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一般質問(平成26年12月定例会)
加藤 啓子
マスタープランと
まちづくりとの関係
<資料1>
まちづくりの全体の目標 <資料2>
都市計画マスタープランより
将来都市像
江戸川の水面が輝き、斜面の緑が映える豊かな環境と新しい都市
の躍動が調和する“私たちのまちながれやま”
まちづくりの全体目標
目標1:つくばエクスプレス沿線整備による新しい都市の躍動により、
人々が交流し活気に満ちたまち
目標2:地域の個性を活かし、コミュニティの絆が温かいまち
目標3:豊かな水や緑に抱かれ、人にやさしい快適環境を育むまち
目標4:全ての人が自由に行き交い、楽しく活動するまち
目標5:市民、事業者、行政の相互の理解と信頼のもと、主体的に
活動し、協働で創るまち
それぞれの地域の役割<資料2>
流山おおたかの森駅
南流山駅
流山新拠点
副次交流拠点
(新拠点を補完する)
運河駅、江戸川台駅、
初石駅、豊四季駅、
南柏駅、流山・平和台駅
鰭ヶ崎駅、流山セントラルパーク駅
各駅周辺
地域生活拠点
<資料3>
都市計画
マスタープラン
将来都市構造図
流山セントラルパーク駅周辺
隣接する市総合運動公園と調
和した憩いと活動の場として賑
わっています。
商業サービスが集積し買い物を
楽しむ人々や公園で楽しむ家族
連れなどで賑わっています。また、
市総合運動公園や点在する斜面
樹林、オオタカが棲息する県立市
野谷の森公園、野々下水辺公園、
坂川、富士川などが緑と水辺の
回廊でつながり、人々はジョギン
グや散歩などを楽しむ暮らしを満
喫しています。また、まちづくり
ルールに沿った良好な街並みが
広がっています。
流山セントラルパーク駅周辺のイメージ
(市民協議会の菅原愛夏さん作)
今から20年後の流山。一体どうなっているのだろうか。
私は今32才。子供が2人いる。私が住んでいるここ流山は
私が中学生だったころの流山とはずいぶん様変わりした。昔
はたくさんの畑があって、野菜は朝採ったものを直売所で新
鮮なまま買うことができたし、市野谷には森があってオオタ
カが住んでいた。その他にもキジやタヌキを家の近くで見か
けたし、夏の夜にはホタルも飛んでいた。流山は豊かな自然
にすっぽりと包まれている様だった。あれから20年、森は
どんどん切り開かれ、都心へ向かって一直線に伸びる線路。
畑だった所にはおしゃれできれいな家が建ち、住人達は皆幸
福そうだ。ホタルが飛んでいた場所は大きなショッピング
モールになっている。そう言えば、ホタルもキジもタヌキも、
もうずいぶん長いこと見かけていない。市野谷の森にオオタ
カがいたということを知っている人すら少なくなった。森は
街へと変わり、私達の生活は快適そのもの。しかし、それと
引換にしたものは何だろう。野菜をつくる農家はめっきり
減って、直売所は姿を消し、休日になると皆都心へ出かけた
り、自然を求めて遠くまで車を走らせる。中学生のころ、私
達が望んでいたのはこんな流山だったのかしら。
私は思う。街も人も変化するものだ。20年間住みよい流
山に変化することを願ってきた。その願いは本当に正しかっ
たのだろうか。中学一年の夏休み、ある農業家の人からこん
な話を聞いた。
「何代にもわたって農業を続けてこら
れたのは、『増やさず、減らさず』にき
たからです。」
平成17年当時の中学生の考えう20年
後の流山
今になってこの言葉のもつ意味の重大さに気づいた。流山
の一番のよさは自然の多さとそこから産み出されるたくさん
の恵み。自然を切りきざんでまで、人や道路を増やすことな
く、住みにくい街だと言って人々がよそへ行ってしまわない
ような街づくりが大事だと思う。流山のよさを守ることと変
化することがよいバランスでつづいていけばいいと思う。流
山のよさを中学生時代にもっとよく理解していたなら、32
才の私は今よりもっと住みやすい流山をつくるために何か手
伝いができたのではないだろうか。今、大事なものばかりを
追いかけるのではなく、20年後にも大事なものを守ったり、
育てたりしていかなければならないと思う。20年前に戻っ
て、もう一度よく考えてみたい。
流山市を永住の地として選んでもらえるために
マーケティング戦略
DEWKSの誘致
都心に一番近い森のまち
母になるなら流山
父になるなら流山
学ぶ子にこたえる流山
次のキャッチコピーはどんなものが来るの?
柏の葉スマートシティプロジェクト