居住者の温熱申告を利用した空調制御法に関する研究 −M社名古屋ビルにおける夏季冷房時のフィールド実験による検討−久野研究室 小川 宗志 1.本研究の背景と目的 を下回った時に、 「室温を上げたい」と「室温を下げたい」申告者の 近年、大きく発展した情報化技術は広く普及し、一般的なオフィ 内、多い方の申告を採用して設定室温の変更を行った。尚、PC 起 スビルでは、ほとんどのフロア居住者がネットワークに接続された 動者数の内「そのままでよい」申告者数と無申告者数の合計の割合 パーソナルコンピューター(以下 PC)や携帯電話等の端末を使用 を満足者率とし、設定室温の変更量は±1℃とした。 している。PC ネットワークを利用することで、居住者の周辺環境 1)2) の心理評価、要望等の感覚情報をリアルタイムに収集でき、 それを様々な建築設備の制御に利用することで様々な最適制御が可 室温変更要望 3 段階申告 ○室温を上げたい ○そのままでよい 能になりつつある。特に空調制御において、あるアルゴリズムに基 づいて居住者の感覚情報を利用することで、快適性向上や省エネに ○室温を下げたい 快適感 7 段階申告 寒暑感 7 段階申告 ○非常に快適 ○快適 ○やや快適 ○どちらでもない ○やや不快 ○不快 ○非常に不快 ○非常に暑い ○暑い ○やや暑い ○どちらでもない ○やや寒い ○寒い ○非常に寒い 図-2 PC アンケート 3) 特化した制御や、両者を併せ持った制御などが期待できる。 さら に収集された居住者感覚情報、空調運転状況及び周辺環境の物理量 等を各居住者にリアルタイムにフィードバックすることで、省エネ に関する意識の改善や着衣調整などの行動の誘発、あるいは設備の フォールト検知などに応用することも考えられる。 居住者感覚情報収集 空調開始時設定室温26℃ 9:30 9:50 PCアン ケート 空調制御 10:30 10:50 PCアン ケート 空調制御 申告開始後20分間のデータを有効とする S=「そのままでよい」申告者数+無申告者 PC起動者数 満足者率=Sの判定 して位置づけ、PC ネットワークによる温熱申告の収集と解析、及 び設定室温の制御に合意形成ルールを適用した実験を行い、居住者 の快適性に与えられる効果及び影響を調査・分析した。合意形成ル ールは快適性向上を目的として作成した。 11:30 11:50 引き分け 室温変更方向検討:多数決 PCアン ケート 空調制御 Δt=±1℃ Δt=0 12:30 12:50 要求温度 t=設定温度+Δt 13:30 13:50 2.実験概要 S≧90% S<90% 本研究では、オフィスフロアに存在する居住者自身をセンサーと PCアン ケート 空調制御 NO 室温制限判定(24℃≦t≦28℃) 本実験は、M 社名古屋ビルの北館8階を実験対象フィールドとし、 そこで実際に執務する居住者を対象に行い、同時に環境常時計測を 行った。図-1 に実験対象フィールドを示す。空調は、インテリアの 1系統定風量吹出し(吹出口数 24 個)と、南北面にあるペリメー タ用 FCU(合計 16 台)で構成されていた。 実験対象居住者は、インテリアに席を有する男性 37 名、女性 36 名の合計 73 名である。男性は主にスーツ(0.72clo)を着用し、女 性は規定の制服(0.76clo)を着用していた。 14:30 14:50 PCアン ケート 空調制御 15:30 15:50 PCアン ケート 空調制御 16:30 16:50 PCアン ケート 空調制御 Δt=0 YES 空調制御 フィードバック情報書込・分析用ファイル書込み 空調制御変更終了時のデータ取り扱い 図-3 申告スケジュール 図-4 合意形成ルールフロー 3.1 PC 起動者率、申告者率、設定室温、平均室温の推移 PC 起動者率、申告者率、室温の推移を図-5 に示す。実験期間中 実験日程は、設定室温 26℃一定運転での実験の 9/11、9/12、9 において、対象居住者 73 名の内、PC 起動者率は 80%前後、申告 /16、 9/30 の計 4 日間、 合意形成ルールを適用した実験の 9/18、 者率は 60%前後で推移し、PC ネットワークを利用した温熱申告が 9/19、9/22、9/25、9/26、9/29 の間に計 6 日間である。 安定して行われた。 温熱申告の構成を図-2に示す。温熱申告は PC ネットワークを利 平均室温は、26 度一定運転期間において約 25℃から約 26℃の範 用した PC アンケートにより行い、室温変更要望 3 段階申告、快適 囲を推移し、ルール適用期間では約 23.5℃から約 26℃の範囲を推 感 7 段階申告、寒暑感 7 段階申告で構成されている。申告スケジュ 移した。合意形成ルール適用期間において、設定温度は居住者の温 ールを図-3 に示す。昼休みにあたる 12 時 30 分を除き、9 時 30 分 熱申告により決定されたが、空調機の冷房能力不足により室温が低 から 16 時 30 分までの毎時 30 分に申告を促す「スケジュール申告」 下しにくく、設定温度のみが低下し続ける傾向にあり、合意形成ル とした。注 1) ールの意図する室温制御は達成できなかったと考えられる。図中の 平均室温は申告要求後 20 分間の各居住者近傍温度の平均を更に申 告時間帯ごとに平均して算出したものである。フロア内の位置によ る室温較差により±0.2 から±.0.7 程度の標準偏差を伴い推移した。 設定室温、平均室、PC起動者率、申告者率の推移 PC起動者率(%) 申告者率(%) 設定室温(℃) 平均室温(℃) 140% 120% 24 22 20 18 100% ●居住者近傍温度計測点(FL+1200) :実験対象居住者 図-1 M社ビル北館 8 階平面図 合意形成ルールは快適性追求モードとした。合意形成ルールフロ ーを図-4 に示す。申告要求後 20 分以内に申告された温熱申告を有 効申告とし、 集計及び解析後、 空調制御を行った。 満足者率 S が 90% 80% 60% 16 14 12 10 40% 合意形成ルール適用期間 20% 9/11 (℃) 30 28 26 9/12 9/16 9/18 9/19 9/22 9/25 9/26 9/29 9/30 図-5 PC 起動者率、申告者率、設定室温、平均室温の推移 3.2 室温変更要望の推移 3.4 室温変更要望、寒暑感及び快適感の対応関係 図-6 に室温変更要望内訳の推移を示す。合意形成ルール適用期間 各申告項目の内訳の対応関係を図-13 に示す。 「上げたい」 「下げ では、26℃一定運転期間に比較して平均室温が若干低かったため、 たい」申告は共に不快側と対応し、 「そのままでよい」申告は快適感 「上げたい」申告者率と「下げたい」申告者率が共に2割前後で推 の「どちらでもない」申告と対応した。暑い側の申告と寒い側の申 移したと考えられる。ルール適用による明確なクレームの減少及び 告は不快側の申告と対応関係にあり、快適側と対応する寒暑感申告 快適性の向上は見られなかった。 はほとんど見られなかった。 下げたい申告者率 室温変更要望内訳 100% 80% 60% 40% 20% 0% 9/11 ど ち らでもない 上げたい申告者率 「下げたい」申告は男女共に「やや暑い」申告と「やや不快」申 告の占める割合が大きいのに対し、女性居住者の「上げたい」申告 では「寒い」申告と「不快」申告の割合が大きく、 「下げたい」申告 9/12 9/16 9/18 9/19 9/22 :ルール適用期間 9/25 9/26 9/29 9/30 より不快側で申告されることが分かった。 図-6 室温変更要望内訳 3.3 温熱環境と温熱申告について 図-9 及び図-10 に平均室温と室温変更要望内訳の関係を男女別に 示す。性別による明確な相違があり、男性居住者では平均室温が 25℃付近より低い範囲で「そのままでよい」申告者率が「下げたい」 申告者率を上回る傾向にあり、24℃前後で高い値を示した。 「上げ たい」申告者率はどの平均室温に対しても常に低い値であった。一 方、女性居住者では、平均室温の変化に対して「そのまま」申告者 率は明確な変化はみられず、25℃付近で「上げたい」申告者率と「下 げたい」申告者率が拮抗する傾向にあった。 図-13 室温変更要望、寒暑感及び快適感の対応関係 4.総括 本実験では、空調機の冷房能力不足により、設定室温の推移に対 図-9 男性:平均室温と室温変更要望内訳 する室温の追従が不十分であり、温熱申告による空調制御が不完全 であった。そのため、ルール適用期間における快適性の向上につい ては十分な検討を行うことができなかった。しかし、PC 起動者率、 申告者率は共に高く安定した値を示し、ネットワークを利用した PC アンケートによる温熱申告は、居住者感覚を把握するのに有効 であると考えられる。 また、温熱申告と温熱環境の関係の分析によって、性別による明 図-10 女性:平均室温と室温変更要望内訳 確な相違が明らかになった。男性居住者では、 「上げたい」申告者は 居住者近傍温度と室温変更要望、寒暑感、快適感の内訳の対応関 どの室温においても少なく、 「下げたい」 申告者率の低下に伴って 「そ 係を図-11 に示す。ここでも性別による明確な相違があり、女性居 のままでよい」申告者率が増加するのに対し、女性居住者では「下 住者には「上げたい」申告が多く、男性居住者には「下げたい」申 げたい」申告者率は男性に比べ 20%程度低く、 「下げたい」申告者 告が多く見られた。男女共に「上げたい」申告率の増加に伴って寒 率の低下に伴い「上げたい」申告者率が増加し、どの室温において い側と不快側の申告が増加し、 「下げたい」申告の増加に伴って暑い も「そのままでよい」申告者率に大きな変化は見られなかった。 側と不快側の申告が増加した。 室温変更要望と快適感の対応では、特に女性において「上げたい」 申告と「下げたい」申告で不快の割合が異なり、 「下げたい」申告に 対して「上げたい」申告はより不快側で申告された。 性別による室温変更要望内訳の相違、男女の人数比による申告の 偏り等を考慮した制御アルゴリズムの構築が今後の課題となる。 [参考文献]1)除国海 居住者フィードバックを利用した室内環境の快適制御法に関する研 究 その1 システム構成とフィールド調査結果分析 2001年9月空気調和・衛生工学 会学術講演梗概論文集p297-300 2)除国海 居住者フィードバックを利用した室内環境 の快適制御法に関する研究 その2 中間期空調環境の快適性調査結果及び考察 200 2年9月空気調和・衛生工学会学術講演梗概論文集 p1545-1548 3)村上 昌文ら 居住 者の合意形成による空調制御時のエネルギー消費と快適性に関する研究 [注 1]最終的には、各居住者が自発的に申告を行う「任意申告」を想定している。 図‑11 居住者近傍温度と室温変更要望、寒暑感、快適感
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