留学体験談 - 北海道大学

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留学体験談
ここに掲載している体験談はほんの一部です。
その他の体験談については、本ハンドブック41ページで説明したTRANS JAPANを参照して下さ
い。
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北海道大学農学部森林科学科 木質生命化学研究室 4年 井上 周也
∼留学生活全般について∼
想定外のフランス留学、それは僕にとって大きな決断であり、そして新世界へのチャレンジでした。
2年次の夏休み、高校生の時から考えていた英語圏への留学を3年次にしてみようと思い国際本部へ行
くと、10月までにTOEFLのスコアといろいろな書類が必要である旨を伝えられ、もう手遅れである
ことを悟りました。しかしどうしても学部生のうちに語学留学はしたい思いがありしばらく悩んでい
ると、ここで事務員の方から一言、「英語圏でなかったら資格はいらず先生の推薦書だけでいいんで
すけどね∼」。そこで1年次に基礎外国語科目として仏語を受講していたことを思い出し、もともと
言語を学ぶことは好きだったので、英語以外にコミュニケーション・ツールが増えることに魅力を感
じ、交換留学先としてフランスを選びました。しかしたかが1年間週2回の授業を受けただけでは話せ
るようになってるわけがなく、しかもすでに学び終えて半年経っていたので全て忘れており、言語と
しては実際0からのスタートでした。そしてその後も、ヨーロッパならわからないときは英語でもな
んとかなるだろうとタカをくくっていたこともあり、仏語の勉強もゆっくりとしていこうと悠長に構
えており、さらに留学に当たり様々な準備が必要でいろいろな手続きやたらに時間をとられていると、
あっという間に時間が過ぎ留学開始日となってしまいました。
フランス到着後は案の定、自分の甘さが身にしみてわかりました。まず学校・寮・滞在許可証・銀
行口座開設・・など、これからの新生活に必要な諸手続きを全てフランス語でしなければならず、非
常に苦労しました。しかしフランスに着いてすぐの頃日本からの他の留学生達と出会い、彼らとの情
報交換や仲間のいる安心感に非常に救われました。外国で日本人と友達になってどうすんだよ、と思
う人もいるかもしれませんが、初めの不安な時期での情報交換は非常に有効ですし、同じ志を持って
来ている者どうしの出会いはまた特別なもので、これから一生の友に成る可能性があり人脈を広げら
れるという点からも、日本人同士の交流も度を過ぎて日本語ばかり使わないのであれば悪くはないと
思います。
さて、学校では前期(9月∼12月)は大学併設の語学学校に通いフランス語の習得に全精力を注ぎ
ました。と言っても、フランス語でフランス語を教えられるのでさっぱり理解できず、初めは本当に
苦しかったです。しかし各国からの同じクラスメイトの留学生達や先生方に、積極的にわからないな
がらも必死に伝えようと毎日自分から会話をしに行っていました。さらに自分の仏語力を上げてくれ
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る存在となったのが、日本のことが大好きで、日本
に興味を持ってくれるフランス人の学生達です。こ
の大学には日本語学科が存在し数百人の生徒がここ
で日本語を学んでおり、その生徒達との交流イベン
トが幾度かあったのでそこで多くの友人を作ること
ができました。その友人たちと日々話すことで、自
分の言語力は自分が実感できるくらいに向上しまし
た。僕の言語力を向上させることができたのは間違
いなく彼らのおかげであり、彼らには非常に感謝し
ています。
後期(1月∼5月)は学部に所属し、そこの正規
学生と共にいくつか授業を選択して講義を受けまし
た。ここで自分は新たにショックを受けました。前
期で習得したはずの仏語会話、当然授業もある程度
理解できると思っていたのですが、講義中に先生が仰る内容がほとんどわからなかったのです。少し
考えればわかることだったのですが、専門科目の授業ではその分野の専門用語が数多く使用され、普
段と意味の違う使われ方をする単語がたくさんあったりするので、それらを知識として頭に入れてお
かなければ全く意味がわかりません。それらの専門単語をふんだんに用いた文章を耳だけで聞いて理
解するのは、当時の自分には非常に難易度が高いことでした。これらの専門的な単語は友人との会話
の中から自然に学べるものではなく、やはり机に向かって覚えないといけなかったのでこれが自分に
とって一番辛かったです。さらに、これらの単語を苦労して覚えても会話で使う機会がないので、自
分の語彙として定着させるのがなかなか大変でした。
ここまでざっくりと学校関係の話をしてきましたが、この一年間の間に休み期間もたくさんあった
のでフランス内の都市はもちろん、ヨーロッパ内の国々への旅行やファームステイなど、価値有る経
験がたくさんできた一年間でした。旅行での出来事やファームステイなどについても詳しく伝えたい
のですが全部書いていたらキリがないのでここでは書かないことにします。今回の留学において、交
換留学生として非常に有意義で充実した生活を送ることができ、多くの人々に出会い、非常に得るも
のの大きい経験ができたと自負しています。留学先を悩んでいた当時に英語圏を選択していれば、そ
ちらはそちらでまた違った世界で別の経験ができたかもしれないですが、しかし今僕がはっきり言え
ることは、フランスに留学することができてとても幸せでした。
そして今回の留学において、経済的・精神的な面で支えてくれた家族をはじめ、情報提供や海外で
の生活に関するアドバイスをいただいた国際本部の方々、また自分の留学を後押ししてくれた友人た
ち、さらに数えきれないですが自分の留学に関わって支えてくださったすべての皆様に深く感謝致し
ます。本当にありがとうございました。
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農学部2年 松尾 知晃
北海道大学短期語学研修プログラム
(ニュージーランド・オークランド大学2012/08/27 ‒ 09/14参加)
セカンドステップとしてのサマープログラム
1.
参加動機
私は、
1年生の終わりの夏休みに、
FSP
(ファーストステッププログラム)
に参加し、
ラオス及びシンガポ
ールを訪問した。そして、
日本では自分は少しは英語ができる方だろうと思っていたことに対する反省と、
英語を使って仕事をしたり現地に住んだりするには全く歯が立たないのだろうなという認識を、
日本に持
って帰ってきた。
当初は英語学習を目的に海外に、
しかも短期で行くのは意味がないだろうと思い嫌だったのだが、少
しは慣れないとどうにもならないだろうということで、
結局行くことにした。
2.
オークランドでの生活について
オ ークランドは N Z 最 大 の 都 市 で 、とても
multi-culturalな環境であった。至る所に中国
語、韓国語、
日本語のレストランがあり
(但し多く
の日本食レストランは韓国人経営で、味は微妙)、
ここはアジアのどこかではないか?と錯覚するほ
ど。道を歩いている人々の人種も白人、
アジア系
(中国系が多い)、
ヒスパニック、黒人と様々。アメ
リカなどと比べて、
白人優位な社会ではないように感じた。
バス網は充実しており、
中心部のバス停にはバスが来るまでの時間を表示する電光掲示板が設置して
あり便利。
しかし、
バス停に名前がなく、
アナウンスもないので、
降りたいバス停の場所を自分で覚えてお
き、バス停が近づいたら自主的にベルを鳴らさなければ降りられないというなかなかシビアな面も。日
本のバスサービスを見習ってほしいと思った。
3.
クラス
初日にクラス分けテスト
(grammar, writing, interview) があり、
その結果5つのレベルに割り振ら
れる。私の結果は2つ目と3つ目の間で、
「どっちが良いか?3つ目の方が良いかもしれない」
と先生に言
われたのだが、
2つ目に入れてもらえるよう頼んだ。結局2つ目に入ることができ、
結果的にとても良かっ
た。3つ目∼5つ目は、
日本の長期休暇にかぶっていることもあり、
ほぼオール日本人。一方、2つ目は半
分かそれ以上が他国籍の人で、授業中に日本語を耳にする必要はなかった。1つ目にはほぼ日本人はい
なかった。来ている人は様々で、
ブラジルから英語を学びに来ているおばさん、ベトナムの政府から派遣
されている20代後半の公務員たち、NZの大学院に進学する予定で、
もう中国には帰りたくないと言う
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中国の女子学生などなど。1か月以内の
“超”
短期間で来ているのは日本人学生くらいだった。
ここまでの
話は全てgeneral courseについてだが、
それとは別に英語圏大学進学希望者用のacademic course
なるものがあり、
そちらにはもっといろいろな国の人が長期間いるようだった。
4.
授業内容
8:30∼10:30の1つ目のクラスは文法、単語中心で、内容自体は日本人には割と簡単なものだった。
特に単語については、
圧倒的に日本人の方がよく知っているということを実感した。ただ、
問題は、
それら
を英語で説明され、
また時には英語で説明するということだった。単語を、それ自体を言わずに説明から
推測するゲームや、
文法についてのプレゼンテーションは、
勉強になり、
楽しかった。
10:45∼12:45の2つ目のクラスはもっとリラックスした雰囲気で行われた。本当はtopicと
businessから選べたはずなのだが、人数の関係からtopicになってしまった。毎週animal, tripなどの
テーマがあり、それに沿って自分の経験をパートナーに話したりして、そこそこspeakingとlisteningの
勉強になった。
午後に週2回、オプションのクラスがあり、1つ目と2つ目のクラスの合同で行われた。current
eventsというタイトルの日は、先生が適当にニュースを選んできて、それについて意見を述べ合ったり
した。1つ目のクラスの人たちの速さ&ベトナムなまりについていくのが大変で、結構きつかった。一度、
日本の天皇制について意見を求められ、
話し終わってから、
もっと言えることがあったのにと後悔した。
5.
ホームステイ
ホストファミリーは60歳前後の夫婦で、2人の子供はもう独立しているそう。よくホームステイを受け
入れているらしく、
とても気さくな2人で、
よくジョークを言ったり、
色々な会話をしてくれたりした。
ドイツ
人青年が一緒にホームステイしており、彼は英語がとても上手だったため、いつも夕飯時は両親と彼の
会話を聞きながら、
たまには口を挟んだりして、
とても良い会話練習になった。1週目は単語が聞こえる
程度だったが、2週目からは文章として理解するよう努力し、少し聞けるようになったのを実感した。食後
には、大抵お茶かジュースを飲み、
アイスクリームを食べながら、
ドイツ人青年や両親と一緒にテレビを
見たり、好きなyoutubeの動画を見せ合ったりし
て過ごした。マザーは昔学校の先生で、今も大学
教育に関わっているらしく、教育、文化等色々な分
野の話をすることができとても面白かった。
家は整頓されていて、
自分用の部屋を与えられ、
シャワーも好きな時間に浴びられ、好きな時にジ
ュースやフルーツを食べ飲みして良いなど、何一
つ不自由しなかった。
ドイツ人青年が、皿の片づけ、
料理の取り分けなどよく気の利くとてもいいやつ
で、
日本人の私よりよほど日本人ぽくて、反省した。
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7.
自由時間
平日は、午後は日本人の友達と観光するか、
ラウンジで外国人を見つけては話しかけてい
た。一緒にいた日本人たちとは、基本英語で
話すという決まりにしておいたので、
なるべく
日本語を使わないように心掛けた。
休日は、
毎週ドイツ人青年とフェリーで一時
間ほどの島をハイキングしに行ったり、
ファザ
ーに近くのスーパーに連れて行ってもらった
りして、
オークランドでの生活を満喫した。
8.
感想
正直3週間は短く、英語のみの環境に身を置くのに疲れただけで終わってしまった。家に帰ってからも
寝る直前までみんなと話すようにしていたので、
10時半くらいに部屋に帰ると疲れ果ててすぐ寝ていた。
毎日日記を書く気力もないほど全力を出し切っていた。特に、
いちいち言いたいことが言えない、
相手の
言っていることがわからないというのはかなりのストレスで、海外で暮らすのは予想以上に厳しいと感じ
た。
しかし、それを実感できたという点では良かった。また、
日本人は英語をしゃべれないことによって損
をしているというのは本当だと思った。
クラスでは、
知っていても言わなければ知らないとみなされた。
今回の研修で、英語を話すことについては抵抗がなくなったので、今回得た感を鈍らせないように積
極的に会話の機会を作っていきたい。
9.
サードステップについて
ファーストステッププログラムでラオス、
シンガポールに行き、海外での仕事の現場や外国での生活を
垣間見た。次いで、
セカンドステップとしてNZに行き、実際に3週間暮らしてみることによって、英語を使
うことに慣れるとともに、海外での暮らしを体験した。人によって好みは異なるだろうが、私はこれらの体
験から自分は海外に割と合っていると感じた。どの国も総じて日本より優しくて、ルーズで、のんびりして
いた。また、
コミュニケーションが日本よりもスムーズだった。総じて会話慣れしていると感じた。
以上から、
また是非海外に出ていきたいと思い、いくつかの選択肢を検討している。まず、東京で開か
れる、
民間主催のアジア各国学生による環境フォーラムに参加することにした。
これは英語で各国の学生
と意見を交わすため、世界を知る良い機会となるだろう。また、現在、3年次後期からの交換留学を検討
中である。北米または東南アジアを考えている。一度外国の教育を受けてみたいと思っている。また、
こ
れからは英語に加えてもう一つ外国語の技能が必要であると考え、中国語を学ぶことにした。もはや無
視できない中国語圏と、
将来仕事や日常で関わっていくには、
相手の言語ができるということはとても意
味のあることだと考えたからである。
上に挙げた3点が、私が現在考えているサードステップである。体験→言語→実践 という形で今ま
での2段階を活かしていきたい。
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