1 日・イラク投資協定の概要 経済産業省通商政策局経済

e-NEXI 2012 年 9 月号
特集記事 日・イラク投資協定の概要
日・イラク投資協定の概要
経済産業省通商政策局経済連携課
経済連携推進専門官 森真理
交渉開始から発効まで
2012年6月7日、バグダッドにおいて日・イラク投資協定が署名されました。署名式が無事執り行わ
れ署名に至ったとの現地からの報告を外務省経由で受けた時には、本協定交渉の日本側交渉団の一
員として心から安堵しました。というのも、一連の締結交渉会合において、事前のスケジュール調整にもか
かわらず、時間どおりに交渉会合が始められないといった事態が頻繁に起こったためであり、今回の署名
式も直前にキャンセルされるのではと一抹の不安が残っていたのです。本協定は、昨年1月に交渉開始の
意思を両国間で確認し、同年5月に準備会合を行った後、9月、10月、11月の計3回の正式な交渉会
合を経て、イラクのマリキ首相が訪日していた昨年11月22日に原則合意が発表されました。交渉会合は、
いずれか一方の国に両国の交渉団が集い顔を合わせて行うのが常ですが、11月のマリキ首相訪日の直
前には電話会議を重ね、一気に残る論点を片づけることができました。その後、合意された協定案が両
国内で審査され、去る6月に署名されました。本協定は、発効に必要な両国の国内手続きが完了した
後両国政府間で外交上の公文を交換した日から30日目に発効することになっております。早ければ来年
にも発効することになるでしょう。
イラクという国
イラクというと、内紛やテロの報道から危険な国という印象を持つ方が多いと思います。その一方で、イ
ラクは、豊富な資源と人口3千万人の有望な市場を有しており、ビジネス面において魅力的な国と言えま
す。実際に、1970年代には日本から多くの企業が進出していました。度重なる戦争によりほとんどの外国
企業は一旦は撤退しましたが、戦後、民主化が進むにつれ、我が国をはじめ世界各国が、原油・ガス等
の天然資源や膨大なインフラ整備の需要など未知数のビジネス可能性を持つこの国に注目しています。
しかし、不安定な政治情勢や治安状況、低下したままの行政機能、法整備の遅れといった事情が、石
油開発やインフラ整備等への外国企業による積極的な投資を拒んでいる一面もあります。
投資協定とは
投資協定は、海外に投資した企業(投資家)やその投資財産を保護することにより、良好な投資環
境の創出・維持を目的とする条約です。投資協定の締結により、締約相手国における投資リスクが低減
されるため、投資家の当該国への投資意欲が高まることが期待されます。一方、投資受入国は、締約
相手国の企業等による自国への投資が促進されることを期待して、投資協定を締結します。
投資協定は主に、以下を規定しています。
・ 外資企業と現地企業との間の差別を禁止
・ 適切な補償のない収用・国有化を禁止
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・ 投資に関係する資金の移転の自由
・ 許認可の恣意的な破棄・剥奪を禁止
・ 現地政府と投資家との間の契約の遵守義務
・ 国内産品の使用・購入、現地人の雇用、技術移転などの強要を禁止
・ 投資受入国が規定に違反した場合、投資家が直接その政府を訴える仲裁の仕組み
このような投資保護を目的とする規定に加えて投資自由化に関する規定を含む投資協定もあり、便
宜的に前者を「投資保護協定」、後者を「投資自由化協定」と分類しています。世界的に見れば投資
保護協定が多いですが、2000 年以降の我が国の投資協定(経済連携協定「投資章」含む)の多くや、
NAFTA、米国の投資協定の多くは投資自由化協定です。我が国は、近年諸外国との投資協定の締
結にあたって、我が国企業の参入に係る障壁を極力少なくすることで投資機会を拡大し対外投資を促
進するという考えから、投資の保護だけでなく投資の自由化についても投資協定で規定することを重視し
てきました。投資の自由化に関する規律には、投資財産の設立段階における内国民待遇及び最恵国
待遇、並びに、特定措置の履行要求の禁止があります。なお、自由化協定においては、既存の国内法
との関係より、投資設立段階における内国民待遇や最恵国待遇を相手国の投資家に付与することがで
きない場合には、産業分野及び規制措置を明示した留保表を付すことによって、自由化規律の義務か
らそれらを除外することが可能です。実際に、我が国は、これまで締結してきた自由化投資協定の全てに
おいて、自由化規律に抵触する可能性のある国内措置について、その規律の適用を留保しています。
日・イラク投資協定の特徴
日・イラク投資協定は、いわゆる投資保護協定であり、投資家が投資受入国に投資財産を設立し
た後の段階における投資受入国の投資保護に関する義務を主に規定しています。投資自由化協定で
はなく投資保護協定としたのは、エネルギー分野に加え石油化学・医療での日・イラク間の協力が強化さ
れ我が国企業がイラクに進出する機会と機運が生まれていること、一方でイラクは世界貿易機関(WTO)
に加盟しておらず投資保護に係る国際的なルールが未整備であることを背景に、企業がイラクへ投資を
行うに際して最低限必要な投資保護に係る法的枠組みを早急に整備することが重要視されたことにより
ます。というのも、前述した自由化協定に必須の留保表を作成するにあたっては、現存する国内の規制
措置を明確にし、さらには将来的な産業政策までも考慮する必要があり、行政機能が十分でない現在
のイラク政府の現状では、このような事務的負担を負うことは困難であり、まずは投資保護協定を締結し
た上で、将来のイラク政府の機能強化や日本企業の進出拡大に合わせて自由化を図っていくことが適
切と考えられるのです。
日・イラク投資協定は、前文、本文26カ条及び末文から成ります。主な規定の概要について、以
下ご紹介します。
○投資後の内国民待遇及び最恵国待遇
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投資後の段階を対象として、自国や第三国の投資家及びその投資財産に与える待遇に劣後しない待
遇を、相手国の投資家とその投資財産に与える義務が定められています。
○公正衡平待遇
自国内に所在する相手国の投資家の投資財産に対して、「公正かつ公平な待遇(fair and equitable
treatment)」及び「十分な保護及び保障(full protection and security)」を与える義務が定められてい
ます。規定されている義務内容が抽象的であるため実効性に疑問を持たれるかもしれませんが、抽象
的・一般的であるゆえに投資協定の理念に沿って投資家を救済できる柔軟性のある規定です。個別具
体的な義務を定める条項では解決できないと思われる問題には、公正衡平待遇義務違反を検討して
みることが紛争解決の鍵になるかもしれません。なお、蓄積されつつある仲裁判断より、公正衡平待遇の
義務内容には、投資家の合理的期待を裏切らない義務、恣意的措置・差別的措置を行わない義務、
適正な法手続きの遵守義務等が含まれると考えられます。
○特定措置の履行要求の原則禁止
相手国の投資家が自国で投資活動を継続する条件として特定措置を履行するよう要求又は強制する
場合には相手国へ事前の協議を義務付ける規定です。本協定で履行要求を原則禁止(事前に協議
すること無く要求することの禁止)している特定措置は、現地調達要求、輸出要求、輸出入均衡要求、
技術移転要求です。
○収用時の補償
投資受入国は一定の要件を満たさない限り、投資家の投資財産を収用してはならない旨規定していま
す。一定の要件とは、①収用が公共目的であること、②無差別に行われること、③迅速・適当・実効的
な補償の支払を伴うこと、及び④正当な法手続きに従うことの4要件を言います。なお、財産の所有権が
移転しなくても収用と同等の効果(財産の使用・支配等が奪われる効果)を有するような措置も、本規
定上「収用」と認められる可能性があります(いわゆる「間接収用」)。
○資金移転の自由
投資に関連する資金の移転が遅滞なくかつ自由に行われることを確保する義務を規定しています。
○投資家と投資受入国との間の紛争解決の枠組み(国際仲裁手続き)
投資受入国の協定違反により投資家が損害を受けた場合に、投資家が直接相手国を国際仲裁に訴
えることができることを規定しています。
日・イラク投資協定が発効すると、イラク政府は日本の投資家及びその投資財産に対して上述の投資
保護義務を負うことになります。イラクは、エネルギーやインフラをはじめ幅広い分野において投資先として
の魅力を増している国ですが、治安情勢に加え投資・ビジネス環境に不安を抱いている方が少なくないと
思います。本協定の締結がイラクへの新規投資及び投資拡大の後押しとなることを期待しております。
投資協定の活用
投資先国の政府との間に投資紛争が起きた場合、国際投資仲裁への付託は解決に向けた一手
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段ですが、仲裁に持ち込まずとも投資協定をテコに相手国政府と和解交渉を行うことで紛争解決を図っ
た成功事例が報告されており、そのような投資協定の活用はより身近な紛争解決手段だと思います。我
が国企業が海外での投資活動において相手国政府との関係で問題にぶつかった際、投資協定の利用
を具体的に思い描いて頂けるよう、仲裁事例を不公正貿易報告書及び経済産業省ホームページで紹
介しております。下記ウェブサイトに掲載しております仲裁事例をご一読いただき、貴社の海外での投資
活動に照らし合わせながら、投資協定の活用についてこの機会に思いを巡らして頂ければ幸いです。
我々投資協定交渉担当者は、投資家である企業が実際に利用できる投資協定を相手国と締結する
ことが使命であり、投資家の方々との情報共有と連携に努めております。イラクや中東地域に限らず海外
での投資活動で抱える問題等がありましたら、経済連携課投資チームに共有頂ければ大変ありがたく存
じます。
また、経済産業省では外務省はじめ、中東協力センター、国際協力機構(JICA)、日本貿易振興
機構(JETRO)等と協力し、イラクへの官民合同経済ミッションの派遣やビジネス環境改善に向けたイラク
政府との協議等、日本企業の投資促進に向けた支援を行っておりますので、積極的にご活用頂ければ
幸いです。
(ご参考)
経済産業省の投資協定に関するウェブページ:
http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/epa/investment.html
不公正貿易報告書:
http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/wto_compliance_report/index.html
中東協力センター:
http://www.jccme.or.jp/
(お問い合わせ先)
経済産業省経済連携課: 電話 03-3501-1595
E-mail
[email protected]
経済産業省中東アフリカ課: 電話 03-3501-2283
※日本貿易保険 注
日本貿易保険は、2011年11月に、イラク財務省及びイラク貿易銀行との間で枠組協定(Framework
Agreement)を締結し、日本企業が参画するイラク向けプロジェクトの受注を支援しています。協定の詳
細は、下記ウェブページを御参照ください。
http://nexi.go.jp/topics/cat548/004121.html
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