Xi - 長岡大学

目次
特集
北陸新幹線延伸と長岡地域の将来 …………………………………………
1
2006
−2010年問題を考える−
基調講演Ⅰ
北陸新幹線延伸のインパクト
−新潟・長岡・上越を中心にして−
第6号
正氏
2
……………………… 上信越トライネット推進協議会幹事長 秋 山 賢 治 氏
26
………………… 長岡大学教授
基調講演Ⅱ
地域研究センター運営委員長
鯉
江
康
北陸新幹線延伸問題と地域振興
―地域活性化の方向―
CONTENTS
パネルディスカッション 北陸新幹線延伸と長岡地域の将来 ―2010年問題を考える―
……………………… 井上 亮、樋口栄治、尾島 進、元井悦朗、
31
秋山賢治、鯉江康正、原田誠司
論稿
新成長戦略と地域イノベーション −地域活性化戦略とは− ………………… 原
田
誠
司
43
廃棄物処理の有料化をめぐって ……………………………………… 内
藤
敏
樹
61
商工会の組織力向上への政策提言―地域社会の変化と商工会の戦略的対応― …… 広
田
秀
樹
75
太
91
……………………… 石 川 英 樹
105
中小企業金融の動向と創業期を含む資金調達にあたっての留意点
〜管理会計情報ないし経営管理情報の融資交渉における有用性〜
………………………… 谷 崎
大学進学率の決定要因に関する考察
〜都道府県別パネルデータ分析による内部収益率アプローチの検証
信太郎
115
勇
亮
125
信太郎
129
享
139
……………………………………………………………………………………
155
長岡大学地域研究センターご案内 ………………………………………………………………
156
長岡大学地域研究センター規程 …………………………………………………………………
161
国内製紙業界再々編機運の高まりと中国戦略 ………………………… 桂
エッセー&センターコラム
システム・デザインと新産業の創造 −台湾調査から感じたこと− …………… 伊
吹
地域情報&オピニオン
中越地震からの地域復興 −県内最大手スーパー原信の震災対応と今後の戦略に学ぶ− … 桂
長岡大学生による調査研究紹介
「長岡大学生の睡眠時間」実態把握のためのアンケート調査分析 …… 水
センター日誌
品
編集後記 …………………………………………………………………………………………
長岡大学地域研究センター 2005年度シンポジウム
北陸新幹線延伸と長岡地域の将来−2010年問題を考える−
2005年11月24日開催
平成26年度(2014年度)に長野−
金沢間が結ばれ、北陸新幹線が延伸
されることが正式に決定されまし
た。これにともない、現行ほくほく
線の廃止、上越新幹線の支線化・減
便等が現実のもとなり、中・下越地
域は東京と結びついている地域の優
位性が失われ、ビジネス・観光等多
方面にわたって大きなマイナスの影
響が発生することが危惧されはじめ
ています。さらに、上越地域の長野
圏への吸引が進む一方、新潟市の政
令指定都市化が進めば、その間の長
岡地域は沈没してしまう、との危機
的観測もあります。
こうした「2010年問題」を真正面
から問い、その客観的な影響を正確に把握し、そして地域活性化の方向を検討しなければならないと考え、シン
ポジウムを開催しました。
当日は、
「上越新幹線活性化同盟会」の皆さんをはじめ100名をこえる多くの産業界、行政の方々の参加をえて、
課題を浮き彫りにすることができました。今後の地域の力を合わせた取組みが重要です。
――― 次
第 ―――
(総合司会
本学助教授・地域研究センター運営委員
1
名
称
シンポジウム・北陸新幹線延伸と長岡地域の将来−2010年問題を考える−
2
日
時
平成17年11月24日e
3
会
場
長岡グランドホテル
4
次
第
・基調講演Ⅰ
13:30〜17:00 受付:13:00〜
北陸新幹線延伸のインパクト−新潟・長岡・上越を中心にして−
長岡大学教授
・基調講演Ⅱ
石川英樹)
地域研究センター運営委員長
鯉
江
康
正 氏
秋
山
賢
治
氏
日本経済新聞社長岡支局長
井
上
亮
氏
長岡商工会議所専務理事
樋
口
治
氏
7新潟経済社会リサーチセンター主管研究員
尾
島
進
氏
上越新幹線活性化同盟会幹事長/新潟市都市計画部長
元
井
悦
朗
氏
上信越トライネット推進協議会幹事長
秋
山
賢
治
氏
長岡大学教授
鯉
江
康
正 氏
原
田
誠
司
北陸新幹線延伸問題と地域振興−地域活性化の方向−
上信越トライネット推進協議会幹事長
・パネルディスカッション
テーマ:北陸新幹線延伸と長岡地域の将来−2010年問題を考える−
パネリスト
コーディネーター
長岡大学教授
1
栄
氏
特
集
基 調 講 演 Ⅰ
北陸新幹線延伸のインパクト
−新潟・長岡・上越を中心にして−
長岡大学教授
地域研究センター運営委員長
鯉江 康正
1.北陸新幹線の概要
まず最初に、北陸新幹線の概要(図表1参照)を説明させていただきます。北陸新幹線の区間は東京〜新大阪の
総延長約700㎞です。このうち、東京〜高崎間105㎞は上越新幹線との共用となります。主な経過地は長野、上越、
富山、金沢、福井となっております。
今回研究対象にしている上越市は、たまたま JR 東日本と西日本の結節点であるということで、おそらくすべての
列車が止まるのではないかと考えております。また、設計最高速度は260㎞/hでございますが、実際既存新幹線の平
均速度は各駅停車の場合130㎞/hくらいですので、平均速度260㎞/hで時間距離を計測することはできません。
図表1
北陸新幹線の概要
開業区間
既着工区間
新規着工区間
(注:福井駅部を含む)
新潟
長岡
上越(仮称)
飯山
糸
魚
川
新
黒
部
︵
仮
称
︶
(白山総合車両基地)
金沢
小松
加賀温泉
芦原温泉
福井
新
高
岡
︵
仮
称
︶
富
山
長野
上田
佐久平
軽井沢
安中捧名
高崎
大宮
東京
南越(仮称)
敦賀
琵琶湖
新
大
阪
出所:北陸新幹線建設促進同盟会(ホームページ)などを参考に作成
2
区間
東京〜新大阪間
総延長
約700㎞
(うち、東京〜
高崎間105㎞
は上越新幹線
と共用)
設計最高速度
260㎞/h
主な経過地
長野市付近
富山市付近
小浜市付近
2.モデルの概要
北陸新幹線延伸のインパクトを計測するにあたって、計量モデルを作ったわけですが、今回扱った内生変数は、
図表2にでございますように1地域8変数という非常にコンパクトなモデルです。 NN は人口です。 NW が域民就
業者数ということで、通常言われている常住地就業者数というものでございます。 EE というのが域内就業者数、
YY が域内総生産、YD が域民所得、いわゆる国民所得とか県民所得と言われている、民ベースで測った所得です。
SS が観光客数、 SI が県内からの観光客数、SA が県外からの観光客数です。
外生変数は、トレンドや技術進歩を表す西暦年、東京と i 地域の時間距離 DT 、東京への上り運行本数 UH です。
これらの外生変数が変化することによって、各内生変数の値が変化し、インパクトを計測する構造になっております。
地域区分は、1が新潟市、2が長岡市、3が上越市、4が上記以外の県内市町村の合計で、この4地域の合計が
新潟県という形でモデルを構築いたしました。
図表2
モデルで扱う変数と地域区分
変
区分
内
生
変
数
外
生
変
数
変数記号
NNi
NWi
EEi
YYi
YDi
SSi
SIi
SAi
TIME
DTi
UHi
Dt
Dtn
数
記
号
一
覧
変
数
名
人口(千人)
域民就業者数(千人)
域内就業者数(千人)
域内総生産(十億円、1995暦年価格)
域民所得(十億円、1995暦年価格)
観光客数(千人)
県内からの観光客数(千人)
県外からの観光客数(千人)
西暦年
東京とi地域の時間距離(分)
東京への上り運行本数(本)
ダミー:t年=1、それ以外=0、tは西暦年下2桁
ダミー:t年〜n年=1、それ以外=0
添字iは、地域を示す。
モデルで対象とした地域区分
地 域 名
i=0:新潟県
旧
市
町
村
名
i=1:新潟市
新潟市、新津市、豊栄市、小須戸町、横越町、亀田町、岩室町、西川町、
黒埼町、味方村、潟東村、月潟村、中之口村
i=2:長岡市
長岡市、栃尾市、中之島町、越路町、三島町、与板町、和島村、寺泊町、
山古志村、小国町
i=3:上越市
上越市、安塚町、浦川原村、大島村、牧村、柿崎町、大潟町、頸城村、
吉川町、中郷村、板倉町、清里村、三和村、名立町
i=4:その他
上記以外の新潟県内市町村
3
次に、モデルの因果序列図(図表2)をご覧ください。右上の長岡市の部分を見ていただきたいのですが、まず
DT2 が東京と長岡の新幹線の各駅停車時間です。 UH2 は長岡と東京の上り運行本数です。これらは外生変数です。
つまり、モデルの外から与件として与えられるものです。それが変化すると、 YY2 というのが域内総生産ですから、
生産に影響を与えることになります。生産にはそれ以外に TIME が入っておりますが、これは技術進歩を表すこと
になります。生産が変われば、所得 YD2 が変化します。つまり、生産活動が活発化すれば、所得が増えるという構
造になっております。所得が増えれば、その所得をあてに、人が入ってくるということで、人口 NN2 に影響が及び
ます。人口に影響が与えられれば、就業 EE2 が変わる。就業が変わると常住地の就業 NW2 も変わる。この変数は出
口になっています。就業 EE2 の変化はさらに生産 YY2 を変化させる。一方で、生産の変化は就業機会を増やすこと
になりますから、相互依存関係にあります。
さらに、上越と東京の時間距離 DT3 が変化する、たとえば、上越の利便性が増すと、長岡にあった支店の一部が
上越に移転する可能性があります。つまり、上越の時間距離が短縮されることによって、長岡の人口に変化を与え
る可能性があるということで、それをモデルで表そうと長岡の人口変数 NN2 の説明変数に DT3 を入れております。
新潟市、上越市およびその他の市町村についても、ほぼ同様の形のモデルになっております。これら全体を合計
して、最終的に新潟県を出すというような形のモデルの構造になっています。
図表3
モデルの因果序列図
<新潟市>
<長岡市>
YD1/EE1
NN1
NN2
EE1
EE2
NW2
NW1
YD1
YD2
DT2
DT1
YD0
YY2
YY1
SS20
YD0
UH2
SI1
S1
SA1
SA2
TIME
SS2
SI2
DT3
<その他の市町村>
<上越市>
UH1
YD4/EE4
UH3
NN4
NN3
NW3
NW4
EE4
EE3
YD3
YY3
YD0
YD4
YD0
SI4
外生変数
YY4
SS4
内生変数
SA3
SA4
今期値
SS3
SI3
加工変数 YD0=YD1+YD2+YD3+YD4
SS2
0=SS2/SS0
SS0=SS1+SS2+SS3+SS4
前期値
4
ここでモデルについて長岡市のモデルを例に若干説明させて頂きます。
モデルの推定法は最小二乗法を用いております。最初の文字が D で始まる変数は、ダミー変数ですので、以下の
説明では省略致します。 WNN2 というのは人口です。人口は、前期人口と所得の前期および上越への時間距離を説
明変数とするモデルを採用しております。実際に人口 NN2 の決定にあたっては、 WNN2 に CYNN2 という変数を足
しているのですが、これは、モデルで計算した値(基本ケース)と人口研の予測値の乖離分にあたります。つまり、
基本ケースについては人口研の予測値と一致します。他のケースについても、モデルの予測値にこの乖離分 CYNN2
を加えた形で決定されます。実際には、新幹線ができることによって外生変数が変化しますから、そのインパクト
だけで変化した分を人口の変化と見なすという形をとっているのです。
他の式も同じように最小二乗法を用いて推定し、これを連立方程式の形で解いて各変数の値を予測します。なお、
データの入手が1986年以降しかできないため、モデルが不安定でかなりのダミーを入れざるを得なくなりました。
その原因は、1988年〜1992年にかけてバブルが生じ、その後崩壊したことにあります。だだ、新幹線のあり・なし
が問題であり、同じモデル式を採用しておりますので、概ね傾向は捉えることができると思っております。
図表4
モデルの紹介(長岡市のケース)
データの観測期間は1986年から2002年の17年間であるが、推定期間は1期ラグ(変数の後に下添字−1を付けて
表示)を用いている関係で、1987年から2002年の16サンプルである。推定法は通常の最小二乗法を用いた。推定式
の係数下の<
>内は t 値である。また、各推定式下 RR は決定係数、RRB は自由度修正済み決定係数、 SD は方程
式の標準誤差、 DW はダービン・ワトソン統計量、DF は自由度、MAPE は平均絶対誤差率である。
(WNN2)= 79.874550 +0.66841458*(NN2)−1 +0.01315*(YD2)−1 +0.02801*(DT3) +0.79517132*(D96)
<2.056>
<5.173>
<3.041>
<1.515>
<1.682>
+0.85746392*(D98)
<1.970>
RR=0.9603
RRB=0.9404
SD=0.39228796 DW=1.613 DF=10 MAPE=0.08
(NN2) = (WNN2)+(CYNN2)
(CYNN2は、人口問題研究所の人口予測結果と北陸新幹線なしのケースにおける誤差である)
(YYA2)=((YY2)+(YY2)−1)/2
(EE2/NN2)−1 +0.00006295*(YYA2)−0.004430*
(D88)
(EE2/NN2)= 0.29520711 +0.35292942*
<5.318>
<2.742>
<3.703>
<−2.358>
+0.003152*
(D9293) −0.005950*(D99) −0.01388*(D0002)
<2.434>
RR=0.9835
<−3.306>
RRB=0.9725
<−7.047>
SD=0.001626 DW=2.617 DF=9 MAPE=0.17
(EE2) = (EE2/NN2)*(NN2)
(NW2) = 14.315929 +0.88215585*(EE2) −1.3243043*(D9802)
<3.412> <33.133>
RR=0.9889
RRB=0.9872
<−6.848>
SD=0.35839650
DW=1.130 DF=13 MAPE=0.16
Ln
(YY2)= −25.225503 +1.3334879*Ln
(EE2) +0.004623*
(UH2) −0.001187*
(DT2) +0.01273*(TIME)
<−7.139> <5.758>
<3.774>
<−1.419>
<8.407>
+0.02605*
(D88) +0.02067*(D96) −0.02069*(D01)
<1.840>
RR=0.9877
<1.617>
RRB=0.9769
<−1.435>
SD=0.01180
(YY2) = EXP
(Ln
(YY2))
5
DW=2.246 DF=8
MAPE=0.09
(YD2) = 201.43786 +0.59407789*(YY2) −21.359031*(D87) +19.111413*(D9697) −21.716887*(D02)
<4.295> <12.885>
RR=0.9746
RRB=0.9654
<−1.664>
<2.382>
<−2.138>
SD=9.5665589 DW=1.602 DF= 11 MAPE=0.67
(YD0) = (YD1)+(YD2)+(YD3)+(YD4)
(D9193)−232.51339*(D9596)−417.16538*(D9798)
(SI2) = −1528.5731 +0.78022724*
(YD0)−1 −360.59524*
<−2.862> <9.165>
<−3.690>
<−1.873>
<−3.008>
+835.60240*(D0002)
<7.300>
RR=0.9743
RRB=0.9615
SD=129.44516 DW=1.994 DF=10
MAPE=2.40
(SS20) = (SS2)/(SS0)
(SA2) = −2104.4376 +20.028406*
(UH2)+28556.946*(SS20)
+1.1800283*(YY2)
+0.13550185*
(SA2)−1
−1
−1
<−2.330> <3.269>
<4.533>
<2.654>
<1.737>
+347.61946*(D92) −267.97045*
(D95) −711.91052*
(D98) −548.51024*
(D0002 )
<5.702>
RR=0.9892
<−4.458>
RRB=0.9768
<−11.887>
<−7.588>
SD=49.609687 DW=2.206 DF=7 MAPE=1.05
(SS2) = (SI2)+(SA2)
3.モデルの妥当性の検証
モデルが構築できたら、そのモデルの妥当性を検証しておく必要があります。モデルの妥当性を検証するために
通常どういうことをするのかということを書いたものが図表5です。まずモデルを構築した1986年から2002年つい
て、実際の外生変数を使ってモデルの理論値(予測値)を計算します。このモデルでは、各地域と東京との時間距
離DTと東京へ上り運行本数 UN と西暦年が外生変数です。この理論値と観測値(実績値)を比較検討してモデルの
妥当性を判断します。
実際上、その比較検討をどのようにするかというと、一つは相関係数をチェックすることです。2つの変数の間
に一方が増加すれば、もう一方も増加する(あるいは減少する)関係を相関関係といい、相関係数はデータ(2つ
の変数)の相関の程度を示す指標です。相関係数の2乗は決定係数となります。相関係数は−1から1の間の値を
とり、−1に近いほど負の相関(一方が増えればもう一方が減る関係)が強く、1に近いほど正の相関(一方が増
えればもう一方も増える関係)が強くなる。そして、0に近いほど相関がなくなる。明らかに相関係数は、1に近
いほど説明力があるモデルであると言えます。
ファイナルテスト結果を見ていただくとわかりますように、もっとも相関係数の低い変数は、新潟県全域の人口
です。これは、足し算をしている関係上、個別には良い動きをしていても、合計した結果が必ずしも全体と同じ動
きをしないということがありますので、0.939となっております。
もう一つの指標は平均絶対誤差率(MAPE)です。これは、実績値と予測値との間の誤差率の絶対値|(予測
値−実績値)/実績値|をサンプル期間についてたしあげ、サンプル数で割り、%表示にするために100倍したもの
です。明らかにこれは小さい値が望ましい結果ということになります。この絶対値をとらないと、プラスとマイナ
スの誤差が相殺してしまいますので意味がないものになります。今回構築したモデルでは、誤差が最も大きい変数
でも3%未満ということになっております。したがって、このモデルを用いて新幹線のインパクトを計測しても問
題はないと判断いたしました。
6
図表5
モデルの妥当性の検証方法(ファイナルテスト方法)と検証結果
ファイナルテスト結果の総括
MAPE
外生変数
1%未満
1%以上
2%未満
0.99以上
18
1
0.99未満
0.95以上
5
9
0.95未満
0.93以上
1
計
24
相関係数
新幹線インパクト計測モデル
2%以上
3%未満
計
19
6
20
1
10
40
6
内生変数のファイナルテスト結果
モデルによる理論値(予測値)
比較検討
現実の観測値(実績値)
変数記号
NN0
NN1
NN2
NN3
NN4
NW0
NW1
NW2
NW3
NW4
EE0
EE1
EE2
EE3
EE4
YY0
YY1
YY2
YY3
YY4
相関係数
0.9397
0.9996
0.9683
0.9803
0.9922
0.9966
0.9962
0.9937
0.9961
0.9948
0.9964
0.9959
0.9947
0.9963
0.9945
0.9979
0.9983
0.9933
0.9980
0.9943
MAPE
0.0911
0.0426
0.1207
0.0790
0.1479
0.1640
0.2610
0.2225
0.1471
0.2420
0.1718
0.2674
0.1877
0.1642
0.2445
0.4343
0.2701
0.6325
0.5472
0.6931
変数記号
YD0
YD1
YD2
YD3
YD4
SS0
SS1
SS2
SS3
SS4
SI0
SI1
SI2
SI3
SI4
SA0
SA1
SA2
SA3
SA4
相関係数
0.9917
0.9872
0.9858
0.9817
0.9868
0.9865
0.9812
0.9737
0.9694
0.9850
0.9880
0.9746
0.9867
0.9560
0.9846
0.9860
0.9818
0.9934
0.9751
0.9834
MAPE
0.7776
0.8759
0.7430
1.3249
0.8157
1.2450
2.0565
1.6379
2.0820
1.2589
1.7557
2.6275
2.5247
2.1781
1.9562
1.1876
1.3692
1.5163
2.9059
1.5237
4.新潟・東京間鉄道サービスデータ
いよいよ、外生変数の想定と予測シミュレーションに実施になります。その前に、新潟・東京間の鉄道サービス
データを概観しておきます。データは、1986年(各年とも10月の時刻表から収集)から、現在、2005年の10月まで
収集できます。
(1)新潟−東京間の運行本数と所要時間
最初に新潟−東京間のデータです(図表6参照)。運行本数は、1986年時では26本でしたがその後東京駅乗り入れ
に伴って34本まで増加しました。しかしながら1994年以降減少し始め、1996年には30本に、そして1997年の北陸新
幹線の東京・長野間(通称、長野新幹線)開通およびほくほく線開通に伴い、27本まで減少しました。つまり、長
野新幹線およびほくほく線開通時点で運行本数を3本減らされたという経緯があります。次に所要時間ですが、例
えば1986年の164分というのは、新幹線の各駅停車の時間140分と、山手線の上野・東京間7分、それと上野駅での
乗り換え時間17分を合計したものが164分ということです。1991年以降は東京駅へ乗り入れをしていますので、143
分になりました。2004年には151分と時間距離が長くなっておりますが、これは本庄早稲田駅ができたことによりま
す。
7
図表6
新潟−東京間の運行本数と所要時間
所要時間(分)
運行本数
(上り)
1 9 8 6年
1 9 8 7年
1 9 8 8年
1 9 8 9年
1 9 9 0年
1 9 9 1年
1 9 9 2年
1 9 9 3年
1 9 9 4年
1 9 9 5年
1 9 9 6年
1 9 9 7年
1 9 9 8年
1 9 9 9年
2 0 0 0年
2 0 0 1年
2 0 0 2年
2 0 0 3年
2 0 0 4年
2 0 0 5年
26
27
33
33
33
34
34
34
32
32
30
27
28
28
27
26
27
27
27
27
合
計
147
147
145
145
145
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
151
153
新幹線
(各停)
140
140
138
138
138
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
151
153
モデルのデータ
山手線
(上野−東京)
7
7
7
7
7
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
備 考
(運行本数について)
上野止まり2本を含む
上野止まり2本を含む
上野止まり2本を含む
上野止まり2本を含む
上野止まり2本を含む
上野止まり1本を含む
運行本数 所要時間
(UH1) (DT1)
26
27
33
33
33
34
34
34
32
32
30
27
28
28
27
26
27
27
27
27
164
164
162
162
162
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
151
153
※運行本数は,新潟から東京(1990年以前は上野)へ行くすべての新幹線の本数。
参考:上野での乗換時間17分(時刻表に記載)
(2)長岡−東京間の運行本数と所要時間
同じように、長岡−東京間の鉄道サービス水準をまとめたものが図表7です。基本的動きは新潟−東京間と同じ
です。運行本数は1986年の24本からはじまって、1988年から1996年までは新潟発の全ての新幹線が長岡に停車して
おりました。しかしながら、長野新幹線およびほくほく線が開通した1997年に一挙に5本減らされて30本から25本
になりました。新潟の場合には直接的でないということなのですが、ほくほく線ができたことによって、長岡経由
で上越方面に行く人がいなくなるわけですから、そこで5本減らされているわけです。ある列車は全てが上越方面
からのお客さんと言うことではありませんので、明らかにサービス低下です。この数値は、新潟へ行く本数が3本
しか減っていないのに、長岡だけが5本減らされた。つまり長岡を停車しない電車ができたことの現れです。最近
は26本になっておりますが、1990年代前半の水準には戻っておりません。時間についても新潟−東京間と同様で、
上野から東京に乗り入れたときに短くなって、その後はほとんど変化がありません。新駅ができたことによって9
分から10分時間距離が伸びております。
8
図表7
長岡−東京間の運行本数と所要時間
所要時間(分)
運行本数
(上り)
1 9 8 6年
1 9 8 7年
1 9 8 8年
1 9 8 9年
1 9 9 0年
1 9 9 1年
1 9 9 2年
1 9 9 3年
1 9 9 4年
1 9 9 5年
1 9 9 6年
1 9 9 7年
1 9 9 8年
1 9 9 9年
2 0 0 0年
2 0 0 1年
2 0 0 2年
2 0 0 3年
2 0 0 4年
2 0 0 5年
26
27
33
33
33
34
34
34
32
32
30
27
28
28
27
26
27
27
27
27
合
計
147
147
145
145
145
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
151
153
新幹線
(各停)
140
140
138
138
138
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
151
153
モデルのデータ
山手線
(上野−東京)
7
7
7
7
7
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
備 考
(運行本数について)
上野止まり2本を含む
上野止まり2本を含む
上野止まり2本を含む
上野止まり2本を含む
上野止まり2本を含む
上野止まり1本を含む
運行本数 所要時間
(UH1) (DT1)
26
27
33
33
33
34
34
34
32
32
30
27
28
28
27
26
27
27
27
27
164
164
162
162
162
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
143
151
153
※運行本数は,新潟から東京(1990年以前は上野)へ行くすべての新幹線の本数。
参考:上野での乗換時間17分(時刻表に記載)
(3)直江津−東京間の運行本数と所要時間
最後に、直江津−東京間の運行本数と所要時間ですが、これは図表8をご覧ください。ほくほく線開通前は直江
津から信越本線で長岡を通って上越新幹線で東京へいくルートが一般的でした。そのときの運行本数ですが、この
運行本数は何で取るのかという難しい問題があるのですが、一応信越本線については各駅停車で直江津からは来な
いだろうと想定して、特急、急行、快速の運行本数を採用しました。また、所要時間は新幹線が上野どまりの1990
年までは、信越本線の特急、新幹線の長岡・上野間、山手線の上野・東京間の時間に長岡駅と上野駅での乗り換え
時間を加えております。東京駅乗り入れ後は新幹線で長岡から東京へ直通という形になっております。これが直江
津からの時間ということになります。
ほくほく線開通後は、ほくほく線を通って越後湯沢へ行って東京へ行くというルートになります。これも実際デ
ータを集めたときに困ったことが起きたのですが、ほくほく線開通前の信越本線は特急、急行、快速という優等列
車のみを対象にしておりますので、ほくほく線も特急のみを対象にすると、運行本数が9本も減ってしまうという
状況が起こりました。これでモデルをつくるのは不自然だとの考えから、モデルの連続性を比較的考慮して、ほく
ほく線については快速と各駅停車を加えた17本という形で、19本が17本に減ったという形でのデータの作り方をし
ました。その後、ほくほく線が徐々に本数が増えてきて2005年には21本になっております。所要時間は、ほくほく
線の特急と新幹線の各駅停車の時間に越後湯沢での乗り換え時間を加えて作成しました。
9
図表8
直江津−東京間の運行本数と所要時間
<ほくほく線開通前>
直江津−(信越本線)−長岡−(上越新幹線)−東京[上野]
運行本数
特急・急行・快速
(参考)
各停
(うち夜行)
1 9 8 6年
1 9 8 7年
1 9 8 8年
1 9 8 9年
1 9 9 0年
1 9 9 1年
1 9 9 2年
1 9 9 3年
1 9 9 4年
1 9 9 5年
1 9 9 6年
14
16
16
18
20
20
21
21
21
20
19
計
178
174
166
164
164
161
161
161
161
161
161
10
10
12
12
10
10
10
10
10
9
10
(2 )
(2 )
(2 )
(2 )
(2 )
(2 )
(2 )
(2 )
(2 )
(1 )
(1 )
モデルのデータ
所要時間(分)
合
信越本線
(特急)
57
53
46
44
44
43
43
43
43
43
43
備 考
(夜行について)
新幹線
山手線
(各停) (上野−東京)
寝台特急1本,
自由席ありの急行1本
7
114
寝台特急1本,
自由席ありの急行1本
7
114
寝台特急1本,
自由席ありの急行1本
7
113
寝台特急1本,
自由席ありの急行1本
7
113
寝台特急1本,
自由席ありの急行1本
7
113
寝台特急1本,
自由席ありの急行1本
−
118
寝台特急1本,
自由席ありの急行1本
−
118
寝台特急1本,
自由席ありの急行1本
−
118
寝台特急1本,
自由席ありの急行1本
−
118
自由席ありの急行1本
−
118
自由席ありの急行1本
−
118
運行本数 所要時間
(UH3) (DT3)
14
16
16
18
20
20
21
21
21
20
19
201
197
189
187
187
167
167
167
167
167
167
※運行本数は,直江津から信越本線で長岡へ行く列車の本数。
※夜行は早朝に長岡に着
参考:長岡での乗換時間6分,上野での乗換時間17分(時刻表に記載)
<ほくほく線開通後>
直江津−(ほくほく線)−越後湯沢−(上越新幹線)−東京[上野]
運行本数
特急
(参考)
快速・各停
1 9 9 7年
1 9 9 8年
1 9 9 9年
2 0 0 0年
2 0 0 1年
2 0 0 2年
2 0 0 3年
2 0 0 4年
2 0 0 5年
10
10
10
10
10
11
11
11
12
7
7
7
8
8
9
9
9
9
所要時間(分)
合
計
138
138
139
139
139
138
138
142
142
ほくほく線
(特急)
49
49
49
49
49
48
48
48
48
モデルのデータ
運行本数 所要時間
新幹線
(UH3) (DT3)
(各停)
146
89
17
146
89
17
147
90
17
147
90
18
147
90
18
146
90
20
146
90
20
150
94
20
150
94
21
※運行本数は,直江津からほくほく線で越後湯沢へ行く列車の本数。
参考:越後湯沢での乗換時間8分(時刻表に記載)
5.シミュレーション・ケースの想定とケースの内容
ここからが、シミュレーションになりますが、インパクトを計測するケースとして、どういう想定をしたのかと
いうことを述べさせていただきます。
まず各ケースとも、新潟への時間 DT1 と長岡への時間DT2は、北陸新幹線が延伸されても変わらないだろうと想
定しています。過去の上越新幹線の所要時間についても東京乗り入れ、新駅の設置時には時間距離が変化しており
ますが、それ以外は変化していないため、妥当な想定と思っております。当然のことながら、北陸新幹線が延伸さ
れれば、上越−東京間の時間は変化することになります。
まず、基本ケース(ケース0)ですが、これは北陸新幹線が延伸されず、上越新幹線も現況(2005年)のままの
ケースです。つまり、UH1=27本、UH2=26本、UH3=21本、DT1=153分、DT2=128分、DT3=150分という想定
になっております。
このケース0を基本として、時間距離や運行本数をいくつか想定して、その組合せで追加6ケースのシミュレー
ションを実施しました。
まず、上越新幹線の想定ですが、既に述べたように時間距離は全てのケースで同じです。
運行本数は、ほくほく線が開通したときに、新潟発の上り運行本数が3本減少し、長岡発の上り運行本数が5本
10
減少したという経緯がありますので、シミュレーション上は UH1 および UH2 が4本ずつ減ったという想定をしてみ
ました(ケース2、4、6)
。
上越と東京の時間距離 DT3 については、現況が150分です。これに対して、北陸新幹線が延伸された時の時間距離
として、DT3=146分(ケース1〜ケース4)と DT3=130分(ケース5、6)の2ケースを考えました。DT3=146
分はどういうケースかと言いますと、東京・長野間は新幹線各駅停車の時間を使い、長野・上越間は、東京・長野
間の平均速度を使って、所要時間を設定したケースです。この場合には、新幹線ができても、ほくほく線を回って
いくのとあまり変わらない結果になっています。もう一つは、DT3=130分のケースです。こちらは東京・長野間の
最速列車、つまり東京−大宮−長野しか停車しないという列車の時間を用いて東京・長野間の時間を設定し、長
野・上越間は東京・長野間の新幹線各駅停車の平均速度を使うという形で設定すると、東京・上越間は114分でいけ
ることになります。ただこれはもともとモデルが各駅停車の時間をベースに作られておりますので、この想定を使
うということは、すべての列車が114分で東京・上越間を行き来するということになります。上越まで来る列車は全
部長野まではほとんど止まらないのか、という話になってしまいますから、それは非現実的であろうということで、
その114分と、実際に各駅停車で行ったときの146分の平均130分を採用しました。半分くらいはそういう列車でくる
という上越に都合の良い想定です。
続いて、上越発の東京行き運行本数 UH3 ですが、最も運行本数が多い想定として、現在の東京・長野間の運行本
数27本を採用しました(ケース1、2)。この想定は、いま長野で止まっているのが、すべて上越まで来ると仮定し
たのが27本という数字です。この本数と時間距離130分の組合せは、現実的には、ちょっと考えられないと思います。
というのは、先ほど言ったように、27本の半分が途中の高崎駅や上田駅を通過して走ってくるということになるわ
けで、そちらの運行本数が大幅に減少してしまうからです。そこで、27本ではなくて本数がもう少し少ないケース
を考えました。それが、UH3=23本です(ケース3〜ケース6)。
この23本の根拠は、以下のとおりです。全国の新幹線駅の乗降客数がデータとして入手できます。これは駅の乗
降客数でして、新幹線の乗降客数ではありませんが、その乗降客数と新幹線の運行本数の駅ごとのデータがありま
すので、それから回帰モデルをつくりました。その回帰モデルは、昨年発行した長岡大学地域研究センター年報
「地域研究」(第4号)に入っていますので、ご参照ください。そのモデルで運行本数を予測するには、上越駅の乗
降客数が必要になりますが、これもまた難しいところなのですが、現在の高田と直江津の乗降客数の合計が約12,000
〜13,000人であることから、その数字を使って予測した結果、大体23本になるという結果が得られました。
これらを組み合わせて、全部で7ケースを想定しました。
図表9
シミュレーション・ケース想定
21本
D
T
3
130分
146分
150分
UH3
23本
ケース5
(UH1=27,
UH2=26)
ケース6
(UH1=23,
UH2=22)
ケース3
(UH1=27,
UH2=26)
ケース4
(UH1=23,
UH2=22)
27本
ケース1
(UH1=27,
UH2=26)
ケース2
(UH1=23,
UH2=22)
ケース0
(UH1=27,
UH2=26)
注)各ケースとも、DT1=153分、DT2=128分で共通。
6.ケース0(基本ケース:北陸新幹線なし)のシミュレーション結果
ケース0の時間距離と運行本数の想定は、すべて現況と同じということになります。各変数の実績値および将来
の予測結果は図表10のとおりです。
11
図表10
実績値
変
数
1986年
2002年
予測値
2020年
NN0
千人
2479
2464
2286
NN1
千人
763
811
808
NN2
千人
285
287
273
NN3
千人
216
211
200
NN4
千人
1215
1155
1006
NW0
千人
1290
1269
1219
NW1
千人
378
415
435
NW2
千人
149
148
148
NW3
千人
113
108
104
NW4
千人
650
598
531
EE0
千人
1285
1271
1234
EE1
千人
386
421
444
EE2
千人
152
154
153
EE3
千人
113
108
105
EE4
千人
634
587
532
YY0
十億円
7265
9324
11439
YY1
十億円
2485
3065
3711
YY2
十億円
822
1059
1319
YY3
十億円
593
820
1006
YY4
十億円
3366
4381
5403
YD0
十億円
5481
6899
8341
YD1
十億円
1916
2473
3133
YD2
十億円
644
809
963
YD3
十億円
484
628
736
YD4
十億円
2437
2989
3509
SS0
千人
56892
75500
92948
SS1
千人
8818
11377
15182
SS2
千人
4839
6548
7876
SS3
千人
5429
7155
8857
SS4
千人
37806
50420
61033
SI0
千人
30121
45708
58705
SI1
千人
6442
9273
12808
SI2
千人
2833
4878
5757
SI3
千人
3725
4396
5433
SI4
千人
17267
27161
34706
注)価格表示データは1995暦年価格表示である。
ケース0のシミュレーション結果
年平均成長率(%)
1986年
2002年
〜2002年 〜2020年
− 0.04
−0.42
0.38
−0.02
0.04
−0.28
− 0.15
−0.28
− 0.31
−0.77
− 0.10
−0.22
0.58
0.27
− 0.04
−0.01
− 0.29
−0.20
− 0.52
−0.65
− 0.07
−0.16
0.55
0.29
0.08
−0.04
− 0.28
−0.17
− 0.48
−0.55
1.57
1.14
1.32
1.07
1.59
1.23
2.05
1.14
1.66
1.17
1.45
1.06
1.61
1.32
1.43
0.97
1.65
0.88
1.28
0.90
1.78
1.16
1.61
1.62
1.91
1.03
1.74
1.19
1.82
1.07
2.64
1.40
2.30
1.81
3.45
0.93
1.04
1.18
2.87
1.37
実績値
変
数
1986年
予測値
2002年
2020年
年平均成長率(%)
1986年
2002年
〜2002年 〜2020年
0.67
0.78
−0.76
0.67
−1.14
1.33
3.06
1.21
0.78
0.69
26771
2376
2006
1703
20539
29792
2104
1670
2759
23259
34243
2374
2119
3424
26327
%
%
%
%
30.8
11.5
8.7
49.0
32.9
11.6
8.6
46.9
35.3
11.9
8.8
44.0
0.42
0.08
−0.11
−0.28
0.39
0.14
0.13
−0 . 3 5
YY1/YY0
YY2/YY0
YY3/YY0
YY4/YY0
%
%
%
%
34.2
11.3
8.2
46.3
32.9
11.4
8.8
47.0
32.4
11.5
8.8
47.2
−0.25
0.02
0.47
0.09
−0 . 0 7
0.08
0.00
0.03
YD1/YD0
YD2/YD0
YD3/YD0
YD4/YD0
NW0/NN0
NW1/NN1
NW2/NN2
NW3/NN3
NW4/NN4
YY0/EE0
YY1/EE1
YY2/EE2
YY3/EE3
YY4/EE4
YD0/NN0
YD1/NN1
YD2/NN2
YD3/NN3
YD4/NN4
%
%
%
%
%
%
%
%
%
千円
千円
千円
千円
千円
千円
千円
千円
千円
千円
35.0
11.8
8.8
44.5
52.1
49.5
52.5
52.4
53.5
5653
6439
5398
5254
5307
2211
2510
2263
2240
2006
35.8
11.7
9.1
43.3
51.5
51.1
51.8
51.3
51.7
7338
7272
6866
7602
7461
2800
3048
2822
2981
2587
37.6
11.5
8.8
42.1
53.3
53.9
54.3
52.1
52.8
9272
8358
8610
9617
10158
3648
3878
3533
3676
3490
0.16
−0.02
0.20
−0.16
−0.06
0.20
−0.08
−0.14
−0.20
1.64
0.76
1.52
2.34
2.15
1.49
1.22
1.39
1.80
1.60
0.26
−0 . 0 8
−0 . 1 7
−0 . 1 6
0.19
0.29
0.27
0.08
0.12
1.31
0.78
1.27
1.31
1.73
1.48
1.35
1.25
1.17
1.68
SA0
SA1
SA2
SA3
SA4
千人
千人
千人
千人
千人
NN1/NN0
NN2/NN0
NN3/NN0
NN4/NN0
まず、新潟県の人口は、1986年の2479千人が、2002年には若干減少し2464千人となっております。今後は少子高
齢化に伴って一層減少することが予想され2020年には2286千人まで減少します。地域別にみると、新潟市は2002年
の811千人が2020年には808千人と若干減少します。長岡市は2002年の287千人が2020年には273千人、上越市は2002年
の211千人が2020年には200千人と減少します。その他の県内市町村は2002年の1155千人が2020年には1006千人と大
幅に減少する想定になっております。この2020年の人口総数はその想定から人口問題研究所の推計値と一致します。
地域別の人口構成比をみると、新潟市のそれは1986年が30.8%、それが2002年では32.9%、2020年になると35.3%
まで上昇してくるという予測になっています。この新潟市でさえ将来は人口が減少すると思われます。長岡市は、
1986年の11.5%が、2002年現在11.6%であり、2020年では11.9%まで若干割合が伸びるであろうという結果が得られ
ております。上越市は、1986年が8.7%、2002年が8.6%、2020年が8.8%と構成比に大きな変化はみられません。その
他の県内は、中山間地域が非常に多いわけで、1986年の49.0%が2002年には46.9%までシェアを落としています。今
後も人口減少がすすみ、2020年には44.0%まで落ち込みます。
つまり、基本ケースでの人口構成を見ていくと何が言えるのかというと、新潟市が相対的にどんどん大きくなっ
ていって、長岡市、上越市はほぼ横ばい状態で、その他の県内がどんどん人口が減少していくという形の予測結果
になっており、おおむね常識にあっているかなと感じています。
12
図表11 人口の推移
(1986年=100)
110
105
100
95
90
85
80
1986
1990 1994
NNN0
1998
NNN1
2002 2006
NNN2
2010
NNN3
2014 2018
NNN4
続いて、域内就業者数をみますが、就業者数は基本的に人口と生産の関数になっておりますので、将来は人口減
少の影響を受けて新潟市以外は横這いから減少傾向になります。ただし、生産は緩やかに増加しますので、人口減
少ほど大幅に減少するわけではありません。
図表12 域内就業者数の推移
(1986年=100)
120
115
110
105
100
95
90
85
80
1986
1990 1994
NEE0
1998
NEE1
2002 2006
NEE2
2010
NEE3
2014 2018
NEE4
域内総生産がどのようになるかをみます。1986年から2002年の年平均成長率をみると、上越市が最も高く年平均
2.05%で成長しておりました。続いてその他の県内が1.66%、長岡市が1.59%で、何と新潟市が最も低く1.32%の成
長率でした。この傾向は将来もみられるのですが、域内就業者数の動きを反映して、2002年から2020年の年平均成
長率は、長岡市が最も高く1.23%で成長するという予測結果になっております。続いて、その他の県内が1.17%、上
越市が1.14%、新潟市が1.07%となっております。
13
図表13 域内総生産の推移
(1986年=100)
180
170
160
150
140
130
120
110
100
90
80
1986
1990 1994
NYY0
1998
NYY1
2002 2006
NYY2
2010
NYY3
2014 2018
NYY4
これに対して、所得の伸びをみると、1986年から2002年にかけては、上越市が最も高く年平均1.65%の成長となっ
ております。続いて、新潟市が1.61%、長岡市が1.43%、その他の県内が1.28%となっております。これが、2002年
から2020年にかけては、新潟市が最も高く年平均1.32%で1%を越えているのは新潟市のみです。長岡市のそれは
0.97%、その他の県内が0.90%、上越市が0.88%となっております。生産と所得のこのような乖離は、労働集約的な
産業のウエイトが高い新潟市と、資本集約的な産業のウエイトが高い長岡市、上越市、その他の県内の違いに起因
していると思われます。
図表14 域民所得の推移
(1986年=100)
170
160
150
140
130
120
110
100
90
80
1986
1990 1994
NYD0
1998
NYD1
2002 2006
NYD2
2010
NYD3
2014 2018
NYD4
最後に観光客数ですが、よく新幹線は人の移動、高速道路は物の移動と言われていますが、そう考えますと、観
光客というのは新幹線の影響を評価する指標としては非常に重要な変数と思われます。しかしながら、観光のデー
タは非常に不安定であることは良く知られているところです。というのは、観光客数というのは、正確に入場者で
14
把握しているデータもあるのですが、例えば、長岡花火に何人きましたかといったときに、20万人かな30万人かな
という数字をもとに、20万人、30万人として掲載されてしまうわけです。あるいは、ふるさと村や寺泊の魚市場に
来ているお客さんが年間何人かというと、たぶん把握できていないと思うのです。ちょっとものを買いに行く人の
数などわからないわけで、やはり特定の地点で安定した数え方をしていただかないと、時系列でこういうデータを
使おうとしたときに、何をやっているのかわからないという状況になります。それでもモデル屋というのは因果な
もので、モデルをつくらないといけないわけですから、ダミー変数を導入して大きな動きを吸収し、なんとなくト
レンドをつくることになります。したがって、観光客数については、このモデルによる理論値が正しいのか、過小
推計なのか、過大推計なのかはわからない部分があります。よって、この値が一人で歩いてもらうと困るなという
感じがありますが、ここでの目的は、先ほど言いましたように、北陸新幹線の延伸によるインパクトを見たいわけ
ですから、その変化は同じモデルで把握しますので、方向性やインパクトの大きさは計測できると考えております。
図表15 観光客数の推移
(1986年=100)
180
170
160
150
140
130
120
110
100
90
80
1986
1990 1994
NSS0
1998
NSS1
図表16
2002 2006
NSS2
2010
2014 2018
NSS3
NSS4
県内からの観光客数の推移
(1986年=100)
220
200
180
160
140
120
100
80
1986
1990 1994
NSI0
1998
NSI1
2002 2006
NSI2
15
2010
2014 2018
NSI3
NSI4
図表17
220
県外からの観光客数の推移
(1986年=100)
200
180
160
140
120
100
80
60
1986
1990 1994
NSA0
1998
NSA1
2002 2006
NSA2
2010
2014 2018
NSA3
NSA4
7.北陸新幹線のインパクト
(1)北陸新幹線のインパクトの計測方法
北陸新幹線の長野以北の延伸は2014年といわれておりますが、開業後10年くらい経ったときの姿をみないと、イ
ンパクトが非常に小さく出てしまいますので、ここでは2010年に開業して、10年後の2020年にどうなっているかと
いうシミュレーションを行いました。したがって、評価は新幹線有り無しのインパクト率や年平均成長率の差でみ
ることになります。以下、人口と域内総生産を中心にインパクト率をみていき、必要に応じて観光客数についても
コメントさせていただきます。
(2)新潟市へのインパクト
まず新潟市への北陸新幹線のインパクトをみます。開業後10年の姿としてインパクト率をみていくと、新潟市に
とってもっとも良いパターンは、人口や生産でみるとケース0です。つまり北陸新幹線が延伸されないケースです。
この結果は当然といえます。ケース2、ケース4、ケース6は東京・新潟間の運行本数が減少したケースです。
ケース1およびケース3のインパクト率は人口で−0.2%であり、2020年時点で約1,500人の減少と大きな影響はな
さそうです。域内総生産でも−0.1%の減少に止まっております。このケースは上越新幹線の運行本数は変化がない
ケースで、北陸新幹線が延伸されても直接的影響は少ないといえます。また、ケース1では北陸新幹線の運行本数
がケース3より多い想定になっているため、県内所得が増加して、観光客数は増える結果となっております。
ケース2およびケース4のインパクト率は人口が−0.8%、域内総生産が−3.3%でかなり大きな影響を受ける結果
となっております。このケースは上越新幹線の運行本数が減少されるケースで直接的影響があるものです。また、
運行本数の減少は県外からの観光客数を大幅に減少させる可能性があります。
ケース5のインパクト率は、人口が−1.0%、域内総生産が−0.4%で、ケース6のインパクト率は人口が−1.6%、
域内総生産が−3.6%でした。ケース5とケース6は北陸新幹線がスピードアップされたケースで、ケース5は上越
新幹線の運行本数が変化しないケース、ケース6は上越新幹線の運行本数が減少されるケースです。ケース5では
上越と東京の時間距離が短縮されるため、新潟にあった支店や事業所が上越地域へ移転するなど人口や就業面では
かなりのマイナスのインパクトが予想されますが、恐らく支店や事業所が完全に無くなるわけではなく一部移転と
16
いう形態をとるため、生産や所得面ではそれほど大きな影響を受けないものと思われます。これに対して、ケース
6では上越新幹線の運行本数も減少するため、非常に大きなダメージを受ける結果になっております。とりわけ、
観光面は競争相手である北陸新幹線沿線の条件の良化と直接的運行本数の減少によってその影響は大きくなること
が予想されます。
図表18
新潟市への北陸新幹線のインパクト(2010年開業と想定)
北陸新幹線開業10年後のインパクト率(%)
北陸新幹線開業後の年平均成長率−2009年〜2020年−(%)
ケース1 ケース2 ケース3 ケース4 ケース5 ケース6 ケース0 ケース1 ケース2 ケース3 ケース4 ケース5 ケース6
−0 . 2
−0.8
−0.2
−0.8
−1.0
NN1
−1.6
−0.15
−0.17
−0.22
−0.17
−0.22
−0.24
−0 . 2 9
−0 . 2
−2.0
−0.2
−2.0
−1.2
NW1
−2.9
0.19
0.17
0.01
0.17
0.01
0.08
−0 . 0 8
−0 . 2
−2.0
−0.2
−2.0
−1.1
EE1
−2.8
0.23
0.21
0.05
0.21
0.05
0.13
−0 . 0 3
−0 . 1
−3.3
−0.1
−3.3
−0.4
YY1
−3.6
1.11
1.10
0.81
1.10
0.81
1.07
0.78
−0 . 1
−3.8
−0.1
−3.8
−0.5
YD1
−4.2
1.30
1.30
0.95
1.30
0.95
1.26
0.91
0.4
−4.3
−0.2
−4.9
−2.2
SS1
−6.8
1.54
1.58
1.14
1.52
1.08
1.34
0.90
0.5
−3.7
−0.2
−4.4
−2.5
SI1
−6.6
1.72
1.76
1.37
1.70
1.30
1.48
1.09
0.0
−7.7
0.0
−7.7
−0.2
SA1
−7.9
0.65
0.65
−0.08
0.65
−0.08
0.63
−0 . 0 9
注)インパクト率 ={(新幹線ありケース−新幹線なしケース)/新幹線なしケース}×100、2020年で評価
図表19 新潟市へのインパクト(人口)
830
820
810
人
口
︵
千
人
︶
800
790
780
770
760
750
1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013 2016 2019
西暦年
ケース0
ケース4
ケース1
ケース5
17
ケース2
ケース6
ケース3
図表20 新潟市へのインパクト(県内総生産)
3800
3600
3400
域
内
総
生
産
︵
十
億
円
︶
3200
3000
2800
2600
2400
2200
2000
1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013 2016 2019
西暦年
ケース0
ケース4
ケース1
ケース5
ケース2
ケース6
ケース3
(3)長岡市へのインパクト
続いて、長岡市への北陸新幹線のインパクトをみます。開業後10年の姿としてインパクト率をみていくと、長岡
市にとっても最も良いパターンは、人口や生産でみるとケース0です。つまり北陸新幹線が延伸されないケースで
す。この結果は当然といえます。ケース2、ケース4、ケース6は東京・長岡間の運行本数が減少したケースです。
ケース1およびケース3のインパクト率は人口で−0.1%であり、域内総生産でも−0.3%の減少に止まっておりま
す。このケースは上越新幹線の運行本数は変化がないケースで、北陸新幹線が延伸されても直接的影響は少ないと
いえます。また、ケース1では北陸新幹線の運行本数がケース3より多い想定になっているため、県民所得が増加
して、県内からの観光客数は増える結果となっておりますが、県外からの観光客については上越地域を中心とした
県内との競合のため、減少する結果となっております。
ケース2およびケース4のインパクト率は人口が−0.5%、域内総生産が−3.5%で生産でかなり大きな影響を受け
る結果となっております。このケースは上越新幹線の運行本数が減少されるケースで直接的影響があるものです。
また、運行本数の減少は県外からの観光客数を減少させる可能性がありますが、新潟地域ほどの大きさにはなって
おりません。
ケース5のインパクト率は、人口が−0.7%、域内総生産が−1.4%で、ケース6のインパクト率は人口が−1.1%、
域内総生産が−4.5%でした。ケース5とケース6は北陸新幹線がスピードアップされたケースで、ケース5は上越
新幹線の運行本数が変化しないケース、ケース6は上越新幹線の運行本数が減少されるケースです。ケース5では
上越と東京の時間距離が短縮されるため、新潟と同様、長岡にあった支店や事業所が上越地域へ移転するなどの状
況が予想されますが、それほど大きな影響を受けないものと思われます。これに対して、ケース6では上越新幹線
の運行本数も減少するため、非常に大きなダメージを受ける結果になっております。新潟市と比較して、人口や就
業への影響は小さいのですが、生産活動への影響は大きくでております。これについてははっきりしたことは言え
ませんが、人の動きを伴う3次産業中心の新潟に比較して、人の流動性が少ない2次産業のウエイトが高いことが
その原因のひとつかもしれません。
18
図表21
長岡市への北陸新幹線のインパクト(2010年開業と想定)
北陸新幹線開業10年後のインパクト率(%)
北陸新幹線開業後の年平均成長率−2009年〜2020年−(%)
ケース1 ケース2 ケース3 ケース4 ケース5 ケース6 ケース0 ケース1 ケース2 ケース3 ケース4 ケース5 ケース6
−0 . 1
−0.5
−0.1
−0.5
−0.7
NN2
−1.1
−0.37
−0.39
−0.42
−0.39
−0.42
−0.44
−0 . 4 7
−0 . 2
−1.1
−0.2
−1.1
−1.0
NW2
−1.9
−0.12
−0.13
−0.22
−0.13
−0.22
−0.20
−0 . 2 9
−0 . 2
−1.3
−0.2
−1.3
−1.1
EE2
−2.1
−0.13
−0.15
−0.24
−0.15
−0.24
−0.22
−0 . 3 2
−0 . 3
−3.5
−0.3
−3.5
−1.4
YY2
−4.5
1.11
1.08
0.79
1.08
0.79
0.98
0.68
−0 . 2
−2.8
−0.2
−2.8
−1.1
YD2
−3.7
0.89
0.87
0.63
0.87
0.63
0.79
0.55
0.1
−2.6
−0.1
−2.8
−1.1
SS2
−3.6
1.02
1.03
0.77
1.00
0.75
0.92
0.68
0.3
−2.5
−0.2
−3.0
−1.7
SI2
−4.5
1.19
1.22
0.95
1.18
0.91
1.03
0.76
−0 . 6
−2.9
−0.1
−2.2
0.6
SA2
−1.2
0.57
0.51
0.30
0.56
0.36
0.62
0.45
注)インパクト率 ={(新幹線ありケース−新幹線なしケース)/新幹線なしケース}×100、2020年で評価
図表22 長岡市へのインパクト(人口)
295
290
285
人
口
︵
千
人
︶
280
275
270
265
1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013 2016 2019
西暦年
ケース0
ケース4
ケース1
ケース5
ケース2
ケース6
ケース3
図表23 長岡市へのインパクト(県内総生産)
1400
1300
域
内
総
生
産
︵
十
億
円
︶
1200
1100
1000
900
800
700
1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013 2016 2019
西暦年
ケース0
ケース4
ケース1
ケース5
19
ケース2
ケース6
ケース3
(4)上越市へのインパクト
北陸新幹線延伸によって効果が期待される上越市へのインパクトをみます。開業後10年の姿としてインパクト率
をみていくと、上越市にとってもっとも良いパターンは、人口や生産でみるとケース1とケース2です。人口では
0.4%、域内総生産では10.5%のインパクトが期待されます。この両ケースは上越・東京間の運行本数が27本という
最も高い想定をしたケースです。観光への影響も考慮するとケース1の方が良い結果が得られております。ケース
1では上越新幹線も現状のままで、県民所得の増加に伴い県内からの観光客が増加し、それによって口コミ等によ
る観光需要の増大により県外からの観光客の増加も期待されます。
これに対して、上越・東京間の時間距離が最も短くなるケース5およびケース6は、ケース1およびケース2よ
りも若干効果が小さく、人口で0.3%、域内総生産で8.0%と予測されました。ただし、この関係は程度の問題で、運
行本数が23本ではなく25本になれば、ケース5およびケース6の方が効果が大きくなると思われます。
ケース3およびケース4は、北陸新幹線開通に伴う時間短縮が僅かで、運行本数も現在の21本から23本と2本の
増加に止まったケースで、人口では0.1%、域内総生産では4.1%のインパクトとその効果はそれほど大きくはありま
せん。
図表24
上越市への北陸新幹線のインパクト(2010年開業と想定)
北陸新幹線開業10年後のインパクト率(%)
北陸新幹線開業後の年平均成長率−2009年〜2020年−(%)
ケース1 ケース2 ケース3 ケース4 ケース5 ケース6 ケース0 ケース1 ケース2 ケース3 ケース4 ケース5 ケース6
0.4
0.4
0.1
0.1
0.3
NN3
0.3
−0.39
− 0.36
− 0.36
− 0.38
− 0.38
− 0.36
−0.36
6.4
6.4
2.2
2.2
2.7
NW3
2.7
−0.33
0.23
0.23
− 0.14
− 0.14
− 0.09
−0.09
6.6
6.6
2.3
2.3
2.8
EE3
2.8
−0.30
0.29
0.29
− 0.09
− 0.09
− 0.05
−0.05
10.5
10.5
4.1
4.1
8.0
YY3
8.0
0.95
1.88
1.88
1.32
1.32
1.66
1.66
8.4
8.4
3.2
3.2
6.3
YD3
6.3
0.75
1.49
1.49
1.04
1.04
1.31
1.31
3.7
1.5
1.1
−1.1
0.4
SS3
−1.7
0.96
1.30
1.10
1.07
0.86
1.00
0.80
0.3
− 2.4
−0.2
−2.9
−1.6
SI3
−4.3
1.05
1.08
0.83
1.04
0.78
0.90
0.65
9.2
7.8
3.1
1.7
3.6
SA3
2.3
0.83
1.64
1.52
1.11
0.99
1.15
1.04
注)インパクト率 ={(新幹線ありケース−新幹線なしケース)/新幹線なしケース}×100、2020年で評価
図表25
上越市へのインパクト(人口)
220
215
人
口 210
︵
千
人 205
︶
200
195
1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013 2016 2019
西暦年
ケース0
ケース4
ケース1
ケース5
20
ケース2
ケース6
ケース3
図表26
上越市へのインパクト(県内総生産)
1200
1100
域
内
総
生
産
︵
十
億
円
︶
1000
900
800
700
600
500
1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013 2016 2019
西暦年
ケース0
ケース4
ケース1
ケース5
ケース2
ケース6
ケース3
(5)その他の県内市町村へのインパクト
その他の県内市町村への北陸新幹線のインパクトをみます。この地域には新潟市を除く下越・佐渡地域、長岡市
を除く中越地域、上越市を除く上越地域が含まれ、東京都との時間距離および運行本数を一義的に決定することが
できませんので、モデル作成上は新潟市の時間距離と運行本数を用いました。その意味で、参考としてみていただ
きたいと思います。開業後10年の姿としてインパクト率をみていくと、その他の地域にとって最も良いパターンは、
人口や生産でみるとケース0です。つまり北陸新幹線が延伸されないケースです。
ケース1およびケース3のインパクト率は人口で−0.1%であり大きな影響はなさそうです。それに対して域内総
生産では−1.3%の減少となり、人口に比較してマイナスの効果が大きくなっております。これは、より立地条件の
良くなった上越地域への企業の移転が原因していると思われます。また、ケース1では北陸新幹線の運行本数がケ
ース3より多い想定になっているため、県民所得が増加して、観光客数は増える結果となっております。
ケース2およびケース4のインパクト率は人口が−0.5%、域内総生産が−4.5%でかなり大きな影響を受ける結果
となっております。このケースは上越新幹線の運行本数が減少されるケースで直接的影響があるものです。また、
運行本数の減少は県外からの観光客数を大幅に減少させる可能性があります。
ケース5のインパクト率は、人口が−0.3%、域内総生産が−6.2%で、ケース6のインパクト率は人口が−0.7%、
域内総生産が−9.2%でした。ケース5とケース6は北陸新幹線がスピードアップされたケースで、ケース5は上越
新幹線の運行本数が変化しないケース、ケース6は上越新幹線の運行本数が減少されるケースです。両ケースとも
人口への影響は少ないのですが、域内総生産への影響は非常に大きくなっております。この地域に含まれる市町村
は、比較的高齢化が進んだ地域が多いため、人口への感度が鈍く出ている可能性があります。それに対して、生産
活動は移動可能性が高いため、大幅なマイナスになっていると考えられます。とりわけ、観光面への影響は深刻で、
陸の孤島になり、訪れる方もいなくなるような状況が心配されます。
21
図表27
その他の県内市町村への北陸新幹線のインパクト(2010年開業と想定)
北陸新幹線開業10年後のインパクト率(%)
北陸新幹線開業後の年平均成長率−2009年〜2020年−(%)
ケース1 ケース2 ケース3 ケース4 ケース5 ケース6 ケース0 ケース1 ケース2 ケース3 ケース4 ケース5 ケース6
−0 . 1
− 0.5
−0.1
− 0.5
−0.3
NN3
− 0.7
− 0.88
−0.88
−0.92
−0.88
−0.92
−0.90
−0 . 9 4
−0 . 7
− 2.0
−0.7
− 2.0
−3.5
NW3
− 4.7
− 0.65
−0.72
−0.84
−0.72
−0.84
−0.98
−1 . 0 9
−0 . 7
− 2.0
−0.7
− 2.0
−3.5
EE3
− 4.7
− 0.53
−0.59
−0.71
−0.59
−0.71
−0.85
−0 . 9 6
−1 . 3
− 4.5
−1.3
− 4.5
−6.2
YY3
− 9.2
1.27
1.15
0.85
1.15
0.85
0.68
0.38
−0 . 9
− 3.2
−0.9
− 3.2
−4.4
YD3
− 6.5
0.88
0.80
0.58
0.80
0.58
0.47
0.26
−0 . 1
− 7.6
−0.5
− 8.0
−3.1
SS3
− 10.5
1.29
1.28
0.56
1.24
0.53
1.00
0.28
0.4
− 3.4
−0.2
− 4.1
−2.3
SI3
−6.1
1.59
1.63
1.27
1.57
1.20
1.37
1.01
−0 . 9
−13.1
−0.9
− 13.1
−4.2
SA3
−16.3
0.91
0.83
−0.37
0.83
−0.37
0.52
−0 . 7 1
注)インパクト率 ={(新幹線ありケース−新幹線なしケース)/新幹線なしケース}×100、2020年で評価
図表28 その他の県内市町村へのインパクト(人口)
1250
1200
1150
1100
1050
1000
950
1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013 2016 2019
西暦年
ケース0
ケース4
ケース1
ケース5
ケース2
ケース6
ケース3
図表29 その他の県内市町村へのインパクト(県内総生産)
6000
5500
域
内
総
生
産
︵
十
億
円
︶
5000
4500
4000
3500
3000
1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013 2016 2019
西暦年
ケース0
ケース4
ケース1
ケース5
22
ケース2
ケース6
ケース3
(6)新潟県へのインパクト
新潟県へのインパクトは上記4地域の合計として計算されますが、ケース1を除いて県経済は基本ケースよりも
悪くなる結果がでております。ケース1でも人口は若干ですがマイナスの影響となっております。つまり、北陸新
幹線の延伸は県経済にとって、あまり望ましい結果をもたらさないということになります。
ケース間で比較すると、上越新幹線の運行本数が削減されるケース2、ケース4、ケース6では厳しい結果とな
っております。このような結果になるのは、多くの要因、例えば、地域の社会・経済構造の問題、地域間の競争力
格差の問題、モデル作成の問題などを含んでいると思われますが、北陸新幹線が延伸されて新潟県経済はバラ色に
なるというような単純なものではないということができると思います。
このことから、県全体としては、いまの上越新幹線の条件を変えないのがまず第1で、その上で、地域間の連携
を図った何らかの活性化方策をつくっていくということが必要になるのではないかという気がします。
図表30
新潟県への北陸新幹線のインパクト(2010年開業と想定)
北陸新幹線開業10年後のインパクト率(%)
北陸新幹線開業後の年平均成長率−2009年〜2020年−(%)
ケース1 ケース2 ケース3 ケース4 ケース5 ケース6 ケース0 ケース1 ケース2 ケース3 ケース4 ケース5 ケース6
−0.1
− 0.5
−0.1
−0.6
−0.5
NN0
−1.0
−0.52
−0.53
−0.57
−0.53
−0.57
−0.57
−0 . 6 1
0.1
− 1.2
−0.2
−1.5
−1.9
NW0
−3.1
−0.27
−0.26
−0.38
−0.29
−0.41
−0.44
−0 . 5 5
0.1
− 1.1
−0.2
−1.5
−1.8
EE0
−3.1
−0.19
−0.18
−0.30
−0.21
−0.33
−0.36
−0 . 4 8
0.3
− 2.7
−0.3
−3.2
−2.5
YY0
−5.3
1.17
1.20
0.92
1.14
0.87
0.94
0.67
0.3
− 2.4
−0.2
−2.8
−1.6
YD0
−4.2
1.03
1.05
0.81
1.01
0.76
0.88
0.63
0.4
− 5.8
−0.3
−6.4
−2.5
SS0
−8.5
1.28
1.31
0.73
1.25
0.67
1.05
0.46
0.4
− 3.3
−0.2
−4.0
−2.2
SI0
−5.9
1.53
1.57
1.22
1.51
1.16
1.32
0.97
0.2
−10.0
−0.4
−10.5
−2.8
SA0
−12.9
0.86
0.88
−0.10
0.83
−0.16
0.60
−0 . 4 0
注)インパクト率 ={(新幹線ありケース−新幹線なしケース)/新幹線なしケース}×100、2020年で評価
図表31 新潟県へのインパクト(人口)
2550
2500
人
口
︵
千
人
︶
2450
2400
2350
2300
2250
1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013 2016 2019
西暦年
ケース0
ケース4
ケース1
ケース5
23
ケース2
ケース6
ケース3
図表32 新潟県へのインパクト(県内総生産)
12250
11250
域
内 10250
総
生
産 9250
︵
十
億 8250
円
︶
7250
6250
1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013 2016 2019
西暦年
ケース0
ケース4
ケース1
ケース5
ケース2
ケース6
ケース3
8.とりまとめ
最後に、とりまとめということで、シミュレーション結果を整理させていただきます。まず1つめは、北陸新幹
線が延伸されることによって、上越市は正の効果が十分に期待できますが、県内全体として効果があるという結論
を出すことは必ずしもできない。上越新幹線の運行状況によっては、かえってマイナスになる結果が予想されると
いうことです。
2つめは、新幹線の直接的な影響要因は、運行本数と時間距離の変化ですが、その変化の大きさによってインパ
クトの大きさは影響されるということです。ここでのシミュレーション結果から見ると、運行本数の変化の方が影
響が大きそうだということが、パラメータの大きさからも見られます。
3つめは、新潟市と長岡市の影響を比較すると、生産を除いて、新潟市へのダメージの方が大きい結果になって
います。生産については、新潟市の域内就業者に対する生産の弾力性、つまり、域内就業者が1%変化することに
よって変化する生産の割合が非常に小さいのです。そういうことが起因していて、実績値でみても、生産性の伸び
は、4地域で最も低くなっているというのが新潟市です。
いずれにしても、北陸新幹線延伸が、県内ばかりでなく、北陸地域を巻き込んだ地域間競争を激化させる可能性
があって、基本ケースでも十分な成長基盤をつくっておくことが必要不可欠だと思います。ですから、北陸新幹線
が延伸されようがされまいが、新潟や長岡地域は、十分な成長基盤を作っておかなければならないのです。そうし
なければ、単に県内でシフトが起こるだけで、県全体としては開発効果を享受できなくなる可能性があります。
今後の方向ですが、今回構築したモデルは、北陸新幹線延伸のインパクトを計測する目的で開発したものですの
で、4地域の各モデルはほとんど独立したモデルになっています。地域間の取り合い構造をあまり描いていません。
地域の経済活動は、その地域ばかりでなく、他地域からも影響されるため、それらの構造を含んだ形で改良してい
かなければいけないといま感じています。
もう一つは、その他の県内市町村が、要するに、新潟と長岡と上越を除いた分になっていますから、岩船から糸
魚川まで含んでおります。1つの地域として扱うにはあまりにも乱暴だということを実感しております。その他の
地域の交通データの設定ができないために、新潟市の交通条件をモデルづくりのときには用いらざるをえなかった
24
という制約があります。ほくほく線沿線地域や柏崎などは大きな影響がでると考えられる地域ですので、より詳細
な地域分析も今後モデルをつくっていくことを含めて検討しなければいけないと思っています。
交通データについては、今回行ったような東京との結びつきだけではなく、本来は広域的なネットワークの中で
扱うべき問題です。どこの人と何分で行き来できるかということでポテンシャルとしてとらえる必要があります。
しかしながら、モデル構築のためには、1986年から2005年という長期のデータ収集が必要になります。今回も、時
刻表のデータ1つをとるのでも、国会図書館へ行ってデータを集めないと、1986年の時刻表なんか無いよ、という
話になってしまうのです。ですから非常に大変です。将来の想定も必要になるわけです。ましてやネットワークデ
ータを整備して、域間時間距離、例えば東京だけではなくて大阪との距離を含めていこうとすると、膨大な時間と
経費が必要になるわけです。
そこで、このようなデータをお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非研究にご協力していただけたらと、お願
い申し上げます。
以上で私の発表を終わりにさせていただきます。ご静聴ありがとうございました。
25
基 調 講 演 Ⅱ
北陸新幹線延伸問題と地域振興
―地域活性化の方向―
上信越トライネット推進協議会幹事長
本日は、お招きいただきありがとうございます。北
秋山 賢治
ました。
陸新幹線の延伸問題がテーマですが、私どものトライ
そして2005年、組織を革新しまして、3極の4市長
ネット推進協議会の16年間の活動を踏まえて、お話申
の会議ということで今年度実施させていただきまし
し上げたいと思います。
て、93年からは新潟空港の利用促進ということで青年
会議所のアジア太平洋の会議でありますとか、世界会
上信越トライネット推進協議会の活動
議というときにはチャーター便を飛ばさせていただい
ております。
まず、トライネットとは何か、からお話します。こ
この2005年の組織の革新は、県レベルだと問題意識
れはトライアングル、ネットワーク、挑戦するという
がうまく調整できない(例えば、群馬県の東毛地域の
意味のトライを合わせた造語です。このシンボルマー
館林や桐生は栃木に近い、長野県では三遠南信という
クは、青い部分が新潟県、赤い部分が長野県、グリー
考え方がありますが、松本から南は静岡との交流)の
ンの部分が群馬県を表しています。
で、新潟、上越、長野、群馬県央の高崎の4市を結ぶ
1991年にトライネット研究会が、これは新潟、長野、
ネットワークで進めるとしたわけです。これは、東京
高崎の3つの青年会議所の研究会として発足します。
とのタテのネットワークだけでなく、広域の地域連携
92年には、新潟、長野、群馬各県の、合計58の青年会
が重要と考えたためであります。私どもの活動としま
議所が参加することになります。翌1993年には、関東
しても、長野のオリンピックが開催決定して、長野と
通産局に、3県の連携と地域振興のあり方、つまり上
群馬の結びつきがある程度見えて参りまして、長野新
信越インターリンケージの提案をさせていただき、94
幹線、それから上信越自動車道の開通でアクセスがし
年には総合研究開発機構NIRAの研究報告書として、
やすくなった。新幹線は逆なのですが、この点は後で
上信越トライネットが発表されます。これは、財団法
お話させていただきますが。新潟県は環日本海の時代
人新潟経済社会リサーチセンターにとりまとめていた
の予感ということで、新聞に日本海が中心で日本の地
だきました。私どもの活動の原点となっています。
図がひっくり返ったような広告を覚えてらっしゃる方
1995年から97年の間にかけましては、当時の国土庁、
がいるかと思うのですが、新日本海のフロント新潟県
運輸省、建設省のご協力をいただいて、国土総合開発
という考えが広まった。
の事業調整費調査が行われました。97年には、翌年に
結局、上信越の地域連携を全体としてどう考えるか
長野オリンピックが開催されるということで、ボラン
というと、①長野から新潟、群馬の森林地帯に、アジ
ティアを募集、あるいはメンバーも何人か参加させて
アでも有数な森林リゾートあるいはスキー場等があ
いただきました。98年には、上越新幹線の新潟空港へ
り、このゾーンをいかに活用していくか、②長野もオ
の乗り入れのお願いをしようということで、署名運動
リンピックを迎えて国際化し、また新潟にはもともと
をはじめ、新潟、群馬両県知事に署名を届けました。
国際空港、港湾がある、合わせて直江津港等も整備さ
2000年には長野で、長野、新潟の両知事をお迎えし
れている。③このような地域の連携により、東京への
てシンポジウムを開催、また、2002年には高度道路交
一極集中あるいは首都圏東京のにじみ出しだけで生活
通システムITSというシステムですが、GPSを取り入
基盤を整えていくという方法をなんとか是正しよう、
れて、交通情報の案内システムの実験を善光寺で行い
ということを考えているわけです。これにより、首都
26
圏、名古屋圏、仙台圏に対抗して、日本海沿岸の諸国、
入っています。新潟県のなかで、ベスト100に入って
アジアあるいはロシア、北米等にこの地域から発信で
いるのは長岡だけです。これは、病院のベッド数とか、
きるものがあれば、大変有意義なことであると思って
公共下水道の整備率とか、住居の面積の広さとかの指
おります。
標を比較して、トータルで計算します。福井市とか、
この3県が連携していくにあたっては、東毛地域、
富山市が、住宅が大きいためトップクラスに入ってい
松本の広域圏等も考え方には入っているのですが、そ
ますが、長岡が住みやすい都市のランキングとして上
の前提として、新潟の都市圏、長岡を中心とする信濃
位に入っていることはみなさんが考えている以上に、
川の広域都市圏、長野と上越は一体化して動いていく
客観的に見てそうなのかなと思います。ただ、合併に
ことも十分考えられると思います。群馬でも、前橋、
よって、若干順位は下がるかもしれませんが。もう一
高崎の都市圏が合併して、だいたい30万人の都市にな
つ、市のホームページでは「個性豊かな国際文化都市」
りました。周辺の伊勢崎、藤岡を編入しますと、86万
となっていますが、これははたしてそうなのだろうか
人くらいの人口になります。既存の行政区分との不整
という感じがします。アメリカ、ドイツ、中国の都市
合を調整して連携すれば、この上信越地域には、約
との友好関係があるとのことですが。この点は、後の
650万の人口集積があります。工業や農業の生産高で
提案をさせていただきます。
も日本でも有数の力のある地域です。方向性としては、
長岡の高速道路のジャンクションは、関越道と上信
地域内連携の強化によるネットワーク経済の実現ある
越道のジャンクションですが、関越道を上ると、高崎
いは地域外との交流強化による地域外資源、市場の活
に北関東道のジャンクション、藤岡で長野道とのジャ
用ということを考えていきたい。
ンクションがあります。上信越道を西に向かっていき
この地域は、みな対東京が中心で、地域内相互ある
ますと、上越の長野道とのジャンクションになります。
いは他地域、海外との連携というものが少ない。情報
長野道を上ると、更埴にジャンクションがあるんです
も流れてこないという指摘がされるところかと思いま
ね。これは、私どもトライネットループと言っていま
す。これを地域連携で解消してゆきたい。
すが、一周降りないで乗るといくらだと思いますか。
350円なのです。400キロ走れて、350円です。ガソリ
長野・群馬から見た長岡の魅力・印象
ン代は自腹ですが。
高崎から乗って、石内、塩沢あたりのSAとかで子ど
こうしたトライネットの活動を踏まえて、群馬から、
もをあやしながら食べさせて、西山あたりでやっぱり
あるいは長野から見た長岡の魅力について申し上げた
SAで海のものを食べて、長野に回って小布施あたりで
い。
栗を模した遊園地等もありますのでそこへ寄って、あ
群馬県では、高崎も藤岡も、みな臨海学校は柏崎と
るいは冬でしたら佐久あたりで雪遊びをして一周回る
か西山です。みな小学校の時期に一度か二度は新潟の
ことができる。藤岡から乗って次の高崎で降りると
海へ来てはじめて海にさわるという状況ですね。夏、
450円、あるいはもっと近いところでは350円でこの高
行ってみると、群馬あるいは熊谷ナンバーの車が大変
速が使えます。ノンストップでつながっていて一周で
多い。そういう意味では、新潟あるいはこの地域の熱
きるというのは国内でも珍しいところでですね。暇と
烈なファンがいるということをまず前提として考えて
体力がある方はどうぞ。上信越はこうしてつながって
いただければと思います。
いるわけです。藤岡にもぜひ、寄っていただければと
魚はもちろん、コシヒカリ等の人気も高い。八色の
思います。
スイカ、黒崎の茶豆であるとか、地元の方以上に詳し
北陸新幹線延伸に関する諸問題
い人も群馬あるいは長野の方にはいます。私が長岡と
いう地域を見させていただくと、本当に大学も多く、
歴史的あるいは文化的施設、博物館も多くて、恵まれ
長岡は来年100周年を迎えて合併されるとのことで
ている。そういうことも含めて、恵まれた地域なのだ
すが、30万都市になるということは、周りへの責任を
と端から見ていて思います。
どう果たすか、また、いかに他地域との連携を考えて
街の活性化を図るかを真剣に考える時期が来ているの
都市データパックの「住み良さランキング」では、
かな、と思います。
全国740の都市のなかで、長岡は大体60位前後で例年
27
その意味では、長岡は、産業的にも恵まれて、歴史
げがあるそうです。やはり金沢のものというイメージ
もある、文化も誇れるものを持っていて、人材を輩出
で売っている。そういうところがこれから競争相手に
していて、本当に何もしなくてもある程度食える地域
なるとしたら、大変驚異なことなのかなと思っており
なんだという感じがします。というのは、地域を活性
ます。
化させて人口を増やすためにはものすごい努力を要す
新潟も課題がある。やはり金沢、富山との競争です
る地域と、長岡のようにある程度無理をしなければ食
ね。ただプラスがあるとすれば、富山空港、小松空港
っていけるという地域、危機感のない地域という差が
が、新幹線の開通によって利用減になったときには、
あるかと思います。そういう意味では長岡は恵まれた
これは新潟空港の力が上がってくるのではないかと思
地域であって、今後どのように対応していくべきか、
います。国際空港としてやはりそういう意味で強みを
みなさんの責任において問われてくるような感じがい
アピールしていく必要がある。群馬あるいは埼玉の北
たします。
部というのは成田へ行くよりも混雑を考えると新潟空
2010年の問題というと、戦後のベビーブームの団塊
港へ来た方が早い。新潟空港の利便性を PR していた
世代が大量に退職していく2010年問題というのもある
だければ、いいのではないか、ぜひ考えていただきたい。
ようです。また、2006年が、ゆとり教育をはじめた学
では、上越はどうか。新幹線の新駅が直江津や高田
生が高校を卒業してきて、実に学力低下が叫ばれる中
の駅から離れ、どうも連絡が悪い。長野もオリンピッ
で2010年に大学に入ってくるという危機もあるようで
クの施設をいかに利用するかというところを考えなけ
す。東京は再開発が進んで、オフィスビルの需要減、
ればならないのですが、信州ブランドの維持がだんだ
需要がもう無くなってしまうということで、東京都の
ん難しくなる。金沢、富山との対抗となると、信州の
建設業者においても2010年問題というのがあるようで
イメージだけではどうも勝負にならないかなというよ
す。そういう意味で、ある程度区切りになるような年
うな感じもします。
と考えていただければ良いかと思うのです。
そうすると、長野と上越が通過点になってしまうの
北陸新幹線の延伸については、ほくほく線の廃止と
ではないか。JRは、現在も新潟―東京間で1往復走っ
か、越後湯沢の停車便の減便の問題があげられます。
ていますが、どこにもとまらないという新幹線をつく
これは東京駅と大宮駅が超過密状態ですので、北陸新
るのではないか。それで、最短、何時間何分で結んで
幹線を増やしていくと、発着の問題が出てきてしまう
いますという考え方を出すわけです。いまでも高崎は、
ため、ということも頭に入れておいた方が良いかと思
上りの44本中6本通過する。下りは46本中7本通過す
います。また、新潟から金沢へ向かう北越急行がキー
るのです。ヘタをすると1時間半くらい電車がないと
プされるかどうかという問題もあります。
いう時間帯があります。この上越新幹線の運行に関し
現在、越後湯沢駅乗換えで金沢方面へ行く人は、1
ては本当に注意をしていく必要があると思います。
日に約6,500人、上越新幹線の利用者は1日約12,000人
これに関連して、先ほど申し上げたように、上越新
ということですので、半分くらいはどうも北陸新幹線
幹線を新潟の空港に乗り入れることが非常に重要で
に転換してしまうようです。金沢、富山では、富山は
す。成田空港までは時間がかかり、チェックイン、チ
立山・黒部のアルペンルートであるとか、観光資源あ
ェックアウトも時間がかかる。これが新潟空港を利用
るいは砺波平野というような資源を持っていますし、
できれば、高崎からは、朝一番の電車で8時10何分に
金沢はやはり歴史的な資源があり、観光地としては一
新潟駅につくと、9時の大韓航空機に乗れる。実際に
級品のネームバリューを持っている。輪島などは、若
高崎、前橋から韓国の日帰りのビジネスをやっている
い方にも受ける、イメージ的にうまくやっているとい
方は結構いるのです。帰りの荷物もすぐ出てくるとい
う地域、金沢とはそういうところだと思います。
うことになれば、すぐ新幹線に乗って帰れることにな
みなさんホームページで金沢屋というのを見られた
ります。是非、新幹線の新潟空港乗り入れを実現する
ことがあるかと思うのですが。2年前に、真っ赤な派
べきです。
手な、雑誌にもタイアップして宣伝をしていましたが、
そうなれば、見方をかえて、新潟−高崎間は4両編
実は金沢のものを専門に扱う通販の会社です。北陸朝
成ですべての駅にとまって、高崎で北陸新幹線に連結
日放送というテレビ会社とCM製作会社がつくってい
するという方式(山形・秋田新幹線方式)も考えられ
まして、これは楽天がやっている。ものすごい売り上
るのではないか。上毛高原、浦佐や燕三条などはその
28
方が便利になる。この辺も選択の部分として考えても
しいですね。海外から来て、日本で何を体験したいか
いいのではないかと思います。
というと、まず雪です。それからウィンタースポーツ。
その後は、温泉に入って、新幹線に乗って、東京へシ
地域活性化に向けて
−地域の持つ資産の再確認を−
ョッピングをして、ディズニーランドに行けて、秋葉
原で買い物をする。5泊6日で、新潟空港をつかって
こういうツアーをどんどん提案していく必要があるの
では、地域の活性化に向けて少しお話をしたいと思
ではないかと思います。これにともない、案内板等を
います。
中国語、広東語、ハングル語で用意する、専用のイン
先ほど申し上げましたように、新潟県は国公立大学、
ストラクターをつける、食事に関してもバイキングの
私立大学の数が充実していますが、大学院とか医学部、
着席方式にして、泊まる部屋も和室から洋室に変える、
歯学部の大学も充実しています。そういう意味で、教
地域限定ガイドなどの採用などが必要です。こうした
育、研究、文化施設の活用あるいは他県との相互交流
事業には国の補助が出ます(観光ルネッサンス事業、
を考えていただきたい。
約2500万円)。
また、UJI ターン。団塊の世代のリタイアについて、
さらに、中国や台湾のテレビをホテルで見られるよ
都会人がいかに田舎暮らしをしてみるかということを
うにする。日本の人が、中国であるとか台湾であると
これから考えていく必要があると思う。全国のクライ
か、他の国に行ったときに、 NHK の衛星がかならず
ンガルテンの組織では、200から300坪くらいのところ
見られますよね。ところが、日本のホテルでは四つ星
に小屋を建てて、そこに菜園をつくってあげて貸すと
以上でも中国語、韓国語ができる人は滅多にいません。
いうシステムも成り立っている。新潟県は新潟の田舎
また、日本では中国、台湾等のテレビは見られない。
暮らしの体験ということで移住を進める構造改革特区
やはり相手の立場を考えて、おもてなしということを
で、頸城の方には定住の促進ということでデータベー
考えたときには、いま札幌地域はすごく進んでいて、
スをつくってどんどん PR をしています。いかに人口
40のホテルで、中国語と広東語の衛星放送が見られる
を増やしていくかという点でも目の付け方を変えてい
ようになっています。そうすると、台湾、中国から来
く。埼玉県の秩父市では、市をあげて取組み、200坪
た人はその辺はありがたい、うれしいと思う。
から300坪で戸建ての家があり100坪くらいの菜園が作
また、韓国の人向けには、あの国は人口の80%がイ
れるという物件が、結構売れている状況です。
ンターネットを使えるといわれているのですから、室
もう1の方向は国際化への方向性です。政府の観光
内にコンピュータの端末を一つ置いておいて、韓国語
戦略−ビジット・ジャパン・キャンペーンですね。訪
のフォーマットさえしておいてあげれば、検索エンジ
日観光客をいかに増やすかという事業ですね。1000万
ンでニュースは見られる。もっと進めば、フロントに
人の訪日外国客を目標に挙げています。この上信越の
翻訳ができるパソコンを一台おいておけば、簡単な英
地域は、観光テーマルートは12区画ある。北海道であ
会話あるいは中国語、韓国語の会話ができるようにな
りますとか、北東北、南東北という部分と並んで、日
ります。このような海外に向けた目を考える必要があ
本の山岳、高原と佐渡島、美しい自然と温泉を楽しむ
ると思います。
旅ということで、これは対外的に PR する観光テーマ
広域的な視点の重要性
−上信越の連携を−
事業の指定地域になっている。これを盛り上げたらど
うか。パンフレットにも、英語版ですが、上信越地域
に草津、善光寺、高田の夜桜、佐渡島までまわって2
最後に、合併問題、道州制について考えてみたい。
泊3日の小旅行が海外に紹介されています。
そこで、「アジアの森林リゾート」として売り出す
上信越3県は、政治、行政、経済のブロックがすべて
のはどうか。この地域には、スキー場が110カ所以上
違う。例えば、25万分の1の地図を買って、3県をつ
ある。リフトの数は日本一。インストラクターをつけ
なぎ合わせようとすると、東北の南部と関東と中部を
て、中国、韓国の人に専門のスキー場を開放していく
買ってこないとダメだという状況です。地方制度調査
のも有効ではないか。新潟空港を使った雪合戦ツアー
会は、道州制は、各省の局で単位とするのが一番良い
などはどうか。すでに、台湾からお客さん来ているら
のではないかということを言っています。
29
総務省が出している道州制の構成、3案の1つは関
いま申し上げたように、同じ資産を持つ地域の連携
東州といいまして、関東甲信越です。この地域は、人
というのはなかなか難しい。ゲートウェイと、それを
口4600万。州をつくるという次元ではなく、日本の国
支える後背地というものは、異種のものでないと成り
の約半分はここに集まってしまう。これが道州制のパ
立たないのではないかということをいま考えておりま
ターンの1つです。次に、北関東3県に、新潟と長野
す。
を組み入れるという案です。これは、総生産額とか人
首都圏の機能補完を考えると、この上信越地域は、
口では合理的ですが、新潟と茨城は人的交流あるいは
実はJRは東京にテロとか災害があった場合には、JR
経済交流はいまのところ無いような気がする。那珂湊
の機能は全部高崎に来ることになっていることからも
にもいま国際港湾ができていて、北関東道と関越道、
わかるように、この地域は首都圏機能の補完と考える
それから長野道を結ぶとこのような結びつきになるの
のがよいのではないかと思います。
かな、という程度の考え方のような気がします。もう
競争から連携へ
1つが、北陸州です。北陸州というのは、新潟、富山、
石川、福井で1つの州をつくる。これですと、人口や
NHKの朝の連続テレビで、この間、群馬を舞台に
県内総生産の面から、北海道と沖縄を除くと一番低く
なってしまう。そういう意味で、かなり無理がある。
した「ファイト!」を放映していましたが、群馬はソ
新潟から福井までですから、東京−大阪間といい勝負
フトボールと競馬、それっきりかい、ということをず
の距離があり、実際の交流はどうなのかという気がする。
いぶん言われました。最後の方になって、島温泉に目
これは私どもが体験してきたことですが、群馬、栃
が映って、いくらか「らしい」かな、という部分もあ
木、茨城の3県を北関東とくくりますが、この3県は
るのですが、実は大河ドラマとか連続テレビドラマは、
北関東道ができたときにはともかくとして、全部東京
地域の振興が生きてくると思うんですね。そんな意味
を向いている。要するに、俺たちは新幹線も高速道路
で、この地域にもそのような資産はたくさんあると思
も全部東京と結ばれているという安心感で暮らしてい
います。フィルムコミッション、いわゆるテレビだと
る。首都圏の経済等のにじみだしをこの3県は享受し
か映画の撮影地を提供するような活動ですが、この地
ている状況です。この3県で連携しても、東京に対し
域で、できると思います。そういうことも含めて、競
てどこが優位性を持つかという競争になってしまう。
争から連携へを合い言葉に、森林リゾートでもいろい
同じことがこの北陸の4県にも言えるような気がしま
ろなことでアイデアを出し合って、共に歩んでいくの
す。この4県は、空港も港湾もある。農産物、水産物
が一番いいのかなと思っています。
実は私の生まれた藤岡というまちは、上杉憲実とい
等でも資産を非常に持っている。持っている資源が同
じということは、なかなか連携というのはできない。
う人が関東管領府をいまから560年ほど前にお城を持
道州制が現実のものになった時には、今度は道州同士
っていた地域です。みなさんご存じのように、北条氏
の戦い、競争も出てくる。北陸新幹線の延伸も、新潟
に攻められて、越後の上杉氏に助けていただいたので
と富山、石川のある意味では競争という部分がにじみ
すが、結局は負けて滅ぼされた。いまでも六日町とか
出ていると思います。
米沢の上杉氏と藤岡の地域の人たちが連携して活動し
ています。そういう意味で、歴史を含めて、群馬の海
そこで、いま私どもが考えているのは、新潟、群馬、
長野の持っている資産が違って、ボリュームアップし
は新潟鯨波ということを含めて、皆様に群馬県を考え
て、パワーアップできるということで一応3県の連携
ていただき、あるいは長野といかに連携していくかを
あるいは合併というものはどうだろうかということ
考えていただければ、大変ありがたいと思います。
今後、長岡地域の発展をお祈りしますとともに、ぜ
で、いまも研究させていただいて、みなさんにも提示
ひ私ども上信越トライネット推進協議会にも興味を持
させていただいているという状況です。
っていただき、今後ともご支援いただければと思いま
道州制になった場合には、国は防衛、外交、環境問
題とか年金の問題は国が握ると考えられていますが、
す。どうもありがとうございました。
あとはある程度道州の単位で対処しなければならな
(本稿はテープ起こし原稿をまとめたものです。文責:
い。その時期に向けて、この地域がいかに活性化する
原田誠司)
かということを考えていただければと思っております。
30
パネルディスカッション
北陸新幹線延伸と長岡地域の将来−2010問題を考える−
<パネリスト>
長岡大学
産業経営学部教授
上信越トライネット
推進協議会幹事長
こい え
やすまさ
鯉江
康正
氏
あきやま
けん じ
秋山
賢治
氏
1958年生まれ(愛知県)
。民間シン
クタンクを経て、1993年長岡短期大
学専任講師に就任、2005年長岡大
学教授に就任、現在に至る。長岡
大学地域研究センター運営委員長
を務め、長岡市総合計画委員等公
職も多数。専門は地域経済学、計
量経済学。
1956年生まれ(群馬県藤岡市)
。大
学卒業後、1981年、秋山土地開発㈱
入社。1997年、同社代表取締役に
就任、現在に至る。6藤岡青年会
議所理事長(1994年)などを歴任、
2002年から上信越トライネット推
進協議会代表世話人・幹事長を務
める。
上信越新幹線活性化同盟会幹事長/
新潟市都市計画部長
7新潟経済社会リサーチセンター
主管研究員・研究部長
もと い
えつろう
元井
悦朗
氏
お じま
すすむ
尾島
進
氏
1974年新潟市役所入庁。企画財
政局企画部長(2004年)を経て、
2005年、都市整備局都市計画部長
に就任、現在に至る。上越新幹線
活性化同盟会発足にともない、幹
事長を務める。
1958年生まれ(新潟県)
。大学卒業
後、1981年、㈱第四銀行入行。支
店勤務を経て、1994年7新潟経済
社会リサーチセンター主任研究員に
就任。2005年に同センター主管研究
員・研究部長に就任、現在に至る。
上越新幹線活性化同盟会アドバイ
ザーを務める。
日本経済新聞社
長岡支局長
長岡商工会議所
専務理事
いのうえ
まこと
井上
亮
ひ ぐち
樋口
氏
1961年生まれ(大阪府)
。大学卒業
後、1986年、日本経済新聞社入社。
東京本社編集局社会部(宮内庁等担
当)
、大阪本社編集局社会部(大阪府
警担当キャップ等)、東京本社編集
局社会部(法務省・W杯担当等)を
歴任し、2003年3月長岡支局長に
就任、現在に至る。
<コーディネーター>
長岡大学
産業経営学部教授
はら だ
せい じ
原田
誠司
氏
1942年生まれ(群馬県)
。民間シン
クタンクを経て、長岡短期大学、那須
大学教授を経て、2005年長岡大学教
授に就任、現在に至る。専門は地
域産業政策、イノベーション政策
等。
『知識経済とサイエンスパーク』
(日本評論社)など著書・論文多数。
31
えい じ
栄治
氏
1947年生まれ(新潟県)
。1966年、
長岡商工会議所入所。同会議所総
務部長、事務局長、中小企業相談
所長などを歴任し、2001年専務理
事に就任、現在に至る。長岡観
光・コンベンション協会常任理事、
長岡市環境審議会委員など多数の
公職を務める。
原田
それでは、後半のパネルディスカッションに移
盟会を設立したところであります。
りたいと思います。コーディネーターを務めさせてい
本日の資料の同盟会の趣意書、構成員等にご覧のよ
ただきます原田と申します。よろしくお願いいたします。
うに、同盟会は会員、顧問、アドバイザー等、約140
パネリストの方々のご紹介はお手元のご案内をご覧
の団体、個人で構成されております。会長は新潟市長、
ください。本日の進め方ですが、先ほどの基調講演で
副会長には長岡市長さんにお願いしております。
も大体おわかりのように、5つくらいのテーマで議論
主な取り組みとは、まず2010年問題の認識を共有化
したいと思います。北陸新幹線の延伸に伴う交通網、
し、活性化していくために広報に力を入れることです。
交通体系への影響、地域経済社会への影響、視点につ
さらに、北陸新幹線の延伸・整備にともなう地域経済
いて、さらに、上越新幹線の活性化、最後に、広域的
への影響等の調査研究、関係諸団体の連携と一体的な
な地域の活性化。以上、5点について議論したいと思
取組みの可能性の検討、さらにはイベントコンベンシ
います。
ョン、ビジネス観光客の誘致、上越新幹線運行本数の
まず、同盟会幹事長の元井様からご発言をお願いし
確保の要望活動などであります。
ます。
●北陸新幹線延伸の影響−上越新幹線は減便か−
●上越新幹線活性化同盟会がスタート
元井
さて、交通網への影響ですが、現在、首都圏と北陸
のアクセスは越後湯沢駅で乗換えてほくほく線・特急
同盟会幹事長の元井ですが、私、新潟市役所の
都市計画部長でございます。まず、上越新幹線活性化
はくたか。1日に約6,500人の利用者とのことですが、
同盟会についてお話しします。
北陸新幹線の延伸後は、北陸新幹線を利用して高崎か
ご承知のように、上越新幹線は昭和57年に開業して
ら北陸に向かうようになる。これは平成8年にほくほ
以来、各地域との交流を促進し、沿線地域の産業や経
く線が開業したときに越後湯沢−長岡間の輸送量が大
済、観光の振興に大きな役割を果たしてきました。工
幅に減少したのと同じ状況になるだろうと想定される
業立地につきましては、昭和60年から63年の間、新潟
わけです。
県の立地件数が全国1位になりました。また、観光開
これにより、現在の上越新幹線と長野新幹線の利用
発が進みまして、沿線自治体におけるスキー場とかリ
者の比率が60:40といわれていますが、これが北陸新
ゾートマンション、温泉等の各種レジャー施設の開発
幹線の延伸後は45:55に逆転する可能性があると言わ
が非常に進みました。これらにより、沿線地域におけ
れています。これは、高崎−越後湯沢間と、高崎−長
る定住人口が増加します。昭和55年から平成12年まで
野間の比較であって、越後湯沢乗り換えの6,500人の移
の間に、新潟県全体で24,000人の人口増がありますが、
動だけですと、両方の新幹線はほぼ同数になる。ここ
上越新幹線の沿線地域では、83,000人増えています。
で差が出てくるのは、東京−金沢間が1時間弱短縮され、
差し引きしてわかりますように、沿線地域外の自治体
2時間50分くらいで結ばれるため、小松空港や富山空
の人口は、減少しているわけです。
港からの航空機を利用していた人たち約6,000人弱が北
陸新幹線を利用することになると想定した場合です。
また、上越新幹線は、日本海側と太平洋側を結ぶ横
断軸として非常に大きな役割をしてきたとも言えま
新幹線利用者数の変化は、運行状況には大きく影響
す。昨年、中越大震災に見舞われ、上越新幹線運行停
する。現在1日27往復ですが、これが減便されること
止の事態が起こりました。この運行停止は県民に上越
が懸念されるわけです。越後湯沢−新潟間の利用者数
新幹線の大きな役割を再認識させたわけです。
は変わらないのです。長岡・新潟の方面に来る方も
6,500人減ってしまうのではないかと受け取られている
そして、この新幹線が運行停止している間に、いわ
ようです。しかし、減便の可能性はある。
ゆる2010年問題が浮上してきた。そこで、今後発生す
その時、交通網にどういう影響が出てくるか。まず、
るであろうと思われる上越新幹線の減便に伴い、首都
圏と新幹線で結ばれている優位性の減少、地域経済へ
一番影響を受けるのは、当然ほくほく線の利用者減が
の悪影響や地域間格差の拡大等に対する危機感から、
起きて、存続問題にまで発展しかねないということで
新潟県、上越新幹線の沿線自治体、関係団体などが中
す。それから、信越線の長岡−上越間も特急が廃止さ
心になりまして、早期に結集してこれに対処していこ
れてしまうかもしれない。
また、新潟駅を中心にした関係ですが、羽越本線の
うということで今年の5月23日に上越新幹線活性化同
32
高速化はJRさんからがんばっていただいているところ
そういう意味で、高崎から新潟まで多くの駅に止ま
ですが、東京までの時間短縮に影響が出て、難しくな
りながら北陸新幹線と連結する方式、支線というより
るのではないかと懸念される。それから、在来線と一
はミニ新幹線にしてどんどん走らせるというのも一つ
体になった利便性が低下する。
のやり方としてあるのではと考えています。
他方、高速バスに目をやると、新潟−東京間、新潟−
いろいろな影響があるのは確かですが、地域全体か
長岡、新潟−上越、これが結果として増便される可能
ら見た方が地域のためになる場合もあるのではない
性があると思われます。今日のテーマとはちょっと違
か。結局、駅の容量は変えられません、東京、大宮は
うのですが、もし増便されてパーク&ライド方式が進
そんなには広げられないという前提で考えたならば、
めば、ある意味環境に優しい別の現象が現れてくる。
地域のためにどの方向性が良いかということは考えて
空港については、環日本海のゲートウェイとして空
おく必要があると思います。
港利用の増大を図っています。国際線が8路線、国内
原田
線が7路線ありますが、空港へのアクセス強化を図っ
れたわけですが、減便問題についてはどうお考えですか。
ていますが、そこに悪影響が出てくる可能性もある。
尾島
ありがとうございました。尾島さんは調査をさ
JR東日本も公式の数字は出されておられません
さらに、佐渡観光に目をやりますと、佐渡への観光
ので、あくまでもJRの内部の話から想定した、6,500
客のほとんどの方が新幹線を利用していますので、利
人の北陸新幹線へのシフトした場合を前提にしていま
便性が低下をして影響が出てくる懸念もあります。
す。平均、4〜5便の減便とみています。また、その
場合も、時間帯により影響の出方は大きく変わるろ思
●東京・大宮間の発着容量は限界−高崎・新潟間
います。朝晩という話になりますと、やはり新潟県で
はミニ新幹線か−
原田
すと首都圏等のビジネスユースというのが極めて高い
上越新幹線の減便とその影響について総括的に
ものですから、朝一で行って夕方までに帰ってくると
問題提起をいただきました。秋山さんは基調講演の中
いう時間帯の減便はかなりキツイかなという気がして
でもこの点にふれましたが、実際はどのくらい減便に
おります。
なるのか。お考えをお聞かせください。
秋山
●交通利便性と都市の拠点性は密接に関連
減便がみなさんの一番気になるところのようで
す。ちょっとはずれるかもしれませんが、何年か前に
原田
蓬平温泉というのにトライネットの仲間で出かけた。
ますか。
次の日に私が東京で研修がありましたので、長岡駅に
樋口
朝一番で送ってもらって、9時には東京について、なん
鯉江先生のシミュレーション結果とはちょっと違うの
とか通えるな、という感じを含めて長岡は新幹線があ
ですが、この図面は、先日東京大学の先生からいただ
って便利だと思った。しかし、そのとき仲間が浦佐駅
いたものです。2004年時点で、現状の交通の利便性か
に気を利かせて送ってもらった連中がいました。2時
ら都市の拠点性をプロットしたものです。
商工会議所の樋口専務さんはどう認識されてい
その認識の前に、見ていただきたい。先ほどの
間くらい電車がない。結局、浦佐から長岡へ戻り、高
新潟県には、拠点都市はありません。仙台と結ばれ
崎へ戻るとお昼になった。大きい駅で、27本の便が止
ています。20年前とくらべると、仙台と新潟の関係は、
まる駅と、浦佐や燕三条などの通過便が多い駅とでは、
多少新潟の方が拠点性が高かったのではないか。長岡
違うことを頭の中に入れておいた方がよい。すべての人
はその先にちょっと小さいまるがある程度、三条はも
が同じメリットは享受できるわけではないわけです。
っと小さいまる、柏崎はナイ状態だった。では、30年
それと、JRは民間会社ですから、冷静に判断すると、
ぐらい前はどうか。柏崎も復活しているという状況で
北陸新幹線ができたときにはかなり便数が減るのでは
す。これはあくまでもシミュレーションです。数値で
ないかと私は思います。東京駅を見ていただくとわか
はなく、全国の拠点都市の交通環境からすると現在こ
りますが、東北、上越、長野の新幹線の発着には時間
うなっているのではないかというイメージではこうな
的余裕ない、時間的にタイトになっている。さらに、
っているということです。
大宮駅までは、スピードも出せないし、容量的にも足
こういう前提の中で新幹線が今後どうなるかという
りないので、大宮までの容量で便数が決まるのではな
ことですが、私自身は北陸新幹線が開通すれば当然本
いでしょうか。
数は減ると思います。
33
実は私は、長岡駅に止まらない新幹線があるので止
松及び富山からの東京行きの便がなくなるのではない
めてくれという運動をやったことがあります。そのと
か。そっくりそのまま新幹線を使うようになる。そう
き、当然JRのトップとの話し合いも行われたのですが、
するとさらに北陸新幹線の利用者がそこに乗ってくる
当時言われたのは、大宮と東京間は、これ以上増やす
わけです。これはどう考えても上越新幹線は逆転でき
ことはできないと言われた。ということになれば、北
ないと思います。
陸新幹線が通ればどこかを減らさないといけないこと
交通網への影響から言うと、逆転する方策が無い。
ははっきりしている。もし今後北陸新幹線が通って、
記事の中ではお先真っ暗みたいなことばかり書きまし
先ほどのシミュレーションのように減らしていったら
たが、若干救いの面は書いているのですが、ただ交通
地域経済に大きな影響が出るとか、人口に影響が出る
網に関する逆転策は、ほぼ1年ぐらい前にこの企画を
ということであるならば、むしろいまから大宮から東
書く段階でいろいろ考えてみたのですが、いまになっ
京までを東京に地震が起こったことを含めて線路を拡
ても、この段階でも私は何か光明があるとは思いつか
幅するという運動を展開しなければ、この地域の問題
ない。
は解決しない。これを前提としながら、地域のことや、
原田 井上さんは「新潟県は分裂」と書いていますが、
経済のことや、今後のことを考えていかねばならない
いわゆる上越地域はメリットがあるとお考えなのですか。
と思っています。地域がどうがんばるかが大きな課題
井上
だと思います。
携があるという前提で、長野経済圏になってしまうと
企画記事を書いた時点では、これは長野との連
いう面でメリットがあると考えていたのですが、ただ
●やはり新潟は分裂か−利用客逆転の方策ナシ−
新潟県に残る、新潟県の上越地域として単独でのメリ
原田
ットというのはあまり無いと思います。というのは、
わかりました。井上さんはセンセーショナルに
問題を提起されたわけですが、そのベースになる認識
さきほど話に出ましたが、金沢までの通過点になるの
をお話ください。
ではないかという懸念がある。新幹線が通ったからと
井上
日経誌上でこの問題をはじめて取り上げたの
いって首都圏からどっと上越に人が集まるとか、ビジ
は、資料にもあります去年の1月に新潟県がなくなる
ネスのチャンスがやってくるとか、そう甘いものでは
日というタイトルでこの問題を取り上げた。これは日
ないという気がします。
経としては最初なのですが、実は、この企画はいつや
●4便減でシミュレーション−減便増えればマイ
っても良かった。この時期に何か議論が煮詰まってき
ナス効果大−
て、新潟県で話題になっているから企画したのではな
くて、これは1年前でもできたのです。実際のところ
原田
1年くらい前からこの話を新潟支局の連中と話をして
江さんは4便減をどう位置づけたのですか。
いました。要するにこれは何で問題かというのは、日
鯉江
経として何かシミュレーションをやったわけではなく
で4便くらい減っているので、それくらいは減るかな、
て、素朴な算数の考えで考えていったら当たり前の結
ということだけです。シミュレーションでは、3便で
論なのです。
も、5便でも、10便でもいいわけです。ただ、ある程
どうもありがとうございました。基調報告の鯉
あくまでも想定です。ほくほく線ができた時点
度現実に近いシミュレーションをやらないと意味がな
まず、東京から大宮までは過密ダイヤですね。高崎
いものですから、4便とした。
から、北陸と新潟に別れる。そうすると、片方が増え
れば片方が減るのは自明のことです。もう1つ、ほく
それと、いま飛行機の話が出ましたが、北陸新幹線
ほく線は北陸ルートでなくなる、当然ほくほく線に乗
は航空機との競争をどう考えるかも大きな問題です。
る人はなくなるだろうということ。その乗客がそっく
今日はJRの方もいらっしゃっていますが、僕がJRの
りそのまま北陸新幹線に転換する。それだけでも、上
トップだったら、間違いなく上越の次は富山しか止め
越と北陸新幹線の乗客数は逆転するだろう。さらに金
ません。次は金沢しか止めません。どういうことかと
沢までのびていくと、途中、富山を通りますが、富山
いうと、飛行機をつぶさなければJRは生き残れないわ
空港と小松空港、ここの利用者はほとんど新幹線を使
けですから、飛行機をつぶしに行きます。そういう想
うであろう。上越新幹線ができたときに新潟空港から
定のシミュレーションをやったとすると、間の糸魚川
羽田便が無くなったのと同じように、おそらく将来小
とかはダメージが大きくなる。ついでに影響で言うと、
34
上越の駅が不便だという話がありましたが、これはモ
利便性の向上」がプラス、マイナスの表記がある以外
デルの中では表現できない。駅から目的地までの交通
は、すべてマイナスです。ここで、特に今日申し上げ
があまりに貧弱です。観光の話も出てくるかもしれま
ておきたいのは2点です。1つは、「時間短縮に伴う
せんが、観光に来る、特に新幹線をつかって観光に来
利便性の変化・向上」です。2014年以降、東京―新潟
る方は、基本的には3分に1本電車が走っている地域
間と同じく、新潟―富山間も約2時間台で結ばれる。
から来ている。そこに、2時間に1本で、それも冬の
東京、上越、糸魚川間も、東京―新潟間とほぼ同じ時
吹雪のなかで、駅で2時間待たされるのでは、もう二
間に短縮されます。上越地域の企業にとっては、営業
度と来ないよという話になる。これをどうクリアする
範囲が拡大する。自治体は企業誘致、それから通勤、
かによって、影響の大小が決まってくると思います。
通学圏の拡大などさまざまな面での利便性の向上があ
るだろう。ところが一方で、首都圏から日帰り圏内と
●2010年問題の認識度は70%−企業の影響認識度
なるために、ビジネス客の宿泊需要等も減少しますし、
は低い−
原田
支店、営業所の撤退もあり得ます。長野新幹線の開通
それでは、影響の議論に入りたいと思います。
により、長野市では県外の本社の支店が撤退するなど
尾島さん、リサーチセンターのアンケートから見える
の具体的な動きも見られました。このように、新幹線
影響について、お話ください。次いで、同盟会の会員
の場合には、在来線とは異なりまして、具体的に利用
アンケート結果をお願いします。
できる地域においても、その及ぼす影響はより広がり
尾島
と多様性を持つということが言えます。
それでは、お手元の資料をごらんください。分
量が多いので、ポイントだけお話しします。北陸新幹
●「地域イメージの低下」と「観光」が心配
線金沢延伸による地域経済社会への影響とは何か、私
2点目ですが、上越新幹線の減便が現実のものにな
ども財団の自主調査として、今年の5月に実施しました。
企業800社にアンケート調査を実施した。北陸新幹線
った場合、「地域のイメージの低下」と「観光客の減
の金沢延伸が新潟県にマイナスの影響を及ぼす「2010
少」です。昨年10月、当地長岡が甚大な被害を受けた
年問題」について訪ねたところ、
「言葉も内容も知って
中越地震の発生後、高速道路は2週間後には片側通行
いた」のは約4割、「言葉を聞いたことはあるが内容
ではありますが通行可能となりました。しかし、越後
は知らなかった」の3割弱を加えますと、7割弱の企
湯沢までは新幹線も運行していたにもかかわらず、東
業が、
「2010年問題」という言葉を耳にしていました。
京―新潟間の新幹線の不通により、湯沢への観光入り
さらに、北陸新幹線の金沢延伸(2014年)の企業へ
込み客が激減しました。年末の新幹線の開通以降にな
の影響については、「影響がある」、「どちらかといえ
ってようやく観光客が戻ってきたと聞いています。新
ば影響がある」と回答した企業の割合は、合計でも約
幹線は脱線しないという安全神話が崩れたことがマス
2割にとどまっています。県内企業にとっては、まだ
コミで象徴的に取り上げられたことも一因であったと
まだ北陸新幹線の延伸による本県への具体的なイメー
考えられます。
いま問題にしておりますこの2010年問題では、この
ジは描きにくいのが現状のようです。
さらに、その2割の企業に、具体的に想定される影
震災の影響等を考えますと、新幹線の減便に伴うイメ
響について尋ねてみました。結果は、「上越新幹線の
ージの低下、この影響もまた大きいのではないかと考
本数減少による利便性の低下」、「観光客が減少する」、
えられます。この場合には、上越新幹線沿線の観光地
「北陸方面の企業との競争が激しくなる」、「商圏ある
だけではなくて、佐渡地域、村上地域など、新潟県全
いは来店者の範囲が縮小する」などで、マイナスの影
域の観光地に影響が及ぼされることが懸念されます。
ただ、現実にどうだったのか、という話になります
響が大きくなっています。
と、長野新幹線が開通した平成9年前後で見た長野県
一方で、「北陸新幹線の利用による利便性の向上」、
これはもちろん上越地域の該当が多いわけですが、プ
と新潟県の観光客の入り込み状況においては、新潟県
ラスの影響も3割弱の企業が挙げておられます。
から長野の方へ観光客が大きくシフトしたというよう
な実際のデータは見られませんでした。しかしながら、
次に、北陸新幹線の金沢延伸の新潟県への影響を、
「直接的な便益」と「間接的な影響」の2つに分けて
何度も今日もお話がありましたように、北陸地域の各
聞きました。「直接的に使われる方の時間短縮に伴う
都市が、首都圏と2、3時間の圏域内に入るというこ
35
とになりますと、やはり観光地としては知名度の高い
後湯沢間の地域振興への悪い影響が出てくるのではな
金沢、北陸、能登方面の魅力はさらに高まるというこ
いか。
とになるでしょう。エージェントとしても、主力商品
●新潟市は「都市イメージの低下」が最も心配
である一泊二日という商品の魅力がさらに高まるわけ
ですので、中長期的に見ますと、やはり新潟県への観
同じ構成員である新潟市として、どう考えるかとい
光客の減少につながるというところは影響としては大
うことですが、上越新幹線の減便に伴い、都市のイメ
きいのではないかと考えております。
ージが低下をしてしまう、これが新潟市にとっては一
番の心配事でございます。日本海側最大の都市という
●自治体の影響認識は多様−観光、産業、分断等−
ことでイメージアップ図っているわけですが、これが
原田
イメージダウンしかねない。また、空港、新幹線、高
どうもありがとうございました。では、同盟会
の元井さんお願いします。
速道路の整備によって、非常に便利な都市、高速交通
元井
の利便都市としてのイメージもダウンする。さらには、
同盟会の方でもこの10月にアンケート調査を行
いました。同盟会としては、構成員の皆様に対する調
首都圏と直結ということで、非常に短時間で首都圏と
査と、首都圏のサポーターズクラブ(新潟市がシティ
直結している、これが新潟市の優位性ということで、
プロモーションに力を入れる目的で形成)の会員への
いろいろなところで観光のキャンペーンに行きまして
調査を行いました。サポーターズクラブは、いま会員
も、産業の誘致に行きましても、それを売りにしてい
が410人ですが、新潟を愛して支援してくれる人は会
るわけですが、その優位性が薄らいでしまう。
員になってくださいということで、年に何回かこちら
さらには、いま新潟駅周辺の連続立体交差事業を推
の方から情報も提供しながら、東京で2回ほど集まっ
進して、予定では来年度着工できるというところまで
てもらって、情報交換を行い、一緒にがんばりましょ
来ておりますが、この事業効果に影響が出てくるだろ
うという活動をしています。この方々にも聞きました。
うということで、都市イメージが大きく損なわれてし
サポーターズクラブの会員に「2010年問題」の認知
まうという心配がある。当然、文化、観光の関係で新
度を聞きました。「言葉も内容も知っている」方は
潟市を訪れてくださる方々、交流人口が低下してくる
28%でした。予想通りといいますか、新潟に愛着を持
という心配があるわけです。
さらには、北陸新幹線の延伸によって、国際定期航
って新潟を心配してくださる方であっても28%という
空路の開設に、全国的にそうですが、なかでも日本海
状況でした。
次に、構成員である主に自治体の回答をご紹介します。
側地域で新潟、富山、金沢はしのぎを削って競争して
まず、瀬波温泉、月岡温泉、佐渡観光など、減便に
いるわけですが、この開設についてこれまで以上に競
よって関東方面からのお客さんが減少して観光が冷え
争が厳しくなってくるという心配があります。とくに
込んでしまう、それが心配だという声がありました。
国際観光の誘致では、いまでも残念ながら新潟は北陸
それから、全体として乗降客の落ち込みによって、地
に比べると弱いのかなという感じがあり、もっと差が
域経済が冷え切ってしまうのではないか。おみやげの
出てきてしまうという懸念もあり、産業経済面でも、
売り上げが減るし、地場産業の売り上げにも影響して
北陸地域の企業との競争が、当然激化してくる。
いま新潟にある事業所のなかで、富山県や石川県に
くるのではないか。
また、上越地域の新潟県経済域としての希薄化、つ
進出している企業が、首都圏に直結しているというこ
まり上越地域が北陸経済圏化してしまうということが
とで、新潟に北陸支社などを置いているところもあり
予想され、新潟県の経済圏が東西分断されてしまう懸
ますが、これが新潟から、富山、金沢に移される心配
念にもつながるというものがありました。上越地域と
もある。
長岡地域の狭間となる柏崎地域は、高速鉄道体系から
概ねこういう結果ですが、マイナス面が多い。プラ
取り残されて、衰退してしまうのではないかという心
ス面としては、北陸・関西方面からの観光客のみなさ
配もありました。小出駅を起点とする只見線や磐越西
んが佐渡に行く場合は、直江津港経由で時間短縮をさ
線など、利用者が減少し、減便の可能性、さらにはもっ
れる可能性があるので、北陸・関西方面からの観光客
と悪いことが懸念されるというものもあげられました。
の増加が期待できる。これが、唯一のプラスの結果に
ほくほく線の廃止が心配されるわけですが、金沢−越
なっています。
36
●影響の見方が違う?−企業は「冷静」、自治体
というような結果が出たのは、ある程度なるほど、と
は「過大」か−
原田
思えます。
どうもありがとうございました。尾島さんの報
というのは、この2010年問題のマイナス面を大別す
告で感じたのですが、どうも、企業の方が、私の感じ
ると、1つは、東京から日本海に続く動脈の中の経済
でいうと極めて冷静に見ているのか、全く知らないか
拠点のシフトの懸念です。西の方に動いてしまう。上
らそうなっているのかわかりませんが、行政の方は過
越になるかもしれないし、もっと金沢の方に行くかも
大に見ているのではないか、この辺はどう見ればよい
しれない。というのと、観光客の減少というものだと
のでしょうか。
思うのですが、これは既存の資源の争奪戦という意味
尾島
では、それほど大きな懸念はないかなと思うのです。
地域の課題について挙げていただきましたが、
実は影響とその対応策は、地域の現在の課題が、結果
もう1つは、産業レベルでみて、この長岡地域にあ
論になりますが、北陸新幹線延伸後はよりその課題が
る製造業が、いきなり工場を上越市に移したりしない。
大きくなる方向で影響が出てくるだろうという形の回
まして、富山や金沢に行かない。長岡には大学が3つ
答になっています。企業誘致の推進であるとか、魅力
あり、産学連携が盛んで、魅力がある。将来の可能性
ある観光地づくりであるとか、中心市街地の活性化で
がある。他方、観光面でみると、金沢と新潟を比べる
あるとかという項目が並んでくるわけですが、この北
と、圧倒的にイメージとしては金沢にかなわない。北
陸新幹線の延伸による影響も、常にダブらせてお考え
陸新幹線が延伸されたからと言って、いままで新潟に
になるお立場にある方たちにお聞きしているものです
来ていた人が金沢に行ってしまうかというと、現状と
から、基本的にはそういうご回答になった。したがっ
比べてそれほどの激減はない。あるとすれば、これか
て、9年後、現時点での課題をクリアしていかないと、
ら新幹線が開通してから何か対策を立てるときにかな
その先にあるのは何かというと、さらに課題を大きく
りマイナスの影響がある。
例えば、上越新幹線が2時間に1本になってしまう
する要因なのだという認識をみなさん、自治体の方は
お持ちなのかなと思います。
と、佐渡観光や村上観光で新しい企画を考える場合、
原田
そうすると、企業では、自分の会社にはそんな
なかなか良い企画ができない。企業立地面では、どこ
に影響は無いかもしれないという人が結構多い。しか
か大きな拠点を物色している企業が首都圏にあったと
し、地域、自社以外は、「影響は結構ある」という感
して、新潟だけが特別なメリットを提示できない。現
じなのでしょうか。
在と比べ、カードが減ってしまう。その面でマイナス
尾島
が大きいということで、行政の人たちの懸念が大きい
というより、北陸新幹線の延伸は、新幹線は人
を運ぶもので人流の問題で、新幹線の利用度からする
のはないでしょうか。実質的なマイナスというよりは、
とそれほど影響は大きくないと思っている可能性があ
これから先のイメージの問題ではないか。新潟県全体
るかもしれません。メーカーの場合など。直にどのよ
のイメージが不便な地域だ、足を運ぶのに相当時間と
うな影響があるのか、イメージしにくいというところ
労力がいるというイメージを持たれるということに非
があったかもしれません。
常に懸念がある。そこにたぶんこのアンケートの違い
原田
が出たと思います。
要するに会社の業務全体でみると、物流ではな
くて、人流面でとらえると、やや影響は低いと出てき
●新幹線と高速道路のセットで検討すべき−企業
ているということですね。
立地の観点から−
アンケート結果のなかに全般的問題が出てきていま
すが、地域の分断というお話もあるわけですが、井上
原田
さんはどうお考えですか。影響の一番ポイントをどう
ろいろありますが、そのときの考え方のポイントは何
考えるか。
か。長岡については、井上さんは、新潟都市圏と上越
樋口専務はいかがですか。この影響の問題はい
都市圏の狭間で、厳しい事態が予想されると言います。
●企業の危機感が薄いのは当然か−製造業はすぐ
しかし、いま言われたように、製造業なり産学連携が
は動かない−
井上
あるので可能性はあるよといいますが。
樋口
やや逆戻りするかもしれませんが、企業の方に
はっきり言って危機感が薄く、行政関係者の方が高い
基本的には井上さんの考え方とほぼ同じなので
すが、ただ工業立地と観光ということですが、私自身
37
は新幹線だけで議論すべきではないと思っています。
富山、金沢は、正直20年間で相当投資しています。
先ほども秋山さんが高速道路のことをずいぶん言われ
見せ物もつくっていますし、地域の食べ物も何もかも、
ていましたが、やはり例えば長岡と合併しなかった見
新潟県の何倍も投資している。だから、向こうの人た
附の大きな工業団地にプロデュースが出た。長岡に本
ちは、新潟県はいいね、いいねと20年間言い続けてき
社があり、隣町に工場を建てる。見附の方々からする
た。我々は高速道路しかない、新潟みたいな新幹線が
と、新幹線の駅は無いが我がまちにはインターがある
ないんだ、新幹線が来てくれれば、というのが20年、
と思っている。だが、東京に行って新潟県の人たちが
30年の夢ですよ。
売込んだりするときには、新幹線がないからなかなか
そういった状況からすれば、新潟県は、高速道路も
言いにくい。
新幹線も来ていたけれど、その間30年間何をしていた
私は、新幹線の駅があるところは不動産価格は下が
か。我々の責任もありますが、残念ながら観光につい
らないと言ってきた。今回の発表もそうだった。新幹
てはほとんど手を打っていなかったのではないか。
線が止まらないところは不動産価格が安くなる一方
今後、われわれは、新潟県全体、地域の観光の関す
で、上がることは絶対ない。今、なぜこんなことを強
るマネジメントに真剣に取組まなければならないので
調するか。工業の場合、物流も全部図面はインターネ
はないかと思います。パンフレットを創ったくらいで
ットでできても、やはり顔を合わせないと最後の作り
はだめなのです。
込みができない。新幹線が付随するのです。私は、見
もっと外を見て、海外を見て、観光をきちんと考え
附の工業団地のことを考えれば、長岡駅からのアクセ
なければならない。今日、JRの方が何人かお見えにな
スを良くしなければならない。長岡駅の東口から道路
っていますが、昭和62年、JRさんが民営化された翌年
アクセスを8号、17号バイパスまで持っていったので、
の運輸白書の第1章に、「国際化を目指す社会におけ
2車線でスムーズに動いている感がありますが、最近
るゆとりある生活の実現と運輸」と書いてある。相当
はあまり動きが良くない。とすれば、長岡駅東口から
つっこんで、バックにおられるJRさんのレポートが書
見附の工業団地まで、ダブル4車線化をするくらいの
かれている。ところが我々はほとんど理解もしていな
ことをやってあげないと工業団地としては成立しない
ければ、バブルでリゾートだと言われ浮かれて、バブ
のではないか。
ル崩壊後17年も経ってしまった。JRさんは、世界最大
インター立地も十分考えながら、新幹線とのセット
のエージェントです。多様化した世の中で、次の次の
も考えていくことは、ものづくり産業にとっては重要
新しい産業まで、ソフト産業あるいはサービス産業ま
だと思います。ただ、ものづくり産業については国内
でねらって検討している。10年後、20年後のことを含
だけのことを考えていられる時代ではありませんか
めて。
ら、あくまでも知的なネットワークの大学あるいは民
そういったことも十分ふまえて新幹線と観光のこと
間の研究所を含めて整備を滞りなくやっていくのがこ
をきちんと整理していかないとまた3年、5年経って、
れからの大きな課題だろうと思います。
10年経っても全く何にもしていないということになり
かねない、と私は心配しております。その手を打って
●観光の戦略と投資が不可欠−今のままでは、金沢
いけば本数は減らさないで済むことも事実だろうと思
には勝てない−
っております。われわれの活発な勉強と運動が必要だ
観光については、アンケートでは、観光、観光と言
と思っております。
っているのですが、私は観光のことを新潟県の人の誰
がわかっているのだろうかと前から思っています。先
●ターゲットとサービスを絞った観光戦略が必要
ほどの鯉江先生の話でも観光の数字は、30万人だ、80
原田
万人だと勝手に言っていると言われましたが、これは
通りだと思います。それでは、鯉江さんはいかがですか。
昔から私も疑問に思っていた。昔、県の観光課に尋ね
鯉江
たが、ごまかされて終わった。実は、ずいぶん前、日
では、製造業はそう簡単には移らない。運行本数とか
銀の支店長をやられた方が、観光の指標を数値で明確
時間距離のパラメータの大きさを比べると、新潟の方
にすべきだ、と盛んに問題提起されたことがあった。
が大きく、長岡が小さい。製造業中心の長岡と3次産
新潟県の景勝地等裏付けの指標、数字がほとんどない。
業中心の新潟の産業構造の違いが出ている。長岡の方
38
どうもありがとうございました。まったくその
まず井上さんの経済拠点の移転・移動という点
が影響は小さく出ます。
津とか6つのスキー場の共通リフト券があった。それ
観光について、井上さんは影響は小さいと言われた
が去年廃止になってしまった。コクド、プリンス系の
が、私は逆ですね。やはり限られた予算のなかで人は
絡みもありまして、運営母体がいろいろなので、もう
観光している。そうするとやはり取り合いになる。取
よしましょうやということでやめてしまったらしい。
り合いになったときに、リピート性が重要になる。観
でも、これはすごく人気がありまして、1シーズンど
光サービスを重視している消費者の方が多い。そうす
こへ行っても6,000円くらいで滑り放題だった。これは
るとリピーターであそこは非常にサービスがよかった
やはり上信越の地域として復活させるべきではないで
からあのホテルにもう一回行ってうまいものが食べた
しょうか。
いね、というような、交通が利便性が高まっているの
また、高速道路で言うと、いま群馬県の水上より南
でちょっとしたことで行けるということがあって、リ
で、チェーン規制がかかると、群馬のスキー場あるい
ピーターが重要になると思います。
は温泉の人たちは大喜びです。なぜか。水上以前でチ
それと、もう1つ、新幹線駅から先のサービス水準
ェーン規制がかかると、一家でチェーンを装備する。
が良いかどうかが問題になる。また、新潟県の観光案
関越トンネルの手前で外す。トンネルを走って、トン
内では、ゴルフもできる、スキーもできる、海水浴も
ネルを出たとたんにチェーンをさせられてスキー場に
できるといろいろなことが書いてある。訪問する人は、
行く、帰ってくるときにまたつけたりハズしたりする。
全然違う。良寛を見に来る人は海で泳がない。そうす
スタッドレスであれば問題ないのですが、たまにスキ
ると、どういう人をターゲットにどういうサービスを
ーに来る人はそうではないので、チェーン規制がつい
提供するかがきちっと整理されていない。とくに、主
た瞬間に降りて、水上や丸沼など群馬県内のコースを
婦層をうまくつかまえる工夫が必要ではないかと思い
選んでスキーをする、ということになっている。私は、
ます。主婦層は基本的に車では来ません、新幹線でき
みなさんの方から声を上げていただいて、ゴムをしく
ますので、特に荷物を持たないでよいように歩ける工
とか何か方法を考えて、チェーンを2回も外さなくて
夫が必要です。主婦層は土産物を一杯買う傾向もあり
も新潟に来られることを考えていただく必要があるの
ます。バスでの移動も重要でしょう。
ではと思います。
この森林リゾートでいうと、草津から志賀高原へ抜
●地域連携の観光進行が不可欠!−視点を広げよ
ける道はもう雪で閉鎖される。草津の町長さんは週末
う−
原田
だけでもいいから除雪してくれといっている。これを
それでは、この問題のとらえ方の視点が大体出
通れば、草津から志賀へ抜けて、本当にスキーの好き
たところで、活性化の方向をご議論いただきたい。秋
な連中が上がっていく。
山さんに、いまの議論に対するコメント、秋山さんの
3県には110カ所くらいスキー場があると言いまし
提起されました3極の方向などについて、ご発言くだ
たが、志賀高原だけは入り込み数がわからない。車で
さい。
行って滑り、一人を残して車を下に置いておいて、ま
秋山
みなさんが描いている新潟と、首都圏の女性、
た車で上がって、道路の脇を何キロも滑れるという志
若い人が持っているイメージの新潟はちょっと違うの
賀のコースをご存じの方もおられると思います。そう
ではないでしょうか。いまの消費者はすごく敏感で、
いう長いコースも楽しめるし、また子どもも楽しめる。
バイオ、遺伝子組み換えの大豆は使っていません、な
この地域はオリンピックあるいは国体級のコースがあ
どと言うとそれを信じる。新潟産とか、魚沼産と書い
ることを誇りにしていただきたい。地域が誇れる資源
てあれば飛びつくわけです。それは逆に、すごく怖い
なのです。
部分もあって、コシヒカリが倒れにくくするようにバ
●道州制を見通した上信越広域連携へ!
イオマスの技術を使って上越のあたりでも研究されて
いるという状況を本当によく知っている。群馬あたり
3極について。新潟が政令市になって70万から100
の消費者でも、魚沼あるいは新潟指向が強い人ほどよ
万、上越と長野で合わせて60万、群馬の県央(高崎、
く知っています。そういう点も含めて、やはり注目さ
前橋)が80万、3県合計で650万くらいの人口があり
れていることを頭に入れておいてほしいですね。
ます。3つの中心都市圏を核としながら、長岡とか沼
田とか、中核都市圏が整備されていく。新幹線も高速
観光についてですが、去年まで湯沢、志賀高原、草
39
道路も活用できる。すばらしい資産もある。そういう
地道に何でも慎重ですが、そういうふうなものをこの
広域圏です。金沢とか富山に一方的にやられるばかり
際性格を変えて良い方向へ考えていくという良い転換
ではないのです。私はそう感じています。子どもの頃
期と考えればいいのかなと思います。
から群馬や埼玉の方に新潟ファンもたくさんいる。上
ですから、当然具体策としては各地域の連携だとか
越の海は長野松本あたりからみんなよく行く海です。
これまで出てきたような策が講じられていくのが当然
この点を理解して、これから先の政策を考える必要が
なわけです。そこの気持ちの持ち方を一歩前進させて
あります。
いけば良い。私は新潟から長岡へ来ましたので、この
道州制を考える場合も、東京の方を見て足の引っ張
長岡と新潟が力を合わせることによって新潟県全体を
り合いをするのではなく、こういう形で地域間の連携
引っ張っていければいいなと思っています。
を進めなくてはならないと思います。金沢、富山と新
潟を単純に比較するのではなく、広域圏で考えて、そ
●扇の要の長岡地域の活性化を期待する!
の魅力を創っていくことが重要です。新潟がいま長野、
尾島
群馬へアプローチして、空港や産業等で連携していこ
長岡地域の将来という最初のテーマに戻りますと、奇
うとなれば、非常に力を持った地域になってくるのか
しくも昨年の大震災から復興10年計画を県でも作られ
なと思います。
ていますが、この計画が終了する2014年にいま本日の
最後ということなので、北陸新幹線の延伸と、
議題になっている北陸新幹線が金沢までつながる年に
新幹線の問題も、この脈絡のなかで考える。私は、
あたるわけです。
ミニ新幹線がいいと言っているわけではなく、新幹線
震災復興の10年間を新潟県のみどりのふるさとと取
の利用促進を図りながら、時間短縮の方法も考えて、
大宮―東京間の拡幅も考える、こちらが不便にならな
り戻して、安心安全で暮らせるようにするということ
い方法を考えることが重要だということです。
と、さらには多くの観光客の方を呼んできて、なおか
その意味で、みなさんが地域のことを考えられるの
つ先ほどもありましたが、来る一番大きな情報源は口
はすごいチャンスだと思いますし、これをきっかけに
コミであったりいたします。十分に満足してかえって
地域のことを考えられるというのはありがたいことと
もらえるような観光地づくりを目指すという点が大き
思います。群馬の県央地域、あるいは高崎では、この
いかと思います。
手の危機感はありませんし、まちのことをみんなで集
また、産業面においては、長岡地域、同時に世界に
まってわいわいと議論しようや、あるいは新聞からマ
通用する製造業の集積地でもありますが、この2010年
スコミから、みんなが取り上げてこういうことを考え
問題を意識して、今後地域活性化に向けた取り組みを
てみようということすらありません。
積極的に、まさに新潟県の扇にたとえるならば、ちょ
うど真ん中にあります扇の要にあたります長岡地域で
●2010問題を契機に地域活性化へ前進しよう!
原田
積極的に取り組まれることを期待いたします。
どうも、大変広域的観点で新潟県の資産をちゃ
んと生かせということで、競争というよりは連携を深
●長岡モデルの構築こそが活路を拓く!
めてという話だったと思います。時間が無くなってし
井上
まいました。最後に、今後の地域活性化のポイントを
こいというような暴論を言っているのですが、それは
手短にお願いいたします。
現実性がないのですが、1つ言いたいのは、長岡地域
記事の中に書きましたが、長岡に県庁を持って
2010年問題に対する対応策は、なにも2010年問
の特徴である高等教育機関が集積しているというメリ
題が起きたからではなく、これまでもずっと新潟県各
ットを生かすべきではないか、ということ。私は2年
地域において悩んできたこと、考えてきたことです。
半ほど前に、東京から長岡に転勤してきたのですが、
たまたま2010年問題という表題がついたということを
まず思ったのは、長岡の規模にしては、すぎたるもの
絶好の機会と受け取って、より積極的に関係者、その
が3つある。1つは新幹線、もう1つは高速道路、3
関係者の枠も広げて新潟県全体が活性化する方法を考
つ目は大学だと思ったんです。20万ちょっとの都市で
えていくというきっかけにすれば良いのだろうと思い
3つも大学があって、高専もありますし、近隣を合わ
ます。2010年問題で悪いイメージを持たないで、前へ
せたらもっとたくさんの高等教育機関がある。これは
前へ進むのだと、新潟県の県民性から言って非常に、
珍しい都市だと思いました。
元井
40
幸い3つの大学はいろいろな得意の分野に別れてお
年々の流行りのように、波があるのが当然です。その
りますので、長岡大学もそうですが、産学連携と言い
ことを前提に起きながら常にどうやって投資をしなが
古された言葉なのですが、大学と地域の製造業および
らイベントをしながら新潟県をよく理解していただく
いろいろな産業が連携しあった産業クラスター、長岡
かが勝負どころではないかと思っています。
モデルというのを、全国のどこにも無いようなものを
最後になりましたが、昔から言われていて、実現す
作り上げれば、こっちから新幹線を止めてくださいと
る可能性がないのかもしれませんが、新幹線を減らす
JRに言わせるような地域になる可能性があるのではな
のではなく、新幹線を貨物電車にする列車があっても
いか、そこに一つの光明を、私は見ております。
いいのではないかと長岡技術科学大学の石川先生から
言われたことがあります。そのことがまだ頭の中に残
●人口減少・少子高齢化時代を見通して、知恵を
っております。可能であれば知恵を絞る必要があると
絞ろう!
樋口
思っております。
私は基本的には少子高齢化、人口減少時代をき
●在来線問題にも注意を!世界に冠たる上信越を
ちんと認識していくというのが大前提だと思います。
売りだそう!
先ほど申しましたように、価値観の変化、あるいは多
様化の時代の中で、新しくロハスという生き方を提唱
秋山
していますが、そのようなことも多様化のなかで十分
いのかなと思っておりました。群馬は信越線の碓氷峠
この地域としては考えていく必要があるだろう。先ほ
を無くしてしまったことで、人流、物流の面でもひど
ど秋山さんが言われたように、新潟県大好きな人の、
い目にあっています。その辺は関係される地域は本当
波長が合う人が新潟県に来てもらう、あるいは新潟県
に慎重に対応されることを願ってやみません。
平行在来線の問題はこの地域にはあまり関係な
いろいろ話をさせていただきましたが、この地域を、
を理解してもらうというのが1つのロハスではないか
上信越の国立公園を持っている、あるいは新潟と群馬
と思っています。
新幹線の減便云々ということについては10年くらい
は日光国立公園のなかの尾瀬がラムサール条約の認定
前でしょうか、グレゴリー・クラークさんが言われた。
をされまして、世界に冠たる観光地あるいはリゾート
「JRは人が乗らないから減らすというけれど、それは
地として、これから胸を張っていい地域だと思ってお
おかしい。自分の考え方からすれば、少なくとも電車
ります。そういう意味で、例えば高等教育施設で外国
に乗ってもらうためには本数を確保しなければならな
語の研修あるいは地域の限定のガイドであるとか、今
いだろう。」と。そういったことを論理的に明確にで
日申し上げたことをいくつか取り上げていただいて、
きるのであれば、我々もそういうことを勉強していか
ぜひテーマパークとしてこの地域が中心になって上信
ねばならない。在来線については、飯山線をどうする
越という地域が盛り上がっていけば、大変ありがたい
のか、長野から長岡、新潟と3つのNがつながってい
なと思っております。今日はありがとうございました。
る。信濃川流域のなかで飯山線を無視できないという
ことも考えれば、パーク&ライドでフリー切符くらい
●定住人口を維持できるまちづくりを!
は作ってもいい。
鯉江
やはり、地域連携とか、企業連携、産学連携、
ジャパンパスで外国人が来たときには日本国内は無
学学連携、こういうものを強めて、定住人口を維持で
料で乗れるわけですが、新潟県に新幹線で来たら在来
きるようなまちづくりというのが一番重要ではないか
線は無料ですよとか、あるいは年に1回くらいは長野、
と思います。定住人口、要するに生活者は、365分の365
十日町、長岡、新潟までは家族で買うんだったら土
です。それに対して観光者というのはやはり365分の1
曜・日曜は無料ですよというチケットもあり得ると思
でしかないわけで、圧倒的に使うお金の量は違います。
います。ドイツあたりでは路面電車はパーク&ライド
それと、もう1つは、消費者を見据え、その厳しい
すれば1枚のチケットで家族全員無料というのがあり
目に耐えられるようなサービスや地域の環境、あるい
ますから、お金の出し方は検討しなければなりません
は製品や商品というものをつくっていけば、十分この
が、それらのこともアイデアとして今後検討していく
地域は耐えていけるし、伸びていけるのではないかと
必要があると思います。
思います。期待を込めてそう願いたいと思います。
観光については、NHKの大河ドラマによるその
41
●戦略的に、実践的に、かつ力を結集して前進を!
をどう見るかということを徹底的に行わないと、新潟
原田
どうも長時間ありがとうございました。これで
県もそういうことになるということを最後に申し上げ
議論は終わりにし、会場からご質問を受けたいと思い
たいと思います。県については、おそらく日程の調整
ます。
がつかなかったことでしょうが、今後、新潟県全体の
質問者
新潟商工会議所の専務の三島と申します。そ
高速鉄道と在来線問題のビジョンを描くということを
れぞれパネラーの方が立派なまとめが終わった後に、
同盟会としてもお願いしていくべきではないかと思い
なんとなく場違いなのですが、むしろフロアからいろ
ます。
いろな意見を求めてまとめる流れが良かったのではな
元井
かろうかと思います。おそらく、今日JRの方々がいら
対応しているつもりですが、これからもますますみな
して、違うよ、観光じゃないよ、基本はビジネスだよ
さんの協力を進めていきたいと思います。何しろ5月
と思ってらっしゃる方がいっぱいいると思います。本
23日に発足して半年、いまいろいろな準備をしてやっ
当にこれは先生方にこれから調べてもらいたいのは、
と形が見えてくるかなという所ですので、もう少し長
新潟―東京と、東京―仙台でビジネスがどう違うのか、
い目で、じっくり見ていただいて、年を越した頃には
構造的な問題を解明していかなければならない。
何か見えてくるようにしたいと思います。
専務さんの要望につきましては、十分ふまえて
そこで私は、一点申し上げたい。同盟会のアンケー
トの回収率は44%と低い。おそらく同盟会は会費を取
●2010年問題研究会を!
られるけれども何もできないだろう、そういう期待薄
原田
という点がこういう結果なのではなかろうかと思って
い、もしいらっしゃれば。よろしいでしょうか。ご質
おります。だからこれから、同盟会が何をするのかを、
問にありましたように、参加者の皆様と議論しながら
分析や共有ではない、行動をしてもらいたいと思います。
やっていく方がよかったと思うのですが、実はこれは
どうもありがとうございました。あと1人くら
観光客数もさることながら、新潟県の企業誘致数も
私ども初めてのことでございまして、同盟会の方もま
問題ですね。これも変な数字がずっとあって、日本一
だできたばかり、たまたまそういう時期にあたったも
ではなかった。新潟県では、隣村へ行っても全部企業
のですから、ご容赦ください。
誘致と数え、数字が上がった。したがって、工業出荷
交通網と地域の産業経済、文化、生活というのは非
額も雇用も伸びていない。本当に企業誘致というのは
常に密接に結びついており、あらゆる問題に関係する
どうあるべきかを行政でしっかりとこれから取り組ん
テーマだと思います。今日を機会に、同盟会のアンケ
でいただきたい。そのための税金なら、例えば新潟市
ートもそのうちきちんとまとまると思いますので、そ
の事業税などどんどん使っていい。純増である、そう
れぞれが、議論をする場と具体的な方針、行動を起こ
いう企業誘致ならばどんどん税金を使って良いと思い
す方向で進んでいただきたい。
ます。
私はコーディネーターをさせていただいて、最後に
最後に1点。同盟会の発足の時に、加茂の小池市長
一言申し上げたい。やはりこの2010年問題については、
がこう言いました。新幹線問題はすべからく新潟市の
勉強会をもっと頻繁にやるべきではないか。有志の
問題である、と。新潟市がこれからどうするかによる
2010年問題研究会をつくったらどうかと強く感じまし
という、あの言葉が、まだ頭の片隅にあります。新潟
た。もう1つは、何事についても、地域が自ら、地域
市がこれからどう県全体をリードしていくかにかかっ
活性化の戦略と明確にしなければ、物事は動かないと
ていると思います。
いうこともはっきりしたのではないかと思います。井
今日は残念ながら県が来ていない。「長岡地域の将
上さんが言われた産学連携も、もう少しきちんと位置
来」だから、県はこなかったのでしょうか。こういう
づけるべきですし、この問題を多角的にとらえて展望
問題はやはり県がきちんとグランドデザインを描かな
を出し、実行していくことが重要だと思います。
ければ前に進みませんので、申し上げます。
樋口
これでパネルディスカッションは終わりにしたいと
身内でこんなことを言うのも問題ですが、時間
思います。どうも長時間ありがとうございました。
がないので産業のことは言いませんでした。基本的に、
(本稿はテープ起こし原稿をまとめたものです。文責:
三島さんの発言の中で、事例として言えることは、同
原田誠司)
じ東海道の経済パワーのある地域でも、名古屋と大阪
42
論稿
新成長戦略と地域イノベーション
−地域活性化戦略とは−
長岡大学教授
はじめに
原
田
誠
司
現在の約12,775万人が、2030年に約10,790万人(2005
年から約2,000万人減少)、2050年に約8480万人(2005
今年(2006年)6月に「新経済成長戦略」
(経済産業
年から約4,300万人減少)に減少するとみられる1)。人
省)が公表され、7月には「経済成長戦略大綱」
(財政・
口減少は労働力人口の減少を伴うわけだから、長期的
経済一体改革会議)が策定され、<人口減少下での新
には、日本経済の規模は縮小、つまり経済成長率はマ
しい成長>戦略が今後10年間の政府の経済政策として
イナスになるのは確実であろう。だが、2050年でも現
明確にされた。この新成長戦略は、「イノベーション
在のドイツと同程度の規模であり、それほど悲観する
と需要の好循環」理論をベースにした国際産業戦略と
ことはない。まして、10年程度の中期であれば、人口
地域活性化戦略の2つの戦略で構成されるが、9月に
減少のマイナス要因は大きくはない。
発足した安倍新政権は早速、「イノベーション25戦略
だが、労働投入がマイナスであれば、投資と技術進
会議」を立ち上げ、この成長戦略を引き継ぐことを鮮
歩の面でそれをカバーする伸びを確保しなければ日本
明にした。
経済は成長できないことになる。政府は本格的な人口
筆者はこの間、地域イノベーション・システムの構築
減少が予測される10年後までの「残された10年」の間
を志向してきたが、本稿では、イノベーションをキー
に、この新経済成長戦略と経済社会システム改革(産
ワードとする地域活性化戦略への方向を、検討したい。
業構造審議会基本政策部会で検討中−橘木俊昭部会長)
の車の両輪で、新しい成長軌道を敷くことを目指して
1
なぜ新経済成長戦略か−戦略の位
置づけ−
いる。その意味では、経済社会システム改革の全貌が
明らかにされなければ、新しい成長の全体像はつかめ
ないということになる。
経済成長をマクロ指標で測る場合は、国内総支出
2
(GDE=国内総生産GDP)の消費、投資および国際収
支の伸び率で表示され、景気動向の指標としておなじ
経済成長と新しいイノベーション
理論
みである。これは需要サイドのとらえ方だが、経済成
長は「生産能力とそれに対応した需要の大きさが長期
成長会計分析では、成長の供給面の要因を、生産要
的に拡大すること」でもあり、供給サイドの指標でも
素(資本、労働)の投入量の増加と、全要素生産性
(技術進歩等、TFP)の増加に分解する。成長会計に
示される。
生産能力の拡大・成長=投入の要因には、①資本
よる日本経済の実証分析によれば、労働投入の伸びの
(投資率)、②労働(人口増加率)、③技術進歩(生産
寄与度は小さく(最近はマイナス)、資本投入とTFP
性上昇)があげられ、政策面では、①は投資優遇税制
が成長を引っ張っている(伸びの寄与度が高い)こと
等、③は研究開発補助金等として実施されている。日
が明らかになっている。したがって、人口減少ととも
本が人口減少に転換したことは、この②の労働力増加
に労働投入の減少が予測される時代においては、投資
率がマイナスになることを意味しており、経済成長率
とTFPの拡大・上昇が重要になる。
を押し下げる要因となる。投資と技術進歩が活発でな
ただし、マクロ指標のTFPはその名の通り、全体の成
ければ、成長は維持できない。
長率−(労働投入量の寄与度+資本投入量の寄与度)
で計算される、つまり、成長率の残差であり、技術進
日本の人口は昨年(2005年)、初めて減少に転じ、
43
歩や経営効率の向上などの生産性向上に依存すると考
る経路は必ずしも整合的ではない。
えられる。しかも、TFPは、以前と同じ資本と労働の
「新産業創造戦略」では、今後の戦略産業群は次の
投入による技術進歩・生産性の向上を表すものであ
ように整理された。
り、新しい商品・サービスの成長=新しい労働と資本
①世界で勝ち抜く先端産業群…燃料電池、情報家電、
の組み合わせによる技術進歩・イノベーションを含む
ロボット、コンテンツ
ものではない。つまり、TFPと新しいイノベーション
②市場ニーズ対応産業群…健康福祉機器・サービ
は必ずしも一致するわけではない。
吉川
ス、環境・エネルギー機器・サービス、ビジネス
洋氏(東大教授)はこの問題に、「需要の制
支援サービス
約」
(ケインズ)の視点を取り入れて、新しい需要=新
③地域再生の産業群…地域基盤の先端産業、ものづ
しい商品・サービスが次々と登場する新しい「S字成
くり産業の新事業展開、地域サービス産業の革新、
長曲線」の成長理論を明確にすることにより解答を与
食品産業の高付加価値化
えた。吉川氏は内生的経済成長論を越えたこの考え方
また、これら産業育成のための重点政策は、次のよ
を「ケインズとシュンペーターを足して二で割ったも
うに提示された。
の」とも言う 。潜在的需要を対象にした新しい商
④戦略7分野…上記①と②の7つの戦略産業群
品・サービス(シュンペーター)を生み出す、つまり
⑤地域再生の重点政策…顔の見える信頼ネットワー
プロダクト・イノベーションの波(S字曲線)を創り
クの充実、地域における産学官連携の強化、地域
2)
出せれば需要の制約を打ち破り、TFPの成長を維持で
ブランドの形成・発信
きる。需要創出型のイノベーション(情報・バイオ・
⑥横断的重点政策…産業人材の育成、知的財産政策、
環境・ロボット等の技術の事業化構想とインフラ整
営業秘密保持強化と技術流出防止の徹底、ブラン
備)が不可欠となる。ここから、「イノベーションと
ドの確立とデザインの戦略的活用、戦略的な市場
需要の好循環」の考え方が導かれ、新経済成長戦略で
ルールの整備、標準化、研究開発、創業・新事業
は、人材育成とプロダクト・イノベーションにより生
展開、産業金融機能強化、事業再編・産業再生、
産性向上と新産業育成を図り、人口減少に伴う需要の
東アジアワイドでのEPA(経済連携)、情報化、
制約を突破し新しい成長を達成する、とのシナリオが
規制改革、原材料等の安定供給確保
描かれている。
さて、今回の新経済成長戦略はどう変わったのか。
*吉川氏は、1999年の『転換期の日本経済』でこの
構成は、目指すもの、国際産業戦略、地域活性化戦略、
新成長理論を提示し、2001年に経済財政諮問会議
横断的政策、展望の5章に整理された。国際産業戦略
議員に就任、2001年6月の小泉政権初の「骨太方
は上記7戦略産業群の競争力強化とネットワーク形成
針」に「創造的破壊」、「構造改革はイノベーショ
施策(研究開発、EPA、国際的M&A等)として、ま
ンと需要の好循環を生み出す」と明記される。以
とめられている。横断的施策も、ヒト、モノ、カネ、
後、経済産業省「新産業創造戦略」、「新経済成長
ワザ、チエの5つのイノベーションとして、「新産業
戦略」の理論的柱となっている。
創造戦略」の14の横断的重点政策を集約して、わかり
やすくなっている。
3
地域活性化戦略の限定性−地域の
スタンス−
他方、地域活性化戦略の組立てはどうにもわかりに
くい。地域資源に立脚して「新しい発想」に立った活
性化戦略(脱公共事業、意欲ある地域が伸びる)の必
新経済成長戦略は、日本の「世界のイノベーション
要性は了としても、活性化戦略の基本が、複数市町村
センター化」を核に、2つの好循環(「日本の成長と
圏レベルの広域圏を対象に、政策目標を就業達成度に
アジアの成長の好循環」と「地域におけるイノベーシ
おき、域外市場産業=移輸出産業の振興が重要という
ョンと需要の好循環」)を創り出すとし、前者を国際
程度でいいのだろうか。おそらく、地域に関わる人々
産業戦略、後者を地域活性化戦略で達成することを提
はだれでも疑問符をつけるのではないか。
示する。この2つの戦略は、経済産業省の「新産業創
今後の地域産業政策についても、産業クラスター計
造戦略」
(2004年5月)と「新産業創造戦略2005」
(2005
画Ⅱ期、地方活性化総合プラン、公的サービスのコス
年6月)を引き継いたものだが、地域活性化戦略に至
ト低減・質的向上と高齢者・女性の活用・就業の3本
44
4 イノベーションの考え方①
−シュンペーターの理論−
をあげ、個別分野では、自立的・安定的地域経営のた
めの税制等改革、地域中小企業の活性化(地域資源活
用企業化プログラム)およびサービス産業の革新が列
記される。7重点分野で5年間4万件の新事業創出と
地域活性化のなかでイノベーションをどう位置づけ
か、5年間で1000の新事業・取組(地方活性化総合プ
るか、原点に戻って検討したい。筆者はかつて、日本
ラン)とか、どうやって実現するのだろうか。また、
の都市・地域における産業競争力再構築の鍵は本格的
「新産業創造戦略」における上記の「地域再生の重点
な「リージョナル・イノベーション・システム」の形
政策」は横断的施策のワザのイノベーションの項に移
成にあり、その中核たるサイエンスパークの形成が重
されたとみられ、ここには盛り込まれていない。
要であると指摘した3)。より正確には、都市・地域に
この地域活性化戦略の基本的問題は、イノベーショ
こける特色ある産業集積をベースにした地域イノベー
ンを組み込んだ地域活性化像、つまり地域が自立的に
ション・システム=地域経済におけるイノベーション
発展しグローバルな舞台で競争力を発揮できる戦略展
の推進・支援制度の構築である。
ここでは、イノベーション理論を最初に提示したシュ
望が読み取れない、ということだ。イノベーションと
ンペーターの議論の枠組みを検討したい。まず、シュ
需要の好循環の姿が見えないのだ。
なぜこうなったか。1つは、国際産業戦略は国主体
ンペーターは、経済発展は、経済の内部から生み出さ
の産業政策として位置づくものの、地域活性化戦略は
れ、通常の経済循環および軌道とは異なる非連続的変
地域政策であり、地域政策は地域像が明確でなければ
化であり、経済体系の新しい均衡点を生み出すと指摘
具体化できないからだ。もちろん、この戦略は国が提
する。「郵便馬車をいくら連続的に加えても、それに
示できる現状での地域支援策であり、これを1つの参
よってけっして鉄道をうることはできない」4)との有
考にして各地域で戦略策定に進め、というのであれば、
名なテーゼに示されるように、非連続的変化による動
わからないことではないが。いずれにしろ、当面は、
態的発展=循環の変化こそが経済発展であるとする。
地域の側は、国の政策メニューを検討・活用し、イノ
第2に、非連続的変化は需要の側から起こるのでは
ベーションを組み込んだ自らの個性的活性化戦略を打
なく、生産=供給の側のイニシアティブにあり、
「新結
ち立てる必要があろう。
合の遂行 Durchsetzung neuer Kombinationen」5)が
もう1つは、上記の経済社会システム改革の問題が
その形態と内容となる。生産は物や力を結合すること
ある。すでに今年、道州制案が提示され、安倍新政権
であり、新結合はその結合の仕方の変更であり、非連続
でも道州制担当大臣も置かれ、都道府県−市町村制の
的にのみ現れる。
「新結合」は英訳するとき Innovation
抜本改革が日程にのぼっている。もちろん、簡単に道
と訳され、以後、新結合=イノベーションと観念され
州制に移行するとは考えられないが、地域政策権限
る。日本では、イノベーション=技術革新とされ、も
(予算も含め)・主体が国から離れれば、地域政策は大
っぱら技術的側面から把握されてきた。
きく変貌する。
シュンペーターは、新結合=イノベーションに次の
道州制をベースにした「国土の総合的点検」
(2004年
5つの場合が含まれるとした6)。
5月、国土審議会)では、「二層の広域圏」
( 複数市町
①新しい財貨、すなわち消費者の間でまだ知られて
村からなる「生活圏域」と複数都府県からなる「地域
いない財貨、あるいは新しい品質の財貨の生産。
ブロック」)を想定し、「地域ブロック」=道州レベル
②新しい生産方法、すなわち当該産業部門において
での国際的産業競争力を「イノベーションが起こる新
実際上未知な生産方法の導入。これはけっして科
しい産業集積」の形成をベースに構築すべきとの方向
学的な新しい発見に基づく必要はなく、また商品
を打ち出している。地域活性化戦略における上記の地
の商業的取扱いに関する新しい方法を含んでいる。
域産業政策は、この「生活圏域」を対象にしており、
③新しい販路の開拓、すなわち当該国の当該産業部
道州レベルは除外されている。経済社会システム改革
門が従来参加していなかった市場の開拓。ただし
では、当然にも、地域ブロックと産業競争力のテーマ
この市場が既存のものであるかどうかは問わない。
が俎上にのせられるとみられる。地域の側はこうした
④原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得。この
方向も見据えて、自らの活性化戦略を位置づけておか
場合においても、この供給源が既存のものである
なければならない。
か−単に見逃されていたのか、その獲得が不可能
45
級でもなく、継承されるわけでもない。
とみなされていたのかを問わず−あるいは始めて
「企業者」は現在では、企業家 Entrepreneur =ア
つくり出されねばならないかは問わない。
ントレプルヌールとされるが、ここから明らかなよう
⑤新しい組織、すなわち独占的地位(たとえばトラ
に、「企業家」と呼ばれる者は新結合=イノベーショ
スト化による)の形式あるいは独占の打破。
ンを遂行するもののみを指す、と把握しておく必要が
以上5つの「新結合の遂行」とは一言で、既存市
ある。
場・産業とは異なる「新市場・新産業の創出」を指し
第5に、非連続の新結合=イノベーションに直面し
ている。新市場を形成できない新技術や新製品の開
発・発明はイノベーションとは言わない。あくまでも、
たときには、指導者活動が必要になる。つまり、経済
イノベーション概念は商品化された新市場を意味して
主体が「慣行の領域の外に出ることはつねに困難をと
いる。したがって、現在、世界的な競争になっている
もない、新しい要因を含むのであって、このような要
IT、バイオ、ナノテク、環境などの先端技術開発も新
因を内包し、このような要因をその本質とする現象こ
市場として形成されなければ、イノベーションとは言
そまさに指導者活動」10)にほかならない。この困難は、
えない。これらの技術開発は、例えば、バイオを活用
決断や行動の与件・基準がないこと、慣行外の新しい
した新薬は①、③、インターネットを活用した B-to-B
ことへの拒否反応、さらに新しいことを行う者への社
や B-to-C は②、③、⑤、規制改革や戦略的提携は②、
会環境の抵抗などとして現れる。私的資本主義的企業
③、④、⑤などに対応してはいるが、新市場形成とい
者は、新結合を確固として把握し、不確定性や抵抗を
う点ではまだ緒についたばかりだ。
おそれず先頭に立ち、他人に影響を及ぼすことができる
第3に、新結合=イノベーションの遂行のためには、
力を待たなければならず、その能力と努力により指導
生産手段等の購入に必要な「信用」の供与が必要であ
者活動を担う。こうした企業者類型は通常の経営者と
り、資本家=銀行家がその役割を果たさなければなら
は異なった動機をもつ。つまり富獲得の動機は結果で
ない。銀行家は商品の仲介だけでなく、商品の生産者
しかなく、創造の喜び、夢の実現、達成(勝利)意欲な
であり、交換経済の監督者であるとする。シュンペー
どが主な動機になっていることが多いという。かくして、
ターは、新結合に必要な費用は既存の収益から捻出す
シュンペーターは最後に、企業家活動 Entrepreneurship
ることはできないので、誰かからの金融が必要になる
と企業家精神 Entrepreneurial spirit の重要性を指摘
として、銀行家にその機能を求めた。「資本主義的信
したのだ。企業家活動は、指導者活動も含めたイノベー
用組織は事実上、新結合に対する資金の供給から発達
ションを遂行する特別な活動であり、それを達成する
し、またそれに基づいて発達したもの」 との認識が
のは、富の獲得ではないイノベーションの喜び・夢・
その裏付けだ。この信用はリスクマネーであり、現代
満足を満たす企業家精神にあることを強調した。
7)
的に言えば、銀行等の設備資金、なかでもベンチャー
第6に、後にシュンペーターは、イノベーションが
「資本主義のエンジン」11)であり、古きものを破壊し新し
キャピタルの投資がそれにあたろう。
第4に、新結合を遂行する経済主体を企業、企業者
きものを創造する「創造的破壊 Creative Destruction 」12)
として設定する。シュンペーターは言う。「われわれ
の過程を通じて景気循環を形成すると指摘した。創造
が企業(Unternehmung)と呼ぶものは、新結合の遂
的破壊=イノベーションは景気の停滞、不況局面で起
行およびそれを経営体などに具体化したもののことで
こり、次の景気上昇局面を導く。景気循環論でいわれ
あり、企業者(Unternehmer)と呼ぶものは、新結合
る技術革新サイクルである(10年程度)
。
シュンペーターはこうして、ミクロ(企業レベル)
の遂行をみずからの機能とし、その遂行に当たって能
動的な要素となるような経済主体のこと」8)であると。
からマクロ(景気循環)までのイノベーションの経済
この「企業者」概念は、通常の資本家、経営(管理)
理論の原理的枠組みを確立した。だが、その後のイノ
者、産業家、工場主、技術者、発明家などとは厳密に
ベーション論は、リニアモデル(基礎研究→応用研究
区別された機能概念である。つまり、「だれでも『新
→開発→生産→販売)から連鎖モデル(研究開発から
結合を遂行する』場合にのみ基本的に企業者であって、
マーケティングまでの機能的フィードバックシステ
したがって彼が一度創造された企業を単に循環的に経
ム)・知識創造モデル・内政的経済成長論等に進化し
営していくようになると、企業者としての性格を喪失
たとはいえ、基本的には技術的イノベーションに限定
する」 。したがって、企業者は永続せず、職業でも階
されてきた13)。
9)
46
4 イノベーションの考え方②
−ドラッカーの理論−
実践活動としてイノベーションを位置づけたことが重
要である。これは、ひとえに、ドラッカーが上記のよ
うに、イノベーションを「新しい価値や満足=効用を
「マネジメントを発明した男」と言われるドラッカー
創造すること」と定義したからだ。
は、シュンペーターのイノベーション論を引き継ぎつ
では、イノベーションをどう進めるか。マネジメン
つ、より実践的なイノベーション論に発展させた。
トは「組織(企業、社会機関等すべての組織)の成果
をあげさせるための道具、機能、機関」14)であり、管
ドラッカーは、まず、企業は「社会の機関」の1つ
であり、社会との関係でその目的を考えなくてはなら
理的活動と起業家的活動を持つ。イノベーションは、
ないとし、企業の目的は「顧客の創造」である、と定
起業家活動 entrepreneurship に特有な道具である。
義する。通常流布されている「企業の目的=利益(利
起業家活動にはリスクがともない、リスクを小さくす
潤動機)」はまちがいであり、利益は重要ではあるが
るためには、体系的かつ目的意識的イノベーションが
条件にすぎない。
必要だ。それがマネジメントだ。体系的なイノベーシ
企業はその目的を果たすため、2つの基本的な機
ョンは、意識的かつ体系的に変化を探し、その変化が
能=「マーケティングとイノベーション」をもち、こ
もたらすイノベーションの機会を分析し、リスクを明
れだけが成果をもたらす。マーケティングは、顧客を
確にし、どこまで的を絞った事業化ができるかが鍵と
理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから
なる。分析すべき機会は次の7つだ。
売れるようにすることである(現在の顧客の満足=効
・<企業内の事象>予期せぬこと(成功、失敗)、
用)。イノベーションは、顧客に「新しい満足」を生
ギャップ/不一致(現実と理想)、ニーズの変化、
み出すことである(新しい顧客の満足=効用)。企業
産業構造/市場構造の変化
・<外部の事象>人口構造の変化、ものの見方・感
は、静的な経済では存在できず、成長する経済でのみ
じ方・考え方の変化、新しい知識(科学、非科学)
存在できるのであるから、この2つの機能を常に遂行
ドラッカーはこう指摘し、イノベーションに成功す
し、変化しなければならない。しかも、2つの機能は、
資源の生産的活用=生産性の向上によらなければなら
る人、つまりマネジメントができる人は、保守的であ
ない。ドラッカーはこうして、企業の基本機能のなか
ると断言する。起業家、イノベーターはリスク・テイ
にイノベーションを組み込んだ。
カーと言われるが、そうではなく、リスクを明らかに
さらに、ドラッカーはイノベーション概念をマクロ
し、それを最小限にしなければ、成功しないとも述べ、
レベルに拡大する。イノベーションは、単なる発明・
起業家活動=イノベーション活動はあくまでも、体系
技術・研究ではなく、経済全般と社会機関に及ぶ概念
的・目的意識的なマネジメントでなくてはならないの
であるとし、前者を技術的・経済的イノベーション、
である。
後者を社会的イノベーションと規定した。日本の明治
ドラッカーはその事例としてマクドナルドをとりあ
時代以来の成功は、社会的イノベーション(学校、大
げる。ハンバーガー店は昔からあったが、マクドナル
学、官僚組織、銀行、労使関係等)によっており、技
ドは、始めてマネジメントを適用して成功した。マク
術的イノベーション(先進工業の導入等)は欧米から
ドナルドの創業者は、起業家だ。発明はしていないが、
模倣したと喝破している。新経済成長戦略と並ぶ柱に
「マネジメントの原理と方法を適用し(すなわち、顧
なると見られる、上記の現在検討中の経済社会システ
客にとっての価値は何かを問い)、製品を標準化し、
ム改革が日本経済の新しい社会的イノベーションにな
製造のプロセスと設備を再設計し、作業の分析にもと
りうるか、注目したい。
づいて従業員を訓練し、仕事の標準を定めることによ
ドラッカーのイノベーション論に対する貢献は、シュ
って、資源が生み出すものの価値を高め、新しい市場
ンペーターの技術的・経済的イノベーションの枠を越
と新しい顧客を創造した(イノベーション)。これが
えて、社会的機関・組織・制度をカバーする社会的イ
起業家活動である。」15)
そしてドラッカーは、こうしたイノベーションと起
ノベーション概念を提示したことだ。事実、自身が非
営利組織の経営について大きな力を注いだ。加えて、
業家活動が、当たり前のものとして存在し、つねに継
イノベーションは業種も問わず、企業・組織の諸部門・
続していく起業家社会 entreprenuerial society を形成
職能・活動についても適用できるとし、個人レベルの
する必要があるとし、次のように忠告する。
47
ヨーロッパでは、ハイテクの起業家活動だけが流行
ンバレーが世界で最もダイナミックな経済地域であ
しているが、これでは起業家社会は築けない。ハイテ
り、それはシリコンバレーが「イノベーションと企業
クは1つの領域にすぎない。「何よりも、ノーテク、
家活動の生息地(棲み家)A habitat for innovation
ローテク、ミドルテクにおける広範な起業家経済を基
and entrepreneurship」であるからだ19)と自己規定す
盤とすることなくハイテクをもとうとすることは、山
る。この表現は上記のドラッカーの考え方の援用とも
腹抜きに山頂をもとうとするに似ている。そのような
思えるが、シリコンバレーはこの自己規定にふさわし
状況では、ハイテクの人間でさえ、リスクの大きなハ
い歴史を有しており、決して過大評価ではないであろ
イテクのベンチャーに就職しようとしなくなる。すで
う。
に確立された大企業や政府機関の安定性を選ぶ。しか
そして第2に、第2次大戦後に4つのイノベーショ
もハイテクのベンチャーは、たとえば会計、販売、管
ンの波 waves of innovation があり、いずれも前の波
理など、ハイテクの技術そのものとは無関係の大勢の
の終焉=景気後退のなかから次の波をつかんできたと
16)
認識する。4つの波とは、国防 defense(1950年代)、
人たちを必要とする。」
アメリカでは、1980年代から、起業家教育(小学校
集積回路 integrated circuit(IC)
(1950年代末〜1970年
からビジネススクールまで)、インキュベータ(NPO)、
代半ば)、パソコン personal computer(1970年代半ば
サイエンスパーク(大学中心)、ベンチャー・キャピ
〜1980年代末)およびインターネット internet(1990
タルなど起業家経済の社会基盤ができた。はたして現
年代)であり、いずれの波も外的ショック(コンペティ
在の日本はどう評価できるか、ヨーロッパと同じレベ
ターの台頭も含め)により成長が阻まれ景気後退に陥る。
ルなのか。
しかし、この4回の景気後退のなかから、それぞれ次
もう1つ、人口減少下の新しい成長をめざす日本に
の波をつむ。1970年は軍事技術の商用化で IC、1985年
とって、まことに適切な忠告ともいうべきドラッカー
は汎用型半導体から高付加価値マイクロプロセッサー
の指摘を紹介しておこう。「福祉国家は、人口の高齢
へ、1990年は軍事用インターネット(ARPANET)の
化と少子化という問題に直面しつつも、生き残ってい
民生事業化というように。景気後退の逆境が、次の上
くかもしれない。だが、それが生き残ることができる
昇サイクルを導くイノベーションと企業家活動に刺激
のは、起業家経済 entrepreneurial economy が生産性
を与えた。ほとんどのイノベーションは景気循環のボ
17)
の大幅な向上に成功したときだけである。
」
トム=底で起こり、決してピーク時ではない。まさに、
シュンペーターの指摘する創造的破壊の過程である。
5
イノベーションの波と競争の激
化−シリコンバレーの場合−
今回のブーム後の景気後退期も同様と見ており、これ
がシリコンバレーの特徴だと自信を見せる。
第3に、ではシリコンバレーの次のイノベーション
さて次に、実際の地域イノベーションの典型事例と
は何かと問い、「情報通信技術の経済社会への浸透・
して、2000年春にインターネット・バブルが崩壊し、
深化」、「バイオテクノロジーと情報技術の融合」およ
かつ翌年の9・11ショックでさらなる経済下降に陥
び「ナノテクノロジーとマイクロマシンの事業化」の
り、そこからの脱出展望を希求するシリコンバレーの
3つが基本になるとみる。「情報通信技術の経済社会
議論を取り上げる。
への浸透・深化」はすでに産業クラスター Industry
シリコンバレーの産業振興 NPO である JV:SVN
cluster =モバイル・インターネット・クラスターが形
(ジョイントベンチャー・シコンバレー・ネットワー
成され、インフラ整備(ブロードバンド通信と安全性)
ク)は、2001年12月に白書「ネクスト・シリコンバレ
が行われれば、「どこでもインターネット Internet
ー−イノベーションの波にどうのるか−」(以下、「白
everywhere 」の局面へと進む。「バイオテクノロジー
書」と略)を発表、2002年6月にはディスカッショ
と情報技術の融合」については、シリコンバレーの情
ン・ペイパー「ネックスト・シリコンバレーの実現の
報技術とベイエリア Bay Area のバイオ科学(全米最
ために−機会と選択−」(以下、「ディスカッション・
大の公共バイオ科学研究機関集積およびバイオ専門企
ペイパー」と略)でシリコンバレーの将来についての
業( Genentech、Chiron、Bayer 等)の融合により、
18)
討論を呼びかけた 。
バイオ関連産業はカリフォルニア第2の主要ハイテク
JV:SVN のリーダー達はまず、「白書」等でシリコ
産業になるであろう。「ナノテクノロジーとマイクロ
48
マシンの事業化」については最も活発な学問領域の1
だが、現実にはプラスとマイナスの2つの側面がある。
つであり、物理学、工学、分子生物学および化学の学
プラスの側面はポジティブ・フィードバック(シリコ
際研究が不可欠だ。
ンバレー−台湾−インドの地域間ネットワークが取
引・投資の拡大、知的資本・人材の協同等メリット)
「ディスカッション・ペイパー」ではさらに焦点を
絞る。バイオ、情報、ナノの3つの技術革新はナノテ
として現れたが、他方でマイナスの側面=ネガティ
クを核にした学際的融合 Convergence が進み、2015年
ブ・フィードバック(技術の急速な拡散による競合相
には1兆ドルの巨大市場に成長することが予測され
手の急速な増大)も引き起こし、地域経済の不安定
(マッキンゼー社)、この学際的融合が技術的イノベー
性・浮動性を高めることになる。世界大での過当競争、
ションのポイントになることを示し、その可能根拠を
景気循環・景気後退の同時化も起こる時代に入ったと
より明確にする。つまり、企業では、I B M 、H P 、
いう厳しい認識を示す。
Intel、Applied materials、Nanogram、Nanosys、
その上で、「ディスカッション・ペイパー」では、次
Gilead Science など50社程度がこの分野の研究開発に
代のナノテクを核としたイノベーションをめぐる国内
取組み、3分野の融合を担える企業も確認できる。他
外の競争の厳しさを指摘する。上記のイノベーション
方、学際研究開発プロジェクトもスタンフォード大学、
予測のもとで、連邦政府は2001年からナノテクへの巨
UC サンフランシスコ、UC バークレーおよび国立研
額の研究開発投資をボストン(ハーバード大学、MIT
究所(ローレンスリバモア研究所およびローレンスバ
等)、ペンシルベニア、グレーター・ワシントン、コ
ークレー研究所、NASA 研究センター等)に、上記企
ロラド、テキサスなど国内諸地域の産学官共同研究に
業等が加わった共同研研究として進められている。な
行っており(シリコンバレーにはナシ)、またドイツ、
かでも注目すべきは、QB3(バイオ研究、UC サンフ
イギリス、日本でも、政府がナノテクへの巨額研究開
ランシスコがリーダー)と CITRIS( IT の社会利用、
発投資を行っている。いずれも産学官共同研究であり、
UC バークレーがリーダー)プロジェクトだ。これは、
企業家精神も普及しつつある。シリコンバレーは国内
カリフォルニア州のデービス知事が始めた地域の技術
諸地域だけでなく海外諸国との激烈な競争にさらされ
革新力強化のプリジェクト= CISI イニシアチブの一
ており、現状では優位な地位を占めるとはいえ、決し
環であり、2001〜2004年度にプロジェクト毎に1億ド
てシリコンバレーの勝利が保証されているわけではな
ルを州が拠出(研究開発投資)し、外部(企業、連邦
いとしている。
以上から、今後の地域のイノベーションにとって重
政府等)からこの2倍以上の研究費を調達することを
要なのは、次の3点である。
義務づけ、1プロジェクト3億ドル(360億円)以上
の産学官共同研究プロジェクトである20)。州政府も研
①最先端の研究開発競争は情報、バイオ、ナノテク
究資金を提供する地域科学技術政策を始動させた。
の学際的融合に絞られており、これは世界共通の
だが第4に、かつてと異なり国内外の競争が激しく、
テーマとなっている。
シリコンバレーの優位が保証されているわけではない
②この研究開発競争はいずれも産学官共同研究の方
と危機感を募らせる。1990年代からの新しいグローバ
式で行われており、産学の条件(研究開発能力の
リズムの展開は、シリコンバレーにも過去とは異なっ
ある企業と研究型大学・研究機関)を備えた国、
た競争環境をもたらした。低コスト・低価格生産の場
地域しか参加することはできない。
への立地(古いグローバリズム)から、高付加価値、
③国家だけでなく地域(州等)レベルでも公的資金
専門化およびイノベーション活動が最も進めやすい立
による研究開発投資が重要な要素となりつつあ
地が選択される(新しいグローバリズム)。諸地域は、
り、産業政策の一環に地域イノベーション政策を
高い価値を持つビジネスと人々の投資が成長するよう
位置づける必要である。
な個性ある「生息地」を創造しなければ生き残ること
6
はできない(新しいリージョナリズム)。そこでは、
地域間の世界大のネットワーク=リージョン・ツー・
研究開発・人材育成クラスターの
形成−研究型大学と産学連携が柱−
リージョン Region-to-Region(地域間)の地域ネット
では、シリコンバレーはどのようなイノベーション
ワークが形成され、各地域が異なった役割を持ち、相
)をあげることが可能だ。
互に良好な成果(
「Win/Win」
のシステムを構築しているのであろうか。シュンペー
49
ターは上記のように、新結合の遂行=イノベーション
る。第2に、高度専門企業人教育システムの形成。企
について力点をおき、新結合の「発見」や「発明」に
業従業員の大学院での教育を目的にしたプログラムを
ついては述べていない。それは、一般に発明家あるい
実施し、高度専門企業人教育システム=生涯学習シス
は技術者と企業家の機能は一致しない(一致する場合
テムを拡大、充実させる。第3に、産学協同システム
21)
もあるが、それは偶然にすぎない)からだとした 。
の形成。企業の大学の会合やディスカッションへの参
企業家は新技術等の発見や発明は科学者・技術者等の
加プログラム、コンピュータ関連共同研究プログラム、
役割であり、企業家はそれを活用して商品化・事業化
産学共同のバイオテクノロジー研究センターの大学構
することだと考えていた。しかし、シリコンバレーに
内への設置と成果の事業化を目的とした会社の設立な
見るように、現代のグローバルな知識経済時代では、
ど多様な産学協同システムを形成、拡大する。第4に、
商品化・事業化のシーズを生み出す発明や発見のシス
技術移転と研究者の流動。大学で開発された新技術は
テムがなければ、激しい競争に太刀打ちできない。
TLO で管理され、技術移転=販売の収益は大学、研究
不安定性と浮動性を高める地域経済において、技術
室で分配される。また、政府の要職や企業家への就
革新が起こり、新事業・産業が成長するためには、ま
任・転身、復帰なども可能であり、教授人材の社会的
ず技術的イノベーションの基礎的かつ決定的条件=研
流動性が大きいシステムが形成される 22)。第5に、イ
究開発・人材育成クラスターが形成されていなくては
ンキュベータとしての機能形成。ターマンの戦前のヒ
ならない。
ューレット・パッカード社の設立支援以来、大学がメ
すでによく知られているように、スタンフォード大
ンターやエンジェルの役割を果たし、多くの研究者・
学の発展過程でシリコンバレーのイノベーション基盤
学生・卒業生の起業によるスタートアップ企業=ベン
が形成された。新興のスタンフォード大学(1891年開
チャー企業を生み出した23)。
以上からイノベーションの基礎的・決定的条件は、
学)の発展は、戦後(1950〜60年代半ば)のターマ
次のように整理できよう。
ン−スターリング路線に始まる。大学の経営基盤基盤
①研究開発クラスター research cluster の存在−研
確立のために、先端的研究の充実と産業・企業の育成
を目標にする。前者は優秀な研究者の引抜きによる教
究型大学 research university(大学院重点大学)
授陣の充実・研究所設立それをベースにした政府等か
を中心に、公的研究機関や企業研究所が立地し、
らの研究資金確保(スタンフォード研究所= SRI や世
先端科学技術の研究開発が行われている。
界的な素粒子研究所= SLAC 設立等)、後者は優秀な
②産学連携システムの形成−大学院における経営か
学生の東部企業への流出を阻止するための産業・企業
ら諸技術分野の専門人材の育成(企業人材含む)と
育成(スタンフォード・リサーチパークの形成等)と
供給、産学の共同研究プロジェクト展開による新
して、具体化される。前者の優秀な研究者の引抜きは、
技術・製品開発、大学における産学共同研究およ
先端企業の周辺地域への立地誘因ともなる(例えば、
び技術移転を可能にする制度の形成が必要である。
コーンバーク、レダーバードの2人の教授の引き抜き
③大学研究者の確保・流動性の形成−研究開発や開
はバイオテクノロジー、医療機器分野の先端企業を吸
発成果の事業化を円滑に進めるためには、優秀な
引)。また、リサーチパークの形成は単に立地企業へ
研究者の積極的確保および大学研究者(教授)の
の用地賃貸による大学財源確保にとどまらず、バリア
流動性を高める必要がある。業績評価・任用制度
ン、ヒューレット・パッカード、ロッキード、IBMな
(任期制、テニュア、復帰等)のあり方が鍵だ。
どのハイテク・研究開発型企業の集積(90社強)を形
④サイエンスパークの形成−上記の研究開発機能に
成することになり、その後各地・各国に普及するサイ
インキュベーション=起業機能を付加して、意図
エンスパーク/リサーチパークの原型となる。
的にあるエリアに集積させたケースがサイエンス
そして、最も重要なのは産学連携のソフト・システ
パーク/リサーチパークである。スタンフォード
ムを意識的に構築したことだ。まず、教員評価制度の
大学の場合は各教授研究室が学生起業家の支援・
確立。教授は単なる教育者ではなく実践的な研究者と
指導を果たしている。
して、外部研究費の獲得や企業とのコンサルティング
関係づくりが奨励され、そこから生まれる研究成果を
基準にした厳しい昇進制度(テニュア等)が確立され
50
7
産業クラスターの変化−産業集積
は知識基盤型に転換−
は将来の成長の強力な源として急成長しているク
ラスターだ。
この7つのクラスターはシリコンバレー地域の産業
1971年に、サンタクララ・バレーは「シリコンバレー
の中心であり、雇用の約30%、生産高の約50%を占め
Silicon Valley 」とあるジャーナリストにより命名さ
る(雇用は、事業サービス約24万人、コンピュータ等
れたが、1960年代半ばまでは「心の歓喜の谷 Vally of
約10万人、半導体約6万人、防衛等5万人、ソフトウ
the Heart s Delight 」と呼ばれ、杏子やプラムの果
ェア約4万人、バイオ約3万人、環境約2万人)。だ
樹園の方が急速に集積・成長していたエレクトロニク
が当時の傾向から、クラスターの一層の変化が進むと
ス企業よりも多くの収益を上げていたと推測されてい
分析する。ハイテク製造業従業者数割合は依然高い
るという24)。シリコンバレーは、ここ数十年の間に形
(全米平均17%、シリコンバレー31%)ものの、この
成された新しい産業集積なのである。
間、製造業からサービス業への移行(防衛等と半導体
シリコンバレーには1950年代から、スタンフォード・
の雇用は減少、逆にソフトウェアは急増)や製造業の
リサーチパークへのハイテク企業・研究所の集積だけ
なかでの生産従業者の減少(間接部門従業者の増加)
でなく、他のハイテク企業もスタンフォード大学の周
が進んでいる。これは、原材料・部品調達から開発、
辺に立地し始める。とくに重要なのは、ショックレー
組立、システム統合までの価値連鎖(サプライチェー
半導体研究所(ショックレーはベル研究所でのトラン
ン)が広がった、つまり分業が一層細分化・拡大(=
ジスター共同発明者、1955年パロアルトに設立)が立
専門企業化)したことを示す。さらに、ハイテク製造
地し、その後継者である有名な「8人の裏切り者」が
業はスピード、コスト重視等の観点からアウトソーシ
フェアチャイルド社(半導体)を設立し、さらにそこ
ングを強めてファブレス化し、さらにこの傾向を助長
から細胞分裂するようにして、インテル等のベンチャ
する。このことはさらに、事業サービスやソフトの成
ー企業が起こり、1960年代後半には新しい半導体・エ
長を促すであろうと。
25)
レクトロニクス関連の産業集積が形成されたことだ 。
こうした傾向を踏まえ、シリコンバレーの将来の主
新技術=半導体の事業化・商品化をめざして、シュン
要クラスターが、情報(ソフトウェア、半導体、コン
ペーターのいう企業者=企業家が輩出し、新産業・新
ピューター等)、航空宇宙、環境、バイオ、イノベー
市場が形成されたのである。このプロセスは、イノベ
ション・サービス(研究開発/エンジニアリング/コ
ーションを推進する上で最も重要な企業家精神−起業
ンサルティング等)、事業サービス(専門サービス)へ
文化が社会的に広がることにつながる。
と変化すると予想した。
シリコンバレーは、1970年代以降もハイテク産業の
周知のように、1990年代のシリコンバレーはインター
集積を高めていく。1993年6月に公表された JV:
ネットを活用した IT 産業の登場により、全米を覆って
SVN の報告書では、シリコンバレーの「移輸出エンジ
急成長したニューエコノミー=デジタルエコノミーの
ン Export Engines 」は主要産業クラスター Industry
中心地となった。1993年時点の将来予想はある意味で
Clusters にあるとして、これらクラスターの変化・発
は的を射た(情報産業クラスターに焦点を当てたとい
26)
展とそのための条件整備の必要性を指摘する 。これ
う意味で)が、現実は JV:SVN のリーダーたちの予
らクラスターは、シリコンバレーに富をもたらし(移
想をはるかに超えて進んだと言えよう(インターネッ
輸出により)、地域経済の好循環(経済波及効果が高
トの爆発的普及は予想外であった)
。
JV:SVN が毎年発表している2003Index27)によれば、
い)を生み出す、つまりシリコンバレーの基盤産業=
競争優位産業であると位置づけた。その上で、1990年
上記の1992年と2001年( IT バブル崩壊後)を雇用数で
代初頭の時点(1992年)におけるシリコンバレーの競
比べると、これまでの中心であったコンピューター・
争優位産業として、次の7つの主要産業クラスターを
通信、半導体関連、防衛航空などはいずれもウエイト
抽出する。
を低下させ、ソフトウェアが急速成長し最大のクラス
・半導体、コンピュータ/通信、防衛/航空宇宙、
ターとなった。クラスター別の雇用規模は、ソフトウ
事業サービス‐‐‐‐この4つはバレーの活力源で
ェアが約12万人、半導体関連とコンピューターがそれ
あり、現在変化しつつある重要なクラスターだ。
ぞれ約8万人、事業サービスが約11万人(イノベーシ
・ソフトウェア、バイオ科学、環境‐‐‐‐この3つ
ョン・サービス、オフィス・サービス、クリエイティ
51
ブ・サービスの合計)、電子部品が約4万人、バイオ
重要な担い手はスタートアップ企業=ベンチャー
メディカルは着実に伸びて約3.7万人となった(クラス
企業である。これらスタートアップ企業の育成が
ターの分類が若干変化しているので1992年の雇用数と
鍵になる。
は単純比較できない)。ここから明らかなように、製
④主要産業クラスターについては、絶えず点検し、
造業では半導体関連、コンピューター/通信および電
変化の方向を確認しておかなければならない。今
子部品の3クラスターが変化しながら生き残り、バイ
後は、バイオ、情報、ナノテクの学際的融合がど
オとソフトウェアが予想を越えて成長した。事業サー
のような産業クラスターを形成するか、あるいは
ビスはイノベーション、クリエイティブおよびオフィ
変化させるかを見定める必要がある。
スの3クラスターに分かれ、成長した。防衛/航空宇
8 ネットワーク地域の形成・進化
−イノベーション活動こそ企業家
活動!−
宙は、主要クラスターの座を下りた。かくして、シリ
コンバレーの現段階の主要産業クラスターは、次のよ
うに変化した(産業分類は改訂北アメリカ産業分類
NAICS がベース)。
JV:SVN は上記のように、シリコンバレーが技術
・コンピューター/通信機器製造
・半導体/同関連機器製造
革新の波に乗り続けることができたのは、シリコンバ
・電子部品製造
レーが「イノベーションと企業家活動の生息地」であ
・バイオメディカル(バイオ医薬、医療サービス、
るからだ、と自己規定したが、これは何を意味するか。
ライフサイエンス研究開発含む)
「白書」はそれは、A. サクセニアンが鋭く分析したよ
・ソフトウェア(ソフト出版、サービス含む)
うに、シリコンバレーが「ネットワーク化された地域
・イノベーション・サービス(技術、事業サービス
networked region 」であり、そのネットワークが地域
優位 regional advantage をもたらしているからだ29)、
含む)
との共通認識を示す。では、ネットワークはどうよう
・クリエイティブ・サービス(デザイン、市場調査
に形成され、どんな効果があるのか。
含む)
まず第1に、分業が進化し、深化したこと。上記の
・オフィス・サービス(本社、支店等含む)
JV:SVN のリーダー達は、こうしたソフトウェア
主要産業クラスターの変化からも明らかなように、
や専門サービス業の成長による主要産業クラスターの
1980年代に汎用半導体で日本に敗退した時にはカスタ
変化を「ハイテク製造業経済から知識基盤型経済への
ム半導体関連企業の拡大で活路を見出し、コンピュー
移行 shifting from a high-tech manufacturing
ター産業の形成では多様な部品企業、OS ソフトやア
economy to a knowledge-based economy 」28)と把握す
プリケーション・ソフト開発・事業サービス企業、
る。そこでは、産業は高付加価値・サービス志向型に
1990年代にはインターネット関連部品企業や多様なソ
移行し、スタートアップ企業=ベンチャー企業がその
フトウェア・専門サービス企業をそれぞれ生み出す一
担い手になっていることを指摘した。
方、ハイテク製造業はファブレス化してきた。こうし
以上から、地域経済が激しい競争のなかで生き残る
た分業の深化、細分化は企業の専門化を促進し、アウ
ためには、次のような産業クラスターの位置づけと方
トソーシング=外注のネットワークを必然化した。つ
向が重要な要素となる。
まり、激しい競争に勝ち抜くためには、新製品開発は
①地域経済の成長・繁栄は、それを担保する基盤産
社内外の人材を結集した開発チームでスピードを上
業=競争優位産業の存在が不可欠である。そのた
げ、試作はエンジニアリング企業に外注し、汎用部品
めには、1ないし複数の主要産業クラスターが成
等は低価格品を購入し、製造(場合によっては組立も)
長、発展していなくてはならない。
は製造請負企業やサプライヤーに委託・外注する、と
②新しい知識基盤型経済の時代においては、ソフト
いうネットワーク形態での業務遂行が一般化した。専
ウェアや専門サービス業が主要産業クラスターと
門化企業とその柔軟な企業間ネットワークが、ビジネ
して形成されなくてはならない。そのことが、地
ス展開の基本形態となり、進化を続けているのである。
域の雇用確保や競争優位の形成につながる。
第2に、起業化・事業化促進クラスターが形成され
③新しい知識創造・体現型のこれら産業クラスターの
ていること。分業の深化、進化はスタートアップ企業
52
や新製品開発が促進され、新しい企業群と新しい市場
コンサルタント、金融・市場関係者、起業家、学生、
が形成されていることを意味する。「白書」等によれ
労働者、マスコミ関係者、産業団体関係者、行政関係
ば、シリコンバレーには、次のような金融・経営面の
者などがそれぞれの<場>で情報交換し、必要な情報
専門家・専門サービス業が起業化・事業化促進クラス
を得るチャンス−それは同時に相互の評価を行うチャ
30)
ターを形成している 。
ンスでもある−が広がっている。そこから、企業や組
・エンジェル/ベンチャーキャピタリスト‐‐‐‐ス
織の壁を超えて、濃密で柔軟な<人のネットワーク>
タートアップ企業の新技術・製品の目利き、投資
が多様に形成される。また、それがマスコミ、業界紙
および会社組織の組立てを指導、支援する。エン
誌、株式市場=評価クラスターとの情報交流や評価形
ジェルは成功した企業家、ベンチャーキャピタリ
成とも密接に関連していることは、言うまでもない。
ストは企業を育成し株式上場で利益を得る。
この情報流通=評価のネットワークを活用して、ア
・経営コンサルタント‐‐‐‐会計事務所等の経営コ
イディアの新製品・サービスへの変換を新製品開発チー
ンサルタントは財務、経営戦略、人材確保等の面
ムの形成やスタートアップ企業の組織化などの形で迅
で相談、指導、支援を行う。ベンチャーキャピタ
速に行い、また様々な人材が自ら望む職場への転職も
リトと組んで起業家やスタートアップ企業を支援
可能になる。したがって、ネットワークの存在は、相互
するとともに、新興成長企業=ベンチャー企業も
作用を通して、地域の人材、企業およびその他諸資源
含めたM&A等事業再生のコーディネーションも
を結びつけ、活用して新事業を起こすとともに、トラ
行う(ターンアラウンド・マネジャー)
。
イ・アンド・エラーの学習を加速させイノベーション・
・法律事務所‐‐‐‐会社設立、知的財産権、ライセ
プロセスをスピード・アップする。経済学的には、有
ンス契約、労働契約、会社のM&A等企業経営の
効かつ効率的な諸資源の結合・活用を可能にし、かつ
法務面の指導、支援を行う。起業・会社に関する
取引費用を削減(情報等無駄な費用の低下)すること
日常的な相談や企業、専門家の紹介等のコーディ
になる。シリコンバレーでは、イノベーションは<場>
ネーションも行っている。
に依存した「社会的」なプロセスとして存在するため、
これら以外にも起業支援インフラとして注目すべき
新しい発明を応用し事業化する点で卓越している。
ものが2つある。1つは、シリコンバレー銀行のよう
ここから明らかなように、ネットワークに参加し活
にスタートアップ企業を融資面で積極的に指導、支援
用する人々はそれぞれの立場で様々なイノベーション
し成長している商業銀行があること。上場狙いのベン
活動−例えば、新製品開発やスタートアップ企業の立
チャーキャピタルの審査・評価からはずれた起業家を
ち上げ−を行う。イノベーション活動を行わないので
育成する金融のあり方として、重要だ。また、シリコ
あれば、ネットワークに参加する必要はない。とする
ンバレーでは大学等どこでも起業の現象があるためあ
と、上記のシュンペーターの観点からすれば、ネット
まり注目されないが、サンノゼの市街地に整備されて
ワークに参加・活用する人々だけが企業者=企業家で
いるスタートアップ企業を育成する機関としてのイン
あり、そのイノベーション活動こそが企業家活動であ
キュベーター(インキュベーション・マネジャー)も
ると言わなければならない。かくして、
「イノベーショ
地域の起業インフラとしては重要である。
ンと企業家活動の生息地」という規定はイノベーショ
第3に、フェイス・ツー・フェイスの情報流通の
ン活動=企業家活動が活き活きと生き続けることによ
<場>と<人のネットワーク>が形成されていること。
り、イノベーションも次々と可能になることを意味す
シリコンバレーがシリコンバレーたる由縁は、フェイ
る、と言えよう。そのキーポイントが「人のネットワー
ス・ツー・フェイスの情報流通の<場>が多様に形成
ク」の進化・充実にあることは見やすい道理であろう。
され、<人のネットワーク>が網の目のように形成さ
第4に、地域文化の形成(アイデンティティの共有)
れ、稼働していることである。シリコンバレーには、
をあげなくてはならない。シリコンバレーの地域文化
まちのカフェ・大学等様々な場所での非公式な朝食
は、<変化許容、新技術チャレンジ、失敗許容、オー
会・勉強会、特定な人々が集まるクラブ、様々な関心
プン性>にあると言われてきた31)。この地域文化はシ
をそそるテーマのセミナー、トレードショー、公式・
リコンバレー特有、というよりはシリコンバレーしか
非公式の会議など人々の無数の出会いの<場>が形成
ない、まさに企業家精神として共有されてきた。今後
されている。大学研究者、技術者、企業家、法律家、
ともこの地域文化は企業家活動を強力にバックアップ
53
することになろう。
効果的な社会的イノベーションに取組まなければなら
ない。企業家のバレー Vally of Entrepreneurs は企業
以上から、地域においてイノベーションを促進する
家的なバレー Entrepreneurial Vally −イノベーショ
システムは次の要素が求められる。
①企業家活動=イノベーション活動であることを認
ンと企業家活動が企業、政府、教育、コミュニティな
識し、地域経済の実態に適応したシステムを見い
どすべての部門で発揮され、日常的な諸問題に創造的
だすことが重要である。
なアプローチが可能であるような−になる必要がある。
②地域経済の分業のあり方に応じた企業間ネットワ
これは、ドラッカーのいう起業家社会といってよい。
ークが形成されなくてはならないがスピードの速
第2に、シリコンバレーの社会的イノベーションは
い技術進歩競争に互して成長するためには、企業
「信頼経済」の形成をめざすことが重要である。経済が
は専門化すると同時に他の企業の経営資源を有効
イノベーションを基盤にすればするほど、経済を支援
に活用できるネットワークが不可欠である。シリ
する社会的インフラ=信頼関係が重要になる。人々、企
コンバレーはその典型を示す。
業および市民諸制度間の信頼関係の充実が必要にな
③既存企業のみならずスタートアップ企業をすばや
る。いわゆる信頼/社会資本 Trust/Social capital 形
く成長させる経営・金融面での起業化・事業化ク
成が重要な経済資産になる。信頼資本は、イノベーシ
ラスター(コンサルタント、ベンチャーキャピタ
ョンや柔軟な変化への対応を促進する協同やリスク・
ル、インキュベーター等)の形成・集積が不可欠
シェアリングを可能にする。この高度信頼経済は強力
である。
なフェイス・ツー・フェイスの関係の上に構築されよ
④イノベーションを促進するためには、アイディ
う。具体的には、次のようなイノベーションが必要だ。
ア・経営諸資源の情報が流通し評価できる多様
・労使の信頼制度の形成‐
‐
‐
‐労使の新しい信頼関係
な<場>の形成、それをベースにした<人のネッ
の形成(労働力の流動性がありながらも経営者は
トワーク>が極めて重要になる。諸経営資源の結
安心して業務ができ、労働者も仕事に満足できる
合・活用と取引費用の削減がはかれるからだ。
制度)と労働移動が可能な制度(労働移動しても
⑤地域におけるイノベーション活動=企業家活動
保険・所得・退職保障などのギャップがない)の
は、地域経済・産業活動で培われてきた地域文
整備
化=企業家精神の有無に大きく依存する。
・イノベーション経済の受益者の増加‐
‐
‐
‐新しい技
術労働力の育成(女性、ラテン系、高齢者などの
9
社会的イノベーションと信頼経済
の形成−地域世話役/連携活動の
充実へ!−
教育制度)と低所得労働者の流動と支援(住宅、
子育て、健康等)
・社会的インフラの強化・整備‐
‐
‐
‐幼児期教育への
投資、公的サービスの充実、住宅・コミュニティ
ではシリコンバレーは、今後、どのように企業家活
の充実
動を充実させ、次のイノベーションの波を呼び込むの
・相互交流の充実‐
‐
‐
‐ネットワークとコミュニティ
か。危機感をもって次の展望を模索する。
の一層の充実
まず第1に、「白書」はグローバル競争下での地域
第3に、「ディスカッション・ペイパー」では、将
経済の不安定性・浮動性に対応するためには、再生力
来のシナリオを吟味してより現実的な社会的イノベー
のある地域 Resilient region の創造が不可欠だとする。
ションの柱を明確にする必要があるとする。激しい地
技術革新(技術的イノベーション)は社会的イノベー
域間、国際間競争にうち勝つためには、次の3つのシ
ションを伴わなければ、成功しない。「社会的イノベ
ナリオを吟味し、C ケースを追求しなければならない。
ーション」は、仕事の場と社会双方−その制度、文化
A:イノベーションの波がシリコンバレーを素通り
および政治/法律の枠組み−のイノベーションに依存
して発展しまうケース
B:イノベーションの波は起こるが準備不足で負の
する。ドラッカーが指摘するように、「新聞や保険の
ような社会的イノベーションの影響力に匹敵する技術
結果となるケース
32)
C:イノベーションの波にシリコンバレーがうまく
的イノベーションはほとんどない」 のである。シリ
コンバレーはこの間の成果を踏まえつつ、新しくかつ
適応できるケース
54
C ケースを実現するためには、上記第2の改革に加
②企業・産業の技術的イノベーションを促進し競争
えて、より強くシリコンバレーの将来像を共有するこ
力を高めるためには、地域の社会経済諸制度の改
と、学際的研究開発資金の確保とその成果の事業化の
革=社会的イノベーションを促進し、信頼経済を
2つを促進する必要がある。
形成しなければならない。
第4に、地域世話役活動 Regional Stewardship の
③地域経済社会の将来ビジョンを明確にし、その達
充実を図ること。これらを実現するためにはリーダー
成目標とそのための諸政策(研究開発資金の確保
シップの充実、つまり地域世話役 Regional Stewards
等)を常に検討しなくてはならない。
による地域世話役活動 Regional Stewardship の充実
④地域活性化のイニシアティブは産学公民の連携を
が不可欠だ。このリーダーシップが発揮できなければ、
ベースにした地域活性化運動として具体化される
上記の A 、B の望ましくないケースもありうる、と危
必要がある。そのなかでも重要なのは、地域活性
機感をもって指摘する。
化のリーダー活動=地域世話役活動を充実・拡大
JV:SVN は1992年にその活動を開始し、新しい経
することである。この点は産業振興 NPO=JV:
済を支える技術と人材のインフラの創造に焦点をあて、
SVN が活動しているシリコンバレーの最大の特徴
スマートバレー公社やチャレンジ2000など多様なプロ
であり、強みである。
33)
ジェクトを実施してきた 。1999年末には、新ビジョ
ン
Silicon Vally 2010
10
を策定し、リーダーシップを
強く意識した地域世話役活動を推進している。2010は、
地域イノベーション・システムの
枠組み−モデルとして−
ビジョンに「われわれの革新的、企業家精神にもとづ
いて強力な地域世話役活動 regional stewardship の土
シリコンバレーはシュンペーターとドラッカーに忠
台を創出し、次世代がシリコンバレーの広範な繁栄、
実でありながら、次の新しい段階へと踏み出している、
健康で魅力的な環境および豊かなコミュニティを享受
と見てよいであろう。これを踏まえて、最後に、地域
34)
できるようにする」 ことを掲げ、その全体目標を
イノベーション・システムの枠組みを試論的に整理し
「地域世話役活動を通して、経済、環境および社会を
ておきたい。
35)
結びつけること」 とした。
①「地域経済マネジメント」時代の到来
この目標を達成するため、経済、環境、社会および
地域世話役活動の4分野ごとにそれぞれの到達目標を
諸経営資源の移動が自由なグローバル経済時代にお
掲げ(4分野合計で17指標を設定)、毎年発表する
いては、国対国だけでなく地域対地域のグローバルな
Index で各指標の達成度を注意深くベンチマークし、
競争が一般化し、地域経済の不安定性・浮動性は不可
地域世話役活動の方向を検討する。世界経済の現状把
避的に高まる。地域経済の空洞化を回避し、発展と繁
握と次の技術発展・機会に関する観察とその情報共有、
栄を次世代に継続するためには、地域経済の不安定
ネットワークの活性化および上記の社会的イノベーシ
性・浮動性に適応できる「再生力のある地域の創造」
ョンの促進の3つがそのポイントになっている。
が不可欠である。つまり、地域の経営者、研究者、技
こうした JV:SVN の地域世話役活動 regional
術者、市民、行政関係者は、地域経済のマネジメント
stewardship は、シュンペーターが指摘した上記の
が必要な時代に踏み込んでいることを認識しなければ
「指導者活動」、つまりイノベーションを推進するため
ならない。
の社会経済環境の説得・整備を社会的に展開する活動
②地域経済を牽引する主要産業クラスターの明確
として、位置づけることができよう。
化、形成
以上から、イノベーションを促進するための地域に
おけるイニシアティブのあり方は次のように整理され
地域経済の成長・繁栄を担保する基盤産業=競争優
よう。
位(絶対優位)産業の存在が不可欠であり、1ないし
①グローバルな激しい競争のなかでは「再生力のあ
複数の主要産業クラスターの成長、発展を促進する必
る地域」の創造が必要であり、地域経済の状態を
要がある。そのためには、次の諸点に留意しなければ
常にベンチマークし、改革・革新していくイニシ
ならない。
アティブが発揮されなければならない。
・地域の主要産業クラスターの歴史と現状を正確に
55
把握すること
ラは全て形成されているが、当然にも、都市・地域の
・高付加価値の源泉である知識創造を担う新産業ク
発展や産業集積の歴史によりイノベーション・インフ
ラスター(専門サービス業等)の形成とその担い
ラのタイプは異なっている。重要なのは、主要産業ク
手=スタートアップ企業の育成を図ること
ラスターの発展や新産業クラスターの形成とこれらイ
・主要産業クラスターの変化の方向を常時、点検す
ノベーション・インフラが合致しているかどうかであ
ること
る。正確な調査、点検が必要だ。なかでも、研究開発
なお、主要産業クラスターは都市・地域により当然
クラスターの有無あるいはその質・量の評価は極めて
異なり、多様だ。シリコンバレーはハイテク分野が中
重要であり、要注意事項である(研究開発クラスター
心だが、例えば、ハリウッドは映像産業関連、ニュー
が無い地域はイノベーションの波に乗れない)
。
ヨークは金融関連、フィレンツエは観光関連などそれ
④ネットワーキング=企業家活動の活発な展開
ぞれ特色あるクラスターが形成されている。
イノベーション・インフラが形成されていても、そ
③特色あるイノベーション・インフラの形成、確立
れだけでイノベーションが起こり、新事業・新産業が
主要産業クラスターの競争力強化や新産業クラスタ
生まれるわけではない。この点がシリコンバレーと他
ー形成のためには、特色あるイノベーション・インフ
の都市・地域、とくに日本のそれとの決定的差を生ん
ラが形成されなくてはならない。具体的には、次の通
でいる。次の3点の確認、遂行が不可欠だ。
りだ。
・ネットワーキングの<場>の形成‐
‐
‐
‐どの地域で
・研究開発クラスター‐
‐
‐
‐研究型大学(大学院重点
もその主要産業クラスターに対応し
た企業間ネッ
大学)、公的研究機関および企業研究所などが集
トワーク(下請型/水平型等)は形成されているが、
積し、先端の科学技術・デザイン・芸術等の研究
イノベーションを促進しているとは言えない。イノベ
開発が行われている。
ーションを促進するためには、アイディア・経営
・専門人材育成クラスター‐
‐
‐
‐大学院、大学、短大、
諸資源の情報が流通し評価できる多様な<場>づくり
専門学校等が集積し、経営から諸技術分野の多様
であり、それをベースにした<人のネットワーク>の
な専門人材が育成(生涯教育)され、供給される。
形成が必要だ。諸経営資源の結合・活用と取引費用の
・産学連携システム‐
‐
‐
‐大学・研究所等の研究人材
削減がはかれるからだ。
の流動性、技術移転制度の確立および産学共同研
・企業家活動の位置づけ‐
‐
‐
‐アイディア・情報の流
究プロジェクト方式の形成等により、新技術・製
通と評価が可能なネットワーキングはイノベーシ
品開発が可能になっている。
ョン活動そのものであり、通常の経営者が行う企
・起業化・事業化クラスター‐
‐
‐
‐スタートアップ企
業間分業の関係とは異なる。求められているのは
業や新興成長企業を支援・指導する弁護士、コン
イノベーション活動=企業家活動と認識し、位置
サルタント、エンジェル、ベンチャーキャピタリ
づけ、ネットワーキングを積極的に創出・活用す
スト、インキュベーター(インキュベーション・
るコーディネーション活動が重要になる。
マネジャー)およびターンアラウンドマネジャー
・地域文化の重要性‐
‐
‐
‐地域におけるイノベーショ
(M&A等事業再生)などの、経営・法務・金融等
ン活動=企業家活動は、地域経済・産業活動で培
の専門サービス産業の集積が形成され、起業化・
われてきた地域文化に大きく依存する。例えば、
事業化が容易になっている。
浜松地域の「やらまいか精神」は浜松の企業家の
・サイエンスパーク/リサーチパーク‐
‐
‐
‐意図的に
アイデンティティ=企業家精神となっている。地
大学等の研究開発機能と起業機能を集積させ、新
域文化=企業家精神ととらえ、その掘り起こし、
製品開発や起業を活発化することにより地域振興
意識的形成が重要だ。
を目的とするサイエンスパーク/リサーチパーク
⑤政策クラスター=リーダーシップ活動の充実が不
は諸機能統合型のインフラである。主流は大学中
可欠
心のサイエンスパーク=ユニバーシティ・パーク
である。
こうした企業家活動を活性化しイノベーションを促
シリコンバレーはこれらのイノベーション・インフ
進するためには、産学公民が連携した政策クラスタ
56
ー=リーダーシップ活動を形成、発展させなくてはな
2)吉川
洋 『 構 造 改 革 と 日 本 経 済 』( 岩 波 書 店 、
2003年10月)91頁。
らない。具体的には次の方向が確認されるべきだ。
・地域経済のベンチマーク‐
‐
‐
‐「再生力ある地域」
3)原田誠司「サイエンスパークの経済学」(『那須大
の創造のためには、地域の将来ビジョンを明確に
学論叢』第2号、2001年3月)、久保孝雄/原田
し、その達成目標を見据えて地域経済の状態を常
誠司編著『知識経済とサイエンスパーク』(日本
にベンチマークし、改革・革新していくイニシア
評論社、2001年10月)を参照。
ティブ=諸政策を常に検討しなくてはならない。
4)J.A.シュンペーター著/塩野谷祐一・中山伊知
・社会的イノベーションの推進‐
‐
‐
‐技術的イノベー
郎・東畑精一訳『経済発展の理論(上)』(岩波文
ションを促進するためには、地域の社会経済諸制
庫、原著は1912年刊)180頁
度の改革=社会的イノベーションを促進し、信頼
5)シュンペーター『経済発展の理論(上)
』182頁
経済の形成を図らなければならない。
6)シュンペーター『経済発展の理論(上)』182〜
183頁
・地域イノベーション政策の推進‐
‐
‐
‐国家だけでな
く地域(州等)レベルでも公的資金による産学共
7)シュンペーター『経済発展の理論(上)
』190頁
同研究開発投資が重要な要素となりつつあり、産
8)シュンペーター『経済発展の理論(上)』198〜
199頁
業政策の一環に地域イノベーション政策を位置づ
ける必要である。
9)シュンペーター『経済発展の理論(上)
』207頁
10)シュンペーター『経済発展の理論(上)
』222頁
・リーダーシップ活動の充実‐
‐
‐
‐地域活性化のイニ
シアティブを発揮する母体として、産学公民の連
11)シュンペーター著/中山伊知郎・東畑精一訳『新
携の運動体(産業振興 NPO 等)とそのリーダー
装版 資本主義・社会主義・民主主義』(東洋経済
活動(地域世話役/連携活動)が求められる。
新報社、1995年6月)129頁
この分野については、すでに明らかなように、JV:
12)シュンペーター『新装版 資本主義・社会主義・民
SVN が活動しているシリコンバレーが圧倒的に先行し
主主義』130頁。ここでは、「不断に古きものを破
ている。日本では地域を主体にして、これらの諸点を
壊し新しきものを創造して、たえず内部から経済
1つ1つ検討しなければならない段階にあると言わざ
構造を革命化する産業上の突然変異」=創造的破
るをえない。
壊とする。ただし脚注で、「厳密にいえば、これ
以上、地域イノベーション・システムを5つの構成
らの革命は不断に行われるものではない。それら
要素に分けて試論的に整理したが、重要なことは現実
は、比較的平穏な期間の介在によって相互に分離
にはこれら5つの要素は有機的に複合化、一体化して
された不連続的な突進として起こる。しかしつね
いることだ。①の認識がなければ⑤は成立せず、そう
に革命があるか、もしくは革命の結果の吸収があ
すれば④が弱体化して③の活用、活性化が出来ず、②
る−これら2つのものが一緒になっていわゆる景
の成果は得られない、という具合だ。同時に、⑤と④
気循環を形成する−という意味では、全体として
は地域の諸主体の意識的活動に依拠しており、③と②
の過程は不断に動いているといえる」と補足して
はその影響を強く受ける。つまり、地域イノベーショ
いる。
13)連鎖モデルはS.J.クライン『イノベーション・ス
ン・システムは、極めて目的意識的なシステムとして
タイル』
(鴫原文七訳、アグネ承風社、1992年7月)
、
考える必要がある。
本稿冒頭で紹介した「新経済成長戦略」の大きな柱
知識創造企業モデルは野中郁次郎・竹内弘高『知
として設定された「地域活性化戦略」の姿は、以上の
識創造企業』
(東洋経済新報社、1996年6月)、内
観点を踏まえて(ベンチマークとして)、各地域の自
生的経済成長論は C.I.ジョーンズ/香西泰訳『内
立戦略として具体像を描けるかどうかが地域のイノベ
生的経済成長論入門』
(東洋経済新報社、1999年9
ーターの今後の課題となる。筆者も含めて。
月)および吉川洋『転換期の日本経済』
(岩波書店、
1999年8月)などを参照。
14)P.F.ドラッカー『マネジメント』
(上田惇生訳、ダ
<注>
1)松谷明彦『人口減少経済の新しい公式』(日本経
イヤモンド社、2001年12月、原著は1973年)300頁。
15)P.F.ドラッカー『[新訳]イノベーションと起業
済新聞社、2004年4月)を参照。
57
家 精 神 ( 上 )』
(上田惇生訳、ダイヤモンド社、
革新研究所 California Institute for Science and
19997年11月、原著は1985年)31頁。
Innovation=CISI を中心に進められ、QB3(バイ
16)P.F.ドラッカー『[新訳]イノベーションと起業
オ、リーダー:サンフランシス校)、CAL2( IT 、
家精神(下)』(上田惇生訳、ダイヤモンド社、
リーダー:サンヂエゴ校)、CNSI(ナノテク、リ
19997年11月、原著は1985年)178頁。
ーダー:ロスアンゼルス校)、CITRIS( IT の社
17)P.F.ドラッカー前掲『[新訳]イノベーションと
会利用、リーダー:バークレー校)の4プロジェ
起業家精神(下)
』193〜194頁。
クト。期間は2001〜2004年度、州拠出金は各プロ
18)The Next Silicon Valley Leadership Group of
ジェクト1億ドル、外部資金(義務づけ)も含め
Joint Venture:Silicon Valley Network, Next
総額12億ドル。詳しくは、http://www.ucop.edu/
Silicon Valley:Riding The Waves of Innovation,
california-institute 、清貞智絵「特集:カリフォ
White Paper December 2001. Collaborative
ルニア州技術革新イニシアティブの動向」(文部
Economics, Preparing for the Next Silicon
科学省科学技術政策研究所『科学技術動向・月報』
Valley Opportunities and Choices, June 2002.
2001年8月号)を参照。また米国の研究開発予算
双方とも http://www.jointventure.org を参照され
については、清貞智絵「特集:米国 R&D 政策動
たい。なお、前者の概要は、原田誠司「ネックス
向」(文部科学省科学技術政策研究所『科学技術
ト・シリコンバレー−イノベーションの波にどう
動向・月報』2002年2月号)を参照。
21)シュンペーター『経済発展の理論(上)』231頁を
乗るか−(概要)」
(那須大学都市経済研究センター
『都市経済研究年報』第2号、2002年10月)を参照。
参照。
19) A habitat for innovation and entrepreneurship
22)詳しくは原田前掲論文「サイエンスパークの経済
は C-M.Lee,W.F.Miller,M.G. Hancock, H.Rowen.
学」参照。
The Silicon Valley Edge:A Habitat for
23)シリコンバレーのベンチャー起業におけるスタン
Innovation and Entrepreneurship(2001).
フォード大学の役割については、前掲書『シリコ
Stanford Univ. Press で提示された用語。邦訳は
ンバレーなぜ変わり続けるのか(下)』の第10章
『シリコンバレーなぜ変わり続けるのか(上・下)
』
を参照。
24)前掲書『シリコンバレーなぜ変わり続けるのか
(日本経済新聞社、2001年12月)
。
habitat
(下)
』1〜2頁、前掲書 The Silicon Valley Edge
を最初に使用したのは、W.F.Miller.
200頁
Regionalism,Globalism and the New Economic
Geography,in January 1996. この論文では、
25)詳しくは、前掲書『シリコンバレーなぜ変わり続
habitat for living and working とされている。
けるのか(上)
』の第8章を参照。
邦訳は「グローバリズム、リージョナリズム及び
26)以下のクラスター認識については、次の報告書の
新たな地域経済関係」
(原田誠司訳、川崎市『地域
分 析 に 依 っ て い る 。 Joint Venture:Silicon
経済研究』第14号、1997年3月)。
Vally,Blueprint for A 21st Century Community/
は「企業家精神」/
The Phase Ⅱ Report June 1993.これは、ジョイ
「起業家精神」と訳されるが、「企業家活動」と訳
ントベンチャー・シリコンバレーが立ち上がって
す方が正しい。企業家精神は、entrepreneurial
から18ヶ月の活動・方針等を総括的に整理した報
なお、 entrepreneurship
spirit と表現される。
(J. シュンペーター/清成忠
告書である。
27)Joint Venture s 2003 index of silicon valley.
男訳『企業家とは何か』東洋経済新報社、1998年
10月)。また、「企業家」と「起業家」は、後者は
http://www.jointventure.org を参照。
「業を起こす」だけであり、前者は「業を企てる」
28)JV:SVN.Silicon Vally 2010 15頁.このビジョ
ことを意味するので、前者の用語が基本である。
ンは1999年12月に策定された。http://www.
シュンペーター的に企業者=企業家とすれば、な
jointventure.org を参照。
29)A. サクセニアン著/大前研一訳『現代の二都物語』
おさらだ。
20)CISI イニシアティブは、カリフォルニア州立大学
( 講 談 社 、 1995年 1 月 )、 Analee Saxenian,
Regional Advantage(ペーパーバックス版、
(UC)内に設置されたカリフォルニア科学・技術
58
Harvard University Press、1995年8月)参照。
30)詳細は、サクセニアン前掲書、前掲書『シリコン
バレーなぜ変わり続けるのか(下)』を参照され
たい。
31)詳細は、サクセニアン前掲書、原田誠司「産業集
積の理論的諸問題」
(長岡短期大学『地域研究』第
7号、1997年10月)を参照。
32)P.F. ドラッカー/上田惇生『新訳 イノベーションと
起業家精神 上』
(ダイヤモンド社、1997年11月)
46頁。P.F. Drucker, Innovation and Entrepreneurship,
31頁
33)JV:SVNの第3フェーズまでの活動等は『ジョ
イントベンチャー方式:地域再活性化の学習』
(訳・刊行、理経、1997年)を参照。
34)原文は次の通り。2010Vision:We will use our
innovative,entrepreneurial spirit to create a
strong foundation of regional stewardship, so
future generations can enjoy Silicon Valley s
broad prosperity, healthy and attractive
environment and inclusive communities
35)原文は次の通り。An Integrated Framework:
Connecting the Economy, Environment and
Society through Regional Stewardship
(2006年11月5日)
59
論稿
廃棄物処理の有料化をめぐって
長岡大学産業経営学部教授
内
藤
敏
樹
【目次】
1.はじめに
2.廃棄物処理有料化の現状
3.有料化の理由
4.ごみ排出量の推移と削減のための動き
5.有料化の形態
6.有料化の効果と問題点
7.まとめ
1. はじめに
本稿は2年前、地域研究第4号に掲載された「廃棄物処理の有料化と需要管理」の続編である。従前の論文は長
岡市の有料化導入直前に、その効果を予測する形で行ったものであるが、今回その後の状況の変化等をふまえ、再
度執筆することとした。国の政策として有料化を推進する方向が打ち出されているので、地域において導入に伴う
諸問題をどう解決するかを主な課題としている。
2. 廃棄物処理有料化の現状
一般廃棄物、すなわち家庭から出る「ごみ」は、市町村が収集し処分することと定められている(地方自治法、
廃棄物処理法)。ただし法は自治体に全ての行政サービスを無料で行うことを義務付けてはおらず、利用者に手数料
を課することも法の認める範囲内である。ただし手数料・利用料等住民に負担を課するためには、条例の制定等議
会の承認が必要である。
これまでは概ね家庭ごみの処理処分については無料で行われてきている。ただしそこに至る経緯は必ずしも一様
でなく、し尿の収集はむしろ有料が一般的であったこと、処理施設の設置運営のため課金する例はわが国でも少な
くなかったことからすれば、当然無料とまでは言い切れない。長岡市について言えば、昭和初年まではごみ処理は
民間事業であり、収集は有料であったと記録されている。
生活が豊かになりごみの排出量が増えてきた一方で、開発の進展等により最終処分場設置が困難になってきたこ
と、さらには有限の資源を使い捨てることによる地球環境上の問題等が指摘されるようになり、ごみ減量化の一つ
の手段としてごみ処理に手数料を課す、いわゆる有料化が近年クローズアップされるようになってきた。
環境省の報告(一般廃棄物の排出及び処理状況等)によると、2004年には生活系ごみについて84.5%の自治体が少
なくとも一部のごみ収集を有料化している。ただし、研究者等が近年行った自治体へのアンケート調査によると、
通常の可燃ごみ・不燃ごみ収集を有料化しているのは40%程度という。また同じ環境省が出している一般廃棄物処
61
理調査では、平成16年において可燃ごみの収集処理を有料としているもの2544自治体中1122自治体である(44.1%)。
この差はおそらく「有料」と「手数料」の微妙な違いによるものであると思われる。自治体が特定の材質・大き
さの袋等を指定し、民間企業がそれを供給・販売しているが、自治体へは手数料収入がないケースがある(例:東
京23区)。本稿では「手数料」を、単に一般家庭が指定袋、シール、容器等ごみ排出において追加的費用を負担する
だけではなく、税金以外の形で自治体に歳入があるものを示して用いる。
近年、各自治体は積極的に「有料化」に踏み切りつつある。その傾向は表1に示すとおりである。
なお、この数値は市町村の数をベースにしているため、人口集積とは直接相関しない。一般的に言えば大都市ほ
ど有料化が遅れており、人口カバレッジで見るともう少し「有料化率」が下がる。例えば表2に見るように、政令
指定都市のうち収集する可燃ごみを有料化しているものは、北九州市および福岡市の2地域にとどまっている。こ
の結果として、人口割合では「有料化率」は20%程度にとどまっているという見方もある。
表1
ごみ収集処理を有料とする全国自治体の割合推移
家庭ごみ
有料化率
平成10年
11
12
13
14
15
16
資料
環境省
58.
5%
62.
0
78.
0
80.
2
80.
3
83.
9
84.
5
一般廃棄物処理調査
可燃ごみ
手数料を取るもの
不燃ごみ
粗大ごみ
43.
4
47.
8
60.
7
(44.
1)
61.
6
(45.
1)
64.
3
(47.
3)
66.
3
(49.
3)
66.
8
(48.
0)
31.
5
36.
4
52.
3
(31.
4)
53.
4
(32.
2)
55.
4
(34.
2)
57.
4
(35.
7)
59.
7
(36.
6)
39.
7
44.
6
52.
4
(38.
9)
54.
7
(42.
2)
56.
9
(43.
3)
58.
2
(44.
9)
62.
5
(48.
7)
事業系ごみ
(可燃ごみ)
76.
3
80.
7
77.
1
(67.
4)
78.
5
(68.
0)
80.
3
(69.
1)
81.
1
(70.
6)
82.
1
(71.
4)
各年
注:平成12年から「直接持ち込み」が分離された。上欄は直接収集、下欄カッコ内は持ち込み
「手数料を取るもの」は、一部有料も含む
表2
政令指定都市・特別区における家庭ごみ収集体制(平成18年9月末時点)
可燃ごみ
不燃ごみ
資源ごみ
容リ法回収
粗大ごみ
事業ごみ
備考
東京都23区
無料
無料
3分類
なし
有料
有料
推奨袋
札幌市
無料
無料
1分類
あり
有料
収集しない
仙台市
無料 区別なし
2分類
あり
有料
収集しない
千葉市
指定袋
指定袋
4分類+1*
なし
有料
収集しない
さいたま市
無料
無料
9分類+1
あり
有料
収集しない
川崎市
無料 区別なし
3分類+1
なし
有料
収集しない
横浜市
無料*
無料
7種類+2
あり
有料
特定無料
新潟市
無料
無料
1種類+1
なし
無料
有料
プラは別途
静岡市*
無料
無料
4種類
なし
無料
有料
指定袋
名古屋市
無料
指定袋
3種類
あり
(紙も)
有料
有料
京都市
無料 区別なし
2種類
なし
有料
収集しない
大阪市
無料 区別なし
4種類
あり
10月有料化
収集しない
神戸市
無料
無料
1種類+1
なし
無料
収集しない
広島市
無料
無料
2種類+1
あり
有料
収集しない*
北九州市
有料指定袋
2種類有料
あり
有料
収集しない
福岡市
有料指定袋
有料指定袋
なし
有料
収集しない
有料指定袋
千葉市、名古屋市の「指定袋」は条例による手数料ではない
千葉市等は電池蛍光灯等有害ごみを別途収集(資源ごみの項に+とあるのがそれ)
静岡市の不燃ごみは粗大ごみ扱い、広島市の事業ごみは指定袋有料、持ち込み処理
62
指定袋
10月有料化
7月料金改定
他方で、有料化とは直接関係ないがごみ減量に大きく効果があるとされている容器包装のリサイクルのうち、プ
ラスチック類を容リ協を通じてリサイクルしている自治体は平成18年度に958であった(申込ベース)。ここ数年自
治体数が減少傾向にあるのは主に市町村合併の影響であるが、回収リサイクルを取りやめた例がないわけではない。
これらの市町村から回収されたプラ容器包装は約53万トン(平成17年度、実績ベース)であった。ごみ全体の5千
万トンからすれば1%程度ということになる。長岡市の例では回収量約9万トンに対し、容リ法によるプラ回収は
約1千トンであった(平成16年度)。
3.有料化の理由
ごみ処理の有料化は地域住民の負担を増やすものであり、それを導入することは人気のない政策である。ごみ有
料化反対の請願は各地に多くあるが、有料化を要請する住民からの要請というのは聞いたことがない。にもかかわ
らずなぜ有料化を導入するのであろうか。
長岡市は平成16年から有料化を導入した(ただし直後に中越大震災に遭遇し、しばらく中断のやむなきに至った)
が、有料化を最初に一般住民に広報した平成14年のパンフレットで以下の3つの理由をあげている。
①
ごみ減量とリサイクルの推進
②
処理費用負担の公平化
③
環境問題に対する意識の高揚
→例えば、すぐごみになるものを買わない、もらわない
民間ベースで行われているリサイクル・リユースに参加する
市の担当者にお伺いしたところ、実態上は最終処分場の確保難が第一であったということであった。たびたび引
用される名古屋市においても、またごみ減量先進地域として有名になりつつある東京都市町村(23区以外、いわゆ
る三多摩地区)でも、この問題は極めて大きい。ただし直接市民向けにこの理由が出てくることは、名古屋市の例
を除けば多くないような気がする。
各地で進められている有料化プログラムでも、ほとんど上の①②③の理由が提出されている。逆にいうと、財政
的な要因はほとんど理由になっていない。これはごみ処理費用が通常㎏あたり数十円かかり、それをすべて回収で
きる手数料は通常の一般世帯で年間十万円近くの負担になる。そのような手数料設定は到底住民の理解を得られな
いと考えられているので、あまり理由としてはあげられないと思われる。ただし反対理由としては論点になってい
ることは後述する。
さらに、広義には①などに含まれるものと考えられるが、処分場確保に関連して「どれだけ最終処分量の減量化
に努めているか」を具体的に示す必要があり、有料化に踏み切るという例もある。東京都の23区以外、いわゆる三
多摩地区の市町村は共同して日の出町に最終処分場を設置運営しているが、その利用については予め設定された配
分量に基づくものと、配分量を超過した部分に対するペナルティとの2つの料金が課せられている。いうまでもな
く後者のペナルティ分の方が、単価が高い。また配分量を下回った場合には還付金が与えられる。このような仕組
みの中で全体としての減容化計画が立てられ、有料化がきわめて重要な施策として取り上げられている。すると構
成市町村は有料化でも何でも行って減容化を図らねばならなくなるという状況になっている。
また他の市町村でも、特に他地域へ最終処分場を依存している場合や域内でも最終処分場を新設する場合など、
関係者の理解を得るために有料化はいわゆる「誠意」の見せ方の一つとして重要視されるようになっているという。
公平感とは、「ごみを多く出す、減量化に貢献していない」人と、「ごみ排出量の削減に努力している人」が同じ
負担、つまり地方税であるのは適切でないということである。ただしいうまでもなく地方税は所得等にスライドす
るものであり、人頭税ではない。また地域によっては交付税が歳入の大半を占めているところもある。従って厳密
に考えればややおかしなところはあるが、一部の住民側から例えばごみステーション・集積所の環境整備やリサイ
クル、分別などに協力しているのに他の人は協力してくれないという批判(意見)もあり、対応しないわけにはい
かない所となっている。
他方で、いわゆる平成の大合併に伴い、市町村の域内で有料・無料、あるいは手数料の差が出ているところが少
63
なくない。県内では新潟市、長岡市、十日町市などにその例を見ることが出来る。この場合、不公平は明らかであ
り、是正が必要とされるが、多くの場合は下に述べる事情もあって「有料化」の方向へ統一される傾向がある。
背後の事情として、国の政策の動きもある。環境省の中央環境審議会廃棄物・リサイクル部会は、平成17年2月、
「一般廃棄物処理の有料化は、ごみの排出量に応じた負担の公平化が図られること、住民(消費者)の意識改革につ
ながることかどから、一般廃棄物の発生抑制等に有効な手段と考えられ、現に一定の減量効果が確認されていると
ころである。このため、国が方向性を明確に示した上で、地域の実情を踏まえつつ、有料化の導入を推進すべきと
考える」との意見具申を行った。これを受けて平成17年5月、環境省は「廃棄物処理法に基づく基本方針」改定に
よって、一般廃棄物の収集処理は「有料化を図るべきである」と明記した。このことは単に精神論ではなく、実務
面では処理施設設置に伴う補助金に関連しているといわれ、残された大都市圏域でもいよいよ有料化を行わざるを
得なくなっているのが現状である。
実のところ、有料化施策単独ではごみ排出量、あるいは最終処分必要量に大きく寄与するものではないと思われ
る。名古屋市や横浜市の例を見る限り、劇的な効果があるのは容リ法によるプラごみ、PETボトル、新聞等の回収
つまりリサイクルのようである。逆にいうと、それらの方策をすべて実施している地域が有料化のみを単独で導入
したとしても、目に見えた効果は期待できないであろう。
長岡市はプラ容器の回収を有料化と同時に導入している。その結果として導入前に比較して15〜20%の減量に成
功しているが、住民としては「なるべく有料袋に入れるものは減らそう、極力リサイクルで持っていってもらおう」
という意識であるのが正直な所である。
4.ごみ排出量の推移と削減のための動き
家庭ごみの排出量については、環境省(旧厚生省)統計が唯一の資料となる。市町村の運営するごみ処理場には
看貫、いわゆるトラックスケールがあり、搬入の重量が測定されている。これがすべての数値の原資料であり、そ
の正確さについて批判がないわけではない。また古い時代にはトラックスケールによらず、搬入者の申告、もしく
は担当者の目測による数値がもとになっている例もあったといわれている。
統計によると、表3のように1960年代には収集量が急増していたが、70年代以降1980年頃まで排出量はおおむね4
千万トン程度で推移してきた。ただし70年代に入るまでトラックスケールを備えていない処理場も多く、このあた
りの数値はそれほど信頼性がないと考えられる。1980年代後半に入ると次第に増加し、1990年に総排出量(家庭ご
みと事業系ごみの合計)が5千万トンを超え、2000年には5,236万トンに達した。このことは自治体にとってまず最
終処分地の払底をもたらし、さらに処理処分経費の高騰を招いた。さらに一部では住民間に負担の不平等について
の不満が高まるという事態もあった。
ごみ処理費用の増大を招いたのは、一般廃棄物組成が変化してそれまでの焼却装置では処理が困難になり、処理
装置が大型・高度化したことがある。いわゆるダイオキシン騒動があったのは平成8〜9年であったが、その結果
廃棄物は高温で適切に処理する必要性が高まり、同時に既存の焼却炉ではその要求に応えられないものが少なくな
いことが判明した。このため自治体は焼却炉の新設、更新を行う必要に迫られたのだが、単純にそれまでの排出量
増加傾向を延長して行くととんでもない数値になる。そこで「減量化」の必要が叫ばれてきたわけである。
ごみの処理量、つまり排出量を減らそうとする動きはかなり以前からあり、広く注目を集めたものとして1971年
(昭和46年)の「東京ゴミ戦争」があった。この時期のごみ増加は、概ね人口の都市集中によるもの、あるいは所
得・生活水準の向上による「一人当たり排出原単位の増加」が主な要因であった。しかしおおむね80年代後半から
始まっている近年の排出量の増加、つまり70年代から80年代まであまり増加していなかったごみの排出量が、急激
に増加するようになったのは、「ごみの組成の変化」である。それまで家庭ごみの中心は食品残渣などいわゆる「生
ごみ」であったが、次第に容器包装、紙・プラスチックが多くなってきたこと、粗大ごみといわれる家具・廃家電
が次第に増加してきたこと、また「都市ごみ」ともいわれる事務所系の紙ごみが増えたことなどによる。
ごみの減量については、いくつかの方法が考えられる。第一に発生量そのものを減らすこと、第二に再資源化等
によって処理量を減らすことである。順を追って検討してみる。
64
表3
事業者等による
市町村等による
年
度
収集量
自家処理量
搬入量
合計
単
位
千トン/年
千トン/年
千トン/年
千トン/年
総人口
一人当り
千
g/人・日
人
昭和40年度
13,541
2,710
−
16,251
64,230
693
41
14,939
2,705
−
17,644
67,855
712
42
17,380
2,320
−
19,700
71,292
755
43
19,809
2,823
−
22,632
76,080
815
44
22,746
2,846
−
25,592
80,592
870
45
25,513
2,591
−
28,104
84,690
909
46
24,569
5,929
8,333
38,831
99,127
1,070
47
27,574
5,918
9,098
42,589
101,039
1,155
48
28,852
5,842
9,923
44,617
106,645
1,146
49
28,347
3,556
8,728
40,631
110,034
1,012
50
27,916
3,987
10,262
42,165
111,554
1,033
51
28,347
3,556
8,727
40,630
112,589
989
52
30,077
2,877
8,574
41,528
113,904
999
53
31,322
2,663
9,207
43,192
115,073
1,028
54
32,574
2,469
9,574
44,617
116,173
1,049
55
32,015
2,425
9,496
43,935
117,429
1,025
56
33,145
2,412
7,081
42,639
118,143
989
57
34,029
2,409
8,040
44,479
118,960
1,024
58
33,773
2,149
6,733
42,655
119,733
976
59
34,580
1,944
6,515
43,039
120,444
979
60
35,383
1,919
6,147
43,449
121,267
982
61
36,288
1,790
6,670
44,748
122,000
1,005
62
38,164
1,535
6,767
46,466
122,185
1,039
63
39,723
1,448
7,221
48,392
122,648
1,081
平成元年度
41,602
1,317
7,054
49,973
123,137
1,112
2
42,495
1,171
6,776
50,443
123,529
1,119
3
42,074
1,047
7,646
50,767
124,150
1,118
4
42,134
1,091
6,973
50,198
124,591
1,104
5
42,997
957
6,350
50,304
124,964
1,103
6
43,816
872
5,849
50,536
125,186
1,106
7
44,100
788
5,806
50,694
125,351
1,105
8
44,516
716
5,922
51,155
125,795
1,114
9
44,872
617
5,711
51,200
126,136
1,112
10
44,771
511
6,313
51,595
126,428
1,118
11
45,736
352
5,359
51,446
126,538
1,114
12
46,695
293
5,373
52,362
126,734
1,132
13
46,528
253
5,316
52,097
127,007
1,124
14
46,202
218
5,190
51,610
127,299
1,111
15
46,044
165
5,398
51,607
127,507
1,106
資料:環境省
①
ごみ排出量の推移
環境統計集
減量化の手法1
RDF化
ごみの中にプラスチック類が混入し、次第に焼却した場合の発生カロリーが高くなったことを契機にして、積極
的に焼却時の熱を有効活用しようということで考えられたシステムである。廃棄物を石灰や接着剤を加えてペレッ
トの形に中間処理して固形燃料とし、ボイラーの熱源とする、いわゆるサーマルリサイクルである。
65
しかしこのシステムは各地でトラブルが発生し、評価を落としている。最大のものは03年に三重県のプラントで
発生した火災事故であろう。従って今後新しくごみ削減策としてRDFシステムを導入する事例が出てくるとは考え
にくく、既存の施設も産廃との合同処理を行う方向で活路が見出せるのではないかと模索している状況であると伝
えられる。
RDF製造施設
RDF発電施設(広域施設)
稼働中
449
対象市町村数
138
稼働中
444
RDF受入施設数
123
整備中
447
対象市町村数
115
整備中
441
RDF受入施設数
117
計画中
442
対象市町村数
116
資料
②
RDF全国自治体会議 03年1月1日現在
減量化の手法2
事業系ごみの分離
事務所、商店などの事業所から出るごみは、法的には産業廃棄物となり事業者の責任で処分しなければならない
ことになっている。しかし小規模商店など、生活と事業活動が分離していない業態にあってはこの原則を貫徹する
ことが困難であるので、行政が併せて処理するケースが多かった。
しかし上のようにごみ処理量が急激に増加したので、事業系ごみの処理を一切断る、収集はしない、有料化する
などの動きが出てきた。必ずしも先行例ではないが、東京23区や横浜などの大都市でも96〜97年に事業者ごみの有
料制が導入されている。現在では事業ごみを無料とするところはほとんどなくなっているのではないかと思われる。
事業系ごみが総排出量の中でどの程度を占めるか網羅的なデータはない。現在の環境省資料は、事業者が民間業者
に委託して処分したものについて報告されていないからである。しかし、いくつかの研究や地域データを元にする
とおそらく全排出量の20%程度であろうと考えられる。つまり事業系ごみの処理を廃止すれば、それだけで10〜
20%の減量が達成されることになるが、これは自治体の側にたった考え方であり、日本全体としては他にながれる
だけで本質的な解決にはならない。
今後事業系ごみをどうするかについての方向性は一定していない。法の建前および減量化と、小規模事業者の救
済とをバランスさせる必要があり、地域の特性によって異なってくるものと思われる。
③
容器包装リサイクル法
ごみの中で容器包装、特にプラスチックのそれが次第に増加し、高カロリーであるために処理の困難化がもたら
されたことは指摘した。このため容器製造業者、容器を利用する食品・消費財関連メーカー、流通業者にも費用を
負担してもらい、再資源化することでごみ減量、化石燃料資源の利用削減、ひいては地球環境保全に寄与させよう
とするシステムが97年から稼動している。多くの市町村でこのシステムが導入されており、排出量からリサイクル
に回した部分が控除されるので、ごみ削減にかなり効果がある。ただしこのシステム導入には分別施設等コストが
かかるので、財政体力のある自治体でないと出来ないという批判もある。
さらに、回収した資源の少なくない部分が輸出されており、回収資源を再生することを意図していた工場が軒並
み経営不振に陥っているという問題もある。このような点から早晩現行システムの見直しは必至であろうと考えら
得ている。
④
有料化
1990年、北海道の伊達市がごみ処理を有料化した。この事例では減量が主目的ではなく、増加するごみに対応す
るための設備費用を捻出するための、いわゆる財政的な理由が大きかったといわれている。ところが有料化を導入
してみると、それ以前に比較して30%もの減量化が達成され、収集車の台数を減らすことができ、財政的にも大き
な効果があったという報告が91年末になされた。このレポートが各方面の注目をあび、いわば需要管理策としての
66
有料化が本格的に議論されるようになったのである。
逆に無料化した例はいくつかある。長岡市は有料化導入直後に震災があったため、しばらくの間無料化していた。
福岡市でも同様の事態があった。また兵庫県村岡町で、不法投棄が増えたため有料化を一時取りやめたことがある。
ただし村岡町は2005年近隣の美方町・香住町と合併し香美町となった時に、他町と併せて再度有料化を行った。今
回は不法投棄が増えたという話はあまり聞こえてこない。これらが「無料化」の例である。
⑤
還元炉の導入
増え続けるごみ、処分場不足に対応し、特に大都市を中心に還元炉などの新しい処理技術が導入された。還元炉
はそれまでの流動床炉などに比較してかなり高価であったが、倍以上の減容効果があり、またおりしも問題になっ
たダイオキシンの発生も抑えられるという利点があった。このため還元炉を導入した大都市の担当者は、「ごみ問題
はこれで解決した」「現在の最終処分場にあるごみを再度溶融還元すれば処分場はいくらでも増やせる」とまで断言
しているものがあったほどである。
ただし溶融炉を効率的に運営するには、かなりの焼却量が必要である。人口数百万というレベルの都市でないと
使いこなせないといわれており、ある地域ではリサイクル制度を導入したところ焼却するごみが不足したので近隣
自治体から分けてもらったとかいう話も聞いた。
また容リ法の回収を行っていない大都市では、プラ類も「燃えるごみ」として分別させているところがある。表
2では明確に書かなかったが、例えば横浜市、川崎市などが該当する。このためプラスチックは「燃えない」ごみ
だと信じていた東京23区在住者がそれらの地域へ転出すると分別に戸惑う、また逆に東京へ転入すると戸惑うとい
う例が少なからずあるようだ。
その背景は焼却炉の設計にあると考えられる。「燃えるごみ」には食品残渣、いわゆる生ごみが混入しており、そ
の水分が焼却炉の温度を低下させる、このため多量の助燃材−具体的には軽油、重油を併せて燃やしているという
状況がある。そこで燃焼カロリーの高いプラスチックを混入させてやれば、助燃材が少なくて、あるいはなくても
済むということになる。
つまり還元炉はごみ回収量の削減には直接寄与しないが、処分場不足、あるいは埋め立て量の削減には極めて大
きな効果を持っている。既存の埋め立て場の残渣を再度焼却し、減容することも行われている。有料化の動機が処
分場の延命であるとすれば、その分については絶大な効果を持っていると考えられる。
5.有料化の形態
指定袋を含めた有料化の態様は、実にさまざまである。表4に見るように、新潟県内では概ね有料指定袋に統一
されつつあるが、全国的には若干シール制をとる所がある。表にある村上市、阿賀野市に加え、高山市、大垣市、
大阪府南河内清掃施設組合(富田林市等)、佐世保市などが該当する。事業所ごみや粗大ごみについてシールを導入
しているところは、東京23区などさらに増える。指定袋またはシール以外の、例えば世帯・住民一人当たり定額で
課金するというような方式は、過去においては事例があったようだが現在はないと思われる。いわゆる持ち込みご
みについては直接看貫によって課金する例がほとんどのようである。
袋・シールの価格についてもさまざまな差がある。まずごみの量に応じた完全従量制とするか、あるいは世帯あ
たり最低限を廉価、あるいは無償で配布し、それを超える部分についてかなり割高の袋シールを購入させる、いわ
ゆる2段階式となっている例もある。従量制の場合の袋料金は45r袋で10円から40円程度の範囲におさまっている。
追加分を購入させる地域では、同じ容量の袋が200円以上という例もあった。さらに無料配布分・低額分を世帯の所
得や高齢者・障害者の有無、さらには住民登録の有無で区別している例もある(長野県須坂市)
。
このあたりは有料化導入時にどのような議論が行われたか、どのような意見が寄せられたかで異なってくる。長
岡市の例では生活保護世帯、介護等のため紙おむつの支給を受けている世帯、2歳未満の児童がいる世帯は指定袋
引換券が交付され、一定量の指定袋が無料で入手することができる。これは説明会等でそのような意見があったこ
とと、市議会議員の中からそのような要請があったことによるものとされている。どこまで無料とする制度をとる
67
かは、各地域の事情、また反対意見の有無等によって決定されるべきだろう。現状で全国の有料化実態を網羅的に
見ることができるデータベースはないようなので、近隣地域の事例、先進地の事例等を参考に進めることが妥当と
考えられる。
なお、後段で触れるべきかも知れないが、袋製造業者の間からは
①
製造者が限られる「指定袋」システムは特に大都市の場合では万全の供給が保証しにくい
②
指定袋を「透明」と指示されると新品原料を使わざるを得ず、環境保全上問題がある
表4
という意見がある。
新潟県内市町村のごみ処理体制
備
考
可燃ごみ
不燃ごみ
資源ごみ
粗大ごみ
プラ容器包装
大型可燃袋
1枚価格
新潟市
無料
無料
無料
シール
無料
5 2円
長岡市
指定袋
指定袋
無料
シール
三条市
指定袋
指定袋
指定袋
シール
柏崎市
無料
無料
無料
新発田市
指定袋
指定袋
無料
小千谷市
無料
無料
無料
加茂市
無料
無料
無料
5 0円
十日町市
指定袋
指定袋
無料
5 0円
見附市
指定袋
指定袋
無料
3 5円 シールも可
村上市
指定袋
指定袋
無料
4 5円
燕市
指定袋
指定袋
無料
糸魚川市
無料
無料
無料
妙高市
指定袋
指定袋
無料
五泉市
無料
無料
無料
上越市
無料
無料
無料
阿賀野市
一定量無料
無料
無料
無料
佐渡市
指定袋
指定袋
指定袋
シール
指定容器
指 定 容 器 = 袋 3 2円
魚沼市
指定容器
指定容器
指定容器
シール・袋
無料
5 0円
南魚沼市
指定袋
指定袋
シール
無料
5 0円、
シールも可
胎内市
指定袋
指定袋
シール
北蒲原郡聖籠町
一定量無料
無料
西蒲原郡弥彦村
指定袋
指定袋
南蒲原郡田上町
無料
無料
東蒲原郡阿賀町
指定袋
指定袋
三島郡出雲崎町
無料
無料
無料
北魚沼郡川口町
無料
無料
無料
南魚沼郡湯沢町
指定袋
指定袋
無料
中魚沼郡津南町
無料
無料
狩羽郡狩羽村
無料
無料
無料
岩船郡関川村
指定袋
指定袋
無料
荒川町
指定袋
指定袋
無料
3 5円 シールも可
神林村
指定袋
指定袋
無料
35円 シールも可
朝日村
指定袋
指定袋
無料
35円 シールも可
山北町
無料
無料
無料
粟島浦村
指定袋
指定袋
無料
注
4 5円
5 0円
シール
シール
5 0円
シール
2 0円
指定袋
燕 市と共同
無料
3円
5 0円
有料
3 5円 シールも可
35円 シールも可
市町村合併により区域内で上と違う扱いをしている地区がある。例えば旧新津市は現新潟市の一部だが、すでに
有料化を導入済みで、合併後も無料化されていない。逆に旧寺泊町は現長岡市の一部だが、無料のままである。
68
特に反対者を説得する上で、袋がいいのかシールが良いのか十分検討をしておくことが必要であろう。
直接有料化とは関係ないが、袋に記名することを求めている例(鳴門市、野田市、野洲市など)、また「お願い」に
とどめている地域、町会単位で義務付けをすることは認めている地域(長岡市など)がある。現実の問題として架
空・虚偽の名前を書いたり、ストーカー問題を理由に拒否する例などがあるが、全国的にはそれほど大きな問題で
はない。
6.有料化の効果と問題点
効果として最も問題になるのは、ごみ減量化に寄与しているかどうかという点である。この点はさまざまに論議
がある。一般的に言えば、有料化を導入することで10〜20%程度の減量化が達成できるとするのがさまざまな調査
の結論である。ただし、
①
もともとの、すなわち有料化導入以前のデータが疑わしい。古い時代にはトラックスケール等整備されておら
ず、排出量・処分量とも適当な数字だったのではないか。
②
有料化と同時に他の方策、例えばリサイクルの徹底、事業ごみの扱い廃止等を行ったのではないか。有料化の
直接効果ではなく、全体としての減量効果ではないのか。
③
有料化の直前には、無料のうちに出しておこうということで駆け込み排出が多くなる。それに比べれば減少す
るのは当然である。
というような批判があり得る。
①については、各地のデータについて十分裏をとる必要があろう。信頼できるデータのみを用いた分析が説得力
ある資料を作るのである。
②については、有料化実施パラメータの説明力がやや弱いのは事実である。名古屋市のように有料化を導入しな
くても20%近い削減をすることが出来た例もあり、有料化=減量化とはいかないのが実情である。長岡市の例でも、
生活者の感覚からすれば減量はリサイクルの徹底による割合が多く、有料化を契機としてごみの元となる包装の少
ない製品を選ぼう、スーパーのレジ袋は断ろうというところまでは行っていない、あるいは考えてはいても行動が
なかなか伴わない感じがする。仮に有料化以外のごみ減量策をすでに行っている名古屋市が新たに一般ごみ収集の
有料化のみを導入したとして、どの程度減量することが出来るだろうか。各地で行われている有料化が、いわゆる
併せ技の一つとして導入されているため、統計的処理を行っても説得力の高い結論が得られるかどうか、やや疑問
である。
③については、たしかにそのような事実はある。長岡市の例でも有料化施行半月ほど前から駆け込み的ごみだし
が増え、ピーク時(日)には平常時の2〜3倍の処理が必要であったという。ただし年にならして見るとそれほどで
はなく、1%程度の前後にとどまったようである。長岡市の場合はその直後大震災に見舞われ、いわゆる震災ごみ
が家具など粗大ごみの範疇に含まれるもの、あるいは家電製品のような本来家庭ごみとして収集しないものまで大
量に排出されたので、駆け込み対策どころではなくなってしまったというのが実情である。
要するに有料化が減量化のためのオールマイティの切り札ということではない。現状ではリサイクルの徹底が最
強の札であり、時間をかけてリデュース・リユースに意識を変えてもらうためのツールとして有料化を捉えること
が妥当であると思われる。
他方、有料化によるマイナスの影響もいくつか指摘されている。最大のものは不法投棄が増えるというものであ
る。前述した旧村岡町の例などが示されることが多い。しかし近年の動きとしては、もともと不法投棄の多かった
ところでは有料化によってさらに増加するという事態が若干見られるものの、従前から不法投棄が厳しく取り締ま
られている地域では有料化の影響はほとんどない−というアンケート結果が示されている(*2)。長岡市は前述し
た震災の影響という特殊事情はあるものの、不法投棄はほとんど見られていない。不法投棄の取り締まりは有料化
とは別の次元で、きちんと実施しなければならないもののようである。また不法投棄を取り締まったからごみ排出
量が増えたという状況もあまり報告されていない。不法投棄の多くは家電製品や産廃(それも硫酸ピッチのように
69
脱法的行為によってしか生れないような廃棄物)であり、家庭ごみとは別のものである。要は問題が別だというこ
とになる。
なおこの点に関連して、隣接する(無料収集をしている)市町村へのいわゆる越境ごみだしが増えるという意見
もある。しかしこれも特に問題となった事例は報告されていない。良いことか悪いことかわからないが、ごみ置き
場を地域住民が管理し、地区住民以外の排出を禁止する例、行政は求めていないのに名前を書かせる例もあり、こ
のような点からのチェックもあるのだろう。
さらに、いわゆるリバウンドという現象があるとされている。有料化の効果は一時的なもので、次の年、あるい
は遅くとも数年内に元の水準、あるいはそれ以上の水準になってしまうというものである。
このような現象が一般的なものかどうかについては意見が分かれている。リバウンドは無視できるという論者が
定量的なデータに基づいて発言しているのに対し、リバウンド論者の多くは自治体アンケート等に基づいているこ
とは注目すべきだろう。要は有料化を導入してそれで終わりというのではなく、その後も減量化、3Rに向けた指
導・取り組みを継続的に行っていかなければならないということなのだろう。
図
家庭系可燃ごみ収集量の経年変化
有料化前年を100%とする
多 久 市
守 山 市
茂 原 市
長 門 市
益 田 市
伊 那 市
松 浦 市
常陸太田市
茅 野 市
高 山 市
出 雲 市
白 石 市
湯 沢 市
大宰府市
筑紫野市
伊 達 市
北部桧山
長万部町
150%
家
庭
系
ご
み
収
集
量
変
動
率
︵
%
︶
100%
150%
0%
−5
−4
−3
−2
−1
0
1
2
3
4
5
有料ごみ袋制実施後経過年数(年)
(出典) 山川肇 「不法投棄と自家焼却は有料化によって増えるものではない」『月刊廃棄物』 2001.2, p.15.
第二の問題は、有料袋、指定袋という「捨てるためだけの製品」を新たに購入させるということで、地球環境上
負荷が増えるのではないか、あるいはその指定袋の分だけごみが増えるのではないかということである。確かにそ
れまでごみを入れていたレジ袋、あるいはポリバケツ等の容器は使えなくなるので多少問題であるといえなくもな
い。しかし45rの大型袋は通常2〜5g程度であり、その中に入れられるごみの重量の1%以下である。だから大
したことはないとは言えないかも知れないが、それによってごみ全体を減量することが出来ればコストパフォーマ
ンスは悪くないということは言えよう。
むしろ問題であるのは、指定袋に無用の高品質を要求する結果、袋自体が新品の素材(通常ポリエチレン)を使
70
うことになる点である。有色半透明という程度であるならば端材を用いた「リサイクル製品」として袋が作れ、環
境負荷を増やすことはない。しかし完全透明や炭カル混入など、新品素材からでないと出来ない指定袋はやや問題
になる可能性がある。特に今後大都市で有料化=指定袋が導入されていくと、袋の安定供給が問題になる。袋の供
給者を1社に限定したりすると、何かの事故で袋が品不足になったりする可能性がある。袋業者はあまり規模の大
きいものはなく、数百万都市への供給は長期的視野に立たないと対応できないという。余裕を持って在庫をたくさ
ん用意しておくと、例えば合併があって料金体系が変わったりしたときに買い戻し等の余計な手間が増えるという
こともあり得る。
財政的には、費用負担が処理費用の数分の一に過ぎないこと、また指定袋の作成費用・販売手数料(通常の大型
袋で1枚10円くらいと言われる)もあって、ほとんど寄与していないようである。長岡市では平成17年度の予算と
して手数料収入約7億円を見込んでいたが、その多くは事業系ごみ、持ち込みごみの手数料であり、家庭用指定袋
販売による収入は1億円程度にとどまるという推計もある。これは長岡市全体(合併前)の廃棄物処理事業経費37
億円に比し見るべきものはないと思えるが、もともと減量化が目的であるので、この点はあまり問題にはなるまい。
しかし同時にリサイクルのための体制整備を行ったところでは、例えば選別場等中間処理施設の用意など事業経費
がかなり増える例がある。費用効果の十分な見通しと説明が必要だろう。一般的には容リ法回収を行わないと㎏あ
たり数十円の処理コストが、100円近く(場合によってはそれ以上)に上昇することもあるといわれている。減量化
は市民の協力とともに、行政にも大きな負担をもたらすのである。
この点に関して言えば、容リ法によるリサイクル資源の回収を担当する自治体が産業界に対し応分の費用負担を
求める声が上がり始めている(名古屋市、ごみレポート)。ごみ処理費用を市民ではなく業界に負担させよという有
料化反対意見があるが、この点は国会などで論じられるべきことだろう。
ごみ処理の有料化は前述のように条例の制定を必要とする。そしていくつかの政党が「原則的に反対」という立
場をとっていることも事実である。従って現実の有料化にあたっては、次のような手順を必要とする。
①
地域の環境基本計画、廃棄物処理計画等で「有料化」の基本的方向を打ち出す
②
有料化導入計画を作る(内部)
③
地域説明会、公聴会を開催する
④
議会説得を行う
⑤
条例可決、有料化実施
指定袋制をとるならば、実施の数ヶ月前には袋が一般の人々の手に入るようにならなければならない。すなわち
発注は実施の2年前位から行わないと準備できない。
また③の説明会はかなり時間が必要となる。住民のどれだけが説明会に参加するかは地域の特性によって異なる
が、市町村合併においてどの程度説明会が行われたかが一つの参考になろう。長岡市の場合は全世帯の5分の1程
度が出席したことになる。この手間は大変なもので、主に夜間・日曜祭日に行われることになろうから、担当職員
だけでは到底対応できない。他部局・職員OBの応援を求める等の配慮が必要となる。
また説明会で反論が多数出て、担当者が説明できなかったりするとその後の展開が困難になる。事前準備が十分
になされなければならない。さらに首長などトップの方針が変わったりすると、これも問題になる。いくつか例を
あげる。
①
藤沢市
平成9年、市の運営する電子掲示板で有料化の意見が出る。平成16年、市の審議会で有料化の提案がなされる。
17年にパブリックコメントを求める会を開催するが、アンケートでは41.2%が反対する、反対請願の署名が4万人を
超えるなど混乱が続いた。これを見てトップ判断により18年6月、有料化案提出を断念するという発表がなされた。
しかしその後同年9月、個別収集を含む条例改正案が再度提出され、可決された。6月から9月に至る間、市は数
十回の説明会を開催するほか、条例可決後もさらに地区説明会を継続することになっている。
②
広島県府中市
平成13年、RDF導入を検討したが実現に至らず。平成18年7月、有料化を審議会に諮問、審議会は有料化導入を
71
やむなしとする答申を提出した。しかし市担当者は、実施までの時間が半年しかなく対応できないことを理由に8
月議会への上程を断念した。
③
東京都多摩市
多摩市は日之出町処分場を他の市町村と共同利用している。他の市町村が減量化を目的とした有料化を導入して
いるので、平成15年有料化を審議会に諮問した。17年2月に答申があり、7月に有料化方針が発表された。続いて
議会に条例が提出されたが、12月委員会で審議未了廃案となってしまった。
④
札幌市
審議会への諮問、答申を経て有料化の計画を検討していたが、答申自体が結論をまとめきれず、さらに政治的な
要因により実施が遅れていると伝えられている。
その他いくつか例があるだろうが、ここでは割愛する。要するに有料化実施には少なくとも2〜3年の準備が必
要になる。この間一貫して対応できるかどうかが有料化導入の鍵となる。名古屋市は「危機宣言」後時間がなかっ
たために有料化の導入を断念したと伝えられており、皮肉なことに有料化導入をしなくてもかなりの減量化が達成
できてしまったために、今後の有料化が極めて困難になってしまっているとも言えるだろう。
7.まとめ
有料化は少なくとも住民のごみ減量化に対する意識を高めるために大きな効果を持っている。しかし現状ではご
み減量化は「リサイクル」に向かっており、より重要な「リデュース」「リユース」にはあまり向いていないようで
ある。有料化区域の住民としては、なるべくごみが少なくなるようには気をつけて買い物はしているが、容器包装
類はリサイクルできると思うとあまり意識しなくなる。メーカーの方も有料化導入地域の住民数はまだ20%以下で
あり、消費の多い大都市ではほとんど意識されていないことを思えば、それほど容器包装の簡略化・削減化にモチ
ベーションが働いていないのではないかと思われるのは邪推だろうか。
では、リサイクル、有料化の次にごみを削減・減量化する手法、政策的手段は何なのだろうか。リデュースより
も依然リサイクルの余地がまだあると見られている。その最大のものは生ごみ、食物残渣である。バイオ的手法で
生ごみをリサイクルすることが各地で検討されており、技術的には一応の完成度を見ているが、費用効果、あるい
は不特定多数の利用者がいる都市部で、悪意または過失による異物の混入にどう対処できるかという点が未解決課
題として残っている。かといって各戸に処理装置を義務付けたり、ディスポーザを認めたりすることにも問題が残
るだろう。
一方で容器包装はどうなるか。事業者のうちには容リ法による負担が次第に厳しくなっていることから、プラを
やめて紙容器に移行したりする動きもある。地球環境上は、少なくともLCAで分析する限りあまり良いこととは思
えないので、政策方向の修正が必要だろう。レジ袋お断り、マイバックに代表される住民の意識は次第に高まりつ
つはあるものの、まだ全体の動きにはなっていない。リユース・リデュースに向けた一歩進んだ行政の介入も必要
とされているのかも知れない。
参考資料
田口正巳、ごみ有料制の現状と政策争点
本の泉社、2005
山谷修作編、循環型社会の公共政策、中央経済社、2002
狛江市、市町村のごみ有料化調査報告書、2002
山谷修作、最新家庭ごみ有料化事情、「月刊廃棄物」2005年7〜8月号
7東京市町村自治調査会編「家庭ごみ有料化導入ガイド」、日報出版、2002
山川 肇・植田 和弘「ごみ有料化研究の成果と課題:文献レビユー」
、廃棄物学会誌12巻4号 、2001
全国都市清掃会議、ごみ処理の有料化に関する調査、2003
72
大阪府廃棄物減量化・リサイクル推進会議
ごみ有料制に関する調査・研究報告書 2000
指定ごみ袋を考える会、指定袋の論点整理 2000/2005改定
新潟市清掃審議会
都市問題研究
長岡市
政令市以降後のごみ減量施策のあり方中間答申 2006
廃棄物特集 2006年6月号、大阪市、2006
廃棄物減量等推進審議会中間報告 2002
長岡市、青梅市、日野市、名古屋市等
環境事業概要
73
論稿
商工会の組織力向上への政策提言
― 地域社会の変化と商工会の戦略的対応 ―
長岡大学教授
広
田
秀
樹
【目次】
はじめに
1.商工会の全体像
2.商工会の組織的特徴
3.商工会の環境変化
4.商工会の組織力向上への政策提言
5.新潟県商工会の合併問題
おわりに
註
主要参考文献
はじめに
日本には2500以上の商工会が存在する。日本経済は事業所数の点で言えば約50%が小規模事業者で占められてい
る。全国の商工会は各地域の小規模事業者を支援するコンサルタント機関として機能している。商工会は地域の民
間業者によって構成される経済団体であるが、日本経団連・経済同友会のような大企業中心の巨大な経済団体と異
なり、所属する事業所に圧倒的に余裕のある財力があるわけではなく会員による会費等の自主財源によってのみで
は十分な運営ができないことから、公的財源が投入され運営されている半官半民型組織である。
近年、商工会を取り巻く地域経済社会の環境は急速に変化している。多くの地域で大規模量販店等の展開によっ
て伝統的な商店街等で営業していた商工会所属の商業者等が大きな打撃を受け、経営基盤を著しく弱体化させてい
る。又、従来商工会が会員に提供してきた融資・税務・会計・労務関係等のサービス業務が純粋な民間企業による
サービスと競合するようになってきている。例えば、かつては小規模事業者の商工会加入の最大のインセンティブ
は資金融資における商工会の力にあり、商工会の国民生活金融公庫などへの融資斡旋システムがあって小規模事業
者は資金を得て地域で経済活動ができた。しかし近年、商工会斡旋による資金融資がなくても地域の民間金融機関
が十分な貸し出しをする傾向になってきている。税務・会計関係においても民間の税理士等による低廉なサービス
が発展してきている。商工会が提供する多様な保険の分野にも民間の保険会社による保険サービスが進出してきて
いる。このような変化の中で会員にとっては商工会に会費を支払って所属しているメリットがかつてほど実感され
ない状況になっている。さらに近年、全国の市町村で行政サイドの合併が相次ぐ中で、合併して成立した新しい広
域の市・町等に対応する形でエリア内の複数商工会が効果的に統合する必要が出てきた。
本稿ではそのような地域経済社会の多様な変化の中で商工会がいかにその組織力を向上させ戦略的に対応すべき
かを考察していきたい。
75
1.商工会の全体像
全国の商工会を所管するのは中小企業庁である。中小企業庁の経営支援部経営支援課小規模企業参事官室が商工
会関連行政を直接的に担当している。その下に全国商工会連合会が存在し、全国の商工会の司令塔的機能を果して
いる。47都道府県には都道府県商工会連合会(地域の商工会員は「連合会」と呼ぶことが多い)があり各都道府県
の実情にあった方針・政策などを展開している。そして、全国の市町村の約2500ヶ所に商工会があり、各地域の民
間業者の経営支援と地域社会全体の発展に寄与する機関として機能している。海外事務所としては中国の上海に上
海事務所がある。
図1:商工会総体の組織体系
中 小 企 業 庁
経営支援部経営支援課
小規模企業参事官室
(
)
上海事務所
全国商工会連合会
都道府県商工会連合会(47ヶ所)
全国各地域の商工会(約2500ヶ所・会員総数100万人)
全国各地域の商工会数の推移は表1の通りに変化している。即ち、1960年の1739商工会から、1965年に2654、
1970年2741、1975年2816、1980年2859、そして1985年2863商工会と1980年代半ばに商工会数は頂点に達する(1)。
1990年代以降に商工会数は減少する。即ち、1990年に2847、1995年2822、2000年2801、そして2005年には2598商工
会にまで組織数としては減少する。1990年代以降の商工会数の減少傾向は行政サイドでの市町村合併に連動して段
階的に各市町村に存在していた複数の商工会が合併したことによるものである。2005年だけでも全国50ヶ所以上の
地域でそのエリア内の複数商工会の合併が成立し統合商工会が誕生している。
行政区分と商工会数の関係は表2の通りである。2005年時点で、町にある商工会が全国商工会の53%で最も多い。
市にある商工会は全体の36%である。その中で市に存在する商工会議所と併存している商工会が18%ある(2)。村に
ある商工会は11%である。
表1:商工会数の推移
年
代
商 工 会 数
1960
1739
1965
2654
1970
2741
1975
2816
1980
2859
1985
2863
1990
2847
1995
2822
2000
2801
2005
2598
中小企業庁各年度「中小企業実態基本調査」
、全国商工会連合会各年度「事業計画書」・「事業報
告書」、各県等商工会連合会「商工会白書」等より作成
76
表2:行政区分と商工会数の関係
行政区分と商工会の関係
商工会数
構成比
(%)
市に存在する
商工会議所と併存しているケース
474
18
商工会
商工会のみで存在しているケース
467
18
町に存在する商工会
1365
53
村に存在する商工会
292
11
(2005年10月末時点)
中小企業庁各年度「中小企業実態基本調査」、全国商工会連合会各年度「事業計画書」・「事業報告書」、各県等商工会連合会「商工会白書」等より作成
表3は全国の地域の商工会の規模(所属会員数)別の商工会数とその構成比を示している。会員数100人未満の商
工会が230商工会でその全体の構成比は9%。会員数100人〜500人未満の商工会が全国では最も多く1764商工会でそ
の構成比は68%である。会員数500人〜1000人未満の商工会は458商工会で構成比は18%。会員数が1000人以上の商
工会は最も少なく146商工会で構成比は5%である。
表3:所属会員数別の商工会数
会
員
数
商工会数
100人未満
構成比
(%)
230
9
1764
68
500人〜1000人未満
458
18
1000人以上
146
5
100人〜500人未満
(2005年10月末時点)
中小企業庁各年度「中小企業実態基本調査」、全国商工会連合会各年度「事業計画書」・「事業報告書」、各県等商工会連合会「商工会白書」等より作成
表4は全国の商工会員の業種別内訳を表している。小売業を経営する会員が一番多く商工会内構成比の26%を占
めている。第2に大きな業種が建設業で21%、第3がサービス業で17%、第4が製造業の15%、第5が飲食・宿泊
業の11%である。卸売業は3%と最も少ない。
表4:全国の商工会員の業種別内訳
業
種
商工会員数
(概算値)
構成比
(%)
小売業
26万4400
26
建設業
20万6700
21
サービス業
16万4500
17
製造業
15万3800
15
飲食・宿泊業
10万9200
11
卸売業
3万
200
3
その他
7万4200
7
(2005年10月末時点)
中小企業庁各年度「中小企業実態基本調査」、全国商工会連合会各年度「事業計画書」・「事業報告書」、各県等商工会連合会「商工会白書」等より作成
従業員規模別の商工会員数とその構成比は表5に示される通りである。経営者1人のみで事業を営む会員が44%
と最も多い。従業員が1〜5人の事業所の構成比が40%、従業員6〜20人の事業所が11%である。即ち、従業員数
20人以下の事業所が商工会の95%を占めていることになる。商工会はまさに Small Business の団体である。
77
表5:従業員規模別商工会員数
従業員数
商工会員数
(概算値)
構成比
(%)
0人(経営者のみで運営)
433400
44
1〜5人
396200
40
6〜20人
109700
11
21〜50人
30500
3
51人以上
15400
2
(2005年10月末時点)
中小企業庁各年度「中小企業実態基本調査」
、全国商工会連合会各年度「事業計画書」・「事業報告書」、各県等商工会連合会「商工会白書」等より作成
表6は経営指導員設置数別商工会数を示している。商工会事務局で地域の民間業者への経営支援等の総合的なコ
ンサルタント業務の中核を担う中心的スタッフが経営指導員である。経営指導員は経済産業大臣が定める資格を持
ち、小規模事業者の経営・技術の改善発展を図るための金融・経理・経営等のアドバイスを行う任務を有している。
通常、経営指導員研修生として採用され中小企業大学校で経営指導員としての知識を得て商工会での実地研修等2
年間の研修期間を経た後に経営指導員として任用される。基本的に経営指導員の設置は商工会の規模に比例する。
全国ベースでみると、1人設置が958商工会で構成比が37%、2人設置が最も多く1205商工会で構成比46%である。
3人設置の商工会が296商工会で構成比が11%になる。
表6:経営指導員設置数別商工会数
経営指導員数
商工会数
未設置・合同設置
構成比
(%)
19
1
1人
958
37
2人
1205
46
3人
296
11
4人
53
2
5人
29
1
6人
20
1
7人
18
1
(2005年10月末時点)
中小企業庁各年度「中小企業実態基本調査」、全国商工会連合会各年度「事業計画書」・「事業報告書」、各県等商工会連合会「商工会白書」等より作成
商工会が会員から徴収する年会費は全国一律ではなく各商工会によって独自に設定される。年会費10,000〜20,000
円未満という商工会が最も多く全商工会の86%を占める。その他年会費20,000〜30,000円未満という商工会が8%、
年会費10,000円未満の会が4%、30,000円以上という商工会が2%ある。
表7:年会費別商工会数
年会費
(円)
商工会数
10,
000未満
構成比
(%)
92
4
10,
000〜20,
000未満
2221
86
20,
000〜30,
000未満
214
8
71
2
30,
000以上
(2005年10月末時点)
中小企業庁各年度「中小企業実態基本調査」
、全国商工会連合会各年度「事業計画書」・「事業報告書」
、各県等商工会連合会「商工会白書」等より作成
78
商工会の予算・基本方針などの重要決定事項の議決方式も各商工会によって柔軟に制度が形成されている。基本
的には組織内会員の全員を対象にした総会による審議・議決か、組織内会員の代表である総代による審議・議決で
進める総代会方式の2つがある。全国ベースでは総会方式を採用する商工会が1647商工会でその構成比が63%で、
総代会方式を採用する商工会は951商工会で構成比は37%である。
表8:重要決定事項議決方式別商工会数
商工会数
総会方式
構成比
(%)
1647
63
951
37
総代会方式
(2005年10月末時点)
中小企業庁各年度「中小企業実態基本調査」、全国商工会連合会各年度「事業計画書」・「事業報告書」、各県等商工会連合会「商工会白書」等より作成
全国の地域商工会の主要財源総額(合算値)は表9に示される通りである。都道府県からの補助金総額が595億円
で収入総額中の46%を占める。また市町村補助金総額が208億円で構成比16%である。公的財源総額は800億円を超
えることになる。構成比で言えば60%以上が公的財源によって支えられている。会費総額は148億円、手数料総額
115億円、商工貯蓄共済事業等受託手数料総額35億円、一般受託料総額29億円と、主要な自主財源総額は327億円で
その構成比は25%である。
表9:全国各地域商工会の主要財源総額(合算値)
主要財源
金額
(億円)
(2005年度)
構成比
(%)
県等補助金
595
46
市町村補助金
208
16
会費
148
11
手数料
115
9
商工貯蓄共済事業等受託料
35
3
一般受託料
29
2
全国商工会連合会各年度「決算等に関する公告」等より作成
全国の地域商工会の主要歳出総額の合算値に関しては、商工会事務局スタッフ等の人件費である指導職員設置費
が624億円と最も多くその構成比は48%になる。地域商工業者への経営支援サービス費用である経営改善普及事業費
は226億円で17%の構成比。経営支援以外の地域社会への貢献のための費用である地域総合振興事業費は193億円で
その構成比は15%である。
(2005年度)
表10:全国各地域商工会の主要歳出総額(合算値)
主要歳出
金額
(億円)
構成比
(%)
指導職員設置費
624
48
経営改善普及事業費
226
17
地域総合振興事業費
193
15
管理費
205
16
全国商工会連合会各年度「決算等に関する公告」等より作成
全国の地域の商工会には商工会事務局が設置され、多様なカテゴリーのスタッフが配置されている。事務局長は
商工会事務局全体を統括する責任者である。経営指導員は小規模事業者への経営支援業務・総合的な地域振興業務
を担う商工会の中心的スタッフである。記帳専任職員・記帳指導職員は小規模事業者の税務・経理に関する支援を
79
専門に行なう職員であり、一般職員・補助員は経営指導員等を補助し商工会を運営するための事務全般を行なうス
タッフである。全国ベースでの総人数は、事務局長が1897人、経営指導員4898人、記帳専任職員2805人、記帳指導
職員632人、一般職員347人、補助員3110人で、職員合計は13689人である。
表11:全国各地域商工会の職員総数
役
職
名
人
数
事務局長
1897
経営指導員
4898
記帳専任職員
2805
記帳指導職員
632
一般職員
347
補助員
3110
合計
13689
(2005年10月末時点)
中小企業庁各年度「中小企業実態基本調査」
、全国商工会連合会各年度「事業計画書」・「事業報告書」、各県等商工会連合会「商工会白書」等より作成
地域の商工会を指導するのが都道府県単位に設置されている都道府県商工会連合会である。表11は都道府県商工
会連合会の職員総数を示している。その専従職員は常勤役員が44名、商工会指導員403名、専門経営指導員278名、
経営指導員148名など1348名が勤務している。
表12:都道府県商工会連合会の職員総数
役
職
名
人
常勤役員
数
44
商工会指導員
403
専門経営指導員
278
経営指導員
148
経営指導員研修生
23
一般職員
117
補助員
220
嘱託専門指導員
115
合計
1348
(2005年10月末時点)
中小企業庁各年度「中小企業実態基本調査」、全国商工会連合会各年度「事業計画書」・「事業報告書」、各県等商工会連合会「商工会白書」等より作成
2.商工会の組織的特徴
商工会は純粋な民間経済団体や公共団体等とは異なる以下のような独自の組織的特徴を有する機関である。
2.
1
半官半民型組織
基本的に商工会は地域の民間業者によって構成される民間団体の側面を持つ。会費を支払う地域の商工業者が全
体的な運営の方針を出し、役員・総代等商工会幹部は地域の商工業者から選出される。会員である商工業者と商工
会事務局の関係は一般的には会員(商工業者)が上位に位置し、事務局は多様な商工会業務の実務的な面を担う補
助的部署とみなされている。よって、会長・副会長・支部長・部会長・委員長などの組織運営上の要となるポスト
80
には事務局職員は就けないシステムになっている。また、事務局職員の業務評価を会員(商工業者)の代表である
会長が査定する制度を採用している商工会も多い。このような点では商工会は商工業者中心の民間組織とも言える。
図2:地域の商工会における会員(商工業者)
・事務局の関係
商
会
員
(民間商工業者)
工
会
役員(会長・副会長・部会長・委員長・支部長等)
総代
一般会員
事務局
事務局長
経営指導員
記帳専任職員等
しかし一方で、商工会はその運営財源の約60%が公的資金で賄われ、事務局スタッフの給与の主要部分も公的予
算でカバーされるという公共団体的な側面も持つ。各商工会に勤務する経営指導員という職種は政府認定の公的資
格をもったスタッフであり、公的資格を有したスタッフが事務局組織の中心をなしている。公的財源でかなりの部
分が支えられるということから、商工会自体が倒産するというリスクは小さい。これは反面では、制度的に地域の
商工会自体・商工会事務局に民間企業並みの事業運営への緊張感がなくなり多様な組織的非効率を発生させること
にも通じる。
2.
2
民主型・グラスルーツ型組織
商工会総体は全国的な組織である。しかし中小企業庁・全国商工会連合会から全国の商工会に向けて一律の指示
を与え全国的なアクションを起こすとか、都道府県の商工会連合会が各地域の商工会に指示を与え迅速に地域商工
会を動かすというトップダウン型の組織ではない。むしろ逆で、全国に2500以上ある地域商工会に自主的運営がか
なりまかされる民主型組織として機能しているのが商工会である。それは一つには商工会が公的財源に支えられる
面があるとは言え、小規模ながら民間セクターに属する民間企業を会員として組織される団体だからと考えられる。
また商工会は長期に渡って地域に密着してビジネスを展開している多くの業者によって形成されるグラスルーツ型
組織である。よって、商工会は各地域の実情を極めてよく把握しそれらを正確に反映した運営を展開する傾向があ
る。しかし他方で、全国会員総数が100万を超えるほどの大規模組織であるのに十分な政治力を発揮できないという
面もある。
2.
3
重層的組織編成
地域の商工会組織はその地域の歴史・伝統等の影響を色濃くうけて形成されている傾向が強い。多くのエリアで、
歴史的に一般会員は自己の展開するビジネスに関係した同業者の組合や商店街組合等に所属してきており、多数の
組合・組織をまとめる形で地域に商工会が形成されている場合が多い。地域の業者の所属への選択は多様である。
伝統的な同業者組合等には所属しているが商工会には属さないケースもある。又、地域には1960年の商工会法によ
って政府主導的に商工会が成立する以前から、極めて狭小なエリアで民間業者だけで純粋な「民間経済団体」を形
成していた地域があり、そのような地域では商工会結成後も狭小なエリアの民間経済団体を商工会の「支部」とし
てまとまりを温存している所もある。そのような商工会では支部が存在し、会員の中から支部長が選出され支部エ
81
リアにおいて大きな影響力を有している。
図3:商工会と伝統的同業者組合等
商
工
会
商業系 工業系 建築系 理容系 サービス系 観光系 商店街 その他
支
組 合 組 合 組 合 組 合 組 合 組 合 組 合 組 合
部
地域商工会の一般的な組織編成としては、商業・製造業・飲食・サービス・観光等の業種別に会員をグルーピン
グし商業部会・工業部会・飲食サービス部会・観光部会という形で組織し、さらに商工会全体の総務・広報・福利
厚生・貯蓄共済・融資斡旋などの主要業務を担当する委員会を商工業者の代表で組織するというマトリックス型編
成を採用する所が多い。
図4:商工会のマトリックス型組織編成
業務別編成
総
務
委
員
会
広
報
委
員
会
福
利
厚
生
委
員
会
貯
共
推
進
委
員
会
融
資
斡
旋
委
員
会
業種別編成
商業部会
工業部会
飲食・サービス部会
観光部会
2.
4
地域総合振興型組織
商工会法第3条に「商工会は、その地区内における商工業の総合的な改善発達を図り、あわせて社会一般の福祉
の増進に資することを目的とする。」とあり、商工会の目的が2つ明記されている。即ち、各エリア内の商工業の発
展と、各エリアの総合的な福祉への貢献である(3)。商工会は地域の商工業者への経営支援だけでなく、地域社会全
体を発展させることを組織的使命としている。実際、商工会の基本業務は会員への経営改善普及事業という経営支
援業務であるが、一方で経営支援以外にも各地域の福祉一般を振興する地域総合振興業務を展開している。全国の
地域商工会全体で地域総合振興事業費として約190億円が使われている。地域のイベント支援、地域の環境・景観美
化運動等地域を活性化させる多様なプロジェクトに商工会は取り組んでいる。将来的に日本は本格的な地域主導型
社会に移行すると予想される。その中で商工会の地域総合振興機能はますます重要になってくると考える。
82
3.商工会の環境変化
近年、商工会を取り巻く環境は急速に変化している。全国の各地域の商工会に共通した主要な変化として考えら
れるものには以下のような現象がある。
①大規模量販店等の進出→伝統的商店街の衰退
②民間セクターの発展・洗練化→商工会サービスとの競合
③地方自治体等の財政の悪化→対商工会補助金の削減
④小規模事業者における後継者問題
⑤急速な行政合併への対応
⑥地域主導型社会への移行→地域総合振興業務の拡大
即ち、第1に郊外立地の大規模量販店等の展開によって旧来の伝統的な中心商店街で営業をしてきた地域の商業
者が大きな打撃を受け経営基盤を極度に弱体化させる傾向がある。第2に従来商工会が提供していた金融・税務会
計・保険関係等のサービス分野に地域の民間セクターが進出し商工会提供サービスと競合するようになってきてい
る。例えば、かつてはマル経(小企業等経営改善資金融資制度)への商工会の斡旋システムがあって小規模事業者
は十分な事業資金を得ることができた。小規模事業者の商工会加入の最大の理由も資金融資における商工会の融資
斡旋の力にあった。しかし近年、商工会斡旋による資金獲得がなくても、地域の金融機関が十分な貸し出しをする
傾向が強くなってきている。税務・経理関係においても民間の税理士等による低廉なサービスが発展してきている。
商工会が提供する多様な保険の分野にも民間の保険会社による保険サービスが進出してきている。第3に商工会の
財政は部分的に公的な補助金によって支えられてきたが、人口高齢化による福祉予算拡大等の要因によって地方自
治体等の財政が悪化し、商工会への補助金も段階的に削減せざるをえない状況になっている。今後も国・県・市町
村レベルでの財政改善の方針から商工会への補助金はさらに削減される方向にある。商工会自体の自主財源を拡大
する等、各商工会の財政を安定化させることが課題になってきている。第4に小規模事業者における後継者問題が
ある。特に大規模量販店等の展開によって経営基盤が劣化した事業体では若年層がそれを引き継ぐことを躊躇する
ことが極めて多くなってきている。第5に近年の行政サイドでの合併への対応の課題がある。即ち、1990年代末以
降全国の市町村の行政サイドで合併が相次ぐ中で当該エリア内にある複数の商工会もスケール・メリットを指向し
て統合する動きが出てきた。しかし行政合併のように特定の利益誘導がある分けでもなく、又商工会間での組織
率・財政力格差が大きい場合等、商工会の統合が迅速にはいかないケースが出てきている。第6に将来的な地域主
導型社会への対応の課題がある。即ち、国の本格的な地方分権の推進施策によって、ますます地域の自立と地域の
自己展開力が求められてきている。商工会に対しても従来からの経営支援業務以上に地域の総合的振興にいかに貢
献するかが重要になってくると予想される。
環境変化の詳細は各地域によって多様である。諸条件を冷静に分析しつつ各商工会が効果的な戦略的対応を実行
することが重要である。以下共通して採りえるいくつかの組織力向上への政策提言を示したい。
4.商工会の組織力向上への政策提言
商工会の組織力向上への戦術として以下のようなことが考えられる。
4.
1
職員の戦略的ポジションへの任命
現行の商工会の制度では、部会長・委員長・支部長等の戦略的に重要なポストになり手が存在しないという地域
もある。即ち、自己の事業で多忙な中で役職を遂行することを躊躇する傾向がある。躊躇しがちで時間的にも余裕
のない商工業者の会員が商工会運営を左右するポストに就いたとしても、十分に任務を果たすことができないのは
当然である。一般会員と専従職員で構成される NGO・NPO 等の団体で成功しているケースを分析すると、専従職
83
員が組織の支柱となるポストにつき活躍している場合が多い。商工会においても専従職員が戦略的ポストについて
活躍する制度に変えることも検討して良いのではないかと考える。
4.
2
結集の強化
組織を強化するには会員を恒常的に結集することが重要である。定期的に結集して会合を開催する意義は大きい。
現実の地域の商工会では、部会単位・支部単位等で恒常的には結集していなかったり、全会員を結集する総会を年
複数回は開催していないケースが多い。それでは組織力は向上しない。少なくとも、部会単位・支部単位等で月1
回結集することや、上半期・下半期で総会を開催し全会員を結集する必要がある。結集の強化は会員間の人的交
流・情報交流を活発にし所属意識・団結の意識を高める。結果として組織力を向上させそれが対外交渉力の強化に
も連動していく。
4.
3
商工会所属メリットのアピール
商工会が提供している税務・金融・経営相談・労務・保険等の分野でのサービスは実に多様である。低廉な会費
によって経営に関する多くのサポートが受けられるシステムになっている。又商工会から提供されるサービスの価
格は極めて安価である。もし商工会が存在せず純粋な民間セクターに商工会サービスが代替された場合、年間1万
円程度の会費(価格)ではこれだけのサービスはカバーできないと考える。しかし一般的に商工会員の中にそのよ
うな大きな所属メリットが浸透していない場合がある。幹部・職員を中心として地域商工業者への商工会提供サー
ビスの徹底したアピールが必要である。
表13:商工会の主要提供サービス
税務・経理関係サービス
税務相談・帳簿の記帳代行
金融関係サービス
金融斡旋(無担保・無保証・低利融資紹介等)
経営関係サービス
経営の相談・指導
講習会・講演会
経営診断
無料法律相談
専門家紹介(エキスパート・バンク)
労務関係サービス
労働保険
社会保険
保険関係サービス
商工貯蓄共済制度
全国商工会経営者年金制度
全国商工会経営者休業補償制度
中小企業PL保険制度
小規模企業共済制度
中小企業倒産防止共済制度
中小企業退職金共済制度
特定退職金共済制度
地域総合振興サービス
商店街整備
地域産業起こし
各種イベント開催
84
4.
4
ニュービジネス紹介・起業支援強化
地域の経済に活力を与える意味では新しいビジネスを連続的に紹介する業務が今後ますます重要になってくる。
経済社会の急激な変化によって常に新たに発生するビジネスフィールドがある。近年では、アニメ・キャラクター
グッズ等を販売するアニメ・トーイ系ビジネス、家庭内の通常の洗濯を短時間で処理するスーパーランドリービジ
ネス、高齢者向けの健康的な食事を提供するメディカル・フードサプライビジネス、パソコンの総合アドバイスを
行なう PC アドバイスビジネス、シニア専門の海外トラベルビジネスなどが各地域で伸びている。そのようなニュ
ービジネスフィールドを積極的に情報発信することが商工会のプレゼンスを高めていくことになる。ニュービジネ
スは全く新規の分野だけでなく、既存の業種の中で経営手法に大胆な変革や新規性を導入するところからも生まれ
る。ニュービジネスの情報については、社団法人日本ニュービジネス協議会連合(JNB)とのコンタクトが有効で
あろう。JNB は日本のニュービジネスのあらゆるフィールドにおける情報提供・交流を手がけている。
新たな起業への支援を商工会が積極的に行なうこともさらに重要になってくる(4)。地域にあっても特定の企業組
織に属して一生涯働くライフスタイルから自ら企業・店を起こすようなライフスタイルを選択する人が増えている。
商工会が取り組める役割としては、従来からの金融斡旋等による起業の際の seed money の支援から、地域の関連産
業、販路等経営の多様な要素に関する情報提供まで多様なことが考えられる。ベンチャービジネスの教育に関する
情報を提供するのも有効である。体系的なベンチャービジネス教育は世界でも新しい分野であるが、近年ベンチャー
ビジネスの分野も体系的な教育プログラムが形成されてきている。例えば、アメリカで最も高く評価されているベ
ンチャービジネス教育としてボストンのバブソンカレッジ( Babson College )のベンチャービジネス教育プログラ
ムがある。日本の各地域の大学等でもベンチャービジネス教育を提供する所が増えている。商工会がそれらの教育
機関等と連携してベンチャービジネスの手法に関する情報を提供することも有効である。
4.
5
地域総合振興業務の拡大
国の本格的な地方分権の推進施策によって、ますます地域にあっては自立とその自己展開力の発揮が求められて
くる(5)。商工会に対しても従来からの経営支援業務以上に地域の総合的振興にいかに貢献するかが重要になってき
ている。経営支援以外で地域の福祉に貢献する業務である地域総合振興業務を拡大する必要がある。特に、純粋な
民間セクターによるサービスが従来の商工会提供サービスと鋭く競合する地域ほど地域総合振興業務を拡大する意
義は大きい。例えば、商工会が人材育成の一端を担うことが考えられる。高校・大学のインターンシップ制度と連
携し、若者を積極的に事務局の職場に招き訓練する場を提供することもできる。又商工会の会員には多様な業種が
存在することから、商工会が会員事業者と高校・大学とのインターンシップでの仲介役になることもできる。
4.
6
大手・中堅企業参加の拡大
全国の地域において大企業・中堅企業が商工会に入っていないケースがある。これは大型量販店・大型ホテル等
の大企業・中堅企業が旧来からの商工会所属の小規模事業者と市場で鋭く競合することから入らない場合や、大都
会本社の支社スタッフに地域意識が理解できないことからおきている場合がある。しかし、企業の社会的責任
(Corporate Social Responsibility : CSR)の考え方が高まる中でエリアでビジネス展開する経営体力がある大企
業・中堅企業が地域の公共的利益拡大を使命とする経済団体である商工会に所属しないのは社会的倫理に反すると
も考えられる。大企業・中堅企業の担当者と粘り強く交渉を展開し先方の状況・意見も十分に理解しながら、商工
会への協力を依頼することが重要である。行政サイドからアプローチしてもらうことも有効であると考える。
5.新潟県商工会の合併問題
1990年代後半以降全国の行政サイドで急速な合併が展開された。新潟県内でも商工会がある行政エリアで合併が
急速に進んだ。対照的に新潟県内の商工会の統合はなされていない(6)。そのため一つの行政エリアに複数の商工会
が存在する状況になっている。また、商工会設置エリアに商工会議所が存在するエリアも複数出てきている。商工
会の名称は行政合併前の旧来のエリア名称がついたものになっている場合が多いので、行政合併したエリアの一般
85
住民からすると行政区の名称が新しいものになったのに商工会が旧来の名称を使って存在していることが奇異に映
る場合もある。逆に、各商工会の会員(商工業者)からすると、行政よりミクロ単位で組織されていることがきめ
の細かいサポートに通じるという考えもある。
表14は新潟県の近年の行政合併後の行政区分と商工会の配置、又商工会議所の配置を整理したものである。
表14:新潟県各地域の商工会
行政区分
商工会
山北町
山北町商工会
朝日村
朝日村商工会
神林村
神林村商工会
荒川町
荒川町商工会
胎内市
商工会議所
中条町商工会
黒川村商工会
新発田市
豊浦商工会
新発田商工会議所
加治川商工会
紫雲寺商工会
聖籠町
聖籠町商工会
関川村
関川村商工会
新潟市
豊栄商工会
新潟商工会議所
新潟西商工会
赤塚商工会
酒屋町商工会
白根商工会
小須戸商工会
横越商工会
岩室商工会
西川商工会
黒崎商工会
味方商工会
潟東商工会
月潟商工会
中之口商工会
巻町商工会
阿賀野市
安田商工会
京ヶ瀬商工会
水原商工会
笹神商工会
五泉市
村松町商工会
阿賀町
津川商工会
五泉商工会議所
鹿瀬商工会
上川商工会
三川商工会
三条市
下田商工会
三条商工会議所
栄商工会
田上町
田上町商工会
弥彦村
弥彦村商工会
86
燕市
分水町商工会
燕商工会議所
吉田町商工会
出雲崎町
出雲崎町商工会
見附市
見附商工会
長岡市
寺泊町商工会
長岡商工会議所
和島村商工会
与板町商工会
中之島町商工会
関原地区商工会
二和地区商工会
越路町商工会
三島町商工会
小国町商工会
山古志商工会
栃尾商工会
川口町
川口町商工会
魚沼市
堀之内商工会
小出商工会
湯之谷商工会
広神商工会
守門商工会
入広瀬商工会
南魚沼市
大和商工会
六日町商工会
塩沢町商工会
湯沢町
十日町市
湯沢町商工会
川西商工会
十日町商工会議所
水沢商工会
中里商工会
松代町商工会
松之山商工会
津南町
津南町商工会
柏崎市
黒姫商工会
柏崎商工会議所
北条商工会
西山町商工会
高柳町商工会
刈羽村
上越市
刈羽村商工会
安塚商工会
上越商工会議所
浦川原商工会
大島商工会
牧商工会
柿崎商工会
大潟商工会
頚城商工会
吉川商工会
三和商工会
中郷商工会
板倉商工会
87
清里商工会
名立商工会
妙高市
妙高高原商工会
妙高商工会
糸魚川市
能生町商工会
糸魚川商工会議所
青海町商工会
佐渡市
両津商工会
相川町商工会
佐和田商工会
金井商工会
新穂商工会
畑野商工会
真野商工会
小木町商工会
羽茂商工会
赤泊商工会
=商工会名称が市町村等行政区分名称と
一致しないエリア
(2006年3月31日時点)
表14に示される通り、新潟県においては大半の行政区分において複数の商工会が存在することになっている。し
かも10ヶ所において商工会議所が併存している。現在各地域の商工会の合併あるいは単独存続の選択が大きな検討
課題になっている。実際、商工会の合併には複数の利点もあればその実現への重大な隘路も存在する。
合併の利点としては以下のようなことが考えられる。第1に合併した場合に組織が拡大し戦術的には拡大した組
織力を背景に行政等へのバーゲニング・パワー(交渉力)が増すことになる。各商工会はその財政を部分的に行政
の補助金に依存している。補助金支給・補助金額自体に法的バックボーンがあるわけではなく行政と各商工会の交
渉によって決定されていることを考えると、バーゲニング・パワーの拡大の意義は大きい。第2に合併は職員の能
力向上につながる。新潟県の地域商工会の平均職員数は5名と極めて少ない。少ない人員で金融・税務・労務・地
域福祉などの多様な業務をこなすことになっている。合併によって職員間での専門化が進めば事務局の組織力は向
上する。第3に会員間での広域交流によるビジネス・チャンスの拡大も考えられる。合併による情報交流・人的交
流の恒常的拡大は会員間での事業チャンスに連動する可能性がある。第4に地域でのプレゼンスの拡大につながる
ことが考えられる。商工会とは直接関係ない一般住民に合併してスケールを拡大して業務をブラッシュアップした
姿を示すことが地域での商工会の存在感を高めることになる。
しかし、合併への隘路も複数存在する。第1に財政力格差の問題がある。エリア内での商工業者の団結が強く特
に主要な自主財源である会費・商工貯蓄共済事業等受託料が潤沢な財政力がある商工会は、財政力が劣化している
商工会との合併を回避したがる傾向がある。第2に組織率格差の問題がある。法的にはエリア内商工業者の組織率
が50%に達しない場合は商工会は解散することになっている。組織率が高い商工会が極端に組織率が低い商工会と
の合併を躊躇するのは当然と考える。
現段階では商工会の合併は慎重に進められている。エリアの会員にとって単独商工会のままで運営することにメ
リットが大きい場合は単独存続を選択すべきであるが、中長期的にスケールメリットを生かして統合することがベ
ストな選択と多くの会員が判断しているならば、無為に時間をかけることは許されない。年々多様な変化の中で小
規模事業者の置かれている環境は劣化しているからである。状況によってはトップダウン的なスピーディーな統合
を進める必要があると考える(7)。
88
おわりに
戦後の日本経済の発展過程において商工会の果してきた役割は大きかった。全国の各地域にあって金融斡旋を中
心とした各種のサービス提供等総合的な経営支援によって、商工会は小規模事業者を実質的に保護し発展させてい
った。もし商工会が存在していなかったならば消滅していた小規模事業者は極めて多かったと考える。
伝統的商店街衰退への対策、自主財源拡大の必要性、急速な行政合併への対応等、商工会が直面する課題は多い。
近年地域において人々は偉大なる独立心を連想し起業を志向する人が着実に増えている。アメリカでは小規模事業
を Small Business と呼び、やがて大企業へも急成長する可能性もあるといった肯定的なイメージをその言葉に抱く。
事実、アメリカ人の多くが Small Business に挑戦する。今後は創業支援に商工会の役割が大きくなると考える。又
本格的な地方分権の推進によって地域の自立・地域の自己展開力の発揮が求められる時代に入っていく中で、従来
からの事業者への経営支援業務以外の地域でのイベント支援、環境美化、景観創造、人材育成、タウン・ビジョン
提示等の地域の総合振興に商工会が大きく貢献することも重要になってくると考える。
地域の特質は極めて多様である。歴史、産業構造、人口構成、行政との関係等、多くの点で地域は異なる。中央
集権的政策のような一律の政策展開では地域を洗練されたものにすることはできない。地域の実情に合った政策展
開が必要である。この点において地域の現実を最もよく把握したグラスルーツ型組織である商工会の使命は大きい。
事務局スタッフの戦略的ポジション配置の検討、結集の恒常化、所属メリットのアピール、ニュービジネス紹介・
創業支援業務の拡大等によって組織力を向上させながら、時代の変化、地域ニーズの変化に迅速かつ大胆に対応し
て地域の社会経済をリードする機関に商工会が発展することを期待する。
註
1)1960年に商工会法が成立し全国で商工会結成が開始された。当時商工会を結成しなければならなかった背景と
しては、少数の大企業と全国に存在する圧倒的多数を占める小規模企業との極端な経済格差があった。格差を
是正するために全国の小規模事業者を一律に底上げするというのが商工会の第一の目的であった。
2)商工会と商工会議所には多様な相違点がある。即ち、根拠法に関しては商工会の根拠法が商工会法であるのに
対して、商工会議所は商工会議所法である。所管官庁は商工会が経済産業省中小企業庁であるが、商工会議所
は経済産業省経済産業政策局である。事業内容に関しては、商工会が小規模事業施策が中心であるが、商工会
議所は中小企業支援を中心にしつつ国際的活動を含めて幅広い事業を展開することになっている。設立エリア
としては、商工会が町村中心に設立されるのに対して、商工会議所は市中心に設立されてきた。
3)商工会法第11条には以下のように商工会の事業範囲が詳細に明記される。
即ち、「商工会は、第3条の目的を達成するため、次に掲げる事業の全部又は一部を行うものとする。
1.商工業に関し、相談に応じ、又は指導を行うこと。
2.商工業に関する情報又は資料を収集し、及び提供すること。
3.商工業に関する調査研究を行うこと。
4.商工業に関する講習会又は講演会を開催すること。
5.展示会、共進会等を開催し、又はこれらの開催のあっせんを行うこと。
6.商工業に関する施設を設置し、維持し、又は運用すること。
7.商工会としての意見を公表し、これを国会、行政庁等に具申し、又は建議すること。
8.行政庁等の諮問に応じて、答申すること。
9.社会一般の福祉の増進に資する事業を行うこと。
10.前各号に掲げるもののほか、商工業者の委託を受けて当該商工業者が行うべき事務(その従業員のための
事務を含む。
)を処理し、その他商工会の目的を達成するために必要な事業を行うこと。
」とある。
89
4)1999年末に中小企業基本法が改正され、国全体の中小企業政策・小規模企業政策に大きな転換が始まった。経
済の二重構造の格差是正のために中小企業全体を底上げする政策から転換し、小規模企業等の大胆な経営革新
や起業を支援する政策に変化してきている。特に起業促進は今後もますます強化されていくと予想される。
5)多極分散型国土形成の方針、三位一体改革や道州制等の議論の進展によって、将来的には本格的な地方分権が
実現し地域主導型社会に移行すると予想される。
6)新潟県商工会の歴史的発展のポイントとしては、1961年新潟県商工会連合会設立、1970年商工貯蓄共済制度発
足、2002年新潟県産業界の B to B の仮想工業団地である「 e にいがた工業団地」構築等が重要である。
7)一般的に行政合併への商工会の対応としては、完全な合併統合という形ではなく、複数商工会の「広域連携」
という形態もある。佐渡市にある10の商工会は広域連携方式によるゆるやかな連合を実現している。
【主要参考文献】
●佐渡連合商工会
『報告書
●全国商工会連合会
商工会等広域連携等地域振興対策事業』
「商工会が自信をもっておすすめします!
佐渡連合商工会
2004年
商工会が提供するお得なメニューを紹介します」
全国商工会連合会
●全国商工会連合会
「全国商工会経営者休業補償制度
●全国商工会連合会
「地域社会に貢献する商工会のご案内」
全国商工会連合会
●全国商工会連合会
「商工会地域における商業先進事例集」
2002年
●全国商工会連合会
各年度「事業計画書・事業報告書」
●全国商工会連合会
各年度「決算等に関する公告」
●中小企業総合事業団
「小規模企業共済制度」
●新潟県商工会連合会エキスパート・バンク
商工会の休業補償制度」
全国商工会連合会
中小企業総合事業団
「経営・技術強化支援事業
エキスパートバンク」
新潟県商工会
連合会エキスパート・バンク
●新潟県商工会連合会
●新潟県産業労働部
●中小企業庁
「新潟県小規模事業労働環境改善研究事業報告書」
1998年
「新潟県の商工業 平成16年版」
各年度「中小企業実態調査」
大和町商工会・六日町商工会 2004年
●廣田秀樹
『南魚沼市の商工会の組織変革と事業戦略』
●広田秀樹
「新潟県の商工会発展への一政策提言−地域経済社会の支柱的機関としての商工会の高度化に関する
課題と展望−」長岡大学地域研究センター『地域研究』第5号〈通巻15号〉2005年
●南アルプス市商工会
『南アルプス市商工会合併関係資料』
南アルプス市商工会
六日町商工会 2004年
●六日町商工会
「第33回通常総代会議案」
●六日町商工会
「商工会運営巡回指導に係る事前調査資料」
90
六日町商工会
2004年
2004年
論稿
中小企業金融の動向と創業期を含む資金調達
にあたっての留意点
〜管理会計情報ないし経営管理情報の融資交渉における有用性〜
長岡大学助教授
谷
崎
太
【目次】
1.はじめに
2.市場経済の変容〜「株式会社」の属性変化〜
3.貸出姿勢の変化〜金融機関のリスク・テイク能力低下〜
4.中小企業金融の構造〜借り手・貸し手の情報非対称性〜
5.おわりに〜創業期を含む資金調達にあたっての留意点〜
〔参考文献〕
1.はじめに
1996年から「フリー」「フェア」「グローバル」をキーワードに進められてきた金融制度改革1は、2005年の新会社
法2の成立をもってひとつの節目を迎えたといえよう。すなわち、従前からの大小会社区分立法の流れを受け大規模
公開会社ないし小規模閉鎖会社に係る規制を区分することで、それぞれの範疇に属する会社が従うべき指針が明確
になった。市場プレイヤーが従うべきルールが変更になったことで、ゲーム(ビジネス)に臨む際にとるべき戦略
3
が変わったのである。
4
大規模公開会社については金融証券取引法(旧証券取引法)
に、中小中堅会社については会社法にそれぞれ主要な
規制を委ね、会計規定については、会社法における省令委任事項についての規定である会社法施行規則、会社計算
規則において一般に公正妥当と認められる会計の基準その他の会計の慣行を斟酌すべきことを要請し、会計基準に
ついては基準設定団体に委任することで会社の実態・属性に即した機動的な運用を図る形になった。大規模公開会
社の会計基準は国際会計基準へのコンバージェンスを念頭にしたものとなりつつあり、小規模閉鎖会社の会計基準
は「中小企業の会計に関する指針」5に準拠したものが想定されている。
中小企業が担保や保証に過度に頼ることなく資金調達を行い、取引先等の信頼を確保するためには、決算書(財
務諸表等)の質の向上が従前にも増して重要となりつつある。したがって、会社の属性に応じた事業戦略の再考が
必要であり、自社に関する情報を利害関係者に適切に伝達することが円滑な事業展開に資することを深く理解しな
ければならない。況わんや、これから創業しようとする事業者にとって、所与の事業環境としてこれらの認識をも
つことは、創業期のみならず成長期、安定期、継承期と辿ることになるステージを通じて事業展開の推進力となる
ものであろう。
本稿では市場経済の変容と中小企業金融の構造を概観した上で、これを援用する形で中小企業事業者が対応すべ
き方針・理念を導出し、もって創業期を含む資金調達にあたって事業者が留意すべき点を剔出することを試みたい。
91
2.市場経済の変容〜「株式会社」の属性変化〜
中小企業金融の動向をみる前段として市場経済の移り変わり、ならびに会社の属性の変化を辿る。会社が社会的
存在である以上これを取り巻く市場経済という環境条件は無視し得ない。大局的にみて我々は今どこにいるのかを
再確認しよう。以下、武田[2006]に依りながら市場経済の変容を整序する。
これは、従来から既に暗黙裡に株式会社の性格に変化が起こっており、これを法制度が追認する形で新会社法が
形成されたという解釈を基調として、株式会社の根幹をなす会社法の変容は会社法の規制を受ける株式会社の性格
に変化が起こったことを表象するというものである。武田によれば、19世紀以降、市場経済の中心は実物財から金
融財、そして無形財へと変化したのであり、それらが取引される市場をそれぞれ、プロダクト型市場経済、ファイ
ナンス型市場経済、知識情報型市場経済と呼んでいる。
<プロダクト型市場経済>
第二次産業革命以降、重工業を中心として企業が勃興したドイツにおいて、多額の設備投資資金の需要が生起し、
この資金ニーズを賄う形で株式会社が法制化された(1861年ドイツ一般商法典)。持続的工業化により近代的資本主
義が国民経済の基盤となった訳だが、資金調達については銀行からの間接金融が主力であった。しかし、融資だけ
では多額の設備投資資金は満たせず、株式を発行することによって個人では到底なしえない多額の資金調達が可能
になった。企業運営方式としては株主総会を会社の最高意志決定機関として株主自らが会社の意志決定に参画でき
る形態をとり、意志決定に伴うリスク負担については株主有限責任の原則を導入し株主の持分権(株式)の自由な
譲渡を保証することで克服した。この段階では、資本と物財が密接不可分であり、一体化した組織で資本運用によ
る利益(資本余剰)の最大化をねらうモデルとなっている。現存する資本価額は現存する財産価値額に対応するも
のであり、資本という表示金額が物的資産の表示金額に一致する。企業の維持とは経営の実物資本を維持すること
であり、資産の変動と資本の変動が併行して推移する。その基盤は貨幣資本維持を背景とした取得原価主義であり、
貨幣資本利益計算を背景とした実現主義である。そして、出資者帰属利益の分配による資本余剰の減少は資産の流
出として実財産の減少に繋がる。
<ファイナンス型市場経済>
プロダクト型市場経済では主要財である棚卸資産を補完する補助財として存在していた金融資産の自律性が高ま
り、これから生み出される金融成果(金融パフォーマンス)を追求するモデルとなる。生産準備手段である固定資
産と棚卸資産の一体的運動から生み出される財貨のパフォーマンスとは違ったセクターである金融成果を分離して
報告させるキャッシュフロー計算書の重用傾向が示す通りである。ファイナンスの世界は一つの金融資産が一つの
投資実体として採算点において即時的に精算されるため、同一の金融資産の持続的維持という思考は存在しない。
金融資産の物的担保となるものは存在しないのである。物的資産(現存する用益潜在力)と抽象的所有権が一体化
しており、物的資産の利用過程から利益が創出され、抽象的所有権の増殖分として認識される。
<知識情報型市場経済>
財産とエクイティ(物的資産に対する抽象的所有権)が別体系となり、連動することなく別個に運動するモデル
であり、無形資産と抽象的所有権は別個の概念として認識される。例えば、無形資産は将来用益への期待価値を表
すが形がなく資産化が困難であり、抽象的請求権としての性質は希薄である。しかし、生産物や金融資産が企業の
差異を形成し市場における収益機会を高めるためには、その背後あるビジネスモデル、ブランド、ライセンス、ノ
ウハウ、技術、特許等の無形財が決定的に重要である。無形財が企業の価値創造の源泉として重視され投資評価の
指標となる市場原理が作用する社会であり、情報・通信、バイオ、ハイテクが産業の主導的役割を担い、ベンチャ
ー企業が澎湃として興る。
「資本」の観点からベンチャー企業をみると、担保となるものは起業する「ヒト」であり、
アイデアを生み出す「創造性・独創性」に対して出資が実行される。そして出資に見合うものは起業家に内在する
形のない「独創性」という知識であり、これは処分可能な物的財産ではない。知的資産は企業組織や精算システム
に組み込まれることによって生産物成果や金融成果として具体化する。
以上のように市場経済を舞台とする株式会社の収益源泉は実物財から金融財、無形財(知識)へと変遷を辿った。
株式会社の性格の変化は、すなわち事業の収益源泉たる資本に対する認識の変化であり、投資者による「出資のリ
92
スクとリターンへの認識の変化」を表象するものである。企業価値の評価にあたって情報提供機能の必要性が従前
にも増して大きくなった所以である。そこで、企業の実態を踏まえた抜本的な見直し、株式会社への過剰な規制の
見直し等が俎上に上り、一つの成果をみたのが今回の新会社法であるとするのが武田の大局観である。
そのような観点から新会社法をみれば、大規模公開会社には広範に及ぶ社会的責任を担保する規制を設け、小規
模非公開会社には成長を促すべく柔軟な対応が可能な構造となっているのは、経済成長を担う事業の創出・成長過
程におけるイノベーションを経て株式会社の属性は変化していくものであり、「株式会社」という一言ですべての株
式会社を単一の範疇に括るのではなく、株式会社それぞれの様相に応じた規定を設けるという考え方が基本にある
と思われる。それが端的に表れているのが、株式会社の会計規定については金融商品取引法(旧証券取引法)によ
るものと中小企業の会計に関する指針を株式会社の属性に応じて使い分けるという制度設計である。そうした立法
姿勢は知識・情報こそが枢要な収益源泉とみなされる市場経済においては、資金の多寡に起因する競争力の格差を
政策誘導的に排除することで萌芽的段階ないし成長段階にある新事業・中小企業を保護・育成し経済的イノベーシ
ョン、社会的イノベーションを誘引するものとして一定の評価がなされよう。
3.貸出姿勢の変化〜金融機関のリスク・テイク能力低下〜
1990年代半ば以降、自己資本規制強化等の制度的要因により銀行のリスクテイク能力が低下していることは各種
6
銀行経営の健全性確保にあたっての基本的思考として「信用リスク管理」が前提
の統計資料の示す通りであるが、
7
銀行は自己資本比率維持の姿勢を継続するため、1980年代に見られたような高いリスクテイクの姿勢・能
になる。
力は望めない。自己資本比率を維持しながら貸出しを伸ばすには、個々の貸出債権のリスクを把握したうえで、適
8
信用リスク管理の手順は次にようになる。(1)財務内容、定性項
正な収益をあげる努力が求められるのである。
目(技術力、販売力、受注先信用度、業界動向等)をベースに貸出先企業の信用力を測り、これに応じた格付けを
行う。(2)格付けごとに、過去のデフォルト(債務不履行)発生確率と回収不能となる比率をもとにして予想損失
額を算出する。(3)個別の貸出しごとに、付与された格付けに該当する予想損失額をカバーできるだけの金利を算
出・設定する。(4)貸出債権を業種、地域等で分類して偏りを是正することでリスクを分散し、貸出し全体をポー
トフォリオとしてみたときの質を向上させる。
予想損失額と貸出金利の算出・設定にあたってはデフォルト確率と想定元本回収率を推計することが要となる。
これら2つの数値の精度が信用リスク把握の精度に直結するため、多くの銀行が企業財務、倒産データ等の情報収
9
信用リスク管理によって、銀行は収益とリスクのバランスをとることが
集ならびに分析精度向上に努力している。
でき、個別の貸出しにおける可否の判断、貸出上限額の設定に有用であるが、中小企業にとっては信用リスク管理
の手法が浸透することは銀行側の内部事情によって資金調達が左右されることを意味するため、財務管理にあたっ
てのポリシーおよび対応ノウハウが必要となる。技術力、成長力があるにも関わらず不動産担保や第三者保証がな
いと融資が受けられないというような状況は、新しい企業や産業の誕生を阻害するものであり、金融機関が担保へ
過度に依存することは好ましくないが、行き過ぎた脱担保、脱保証人という姿勢もまた避けるべきである。適切な
10
信用リスク管理をふまえた借り手側の積極的な情報発信ならびに貸し手側の多面的な情報収集が望まれる。
中小企業にとって金融機関との取引の焦点は事業展開を支える安定した資金供給の確保ならびに金利等の貸出条
件にあるが(図表1)、モノ・カネから情報・知識へのシフトが起きている市場経済においては、質の高いコミュニ
ケーションを通して借り手・貸し手の情報の非対称性を解消することで相互理解に立脚した安定的・機動的な資金
供給を可能にすることができよう。具体的には後述するリレーションシップ・バンキングやクレジット・スコアリ
ング等の手法が使われることになろうが、特に中小企業においてはこれを意識した情報発信、内部体制の構築を心
がけるべきである。そうすることで中小企業が金融機関に一方的に依存するという構図から脱却し、両者の協働に
よる付加価値創造、経営革新、社会的イノベーション、経済的イノベーションの誘導・生起といったシナリオを描
くことも可能であると思料する。(ここでは金融機関を通じての間接金融を想定している。企業の成長ステージに応
じて株式発行、私募債発行等による直接金融の導入・利用も視野に入るが、それらについての考察は稿を改めるこ
ととしたい。)
93
2.6
安
定
し
将
た
来
資
性
金
・
供
企
給
業
事
業
金
へ
利
の
理
解
度
行
経
員
営
担
・
経
状
保
職
営
況
・
員
・
保
の
財
証
質
務
条
・
に
件
訪
関
問
す
仕
頻
る
入
度
ア
先
ド
・
バ
販
イ
売
ス
先
等
の
紹
店
介
舗
の
審
近
運
査
さ
用
の
・
迅
決
速
手
済
さ
数
サ
料
ー
の
ビ
低
ス
さ
の
品
揃
え
そ
の
他
(図表1)中小企業が金融機関と取引する際に最も重要視すること
(%)50
46.2
45
40
35
30
26.1
25
20
15
10
7.7
3.2 2.7 2.7 2.5 1.9 1.5 1.2 0.8
5
0.7
0
資料:(独)経済産業研究所(委託先:㈱東京商工リサーチ)
(2006)「中小企業金融環境に関する実態調査」
4.中小企業金融の構造〜借り手・貸し手の情報非対称性〜
市場の不完全制を指摘する視点として情報の非対称性がある。意思決定するために十分な情報が与えられないと
きには効率的な取引は成立しにくい。企業の資金調達の場面でも同じことがいえる。取引の対象が資金ないし金利
等の貸出条件となる訳である。企業全般の資金調達の類型は概ね(図表2)のようであるが、こと中小企業にとっ
11
ての資金調達は、現状では(図表3)のように金融機関からの融資(間接金融)が主である。
(図表2)企業が利用できる資金調達
内部資金
内部留保
減価償却
外部資金
直接金融
株式
社債(公募債、私募債)
コマーシャル・ペーパー(CP)
間接金融
借入金(借入先)
銀行
保険会社
ノンバンク
政府系金融機関
地方自治体
企業間信用
商業信用
延べ払い
ファイナンス・リース
補助金
資料:藪下・武士俣[2006]p.52より作成。
94
(図表3)設備投資時の資金調達方法
(%)60
50.8
50
40
31.4
30
26.7
26.1
18.2
20
10.9
4.5
0
3.6
2.8
2.5
1.0
0.2
メ
イ
ン
バ
ン
ク
か
ら
の
借
入
内
政
部
府
留
系
保
金
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融
り
機
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関
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か
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の
借
金
入
フ
融
ァ
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以
ス
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外
ス
の
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法
ー
人
ス
か
ら
の
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私
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債
発
行
代
増
代
表
資
表
者
出
者
以
資
か
外
ら
の
の
個
借
人
入
か
ら
の
借
入
入
借
の
ら
か
そ
の
他
10
関
機
融
金
間
民
の
外
以
ク
ン
バ
ン
イ
メ
資料:
(独)
経済産業研究所「中小企業金融環境に関する実態調査」2006年
(注)1.「1年以内に具体的な設備投資計画がある」と回答した企業のみ集計している。
2.複数回答のため合計は100を超える。
先述した知識情報型市場経済が浸透しゆく中で、自己資本比率規制等を背景にリスクテイク能力の低下した金融
機関では不動産担保に安易に依存した形となる従来的な融資手法がたち行かなくなってきており、事業価値に基づ
く投融資や債権流動化・証券化の活用など、新たな金融手法への移行が求められている。こうした新たな金融手法
が機能するためには、借り手と貸し手の双方において企業金融、企業財務に精通した人材が必要であるとの認識か
12
これは中小企業における財務・金融に対する認
ら、中小企業版CFO育成を目指すプログラムが公表されている。
識・意欲は概して低く(図表4)、中小企業と地域金融機関の財務に対する認識・意欲のギャップが大きいことから、
中小企業等の財務・経営管理能力向上を支援するために、次のような資質を備えた人材(財務担当者)を育成しよ
うとするものである。
¡
基本的な財務理論に関する知識(財務の基本を理解することで経営環境の変化に柔軟に対応する能力)
¡
事業計画作成/説明能力(説得力のある事業計画を作成し、融資担当者等に適切な説明を行う能力)
¡
財務課題解決能力(財務状況を的確に把握し、適切な課題認識に基づきソリューションを実行する能力)
当該事業の背景には、金融機関が新たな金融手法を使うことを政策的に推進させようとする一方で、借り手側の
財務・金融におけるソフトスキルの不足が原因で中堅・中小企業金融の機能不全が発生しているという状況がある。
すなわち、中小企業の約5割が財務上の課題に気づいておらず、約3割が課題を認識していても解決策を把握しき
れていない、企業が財務情報を積極的に開示すれば融資が受けやすくなるにもかかわらず中小企業の信用リスクを
把握する際の問題点として地域金融機関の61.7%が開示される情報が少ないとし、同じく61.7%が決算書に信頼がお
13
けないとする等の状況である。
中小企業を担当する金融機関の渉外担当者は概ね100社程度を担当しているといわれ、個別の企業について経営革
新計画や将来計画等の細部にまでわたる状況把握ないし理解はなかなか困難である。与信審査担当者は金融検査マ
ニュアルないし自行独自のマニュアルに従って機械的に格付けを行うために(図表5)、渉外担当者としても貸した
14
銀行の関心は貸出債権の内容
いが貸せるだけの資料を企業側が出してくれない(出せない)といった状態がある。
と質、就中債務者の事業内容にシフトする傾向にあるにもかかわらず、中小企業においては会計・財務に対する意
識は高いとは言えず、数値情報に裏付けされた積極的な情報発信に対する動機と能力に乏しい面が否めない。中小
企業向け融資という市場において情報の非対称性によるミスマッチが生じているのである。
95
このような状況下では、融資を希望する企業は銀行の立場に立って考えなければ銀行の支持は得られない。つま
り、数値的な裏付けを欠く楽観的な交渉材料だけでは自社の実情や将来性は融資交渉にプラスに作用しないのであ
る。従来まで借り手・貸し手ともに不動産担保に過度に依存してきたという経緯があるため、借り手が銀行の貸出
姿勢の変化を認識しておらず、銀行に対して誤った対応をしていることも要因であろう(図表6)
。
銀行については新BIS規制が2006年末に導入される予定であり、貸出行動への影響は未知数であるものの、自己資
本比率維持のため個別案件のリスク管理をよりタイトに行うようになると思われる。リスク・アセットの計測が精
15
緻化されるのは確実であろう。
したがって借り手の信用リスクの正確な把握・軽減を目的として、会計情報ないし
非会計情報をめぐる借り手と貸し手の情報非対称性の克服が喫緊の課題となる。
(図表4)会計・財務に対する中小企業経営者の意識
項目
意識調査の結果
中小企業の決算処理
と活用について
¡
¡
¡
経理財務担当の人員(事業主以外)は、
「1人」が57.2%、次いで、
「2〜5人」が27.3%となっている。
経理財務に関する事務をみると、「仕訳伝票を会計専門家(税理士・公認会計士等)に渡し、あと
は会計専門家に外注している」が41.5%と最も多く、次いで、「(総勘定元帳の作成までを社内で行
い、残りの)財務諸表の作成に係る処理と税務申告については会計専門家に外注している」が
28.9%、「財務諸表(貸借対照表、損益計算書等)の作成まで一貫して社内で行っており、税務申
告は(会計専門家に)外注している」が23.3%の順になっている。
会計ソフトの利用状況をみると、「決算書は会計事務所が作成しているので、自社では会計ソフト
は利用していない」が61.6%と最も多く、次いで、「決算書を社内で作成しており、作成にあたっ
ては市販されているソフトを利用している」が20.0%の順になっている。
決算書の作成につい
て
¡
決算書の作成にあたり配慮している事項は、「減価償却を毎期必ず行っている」が63.7%と最も多
く、次いで、「在庫の陳腐化や紛失状況を点検し、それを反映した棚卸資産の計上を行うようにし
ている」が38.0%、「税理士等の会計専門家に委ねているので、個別項目の処理方法については把
握していない」、「不良化した売掛債権等の貸倒引当金をきちんと計上するようにしている」、「資
金繰り表を作成している」が30%程度で並んでいる。
決算書の利用状況に
ついて
¡
決算書の利用状況をみると、「過去の売上と利益について比較を行い、その推移を確認している」
が85.8%、「貸借対照表の借入額の推移を確認している」が48.4%、「売上高経常利益率や自己資本
比率等の基礎的な経営指標を算出し、確認している」が38.4%となっている。
事業計画書の策定状
況について
¡
¡
第三者からのアドバ
イスについて
¡
事業計画書の策定状況は、
「策定している」が59.0%、
「策定していない」が39.9%となっている。
策定している事業計画書の内訳は「1年後までの短期計画」が72.1%、「3〜5年後までの中期計
画」は28.9%となっている。
¡ その利用方法としては、77.3%が「経営者が自社のあるべき姿を具現化、確認するため」、次いで
「従業員に対して会社のビジョンを認識させるため」が45.5%、「金融機関に対しての説明資料」が
39.2%となっている。
¡ 策定していない理由としては57.8%が「そこまでする必要がない」、次いで「分析等を行える人材
が社内にいない」30.8%、「分析等に人員を割く余裕がない」が15.4%となっている。
¡
¡
決算書の作成、分析
活用のための取り組
みについて
決算書のデータを経営判断に活用するにあたっての第三者からのアドバイスでは、「アドバイスを
受けている」が69.5%、「受けていない」が23.5%となっている。
第三者の種類としては、「税理士」が80.9%、「公認会計士」、「金融機関」がそれぞれ18.5%、
17.4%となっている。
第三者からのアドバイスについて「役に立っている」との回答をみると、「中小企業診断士」が
92.2%と最も高い。
¡ 決算書の作成、分析、活用のための取り組みは、85.2%が「必要性を感じている」と回答している。
¡ 必要と考える事項(既に取り組んでいることを含む)は、「経営者自身が理解を深めること」が
90.5%、
「役員クラスの理解を深めるための教育」が38.6%となっている。
¡ 必要と考えるが取り組めていない事項については、
「財務分析等の経験や知識を有した人材の獲得」
が46.7%、次いで「経理担当以外(営業部門、製造部門等)の職員の基礎的な理解を深めるための
教育」が44.5%となっている。
¡ 「経理担当以外(営業部門、製造部門等)の職員の基礎的な理解を深めるための教育」について
は、「経理・財務担当者以外(営業・製造・調達部門等)向け人材育成研修(数日)の開催」が
43.2%と多い。
¡ 「財務分析等の経験や知識を有した人材の獲得」の解決策としては「人材育成研修の開催」が
21.9%と多く、
「セミナーの開催」が16.9%で続いている。
96
金融機関及び取引先
への情報開示の現状
¡
¡
¡
¡
¡
¡
¡
¡
第三者による決算書
の評価等へのニーズ
¡
「中小企業の会計」16
に対する認知度
¡
¡
「第三者に決算書の信頼性の確認を受けるサービスへのニーズ」は「受けてない」が90.1%。その
理由として「メリットを感じない」が80.9%である。
¡ サービスを受けている企業では、その理由として「金融機関との関係で、信用力を向上するため」
が56.4%、「取引先との関係で、信用力を向上するために受けたいと思う」が30.8%である。
¡ 「第三者が決算書を評価して格付けを行うサービス」へのニーズでは、「利用したい」が20.8%、
「利用したいとは思わない」が72.9%である。
¡ 「利用したい」と回答した理由は、
「金融機関からの資金調達を有利にするため、利用したい」が
65.4%、「取引先からの信頼の確保や新規顧客開拓のため、利用したい」が62.6%と多い。
¡
適切な会計処理に基
づき決算書を作成す
ることへの取組につ
いて
¡
¡
¡
「新会社法」と「会
計参与制度」につい
て
取引金融機関から提出を求められている書類の割合をみると、「損益計算書」と「貸借対照表」が
各々74.6%、73.4%と多く、次いで、「試算表」、「税務申告書一式」、「勘定科目明細書」の順にな
っており、提出を求められる書類を実際に提出している割合は、いずれも70%以上である。
実際に提出している書類の提出頻度は、「資金繰り表」を除き、年次が最も多い。「損益計算書」、
「貸借対照表」
、「キャッシュ・フロー計算書」は70%以上が年次と回答している。
金融機関に対し情報開示を積極的に行うために必要なメリットでは、「金利の軽減」が66.6%と最
も多く、次いで、「借入金額の優遇」、
「無担保の融資」が各々53.1%、45.2%の順になっている。
なお、重要度で見ると、「債務超過であっても、融資判断の入口要件で排除しない」では33.3%が
重要度1位と回答し、上位に加わっている。
自社の情報開示状況は、「積極的に開示している」が59.1%となっている。
開示していない理由としては「情報開示を積極的に行っても、具体的なメリットがないから」が
55.6%と最も多く、次いで「経営者の信用で十分取引先や金融機関の信頼を得ているから」が
30.1%、「金融機関からの借入を行っておらず、情報開示を求めてくる取引先もいないから」が
22.6%となっている。
自社の情報開示状況は、「積極的に開示している」が59.1%となっている。
開示していない理由としては「情報開示を積極的に行っても、具体的なメリットがないから」が
55.6%と最も多く、次いで「経営者の信用で十分取引先や金融機関の信頼を得ているから」が
30.1%、「金融機関からの借入を行っておらず、情報開示を求めてくる取引先もいないから」が
22.6%となっている。
「中小企業の会計」について何らかのことを知っている企業は26.3%。
「中小企業の会計について知っていること」は、「内容について、ある程度理解している」が
41.1%、中小企業庁発行の小冊子「中小企業の会計30問30答」が36.8%、「中小企業の会計に関す
る指針の策定」が26.2%となっている。
知ったきっかけは、「税理士を通じて知った」が42.8%と最も多く、次いで、「新聞・雑誌を通じて
知った」の順になっている。
適切な会計処理に基づき決算書を作成することへの取り組みについて、「自社の財務状況を適切に
把握するため、決算書作成に活用」が53.6%と最も多く、次いで「金融機関からの資金調達力を強
化するため、決算書作成に活用」との回答が23.8%で続いている。
「中小企業の会計」に準拠して、実際に計算書類の作成を行っていると回答したのは10.6%で、
「税
理士等に一任しているため分からない」が63.8%となっている。
「準拠して計算書類の作成をしたことによる効果」は、「自社の実態が明らかになり、経営判断が
行いやすくなった」が60.5%、
「金融機関からの評価(信用力)が上がった」が44.4%となっている。
¡ 株式会社のうち、69.6%が「株式の譲渡制限がある」と回答した。
¡ 有限会社のうち、20.6%が「新会社法施行後株式会社への移行を考えている」と回答し、73.5%が
「移行を考えていない」と回答した。
¡ 移行を考えている理由は、「信頼性の向上を期待」が70.3%、「ステップアップを図る」が62.6%で
あった。
¡ 移行を考えない理由は、「移行の必要がない」が66.5%と最も多く、「商号変更のコストがかかる」
が45.2%、「有限会社の商号を利用したい」が39.8%と続いている。
¡ 「会計参与制度」は28.6%が「知っている」と回答した。
¡ 制度が導入された場合の対応は、「積極的に導入したい」「税理士と相談するなど、前向きに検討
したい」との回答は、合計すると40.1%であった。
¡ 「導入は考えていない」は48.0%であった。その理由は、「現在の実施体制で特に問題ない」が
74.1%と最も多く、「制度の内容がよくわからない」が25.6%、「設置による効果が予想しにくい」
が16.8%と続いている。
資料:中小企業庁「会計処理、財務情報開示に関する中小企業経営者の意識アンケート調査結果報告」2006年6月17
から要約。
97
(図表5)金融検査マニュアルの債務者区分
債務者区分
定義
正常先
¡ 業況が良好であり、かつ、財務内容にも特段の問題がないと認められる債務者。
要注意先
¡
金利減免・棚上げを行っているなど貸出条件に問題のある債務者、元本返済若しくは利息支払いが事実上
延滞しているなど履行状況に問題がある債務者のほか、業況が低調ないしは不安定な債務者または財務内
容に問題がある債務者など今後の管理に注意を要する債務者。赤字でも一過性であれば正常先とみなされ
る。コア事業の状況がどうなっているかが重要。
破綻懸念先
¡
現状、経営破綻の状況にはないが、経営難の状態にあり、経営改善計画等の進捗状況が芳しくなく、今後、
経営破綻に陥る可能性が大きいと認められる債務者(金融機関等の支援継続中の債務者を含む)。
実質破綻先
¡
法的・形式的な経営破綻の事実は発生していないものの、深刻な経営難の状態にあり、再建の見通しがな
い状況にあると認められるなど実質的に経営破綻に陥っている債務者。
破綻先
¡
法的・形式的な経営破綻の事実が発生している債務者であり、例えば、破産、清算、会社整理、会社更正、
民事再生、手形交換所の取引停止処分等の事由により経営破綻に陥っている債務者
資料:金融庁「金融検査マニュアル」
(図表6)借り手の誤った銀行観に基づく対応とその是正のための具体的対策
借り手の誤った銀行観
に基づく対応
是正のための具体的対策
銀行の置かれている環
境変化を理解しておら
ず昔流の交渉を行って
いる
詳細かつ客観的な経営改善計画によって5年以内の確実な業績回復が可能なことを証明する必要
がある。そのためには数値分析の実施と具体的なプランが要件となる
¡ 実質債務超過であっても、経営改善計画による5年以内の経営改善で直接償却は回避可能であり、
一過性の赤字であれば正常先との判断もあり得る。
自社の現状をしっかり
数値分析していないた
めに銀行の審査に自社
の実力が理解されてい
ない
¡
¡
¡
¡
会社の財政状況等を把握できる資料は会社が自ら作成し会社が伝えたい情報を盛り込む。
会社の格付は自社の社長に会ったことのない審査担当者が決定する。そのため、銀行の渉外担
当者が審査担当者や格付担当者を説得できる唯一の資料は、拡大連結分析、成り行き分析、事
業部別分析、損益分岐点分析、連結ベースの成り行き予測、セグメント・事業部別の損益・資
金繰り分析、事業部別損益分岐点分析といった、会社の現状を数値の側面から分析した資料で
ある。当該資料において、社長の改善方針が数値に基づいており、改善結果が根拠ある数字で
示されていることが必要。
強い製品、顧客ルート、営業力、利益性の高い店舗、自社の強み等を数値で証明し、そこへの
経営資源集中が業績を回復させ借入金返済に結びつくことを数値の裏付けで解説する。
数値分析に基づいた具
体的なアクションプラ
ンがない。
¡
¡
問題の所在と改善策について銀行と認識を共有する。
売上や利益の詳細を製品群別に数値分析する。
経営計画が杜撰で予算
と実績が大きく乖離し
ており、経営計画の進
捗状況を銀行に報告し
ていない。
¡
¡
¡
¡
経営計画を詳細に作成し、これを銀行に納得してもらう
正確な数値分析に基づいて現実的な案(実行可能なプラン)を策定しておく。
経営計画についての進捗状況をこまめに報告する。
立案した計画の80%以上の達成が必須。20%以上の未達は信用低下を招く。
経営計画で銀行別の返
済計画を明示していな
い。
¡
確実な経営改善計画に基づいて問題の所在とその解決策についての意識を銀行と共有する。誠
意と根気と数値に基づく説明能力が必要である。
会社の将来性を客観的に示し、自社の返済能力を証明する。
複数銀行と取引があれば、限られた返済原資を平等に割り振る姿勢を貫く。
過去の数値分析、予想損益計画、予想貸借対照表、予想資金繰り表、そして特に銀行別返済計
画(銀行の最大関心事)を織り込む。
¡
¡
¡
資料:工藤・宝金・片山[2003]pp.14−23より要約。
こうしたことを背景に、中小企業金融の手法としてクレジット・スコアリング(クイック・ローン)とリレーショ
ンシップ・バンキングが注目されている。クレジット・スコアリングは融資審査の場面における信用リスクの定量
的把握(企業の属性、財務諸表数値等から計算された融資案件の得点に基づいて融資の可否、貸出金利等を決定す
る方法であり、一方、リレーションシップ・バンキングは借り手との緊密な関係を長期間維持することを前提にし
98
18
て融資等を行うものである。
リレーションシップ・バンキングにおいては今後、例えば融資とコンサルティングの
複合商品、業績改善後の増加収益からコスト回収するなどのビジネスモデルが模索されよう。個人情報の流通につ
いての問題はあるものの、個人企業に対応したクレジット・スコアリングのモデル開発も課題である。いずれも企
業の成長過程とその時の資金需要の状況に応じての利用が望まれる(図表7)
。
金融機関が与信審査で重視する事項としては、財務および債権保全に関する点は当然としても、当該企業が展開
する主要事業の市場動向、技術力、経営意欲といった項目があがっており、事業(およびこれを遂行する経営者な
いし経営組織)における無形財の評価・重視という側面をもつ知識情報型市場経済へシフトする傾向が中小企業金
融についても読み取れる(図表8)。
「金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕」19 では、継続的な企業訪問等を通じて企業の技術力、販売力や経営
者の資質といった定性的な情報を含む経営実態の十分な把握と債権管理に努めるよう明記され、地域密着型金融な
いしリレーションシップ・バンキングへの取組本格化を政策的に推進している。これに対応する中小企業からの情
報発信にあたっては、間接部門の未成熟な組織を補完・支援する機能として、行政機関、業界団体、大学といった
地域におけるソフト資産を活用することも一考の余地があろう。
(図表7)クレジット・スコアリングとリレーションシップ・バンキングの対比
クレジット・スコアリング
リレーションシップ・バンキング
¡ 単発取引が基本
¡ 売掛金担保融資については担保の評価管理が問題
¡ 情報生産コストを押さえた効率的な審査処理により融資
審査コストを大幅に削減する
¡ 統計的に算出されたデフォルト確率に基づく機械的な融
資審査である
¡ 申し込み時点の決算内容のみが考慮されるため、成長性
はあるが一時的な業績悪化により財務状況が振るわない
等の状況に柔軟に対応できない
¡ 都銀、地銀上位行が大量処理に特化すると思われる
¡
¡
¡
¡
¡
¡
¡
借り手との緊密な関係を長期間維持することが前提
継続的な接触を通じて情報を蓄積し、正確な融資判断に
基づく金融取引に活用する
情報生産コストは高くなり、貸出金利へ転嫁される
決算書の低信頼性を決算書以外の情報で補完し、借り手
の経営実態、返済能力を把握する必要がある
デフォルトはゼロにならない
経営者個人(の資質)に関する情報が重要
借り手、地域と密着できる地銀下位、信金が特化すると
思われる。
資料:藪下・武士俣[2006年]pp.82−84から要約。
(図表8)中小企業向け貸出について金融機関が重要視する項目
(%)90
企業財務
保全
83.6
84.2
企業自身の属性
代表者の属性
80.7
80
73.7
71.7
70.4
70
62.2
60
56.8
50
40
30
45.3
44.4
45.0
36.9
27.8
28.7
24.0
31.1
25.5
27.5
22.3
21.8 21.8
24.5
18.2
20
8.5
3.8
0.0
3.3
4.2
債
務
償
還
能
力
安 (債
収 全性 務償
益
性 (自 還年
(
売 己資 数等
成 上高 本比 )
長
経
率
資 性( 常利 等
)
金
繰 売上 益率
在
り
庫
( 高成 等)
・
経
備
常 長率
売
収
等
掛
債
不 支比 )
権
動
工
等
産 率等
場
流
担
)
設
備 動資 保の
等
固 産の 提供
定
担
資
信
産 保提
用
の
保
担 供
証
保
協
会 第三 提供
等
保 者の
コ 証機 保証
ベ
関
保 ナン の保
全
は ツ特 証
特
約
主 に気 条項
要
事 にし
業
の ない
市
場
市 動向
場
シ
ェ
株 ア
従 主構
業
員 成
の
計 業界 士気
算
書 での
類
等 評判
の
信
頼
販
性
売
先
技
仕 との 術力
入
先 取引
と
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取
引
関
経 係
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意
欲
実
行
力
判
断
経 力
営
知
業 識
計 界知
画
立 識
案
能
力
0
7.6
2.8 3.8
5.7
事
人
業
「
脈
経
右
験
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保
年
」
有
と
個 数
呼
人
べ
る 後継 資産
サ
ポ 者の
ー
ト 有無
役
の
存
在
10
資料:
(独)
経済産業研究所(委託先:㈱東京商工リサーチ)
(2006)「中小企業金融環境に関する実態調査」
(注)1.金融機関が中小企業に貸出審査を行う際「以前と比較して特に重要度が増すもの」と回答したものを集計
している。2.複数回答のため合計は100を超える。
99
5.おわりに〜創業期を含む資金調達にあたっての留意点〜
「財務体質のよい中小企業ほど金融機関に対して積極的に情報提供を行っている傾向がある」20 とされるが、財務
体質がよいので情報開示をしても差し支えないのか、それとも情報開示に前向きであるから結果的に財務体質がよ
くなるのかは議論の余地があろう。しかし、本稿で概観したように経営財務状況、技術力、事業の将来性等を金融
機関をはじめとする外部に対して正確かつ迅速に開示していくことが自社への理解を深耕せしめることに繋がると
いうことはいえそうである。また、事業ないし会社の規模が小さいほど自社の財務情報ないし非財務情報を積極的
に開示して利害関係者の理解・支援を得る努力をすべきであるのに、事業ないし会社の規模が小さいほど財務情報
の調製・理解・活用・発信が不得手である傾向が見られるのは残念である。
創業期においては過去の決算書がないため、事業の実現可能性、借り手・貸し手の事業への理解、現実的な将来
性分析等が特に重要になる。創業期は積極的な情報開示に努め、自社に関する情報を多面的に関係者に認識・理解
してもらうとともに、自社の金融・財務に及ぼす影響を考慮した上で事業活動を開始・展開すべきであり、有償無
償に拘わらず必要に応じて(むろん費用対効果を考慮すべきであるが)地域における諸種の産業活性化支援施策、
創業支援施策、大学・研究機関等の知的インフラ等の活用、ないし税理士、中小企業診断士等の専門家への意見聴
取などを積極的・戦略的に行っていく姿勢が肝要であろう。事業に対する理解者、関係者を多くつくり、社会の公
器たる事業会社の存在意義を体現するよう努力すべきである。それには、企業価値が何から生み出されるかを正し
く認識できる財務的な考え方を涵養し、これに依拠した経営判断を行うことが現代的に要請されているのである。
Tofflerによれば、Prosumer(生産:produce に関わる消費者:consumer)は相対的に高価なサービスを自分で
21
生産(produce)し、消費(consume)することで自らのニーズを適切にしかも安価に満たすことが可能になる。
財務諸表の作成主体は経営者であり、22 金融機関との意志疎通が効果的に行われるよう、自らの働きかけや情報開示
が金融機関にとってどのような意味合いをもつのかを理解して事業報告に係る資料の作成ないし金融機関との交渉
にあたるべきである。つまり自社が経営管理目的ないし外部向けの開示目的に使用する情報を自社でつくる
(Prosume)ことで大きな費用対効果を得られるのである。
孫子に曰く、「彼ヲ知リ己ヲ知レバ、百戦シテ殆ウカラズ、彼ヲ知ラズシテ己ヲ知レバ、一勝一敗ス。彼ヲ知ラズ
己ヲ知ラザレバ、戦ウゴトニ必ズ殆ウシ」23 とある。知識情報型市場経済においては、情報の収集ないし発信にかか
る諸活動が事業の成否を決定する側面が強いことは十分に意識されるべきであり、これは資金調達のみならず企業
活動の多くの場面でいえることであろう。例えば採用等の人材確保の際においては雇用・就業条件から自社の組織
文化・社風といった価値観の領域に属する情報を提供することで雇用のミスマッチを低減させる効果が期待される。
そしてもしも、創業・成長期における中小企業の情報収集・発信機能が未成熟であるならば、これを補完・支援す
る機能として行政機関、業界団体、大学等を巻き込む(involve)戦略が検討されることも必要となろう。自社のコ
ア・コンピタンスを他者に対して明確に説明できるレベルにまで理解し、これを基軸として自社を取り巻くステー
クホルダーに適切・適時の情報提供を行い自社への認識・理解を促すことが競争力の源泉を考える際に重要である。
また、地域の中小企業の経営上のニーズと地域における知的資産を結合させる政策が今後とも引き続き検討・推進
されることが行政サイドには望まれよう。
いずれにしても、経営管理情報のなかでも数値情報に特化した管理会計情報をステークホルダーと共有すること
は融資交渉の場においても有用であり、ひいては自社の成長に繋がるという視点24があることも意識されてよいと思
われる。
(2006.10.19擱筆)
100
(参考資料1)米国におけるMD&A(Management's Discussion and Analysis of Financial Condition and Results of
Operations:財政状態及び経営成績に関する経営者の討議と分析)の開示項目
SEC企業財務部
門が重要と位置
づける項目
カテゴリー1:
毎期開示が期待
される項目
カテゴリー2:
該当事象が発生
した場合のみに
開示される項目
流動性
1.流動性および財政状態における重要な変化についての説明
2.流動性に影響を与える可能性のある傾向
3.短期の流動性の討議
4.長期の流動性の討議
5.資金移動の制約の開示
資本の源泉
6.資本の源泉に影響を与える可能性のある傾向の開示
7.資本的支出契約の開示
8.資金の内部源泉および外部源泉の特定
経営成績
9.経営成績の重要な変化についての説明
10.利益に影響を与える可能性のある傾向の開示
11.会計方法の変更が利益に与える影響の開示
12.事業の季節要因の適度な討議
13.利益に影響を与える希な事象の開示
14.売上に対する販売価格、販売量あるいは新製品の関係の開示
15.セグメント・データの適切な開示
その他
16.経営成績における変化の中間開示
17.傾向および不確実性の中間開示
18.任意の将来指向情報
流動性
1.流動性の内部源泉と外部源泉
2.貸借対照表に対する流動性の影響
3.利益−営業項目に対する流動性の影響
4.投資項目・財務項目に対する流動性の影響
経営成績
5.経営成績の重要な変化についての説明
6.収益および費用の重要な項目
7.売上高および収益に対する直近のインフレまたは価格変動のインパクト
8.継続事業からの利益に対する直近のインフレまたは価格変動のインパクト
流動性
1.流動性に変化をもたらすような事象(重要な資本的支出、新たなクレジットラインの承認)
2.流動性に変化をもたらすような不確実性(偶発事象など)
3.事象を満たすための計画された資金源
4.不確実性(偶発事象など)を満たすための計画された資金源
5.流動性の悪化に対して採用した行動計画
6.流動性の悪化に対して提案された行動計画
7.流動性の悪化に対して実行するか否か未決定の事項
8.流動性の悪化に対して対応が不可能な事項
9.子会社から親会社へ移転される資金の制限(配当、貸付、前払い)
10.親会社のキャッシュによる義務の履行能力に関する制限の当期/過去のインパクト
資本の源泉
11.持続的成長に関する不確実性を生起させうる支出を行うか否かの選択
12.資本源泉の関連コストに関する予想される変化
13.財政状態や経営成績に関する資本の源泉に関する重要な影響
経営成績
14.非経常的な取引(「特別」項目に限定されない)
15.廃止事業
16.特別損益項目
17.将来の経営成績あるいは財政状態の指標とならない可能性のある項目
事業構造
18.重要な偏った一つのセグメントあるいはサブディビジョン
19.十分に提供されてない連結情報
20.年度間の連結財務諸表における重要な増減
21.生起しそうな買収、売却、合併
その他
22.高度なレバレッジ取引の性格
23.高度なレバレッジ取引に関与する程度
24.連邦政府による財政支援の性格
25.連邦政府による財政支援の金額
26.連邦政府による財政支援の影響
101
カテゴリー3:
進行中等の項目
カテゴリー4:
予測情報(自発
的開示)とされ
るもの
流動性
1.流動性に変化をもたらすであろう既知の傾向
2.流動性に変化をもたらすであろう需要(義務を履行するための支払いなど)
3.傾向を満たすために計画された資金源
4.需要を満たすために計画された資金源
5.契約を満たすために計画された資金源
6.流動的資産の重要な未使用の源泉
資本の源泉
7.資本的支出を伴う主要な契約
8.資本的支出を伴う契約の資金源
9.資本的支出を伴う契約あるいは計画の一般目的
10.資金源の既知の傾向
11.資金支出の既知の傾向
12.資本、負債およびオフバランスシート・ファイナンシング取引の間の既知の変化
経営成績
13.経営活動からの報告利益に重要な影響を及ぼす重大な経済的変化
14.利益に対する影響額
15.収益に対する過去/将来の重要なインパクトをもつ既知の方向や不確実性
16.継続事業からの利益に対する過去/将来の重要なインパクトをもつ既知の方向や不確実性
17.価格変化によりもたらされる売上高や収益に関する重要な変化の程度
18.販売量の変化からもたらされる売上高や収益に関する重要な変化の程度
19.新製品・サービスの投入からもたらされる売上高や収益に関する重要な変化の程度
事業構造
20.セグメントあるいはサブディビジョン
流動性
1.流動性に変化をもたらすであろう予測される傾向
2.予測される需要を満たすための計画されている資金源
資本の源泉
3.資金源に関する予測される傾向
4.資金支出関する予測される傾向
5.資本の源泉ミックスに関する予測される変化(新規借入、増資など)
経営成績
6.収益に対する将来の重要なインパクトに関する予測される傾向
7.継続事業からの利益に対する将来の重要なインパクトに関する予測される傾向
資料:財務会計基準機構〔2004〕
注
1
いわゆる「日本版金融ビッグバン」。1996年11月に第2次橋本内閣が提唱した一連の金融緩和政策を指す。銀行、
証券、生損保を巻き込む大規模な金融自由化を志向するものであり、質の高い金融イノベーション、情報公開
(ディスクロージャー)等を中核とする市場再構築により、日本が国際金融市場としての位置づけを確保するこ
とが目的であった。具体的な規制緩和として、外国為替法の改正(1998年4月)による一般個人向けの外貨預
金取扱、証券取引法の改正(同年11月)によるインターネット証券会社の新規参入認可、銀行、保険での投資
信託販売の解禁、独占禁止法改正による金融持株会社の設置解禁等があげられる。
2
従前の商法第1編、有限会社法、株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(商法特例法)など、会
社に関係する法律を統合・再編成する法律として会社法と題する法律が制定された(2005年7月26日公布、
2006年5月1日施行(平成18年政令第77号)
)。
3
コーポレート・カバナンスのあり方が企業のパフォーマンスに連動するのであり、それを規定する会社法は国
の経済を左右するとの思潮が基底にある。神田[2006]pp.24-30。
4
「証券取引法等の一部を改正する法律」(平成18年法律第65号)及び「証券取引法等の一部を改正する法律の施
行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(同第66号)が可決・成立(平成18年6月7日、第164回国会)、同年
6月14日公布。
5
2005年8月に民間4団体(日本税理士会連合会、日本公認会計士協会、日本商工会議所、企業会計基準委員会)
により、「中小企業の会計に関する指針」が策定・公表され、2006年4月には、会社法施行等に対応した改正が
行われた。
(中小企業庁
http://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/kaikei/kaisetsu.html)
102
6
例えば、中小企業庁[2006]pp.48-50。
7
藪下・武士俣[2006]pp.59-61。
8
同上書 pp.69-70。
9
同上書 pp.71。
10
大規模公開会社におけるMD&Aの視点から市場に経営者の意思を伝えようとする開示項目を整理したものに、
財務会計基準機構[2004]がある。中小企業における開示項目についての参考にも資すると思われるので、米
国における開示項目の整理表を(参考資料1)として稿末に附する。
11
中小企業の実際の資金調達方法については、財務省「法人企業統計年報」を参照のこと。また、中小企業にと
って銀行借入使うメリットとしては、メニューが豊富な他、借入金ないし借入手形の一部が長期にわたって継
続的に利用されることで財務基盤の脆弱な中小企業にとって自己資本の不足を補完する機能があるといわれる。
(藪下・武士俣[2006]p.62。)
12
経済産業省「地域金融人材育成システム開発プログラム」http://www.meti.go.jp/report/data/jinzai_ikusei
2004_07.html
13
中小企業庁「会計処理、財務情報開示に関する中小企業経営者の意識アンケート調査結果報告」2006年6月、
http://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/kaikei/060630kaikei_enquete.html
14
工藤・宝金・片山[2003]pp.14-23。
15
金融庁「新BIS規制案の概要」http://www.boj.or.jp/type/release/zuiji/kako03/bis0410c.pdf
16
適切な経営判断や金融機関または取引先からの信頼の獲得に資するため、信用力のある決算書作成への支援の
一環として中小企業にとって望ましい会計処理のあり方として日本税理士会連合会、日本公認会計士協会、日
本商工会議所及び企業会計基準委員会が策定したのが「中小企業の会計に関する指針」(2005年8月)である。
中小企業庁 http://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/kaikei/050803.kaikei_shishin.htm
17
http://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/kaikei/060630kaikei_enquete.htmlより入手可能。
調査名:「会計処理・財務情報開示に関する中小企業経営者の意識アンケート」
調査期間:2006年2〜3月
対象企業:建設業、製造業、運輸・倉庫・運輸業、卸売業、小売業、飲食業、不動産業、サービス業の中小企
業2万社
回答状況:回収数 4,821件(総数5,069件から大企業子会社を除外)
算出方法:表面値に企業規模、業種のシェア(平成16年事業所・企業統計調査 速報集計結果(総務省統計局)
による)に応じウェイト加重をかけて算出。
18
金融庁「リレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラム」2003年3月28日。
http://www.fsa.go.jp/news/newsj/14/ginkou/f-20030328-2.html
19
正式名称は「預金等受入金融機関に係る検査マニュアル」。1999年7月に金融監督庁(現金融庁)が金融検査の
ためのマニュアルとして整備・公表したもので、金融機関の公共性に鑑み、健全な経営をしているかどうかを
監督官庁が点検(金融検査)するに際しての具体的着眼点等を整理した当該マニュアルが制定された。a当局
指導型から自己管理型へ、s資産査定中心からリスク管理重視へ、を基本理念として、金融機関は自己責任に
基づく内部管理体制の充実、厳正な外部監査が求められることとなっている。中小企業等の債務者区分につい
ては、財務面における代表者等との一体性、企業の技術力、販売力や経営者本人の信用力等を検査の際にきめ
細かく検証することが必要なため、中小企業等の債務者区分などの検証にどのように適用するかについて、別
途具体的な運用例をまとめた「金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕」が作成・公表された。(金融庁
http://www.fsa.go.jp/common/law/index.html)
20
中小企業庁[2006]p.62。
21
Toffler(徳岡)
[1982]pp.352-380。
22
会社法435条。
23
守屋[1984]p.62。
103
24
谷崎[2005]pp.55-67。
[参考文献]
¡
Toffler, A.
The Third Wave , William Morrow & Company, 1980(徳岡孝夫監訳『第三の波』中央公論社、
1982年)。
¡
神田秀樹『会社法入門』岩波新書、2006年。
¡
工藤聡生・宝金正典・片山実『企業再生シナリオ』中央経済社、2003年。
¡
経済産業省「−創業・起業促進型人材育成システム開発等事業−地域金融人材育成システム開発事業」報告書、
2004年5月
¡
財務会計基準機構「有価証券報告書における「事業等のリスク」等の開示に関する検討について(中間報告)
―抜粋―」2004年2月。
¡
佐和良作『日本のビッグバン』ダイヤモンド社、1997年。
¡
武田隆二『新会社法と会計のあり方』日本会計研究学会第65回全国大会公開記念講演配布資料、2006年9月。
¡
谷崎太「次世代ディスクロージャーにおける管理会計情報の役割」広島大学マネジメント研究第5号、2005年
3月。
¡
中小企業庁『中小企業の観点からの会社法制の現代化のあり方について』2005年6月。
¡
中小企業庁『中小企業白書2006年版』
¡
守屋洋『孫子の兵法』三笠書房、1984年。
¡
藪下史郎・武士俣友生編著『中小企業金融入門(第2版)』東洋経済新報社、2006年。
104
論稿
大学進学率の決定要因に関する考察
(1)
〜都道府県別パネルデータ分析による内部収益率アプローチの検証
長岡大学助教授
石
川
英
樹
こうした状況は本当に由々しい問題なのかどうか、
【目次】
その絶対的な価値基準は存在しない。他方で新潟県は
はじめに
専門学校進学率が全国一高い。その点で、実学的な志
1.先行研究
向が強い点をむしろ評価すべきだという見方もありえ
2.本論の基本的な考え方
よう。しかし、筆者は新潟県において大学教育に携わ
〜人的資本論の内部収益率アプローチ
るなかで、大学教育を通じて視野を広めることは個々
3.データと分析手法(パネルデータ分析)
の学生の生涯設計にとって間違いなくプラスであると
4.分析結果
確信している。さらに、専門知識に加え幅広い素養も
5.まとめと今後の課題について
身につけ応用力を高めた人材が大学を通じて多く輩出
されれば、新潟県地域の生産性は向上するのではない
か。そうした考え方に立つと、大学進学率の一層向上
は地域にとって重要な課題となる。これは本論の前提
はじめに
となる基本的立場である(2)。
大学進学率の向上について考えるには、まず新潟県
新潟県は他県に比べて大学進学率が低い。本論はそ
の大学進学率が他県に比べて低い理由を把握する必要
の要因を探るための第一歩として、統計データに基づ
があるが、それは必ずしも明らかではない。筆者は高
き大学進学率の決定要因について考察したものであ
等学校や大学において、その要因に関する様々な論議
る。【図表1】は、大学進学率の全国平均と新潟県の
に触れた。所得など経済的な要因を強調した見方、大
推移を示している。新潟県はかつて全都道府県中で最
学の教育供給能力に着目した見方、大学教育の代替財
下位が長く続いた時期があった。1990年代以降上昇傾
である専門学校の影響力に着目した見方、実学志向の
向にはあるものの、全国平均との乖離は依然として大
高さという「地域伝統」に着目した考え方、県内高校
きい。近年は全国最下位から脱しているが、2005年度
生の学力水準に帰する考え方など様々である。
本論では新潟県の大学進学率の分析という課題に取
のデータで見てまだ33番目である。
図表1
り組む第一歩として、これらの様々な直感的議論の真
大学進学率の推移
偽を統計的分析をもとにある程度検討するとともに、
大学進学率の決定要因について考えてみたい。なお、
本論は実証過程で時系列の都道府県別クロスセクショ
ン・データを活用したパネルデータ分析を行っている
点に特徴がある。後述の通り、パネルデータ分析とは
時系列データとクロスセクション・データのプーリン
グ・データを用いた分析手法で、近年様々な分野で盛
んに利用されつつある。
本論の構成は次の通りである。まず次節で大学進学
率の決定要因に関する先行研究を紹介した後、本論の
基本的視点となる人的資本論に基づいた内部収益率ア
105
プローチについて概説する。その後基本的な定式化に
属性にどのようなものを取り上げるかという点に関し
ついて説明した後に、分析に用いた統計と分析手法に
て、均衡(不均衡)分析に比べて理論的基盤が弱くな
ついてみる。そうして分析結果の解説を行い、最後に
りがちである。推計式がその分 ad hoc なものになり
本論のまとめと残された課題について述べる。
やすいとの批判がありうる点に注意が必要であろう。
1.先行研究
(3)地域間格差分析
上記の2つの基本アプローチの下で、近年はマクロ
(1)大学教育市場の均衡(不均衡)分析
全体についてではなく進学率の地域間格差を分析対象
経済理論を用いた大学進学率の決定要因に関する先
とした先行研究が数多く見られるようになってきた。
行研究は数多い。その基本の1つは、大学進学率に係
そうしたなか、既述の通り新潟県は全都道府県中で最
る様々な要因を大学教育市場における需要面と供給面
下位に低迷する時期が続き、大学進学率の向上が新潟
に峻別し、そのいずれかまたはその両者について分析
県の高校教育行政の大きな課題とされていた。その政
したもので、大学教育市場の均衡(場合によっては不
策の基本的方向性を検討する必要性もあって、特に新
均衡)分析のアプローチである。荒井(1990、2002)
潟県の大学進学率に注目した分析もある。藤村(1996)
や藤野(1986)は、このアプローチから日本全体の大
は都道府県別クロスセクション・データを用いて検討
学進学率分析の基本的フレームワークを整理し、主と
を行い、新潟県の課題を見出そうとしている。①学部
して時系列分析の視点で市場の構造的変化について考
の多様性と学生収容力でみた大学教育の供給構造、②
察している。
センター試験結果でみた高校生の平均学力水準、③家
さらに、この枠組みにおける需要面の分析として代
計の平均所得でみた保護者の負担能力、の3点を中心
表的なのは、人的資本論をベースとした内部収益率に
に説明要因として取り上げ進学率決定関数を推計した
基づく理論である。大学進学を各個人に対する投資と
結果、学力水準と大学の供給構造の説明力が強いとし
捉え、その内部収益率をもとにして投資するか否かの
ている。さらに、各都道府県について大学学部の多様
判断がなされると考える。すなわち、大学進学率が大
性指標を算出し説明変数として加えて、さらに各県の
学教育の私的費用と私的便益の流列に基づいて決定さ
県内進学率と県外進学率を分けて推計を行った結果、
れるとするもので、Becker(1964)以来のオーソドッ
多様性の高まりが県内進学率にもたらす影響が有意に
クスなアプローチだといえる。たとえば、荒井(1990)
プラスになるとしている。
は均衡が常に需要曲線上にあるとの仮定のもとに、こ
また、大学進学率の地域差をより明示的に捉えよう
の内部収益率分析が大学進学率解析の理論的枠組みの
とした研究として、田中(1998 a、b、c )、友田(1970)、
中心になるべきことを解説している(3)。
堀内(1975)、舞田・松本(1999)、舞田(2003)など
がある。田中(1998 a、b、c )は質的従属変数推定モ
(2)質的(離散的)従属変数推定モデル
デルを用い、都道府県別データで分析を行っている。
他方で、高校生個々人の進路決定に関する質的(離
多項および二項ロジット・モデルにより、高校生の卒
散的)従属変数推定モデルを用いた分析アプローチが
業後の進路決定に関して推計したものである。特に田
ある。大学進学率は個々の高校生が進路選択する結果
中(1998c)では、1991年の男女別大学進学率に関す
決定されるものであることから、
「大学へ進学する/し
る都道府県別クロスセクションデータの推計を通じ
ない」という意思決定問題に焦点を当て、その質的選
て、「県民全体の過去の大学進学率」、「(国勢調査の職
択の行動方程式を明示的に推計しようとするアプロー
業分類を基準にした)母親の社会的地位」などの属性
チである。大学へ進学するかしないかという二者択一
が男女ともに有意にプラスの効果を与えているとの結
であれば二項モデルになり、大学進学、専門学校進学、
論を得ている。
短大進学、就職、というように3つ以上の中からの選
堀内(1975)は、地域的な大学進学率分布の分析に
択について考える場合は多項モデルになる。いずれに
ついてオーソドックスな人的資本の教育投資理論がど
せよ、個人の様々な社会経済的属性が大学進学率にど
の程度の説明力を持ちうるか検討している。①中央
の程度の影響を及ぼしているかを統計的に実証するこ
(東京、京都、大阪の3都府)の大学に進学、②地元
とになる。ただし、独立変数となる様々な社会経済的
大学に進学、③大学進学せず就職、という3つの選択
106
からの個人の意思決定で異時点間にわたる効用極大化
らこれらを明示的に取り扱わない。
モデルを定式化し、1968年と1971年の都道府県データ
他方で、④については一般に無視することはできな
を用いて実証分析を試みている。結論として、個人の
い。放棄所得とは、ある個人がもし大学に進学しない
家計の経済的状況を表す個人所得は地元大学進学率に
でいたら得ることができたであろう収入を意味してお
ついて常に有力な説明要因になるとはいえないこと、
り、たとえばそれは各地域における高卒労働者の賃金
大学進学の機会費用となる放棄所得の説明力も有意で
等で把握することができる。ただし、高卒労働者の地
はないこと、各地域の大学の収容能力はきわめて有意
域を越えた移動可能性が高ければ、都道府県別に放棄
な説明力を有することなどを示した。
所得を区別する意味はなくなる点に注意が必要であ
さらに、都道府県間の格差にとどまらず、舞田
る。厳密にはデータにより移動可能性を検討する必要
(2003)のように県内における地域間の進学率格差を
があるが、本論では都道府県ごとに新規高卒労働者の
俎上に載せ格差要因の分析を試みた研究もある 。
労働市場は分断されていると仮定し、都道府県別に放
(4)
棄所得を捕捉することとした(5)。これが大きいほど大
2.本論の基本的な考え方
学進学の機会費用は大きいことを意味するため、負の
〜人的資本論の内部収益率アプローチ
符号が期待されよう。
以上のほか、私的費用を構成するものとして、学生
(1)基本的な定式化
が大学進学によって実家を離れた生活を余儀なくされ
る場合の追加的生活費(大都市圏での生活費と実家で
以上の先行研究を踏まえつつ、本論では均衡(不均
衡)分析のフレームワークのなかで、内部収益率アプ
の生活費の格差等)についての取扱が問題となりうる。
ローチに依拠し若干の修正を加えた形で、地域別の進
これは大都市圏から離れた地域から大都市に立地する
学率の格差の規定要因に関する実証分析を行いたい。
大学への進学を考えるケースで、特に重要な決定要因
具体的な大学進学率決定関数は、以下の通り定式化する。
になるであろう。
しかし、本論では当該費用を明示的に取り上げない。
大学進学率=
複雑化を避けるためということに加えて、後述の通り
F(放棄所得,家計の所得,大卒・高卒間の
相対価格化の視点で家計の所得を説明変数に加えてい
期待賃金格差,大学教育供給力)
ることによる。その意味は以下の通りである。1世帯
あたりの所得額が高い地域ほど1人あたりの消費支出
は多くなると考えられ、それだけ大都市圏の大学に進
本節では以下、本関数に関して具体的に論ずる。
学することに伴う追加的生活費は小さくなると考えら
(2)大学教育の私的費用
れる。その結果、所得と追加的生活費との間で多重共
内部収益率アプローチに依拠する以上、まず考慮せ
線性が発生する可能性が高くなるため、多重共線性の
ねばならない項目は、大学教育の私的費用と私的便益
回避のために追加的生活費を加えないのである。
に関する変数である。この2つにより大学教育の内部
以上の私的費用は、1世帯あたり所得との相対価格
収益率が定まり、それが各個人の他の投資機会の収益
で評価されるべきである。そこで、先述の通り家計の
率より高いか否かにより大学進学の決定がなされる。
所得が説明変数として加えられる。荒井(1990)によ
大学教育の私的費用とは、大学に進学するために個
れば、マクロ分析において学校納付金と個人所得のみ
人またはその家計が負担せねばならない費用である。
で進学率をかなり説明することができるとしている。
その主なものとして、各地域における①学生一人当た
反面、都道府県間の格差分析では、所得が有意な説明
りの大学へのさまざまな納付金、②授業料、③課外活
力を持たないことを示す先行研究も多く、本論での推
動費、④放棄所得( foregone earnings )が挙げられ
計結果が注目される。所得の係数の符号は正が期待さ
る。このうち①〜③については、地域間の進学率格差
れる。
に焦点を当てている点からは本質的なものではないと
(3)大学教育の私的便益
考えられよう。堀内(1975)の指摘にもあるように、
これらの費用はどの地域に居住しているかで顕著に異
多くの先行研究に従えば、大学教育の便益は、①大
なるものではないからである。本論でも同様の認識か
学卒業後に享受が期待される大卒と高卒・短大卒・専
107
図表2
門学校卒との間の賃金差、②非経済的・精神的便益、
大学と専門学校の進学率(2005年)
の2つに大別される。このうち後者としては、大卒と
いう学歴を得ることに伴う精神的効用などが挙げられ
るが、実証のための定量的把握が困難である。無視し
得ない要因だとは考えられるが、本論では取り上げな
いこととした。
他方で、大卒とそれ以外の期待賃金格差については、
進学率に対して正の説明力を有することが期待されよ
う。ただし、進学決定の判断において現実に考慮され
るのはあくまで「期待される」賃金差であり、その定
量的捕捉は厳密には不可能である。実証段階での具体
的対応が論点になるが、理論的には進学率に対してプ
ラスの効果を有すると期待される。
なお、大学教育の便益は将来に及ぶため、理論上は
その主観的割引率も問題になる。多くの先行研究では、
市場利子率などが代理変数として採用されている。し
かし、後述の通り、本論は様々なデータ制約上、すで
ける各都道府県の大学進学率と専門学校進学率を示し
に超低金利に移行した後の1990年代以降に分析対象を
ている。確かにこの図によると、専門学校進学率が高
限定していることから、割引率の有意な説明力はあま
い都道府県では大学進学率がおおむね低い傾向にあ
り期待できない。そのため、割引率の要因は明示的に
る。専門学校の存在は、教育現場においても新潟県の
取り上げなかった。
大学進学率について議論する際にポイントの1つとし
て取り上げられることが多い。新潟県は専門学校進学
(4)供給要因
率が近年全国1位を維持しており、専門学校の存在が
内部収益率アプローチを基本とする上では、以上で
大学進学率を抑える主要な要因となっているという見
方が教育の現場を中心に根強い(6)。
解説した諸要因のみで一応十分だということになる。
意外なことに、専門学校が大学進学率に与える影響
既述の通り、荒井(1990)等は基本的にこの立場をと
る。それに対して、本論は供給面の要因として大学教
についてみた実証研究は少ない。荒井(1990)はその
育供給力を説明変数として加えることで、内部収益率
数少ない先行研究である。マクロベースでの大学進学
アプローチに修正を加えている。大学の収容能力の地
率の決定要因分析において、専門学校が登場した1976
域分布の存在は、高校生の進路選択における前提とな
年以降についてダミー変数を説明変数として加え、専
っていることから、その要因をコントロールした上で
門学校の登場が有意な効果を持つかどうかを調べてい
内部収益率要因を捉えようとするのである。その点で、
る。その結果、このダミー変数の係数は有意でなく、
本論は供給要因を加えつつもあくまで基本は需要サイ
専門学校は大学の代替的な役割を果たしていないと結
ド分析を中心に据えていることを強調しておきたい。
論付けた。
本論では、専門学校に関連の要因を明示的には取り
当然ながら、大学進学率にの説明要因として正の符号
上げなかった。荒井(1990)の結論を踏襲したことと、
が期待される。
分析を単純化するためである。さらに、少なくとも新
(5)専門学校について
潟県に関して、専門学校の要因を過度に強調すること
供給サイドに関連して、専門学校の存在をいかに定
は適切ではないことも指摘しておきたい。専門学校が
式化するかが一大論点となる。現実に、高校生にとっ
発足する前から新潟県の大学進学率は低かったからで
て専門学校は進路選択の1つである。つまり、専門学
ある。専門学校は1976年に学校基本法の改正により専
校は大学の代替財としての性格を有し、近年の専門学
修学校制度の発足とともに生まれたが、1970年代前半
校進学率の上昇は大学進学率にマイナスの影響を与え
において、新潟県の大学進学率は全国最下位に低迷し
ている可能性が考えられる。【図表2】は2005年にお
ていた。低い大学進学率の原因を専門学校の存在に帰
108
する考え方は、1975年以前の低進学率を説明すること
究でも男女別に進学率関数が推計されており、その多
ができないのである。
くで決定要因の説明力について異なる結果が得られて
しかし、現実に高校生にとって専門学校への進学と
いる。筆者も当初は男女別推計を試みたが、データの
大学への進学が(少なくとも卒業時)ともに択一的な
制約等により実現できなかった。今後の課題としたい。
選択肢となっていることから、2つの間に有意な関係
②放棄所得
がないとする結論は説得力に欠けることも事実であろ
う。その点で、専門学校の要因のより明示的な研究は
放棄所得については、都道府県別の高卒労働者(男
今後の課題として残る。ダミー変数による分析にとど
性)の初任給の値を用いて(厚生労働省『賃金構造基
まらず、各県の専門学校教育サービスの供給量を説明
本統計調査』より)、その対数値を求めた。ただし、
変数として加えた分析などの検討を行っていきたい。
高校生は大学進学、専門学校進学、短大進学、就職、
という選択肢の中から判断しており、厳密には高卒で
3.データと分析手法(パネルデータ
分析)
就職する場合の給与のみではなく、専門学校、短大に
進学した場合の卒業後2年間の給与についても考慮す
る必要がある。本論では、データ上の制約と単純化の
(1)利用データについて
ために高卒との比較だけを考えている。
ここでは、従属変数である①大学進学率、および前
③家計の所得
節において解説した4つの説明要因(以下の②〜⑤)
のそれぞれについて、採用した具体的な統計データを
内閣府経済社会総合研究所『県民経済計算』により、
解説する。なお、本論では、時系列データの範囲を、
1995暦年基準実質ベースの要素費用表示の一人当たり
1996、1999、2001の3時点に限定している。その結果、
県民総所得(対数値)を採用した。ただし、本論の分
後述の通り推計方法の検証において問題が発生してい
析対象期間(1996〜2001)は景気低迷期で多くの都道
る可能性がある。本来は安定的な推計を行うためによ
府県で県民所得は伸び悩んだ時期である。そうしたな
り広範囲のデータを利用すべきであるが、データ入手
かで、所得面の影響力がどのように推計されるか要注
に関する様々な制約により限定せざるを得なかった。
意である。
範囲の拡大は今後の課題である。
④大卒・高卒間の期待賃金格差
①大学進学率
大学進学により将来得られるであろう期待便益につ
文部科学省『学校基本調査』をもとに、男女合計に
いては、先述の通りそれを厳密に表す統計は存在しな
ついて都道府県別の高校卒業者数を分母に、分子に当
い。この点に関連して、高校生は各地域における現時
。
点での学歴別所得格差をもとに、将来の学歴に基づく
ここでいう大学とは4年制の大学で、短大は含めない。
賃金格差について適応的な期待形成を行うと仮定する
ここでの1つの論点は、従属変数を進学率にすべき
ことはもっともらしいであろう。そこで、地域別の学
か志願率にすべきかという問題である。大学教育に対
歴別賃金格差を示す統計量が望ましいが、そうした時
する需要ということでいえば、志願率の採用が適切だ
系列データは存在しない。たとえば『賃金構造基本統
とも考えうる。この点について荒井(2002)は、大学
計調査』においても、都道府県別データについて学歴
教育は対価を支払うだけでは購入できず、入学必要最
別賃金の統計が公開されていない。
該都道府県の大学進学者数をとった比率を用いた
(7)
低水準以上の学力があることを入学試験で示した者の
そこで本稿では、大卒・高卒間の期待賃金格差を大
みが入学を許可される点に着目し、進学率の方が適当
企業分布格差により代理させることとした。具体的に
だとしている。つまり、志願者数には学力が不十分な
は、経済産業省『事業所・企業統計』の都道府県別デー
者の教育需要も誤って顕示されるのである。本論も同
タにおける、「従業員数100人以上の事業所数/全事業
様の考え方に立ち、進学率を採用する。
所数」の比率を用いた。
さらに、男女を分けて分析するかどうかも問題とな
一般に大企業と中小企業との間には賃金格差が存在
る。直感的にも男子と女子とでは進学の判断を左右す
しているが、他方で大企業では大卒を中心に新卒者を
る影響が異なることが推察される上、数多くの先行研
採用している(8)。すなわち、大企業が多い地域ほど大
109
卒が高卒・短大卒・専門学校卒との間の賃金差を享受
ける分析を補強していく必要があろう。
できる可能性が高く、その可能性の高さをみてより多
(2)パネルデータ分析の活用
くの高校生が大学進学を選択するだろうと考えるわけ
である。この論理にはある程度のもっともらしさはあ
以上の理論に基づいた推計について、実証手法とし
るが、学歴間の賃金格差に関するデータの採用の方が
てパネルデータ分析を用いる。先述の通り、これは時
より望ましいであろう。今後の課題としたい。
系列データとクロスセクション・データのプーリン
グ・データを用いた分析手法である。筆者の知る限り、
⑤大学教育供給力
大学進学率の分析においてパネルデータ分析を用いた
大学教育供給力を示す指標としては大学の収容能力
研究はこれまでほとんどみられない。北村(2005)は、
を採用し、具体的には『学校基本調査』により各都道
パネルデータ分析の利点として以下の点などを指摘し
府県内の大学への新規入学者総数を前年度の当該都道
ている。
府県内の高校卒業生総数で割った比率で定義した。
・経済主体間の異質性も異時点間の異質性もコントロー
2001年について、それをみたのが【図表3】である。
ルできること。
地域間で相当の違いがあることがわかる。なお、収容
・サンプル数が大幅に増えて自由度が増すこと。
能力とする以上、本来はその算出に大学への新規入学
・経済主体固有の性質に起因する異質性を取り除いた
者総数のかわりに大学の定員数の合計を用いるべきで
後の効果をみるうえで有益であること。
あるが、その集計は膨大な作業となることから本論で
これらパネルデータ分析の効用を踏まえて、以下で
はそれを断念した。
は47都道府県の時系列データからなるパネルデータを
また、より本質的な問題として、収容能力を量的な
活用する。サンプル数を増やし自由度を増して信頼性
面のみならず質的な面で捉える必要が無いかという論
を高めるとともに、各都道府県の異質性をコントロー
点がある。各地の大学の学部の種類の多さが進学率に
ルした検定を行うことを試みる(9)。
影響を及ぼしている可能性があるからである。限界的
注意すべきは、パネルデータ分析で特に問題となる
な学生にとって、身近に自分が志向する分野の学部を
のは、データによる経済主体の行動関係を仮説検定す
持つ大学がない場合、それが大学進学を断念する要因
ること自体ではなく、むしろ与えられたデータに対し
となりうるであろう。その点で、藤村(1996)におけ
て適切な推定方法が用いられているかどうかの検証だ
る学部の多様性指標なども参考に質的に見た供給の充
という点である。その点に留意して、本論におけるパ
実度を明示的に取り上げることを検討してゆきたい。
ネル分析では、まず各地域(都道府県)特有の効果を
考える固定効果モデル( fixed effect model )を考える。
さらに、各地域における大学への物理的なアクセス
条件(距離や移動コストなど)も重要な供給構造の1
各地域の特有の効果をダミー変数でとらえたダミー変数
つとして分析対象とすべきかもしれない。今後、内部
最小二乗法( least square dummy variables model:
収益率アプローチをこうした供給サイドに関する諸要
LSDV )による推定がなされる。特に本論では地域ダ
因でどこまで修正すべきかを検討しながら、本論にお
ミーのみを取り上げて時間効果ダミーは検討しないの
で、 one factor model ということになる。
図表3
大学の収容能力(2001年)
この地域ごとの個別効果の存在が正当化されるかど
うかの検定は、F 検定により行われる。すなわち、固
定効果モデルにおける地域別の定数項がすべて等しい
という制約が課されるケースはプーリング推定法と呼
ばれるが、F 検定によりこの制約が無効であるとする
帰無仮説を検定するのである。
続いて、変量効果モデル( random effect model )
を考える。すなわち地域ごとの個別効果が確率変数だ
と仮定した推定である。一般に、変量効果モデルが適
しているのは母集団から無作為に N 個抽出するような
ケースである。その後、固定効果モデルと変量効果モ
110
デルの間のモデル選択について、 Wu-Hausman test
ただし、進学率の地域間格差の分析においては地域
を用いて検定する。すなわち各地域の個別効果要因が
ごとの特殊性の把握がポイントとなり、その点でここ
説明変数と無相関であるという帰無仮説についてカイ
では固定効果モデルの推計結果に注目したい。【図表
二乗検定を行う。棄却されれば、固定効果モデルが正
4】の固定効果モデルによると、一人当たり県民所得
当化される。
の符号が期待に反して負になっている。これは前節で
触れたように、分析対象期間の特殊性による可能性が
4.分析結果
高いとみられるが、先行研究の多くで所得の有意性は
弱く慎重な検討が必要である。また、高卒初任給の係
推計結果は【図表4】の通りである(10)。まず、固定
数も負となっており、その解釈は難しい。これは、一人
効果モデルと固定効果なしのF検定統計量は1169であ
当たり県民所得との重共線の問題を生じている可能性
り、固定効果モデルに対してプーリング推定( plain
もあり、基本的な定式化について疑問を投げかける結
OLS )は強く棄却される。また、プーリング推定では
果となったと言わざるを得ない。反面、大企業比率と
有意性、理論的条件からみて有効な推計結果が得られ
大学収容能力については有意かつ理論整合性のある結
ているとは言いがたい。
果が得られている。大企業比率では学歴間の期待賃金
続いて、固定効果モデルと変量効果モデルの選択に
格差を代理させており、賃金格差の強調が大学進学率
関して Wu-Hausman テストを行った。しかしながら、
にプラスに作用する可能性を示唆していると言えよう。
検定統計量は負となり有効な検定量を得ることができ
なお、固定効果の大きさについてみると、新潟県は
なかった。すなわち、この検定統計量は非負になるこ
−0.0771となっている。これは本論での定式化により
とが期待されるが、松浦他(2001)が指摘するように
直接的に観測されない地域固有の要素による寄与分の
実際の有限サンプルの推計では負になることがある。
大きさを示している。8%ポイント程度大学進学率を
本論では分析対象を3時点に限定しており、その点が
引き下げている特殊な要因が存在していることを意味
影響している可能性がある。今後、統計を拡張整備す
し、この内容の分析も今後の課題である。
るなかで改善してゆくべき課題である。
5.まとめと今後の課題について
図表4
推計結果の概要
本論は今後の課題を多く残しており、発展途上の試
論としての性格が強いものである。最後に、これまで
に触れたもの以外に、分析手法を中心に重要な検討課
題を以下に整理しておく。
本論のパネル分析では、時間効果について取り上げ
ず個別効果の one factor model のみによるパラメータ
推計を行っている。すなわち、都道府県別の特殊性の
みに配慮し分析を簡略に行い two factor model での推
計を省略している。特に時系列でみて3時点のみのデー
タによる分析であることも、簡略化した理由である。
ただし、経済構造の変化に伴う専門性志向の高まり、
経済の成熟化でライフコースが変化し大学進学に対す
る選好が変化するなどといった経年的な変化もまった
く無視することはできないであろう。本来は、時間効
果も含めた推計式により two factor model によるパラ
メータ推計も行ったうえで、統計的な検定により最も
適切なモデル特定化を決定すべきである。各パネルデー
タ分析で何がもっとも適切な分析手法かという選択
は、そのパネルデータ自体に決めさせるべき問題であ
111
る。その点で、推計された大学進学率の各決定要因の
ら援用している。さらに、1970年代以降につい
パラーメータは概ねその影響力の大小を示していると
ては大学入学者数合計が減少傾向で推移してい
は考えられるが、厳密には過大ないし過小に計測され
ることから、供給に制約があったわけではない
ている可能性があり注意が必要である。
点も付け加えて、需要サイドの分析のみの正当
さらに、本論では静学なアプローチにより大学進学
性を主張している。
率の決定メカニズムを検討しているが、動学的な視点
(4)舞田(2004)は大学進学率の規定要因として各
からの検討も必要な可能性がある。たとえば、筆者に
地域の地理的環境に着目し、市部人口比や小中
よるこれまでの高校の進学指導教員や高校生、大学生
学校のへき地校指定率などを取り上げて地域間
との意見交換やヒアリングにおいては、各高校生の進
の格差について分析している。
路決定が先輩や同級生の進路から影響を受けている点
(5)ホクギン経済研究所(2006)を参照されたい。
も示唆されている。すなわち、身近な先輩の多くが専
同書では新潟県長岡地域(長岡市を中心とする
門学校に進学している場合、そのこと自身が専門学校
長岡公共職業安定所管内)における全高等学校
進学のためのプラス要因となり、大学進学率にマイナ
でのアンケート、ヒアリング調査結果をとりま
スに寄与する可能性が大いに考えられるのである
とめている。それによると、高校生で他地域、
。
(11)
本論ではそのメカニズムを明示的に分析していないが、
他県への就職希望はほとんど見られない。
先行研究において、各地域住民全体の大学進学率が各
(6)週刊ダイヤモンドの2004年10月16日号特集「大
年の大学進学率にプラスの影響を与えていることを示
学よサヨウナラ〜驚異の専門学校」は、新潟県
す結果が得られている(たとえば田中(1998c)など)
。
の大学進学率が低く専門学校進学率が高いのは
このことは、過去の進学状況がラグを持って決定要
「地元に手広く事業を展開する専門学校グループ
因となっている可能性を示唆している。それは被説明
があるからだ」としている。
変数のラグが推計式に入るべきことを意味することか
(7)この場合、新規入学者数に浪人生が含まれてい
ら、ダイナミック・パネル推定を試みる必要性が生じ
るという問題が生じる。それは必ずしも無視し
る。この点も今後の課題として指摘しておきたい。
得ない可能性があるが、統計入手上の制約から
データをそのまま用いた。
<註>
(8)石川(2006)p.10を参照されたい。
(9)パネルデータ分析の詳細については Greene(2003)
(1)本論の作成において重要なベースとなったのは、
の
Ch13. Models for Panel Data (pp.283〜
出前授業や進路相談等でうかがった新潟県内各
338)
、浅野・中村(2000)の「第12章 パネルデー
高等学校の先生方との懇談や意見交換を通じて
タ」
(pp.223〜237)、北村(2005)等を参照のこ
得られた様々な知見、着想である。また、基本
と。最近のパネルデータ分析理論の展開に関す
的な理論的枠組みに関しては、元国民経済研究
るサーベイについては、北村(2003)が詳しい。
協会理事長叶芳和先生のご教示によるところが
そこでは、応用例として国際資本移動に関して
大きい。深く感謝申し上げたい。なお、いただ
論争を惹起したいわゆる「フェルドスタイン・
いた数々の貴重なご指導にもかかわらず依然と
ホリオカ・パラドックス」(国内投資率と国内貯
して残っているであろう誤りや問題点について
蓄率の相関の問題)を再検討しており、パネル
は、すべて筆者の責任であることは言うまでも
データ分析によれば、パラドックスはそもそも
ない。
存在しなかった可能性が高いことを明快に立証し
(2)石川(2006)を参照されたい。同書は高校生が
ている。パネルデータ分析の意義・有用性を示す
大学進学という進路選択をすることの意義を専
事例として非常に興味深い。
門学校等への進学と比較しつつ整理している。
(10)なお、本論の計量分析ツールとしてはQuanti-
(3)荒井(1990)では大学教育サービスの供給側の
tative Micro Software社(http://www.eviews.
行動を明示的に取り入れていない。供給面への
com)の Eviews Ver.4.1 を用いている。そのパネ
言及が無いとの批判に対する反論として、供給
ルデータ分析への応用に関しては、松浦他(2001)
は需要に依存するとした主張を藤野(1986)か
の「第10章 パネル分析」(pp.303〜330)が非常
112
に有益である。
・藤村正司(1996)「新潟県の大学進学率はなぜ低い
(11)石川(2006)p.4を参照されたい。
のか?−学力・所得・供給構造−」『新潟大学教育
学部紀要 人文・社会科学編』第38巻第1号、新潟大
<参考文献>
学教育学部、pp.1〜13
・Becker, G. S.(1964) Human Capital: A theoretical
・ホクギン経済研究所(2006)『電源地域における雇
and empirical analysis, with special reference to
用促進対策調査報告書』
education, Columbia University Press.
・堀内昭義(1975)「大学進学率の地域的分布の分析」
・Greene, H. W.(2003)Econometric Analysis 5th
『経済研究』第26巻第2号、一橋大学経済研究所、
ed.(Pearson International Edition), Prentice
pp.118〜132
Hall.
・舞田敏彦・松本良夫(1999)「大学進学率の県間格
・浅野哲・中村二郎(2000)
『計量経済学』有斐閣
差の分析」『教育学研究年報』第18巻、東京学芸大
・荒井一博(1990)「大学進学率の決定要因」『経済研
学、pp.97〜100
究』第41巻第3号、一橋大学経済研究所、pp.241〜
・舞田敏彦(2003)「大学進学率の県間格差の分析−
249
都道府県内における地域差を中心に−」『学校教育
・荒井一博(2002)『教育の経済学・入門―公共心の
学研究論集』第8号、東京学芸大学大学院連合学校
教育はなぜ必要か』勁草書房
教育学研究科、pp.1〜11
・松浦克己・Colin McKenzie(2001)『EViewsによる
・石川英樹(2006)『長岡大学ブックレット⑥:大学
とはどういうところか?〜高校生の進路選択のため
計量経済分析』東洋経済新報社
に』、長岡大学ブックレット編集委員会編集、長岡
大学
・北村行伸(2003)「パネルデータ分析の新展開」『経
済研究』第54巻第1号、一橋大学経済研究所、
pp.74〜93
・北村行伸(2005)『パネルデータ分析』〔一橋大学経
済研究叢書53〕
、岩波書店
・ダイヤモンド社(2004)「大学よサヨウナラ〜驚異
の専門学校」『週刊ダイヤモンド』2004年10月16日
号、pp.30〜69
・田中寧(1998a)「クロスセクションにおける質的デ
ータの分析方法:大学進学率決定要因の都道府県別
分析の例」『経済経営論叢』第33巻第1号、京都産
業大学、pp.104〜121
・田中寧(1998b)「女子の大学進学率決定要因:4年
制と短期大学の選択:都道府県別のクロスセクショ
ン分析」『経済経営論叢』第33巻第2号、京都産業
大学、pp.21〜44
・田中寧(1998c)「女子の大学進学率決定要因:(i)
男子との比較−都道府県別のクロスセクション分
析−」『経済経営論叢』第33巻第1号、京都産業大
学、pp.122〜147
・友田泰正(1970)「都道府県別大学進学率格差とそ
の規定要因」『教育社会学研究』第25巻、日本教育
社会学会、pp.185〜195
・藤野正三郎(1986)
『大学教育と市場機構』岩波書店
113
論稿
国内製紙業界再々編機運の高まりと中国戦略
長岡大学助教授
桂
信 太 郎
り、製紙各社とも経営の方針転換を進めて業界再編が
【目次】
急速に進んだ。
はじめに
国内製紙業界再編のきっかけは、1992年のバブル崩
1
製紙業界再々編機運の高まり
壊による紙市況の急落であった。各社は減産減益を余
2
中国の紙資源と市場
儀なくされ、設備過剰が問題となった。特に多額の借
3
中国市場を巡る世界レベルの製紙企業の戦い
入金による設備投資を行ってきた当時業界4位であっ
4
国内部門別統廃合を目論む王子の戦略
た大昭和製紙が業績悪化の一途を辿り、悪戦苦闘の末、
5
王子製紙のTOBと北越製紙の選択
遂に同族経営からの脱却を含む新たな経営再建策を実
6
今後の展開
施することになった。他の有力各社も、新たな経営合
理化に取り組んだ。各社とも業界再編成に向けて動き
始めた。1979年に日本パルプ工業を、1989年に東洋パ
ルプを吸収合併していた王子製紙も1993年に、当時塗
はじめに
工紙分野で1位であった神崎製紙と合併して新王子製
紙を発足させた。その後1996年には、当時板紙部門で
従来は内需中心だった国内製紙業界だが、近年の中
1位であった本州製紙を吸収合併、新王子製紙は会社
国を中心とした東アジア市場急成長による市場拡大と
名を再び王子製紙とした。これをきっかけとして、同
グローバルな投資競争の結果、低級紙が国内市場へ流
社は板紙部門の国内統合を強引に推進した。同社の板
入して国内市況が大きく影響を受けている。王子製紙、
紙部門を王子板紙へ分離した後に、2002年には板紙生
北越製紙、三菱商事のTOBに関する一件は、国内製紙
産の高崎三興や中央板紙、北陽製紙などを吸収合併し
業界再々編の序章であり、経済のグローバル化が国内
て板紙部門の国内シェアトップとなった。段ボール部
企業経営に及ぼす影響がいかに大きいかを物語る。国
門でも2001年に森紙業から段ボール事業を買い取り、
内シェアを握る旧財閥系大手資本も危機意識を募ら
その後社内統合を進めて王子コンテナーを設立。2005
せ、急成長する中国市場への競争に参入している。ま
年にはチヨダコンテナーと合併させて王子チヨダコン
たその影で、ノウハウの蓄積もコスト競争力もない国
テナーを支配下に置いた。さらには2005年4月に後継
内中小資本は撤退・廃業を余儀なくされているケース
者不在であった森紙業本体を吸収合併した。また家庭
もある。国内市場の飽和による紙パルプ産業の成熟化
用紙部門でもホクシーを2003年4月に合併し、王子製
と着実に変化する業界再編について振り返り、経営環
紙グループを拡大させていった。
1993年には紙分野で3位であった十條製紙と5位の
境の激変の中で起こった北越製紙買収騒動についても
考察する。
山陽国策パルプが合併して日本製紙が発足した。2000
年には、日本製紙と経営危機であった大昭和製紙が共
1 製紙業界再々編機運の高まり
同持株会社である日本ユニパックホールディングを設
立して経営統合し、これを母体として2004年10月に日
1992年に日本経済のバブルが崩壊して以降、日本の
本製紙グループに社名変更した。事実上の日本製紙に
未曾有の長期経済マイナス成長は「失われた10年」と
よる大昭和の吸収であった。その後も日本製紙は板紙、
評された。この間に製紙業界の経営環境は大きく変わ
段ボール、家庭用紙とそれぞれの部門で社内再編を進
115
める過程で中小の吸収合併を進めている。
合製紙志向の王子製紙、日本製紙は資本力で他社を抜
三菱製紙と北越製紙も2000年7月に業務提携し後に
きん出た一方で、過剰設備、過剰人員、過剰債務を抱
解消したが、今回の三菱商事による増資引き受けをき
え、リストラ決行と社内統廃合をさらに進める必要に
っかけに、2社の距離が再び接近すると見られる。板
迫られている。また3位以下の大王製紙、レンゴー、
紙部門でも板紙生産量4位のレンゴーが1999年にセッ
北越製紙、三菱製紙もかなりレベルの高い専門分野を
ツを吸収合併してダンボール・板紙製造のトップとな
持つ企業であるが、規模の小さい資本力で世界を相手
った。こうして大資本による業界の寡占化が急速に進
にどこまで戦えるか今後の戦略次第であり、投資や戦
んだ。第一次の国内製紙業界再編により誕生した王子
略上の失敗は許されない状況であるといえる。
製紙、日本製紙の上位2大グループは、企業規模の側
2 中国の紙資源と市場
面から3位以下の他社を大きく引き離した。
またこの2大グループは総合製紙メーカーを志向す
る方向性で他社の買収・合併を進めて来た。紙パルプ
中国を中心としたアジア経済の急成長による市場の
産業は装置型産業であるため、資本力とコスト力が次
拡大が国内再編を加速させた原因のひとつである。少
の大型投資プロジェクトを可能にする。これを意図し
なくとも2008年の北京オリンピック、2010年の上海万
た2強の経営戦略は、従来型製紙企業の経営戦略のい
博まで続くとされる中国のGDP毎年10%成長は、「紙
わば王道といえる。これに対して3位以下のメーカー
は文化のバロメータ」と評されるように、中国国内の
は企業規模のみを重視せず、専門分野の効率生産に重
文化的・社会的発展と正比例した格好で紙の生産量・
点化する方向性で企業統合を進めている。業界3位の
消費量を加速度的に増加させた。一方で、中国国内の
大王製紙グループは、単位面積あたりの紙生産量世界
製紙技術の未発達と貧弱な森林資源は、爆発的に増加
トップクラスの主力工場を擁して、得意分野の家庭用
する紙需要を到底満足させられるものではなかった。
紙を軸にした生産と販売の効率強化を進める。また、
従来内需のみをターゲットとしていた日本国内製紙企
同率3位のレンゴーも段ボール・板紙製造に特化した
業各社は、この中国市場成長を鑑みてビジネスの脅威
強みを発揮している。業界6位の北越製紙グループも
と機会を察知し、まずは現地資本との合弁による生産
高級白板紙と印刷紙に特化し、効率生産の新潟工場を
設備の建設を進め、域内での足場を固めはじめた。
軸としたニッチ型戦略を採っている。
1997年頃からこれらの設備が徐々に稼働を始め、アジ
ア地域での紙パルプの供給能力が高まってきた。
こうして図−1のような業界再編を進めた結果、総
王子製紙
日本パルプ工業
東洋パルプ
神崎製紙
本州製紙
79年買収
89年買収
93年
新王子製紙
96年 05年森紙業買収
王子製紙
(傘下に高崎三興、中央板紙、北陽製紙)
十条製紙
山陽パルプ
国策パルプ
93年合併
72年
山陽国策パルプ
93年
日本製紙
2001年
経営統合
大昭和製紙
(日本製紙グループ本社)
大王製紙
名古屋パルプ
83年買収
レンゴー
セッツ
99年合併
三菱製紙
北越製紙
図1
製紙業界再編の推移
116
製紙で重要な経営資源である中国国内の森林資源と
大量生産による低価格製品を製造するには、原料チ
水資源は、中国の人口に比して非常に貧弱である。こ
ップの確保が欠かせない。原料チップの輸入で広葉樹
れはもとより中国には13億もの人間が一国内に生活す
林資源を確保するには距離的にも東南アジアが最適
るため相対的に資源が少なくなるということでもあ
だ。特にマレーシアとインドネシアがその産地として
る。しかしそれ以上に、実質的に活用できる森林資源
有力で、特にインドネシアは中国、日本に次いでアジ
が内陸部に多く存在することや、黄河、長江といった
ア3位の紙パルプ生産大国でもある。しかしながら近
広大な大河に水資源が集中していることも原因であ
年は過剰な森林伐採が相次いだため環境規制が厳しく
る。また、かつての大躍進政策でなされた開墾による
なっており、特にインドネシアでは違法伐採の取締り
森林伐採や臨海部の資源浪費による枯渇現象も影響し
を含めた環境に関する法整備が進み、強化されてきて
ているだろう。つまり、中国国内での現地生産を日本
いるという問題がある。
企業が推進するには技術、原料、水の確保が難題であ
現代は、一般紙についていえばパルプ製紙一貫生産
るといえる。また世界の市場でコスト競争力のある紙
工場でなければ価格競争力のある製品を産出できない。
製品を生産するとなるとパルプ一貫製紙工場の建設が
大量生産工場建設には多大な資本投資が必要になる
不可欠である。
が、安価で質量ともに適量の原料調達のルート確保と、
製紙原料は古紙か木材チップである。現在、中国国
文化やその進展度が日本と異なる海外市場での販路開
内の製紙工場は古紙をはるばるアメリカから輸入して
拓を同時進行で進めることが重要であるといえる。
原料に当てているが、これには限界がある。
表1
国内主要製紙企業の概況(2006年3月期連結ベース)
企業名
年間連結売上高
従業員数
営業利(売上比)
経常利(売上比)
1
王子製紙
1兆2,138億円
18,600人
564億円(4.6%)
70億円(0.6%)
2
日本製紙G
1兆1,521億円
13,700人
504億円(4.3%)
49億円(0.4%)
3
大王製紙
4,022億円
3,000人
360億円(9.3%)
24億円(0.6%)
4
レンゴー
4,021億円
2,900人
21億円(0.5%)
22億円(0.5%)
5
三菱製紙
2,284億円
2,100人
64億円(2.8%)
47億円(2.1%)
6
北越製紙
1,536億円
1,200人
69億円(4.5%)
72億円(4.6%)
資料;各社有価証券報告書や各社ホームページなど公表資料より筆者が作成。
注;日本製紙Gは日本製紙グループを示し、四国コカコーラを含む。
表2
順位
地域
地域
企
業
世界の主要製紙企業(2004年3月)
名
紙パ関連売上高
紙パ依存率
(百万ドル)
(%)
生産量(千トン)
パルプ
紙・板紙
北米
1
1
インターナショナルペーパー
23,089
90
1,980
14,256
2
4
ジョージアパシフィック
12,212
62
185
10,119
3
5
P&G
10,720
21
na
1,600
4
8
キンバリークラーク
9,300
61
0
na
5
10
ウェアハウザー
8,650
38
2,546
8,893
欧州
1
2
ストラエンソ
12,805
83
791
14,520
2
3
スベンスカセルローサ
12,240
100
690
5,801
3
6
キュンメネ
10,264
84
na
10,886
資料)PPI。紙パ依存率は、売上高に占める紙パ関連売上高のウェイト。
117
東アジア市場の成長を見越しての投資行動が相次ぐ
ら、世界レベルでアドバンテージをもつ技術やノウハ
が、資本力にモノを言わせて工場建設を見切り発車す
ウが存在する。
れば、手痛いしっぺ返しを食らう可能性がある。長年
まず、国内企業の持つ製紙技術である。世界3位の
国内内需を対象とし、価格調整型生産を進めてきた製
紙生産国である日本は、これまでの歴史的経緯から新
紙業界の体質は抜本的な改革を迫られている。資本調
聞用紙の断紙率がほぼゼロパーセントである。理由は
達、他社の動向、東アジア市場全体を見通した需給ギ
質量ともに安定した供給を継続するための調達―生産
ャップ、為替レート、設置認可、環境問題、木材チッ
―物流システムの構築と価格の設定である。これは国
プや古紙調達ルート、生産管理、技術移転、販路開拓、
内の新聞用紙市場が、王子製紙、日本製紙、大王製紙
など、未開拓で未知数の中国市場をめぐる戦略上の課
の国内大手+専業の丸住製紙などで独占しており、か
題は山積である。
つ、アメリカのストライキなどによる突然の紙切れロ
スの排除や一定品質を確保したい新聞業界の意向もあ
3
世界の製紙企業と国内企業のもつ
強みと弱み
り、歴史的に価格調整が行われてきたことが、スムー
ズな供給体制の構築につながり、当該企業に安定収益
をもたらす要因ともなった。また、高度な古紙利用技
世界の主要製紙企業は表2のとおりである。紙パル
術と回収システムの構築、バイオマスエネルギー利用
プ関連売上高1位は、230億米ドルのインターナショ
や脱墨技術、煤煙・水質汚濁・騒音などへの対応技術
ナルペーパー社(以下IP社)である。これは王子製紙
などの水準が世界でトップクラスである。特に、古紙
のおよそ倍の規模であり、紙パ依存率も90%と、紙パ
利用については世界を大きくリードし、環境問題への
ルプ専業企業として世界最大である。また、パルプ生
世界的な関心の高まりからも大きな評価を得ている。
産量はIP社に及ばないものの、紙・板紙生産量で見れ
中でも使用後の紙製品から墨を抜く高度な「脱墨技術」
ば、2004年時点の世界トップはフィンランドに本社を
と漂白技術により、板紙や低級紙への再利用中心であ
置く名門企業ストラ・エンソ社である。ストラ・エン
った古紙を新聞用紙や印刷用紙にまで拡大させ、現在
ソは1998年末、スウェーデンのストラとフィンランド
では古紙100%の再利用製品を市場に送り出すまでに
のエンソの合併により誕生した総合製紙企業である。
なっている。また、固有の高付加価値製品や効率化工
世界企業の中国事業を見れば、ストラ・エンソ社は
場をもつ特徴ある企業も数多く存在する。日本は島国
年産約100万トンのパルプと年産約100万トンの製紙工
でありかつ物価や人件費が高く、利用可能な森林資源
場の建設を中国南部の広西荘自治区に計画し、同時に
が豊富といえない独特の製紙環境が、チップ船による
20万ヘクタールの森林を買収している。また、中国の
輸入木材チップの大量活用と湾港を利用したパルプ生
新聞用紙トップメーカーの華泰と合弁で印刷用紙生産
産、さらには直接製紙工程にのせて生産−大量配送−
工場を2007年に建設予定である。合弁の板紙生産も白
安定供給させる一貫システムを構築させた。世界他諸
板紙に絞り込むと同時に、インドネシアの事業は完全
国は、大量に自国で森林資源を調達できる場所で現地
撤退した。アジア市場を見据えた事業の選択と集中を
生産するか、紙製品利用における文化相違の問題もあり、
着々と進めている。IP社も板紙を中心に合弁事業を拡
フランス、イギリス、ドイツ、韓国のように木材では
大している。しかし、フィンランド大手のUPMキュ
なくパルプから製紙する、という体制が常識であり、
ンメネやアビディビ・コンソーリテッドのアジア撤退
日本式のチップ輸入−パルプ製紙一貫生産体制は世界
など、中国の需給調整や文化の壁、原料調達に失敗し
で例を見ない画期的な効率化システムであるといえる。
て撤退を余儀なくされるケースも出ており、資本力だ
しかし一方で、日本の製紙企業には、世界レベルの
けで安易に進出するのは危険との見方が大方である。
製紙企業と中国市場において競争する上で不安材料:
中国で成功しているAPP社も原料チップ調達に苦労し
弱みがいくつかある。一つ目は、日本国内製紙企業各
ており、いかに原料確保を安定的に継続できるかが大
社が国内に保有する工場に生産量の偏りがある点だ。
型投資を成功させる鍵といえるほどになっている。
紙生産量上位国の統計によると、フィンランドの1工
次に、国内製紙企業が中国市場に挑むケースにおけ
場あたりの年間生産量は28.1万トン、スウェーデンは
る、持つ強みと弱みを整理する。国内製紙産業は明治
20.5万トン、カナダは19.8万トン、アメリカ16.9万トン
期から約130年、戦後から見ても60年の歴史的蓄積か
であるのに比べて、日本は6万4,200トンである。
118
国内最大レベルの大王製紙三島工場(年間生産量お
内生産量の4%程度、輸出先も東南アジアに限定的に
よそ166万トン)や三菱製紙八戸工場(同約77万トン)
散見された程度であった。
は、世界トップクラスの効率化ハイテク工場である。
しかし1991年にアメリカから日本市場の開放を求め
しかしながら一方で生産量が少なく非常に老朽化した
られ、一定量の新聞用紙やミルクカートンなどの特定
ローテク工場も数多く存在する。このため国内各社は、
ユーザ向けの特定品目の輸入を開始したのを契機に、
中国、タイ、台湾、インドネシア、マレーシアなどア
近年のアジア諸国の急成長に伴い、インドネシアら東
ジアの新興勢力との価格競争に負けないように全社レ
南アジアからはPPC用紙、中国からは低級トイレット
ベルで生産設備の合理化ができるか、また輸入紙に対
ロールが急速に大量流入し、国内市況に影響を与えて
抗しうるコスト内で製品に付加価値をつけることがで
いる。これにより影響を受けた家庭紙メーカーは中小
きるかどうか、ということが求められる。もし可能で
零細の製品のみにとどまらず、大手ブランド製品の市
あれば、国内企業レベルを超えた部門別の整理統合に
場にも食い込んだ。国内製紙業界は、こうした急速な
よって設備や人的資源の集中化を図り、世界レベルの
経営環境の変化に晒され、縮小・完全廃業のケースも
競争に打って出ることが望ましい。こうした中長期展
出始めた。これまで国内中小零細をかろうじて救って
望から王子製紙、日本製紙の大手2社は急速に吸収合
いた、いわば「大資本によるお目こぼし市場」におけ
併と社内の部門別の整理統合を試みたが、部門によっ
るコストリーダー戦略は、海外からの低級紙の急速流
ては社内の整理統合がうまく進んでいないものもあ
入によってその未来を完全にとざされ、傷口を広げる
る。この原因としては様々なものが挙げられるが、吸
前に撤退の英断を迫られる企業が相次いだ。時代の流
収会社の従業員感情のもつれや社内の処々のコンフリ
れもあり経営環境に対応できない企業は淘汰も止むを
クト、歴史観のズレなどで、特に家庭用紙や板紙部門、
得ないが、分野によっては中小零細企業が国内シェア
流通部門などにおいて散見されている。
の6割近くを占め、市場開放による外資を恐れた大手
2点目は、これまでの国内紙市場が内需型で紙製品
による半ば強引な吸収合併により、感情的なシコリを
の輸出・輸入がともに低かったことで、分野によって
残すといった経営統合のケースもかなりある。こうし
は流通・生産・調達などを大手に依存する「甘えの経
た見えない負の資産は、来るべき世界レベルの競争に
営体質」を持つ企業が存在したことだ。従来輸出は国
負の要因として影響を及ぼすであろう。
表3
紙パ製品事業
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
734,312
704,921
697,939
684,629
構成比
王子製紙部門別売上構成
紙加工品事業
60.5
59.7
58.9
56.4
構成比
27.4
28.4
28.8
31.6
332,105
335,152
341,762
383,586
その他
146,755
140,361
145,438
145,666
百万円(%)
構成比
12.1
11.9
12.3
12.0
連結売上高
1,206,186
1,205,473
1,252,941
1,203,797
1,213,173
1,180,436
1,185,141
1,213,881
出所)
『有価証券報告書総覧(王子製紙)』各年版。
表4
洋紙
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
83,194
92,836
87,146
92,299
96,570
96,954
99,404
構成比
71.7
72.1
72.9
73.4
74.1
72.8
73.6
北越製紙部門別売上構成推移
板紙
28,312
29,826
27,755
28,040
28,360
30,044
30,266
百万円(%)
構成比
その他
構成比
24.4
23.2
23.2
22.3
21.8
22.6
22.4
4,568
6,129
4,576
5,423
5,395
6,099
5,442
3.9
4.8
3.8
4.3
4.1
4.6
4.0
出所)
『有価証券報告書総覧(北越製紙)』各年版。数字は単独。
119
合
計
116,074
128,791
119,477
125,762
130,325
133,097
135,112
単独売上高
844,322
804,325
816,702
743,968
695,786
615,884
592,324
554,992
3点目は、外資での製紙最大級投資であるため世界
王子製紙グループ体制を確立して連結経営に移行して
が注目する王子製紙による中国一貫製紙工場建設、い
きた。これは総合製紙メーカーを志向してきた同社が、
わゆる「南通プロジェクト」の動向である。同社の計
世界のトップ企業の動向を見ながら、部門別での分社
画は、2006年7月に中国政府から正式認可を得た。年
の可能性も視野に入れて社内再編を進めてきたと考え
産40万トン×2ラインの製紙部門と年産71万トンのパル
られるが、計画と実行が壮大かつ急速であったがゆえ
プ生産ラインからなる一貫工場が総額2,300億円の投資
に強引さが後に恨みにも似た批判を買うケースも出た。
によって稼動へ向かう。2004年着工、2006年開始の
戦後の財閥解体後の同社の出発は、新聞用紙メーカ
120万トン級工場建設という壮大な計画は大幅に変更
ーであった。前述のように、断紙予防と一定品質確保
せざるをえなかった。現地企業との合弁方式を採用す
を狙う新聞業界との申し合わせにより、新聞用紙供給
るなど王子が計画縮小・譲歩し、一時は撤退もささや
メーカーは安定収益を確保することとなった。その後
かれたものの苦労の末に結実させた。しかしながら今
同社は新聞用紙部門に加え、量販の印刷用紙分野に進
後も大量に必要とされるパルプ原料の木材チップ調達
出して同社の収益源とする一方で、同社が弱かった板
先の確保に大きな課題を残し、さらに文化・社会主義
紙部門の強化・再編を主導しようと試みた。白板紙が
経済との相違点や外資規制、為替レートの動向など、
主力の本州製紙を買収した後で部門別に強引に分離分
いまだ現地生産には不安定要素が多く、同社の計画は
割した。立て続けに高崎三興、中央板紙、北陽製紙と
当初よりもさらに大幅変更しなければならない可能性
板紙上位企業を買収し、2001年、一気に自社の板紙部
を残す。同社の動向は、他社の今後の中国進出戦略や
門を分離分割して王子板紙として生産体制を集中させ
生産計画に大きな影響を与えると思われる。
た。またネピアブランドを保有していた家庭用紙部門
は、2003年4月にホクシーを傘下に吸収した。これを
4
国内における部門別統廃合を目論
む王子の戦略
ネピアと合併させて王子ネピアとして分離独立させた。
2005年には後継者不在に苦悩するダンボール専業最大
手森紙業を買収した。国内中小零細には「製紙企業の
1873年、渋沢栄一によって設立された抄紙会社は、
雄であり常に国内市場をリードしてきた王子ブランド
1893年に創業地の地名を冠し王子製紙株式会社となっ
への憧れ」を漫然と抱く熱狂的王子ファンの経営者も
た。戦前、戦中は国内洋紙生産の80%のシェアを誇っ
少なくない。また戦前・戦中の国内市場は王子1社独
たが、敗戦による樺太損失により生産拠点を失った。
占状態であったことから出自が同一資本である企業も
1949年に財閥解体により苫小牧製紙(苫小牧工場)・本
国内に多い。この10数年で急速に王子が中堅他社を、
州製紙・十條製紙
(後の日本製紙)分割にされたものの、
多少強引であっても合併できた理由の一つにはこの
徐々に買収合併を繰り返して企業規模を拡大していっ
「同門意識」「同一出自の意識」があったことは少なか
た。1979年には日本パルプ工業(米子工場、日南工場)、
らず影響しているだろう。
1989年に東洋パルプ(呉工場)、1993年に神崎製紙(神崎
現在の王子製紙は、連結ベースで売上高約1兆2千
工場、富岡工場)と合併した。また「新王子製紙株式
億円、従業員数約17,000人の規模を誇る、国内トップ
会社」と改称した後の1996年に本州製紙と合併し、社
の製紙メーカーとなっている。表3には近年の王子製
名も現在の王子製紙株式会社とした。
紙の売上高推移を示したが、連結ベースでは1兆2,000
国内トップの王子製紙は、1990年代後半以降、半ば
億円前後で推移しているが、単独ベースではその売上
強引に国内製紙業界の再編を主導してきた。これは自
高が年々減少しているため、グループレベルで部門別
社の国内シェアを守ると同時に、総合製紙企業として
での統廃合を推進していることが伺える。特に近年は
の地位を確固たるものにするためにM&Aを進めてき
紙パルプ関連事業から紙加工製品事業へのシフトが
た側面と、来るべき世界レベルでの投資競争のために
徐々に進んでいる。
企業規模を拡大すると同時に、部門別の競争力を強化
国内製紙業界をリードする王子製紙、日本製紙、大
する側面の両面の狙いがあったと思われる。事実、前
王製紙の3社は総合製紙志向の企業であるが、安定し
述のように中堅企業や分野内で国内トップシェアを握
た経済成長と国内完結型需給体制を前提とした経営戦
る大手企業を次々に吸収合併し、同時に社内を部門別
略であった。今後のグローバル競争下においては、必
に整理再編し、分社化を含めた社内整理統合を進め、
ずしもこれがメリットを発揮するとは限らない。日本
120
の大手製紙企業は、歴史的に蓄積された日本独自の技
紙が、大型投資は少ないものの無借金で堅実な経営を
術や優秀な従業員など、多くの面で海外のライバル企
地元で継続してきた証でもある。同社は長岡に本社機
業に決してひけをとらないものを持っているが、収益
能、新潟に主力工場を持ち、一定数の雇用確保など地
力や経営力が強いとはいえない。資本力も世界のトッ
元に及ぼす経済効果は少なくない。また県内で数少な
プ企業には水をあけられている。逆に被買収企業や中
い東証一部上場企業でもあり、同社が地域企業のリー
小企業の中には、工場レベル別や部門別では収益力が
ダーとして果たす役割も大きい。
高く、従業員も優秀なケースもある。今後の海外を含
2006年7月23日に国内紙パルプ業界トップの王子製
めた生産拠点分散化を考えた場合、M&Aを前提にし
紙が北越製紙に対し敵対的TOBをかけ経営統合の方針
たスケールメリットの追求や大型投資競争への依存型
を表明して以来、長岡資本の北越製紙が全国から一躍
経営戦略は危険をはらむ。むしろ得意分野へ資本と経
脚光を浴び、注目を集めた。以来「王子が実勢より高
営資源を集中・特化し、新聞などの国内における安定
い株価による公開買付案を示せば当然株主はこれに応
収益を基盤としながら成長分野へ投資する選択と集中
じるはずで、北越は経営者の自己保身を考えない防衛
を進める必要がある。こうした現状と将来を見越して、
策をとるべきだ。しかし現実に事が進まないのは、必
王子製紙は不採算部門や不採算工場の思い切った切捨
要以上な地元の情実や王子に対する判官贔屓のため」
てを含めた国内の部門別統廃合を推進しようとしたと
という論調の報道が相次いだ。王子によるTOB以前の
考えられる。近未来には、王子製紙+日本製紙という、
北越製紙の株価は約650円。これに対して王子の提案
戦前の旧王子製紙の流れを汲む大手2社による国内紙
は860円であった。北越製紙の株主に対して約30%の
パ大連立構想も視野に入れていた可能性もある。しか
プレミアムをつけた。その後800円まで値を下げたも
し他社による反王子連合体制の確立の方向性から、現
のの、市場の評価より高水準であることに変わりはな
状ではこれも困難な状況となった。
く、前述のような評価が出ても不思議ではなかった。
王子製紙のTOBによる当初の提案が860円ではなく
5
王子製紙のTOB敗北と北越製紙の
選択
1,000円前後だったら結果はどうだったか、王子製紙が
TOBという戦略を採らず、水面下の交渉によって提携
を打診し長期的にグループに取り込む戦略をとればど
1907年、長岡の地元資本家田村文四郎氏の手により
うだったか、など仮定的な疑問は尽きないが、いずれ
創業された北越製紙は、年商約1,500億円、従業員数約
にせよ、今回のTOBは「王子の勇み足」による敗北で
1,000名の国内業界6位の製紙メーカーに成長してい
決着を見た。前述のように、王子製紙は強引な国内部
る。高級印刷用紙などの洋紙や白板紙を主力製品とし、
門別統合を目論み、他社を次々に吸収合併したが、急
創業の地であり登記上本社のある長岡工場においては
激な行動に対して反発も多く、またその強引な手法が
高付加価値で利益率の高い特殊紙を、新潟工場におい
反感を買ったことも、結果的にはマイナス要因となっ
て比較的大量生産しやすい高級白板紙を、分散生産し
てしまった。特に家庭用紙や板紙分野で統合が遅れた。
ている。白板紙分野では国内シェアトップクラスで1
王子製紙の目論む部門別統合の実現は、現状ではかな
位の王子製紙との差は僅かである。北越製紙の擁する
り厳しい状況となった。
はいぼく
製紙工場は、前述の長岡工場、新潟工場を含め4工場
しかしながら北越製紙の選択した「独立成長路線」
である。中でも主力は同社の生産量の約7割を占める
はイバラの道である。北越の今後の企業価値という視
新潟工場である。長岡工場の生産製品は出荷額ベース
座から言えば、今回の王子の提案はそのブランド力や
で全体の5%程度だが、利益率が高いのも特徴的であ
紙つくりのノウハウ蓄積に北越サイドも魅力を感じた
る。また同社は関東圏である千葉県の市川工場と茨城
はずだ。北越製紙にしてみれば、王子製紙に経営をゆ
県の勝田工場を有する。関東市場へは1919年と、かな
だねるという選択肢もあったであろうが、北越は三菱
り早い時期から進出しており、大市場から得られる情
商事によるこれまでの、そして今後の中国市場での販
報や原料調達、販売網確保を早くから重視していた。
路開拓戦略を共用することによって自社の高付加価値
北越製紙は長年経常利益率を業界トップ水準で維持し
製品を中国市場へ普及させるシナリオを選択した。
ていることや高付加価値製品を生産する効率的な工場
を有することなどが経営的特徴である。これは北越製
121
6 今後の展開
貫型工場による一般紙大量生産は業界初の生産システ
ムのイノベーションであり、今後将来的に、北越製紙
北越製紙は今後「独立成長路線」という選択が絵に
が中国生産を視野に入れる場合に有用となるためノウ
描いたもちにならぬよう、以下の問題の解決を迫られ
ハウを学ぶべきだ。北越製紙は、マーケティングとイ
るようになるだろう。元来北越製紙と三菱グループは
ノベーション重視の経営に早急な転換が必要である。
社風も理念も戦略も、本質的には到底一致するとは思
②強みと弱みを把握し真の経営力をつける
えない2社による提携であるため、現在北越製紙の筆
頭株主である三菱商事は北越との提携を解消し、同社
従来、内需に依存し高度成長に助けられて安定収益
株式を他へ売却するケースも十分ありえる。北越製紙
を確保してきた国内製紙業界は、経営戦略そのものが
は今後以下の問題点の早期解決に着手すべきである。
ほとんど必要ではない時代が長く続いた。国内紙パに
は「強い工場、弱い本社」と評される企業も存在する。
①マーケティングとイノベーション重視の経営へ
収益が下がればM&Aで他社を買収し、相対的に売上
北越製紙は白板紙や印刷用紙、特殊紙の分野で品質
は上がるものの組織を単に肥大化させてきた企業もあ
に対する評価が高く、一方で営業力・販売力は不安が
る。近年の強引なリストラで社員や地域から反感を買
ある。商事会社で年間約20兆円(世界10位)を売り上
ったケースもある。しかし今後は世界レベルの巨大資
げる三菱は、北越製紙の不安材料である販売力・営業
本が競合企業となる。自社の強みと弱みを把握し、選
力に関して国内随一の定評をもつ。三菱商事の強力な
択と集中によって事業分野をある程度絞り込む必要が
販売ノウハウや営業網を活用し、特に今後、海外の成
ある。北越製紙は白板紙、印刷用紙分野で強く、王子
長市場で原料調達や販路開拓に成果を期待したい。さ
製紙も高評価するほどの高収益効率化工場を持つ。今
らにその意味で、10月27日に北越製紙が発表した、業
後はこの工場力に比例した真の経営力が求められる。
界3位の大王製紙(四国中央市)と行った技術提携は、
その際、似通った事業領域をもつ企業で起源や社風、
北越製紙にとって大変有意義である。大王製紙がすで
戦略、目標など類似点が見出せるような成長企業の戦
に北越の発行済み株式の2%を取得し、今後、北越側
略を吸収すべきだ。具体的には、前出の大王製紙によ
が大王株を取得する方向という。大王製紙サイドはこ
る販売戦略や信越化学の塩ビに特化した時価総額世界
れまで独立路線をかたくなに守り、王子を越えるため
一企業への海外展開戦略である。特に法務、会計、経
に社名を「大王製紙」としたほどの対王子企業。同社
営戦略の3点において、いずれも世界レベルで戦える
の歴史上名古屋パルプの買収以外に他社との大きな買
だけの知識を本社・経営陣がさらに習得し、カネを出
収・提携はなく、株式持ち合いによる同業他社との提
して外注するのではなく、社内に世界企業と戦うブレ
携は初である。しかしここにきて独立路線堅守、対王
ーン集団を形成する必要がある。
子で経営のベクトルがゆるやかに一致し、大王製紙は
2007年8月に三島工場を、北越製紙は2008年11月に新
③知を蓄積して組織文化の革新を
潟工場で大型高速抄紙機の稼働を予定していることで
持続的な独立成長路線を貫くためには、上述の変化
も戦略に共通性がある。いずれもチラシなどの塗工紙
を企業内部に知として定着させ、新しい企業文化を創
生産設備で、稼働に向けてノウハウを交換するととも
造し定着を図らなければならないだろう。組織内外の
に、地理的補完関係を生かし競争力の強化を目指すと
甘えやしがらみを排除し、従業員と経営者がともに学
した。 今回の技術提携は北越側が提案したが、大王製
びあって成長しあう強い組織への進化が必要である。
紙は塗工と抄紙が同時にできる新設のオンマシン塗工
時にはこれまで培ってきた価値観や文化を根底から変
抄紙機について、国内で初めて導入した北越製紙から
化させる必要に迫られることもあるかもしれない。今
生産ノウハウなどの供与を受け、塗工機の操業技術や
後北越製紙に影響力をもつであろう三菱グループや大
古紙処理技術などを北越に供与する予定である。また
王製紙などのもつ強みを最大限吸収し、世界で戦う集
自社で製造し自社で売るという意味の「自製自販」を
団としての組織文化を醸成する必要があろう。
実行して収益を上げる大王製紙から北越製紙が特にマ
<参考文献>
ーケティング分野において戦略上学ぶべきものは多
い。それのみならず大王製紙の世界最大級のパルプ一
[1]2006年8月11日、日経新聞「経済教室」欄。
122
[2]2006年8月19日、新潟日報「私の視点」欄。
[3]桂信太郎「紙パルプ産業における経営改善と成
長戦略に関する研究」『経営学論集76集』日本経
営学会、49−50頁、2006年。
[4]紙業タイムス『紙パルプ2005、50年史と近未来』
、
第一印刷、2001年、276頁。
[5]王子製紙『王子製紙100年史』、2004年。
[6]野嵜直「紙パルプ産業における生産・資本動態
と海外展開」
『林業経済研究』
、2001年、9−16頁。
[7]紙業タイムス『紙パルプ日本とアジア』2006年。
[8]三菱総研『日本産業読本』、東洋経済、2006年。
123
エッセー
システム・デザインと新産業の創造
−台湾調査から感じたこと−
長岡大学産業経営学部講師
伊 吹 勇 亮
【目次】
1.はじめに
2.「システム・デザイン」という考え方
3.新潟における新産業創造
4.おわりに
1.はじめに
2006年は、私の研究人生の中でも記憶される年となるように思う。というのも、研究生活で初めて、海外での調
査を行ったからである。2月には上海と台湾に、8月には台湾に2度赴き、それぞれ調査を行った。確かに、大学
院時代、研究室の仲間とともにアメリカ・シリコンバレーに1週間ほど滞在したことはあったが、今から考えると
あれは調査と呼べるものではなく、遊びと称する方がよいものであったかのように考える。現に、あのときに調査
と称して行った2件のインタビューを基にしての論文は、未だ執筆されていないし、これからも執筆される気配は
ない。
2月の上海での調査は、シリコンバレーの時と同じとまでは言えないが、まだ論文になるようなテーマとはなっ
ておらず、日の目を見るのは5年後くらいではないかという感じがする。また、8月の調査のうちの下旬に行った
ものは、ある科研費プロジェクトの一環であり、これも成果が出るのは来年度以降になりそうである。それに対し、
2月と8月の上旬に行った台湾調査は、九州国際大学の陳韻如助教授をリーダーとする研究チーム(正式名称はサ
イエンス・パーク・クラスター・ケイパビリティー研究会:以下、陳グループ)で実施したものだが、その結果が
既に学会報告の形で公表されているし、論文の形で世に出ることも決まっている。
本論では、陳グループの台湾調査で得た知見を簡単に紹介するとともに、新潟における新産業創造にも思いを馳
せてみたい。これは、数度の海外調査へ快く送り出していただいた大学への報告であり、また、その調査成果の地
域への還元の一端でもある。
2.
「システム・デザイン」という考え方
陳グループでの研究の基本的な問題意識は、なぜ台湾は1980年代以降急速に経済発展することができたのか、と
いうものである。特に、半導体産業や液晶産業といった分野において、それまで特段の技術蓄積があったわけでも
ないにもかかわらず、すなわち、資源ベース理論(Resource-based View)が競争優位の源泉とするところの資源が
存在していたわけではないにもかかわらず、なぜ台湾企業は急速に競争力を構築することができたのか、この点が
125
大きな疑問であった。
陳グループの台湾調査で得た知見は、とりあえずのところ、陳他(2006)という形で論文化されることが決まっ
ている。とりあえずのところ、というのは、この陳他(2006)が陳グループの研究のベースとなる論文であり、今
後はこれを基にして、プロジェクトベースで様々な研究を行うことを予定しているからである。陳グループには経
営戦略論の専門家だけではなく、 R&D マネジメントの専門家やネットワーク分析の専門家も参加しており、様々な
角度からこの問題について取り組むつもりである。私個人の次なる計画としては、台湾企業の発展を支えた人材の
供給が、どのような形で行われたかについて調べることを考えている。研究生活に入ってこのかた人材関係のネタ
など扱ったことはないが、師匠が労務管理に関する学界の重鎮であることが、無意識のうちに影響しているのかも
しれない。
閑話休題。陳グループの台湾調査で得た知見である。詳細は前掲の論文に譲るとして、ここでは陳グループが見
出した新しい考え方について触れてみたい。それは「システム・デザイン」という考え方である。システム・デザイ
ンとは、学研都市を1つのR&Dシステムとして捉え、それを最適なR&Dプロセスとして意図をもってデザインする
ことを意味している。一般的に、特に産業集積と関係して、ある地域の経済をどのように発展させるかという議論
は経済政策論や産業政策論という学問分野に含まれるものであると考えるが(本学であれば原田先生の専門分野で
ある)、我々はベースに経済学ではなく経営戦略論の発想をおき、地域をあたかも一つの企業体や事業体であるかの
ようにみなし、その R&D プロセスの最適デザインを考えている。経営学の分野では、この発想はやや前衛的・実験
的であり、その意味でまだまだ発展の余地のある考え方である。
台湾の経済発展は、半導体産業の発展とともにあったといっても過言ではない。台湾半導体産業の中心地は新竹
サイエンス・パーク(Hsinchu Science-based Industrial Park:以下、HSIP)と呼ばれる学研都市である。この地
域には元々国立清華大学や国立交通大学といった名門大学があり、研究所ベースでの半導体の開発はわりと早い時
期にできていたものの、新産業創造という意味においては、台湾そのものが全く技術蓄積のない地域であった。台
湾政府は1973年、新竹に工業技術研究院( Industrial Technology Research Institute:以下、ITRI )を設立し、こ
こが主導する形で半導体の産業化に向けたプロジェクトが始動する。技術者のアメリカ RCA 社への派遣等を通じ技
術を習得し、半導体の工業生産技術を完成させ、1980年にはプロジェクトチームが ITRI からスピンオフする形で
UMC社(United Microelectronics Corporation)がHSIPに設立された。周知の通り、UMC社は現在でも世界の半
導体ファウンドリー産業第2位の企業であり、同産業第1位の TSMC 社( Taiwan Semiconductor Manufacturing
Company )もまた、1987年に ITRI からスピンオフして、 HSIP に設立された企業である。UMC 社や TSMC 社の現
在の隆盛は、この時期の ITRI の新産業創造計画、すなわち、ITRI による HSIP のシステム・デザインに大いに依っ
ているのである。
ある産業が一つの地域に集まっていることを一般に産業集積(産業クラスター)という。産業集積でもっとも有
名な例が、私が大学院時代に訪れたシリコンバレーである。シリコンバレーがなぜ成功したのかについては多くの
研究があるが、代表的なものは Saxenian(1994)のものであろう。彼女はシリコンバレーに成功をもたらした要因
として、競争と協調の共存、オープンで非公式な技術交流、および頻繁な人材流動などを挙げている。しかし、彼
女の研究によれば、シリコンバレーは経路依存的に発展した、いわば意図せざる産業集積であった。すなわち、な
ぜシリコンバレーが成功したのか、その要因についてまでは明らかになっているものの、誰がどのような意図でシ
リコンバレーにそのような特徴を付与させたのかについては、さほど明らかになっていないのである。
日本でも多くの産業集積が意図的に作られようとしているが、その多くが成功しているとは言い難い。それは、
シリコンバレーが意図せざる結果として作り上げてきた様々なシカケを意図的に作り上げる方法が明らかになって
いないからである。実は、その意味で、 HSIP の事例は非常に興味深い。それは、先述の通り、台湾半導体産業の発
展には、 ITRI という主体が明確な意図をもってシステム・デザインを行うことで、新産業の創造を可能としたから
である。
126
3.新潟における新産業創造
ひるがえって、新潟における新産業創造について見てみたい。実は、台湾調査中、ずっと心の中にあったのは、
新潟における新産業創造のあり方であった。台湾は、システム・デザインを行うことで、半導体産業や液晶産業と
いった産業に属する企業群を、世界でも有数の競争力を持つ存在へと昇華させた。新潟でも新産業創造を目指して
活動している団体がある。本学も様々な事業において協働している、財団法人にいがた産業創造機構( Niigata
Industrial Creation Organization:以下、NICO )である。果たして NICO の活動の根本には、新産業創造のため
のシステム・デザインが存在しているのだろうか、それが台湾調査を経験した私の心の中に芽生えた疑問である。
NICO のホームページ( http://www.nico.or.jp/index.html )によると、2006年10月末現在、NICO が行っている事業
の内容は次の通りである。
・中小企業者の経営にかかる相談、助言等の総合的支援に関する事業
・経営革新及び創業の支援に関する事業
・商品開発及び販路開拓の支援に関する事業
・産業分野における人材の育成に関する事業
・中小企業の国際展開の支援に関する事業
・産学官連携による技術開発及び産業振興に関する事業
・新産業創出のための科学技術の振興に関する事業
・中小企業者の事業の用に供する設備等の譲渡及び貸付並びに資金貸付に関する事業
・下請取引の紹介あっせん及び取引に関する苦情又は紛争処理に関する事業
・中小企業の振興に関する調査研究、情報の収集、提供及び IT 高度人材育成等情報化支援に関する事業
・中心市街地商業の活性化に関する事業
・新産業創出のための投資及び債務保証に関する事業
・繊維産地活性化推進に関する事業
・中小企業に関する地方公共団体、中小企業総合事業団等からの受託事業
・前各号に定めるもののほか、機構の目的を達成するために必要な事業
上記の事業内容を見てわかることは、 NICO は新産業創造のため「だけ」の機関ではないということである。特
に、新産業創造を目指すことを最終の目標にしながらも、現実には中小企業の経営革新と創業支援をメインで行っ
ていることがわかる。台湾の事例と比較して考えた際に、ここからどのようなことが言えるだろうか。
台湾におけるシステム・デザインが成功した要因を考えるとき、どうも、それ以前に何もなかったことが大いに
効いているということが感じられる。半導体に関する技術の蓄積が台湾に全く存在していなかったため、かえって
システム・デザインを考える際に制約が少なく、合理的なデザインを行うことができたのではなかろうか。 NICO
方式は、中小企業の経営革新と創業支援を行うことで、ひいては新産業が創造できれば、という発想だが、台湾の
場合と比較して考えるに、現在既に存在している中小企業の業種に大いに制約を受けるのではなかろうか。新産業
の創造には資源の集中投下が必要なことは言うまでもないが、その際に前提として現在の産業を発展させることが
あるとするならば、その方向性は限られたものになってしまうだろう。
このことは、 NICO の活動の価値を下げるものでは決してない。中小企業に対する支援は地域経済の発展にとっ
て大変重要である。資源の限られた中小企業では技術開発や販路拡大といった経営革新に多額の投資をすることが
できない。その際に NICO のような存在があることは、中小企業にとっては非常にありがたいことであろうし、ひ
いては地域経済の発展に必ず資するものとなろう。また、創業支援もまた重要なことであり、常に新しい血が地域
の産業界にもたらされない限り、長い目で見た際のその地域の発展はありえない。その意味で、この活動もまた価
値の高いものである。
しかし、これらの活動は、基本的には企業単位での支援を目指している点が、台湾の場合とは違うように思える。
ITRI のケースでは、最終的には企業のスピンオフを行っているものの、当初から考えていたのは新「産業」の創造
である。つまり、その際には、現存する企業には一切制約されず、新たにどのような産業を育成することでその地
127
域の発展を促すかということが目指され、それに対して最適な R&D システムの構築が行われたのであった。NICO
方式では、その制約条件のきつさ故に、台湾と同様の発展経路を取ることは難しいのではなかろうか。
企業とは、営利の目的で継続的・計画的に同種の経済行為を行う組織体のことである。それに対して、産業とは、
業態の似かよった各活動分野の単位のことである。企業が複数あるだけでは産業にはならない。しかも、ある地域
を産業集積として発展させるためには、同じ産業に属する企業が多数集まっている必要がある。よって、やはり、
中小企業の経営革新を進めることと、創業を支援することと、産業を形成することとは、異なる行為ではなかろう
か。もし新産業の創造を行うなら、それもシステム・デザインの発想に基づいた集積形成を介しての産業創造を行
うには、全く異なる発想の元で、技術の選定(ドメインの設定)や競争環境の創出が必要となってくるだろう。
4.おわりに
本論では、今年に実施した海外調査での研究成果から、「システム・デザイン」という考え方について簡単に紹介
し、その上で新潟県における新産業の現状について思いを馳せてきた。台湾で調査した実感として、新産業創造と
いうのは、ある程度計画的に行わないとできないのではないか、特に、何もないところから作り上げる覚悟がなけ
ればできないのではないか、そのように感じている。
なお、システム・デザインという考え方は、他の分野にもその発想を応用することができるのではないかと考え
ている。「木を見て森を見ず」「森を見て木を見ず」というたとえがあり、この2つが並存していないと物事は上手
くまわらないとされているが、システム・デザインという考え方は、「木を見て森を見ず」という考え方を是正する
ための一つの方策であるように思われる。たとえば長岡の駅前商店街の活性化。商店街の活性化は叫ばれてはいる
ものの、どういう商店街として活性化するのかについて(若者向け、高齢者向け、観光客向け、等)、統一的なビジ
ョンは見出しにくい。たとえば長岡の観光振興。どの年代の、どの地域に住んでいる方を対象にして、どのような
パッケージを提供するのかが表に出ないため、どうしても総花的な対策だけが議論されてしまいがちになり、結果
としてせっかく個々としては数多くの名所があるにもかかわらず、観光客が満足せずに家路に帰ってしまうという
現状がある。
では、これらの点について、どのような具体策が考えられるか、このことは今後の研究課題である。長岡をはじ
めとしたこの地域が経済的にも文化的にも豊かになっていくための一助として、他分野での知見も積極的に取り入
れながら、考察していきたい。
<参考文献>
¡
陳韻如・神吉直人・長内厚・伊吹勇亮・朴唯新(2006)「意図された学研都市のシステム・デザイン−台湾新竹
サイエンス・パークにおける半導体産業の創出−」『九州国際大学社会文化研究所紀要』Vol. 59(2006年11月刊
行予定).
¡
Saxenian, A.(1994)Regional Advantage:Culture and Competition in Silicon Valley and Route128,
Boston:Harvard University Press.
128
地域情報
中越地震からの地域復興
−県内最大手スーパー原信の
震災対応と今後の戦略に学ぶ−
長岡大学助教授
桂
信 太 郎
はじめに
本報告は、実際に自ら中越地震を経験した長岡大学桂ゼミ生6名(2005年度生)が卒業研究のテーマに選定した
「中越地震における企業や自治体の対応と課題」について調査するにあたり、株式会社原信の対応に関心を持ち、聞
き取りをお願いした際の記録である。本稿の編集および校正は教員の桂信太郎が担当した。
実施日:2005年10月7日f
場
所:株式会社原信本部
回答者:山
岸
質問者:水
落
池
田
成
田
豊
後
常務
淳
渡
辺
裕
介
昭
史
土
橋
勝
太
洋
介
加
藤
俊
和
以上、桂ゼミ学生
129
1.震災以前の原信における防災に対する取り組み
学生:
本日は大変お忙しい中、お時間をいただきましてまことにありがとうございました。
何卒よろしくお願いいたします。早速質問させていただきたいと思います。御社には突然の災害に対して、
防災マニュアルのようなものはありますでしょうか。またマニュアルは、日頃従業員がどのような取り扱い
をするようになっておりますでしょうか。
山岸:
防災マニュアルといいましても、当社にはそれほど複雑なものはありません。災害時にはマニュアルは必
要だと思いますが、今回の震災で特に感じましたのは、非常時にはマニュアルが役に立たないことが多いと
いうことです。今回の地震のような時にパニックになった状態では、普通は保管しているマニュアルを取り
に行くことすらできませんよね。マニュアルには確かにそのとき何をしなきゃいけないっていうのを、ある
データをもとにああすべきとか、こうすべきとか、書いてあります。社内の規則では、カードマニュアルを
いつも持ち歩くことになっています。私はこのマニュアルを、いつも持ち運ぶシステム手帳の中に入れてい
ます。これをやっていないと非常時には役に立ちませんよね。緊急の事態が起きたときに一番何が必要かっ
て言うときには、こういう状態で持っていないと役に立たないのです。
また、お手元に資料がありますが、これは私が地震後の新聞やテレビの取材のときにマスコミの方々にお
渡ししたものです。自分が担当した部署における単なる覚え書きですが、だいたいこの中のメモに当時の様
子や対応が全部入っています。
2.7.
13水害と中越地震のもたらした被害
学生:
7.13水害と中越地震のもたらした被害は御社にとってどの程度のものだったのでしょうか。
山岸:
2004年7月13日に新潟県の長岡市(旧中之島町)と見附市を襲った豪雨被害を7.13水害といいますが、こ
の水害は当社に約2億4,500万円の特別損失をもたらしました。またその年の中越地震の被害は4億3,000万円
でした。これは当社にとって過去最大の被害額でしたが、これは決算時の処理の関係でこういう数字になっ
ております。実際のところ私の試算では被害はだいたい7億円から8億円に上ると思われます。この数字は
広報誌のなかにも出しています。小千谷が最も中越地震の震源地に近かったのですが、その中でも小千谷駅
前にある店舗が最も被害を受けました。側面の壁は倒壊して中に入れない状態でした。いつその建物自体が
倒れるかどうか分からない状態だったので、その店舗は閉鎖しました。それから同じ小千谷市内で当社とし
ては二番目に震源地に近かった店舗(西小千谷店)については、軒先が全部壊れ、自販機も倒れそうになっ
ていて、中はもうぐちゃぐちゃという状態でした。翌日から営業開始できる店舗については営業し、営業で
きない状態の店舗については商品を店舗の外に出して、お客様に必要な商品を提供しようと取り組みました。
宮内店では翌日から店内にある商品を店の外に引っ張り出して営業しました。店内ではレジも動かないので
外で販売という形態をとりました。結果的に、被害の大きかった中沢店、見附店、駅前店の三店舗を閉鎖し
ました。
震災後に被害を受けた店舗の現状確認を行いました。さきほどお話しました小千谷の駅前店が小千谷で一
番損害を受けた店舗です。それから十日町が結構厳しい状況でした。あと閉鎖した長岡市の中沢店、それか
ら見附店、このへんが非常に大きな被害でした。西小千谷店につきましては2日間全面休業をせざるを得ま
せんでした。店舗の中は販売できる状態ではありませんでしたし、駐車場に避難された方が相当数居られた
からです。震災後3日目からは店頭で営業開始をしまして、1週間後に店内での営業を再開しました。この
小千谷地区で原信と競合していますのは、ベイシアというお店とジャスコ(イオン)です。中でもジャスコ
の店舗は私どもの小千谷店とほんの数百メートルしか離れていない場所に立地しています。その後ジャスコ
が店舗内での通常営業に切り替えたのは、2005年8月2日でした。それからジャスコよりも長岡市寄りのベ
130
イシアの営業再開は2004年12月中旬でした。つまり少なくとも震災後2ヶ月間、小千谷エリアで営業ができ
たのは、当社だけということが言えます。ですから「いかに早く営業再開するかということが私どもの使命
だった」という観点からみれば、1日でも1時間でも早く営業再開したかったというのが当時の私どもの考
えでした。
3.中越地震直後の原信本部の対応
学生:
山岸常務のメモにもありますが、地震発生当日の対応の詳細を教えて頂きたいのですが。
山岸:
私のメモをごらん頂いていると思います。その中段くらいに「地震発生時の対応」というのがあります。
土曜日の午後6時すこし前には対策本部を設置しました。対策本部を設置したのは私です。いま皆さんが居
られますのは原信の本部ですが、あそこに見えます建物の向こう側にひとつ部屋があります。実は私は土曜
日の震災があった時間にその部屋に居りました。そこから建物の入り口に出ていきまして、対策本部を作り
ました。場所は決まっていたので、そこに集合して対策を練りましょうということになりました。だから本
当に震災直後、6時前から対策本部ができたわけです。そこで初めにやったことが、まずお客様と勤務中の
従業員の安全の確保、2つ目に施設の被害の状況確認と救援物資が今の段階で必要かどうかを確認しました。
3つ目が、これは若干視点が変わりますけど、役員や会社の幹部に対して、今どこにいて安否はどうかとい
う問題と、どのくらいの時間で中之島にある当社本部に出社が可能かということを、連絡して確認をとりま
した。午後8時15分に、全店舗の従業員全体の安全確認とまではいかなかったのですが、店内のお客様と店
内にいる従業員の安否確認、それから被災状況確認を、一応のところ終えました。また社長以下、取締役な
ど役員がそろったのが8時30分でしたので、役員の対策会議を始めました。そこから1時間毎に対策会議を
行っていました。それから同時刻に、救援物資第一陣を届けるために、小千谷市に向けてのルートについて
物流調査をしました。この救援物資は行政要請の救援物資ではなく、店長から要請があって出した救援物資
です。
店長からは「店舗内はとりあえず危なくて入れない。駐車場に大変沢山の方が避難されているので、とり
あえずダンボールをお渡ししました。それを下に敷いて休んでください、座ってくださいという意味でダン
ボールをお渡ししました」との報告がありました。これから気温が下がるので、避難されている方は、車の
方はともかくとして、寒くなるので毛布が欲しい、というのと、とりあえず水が欲しい、という要求があり
ました。物流センターにからたまたま水の在庫がありましたから、原信の配送車両に乗せました。それから
長岡市内でたまたま衣料関連の取引先の社長さんがつかまったので、毛布があるかないかお聞きしたら「倉
庫の中にはあるはずだ。ただ取れる状態かどうかは分からない。とりあえず鍵は開けておくので勝手にもっ
て行ってくれ」というありがたいお話がありました。それでは水と一緒に配送しようということで、一緒に
積みこんで小千谷に向かったのが8時30分ちょっと過ぎでした。その後21時には全店舗について、電気はつ
くか、ガスはどうだ、水道はどうだ、など、インフラについてのチェックが行われました。23時にはインフ
ラ状況はそれぞれ分かり、被害の程度もわかりましたが、実際のところ、完全復旧に必要な被害把握はその
筋の専門家じゃないとわからないんですね。
例えば、桂先生が店長だとしますね。震災直後はお店の被害を他に伝える方法がないから、例えば口頭で
伝えるとか、あるいはメールを使うといった方法でしか本部に伝わらない。その店舗において何があってど
ういった状況なのかということを伝える手段は限られているし、状況そのものについても「すごい」とか
「たいへん」といったような形容詞で伝える程度なんですね。その店舗にどのくらいの被害があって、何がど
のくらい必要で、復旧に何日かかるから、何をしなければならない、という判断まではできなかったんです
ね。店舗が倒れるのではないか、ということはわかりましたけど、揺れがおさまったらなんとかなりそうだ、
ということは感覚的に分かっても、実際何をしなければならないか冷静に判断できないし分からない。こう
した状況で、どの程度復旧に要するのか、どういう業者を手配したらいいのか、手探りで調べながら復旧は
131
スタートしました。
24日からは朝一番の早朝6時より対策会議が再開されました。その前日も対策会議は24時くらいまで行わ
れていて、朝までぶっ通し会議、ということも考えたのですが、休まないと体が持ちませんので6時間だけ
休んで、翌日は6時から再開ということになりました。まず復旧作業手順の優先順位とやり方の打ち合わせ
をしました。それが発生から翌週にかけての当社の組織の動きです。
1. 原信における、被災前の地震に対する認識(防災対策)
①
5年前に水害を経験し、非常時における対応についての経験者がいた。また7.13水害後でもあったた
め、社内の防災意識は高かった。しかし大地震が起こるとは想定していなかった。
②
毎年事業所で火災を想定した防災訓練を行い、避難誘導や消火訓練をしている。
③
緊急連絡網の整備は随時行われている。
④
関係会社に保険代理店があり、火災被害や震災被害については、企業財産総合保障保険の特約を契約し
ている。
⑤
阪神大震災を契機に、震災マニュアルの改訂を行っており、全部署に配置してあった。
2.地震発生時の対応
①
本震の揺れが収まりつつある中、18時前に山岸常務によって対策本部の設置が行われた。
②
全事業所に対して、お客様、勤務中の従業員の安全確認、怪我などの有無確認、二次災害による危険回
避、全従業員の安否確認を開始した。
③
店舗等施設被害の状況確認と救援物資の手配を行った。
④
事業として優先すべきは「営業を再開する事が社会的な任務」と心得ている。当社マニュアルでは「店
は震災時でも開店することが原則」「2名そろったら営業」と明記。
⑤
10月23日、対策本部長、副本部長、情報・人事・店舗・物流の各責任者等による組織立ち上げ。24時間
本部体制がスタート。
⑥
ホームページへの掲示や新聞社などへの営業状況案内を開始。
3.地震発生以降、現在に至るまでの経緯
①
10月23日(地震発生)
18:00
対策本部設置、役員および幹部は自主的に集合。スタッフは情報収集開始。
各店の被害(人的、施設)状況、道路情報など確認。
20:15
被害状況の全店集計(第1報)
。
20:30
役員対策会議を1時間ごとに開催する。救援物資第1便、小千谷市に出発。
これは行政からの依頼ではなく、自発的に行う。毛布、水、食料など。
②
21:00
インフラの現状について全店把握。
23:00
本部員を派遣し、現場確認開始。
10月24日
店舗内が使用不能の場合、店頭販売を開始するように指示。
援助物資支援、店舗への人的応援開始。
各店舗復旧の建築設備業者の手配完了。警備会社による人的警備を開始。
③
10月25日
各店舗は通電とともに店内復旧および営業開始。
④
10月26日
災害復興義援金募金の開始。
132
⑤
10月28日
震度6の余震発生。物流設備(自動コンベア)破損、人力での荷分け作業開始。
⑥
10月29日
3店舗閉鎖決定(30日情報開示)。
⑦
10月30日以降
西小千谷店、十日町店営業再開。見附店、駅前店の撤収作業開始。
4.各店舗の現状
44店舗中、25店舗が被災。うち中沢、見附、駅前店の3店舗を閉鎖。現在店舗数は41店舗。各店舗は復
旧終了し平常営業。
5.今回の地震に対する反省点と今後の対策
①
情報センターの被害が無く幸運。データの保管、緊急回避については要検討。
バックアップセンター設置と通信回線2重化。
②
物流センターもコンベアラインの一部破損があったが、建物などはほぼ無傷。しかし自動搬送時に震度
5程度があると破壊の恐れあり。地震感知して緊急停止する装置を導入。11月に設置完了。物流センタ
ーで自家発電装置を導入。
③
従業員数も多く、安否情報での通信手段、方法を再検討中。
④
十日町シルクモールではスプリンクラー作動による問題があり要検討。
⑤
マニュアル改定作業を進める。カード化して従業員が携帯。
6.地震で明らかになった経営課題
①
地震発生当初は冷凍食品の仕入先に被害があり、商品の欠品が相次いだ。
②
通信網のバックアップ体制について(致命傷ではなかったが)問題があった。
7.被災時に役に立ったこと、大変だったこと
①
7.13水害時の経験が役に立った。初動から復旧までの手順、経験、必要な商品、救援物資の調達など。
②
一刻も早く店舗を復旧させ、地域の被災されたお客様の支援ができるようにあらゆる手立てを検討。店舗
従業員は照明のない中で作業を行い、落下物の危険がある場合や電気の来ない場合は、店頭販売を行った。
③
関係企業より給水車の支援申し出があり、1週間、西小千谷店に配置した。
④
災害時に提供すべき商品は発生直後、2日目、3日目、4日目以降と変化する。その商品対応リストに
より部門別の調達を実施。物流センターにミネラルウォーター1万本強在庫した。
⑤
各市町村の対策本部および自衛隊への救援物資供給では、ほとんどの要望に対処できた。担当窓口を一
本化したことで、迅速・的確な対応ができた。
⑥
「地域のお客様にとって原信は必要」という存在意義を示せたのではないか。
8.国や地元行政、他地域の人々への要望
①
各行政が連携を十分にとって支援活動をお願いしたい。県、市町村のヨコの連携。
②
支援物資の要請については、混乱時ではあっても窓口を一本化してもらいたい。
③
支援物資が特定の避難場所に集中しないような対策とロジスティクスを構築すべき。救援物資を必要な
ときに、必要なだけ届ける体制作り。
④
ゴミ処理問題に関しては、水害の教訓が生きて改善されたと感じた。
(資料:山岸豊後常務メモとその他資料を元に当日の聞き取り調査を反映させて桂が加筆)
133
4.最大被災地域小千谷周辺への配送ルート確保
学生:
最大の被災地域であった小千谷市周辺などへの配送ルートの確保はどうだったんでしょうか?
山岸:
震災の翌日から当社に入荷される予定の商品が平常時の50%くらいでした。入荷は朝3時頃から始まりま
した。とりあえず、小千谷の駅前店を除く全店舗に対して入荷作業をスタートさせました。小千谷地域につ
いてはその前日の夜に救援物資を一回運びましたので、旧越路町経由のルートは使えるというのは十分わか
っておりました。しかし困ったのは十日町、小出、六日町に向けてのラインです。これは通常、小千谷経由
での配送が行われているのですが、当日は全く行きようが無い。こうした情報は当社の物流部門が把握をし
てくれておりまして、柏崎経由で配送すればよいのではないかということになりました。ですから、六日町、
小出については概ね片道5時間くらいかけて配送しました。
学生:
とりわけ被害の大きかった店舗に対しては、人的な応援体制はどうなっておりましたでしょうか?
山岸:
当社では、2チーム編成で復旧作業に取り掛かりました。ひとつは設備、陳列棚が倒れたり曲がったりし
たものや、天井が落ちそうになっていたり、そういうものを直していく建築の専門家チーム。地震直後から
しばらくは余震が続きますから、店舗の復旧工事がある程度進んで、人が入れる安全な状態になってから100
名くらいのチームで売り場を復旧をさせました。機材が落ちたり散らかったり割れたりしているものを全部
取り払い、営業が再開できる状態を作ってから今度はその段階で店舗販売を開始する。店舗の従業員の皆さ
んは命令もなしに自発的に出勤をしてくれました。
当社のマニュアルにもありますが、こうした災害が起きたときはとりあえず自分の所属する店舗に出勤で
きる人は全員出勤する。自発的に大丈夫な方はみんな出勤して、共同で作業をする。被災地には、直接本社
から人員派遣をしておりません。というよりも、実は当社の被害店舗が多すぎて、実際は取引先から応援を
いただいた側面もあったというのが実情でした。それから、お客様から応援・声援をいただいたこともあっ
て、精神的にも大変ありがたかった。例えばあるお客様とのエピソードを紹介しますと、このようなものが
ありました。私自身、この地震災害が発生して以降、ずっと家族の顔も見れずに4〜5日が過ぎておりまし
た。そのようなときに家内から「近所の人たちが、原信ってすごいと言っている」という文面のメールが届
きました。メールを見たときは意味がわからなかったのですが、家内に聞きましたら、原信の新保(ニイボ)
店が震災翌日に営業を行っており、近所の人が買い物に行ったら、平常時とほぼ同じ商品が揃っていたとい
う評判になっているというのです。「どうしてあんな事ができるんだ」という意味ですごいと近所で評判だと
いうことだったんです。これは今までお話しました震災直後の当社の対応と応援体勢確立のたまものと自負
しております。
そして当社が一番初めに復旧チームを入れた店舗が実は新保店でした。この店舗は当社の中でも一番被害
が軽い状況で、設備関係もそんなに傷んでいない。インフラについてもガスは無理でしたが、電気はすぐ来
そうだし、とりあえず電気がつけば照明をつけてレジが動かせる。ということでまず新保店を復旧させて営
業しようということになりました。本部から何十人かが駆けつけ、24日の早朝から応援しました。こうした
ことで他店舗よりも早く復旧できたため、こうした地域のお客様からの評価につながったかと思います。
また来迎寺店などは地域のお客さんが手伝ってくれて復旧作業を成し遂げた、という事例もありました。
来迎寺店は旧越路町の来迎寺にある店舗ですが、この店舗は店先の駐車場での営業体制をとっておりました。
店内での早期営業開始を目標に復旧作業を行っておりましたが、地域のお客様がなにかと協力していただい
て、復旧に至ったという経緯がありました。
134
5.被災従業員へのケアと顧客からの要望
学生:
被災した従業員について、なにか対応はありましたか?
山岸:
当社従業員につきましては、従業員自身が被災者という方々がおられました。例えば20人程度の住む場所
がない方には、人事部のほうでまずアパートの借り上げを各拠点で行って入居いただきました。ウィークリ
ーマンションでは、洗濯機だとか冷蔵庫、冷暖房は完備されていて、とりあえず着る物と布団があれば生活
できる状態ですのでこれを利用しました。従業員は県内のあちこちに点在しておりますので、当社では常に
各エリアに何部屋かマンションを確保しておりましたから、そこにどんどん優先的に入って頂いて、足りな
い部分を同時並行で空き部屋を確保していきました。例えば家族人数が多いご家庭から優先的に入居しても
らい、無利子の融資制度を活用してもらいました。最大5年間、数百万単位で無利子貸出しを受けられます。
学生:
震災後、原信に対してお客様からの声や要望などはありましたでしょうか?
山岸:
お客様からは、先ほど挙げました事例のほかにも、沢山の「ありがとうの声」が届きました。文章も沢山
いただきました。一方でお叱りの声もあるのではないかと心配しておりましたが、ほとんど無かったですね。
このたびの震災におきましては、私どもは本当に自分達で考えている以上のことが地域社会に対して出来た
なという実感を持っております。先ほど申し上げました救援物資につきましても、23日の夜から供給を開始
しました。行政との連絡は特に当日夜の20時くらいから緊密になり、市長から当社の社長に直接要請があり
ました。24日の朝には避難所から「粉ミルクはありますか」といわれましたが、それを届ける人間さえいな
いほど人間がフル稼働しておりました。従業員は皆、店舗の復旧に当たっていたり、片道5時間の配送車両
を運転したりしていて、猫の手でも借りたいほど忙しい。社長が店舗の被災確認のため市内に出かけようと
した時に、社長の車の運転手に「どこどこの店舗に立ち寄って粉ミルクを調達して、何時頃どこどこに持っ
て行ってください。時間が無いので売上処理はしなくていいですから」などと、全社総動員で考えられる限
りのことを対応しました。結果として、例えば「お惣菜ひとつ無いじゃないの」とか、そういうクレームは
ほとんどありませんでした。
学生:
次に、今回の地震で一番困ったこと、現在困っていることがあったら教えてください。
山岸:
こうした震災時は、各行政機関が連携を充分に取って支援活動をお願いしたい、ということです。県や市
町村、あるいは市町村の中の横の連携がとれないんですね。例えば小千谷市から中越地震に対する救援物資
の要請がきます。しかし一方で、調べてみると要請があったような救援物資が旧越路町に山のように余って
いる、といった具合の状況が散見されました。私どもが申し上げたいのは、こうした情報を行政で一本化し
て指示を出して欲しいということです。そうしないと私どもの対応が非常に大変になる。旧越路町と小千谷
市と言うのは1つの同じルート上にありますから一緒に配送する。当社もそんなに車両を保有しているわけで
はないですし、緊急時には無理して物資輸送に充てているわけですよ。
今回一番供給をしたのがおにぎりでした。日持ちのしないおにぎりをどのように調達したかといいますと、
関東にある5つの工場で作ってもらい、それを栃木の山崎パンさんの工場に集荷をして、そこから配送車で
磐越道経由で郡山から入れました。郡山へ入れた後は、高速道を使って会津若松経由で新潟市へおろしまし
た。新潟から長岡市までの高道路は混雑でまず使用不能の状態でした。もし使用できる状態の時は中之島イ
ンターチェンジで降りました。ただ、大渋滞でしたね。中之島インターの出口線上は、震災の関係で避難所
まで物資を届けられない道路状況でした。そこで当社が主張しましたのは「新潟までの物流ルートはなんと
かなりますので、新潟から長岡への配送を自衛隊にお願いしてください」ということでした。私どもは渋滞
混雑の中で届ける力が無いが、自衛隊はヘリコプターを持っているわけです。
135
行政機関にはロジスティクスへの配慮が全く無かった。ロジスティクスとはどういうことかと言いますと
「必要な物資を必要な時間に必要な場所に届ける」という機能。あの震災の混乱の中で、私どもが「必要物資
を必要な時間にそれぞれの避難所に届ける」と言うのは物理的に不可能でした。人もいない、配送車両もな
い、本部から長岡市内まで出て行くのでさえ、何時間かかるかわからない状態でしたから。「どんな物資を、
何箇所に届けるのか、行政が要請するのであれば、まず情報を収集して的確に指示してください」と申し上
げました。あの混乱の中で私どもが、自分で情報を処理して自発的に何ヶ所もある避難所全部に的確に届け
られるなんてありえない。
あと、ごみ処理問題ですね。これは、緊急ではなく、落ち着いてからでいいですよ、という話になりまし
たけれども、一般廃棄物、産業廃棄物などは一定エリアをこえて捨ててはいけないという規則があって、持
ち出してはいけないようになっています。例えば小千谷市内で発生した店舗内の器具備品など、生鮮品ほか
色々なものを処理しなければいけませんでした。その処理をする時に「長岡市にもってきちゃいけない」と
言われるわけですよ。じゃあ小千谷市内のどこに捨てるんだっていう話ですよね。平常時においては「原則
は原則」でいいのですが、緊急災害時には「原則は曲げられない」と言ってられないんじゃないでしょうか。
私どもの食品スーパーという業種は、生鮮品は特にですが、時間との戦いで、時間がたてばたつほど商品
はどんどんごみになっちゃうという見方も出来るわけです。こうした震災時におけるゴミの量は想像を絶し
ますよ。「時間毎にトラック何十台分」という感じでゴミが増えていきますから、その処理をしなければいけ
ない。ゴミをそのまま放置しておいた場合、衛生上大変よろしくないわけですね。このあたりは行政に今後
考えていただきたいところではあります。
学生:
最後に、今回の地震で経営上の計画変更を余儀なくされた、などといったことはありませんか?
山岸:
それはありません。冒頭で被害額について申し上げました。金額で言いますと、10億円を超える被害があ
りましたので損失は大きかったですけれども、今後の経営計画、例えば新規出店計画などに影響を与えたと
いったことはありません。
地震がらみではないですが、2005年9月末に上越市の業界県内4位のナルスという同じ業種のスーパーと
経営統合することを発表しました。持株会社という手法を用いまして、原信という企業は残るし、ナルスと
いう企業も残る、物流など統一できるところは統一して、お互いもっといい企業になろうという方向で進ん
でおります。この経営統合により当社は、上越方面に強い展開力を持つナルスの力を活用し、新潟周辺や燕
三条のような県央地区に経営資源を集中させる、という出店調整の戦略を採ることが可能になりました。上
越地域ではナルスさん、やっぱり強いんですよ。私の実家は上越にあるんですけれど、やっぱりナルスへ買
い物に行くんですね。そのくらいブランド化しています。それは私どもとしても、延々とお客様に支持され
るために商売するわけですし、ナルスさんも同じように、非常にまじめに地域のお客様を大切にして経営を
されています。そういうところに非常に強いブランド力がありますし、それを活用しない手はないないだろ
うと思っています。
経営統合は、会社全体の方針や管理の面において、直接的な効果が出ております。情報システム統合、商
品目の統一による仕入先の一本化などにおいてはすでに効果が表れております。
今回の地震に関して言いますと、自家発電装置が役に立ちました。もともとこの中之島の本部、店舗は自
家発電装置を持っていたのですが、地震の直後にインフラが切れ、ライフラインが断たれたときには非常に
助かりました。今回この自家発電設備が老朽化していたのと、若干パワー不足だったので、これを補う形で
新設しました。また、当社の物流機器には地震計を付けました。日本国内には地震計つきの物流ベルトコン
ベアは1つしかないと思っているのですが、今回の地震は余震が非常に多かった。余震がきた時にコンベア
が動いていると大損害を受けます。そのため人を一人コントロールパネルに付きっきりにするということは
できませんので、地震計の数値がある一定値を超えたら緊急停止がかかるというものを設置しました。これ
は簡単なものですから、そういうシステムを導入したり、今は当社のパソコンのサーバが長岡市内の某所に
136
あるのですが、そこは結構古いビルの3階なので、それを別の場所に移そうとしているわけです。今回と同
レベルの地震がまたどこかで起こっても大丈夫、水害にあっても大丈夫、というシステム構築を考えています。
山岸:
最後に、長岡大学の近くの川崎店は24時間営業になります。夜間アルバイトを募集していますが、昼間は
勉強しなきゃいけませんからダメだろうけど、夜アルバイトしてみませんか?アルバイトは職場の実体験と
いうことで非常に勉強になりますよ。様々なことにチャレンジして、有意義な学生生活を送ってくださいね。
学生の皆さんの将来に期待をしております。
学生:
本日は大変お忙しい中、お時間をいただきまして誠にありがとうございました。
付記
株式会社原信には本稿掲載のご承認を頂き、また山岸豊後常務にはご多忙の中、本稿校正をお引き受けい
ただきました。心より感謝申し上げます。本稿記載の責任は、編者の桂にあります。調査概要は、新潟日報
2005年10月27日e付の朝刊18面に掲載されております。長岡商工会議所への聞取調査詳細は、『地域研究』誌
(「中越地震から1年、地域復興への課題−長岡商工会議所の対応に学ぶ−」122−128頁、2005年)に掲載済
です。
137
長岡大学生による調査研究紹介
「長岡大学生の睡眠時間」実態把握のための
アンケート調査分析
長岡大学産業経営学部3年
水
品
享
【目次】
1.はじめに
2.調査概要
3.長岡大学の男女間比較による睡眠状況の差異分析
4.長岡大学と全国の睡眠実態に関する比較
5.意識の側面から見る睡眠不足の要因分析
6.まとめ
1.はじめに
本稿は、長岡大学の講義科目である宝寄浩一教授の「アンケート作成法」における学期末レポートをもとに、統
計分析を加えて加筆・修正したものである。
近年、日本人の平均睡眠時間は年々減少傾向にあるといわれ、市場調査会社「AC Nielsen」が世界28か国・地域
の14,100人を対象に実施した調査では、日本人の平均睡眠時間が最も少ないという結果が出ている。そこで、長岡大
学生の睡眠の現状を調査し、睡眠に対する意識・実態を量的に把握することを目的としてアンケート調査を実施し
た。本調査の結果をもとに、長岡大学生の男女間での睡眠時間に関する差異と、睡眠不足を感じる要因を検証する。
また、長岡大学生の睡眠状況が、全国の同世代に比べて特異であるかどうか、分布の特徴に関する統計的手法を用
いての分析を行う。全国の同世代のデータには、総務省統計局によって5年毎に実施され、現時点で公表されてい
る中での最新版である、平成13年『社会生活基本調査報告』を用いた。
なお、『社会生活基本調査報告』からデータを抽出するにあたっては、「20〜24歳の男女、平日における睡眠時間」
を参照し、本調査の時間区分に置き換え算出したものを「全国」とした。
2.調査概要
2.1
調査方法
本調査は、平成18年度に長岡大学へ通う学生のうち、120人を対象として行った標本調査である。調査票は「アン
ケート作成法」履修者12名による手渡しでの配布がなされ、回答者には自記式で答えてもらった。
平成18年6月29日e〜7月4日cにわたって調査票を配布した結果、長岡大学生89名からの回答を得ることがで
きた。回収された89票より、長岡大学生の睡眠時間に関する調査項目のみを抜き出し、数値としてまとめたものを
「長岡大学」とする。
また、表1に示してあるように、有効回収数の69.7%が三年生の男性であることに留意する必要がある。
139
表1
有効回収数における学年別・男女別構成比〈N=89〉
1年生
2年生
3年生
男性
7( 70.0)
女性
3( 30.0)
7(100.0)
10(100.0)
7(100.0)
計
-
4年生
59( 95.2)
3(
8( 80.0)
74( 83.1)
2( 20.0)
15( 16.9)
10(100.0)
89(100.0)
4.8)
62(100.0)
注:(
2.2
総数
)内はパーセントの値
時間区分の定義と調査結果
長岡大学の平均睡眠時間を調査するにあたり、時間区分を「2時間未満」
、
「2〜4時間未満」
、
「4〜6時間未満」、
「6〜8時間未満」、「8〜9時間未満」、「9時間以上」の6区分とし、『Q1.あなたは最近1ヶ月のうち、平日に1
日平均してどのくらいの睡眠時間をとりましたか』という質問文に回答者自身が最も当てはまるものを1つだけ選
んでもらった。結果の詳細は表2に示し、長岡大学の調査結果の横に全国のデータを付け加えた。また、図1−1、
および図1−2に長岡大学総数と全国総数をそれぞれ円グラフに表した。
その結果、「6〜8時間未満」という回答が45.0%を占め、長岡大学総数の中で最も多い回答となった。次に「4
〜6時間未満」という回答が29.2%で2番目に多く、この2区分の合計で全体の約8割を占めている。逆に、睡眠時
間が「2時間未満」
、「9時間以上」と答えたものはそれぞれ2.2%ずつしかいない。
全国の結果では、「6〜8時間未満」の睡眠をとるものが48.5%おり、長岡大学と同じ時間区分で最頻値を示した。
しかしながら、全国では睡眠時間を「9時間以上」とるものが20.0%おり、この階級では長岡大学の結果と明らかに
異なっている。
表2
時間帯区分別にみる長岡大学と全国の睡眠時間
長岡大学
総数
男性
全
国
女性
総数
32(
0.4)
4(
0.1)
28(
0.7)
90(
1.1)
55(
1.3)
35(
0.8)
2時間未満
2(
2.2)
2(
2.7)
-
2〜4時間未満
8(
9.0)
7(
9.5)
1(
6.7)
男性
女性
4〜6時間未満
26( 29.2)
20( 27.0)
6( 40.0)
827( 10.2)
411( 10.0)
416( 10.4)
6〜8時間未満
40( 45.0)
35( 47.3)
5( 33.3)
3,939( 48.5)
1,980( 47.9)
1,959( 49.1)
8〜9時間未満
11( 12.4)
8( 10.8)
3( 20.0)
1,610( 19.8)
768( 18.6)
842( 21.1)
2(
-
1,627( 20.0)
914( 22.1)
713( 17.9)
8,125(100.0)
4,132(100.0)
3,993(100.0)
2(
9時間以上
2.2)
74(100.0)
89(100.0)
計
2.7)
15(100.0)
注:(
11人
12.4%
2人,2.2%
2人,2.2%
40人
45.0%
1,627人
20.0%
8人
9.0%
32人
0.4%
)内はパーセントの値
90人
1.1%
26人
29.2%
827人
10.2%
3,939人
48.5%
1,610人
19.8%
2時間未満
6〜8時間未満
図1−1
2〜4時間未満
8〜9時間未満
4〜6時間未満
9時間以上
2時間未満
6〜8時間未満
図1−2
長岡大学の睡眠時間〈N=89〉
140
2〜4時間未満
8〜9時間未満
4〜6時間未満
9時間以上
全国の睡眠時間〈N=8,125〉
3.長岡大学の男女間比較による睡眠状況の差異分析
3.1
長岡大学の男女別睡眠時間
表3−1、および表3−2は長岡大学の男女別睡眠時間をそれぞれ度数分布表に表したものであり、表4に男女
別の平均睡眠時間、標本分散、標準偏差を示した。
平均値を求めるにあたり、「2時間未満」、「2〜4時間未満」、「4〜6時間未満」、「6〜8時間未満」、「8〜9時
間未満」、「9時間以上」の6区分に分けられた階級の中央値を、それぞれ「1」、「3」、「5」、「7」、「8.5」、「10」
として求めた。その結果、男性の平均睡眠時間が6.161時間であるのに対し、女性の平均睡眠時間は6.232時間であっ
た。平均睡眠時間で見ると、女性の方が男性より0.071時間長く、標準偏差では、男性の方が女性を0.197時間上回っ
ている。
表3−1、および表3−2をもとに、この階級区分において、長岡大学の男女間での相対度数を比較した図2を
作成したところ、男性と女性でモードを示す頂点の位置が異なっているという結果が得られた。図2の結果では、
男性の相対度数は「6〜8時間未満」を頂点としているのに対し、女性の相対度数は「4〜6時間未満」を頂点と
している。
しかしながら、女性の標本数が少ないため、「4〜6時間未満」と「6〜8時間未満」での1人分の人数差が、相
対度数の差として表れたとも考えられる。そこで、分布の詳細に関して、統計的手法を用いて検証を行う。
表3−1
長岡大学男性の睡眠時間度数分布表〈N=74〉
fi
−
− 2
− 2
fi Xi−X
(Xi−X
) (Xi−X
) (
)
X i :睡眠時間
fi :人数
−
n
2時間未満
2
0.027
−5.161
26.636
53.272
2〜4時間未満
7
0.095
−3.161
9.992
69.944
4〜6時間未満
20
0.270
−1.161
1.348
26.960
6〜8時間未満
35
0.473
0.839
0.704
24.640
8〜9時間未満
8
0.108
2.339
5.471
43.768
9時間以上
2
0.027
3.839
14.738
29.476
表3−2
長岡大学女性の睡眠時間度数分布表〈N=15〉
fi
−
− 2
− 2
fi Xi−X
(Xi−X
) (Xi−X
) (
)
X i :睡眠時間
fi :人数
−
n
2時間未満
0
0.000
−5.232
27.374
0.000
2〜4時間未満
1
0.067
−3.232
10.446
10.446
4〜6時間未満
6
0.400
−1.232
1.518
9.108
6〜8時間未満
5
0.333
0.768
0.590
2.950
8〜9時間未満
3
0.200
2.268
5.144
15.432
9時間以上
0
0.000
3.768
14.198
0.000
表4
長岡大学の平均睡眠時間および標本分散と標準偏差
−
X :標本平均
S2:標本分散
S:標準偏差
男性
6.161
3.398
1.843
女性
6.232
2.710
1.646
141
0.5
0.4
相
0.3
対
度
数 0.2
女性
男性
0.1
0
2
時
間
未
満
2
〜
4
時
間
満
4
図2
3.2
未
〜
6
時
間
未
満
6
〜
8
時
間
未
満
8
〜
9
時
間
未
満
9
時
間
以
上
長岡大学男女の睡眠時間分布
男女間での睡眠状況の差に関するχ2独立性検定
長岡大学の男女で睡眠時間の状況が異なっているかどうか、χ2独立性検定を用いて、統計的な有意差が認められ
るかを検証する。帰無仮説 H0:「男女で睡眠状況に差がない」、対立仮説 H1:「男女で睡眠状況に差がある」とし
て、有意水準5%での片側検定を行う。
表5−1、および表5−2は i 行 j 列の観測値 Oij と、期待値 Eij をそれぞれ表しており、図3は検定結果を示した
ものである。
帰無仮説を正しいとし、行数 m 、列数 n とすると、
x2
2
(Oij − Eij)
Eij
ij
Σ
=
は、自由度φ=(m−1)
(n−1)のχ2分布に従う。有意水準5%の右側有意点は、Pr(11.1≦χ2)=0.05であり、χ2
値χ2=3.047〜φ=(2−1)
(6−1)=5は臨界点を超えないため、有意水準5%で H0が採択され、H1は棄却され
る。したがって、有意水準5%で、長岡大学の男女で睡眠時間の分布に差がないという結論が得られる。
表5−1
男女別に見た睡眠時間分布の観測値
Oij
2時間未満
2〜4時間未満
4〜6時間未満
6〜8時間未満
男性
2
7
20
35
女性
0
1
6
計
2
8
26
表5−2
9時間以上
計
8
2
74
5
3
0
15
40
11
2
89
8〜9時間未満
9時間以上
計
8〜9時間未満
男女別に見た睡眠時間分布の期待値
Eij
2時間未満
2〜4時間未満
4〜6時間未満
6〜8時間未満
男性
1.628
6.660
21.608
33.300
9.176
1.628
74
女性
0.330
1.350
4.380
6.750
1.860
0.330
15
計
1.958
8.010
25.988
40.050
11.036
1.958
89
142
Pr
(χ2)
φ=5
.05
0
図3
3.3
χ2
11.1
3.047
男女間での睡眠状況の差に関するχ2独立性検定結果
男女間での睡眠時間分散の同一性に関するF検定
長岡大学の男女で睡眠時間の分散が等しいかどうか、男性を第1グループ、女性を第2グループとして、帰無仮
2
2
2
2
説 H0:σ1 =σ2 、対立仮説 H1:σ1 >σ2 に関して、有意水準5%で片側検定する。
検定結果を図4に示す。
帰無仮説を正しいとすると、男女標本分散比は、分子の自由度74−1=73、分母の自由度15−1=14の F 分布に
2
2
従う。有意水準5%の右側有意点は Pr(2.213≦F)=0.05であり、 F 値 F =S1 /S2 =3.398/2.710=1.254は臨界点を
超えないため有意水準5%でH0が採択され、H1は棄却される。したがって、長岡大学の睡眠時間における男女の分
散に違いは認められないといえる。
Pr
(F)
φ1=73
φ2=14
.05
0
図4
3.4
2.213
1.254
F
男女間での睡眠時間分散の同一性に関するF検定結果
男女間での平均睡眠時間の差に関する t 検定
長岡大学の男女で平均睡眠時間に差があるかどうか、μ1、μ2をそれぞれ男女の母平均とし、帰無仮説 H0:μ1=
μ2 、対立仮説H1:μ1<μ2に関して、有意水準5%で片側検定する。
図5は、検定結果を示したものである。
帰無仮説を正しいとすると、男女の分散に差が無いので、男女平均睡眠時間の差をその標準誤差で除した値は、
自由度φ=74+15−2=87の t 分布に従う。有意水準5%の左側有意点は Pr( t ≦−1.663)=Pr(X1−X2≦−0.854)=
0.05となり、長岡大学の男女平均睡眠時間の差6.161−6.232=−0.071、 t 値=−0.071/0.513=−0.138は左側棄却域
に入らないため、有意水準5%で H0が採択され、H1は棄却される。したがって、長岡大学の男女平均睡眠時間に有
意差は認められない。
以上の結果より、男女間での睡眠状況に統計的な有意差は認められず、男女間では睡眠状況に差異がないという
ことが明らかとなった。
143
Pr
(X1 X 2 )
Pr
(t)
φ= 87
.05
-1.663
.05
t
0
-0.138
X1
μ1−μ2=0
-0.854
X2
-0.071
図5
男女間での平均睡眠時間の差に関する t 検定結果
4.長岡大学と全国の睡眠実態に関する比較
4.1
長岡大学と全国の睡眠時間分布に関する比較
調査結果と『社会生活基本調査報告』をもとに、度数分布表の形へと整理したものが表6−1、および表6−2
である。これをもとに、長岡大学と全国の平日における統計量および母数として、平均睡眠時間、分散、標準偏差
をそれぞれ求めた。表7にあるように、長岡大学の平均睡眠時間が6.176時間であるのに対し、全国の平均睡眠時間
は7.625時間であり、長岡大学の平均睡眠時間が全国のものよりも1.449時間短い数値となっている。また、平均値を
求めるにあたっては、それぞれの階級の中央値を、「1」
、「3」、
「5」、
「7」
、「8.5」
、「10」とした。
なお、『社会生活基本調査報告』の統計表には睡眠時間の区分が「14時間以上」まで記載されているが、「12時間
以上」の割合が極めて少ないため「9時間以上」の中央値は「10」が妥当だと判断した。
表6−1
長岡大学総数の睡眠時間度数分布表〈N=89〉
fi
−
− 2
− 2
fi Xi−X
(Xi−X
) (Xi−X
) (
)
X i :睡眠時間
fi :人数
−
n
2時間未満
2
0.022
−5.176
26.791
53.582
2〜4時間未満
8
0.090
−3.176
10.087
80.696
4〜6時間未満
26
0.292
−1.176
1.383
36.140
6〜8時間未満
40
0.450
0.824
0.679
27.160
8〜9時間未満
11
0.124
2.324
5.401
59.411
9時間以上
2
0.022
3.824
14.623
29.246
表6−2
X i :睡眠時間
fi :人数
全国の睡眠時間度数分布表〈N=8,125〉
fi
2
(Xi−μ) (Xi−μ)
−
n
2
fi Xi−μ)
(
2時間未満
32
0.004
−6.625
43.891
1,404.512
2〜4時間未満
90
0.011
−4.625
21.391
1,925.190
4〜6時間未満
827
0.102
−2.625
6.891
5,698.857
6〜8時間未満
3,939
0.485
−0.625
0.391
1,540.149
8〜9時間未満
1,610
0.198
0.875
0.766
1,233.260
9時間以上
1,627
0.200
2.375
5.641
9,177.907
144
表7
長岡大学と全国の平均睡眠時間および分散・標準偏差
−μ
X , : 平均
S2 ,
σ2 : 分散
S,
σ:標準偏差
長岡大学
6.176
3.251
1.803
全国
7.625
2.582
1.607
表6−1、および表6−2をもとに図6を作成し、全国の相対度数と長岡大学の相対度数を比べた結果、頂点の
位置はほぼ同じとなった。しかしながら、長岡大学の相対度数は、全国の相対度数と比べて重心が向かって左に位
置し、睡眠時間が短い方への分布に片寄っている。
また、睡眠時間が「9時間以上」の相対度数を比較すると、全国と長岡大学で明らかな差が見て取れる。長岡大
学の折れ線グラフがほぼ左右対称であるのに対し、全国の折れ線グラフは「8〜9時間未満」と「9時間以上」の
相対度数が等しくなっているため、左右対称とはなっていない。この「9時間以上」での相対度数の差異が、全国
の平均睡眠時間が長岡大学よりも長くなった要因を生み出している。そこで、長岡大学の分布の特異性を全国と対
比して明らかにするため、統計分析を試みる。
0.6
0.5
相 0.4
対
0.3
度
数 0.2
長岡大学
全国
0.1
0
2
時
間
未
満
2
〜
4
時
図6
4.2
間
未
満
4
〜
6
時
間
未
満
6
〜
8
時
間
未
満
8
〜
9
時
間
未
満
9
時
間
以
上
長岡大学と全国の睡眠時間分布
Z検定による長岡大学と全国の平均睡眠時間の比較
長岡大学の平均睡眠時間が、全国と比べて短いかどうか、帰無仮説 H0:μ=7.625、対立仮説 H1:μ<7.625に関
して、有意水準5%で片側検定する。
図7は、検定結果を示したものである。
帰無仮説を正しいとすると、長岡大学生89人の標本平均は、N(7.625,0.170 2)の正規分布に従う。有意水準1%
の左側有意点は Pr(Z≦−2.326)=Pr(X89≦7.230)=0.01となり、長岡大学の平均睡眠時間6.176時間、Z 値−8.524は
臨界点を超えるため、有意水準1%で帰無仮説 H0は棄却され、対立仮説 H1が採択される。したがって、長岡大学
の平均睡眠時間は、全国の平均睡眠時間と有意に異なり短いという結論が得られた。
Pr
(Z)
Pr
(X )
N
(7.625,0.1702)
N
(0,1)
.01
-8.524
.01
Z
−2.326
6.176
図7
7.230
7.625
平均睡眠時間に関するZ検定結果
145
X
長岡大学と全国の睡眠時間分布に関するχ2適合度検定
4.3
長岡大学の睡眠時間分布が全国と適合しているかを検証するにあたり、χ2適合度検定を用い、学生89人の睡眠時
間分布が全国と適合すると仮定して、期待度数 Ei を求めた。帰無仮説 H0:「観測度数 Oi は期待度数 Ei に適合する」、
対立仮説 H1:「観測度数 Oi は期待度数 Ei に適合しない」とし、有意水準1%で片側検定する。
表8に観測度数と期待度数を表し、図8に検定結果を示す。
帰無仮説を正しいとし、ブロック数を k とすると、χ2値
x2
2
(Oi − Ei)
Ei
i
Σ
=
は、自由度φ= k −1のχ2分布に従う。有意水準1%の右側有意点は Pr( 15.1≦χ2)=0.01であり、χ2値χ2=
106.233〜φ=6−1=5が臨界点を超えないため、有意水準1%で H0が採択され、H1は棄却される。したがって、
有意水準1%では、長岡大学の睡眠時間分布は全国のものと異なるという結論が得られた。
表8
Oi:長岡大学
Ei:全国
長岡大学と全国の睡眠時間分布における観測度数と期待度数
2時間未満
2〜4時間
未満
4〜6時間
未満
6〜8時間
未満
8〜9時間
未満
9時間以上
計
2
8
26
40
11
2
89
0.356
0.979
9.078
43.165
17.622
17.800
89
Pr
(χ2)
φ=5
.01
χ2
15.1
0
図8
4.4
106.233
長岡大学と全国の睡眠時間分布に関するχ2適合度検定結果
長岡大学と全国の睡眠時間の分散に関するχ2検定
長岡大学の睡眠時間格差が全国と比べて大きいかどうか、分散に関するχ2検定によって検証する。帰無仮説 H0:
σ2=2.582、対立仮説 H1:σ2>2.582とし、有意水準5%で片側検定する。
図9は検定結果を示したものである。
帰無仮説を正しいとすると、長岡大学の睡眠時間偏差二乗和を母分散で除した値は、φ=89−1=88のχ2分布に
従う。有意水準5%の右側有意点は Pr( 110.892≦χ2)=Pr( 3.254≦S 2)=0.05であり、χ2値=(89−1)3.251/
2.582=110.801、長岡大学生の分散3.251は臨界点を超えないため、有意水準5%で H0が採択され、H1が棄却される。
したがって、有意水準5%では長岡大学の睡眠時間格差は全国と比べて大きいとはいえない。しかしながら、有意
水準10%ではPr(105.368≦χ2)=Pr(3.092≦S2)=0.1であり、統計的に有意となる。
以上の結果から、長岡大学の睡眠時間分布は全国のものと大きく異なるといえるが、それはばらつきの大きさと
いうより、平均睡眠時間が全国に比べて短いことに起因するといえる。
Pr
(χ2)
φ=88
.05
χ2
0
図9
110.801
110.892
長岡大学と全国の睡眠時間の分散に関するχ2検定結果
146
5.意識の側面から見る睡眠不足の要因分析
5.1
睡眠不足の要因
長岡大学生を対象としたアンケート調査において、『Q2.あなたは「Q1」で答えた自分の睡眠時間に対して、
睡眠時間が不足している
または、 睡眠時間を多くとりすぎている
と思いますか』という質問を行い、回答者
自身が最も当てはまるものを1つだけ選んでもらった。その内訳は図10に示す。
自分の睡眠時間に対して、「適切な睡眠時間だと思う」と答えたものが40.5%で最も多い。しかしながら、「かなり
不足している」、「少し不足している」と答えたものの合計が50.6%であり、睡眠不足を感じているものが約半数いる
ことになる。
2人,2.2%
6人,6.7%
13人
14.6%
36人
40.5%
32人
36.0%
かなり不足している
適切な睡眠時間だと思う
多過ぎる
図10
少し不足している
少し多い
自分の睡眠時間に対する認識〈N=89〉
そこで、『Q2.自分の睡眠時間に対する意識』に関する質問で「かなり不足している」、「少し不足している」と
回答し、睡眠不足を感じていると思われるものにのみ、『Q3.あなたはなぜ睡眠時間が不足しているのですか』と
いう質問を行った。
選択肢は図11にある13個を用意し、主なものを3つまで選ばせた。その結果、睡眠時間が不足する要因として一
番多かった回答が、「友人との付き合い」であった。続いて「アルバイトで忙しい」、「朝が早い」、「観たいTVがあ
る」という回答が多い。
つまり、睡眠時間を削ることで私生活に充てる時間を増やし、その結果として睡眠不足に陥っているのである。
22
友人との付き合い
19
アルバイトで忙しい
朝が早い
15
観たいTVがある
15
10
趣味に没頭
6
勉強をしなければならない
6
電話・メールをしている
寝るのがもったいない
5
眠れない・不眠症
5
部活などで忙しい
1
習い事で忙しい
1
騒音・物音で眠れない 0
その他
1
図11
睡眠時間の不足理由〈N=45〉
147
5.2
長岡大学生の睡眠に対する意識
長岡大学生を対象としたアンケート調査において、『Q4.あなたは自分自身が1日にどの程度の睡眠時間をとる
ことが理想だと思いますか』という質問に答えてもらった。
図12にあるように、自分が理想とする睡眠時間として一番多かった答えが「6〜8時間未満」であった。続いて
「8〜9時間未満」
、
「9時間以上」という回答が多く、6時間より少ない睡眠時間を理想としている者は少数であった。
長岡大学生が理想とする睡眠時間の平均を求めたところ、7.168時間であり、長岡大学の実際の平均睡眠時間であ
る6.176時間に対し、約1時間多い睡眠時間を必要としていることがわかった。また、全国の実際の平均睡眠時間で
ある7.625時間よりも、長岡大学が理想とする睡眠時間の方が短いという結果となった。
10人
11.2%
2人,2.3%
6人,6.7%
9人
10.1%
26人
29.2%
36人
40.5%
2時間未満
6〜8時間未満
図12
5.3
2〜4時間未満
8〜9時間未満
4〜6時間未満
9時間以上
自分が理想とする睡眠時間〈N=89〉
クロス表から見る睡眠実態と意識の相関関係
『Q1.平日における睡眠時間』と『Q2.自分の睡眠時間に対する認識』のアンケート結果をクロス集計し、表
9に示した。
表9を見ると、睡眠時間が「6時間未満」と答えたものほど、自分の睡眠時間が足りていないと感じていること
がわかる。また、「睡眠時間は6〜9時間程度が適切だ」と思っているものが多いことも見て取れる。一方、8時間
以上の睡眠時間をとっていても「睡眠時間が多過ぎる」と感じているものはいなかった。
表9
実際の睡眠時間別に見た睡眠時間の認識〈N=89〉
自分の睡眠時間に対する認識
平日における
睡眠時間
かなり不足
少し不足
適切である
-
-
2時間未満
1( 50.0)
2〜4時間未満
3( 37.5)
5( 62.5)
4〜6時間未満
8( 30.8)
11( 42.3)
7( 26.9)
6〜8時間未満
1(
15( 37.5)
20( 50.0)
8〜9時間未満
-
9時間以上
計
2.5)
13( 14.6)
-
-
8( 72.7)
1( 50.0)
1( 50.0)
32( 36.0)
36( 40.4)
少し多い
多過ぎる
計
-
2(100.0)
-
-
8(100.0)
-
-
26(100.0)
1( 50.0)
2(
5.0)
3( 27.3)
6(
6.7)
2(
5.0)
40(100.0)
-
11(100.0)
-
2(100.0)
2(
注:(
2.3)
89(100.0)
)内はパーセントの値
次に、『Q1.平日における睡眠時間』と『Q4.自分が理想とする睡眠時間』のアンケート結果をクロス集計し、
表10に表した。
その結果、
「自分の平均睡眠時間+1〜2時間程度」を理想の睡眠時間とするものが多いことがわかる。
例外として、実際の睡眠時間が「6〜8時間未満」と答えたものの中では、理想の睡眠時間も「6〜8時間未満」
と答えているものが一番多かった。また、自分の睡眠時間よりも極端に多い、あるいは少ない睡眠時間を理想とし
148
たものは少なかった。
表10
実際の睡眠時間と理想睡眠時間の比較〈N=89〉
自分が理想とする睡眠時間
平日における
睡眠時間
2時間未満
2〜4時間
未満
1( 50.0)
2時間未満
2〜4時間未満
4〜6時間未満
1(
3.8)
9時間以上
-
-
-
-
2(100.0)
-
-
8(100.0)
1( 12.5)
計
4( 50.0)
1(
3.8)
1(
3.8)
15( 57.7)
5( 19.3)
3( 11.6)
26(100.0)
1(
2.5)
3(
7.5)
16( 40.0)
15( 37.5)
5( 12.5)
40(100.0)
4( 36.4)
6( 54.5)
1(
9.1)
11(100.0)
1( 50.0)
2(100.0)
10( 11.2)
89(100.0)
8〜9時間未満
-
-
9時間以上
-
2.2)
8〜9時間
未満
3( 37.5)
-
2(
6〜8時間
未満
1( 50.0)
6〜8時間未満
計
4〜6時間
未満
6(
-
6.7)
9( 10.1)
-
-
1( 50.0)
26( 29.3)
36( 40.5)
注:(
)内はパーセントの値
『Q4.自分が理想とする睡眠時間』と『Q2.自分の睡眠時間に対する認識』のアンケート結果を表11の形に表
したところ、理想とする睡眠時間を「6〜8時間未満」と答えたものほど、「自分の睡眠時間は適切だ」と感じてい
る割合が多いことを見てとれる。
また、自分の理想の睡眠時間に関係なく、自分の睡眠時間が「かなり不足している」または、
「少し不足している」
と答えているものが多いことより、理想睡眠時間の長さの認識によって睡眠不足を感じるという因果関係は見受け
られない。
表11
理想睡眠時間別に見た睡眠時間の認識〈N=89〉
自分の睡眠時間に対する認識
理想とする
睡眠時間
かなり不足
少し不足
適切である
少し多い
多過ぎる
-
-
-
-
2(100.0)
-
6(100.0)
2時間未満
2(100.0)
2〜4時間未満
1( 16.6)
2( 33.4)
1( 16.6)
2( 33.4)
4〜6時間未満
2( 22.2)
2( 22.2)
2( 22.2)
1( 11.2)
6〜8時間未満
4( 11.1)
8( 22.2)
21( 58.4)
3(
8〜9時間未満
1(
3.8)
15( 57.7)
10( 38.5)
3( 30.0)
5( 50.0)
13( 14.6)
32( 36.0)
9時間以上
計
2( 22.2)
9(100.0)
-
36(100.0)
-
-
26(100.0)
2( 20.0)
-
-
10(100.0)
36( 40.4)
6(
8.3)
6.7)
2(
注:(
5.4
計
2.3)
89(100.0)
)内はパーセントの値
実際の睡眠時間から見た睡眠不足の認識の差に関するχ2独立性検定
睡眠時間を6時間以上とるかとらないかで、認識に差があるのかをχ2独立性検定で検証する。
帰無仮説 H0:「睡眠時間が6時間未満と6時間以上で認識に差がない」、対立仮説 H1:「睡眠時間が6時間未満
と6時間以上で認識に差がある」として、有意水準1%で片側検定する。
表12−1、および表12−2は観測値と期待値をそれぞれ表しており、図13は検定結果を示したものである。
帰無仮説を正しいとすると、有意水準1%の右側有意点はPr(13.3≦χ2)=0.01であり、χ2値χ2=24.897〜φ=
(2−1)
(5−1)=4が臨界点を超え、有意水準1%で H0は棄却され、H1が採択される。したがって、有意水準
1%では、睡眠時間を6時間以上とるか、とらないかで認識に差があるという結論が得られた。
149
表12−1
Oij
睡眠時間6時間を境として見た睡眠不足の認識度合いに関する観測値
かなり不足
少し不足
適切である
少し多い
多過ぎる
計
6時間未満
12
16
7
1
0
36
6時間以上
1
16
29
5
2
53
13
32
36
6
2
89
計
表12−2
Eij
睡眠時間6時間を境として見た睡眠不足の認識度合いに関する期待値
かなり不足
少し不足
適切である
少し多い
多過ぎる
計
6時間未満
5.3
12.9
14.6
2.4
0.8
36
6時間以上
7.7
19.1
21.4
3.6
1.2
53
13
32
36
6
2
89
計
Pr
(χ2)
φ= 4
.01
χ2
0
図13
5.5
13.3
24.897
睡眠時間の多少による認識の差に関するχ2独立性検定結果
過去の睡眠時間との比較
次に、長岡大学の過去と現在の睡眠時間を比較する。アンケート調査の質問文である『Q5.あなたは過去に比べ
て、現在の睡眠時間が増えたと思いますか、減ったと思いますか』という質問より、回答者自身が意識的に感じて
いる睡眠時間の減少度合いを調べた。
図14にあるように、「かなり減った」、「少し減った」と答えたものの合計が55.1%であった。それに対し、「少し増
えた」、「かなり増えた」と答えたものの合計は12.4%であり、睡眠時間が過去に比べて「増えた」と感じているもの
よりも、「減った」と感じているものの方が圧倒的に多い結果となった。
8人
9.0%
3人
3.4%
15人
16.8%
29人
32.6%
34人
38.2%
かなり減った
少し増えた
図14
少し減った
かなり増えた
変わらない
過去の睡眠時間との比較〈N=89〉
150
5.6
過去の睡眠時間が与える影響
長岡大学の過去と現在の睡眠時間を比較するにあたり、『Q1.平日における睡眠時間』と『Q5.過去の睡眠時
間との比較』のアンケート結果をクロス集計し、表13に表した。
これより、現在の睡眠時間が「6〜8時間未満」より少ないものほど、過去に比べて睡眠時間が減ったと感じて
いることがわかる。逆に、「6〜8時間未満」より睡眠時間が多いものほど、過去よりも睡眠時間が多くなったと答
えている。また、睡眠時間が「6〜8時間未満」と回答したものの中では、過去に比べて睡眠時間が「少し減った」
と答えたものが一番多かった。
表13
実際の睡眠時間別に見た過去の睡眠時間との比較〈N=89〉
過去の睡眠時間との比較
平日における
睡眠時間
かなり減った
少し減った
変わらない
少し増えた
かなり増えた
-
-
-
2(100.0)
計
2時間未満
1( 50.0)
1( 50.0)
2〜4時間未満
1( 12.5)
3( 37.5)
3( 37.5)
1( 12.5)
-
8(100.0)
4〜6時間未満
5( 19.2)
15( 57.7)
5( 19.2)
1(
3.9)
-
26(100.0)
6〜8時間未満
5( 12.5)
17( 42.5)
14( 35.0)
3(
7.5)
-
8〜9時間未満
1( 50.0)
9時間以上
計
13( 14.6)
-
6( 54.5)
-
1( 50.0)
36( 40.4)
3( 27.3)
8(
40(100.0)
2( 18.2)
11(100.0)
2(100.0)
-
-
29( 32.6)
2.5)
1(
9.0)
3(
注:(
3.4)
89(100.0)
)内はパーセントの値
次に、『Q2.自分の睡眠時間に対する認識』と『Q5.過去の睡眠時間との比較』をクロス集計し、表14で比較
する。
自分の睡眠時間が「少し不足している」と答えたものの中では、過去に比べて睡眠時間が「少し減った」と答え
たものが一番多い。同様に、睡眠時間が「かなり不足している」と答えたものの中では、過去より睡眠時間が「か
なり減った」と答えたものが一番多い。つまり、過去に比べて睡眠時間が減った場合に、
「睡眠時間が不足している」
と感じるのである。
表14
睡眠時間に対する認識別に見た過去の睡眠時間との比較〈N=89〉
過去の睡眠時間との比較
自分の睡眠
時間の認識
かなり減った
少し減った
変わらない
かなり不足
7( 53.8)
4( 30.8)
2( 15.4)
少し不足
4( 12.5)
20( 62.5)
6( 18.8)
8( 22.1)
3( 50.0)
1(
適切である
2.8)
-
少し多い
多すぎる
計
1( 50.0)
1( 50.0)
13( 14.6)
36( 40.4)
少し増えた
かなり増えた
-
3.1)
1(
3.1)
32(100.0)
20( 55.6)
5( 13.9)
2(
5.6)
36(100.0)
1( 16.7)
2( 33.3)
29( 32.6)
1(
8(
9.0)
-
6(100.0)
-
2(100.0)
3(
注:(
5.7
計
13(100.0)
3.4)
89(100.0)
)内はパーセントの値
長岡大学生の睡眠環境
長岡大学生がどのような環境で睡眠をとっているのかを調べるため、『Q6.あなたは朝起きる際、どのような手
段で目覚めますか。最近1ヶ月で最も多かったものをお知らせください』という質問を行った。
図15にあるように、長岡大学の48.3%が「携帯電話のアラームで目覚めることが多い」と答えている。続いて、
151
「目覚まし時計」、
「自然に目覚める」という回答が多い。したがって、約9割のものが「朝起きる際は自分で起きる」
ということになる。
続いて、『Q7.あなたは睡眠をとる際、最近1ヶ月のうち、どこで寝ることが多かったですか』という質問に答
えてもらった結果、図16にあるように、長岡大学の92.1%が「自宅で睡眠をとることが多い」ということがわかった。
10人,11.2%
16人
18.0%
5人,5.6%
2人,2.2%
82人
92.1%
43人
48.3%
20人
22.5%
携帯電話のアラーム
自然に目覚める
図15
自宅
目覚まし時計
人に起こしてもらう
目覚める手段〈N=89〉
友人の家
恋人の家
図16 最も頻度が多い睡眠場所〈N=89〉
『Q8.あなたは睡眠をとる際、最近1ヶ月で誰と寝ることが多かったですか』という質問に対しては、長岡大学
の90%が「一人で睡眠をとることが多い」と答えている。
上の図15、図16の結果と照らし合わせると、朝起きる際は自己責任で起きるというものが約9割を占めているこ
とになる。
1人,1.1%
1人,1.1%
1人,1.1%
1人,1.1%
5人,5.6%
80人
90.0%
一人
友人
図17
5.8
家族
恋人
ペット
その他
最も頻度が多い睡眠相手〈N=89〉
睡眠不足による影響
睡眠不足によって引き起こされる人体への影響について、長岡大学生がどのように感じているかを調べるため、
『Q9.あなたは睡眠時間が不足することで、体に悪影響があると思いますか』という質問に二者択一式で答えても
らった。
図18にあるように、長岡大学の89.9%が睡眠不足による体への悪影響が「あると思う」と答えている。つまり、睡
眠不足による体への悪影響を認めつつも、学生の約半数は睡眠時間を十分にとっていないのである。
9人
10.1%
80人
89.9%
あると思う
図18
ないと思う
睡眠不足による体への悪影響〈N=89〉
152
『Q9.睡眠不足による体への悪影響』の質問において、体への悪影響が「あると思う」と答えたものに対し、
『Q10.それはどのような悪影響だと思われますか。どのようなことでも結構ですので、具体的にお知らせください』
という自由回答式の質問を行った。
結果は図19に示し、1票以下であった回答については「その他」としてある。
最も多かった回答は、「眠い、眠くなる」、「頭の回転が悪くなる」であり、続いて「体がだるい」、「体調を崩しや
すくなる」という回答が多い。
眠い、眠くなる
10
頭の回転が悪くなる
10
9
体がだるい
9
体調を崩しやすくなる
7
テンションが低くなる
6
勉強に身が入らない
貧血になる
5
集中力が落ちる
5
イライラする
5
4
病気になる
疲れやすい
3
美容に悪い
3
目への悪影響
2
寿命が縮む
2
6
その他
図19
睡眠不足によって引き起こされる悪影響〈N=82〉
6.まとめ
本稿では、長岡大学生の睡眠に対する意識と実態をアンケート調査により量的に把握し、その特異性を明らかに
することを目的として検証を行った。まず、長岡大学生の男女間で睡眠時間に差異があるかを分析した。その結果、
男女間での睡眠時間分布、平均値、および分散に関して統計的な有意差は認められなかった。長岡大学と全国の平
均睡眠時間を比較した結果では、長岡大学の平均睡眠時間は、全国の同世代のものよりも短いという結論が得られ
た。また、睡眠時間の分布に関しては、長岡大学では睡眠時間を9時間以上とるというものが非常に少なく、全国
とは異なった睡眠時間の分布であることが確認された。睡眠時間の分散について有意水準5%で検証した場合では、
長岡大学の睡眠時間格差は全国と比べて大きいとはいえない結果となった。しかしながら、有意水準10%では統計
的に有意であるといえる結果が得られた。
以上の結果より、長岡大学の睡眠実態が全国と比べて特異なものであることが実証されたが、学生が短い睡眠時
間でも満足できているというわけではない。学生の約半数は睡眠不足を感じており、実際の睡眠時間よりも約1時
間多い睡眠時間を必要としているのである。また、睡眠時間が6時間を切ると睡眠不足を感じるということが確認
された。さらに、長岡大学生の睡眠時間は、平均して過去よりも減少しているとともに格差も広がっており、過去
と比べて睡眠時間が減った場合に睡眠不足を認識するとういう結論が得られ、過去の睡眠時間との関連性があるこ
とがわかった。睡眠不足による体への悪影響については、学生の約9割が「あると思う」と答えており、悪影響の
内容としては「眠い、眠くなる」、「頭の回転が悪くなる」という回答が多かった。この影響として、睡眠不足が日
常の勉強、アルバイトなどの能率低下を引き起こし、学生の能力向上への妨げになることが推察される。ひいては、
睡眠不足による集中力の低下が交通事故の遠因となることなど、負の効果についても懸念される。そのため、本稿
153
で分析された長岡大学の睡眠状況を基礎資料として、全国や過去に比べて睡眠時間が短くなっている本学学生の特
異性の原因を探るとともに、睡眠不足がもたらす負の効果についても今後議論を深めていきたい。
<謝
辞>
本調査分析の過程において、長岡大学の学生である大野裕史君との議論を通じて、統計学への理解を深めるこ
とができました。また、本学教員の太田惠子教授からは、統計分析と論文の体裁に関して貴重なご助言を頂きま
した。本学教員の宝寄浩一教授からは、調査票の作成に関してご指導して頂きました。ここに感謝の意を表します。
<参考文献>
¡総務省統計局:『平成13年社会生活基本調査報告』(2002)
¡神奈川県企画部統計課:『神奈川県平成13年社会生活基本調査結果−生活時間や生活行動の状況について−』
(2003)
¡日本睡眠学会:『サマータイム制度と睡眠−サマータイム制度に関する特別委員会中間報告書−』(2005)
¡佐和隆光:『初等統計解析 改訂版』新曜社(2004)
¡森岡清志:『ガイドブック社会調査』日本評論社(2004)
¡酒井
隆:『調査・リサーチ活動の進め方』日経文庫(2002)
¡桑田秀夫:『経営・経済系のための統計学』日科技連(1998)
¡長岡大学地域研究センター:『地域研究』第5号(2005)
¡http://www.ir.rikkyo.ac.jp/~kazunori/stat/distribution/index.html
¡http://jp.acnielsen.com/news/documents/Sleeping_Pattern.pdf
154
センター日誌
2005年
10月24日
2006年
新潟県中越地震1周年事業震災復興ラウン
1月18日
第161回センター運営委員会
ドテーブルへの参加〜私たちは震災から何
2月15日
第162回センター運営委員会
を学び、これからどこへ向かうのか〜
3月15日
第163回センター運営委員会
(於:長岡リリックホール、主催/越後長
4月26日
第164回センター運営委員会
岡圏・防災安全コンソーシアム(長岡技術
5月24日
第165回センター運営委員会
科学大学、長岡造形大学、長岡大学、長岡
6月24日
第166回センター運営委員会
工業高等専門学校、長岡雪氷防災研究所)
、
7月〜
(中越鋳物工業協同組合)
北陸建設弘済会、新潟日報社、共催/新潟
7月19日
第167回センター運営委員会
県、長岡市、後援/国土地理院北陸地方測
8月30日
第168回センター運営委員会
量部、新潟地方気象台、新潟市、柏崎市、
9月22日
長岡市制100周年・合併記念事業
新潟大学、東洋大学、長岡商工会議所、6
「鋳物砂等再利用に関する調査報告」
小千谷市、十日町市、栃尾市、魚沼市、見
近未来!越後長岡産業展・ロボット展への
附市、川口町、刈羽村)
参加
11月16日
第159回センター運営委員会
(於:長岡市厚生会館、主催/近未来!越
11月24日
2005シンポジウム
後長岡産業展・ロボット展実行委員会、共
北陸新幹線延伸と長岡地域の将来
催/長岡市・長岡商工会議所、後援/新潟
―2010年問題を考える―
県、新潟県教育委員会、7にいがた産業創
(於:長岡グランドホテル、主催/当地域
造機構、(独)科学技術振興機構 JST サテライ
研究センター、後援/長岡市、長岡商工会
ト新潟、長岡市教育委員会)
議所、7にいがた産業創造機構)
9月27日
第169回センター運営委員会
◆基調講演Ⅰ
10月4日
にいがた産学技術交流フェア2006へ出展
北陸新幹線延伸のインパクト―新潟・長岡・
(於:ハイブ長岡、主催/関東経済産業局、
上越を中心にして―
7にいがた産業創造機構)
長岡大学教授
鯉江
10月25日
康正
4月
北陸新幹線延伸問題と地域振興―地域活性
長岡地域若者キャリア育成事業
(経済産業省− NICO から受託)を開始
化の方向―
代表者:原田誠司、幹事:谷崎太、村山光
上信越トライネット推進協議会幹事長
秋山
博、高橋治道、桂信太郎、伊吹勇亮
賢治氏
5月
◆シンポジウム
平成18年度科学研究費
2005シンポジウム
研究課題名「災害時における組織とマネジ
北陸新幹線延伸と長岡地域の将来
メントのあり方」を開始
研究代表者:原陽一郎
―2010年問題を考える―
7月
<パネリスト>
新潟市都市計画部長
元井
代表者:原陽一郎、メンバー:原田誠司、
悦朗氏
7新潟経済社会リサーチセンター
宝寄浩一、広田秀樹、谷崎太、桂信太郎
主管研究員
尾島
日本経済新聞社長岡支局長
井上
亮氏
長岡商工会議所専務理事
樋口
栄治氏
9月
進氏
秋山
講師:原陽一郎、原田誠司、村山光博、谷
崎太
賢治氏
鯉江
9月
康正
NICO との連携研修講座「創業・事業計画づ
くり講座」開始(全6回)
<コーディネーター>
長岡大学教授
NICO との連携研修講座「経営革新・事業計
画づくり講座」開始(全6回)
上信越トライネット推進協議会幹事長
長岡大学教授
実践的 MOT 教授法導入試行事業
(経済産業省−三菱総研から受託)を開始
上越新幹線活性化同盟会幹事長
12月14日
第170回センター運営委員会
2006年
◆基調講演Ⅱ
講師:原田誠司、谷崎太、桂信太郎
原田
11月
誠司
第160回センター運営委員会
長岡市工業振興課との連携講座「 MOT <技
術経営>塾」開始予定(全6回)
講師:原陽一郎
155
長岡大学地域研究センターご案内
ごあいさつ
長岡大学地域研究センター所長
長岡大学長
原 陽一郎
長岡大学地域研究センターは、長岡大学の理念「地域社会の発展に貢献する」
を実践することを目的として設置された付属研究機関であります。短期大学で
あった時期、平成3年に開設されたので、すでに14年間の活動の実績がありま
す。産学官連携の拠点として大学内に設置されるこの種の組織は、最近でこそ
多くなりましたが、14年前というと、大変に珍しい存在であったのです。
その間に、長岡地域の産業界を対象に、シンポジウム、企業経営に関する研
究会、企業人向けの講座などの開催、雑誌「地域研究」の発刊など、継続して
情報の発信を行ってきました。また、当研究センター所属の研究員の多くは、
市や商工会議所、その他の団体の行う諸事業にも積極的に参加し、専門の研究
者としてなにがしかの貢献をなしてきたと考えています。
しかし、それだけで十分なのか。それだけでは「地域社会の発展に貢献する」
ことにはならないことに気付きました。私たちが参加することで、なにか具体
的な形が出来上がって、それが地域社会の発展に繋がって、始めて「貢献」し
たことになるのではないか。この観点では、地域研究センターは実績を上げて
いませんでした。
このような問題意識を抱いていたところに、今年、長岡で2つの具体的なプ
ロジェクトが立ち上がりました。一つは「長岡産業活性化協議会 NAZE 」。その
中で、長岡大学は個々のプロジェクトで経営戦略、マーケテイングなどを担当
することが求められています。もう一つは「越後長岡圏防災安全コンソーシア
ム」の設立です。ここでは、長岡大学は災害時、緊急時における組織とマネジ
メントのあり方を研究する役割を担っています。この二つのプロジェクトにお
いて、目に見える成果を出して「貢献」することが、当地域研究センターのこ
れからの最大の課題なのです。
一方で、長岡大学は教育プログラムの刷新を行いました。今年度から「産学
融合型専門人材開発プログラム・長岡方式」を実施に移しました。地域の企業
と大学教員が一体となって産業界で本当に必要とされる専門教育を展開するこ
のプログラムは、一大産業集積地、長岡だからこそ可能であって、全国的にも
極めて先進的な試みであると評価されています。
長岡大学地域研究センターの活動により一層のご指導、ご鞭撻をお願いします。
156
STAFF
OUTLINE
長
●原陽一郎
長岡大学長
運営委員長
●鯉江康正
産業経営学部教授
副運営委員長
●石川英樹
同
助教授
運 営 委 員 ●原田誠司
( 兼 研 究 員 ) ●内藤敏樹
同
教授
同
教授
●松本和明
同
助教授
●村山光博
同
助教授
●桂信太郎
同
助教授
●伊吹勇亮
同
専任講師
所
名
設
目
称
立
的
事
業
研 究 員
経
緯
活動経過
長岡大学地域研究センター
平成13年4月1日
地域経済、経営問題を中心に、さらに幅広く地域文化、生活、歴史な
どの諸分野にわたり地域社会の科学的、実証的研究・調査を行います。
これらの研究・調査による地域ニーズの把握とその教育への反映、大
学の持つ知的蓄積の地域への開放をつうじて「地域に開かれた大学」
を実現し、本学の教育・研究、経営基盤をより堅固にすることを目的
とします。
(1)地域に関する自主研究及び受託研究・調査
(2)地域関連資料・データの収集・整備
(3)実践講座、シンポジウム、研究会などの開催
(4)診断活動および研修活動
(5)機関誌「地域研究」の刊行、研究成果の公開
本センターの研究員は本学教員で組織されておりますが、研究テーマ
により学外の専門家に参加をお願いすることもあります。
平成3年10月16日、長岡短期大学地域研究センター設立。平成13年4
月1日より長岡大学地域研究センターに改組。
●企業経営者を講師に年2回、計7回開催
(1)研 究 会
●経営実践・革新セミナー(6回連続)を平成13年度
(2)実践講座
から毎年開催
(3)シンポジウム ●地域・時代のテーマで年1回、計5回開催
(4)受託調査等 ●「長岡市高齢者等生活実態調査」
●「産業廃棄物リサイクル化プロジェクト、鋳造工場
より発生する産業廃棄物の再利用調査」
●「食品・医療分野における超高圧技術に対応した増
圧装置の開発に関する市場調査」
●「地域研究」を毎年発刊、計5号
(5)機 関 誌
●地域活性化・産業振興活動に積極的に参加
(6)そ の 他
157
BULLETIN
『地域研究』創刊号
目
特集
市場構造急変の中の企業戦略
−21世紀に躍進する企業の条件を探る−
次
ごあいさつ ……………………………………中 西 貞 夫
特集 長岡短期大学地域研究センター 2000年シンポジウム
市場構造急変の中の企業戦略
−21世紀に躍進する企業の条件を探る−
●基調報告 新潟県における産業・企業と企業家の変遷
……………………………松 本 和 明
成長企業の条件とその条件の経営状況への影響
……………………………鯉 江 康 正
製造業の革新の方向−製造業はどのように変わ
ろうとしているのか− ……原
陽一郎
●パネルディスカッション
……小田勝也、小埜寺正臣、渡辺 登、原 陽一郎、
松本和明、鯉江康正
論稿
メーカー生き残りの戦略−コストに対する執念と論理と
智慧の結集で− ……………………………原
陽一郎
計量経済モデルによる新潟県経済の長期予測
……………………………………鯉 江 康 正
『地域研究』第2号
目
●平成13年度10月発行
特集
Long-term Chase of Vicissitude of Business Environment,
Industrial Organization and Industrial Policy at Japanese Steel Industry
……………………………………… Hideki Hirota
コーポレート・ガバナンスと組織の経済学
−インセンティブとモニタリングのトレードオフ関係−
……………………………………權五景・崔学林
センターコラム
アメリカ雑感 ―強さの源泉― …………早 川 博 之
地域を考える(2)―地方分権について― 栃 倉 一 彦
研究会要旨
新潟県の情報政策の現状と今後の方向
…新潟県企画調整部情報政策課 主任 松 村 雅 一
ITの取り込みと伸びる企業の条件
中小企業診断士中村公哉事務所 所長 中 村 公 哉
長岡大学地域研究センターご案内
センター日誌
長岡大学地域研究センター規程
編集後記
新時代への挑戦−地域企業からの脱皮−
●平成14年度10月発行
次
ごあいさつ ……………………………………中 西 貞 夫
特集 長岡大学地域研究センター 2001年シンポジウム
新時代への挑戦 −地域企業からの脱皮−
●基調報告
変貌する市場への挑戦
−知らない会社が顧客や競争相手になる時代の企業経営−
……………………………………早 川 博 之
厳しい新潟経済の先行き
−大胆なシュミレーションが示す地域の未来像−
…………………………………………鯉 江 康 正
メーカー生き残りの作戦の秘訣を考える
−制約理論(TOC)を使え− ………原
陽一郎
●パネルディスカッション
地域企業の新時代への適合性を求めて
………羽田一司、松原 亨、原 陽一郎、早川博之、
鯉江康正、小田康治
論稿
地域社会に支えられる産業の活力
― 地域イノベーション・システムをどのように構築するか ―
…………………………………………原
陽一郎
長岡圏域の社会経済の将来像 ― 一層進む外延化と過疎化 ―
…………………………………………鯉 江 康 正
日本の科学技術政策における政策システムの発展と課題
― 新規重点政策領域における政策主体と政策手法に関する一考察 ―
……………………………………c 田 秀 樹
158
業績管理会計の中小企業への適用可能性に関する一考察
……………………………………小 田 康 治
資料紹介
創業期と大正期における北越製紙に関する資料
……………………………………松 本 和 明
オピニオン
日本の金融政策論議と景気の行方 …早 川 博 之
センターコラム
環日本海シンポジウム
「東北アジア新時代 ライバルかパートナーか」を開催して
……………………………………兒 嶋 俊 郎
栃 倉 一 彦
地域を考える(3)― 新聞投稿から ―
研究会要旨
「わが社の経営戦略と業界の動向」
…クリーン・テクノロジー株式会社 代表取締役 西 澤 和 夫
「七里商店の経営戦略と将来展望」
…株式会社七里商店 代表取締役社長 七 里 貞 雄
長岡大学地域研究センターご案内
センター日誌
長岡大学地域研究センター規程
編集後記
『地域研究』第3号
目
特集
知識経済と企業・人材育成
次
ごあいさつ ……………………………………原
陽一郎
特集1 長岡大学地域研究センター 2002年シンポジウム
知識経済と企業・人材育成
●基調講演
長岡圏域の振興方向と戦略
新潟県長岡地域振興事務所長 大 掛 幸 夫氏
指導型人材育成の限界―新しい意識改革手法コーチング―
マックス・ゼン取締役・FMながおかパーソナリティ
丸 山 結 香氏
●パネルディスカッション
知識経済に向かう中での企業・地域活性化方策を探る
……………井口 宏、丸山結香、大掛幸夫、
原 陽一郎、鯉江康正
特集2 大都市部と農村部における製造業の存立基盤特性と
競争特性の比較研究
開業率・廃業率および雇用カバー率の地域間比較
………………………………鯉 江 康 正
都市部と農村部における経営風土の違いに関する分析
…………原 陽一郎、早川博之、兒嶋俊郎、
高橋治道、鯉江康正
論稿
日本経済はなぜオチコボレたか…その原因とこれからの展望
……………………………………原
陽一郎
「両大戦間期における新潟県の産業発展と企業家グループ(下)
―郡部の場合―」………………………………松 本 和 明
『地域研究』第4号
目
●平成15年度10月発行
特集
自己拘束性と戦略補完性
―ナッシュ均衡解としての日本企業システムを理解するためのノート―
……………………………………權
五 景
競争的研究資金配分の制度設計に関する一考察
―科学技術政策の中心領域における現状と課題―
……………………………………c 田 秀 樹
オピニオン
地域振興策としての外国人観光客誘致を考える
―私の北ドイツ紀行― ………………………早 川 博 之
センターコラム
地域を考える(4)― 新聞投稿から― …栃 倉 一 彦
研究会報告
酒造りの現状と今後の方向
…………新潟銘醸株式会社 取締役 山 下
進氏
三条品産の強みと、弱み
………三条金物卸協同組合 理事長 韮 澤 喜一郎氏
三条における工業の現状と課題
…協同組合 三条工業会 副理事長 兼 古 耕 一氏
長岡大学地域研究センターご案内
センター日誌
長岡大学地域研究センター規程
編集後記
地域間競争力と経営風土
−しぶとい、地方の製造業が日本を変える−
●平成16年度12月発行
次
ごあいさつ ……………………………………原
陽一郎
特集 長岡大学地域研究センター 2003年シンポジウム
地域間競争力と経営風土
−しぶとい、地方の製造業が日本を変える−
●基調報告Ⅰ 開業率・廃業率および雇用カバー率の地域間比較
…長岡大学産業経営学部助教授 鯉 江 康 正
●基調報告Ⅱ 都市部と農村部における経営風土の違いに関する分析
………原 陽一郎、早川博之、兒嶋俊郎、
高橋治道、鯉江康正
●パネルディスカッション 地方の強みをどう活かすか
………河田 博、山崎 隆、早川博之、
兒嶋俊郎、高橋治道、鯉江康正、
原 陽一郎
論稿
開発投資型新幹線による地域振興策の検討
―糸魚川地域を例として― ………………鯉 江 康 正
廃棄物処理の有料化と需要管理 …………内 藤 敏 樹
長岡工業会の設立と活動
―昭和戦前期における長岡商工会議所の一側面―…松 本 和 明
新生「南魚沼市」発展への一政策提言
―カントリーライフ指向時代の地域発展― …c 田 秀 樹
159
日本企業システムの定着とインセンティブ構図
―日本企業システムに見られる制度補完性― 權
活動基準予算管理の再検討 ………………三 木
オピニオン
テロが無くなるのはいつか
―アメリカ西海岸駆け足旅行記― ………早 川
センターコラム
勝つ大学 ……………………………………栃 倉
研究会報告
「ベンチャー企業から見た長岡と東京の違い」
〜なぜ長岡に工場を建てたのか〜
…株式会社フォトニクス 常勤監査役 柳 田
「企業システム開発の現状と課題」
…株式会社ジェイマック SI事業部第3システム部システム課長 石 橋
センター日誌
長岡大学地域研究センターご案内
長岡大学地域研究センター規程
編集後記
五 景
僚 祐
博 之
一
彦
一千一
宏
之
『地域研究』第5号
目
特集
科学研究費助成研究シンポジウム
●平成17年度11月発行
次
特集1 長岡大学地域研究センター 2005年長岡大学
科学研究費助成研究シンポジウム
●基調講演
21世紀の「ものづくり」と地域イノベーション
東京農工大学大学院教授 TAMA活性化協会会長 古 川 勇 二氏
●パネルディスカッション
地域イノベーションシステムの構築をめざして
……………松原 亨、井口 宏、高田 篤、
有本匡男、原 陽一郎
特集2 ビジネス成功の鍵を握るマーケティング力を語る
−経営のため、従業員のため、社会のためのマーケティングマインドの活用法−
会社力とマーケティング
〜力強く利益を出し続けるために、マーケティングの重要性と活用〜
㈱ニコン・エシロール代表取締役社長兼CEO 長谷川 和 廣 氏
商品力とマーケティング−消費者動向の把握
〜売れる商品づくりのために、マーケティングリサーチの重要性と活用〜
ハウス食品㈱マーケティング本部業務推進部開発企画課主席 岡 本 慶一郎 氏
論稿
都市部と農村部および工業集積地域と工業非集積地域における
製造業の成長・衰退要因とそのパターンに関する分析
……………………………………鯉 江 康 正
産業・地域特性とイノベーション・システム―川崎、花巻、長岡を比べて―
……………………………………原 田 誠 司
内部・外部経済論−産業集積理論の再構築に向けて−
……………………………………原 田 誠 司
160
新潟県の商工会発展への一政策提言
―地域経済社会の支柱的機関としての商工会の高度化に関する課題と展望―
……………………………………広 田 秀 樹
厚生年金適用拡大のインパクトと新潟県経済への影響に関する考察
……………………………………石 川 英 樹
進出企業と地域産業 ………………………内 藤 敏 樹
エッセー&センターコラム
モンゴルの経験 ………………………………土 田 和 弘
勝つ大学(2) ………………………………栃 倉 一 彦
地域情報&オピニオン
中越地震から1年、地域復興への課題 −長岡商工会議所に学ぶ−
……………………………………………桂
信太郎
大学広報の効果的実施 〜地域密着型大学の場合〜
……………………………………………伊 吹 勇 亮
長岡大学地域研究センターご案内
センター日誌
長岡大学地域研究センター規程
編集後記
長岡大学地域研究センター規程
(趣旨)
第1条
(経費)
この規程は、長岡大学学則第5条第2項の規
第5条
定に基づき、長岡大学地域研究センター(以
自主研究・調査に係る必要経費はセンター予
算から支出する。
下「センター」という。)について、必要な
2
事項を定める。
自主研究・調査の成果は、個人研究・調査、共
同研究・調査のいずれも文書をもって所長に報告
しなければならない。
(目的)
第2条
センターは、長岡大学(以下「本学」という。
)
(組織)
学内教育研究施設として、地域経済、経営問
第6条
センターに次の職員を置く。
題を中心に、さらに幅広く、地域文化、生活、
一
所長
歴史等の諸分野にわたり、地域社会の科学的、
二
副所長
実証的研究・調査を行うとともに、地域ニー
三
研究員
ズの把握とその教育内容への反映並びに本学
四
事務職員
のもつ知的蓄積の地域への開放を通じて「地
2
所長は、本学学長とする。
域に開かれた大学」の実現を推進し、本学の
3
副所長は、本学専任教員のうちから学長が選考
研究、経営基盤をより堅固なものとすること
し任命する。
を目的とする。
4
研究員は、第3条に定める事業を遂行する意志
のある本学専任教員とし、学長が委嘱する。
(事業)
第3条
5
センターは、前条の目的を達成するために次
命する。
の事業を行う。
一
事務職員は、本学事務職員のうちから学長が任
6
地域にかかわる自主研究・調査および受託研
第1項第2号及び第3号に定める者の任期は2
年とし、再任を妨げない。
究・調査
二
地域関連資料・データの整理
三
公開講座、セミナー、研究会の開催
四
診断活動および研修活動
外の者を研究協力者として置くことができ
五
「地域研究」の刊行、研究成果の公表
る。
六
(研究協力者)
第7条
その他センターの目的達成のために必要な事
2
前条第1項に定める職員の他、センターに学
研究協力者については、別に定める。
業
(所長・副所長)
(自主研究・調査)
第4条
第8条
前条第1号に定める自主研究・調査を個人研
所長は、センターの業務を総括し、副所長は
これを補佐する。
究・調査と共同研究・調査に区分する。
2
個人研究・調査は、個人が地域にかかわる特定
(地域研究センター運営委員会)
の研究事項につき、研究・調査するものとする。
3
第9条
共同研究・調査は、数人が地域にかかわる共通
センターの運営に関する重要事項を審議する
ため、地域研究センター運営委員会(以下
の研究事項について、各人の専門分野より共同し
「委員会」という。
)を置く。
て研究・調査するものとする。
2
委員会は、教授会によって選出された委員長と、
委員長によって指名された委員若干名により構成
する。
161
3
委員長及び委員の任期は2年とし、再任を妨げ
ない。
(委員会の業務)
第10条
委員会は次の業務を行う。
一
各年度事業計画の策定及び予算原案の作成
二
研究員から提出された自主研究・調査のテー
マと予算の査定
三
受託研究・調査のテーマと予算の査定
四
第3条第3号及び第4号に定める公開講座、
研修活動等の企画及び推進
五
センターの施設・設備、資料等の整備及び管
六
「地域研究」の刊行及び研究成果の公表
七
研究協力者の推薦
八
その他センター運営に必要な業務
理
(予算)
第11条
センターの予算は次の収入による。
一
本学予算によって定められたセンター費
二
受託研究・調査、公開講座等の事業活動によ
る収入
三
寄附金及びその他の収入
(会計処理)
第12条
センターの合計処理については、別に定め
る。
(雑則)
第13条
この規程に定めるもののほか、センターに関
する必要事項については、学長が別に定め
る。
(事務)
第14条
センターに関する事務は、総務課において処
理する。
附
則
この規程は、平成13年4月1日から施行する。
162
地域研究 第6号<通巻16号>
定価 1,
500円(本体1,
429円)
発行年月日
平成18年11月17日
編集・発行
長岡大学地域研究センター
〒940−0828 新潟県長岡市御山町80‐8
電
話 0258(39)16008
FAX 0258(39)9566
印
刷
株式会社中央印刷
〒940−0041 新潟県長岡市学校町1−9−21