看護養成課程の大学化に関する研究

看護養成課程の大学化に関する研究−教育課程の多様性と接続関係−
キーワード:看護学教育,カリキュラム,臨床,コンピテンシー,ミニマム・エッセンシャルズ
発達・社会システム専攻
立石
和子
1.論文の構成
護師養成教育も比較していく。特に准看護師教育の中で
目
も微妙な位置にある、高等学校の衛生看護学科・専攻科
次
序章
第1 章
(以下専攻科)についても考察を行った。
看護養成課程について
ここで、看護教育と看護学教育について定義しておこ
第1節 看護師の立場
う。患者および家族などへの“看護”の教育を“看護教
第2節 看護学教育について
育”とし、看護専門職者への教育を“看護学教育”とす
第3節 日本における看護養成課程の大学化について
る。その場合に、
“看護学教育”は、教育内容および学修
第4節 仮説
者ともに人を対象とする、社会的変動および医療環境の
第2章看護学教育のカリキュラムの分析
変化に敏感に対応しなければならないため、時代的背景
第1節 看護学教育にかかわったカリキュラムの
理論的展開
第2節 看護養成課程の分析・比較
第3章 医療関係者からみた看護学教育の大学化に
関するインタビュー分析
を十分に踏まえた蓄積が必要である。田島(2002)は「“看
護教育”と“看護学教育”を円滑に機能させるためには、
看護学の教育にかかわる教育課程、教育方法、教育評価
などの確立・開発を行うための“看護学教育”の確立を
同時に論じていかなければならない」と指摘している。
第1節 看護養成課程の概念的枠組み
つまり、
“看護学教育”が、社会的なセッティングの中で
第2節 看護養成課程の高度化推進派
展開しており、そうした社会的文脈を踏まえたカリキュ
第3節 看護養成課程の再構築派
ラムの展開を研究していくことが重要なのであり、ここ
第4節 第3章のまとめ
に、
“看護学教育”を教育社会学的に研究するアプローチ
第4章 看護養成課程の今後の可能性
第1節 他の医療従事者養成課程との比較
第2節 看護養成課程における
ミニマム・エッセンシャルズ
終章
のポイントがある。
現在、看護学教育課程における、専門職としての看護
師のコンピテンシーや臨地の求めているものに関する研
究はほとんど行われていない。さらに、専攻科に関する
看護関係者の検討は少ない。それゆえ、本論文において
は、学士の教育課程の臨床との乖離を明確化し、看護師
2.研究課題
に必要なコンピテンシーについて論じた。
本論文では、看護学教育の高度化をめぐる課題を論じ
る。論点は、①現在の看護師のおかれている現状と問題
3.研究の背景
点、②看護師の専門性に関する課題、③多様な教育課程
1)看護系大学の増加
のカリキュラムの現状と問題点、④看護学教育の養成課
少子・高齢化社会は、18 歳人口の減少をきたしている。
程の大学化に関する問題点、⑤看護学教育の高学歴化に
「大学が淘汰」されようとしているとき、1991 年にはわ
よる臨床との乖離に関する問題点、⑥看護学教育課程の
ずか 11 校であった4年制の看護系大学(単科大学だけで
今後の課題と可能性
なく総合大学の看護系学部を含む)は、2002 年に 100 校
の6点である。
看護師になるための、看護学教育課程は現在も多様な
を超え、現在も、看護系大学は増加し続けている。
「看護
制度枠組みのもとで行われている。このように様々な看
職員需給見通し」によると、平成 17 年には 130 万人前後
護学教育において不可欠で必須な教育(ミニマム・エッ
で概ね、需給が均衡する見通しである(看護関係統計資
センシャルズ)は何であるか、現在の看護学教育の問題
料集 2002)。すなわち、急速な看護学教育の大学化に
点はどこにあるのかを、看護学教育課程を見据えながら
よって、看護需給はほぼ均衡することになり、その質
論じる。また、看護養成課程で話題となっている、准看
的な充実が次の課題という段階に入っている。看護学
教育の急激な大学化は、むしろ、現場の混乱状況を招
いているともいえよう。
大学化は、一般的に考えて授業時間が増し、専門分野
あるいはカリキュラム等を提供していただいた学校、ま
たインターネットにおいてシラバスなどを公開している
学校である。
だけでなく、一般教養を獲得し、研究的視野を形成する
仮 説 2に対しては第 3 章において、医療関係者からみ
ための余裕を持っていると期待されている。しかし、1991
た看護学教育の大学化に関するインタビュー分析を行っ
年に保健師助産師看護師養成規則(以下指定規則)におい
ている。看護学教育の大学化について、現状の政策的な
て3年課程で 3,375 時間から 3,000 時間へ減少し、臨地
議論の中では現場の意見は断片的にしか聞かれていない
実習時間も 1,770 時間から1,035 時間と大幅に減少した。
ため、本論文では、幅広い関係者へのインタビューを通
2)准看護師問題
して、学卒看護師に対する評価を検討している。
2000 年の時点で看護師 67 万 9,955 人、准看護師 41 万
急速な看護学教育の高等化は、新卒看護師へ変化をも
8,352 人である。日本看護協会の立場からは、准看護師
たらしている。特に、看護技術面においては、ほとんど
制度を廃止し、看護の専門化を目指している。そして、
実施できないのが現状である。また、目的意識の欠如か
2002 年度より准看護師の教育制度が見直され、准看護師
らか就職後1年以内の離職率が高いことが近年問題とな
指定規則による授業時間の増加から逐次 5 年一貫課程へ
っている。このような現状は、大学教育のどの部分に原
と変更されていく。しかし、現在准看護師として働いて
因があり、また現場は大学教育に何を求めているのか、
いる人々への看護師への「移行教育」が明確な方向を確
現場と大学教育との乖離および看護学教育に必要な教育
定できないまま、准看護師過程の教育制度の変更がなさ
をインタビューにて明らかにしている。対象者として看
れている。今後、専門職としての看護師としていくには、
護師とともに働き看護師に対し指導的立場にある者、あ
この准看護師問題へ取り組む方向性を明確化するととも
るいは業務上かかわりを持つことがある者を対象とし、
に、共有していく必要があろう。
なるべく、多様性を持たせるようにした。
そこで、仮説として以下の2点を挙げた。
仮 説 1:現在ある各養成課程のカリキュラムは、「看護
学教育の高等化」にふさわしい進化を遂げているのだろ
5.研究の視点
第 2 章 において、看護学教育だけでなく、高等教育カ
うか。
リキュラムの理論的考察と比較分析を行っている。ここ
仮 説 2:学卒者に対する、大学教育が持っている利点と
では、まず教育学的理論家をとりあげ、「教育」の構造
しての教養教育の充実と理想の看護師像へと接近してい
について検討を行った。次に、日本の看護学教育が大き
るのか。それとも、逆に問題点として、学歴だけに頼っ
な影響を受けている、アメリカの看護教育について述べ
て本来学ぶべき人間性が育成されていなく、目的意識の
て、看護学における理論家の展開を教育学の理論家と照
欠如があるのではないか。
らし合わせた。
特に、アメリカの看護学教育に影響を与えた、行動主
4.研究の方法
義であるタイラーの原理(1949)およびブルームの形成
仮 説 1に対しては第 2 章において、トーレス&スタン
的評価(1971)「教育目標の分類」に注目した。1990年
トン(1988)が論じる、理論的な看護へのアプローチと
頃よりはノディングスの『ケアリング』(1984)と変わ
しての教育課程に焦点をあて、
その知識が一般化を促す、
っている。これらから看護学教育の“キュアからケア”
統合カリキュラムが実現されていなければならない。現
への流れであり、行動主義モデルから解釈批判モデルへ
実の養成課程をこの統合カリキュラムという仮説から検
の変化と考えた。
討している。
ここでは、専門職業人教育と大学教育をあわせ、高等
6.結果
教育機関として、それぞれの看護学教育課程が自らの位
看護学教育は、教育学や社会学の理論家に支えられ、
置・役割をどう考え、どのような教育理念、教育目標、
社会変化・要請や医療情勢に対応できるように、より人
カリキュラムを設定して教育を行っているのか、養成課
間的な教育へと変化を告げる必要性が問われていると考
程の事例研究を行い、各養成課程の特徴を明確化してい
えた。第 2 章においては実証的な分析のために、シラバ
る。調査対象には、大学から高校までの看護師養成課程
スを集め、教育理念・目標・カリキュラムを材料として、
と准看護師養成課程すべてを含めた。調査資料として収
4つの軸から分析している。分析方法は、看護学教育の
集したのは、研究目的を説明し協力を得られ、シラバス
カリキュラムに造詣の深いトーレス&スタントン
(1988)
、
ベヴィスの理論(1984)、および大学基準協会(1994)の論
これらの結果をまとめると、大学、短期大学において
文を参考としてそれぞれ検討した。第4軸は、看護大学
は、高等教育機関としての役割を果たせるような、カリ
教員に分類を依頼し、
分類の違っている部分は討議した。
キュラムが作られている。第4軸の分析結果からも、大
【カリキュラムの分析結果】
学においては統合カリキュラムが実現されていた。
第 1 軸「各課程におけるオプションの大きさ」に関して、
第 3 章においては、看護学教育の大学化が、臨床でお
選択科目が組み込まれていたのは、大学、短期大学であ
こっている現状について、これまでの議論からインタビ
り、養成所、専攻科は、指定規則のみであった。特に教
ューを分析し、今後の可能性を検討している。
養科目に関しては総合大学で選択の幅がみられた。
インタビューは、男性8名、女性10名の合計18名であ
第 2 軸「垂直軸と水平軸による対象・健康レベル・リー
った。勤務場所は、大学病院、総合病院、単科病院、開
ダーシップ・研究と学習年月の関係」(トーレス&スタン
業、特別老人施設、保育園、医療機器業者であり、職種
トン 1984)は、すべての養成課程で、教養科目がほぼ2
は、医師4名、看護師7名、コ・メディカル2名、保育士
年間で教えられ、同時に看護専門科目も少しであるが最
2名、その他3名であった。インタビュー期間は2002年
初の2年間でも教えられる漸進型のカリキュラムとなっ
7月∼11月で、半構成的面接を60分∼180分実施し、学士
ていた。「健康レベル・リーダーシップ・研究」につい
卒の看護師のことを中心的に語っていただいた。インタ
ては、専攻科は入門程度であり、養成所は「研究」の概
ビューしたものは、
逐次録を作成した。
その内容整理後、
論まで、短期大学は学んだことを臨地実習で活かす機会
各対象者に内容の確認を行った。その後、内容を解釈し
が与えられている。大学は、基本的なものは終了し、次
文脈毎にコーディングを行い、看護養成課程の大学化を
の段階である大学院に結びつくようなカリキュラムが組
めぐる意見・立場に応じて、
看護養成課程の高度化推進派
み立てられていた。
と再構築派に対立させ比較・分析した。
第 3 軸「学士と3年課程の比較」は、短期大学では「高
【インタビュー結果】
等教育が目指す資質」である、①自立・責任性、②分析
大学化に関しては、医師がもっとも望んでいた。しか
的・科学的思考、③オートノミー、④倫理性、⑤柔軟性・
し、
医師は
「自分が開業して看護師を採用するとしたら、
国際性が備わっていた。養成所、専攻科は、‘科学的根
准看護師あるいは大学を出てない看護師でよい」と口を
拠’は含まれているが、「3年課程看護基礎教育の到達
揃えて言っており、ここには、賃金問題やクリニックの
目標」でさえ十分に満たされていなかった。
場合、准看護師でも業務内容が十分であることが理由で
第 4 軸「教育課程と学習のタイプ」を『ケアリングカリ
あった。それに対し看護師は、大学化に関して慎重な態
キュラム』
(ベヴィス 1984)では、
6つの学習のタイプ(項
度をとっている。臨地の看護師には、看護大卒との勤務
目・指示的・合理的・文脈的・統語的・探索的)に分類してい
経験がないものもおり、特に急速な大学化に対し戸惑っ
る。指定規則(看護師)の場合、臨地実習が全体の31%(23
ていた。その看護師たちの意見は決して、大学化に反対
単位/93単位)を占めているため「統語的学習」の割合が
ではないが、高学歴化することによる利点が表出できる
多い(図1)。専攻科は、学問を統合する「探求的学習」
ような教育を求めていた。
が少なく、養成所は、概論である「合理的学習」が多か
次に、「専門職としてのコンピテンシー」について推
った。短期大学は、概論と実践が結びつけられる「文脈
進派は、大卒者には、「学際的な考え方」「問題解決能
的学習」が多く、専門的知識が教えられていた。大学は、
力」「分析力」は備わっている。再構築派からは「仕事
「教育的学習(文脈的・統語的・探索的)」が多く、より
をすることへの心がまえや十分な体力」「チームの中で
理論的で学問的なカリキュラムが形成されていた。
仕事を遂行する能力」「話し言葉によるコミュニケーシ
50
%
ョン能力」が備わっていない結果となった。
図1 第4軸による各養成課程の分類
「看護師の地位」は、現在においても決して高いとは
40
いえない。推進派である、特に医師が、看護師の地位の
30
確立を願っていることから、看護師は、医療チームの一
20
員として協働する姿勢を振返る必要性がある。それに対
10
して、再構築派である医療従事者は学歴による階層化へ
0
項目
支持的
合理的
大学
養成所
アメリカにおける学士
文脈的
統語的
探求的
短大
専攻科
の不安を表出している。また、看護学教育が大学化する
際に、看護師の地位向上、プライドが先行し看護学教育
が見逃している点への危険性が指摘された。看護学教育
の大学化というような教育課程に注目している結果では
ては、学力低下が問題になり新学習指導要領(2002)に
ないかと考えられた。
おいては学習内容が3割削減されている。このような現
最後に、推進派から「教育の高度化」により、統合カ
状においても、看護学教育は、生涯教育のひとつとして、
リキュラムのため看護師と保健師国家試験受験資格が可
養成所を活用するか、早期職業教育として専攻科を魅力
能なことから、卒業後の職業選択の幅の広がりに対する
ある課程にしていかないと、再度看護師不足となる可能
利点と、さらに学士という高等教育を受けてきたことに
性も十分にある。すなわち、増加し続けている看護系大
対する期待があった。しかし再構築派の看護師たちは、
学・学部の生き残りではないかと考える。
養成所では不十分であることは実感しているが、他にも
さらに、看護学教育は大学化するだけでなく、如何に
方法もあるのではないかと試行錯誤していた。看護学教
高等教育としての質を確保できるかが大切であると考え
育を長期化するか、あるいは、短期大学にて、卒後教育
る。また、看護学教育は学歴だけでなく、看護師として
を充実させるかである。さらに、医療関係者は、教育課
のコンピテンシーを得る過程の必要性もある。これは、
程よりも教育内容の充実を求め、“患者中心の医療”が
看護師が専門職として確立するもっとも重要なことであ
大切であることを強調している。
ろう。だからこそ、大学教育が持っている教養教育の充
以上のことから、看護学教育の評価をする手段の一つ
実は、理想の看護師像への接近や人間性の育成が可能と
として、卒業生のコンピテンシーを評価することで、看
なり、また目的意識の欠如を解消できるのではないかと
護の大学化の評価ができることが示唆された。
考えた。
これまでの結果を踏まえて、第 4 章においては、他の
これらの結果より、看護学教育のミニマム・エッセン
医療従事者養成課程と比較している。医療関係のカリキ
シャルズは、高等教育機関としての教養教育、専門職に
ュラムあるいは指定規則をそれぞれ対比させた結果は、
必要なリベラルアーツだと考えた。すなわち「書く:
専門基礎の部分は、共通にすることが可能であり、それ
write」
「読む:peruse」
「話す:speak、consult、narrate」
は必要なことである。さらに医療従事者は「人の命」に
を基礎とした、
「人の命」に関わるために必要な知識と、
関わる職業であるため、職業体験は必要なことであり、
人間形成のための基盤をつくることである。現在の過密
学問に対するモチベーションを高めるためには不可欠で
なカリキュラムにおいては、カリキュラムの構成がよい
あることから、入学早期より、インターンシップやボラ
としても、実際学生がどのくらい咀嚼しているか問題で
ンティア等により職業意識と、人間性の育成を行ってい
あるため、
「ゆとりの教育」が必要であろう。
く必要性があると考えた。
本論文においては、看護師に必要なコンピテンシーを
また、専攻科を中心とした、大学との接続に関しては、
一般化することはできなかった。これを明らかにするこ
多様な養成課程が独自の利点を活かすことを考えるほう
とは、看護学教育に必要な教育を明らかにすることでも
がよいだろう。大学では幅広い教養と理論的に考える力
あることがわかった。
を得、短期大学の場合は卒業後すぐに臨床に行くことも
今後の課題として、専門職業としての看護師に必要な
可能であるし、さらに進学するなど接続可能な教育であ
コンピテンシーの育成のために、如何にカリキュラムを
る。養成所の場合は、社会的背景からも職業教育機関と
作成し、さらに、教育側は、教育理念・目標を達成でき
して、他学部の大学卒業生等を受け入れ専門職業人とし
るようにカリキュラムを如何に実行していくかである。
ての技術面を中心とした教育である。さらに、専攻科は、
順次5年一貫教育となるため、日下(2002)のいうよう
7.主要引用文献
に高等専門学校にしてはどうであろうか。人間形成が未
・田島桂子 2002 『看護実践能力育成に向けた教育の基
熟な時期の看護学教育は問題にされている。しかし、専
攻科の5年一貫教育の卒業生が、大学への編入資格が得
られるようにして、他の職業も選択できるようなカリキ
礎』 医学書院
・トーレス&スタントン 近藤潤子,小山眞理子訳 1988
『看護カリキュラム‐その作成過程』 医学書院
ュラムに変更してもよいと考える。看護教育が、専門職
・ベヴィス,ワトソン 安酸史子監訳 1999 『ケアリング
業教育として 100 年以上の歴史を得てきたために、結局
カリキュラム−看護教育の新しいパラダイム』 医学書
は職業教育の域をでていないようであり、このことは、
院
教育側の意識の変革が求められていた。
社会背景においても、少子高齢化となり、18 歳人口が
今後さらに減少するであろう。さらに、義務教育におい
8.主要参考文献
・安彦忠彦 1985 『カリキュラム研究入門』 勁草書房
・佐藤学
1996
『教育方法学』
岩波書店