(2002.03) 超伝導科学研究センター報告

積層した Bi-2223 テープ線材における垂直磁界損失の定量的評価
Quantitative Evaluation of Perpendicular-field Losses in
Stacked Bi-2223 Tapes
超伝導科学研究センター
電気電子システム工学専攻
柁川一弘,岩熊成卓,船木和夫
福田祐三,森山博之,林敏広
Research Institute of Superconductivity
Kazuhiro Kajikawa, Masataka Iwakuma and Kazuo Funaki
Department of Electrical and Electronic Systems Engineering
Yuzo Fukuda, Hiroyuki Moriyama and Toshihiro Hayashi
Abstract—The AC magnetization and losses in stacked Bi-2223 Ag-sheathed tapes are
experimentally and numerically evaluated in an external magnetic field perpendicular to their
wide faces. The sample consists of 1, 3 or 10 pieces of non-twisted Bi-2223 multifilamentary
tapes, which are vertically stacked. The magnetization in the external AC field, whose
frequencies are varied from 1 to 60 Hz, is measured with a saddle-shaped pickup coil. The
measured AC magnetization and losses are compared not only with the theoretical curves
based on the critical state model but also with the numerically calculated results which are
derived using the voltage-current characteristics represented by the power law.
1. はじめに
パルス用や商用周波交流用の酸化物超伝導マグネットを設計・製作する際,コイル端部の
巻線で発生する交流損失を正確に評価することが,特に重要である。これは,超伝導特性を
向上するためにテープ形状に加工された酸化物超伝導線材を巻線すると,コイル端部におい
てテープ幅広面に対して垂直な磁界が加わり,多大な交流損失を発生するからである 1, 2, 3) 。
このテープ幅広面に垂直な磁界を一般に「垂直磁界」と呼び,垂直磁界中で発生する交流損
失を「垂直磁界損失」と呼ぶ。これまで検討されている垂直磁界損失は一本のテープ線材に
対するものが多い 4, 5, 6, 7) が,実際の巻線内では多数本積層した状態が主であるため,このよ
うな実環境下での垂直磁界損失の評価が望まれている。筆者らは,ツイストのない Bi-2223
銀シース多芯テープ線材における垂直磁界損失のテープ積層枚数依存性を実験的に評価して
いる 8) 。その結果,積層枚数が多くなるほど垂直磁界損失は小さくなり,フィラメント領域
の幅を厚さとする無限平板について臨界状態モデルから予想される理論曲線に近づいていく
ことがわかった。これは,通常の磁性体の反磁界効果と同様であり,積層枚数の増加により,
他の線材の磁化が線材自身に加わる磁界を弱めるためである。同様の検討は,Suenaga ら 9)
や Oomen ら 10) によっても行われている。
これまでに,金属系超伝導線材を巻いた超伝導コイルにおける巻線間相互作用の影響につ
いて,幾つか報告されている 11, 12, 13) 。Zenkevitch らは,単芯線からなる様々な形状のソレノ
イドコイルの履歴損失を測定し,巻線内の他のターンの磁化が測定される交流損失に与える
影響を定量的に評価している 11) 。また,Sumiyoshi らは,多芯線を巻いた単層ソレノイドコ
イルの磁界分布と反磁界係数を理論的に算出し,外部磁界が比較的小さい場合の結合損失に
おける隣接ターン間距離の影響を調べている 12) 。最近,筆者らは,理論的考察により得られ
た二層無誘導巻きコイルの等価的反磁界係数を用いて,多芯線の履歴損失がフィラメント領
域に印加される磁界の最大値により決定されることを示した 13) 。以上は全て丸断面の NbTi
線材に対する検討であり,酸化物超伝導線材として代表的なテープ形状の線材における巻線
間相互作用の影響については,ほとんど検討されていないのが現状である。
そこで,本論文では,酸化物超伝導テープ線材の垂直磁界損失に与えるテープ積層枚数の
影響を,各線材間の磁気相互作用の観点から検討した。まず,複数積層した酸化物超伝導テー
プ線材の等価的反磁界係数を理論的に算出する。次に,得られた等価的反磁界係数を用いて,
垂直磁界中で測定した磁化曲線や交流損失特性を定量的に評価する。
2. 実験
実験で使用した試料の諸元を Table 1 に示す。試料は powder-in-tube 法により作製された
Bi-2223 銀シーステープ線材であり,母材は純銀,フィラメント数は 55 本である。ただし,
フィラメントのツイスト処理は施されていない。試料テープ線材の厚さと幅はそれぞれ 0.205,
2.89 mm である。次節において積層したテープ線材の等価的反磁界係数を計算するために,線
材全体とフィラメント領域の断面形状を次式により表現できると仮定した。
x pw(or f ) y qw(or f )
+
=1
(1)
aw(or f ) bw(or f ) ここで,aw(or f ) , bw(or f ) , pw(or f ) , qw(or f ) は長軸と短軸がそれぞれ x, y 軸に平行な座標系におけ
る幾何学的パラメータであり,Table 1 に示す線材では,2aw = 2.89 (mm), 2bw = 0.205 (mm),
pw = 30, qw = 2 と af = 0.95aw , bf = 0.80bw , pf = 6, qf = 2 で与えられる。ただし,下付き
添え字 w, f はそれぞれ,線材全体とフィラメント領域に関する諸量を表している。さらに,
この試料線材の表面は,電気的に絶縁されている。
試料線材の臨界電流 Ic と n 値の外部磁界依存性を Fig. 1 に示す。測定は通常の四端子法を用
いて液体窒素中で実施し,直流磁界をテープ幅広面に対して垂直に印加した。臨界電流 Ic は電
界基準 1 µV/cm を用いて定義し,n 値は両対数プロットした電圧電流特性の Ic における傾き
γ−1 14)
, n(B) = ν − χ |B| を
から求めた。Fig. 1 に示す実線及び点線はそれぞれ,Ic (B) = α |B|
用いて求めた臨界電流 Ic と n 値の近似曲線である。ただし,通電電流による自己磁界の影響を
排除するために,0.01 T 以上の外部磁界に対する測定値を使用した。α, γ, ν, χ はピンニング
パラメータであり,臨界電流 Ic と局所的磁束密度 B の単位がそれぞれ A, T のとき,α = 1.81,
γ = 0.618, ν = 9.01, χ = 28.2 である。また,平均臨界電流密度 λJc は,λJc (B) = Ic (B) /Af
で与えられる。ここで,λ はフィラメント領域における超伝導体の体積率,Jc は超伝導体の
臨界電流密度,Af はフィラメント領域の断面積である。
本論文では,テープ線材の積層枚数が 1,3,10 枚の 3 種類の試料を用意した。用いた線材
の長さは全て 39 mm である。励磁マグネットによりテープ幅広面に対して垂直な磁界を外部
から印加し,周囲に配置した鞍型のピックアップコイルを用いて試料の磁化を観測した。試
Table 1. Specification of Bi-2223 multifilamentary tape-shaped wire.
superconductor
Bi-2223
matrix
pure silver
size
0.205 mmt × 2.89 mmw
number of filaments
55
twist pitch
infinite
silver ratio
2.8
20
20
15
15
10
10
5
5
0
0
0.02
0.04
0.06
0.08
External DC magnetic field (T)
n-value
Critical current (A)
critical current
n-value
0
0.1
Fig. 1. Critical currents and n-values of sample wire.
105
3
AC loss (J/m cycle)
104
experimental results (1 tape)
experimental results (3 tapes)
experimental results (10 tapes)
theoretical curve (1 tape)
theoretical curve (3 tapes)
theoretical curve (10 tapes)
103
102
101
77 K, 1 Hz
0
10 -3
10
10-2
10-1
Amplitude of external magnetic field, µ0 Hm (T)
Fig. 2. Dependence of perpendicular-field losses at 1 Hz for different tape stacks on amplitude
of external magnetic field.
105
3
AC loss (J/m cycle)
104
experimental results (1Hz)
experimental results (10Hz)
experimental results (60Hz)
103
102
101
77 K, 10 tapes
0
10 -3
10
10-2
10-1
Amplitude of external magnetic field, µ0 Hm (T)
Fig. 3. Dependence of perpendicular-field losses in 10-tape stack for different frequencies on
amplitude of external magnetic field.
料の交流損失は,得られた磁化曲線の面積から算出した。装置の詳細は,文献 8) に記載され
ている。また,測定周波数は 1〜60 Hz である。
液体窒素中で測定した 1 Hz における垂直磁界損失の外部磁界振幅依存性を Fig. 2 に示す。
交流損失は,フィラメント領域単位体積当たり,一周期当たりで表している。Fig. 2 より,低
磁界振幅では,垂直磁界損失はテープ積層枚数が多くなるほど小さくなっていることがわか
る。一方,高磁界振幅領域では,垂直磁界損失はテープ積層枚数にほとんど依存していない
こともわかる。なお,Fig. 2 に示す曲線は 5. 節で述べる理論による計算値であり,詳細につ
いては後述する。次に,Fig. 3 は,テープ線材を 10 枚積層した場合における垂直磁界損失を
異なる周波数に対してプロットしたものである。また,Fig. 4 は,実際に測定した磁化曲線
の典型例を示している。Figs. 3, 4 より,積層したテープ線材の垂直磁界中における交流損失
や磁化曲線は,強い周波数依存性を持つことがわかる。
3. 等価的反磁界係数の算出と交流損失評価
超伝導テープ線材間の磁気相互作用の影響を理論的に評価するために,テープ積層枚数に
対して変化する等価的な反磁界係数を算出する。実験で使用した多芯テープ線材はフィラメ
ントをツイストしていないため,外部磁界の印加に対してフィラメント領域全体が 1 つの超
伝導体のように振る舞い,Fig. 5(a) に示すような典型的な磁束分布となる。本論文では,線
材内のフィラメント領域を Fig. 5(b) に示すような均一な磁性体で近似する。このような仮定
は,外部磁界が中心到達磁界に比べて十分小さな場合や,フィラメント本数の非常に多いツ
イスト線材の場合に良い近似であると思われる。しかし,ここでは,幾何学的な効果のみを
考察するために,電流分布や磁束分布の影響を無視し,Fig. 5(b) を仮定する。Fig. 6 は,フィ
ラメント領域を z 方向に無限に長い楕円柱型磁性体で近似した線材を,y 方向に等間隔に並
べた状況を示している。楕円断面の長軸を 2a,短軸を 2b(b < a)とし,それぞれ x, y 軸と
experimental results (1Hz)
experimental results (3Hz)
experimental results (10Hz)
experimental results (30Hz)
experimental results (60Hz)
0.08
Negative magnetization, − µ0 M (T)
Negative magnetization, − µ0 M (T)
0.08
0.04
0
-0.04
(a) µ0 Hm = 0.05 (T)
77 K, 10 tapes
-0.08
-0.06 -0.04 -0.02
0
0.02 0.04
External magnetic field, µ0 He (T)
0.06
experimental results (1Hz)
experimental results (3Hz)
experimental results (10Hz)
experimental results (30Hz)
experimental results (60Hz)
0.04
0
-0.04
(b) µ0 Hm = 0.1 (T)
77 K, 10 tapes
-0.08
-0.12 -0.08 -0.04
0
0.04 0.08
External magnetic field, µ0 He (T)
0.12
Fig. 4. Experimental results of AC magnetization in 10-tape stack for different frequencies
in external-field amplitudes of (a) 0.05 T and (b) 0.1 T.
平行であるとする。また,隣接する線材の中心間距離を 2d とする。y 方向に印加した外部磁
界 He により,全ての線材のフィラメント領域が同一方向に均一に M に磁化したとする。付
録 A. に示すように,孤立した単独の楕円柱型磁性体内外の磁界分布は (18), (27), (28) 式で
表されるため,Fig. 6 における複数のフィラメント領域内部の y 方向に均一な磁束密度 Biy が
それらの重ね合わせの平均値に等しいと仮定すると,Biy は
k
k
µ0 b
2ab
M+
M
Biy = µ0 He + µ0
2
a+b
k j=1 i=1,i=j c (1 + e2u0 )
(2)
で与えられる。ここで,µ0 は真空の透磁率,k はテープ線材の積層枚数,c は c = (a2 − b2 )1/2
であり,u0 は y0 = 2|j − i|d を用いて,u0 = ln[(y0 /c) + {(y0 /c)2 + 1}1/2 ] で与えられる。ただ
し,他の線材(i 番目)の磁化が作る磁界は,考慮対象の線材(j 番目)の中心部における値
で代表させた。(2) 式において,右辺第 2 項は自分自身の磁化が内部に作る磁界を,右辺第 3
項は他の線材の磁化による寄与をそれぞれ表している。
Hs をフィラメント領域に印加される磁界とし,等価的反磁界係数 Ne を
Hs = He − Ne M
(3)
で定義する。このとき,Fig. 5(b) に示すように,内部磁束密度 Biy は
Biy = µ0 (Hs + M)
= µ0 He + µ0 (1 − Ne ) M
(4)
で与えられる。(2), (4) 式を互いに比較することにより,等価的反磁界係数 Ne として
k
k
1 2ab
a
−
Ne =
2
a + b k j=1 i=1,i=j c (1 + e2u0 )
(5)
(a)
By
µ0He
−a
a
0
silver matrix SC filament
By
(b)
x
µ0NeM
µ0Hs
µ0M
µ0He
Biy
−a
a
0
x
Fig. 5. Magnetic-flux distributions in (a) multifilamentary wire without twisting and (b)
uniform magnetic substance.
y
j=k
M
M
−a
He
b
M
−b
M
M
j=i+1
2d
a
−2d
j=i
x
j=i−1
j=1
Fig. 6. Cross-sectional view of stacked superconducting tape-shaped wires.
Table 2. Effective demagnetization factors of stacked sample wires.
number of stacks, k
1
3
10
effective demagnetization factor, Ne
0.944
0.846
0.633
105
3
AC loss (J/m cycle)
104
experimental results (1 tape)
experimental results (3 tapes)
experimental results (10 tapes)
numerical results for slab
103
102
101
77 K, 1 Hz
0
10 -3
10
10-2
10-1
Maximum of applied magnetic field, µ0 Hsm (T)
Fig. 7. Dependence of perpendicular-field losses at 1 Hz for different tape stacks on maximum
of applied magnetic field.
が得られる。
実験で使用した試料について,(5) 式を用いて計算した等価的反磁界係数 Ne の値を Table 2
に示す。ただし,隣接するテープ線材の中心間距離 2d の実測値は 0.210 mm である。Table 2
からわかるように,テープ積層枚数が多くなるほど,等価的反磁界係数 Ne は小さくなる。
次に,フィラメント領域に印加される最大磁界を求める。フィラメント領域に加わる磁界
は,一般的に (3) 式で与えられるため,その最大値 Hsm は
Hsm = [He (t) − Ne M(t)]max
(6)
により与えられる。(6) 式からわかるように,実験で観測した磁化曲線と Table 2 の等価的反
磁界係数 Ne を用いて,最大磁界 Hsm を評価できる。Fig. 2 に示す垂直磁界損失の測定結果
を,フィラメント領域に印加される最大磁界 Hsm に対してプロットし直したものを Fig. 7 に
示す。Fig. 7 からわかるように,最大印加磁界 Hsm に対する垂直磁界損失はテープ積層枚数
にほとんど依存せず,一本のマスター曲線上にプロットされている。また,Fig. 3 の横軸を
最大印加磁界 Hsm に対して再プロットしたものを,Fig. 8 に示す。Fig. 8 には,フィラメント
領域の幅 2af を厚さとする無限平板に平行に,外部磁界を印加したときの臨界状態モデル 14)
に基づく理論曲線も実線で示している。Fig. 8 より,垂直磁界損失の最大印加磁界依存性は
周波数に強く依存しており,臨界状態モデルによる予測値とは異なっていることがわかる。
4. 交流損失の数値的評価
前節で,ツイストしていない Bi-2223 多芯テープ線材の垂直磁界損失は,そのフィラメント
領域に印加される磁界の最大振幅により決まることがわかった。そこで,本節では,測定した
垂直磁界損失を数値的に再現するために,まず,反磁界係数がゼロである超伝導無限平板に
平行に外部磁界を印加したときの電磁界分布を求めることにする。平板の厚さ方向が x 軸と
105
3
AC loss (J/m cycle)
104
experimental results (1Hz)
experimental results (10Hz)
experimental results (60Hz)
numerical results (1Hz)
numerical results (10Hz)
numerical results (60Hz)
Irie-Yamafuji model
103
102
101
77 K, 10 tapes
0
10 -3
10
10-2
10-1
Maximum of applied magnetic field, µ0 Hsm (T)
Fig. 8. Dependence of perpendicular-field losses in 10-tape stack for different frequencies
on maximum of applied magnetic field. A solid line shows the theoretical curve based on
the critical state model, whereas broken lines are the numerical results for the slab whose
transport property is represented by the power law.
平行であるとし,y 方向に交流磁界 He を印加するとき,平板内の電磁界は一次元の Maxwell
の方程式
∂B(x, t)
∂E(x, t)
=
∂x
∂t
(7)
1 ∂B(x, t)
= J(x, t)
µ0 ∂x
(8)
を満足する。ここで,B は y 方向の局所的磁束密度,E, J はそれぞれ z 方向の局所的電界,
電流密度である。また,平板の E-J 特性として,n 値モデル
n(B)
J(x, t)
E(x, t) = Ec
(9)
λJc (B)
を仮定する。ここで,Ec は平均臨界電流密度 λJc の電界基準である。今回数値計算を行うに
当たり,線材の臨界電流 Ic と n 値として Fig. 1 に示す実線,点線をそれぞれ用いた。超伝導
体の局所的臨界電流密度 Jc や n 値は,Fig. 1 からもわかるように,局所的磁束密度 B の大き
さに依存する。従って,自己磁界(線材に流れる電流が自分自身に作る磁界)が無視できる
ほど大きな外部磁界を印加したときの実験結果をフィッティングし,低磁界領域まで外挿し
た近似曲線を使用した。また,平板の平均臨界電流密度 λJc は,臨界電流 Ic をフィラメント
領域当たりの電流密度に換算して与えた。外部磁界 He の一周期に対して,(7)〜(9) 式を用い
て差分法により,平板内の B, J, E 分布を計算した。その際,B(0, t) = B(D, t) = µ0 He の境
界条件を与えた。ここで,D は平板の厚さである。得られた磁界分布から,フィラメント領
域単位体積当たりの磁化 M は,
D
1
M(t) =
B(x, t) dx − He (t)
(10)
µ0 D 0
により求めることができる。従って,単位体積・一周期当たりの交流損失 W は,結局
W = −µ0 M dHe
(11)
となる。
以上の手法を用いて数値計算により求めた超伝導平板の交流損失を,Fig. 7 の実線と Fig. 8
の破線で示す。ただし,平板の厚さ D として,フィラメント領域の幅 2af を仮定した。Figs. 7,
8 からわかるように,数値計算結果は実験結果と良く一致している。
Figs. 9, 10 に,外部磁界振幅がそれぞれ 0.05 T と 0.1 T における磁化曲線について,実験結
果と数値計算結果の比較を示す。Figs. 9, 10 の実験結果は,フィラメント領域に印加される
磁界 Hs に対してプロットしている。これらの図には,参照として,臨界状態モデルの理論
曲線も破線で示している。周波数が 10 Hz 以下の場合,数値計算結果は実験結果と良い一致
を示している。一方,周波数が 30, 60 Hz の場合には,測定した磁化曲線は数値計算結果より
若干大きい。これは,前述の数値計算において考慮に入れなかった,テープ線材内の銀シー
ス部における渦電流の影響によるものと考えられる。以下で,この銀母材における渦電流損
失の値を大まかに見積もってみよう。
10 枚積層したテープ線材全体を等価的に無限平板とみなすと,平板の幅 De は 2.77 mm と
なる。このとき,フィラメント領域単位体積・交流一周期当たりの渦電流損失 We は,
We =
AAg
2 πδ sinh (De /δ) − sin (De /δ)
µ 0 Hm
Af
De cosh (De /δ) + cos (De /δ)
(12)
で与えられる 15) 。ここで,AAg は銀母材の断面積,Hm は外部磁界振幅である。また,δ は
δ = [ρ/ (µ0 πf )]1/2 で与えられる表皮の厚さである。ただし,ρ は銀の抵抗率,f は周波数で
ある。銀の抵抗率 ρ が 3×10−9 Ωm のとき,外部磁界振幅 Hm が 0.1 T,周波数 f が 1, 10, 30,
60 Hz の場合の渦電流損失 We はそれぞれ,0.044, 0.44, 1.3, 2.6 kJ/m3 と計算される。この値
は,Figs. 8, 10 における実験結果と数値計算結果のずれとして妥当な大きさと思われる。こ
のことは,商用周波数近傍の垂直磁界中においては渦電流の影響を無視できないことを意味
する。
5. 垂直磁界損失の予測
本節では,数値計算により得られた超伝導平板の交流損失特性 (Fig. 7 の実線) を用いて,任
意のテープ積層枚数に対する垂直磁界損失 (Fig. 2) を逆に予測することにする。フィラメン
ト領域に印加される最大磁界 Hsm は一般的に (6) 式で表されるが,ここでは次式のように簡
略化する。
Hsm = Hm − Ne Mm
(13)
ここで,Mm は He = Hm におけるフィラメント領域単位体積当たりの磁化である。Fig. 11
の実線は,超伝導平板に外部磁界を印加したときの増磁から減磁に転じる瞬間 Hm (= Hsm )
における磁化 Mm の数値計算結果を示している。また,Fig. 11 の点線は,一定の外部磁界振
幅 Hm ,一定の等価的反磁界係数 Ne における (13) 式の直線を示している。Fig. 11 からわか
Negative magnetization, − µ0 M (T)
0.05
(a) 1Hz
(b) 10Hz
0
experimental results
numerical results
Irie-Yamafuji model
-0.05
0.05
(c) 30Hz
(d) 60Hz
0
-0.05
-0.08
0
0.08
0
0.08 -0.08
Applied magnetic field, µ0 Hs (T)
Fig. 9. Comparison between experimental and numerical results of AC magnetization in
external magnetic fields with the amplitude of 0.05 T and the different frequencies. The
theoretical curves based on the critical state model are also drawn by dashed lines.
Negative magnetization, − µ0 M (T)
0.06
(a) 1Hz
(b) 10Hz
0
experimental results
numerical results
Irie-Yamafuji model
-0.06
0.06
(c) 30Hz
(d) 60Hz
0
-0.06
-0.12
0
0.12 -0.12
0
0.12
Applied magnetic field, µ0 Hs (T)
Fig. 10. Comparison between experimental and numerical results of AC magnetization in
external magnetic fields with the amplitude of 0.1 T and the different frequencies. The
experimental results of AC losses are 4.7, 6.6, 8.0 and 10.5 kJ/m3 at 1, 10, 30 and 60 Hz,
while the numerical results are 5.1, 6.7, 7.3 and 8.1 kJ/m3 , respectively.
Negative magnetization, − µ0 M (T)
0.02
0.015
µ0 Hsm
0.01
Eq.(13) for 1 tape
0.005
µ0 Hm
0
0
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
Maximum of applied magnetic field, µ0 Hsm (T)
Fig. 11. Initial-magnetization characteristics of superconducting slab.
るように,点線と横軸の交点は外部磁界振幅 Hm を表している。一方,点線と実線の交点は
最大印加磁界 Hsm を表している。等価的反磁界係数 Ne が一定の場合,Fig. 11 の点線の傾き
が一定であるため,低磁界振幅では Hsm は Hm に比べて非常に大きくなる。一方,高磁界振
幅では,Hsm は Hm とほとんど等しい。
Fig. 2 の曲線群は,以上の考察により求めた垂直磁界損失を表している。Fig. 2 より,本手
法により有限のテープ積層枚数に対する垂直磁界損失を良く再現できることがわかる。
6. まとめ
本論文では,ツイストしていない Bi-2223 多芯テープ線材における垂直磁界損失のテープ
積層枚数依存性 16) 及び周波数依存性 17) について検討した。まず,テープ積層枚数依存性に
ついては,外部磁界振幅が小さいとき,積層枚数が多くなるほど垂直磁界損失は小さくなっ
た。また,高磁界振幅では,垂直磁界損失は積層枚数にあまり依存しないこともわかった。
次に,テープ線材内のフィラメント領域を均一な楕円柱型磁性体で近似し,その等価的反磁
界係数の理論表式を導出した。この等価的反磁界係数を用いて換算したフィラメント領域に
印加される最大磁界に対する垂直磁界損失特性は,テープ積層枚数に依存しない一本のマス
ター曲線として整理することができた。さらに,実測したテープ線材の臨界電流と n 値の外
部磁界依存性を用いて数値計算により求めた超伝導無限平板の磁化特性から,有限枚数を積
層した場合の垂直磁界損失を予測した結果,実験結果を良く再現することができた。
一方で,積層したテープ線材の垂直磁界損失は周波数に強く依存性するため,臨界状態モ
デルを用いて損失特性を定量的に評価することができなかった。しかし,べき乗則で表され
る電圧電流特性を仮定した数値計算により,10 Hz 以下の周波数における磁化曲線や交流損
失を良く再現することができた。さらに,商用周波数の垂直磁界がテープ線材に印加された
場合の交流損失特性を正確に評価するためには,銀シース部における渦電流の影響も考慮に
入れる必要があることもわかった。
本論文で対象としたツイストのない多芯テープ線材では,外部磁界の印加に対してフィラ
メント領域全体が 1 つの超伝導体のように振る舞い,発生する交流損失は履歴損失が支配的
となる。低損失性を追及して現在開発されているフィラメント間の電磁気的結合を抑制した
線材(フィラメントのツイスト処理を施した線材や,フィラメントの外側を別の酸化物で囲っ
たバリア線材など)に関しては,本論文の結果を踏まえて更なる検討が必要となるであろう。
最後に,試料を提供していただいた昭和電線電纜 (株) の関係者の方々に謝意を表します。
付録 A.
孤立した楕円柱型磁性体内外の磁界分布
Fig. 12 に示すような z 方向に無限に長い楕円柱型磁性体を考える。楕円断面の長軸を 2a,
短軸を 2b(b < a)とし,それぞれ x, y 軸と平行であるとする。この楕円柱に対して,y 方向
に外部磁界 He を印加したとき,磁性体内部が y 方向に均一に M に磁化したとする。この磁
性体周囲の磁界分布を解析的に導出するために,次式のように,直角座標系 (x, y) を楕円座
標系 (u, v) に変換する 18) 。
x = c cosh u cos v,
y = c sinh u sin v
(14)
ここで,c は c = (a2 − b2 )1/2 である。(14) 式より,次のような関係式が得られる。
x2
y2
+
=1
c2 cosh2 u c2 sinh2 u
(15)
x2
y2
−
=1
c2 cos2 v c2 sin2 v
(16)
楕円外周上の点を (U, V ) とすると,(15) 式より,a = c cosh U, b = c sinh U が得られる。(15)
式からわかるように,u 一定の曲線は点 (±c, 0) を焦点とする共焦楕円となる。一方,(16) 式
で表される v 一定の曲線は,常に u 一定の曲線と直交する 18) 。従って,楕円座標系 (u, v) は
直交座標系を構成するため,それぞれ a = b の場合の極座標系における径方向・周方向成分
に対応させて考えることができる。
Fig. 12 に示すような楕円柱型磁性体の反磁界係数 (nx , ny ) は,一般的に
nx =
b
,
a+b
ny =
a
a+b
(17)
で与えられる 19) 。従って,磁性体の透磁率を µ とすると,y 方向に外部磁界 He を印加した
ときの磁性体内部の均一磁界 (0, Hiy ) は
Hiy = He −
a
M
a+b
(18)
となる 19) 。ところで,磁性体の磁化 M と透磁率 µ は,M = (µ/µ0 − 1)Hiy の関係がある 20)
ので,(18) 式より
(µ − µ0 ) (a + b)
He
µa + µ0 b
µ0 (a + b)
He
=
µa + µ0 b
M =
Hiy
(19)
(20)
y
v : constant
He
u : constant
M
x
Fig. 12. An isolated magnetic substance in the form of elliptic cylinder.
の関係式が得られる。
磁性体外部と内部の磁位をそれぞれ φm1 , φm2 とすると,無限遠での磁界は外部磁界 He と
一致するため,
φm1 = −He y + p(x, y)
= −He c sinh u sin v + p(u, v)
(21)
φm2 = −Hiy y
= −Hiy c sinh u sin v
(22)
とおくことができる。ここで,p は未定変数である。また,境界条件は
φm1 |u=U = φm2 |u=U
∂φm2 ∂φm1 = µ
µ0
∂u u=U
∂u u=U
(23)
(24)
で与えられる。(21) 式の φm1 は,Laplace の方程式
2
∇ φm1
∂ 2 φm1 ∂ 2 φm1
=
+
∂x2
∂y 2
2
∂ φm1 ∂ 2 φm1
2
= 2
+
c (cosh 2u − cos 2v)
∂u2
∂v 2
= 0
(25)
を満足するので,(21)〜(25) 式を連立して解くと,
(µ − µ0 ) ab (a + b) sin v
He
(µa + µ0 b) ceu
ab sin v
= −He y +
M
ceu
φm1 = −He y +
(26)
が求まる。従って,磁性体外部の磁界分布 (Hox , Hoy ) として
∂φm1
∂x
ab sin 2v
= 2
M
c (cosh 2u−cos 2v)
∂φm1
Hoy (u, v) = −
∂y
ab(e−2u −cos 2v)
M
= He + 2
c (cosh 2u−cos 2v)
Hox (u, v) = −
(27)
(28)
が得られる。
参考文献
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8)
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11)
12)
13)
14)
15)
16)
17)