養液栽培における肥料成分過剰・欠乏の影響とその対策 (PDF ファイル)

養液栽培における肥料成分
過剰・欠乏の影響とその対策
農業技術センター 化学部
研究員 玉井光秀
はじめに
野菜や花きでは養液栽培等の面積が拡大しており、県下の養液栽培面積は平成12年調査によ
ると約64haで、全国4位になっている。
主要な品目についてはそれぞれに適した養液の組成例が発表されているが、原水によっては一
部の成分が過剰になり、直接の過剰害や他の成分の吸収阻害を生じることがある。中でも循環型
養液栽培では、原水中に含まれるナトリウム、塩素、硫酸等のイオンが栽培期間に養液中に集積
する傾向がある。
さらに、水耕栽培やもみがら耕のような土壌以外の培地を使用する場合には、土耕栽培のよう
な緩衝能が期待できず、肥料成分の過剰・欠乏症状が発生しやすい。
そこで、現地で実際に栽培されている循環型養液栽培のみつばについて、原水や養液を定期的
に分析することにより適正な養液組成例を明らかにする。さらに、県内で生産面積の大きいトマ
ト・いちごにおいて肥料成分の過剰・欠乏による収量や品質への影響を明らかにする。
また、これらの試験を通じ、養液栽培における肥料の低コスト化を図る単肥配合を支援するア
プリケーションプログラムを開発したので、あわせて紹介する。
研究成果の内容
1 養液バランスの維持(現地)
(1) 試験方法
対象:大分市農協ミツバ生産部会
栽培様式:湛液式水耕栽培
※栽培方法については現地慣行で行った。
平成11・12年の分析では石灰イオンの蓄積が認められた。また、石灰イオン濃度の高い原
水もあったので、原水中の石灰イオン濃度に応じ、慣行処方例に対して石灰イオンを20∼40
%減量した処方を作成した(表1)
。
(2) 結果
12年7月から追加する養液について変更を加えた結果、12月時点で前年同時期に比べ、石
灰イオンの蓄積は改善された。収量は前年同時期に対し15%増収し、単肥配合を行ったので、
肥料コストも低下し、前年同時期に対し47%と大幅に低下した(表2)
。
(3) 考察
現地調査試験であるため、対照区が設置できず、数値は全て現地慣行で栽培した前年度実績と
の比較であるが、肥料コストは確実に半減しおり、養液バランスもある程度維持することができ
た。現在は、大分ミツバ処方(夏用)として石灰イオンだけではなく、他の成分についても変更
を加えた処方を作成しているので、今後はさらに収量・品質が改善されるものと思われる。
2 養液バランスの維持(場内)
(1) 試験方法
定植:平成11年8月19日
裁植密度:1,388株/10a
品目:なす(筑陽)
収穫期間:9月∼6月
栽培様式:もみがら耕
養液処方:単肥処方1、単肥処方2、対照区(大塚A処方)
平成10年度の試験では、硫酸イオンの蓄積が認められたので、対策として硫酸イオンを低減
した2種類の単肥処方を作成した(表3)
。
(2) 結果
養液は8月の定植から4月中旬ま
で、8ヶ月間使用した。対照区では
硫酸イオンが蓄積し、硝酸態窒素や
リン、カリなどの肥料成分が減少す
るなど、養液組成バランスは大きく
乱れた(図1)
。
図1 養液組成の過不足
(3) 考察
単肥配合をした場合、明らかに養液組成バランスの乱れは少なくなり、単肥処方2を改良する
だけで、なすの養液栽培は可能であると思われる。単肥処方区は両方とも対照区より増収してい
るように見えるが、対照区が減収したと考えている。
3 養液成分の過剰・欠乏
(1) 試験方法
培地による肥料成分の影響を排除するため、発泡スチロール枠にロックウール培地を用いて行
った。それぞれ標準区を設け、各成分の過剰及び欠乏区は標準区に対する割合で標記した。
表4 肥料成分欠乏試験の施肥量設定 単位:%
標準区 窒素 リン酸 カリ カルシウム
マグネシウム 鉄 マンガン 亜鉛 銅 ホウ素
トマト 大塚A 30→50 10→30 10→30 10→100 10
いちご 園試
36
20
20
20
20
0 0 0 0 0
0 0 0 0 0
単位:%
表5 肥料成分過剰試験の施肥量設定
標準区 リン酸 カリ カルシウム マグネシウム 硫酸 塩素 ナトリウム (鉄・マンガン・ホウ素) 亜鉛
トマト 大塚A
いちご 園試
300
300
200
200
200
200
300
300
8me/l
4me/l
8me/l 8me/l
4me/l 4me/l
500 500
500→1000 500→2000
注1) 表4、5とも標準区に対する割合(%)で示し、対象成分以外は標準量とした。
注2)過剰試験区の硫酸、塩素、ナトリウム濃度は実数で示した。
注3)表中の「→」は試験途中に養液濃度を変更したことを示す。
(2) 結果
(トマト)
・マグネシウム、鉄以外の欠乏区では、収量の減少が見られた(図2)
。
・ホウ素欠乏区では空洞果が多くなり、茎葉が折れやすくなった。
・硫酸、塩素過剰区では尻腐れ果の発生が多く減収する。しかし、ナトリウム過剰区ではこのよ
うな傾向は認められなかった(図3)
。
・葉柄汁中のカルシウムイオン濃度の測定により、尻腐れ果発生率の予測が可能であることが示
唆されるが、硝酸イオン濃度と尻腐れ果の発生率との間には相関は見られなかった(表6)
。
・硫酸の集積を防ぐ目的で無硫酸根肥料を供試した結果、尻腐れ果の発生率は明らかに低くなっ
た(表6)
。
(いちご)
・ほとんどの欠乏区で減収した。中でも鉄、銅、ホウ素の欠乏による減収率が大きかった。しか
し、カルシウム、マグネシウムは標準の2割程度の濃度でも収量に影響が見られなかった(図
4)。
・ホウ素欠乏区では、そう果の浮き出し現象が見られ品質が低下した。
・本試験における設定濃度の範囲では、各成分とも過剰による生育や品質に対する影響は認めら
れなかった(図5)
。
図2 トマトの要素欠乏による収量の変化
図3 トマトの要素過剰による収量の変化
図4 いちごの要素欠乏による収量の変化 図5 いちごの要素過剰による収量の変化
表6 トマトの葉柄汁分析結果(第3果房周辺葉)と尻腐れ果発生率
注)硫酸除去区には、無硫酸根肥料を供試した。
(3) 考察
トマト、いちごに対する養液成分の過剰・欠乏の影響がある程度明らかになった。欠乏試験に
おいては原水から供給される成分もあり、十分な評価が出来ない成分もあったが、成分集積によ
る過剰害については前述のような一定の傾向が明らかとなった。
最終年度に行った硫酸除去による尻腐れ果の発生抑制効果については、十分な考察が出来ない
ため、今後の検討が必要である。
4 単肥配合プログラム
(1) プログラムの概要
・本プログラムは、「Microsoft Excel」の「VBA」機能を用いて作成してお
り、
「Excel95」∼「Excel2000」までのバージョンで動作を確認している。
・原則としてフルマウスオペレーションが可能で、Windows95以降のOSと上記
バージョンのExcelがあればどこでも使用できる。
・原水中の養分や重炭酸濃度に応じて単肥の使用量を調整できるので、ほとんどの原水で
各品目に適した養液を作成することが出来る。さらに、複数の自動計算機能と手動による
微調整機能を組み込んでいるので、養液の調整について柔軟な検討が出来る。
※Microsoft、Windows、VisualBasicはMicrosoft Corporationの登録商標です。
※Microsoft ExcelはMicrosoft Corporationの製品名です。
(2) 操作の流れ
ア 作成する養液の量や使用時の希釈倍率などの基礎データの入力(図6)
イ 原水の分析結果の入力
ウ 微量要素の配合組成の選択及び配合量の決定
エ 多量要素の配合組成の選択及び配合量の決定(図7)
オ 処方箋の印刷
図6 プログラム開始画面 図7 肥料成分計算画面
研究成果の利活用
1 養液バランスの維持
・養液栽培では、養液分析と単肥配合を用いて適切な養液管理が可能である。
・循環型養液栽培で応用可能である。
・培地及び原水による影響が大きいので、定期的に原水や養液の分析を行う必要がある。
2 養液成分の過剰・欠乏
・肥料成分の欠乏、過剰は成分相互の拮抗作用があるので、原因の解析には注意する。
3 単肥配合プログラム
・重炭酸が多量に含まれている原水でも単肥配合を行えば養液栽培が可能である。
・単肥の種類によっては危険物(硝酸カリ、硝酸マグネシウム等)や劇物(硝酸)に相当するも
のがあるので、導入にあたっては普及センター等と相談のうえ、取扱いに注意する。
残された課題と今後の研究方向
環境に負荷を与えない養液管理技術等の開発は急を要している。今回開発した単肥配合システ
ムを用い、さらに栽培途中で定期的に養液を分析することで、養液バランスを適正な範囲に維持
することも出来るため、低投入型の養液栽培技術や閉鎖型の生産技術についても十分に応用が可
能である。
今後は、養液組成や成分の過剰欠乏が品質に与える影響について検討が必要である。特に、ト
マトの養液栽培における硫酸除去による尻腐れ果発生軽減効果については、再調査が必要である。
参考文献
・農林水産省農産園芸局野菜振興課:園芸用ガラス室・ハウス等の設置状況,2000年
・糠谷明:オランダの施設園芸における閉鎖系栽培システム,農業技術大系,土壌施肥編 第3
巻 1999年
・北原勝:栽培の改善を目的とした合理的な培養液管理,ハイドロポニックス
・正森啓司:原水の重炭酸イオン及びpHを考慮した培養液調整法,ハイドロポニックス
・加藤俊博:養液栽培用単肥液肥,農業技術大系,土壌施肥編 第7−1巻 1997年