インターネットを利用したテレビ番組録画サービスが 放送業者の著作隣接

「企業と発明」
(2006 年 7 月号)掲載 (社団法人発明協会大阪支部発行)
インターネットを利用したテレビ番組録画サービスが
放送業者の著作隣接権を侵害するか
知財高裁平成 17 年 11 月 15 日 最高裁HP 録画ネット事件
レクシア特許法律事務所
弁護士・弁理士
山田
威一郎
1.はじめに
本件は、テレビ番組の受信・録画機能を有するパソコンをインターネット回線を通じ
て操作する方法により、海外等の遠隔地においてテレビ番組の録画・視聴を可能にする
サービスを提供している業者に対し、著作隣接権(複製権)侵害を理由に、同サービス
の差止が命じられた事案である。本件判決の最大の争点は、同サービスにおける複製行
為の主体が、被告サービスの利用者なのか、サービスを提供する業者なのかとの点にあ
るが、この点に関し、知財高裁は、管理性、利益性という2つのメルクマールによって、
サービス提供業者が録画行為の主体であるとの判断をなしている。本稿では、かかる判
決をもとに、著作権侵害の主体の問題につき、検討を行いたい。
2.事案の概要
原告X(日本放送協会)は、放送事業者であり、被告Yは「録画ネット」との名称で、
インターネット回線を通じてテレビ番組の受信・録画機能を有するパソコ ンを操作する
方法により、海外などの遠隔地において、テレビ番組の録画、視聴を可能とするサービ
ス(以下、「本件サービス」という)を提供している事業者である。
本件サービスは、Yが利用者ごとに1台ずつ販売したテレビチューナー付パソコン(以
下「テレビパソコン」という)を、Yの事務所内にまとめて設置し、テレビアンテナを
接続するなどして放送番組を受信可能な状態にするとともに、各利用者がインターネッ
トを通じてテレビパソコンを操作して録画予約し、録画されたファイルを自宅などのパ
ソコンに転送することにより、海外などにおいて、日本国内のテレビ番組を録画して視
聴できるというものである。
Xは、Yに対し、本件サービスが、放送事業者が有する著作隣接権(放送に係る音ま
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たは影像の複製権、著作権法 98 条)を侵害しているとして、本件サービスにおいてX
の放送を複製の対象とすることの差止を求める仮処分を申し立てた。
本件事案においては、本件サービスにおける放送番組の複製の主体が事業者Yである
といえるかが主な争点となったが、この点に関しXは、①本件サービスの目的は、専ら
利用者に放送番組をその複製物により視聴させることにあること、②放送番組の複 製は、
Yの管理・支配下で行われていること、③本件サービスによってYは利益を得ているこ
とに鑑みれば、複製行為の主体はYと評価すべきであると主張した。
これに対し、Yは、①本件サービスの内容、性質は、テレビパソコンの販売と、その
ハウジングサービスであり、利用者が自己の所有するパソコンを利用して適法な私的複
製(著作権法30条1項)を行っているにすぎない、②本件サービスにおける放送番組
の複製行為はYの管理・支配下で行われているとはいえない、③Yが得ているのは、現
実に販売したテレビパソコンの対価とその保守管理費用であり、複製のサービスに対す
る対価ではないとの主張をし、複製の主体はあくまで利用者であり、Yではないとして
争った。
この点につき、仮処分の申立を受けた東京地裁は、「本件サービスにおける複製は、
Yの強い管理・支配下において行われており、利用者が管理・支配する程度は極めて弱
いものである」ことを根拠に「本件サービスにおいて、複製の主体はYであると評価す
べきである」とし、Xの申立を認容する仮処分決定を下した(東京地決平成 16 年 10 月
7 日判時 1893 号 131 頁)。
これに対し、Yが本件仮処分決定の取消しを求めて仮処分異議を申し立てたが、原審
は、「本件放送の複製主体は、利用者とYが共同して行っているものと認めるべき」と
して、上記仮処分決定を認可する決定をした(東京地決平成 17 年 5 月 31 日)。
そこで、これを不服とするYが知財高裁に本件抗告をした。
3.判旨
〔1〕本件サービスは、抗告人自身が本件サイトにおいて宣伝しているとおり、海外
に居住する利用者を対象に、日本の放送番組をその複製物によって視聴させることのみ
を目的としたサービスである、〔2〕本件サービスにおいては、抗告人事務所内に抗告
人が設置したテレビパソコン、テレビアンテナ、ブースター、分配機、本件サーバー、
ルーター、監視サーバー等多くの機器類並びにソフトウェアが、有機的に結合して1つ
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の本件録画システムを構成しており、これらの機器類及びソフトウエアはすべて抗告人
が調達した抗告人の所有物であって、抗告人は、上記システムが常時作動するように監
視し、これを一体として管理している、〔3〕本件サービスで録画可能な放送は、抗告
人が設定した範囲内の放送(抗告人事務所の所在する千葉県松戸市で受信されたアナロ
グ地上波放送)に限定されている、〔4〕利用者は、本件サービスを利用する場合 、手
元にあるパソコンから、抗告人が運営する本件サイトにアクセスし、そこで認証を受け
なければ、割り当てられたテレビパソコンにアクセスすることができず、アクセスした
後も、本件サイト上で指示説明された手順に従って、番組の録画や録画データのダウン
ロードを行うものであり、抗告人は、利用者からの問い合わせに対し個別に回答するな
どのサポートを行っている、というのである。これらの事情によれば、抗告人が相手方
の放送に係る本件放送についての複製行為を管理していることは明らかである。
また、抗告人は、本件サイトにおいて、本件サービスが、海外に居住する利用者を対
象に日本の放送番組をその複製物によって視聴させることを目的としたサービスである
ことを宣伝し、利用者をして本件サービスを利用させて、毎月の保守費用の名目で利益
を得ているものである。
上記各事情を総合すれば、抗告人が相手方の放送に係る本件放送についての複製行為
を行っているものというべきであり、抗告人の上記複製行為は、相手方が本件放送に係
る音又は影像について有する著作隣接権としての複製権(著作権法 98 条)を侵害する
ものである。
4.評釈
(1) 本件決定の判断枠組
本件では、被告Yの提供する録画予約サービスが、原告Xの著作隣接権(複製権)を
侵害するか否かが争われているが、本件における最大の争点は、複製行為の主体が誰で
あるかとの点にある。仮に、複製の主体が、利用者であるとすれば、利用者の録画は著
作権法30条で許容される私的使用の一態様ということになり、利用者本人についても
サービス提供事業者についても、著作隣接権侵害は成立しないのに対し、サービスの適
用主体である被告が録画行為の主体と評価できるのであれば、私的使用の抗弁は成立せ
ず、著作隣接権侵害を構成することになるからである。
この点、本件サービスの内容を形式的に見れば、本件サービスは、テレビパソコンを
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利用者に販売し、利用者本人が録画予約をするとの形式がとられている以上、録画行為
の主体は、利用者本人ということになろう。
しかしながら、かかる形式的判断は、本件サービスの実体に合致するものではない。
本件サービスは、あくまで被告にテレビ番組の録画をさせるためのものであって、通常
のハウジングサービスとはその性格を異にするからである。
この点、本件決定では、上記のような形式的判断に固執することなく、①被告が利用
者を管理していたこと(管理性)、②被告が本件サービスによって利益を得ていたこと
(利益性)との2点を根拠に、本件サービスは被告Yによる録画代行サービスにほかな
らず、複製行為の主体は被告であるとの規範的な判断がなされている。
(2) カラオケ法理
本件決定における判断は、明示的な引用こそないものの、クラブ・キャッツアイ事件
の最高裁判決(最判昭和 63 年 3 月 15 日民集 42 巻 3 号 199 頁)の考え方(以下、これ
を「カラオケ法理」と呼ぶ)に従ったものである。
クラブ・キャッツアイ事件の最高裁判決では、カラオケスナックにおいて、客が歌唱
を行っていた事案につき、①客が店の「管理のもとに」歌唱していること(管理性)、
②これにより店が「営業上の利益を増大させることを意図」している点(利益性)に着
目し「客による歌唱も、著作権法上の規律の観点からは上告人(店)による歌唱と同視
しうるものである」とし、客のみが歌唱する場合であっても、演奏(歌唱)という形態
における当該音楽著作物の利用主体は店であるとの判断がなされている。
この判決は昭和 50 年代にカラオケ歌唱が広まる中で、適法録音物の再生についての
特則(旧著作権法附則 14 条) i がネックとなりカラオケ伴奏および歌唱についての侵害
が認められるか疑義が生じた中でなされたものであり、その後、ビッグエコー事件(東
京地判平成 10 年 8 月 27 日判時 1654 号 34 頁、東京高判平成 11 年 7 月 13 日判時 1696
号 137 頁)等カラオケボックスに関する下級審裁判例でも踏襲され、ナイトパブG7事
件の最高裁判決(最二判平成 13 年 3 月 2 日民集 55 巻 2 号 185 頁)でも再確認されて
いる。
カラオケ法理は、密接な支配関係がなく、単に「管理」という程度の関係しかみとめ
られず、それだけでは利用行為主体性を肯定できない事案において、利益性との観点を
組み合わせることで利用主体性を肯定する点に特徴を有する理論であるが、このカラオ
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ケ法理に対しては、少なくともその当初においては、高度に擬制的であるとの批判が強
く ii 、最近までこの法理を適用して利用主体性を肯定した裁判例はカラオケ関係の事件に
限られていた。
しかし、最近になって、いわゆるファイル交換サービス iii に関する事案で、カラオケ
法理と類似の構成によって、直接の侵害行為を行っていないサービス提供者の侵害行為
主体性が肯定された事案が登場し、学説においても、概 ね肯定的に捉えられている(フ
ァイルローグ事件
東京地中間判平成 15 年 1 月 29 日判時 1810 号 29 頁、東京地判平
成 14 年 4 月 11 日判時 1780 号 25 頁、東京高判平成 17 年 3 月 31 日)iv 。この事件では、
インターネット上で音楽ファイルを交換するためのサービスを提供する者の侵害行為主
体性が問題となったが、この点につき東京高裁は「本件サービスが、その性質上、具体
的かつ現実的な蓋然性をもって特定の類型の違法な著作権侵害行為を惹起するものであ
り、Y会社がこのことを予想しつつ本件サービスを適用して、そのような侵害行為を誘
発し、しかもそれについての控訴人会社の管理があり、Y会社がこれにより何らかの経
済的利益を得る余地があると見られる事実があるときは、Y会社はまさに自らコントロ
ール可能な行為により侵害の結果を招いている者として、その責任を問われることは当
然」であるとして、①管理性、②利益性との2つの基準に基づきサービス提供者の侵害
行為主体性を肯定している。
(3) 本件におけるカラオケ法理の適用
本判決においても、ファイルローグ事件と同様、①管理性、②利益性との2つのメル
クマールによって、サービス提供者である被告が複製行為の 主体であるとの判断がなさ
れている。
本件の仮処分決定および異議審決定においては、管理・支配のみが考慮され、利益性
については検討されていなかったが、抗告審決定では、管理性に加え、利益性をも加味
した判断がなされており、カラオケ法理の判断枠組により忠実な判断がなされていると
いえよう。
このようなカラオケ法理の広範な適用に対しては、賛否両論がありうるところである
が、基本的には、肯定的に考えるべきであろう。近年の通信技術の進歩に鑑みれば、著
作権法上の侵害行為の主体を形式的に考えた場合、容易に著作権侵害を回避するこ とが
可能になってしまうからである。特に著作権の場合、特許法 101 条のような間接侵害の
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規定が存在しないため、形式的な侵害行為の主体が個人となるようなしくみを作った場
合に、直ちに侵害が回避されるとした場合、著作権者の保護に著しく欠けるといわざる
を得ない。
(4) 侵害幇助者に対する差止請求
本件では、カラオケ法理の適用により、サービス適用業者に対する差止請求が認容さ
れているが、最近、同法理の適用ができない侵害幇助者に対しても、著作権法 112 条 1
項を適用ないし類推適用して差止請求を認める判決が登場し注目を集めている。
大阪地判平成 15 年 2 月 13 日(判タ 1124 号 285 頁、ヒットワン事件)では、スナッ
ク等に業務用カラオケをリース又は販売した上で楽曲データを提供する通信カラオケリ
ース業者が「著作権を侵害する者又は侵害するおそれがある者」にあたるとの判断がな
されているほか v 、大阪地判平成 17 年 10 月 24 日(判時 1911 号 65 頁、選撮見録事件)
では、集合住宅向けハードディスクビデオレコーダーシステムを提供する業者につき、
「著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者」と同視することができるから、
著作権法 112 条 1 項を類推して、その者に対し、その行為の差止めを求めることができ
るものと解するのが相当である」との判断がなされている vi 。
これらの判決の考えは、カラオケ法理を適用しても、侵害行為主体性を肯定できない
幇助者に対しても、差止請求を認めるものであるが、民法の妨害排除請求権との整合性、
文理解釈の困難性、著作権法における間接侵害規定の不存在等の点から批判が強く vii 、
未だ学説の広い支持を集めるには至っていない。また、最高裁の判例において、侵害幇
助者に対する差止請求を正面から認めた事案は、今のところ存在しない viii 。
5.最後に
本件決定は、カラオケ法理を適用し、侵害を認める事例を追加するものとして実務上
重要な意義を持つものである。この問題に関しては、侵害幇助者に対する差止請求の問
題も含め、最近になって重要な裁判例は相次いでおり、一部には立法により解決を図る
動きもあるようである。
i
当時の著作権法附則14条は、適法録音物の再生は、原則として演奏権侵害にならないとしていたた
め、カラオケスナックにおけるカラオケテープの再生は演奏権の侵害にならないと考えられていた。
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ii
クラブ・キャッツアイ事件の伊藤正巳裁判官の少数意見は、多数意見のカラオケ法理に対し、「擬制
的にすぎて相当でない」との批判をしている。
サーバにアップロードするのではなく個人のパソコンの中の共有フォルダに著作物を蔵置
しておくことによってユーザ間で著作物をダウンロードできる状況にするサービスをいう。
iii
iv
ファイルローグ事件に関しては、並川鉄也「ファイル交換サービスの著作権侵害行為主体性」(本誌
2003 年 11 月号)、上野達 弘「ファイルローグ事件」 CIPIC ジャーナ ル Vol/134、高部眞規子「ピア・
ツー・ピア方式による電子ファイルの交換に関するサービスを提供している債務者に対し、著作権侵害
を理由に利用者へのファイル情報の送信の差止めが命じられた事例」判タ 1125 号 167 頁等を参照。
ヒットワン事件において、大阪地裁は、以下のように述べて、カラオケリース業者が著作権法 112 条
1 項の「著作権を侵害する 者又は侵害するおそれがある者」にあたるとの判断をしている 。「著作権法
112 条 1 項にいう「著作権 を侵害する者又は侵害するおそれがある者」は、一般には、侵害行為の主体
たる者を指すと解される。しかし、侵害行為の主体たる者でなく、侵害の幇助行為を現に行うものであ
っても、①幇助者による幇助行為の内容・性質、②現に行われている著作権侵害行為に対する幇助者の
管理・支配の程度、③幇助者の利益と著作権侵害行為の結びつき等を総合して観察したときに、幇助者
の行為が当該著作権侵害行為に密接な関わりを有し、当該幇助者が幇助行為を中止する条理上の義務が
あり、かつ当該幇助行為を中止して侵害行為を除去できるような場合には、当該幇助行為を行う者は侵
害主体に準じるものと評価できるから、同法 112 条 1 項の「著作権を侵害する者又は侵害するおそれが
ある者」にあたるものと解するのが相当である。」
v
vi 選撮見録事件において大阪地裁は、以下のように述べて、著作権法 112 条 1 項 の類推適用を肯定し
ている。「①被告商品の販売は、これが行われることによって、その後、ほぼ必然的に原告らの著作隣
接権の侵害が生じ、これを回避することが、裁判等によりその侵害行為を直接差し止めることを除けば、
社会通念上不可能であり、②裁判等によりその侵害行為を直接差し止めようとしても、侵害が行われよ
うとしている場所や相手方を知ることが非常に困難なため、完全な侵害の排除及び予防は事実上難しく、
③他方、被告において被告商品の販売を止めることは、実現が容易であり、④差止めによる不利益は、
被告が被告商品の販売利益を失うことに止まるが、被告商品の使用は原告らの放送事業者の複製権及び
送信可能化権の侵害を伴うものであるから、その販売は保護すべき利益に乏しい。
このような場合には、侵害行為の差止め請求との関係では、被告商品の販売行為を直接の侵害行為と同
視し、その行為者を「著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれのある者」と同視することができる
から、著作権法112条1項を類推して、その者に対し、その行為の差止めを求めることができるもの
と解するのが相当である。」
高部眞規子「カラオケリース業者に使用禁止措置を命じた裁判例をめぐって」( AIPPI Vol.49 No.4
290 頁)等を参照。
vii
最高裁は、侵害幇助者に対する損害賠償請求は肯定している。最二小判平成 13 年 3 月 2 日民 集 55
巻 2 号 185 頁(パブハウス G7事件)は、侵害の行為に供するカラオケ装置を提供 したリース業社の損
害賠償責任を認めている。また、最三小判平成 13 年 2 月 13 日(ときめきメモリアル事件)は、専らゲ
ームソフトの改変のみを目的とするメモリーカードを輸入、販売し、他人の使用を意図して流通に置い
た者につき損害賠償責任を認めている。
viii
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