千葉県における低地の土地条件と災害弱者に関する研究 千葉大学自然科学研究科 ○白木洋平 千葉大学環境リモートセンシング研究センター 近藤昭彦 千葉大学工学部都市環境学科 中井正一 Ⅰ.はじめに 日本を始めとするモンスーンアジアの水害被害の特 徴として沖積平野に人口,財産が集中し水害に対する 脆弱性が大きいことが挙げられる1).日本では,人口の 約 50%, 資産の 75%が国土の 10%である沖積平野に集中 しており2),さらに人口密度の高い地域の多くは洪水時 における河川水位よりも低い土地となっている.一般 にこのような地域では河川に沿って高い堤防が築かれ ることとなるが,これらの堤防が一度決壊をすると近 隣住民の生活に甚大な被害を与えることとなる. 洪水を完全には防ぐことができないとすると,浸水 を前提として被害を最小限に止めるための建築や都市 開発を進める必要があり,そのためには土地条件の理 解が重要になってくる.平野の微地形は洪水時に形成 され,破堤,氾濫があった場合,それぞれの地形を形 成した時と同じ洪水の状態が見られるはずである3).し たがって,地形分類図はどこでも利用可能であるわけ ではないが,平野の地形分類から洪水時の状況を推定 するために有効となる. 本研究では図 1 に示す千葉県を対象とし,地域にお 図1.研究対象地域 ける洪潜在的水害脆弱性の情報を得るために過去の地 図情報から都市化以前の土地利用を抽出し,土地条件 いて既往最大の降水量が記録され,甚大な被害をもた の判読を行った.また,洪潜在的水害脆弱地域におけ らしたことを筆頭に,2001 年 10 月には,低気圧の関東 る洪水等の災害発生を前提とした対策を立案するため 地方通過に伴う前線の影響から,千葉県佐原市内を流 には,補助を必要とする居住者の分布を知っておく必 れる小野川が増水し,大規模な排水作業が実施された. 要がある.そこで,居住者の年齢構成に着目し,潜在 さらに,2002 年 10 月に発生した台風 22 号では,台風 的水害脆弱度と,いわゆる災害弱者の分布の関係を求 と前線の影響により東海地方から関東南部にかけて総 め,将来想定される洪水発生時における対策立案に資 雨量が 300mm から 400mm に達し,千葉県各地で河川の する情報を提供することを試みた. 氾濫が発生している.また,下総台地を水源としてい る利根川・江戸川支流は,北部または西部の低地に流 Ⅱ.研究対象地域の概要 れ利根川・江戸川に注ぐ内水河川となっており,出水 千葉県は,首都圏の東側に位置し太平洋に突き出た 時には本川の水位上昇が長期に及ぶため排水が困難に 半島である.過去の水害状況を見てみると,1947 年に なる地域である.東京湾沿岸河川においても,急速な 発生したカスリーン台風では,野田市において甚大な 都市化の影響により地表面被覆の改変が急速に進んで 被害をもたらしていることが知られている.近年にお いる.一方,九十九里平野の河川では,氾濫原であっ いても,1996 年 9 月の台風 17 号により県内各地にお た河川沿いの低地部が市街地化されたことにより浸水 図2.明治中期の土地利用図 図3.1991 年の土地利用図 被害が拡大している.さらに,湖沼においても,たと えば印旛沼や手賀沼は排水不良の低湿地帯にあり,出 水時には機械排水を行っている4). Ⅳ.研究方法 1.潜在的水害脆弱地域の抽出 一般に洪水の被害を受けやすい地域は沖積低地であ り,日本では伝統的に水田として利用されてきた.特 に近世以降は低地の開発が進み,水田を中心とする日 本の原風景が形成された.しかしながら,洪水の常襲 地域である沖積低地のうち,他と比べて比較的小高い 微高地などの安全な場所は以前からの居住者に占めら れているため,新たな住民が居住する場合は残された 比較的水害に対して脆弱な低平地を選択せざるを得な くなっている5).このことから居住区域の過去の土地が どのように利用されていたかを知ることは,水害 対策を考える上で重要な指針となってくる.そこで, 本研究では過去に水田地帯で現在市街地とされる地域 図4.潜在的水害脆弱地域 が低地の中でもさらに水害に脆弱であるとした.抽出 方法として,図 2 に示す明治中期の旧版地図から作成 2. 千葉県における災害弱者の割合 した土地利用図の水田地帯と,図 3 に示す国土数値情 わが国では,1987 年に国土庁の防災白書により災害 報の土地利用から作成した1991年の土地利用図の市街 弱者が取り上げられた.災害白書によると,災害弱者 地地域を使用した.以上,作成されたデータから重な とは「災害時に一連の行動に対してハンディを負う り合う地域を抽出し,これを潜在的水害脆弱地域とし 人々」と総称し, た.(図 4) (1)自分の身に危険が差し迫った場合,それを察知する 能力が無い.又は困難. (2)自分の身に危険が差し迫った場合,それを察知して も救助者に伝えることができない.又は困難. (3)危険を知らせる情報を受けることができない.又は 困難. (4)危険を知らせる情報が送られても,それに対して行 動することができない.又は困難 といった問題を持つ人々のことを言う16). 本研究では,上記の災害弱者の定義のうち若年層お よび高齢者層に注目をし,その年齢層の定義として小 学校低学年までの 0 歳∼9 歳および一般的定年退職年 齢である 65 歳以上とした. また,災害対策の観点からは,消防機関や防災関係 図 5.市町村人口における災害弱者割合 機関の体制整備の必要性は言うまでもないが,阪神・ 淡路大震災の時の近隣住民の相互協力が力を発揮した ように,地域住民が連携し,地域ぐるみの防災体制を 確立することも重要である17).そのためには地域にお いて災害弱者 1 人における救助可能者数を議論するこ とが必要となってくる.これにより,その地域におい 災害弱者 1 人における救助可能者数を議論すること 可能となる. そのため,本研究では単純な市町村毎の災害弱者数 ではなく,市町村人口の災害弱者割合とした.(図 5) 次に,災害弱者 1 人あたりに割くことが可能である 救助活動可能者数について検討をする.本研究におけ る救助活動可能者の定義として, ①15 歳から 39 歳の男 図 6.救助活動可能者数(15 歳∼39 歳) 子(図 6)②15 歳から 59 歳の男子(図 7)とした.なお, 年齢による災害弱者,救助活動可能者数は個人差が存 在するため定義は便宜的なものである. Ⅴ.結果と考察 図 8 に市の面積の対する潜在的水害脆弱地域と 5 万 分の 1 地形分類図から算出した沖積低地の面積割合を 示す.茂原市は約 75%,東金市・旭市が約 65%,八日 市場市(現・匝瑳市)では約 58%が沖積低地であり,県 東部の都市の割合が千葉市の約 16%,松戸市,船橋市 の約13%と県北西部の都市に比べて高いことがわかる. しかしながら,潜在的水害脆弱地域の割合を考察する と,多くが低地にて覆われていた県東部の諸都市につ いては,低地の面積割合と同様に他の都市と比較して 高い割合を示しているが,市川市,松戸市,浦安市な どの低地面積の割合が低い県北西部の諸都市において 図 7.救助活動可能者数(15 歳∼59 歳) 図 8.市の面積の対する潜在的水害脆弱地域と低地面積の割合 潜在的水害脆弱地域の割合が他と都市と比べて高い傾 救助活動可能者数は定義によっても異なるので,その 向がみられた.このことは,県北西部の低地開発率が 年齢層を 15 歳から 59 歳の男子として再び計算を行っ 県東部よりも著しいということが言える.その原因の た結果,銚子市や館山市,鴨川市では最大で約 2 人,千 一つとして,東京都心の人口・産業の過密化がその許 葉市周辺においては最大で約3人となった.しかしなが 容量を大きく超えたことにより,首都圏にその場所を らこの結果は可能最大値であり,絶対的な値ではない 拡大していったことが挙げられる.結果として,総合 ことに注意をしなければなれない. 的にアスファルト面の拡大,保水性を持つ水田や森林 の減少が著しくなった.このことは,都市の許容量に 謝辞 限界がある限り郊外へとその場所を移していくという 本研究を進めるにあたり,千葉大学の樋口篤志助教 ことに他ならない.つまり現在市街地化が進んでなく, 授,同大学の講師である黒崎泰典氏には大変有意義な 水田域が豊富な市町村においても,将来的に市街地化 意見を頂いた.ここに記し感謝の意を表す. が進行すれば巨大な潜在的水害脆弱地域が発生する可 能性がある.また,災害弱者の割合を見ると,東京に 参考文献 隣接する千葉県北西部ほど小さく,市川市から千葉市 1)近藤昭彦(2005)リモートセンシングと地理情報を用いた災 の都市化進行地域では人口の 18%から 25%,すなわち 害ポテンシャルの判読,日本水文科学会誌,35,pp111-117. 4から5人に1人が災害弱者であることがわかる. 一方, 2)国土交通省河川局治水科(2005),洪水ハザードマップ作成 千葉県東部や南部においては 30%以上が年齢による災 要領. 害弱者であることがわかった.ここでは約 3 人に 1 人 3)大矢雅彦,丸山裕一,海津正倫,春山成子,平井幸弘,熊 が災害弱者であることになる.また,災害弱者 1 人あ 木洋太,長澤良太,杉浦正美,久保純子,岩橋純子(1998): たりに割くことが可能である性別, 年齢を 15 歳から 39 地形分類図の読み方・作り方.古今書院,118pp. 歳の男子とした結果,銚子市や館山市,鴨川市におい 4) 千葉県総務部消防地震防災課(2002)千葉県地域防災計画 て最大でも 0.3 人未満という結果が得られた.特に銚 風水害等編 子市や館山市といった一部市町村においては図 4 で示 5) 岸井徳雄(2001):平成 10 年 8 月末豪雨による阿武隈川の した潜在的水害脆弱地域とも重なっているため,救助 洪水災害について,北関東・南東北地方 1998 年 8 月 26 日∼ 計画を立てる際に,都市構造,年齢構造が異なる県北 31 日豪雨災害調査報告,pp91-pp105 西部の都市と同様の計画を立てることは出来ず,固有 6)国土庁(1987),平成3年度版 防災白書 の救助計画が求められる.さらに,千葉市などの潜在 的水害脆弱地域が集中している中心市街地周辺におい ても救助活動可能者は 1 人未満という結果となった.
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