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安全に計測可能なパラメータによる筋力推定方法の開発
(平成 20 年度)
∼ 超音波エコーによる体肢断面観察に供する水槽の素材の検討 ∼
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背景と目的
平成 19 年度には,体肢断面観察用水槽に用いる合成樹脂素材の基本特性を把握し,
水槽による体肢横断面観察時に問題となる,水槽壁による超音波の多重反射の防止策と
して,
(1) ヒトの身体軟部組織に近い音響インピーダンス値をもつ合成樹脂で水槽を作成す
ること
(2) 気体中の音速は圧力にほとんど依存せず,絶対温度の平方根に比例して増加する
が,常温域における合成樹脂の音速は温度の上昇にともなって低下し,その結果,音響
インピーダンスも温度の上昇にともなって低下する.合成樹脂の音響インピーダンスは
ヒトの軟部組織のそれ(1.63 [kg/m2sec]×10-6)に比して高い値(2.0∼3.0[kg/m2sec]
×10-6)をもつことから,可能な範囲で高い温度での計測を行えば,ヒトの身体や水と
水槽との音響インピーダンスの不整合による,超音波の多重反射の低減が期待できるこ
と
(3) 水槽素材として最も一般的なアクリルは,顕著な多重反射を生じること
(4) それに比して,高密度ポリエチレン,ポリプロピレン,ポリカーボネート,ポリ
エチレンテレフタレートは,比較的軽度の多重反射となること
を見出した.平成 20 年度は,それらの装置等を用いて被験者実験を試行し,得られた
結果に基づいて実用的な水槽の検討を行った.
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水槽の試作
被験者計測の試行にあたり,被験者実験用の水槽を試作した.被験者の体肢の位置確
認の容易さの観点から水槽の素材は無色透明な素材とし,平成 19 年度で良い特性を示
したポリカーボネート,ポロエチレンテレフタレートとした.比較検討のために,硬質
塩化ビニル製の水槽も試作した.水槽壁の厚さは,壁面内の多重反射を軽減するために
は薄いほど有利であるが,実計測時の強度を勘案して,厚さ 3[mm]とした.また,計測
の試行は,高齢者における転倒事故防止策の検討等の観点から,足関節の背屈・底屈力
の寄与筋が集まる下腿とするため,下腿の計測を容易とするため,ブーツ型の水槽を試
作した(図1).ブーツ型とすることで,下腿とプローブに距離を縮めることができ,
その結果,リニアプローブの深さ方向の視野内に下腿の中心部を位置させることができ,
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数枚のエコー画像の合成によって完全な横断面画像の取得が可能となる.
図1
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ブーツ型水槽(硬質塩化ビニル)
被験者計測の試行
3.1 方法
横断面は被験者の右側下腿の,下腿長の中央部に該当する位置で取得した.水温は概
ね 40[℃]程度とし,
被験者が快適と感じる温度に微調整した.超音波装置は Mini Vision
SSA-320A(TOSHIBA Medical Systems)を,プローブにはリニアプローブ(PLG-506M,
TOSHIBA Medical Systems)を用い,発振周波数は 5.0 [MHz]で B モード走査とした.
超音波装置の深さ方向のゲイン調整(Time Gain Control)は中間位置とし,得られた
画像をソノプリンタ(TP-8010/A, TOSHIBA Medical Systems)で印刷し,スキャナで
電子ファイル化した.被験者は 55 歳男性,身長 165.5[cm],体重 60.0[kg]とした.実
験に先立って,インフォームドコンセントを得た.
3.2 結果と考察
画像の取得を試行した結果,ポリエチレンテレフタレートが最も良好な結果をもたら
し,次いでポリカーボネートが良好であった.比較検討用に作成した硬質塩化ビニルは
多重反射が強く出現し,クリアな画像が得られなかった.得られた下腿の横断面画像の
例として,最も多重反射が少なかったポリエチレンテレフタレート製水槽で得た画像を
図 2 に示す.図 2 の上部に出現した多重反射は,水槽壁の板内部での超音波の繰り返し
反射に起因するもので,平成 19 年度にアクリル水槽で試行したワイヤファントムによ
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る画像での多重反射に比して軽度である.画像の上側が下腿前面で,向かって左側が下
腿内側である.下腿内側に脛骨が確認でき,その後方(図の下方)は,顕著な音響陰影
が確認される.脛骨の右後方(画像の右下方)には腓骨と血管群が位置する.
また,被験者実験中の水槽の温度低下にともなって,筋等の組織の画質が時々刻々変
化することが確認されたことから,温度低下による音響インピーダンスの変化(上昇)
により,多重反射が増大するものと考えられる.また,このことから,多重反射が筋等
の組織の画像に影響を与えていることも確認された.
図 2 ポリエチレンテレフタレート製水槽による下腿横断面画像
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まとめ
水槽を用いた体肢断面画像観察時に多重反射による画質の低下を回避するためのポ
イントを,以下のように整理する.
(1) 水槽に用いる合成樹脂素材はヒト生体の軟部組織や水に近い音響インピーダンス
値を有する素材が好ましく,市販の無色透明の合成樹脂素材としては,ポリエチレンテ
レフタレートもしくはポリカーボネートがあげられる.特に,ポリエチレンテレフタレ
ートは良好な画質が得られる.
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(2) 水槽の素材の厚さは,可能な限り薄いことが好ましい.
(3) 合成樹脂素材の音響インピーダンス値をヒト生体の軟部組織や水に近い値に保つ
ため,画像取得時の水槽温及び水温は,常温ではなく 40℃程度に保つことで多重反射
が軽減できる.
参考文献
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