3 教員の大量退職・大量採用時代における学校の課題とミ ドルリーダーの

教員の大量退職・大量採用時代における学校の
課題とミドルリーダーの役割
長期研修員
藤
本
行
彦
Fujimoto Yukihiko
要
旨
現在、若手教員の大量採用時代に入っている。彼らの資質能力の向上を図るため
には、組織の中核を担うミドルリーダーの果たす役割が大きい。本研究では、まず、
学校現場におけるミドルリーダーの役割について考察し、次に、ミドルリーダー
の役割の中から若手教員への指導に焦点を当て、その取組を支援するマニュアル
を作成し、活用の方法と期待される効果について考察した。
キーワード:
1
若手教員、ミドルリーダー、大量退職、大量採用、マニュアル
はじめに
学校組織は「なべぶた型」と言われ、企業等に見られる「ピラミッド型」に比べ、フラッ
トな構造に特徴がある。そのため、上司と部下という垂直方向のコミュニケーションよりも、
水平方向のコミュニケーションが活発であり、教員の横並び意識も強い。また、学校組織は、
「マトリックス(格子状)構造」という特徴もある。学校では、一人の教員が、教務部、生徒
指導部といった「校務分掌」と「学年組織」である学級担任等の両方を担当するため、業務が
固定化せず多方面にわたることが多い。
このような学校組織は、迅速な意志決定、柔軟な組織運営、中堅クラスの能力伸長のしやす
さなどの長所をもつ反面、教員の中に頻繁な会合等による多忙感を生じさせ、長期的な展望の
ない短期課題志向に陥りやすくなるなどの短所も見られる。また、現在の学校現場を見ると、
横並び意識が他の教員への不干渉を招き、教員間相互のコミュニケーションが以前に比べて少
なくなっているように感じられる。
その一因として考えられるのが、教員の高齢化である。50代の教員は長年、教育実践を積み
上げているので、周りからの援助がなくても指導を進めることができる。そのため、互いに学
び合う関係が希薄になっている傾向が見受けられる。
今後50代の教員の退職が進み、学校組織に若手教員が増えてくることが予想される。今まで
50代の教員個人の力量に頼りがちであった学校は、学校運営をスムーズに行えなくなる恐れが
ある。これまで以上に「組織的な学校運営」をすることが迫られるようになる。
学校が組織として機能するには学校長のリーダーシップはもちろん、主任層の果たす役割
が大きい。主任層には、組織運営や学校経営に対する知識理解とともに、組織内の連絡調整
や他の教員に対する指導助言等についての資質能力が求められている。これらは行政や企業
の組織においては、係長、課長補佐が果たす役割である。
-1-
長期研修員として経験した行政及び企業における研修を基に、その役割を整理してみると、
・部下の能力に合った仕事を割り振り、やる気を起こさせること
・部下とコミュニケーションをとりながら部下の業務の遂行が停滞しているときは援助をし
たり、話合いをしたりすること
・重要な事案については、勝手に判断せず、上司(企業では部長、行政では課長等)に相談
し、指示を仰いでから部下に明確な指示を出すこと
・部下がいい仕事をしたときはその功績を認め、ほめること
などである。管理職と教員とをつなぐ主任層のリーダーシップが求められている。
マネジメント研修カリキュラム等開発会議は「ミドルリーダーを学校組織のキーパーソン」
とし、その特徴として、「主任や学年部会のリーダーと重なる場合もあれば、教職員の仕事上
の課題達成に必要な専門知識・技術あるいは情報をもっている、また、他の教職員の仕事や私
生活の悩みごとの相談に積極的に応じているベテランなどと、必ずしも公式に地位や役割をも
たない人々の場合もあります。」(文部科学省
平成17年度)と述べている。また、現在小学
校組織では50代以上の教員が主任を務めていることが多いが、いずれ30代~40代の教員がそ
の任を引き継ぐことが確実である。
そこで、本研究では、学校組織に影響力のある主任層、あるいは豊かな知識や経験に基づ
いて、他の教員の仕事上の課題達成を援助できる30代~40代の教員をミドルリーダーと考え、
若手教員育成に焦点を当ててミドルリーダーが果たす役割について考察していく。
2
研究目的
教員の大量退職、大量採用時代における小学校の課題について考察し、その課題の解決を
図るためにミドルリーダーが果たすべき役割を探る。そして、その成果物として「ミドルリ
ーダーのための若手教員支援マニュアル」を作成する。
3
研究方法
・文部科学省の審議会答申等の各種参考文献を基に考察を行う。
・ミドルリーダーに求められる役割を整理し、その役割を果たすために参考となるマニュアル
を、自身の教育実践を基に作成する。
4
小学校現場の現状と課題
年
齢
構
成
20~24
250 (人)
220
平成23.4.1
188
25~29
190
200
408
30~34
170
356
35~39
150
130
145
317
40~44
100
357
70
45~49
402
50
50~54
779
1252
図1
200
400
600
800
35
45
1000
1200
人
1400
90
100
48
35
13
55~60
0
46
80
23
26
年度
0
奈良県小学校教員年齢構成状況
平成7年 8年
9年
10年 11年 12年 13年 14年 15年 16年 17年 18年 19年 20年 21年 22年 23年
図2
-2-
奈良県小学校教員採用者人数
全国的に教員の大量退職が進むと言われている。奈良県も例外ではない。奈良県小学校教員
の年齢構成をみると、全教員のほぼ50%を50代の教員が占めている。(図1)50代の教員の退
職に伴い、教員の大量採用が進んでいる。奈良県では、平成11年度の13名を底に、年々採用者
数が増え、今年度(平成23年度)は220名にのぼり、今後も採用者数が増えていくと予想されて
いる。(図2)
このまま推移していけば、5年後には新規採用から教職経験5年目までの若手教員が全教員
の3割近くを占めることが予想され、さらに10年後には半数の教員が入れ替わることも予想さ
れる。
また、50代の教員が蓄積してきた組織運営のノウハウや教育実践が、本来ならば30代~40代
の教員に引き継がれるところであるが、依然、多くの50代教員が組織運営に中心的に参加して
いる状況が見られることや学校の多忙化や世代間ギャップ、あるいは30代~40代の教員が全教
員に占める割合が低い(図1参照)等の理由で、引き継がれにくい状況がある。また、30代~
40代の教員は、多数の50代の教員がいる組織内で相対的に若手であったため、その結果、「学
校組織運営のノウハウを活用できず、また年下の教員の面倒を見る経験が乏しい。」(読売新
聞2009年11月28日朝刊)という実態もあると報道されている。
これらのことから大量退職、大量採用から発生する課題として3点挙げられる。一つ目は、
50代教員が培ってきた教育実践が層の薄い30代~40代教員にスムーズに継承されていないこ
と、二つ目に、組織運営の中核を担う教員が若年齢化し、運営に支障をきたすこと、三つ目は
大量採用されている若手教員の資質能力の向上を十分に図ることができていないことである。
5
課題解決に向けて
(1)
若手教員への援助の必要性
少子・高齢化、価値観の多様化、地域・家庭環境の変化等など学校を取り巻く環境は急激
に変化し、小学校では子どもたちの問題行動が頻繁に起こり、指導がなかなか行き届かず、
50代の教員でさえも指導に行き詰まる実態が見られる。かつては若手教員の相談相手とな
っていた20代後半から30代前半の兄貴分的な教員が少ない状況もある。また、学校組織運
営の主体が50代の教員から30代~40代教員へと引き継がれている最中であり、なかなか若
手の指導にまで手が回らない状況である。
そのような状況の職場で、若手教員が占める割合が高い状態になっても、教育の質的保
証を維持していく必要がある。そこで、50代の教員と30代~40代の教員はお互いの実践や
技能を出し合い、共有しながら一体となって若手教員の資質能力の向上を図っていく体制
を構築する必要がある。
(2)
ミドルリーダーの役割
主任としてのミドルリーダーは組織内で、連絡調整・指導助言の役割を担うことが期待さ
れる。また、組織上、管理職と教員との中間に位置することから学校におけるミドルリーダ
ーの役割として、「職場の活性化」、「同僚教職員の指導・育成」などが挙げられている。そ
して「職場の活性化」と「同僚教職員の指導・育成」の役割において「期待される行動」と
して、「同僚の教職員と、仕事に関するコミュニケーションを積極的にとる」や「自らの教
育・指導ノウハウをオープンにし、若手を育てる」などが挙げられている。(文部科学省
マネジメント研修カリキュラム等開発会議、平成17年)
-3-
これらの「期待される行動」から、ミドルリーダーが若手教員の資質能力の向上を図る
ために行える援助について考察する。
ア
安心して働ける職員室づくり
職員室に、教員間でコミュニケーションが活発に行われ、また日常、些細なことでも声か
けをし合える雰囲気があると、若手教員は安心して働ける。ミドルリーダーは職員室のムー
ドメーカーとして、雰囲気づくりを積極的に行うことを心がけ、若手教員が相談しやすい環
境を整えておくことが大切である。定期的に情報交換等を行い、若手教員に素早く対応でき
るようにしておきたい。
イ
困ったときに活用できる資料の整備
若手教員は、多忙にしている教員や世代間ギャップのある教員に、質問をしたり指導を求
めたりすることは難しいように思われる。そのため、随時、活用できる実践例や指導資料を
整備しておくことが必要である。ミドルリーダーやベテラン教員は、自身の実践を整理する
とともに、同僚教員に作成する趣旨を説明し、協力を求める。実践を分野ごとにまとめ、資
料化しておく。そのようにして作成された資料は、地域や子どもの実態に即した学校独自の
ものとなり、若手教員は有効に活用できると思われる。
ウ
若手教員のモチベーションアップ
ミドルリーダーは若手教員と先輩教員が協働で行う教育活動を計画し、推進していくこと
や、若手教員のモチベーションアップにつながる声かけや情報を提供することを大切にして
いきたい。
エ
若手教員を支援するマニュアルの作成
個々のミドルリーダーがそれぞれの指導法で若手教員の資質能力の向上に当たれば、若
手教員が混乱することが予想される。そのため年度当初、ミドルリーダー同士で、若手教
員の資質能力の向上につながる指導のポイントをマニュアル化し、資料化しておくと、一
貫した援助や指導が可能となり、経験の浅いミドルリーダーであっても安心して若手教員
の資質能力の向上に当たることができる。また、若手教員も安心して教育活動に取り組む
ことができ、ひいては児童も混乱することなく、学校内で一貫性のある指導体制が確立す
る。
マニュアルや資料作成を管理職やベテラン教員からの助言を得ながら行えば、ミドルリ
ーダー自身の視野が広まることになる。さらに30代~40代の教員もそのマニュアルを見て、
指導法の参考にすることができる。このような流れが結果として、大量退職、大量採用で
発生する50代の教員が培ってきた様々な教育実践を学校組織内でスムーズに継承すること
につながる一つの方法となる。
(ア)安定した学級経営基盤を作るためのマニュアルの内容と援助の在り方
マニュアルは、学級経営、教科指導、生徒指導において若手教員の資質能力の向上を図る
ものでなければならないと考える。
教科指導は安定した学級経営が基盤にあって行えるものである。まず、ミドルリーダーは、
若手教員の学級経営の安定化に向けた援助をしていく必要がある。
児童相互の好ましい人間関係を育てる学級経営は、あらゆる教育活動において有効に機能
するものである。例えば、学習ルールを確立することは、結果として児童一人一人に学力保
障することにつながる。平成21年、京都市総合教育センターが新採教員を対象に行ったアン
-4-
ケート結果の報告には、小学校教員の困りや悩みが多かった学級経営の内容として、「人間
関係づくり」に次いで「学習ルール」が挙げられていた(78%)。学習ルールの確立は、若
手教員にとって切実な悩みとなっている。学習ルールが確立していない状態では、計画通り
に授業が展開できず、授業が成立しない事態となる可能性がある。この「しつけ」ともいう
べき学習ルールの確立は、年度当初が大事である。そこでミドルリーダーは、学習ルール構
築に至るまでの指導や内容を整理し、それをマニュアルや資料として作成しておきたい。年
度当初の多忙な時期でも、若手教員に対してそれに基づいた援助がよりやりやすくなる。そ
れとともに、ミドルリーダーは若手教員が行う日常の指導の中で児童の様子を観察する力
が養えるよう、タイムリーに助言をしたり、話合いをもったりすることによって若手教員
の学級経営が安定するようにもっていきたい。
(イ) 教科指導におけるマニュアルの内容と援助の在り方
教科指導において、授業力向上は何より大切である。ミドルリーダーがまず、教科ごと
に示範授業をして、若手教員に授業の在り方を示し、説明してみせることが必要であろう。
また、若手教員の授業を観察した後は、十分な研究討議を行いたい。その際には授業展開
上、大切にしていく視点の共通理解を図り、その視点にそったチェック項目を作成しておく
ことも大切であろう。前もって授業観察記録用紙等を作成しておき、そこへ助言や感想を書
き、後日、若手教員へ届けるだけでも、授業力形成の一助となろう。
授業後の指導、援助の場で、時には有効なコミュニケーションスキルを用いて話合いを進
めればどうだろうか。例えば、コーチングのスキル、GROWモデルを用いた話合いを行えば、
授業の振り返りが促進され、次の授業に向けて若手教員がなすべき事柄が明らかになり、資
質能力の向上につながると考える。
これら以外に、先輩教員の授業を参観する計画を立てたり、若手教員が、学校外で研修す
ることを提案し、研究会等を紹介したりすることも大切な援助と言える。
(ウ) 生徒指導上のマニュアルの内容と援助の在り方
若手教員は生徒指導上の実践が乏しい。そこで、ミドルリーダーは若手教員と生徒指導上
の問題をシミュレーションし、ロールプレイを行えば、実践的感覚を養える。
平成19年、東京都教職員研修センターが作成した「初任者教諭育成に関する指導資料」
によると、約80%の指導教員が、初任者教諭は「保護者への連絡や苦情への対応」につい
て困難や課題と感じているようだったと答えている。
保護者に対応する場合には、瞬時の機転や判断力が求められるため、ミドルリーダー同
士でも、今までの経験に差がある。そこで、保護者対応における指導上のポイントを整理
し、その資料化や対応手順をマニュアルにしておけば効果的に支援ができると考えられる。
さらに、若手教員が懇談会、家庭訪問等で保護者と接する機会に信頼関係を築けるよう
助言等をすることも必要な援助と思われる。
6
(1)
ミドルリーダーのための若手教員育成マニュアルの作成について
マニュアル作成の目的
若手教員を育成するミドルリーダーが、これから職場に増えるであろう若手教員の資質能
力向上に、安心して当れることを目的にマニュアルを作成する。
(2)
マニュアルの内容
-5-
(3)
1
学級づくりへの支援
2
授業力向上への支援
3
保護者との関係づくりへの支援
マニュアルの構成とその使い方
マニュアルの各内容は、まず、基本的な考え方を示し、次に、若手教員の学級や児童の様
子を観察するチェックリストを載せ、最後にチェックリストに基づいたミドルリーダーが支
援する内容と方法を配した。
ミドルリーダーは、4月当初、このマニュアルを読んで、若手教員を支援する内容を確認
し合う。ミドルリーダーは、最初から全面的に支援を行うのではなく、若手教員が行う指導
の在り方や児童の様子を観察し、チェックリストに基づいて点検する。その結果、若手教員
への支援が必要と感じたとき、支援のポイントに基づいて支援する。マニュアルの中には、
ロールプレイを行って実践的感覚を育成する方法も示した。
なお、参考資料として、授業観察後、コーチングスキルを用いた話合いの進め方マニュア
ルや若手教員振返りシートを掲載している。
7
期待される効果
一つ目は、このマニュアルを活用して若手教員に援助や指導を行うことにより、若手教員
とミドルリーダーのコミュニケーションが活発になることが予想される。またミドルリーダー
同士、ミドルリーダーとベテラン教員間でも若手教員育成に関する情報交換や連携が活発にな
ることも予想される。そのことにより、教員間のコミュニケーションや連携が日常の教育活動
の場にもひろがるなどして、小学校組織の活性化が図れると期待できる。
二つ目は、このマニュアルを参考にして、校内のミドルリーダー同士による学校独自のマニ
ュアルを作成できる。作成過程でミドルリーダーが協議・連携を重ねれば、自身の実践が整
理できるとともにそのノウハウが自身にとって確かなものとなる。そのことでミドルリーダ
ーは若手教員育成に自信をもち、更なるリーダーシップの発揮が期待できる。
特に今回は、生徒指導上の課題は保護者対応に絞った形になっているので、それ以外にい
じめや不登校等多くの課題があるため、各校の実態に応じたマニュアルの補充を期待したい。
8
おわりに
ミドルリーダーのための若手支援マニュアルについては、これまで培ってきた自身のノウ
ハウや実践、さらに今年度、研修できた内容を入れながら作成した。拙いマニュアルであるが
是非、活用していただけたらと思う。
マニュアルは、各校の児童や地域の実態に、そぐわないところがあると思われる。適宜、修
正を加えていただき、各校、オリジナルのマニュアルづくりへとつながれば幸いである。
参考・引用文献
(1)
奈良県教育委員会(平成23年)「奈良県の教育」
http://www.pref.nara.jp/secure/46196/1-8narakennnokyouiku.pdf
(2)
奈良県教育委員会(平成23年)「奈良県の教育データ集」
http://www.pref.nara.jp/secure/46721/kyoiku.h23.zen.pdf#page=36
-6-
(3)
文部科学省
マネジメント研修カリキュラム等開発会議(平成17年)「学校組織マネジメン
ト研修~すべての教職員のために~(モデルカリキュラム)」pp.0-1-16~0-1-17
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kenshu/05031101/001.pdf
(4)
読売新聞(2009年11月28日朝刊)
(5)
西田晋(平成21年)「指導力の向上をめざした研修のさらなる充実を図るために-若手教員
の意識からみた研修ニーズ-」『平成21年度研究紀要
「一人一人の子どもを徹底的に大切に
する教育を推進するために」』京都市総合教育センターp.300
(6)
東京都教職員研修センター(平成19年)「初任者教諭育成に関する指導資料」p.0-1-16
http://www.kyoiku-kensyu.metro.tokyo.jp/information/kenkyuhoukoku_kiyou/houkoku_1
8_data/syonin-kiyou.pdf
(7)
木岡一明著(平成19年)『ステップ・アップ学校組織マネジメント』
-7-
第一法規株式会社