平成26年 3 月号 情報・資料 オーストラリア・クィーンズランド大学滞在報告 もの創造系領域 助教 湊 亮二郎 1 .はじめに 本学のH24年度在外研究派遣事業より,H25年 3 月か らH25年 8 月まで豪クィーンズランド大学,極超音速セ ン ター(Centre for Hypersonic)に て 6 カ 月 間,在 外 研究に行って参りました。 クィーンズランド大学はオーストラリア,ブリスベン にあり,そこでは,SCRAMSPACE 1という固体燃料ロ ケットブースターを利用した,スクラムジェットエンジ ンの極超音速飛行実験プロジェクトを行っており,その 研究リーダーであるRussell Boyce教授のところで,研 究に従事致しました。 2 .SCRAMSPACE 1に関する研究について 在豪中の研究テーマは飛行実験機の最適システム設計 に関する研究でした。スクラムジェットエンジンはマッ ハ 5 から10くらいで(マッハ数とは気流速度と音速との 比を表す無次元数で,マッハ 5 以上になるとHypersonic つまり極超音速といいます。 )作動可能なジェットエン ジンですが,同時にスクラムエンジンの実験を行うには, 同じ気流マッハ数環境下で実験を行う必要があります。 地上での実験設備を用いて,スクラムジェットエンジン の試験に必要な飛行環境を再現することは容易なことで はありません。クィーンズランド大学では,衝撃風洞と 呼ばれる風洞設備を用いて,スクラムジェットエンジン の燃焼実験を行っていますが,試験時間が1000分の1秒 のオーダーでしか得られないので,十分な実験をするこ とができません。 SCRAMSPACE 1では,飛行マッハ数 8 の条件をター ゲットに絞って,スクラムジェットエンジンの性能を飛 行実験によって検証することを目的としています。次の ページにSCRAMSPACE 1が一般公開されたときの機体 の写真を示します。機体先端の中心にインテークがあり, その奥にスクラムジェットエンジン燃焼器があります。 この飛行実験では,地上からロケットで実験機を打ち上 げて,高度300kmの高度まで上昇し,その後,地球の重 力によって大気圏再突入していきます。高度30kmくら いになると飛行マッハ数が 8 程度になり,そこで実験機 に取り付けられたスクラムジェットエンジンに燃料が噴 射され,燃焼試験を行い,データを取得します。試験時 間はわずか数秒程度ですが,地上試験と比較して1000倍 以上の試験時間が確保できます。また実際の飛行環境下 で試験ができますので,地上試験よりも遥かに価値のあ るデータを取得することができます。 飛行実験機の設計には非常に多くの設計条件(制約条 件)があります。例えば大気圏再突入するまでの間,実 験機の機体軸方向は進行方向に対して 1 °以内の誤差に 保つ必要があります。もし誤差が大きくなるとすぐに機 体の姿勢バランスが崩れて安定な飛行が出来ず,エンジ ン燃焼試験は不可能になってしまいます。機体の姿勢安 定を保つ鍵となるのは,機体先端の形状とインテークの 空力形状です。しかし安定性を優先させるような形状に すると,機体内部の空間に影響がでて,飛行実験を行う のに必要な燃料供給バルブ,計測機器,通信機器等の配 置の配置が困難になってしまいます。また大気圏再突入 時の機体の姿勢制御を行うのは,機体後方に取り付けて ある方向舵です。しかし姿勢安定性と方向舵の制御性は 互いにトレードオフの関係にあります。 クィーンズランド大学St Luciaキャンパスの風景 - 8 - 平成26年 3 月号 情報・資料 一般公開されたSCRAMSPACE 1の飛行実験機 このように航空宇宙機の設計では,非常に複雑且つ高 度なシステムであるため,設計パラメータが数多く存在 します。同時に複数の設計制約条件を満足させなくては ならず,且つそれらが複合的に関係しているため,最適 な設計パラメータを選択することが極めて困難です。こ のような問題を解決する方法として,遺伝的アルゴリズ ムが有効です。遺伝的アルゴリズムでは優れた親となる 個体(設計パラメータ)から子となる個体を産み出し, 最適解を探し出すのですが,個々の個体について,評価 関数を求める必要があります。しかし場合によっては評 価関数を求めるのに計算負荷が過大になる場合がありま す。例えば,機体の空力形状を最適化するのに,CFD (数値流体力学)で空力性能を評価する場合がそれに該 当 し ま す。こ の よ う な 事 態 を 回 避 す る 方 法 と し て, Surrogate Modelを利用した遺伝的アルゴリズム (SAGA, Surrogate Assisted Genetic Algorithm)が あ り ま す。 Boyce先生の研究所では,これを用いてSCRAMSPACE 1の空力設計の研究をやったことがあります。私もこの 手法について学び,今度は空力だけでなく,構造や制御 などより広範に設計パラメータを考慮する手法に挑戦し ていました。普段私は推進工学分野を研究していますが, オーストラリア滞在中はこのようにあまり触れたことの ない最適化計算について研究していました。それだけに 慣れないところもあり,滞在中にRoyal Melbourne 工科 大学に行って,そこの日本人研究者と研究打ち合わせを やって,いろいろ援助してもらったこともありました。 本学の航空宇宙機システムセンターでは, 『様々な要 素を統合する高度なシステム技術開発』を目標に小型超 音速飛行実験機オオワシの飛行実験研究が進行中です。 オオワシの設計でも空気力学,推進エンジン,機体構造, 誘導制御などの要素が複合的に連係しており,その中か ら最適解となる設計パラメータを見つけることが鍵と なっていきます。オオワシのような小型無人機であって も,様々な技術要素を盛り込んでいるため,非常に複雑 なシステム構成になっています。そのため遺伝的アルゴ リズムプログラムだけで,最適な設計仕様がすんなり決 まるという訳にはいきません。プロジェクトチーム内で - 9 - 何度も打ち合わせをやって,試行錯誤を繰り返しながら, 設計仕様を決めて行かなくてはなりません。しかしなが ら要素レベルの設計では有効な手法と言えます。 半年間という限られた『時間的制約条件』の中から, 最適な研究成果(?)を見出すのは,航空宇宙機の設計 と同様,難しいことでしたが,滞在中に何とか簡易版の プログラムを作成しました。帰国後,私は『オオワシ』 の研究プロジェクトで推進エンジン関係の研究を進めて いますが,クィーンズランド大学滞在中に研究した手法 を,オオワシに搭載されるエンジンのインテーク・ダク トの空力形状設計に早速適用して設計を進めています。 このインテーク・ダクトは2014年度中に風洞試験を行っ て性能評価を行う予定です。 3 .直に触れたオーストラリア人の日本観 オーストラリアに行って,一番驚いたことは,一般の 市民の中に親日家が意外にも多かったことです。オース トラリアは英連邦国家の一員であり,歴史的,文化的に はイギリス(欧州)やアメリカとのつながりが深いので すが,戦後は比較的地理的に近く,経済的な結びつきか ら日本との関係が深くなっていきました,日本の高校で は外国語は英語ですが,オーストラリアの高校では複数 の言語から外国語科目を選択します。その中でも,日本 語を選択する生徒が一番多いようです。また北海道のリ ゾート地にはオーストラリア資本が進出して,多くの オーストラリア人観光客が来ていることはよく知られて います。 Boyce先生自身も日本の東北大学で研究されたり, JAXA(宇宙航空研究開発機構)で共同試験を行ったこ とがあります。Boyce先生の研究室のポストドクター研 究員に,Daniel君という日本に留学経験があり流暢に日 本語を話す方がいました。彼に日本語を学ぶきっかけを 尋ねたところ,彼の父親は銀行員で,日本企業と仕事す ることが多かったそうです。しかし彼の父親曰く『英語 が流暢な日本人は,日本語が流暢なオーストラリア人と 同じくらい少ない(!)』だそうで,言葉で苦労されて いたようです。自分が日本語を流暢に話せたら将来役に 平成26年 3 月号 情報・資料 立つのではないかと考えたことがきっかけでした。例の JAXAでの共同試験にDaniel君も参加されたのですが, 彼の日本語は非常に役に立った(Boyce先生談)そうで す。 市内のカフェで注文した時のカップ 上の写真はブリスベン市内のカフェでカフェラテを注 文したときのカップです。オーストラリアでは,カフェ で注文すると名前を尋ねられます。注文ができあがると, 写真のようにカップに名前を記入して,客に渡します。 こうやって注文の取り違いを防ぐ訳です。カップには Minatoではなく,『みなと』と記入されています。ここ の店員さんはクィーンズランド大学の学生で,アルバイ トでこのカフェで働いていました。日本語が少し話せる ようで,私が日本人と分かると日本語で応対してくれま した。 この店員さんとはその後,何度か会うことがあ り『いらっしゃいませ』と挨拶してくれたり, (英語に は『いらっしゃませ』に相当する挨拶がありません。) 私も日本語で注文したり,応対してもらったりしたこと もあります。その他にも何人も高校で日本語を勉強した という方,北海道でスキーや登別温泉に行ったことがあ るという方に会いました。 日本に興味を持つようになったんだよ。私は, 若 い 頃 ジャーナ リ ス ト を し て い て Emperor Hirohito(昭和天皇)にインタビューしたこと があるよ。』 このように,その老紳士の方と話をすることがありま した。日本の歴史やクィーンズランド大学で行っている SCRAMSPACE 1について尋ねられたものです。彼は, 日本語は全く話せませんでしたが,いつも日本のことを 『日 本 と ギ リ シャは,世 界 で 最 も 美 し い 国 だ。ギ リ シャは治安が良くないけど,日本は治安が良く安心でき る。何の心配もいらない。』 『奈良に大きな大仏があるだろ?あれは確か752年に建 立されたんだよね。私は何度も行ったことがあるよ。他 にも京都,金沢,どこも素晴らしく美しい街だった。 』 などと言っていました。彼はスコットランドからの移 民の子孫だそうですが,故国スコットランドよりも日本 の方に親しみを感じるとも言っていました。日本を美し い国だと言っている政治家もいますが,私はこの老紳士 の方に言われて初めて日本が美しい国だと認識したよう なものです。 オーストラリアを去る時に, 『きっとあなたの前世は 日本のサムライだったのでしょう。』と冗談を言ったら, 笑って『そうだ,私の前世はサムライだね!』と返して くれました。逆に,私は日本人で,ここまでオーストラ リアや他国に対して親近感を抱いて接している人はいる のかなと思い返しています。 6 か月間という限られた期間ではありましたが,今後 の研究に役立つ有意義な研究生活を送ることが出来まし た。今後は,この経験を室蘭工大で進められている小型 超音速無人実験機の研究プロジェクトに役立てて行きた いと考えております。 ここで,私が在豪中に会った,最も印象的な親日家を 紹介します。私は滞在中シェアハウスで部屋を借りて住 んでいたのですが,そこにある老紳士が住んでいました。 私が日本人だとわかると,いろいろ日本のことについて 話しかけてきました。 老紳士:『君は,日本から来たのかね。君は源氏物語や 三島由紀夫を読んだことがあるかね。源氏物語 の作者は確か紫の上・・・』 私: 『源氏物語の作者は紫式部ですね。紫の上は源 氏物語に登場するヒロインですよ。 』 老 紳 士:『あ あ,そ う だった ね。私 は 大 学 時 代 の 友 人 が日本文学を学んでいて,その友人の影響で - 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