第 51号 2008. 7 テクニカルレポート Hitachi Chemical Technical Report ISSN 0288-8793 ■極薄多層配線板材料「MCF-5000Ⅰシリーズ」 近年,携帯機器の薄型化,高密度化は著しく,基 板の組み込みスペースの縮小に対応するため,3次元 実装だけでなく1枚の基板に多くの配線を組み込むた めにより「薄さ」が重要視されるようになってきて います。 この様な中,当社は極薄プリント配線板材料 「MCF-5000Iシリーズ」を開発しました。5000Iシリー ズは通常のフレキシブルプリント配線板に相当する 片面・両面板のほかに高耐熱樹脂を用いた樹脂付き 銅箔および,接着シートを加え,これらを組み合わ せることにより,極薄多層板の実現を可能とします。 表紙の写真は最薄構成の片面板(品名:MCF5000IS,構成:銅箔9 µm・ポリイミド厚3 µm)と 5000Iシリーズにて作製した6層板です。この6層板は 自由にひねったり,折り曲げることができ,はぜ折 りも可能な強度と柔軟性を有します。今後,更に改 良を進めながら,ますます多様化する顧客ニーズに 対応していく予定です。 テクニカルレポート 第 51 号 2008年7月 巻頭言 記憶に残るあるポリイミド研究 ────────────────────────────────────────── 5 柿本 雅明 論 文 二酸化炭素を用いるジシクロペンタジエンのヒドロホルミル化反応における生成物の立体構造と組成 ─────────── 7 菊地 宣・亀井 淳一・高崎 俊彦・阿部 三佳 高性能電気二重層キャパシタ電極用活性炭 ──────────────────────────────────── 13 神頭 将之・羽場 英介・武井 康一 耐しゅう動摩耗性フェノール樹脂成形材料 ──────────────────────────────────── 17 彼谷 美千子・小田 寛人・木村 直行 塗布型有機EL素子用正孔注入/輸送層材料 ──────────────────────────────────── 21 星 陽介・舟生 重昭・佐野 彰洋・森下 芳伊 PWBとFPCの短時間接続異方導電フィルム アニソルムAC-9845RS ────────────────────────── 25 堀内 猛・藤縄 貢・柳川 俊之・本多 智康 薄型パッケージ基板対応MCL-E-679GT ────────────────────────────────────── 29 森田 高示・高根沢 伸・竹越 正明・坂井 和永 製品紹介 ──────────────────────────────────────────────────── 33∼35 極薄多層配線板材料「MCF-5000Iシリーズ」 ファインセットTE-250S121 ヒタレックス粘着フィルム「LE-1000」 キャパシタ用活物質ペースト ヒタゾル(HITASOL)GA-1000,GA-1100,GA-1200 3 Contents Commentary ──────────────────────────────────────────── 5 Masa-aki Kakimoto Stereostructure and Composition of Products from Hydroformylation of Dicyclopentadiene using Carbon Dioxide as a Reactant ──────────────────────────────────────── 7 Tooru Kikuchi・Junichi Kamei・Toshihiko Takasaki・Mika Abe High Performance Activated Carbon for Electric Double Layer Capacitor ───────────────── 13 Masayuki Kouzu・Eisuke Haba・Kouichi Takei Wear-resistant Phenol-resin Composite ──────────────────────────────── 17 Michiko Kaya・Hiroto Oda・Naoyuki Kimura Materials for Hole-injection-Transport Layers of Organic Light-emitting Diodes Fabricated by Wet Processes ───────────────────────────────────────── 21 Yosuke Hoshi・Shigeaki Funyuu・Akihiro Sano・Yoshii Morishita Anisotropic Conductive Film for Connection of PWBs and FPCs in a Short Time: ANISOLM AC-9845RS─── 25 Takeshi Horiuchi・Tohru Fujinawa・Toshiyuki Yanagawa・Tomoyasu Honda Low-CTE Material MCL-E-679GT for Thin Package Substrate ────────────────────── 29 Koji Morita・Shin Takanezawa・Masaaki Takekoshi・Kazunaga Sakai Product Guide ───────────────────────────────────────── 33∼35 4 巻 頭 言 記憶に残るある ポリイミド研究 「 ド イ ツ の 原 子 力 物 語 − ダ ー レ ム か ら ヒ ロ シ マ へ ー 」( I S B N 4 915909-05-0)という本がある。私がここ数年で最も感動した本であり, 東京工業大学大学院理工学研究科/ 有機・高分子物質専攻 教授 授業の副読本にも使っている。この本はウランの核分裂が1938年,ベル リンのダーレムにあるカイザー・ウィルヘルム化学研究所(現マックスプ ランク・フリッツ・ハーバー研究所)でオットー・ハーンとフリッツ・ス トラースマンにより発見される経緯と,それがそのわずか7年後に原子爆 弾として広島に投下されるに至るいきさつが書かれている。原著はドイツ 柿本雅明(かきもと まさあき) Masa-aki Kakimoto 最終学歴: 1980年3月 東京工業総合理工学研究科・電子 化学専攻博士課程修了 学位:理学博士 職歴: 1980−1982年 (財)相模中央化学研究所 1982年 東京工業大学工学部有機材料工学 科助手 1987年 同助教授 1997年 同教授 専門: 芳香族縮合系高分子の合成、デンドリティ ック高分子の合成 受賞歴: 1996年 市村賞(学術賞) 2000年 繊維学会賞 著書: 最新ポリイミド材料と応用技術、シーエム シー出版(2006) デンドリティック高分子 多分岐構造が拡 げる高機能化の世界、青井啓悟、柿本雅明 監修、NTS(2005) 語で書かれているが,フリッツ・ハーバー研究所におられた外林秀人氏が 日本語に訳され,私は氏と以前ポリイミドLB膜の研究をいっしょにやら せていただいた関係から,ご本人から1冊送っていただいた。物理学には 全く造詣のない私がのめり込んでしまったのは,核分裂発見に至るまでの 必然と偶然の絡み合いの凄さである。ダーレムでの研究は上記発見者にリ ズ・マイトナーという女性の理論物理学者が加わった3人で始まるのであ るが,なぜこの3人なのか。核分裂発見の周囲にはボーア,フェルミ,ア インシュタインなど超著名な物理学者がうろうろ歩き回っているにもかか わらず。さらにはこの時代,二つの大戦の真っただ中で,ヨーロッパはグ チャグチャなのである。さて,この人類最大の発明が20世紀の半ばである のはこれも偶然というべきなのであろうか。トランジスターの発明は 1948年であり,ポリマーの世界では,ナイロン,フッ素樹脂,ポリエス テル繊維は1940年頃,シリコーン樹脂やエポキシ樹脂は1945年頃,そし て石油化学工業の鍵となるチーグラー・ナッタ触媒は1955年頃の発明で ある。(私は1951年に製造された)1960∼1980年の高度成長はこれらの発 明に端を発するといえる。当時,ボーナスだけで家が建った会社もあった らしい。このように今日われわれが快適に暮しているのは,そのほとんど が20世紀半ばに起こった大発明ラッシュのおかげであることに気付く。さ らに,以下に述べるポリイミドは1962年の発明となっている。 私が高分子の合成研究に手を染めたのは,たまたま東京工業大学に山形 大学から赴任された今井淑夫先生が助手として採用してくれたからであ る。有機合成分野で博士号をいただいた私にとっては,そこが高分子合成 研究のスタート地点であった。今井研のテーマのひとつは芳香族縮合系高 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 5 分子の一次構造と物性との相関を明らかにすることであった。それなりの 物性を評価するには高分子量のポリマーを合成しないといけないが,これ が大難問である。考えてみれば高分子量ということは100個くらいのモノ マーが繋がっている訳で,100回の反応が100%で進行しなくてはいけな いことになる。結果,収率80%なら上出来の有機反応が身に付いた私には, それ自身はおもしろくもない縮合反応に悪戦苦闘したものである。当時, 一次構造と物性の相関に関する卓越した研究が日立製作所から発表され た。これは低熱膨張性ポリイミドの研究であるが,彼らは手当たり次第に モノマーであるテトラカルボン酸二無水物とジアミンを反応させ,ポリイ ミドフィルムの熱膨張率を測定した。ポリイミドフィルムは,モノマーの 反応で生成する前駆体ポリマーであるポリアミド酸のフィルムをまず作製 し,300℃という高温で熱処理することでイミドへと化学構造を変化させ ながらポリイミドフィルムに仕上げる。彼らはこのイミド化処理をフィル ムを固定して行った。すなわち二軸延伸しながら熱処理することに相当す る。驚くべきことに,ある構造のポリイミドフィルムはマイナスの熱膨張 (熱をかけると縮む)を示したのである。一次構造を見てみると,直線性 の高い剛直な構造を持ったポリイミドほど熱膨張率は小さくなることが明 らかとなった。この研究は構造を選べば好きな熱膨張率を持つポリイミド フィルムができるという実用上の知見のみならず,後になって見れば,剛 直な構造になればなるほどポリイミド分子がフィルム面に平行に並び,複 屈折が大きくなるという普遍的で重要な原理を見事に明らかにしているこ とに気付く。このすばらしい研究結果も偶然に出現したのではなく,ポリ イミドへのいろいろな分野からの要求が後押ししたものである。このよう な耐熱性高分子における一次構造と物性との相関に注目した研究は,東邦 大学の長谷川匡俊先生が精力的に続けられている。 次の時代の要請で出現する研究成果は何なのか?時代の要請で,必ず後 世に残るすばらしい研究が出現すると期待している。 6 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) U.D.C. 621.397.4.002.33:621.3.049:546.264-31:678.673/.674:543.429.23 二酸化炭素を用いるジシクロペンタジエンのヒドロ ホルミル化反応における生成物の立体構造と組成 Stereostructure and Composition of Products from Hydroformylation of Dicyclopentadiene using Carbon Dioxide as a Reactant 菊地 宣* Tooru Kikuchi 亀井淳一** Junichi Kamei *** 高崎俊彦 Toshihiko Takasaki 阿部三佳*** Mika Abe 電子材料分野および表示装置用部材の分野では,透明性,耐熱性の観点から脂環式 構造を有する素材が注目されている。一方,二酸化炭素を原料とする新しいヒドロホ ルミル化反応が開発された。この方法を使った脂環式素材であるジシクロペンタジエ ン・ジメタノール(DCPD-DM)製造のための基礎データ収集の際,異性体混合物の DCPD-DMから主要成分の1つを結晶単離し,NMRスペクトルを解析して立体構造を 特定した。さらに,この結果を基に反応中間体の構造を解明するとともに,これらの 組成についてシミュレーション手法を用いて解析したところ,二重結合炭素の反応性 が位置によって異なることが明らかになった。 Compounds having an alicyclic structure are remarkable raw materials for electronic and display materials, because they exhibit high transparency and heat resistance. Meanwhile, a novel hydroformylation reaction using carbon dioxide has been developed. We applied this reaction to dicyclopentadiene to produce dicyclopentadiene-dimethanol. The stereostructures of the products and the intermediates were determined by nuclear magnetic resonance (NMR), and a simulation technique was used to analyze the reaction kinetics. From these data, it was suggested that the reactivity of the double bond is different according to the position. そこで,本方法をDCPDに適用したところ,狙いどおり 〔1〕 緒 言 DCPD-DMが得られることが分かった。 近年,電子材料分野および表示装置用部材の分野で,透明 性,耐熱性,低吸水性の観点から脂環式の分子構造を有する 2CO2+6H2 材料が注目され,使用されるようになってきた。 CH2OH HOH2C 錯体触媒 本検討の対象材料であるジシクロペンタジエン・ジメタノ ール(DCPD-DM)は,脂環式構造を有する二価アルコール +2H2O DCPD 式(1) DCPD−DM であり,ポリエステルやポリカーボナートの合成原料となる。 一酸化炭素を用いるヒドロホルミル化反応の速度論的研究 さらに, (メタ)アクリル酸ジエステルに誘導した硬化物は, 結果6)から,ノルボルネン環の二重結合の反応性は5員環二重 ガラス転移温度が高く,耐熱分解性に優れるという特長を有 結合に比べて高く,1個目のヒドロキシメチル基はノルボル しており,これを使った新たな材料が提案され始めている。 ネン環に付加することが知られている。また,これまでの検 DCPD-DMは,触媒存在下に一酸化炭素と水素をDCPDに作 討結果,系中にアルデヒドの存在量が少ないことからアルデ 用させるヒドロホルミル化反応によって製造されている。し ヒド生成過程が律速であり,アルデヒドが還元されてアルコ かし,この方法では反応がアルデヒド体で停止するため,そ ールとなる過程は速いことが分かっている。その他,二重結 の後水素還元反応を行うという2段階反応であること,さら 合の単純な水素化反応も観察されることから,DCPDのヒド に毒性の高い一酸化炭素の回収処理を必要とすることから, ロホルミル化反応では,図1に示す経路で反応が進んでいる 工業素材としては高価なものとなっている。 ものと推定している。 これに対して,K.Tominagaらによって二酸化炭素を用いる これまでDCPD-DMおよびその他の生成物は,式(1)ある 新たなヒドロホルミル化方法が開発された1-3)。同様の報告が いは図1に示すように異性体混合物としてヒドロキシメチル 別の研究機関からも報告されている 4)。本方法の特長は,ア ルデヒド体で停止することなく1段でアルコールを生成する 基の結合位置は特定されないままであった。Aldrich社試薬に おいても,4,8-Bis(hydroxymethyl)tricyclo[5.2.1.0 2,6] ことおよび取扱いの容易な二酸化炭素を原料にすることにあ decaneと表記されてはいるが,後述の表1に示すように異性 る。二酸化炭素を合成原料として使用する反応例は少ないが, 体の混合物である。 最近GSCの観点から積極的に研究開発がなされている5)。 今般,Aldrich社試薬を使ってDCPD-DMの製造プロセスを * 当社 新材料応用開発研究所 **当社 機能性材料事業部 機能性樹脂部門 開発部 当社 先端材料開発研究所 *** 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 7 (DCPD-MM)成分を蒸留で分取したものの組成,Aldrich社の k5 H2 k8 H2 DCPD k1 CO2+2H2 HH k6 CO2+2H2 MA k2 H2 MAH k11 H2 なお,反応液のDCPD-DMの組成とAldrich社試薬の組成は 異なるが,4つの成分の質量スペクトルから両試料は同一の 化合物の混合物であることを確認している。 2.2 HMA k7 H2 NMR測定方法と構造解析手順 NMRの測定条件を表2に示す。 HOH2C k10 H2 HOH2C HHHH CHO k9 H2 OHC OHC 試薬DCPD-DMの組成および析出した結晶の組成を示す。 構造解析 7-9) に当たっては,初めに 13 C NMRスペクトルと CH2OH DEPT135スペクトルから化合物の炭素の数および炭素の級数 MMH MM k3 CO2+2H2 HOH2C HMM を確認する。次いで,13C-13C INADEQUATE二次元NMRスペ クトルから炭素骨格を明らかにする。次に,1H-13C HSQC二次 CHO 元NMRスペクトルでプロトンを帰属し,最後に1H-1H NOESY MA/MM k4 H2 二次元NMRスペクトルによって,プロトン同士の空間的近接 状態を解析して立体構造を決定した。 HOH2C CH2OH DM 表2 NMR測定条件 測定に用いた装 図1 DCPDヒドロホルミル化反応の推定経路 左側の縦の流れが主反 置は,超伝導フーリエ変換型核磁気共鳴 応である。 装置である。 Fig. 1 Plausible reaction scheme of the hydroformylation of DCPD Table 2 Conditions of NMR measurement The left line is the main reaction pathway. A superconducting FT-NMR was used to measure the samples. 溶媒:メタノール-d4 試料濃度:80mg/0.75mL 測定温度:室温(24℃) 共鳴周波数 13 C NMR:100.64(MHz) 1 H NMR:400.23(MHz) 積算回数 13 C NMR:128回 1 H NMR:16回 組立てる際に必要となる基礎データを収集していたところ, ケトン系溶液から白色の結晶が析出した。この結晶を単離し, NMRスペクトルからその立体構造を明らかにすることができ た。さらに,この結果を基に反応中間体の構造を決定すると ともに,これらの組成を解析することによって二重結合炭素 の反応性が位置によって異なることを知り得たので,以下に 反応シミュレーションの方法 反応シミュレーションは,反応式に基づいて微分型の反応 速度式を立て,これを解くことによって組成の時々刻々の変 検討内容を記す。 化を表す方法である。 〔2〕 検討方法 2.1 2.3 反応に関与するすべての化合物の数の連立微分方程式は解 検討対象材料 析的には解くことができないので,数値解法を用いることに 用いた反応液のGC-MS分析結果の組成を表1に示す。併せ なる。数値解法には種々の方法があるが,本検討ではエクセ て,反応液からジシクロペンタジエン・モノメタノール ルの表計算で計算し得るオイラー法を用いた。 表1 用いた試料のGC-MS分析結果 GC-MS分析における面積量はトー professionalおよびExcel-2000を用い,計算時の打切り誤差10) タルイオンピークの量であり,一般的にはこの値を直ちにモル量と見なす訳 を小さくするために反応を1,500に時間分割した。 計算に当たって,パソコンおよびソフトはWindows XP にはいかないが,同一骨格,同一官能基を有する化合物であれば,モル量と 〔3〕 結果と考察 することに大きな問題はないと考える。 Table 1 GC-MS analysis results of the samples The molar ratio and the area ratio of GC-MS analysis are assumed to be the 析出した結晶の構造解析 Aldrich社試薬DCPD-DMのアセトン溶液から析出した結晶 same. の13C-13C INADEQUATEスペクトルを図2に示す。図の上部に 反応液組成 成分 組成(面積%) DCPD-MM 65.2 DCPD-DM 34.8 DCPD-MM成分内訳 測定条件 カラム:HP-INNOWax(0.25mmφx30m) カラム温度:70℃x5min-昇温10℃/min250℃ 58.2 53.2 18.18 痕跡量 6.7 18.31 41.8 保持時間(min) 組成(面積%) に従って付しておく(式2) 。 1 2 9 40.1 Aldrich社試薬 DCPD-DM成分内訳 側から順にAからLまでの符号を付け,DEPT135スペクトル に基づいてメチレン炭素には◎枠を,メチン炭素には○枠を また,解析の対象であるDCPD-DMの炭素番号をIUPAC名 組成(面積%) 18.13 ある13C NMRスペクトルの12本のピークに対して,低周波数 付した。 蒸留分取成分 保持時間(min) 組成(面積%) 8 3.1 10 析出結晶 組成(面積%) 組成(面積%) 26.01 30.6 26.8 4.5 26.16 22.8 30.5 3.2 26.34 6.6 15.4 8.7 26.73 40.0 27.3 83.6 12 HOH2C 8 4 6 7 3 11 CH2OH 式(2) 5 なお,2つのヒドロキシメチル基の位置は,3,8-および3,9-も あり得るが,以降の解析を分かりやすくするために4,8-とし ておく。 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) て,析出した結晶は式(2)で表される平面構造を取ってい J I H GF L K E D C B ると判断できる。 A メタノール ppm 次に,これがendo体なのかexo体なのか,2つのヒドロキシ メチル基が環に対してどのような方向で結合しているのかを 25 明らかにして立体構造を決定する。 1 30 H-1H NOESYスペクトルを図4に示す。図の周辺にある1H NMRスペクトルのプロトンは,1H-13C HSQCスペクトルに基 35 づいて帰属している。各プロトンには炭素番号に対応した番 40 号を付け,炭素番号3,5,9,10番のメチレンプロトンでは 45 2つのプロトンの化学シフト値がすべて異なっているので, 50 低周波数側にはaを,高周波数側にはbを付けている。このス ペクトルでは,核オーバーハウザー効果によって強度が増加 55 した交差ピーク,すなわち分子中で空間的に近接しているス 60 ピンがマッピングされている。 65 65 60 55 50 45 40 35 30 ppm 25 DCPD-DM crystaloid-2 (NOESY;MeOD) H1,H7 H5b H11 H2 H12 H6 H4 H8 図2 析出結晶の13C-13C INADEQUATEスペクトル Incredible Natural Abundance DoublE QUAntum Transfer Experiment 天然存在比二量子移動実験で,炭素-炭素の連結を明らかにする。 Fig. 2 H3b H10a H9b H10b H3a H5a H9a ppm C-13C INADEQUATE spectrum of the precipitated compound (2)ピークKを12番炭素と仮定する。ピークKはピークDとの 間に交差ピークが観測される。したがって,ピークDが8 1.5 2.0 H4 基の炭素と同定できる。 H1 H7 解析の手順 (1)ピークKおよびLは,化学シフト値からヒドロキシメチル 1.0 H2 H6 Connection of the C-C bond was determined using the INADEQUATE method. H3a H3bH9bH10bH10aH5a H9a H8 H5b 13 2.5 番炭素となる。 3.0 H12 (3)ピークD(8番炭素)は,ピークKの他にピークAおよびG との間に交差ピークが観測される。ピークAに結合する 3.5 H11 炭素の個数は2個であることから,ピークAが9番炭素で ある。また,ピークGに結合する炭素数は3個であること から,7番炭素と帰属できる。 4.0 3.5 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 4.0 ppm 以下このように次々と炭素の結合関係を決定してゆくこと ができる。その過程を図3に示す。なお,破線で示した結合 は,交差ピークが重なり合って判読不可能なことを示す。 図4 析出結晶の1H-1H NOESYスペクトル Nuclear Overhauser Enhancement SpectroscopY 核オーバーハウザー効果分光法で,分子内の4.5Å以下の距離にあるプロトン の相関を調べる方法である。 Fig. 4 A 9 K 12 D8 F 1 C3 G7 H4 J 6 H-1H NOESY spectrum of the precipitated compound distance of less than 4.5 Å. I 2 E 10 1 A NOESY spectrum was used to determine the two protons between a L 11 B 5 以下,このスペクトルを解析する。 図3 析出結晶の炭素骨格解析過程 炭素の連結をたどった経過がそのま ま化合物の骨格となっている。 Fig. 3 C-C bond framework determination scheme of the precipitated (1)9番炭素に結合するプロトンで0.87 ppmのH9aプロトンの 周波数で照射した場合,1.45 ppmのH10b,1.69 ppmの compound H9b(H3bが重なっている) ,2.09 ppmのH1(H7が重な The passage of carbon to carbon is just the framework of the compound. っている)および3.28 ppmのH12の各プロトンの強度が 増している。このことは,H9aプロトンはこれらのプロ トンと近い位置にあることを示しており,図5Aを描く ピークKを12番炭素と仮定して解析を進め,すべてのピー クを矛盾なく帰属することができたことから,この仮定は妥 当と判断できる。これに対して,ピークLを12番炭素と仮定 ことができ,ヒドロキシメチル基は,R-S絶対配置表記 法11)でS配置していると表現される。 (2)10番炭素に結合する1.35 ppmのH10aプロトンに着目する。 して解析を進めると,途中で矛盾が生じてしまう。また,ヒ 1.45 ppmのH10bは当然強度が増大するが,これ以外に ドロキシメチル基の位置を3,8-あるいは3,9-と仮定した場合も 2.09 ppmのH1とH7および2.47 ppmのH2とH6の強度が増 同様に途中で矛盾が生じてしまい,仮定は成立しない。よっ 大している。H10aがH2およびH6に近接しているという 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 9 H10b H10b 1 1 9 12 HOH2C H7 CH2OH H9b H H3b 6 H5b CH2OH H4 H8 H 図5 析出結晶の立体構造の解析 H5a H6 H 5A:ノルボルナン環に結合する ヒドロキシメチル基はS配置である。 CH2OH H2 2 7 HOH2C H3a H6 H1 H1 H9a H2 H10a H10a 10 HOH2C 5B:tricyclodecane骨格の構造は endo体である。 5C:5員環に結合する ヒドロキシメチル基はR配置である。 立体構造を表すendo,exoは定義に問題があるため,使用が中止されている。替りにcisoid,transoidを使用することにな っているが,表現が複雑になるため,ここでは従来どおりの表現とした。 Fig. 5 Stereostructure of the precipitated compound In this paper, the "endo,exo" expression method is used intead of "cisoid, transoid" expression to avoid complexity. ことは,Tricyclodecane骨格がendo体であることを意味 する(図5B) 。 3.2 反応中間体の構造解析 続いて,反応中間体の構造を明らかにする。蒸留で分取し (3)次に,1.22 ppmのH3aおよびH5aプロトンに着目して4番 たDCPD-MMの組成で,2つの主要成分の分子イオンピークの 炭素に結合しているヒドロキシメチル基のメチレンプロ m/zが164であること,緒言で述べたように1個目のヒドロキ トンH11を見ると,明らかに強度が増大している。した シメチル基はノルボルネン環二重結合に付加することから, がって,ヒドロキシメチル基は5員環に対してH3aおよび 2つの主要成分は式(4)で示される反応中間体と推定した。 H5a,さらにはH2,H6プロトンと同じ側にあると判断で 1 きる(図5C) 。絶対配置による表記法ではR配置となる。 析出した結晶の立体構造を表す名称は, (4R,8S)-4,8- Bis(hydroxymethyl)-endo- tricyclo[5.2.1.02,6]decaneと表記さ れる。なお,NMRでは鏡像異性体も同一のスペクトルを与え 10 11 HOH2C 4 6 4′ 10 ′ 11 ′ 8 ′ 6′ 5′ HOH2C 7′ 5 7 3′ 2′ 9′ [1] るので, (4S,9R)-4,9-体も存在することになるが,位置を示 す数値が小さい方を代表として表記した。 8 1′ 3 2 9 式(4) [1′ ] なお,微量含まれる保持時間18.18分の成分は,分子イオン 以上の解析によって表1の保持時間26.73分の成分を特定で きた。残る3つのうち,26.01分と26.16分の成分の質量スペク ピークのm/zが166であったことから,二重結合が水素化した 図1のMMHあるいはHMMと推定する。 トルのフラグメンテーションパターンは,解析した4,8-体と 中 間 体 の 炭 素 骨 格 を 明 ら か に す る た め に , 13C - 13C 同一のパターンを示すが,含有量の少ない26.34分の成分は異 INADEQUATEスペクトルを測定した。図6は,70 ppmまで なるパターンを示した。また,混合物の状態で測定したNMR スペクトルを,上述の結果と対比させながら解析した結果か ら,DCPD-DMの主要3成分の構造は式(3)に示す構造と考 えられる。 なお,5,8-体は3,9-体の鏡像異性体である。IUPAC名では Fraction 4(07-08-02) (INADEQUATE;MeOD) o 3,9-体と表現しなければならないが,ここでは他の2つと比べ r n p m l q f g i k j e c h b a d やすいように5,8-体で表記した。 Hz 2,500 CH2OH 3,000 式(3) 3,500 HOH2C 4,000 3, 8一体 4,500 5,000 5,500 HOH2C CH2OH 6,000 4, 8一体 6,500 65 HOH2C 55 50 45 40 35 30 図6 中間体の13C−13C INADEQUATE 拡大スペクトル 5, 8一体 25 ppm 49 ppmの七重 線は溶媒に用いたメタノールのピークである。 Fig. 6 CH2OH 10 60 C-13C INADEQUATE spectrum of the mixture of intermediates 13 The sevenfold line observed around 49 ppm is a signal of the solvent methanol. 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) の範囲を拡大したものである。炭素ピークはaからrまでの18 H10b 本のピークの他に,131.3から133.2 ppmに二重結合炭素の4 HOH 2C H6 H6′ H9 ′ b H8 ピークの全数は22本となり,炭素数11個の中間体[1]と[1'] H5b 図6の化学シフト値67 ppmのピークrは,ヒドロキシメチ 3.3 H3 ′ b H8 ′ H5a [1 ′ ] [1] が混在していることに対応する。 式( 5 ) H2′ H3 ′ a HOH 2C H9b 38.773 ppmと38.789 ppmの2本に分かれている。したがって, H10 ′ a H9 ′ a H2 本のピークs,t,u,vが存在している。また,fとgのピークは図 では1本に見えるが,拡大すると化学シフト値がそれぞれ H10 ′ b H10a H9a 中間体およびDCPD-DMの組成と二重結合の反応性 ル基に基づくピークであることから,式(4)に示す中間体 前節の解析過程で1H-13C HSQCスペクトルによってプロトン [1]の11番炭素あるいは中間体[1']の11'番炭素のいずれか ピークを同定したので,ピーク積分値から中間体[1]と[1'] である。ここを出発にして前節と同様に順次炭素を帰属して の比率を求めると57.6:42.4となり,GC-MS分析値の58.2: 行く。その過程を図7に示す。 41.8とよく一致している。したがって,GC-MS分析で保持時 間18.13分の成分が中間体[1]であり,保持時間18.31分の成 分が中間体[1']と帰属される。 また,第3.1節において,表1に記したGC-MS分析の保持時 11 ′ 11 , r 8 ′ 8 , e 9 ′ 9 , b 7 ′ 7 , n 1 ′ 1 , i 10 ′ 10 , f,g 6 ′ 6 , m 間26.73分の成分が4,8-体(図9の構造[2'] )であることを明 2 ′ 2 , o 二重結合炭素 u に結合している らかにした。しかし,保持時間26.01分と26.16分については, どちらが3,8-体あるいは5,8-体であるかは解明できていない。 ガスクロマトグラフィーでは,無極性カラムを使用した場合, 分子がコンパクトな形状をとるものは保持時間が短い傾向が 二重結合炭素に結合していない あることから,ここでは保持時間26.01分の成分を5,8-体 ( [2''] ) ,26.16分の成分を3,8-体( [2] )と割り振る。 図7 INADEQUATEスペクトルの解析経路(1) 中間体[1]の10番 g と考えられる。 炭素はピーク○ Fig. 7 C-C bond framework determination scheme of the intermediates (1) The 10th carbon of the intermediate [1] is assumed to peak g. 本ヒドロホルミル化反応における異性体生成の反応経路を 図9に示す。ただし,アルデヒド中間体は省略している。こ こで,DCPDの8番炭素と9番炭素の反応性,並びに中間体[1] の3番炭素と4番炭素の反応性および中間体[1']の4'番炭素 と5'番炭素の反応性が等しいと仮定すると,DCPD-DMの異性 2番炭素あるいは2'番炭素であるピークoに達したとき,ピ 体の比率は, [2]:[2']:[2''] =25:50:25(mol%)となる ークoは二重結合炭素であるピークuとの間に交差ピークが存 は ず で あ る 。 し か し , 表 1 の G C - M S 分 析 結 果 は ,[ 2 ]: 在する。すなわち,ピークoに隣接する炭素は二重結合炭素 [2']:[2''] =22.8:40.0:30.6であることから,これらの仮定 でなくてはならない。よって,ピークoは中間体[1]の2番 は誤りであり,反応性には差があると考えた。 炭素と決定される。同時に,6番あるいは6'番炭素であるピー クmは,二重結合炭素との間には交差ピークが観測されない ことから中間体[1]の6番炭素となる。したがって,ピーク CH2OH rからたどったすべてのピークは,中間体[1]に帰属するピ ークとなる。 全く同様に,ピークqから出発した場合は,化合物[1']に 帰着する(図8参照) 。 3 HOH2C 50 [1] (8番炭素に付加) 9 8 4 HOH2C 25 25 HOH2C 25 50 (9番炭素に付加) [2] CH2OH [2′ ] HOH2C 11 ′ 11 , q 8 ′ 8 , h 9 ′ 9 , a 7 ′ 7 , k 1 ′ 1 , j 10 ′ 10 , f,g 6 ′ 6 , p 5′ [1′ ] 2 ′ 2 , L 4 ′ 25 HOH2C HOH2C 二重結合炭素に 結合していない [2″ ] 図9 異性体生成の反応経路 中間体[1']の構造は,ヒドロキシメチル 基が8'番炭素に付いた鏡像異性体の構造で示している。 v に結合している 二重結合炭素 図8 INADEQUATEスペクトルの解析経路(2) 中間体[1']の10' 番 Fig. 9 The reaction scheme of isomers The structure of intermediate [1'] is indicated by the enantiomer. f と考えられる。 炭素はピーク○ Fig. 8 C-C bond framework determination scheme of the intermediates (2) The 10'th carbon of the intermediate [1'] is assumed to peak f. そこで,反応シミュレーション手法を使って二重結合炭素 の反応性の差を明らかにする。シミュレーション計算の対象 化合物は,図9の6個の化合物に二酸化炭素と水素を加えた8 次に,この2つの中間体の立体構造を決定した(詳細省略) 。 前節と同様に1H-1H NOESYスペクトルから,ヒドロキシメチ 化合物となり,計算は8元の連立微分方程式となる。反応速 度定数を図10に示すように設定し,反応速度定数がk1=k2, ル基はS配置を取っており,tricyclodecene骨格はendo構造を k1<k2,k1>k2の場合に分けて,MM成分とDM成分の比率お 取っていることが分かった。中間体[1]と[1']の構造を式 よび[2] , [2'] , [2'']の比率に合致するk3,k4,k5,k6の値 (5)に示す。 を求めた。 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 11 検討の詳細は割愛するが,k1/k2の値を変化させると[1]/ 成分 [2] k3 k1 [1] k4 [2′ ] DCPD k2 [1′ ] 組成比 MM成分 66.7 図10の[1] , [1']の値に一致するk1およびk2を決定するこ DM成分 33.3 とができた。このときの反応速度定数とシミュレーション結 [1] 58.2 [1'] 41.8 果を図11Aに示す。また,図1に示した反応を表現するシミ ュレーション結果を図11Bに示す。図11BのMMとは, [1]と [1']を合計したものであり,DMとは[2] , [2'] , [2'']を合 k5 [2″ ] k6 図10 [1']の値が変化し,両者に直線関係が成立していることから, [2] 24.3 [2'] 42.9 [2''] 32.8 シミュレーションの対象と検討のための組成 計したものである。図11Bではアルデヒド体および副生成物 を含んでいるため,DMの値は図11Aの[2] , [2'] , [2'']の 合計より小さい値となっているが,双方の図は良い対応を示 DCPD-DM成分に は保持時間26.34分の構造不明な成分が6.6%含まれているので,これを除外し た値としている。このため,MMおよびDM成分の値も表1とは若干異なる値 となる。 Fig. 10 しており,図11Aの反応速度定数は妥当と考える。 この反応速度定数の値を言葉で表現すると,次のようにな る。 (1)DCPDの8番炭素と9番炭素には反応性に差があり,8番炭 Preparation of rate constants and composition for the simulation 素が反応する速度は9番炭素が反応する速度に比べて1.15 An unknown compound is eliminated in the DCPD-DM component (retention time:26.24 min, 6.6%), so the value of MM and DM components is slightly different from Table 1. 倍大きい。 (2)中間体[1]と[1']には反応性に差があり,[1']の反応 速度は[1]に比べて1.53倍大きい。 (3) [1]の3番炭素と4番炭素には反応性に差があり,3番炭 素の速度は1.19倍大きい。 0.6 初期値 1.00 CO2 17.00 H2 7.00 ∆t 0.01 反応速度定数 DCPD 0.5 素の速度は1.47倍大きい。 [2′ ] 0.4 モル分率 DCPD (4) [1']の4'番炭素と5'番炭素に反応性に差があり,5'番炭 〔4〕 結 言 [1] [1′ ] [2″ ] これまで,DCPDのヒドロホルミル化反応によるDCPDジメ 0.3 タノールおよび反応中間体については,異性体混合物として 0.2 k1 0.000107 k2 0.000093 k3 0.000043 k4 0.000036 k5 0.000049 反応時間(h) k6 0.000072 A:異性体の生成反応 取り扱ってきた。今回,各種の二次元NMRスペクトルを解析 [2] 0.1 0 して,これらの立体構造と組成を明らかにした。さらには, 0 2 4 6 8 10 12 14 16 反応シミュレーション手法を使って二重結合炭素の反応性が 位置によって異なることも知り得た。 当社では,DCPDから誘導したアクリレート類を製造して いるが,いずれも単官能であった。多官能アクリレートが求 1 められており,今回の知見が生かされて,DCPDジメタノー DCPD モル分率 0.8 ルによるジ(メタ)アクリレートの製造につながることを期 DM MM 0.6 待する。 参考文献 0.4 MA 1)K.Tominaga, Y.Sasaki:Catalysis Communications, 1, pp.1-3 (2000) MMH HMM MA/MM 2)K.Tominaga, Y.Sasaki:Chemistry Letters, 33, (1), pp.14-15 (2004) 0.2 0 3)K.Tominaga, Y.Sasaki: J.Molecular Catalysis A:Chemical, 220, pp.159-165 (2004) 0 2 4 6 8 10 12 14 16 反応時間(h) 4)S.Jaaskelainen, M.Haukka: Applied Catalysis A:General, 247, pp.95-100 (2003) B:ヒドロホルミル化反応 5)化学と工業,60,pp.869-873(2007) 6)D.L.Hunter et al.:Applied Catalysis,19,pp.259-273(1985) 図11 反応シミュレーションの結果 シミュレーションAでは,k1+k2= k3+k4+k5+k6としている。 Fig. 11 る同定法 第7版 Results of reaction simulation Fig. A is the simulation of isomers, and Fig. B is the simulation of the plausible reaction scheme in Fig. 1. 7)Silversteinほか著,荒木 峻ほか訳:有機化合物のスペクトルによ 東京化学同人(2006年9月15日発行) 8)クラリッジ著,竹内ほか訳:有機化学のための高分解能NMRテク ニック 講談社(2004年1月25日発行) 9)日本化学会編:改訂5版 化学便覧 基礎編 II pp.670-682 丸善(平成16年2月20日発行) 10)河村祐治ほか著:化工数学入門 pp.78-79 化学工業社(昭和47年5月発行) 11)小川雅彌,村井真二監修:有機化合物命名の手引き p.160 化学同人(1990年10月25日発行) 12 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) U.D.C. 621.35.035.2:661.183.2:544.636:678.632 高性能電気二重層キャパシタ電極用活性炭 High Performance Activated Carbon for Electric Double Layer Capacitor 神頭将之* Masayuki Kouzu * 武井康一 羽場英介* Eisuke Haba Kouichi Takei 電気二重層キャパシタ(EDLC)は近年,用途が拡大している。電極に使用される 活性炭に対し,一層の高容量,低抵抗,高信頼性が求められている。本研究は,高容 量が得られるアルカリ賦活炭の高出力化,高信頼性化を目的とする。フェノール樹脂 炭を原料とした活性炭物性と抵抗および信頼性との関係を調査した。活性炭の細孔容 積の増加,粒子径の減少は低温(−30℃)での拡散抵抗を減少させ,高温・高電圧印 加時の拡散抵抗の増加を抑制した。原料炭素種は,高温・高電圧印加時の電荷移動抵 抗の増加に大きな影響を及ぼすことが分かった。 Recently, the use has expanded to electric double layer capacitors (EDLC). Higher capacity, lower resistance, and higher reliability are desired for the activated carbon used for the electrode. This study aims to achive high power and high reliability of alkali-activated carbon that obtains high capacity. The alkali-activated carbon was made with phenolic resins as a carbon precursor. The relationship between the resistance and reliability of the EDLC and the physical properties of activated carbon were investigated. An increase in the pore volume of the activated carbon and a decrease in the particle diameter reduced the diffusion resistance at low temperature (−30℃), and controlled an increase of the diffusion resistance when a high voltage was impressed at high temperature. It was found that the raw material carbon had a significant effect on the increase in charge transfer resistance when a high voltage was impressed at high temperature. 〔1〕 緒 言 〔2〕 実験方法 電気二重層キャパシタ(EDLC)は,ニッケル水素電池, 2.1 活性炭の作製,評価 リチウムイオン二次電池などの二次電池と比較して,高い入 活性炭作製にはフェノール樹脂を前駆体とした3種(A,B, 出力特性,信頼性を有することから,近年,自動車用,建設 C)の原料炭素を使用した。原料炭素は所定粒子径に粉砕し, 機械,瞬低用電源,電車回生用電源,自然エネルギーによる KOHと混合後,加熱賦活した。次いで,酸および純水を用い 発電などへの用途拡大あるいは用途探索が活発に進められて て精製し,乾燥して活性炭とした。表面官能基濃度を調整す いる1)∼6)。 るため,窒素中で加熱処理を行った。活性炭については,比 このような中で,EDLCの電極に使用されている活性炭に 表面積,細孔容積,Boehm法 7)に基づいた表面官能基濃度, 対しては,蓄電デバイスとしての高容量化の他に,より高い 平均粒子径を測定した。 入出力特性および信頼性が求められている。電極用活性炭に 2.2 は,椰子殻炭あるいは樹脂炭を原料とした水蒸気賦活炭,樹 脂炭あるいはコークスを原料としたアルカリ賦活炭が使用さ れている。アルカリ賦活炭は水蒸気賦活炭と比較して高容量 が得られるが,出力,信頼性に課題が有るとされている。 電極作製 バインダーとして四弗化エチレン樹脂(PTFE) (ダイキン 工業製M-390)およびカルボキシメチルセルロース(CMC) (ダイセル化学工業製DN-10L) ,導電助剤としてアセチレンブ ラック(AB) (電気化学工業製HS100)を用い,水を溶媒と 日立化成は,高容量と入出力特性,信頼性を両立するアル して活性炭とともに混錬し,スラリーを作製した。組成は活 カリ賦活炭の開発を目的とし,当社の基盤技術である樹脂合 性炭/AB/PTFE/CMC=100/10/5/4(重量比)とした。スラリー 成技術および炭素技術を元に検討を進めている。 はアルミエッチング箔(厚さ20 µm)に電極厚70 µmになるよ 本研究では,フェノール樹脂を前駆体として用いた原料炭 うに塗布,乾燥,プレスし,φ16 mmに打ち抜いて電極を作 素種,活性炭の細孔構造および粒子径とEDLCの低温出力お 製した。 よび信頼性との関係について検討した結果を報告する。 2.3 セル作製 電極を真空乾燥(150℃,3 h)した後,電解液(1.4 M TEMABF4/PC)を真空含浸し,次いでコインセルを用いてセ ルを作製した。セパレータにはセルロース系セパレータ(ニ * 当社 先端材料開発研究所 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 13 ッポン高度紙工業製 TF40)を使用した。 2.4 評価 100 初期特性として,25℃での容量,出力の目安として放電時 90 直流内部抵抗(DCR)を−30℃で測定した。充電は定電流/定 80 電圧(3 mA/cm2,2.5 V,2 h) ,放電は定電流(3 mA/cm2,0 70 抵抗(Ω) V)とした。容量は2.13 Vから1.63 Vの電圧差と時間差より算 出した。セルの直流抵抗(DCR)は放電後10∼40秒の曲線か ら近似一次式を算出,その切片と初期電位との差(∆V)より バルク抵抗(R1) 電荷移動抵抗(R2) 拡散抵抗(R3) 60 50 40 算出した。高温・高電圧印加試験(60℃,2.7 V,160 h)後, 30 容量およびDCRを測定し,これらの変化率を信頼性の目安と 20 した。 10 充電状態における交流インピーダンス測定を行った。測定 0 0.5 は充電状態(2.5 V) ,−30℃,測定周波数範囲0.1∼10,000 Hz 0.6 で実施した。得られた結果(Cole-Coleプロット:図1)から 0.7 0.8 0.9 1 1.1 1.2 細孔容積(ml・g−1) 抵抗成分(R1:バルク抵抗,R2:電荷移動抵抗,R3:イオ 図2 抵抗成分(−30℃)と細孔容積との関係 ン拡散抵抗)を分離した。 細孔容積の増加ととも に拡散抵抗は減少した。 Fig. 2 Relationship between pore volume and resistance The diffusion resistance decreased with an increase in pore volume. 20 18 細孔容積0.9 ml/g以上の活性炭を用いたセルについて,高 16 R1 −Z” (Ω) 14 R2 温・高電圧印加試験を実施し,容量および抵抗の変化を測定 R3 した。いずれのセルにおいても,容量は試験前と比較して減 少したが,その減少率は約11%であり,細孔容量の違いによ 12 る明らかな差異は認められなかった。 10 図3に高温・高電圧印加試験後の交流インピーダンス測定 8 結果を細孔容積との関係として示す。R1およびR2は試験前と 比較していずれも増加したが,これらの値は約5 Ωであり, 6 細孔容量の違いによる明らかな差異は認められなかった。R3 4 に関し,試験前を100%とした値を図中に付記した。細孔容 2 積の増加とともにR3の増加率は減少する傾向が認められた。 0 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 Z’ (Ω) 図1 Cole-Cole プロット(−30℃)および抵抗成分の分離 R1:バルク抵抗、R2:電荷移動抵抗、R3:拡散抵抗 50 Fig. 1 45 バルク抵抗(R1) Cole-Cole plot (−30℃) and separation of resistance. R1: bulk resistance; R2: charge transfer resistance; R3: diffusion resistance 〔3〕 実験結果 3.1 活性炭細孔構造の効果 原料炭素(A)を用い,賦活におけるKOH添加量を変え, 抵抗(−30℃) (Ω) 40 電荷移動抵抗(R2) 171% 拡散抵抗(R3) 35 155% 30 25 111% 122% 20 15 比表面積1,600∼2,400 m2/gの活性炭を作製した。活性炭の粒 10 子径は約6 µmに固定した。表面官能基濃度はキャパシタの信 頼性に影響を及ぼすことが報告されている 8)。本研究では, 5 これを考慮して約0.4 mmol/gと一定にした。得られた活性炭 0 0.92 の容量は,比表面積1,600∼2,000 m2/gでは比表面積の増加と 0.94 0.96 ともに35F/gから41F/gに増加し,2,000 m /g以上では約41F/g にほぼ一定となった。 図2に交流インピーダンス測定結果を細孔容積との関係と 0.98 1 1.02 1.04 1.06 1.08 1.1 細孔容積(ml・g) 2 図3 高温・高電圧印加試験後の抵抗成分(−30℃)と細孔容積との 関係 高温・高電圧印加による拡散抵抗(R3)の増加率は細孔容積の増加と して示す。細孔容積0.9 ml/g以上において,拡散抵抗(R3) 共に減少する傾向がある。 は細孔容積の増加とともに直線的に減少した。細孔容積が0.9 Fig. 3 ml/g以下の場合,R3は著しく大きくなった。 high voltage impression tends to decrease with an increase in pore volume. 14 The increase in diffusion resistance (R3) due to high temperature and 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 3.2 表1 原料炭素材の活性炭物性およびEDLC特性に対する効果 原料炭 粒子径の効果 フェノール樹脂Aを前駆体とした原料炭素の粒子径を3∼9 µmとし,賦活条件を固定して粒子径の異なる4種の活性炭を 作製した。表面官能基濃度は約0.4 mmol/gと一定にした。比 表面積および細孔容積は,粒子径3.6 µmの場合2,360 m 2/g, 素材は活性炭物性およびEDLCの特性に影響を及ぼす。 Table 1 Effects of raw carbon materials on properties of activated carbon and EDLC The raw carbon material affects the activated carbon properties and characteristics of the EDLC. 1.07 ml/g,粒子径9.3 µmの場合,2,290 m2/g,1.01 ml/gであり, 粒子径増加とともに減少する傾向が認められた。25℃での容 量はいずれの場合も約41F/gとほぼ一定であった。 各セルについて,高温・高電圧印加試験を行った。いずれ のセルにおいても容量は試験前と比較して減少したが,その C 2,370 1.03 0.930 1.02 0.43 0.60 0.48 平均粒子径(µm) 4.4 5.5 4.4 容量(25℃) (F/g) 40.8 44.4 41.6 DCR(−30℃) (Ω) 27 316 43 高温・高電圧 容量(25℃) (F/g) 35.7 29.7 32.7 印加試験後 DCR(−30℃) (Ω) 40 N.D 119 容量(%) 87 67 80 DCR(%) 148 N.D 277 する傾向が認められ,粒子径3.6 µmでは粒子径6.2 µmの約1/3 抵抗の低下が加わることが分かった。 B 2,210 細孔容積(ml/g) ともに減少した。R2は粒子径6 µm以下で粒子径とともに減少 を引き起こすが,粒子径を非常に小さくした場合,電荷移動 A 2,330 表面官能基濃度(mmol/g) 図4に交流インピーダンス測定結果を示す。R3は粒子径と となった。活性炭の小粒子径化は,主として拡散抵抗の減少 原料炭素材 比表面積(m2/g) 初 期 変化率 減少率は約11%であり,活性炭粒子径による明確な差異は認 められなかった。 図4に高温・高電圧印加試験後の交流インピーダンス測定 結果を粒子径との関係として示す。R 3 に関し,試験前を 0.4 mmol/gとほぼ一定である。細孔容積はB⇒C⇒Aの順に大 100%とした値を図中に付記した。粒子径の減少とともにR3 きくなり,比表面積が等しくてもその細孔構造に違いが認め の増加率は減少する傾向が認められた。R2については試験後 られた。これらの活性炭における細孔容積に違いは,3.1に示 に増加するが,試験前に見られた粒子径6 µm以下で小さい, した活性炭の範囲内にある。 表1に容量およびDCRを示す。容量は炭素材Bを用いた場 という傾向は維持された。 合に大きく,A,Cの場合はいずれも約41 F/gであった。DCR はB⇒C⇒Aの順に減少した。BとCの間でのDCRの差が著しく 大きいことが分かる。図5に各セルのCole-Coleプロットを, 35 図6に各抵抗成分を分離した結果を示す。Bを用いた場合, 初期バルク抵抗(R1) 163% 初期拡散抵抗(R3) 抵抗成分の分離ができなかった。Bは拡散抵抗がきわめて大 試験後バルク抵抗(R1) 25 きいと考えられる。R3はC>Aであり,これらの材料間の細 試験後電荷移動抵抗(R2) 孔構造の違い(表1)を反映していると考えられる。R2は 試験後拡散抵抗(R3) 20 C>Aであった。 139% 15 138% 10 128% 5 0 0 2 4 6 8 30 10 粒子径(µm) 25 −Z” (Ω) 図4 抵抗成分(−30℃)と粒子径との関係 %:試験前の拡散抵抗を100%とした時の値 高温・高電圧印加による拡散抵抗(R3)の増加は粒子径の減少によって抑制 される傾向がある。 Fig. 4 250 35 −Z” (Ω) 抵抗(−30℃)(Ω) 他の活性炭と比較してプロット形状が大きく異なり(図5) , 初期電荷移動抵抗(R2) 30 200 150 100 50 0 0 50 100 150 200 250 原料炭素材A Z’(Ω) 原料炭素材B 20 原料炭素材C 15 The increase in diffusion resistance (R3) due to high temperature and high voltage impression tends to be controlled with a decrease in particle 10 diameter. 5 3.3 0 原料炭素の効果 0 活性炭の原料炭素の効果を検討するため,フェノール樹脂 5 10 15 20 25 30 35 Z’(Ω) 種およびその炭化条件を変えて炭素材(B,C)を作製した。 得られた炭素材を粉砕,比表面積2,300 m2/gを目標にKOH添 図5 Cole-coleプロット(−30℃)に対する原料炭素材の効果 加量を調整して賦活処理を行い,活性炭を作製した。作製し 炭素材Bを用いた場合、プロットの形状が大きく異なる。 た活性炭の物性値を表1に示す。粒子径は約5 µmとした。比 Fig. 5 表面積および表面官能基濃度は,Bを除き,約2,300 m2/g,約 differs greatly. 原料 When raw carbon material B is used, the shape of the Cole-Cole plot 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 15 〔4〕 結 言 40 初期バルク抵抗(R1) 35 初期電荷移動抵抗(R2) 175% 初期拡散抵抗(R3) 抵抗(−30℃) (Ω) 30 374% 25 試験後バルク抵抗(R1) 炭素,細孔構造,粒子径と低温出力,高温・高電圧印加時の 試験後電荷移動抵抗(R2) 容量および抵抗の変化との関係を調査し,以下の結果を得 試験後拡散抵抗(R3) た。 (1)活性炭の細孔容積の増加,粒子径の減少とともに拡散抵 20 抗が減少し,低抵抗化した。また,これらは高温・高電圧印 15 加後の拡散抵抗の増加を抑制する効果も有することが分かっ 138% た。 10 (2)原料炭素は高温・高電圧印加によって生じる電荷移動抵 110% 5 抗の増加率に大きく寄与することが分かった。電極用活性炭 0 0 C の高信頼性化には,原料炭素の選択が重要である。 A 原料炭素材 参考文献 図6 抵抗成分(−30℃)に対する原料炭素材の効果 %:高温・高電圧印加試験前を100%とした時の試験後の値 原料炭素材は高温・高電圧印加による電荷移動抵抗(R2)の増加に対して大 1)高薄:自動車用電気二重層キャパシタとリチウムイオン二次電池 の高エネルギー密度化・高出力技術,技術情報協会,pp.35-66 (2005) 2)西野,直井:電気化学キャパシタの開発と応用Ⅱ,シーエムシー きな効果を及ぼす。 Fig. 6 高容量,高出力,高信頼性を有するEDLC電極用アルカリ 賦活炭の開発を目的とし,フェノール樹脂を原料とする原料 The raw carbon material has significant effect on the increase in 出版,pp.129-177(2003) charge transfer resistance (R2) due to the high temperature and high voltage 3)日経ものづくり3月号,pp.56-59(2007) impression. 4)日経エレクトロニクス10月22日号,pp.56-77(2007) 5)日経エコロジー4月号,pp.66-67(2008) 6)日径ものづくり3月号,pp.36-41(2008) 図6に高温・高電圧印加試験後の交流インピーダンス測定 結果を示す。図にはR2およびR3に関し,試験前を100%とし た値を付記した。CにおいてR2の増加率が374%と著しく大き 7)H. P. Boehm, Advan. Catalysis, 16, 174(1966) 8)田村ほか:電子とイオンの機能化学シリーズvol.2 く,高電圧印加試験後の全抵抗の40%を占めるまでに増加し た。 原料炭素Bを用いた場合の大きなDCR,原料炭素Cを用いた 場合の高温・高電圧印加試験後における大きな電荷移動抵抗 の増加は,活性炭の細孔構造(3.1) ,粒子径(3.2)を変えた 場合には観察されなかったものである。これらの結果は,高 出力,高信頼性を実現する上で原料炭素の選択が極めて重要 であることを示唆している。 16 大容量電気二 重層キャパシタの最前線,エヌ・ティー・エス,p.39(2002) 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) U.D.C. 678.632.027.002:539.375.6:677.017.8:621.385.833.28.038.8 耐しゅう動摩耗性フェノール樹脂成形材料 Wear-resistant Phenol-resin Composite 彼谷美千子* Michiko Kaya *** 木村直行 小田寛人** Hiroto Oda Naoyuki Kimura CO2削減の社会的要求を満たすために,高効率・省エネルギーに資する軽量・高強 度で耐摩耗性に優れる樹脂材料のニーズが高まっている。われわれは当社の優れた耐 熱性を有するフェノール樹脂に,潤滑性と表面付着性に優れる複数の添加物を加える ことで,耐熱性・耐しゅう動摩耗性に優れた成形材料を開発した。開発材は,硬質の 鋼材や軟質のアルミニウム合金材に対して潤滑剤なしで優れた耐摩耗性と限界PV値 を示す。また,摩耗面の調査の結果,開発材の耐摩耗性は,摩耗粉が滑り性のよい被 膜を摩耗表面に形成することにより発現することが確認された。 Wear-resistant polymer-based composites that have excellent mechanical properties have been increasingly required to satisfy the social needs of CO2 reduction. We developed a wear-resistant composite composed of heat-resistant phenol resin and various kinds of filler that is effective for the lubrication and protection of worn surfaces. The developed material showed an excellent limiting pressure velocity (PV) value, and the wearresistance slid against many kinds of metal such as aluminum alloy and steel. To clarify the wear-resistant mechanism, tribological measurements and observation of worn surfaces were carried out. As a result, we confirmed that the wear powder had formed a smooth wearresistant film on the worn surface. 〔1〕 緒 言 29.4 N CO 2削減,環境負荷低減の社会的要求を満たすために,高 ステータ:樹脂成形材料 効率・省エネルギーに資する軽量,高強度で耐摩耗性に優れ る成形材料のニーズがますます大きくなっている 。しかし 1-3) ながら,現在の自動車や産業機械等に使用されているナイロ ローター:相手材(金属材料) ンなどの熱可塑性樹脂成形材料は,摩擦熱による樹脂部の溶 融とそれに伴う強度低下,焼付きなどの課題があり4-6),高温 下や無潤滑などの厳しい条件下での使用が困難であった。一 図1 しゅう動摩耗試験の概略図 Fig. 1 Schematic diagram of the sliding-wear test 方,フェノール樹脂のような熱硬化性樹脂成形材料では,強 度低下や焼付きはおこりにくい。しかし,強度向上のために 添加されているガラス繊維などのフィラーが相手材を攻撃す しゅう動試験の概略を図1に示す。各種樹脂成形材で作製 るため,耐摩耗性が低下するという課題がある。このため, したステータ(試験片)を回転するローター(相手金属材: 成形材料の高強度化や耐摩耗性向上には限界があった。 圧延鋼,ステンレス鋼,アルミ合金,径:18 mm,幅:10 mm) そこでわれわれは耐熱性に優れるフェノール樹脂に潤滑性 に圧着し,しゅう動後の摩耗体積量を調べた。しゅう動条件 と表面付着性に優れる複数の添加物を加えることで,強度, は,荷重29.4 N,しゅう動速度0.05 m/s,室温,ドライ雰囲気 耐摩耗性に優れる耐しゅう動摩耗性フェノール樹脂成形材料 の開発を試みた。本報では,この開発経緯について述べる。 (1)で使用したしゅう動摩耗試験後のステータ摩耗面を 〔2〕 実験方法 2.1 表面形状測定顕微鏡(レーザー顕微鏡)(KEYENCE社製, 試料 VK-8500)および走査型電子顕微鏡(SEM) (PHYLIPS社製, 母材には当社ノボラック型フェノール樹脂を用いた。強度 や潤滑性を付与するフィラーおよび各種添加剤を樹脂と混練 後,混練物をペレット化し射出成形または圧縮成形を行い, 試験片を作製した。 2.2 評価方法 (1)しゅう動摩耗試験 下で10時間である。 (2)摩耗面観察 ESEM XL30)を用いて観察した。 (3)カーボンレプリカ法による摩耗面観察 (1)のしゅう動摩耗試験後のステータを使用し,摩耗最 表面のカーボンレプリカを調製した7-9)。観察には透過型電子 顕微鏡(日立製作所社製,H-9000NAR)を用いた。 (4)すべり摩耗試験(限界PV値測定) * 当社 先端材料開発研究所 **当社 電気機能材料部門 ***当社 電気機能材料部門(日立化成コーテッドサンド株式会社所属) 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 17 回転動型摩擦摩耗試験機(高千穂精機社製,ⅢT2000摩耗粉(研磨材) 5000N)を用いて,相手材ステンレス鋼(SUS304)に対する 限界PV値を測定した。ドライ雰囲気での測定は,初期荷重 材 手 相 100 Nで10 min毎に荷重100Nずつ追加し,しゅう動速度0.5 高硬度フィラー m/sの条件で行った。オイル雰囲気での測定は,エンジンオ イルSLグレードを使用し,初期荷重2000 Nで10分毎に荷重 高強度フィラー 従来材 摩耗粉(研磨材) 250 Nずつ追加して行った。 (5)機械的強度 摩耗 曲げ強さ,曲げ弾性率,シャルピー衝撃強さはJIS K 6911 摩耗粉発生 に準拠し測定した。 (6)オイル浸漬試験 研磨材として作用 加圧容器にATFおよび試験片を投入し,この加圧容器を 図2 従来材の摩耗過程 165℃の恒温槽で加温した。一定時間経過後にサンプリング 粉が研磨材として働く。 し,曲げ強度の測定を行った。 Fig. 2 〔3〕 耐摩耗性フェノール樹脂成形材料の開発 3.1 高硬度および高強度フィラーから発生した摩耗 Schematic diagram of the wear process of current phenol-based composite The yielded abrasive powder accelerates the surface wear of the composite. 耐摩耗性向上の予備検討 耐摩耗性向上には,①成形材料自体の硬度・高強度化,② 摩耗粉 潤滑性物質の添加,③表面コーティングなどのさまざまな手 法があり,このような手法をいくつか組み合わせたものが主 相 流となっている。そこで予備検討として高硬度・高強度化の 手 材 ためにフィラーとしてガラス繊維やシリカ粒子を添加した従 来の成形品ならびに潤滑性物質を添加した成形品を作製し耐 開発材 摩耗粉 摩耗性を評価した。模式図(図2)に示すように,従来の成 摩耗 形品では,一旦摩耗が始まると高硬度フィラーから発生した 摩耗粉が研磨剤として働きさらに摩耗を加速するため,その 摩耗粉発生 摩耗進行抑制 耐摩耗性は低かった。また潤滑性物質を添加した従来の成形 耐摩耗材として作用 (潤滑/コーティング機能) 品では,耐摩耗性の改善がみられるものの前述の摩耗粉の弊 害を完全には抑えることができないうえ,多量に添加した場 合には,材料製造時の作業性悪化,強度低下などの新たな弊 図3 開発材の設計方針 害が生じた。 Fig. 3 そこで,本研究では図3に示すように,研磨作用を示さな い摩耗粉が表面に残存し,自発的に潤滑作用を示すコーティ 初期に発生する摩耗粉が耐摩耗材として働く。 Schematic diagram of the wear process of the developed phenol- based composite The yielded abrasive powder attaches to and protects the surface of the composite. ング膜を形成するようにすれば,摩耗粉が新たな摩耗粉を発 生させる連鎖を断ち切れると考え,付着性を考慮した添加フ ィラーの検討を行った。 の低さをもたらしていることを示唆している。無機フィラー 3.2 を添加したものは従来材ほどではないが,表面が粗く耐摩耗 添加フィラーの選択および耐摩耗メカニズム 摩耗粉が必要量発生し,表面に付着するようにへき開性, 性は大きく向上しない。樹脂のみの場合の摩耗面でも,表面 硬度,潤滑性,強度の異なる種々のフィラーを添加した成形 が深く粗く削られており,成形品の硬度の低さが低摩耗性の 品を作製し,耐摩耗性および摩耗面の観察を行った。従来材 要因であると推定できる。一方,付着性炭素材(フェノール を中心とした各種成形品の観察結果を図4(a)に示す。ガ 樹脂や無機物質の表面に付着しやすい炭素材)を添加した場 ラス繊維やシリカなどの高硬度フィラーを含む従来材の摩耗 合には,他の成形品よりも粗さが低減されており,耐摩耗効 面は表面が粗く,フィラーが研磨剤として作用して耐摩耗性 果が最も大きいことと符合する。そこで,炭素材の付着のし ガラス繊維/シリカ (従来材) 樹脂のみ 無機物質 付着性炭素材 付着性炭素材/無機物質 (プロトタイプ配合材) 付着した摩耗粉 220 µm 300 µm 31.99 µm 18.10 µm 13.90 µm 14.26 µm 18.60 µm 50 µm (b) (a) 図4 (a)各種成形品の摩耗面レーザー顕微鏡3Dイメージ(b)プロトタイプ配合材の摩耗面レーザー顕微鏡3Dイメージおよび電子顕微鏡写真 付着性炭素材と無機物質を併用したプロトタイプ配合材の摩耗面だけが,平坦で付着物が観察される。 Fig. 4 (a) Laser-microscopic 3D-images of worn surfaces of composite materials (b) Laser-microscopic 3D-image and SEM image of worn surface of prototype material The prototype material has a flat surface with attached powder. 18 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) やすさと耐摩耗効果について調べたところ,付着のしやすさ 従来材 と耐摩耗性に相関があった。しかし,付着性炭素材のみでは, プロトタイプ配合材 摩耗面に若干の凹凸が観察され,表面の硬度不足を暗示して 基材部分 (白色部分) いた。これらの検討結果をもとに,われわれは,付着性炭素 材と相性に優れ,かつ,付着性炭素材の硬度維持と摩耗粉発 摩耗粉(被膜) (黒色・灰色 部分すべて) 生を促す無機物質を探索した。得られた無機物質を付着性炭 素材と併用した結果,耐摩耗性に優れたプロトタイプの配合 材を得た。プロトタイプの配合材の表面観察結果を図4(b) に示す。凹凸はほとんどなく,表面に摩耗粉が広範囲に渡っ 基材部分 (白色部分) て付着している様子を観察した。 次に摩耗最表面がどのように摩耗粉に覆われているかを調 摩耗粉 (黒色部分) べるために,カーボンレプリカ法を用いてTEM観察を行った。 2 µm 2 µm 結果を図5に示す。レプリカ像の黒色部分は最表面に存在す る摩耗粉を示し,白色部分は基材部分を示す。従来材では, 図5 従来材およびプロトタイプ配合材の摩擦表面のカーボンレプリ カTEM像 プロトタイプ配合材の摩耗面には,摩耗粉により形成したと推測 摩耗最表面には添加したフィラーが破砕して発生した鋭利な 形状の摩耗粉が散在しているが,プロトタイプの配合材の場 される被膜が観察された。 合には,摩耗粉が摩耗表面を薄く一様に覆っていた。 Fig. 5 ラマン分光測定の結果,この摩耗粉に覆われた表面はグラ TEM micrographs of carbon replica films of the worn surfaces. With the prototype material, a thin film of the worn powder is observed on the ファイトを含有していた。この結果から,プロトタイプの配 wearing surface, whereas with the current material, the observed material on 合材の優れた耐摩耗性は,摩耗面に付着する摩耗粉が潤滑性 the surface is powder-like. に富む被膜(グラファイトを含む被膜)を形成することによ り発現している,と推定した。この被膜は摩耗過程で自発的 〔4〕 開発材の特性 に形成されるため特殊な処理を必要とせず,かつ,常時再生 されるために,高い信頼性を持っている。プロトタイプの配 開発材並びに熱可塑系しゅう動材について,圧延鋼,ステ 合材をベースに特性バランスや成形性を最適化して,新規の ンレス鋼,アルミ合金を相手材としたしゅう動摩耗試験を行 耐しゅう動摩耗性成形材料を開発した。 った結果を図6および図7に示す。図に示すように,熱可塑 系しゅう動材と比べて,開発材はいずれの相手材に対しても 図6 開発材および熱可塑樹脂成形材料の圧延鋼 (SS400)およびステンレス鋼(SUS304)に対する 摩耗量 開発材は,ロータ材質が圧延鋼の場合にはPPS 0.01 0 0 /G う 高 M PP ゅ し S/ PP F4 0 F4 材 G 発 材 開 来 従 /G 動 0 ローター摩耗量(mm3) 0.02 0.5 PP 高 0.03 0 ステータ摩耗量(mm3) 0.04 1 PO PO level as it is for thermoplastic-resin composite materials. 0.05 ローター材質 SUS304 M The worn volume of the developed material is the same 1.5 F4 0 発 PP SS400 and SUS304 開 来 Worn volume of composite materials slid against ローター摩耗量(mm3) 0 動 0 従 Fig. 6 0.5 材 PP/GF40(ガラス繊維40wt.%含有PP樹脂成形材料) 0.05 う POM高しゅう動(POM樹脂高しゅう動グレード品) 0.1 1 ゅ 含有PPS樹脂成形材料) 1.5 F4 熱可塑系樹脂成形材料:PPS/GF40(ガラス繊維40wt.% 0.15 G 耐摩耗性を有する。 0.2 ローター材質 SS400 2 し ステンレス鋼の場合にはPOM樹脂成形材料と同レベルの 2.5 材 樹脂成形材料と同レベルの耐摩耗性を有し,ロータ材質が S/ ステータ摩耗量(mm3) 熱可塑系樹脂 成形材料 30 6 20 4 10 2 0 高 し 0 F4 /G ゅ う G S/ PO M PP 0 F4 材 開 発 材 来 動 0 ローター摩耗量(mm3) 8 従 F4 /G PO M 図7 開発材および熱可塑樹脂成形材料のアルミ合金(A2017,A5052,A6063)に対する摩耗量 40 ローター材質 A6063 0 ステータ摩耗量(mm3) 10 PP PP PP う 動 し ゅ 来 材 0 F4 ローター摩耗量(mm3) 0 0 従 し 5 PO M 高 /G う ゅ G S/ PP 0 F4 材 発 PP 開 来 従 10 2 高 0 15 0 0 4 F4 5 動 2 20 G 10 25 6 S/ 15 4 30 8 材 20 6 35 ローター材質 A5052 発 8 10 開 25 ローター摩耗量(mm3) 30 ローター材質 A2017 ステータ摩耗量(mm3) 10 材 ステータ摩耗量(mm3) 熱可塑系樹脂 成形材料 開発材は,POM樹脂成形材料と同レベルの耐摩耗性 を有する。 Fig. 7 Worn volume of composite materials slid against alloy aluminum The worn volume of the developed material is the same level as for POM composite materials. 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 19 優れた耐摩耗性を有していることが明らかである。前項で述 表1 開発材の代表的機械特性 開発材は,摩耗量が少なく,機械的強度 べたように,開発材は,発生した摩耗粉で潤滑性被膜を形成 も良好なレベルである。 している。したがって,開発材の摩耗は,成形材と相手材と Table 1 の間ではなく,この潤滑性被膜同士間の現象と考えることが Typical mechanical properties of the developed material The developed material exhibits excellent mechanical properties that are on a par with the current material. できる。このため,開発材の摩耗特性は相手材の影響を受け 項 目 単 位 従来材 開発材 曲げ強さ MPa 180 161 曲げ弾性率 GPa 16 15 測定を行った。結果を図8に示す。限界PV値は,摩擦力が急 シャルピー衝撃強さ kJ/m2 5.0 4.6 激に増加し始める圧力と速度の積であり,数値が高いほど耐 線膨張係数 X10−5/℃ 2 繊維直行 4.8 繊維並行 2.8 比重 ー 1.83 1.71 にくいと推定している。 次に前述の材料について,自動車や産業機械の使用環境を 想定し,ドライおよびエンジンオイル雰囲気下で限界PV値 摩耗性に優れている。開発材はドライ雰囲気では10 MPa・ m/s以上と非常に高い値を示し,熱可塑系しゅう動材の4倍以 限界PV値(MPa・m/s) 20 熱可塑系樹脂 成形材料 ドライ オイル 上であった。またオイル中では15 MPa・m/s程度と熱可塑系 しゅう動材と同レベルを示した。したがって,開発材はドラ イおよびオイルいずれの雰囲気でも優れた耐摩耗性を有して 15 いることが明らかとなった。 開発材と従来材の機械特性等を表1に示す。開発材の曲げ 10 強度,曲げ弾性率やシャルピー衝撃強さは,実用上十分な値 を示している。また,開発材と熱可塑系しゅう動材の熱時 5 (165℃)オイル浸漬による曲げ強度の経時変化結果を図9に 示す。熱可塑系しゅう動材は,オイル浸漬600時間後には曲 げ強度がほぼ半減しているのに対して,開発材は初期値を維 0 0 F3 持していた。したがって,高温放置下でも,開発材の強度は PP PP S/ S/ C G PP F4 S 材 発 開 従 来 材 0 ほとんど低下しないことが分かった。 図8 ドライおよびオイル雰囲気のステンレス鋼(SUS304)に対す る限界PV値 開発材は,ドライおよびオイル中のいずれの場合も高い限界 PV値を示す。 可塑系しゅう動材と比べて優れた耐摩耗性や高温での安定性 熱可塑系樹脂成形材料:PPS(PPS樹脂のみ) を持っている。 PPS/CF30(炭素繊維30wt.%含有PPS樹脂成形材料) Fig. 8 このように開発材は,従来材に比べて良好な機械的強度と 非常に優れた耐しゅう動摩耗性を持っているほか,従来の熱 Limiting PV values of composite materials slid against SUS304 in dry or oily conditions. The developed material shows a very high limiting PV value for both conditions. 〔5〕 結 言 機械的強度および耐熱性が良好な耐しゅう動摩耗性フェノ ール樹脂成形材料を開発した。この開発材は,発生した摩耗 粉で摩耗最表面に潤滑性に富む被膜を形成されるため,優れ た耐摩耗性を示す。この開発材は,鋼材(SS400)からAl合 200 金までさまざまな相手材に対してグリースやオイルなどの潤 180 滑剤なしで使用可能である。また,金属材料よりも比重が小 さく,複雑な形状に射出成形可能であることから,金属材料 開発材 160 曲げ強さ(MPa) の代替やスーパーエンジニアリングプラスチック代替とし 140 て,今後,自動車などへの適用が期待される。 120 参考文献 100 1)堀内,ほか:トライボロジスト,37,6,489(1992) 80 ナイロン樹脂系 しゅう動材 60 40 2)木村,ほか:トライボロジーの解析と対策,テクノシステム(2003) 3)渡辺,ほか:高分子トライボマテリアル, 共立出版(1990) 4)新井,ほか:潤滑,22,9,593(1977) 5)和田,ほか:潤滑,22,9,589(1977) 20 6)友廣,ほか:潤滑,22,9,585(1977) 0 0 200 400 600 7)A. Igarashi, et al ; Polymer Journal, 37, 7 , 522 (2005) 8)A. Igarashi, et al ; Journal of Molecular Structure, 788, 238 (2006) 処理時間(hr) 9)甲本,ほか:高分子論文集,49,4,383(1992) 図9 ATF浸漬試験後の曲げ強さ 開発材は浸漬時間600時間まで初期強 度を維持する。 Fig. 9 Mechanical strength of composite materials after immersion in ATF oil The developed material maintains the initial value for up to 600 hrs of immersion. 20 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) U.D.C. 621.382.2.032.3:535.375:547-126:678.6:621.3.036.6/.8 塗布型有機EL素子用正孔注入/輸送層材料 Materials for Hole-injection-Transport Layers of Organic Light-emitting Diodes Fabricated by Wet Processes 星 陽介* Yosuke Hoshi 佐野彰洋** Akihiro Sano 舟生重昭* Shigeaki Funyuu 森下芳伊* Yoshii Morishita 今後の大面積有機ELアプリケーションのために,塗布型有機EL素子の高効率化, 長寿命化が求められている。有機EL素子の高性能化には積層化が有効であるが,塗 布型で積層化可能な材料はそれほど多くない。 われわれは,塗布型で積層化可能な正孔注入/輸送層材料として,末端に重合性置 換基を導入したオリゴマを分子設計した。オリゴマ合成方法,精製方法の改良により, 有機EL素子の効率,寿命改善が可能な材料を開発した。 Improvements in the efficiency and lifetime of organic light-emitting diodes (OLEDs) fabricated by wet processes are required for large area OLED applications. Using multilayered devices is an efficient way to improve OLEDs, but materials for wet processes are limited. We designed oligomers embedded with reactive substituents at the end of a chain for the hole-injection/transport layers. And we developed novel materials that improve the efficiencies and lifetimes of OLEDs by investigating synthetic and purification methods. 〔1〕 緒 言 有機EL素子は,自発光,高コントラスト,薄型軽量化可能 といった特徴を有しており,携帯電話などの小型ディスプレ イとしての製品化が行われている。現在,製品化されている 有機EL素子の多くは,発光層が蒸着法により成膜されている。 蒸着法は容易に多層化が可能なため,層によって機能分離を 図り,高効率化,長寿命化が達成されている。一方,インク ジェットや印刷といった塗布法による成膜は,サイズ依存性 陰極 電子注入層 電子輸送層 発光層 正孔輸送層 正孔注入層 陽極(ITO) 陰極 発光層 正孔注入層 陽極(ITO) 陰極 発光層 正孔輸送層 正孔注入層 陽極(ITO) 基板 基板 基板 (a)蒸着法 (b)従来の塗布法 (c)本研究 図1 有機EL素子の層構造の例 が小さいことから大画面化に有利とされるが,効率や寿命が 布法による多層化が可能となる。 劣ることが問題である1)。 Fig. 1 塗布法による有機EL素子の長寿命化には,蒸着法と同様に 多層化による機能分離が効果的と考えられる。しかし,塗布 本研究の正孔輸送層を用いることで,塗 Examples of OLED structures Multi-layered devices can be fabricated by wet processes using materials described in this study. 法により多層化を行おうとする場合,下層が溶解しない工夫 が必要となる。この点から,正孔注入層にはポリチオフェンポリスチレンスルホン酸(PEDOT-PSS) 2,3)の水分散液を, 発光層には芳香族ポリマーの有機溶媒溶液を用い,溶媒によ の3点が要求される。 ①耐溶剤性:塗布法により積層化するには,発光層の塗布 っ て 2 層 化 が 行 わ れ て き た ( 図 1 ( b ))。 ま た , 近 年 , 溶剤に対する耐性が必要である。一般的に,発光層は芳香族 PEDOT-PSS上にインターレイヤーと呼ばれる層を導入するこ 炭化水素系溶剤で塗布されるため,トルエンに浸漬しても溶 とで,寿命が向上することが報告されている4)。 解しないことを目標とした。 われわれは,塗布型有機EL素子用材料として,芳香族系共 ②正孔輸送性:駆動電圧を低減させるため,適度なイオン 役オリゴマ,ポリマーの開発を行ってきた。今回,オリゴマ 化ポテンシャル(Ip) ,高い正孔移動度が必要である。最適な へ重合性置換基を導入し,塗布法によって積層化が可能な, Ipは,正孔注入層や発光層によって異なると予想されるが, 正孔注入/輸送層用材料を開発したので報告する。 5.0∼5.5 eVを目標とした。 ③電子ブロック性:発光層から過剰の電子が漏れ出ないよ 〔2〕 開発方針と分子設計 2.1 うにするため,電子親和力(EA)が重要となる。EAは小さ 要求特性 いほど電子ブロック性が高くなり好ましいが,まずは2.2 eV 正孔輸送層としての適用を考えた場合,材料には主に以下 * ** 以下を目標とした。 当社 先端材料開発研究所 株式会社日立製作所 日立研究所 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 21 2.2 設計することで,実測でも高輝度化を実現した。シミュレー 耐溶剤性の付与方法 耐溶剤性の付与方法として,硬化系の導入を検討した。こ の際正孔輸送性を阻害しないよう,適切な硬化系の選択,導 入方法が重要である。いくつかの手法を試みた結果,正孔輸 送性,成膜性の観点から,末端に重合性置換基を付与したオ リゴマを選択した。重合性置換基を末端にのみ付与すること ションがキャリア注入性の予測に有効であることが判った。 〔3〕 オリゴマ合成方法と耐溶剤性 3.1 分子量制御と耐溶剤性 オリゴマの合成には,交互共重合体が合成できる鈴木カッ で,正孔輸送性を担う主鎖への影響を最小限にとどめること プリング反応を用いた(図4) 。2官能の共役ユニットモノマ が可能となる。一方,分子量が高いと架橋密度が低下し,耐 と正孔輸送ユニットモノマに加え,単官能の重合性置換基モ 溶剤性が低下すると予想されることから,オリゴマの分子量 ノマを併用することで,オリゴマ末端への重合性置換基導入 制御が重要である。また,正孔輸送ユニット,共役ユニット を行った。まず,重合性置換基モノマの仕込み比を変化させ を選択することで,IpやEA,溶解性を調整した(図2) 。 て分子量と耐溶剤性を検討した。 耐溶剤性の評価は,オリゴマと光開始剤の混合物からなる 薄膜をスピンコート法により作製し(膜厚110 nm) ,光およ 重合性置換基 正孔輸送ユニット 共役ユニット O O B B 図2 本オリゴマの分子設計概念図 Br 正孔輸送ユニット モノマ Molecular design of an oligomer. Crosslinkable substituents are attached at the end of the molecular chain. 2.3 Br 共役ユニット モノマ 分子鎖の末端にのみ重合性置換基を 付与している。 Fig. 2 + Br + O O 鈴木カップリング 重合性置換基 モノマ Pd触媒 P配位子 シミュレーションによる材料探索 材料開発の効率化を目的に,シミュレーションによる特性 予測を試みた。シミュレーションには,密度汎関数法に基づ く分子軌道法を用い,不要計算を予測,省略するアルゴリズ ムにより,精度を保ちながら高速化した 。まず,シミュレ 5) ーション精度の確認のため,モデルポリマーの実測値と比較 したところ(図3) ,Ip,EAの予測誤差は0.2eVであった。十 図4 オリゴマの合成方法 単官能の重合性置換基モノマを併用し,末端 に重合性置換基を導入した。 Fig. 4 Preparation of oligomers. Crosslinkable substituents are attached at the end of the chain by combined use of monofunctional crosslinkable monomers. 分な精度を有していること,数日で計算できることから,ス クリーニングに有効である。 また,図3(B)に正孔ポリマー改良例を示す(正孔輸送 ポリマー以外のデバイス構造は同一条件) 。正孔輸送,共役 20,000 100 ユニットを改良することで正孔注入性を保ち(Ip一定) ,電子 ブロック性が高いと期待される(EA予測値=小)ポリマーを 80 1.0 重量平均分子量 1.2 EA 2.0 初期輝度実測値 (任意単位) IpおよびEA (eV) 改良 1.0 3.0 4.0 シミュレーション Ip 5.0 0.8 0.6 従来 0.4 60 10,000 40 残膜率(%) 15,000 5,000 20 0.2 実測 6.0 a b c d 各種ポリマー (A) 0.0 2.8 2.4 2.0 差0.2eVで一致を示し,キャリア注入性の予測の有効性を確認した。 Fig. 3 小 重合性モノマ仕込み比 大 (B) 図3 (A)シミュレーションによるIp,EA予測値と実測値との比較, (B)ポリマー改良例 シミュレーションによるIp,EA予測値と実測値が誤 (A) Calculated Ip and EA in comparison to experimental results; (B) an 0 0 EA予測値(eV) 低 電子ブロック性 高 図5 重合性置換基モノマの仕込み比と重量平均分子量,残膜率の関 係 重合性置換基モノマの仕込み比によって分子量,残膜率を調整すること ができた。 Fig. 5 Relationships of ratios of crosslinkable monomers, weight average example of polymer improvement. molecular weight, and remaining ratios of films. Ip and EA estimated by simulation agreed with the experimental results within Weight average molecular weight and remaining ratios of films are controlled a 0.2eV margin of error. by the ratios of crosslinkable monomers. 22 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) び熱を印加することで重合性置換基を反応させ,トルエンへ 10秒間浸漬した際の残膜率により行った。図5に示すように, 3.4 正孔注入/輸送層用オリゴマの合成 前記合成,精製方法の改良を施し,正孔注入/輸送層用オ 重合性置換基モノマの仕込み比を増加させることで重量平均 リゴマの合成を行った。表3に,合成したオリゴマからなる 分子量が低下し,重量平均分子量を15,000以下とすることで 開発材の物性を示す。モノマ種を選択することで,Ipが異な ほぼ不溶化することができた。 るオリゴマを得ることができた。なお,EAは目標に及ばなか 3.2 ったため,シミュレーションを活用し,材料改良を行ってい 精製手法 鈴木カップリング反応では,触媒としてPPh3などの配位子 る。 を有するPd(0)触媒が用いられるが,生成物へPが混入しや すいことが指摘されている6,7)。また,Pd触媒からPdナノ粒 表3 オリゴマからなる開発材の特性 モノマ種の選択により,IPの異な 子が生成することも明らかにされている 8)。これらの不純物 るオリゴマを得た。 は有機EL素子の特性に悪影響を及ぼすと懸念されるため,精 Table 3 製方法を検討した。 Some oligomers with different Ip are prepared depending on the choice of まず,モデル化合物としてポリフルオレンを鈴木カップリ Properties of oligomers. monomer. ングにより合成し,種々の精製処理がPd, Pの残留量に及ぼす 影響について検討した。表1に示したように,スカベンジャ 重量平均分子量 残膜率(%) Ip(eV) EA(eV) 9.9 k >90 5.21 2.32 開発材A ーB処理により大幅にPd含有量が低減した。この処理は,Pd 開発材B 13 k >90 5.16 2.24 と配位力のある官能基で表面修飾された粒子をポリマー溶液 開発材C 8.4 k >90 5.45 2.31 と混合し,ろ過,再沈殿を行う簡便なものである。また,こ の処理を繰り返し行うことで,Pd含有量をさらに低減可能で あった。一方,P含有量はどの精製処理でもさほど低減でき ておらず,ポリマー骨格中へ取り込まれていることが示唆さ れた。 〔4〕 有機EL素子への適用 4.1 正孔輸送層としての適用例 正孔注入層にはPEDOT-PSSを用い,正孔輸送層として開発 材を適用した結果を図6に示す。なお,発光層には,黄緑色 表1 精製処理によるPd,P含有量変化 スカベンジャーB処理によりPd 蛍光高分子材料を,陰極にはBa/Alを用いた。電流効率,寿命 含有量を大きく下げることができる。 とも,開発材からなる正孔輸送層を導入することで大きく改 Table 1 善した。 PEDOT-PSSへの電子注入によりスルホン酸が解離し, Effects of purification methods on Pd and P content Pd content is lowered extensively by scavenger B. Pd含有量(ppm) なし これが劣化原因の一つであることが指摘されているが 9),開 P含有量(ppm) 1,100 1,200 再沈殿 800 900 シリカゲルカラム 860 790 スカベンジャーA 600 900 スカベンジャーB 50 900 発材からなる正孔輸送層がこれを抑制し,長寿命化したと考 えている。 8 3.3 重合触媒の最適化 Pの取り込みは触媒に用いるP配位子から行われるため,合 電流効率 6 1 PEDOT‐PSS +開発材A 相対輝度 精製方法 4 0.8 PEDOT-PSS +開発材A 0.6 成時に用いる配位子がP含有量に与える影響を検討した。結 2 果を表2に示す。一般的なPPh3配位子に比べ,立体障害や電 PEDOT‐PSSのみ PEDOT‐PSSのみ 子求引基を付与した場合にP含有量を低減することができた。 0 10 また,アルキルホスフィンを用いることでさらにP含有量は 1,000 100,000 輝度(cd/m2) 低減可能であった。この場合,分子量が低くなる傾向が見ら 0.4 0 10 20 30 40 駆動時間(h) れたが,合成対象がオリゴマであるため特に問題ではなく, 図6 開発材を正孔輸送層に適用した場合の(A)電流効率, (B)寿 命特性 PEDOT-PSS上に開発材からなる正孔輸送層を導入することで,高 本オリゴマの合成に適用可能である。 効率化,長寿命化できる。素子構造はITO/PEDOT-PSS/(開発材)/黄緑色蛍 光高分子材料/Ba/Alである。 表2 配位子が分子量,P含有量に与える影響 配位子を選択すること でP含有量を下げることが可能である。 Table 2 (A) Efficiencies and (B) lifetimes of OLEDs with an oligomer applied as a hole-transport layer. Efficiencies and lifetimes are improved by insertion of our new oligomer on Effect of ligand on molecular weight and P content PEDOT-PSS. Device structures are ITO/PEDOT-PSS/ (new oligomer) P content is lowered by the ligand selection. /yellowish-green polymer/Ba/Al. 配位子 Mw PPh3 82,400 1,060 127,600 270 立体障害付与アリールホスフィン Fig. 6 P含有量(ppm) 電子求引基付与アリールホスフィン 93,800 23 アルキルホスフィン 38,800 <20 4.2 燐光有機EL素子の正孔輸送層,正孔注入層への適用例 近年,有機EL素子の高効率化,長寿命化のために,燐光材 料の利用が一般化している。そこで,本オリゴマが燐光有機 EL素子にも適用可能か検討した。ここでは,モデル実験とし 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 23 て発光層以降は蒸着法により形成した。効率,寿命を図7に 示す。発光層が燐光材料であっても,正孔輸送層に本オリゴ 〔5〕 結 言 塗布型有機EL素子用正孔注入/輸送層材料への適用を目的 マを用いることで特性改善が可能であった。 また,PEDOT-PSSを使用せずに,ITO上に直接成膜し,正 に,重合性置換基を有するオリゴマを開発した。本材料は塗 孔注入層として適用したのが図7(c)である。本開発材を 布法による積層化が可能であり,有機EL素子,特に燐光有機 正孔注入層として使用することで,寿命を大きく改善できる EL素子の効率,寿命を改善することが可能である。さらなる ことが示された。 効率向上,寿命改善,駆動電圧の低減等の継続的な改良を施 し,大型有機ELアプリケーションへの適用をめざしていく。 <謝辞> 8 相対輝度 4 (b)PEDOT‐PSS +開発材A 2 1,000 学 城田靖彦教授に感謝いたします。 0.6 参考文献 0.4 1)大西敏博,月刊ディスプレイ,11,1(2005) (b)PEDOT‐PSS +開発材A 0.2 (a)PEDOT‐PSSのみ 0 10 立製作所材料研究所 荒谷介和氏,今西泰雄氏,福井工業大 (c) 開発材Aのみ 0.8 6 電流効率 本材料の開発にあたり,有益なご議論を頂いた株式会社日 1 (c) 開発材Aのみ 2)A. N. Aleshin S. R. Williams, J. Heeger, Synth. Met., 94, 173 (1998) (a)PEDOT‐PSSのみ 100,000 0 0 100 200 300 駆動時間(h) Display/IDW'01, 1427 (2001) 図7 開発材を正孔輸送層および正孔注入層に適用した場合の(A) 電流効率, (B)寿命特性 本開発材は正孔注入層としても適用可能であり, (a) ITO/PEDOT-PSS/CBP+Ir(piq)3/BAlq/Alq3/LiF/Al,(b) ITO/PEDOT- PSS/開 /CBP+Ir(piq) 3 /BAlq/Alq 3 /LiF/Al, (c) ITO/開 発 材 /CBP+ Ir(piq)3/BAlq/Alq3/LiF/Alである。 Fig. 7 佐野彰洋,数見秀之,森下芳伊,野村理行:有機EL発光ポリマー 回ポリマー材料フォーラム(2005)予稿集,p.240 6)F. E. Goodson, T. I. Wallow, B. M. Novak, J. Am. Chem. Soc., 119, 12441 (1997) (A) Efficiencies and (B) lifetimes of OLEDs with our new oligomer applied as hole-transport or hole-injection layers. 7)F. E. Goodson, T. I. Wallow, B. M. Novak, (a) ITO/PEDOT-PSS/CBP+Ir(piq) 3 /BAlq/Alq 3 / LiF/Al,(b) ITO/PEDOTPSS/(our oligomer)/CBP+Ir(piq) 3/BAlq/Alq 3/ LiF/Al, (c) ITO/ (our oligomer 8)F. C. Krebs, R. B. Nyberg, M. J_rgensen, Chem. Mater., 16, 1313 (2004) 9)関俊一,三矢将之,保刈宏文,宮下悟,有機EL討論会第一回例会 予稿集,S6-3(2005) 24 Macromolecules, 31, 2047 (1998) Our new oligomers are suitable for hole-injection layers. Device structures are )/CBP+ Ir(piq)3/BAlq/Alq3/LiF/Al. 5)K. Kobayashi, K. Tago, N. Kurita, Phys. Rev. A, 53, 1903 (1996), 系材料のシミュレーション技術の開発, (社)高分子学会主催第14 寿命改善に効果がある。素子構造は 材 Reynolds, Adv. Mater., 12, 481 (2000) 4)A. Elschner, F. Jonas, S. Kirchmeryer, K. Wussow, Proc. of Asia 輝度(cd/m2) 発 3)L. B. Groenendaal, F. Jonas, D. Freitag, H. Pielartzik, J. R. 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) U.D.C. 621.397.446.049.75:621.3.032.2:621.3.049.77:621.792.053 PWBとFPCの短時間接続異方導電フィルム アニソルムAC-9845RS Anisotropic Conductive Film for Connection of PWBs and FPCs in a Short Time: ANISOLM AC-9845RS 堀内 猛* Takeshi Horiuchi 柳川俊之* Toshiyuki Yanagawa 藤縄 貢* Tohru Fujinawa 本多智康* Tomoyasu Honda 薄型ディスプレイ(FPD: Flat Panel Display)は,情報化社会の進展に合わせ,情 報表示ツールとして欠かせないものになっており,パソコンやTV向けに生産量が急 増している。そのため,液晶ディスプレイ(LCD: Liquid Crystal Display)に用いられ る異方導電フィルム(アニソルム)の重要性が強まっている。さらに,LCDの生産性 を向上させるために,アニソルムの圧着を短時間にする要求がある。本報告では, PWB(Printed Wiring Board)とFPC(Flexible Printed Circuits)の電極接続材料であ る入力用アニソルムにおいて,新たに接着剤組成,粒子およびセパレータの最適化を 検討した。その結果,従来品に比べ,高接着力で短時間接続が可能な入力用アニソル ムAC-9845RSを開発し,販売開始した。 Accompanying the evolution of the “information society,” flat-panel displays (FPDs) have become an indispensable tool for information displays, and their prodction volume for personal computers and televisions is continuing to grow. As a result, the demand for anisotropic conductive film,called “ANISOLM”, for use in liquid crystal displays (LCDs) is getting stronger. Moreover, to improve productivity in regards to LCDs, it is necessary to shorten the time of the pressure-bonding procedure for ANISOLM. In this study, regarding ANISOLM for inputs, namely, an electrode-connection material for printed wiring boards (PWBs) and flexible printed circuits (FPCs), a new adhesive-agent composition was investigated, and the particles and separator in the agent were optimized. As a result of this study, a new type of ANISOLM for inputs called “AC9845RS” -which enables connection with high adhesive strength in a short time-was developed and launched onto the market. 〔1〕 緒 言 入力用異方導電フィルム(ACF:Anisotropic Conductive 出力用ACF Film)は,適正な量の導電粒子を分散したフィルム状接着剤 LCDパネル である。導電粒子は,数µmのニッケル粒子を用い,接着剤に, 熱硬化性樹脂と熱可塑性樹脂とのポリマブレンド系を用いて いる。図1に示すように,入力用ACFは,PWBとドライバー ゲ ー ト 入力用ACF TCP, COF ゲ ー ト ドライバーIC ICを搭載したFPCの電極接続材料として使用され,上下電極 PWB 同士を一括で加熱加圧することで,10秒以内に電気的接続と 機械的接着を同時に行うことができる 1∼4)。ドライバーICと FPCのパッケージ形態は,接着剤付き銅箔とポリイミドフィ ソース ソース ルムで作製されるTCP(Tape Carrier Package) ,めっき法に よる銅箔付きポリイミドフィルムで作製されるCOF(Chip on 図1 フルハイビジョンテレビ用LCDモジュールの実装構造例 Film)がある。最近では,高精細な配線が形成可能で,折り ACFはFPC(TCP,COF)とPWBの接続に用いられる。 曲げやすいCOFの採用が増加している。 Fig. 1 LCDの部品実装工程は図2に示すように,パネルを投入後, 入力用 Constructional example of LCD module for “full high-vision TV” ACF is used for connecting FPC (TCP and COF) and PWB. 各工程のタクトバランスを合わせながら,生産性の向上を図 っている。特に,ACFの本圧着工程は,LCD製造後の製品信 頼性に関わる重要な工程であるが,その圧着工程も短時間化 ながるため,短時間仮付け性の向上が求められている。 が必要とされている。またPWB上にACFを転写するACF仮付 本報告では,LCDの生産効率向上要求に対応し,従来品に け工程は,パネルが移動する本ラインとは別のラインで行わ 比べ,PWBとCOFの接着力が高く,短時間接続が可能である れているが,仮付け不良が発生すると,本ラインの停滞につ AC-9845RSについて述べる。 * 当社 電子材料事業部 ディスプレイ材料部門 開発部 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 25 50 破断強度(従来比) 出力用ACF仮付け部の パネル洗浄 パネルの流れ パネルへの 出力用ACF仮付け 出力側のアライメント および仮固定 40 従来熱硬化性樹脂 30 20 新規熱硬化性 樹脂 10 0 0 1 2 3 4 5 伸び(従来比) 出力側本圧着 PWBへの 入力用ACF仮付け 図4 従来樹脂と新規樹脂の硬化物比較 従来樹脂に比べ,硬化物が低弾 性率の新規熱硬化性樹脂を選択した。 入力側本圧着 Fig. 4 Comparison of cured compounds of conventional and new resins A new thermosetting resin with lower elastic modulus compared to a conventional resin was selected. 図2 LCDパネルへの部品実装工程例 各工程のタクトバランスを合わせ て,部品実装パネルが作製される。 Fig. 2 Example of mounting process for components of LCD panels 表1 接着剤硬化物の弾性率とCOF接着力 新規樹脂を用いた接着剤は, The tact times of each process are synchronized. 従来接着剤に比べ,硬化物が低弾性率のためCOF接着力が向上する。 Table 1 Elastic modulus of cured adhesive and adhesive strength to COF Compared to the conventional adhesive, the adhesive using the new resin has improved adhesive strength to COF because of the lower elastic modulus of cured resin. 〔2〕 COFに対する接着力の向上 TCPとCOFについて,電極間のスペース部表面形状を図3 項 目 単位 に示す。図3に示すように,COFのスペース部は,TCPに比べ, 平滑なポリイミド表面であり,ACFとの接着力が低くなる。 弾性率*1) 400 50℃ MPa 1,000 MPa 10 5 N/m 600 1,200 *1)180℃1時間の硬化物をサンプルとし,周波数10 Hz,昇温5℃/minの条件で動的粘 弾性を測定した。 *2)170℃−5秒圧着。90°ピール,引き剥がし速度50 mm/min。 電極 スペース部 新規接着剤 新規熱硬化性樹脂 150℃ COF接着力*2) 電極 従来接着剤 従来熱硬化性樹脂 スペース部 電極部とスペース部の山谷による表面粗さである圧痕によっ て判断される。TV用LCDでは,ソースPWBの電極ピッチは 50 µm 0.3 mm前後で,ゲートPWBは0.6 mm∼1 mmである。従来品 50 µm ×400 TCP ×400 COF は,電極ピッチの広いゲートPWBにおいて,190℃以上の高 温圧着時にフクレなどの圧痕不良が発生することがある。圧 痕不良品の断面を図5に示すように,フクレ部はCOFとACF 図3 TCPとCOFのスペース部表面形状比較 COFのスペース部表面形 状は,TCPに比べ平滑である。 Fig. 3 の界面で剥離していることが分かる。これは,電極間のスペ ース部が長くなると,圧着時に変形したポリイミドが,冷却 Comparison of surface forms of space part of TCP and COF The space-part surface form of the COF is smoother than that of the TCP. 時に元に戻ろうとする力(熱収縮)が強くなり,COFとACF の界面で剥離が発生する現象である。そのため,COF接着力 を高くし,さらに接着剤の靭性を向上させる必要があると考 2.1 接着剤の低弾性率化 えた。そこで,COF接着力の向上は新規熱硬化性樹脂で,接 COFへの接着力を向上させるためには,接着剤を低弾性率 着剤の靭性向上には新規熱可塑性樹脂を用いた接着剤の結果 化することが必要である 5)。そこで,接着剤組成物のうち, を表2に示す。表2に示すように,従来熱可塑性樹脂に比べ, 従来樹脂に比べ,低弾性硬化物である新規熱硬化性樹脂を検 破断強度が高く,高分子量の新規樹脂を用いることで, 討した(図4) 。新規熱硬化性樹脂を用いた接着剤硬化物の 200℃−5秒圧着の広幅ピッチでもフクレが発生しない新規接 弾性率およびCOF接着力と従来接着剤との比較を表1に示 着剤を開発した。 す。表1に示すように,新規樹脂を用いた接着剤は,従来接 着剤に比べ,低弾性率のためCOFに対する接着力が向上す る。 2.2 〔3〕 接続信頼性 圧着時間の短時間化に伴い,同じ到達温度にするには,圧 広幅ピッチの圧痕改善 着ヘッドの温度を高くしなければならない。例えば, ACFを用いて圧着接続する場合,出力側の外観判定は,ガ 200℃−5秒圧着時のヘッド温度は400℃を超えるため,ヘッ ラスパネルの透明電極越しに観察される粒子形態で判断され ドの材質およびクッション材の耐久性が問題になる。そこで, るが,入力側には適用できない。そのため,入力側の圧着後, ACF圧着温度の低温化が求められる。 26 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) ×30,000 フクレ部 ×15,000 電極 圧着外観 スペース 2 µm 5 µm 1 mm 2μm粒子 5μm粒子 COFとACFの界面剥離 図6 ニッケル粒子 COF 圧着断面 電極 Fig. 6 100 µm PWB 図5 圧痕不良のフクレ部外観と断面 ACF 入力用ACFの導電粒子としてニッケル粒子を用いて いる。 Nickel particles Nickel particles are used as conductors in ACF. 従来接着剤は,広幅ピッチの高温 1.0 Fig. 5 Appearance and cross section of blistered part (an indentation fault) In the case of a conventional adhesive, de-lamination at the interface of the COF and ACF can occur in high-temperature bonding for rough pitch PWB and COF. 接続抵抗(Ω) 圧着で,COFとACFの界面剥離が発生する場合がある。 表2 新規熱可塑性樹脂を用いた接着剤と従来品との比較 破断強度が 0.4 0.2 0 100 200 圧着時の広幅ピッチでの耐フクレ性が改善した。 Table 2 5μmニッケル粒子 0.6 0.0 高く,高分子量の熱可塑性樹脂を用いた接着剤は,従来接着剤に比べ,高温 2μmニッケル粒子 0.8 300 400 500 85℃/85%RH/時間(h) Comparison of adhesive using new thermoplastic resin with conventional adhesive 図7 ニッケル粒子径と接続信頼性 The adhesive agent using thermoplastic resin with high molecular weight and 用いることで,接続信頼性が向上する。 high breaking strength has improved resistance to de-lamination during high- Fig. 7 temperature pressure bonding for 1 mm pitch, compared to a conventional By using 5-µm nickel particles, the new adhesive agent connection reliability is adhesive agent. improved. 項 目 従来接着剤 新規接着剤 従来熱可塑性樹脂 新規熱可塑性樹脂 熱可塑性樹脂 破断強度 1.0 2.0 (従来比) 分子量 1.0 1.9 1mmピッチでの圧着外観 (200℃-5秒圧着) 新規接着剤は5 µmニッケル粒子を Connection reliability of nickel particles with two different diameters するのに対し,5 µmのニッケル粒子を用いることで,接続抵 抗が初期と変わらず,上昇しない。また5 µm粒子の採用で, 粒子密度が低下し,ファインピッチ対応が可能になる。 フクレあり フクレなし 3.2 低温短時間圧着 従来接着剤と新規接着剤の5秒圧着時の温度と反応率を図 8に,5秒圧着温度とCOF接着力を図9に示す。図8に示す 3.1 導電粒子径の最適化 硬化開始前に接着剤が溶融したときの粘度(最低溶融粘度) を表3に示す。表3に示すように,新規接着剤の最低溶融粘 度は,従来接着剤に比べ高い。これは,接着剤の特性向上に 100 伴い,高分子量の熱可塑性樹脂を選択したためであり,低温 短時間圧着では,上下電極間の樹脂排除性が低下すると考え ことにした。図6に示すニッケル粒子2 µmと5 µmを用いた新 規接着剤で,150℃−5秒圧着した場合の接続信頼性(85℃ /85%RH/500時間)結果を図7に示す。図7に示すように,2 反応率(%) た。そのため,この接着剤に合わせた導電粒子径を選択する 80 µm粒子を用いると,500時間後の接続抵抗が初期に比べ上昇 60 新規接着剤 従来接着剤 40 20 0 130 表3 新規接着剤と従来剤の最低溶融粘度 新規接着剤の最低溶融粘度 140 160 170 180 190 200 210 温度(℃) は,従来接着剤に比べ,高くなる。 Table 3 150 Minimum melting viscosity of new and conventional adhesive The minimum melting viscosity of the new adhesive is higher than that of the 図8 新規接着剤の5秒圧着温度と反応率 conventional one. が75%になり,従来接着剤と同等の反応性である。 項 目 従来接着剤 新規接着剤 最低溶融粘度(従来比) 1 3 Fig. 8 新規接着剤は150℃で反応率 Five-second bonding temperature and reaction rate of new adhesive The new adhesive has a reaction rate of 75% at 150℃, and exhibits the same reactivity as the conventional adhesive. 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 27 1,500 セパレータ剥離力(N/m) 30 COF接着力(N/m) 1,200 新規接着剤 従来接着剤 900 600 300 20 140 150 160 170 180 190 200 離型材 セパレータ 15 10 離型剤A 5 0 0 130 ACF ニッケル粒子 25 210 離型剤B 20 30 温度(℃) 図9 新規接着剤の5秒圧着温度とCOF接着力 新規接着剤は従来接着剤 図11 依存性がない。 Fig. 9 Fig. 11 Five-second bonding temperature and adhesive strength to COF of 50 60 セパレータ剥離温度と剥離力 に比べ,150℃の接着力が高い。 new adhesive 40 70 80 セパレータ剥離温度(℃) 離型剤Bはセパレータ剥離力の温度 Peeling temperature of separator and peeling strength Peeling strength of separator B shows no dependence on temperature. The new adhesive has higher adhesive strength at 150℃ than the conventional one. 表4 AC-9845RSの仕様 AC-9845RSは従来品に比べ,接着力が向上し, ように,新規接着剤は150℃の反応率が75%と従来品同等の 短時間圧着が可能である。 硬化性を示す。また図9に示すように,新規接着剤は150℃ Table 4 圧着でのCOF接着力が高いことから,低温短時間の圧着が可 Specification of AC-9845RS AC-9845RS improves adhesive strength and enables shorter bonding time than a conventional product. 能である。 項 目 〔4〕 短時間仮付け性の向上 導電粒子 量産機の仮付けの場合,仮付けヘッドが上昇してから1秒 単 位 AC-9051AR AC-9845RS 材質 − Ni Ni 粒径 µm 2 5 以内にセパレータを剥離する。仮付け条件70℃−1秒の温度 最小接続面積 µm 100,000 100,000 プロファイルを図10に示す。図10に示すように,仮付けが終 最小スペース µm 100 50 了した1秒後でも,ACF温度は50℃以上である。そこで,セ 仮付け条件 − 55-70degC/1MPa/1s 60-80degC/1∼2MPa/1s − 150∼180degC/2∼4MPa/5s 150∼200degC/2∼4MPa/5s パレータ剥離力の温度依存性を図11に示す。図11に示すよう 本圧着条件 に,離型剤Bは,離型剤Aに比べ,セパレータ剥離力の温度依 接着力 COF/TCP 存性がない。このため,離型剤Bのセパレータを採用するこ 接続抵抗 COF/TCP 絶縁抵抗 とで仮付け不良が低下すると考える。 セパレータ 剥離力 2 N/m 600/1,200 1,200/1,400 Ω 0.2/0.1 0.2/0.1 Ω 1012 1012 室温 N/m 11 10 55℃ N/m 25 10 80 ACF温度(℃) 70 〔6〕 結 言 60 入力用ACFとして短時間接続が可能なAC-9845RSの開発経 50 緯について報告した。AC-9845RSは販売開始後,世界の大手 40 LCDメーカで採用が進んでいる。LCDに代表されるFPD市場 は,今後ますます拡大する中で,低価格化も進行するため, 30 20 リジッドフレキ対応やコネクター代替などの他用途への展開 0 1 2 3 4 時間(s) 図10 仮付け条件70℃-1秒の温度プロファイル も必要になる。これらの分野では,従来の被着体に比べ,低 温化や高信頼性が要求されるため,ACF実装の今後の展開が 仮付け終了1秒後でも 期待される。 ACF温度は50℃以上ある。 Fig. 10 Temperature profile for tacking condition of 70℃ for 1 s 参考文献 1)山口,ほか:異方導電フィルム,サーキットテクノロジー,4362 ACF temperature is above 50℃ even 1 s after lamination. (1989) 2)塚越,ほか:鉛フリー接続技術,異方導電フィルム SHM会誌, 〔5〕 AC-9845RSの仕様 11(3) ,pp.25-29(1995) 低弾性率の熱硬化性樹脂,高分子量の熱可塑性樹脂を用い た新規接着剤に,ニッケル粒子径およびセパレータを最適化 したAC-9845RSの仕様を表4に示す。 28 3)I.Watanabe et al.:Anisotropic Conductive Films For Flat Panel Displays, 369, vol.2, IDW'96 (1996) 4)後藤:異方導電フィルム,日立評論,No.5,p.436(2007) 5)T.Fujinawa:2003ICEP Proceedings, p.376 (2003) 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) U.D.C. 621.382.049-415:621.798:621.791/.795 薄型パッケージ基板対応MCL-E-679GT Low-CTE Material MCL-E-679GT for Thin Package Substrate 森田高示* Koji Morita 高根沢伸* Shin Takanezawa ** 竹越正明 Masaaki Takekoshi 坂井和永*** Kazunaga Sakai 電子機器の薄型化および高機能化に伴い,半導体デバイスの3次元パッケージが注 目されている。しかしながら,このような多層実装を実現するための不可欠な技術, すなわち,パッケージ全体の厚さ増加を防ぐための手段,基材の薄型化技術はいまだ 十分には確立されておらず,はんだ実装時の反り発生やそれに伴う信頼性低下が問題 となっている。 そこで当社では,パッケージ実装に関するシミュレーション技術および低熱膨張率 と高弾性率を発現する樹脂システム技術を展開して,はんだ実装時の反り特性に優れ, 低熱膨張率の特性を有した薄型基板対応のMCL-E-679GTを開発した。MCL-E-679GT は,薄型化が進む本技術分野に貢献できる材料として期待されている。 Package substrates for semiconductor devices have had to adapt to higher densities and smaller mounting areas. Three-dimensional packages are promising devices to meet these requirements, although the necessity of a thinner core material is strongly increasing in order to reduce the total thickness. To obtain new material for the above-mentioned requirement, we have studied simulation technology on a package connection and resin system that involves a lower coefficient of thermal expansion and a higher modulus. As a result, we have developed a new base material called MCL-E-679GT, which is expected to contribute to the market for thin packages. 〔1〕 緒 言 接続不良 メモリ系パッケージ 電子機器の小型化や高機能化に伴い,半導体デバイスを搭 載した実装基板(以下,パッケージ基板と称す)の高密度化 ロジック系パッケージ が進んでいる。パッケージ基板では,電子機器の小型化や高 マザーボード 機能化にしたがって配線ピッチの狭小化や微細化を行ってき たが,高密度化には限界が生じてきている。また,電子部品 の増加により,部品を実装する面積の確保も重要となってき 図1 PoP型パッケージの反り現象 ている。このような背景から,複数のチップを1つのパッケ いと,マザーボードおよびメモリ系パッケージに接続不良が発生する。 ージに集約して多機能化や実装面積の確保(小型化)を実現 Fig. 1 しようとするSiP(System in Package)やPoP(Package on ロジック系パッケージの反りが大き Warpage phenomenon of PoP-type package Connection failures may occur between the mother board and the memory package when there is large warpage of the logic package. Package)およびCoC(Chip on Chip)などの3次元パッケー ジが新たに登場し,注目されている1),2)。 このような3次元パッケージは,チップやパッケージを積 そこで,当社では,パッケージの反り要因をシミュレーシ 層することでパッケージ全体の高さが増すため,薄い基材を ョン解析し,シミュレーションに沿った材料開発を行った。 用いる必要がある。しかし,基材を薄くするとガラスクロス その結果,パッケージ反りが小さく薄型パッケージに適した の厚みも薄くなるため基材全体の剛性が低下して反りが発生 低熱膨張率のMCL-E-679GTを開発することができた。以下, しやすくなる3)。特に,PoP構造パッケージの場合,ロジック 開発の概要と得られたMCL-E-679GTの特長と特性について紹 系パッケージとメモリ系パッケージをはんだで接合するた 介する。 め,はんだリフロー時の反りは致命的な欠陥となる。すなわ ち,ロジック系パッケージに生じた反りが,メモリ系パッケ ージとの間で隙間を発生させ,はんだ接続不良や接続信頼性 〔2〕 MCL-E-679GTの開発 2.1 反りシミュレーションによるパッケージ反りの分析 の低下を招くからである(図1) 。したがって,3次元パッケ PoP構造のように2つのパッケージをはんだで接合する実装 ージの普及には,はんだ実装工程間(リフロー∼冷却間)で 方式においては,はんだリフローの高温領域では基材が膨張 反りが少ない薄型基材が必須となっている。 するためSmile反り(+方向側の反り)が発生し,室温まで冷 * 当社 新材料応用開発研究所 **当社 新材料応用開発研究所 実装材料・システム開発センタ 当社 電子材料事業部 配線板材料部門 開発部 *** 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 29 却すると基材の収縮によるCry反り(−方向側の反り)が発 填剤が多く存在するため,穴あけ時のドリルビットへの負荷 生する。この現象はパッケージを構成する各材料の熱膨張率 が大きくなり,摩耗量の増加やドリル折れの不具合が生じや で整理できる。すなわち,チップの熱膨脹率は3∼4 ppm/℃ すくなる。一方,樹脂の架橋密度を高めて高Tg化する手法は, であるのに対し,基材の熱膨脹率はTg以下で15∼20 ppm/℃, 分子鎖の運動自体が小さくなりにくいため,熱膨張率の低減 Tg以上では30∼40 ppm/℃である。このため,室温ではチッ 効果が小さい。また,結晶性樹脂や多環式樹脂を用いた検討 プの収縮量より基材の収縮量の方が大きいため,基板側に反 例7),8)もあるが,溶解性など配線板材料として使用するには りが生じ,Tg以上ではチップの膨張量より基材の膨張量が大 課題が多い。 きくなるため,チップ側に反りが生じるためである。この反 そこでわれわれは,弊社独自の樹脂変性技術と配合技術を り挙動を基材物性に着目してシミュレーションした。結果を 多環式樹脂に適用して低熱膨張率化を図った。表2に,多環 図2に示す(シミュレーションに用いたパッケージおよび各 式樹脂の立体構造を示すが,基材用樹脂で広く用いられるノ 部材の仕様を表1に示す) 。この結果から,基材を低熱膨張 ボラック型エポキシ樹脂と比較して平面的な構造を取ること 率にすることで,高温領域のSmile反りおよび室温付近のCry が分かる。図3に,無機充填剤を含まない樹脂単独の熱膨張 反りを低減できることが分かる。 率と架橋点間分子量との関係を示す。なお,架橋点間分子量 (Mc)は下記のように,せん断弾性率(G)と密度(ρ)か ら求められる9),10)。 Mc≒293・ρ/(logG-7.0) …………………………… (1) 多環式樹脂系の架橋点間分子量は380∼800の範囲であり, 100 室温 400∼700の範囲で低熱膨張率を示すことが分かる。 リフロー温度 パッケージ基板の反り(µm) 50 これらの結果をふまえて,基材用低熱膨張率樹脂の材料設 0 計を図4に示す。多環式樹脂は平面構造を持つので,分子間 −50 の相互作用が発現しやすい。したがって,多環式樹脂同士の −100 −150 −200 20 25 30 5 室温 弾性率 (GPa) 10 15 10 260℃ 弾性率 (GPa) 15 20 5 室温 熱膨張率 (ppm/℃) 図2 パッケージ反りと基板物性要因との関係 10 15 260℃ 熱膨張率 (ppm/℃) 表2 樹脂の分子構造モデル 多環式樹脂は,ノボラック型エポキシ樹脂 と比較して平面構造部分が多い。 Table 2 Molecule structure model of resin Polycyclic resin has flatter structural portions than novolac type epoxy resin. 項目 多環式樹脂 ノボラック型エポキシ樹脂 パッケージ基板の反り 低減には,熱膨脹率が小さい基材が有効である。 Fig. 2 Relationship between package warpage and substrate properties The low coefficient of thermal expansion of the base material is effective in reducing warpage of the package substrate. 分子 モデル 表1 パッケージ基板のシミュレーション仕様 パッケージ基板のシミ ュレーションは,表1に示す各材料の物性値を用いて行った。 Table 1 Parameters of package substrate for simulation Parameters of the package substrate for the simulation are listed in Table 1. 90 項 目 サイズ 厚み Tg (mm) (mm) (℃) パッケージ 10×10 基板(CSP) 0.54 − 弾性率(GPa) 熱膨張率 (ppm/℃) 室温 260℃ 室温 260℃ − − − − チップ 8×8 0.1 − − − − − 封止材 10×10 0.3 120 21.5 0.9 10 30 DAF 8×8 0.02 30 2.7 0.01 140 140 SR 10×10 0.02 80 6 0.1 40 160 基材 10×10 0.2 175 変動 変動 変動 樹脂の熱膨張率(ppm/℃) 仕 様 80 70 60 多環式樹脂 50 変動 0 200 400 600 800 1,000 架橋点間分子量 2.2 MCL-E-679GTの設計 基材を低熱膨張率化する手法は,樹脂より熱膨張率の小さ い無機充填剤を多量に配合することや樹脂の架橋密度を高め 図3 樹脂の熱膨張率と架橋点間分子量の関係 多環式樹脂系の架橋点 間分子量は400∼700となり,この範囲の熱膨脹率が最も小さい。 Fig. 3 Relationship between coefficient of thermal expansion of resin and て高Tg化する手法が検討されている4),5),6)。無機充填剤を多 crosslinking density 量に配合する手法は,樹脂の弾性率が高くなるため基材の剛 Polycyclic resin shows the minimum thermal expansion coefficient value at a 性向上には有効である。しかし,樹脂中に硬度の高い無機充 crosslinking density between 400 and 700. 30 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) スタッキングにより,分子運動を抑制した熱膨張率の低減化 が可能であろう,と考えた。また,界面処理したフィラーを 配合することによって,さらなる低熱膨張率化と基材の高剛 性化をはかることができる,と考えた。 2.3 MCL-E-679GTの特性と特長 これらの材料技術を用いて開発した薄型パッケージ基板材 多環式樹脂 料MCL-E-679GTの特性を表3に示す。MCL-E-679GTのX方向 硬化剤 熱膨張率は,α1:11∼12 ppm/℃,α2:6∼7 ppm/℃,Z方向 無機充填剤 のそれはα1:21∼23 ppm/℃,α2:110∼120 ppm/℃である。 いずれの値も,従来の高TgFR-4のそれに比べて約20∼30%低 い。また,この材料は,曲げ弾性率が高い(27∼29 GPa)た 平面構造の多環式樹脂とその硬化剤お めに,パッケージ基板の反りを小さくできるという特性を持 よび界面処理した無機充填剤により,低熱膨張率化と高信頼性化を達成した。 っている。銅箔との接着力については,サブトラクティブ工 Fig. 4 法の銅箔やセミアディティブ工法のめっき銅箔のいずれの場 図4 低熱膨張率樹脂の材料設計 Conceptual resin design of MCL-E-679GT The low coefficient of thermal expansion and excellent reliability can be achieved with the newly designed resin, which consists of the flat polycyclic resin, a hardener, and surface finish filler. 合でも,問題のない性能を示している。表4は,MCL-E679GTのドリル加工性結果を示す。また,前述のようにMCLE-679GTの低熱膨張率化を無機充填剤の増量ではなくて樹脂 そのものの低熱膨張率化によって実現しているため,穴あけ 表3 MCL-E-679GTの特性一覧 MCL-E-679GTは,薄型パッケージ基板に適した特性を持っている。 Table 3 General properties of MCL-E-679GT MCL-E-679GT is suitable for thin package substrates. 項 目 条 件 単 位 MCL-E-679GT 高TgFR-4 Tg TMA ℃ 175-185 165-175 X 熱膨張率 接着力 はんだ耐熱性 X 10-12 ppm/℃ A GPa 銅箔(18 µm) A めっき銅(20 µm) A 銅箔(18 µm) 260℃ フロート s PCT処理*1 −5 h後 めっき銅(20 µm) kN/m 21-23 31-33 110-120 140-160 27-29 25-27 1.1-1.2 1.1-1.2 0.7-0.8 0.7-0.8 300以上 300以上 300以上 300以上 % 0.40-0.44 0.48-0.50 288℃/10s ディップ h 5以上 5以上 85℃/85%RH 印加電圧5.5 V h 500以上 500以上 PCT処理*1 絶縁信頼性 (スルーホール壁間:0.07 mm) *1 15-16 6-7 α2 吸水率 PCT耐熱性 11-12 α2 α1 Z 曲げ弾性率 α1 比誘電率(Dk) 1 GHz − 4.70-4.90 4.70-4.90 誘電正接(Df) 1 GHz − 0.0115-0.0130 0.0180-0.0190 PCT121℃/0.22 MPa 表4 MCL-E-679GTのドリル加工性の結果 MCL-E-679GTは,ドリル加工後のスルーホール状態が良好である。 Table 4 Drilling properties of MCL-E-679GT The through-hole quality of MCL-E-679GT after drilling is excellent. ドリル径 (φmm) 基材:MCL-E-679GT 基材:高TgFR-4 スルーホール内形状 スルーホール内形状 ドリル加工:初期 ドリル加工:10,000ヒット後 ドリル加工:10,000ヒット後 内壁粗さ:4∼6 µm 内壁粗さ:6∼8 µm 内壁粗さ:7∼9 µm 0.105*1 *) 1 ドリル加工条件:基材厚み0.4 mm,ドリル回転数80 krpm,速度2.0 m/min 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 31 に際して10,000ヒットまでドリルの折れがなく穴壁の平滑性 も良い。したがって,ドリルビットの寿命は長くなっている, 0.10 と言える。また,スルーホール内のドリル壁面粗さは, MCL−E−679GT (常態) 10,000ヒット後4∼8 µmであり,従来材(高TgFR-4)と同等 図5は,銅箔をエッチング除去した基材について,室温か らはんだリフロー温度領域まで加熱したときの反り量を,レ ーザースキャニングを用いて測定した結果である。MCL-E- 反り量(mm) である。 0.08 MCL−E−679GT (180℃処理) 20 mm 20 mm 0.06 0.04 679GTは,室温から250℃(はんだリフロー温度領域)の間 0.02 の反り変化量も少ない。特に,はんだリフロー温度領域の 250℃において,反り量が小さいことが特長的である。 0.00 図6は,スルーホール壁間0.07 mm,85℃/85%RH,印加電 0 50 100 圧25 Vの試験条件における絶縁抵抗値の結果である。MCL-E- 150 200 250 300 温度(℃) 679GTは,絶縁抵抗値の劣化が小さく(500 h以上) ,優れた 図5 MCL-E-679GTの反り特性 絶縁信頼性を示すことが分かる。 MCL-E-679GTは良好な反り特性を示 す。 〔3〕 結 言 Fig. 5 以上,当社が開発した薄物パッケージ基板用材料MCL-E- Warpage characteristics of MCL-E-679GT MCL-E-679GT exhibits excellent through-hole quality after drilling. 679GTの特長について紹介した。 開発したMCL-E-679GTはドリル加工性を維持しながらパッ ケージ基板の反りの低減や絶縁信頼性を向上することが可能 1.E+14 である。本開発材料は,三次元実装をはじめとする今後の実 装技術の進歩に寄与できる,と期待している。 1 )春日 亮:パッケージ技術動向,エレクトロニクス実装学会誌, No.5,pp.353-357(2007) 2 )赤沢 隆:SiPの最新技術動向,エレクトロニクス実装学会誌, 絶縁抵抗値(Ω) 参考文献 1.E+13 MCL−E−679GT 1.E+12 高TgFR−4 1.E+11 0.07 mm + − 0.20 mmt 1.E+10 No.5,pp.363-367(2007) 3 )高木 善範:PoP実装におけるはんだ付け工法,電子材料,47, 1.E+09 No1,pp.66-69(2008) 0 4 )新井,ほか:特開2004-182581号(2004) 100 200 300 400 500 600 処理時間(h) 5 )橋本 伸晃:特開2000-243864号(2000) 6 )瀬川 博史:特開2000-114727(2000) 7 )安江 健治:液晶性高分子フィルムの特性,高分子,43,No10, pp.728-729(1994) 8 )沼田,ほか:電子部品用エポキシ樹脂の最新技術,株式会社シー エムシー出版,pp.14-18(2006) 図6 MCL-E-679GTの絶縁信頼性 Fig. 6 CAF restraining property of MCL-E-679GT MCL-E-679GT has excellent CAF restraining property. 9 )L.E.Nielsen:高分子と複合材料の力学的性質,株式会社化学同人 発行,p.111(1992) 10)高根沢,ほか:日立化成テクニカルレポート,41,pp.35-38 (2003) 32 MCL-E-679GTの絶縁信頼性は良好で ある。 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 製品 紹介 極薄多層配線板材料 「MCF-5000Ⅰシリーズ」 近年,携帯機器の薄型化,高密度 ことができるため,屈曲性,引き裂 表2に5000IS(片面板) ,5000ID 化は著しく,基板の組み込みスペー (両面板) ,5000IR(樹脂付き銅箔) き性に優れます。さらに通常のビル スも縮小化しています。そのため,3 の一般特性を示します。鉛フリーに ドアップ材同様にIVH形成も可能で 次元実装だけでなく1枚の基板に多く も対応する耐熱性と,良好な寸法安 あるため,5000Iシリーズを用いるこ の配線を組み込む要求があり, 「薄 定性および低誘電率(1 GHzで3.0) とで,多層化による高密度配線と基 さ」が重要になってきています。 が特徴です。また,新規開発した高 板の薄型化,軽量化を同時に実現す これに対応するため,当社は極薄 耐熱樹脂を5000IRの接着層に用いる ることができます。 プリント配線板材料「MCF-5000Iシ ことにより,優れた耐熱性,銅箔密 リーズ」を開発しました。5000Iシリ 着力を示します。 新規高耐熱樹脂と極薄塗工技術, および独自のポリイミド硬化工程を ーズの製品ラインナップを図1,標 図2に5000Iシリーズを用いて作製 用いることにより,極薄高耐熱多層 準厚み構成を表1に示します。通常 した多層板(8層)の特徴を示しま 材料「MCF-5000Iシリーズ」を開発 のフレキシブルプリント配線板に相 す。この図に示す様に5000Iシリーズ しました。以上の製品ラインナップ 当する片面・両面板の他に高耐熱樹 を組み合わせることにより,薄く, は従来用途だけではなく,これまで 脂を用いた樹脂付き銅箔および,接 高機能な多層板の作製が可能となり 材料物性の制約により使用できなか 着シートを加え,これらを組み合わ ました。 った車載用途,新規パッケージ用途 せることで,極薄多層板の実現を可 表3に8層リジットフレキシブル配 といった高機能分野にも広く発展し 能としました。最薄構成では4層板の 線板構成での厚み比較を示します。 ていくものと期待されています。今 導体間で95 µm,8層板では190 µm 5000Iシリーズを用いた8層板ではカ 後,さらに改良を進めながら,ます を達成しました。 バーレイおよび,接着層を省略する ます多様化するニーズに対応してい 銅箔には低粗化タイプの9 µm極 ことができるため,従来構成のリジ く予定です。 薄銅箔を採用し,ポリイミド層は最 ットフレキシブル配線板と比較し ※本文に記載のデータは測定値であ 薄 で 5 µmと な っ て い ま す , ま た , 65%もの厚みを低減することができ 接着層厚みは十分な樹脂フロー性を ました。また,引き出し部分の最外 満足する25 µmとしました。 層に極薄のポリイミド層を配置する ・片面板 MCF-5000IS ・樹脂付き銅箔 MCF-5000IR ・両面板 MCF-5000ID ・接着シート AS-5000IA 1 1 PWB厚み低減 最薄構成 8層導体間:190 µm 2 表層にPI層を配置 カバーレイ代替, 高屈曲性, 引き裂き性,耐湿・耐薬品性向上 3 高耐熱接着材 4 2 り,保証値ではありません。 (電子材料事業部 配線板材料部門) 回路埋め込み性と高信頼性を両立 (耐熱衝撃, 耐マイグレーション性) 3 4 高耐熱接着シート 図1 MCF-5000Iシリーズ製品構成 表1 製品厚み構成(標準品) 構成 Construction 図2 MCF-5000Iシリーズを使用した多層板の特徴 表3 銅箔厚み (µm) Copper thickness 容易に配線引き出し, 多段化が可能 絶縁層厚み (µm) Insulating layer thickness 5000IS(片面板) 9,12 5,7,9 5000ID(両面板) 9,12 12,16,20 5000IR(樹脂付き銅箔) 9,12 5(PI)/25(Ad) 5000IA(接着シート) − 25(Ad) 各構成材料別のPWB厚み比較 項 目 MCF-5000Iシリーズ 8層 R/F PWB PWB構成 :FPC, カバーレイ 表2 :MCF-5000IR :MCF-5000ID :AS-5000IA 5000IS/ID/IRの一般特性 項 目 条 件 単位 耐熱性 288℃ float sec 銅箔ピール強度 A kN/m 引張強度 A MPa 吸水率 PCT 3h % 寸法安定性 After ET (MD) After ET (TD) 5000IR 5000IS 5000ID (片面板)(両面板)(樹脂付銅箔) 構成材料 品 種 厚み (µm) 品 種 外層 5000IR(L1) 25 両面リジット (L1・2) 85 ノンフローPP/CL 50/37 不 要 接着層/CL 厚み (µm) >180 >180 1.0 0.8 0.8 内層 5000ID (L2・3) 20 FPC (L3・4) 25 450 400 − カバーレイ 5000IR (L4) 25 カバーレイ 37 0.6 0.6 0.6 接着層,内層 5000IA 25 ボンディングシート 50 −0.01 0.05 −0.01 カバーレイ 5000IR (L5) 25 カバーレイ 37 −0.01 0.05 −0.01 内層 5000ID (L6・7) 20 FPC (L5・6) 25 − 3.0 3.0 3.0 接着層/CL ノンフローPP/CL 50/37 % >180 :PP :FR4 :ボンディングシート 不 要 誘電率 1 GHz 誘電正接 1 GHz − 0.002 0.002 0.004 外層 5000IR (L8) 25 両面リジット (L7・8) 85 難燃性 UL − V-0 V-0 (※1) 総厚み (導体間) ― 190 ― 545 ※1:構成物としてV-0取得予定 厚み低減 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 65%減 (8層R/F比較) ― 33 製品 紹介 ファインセットTE-250S121 力が加わった場合に,衝撃を緩和す る機能をもっています。しかし,こ の空間のために,保護板およびLCD モジュールの表裏で,外光(太陽光) が反射し,またバックライトからの 光も反射により減衰するため,コン トラストが低下する不具合を招いて います。 そこで,この空間を樹脂で充填す る構造が提案されています(図1) 。 当社では,この空間充填に使用可 能な高透明で耐衝撃性を有するシー トとしてファインセットTE-250S121 を開発しました。 このファインセットTE-250S121 は,光学用途で使用されている高透 明PETと同等の視感透過率および色 鋼球(0.5 kg) 〈従来構成〉 外光反射 外光 〈ファインセット使用構成〉 バックライト光 保護板 空気層 外光 外光反射 LCDモジュール ファインセット ロードセル バックライト光 ファインセット (空間充填樹脂) 10 cm 定盤 0.5 kgの鋼球を10cmの高さから落下させ, ロードセルにより下記の式より算出した。 ①ファインセットの無い状態の衝撃力:a ②ファインセットのある状態の衝撃力:b 衝撃吸収率=(a−b) /a × 100 図1 ファインセットによる反射低減効果 図2 衝撃吸収率(%) 2011年から始まるテレビ放送のデ ジタル化に合わせ,携帯電話やポー タブルゲーム機などでワンセグ(移 動体向けの地上デジタル放送)など の動画が楽しめるようになって来ま した。 これらのモバイル機器は,屋外で 使用されることが多く,携帯電話な どに搭載されるディスプレイには, さらなる高画質化,大画面化,薄型 化および軽量化が求められるように なってきています。 現在販売されているモバイル機器 の多くに用いられている,LCDモジ ュールは,1∼2 mmの空間を設け て,保護板が配置された構造となっ ています。この空間は,保護板に外 調を有しています(表1) 。また,各 種信頼性試験での変色も少なく,優 れた光学特性を有しています。 また,優れた衝撃吸収性により外 力を緩和し,さらに,外力が取り除か れた後にはシート形状に復元すると いう優れた特性を示します(図2) 。 現在,ファインセットTE-250S121 は,携帯電話で使用されていますが, デジカメやゲーム機などモバイル用 途での使用が期待されています。 (電子材料事業部 ディスプレイ材料部門) 表1 ファインセットTE-250S121の特性 項目 単位 測定値 厚さ 50 光学特性 40 µm 92.0 − 0.310 y − 20 0 0 100 200 300 400 500 ファインセット厚(µm) 高温試験 − 耐湿試験 − 信頼性 上記値は測定値であり,保証値ではありません。 ファインセットの耐衝撃性 測色計 にて測定 (C光源) % X 30 10 マイクロメータで測定 透過率 色調 備考 250 0.320 ∆x:0.005 ∆y:0.005 80℃・500h ∆x:0.003 60℃・90%RH ・500 h ∆y:0.003 上記値は測定値であり,保証値ではありません。 ヒタレックス粘着フィルム「LE-1000」 LCD,PDP等のフラットパネルデ 産性向上に貢献できることを期待し を改善しました。 (図1,表1) ィスプレイ市場は,携帯電話,モニ お客様の作業効率改善,歩留向上 タ,パソコンに加えて,近年ではテ が図れるとともに,光学シートの生 ています。 (機能性材料事業部 機能性フィルム部門) レビ用途への需要が高まり急速に成 プリズムシート粘着力 (N/25 mm) 長しています。 これらディスプレイの高画質化に 対応して,組み込まれる光学シート にはさまざまな新製品が開発されて います。 光学シートには外観特性が厳しく 0.2 0.18 0.16 0.14 0.12 0.1 0.08 0.06 0.04 0.02 0 要求されるため,製造工程内や製品 出荷時,ディスプレイへの組込み時 などに,傷防止,異物付着防止機能 をもつ保護フィルムが必要不可欠に なっています。 当社は本用途にL-7300シリーズを 販売していましたが,光学シートの 多様化に応えるためLE-1000を開発 しました。 LE-1000は特殊ポリオレフィン基 材フィルムを採用し,粘着剤表面の 外観ムラ,フィッシュアイ,貼付性 34 LE‐1030 (23℃処理) L‐7330 (23℃処理) LE‐1030 (50℃処理) L‐7330 (50℃処理) 目標値 0 1 2 3 4 5 6 7 8 処理時間(日) 図1 LE-1030とL-7330の粘着力特性比較 表1 LE-1000の特性 LE-1030は, L-7330と同等の粘着力特性を有している。 試験項目 条 件 アクリル板粘着力 90度剥離,速度0.2 m/分 プリズムシート粘着力 180度剥離,速度1.0 m/分 巻戻力 T字剥離,速度0.2 m/分 単 位 N/25mm ヘイズ JIS K 7105-1981 全光線透過率 (プラスチックの光学的特性試験方法) 外観 フィッシュアイ数 貼付作業性 蛍光灯下で目視 100 µmPETフィルムに貼り付け ※本データは当社測定値の一例であり,保証値ではありません。 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) % − LE-1030 L-7330 2.30 3.50 0.09 0.10 0.04 0.10 60 25 92 92 ◎ ○∼△ 50(指数) 100(指数) ◎ ○∼△ キャパシタ用活物質ペースト ヒタゾル(HITASOL)GA-1000,GA-1100,GA-1200 製品 紹介 た。 います。キャパシタ用電極の製造方 (EDLC)は容量が大きく,高出力 法は,シート法と塗工法に大別され でメンテナンスフリーなどの特性よ ますが,低コストで品質の良い電極 り,産業用また自動車用として使用 製造に適した塗工法が今後拡大する (1)ペーストの保存3ヶ月(生産性) が開始されはじめ,さらなる拡大が ことが見込まれています。そこで当 (2)塗布欠陥が少なく均一な塗膜を 期待されています。また,リチウム 社では粒度制御技術や分散技術,低 イオンを使用するリチウムイオンキ 抵抗化技術を駆使し,均一塗布が可 ャパシタ(LIC)はエネルギー密度 能で,塗膜欠陥が少なく(生産性向 がEDLCの約4倍まで高くでき,高 上),また品質(容量,内部抵抗) (4)塗膜密度が高く,低抵抗塗膜を 出力が特徴であり,今後,産業用, 向上に寄与する高品位活物質ペース 形成(容量向上や内部抵抗低減) 自動車用などへの展開が期待されて ト(電極用ペースト)を開発しまし (日立粉末冶金株式会社) 固形分[wt.%](塗工スピード向上) 大型電気二重層キャパシタ 図1 52 GA‐1100 (LIC負極用) 表1 従来分散法 5 µm 36 32 28 0 形成(生産性) (3)固形分が高く,塗工スピードの 向上(生産性) 新分散法 GA‐1200 48 (LIC正極用 44 高容量タイプ) 40 開発した電極用ペーストの特徴を 以下に示します。 新分散法, 最適粒度制御 GA‐1000 (EDLC用高出力タイプ) 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1.0 1.1 塗膜密度[g/cc] (容量向上) 製品の特性 製品名 ヒタゾルGA-1000 ヒタゾルGA-1100 ヒタゾルGA-1200 分類 EDLC用電極ペースト LIC用電極ペースト LIC用電極ペースト 活物質 活性炭 難黒鉛化炭素 高比表面積活性炭 粘度 1500 mpa・s 1100 mpa・s 1500 mpa・s 固形分 34wt% 49wt% 29∼34wt% 粒度 4.0 µm 2.0 µm 2.5 µm 密度 0.54g/cc 0.95g/cc 0.54g/cc 3ヶ月 3ヶ月 3ヶ月 ペースト 品質保証期間 量産性と品質の向上 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 35 MEMO 編集後記 お問い合わせ先 1983年7月に,弊社の分離独立20周年を記念して創刊された日 立化成テクニカルレポートの創刊号編集後記に,「技術論文のほ かに,総説・製品紹介・事業所紹介を加えて読むところの多い親 しめる内容を目指し,誌名も...」というくだりがあります。本第 51号もその精神を汲んでおりますが,濃淡があること否めませ ん。創刊以来四半世紀,25周年を迎え,もう一度原点に立ち返る 時期が来たのではないかと思っています。弊社内部資料とはまっ たく異なった趣で,努力して開発し得た優位技術や固有技術を 「かみ砕き」 ,技術の粋だけでなくその社会的インパクトをも広く 世の方々にご理解いただくために,創刊の原点に立ち戻れるよう 編集の業を努めさせていただきます。 MK ・掲載事項に関するお問い合わせにつきましては,弊社 インターネットホームページの下記アドレスのお問い 合わせフォームをご利用くださるか,または下記事務 局までお問い合わせください。 お問い合わせページアドレス: https://www.hitachi-chem.co.jp/cgi-bin/contact/other/toiawase.cgi ・「製品紹介」に関するお問い合わせにつきましては,弊 社インターネットホームページの下記アドレスの各製品 紹介をクリックして,お問い合わせフォームをご利用 ください。 製品紹介ページアドレス: http://www.hitachi-chem.co.jp/japanese/products/index.html 編集委員 沼 田 俊 一 相 原 章 雄 片 寄 光 雄 中 一 市 村 茂 樹 前 川 麦 堀 部 治 入 口 剛 典 工 藤 茂 渡 辺 伊 津 夫 安 克 彦 児 嶋 充 雅 板 橋 雅 彦 中 村 吉 宏 正 岡 和 隆 横 荻 野 晴 夫 長 谷 川 雅 之 関 泰 幸 山 口 正 憲 青 柳 壽 和 山 家 憲 泰 彦 日立化成テクニカルレポート 第51号 発 行 発 行 2008年 7月 元 日立化成工業株式会社 3346−3111 (大代表) 〒163-0449 東京都新宿区西新宿二丁目1 番1 号 (新宿三井ビル) 電話(03) 事務局 研究開発本部 研究企画室 電話 (03) 5381-2402 編集・発行人 金 文錫 印 刷 所 日立インターメディックス株式会社 〒101-0054 東京都千代田区神田錦町二丁目 1 番地 5 (ダイヤルイン案内) 電話(03) 5281−5001 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Printed in Japan (禁無断転載) 本資料に掲載している物性値は保証値ではありません。参考値です。実際の使用に当たりましては事前に十分なチェックをお願いいたします。 この印刷物は再生紙を使用しています。 印刷インキは大豆油インキを使用しております。 *このSOY INKマークは米国大豆協会承認マークです。 ホームページアドレス http://www.hitachi-chem.co.jp
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