タイにおける 一村一品運動(OTOP プロジェクト)の現状 藤 産業研究所研究プロジェクト「一村一品運 動の国際比較研究」で 8 月 19 日より 27 日ま でタイにおける一村一品運動の調査を行っ た 。 タ イ で は Valaya Alongkorn Rajabhat University College of Innovative Managment が受け入れ大学となり、タイでの一村一品運 動(OTOP)の推進母体の政府や自治体の 担当部署の説明を受けたり、OTOP の認証 を受けている企業を訪問するなど現状の把 握に主眼を置いて調査を行った。 本稿は、本格的な分析に向けてタイ調査 で得られた OTOP の現状を整理するもので ある。 1.OTOP の仕組み タイ調査では、中央政府やアユタヤ地域 開発庁の担当者からタイでの OTOP 運動の 現状について報告を受けた。 OTOPプロジェクトは、2001 年の総選挙で タクシンが率いる愛国党が選挙公約で掲げ たもので、地域振興、貧困撲滅策として 2001 年から導入されたものである。OTOP プ ロ ジ ェ ク ト は 、 Local link global reach 、 Self-reliance and creativity、Human Resource development という理念に基づき、村落・企 業・政府の協力で推進するとしているが、実 態としては首相府直轄の国家OTOP運営 委員会をトップに推進組織として中央、県、 郡の各レベルでOTOP小委員会が組織さ 田 実 れ、行政指導で推進体制が組織されている。 図 OTOP推進体制 出所:松井和久・山神進編『一村一品運 動と開発途上国—日本地域振興はどう伝え られたか』日本貿易振興機構アジア経済研 究所、P157、2006 年 具体的には、村の公聴会で選ばれた特産 品がTAOに届け、TAOはタンボンの特産 品リストを内務省コミュニティ開発局郡事務 所に提出し、行政機構に即してコミュニティ 県事務所、地域のコミュニティ開発局と上が っていき、中央のOTOP小委員会で集計さ れる。 OTOPに登録される製品は洋服、食器、 ハーブ、飲み物、食べ物の各分野で3つか ら 5 つまで星認証を設けている。認証の基 準は、各村落の産物で質の良いもの、歴史 的なもの、輸出品として認められるもの、品 質を維持できるパッケージ、他のマーケット 産研通信 No.85(2012.11.30) 5 で競争できる商品という五つの基準に基づ き、製品群ごとの選考委員会が認証する。 五つ星は輸出できる水準の商品ということで、 2010年現在で1421製品が認定されている。 OTOP製品は、生産地の村や地域のショッ プで販売しているほか、バンコクなどの大都 市のデパートでも販売されている。 アユタヤ地方開発局の Saipirun Noisiri 氏 によれば、OTOP製品の中では、現在、政 府が一番力を入れている商品は食料品で、 有害物質の含有検査を行い、安全安心な農 産物や加工品の提供に努め、現在までトラ ブルはない。 政府などの行政機関は生産者への直接的 補助金はないが、政府はプロジェクト運営予 算を負担しているほか、自治体の関連予算 などで生産者に補助金を支給している(松 井和久・山神進編、前掲書、P158)。 O T O P の 理念で あ る Self-reliance and creativity に関しては、地域コミュニティ開発 局では OTOP に登録できない製品に対して は指導しているほか、生産や営業面でも生 産者の創意工夫を支援している。アユタヤ 地方開発局では、100 人以上の担当者を置 き、村ごとのリソースを調査し、相互にマッチ ングさせ、製品化に努めているという。この 製品化にあたっては、地域の大学とのつな がりを重視し、開発指導をしているなど、産 官学の体制をとっている地域もある。 Human Resource development という点では、 コミュニティの企業家の養成を目指している が、市場開拓や消費者ニーズに即した生産 やサービスの提供という点では、企業家精 神の養成が課題となっているという。OTOP 認証企業は「短期間で生産効率や経営能力 を高められるある程度力のある生産者----が優先的に考慮されてきた」(前掲書、 P167)と言われているが、実際に私たちが訪 6 問したOTOP認証企業はある程度技術力や 生産の伝統を持っているところであった。 2.OTOP認証企業 OTOP の認証を受けている企業や工房を いくつか訪問した。一つはアユタヤ県の N.V.Aranyik 社で、ハンドメイドのナイフやフ ォークなどの洋食器を製造している会社で あ る 。 次 い で 、 チ ェ ン マ イ の Bo sang Umbrella making Center、木彫の仏像などの BAANTWAI バーンタワイ村を訪問調査した。 N.V.Aranyik 社は OTOP の五つ星を受賞 している企業で、創業は 1990 年であるが、 工場自体は”Aranyik Sword”と言われる刀を 200 年以上製造し続けてきた伝統をもってい る。製品は洋食器を中心に 200 種類を製造 し、アメリカ、ヨーロッパ、フィリピン、インドネ シアなど海外に輸出しているほか、政府の 土産やタイ航空、ドバイのホテルで使用され るなど高級品として知られている。従業員は 60 人であるが、オーダーが多い時期には周 辺の農家 20 軒にも研磨工程を依頼している。 研磨機械は会社から購入した自己所有して いる。下請けに出す件数は 1 日 150~200 個、 1ヶ月 3000〜3500 個で、収入は月4万バー ツほどになるという。工場では品質を重視し ているということで、生産工程は自動化して おらず、手工的熟練に依存している。 このようにN.V.Aranyik社は創業年こそ新し いものの、工場は歴史が古く、刀の製造技 術を生かして洋食器の製造に乗り出したわ けで、OTOP認証で売上高は増加したが、 輸出は基本的に自社で対応しているという。 Bo sang Umbrella making Center は、チェ ンマイでも有名な観光地でもあるが、重要な OTOP製品の製造企業でもある。また工房 は研修機関として傘の作り方を指導している。 従業員は 140 人で、1 年間で 4~6 万本の 産研通信 No.85(2012.11.30) 傘(紙、綿、布)を製造し、65~70%を主にヨ ーロッパに輸出している。この傘は 17 すべ ての工程がハンドメイドの分業制で製造して いるので、他の地域ではまねができないと いう。 この地域では 160 年前から傘を製造して おり、200 年前に僧侶がミャンマーから傘づ くりを伝えたという。 傘づくりでは周辺の6 村にそれぞれ特化した傘の一部のパーツ づくりの仕事を委託している。村落では、農 業の傍ら、副業として傘のパーツづくりをし ている。柄は地域の木を使用し、傘の紙は 地域の桑の木を使用するなど、原材料も地 域産である。 分業制で傘づくりをしていることもあり、6ヶ 月くらいで仕事はできるようになり、1 年間で 全工程の習得は可能だという。賃金は 8 時 間労働で1日約 300 バーツくらい、格差は大 きくないという。絵付けの工程は比較的高給 で、熟練度によって賃金は異なり、1 日 400~500 バーツである。ここでの傘づくりは、 親がやっていた工程を子どもが引き継ぐと いうかたちで、代々引き継がれているという。 3.バンコク近郊農村地域でのOTOPプロジ ェクト O T O P の 理念で あ る Self-reliance and creativity 、 Human Resource development と いう点では、バンコク近郊の農村(Nakhon Nayok)での花苗の栽培や畳表栽培が参考 になる。この地域は、酸性土壌で農作物の 栽培に適さず、コメも飼料用にしかならず、 貧困から抜け出せなかった。政府の指導や 投 資 も う ま く い か ず 、 Valaya Alongkorn Rajabhat University の Vainai Veeravatnanod 准教授に助言により、土壌の調査を行った 結果、酸性土壌であることが判明した。この 酸性土壌を改良するために、政府などに頼 らず自力で石灰を加えて土壌改良し、バン コクに出荷できる花苗の栽培するようになっ た。また酸性土壌の改良でコメの生産量も 飛 躍 的 に 増 加 し 、 以 前 は 400m2 当 100~200kg しかとれなかったものが、現在で は800kg とれるようになったという。その結果、 訪問した農家では、夫婦の労働で花苗で月 に 4 万バーツ、コメで年間 10 万バーツほど の収入を上げるようになり、貧困から脱する ことができた。 この農家は周辺にも花苗の栽培を普及さ せるために、モデル農家を選定し、花苗の 有機栽培方法を指導するようにした結果、 現在では地域で 80 世帯が 20 万本栽培し、 月に 16 万バーツを売り上げるまでになった という。 訪問した農家では、必要な資金は最初は 政府のタンボン基金から無利子で借入した り、農村合作金融機関から借入したりしたが、 できるだけ借入せず、対応しているという。 政府の資金に頼ると、自立できないと考えた からである。 このようにタイの農村部でも自分で創意工 夫し、しかもその成果は自分で独占するの ではなく、周辺農家にも普及させ、地域の自 立を図るという、新しい地域リーダーも育っ ている。 おわりにー今後の研究課題 タイでのOTOPプロジェクト調査では、日 本の一村一品運動とは異なり、下からの地 域興しというよりは、政府主導での地域振興 策という側面が強いことは、先行研究から指 摘されてきたことであるが、今回の調査でも 改めて確認できた。そのうえ、OTOP認証 企業は伝統的な有力企業や産地であること も確認できた。 他方で、Nakhon Nayok の農家のように自 産研通信 No.85(2012.11.30) 7 力で産地化に成功したところもあり、そこで は政府からのサポートは受けずに、自主的 に地域の問題に取り組むという新しい動きも 確認できた。OTOPプロジェクトにおける人 づくりは「地域作りの礎となるリーダーの輩 出を主眼とした一村一品運動とは根本的に 異なる。------------コミュニティ企業家養 成を主眼として」(前掲書、P167)いるとされ ているが、Nakhon Nayok の農家の場合には、 地域興しのリーダーとなっていることを考え ると、草の根から地域振興を図るといOTOP の理念が着実に地域に根付き始めたと言う こともできよう。 とはいえ、今回の調査は中央政府や地域 の担当からのレクチャーや企業、農家から の聞き取りに止まっており、OTOPプロジェ クトが地域の経済とどのように関係し、地域 の雇用や所得水準をどのように引き上げた かという点では、明確な解答は得られてい ない。また今回の訪問調査では、OTOPプ ロジェクトの成功事例の調査という性格があ り、失敗事例も含めて考えないと、タイにお けるOTOPプロジェクトの全体像は明らか にならないのではないかと思われる。 8 産研通信 No.85(2012.11.30)
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