論 文 魅力ある水田作農業への展望 本山 徹 はじめに 農業には、野菜や花などの施設園芸や畜産のような土地を大量に使わない農業である集約型農 業と、水田作や畑作のような土地利用型農業がある。前者は、一年を通じて繁閑差の小さい生産 体系を設計しやすいことや、作業の規格化に向いていることもあり、企業による農業への参入や 法人化した農業経営も行われている。何人もの従業員を雇うことも、ごく普通に行われていて、 若い後継者も育っている。一方後者は、特に水田作農業において極端に高齢化が進んでいて、世 代の交代が進んでいない。このまま放置すれば、各地で耕作放棄地1が増加し、水源涵養2、洪水 防止、景観形成など、農業の多面的機能が失われてしまう。 第一節では、コメ需要が減少する現状での水田作農業の必要性について考察する。第二節では、 水田作農業の抱える問題を述べ、どのような対策をすべきかついて考察する。第三節では、世界 の農業類型をみていき、日本が目指すべき農業のあり方について論じる。第四節では、水田作農 業の魅力を高めるために、今後行うべきことについて論じる。 第1節 1.1 コメ需要が減少する現状での水田作農業維持の必要性 減少する水田作農家 表 1 から分かるように、 作付面積が 1 ヘクタール3未満の農家が 73%にあたる 84.4 万戸である。 そして、農業所得はほとんどゼロかマイナスであり、農業以外の仕事による所得で経済的に成り 立っている。農業以外の仕事にも従事している農家を兼業農家と呼ぶ。水田作農家の多くは兼業 農家として生計を立て、小規模な稲作を継続しているのである。小規模な稲作を継続する理由と しては、農業所得ではなく、家族で消費するコメや親類などに贈与するコメの生産を目的として いるためだと考えられる。 しかし、高齢化に伴い田んぼの稲の管理を担当していた昭和一桁世代の引退が起こっている。 1 農林業センサスにおいて「以前耕地であったもので、過去1年以上作物を栽培せず、しかもこの数年の 間に再び耕作する考えのない土地」と定義されている統計上の用語。平成 2 年以降増加に転じ、平成 22 年 には 39.6 万 ha(概数値)となっている。 コトバンク https://kotobank.jp/word/%E8%80%95%E4%BD%9C%E6%94%BE%E6%A3%84%E5%9C%B0-495271 2 水田に貯えられた水は徐々に浸透して地下水となるほか、直接河川を流れるよりも長い時間をかけて下 流の河川に戻され、川の流れの安定に役立つ。このような、私たちが生活するのに必要な水源である地下 水を豊かにする機能や川の流れを安定させる機能のことである。 農林水産省「水源のかん養機能」 http://www.maff.go.jp/j/nousin/tyusan/siharai_seido/s_about/cyusan/tamen/02_suigen/ 3 1 ヘクタールは 1 万平方メートルで、一辺が 100 メートルの正方形の面積である。 131 香川大学 経済政策研究 第 12 号(通巻第 13 号) 2016 年 3 月 多くの場合、兼業農家を引き継ぐのは、田植機はかろうじて操作できるものの、機械の故障や稲 の病気にはお手上げの団塊世代以降の世帯員である。このような状況のもとで、農家の数自体も 減少しつつある。 裏返せば、農地を貸し出す農家が増加している。このトレンドは今後ますます強まるに違いな い。問題は、農地が貸し出される状況は規模拡大のチャンスという面があるにもかかわらず、こ のチャンスが十分に生かされていないことである。広い面積を耕作する農家の数は限られている。 例えば作付面積が 10 ヘクタールを超える水田作農家は、8500 戸に過ぎないのが現実である4。 表 1 水田作農家の規模別概況(2012 年) 作付面積 0.5ha未満 0.5~1.0 1.0~2.0 2.0~3.0 3.0~5.0 5.0~7.0 7.0~10.0 10.0~15.0 15.0~20.0 20.0ha以上 水稲作付 同左割合 農業所得 農外所得 年金等収入 総所得 農家戸数 (%) (万円) (万円) (万円) (万円) (千戸) 490 42.3 -9.3 146.2 250.8 387.7 354 30.6 0.7 208.8 219.0 428.5 191 16.5 48.0 163.3 217.5 428.8 55 4.7 85.4 209.4 194.2 489.5 38 3.3 199.9 218.1 117.2 535.2 312.1 130.7 109.5 552.3 22 1.9 466.2 82.7 126.5 694.9 5.5 0.5 633.0 68.5 81.4 783.1 797.5 184.1 56.1 1037.7 3.0 0.3 1326.7 70.4 102.4 1499.7 (注)農業にタッチしない世帯員の所得は、一部を除いて表の所得の欄には含まれていない。 (出所)農林水産省「農業経営統計調査」「2010 年世界農林業センサス報告書」より作成。 1.2 食の多様化と少子高齢化によるコメ離れ・コメ余り コメの消費を国民 1 人当たりに換算すると、2012 年だと 1 人当たり年間平均 56.3 キロのコメ を食べている計算になる。1 人当たりのピークは 1962 年の 118 キロで、コメの消費量は半世紀 で半減したことになる。コメ離れの原因としては、日本人が豊かになった結果、主食の米飯など より肉などのおかずをたくさん食べるようになったこと。加えて、少子高齢化のため、かつてご 飯をたくさん食べていた世代が高齢となって消費量が減る一方、食欲旺盛な子供や若者の数が減 っているためだと考えられる。 コメの消費量が減ったことで、コメ余りが発生し、2012 年 6 月末には民間流通米では 180 万 トン、政府備蓄米では 95 万トンの在庫が存在している。2012 年 10 月末にはミニマムアクセス 米(MA 米)では 78 万トンの在庫が存在している。民間流通とは、民間の生産者や生産団体が 自由な価格をつけて販売するコメである。政府備蓄米とは、国内産のお米が不作になった場合に 4 生源寺(2011)p.101. 132 魅力ある水田作農業への展望 も、価格の値上がりを防ぎ、消費者にお米を安定して供給していくため、食糧法5で定められ、 蓄えられているコメである。 ただし、食糧法で備蓄米として、政府米(政府備蓄米+MA 米)150 万トンを基本に、自主流 通法人による民間備蓄 50 万トンが義務づけられるとともに、その目標数量や運営に関し毎年の 基本計画で定めることが明示されている。そのため、民間や政府の在庫米のすべてがコメ余りに よるわけではない。 図 1 米の消費量の推移(1人1年当たり供給量) 120 単位:kg 110 100 90 80 70 60 1960 1962 1964 1966 1968 1970 1972 1974 1976 1978 1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 50 (注)年間の国内の食料消費用として仕向けられた数量を総人口で除した値であり、飼料用、種子用、加 工用(酒類、みそ等) の米は含まない。なお、加工米飯、もち、米菓、米穀粉は含んでいる。 (出所)農林水産省「食料需給表」より作成。 1.3 水田作農業維持の必要性 コメ離れ・コメ余りが発生しているため、水田作農業の規模を縮小すべきではないかと考える 人がいるだろう。確かに、コメを生産するという面だけをみれば、その考えは妥当である。しか し、水田作農業には水源涵養、洪水防止、景観形成など多面的な機能があるといわれ、例えばそ のうちの洪水防止機能だけで、日本学術会議・三菱総合研究所によると年間 3 兆 4988 億円の価 値があるという評価がある。そして、景観形成のようなお金に換算できないところにこそ、農業 の価値の本領があるのではないだろうか。加えて、飼料や加工用米などコメの用途を広げること でコメ余りを解消できると考えられる。以上の理由から、全体の水田作農業の作付面積を維持す べきだと思われる。 5 食糧管理法に代わり 1995 年に施行された食料の管理法で、「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法 律」の略称。米穀の需給見通しに基づく生産調整、備蓄の機動的な運営および米穀の計画的な流通の確保 を図るとともに、米穀および麦の買い入れ、輸入および売り渡しを行う。 有斐閣(2013)p.638. 133 香川大学 経済政策研究 第 12 号(通巻第 13 号) 2016 年 3 月 表 2 農業の多面的機能の貨幣評価の試算結果 洪水防止機能 3兆4988億円/年 低平地以外の水田と周辺に受益する建物が ある低平地水田の一時貯留能力及び畑土壌の 間隙に一時貯留される水量を、治水ダムの貯 留量当たりの減価償却費及び年間維持費に よって評価(代替法) 河川流況の安定機能 1兆4633億円/年 低平地水田を除く水田のうち、河川へ還元 される水量について利水ダムの減価償却費及 び年間維持費によって評価(代替法) 地下水涵養機能 537億円/年 かんがい期の水田から地下水へ供給される 水量のうち農業利用を除く地下水利用分につ いて、水価割按額によって評価(直説法) 3318億円/年 現状の土地利用における農地からの土壌流 出量と耕作放棄された場合の土壌流出量との 差(土壌流出防止量)を、砂防堰堤で貯砂し た場合の費用によって評価(代替法) 4782億円/年 耕作の継続により防止されている土砂崩壊 の件数に、地滑りによる一件当たりの平均的 な被害額を乗じ、防止されている土砂崩壊被 害額を推定し、評価(直接法) 有機性廃棄物処理機能 123億円/年 農地に還元されている有機性廃棄物量に、 容量当たりの最終処分場の建設費を乗じ、農 地還元によって節減されている最終処分経費 を推定し、評価(代替法) 気候緩和機能 87億円/年 夏季に一般的に冷房を使用する地域で、近 隣に水田がある世帯の冷房料金の節減額によ り評価(直接法) 保健休養・やすらぎ機能 2兆3758億円/年 都市部の世帯による農村地域における保健 保養・やすらぎ機能に対する家計支出額を推 定し、評価(トラベルコスト法) 土壌浸食(流出)防止機能 土砂崩壊防止機能 (注1)農業の多面的機能のうち、物理的な機能を中心に貨幣評価が可能な一部の機能について、日本学 術会議の特別委員会等の討議内容を踏まえて評価を行ったものである。 (注2)機能によって評価手法が異なっていること、また、評価されている機能が多面的機能全体のうち 一部の機能にすぎないこと等から、合計額は記載していない。 (注3)保健休養・やすらぎ機能については、機能のごく一部を対象とした試算である。 (出所)日本学術会議「地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評 価について(答申)」より作成。 http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/shimon-18-1.pdf 134 魅力ある水田作農業への展望 第2節 2.1 水田作農業の抱える問題と解決策 後継者不足の原因と解決策 後継者不足の二つの原因 後継者不足の原因として二つの事が考えられる。一つ目は、農地法6による農業への参入障壁 である。現代農業は、ハイテク産業であり、交通機関の発達により、遠隔地の消費者への輸送が 容易になった。したがって、農業は、人為的な参入障壁がなければ、バイオ技術やマーケティン グを得意とする企業が大挙して参入するはずの産業である。しかし、農地法によって企業による 農地の所有は認められず、借り入れにも厳しい条件が付けられている。そのため、企業の新規参 入は抑えられてきた7。 二つ目は、収入が低く、不安定ということである。就農一年目のコメ作りの売り上げは平均 229 万円、費用は平均 689 万円である。加えて、自然条件により生産・収入が不安定となるほか、 作物の生産サイクルが長く、収入を得るまでに時間がかかるなど、他の産業にはない特性がある。 2012 年に新規就農した人は 5 万 6480 人だが、農家出身者が 4 万 4980 人を占める。非農家出身 者が単独で農業に参入するのは難しい現状が存在している。 後継者不足の三つの解決策 後継者不足の解決策として次の事が考えられる。一つ目は、新規参入も平等に扱うことである。 そのためには、徹底した農地の利用規定を作成し、その利用規定さえ守っていれば、誰が農地を 使っても自由にする。たとえば、栽培してよい作物、撒いてもよい肥料・農薬の種類や量、農作 業してよい時間、土地の肥沃度8を維持するためにするべきこと、共用の用水路の掃除への参加 義務など、農地の一筆一筆に、詳しく利用規定を設ける。他にも、有機農業9をおこなう農地と 通常の農業をおこなう農地が隣接しないようにするなど、地域全体のバランスを考えて利用規定 を作る。そして、その利用規定さえ守っていれば、誰が農地を使ってもよいとする10。 二つ目は、収入を高くするために、土地の集約化を行うことである。農地改革から半世紀以上 経過しているが、水田農業の平均規模はほとんど変わっていない。これでは十分な収入を手にす ることはできない。そのため、土地の集約化を行い、十分な収入を手に入れられるようにすべき である。加えて、高齢の働き手の引退が進み、農地を貸したいと考える農家が増えている。その ため、今が農地を容易に手にすることができる良い機会である。 6 自作農主義を基本として 1952 年に制定。62 年以後数回の改正により、耕作者主義と借地の推進、農業法 人経営の育成、農地の効率的利用が図られ、2009 年の改正では農業生産法人以外の株式会社による農地賃 借が可能になった。 有斐閣(2013)p.1004. 7 八田(2010)p.25. 8 土地が肥えていて作物がよくできる度合い。 コトバンク https://kotobank.jp/word/%E8%82%A5%E6%B2%83-613639 9 一定期間、農薬や化学肥料を使わないかその使用を控える農業生産の方法。 有斐閣(2013)p.1211. 10 神門(2010)pp.169-170. 135 香川大学 経済政策研究 第 12 号(通巻第 13 号) 2016 年 3 月 表 3 農業経営法人化のメリット ○ 経営管理能力の向上 ・経営責任に対する自覚を促し、経営者としての意識改革を促進 ・家計と経営が分離され、経営管理が徹底(ドンブリ勘定からの脱却) ○ 対外信用力の向上 ・財務諸表の作成の義務化により、金融機関や取引先からの信用が増す ○ 経営発展の可能性の拡大 ・幅広い人材(従業員)の確保により、経営の多角化など事業展開の可能性 経営上のメリット が広がり、経営の発展が期待できる ○ 農業従事者の福利厚生面の充実 ・社会保険、労働保険の適用による従事者の福利の増進 ・労働時間等の就業規則の整備、給与制の実施等による就業条件の明確化 ○ 経営継承の円滑化 ・農家の後継者でなくても、構成員、従業員の中から意欲ある有能な後継者 を確保することが可能 地域農業としてのメ ○ 新規就農の受け皿 リット ・農業法人に就農することにより、初期負担なく経営能力、農業技術を習得 ○ 税制 ・役員報酬を給与所得とすることによる節税 (役員報酬は法人税において損金算入が可能。また、所得税において役員が 受け取った報酬は給与所得控除の対象となる。) 制度面でのメリット ・欠損金の9年間繰越控除(個人は3年間) (平成20年4月1日前に終了した事業年度分については7年間) ○ 融資限度額の拡大 ・農業経営基盤強化資金(スーパーL資金)の貸付限度額:個人3億円(複 数部門経営は6億円)、法人10億円(常時従事者数に応じ20億円) (出所)農林水産省「法人経営のメリット」より作成。 三つ目は、農業経営の法人化を行うことである。表 3 から分かるように、農業経営の法人化に は様々なメリットがある。特に、農業従事者の福利厚生面の充実と経営継承の円滑化に注目すべ きである。福利厚生面が充実することで、農業従事者の収入が安定する。そして、農家に後継者 がいなくても、構成員、従業員の中から意欲ある有能な後継者を確保することが可能となるので ある。 2.2 TPP 参加の影響と必要となる政府支援 大きな影響を受けるコメ TPP とは Trans-Pacific Partnership agreement の略語で、環太平洋連携協定と訳されている。原 則として全品目の関税について即時または段階的に撤廃する点に際立った特徴がある。貿易の自 由化だけではなく、知的財産や人の移動などの領域に及ぶ包括的な協定でもある11。2013 年 3 月 15 日、安倍晋三内閣総理大臣は日本が TPP の交渉に参加することを発表した。 11 生源寺(2011)p.9. 136 魅力ある水田作農業への展望 農林水産省は国境措置を廃止した場合、国産米のほとんどが外国産米に置き換わり、新潟コシ ヒカリ・有機米といったこだわり米等の差別化可能な米(生産量の約 10%)のみ残ると考え、 生産減少額は 1 兆 9700 億円と試算している。そして、農産物全体の生産減少額は 4 兆 1000 億円 と試算している。そのため、コメの生産減少額は農産物全体の約半分となり TPP 参加によりコ メは大きな影響を受けることが分かる。 そのような懸念がある中、2015 年 10 月 5 日、TPP 交渉は米アトランタでの閣僚会合で大筋合 意した。米及び米粉等(国家貿易品目)の合意内容は現行の国家貿易制度を維持するとともに、 枠外税率(341 円/kg)を維持する。その上で、既存の WTO 枠(77 万トン)の外に、米国・豪 州に対して、SBS 方式12の国別枠を設定することとなった。具体的には、米国の場合、5 万 t を 当初 3 年維持する。4 年目から徐々に数量を増大し、13 年目以降に 7 万 t とする。豪州の場合、 0.6 万 t を当初 3 年維持する。4 年目から徐々に数量を増大し、13 年目以降に 0.84 万 t とする。 つまり、これまでの基本的な輸入の枠組みは変更せず、関税撤廃の例外や現行の国家貿易制度の 維持など、多くの例外措置を獲得した。したがって、国家貿易以外の輸入の増大は見込み難い。 他方、国別枠により輸入米の数量が拡大することで、国内の米の流通量がその分増加することと なれば、国産米全体の価格水準が下落することも懸念されることから、備蓄運営による外国産米 の主食用米生産に対する影響の食い止めの検討や、更なる競争力の強化が必要となる13。 必要となる規模拡大と政府支援 TPP で安い農作物が入ってくれば、価格が暴落するだけでなく、生産調整が無効になり、価格 下落に追い打ちをかける。それに対応するためには規模拡大によるコストダウンしかない14。そ のためには、できる限り多くの農家が農業にとどまりつつ、同時に規模拡大を果たしていく必要 がある。方法としては、その地域自らが取り組みだした実践としての集落営農15や直売所向け農 業があると思われる。 集落営農は機械作業・経営管理と水・畦畔16管理(地域資源管理を含む)作業の分業を集落・ 地域単位で再編成したものといえる。機械作業をはじめ自家農業の維持が困難になった農家も集 落営農に何らかの形でコミットすることを通じて、末永く地域資源管理にも関与する気になるだ ろう。 12 売買同時入札方式。自由化された農畜産物の輸入について,海外の供給業者と国内の輸入業者が直接取 引する方法。 コトバンク https://kotobank.jp/word/SBS+%E6%96%B9%E5%BC%8F-419744 13 農林水産省「品目毎の農林水産物への影響について」。 14 田代(2014)p.8. 15 集落を単位として、農業機械を共同で所有、利用したり、共同で所有する機械をオペレーター組織等が 委託を受けて利用するなど、農業生産過程における一部または全部についての共同化・統一化についての 合意の下に実施される農業。 有斐閣(2013)p.587. 16 水田の境界として設けられる土手。圃場や所有の境界を示すだけでなく、移動・肥培管理のための通路、 各圃場に均等な湛水を保持するための境界などの役割を持つ。 有斐閣(2013)p.308. 137 香川大学 経済政策研究 第 12 号(通巻第 13 号) 2016 年 3 月 いずれにせよ水田単作(水稲+転作17)型の集落営農はもたない。何らかの園芸作や 6 次産業 化を取り込み、そこに高齢者や女性も参画してもらうことが求められる18。 加えて、政府の支援が必要となる。TPP の大筋合意を受けて、政府・与党が国内の農業対策を まとめた素案が 2015 年 11 月 7 日、判明した。素案は対策を講じる期間について、関税を段階的 に撤廃・軽減するまで長期間かける品目が多いことを踏まえ、15 年以上を想定している。農産 品の輸出を強化するため、品目横断型の基金を設け、海外市場に適した商品開発などを後押しす る。政府は 25 日にも TPP 対策大綱をまとめ、一部は平成 27 年度補正予算案に盛り込む。 素案には農産品の輸出戦略の強化も盛り込んだ。農家の経営安定化策として品目ごとに作られ るケースが多い基金方式を活用し、輸出戦略に特化した「品目横断型基金」を創設する。コメは、 米国・豪州産米の輸入枠(最大約 7 万 8400t)の新設に伴う米価下落を避けるため、政府備蓄米 (1 年 20 万 t ずつ買い入れ、5 年分計 100 万 t を備蓄)の運用期間を 1 年短縮。4 年で 100 万 t を運用すれば、1 年分の買い入れ量は 25 万 t に増える形になり、増加分で新規輸入米を優先的 に購入する19。 以上のような、新規輸入米による市場への影響を緩和しつつ、海外への輸出を促進する支援を 政府が行っていく必要がある。 2.3 農協批判から考える農協の目指すべき方向 二つに分けられる農協批判 農協は、戦後の食糧難期以降、農業復興と食料配給、そして農地解放によって農地を保有した 農業者の社会的・経済的地位向上を図ることを第一の使命としてきたが、農業・農村を取り巻く 環境の変化に伴い、その役割は大きく変化してきた20。 農協に対しては、創設以来さまざまな論評や批判がある。批判は大きく二つに分けられる。ま ず農業者の職能組合という性格に関連し、農業振興との関連を指摘する批判(下記①と②)と、 協同組合組織としての制度や運営に関わる批判(下記③から⑧)である。 ①農協は本来農業者の協同組合である。 ②農業振興に寄与する農協であることを忘れているのではないか。 ③農業者が組合を自由に選択できるよう、農協業務の事実上のテリトリー制21を廃止し、加盟 17 稲作を行っていた水田において、麦、豆、野菜、飼料作物、園芸作物等の他の農作物を生産することを 指す。 はてなキーワード http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%BE%BA%EE 18 田代(2014)p.39. 19 産経新聞「TPP 対策 農業支援「15 年以上」 政府・与党素案 牛肉配慮し長期間に」2015 年 11 月 8 日。 20 木附・伊藤・山本(2014)p.53. 21 農協は一地域一農協と重複がないため、加盟する農協は居住区で決まってしまい、農協選択の余地がな いこと。また、農業者の職能組合であることから農業者であれば皆加盟することになり、脱退しづらいた め、加盟脱退の自由も奪われること。 138 魅力ある水田作農業への展望 脱退の自由を実質的に確保するよう検討する必要がある。 ④全国組織の農協連合会(全国連)が主導し、農協の自主的運営を毀損している。 ⑤行政の下請け機関としての性格からの脱却。 ⑥競争政策の重要性が増している中で軽減税率の適用や、全国連について独禁法の適用除外と することが妥当か検討する必要がある。 ⑦一人一票制などの組合員制度の検討。 ⑧相互金融や相互共済の域を遥かに超え、本来の協同組合金融のあり様を遥かに超えていると の批判22。 改正農協法と農協の目指すべき方向 2015 年 8 月 28 日、農協組織を約 60 年ぶりに抜本改革する改正農協法が成立した。目的は、 次の二つである。 ①地域農協を自由な経済活動を行うことにより、農業者の所得向上に全力投球できるようにす ること。 ②中央会・連合会などを地域農協の自由な経済活動を制約せず、適切にサポートするようにす ること。 まず、地域農協に関する法改正の内容について述べる。一つ目は、農産物販売等を積極的に行 い、農業者にメリットを出せるようにするために、 ①理事の過半数を、原則として、認定農業者や農産物販売等のプロとすることを求める規定を 置く。 【責任ある経営体制】 ②農協は、農業者の所得の増大を目的とし、的確な事業活動で利益を上げて、農業者等への還 元に充てることを規定する。【経営目的の明確化】 ③農協は、農業者に事業利用を強制してはならないことを規定する。 【農業者に選ばれる農協】 ということである。二つ目は、地域住民へのサービスを提供しやすくするために、地域農協の選 択により、組織の一部を株式会社や生協等に組織変更できる規定を置くということである。 次に、中央会・連合会などに関する法改正の内容を述べる。 全国中央会:現在の特別認可法人から、一般社団法人に移行する。そして、農協に対する全中 監査の義務付けを廃止し、公認会計士監査を義務付ける。 都道府県中央会:現在の特別認可法人から、農協連合会(自律的な組織)に移行する。 全農:その選択により、株式会社に組織変更できる規定を置く。 連合会:会員農協に事業利用を強制してはならないことを規定する23。 以上のような政府による農協改革と同時に農協自身が積極的に変化していく必要がある。農協 が目指すべき方向と方法としては、下記の内容が考えられる。 批判を考慮すると、農協は、高度なマネジメント能力を持ち、競争優位を持った自立的な農協 22 23 大泉(2014b)pp.25-26. 農林水産省「農協改革に関する説明資料(平成 27 年 9 月)【資料 1】」。 139 香川大学 経済政策研究 第 12 号(通巻第 13 号) 2016 年 3 月 を目指すべきである。多くの懸念があるなかで、実現を目指すには、最低限のステップを一つ一 つクリアーしていくことが肝要である。その第一ステップは、社会から真に期待されていること に気づき、それを農協の組織文化とすることである。 第二ステップは、 「営農・販売事業」の再編、特にコメの「営農・販売事業」の再編によって、 「行政の下請け」等から脱し、名実ともに「自主的民間団体」になることである。 第三ステップは、農業者比率の高い平地農民や中山間地農村での農村振興(農村地域マネジメ ント)を工夫する。そして、「農村地域マネジメント」を人々の相互扶助的共同によるリージョ ナルでローカルな活動として農協の中に位置づけ、本来の相互扶助・共同の再構築をなしとげる ことである。 第四ステップは、農協法24を遵守するのか法律改正を目指すのかの決断である。少なくとも農 協の組織規定、組合員資格、目的の三点に関しては、真剣に対応しなければならなくなっている。 第五ステップは、グローバルな金融の世界では不確定要素が多く、高度なリスク管理が必要な ため、農協金融事業へのさまざまな対応を考えておくということである25。 第3節 3.1 世界から学ぶ日本農業の目指すべき成熟先進国型農業 世界の農業三類型 目指す農業の型を明確にするには、世界の農業を分類する必要がある。農業の成長産業化を考 える場合には、少なくとも経済成長度合いや国内での産業構造との関連で分類する必要があるだ ろう。表 4 を見ると、世界には三つの農業の型があり、世界の国々はおおよそ三つに分類できる のではないかと考えられる。 第一は、農業産出額の上位国の農業である。中国、インド、ブラジル、ロシアなどで、いわゆ る BRICs 諸国がこれに相当する。これらの国々では、食料不足に対応し、増産を課題とする農 業が行われている。自国の国民を養うことを第一の課題とし、原料穀物の生産に特化した農業を 行っている国々だ。農業経済学ではこうした農業を「開発途上国型農業」と呼んでいる。開発途 上国型とはいうものの、農業が本源的に持っている役割、すなわち飢餓からの解放を目指した食 料生産という、基本的な役割に忠実な農業といえよう。 第二は、アメリカ、オーストラリア、カナダの農業である。表 4 では、ばらばらで一見何の関 係もなさそうに見えるが、いずれも新大陸にあり、産出額も国民一人当たり産出額も、ともに上 24 農業者の協同組織の発達を促進することにより、農業生産力の増進及び農業者の経済的社会的地位の向 上を図り、もつて国民経済の発展に寄与することを目的として制定された法律である。内容としては、農 業協同組合及び農業協同組合連合会についての規定、農事組合法人についての規定、農業協同組合中央会 についての規定、登記等・監督・罰則についての規定がある。 weblio 辞書 http://www.weblio.jp/content/%E8%BE%B2%E6%A5%AD%E5%8D%94%E5%90%8C%E7%B5%84%E5%90%8 8%E6%B3%95 25 大泉(2014b)pp.42-49. 140 魅力ある水田作農業への展望 位にある。特にオーストラリアは人口の割に高い農産物産出額を誇っているのが分かる。これら の国では、かつて原料穀物の過剰生産に悩み、輸出などにその対応策を見出してきた。もともと 農地制度に規制がなく、広大な農地を利用し、労働生産性の高い農業を展開している国々だ。今 では「ケアンズ諸国」といって、農産物を輸出目的に生産している国々といわれている。これら の国の農業を農業経済学では「新大陸先進国型農業」と呼んできた。 第三は、オランダ、デンマーク、イタリア、フランスなどヨーロッパ諸国である。国としての 産出額はトップクラスではないが、国民一人当たり産出額が高いということは、その国の重要な 産業として農業が位置づけられていることがうかがい知れる。これらの国々の農業はそれぞれに 特徴があり、農業として共通した型を見出すのは一見困難なように思われる。しかし、いずれも 穀物生産、原料生産から脱却し、特定の農産物に特化する傾向がある。新たな価値創造を重視す る市場開拓・商品開拓を課題とする農業といえよう。これを大泉一貫は「成熟先進国型農業」と 呼んでいる26。 表 4 世界主要各国の農業産出額および国民一人当たり産出額(2013 年) 農業産出額(億USドル) 1 9,193 中国 2 3,253 インド 3 2,266 アメリカ 4 1,088 ブラジル 5 713 ロシア 6 577 日本 7 477 イタリア 8 449 タイ 9 426 フランス 10 オーストラリア 348 11 288 ドイツ 12 284 カナダ 13 279 韓国 14 156 イギリス 15 151 オランダ 国民一人当たり産出額(ドル) 1 1,509 オーストラリア 2 917 オランダ 3 784 カナダ 4 740 イタリア 5 733 アメリカ 6 719 デンマーク 7 671 タイ 8 663 中国 9 635 フランス 10 556 韓国 11 538 ブラジル 12 499 ロシア 13 462 日本 14 361 ドイツ 15 260 インド (出所)農林水産省「主要国の農業概況」より作成。 3.2 成熟先進国型農業の四つの特徴 繊細で高度な食習慣を持ち、衛生や食品の安全性に敏感な我が国のような国こそ、世界に誇る 付加価値の高い農産物や農産物市場の開発をリードすべきだろう。そのため、日本が戦略的に目 指す農業の型は、高付加価値をもくろむ「成熟先進国型農業」しかないと思われる。そして、成 熟先進国型農業を構築する際の特徴をまとめてみると、少なくとも次の四つの環境整備が必要と 26 大泉(2014a)pp.61-63. 141 香川大学 経済政策研究 第 12 号(通巻第 13 号) 2016 年 3 月 される。 ①マーケットが求めているものに敏感に対応する姿勢を持ち、輸出も視野に入れた市場開拓や 商品開発にポジティブに対応する「顧客志向型農業」を展開していること。 ②新規投資や生産性向上、農業イノベーションに前向きな姿勢を貫く「技術開発型農業」を展 開していること。 ③他産業とのネットワーク構築やノウハウ利用にオープンなスタンスを持ち、 「融合産業化」 を進めていること。 ④家族経営や企業経営などの企業形態にこだわらず、経営ノウハウを大事にし、人材の参入に も積極的で、開放的な「経営革新型農業」を展開していること。特に、知識資産が重視され、 それが重要な経営資源になると同時に、他社とのネットワーク構築や、世界に共通するグロ ーバルな教育習得・ビジネス教育を基本としていること。 これらを一言でいえば、マーケット、他産業、人材などにオープンな姿勢を持ち、ネットワー クを構築できるような環境整備をすることによってはじめて成熟先進国型農業は実現できると いえよう27。 3.3 オランダ・デンマークの成熟先進国型農業 IT 産業と融合するオランダ農業 オランダ農業は高度な情報産業化と完成されたロジスティックス(物流網)を特徴としている。 オランダの国土面積は日本の九州程度だが、2009 年の農産物輸出額はアメリカに次ぐ世界第二 位(アメリカ 1011 億ドルに対しオランダ 743 億ドル)で、世界有数の農産物輸出国となってい る。輸出額が大きいのが園芸や酪農製品で、園芸はトマトやパプリカなどの輸出額が大きい。輸 出しているのは農産物だけではない。農業のノウハウや農業技術、さらには自らの農業モデル自 体も輸出している。 世界第二位の輸出の秘密は、農業自体を情報産業化・知識産業化し、農産物輸送のロジスティ ックスを整えたことにある。アムステルダムのスキポール空港のすぐそばにはアールスメーアが、 またそれより南にはウエストランドがある。いずれも一大園芸地帯だ。花の市場を中心にしてそ の周辺に園芸ハウスが連なっており、地域内には IT 企業や農業資材会社も点在している。グリ ーンハウスの温度管理から液肥管理や CO2 の管理、作付け工程管理や出荷管理、世界各地の市 場情報や様々な園芸技術の入手まで、IT 企業は、これら園芸のソフト作りからメンテナンスま で多方面に活躍している。ハウスでは太陽光による発電がなされており、スマートグリットが作 られ園芸団地への電力供給がなされている。 農業は通常、素材生産を旨とする一次産業に数えられているが、オランダの農業は単なる一次 産業ではなく、情報産業と融合した高度なエネルギー産業にすらなっている。また市場も国内だ けではなく、世界の市場を相手にした園芸を展開している。とりわけヨーロッパの先進国が多く、 27 大泉(2014a)pp.66-68. 142 魅力ある水田作農業への展望 フランクフルト、パリ、ロンドンなど世界各地に出荷されている。 要するに、オランダの園芸は、単なる一次産業ではなく、IT 産業と融合することによって、 情報産業化・知識産業化した農業という新たな産業を創出している28。 デンマーク型ニッチ戦略 デンマークは畜産王国として有名である。デンマークの国土は約 4 万 3000 平方キロメートル、 人口はわずか約 560 万人であり、ほぼ北海道と同じ規模の国だが、畜産王国として世界各地に輸 出攻勢をかけている。デンマーク農業の特徴は、デンマーク型ニッチ戦略(ニーズ発掘、顧客志 向型の農業の展開)である。今やグローバルに展開しているが、それでも彼らはこれを「ニッチ 戦略」といい続けている。 デンマークの農業協同組合が、食品メーカーとしてグローバル戦略を組めるまでになったのは なぜなのか。一つは、いうまでもなくニッチ戦略であろう。もう一つは、農業での経済活動を重 視する農協の発想である。それは農協の組合員制度に起因している。北欧の農協は、利用高に応 じて組合員の発言権が大きくなる仕組みである。結果として経済活動での利用高が多い専業農家 の発言権が高くなり、専業農家中心の組合になっていく。それは一種、株式会社と同様のシステ ムとなり、農業協同組合とはいえ、食品メーカーと同様の性格を持つことになる。 他方、日本の農協は一戸一票で、兼業化していても、さらには既に農家ではなくなった人々も 一票を持つ仕組みとなっている。結果、農業活動を重視する農家の意見よりも、数の多い非農家 や兼業農家の発言権が大きくなり、農業経済活動よりは、地域活動に活発な協同組合になってい く。そこがデンマークの農協と日本の農協の大きな性格の違いとしてある。農協自身の農業振興 への考え方も、デンマークやニュージーランド、さらにはオランダといった国々と日本では違い がある。経済的な価値を生んで農業所得を高めようとする発想と、農産物価格への影響力を行使 して農業を豊かにしようとする日本の農協の姿勢との違いである。そうした考えや仕組みがデン マークの畜産を強くしている29。 3.4 オランダ・デンマーク農業の教訓 成熟先進国型農業とは、付加価値、生産性ともに高い農業であり、それを実現しているオラン ダ、デンマークの農業には成長産業にするための共通のポイントがある。 第一に、生産性や付加価値である。オランダは、流通過程やグリーンハウスで、デンマークは、 畜産加工施設でといった違いがあるものの、ともに付加価値だけではなく、生産性の非常に高い 産業にしている。第二に、ともに市場開発型である。オランダはもともと商業国家で、国内だけ ではなく、世界の市場を相手にした園芸を展開している。デンマークはニッチというポジショニ ングから世界へのマーケット戦略を組み立てている。第三に、他産業との関係である。オランダ 28 29 大泉(2014a)pp.69-70. 大泉(2014a)pp.75-77. 143 香川大学 経済政策研究 第 12 号(通巻第 13 号) 2016 年 3 月 は、情報産業や様々な施設園芸の関連会社と連携し、デンマークは、グローバル食品加工輸出会 社である協同組合が畜産の成長に関与している。何よりも重要なのは、上記のような農業を実現 することに前向きに取り組む環境が存在することであろう。そのことが、第四にそれを実践する 経営者の存在に結びついている。両国とも、市場や輸出、他産業、はたまた経営者の参入に対し、 非常にオープンな姿勢を持っている。 農業が成長するためには、「付加価値・労働生産性」の高い農業が必要になるが、そのために は、「顧客志向」「他産業のノウハウの活用」「能力の高い経営者の存在」が重要になる。日本が 「成熟先進国型農業」を目指すためには、何が付加価値を生むか明確でなければならない。まず もって、マーケットから求められる農業を作ることで、国内外を問わない市場開発や商品開発に 打って出る必要がある。政策的には、そうした環境、知識創造ができる条件を整備することで、 オランダやデンマークのように、市場や他産業、はたまた経営者の参入をオープンにすることで ある30。 第4節 4.1 水田作農業の魅力づくりとコメ輸出戦略 人材引きつけ戦略 農業に若者や働き盛りの人材を引きつけるために大切な点は、経営の厚みを増すことである。 農業経営の厚みを増す戦略の一つは、土地利用型農業の生産物自体の付加価値を高めることであ る。例えば、有機農業や環境に配慮した減肥料・減農薬の生産物の提供である。このかたちで厚 みを増す場合、的確な情報発信を伴う必要がある。とくに環境保全型農業31の取り組みは、生産 工程のレベルを高めることを意味するが、環境保全の取り組みが最終生産物の品質に目に見える かたちで反映されるわけではない。そのため、生産工程の品質の高さは、供給する側から意識的 に伝えられる必要がある。 情報発信の手段は表示・インターネット・交流の場におけるコミュニケーションなど千差万別 である。このような多彩な情報発信の取り組みは、それ自体として若い人材を引きつける要素で あり、かつ、若者が得意とするジャンルの仕事でもある。そして今後は、農場で働く人々の安全 と健康に十分配慮している農業であることも、消費者の選択を左右する製品特性の一つになるの ではないか。 経営の厚みを増す第二の戦略は、土地利用型農業と集約型農業を組み合わせることである。あ る程度の規模の稲作であっても、田植えと稲刈りの超繁忙期を除くと、作業の負荷はそれほど重 いわけではない。繁閑の差が大きいのが土地利用型農業の特徴なのである。そこに果樹菜園や施 設園芸を取り込む複合化の余地が生まれる。どんな品目をどの程度の規模で組み合わせるかは地 域によって一概に言えないが、この意味で経営の厚みを増している実践例は数多く存在している。 30 大泉(2014a)pp.79-80. 農業の持つ物質循環機能を生かし、生産性との調和などに留意しつつ、土づくり等を通じて化学肥料、 農薬の使用等による環境負荷の軽減に配慮した持続的な農業。 有斐閣(2013)p.185. 31 144 魅力ある水田作農業への展望 数こそ少なくなったが、酪農生産と水田農業の複合経営も、水田酪農の名前でよく知られている 32 。 土地利用型農業+集約型農業の具体例として、静岡県森町が挙げられる。ここでは、レタスと スイートコーンと水稲の作付けでおよそ 30 ヘクタールあれば、約 1 億円弱の販売額を上げてい る。ここでの稲作は、レタスの連作障害を回避し、地力を回復するための「クリーニングクロッ プ33」として位置付けられている。そして、「レタス 1 ヘクタール+スイートコーン 1 ヘクター ル+水稲 2 ヘクタール」 (4 ヘクタール)が一つのユニットとなり、この比率で拡大している。 土地利用型農業と集約型農業の面積比率が、およそ一対一のユニットになっているということだ。 30 ヘクタールとなると販売額は 1 億円弱になるといったが、例えば実際の経営では、 「レタス 8 ヘクタール(3500 万円)+スイートコーン 9 ヘクタール(4500 万円)+水稲 13 ヘクタール(1150 万円) 」の 30 ヘクタールで、合計の収入は 9150 万円となる事例がある。レタスは価格変動が激 しいが、ここでは中ぐらいの価格を参考にしている。ちなみに、稲作の販売額は 10 アール34あ たり 8 万 8000 円ほど、普通の六割程度でしかない。単収(単位面積当たり収穫量)が少ないか らだが、500 キロの単収としても 1 キロ約 177 円でしかない。政府が必死になって米価を維持す る水準は 240 円だから、このケースの場合、収益性が高いとはいえ米価は通常の七割強というこ とになる。 このケースでは、レタスやスイートコーンのために稲作が地力を高める作用をしてくれればそ れでよく、価格にはさほど頓着していない。経営全体の持続性や収益性を高めるために稲が重要 な役割を果たしてくれればそれでいいのである35。 4.2 食品産業への多角化(6 次産業化) 6 次産業とは、農産物の生産(第 1 次産業)、食品加工・製造(第 2 次産業) 、流通・販売、さ らに観光(第 3 次産業)を組み合わせ、多角的または他業種との連携による経営によって、高い 付加価値や新たな食と農の関連ビジネスを創出していく新しい産業である36。これまで生産物と してそのまま市場に出荷されていた野菜や魚などを、加工して販売することを指している。そう すれば原材料として売るよりも高く売れる。農業・漁業生産者の所得も増え、地域に経済が回る というわけである37。 32 生源寺(2011)pp.170-172. 畑に蓄積された余分な養分を吸収して、土壌環境をリセットしてくれる作物。 34 1 アールは 100 平方メートルで、一辺が 10 メートルの正方形の面積である。 35 大泉(2014a)pp.120-122. 36 6 次産業は今村奈良臣が 1 次産業+2 次産業+3 次産業=6 次産業という考えで提唱した。しかしその後、 足し算では不十分だと考えるようになり、かけ算にあらためることにした。1 次産業の農業がなくなれば、 つまり農業がゼロになったら、いくら 2 次産業、3 次産業を強化しても、答えはゼロになるということを 強調したかったからである。 今村奈良臣「地域に活力を呼ぶ農業の 6 次産業化」。 https://www.f-ric.co.jp/fs/200904/02-05.pdf 37 金丸(2013)p.20. 33 145 香川大学 経済政策研究 第 12 号(通巻第 13 号) 2016 年 3 月 食品産業は加工・流通・外食の三つのジャンルからなっている。水田農業であれば、餅や味噌 や団子などがオーソドックスな加工品であり、このほか郷土色豊かな製品を自前の売店で販売す る法人経営も少なくない。流通・外食と言っても、大仰な取り組みである必要はない。例えばイ ンターネットによる顧客の注文に応える直売方式も流通業の一翼を担っているわけであり、農村 女性が生き生きと活躍する農家レストラン38は外食産業の一形態なのである。川下の食品産業へ の多角化を取りあげたが、観光や体験・交流などのビジネスを取り込んでもよい。農業の川下で はなく、いわば農業と並行して流れている産業分野への挑戦である。 食品産業への多角化は、加工・流通・外食で形成される付加価値を農業経営に引き寄せる戦略 を意味する。農業経営の加工や外食への多角化は、まさにチャンスを収益につなげる取り組みに ほかならない。いまや、川下の領域から価値を引き寄せる工夫は、農業経営の巧拙を左右する重 要な要素になった。農業経営だからといって、自らのビジネスを産業分類上の農業の領域に限定 する必要は全くない39。 4.3 日本のコメ輸出戦略 日本のコメ輸出戦略について、大泉一貫は次のように述べている。稲作を輸出産業にできれば、 日本の地域経済は大いに活性化するだろう。農業技術も発展し、農業技術立国としての国際貢献 も可能になる。その突破口は、①種類も目的も多種多様な輸出競争力のあるコメやご飯をまずも って日本で作ること。②その日本のコメ作りやご飯作りの技術、さらにはご飯の提供システムを 様々なツールで世界に普及させ、さらに世界で試行錯誤しながら新たな技術開発を試みること、 この二点が肝要なのではないだろうか。国内市場だけを対象としたコメ作りではなく、世界市場 をターゲットにした、農業界にとどまらない日本経済界の総力を挙げた取り組みが重要になる。 それが、「内向き」な農業政策から、世界に目を向けた農業政策への転換を可能にする40。 加えて、輸出を考えるには、世界のコメ価格に敏感に対応する必要が出てくるだろう。日本の 稲作産業は、市場経済にもっとなじむ必要が出てくる。しかし、コメ市場が日本ではほとんど機 能していない。日本のコメを市場原理にならすには、コメ市場の開設がどうしても必要である。 日本で「コメの現物市場」が十分に形成されていないのは、カルテルを結ぶ生産サイドの力が 強固であるためだ。流通量の五割を独占する生産者団体が存在することや、政策が米価維持を目 的とした需給調整を主眼としていることが影響している。農協が提示し、卸と協議して決める価 格が日本のコメの価格指標となっている。 とりあえずは国内現物市場を整備すべきだが、そのためには、川上(農家・農協)の市場経済 化が課題となる。市場で行動する主体の育成は、あれやこれやの政策で可能となるものではなく、 38 「農家」(農業、酪農業、漁業を含む)が「自家生産したもの」、「密接に連携する農家が生産したもの、 または地域で生産されたもの」を飲食店という形態で調理・提供し、かつその地域で運営される施設を指 す。 39 生源寺(2011)pp.172-175. 40 大泉(2014a)pp.136-137. 146 魅力ある水田作農業への展望 販売主体が複数いて、買い手も複数いる流通構造を作るのが最もいい。その意味で、食糧管理法 (食管法)によって戦前から付与された全農の一元的集荷、独占的立場は見直されなければなら ない。 「農家」に関しては、1995 年の食糧法により、生産者直売米を認めたことによって新たな ルートが創出され、平成 18 年(2006 年)産米では 169 万 t まで拡大している。現下の課題は農 協がそうした販売に参加できるかということである。 コメの市場経済化に関しては、もちろん様々に配慮しなければならない課題があることは事実 である。さしあたっては、全農へ上場義務を課すのが最も良い。同時に食管法のころに作られ、 GHQ(連合国軍総司令部)によって特権的な権限を与えられた全農の役割を制限し、単協(市 町村単位の農協)や県単位での販売を活性化させることだ。これには全農の改革をはじめとする 農協改革が必須となる。コメの市場経済化に関する鍵は、生産調整政策を放棄することである。 他方、世界の穀物流通量を見てみると、「穀物メジャー」と呼ばれる大きな影響力を持つ数社 の専門商社にインフラなどを握られている。穀物メジャーの中でもひときわ影響力が大きい企業 がアメリカのミネアポリスに本拠を置くカーギルだ。こうした穀物メジャーの存在も、日本の世 界進出への大きな壁である。情けない話ではあるが、まずは壁を打破しようとする気持ちを持つ ところから始めなければならない41。 4.4 アジアへの輸出拡大 やや足踏み状態の年もあるものの、加工品を含む農産物の輸出は増加のトレンドにある。もっ とも、同じ時期の農産物の輸入額は 6 兆円を超えているから、2650 億円の輸出額はその一割に も満たない。しかしながら、農産物の輸出には明るい未来につながる要素が含まれている。それ は、 表 6 に示されているとおり、 農林水産物の輸出先の約 7 割がアジアである点にほかならない。 農産物の輸入元が農業大国でもある先進国を中心に構成されているのとは対照的である。 アジア、とくに東アジアはいまや世界の成長の牽引役となった。したがって、日本の農産物の 輸出にも期待がかかるわけである。なぜならば、経済成長に伴う所得水準の上昇は、品質の高い 食品に対する需要の増加につながるからである。もともと東アジアには食文化の共通項が多い。 コメが主要なカロリー源であり、麺類を好むところも共通している。共通項があって、そこに持 続的な経済成長が重なるとき、東アジアでは得意とする食品が相互に行き来する食のネットワー ク形成にリアリティが出てくる。そして、品質の高い農産物の生産に優位性を持つ日本の農業は、 ネットワークの重要なパートとなるであろう。 成長著しいアジア向けを中心に、農産物や加工品の輸出を増やすことは日本農業の活性化につ ながる。政府の支援を歓迎したい。ただし、政府の果たすべき役割は、輸出を支える環境の整備 や情報の提供といった側面支援の領域にある。なかでも食品の安全確保のための検疫制度につい て相手国と調整を行うことは、輸出の環境整備の重要なポイントである。相手国の食品表示の制 度やその運用について、信頼できる情報をタイムリーに提供することも側面支援として欠かせな 41 大泉(2014a)pp.140-142. 147 香川大学 経済政策研究 第 12 号(通巻第 13 号) 2016 年 3 月 い。けれども、実際に相手国の市場にチャレンジする取り組みは、あくまでも民間のパワーで進 められなければならない42。 なぜなら、WTO 農業協定で次のように規定されているからである。政府又は政策機関が非商 業的在庫を国内価格よりも低い価格で輸出することは削減に関する約束の対象となる。非商業的 在庫とは備蓄用在庫や市場介入の結果生じた在庫を指している。一方、国家貿易企業が商業的在 庫を国内価格よりも低い価格で輸出することはこの規定では禁止されない。 表 5 近年の農林水産物輸出額の推移 (単位:億円) 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 農産物 林産物 水産物 2,217 93 1,533 2,417 106 1,773 2,203 123 1,553 2,225 118 1,521 2,657 152 2,017 計 3,843 4,297 3,879 3,864 4,827 (出所)農林水産省「農林水産物の輸入・輸出額」より作成 表 6 農林水産物の輸出先(2014 年) 香港 米国 台湾 中国 韓国 タイ ベトナム シンガポール その他 22.0% 15.2% 13.7% 10.2% 6.7% 5.7% 4.8% 3.1% 18.6% (出所)農林水産省「輸出促進対策の概要」より作成。 おわりに 水田作農業は、多くの農家が兼業農家として生計を立ててきたため、極端に高齢化が進む一方 で、後継者が育たず、農業を続けられなくなっている農家が増加している。 他にも、TPP 参加により多大な影響が予想されていることや、農協のあり方について再考する 必要があるという問題も抱えている。しかし、これらの問題に対してはきちんとした対策を行え ば、解決できるはずである。さらに、他の先進諸国の農業のあり方を参考にすることで、成熟先 進国型農業という日本が目指すべき方向がみえてくる。 42 生源寺(2011)pp.184-186. 148 魅力ある水田作農業への展望 そのため、今後は経営の厚みを増す工夫や農業経営の多角化を行うことで、若者に魅力的で収 入も低くない産業を目指すべきである。加えて、日本のコメ輸出戦略を立て、経済成長している アジアへの輸出に力を入れることで成長産業となることも可能なはずである。そのためには、政 府は農家に適切な支援を行い、農協は農家をマネジメントし、農家は魅力的な水田作農業づくり を行うべきである。つまり、政府・農協・農家が協力するとともに、それぞれの役割をきちんと 果たす必要がある。 参考文献 ・今村奈良臣「地域に活力を呼ぶ農業の 6 次産業化」 https://www.f-ric.co.jp/fs/200904/02-05.pdf ・大泉一貫(2014a)『希望の日本農業論』NHK 出版. ・大泉一貫(2014b)「農協への期待」大泉一貫編『農協の未来』勁草書房. ・金丸弘美(2013)『実践! 田舎力』NHK 出版. ・金森久雄・荒憲治郎・森口親司(2013)『有斐閣経済辞典』(第 5 版)有斐閣. ・木附誠一・伊藤保・山本奈々絵(2014)「農協の変貌と新たな取り組み」大泉一貫編『農協の 未来』勁草書房. ・神門善久(2010)『さよならニッポン農業』NHK 出版. ・生源寺慎一(2011)『日本農業の真実』ちくま書房. ・田代洋一・小田切徳美・池上甲一(2014)『ポスト TPP 農政』農山漁村文化協会. ・日本学術会議「地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について(答 申)」 http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/shimon-18-1.pdf ・八田達夫・高田眞(2010)『日本の農林水産業』日本経済新聞出版社. ・山下一仁(2013)『日本の農業を破壊したのは誰か』株式会社講談社. ・吉田忠則(2012)『農は甦る』日本経済新聞出版社. ・コトバンク https://kotobank.jp/ ・産経新聞「TPP 対策 農業支援「15 年以上」 政府・与党素案 牛肉配慮し長期間に」2015 年 11 月 8 日 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151108-00000045-san-pol ・独立行政法人経済産業研究所「WTO 農業協定の問題点と交渉の現状・展望」 http://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/05j020.pdf ・内閣官房「農林水産省試算(補足資料)」 http://www.cas.go.jp/jp/tpp/archive1.html ・農林水産省「2010 年世界農林業センサス報告書」 http://www.maff.go.jp/j/tokei/census/afc/2010/houkokusyo.html 149 香川大学 経済政策研究 第 12 号(通巻第 13 号) 2016 年 3 月 ・農林水産省「耕作放棄地の現状について」 http://www.maff.go.jp/j/nousin/tikei/houkiti/pdf/genjou_1103r.pdf ・農林水産省「米をめぐる関係資料」 http://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/130328/pdf/250328_sankou2_rev.pdf ・農林水産省「主要国の農業概況」 http://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kaigai_nogyo/ ・農林水産省「食料需給表 確報 平成 25 年度〔Excel:e-Stat〕」 http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001131797 ・農林水産省「食料需給表」 http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/zyukyu/index.html ・農林水産省「新規就農者調査」 http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/sinki/ ・農林水産省「水源のかん養機能」 http://www.maff.go.jp/j/nousin/tyusan/siharai_seido/s_about/cyusan/tamen/02_suigen/ ・農林水産省「農協改革に関する説明資料(平成 27 年 9 月)【資料 1】」 http://www.maff.go.jp/j/keiei/sosiki/kyosoka/k_kenkyu/pdf/1_nokyohou_kaisei.pdf ・農林水産省「農業経営統計調査」 http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukei/einou_kobetu/ ・農林水産省「農林水産物の輸入・輸出額」 http://www.maff.go.jp/j/tokei/sihyo/data/04.html ・農林水産省「品目毎の農林水産物への影響について」 http://www.maff.go.jp/j/kanbo/tpp/pdf/151104_bunseki.pdf ・農林水産省「法人経営のメリット」 http://www.maff.go.jp/j/kobetu_ninaite/n_seido/pdf/houjin_keiei_merit.pdf ・農林水産省「輸出促進対策の概要」 http://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/ ・はてなキーワード http://d.hatena.ne.jp/keyword/ ・weblio 辞書 http://www.weblio.jp/info/about_weblio.jsp 150
© Copyright 2024 Paperzz