第2回 森を走ろう トレイルを語る対話集会 主催 森を走ろう連絡協議会 (公社)日本オリエンテーリング協会 2014.09.20 浦添 嘉德 1、 日本の山岳団体 日本の山は、信仰の山として古くから修験者によって登られていた。 日本における近代登山の始まりは、明治維新ごろからといわれている。 1905 年「山岳会」のちの日本山岳会が設立される。 イギリス人宣教師、ウォルター・ウェストンの助言による 1960 年、日本山岳協会 設立 同年、日本勤労者山岳連盟 設立 日本を代表する山岳団体として、日本山岳会(5000 人)、日本山岳協会(5 万 5000 人)、日本勤労者山岳連盟(2 万 1000 人)の三つの山岳団体がる 2、 日本勤労者山岳連盟の設立とその後の活動 ① 労山の設立とその後 1960 年4月、「登山の正しい大衆化」をめざし、深田久弥(深田久弥の 100 名山 の著者)や伊藤正一(三俣山荘などのオーナー)さんなど 16 人が発起人になっ て、「勤労者山岳会」が設立された。 このときの設立趣意書の最後には、「山を愛する日本の登山家にうったえたい。 あなたが山を愛するならばこの日本の社会にも目を向け、平和な住みよい社会で あることも愛してほしい。そして登山の正しい大衆化のために力を出していただ きたい」と呼びかけている。 これは、当時の「労働条件の問題」や「記録を作るためには命をかけても登る」 という英雄主義や「山が大衆化されることを山が俗化するとか、登山道徳がすた れるとかいって反対する」方々がいたため、登山技術など「正しい大衆指導をお こたる結果」になっているという考え方から、設立趣意書でこのように呼びかけ たものです。 1960 年 7 月、日本労働組合総評議会は「労働者山岳運動についての訴えを出した ています。それは、①多くの労働者は山に行きたくても適当な指導者や時間がな く、また経済事情から山に行かれない現状にある②勤労者山岳会は健康な山岳運 動の要求にこたえるため労働者山岳運動の正しい発展のために組織されつつあ るものと、太田薫議長名で各単産、都道府県の地評に紹介しています。 勤労者による新しい登山運動の提唱のあと、その運動は短期間に全国に広がり、 3 年後の 1963 年には「日本勤労者山岳連盟」が結成されるにいたった。 1978 年には、わが国の登山の優れた伝統を継承するとともに創造的な活動を展開 し、登山の発展に力を尽くすために、①権利としての登山、②登山の多様な発展、 1 ③海外登山の普及、④遭難事故の防止、⑤自然を守る――ための「日本勤労者山 岳連盟趣意書」に基づいた運動を展開している。 ② 労山の自然保護運動 労山の設立趣意書では「山岳自然の荒廃は登山の楽しみを奪うばかりでなく、 登山そのものの荒廃と人間の荒廃を導く」とし、 「豊かな自然は将来にわたる国 民の共有財産である。それを守り育てていくことは登山者の重要な責務である」 ことを呼びかけています。 歴史的に見ますと、日本で自然保護運動が広範な国民の要求として大衆的に取 り組まれるようになったのは 1960 年代後半からだといわれています。 この時期は、山のゴミ問題も深刻になっていた時代でした、尾瀬ヶ原のゴミも 大問題になり、マスコミも大きく報道しました。いまでは尾瀬ヶ原にはゴミ箱 はありませんが、当時は設置されていたゴミ箱はゴミがあふれており、ゴミ箱 の周辺にもゴミが散らばっている状態になっていました。多くの山小屋も登山 者が持ち込んだゴミを小屋の周辺に埋めるという状況にありました。 (東京都連 盟の救助隊は、三つ峠の岩場の清掃活動を続け、現在は山小屋が捨てて埋めた ゴミを掘り起こして回収する活動を 25 年間おこなっています) このようなことから、1972 年 6 月には、 「自然環境保全法」が公布されました。 また、登山団体などが尾瀬ゴミ持ち帰り運動を呼びかけ、翌年には尾瀬のゴミ 箱は撤去され、尾瀬を訪れる人のゴミ持ち帰りが習慣になったわけです。これ がゴミ持ち帰り運動の元祖だといわれています。 労山組織でも、1971 年に東京都連盟の三多摩連盟協議会が奥多摩の大岳山で 44 名の参加で 6 コースに分かれて清掃登山をした記録が残っています。滋賀県連 盟では、会の例会山行で「汚いなあ、いっぺん掃除しようや」という登山中の 会話の中から清掃登山がはじまったと記録されています。そして、1973 年には、 滋賀県連盟全体が年間行事として清掃登山に取り組むようになり、近隣の地方 連盟でも取り組みが始まりました。このように、労山組織の各地方では組織的 に自然保護運動が組織活動の一つとして取り組まれるようになっていったわけ です。 地方連盟の独自で実践的な自然保護運動が前進するなかで、労山の全国組織と しても組織的な対応が求められるようになりました。翌年の 1974 年には労山全 国連盟に自然保護委員会が設置されました。議論の末、全国連盟として登山者 の手による自然保護運動の啓蒙活動を目的とした「自然保護強化月間」を設定 し、全国いっせいに清掃登山・クリーンハイク運動を呼びかけ、今日の活動に 結びついているわけです。今年の実施で 41 回目を迎えるに至っています。 昨年の全国いっせいクリーンハイク・清掃登山活動には、全国で一般参加の方々 も含め 10,176 名が参加し、回収されたゴミは 11.79 トンでした。 ③ 労山自然保護憲章 2 4 年間の全国的な議論を経て 2006 年の定期総会で「労山自然保護憲章」を採択。 この憲章は、前文と 9 章から構成されています。 山岳自然保護憲章は、本来は山岳団体が共同で論議し制定する必要性も論議さ れましたが、山岳団体間には自然保護に対する認識や取り組みに違いがあり、 共同での制定には困難だという判断から労山独自の自然保護憲章制定に踏み 切ったものです。 労山の自然保護憲章のほかには、1974 年 6 月に、自然保護憲章制定国民会議が 制定した「自然保護憲章」があります。この憲章は、「自然環境の保全に国民 の総力を結集」することを呼びかけています。 日山協は、この「自然保護憲章」に基づいた自然保護運動を呼びかけています。 福島第一原発の爆発以降は、放射線測定器(一台 13 万円)を 10 台購入して、 登山道と山の測定を実施、今日まで述べ 296 座の山の測定を実施した。測定記 録の分析は、放射線防護学の専門家である日本大学の野口邦和准教授に依頼、 その分析結果は、登山医学会の会誌に掲載され、5 月 31 日の学術集会で奨励賞 を授与された。 3、 日本の山岳団体による自然保護運動 ① 「山岳団体自然環境連絡会」 2002 年は、「国際山岳年」でした。 国際山岳年は山岳山間地帯の環境を保全することにより、山岳地帯の重要性や特 有な生態系への意識を高め、そして山岳山間地帯の社会の文化的伝統を守り奨励 することを目指しています。 日本の山岳団体は、「国際山岳年」にちなんで、2001 年 12 月に日本山岳会、日 本山岳協会、日本勤労者山岳連盟、日本ヒマラヤ協会、日本ヒマラヤン・アドベ ンチャー・トラスト、山のトイレさわやか運動本部による六団体の自然保護担当 者によって結成された。 山岳団体自然環境連絡会のとりきめは、「我ら皆、山の民として私たちは、山と 緑の守り手となり山岳自然の調査、監視、保全につとめます。山岳地帯からのゴ ミやし尿のテイクアウト(持ち帰り)を徹底し、山岳自然環境保全のモラル、マ ナーの普及・向上に努めます。私たちは山岳地域のあらゆる自然環境破壊を許さ ないために、各団体が力をあわせることにつとめます。 このような「とりきめ」を今日もまもり、毎年 10 回程度の会議を開いて、活動 の情報交換、経験交流を行っています。このような活動を行っているのは、日本 だけではないでしょうか。 4、 「谷川連峰トレイルラン」に対する山岳団体の意見書 ①山岳団体などからの意見書 「山岳団体自然環境連絡会」 (山岳 7 団体)で、みなかみ町からの要請に応え、 「谷 3 川連峰トレイルラン」にたいする意見書をだすことで意見が一致、2009 年 2 月に 意見書を提出する。 2009 年 6 月に「ツール・ド・TANIGAWA 谷川連峰ロングトレイルランニング」の 開催が計画され、群馬県みなかみ町が、各方面から意見を聞くため説明会を開催 した。各団体・個人から厳しい意見が寄せられ、これらの意見をクリアできず「ツ ール・ド・TANIGAWA 谷川連峰ロングトレイルランニング」大会は、2 月 18 日に 中止を決定した。 意見書の内容は、第一に、多数のランナーが、急峻な狭い登山道や木道で、タイ ムを競い合ってランニングで駆け抜ける行為は、登山道を踏み荒らし、貴重な高 山植物をも踏み荒らす行為につながる。競技ではストックの使用を許可している が狭い登山道でのストック使用は登山道の破壊につながり、湿地帯などでストッ クを使用すると湿原を掘り起こし、貴重な山岳自然を壊す行為となる。 第二に、コースには非常に狭くて急峻な登山道もあり、参加者も危険にさらされ る。登山者は狭い場所ではお互いに譲り合って安全に歩くことを心がけているが、 多くのランナーがタイムを競い合って駆け抜けると一般登山者をも危険にまき こむことになり、安全上からも問題がある。 第三に、トレイルランのメインコースは、急峻な登りで高山植物が咲き乱れる高 層湿原、多彩な山岳要素を内包した貴重な山域であり、登山愛好家にとって人気 の高いコース、ここを多数のランナーが登山者を押しのけて駆け抜ける場にする ことはあってはならないと考える。 第四に、計画では、「ロングトレイルでエコロジー」と謳い、参加費の一部を自 然保護活動に振り分けることを表明しているが、エコロジーとは生物を身近で観 察し、自然環境を守ることが大事であることを学び、そうすることによって自然 環境の保護や山岳自然と共存していくことの必要性を学ぶものであり、谷川連峰 ロングトレイルラン計画は、エコロジーに背反するものである。 以上の問題点を指摘し、「ツール・ド・TANIGAWA 谷川連峰ロングトレイルラン ニング」が計画通りに実施されると、今後他の山岳地域においても波及すること にもなり、これまで築いてきた山岳地域の自然保護(保全)に大きな影響を与え るおそれが危惧されることから、「本計画実施を再考されるよう」に要望したも の。 山岳 7 団体以外からも、団体・個人から、①ランナーや登山者の安全上の問題、 ②自然環境への影響の問題、③動植物への影響が甚大なので、自然保護団体等と の事前協議が必要、④参加者には事前に安全走行講習会等の開催――など、厳し い意見も出されていた。 ② 環境省・森林管理署からも厳しい意見が> 環境省は、2008 年 4 月に、 「上信越高原国立公園内トレイルランニングについて」 の基本的な考え方を示し、トレイルランの「禁止区域又はコースから除外する区 4 域」として、「特別保護地区、第Ⅰ種特別地域及びこれに準ずる地域(希少種生 息地等)」などを定めおり、谷川連峰トレイルラン計画は、特別保護地区を通過 するコースになっていた。 環境省は、①自然公園法でいう歩道とは、公園利用者が徒歩で利用するものであ り、その目的は自然とのふれあい、自然との安らぎ、自然に囲まれた静寂などに よって国民の保健、休養及び教化に資するもの②登山道整備は徒歩による利用を 想定しており、トレイルランニングを行うことにより、登山道の荒廃、植生・地 形等の破損、野生動物の生息環境への影響、他の登山者との接触事故などが危惧 される――ことをあげている。 利根沼田森林管理署の意見も、不特定多数が国有林野内歩道を利用する場合は 「国有林野の貸付契約」が結ばれることが必要であること。谷川連峰の「マラソ ン」の場合は、 「走る」という行為であり、 「歩く」こと以上に管理・安全確保対 策が必要という見解を示している。そして、「森林管理署としては、国立公園に ついては環境省、保安林については群馬県、警察、消防等関係する機関の意見を 総合的に勘案して、契約の妥当性を判断する」という、厳しい意見を提出してい る。 国立公園の特別保護地区や国有林内での行動に関しては、登山者であっても厳格 に守らなければならない諸規則があることはいうまでもない。 ② 今後のトレイルランについて考える 日本でトレイルラン大会がおこなわれているのは、大小合わせて約 150 カ所、その うち国立公園内がコースに含まれている場所が約 50 カ所あるといわれている。 私は、山岳地域でのトレイルラン大会の開催は、安全対策・自然環境保護の点から 「いかがなもの」という考えだが、現在開催されている大会運営には何らかの指針 が必要ではないかと考えている。 環境省は、年内にも国立公園のトレイルランの取り扱い方針を出す予定環境省の考 え方は、現在の国立公園計画に定められている歩道は、これまで集団でのランニン グによる利用を想定してこなかったため、トレイルラン大会などを新たな公園利用 形態として、その取扱いの方向性をまとめようというもの。 内容としては、①トレイルランニング大会など多人数による集中的な公園利用によ って、公園利用施設やその周辺の自然環境への影響、その他の方の公園利用の妨げ になることが懸念される、②大会などの取り扱いを定めることによって、自然環境 の保全や快適な公園利用環境の確保を図る――などの方針を出すようである。 トレイルラン大会などのコース設定については、特別保護地区や第Ⅰ種特別地域な どの保全対象として重要な自然環境の場所は、コース設定から原則回避させる。大 会の運営でも①公園利用者の多いルートの繁忙期の開催は回避②大会参加者には 留意事項の指導と徹底③大会等の開催やその内容は事前に公表、住民、利用者、専 5 門家などと調整して合意し、関係行政機関等との連絡調整と連携が必要④事前、事 後のモニタリングの実施と必要に応じて事前に影響回避措置や原状回復――を求 めるなどの方針を示すようである。 山岳 7 団体からは、国立公園の自然環境を保護し、公園利用者の安全を確保するた めには、国立公園内での大会運営は回避させること――など、厳しい条件を付ける 必要があるなどとした意見も出された。 ③ 国立公園以外のトレイルラン大会も運営・ルールについての再検討が必要では 国立公園以外で開催されるトレイルラン大会については、国立公園の取り扱い方針 は適用されない。登山者の立場からすると、山岳の自然環境保護、登山者などの安 全を確保するために、大会運営者に臨みたいのは国立公園の取り扱い方針に準じた 内容でコース設定、登山道利用者の安全対策などを実施していただきたいものであ る。 ④ トレイルランではないが、千代田区が策定したランナーと歩行者などの「皇居周辺 歩道利用マナー」はトレイルランナーと登山者との共通マナーとしても活用できる のではないかと思われる。 皇居外周の歩道でのランニングが盛んで、ランナーの増加、競技会の増加、観光客 の増加で歩行者とのトラブルも絶えない状況にあった。 千代田区は、2012 年 2 月に歩行者とランナーに聞き取り調査を実施、回答した歩行 者 194 人のうち、歩行中に危険を「たまに感じる」「よく感じる」「いつも感じる」 と答えた割合の合計は約 54%、 「感じたことがない」の約 42%を上回っていた。危 険を感じた対象(複数回答)は、ランナーが 54%、自転車の 37%だった。 千代田区は、皇居周辺のすべての利用者が安全で快適に利用できる環境にするため 「皇居周辺地域委員会」を設置、昨年 6 月に基本方針を定めた。 それは、皇居周辺の歩道を利用する歩行者、ランナー、ウォーカー、自転車のため の「皇居周辺歩道利用マナー」として、①歩道は歩行者優先であることを忘れずに 利用する②グループでは広がらず、歩道をふさがないようにする、③狭いところは 一列で、無理な追い越しはしない④ランナーはタイムにこだわらず、ゆとりあるス ピードを心がける⑤思いやりの心を持ってみんなが気持ちよく利用できるように 行動する――ことなどを定めている。 皇居を周回する競技会等の地域ルールとして、①競技会参加人数は 700 人まで(1 団体の場合は 1000 名)とし②利用混雑期には開催の自粛③ウェーブスタートの実 施(1回のスタートは最大 100 名までとし、スタートの間隔は 5 分以上空ける)④ 狭い場所での追い越し禁止や、一列通行の徹底を行う――などとしている。 一般歩道と登山道とでは、条件がことなるので、トレイルラン大会の場合はさらに 厳しい規則とマナーが必要であろう。狭い登山道では少人数でのウェーブスタート という方式をぜひ取り入れてもらいたい。トレイルラン大会運営者もランナーと登 山者の安全対策に加え、貴重な自然環境を保全する立場からの規則・マナーを大会 6 運営に取り入れてもらいたいと考えている。 ⑤ トレイルランナーに望みたいこと> トレイルランナーの第一人者と言われている鏑木毅さんは、「トレランは、他の選 手に勝つことやスピードを争うことが主な目的ではありません。むしろ自分の心身 と対話し、その限界を見極める『旅』という要素が強い」(「しんぶん赤旗」2012 年 5 月 14 日付「スポーツ インタビュー」)と話されている。 この考え方に私は共感する。登山者は自分より早い方がいると「どうぞ」と言って 道を譲り、すれ違う登山者に対しては、安全に交せる場所で待つ。そして、「あり がとうございます」とお礼を言いながら、登山を楽しむことが日常的な登山行為と なっている。 鏑木さんは「山のマナーを知らずに走る人も増えてきました。講習会やレースを通 じて、啓蒙(けいもう)する場をつくっていく必要がある」ことも語っておられる が、登山者・登山団体も長い年月をかけて、登山者のマナー向上のために努力を積 み重ねてきている。 貴重な山岳自然環境を守って後世に残していくための努力も必要だ。何百人~何千 人という単位で狭くて急峻な登山道でタイムを競って、我先にと駆け抜ける行為は、 貴重な自然環境を踏み荒らす行為につながることは言うまでもない。 急峻で狭い登山道では、無理して追い越さずに、歩いて登山道の片隅に咲いている 可憐な草花を観察するゆとりを持ってもらいたい。そうすれば、絶景とともに山の 魅力を更に満喫できるのではないか。 以上 7
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