Whales and Dolphins of the Hebrides ヘブリディーズ諸島のクジラとイルカ Team 4 2012/8/16~8/27 東京大学大学院 小川太輝 1. 調査メンバー メンバーは Olivia Harries(研究者) 、John Hill (船長)、Roddy Wyness(航海士) そして、ボランティア 6 名(国籍:アメリカ 2 人、イギリス人 3 人、日本人 1 人)とア シスタント 1 名の合計 10 人であった。 最終日に撮った集合写真 2. 調査目的 スコットランドの西岸では 24 種もの鯨類の生息が確認されており、多くの種がイギリス 国内、そして国際的に保護対象種とされている。Whales and Dolphins of the Hebrides と いう今回参加したプロジェクトは、スコットランドの Tobermory に本部を置く NPO 団体 Hebridean Whale and dolphin Trust (HWDT)が 2003 年から行っている。本調査の主 な目的は、ヘブリディーズ諸島の鯨類の保全である。目視調査、音響調査のデータを蓄積 し、HWDT が調査それらのデータから鯨類の分布のモデリングを行い、それぞれの種が、 海洋環境そして人間活動(漁業、養殖業等)よってどのような影響を受けているのかを調 べている。また、鯨類の調査だけでなく、ボランティアへの海洋保全の必要性を学ぶ教育 活動も調査の目的の一つである。 3. 調査地 本プロジェクトは、スコットランドの西岸に広がるヘブリディーズ諸島で行った。ヘブ リディーズ諸島は、550 の島からなり、その多様な地形と多様な景色、豊富な野生動物が生 息していることから、イギリス政 府は特別自然美観地域(Area of Outstanding Natural Beauty 通称 AONB) として認定している。 暖かいメキシコ湾流と北極からの 寒流が混ざるこの海域は、栄養塩 が豊富で、多種多様な海洋生物が 生息しており、24 種類の鯨類に加 え、サメ類、海鳥類、アザラシ類、 マンボウなどが確認されている。 右図は全調査航路をプロットし た図である。調査は 10 日間行われ、 Survey tracks 船は合計約 840km 航走し、観測時間は約 80 時間であっ た。 4. 調査方法 その日の調査航路は天候やその日の目的によって決ま る。調査は目視調査、音響調査を並行して行い、ボラン ティアは目視調査 A(右舷側)、目視調査 B(左舷側)、 伝達、コンピューター作業の4つの担当をそれぞれ 30 分で交代する。調査日の 1 日の流れは以下の通りである。 8:30 起床 朝食 調査準備 9:00 調査開始 11:00 軽食(調査をしながら) 13:00 昼食(調査をしながら) 15:00 軽食(調査をしながら) 17:00 調査終了 18:00 夕食準備 停泊した島の散策 20:00 夕食 21:00 講義、自由時間 22:00 就寝 作業のタイムテーブル 船での夕食 ① 目視調査 右舷では進行方向向かって 0~100 度、左舷では 270 度~10 度の範囲で目 視を行う。鯨類や魚類などの海洋生物、 海洋ゴミ、漁業用のブイ等を発見した ら、海洋生物の場合は「Sighting!」、 海洋ゴミの場合は「Rubbish!」、ブイ の場合は「Creel!」と叫び、伝達係を はじめ、全員に知らせる。海洋生物を 観測した場合は、発見した角度、船か 目視調査中 らの距離、生物が泳いでいる方向の3 つの数字を伝え、再び観測する。観測終了後は、観測した生物種、個体数、鳥山は あったか、研究者(Olivia)の確認の有無等の情報を伝達係に伝える。 ② 伝達係 船外の目視調査員の報告を船 内のコンピューター係に伝え る。また、進行方向向かって 0 度~90 度の範囲で海鳥を調査 し、さらに全範囲で周辺を航走 している船の種類と数を記録 する。 鳥類目視調査中 角度 ③ コンピューター作業 報告を受けたデータをコンピュ ーターに入力する。また、15 分ごと に天気や海況などの環境情報を記 録、船のエンジンを止めて音響調査 を行う。音響調査では船のエンジン を 1 分間止め、イルカの鳴き声や、 船のエンジン音などを 5 段階評価で 記録する。 コンピューター作業中 5. 観測した海洋生物 マイルカ Delphinus delphis ミンククジラ Balaenoptera acutorostrata ハナゴンドウ Grampus griseus ウバザメ Cetorhinus maximus 沿岸部ではネズミイルカ Phocoena phocoen が多く見られたが、観測時にジャン プを多くしない為、写真を撮ることはできな かった。今回の航海ではマイルカは 30 頭ほ どの群れを 2 回、ハナゴンドウ 1 頭、ミンク クジラを 5 頭、ウバザメを 5 匹、マンボウを 2 匹観測した。 また、ゼニガタアザラシ Phoca vitulina やハイイロアザラシ Halichoerus マンボウ Mola mola grypus も観測することができた。 6. 調査を終えて ① 調査中のディスカッションを通して感じたこと 私は 2010 年夏から 1 年間、交換留学生としてノルウェーの大学で水産学・海洋 学の勉強をしていた。当時は、授業について行くことが精一杯で、ディスカッショ ン等でうまく意見を言うことができず、悔しい思いをしたことを覚えている。ノル ウェーから帰国して 1 年後に参加したこのプロジェクトでは、ノルウェー留学時と 比べ、英語や専門知識の面で成長を感じることができた。 ディスカッションでは、特に、日本 の捕鯨文化について話したり、ヘブリ ディーズにおける鯨類の保全に関し て議論したりすることが多かった。私 自身は、捕鯨に関しては、鯨類資源が 高位で安定していれば、文化に委ね、 利用しても良いのでは、という意見を 伝えた。しかし、鯨類の資源量のデー タが必ずしも正確とは限らないので 捕るべきではないという意見や、倫理 的な問題で、そもそも捕鯨はやめるべ きだという率直な意見も聞くことが できた。鯨を食べることに関して理解 をしてくれない人もいたが、参加者の 一人が日本人と話すのが初めてで、彼 女から「捕鯨には反対であるけれど、 日本の捕鯨の歴史や日本人の捕鯨に 停泊地のバーで1日の反省会 対する意見を聞くことができて、勉強 になった。」という言葉を聞けたときは、嬉しく、話をして良かったと思った。ヘ ブリディーズでの鯨類の保全に関するディスカッションでは、混獲の問題や ADD (鯨類を養殖場に寄せ付けないように嫌な音を出す機械)の影響など、人間活動が 与える影響について話し合うことが多かった。 また、参加者は私以外、英語を母国語としていたのだが、出身がアメリカ、ウェ ールズ、スコットランド、イングランド東部及び南西部であり、いろいろな訛りの 英語を聞くことができたのも良い経験であった。例えば、イギリスではありがとう という意味で使う「Cheers」がアメリカ人には通じなかったり、とても小さなとい うスコットランド特有の「wee」なども通じなかったりという具合である。発音も 結構違うようで、母国語が英語の人同士で言葉が通じないことがあるというのは、 見ていて新鮮で、貴重な体験であった。 ② 海上生活で感じた日常生活の ありがたさと海の怖さ 12 日間、ボランティアを含 めた 10 人が 60 フィート(約 18m)の Silurian 号で生活を Tobermory に停泊する Silurian 号 した。常に海上にいるため、水は限られ、新鮮な野菜を常に食べられるわけではな い。シャワーも 2~3 日に 1 度、それも数分。食器を洗うときもできるだけ水を使 わないようにしたり、余った夕食は次の日の昼食でスープ等に利用したりと様々な 工夫をした。また、排水は海に垂れ流しになるため、洗剤やシャンプーなどは環境 にやさしい素材のものを使用し、海洋環境に配慮していた。確かに、制限が多く不 便な生活であった。しかし、食べ物、飲料水が当たり前のようにたくさんある東京 での生活を見直す良いきっかけになり、日々の生活に感謝すると同時に、より環境 に配慮した生活を送りたいと思った。 また、調査最終日の前日、波が高く船が大きく揺れ、強風により船の帆の一部が 壊れ、船が大きく旋回し始めた。私は船内にいたため何が起こったのか状況が把握 できず、慌てていたが、スタッ フの人たちの冷静な対応によ り落ち着きを取り戻し、誰も怪 我をせず、皆、無事であった。 海は、私たちに豊かな恵みをも たらすが、海へ出るときは思い がけない危険もつきまとう。改 めて海上では、油断せず、危険 を予測し、細心の注意を払う必 要があると感じた瞬間であっ 壮大なヘブリディーズの風景 た。 中央の船は Silurian 号 ③ 一緒に調査を行った仲間との出会い 私は今、大学院で水産資源学を専攻しており、修士論文のテーマは「マサバ太平 洋系群と北東太平洋のタイセイヨウサバの資源管理の比較研究」である。日本のマ サバ太平洋系群の資源水準は低位で、横ばいで推移しているが、欧州のサバは比較 的資源水準は高位で、日本と比べれば近年は安定している。2010 年のイギリスに おけるタイセイヨウサバの漁獲量はノルウェーの漁獲量についで第 2 位で、イギリ スでどのようにサバ資源が管理され、食べられているか、非常に興味があった。 そのような興味があった中、ルームメイトであったイギリス人のジョンソンとの 出会いは大きかった。彼の専門は私と同じ水産資源学で海洋保護区に関する論文を 書き博士課程を卒業し、現在はNGOで研究者として働いている。彼と議論した欧 州でのサバの資源管理に関する現在の動向や問題点は非常に勉強になり、これから の研究に生かされていくだろう。私の研究対象以外でも、ヨーロッパウナギやニホ ンウナギの資源に関する話をしたり、それぞれの国における水産資源管理の方法の 違いを話したりするのがとても面白く、また自分の勉強不足を知り、帰国後の勉強 へのモチベーションにつながった。 他のボランティアとの出会いも素晴らしいものであった。海軍に勤務経験のある 脳外科医や、イギリス中を転々とする看護師、ヨガのトレーナー、そして生物学を 専攻する学生、環境保全学を勉強する学生。年齢幅も広く、様々な話を聞いて、調 査内容だけでなく、沢山のことを吸収し私の世界は広まったと思う。各国の生活ス タイルの違いや、宗教や労働環境など様々なトピックをメンバーと語り合うことで、 改めて日本のことや自分自身のことを考えさせられた。これらの経験を生かす為に も、意識を高く持ち、これから何事も精一杯頑張ろうと思う。 謝辞 この素晴らしいプロジェクトに参加させていただくにあたり多くの方々のご支 援をいただきました。応募に際して推薦文を書いてくださった東京海洋大学の桜 本和美先生、日本郵船およびアースウォッチ・ジャパンの皆様に心より感謝し、 お礼申し上げます。
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