1976
JAL Scholarship Participants
1
1
1
147 58
1
16
24
16
3
26
15
4 1452
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
編集後記
2011年3月11日過去最大級の大地震が東日本を襲いまし
た。ちょうど海外参加学生の募集活動を開始したところでし
たが、まもなくこの震災と原子力発電所の事故の影響により、
プログラムの7月開催の断念に追い込まれました。その後、東
日本におけるこの震災の被害は甚大なものではありましたが、
日本の多くの地域は災害の影響をまったく受けずに済んだた
め、被災地を除いては、通常の営みが行われていたにもかか
わらず、風評被害により、多くの外国人が日本への渡航を控
えるという事態が生じていました。そのような状況下において、
日本発着の国際線を運航する日本航空の関連の法人である
日航財団に求められることは何かについて、議論をした結果、
海外への正確な情報発信が求められているとの結論に至り、
海外の方々に対して日本渡航は安心であるということのメッセ
-ジをこめ、募集を再開したところ、結果として、8の国と地
域の16名の学生がアジア各地から参加してくれました。我々
日本人の想像以上に、日本渡航への嫌悪感が強い中、大勢
の学生が応募し、実際に日本の地に集まり、テ-マである日
本の再生について議論を展開してくれたことに深い感銘を覚え
るとともに、このプログラムを通じて、日本はアジアの仲間と
手を携え、きっと、この未曾有の苦難を乗り越えられるとの確
信に至りました。参加学生のみなさん、本当に有難うございま
した。今後もこのプログラムを通して日本再生について考えて
いきたいと考えていますので、忌憚のないご意見をお待ちして
おります。(中川浩昌)
2011年のプログラムは、3月11日の東日本大震災の影響を
受け、夏から秋に変更となりました。プログラム内容も必然的
に震災を意識したものになり、講義においても、グループワー
クにおいても、災害とどう向き合うかが真剣に議論されました。
実際に震災の現場にいかれた講師、日本人学生のお話を
聞く機会も度々あり実体験から発する言葉の重みに心を打た
れました。とにかくすごいです。
頭で考えることと行動に移すことの大きな違い。行動するこ
との難しさと素晴らしさ。教わることが多かったです。
スカラーの皆さんは、日本語の壁もあり、理解が困難だっ
た点もあるかとおもいますが、少しでも心に残った言葉を思い
出し、それぞれの地域で
「動く人」
となっていただければ、うれ
しいです。もちろん日本の学生さんも。
活気溢れる日本もアジアも若者が動かないことには始まりま
せん。期待しています。(坂本憲昭)
希望に満ち溢れるために何をすべきなのかを真剣に考えなけ
ればなりません。私達一人一人が殻に閉じこもったまま個人
の小さな幸せに固執するのではなく、家族・地域・国家・国
際社会といった自分よりも大きな何かのために地道な努力を続
けていくべきであるということを、外国の学生と長い時間を共
有する中で自省も含めた上で強く感じました。
今回のスカラシップでお世話になったすべての方々、どうも
有り難うございました。参加したスカラー一同が、将来それぞ
れの出身国と日本との友好関係のために活躍してくれることを
心より願っています。
(佐野裕太)
2011JALスカラシッププログラムはその全日程は終了しまし
た。このプログラムは大変に多くの方々のご支援と協力によっ
て成り立っています。各地で準備に尽力していただいた皆様、
ご協力をいただいた皆様に、心より御礼を申し上げます。
この報告書は、ご覧いただいて分かるとおり、学生皆さん
が作成した発表内容に多くの紙面を割きました。その理由に
は、一つには学生たちが必死で練り上げた提言を、受け取っ
たわたくし達日本人側の皆が、是非とも心に留めて活かしてい
ただきたいということがあります。それに加えて、これを作り上
げた学生の皆さんには、このプログラムで学んだことを活かし
ていただきたいということに加えて、日本語という他言語モー
ドに頭を切り替え、議論し、考え、限られた時間の中で発表
するまで仲間と一緒に格闘し、何度も衆目の前でプレゼンテー
ションに立った、その高いテンションを、決して忘れてほしくな
かったからです。それは海外スカラーだけへの願いでなく、今
回がんばって牽引してくれた日本人学生の皆さんにも同じメッ
セージです。
震災後という状況下にもかかわらず、各国・各地域から熱
意をもって日本を学ぶ友好的なスカラーを招くことができまし
た。また川畑先生もならまちの林さんも触れておられましたが、
各地で志願した日本人学生の皆さんには大いに活躍していた
だきました。
全日程は終了しましたが、このスカラシッププログラムを思
い出だけにとどめることなく、次へのスタートとしてください。
年齢を経て「まず行動すること」に躊躇する自分自身への自戒
の念も込めて、これから社会に出ていく若い皆さんには、この
プログラムで体験した高いテンションとモチベーションを忘れ
ず、国際社会で果敢に行動しご活躍されることを心より祈念し
ております。
(原田亮)
2011年度のJALスカラシッププログラムは、「活気あふれる
日本を再現するためには」をメインテーマに据え、日本の現状
を 実際に体感してもらい、今後のこの国の将来について考え
てもらう機会を、日本語を勉強する外国の学生に提供しまし
た。時に彼らは並みの日本人よりも日本の文化・歴史につい
て深い知識を有しており、スタッフが驚きを隠せないことも多々
ありました。先進国から途上国まで様々な国から訪れた彼ら
の意見は千差万別ではありながらもどれも興味深いものばか
りで、幅広い視点から日本のあるべき姿を論じる場を設けるこ
とができたと思っています。
閉塞感や内向き志向という言葉が叫ばれて久しい日本社
会。私達日本人は、この国が再び誇りを取り戻し人々の心が
67
2011 JAL SCHOLARSHIP PROGRAM REPORT
2011年スカラシップ日本研究プログラム 報告書
2012年3月30日 発行
財団法人日航財団
〒140-0002 東京都品川区東品川2丁目4番11号
2-4-11 Higashi-shinagawa, Shinagawa-ku, Tokyo 140-0002
TEL: 03-5460-3900 FAX: 03-5460-5997
URL: http://www.jal-foundation.or.jp
本書掲載記事の無断転載・複製を禁じます。
Copyright 2011 JAL FOUNDATION. All Rights Reserved.
68