学術貢献賞について - 日本フルードパワーシステム学会

中田
随
毅:学術貢献賞について
筆
学術貢献賞について*
中田
毅**
* 平成 23 年 6 月 3 日原稿受付
** 東京電機大学情報環境学部,〒270-1382 印西市武西学園台 2-1200
1.はじめに
この度,学術貢献賞授賞の通知を本学会からいただき,5 月 27 日に開催された平成 22 年度(第 29 期)通
常総会後の各種表彰式で表彰を受けた.筆者は 1979 年 9 月まで東京工業大学精密工学研究所において学部卒
業研究,大学院修士課程,同博士課程,その後同研究所助手として池辺洋教授のご指導をいただきながら油
圧制御の研究開発を行ってきた.それ以後は,ほとんど油圧関係の研究開発には従事せず,学術貢献賞は,
筆者にとって無縁の賞と思っていただけに,この度の受賞はまさに青天の霹靂である.学術貢献賞受賞につ
いて執筆依頼があり,折角の機会であるので筆者のささやかな研究開発の経緯を紹介させていただく.
2.油圧から機能性アクチュエータの研究開発へ
筆者は 1966 年東京工業大学精密工学研究所池辺洋教授の研究室において,卒業研究「磁わい素子を用いた
ノズルフラッパ弁の研究」に取り組んだのが油圧研究の始まりであった.ノズルフラッパ弁のフラッパ駆動
には構造が複雑なトルクモータの利用が一般的であるが,その構造のスマート化を目指し,従来のトルクモ
ータの代わりに磁わい素子(磁わいアクチュエータ)を利用するという研究である.この磁わいアクチュエ
ータは,強磁性材料であるアルフェロとニッケルを貼り合わせたバイモルフ構造をしており,磁界を加える
と一方の素子が伸張し,他方が収縮するので,与えられた交番磁界に従って,この磁わいアクチュエータは
左右に湾曲し,その先端の変位をフラッパ変位として利用するという方法である.磁わいアクチュエータ,
ノズルフラッパ弁,磁わいアクチュエータの微少変位測定系(電気容量変換器)
,磁わいアクチュエータの駆
動電気回路の製作後,磁わいアクチュエータの特性を調べるというのが与えられた卒業研究の内容である.
テニスばかりしていて,はなはだ勉強不足の筆者には手に負える内容ではなく,当時助手をされていた佐
藤三禄先生(現,東京都市大学名誉教授,本学会元会長),松島浩三先生(筑波大学名誉教授)にご指導いた
だいたが,結局両先生の双肩に筆者の卒業がのしかかることとなった.はなはだ両先生にはご迷惑をおかけ
したが,両先生のご努力により目出度く卒業式に臨むことができた.両先生に感謝,感謝!!.この磁わい
アクチュエータは,異なる金属材料でバイモルフを構成する必要があるが,熱膨張係数の違いでその変位特
性が温度の影響を大きく受けること,周囲の金属粉がアクチュエータに付着すること,などの欠点が顕著で,
残念ながら研究の発展は見込めないという結論になった.ノズルフラッパ系の特性実験では期待した成果は
得られなかったものの,ノズルフラッパ弁,磁わいアクチュエータ,微少変位測定系の試作は色々と手こず
ることも多かったが,大変勉強になり,実験装置が完成した喜びはひとしおであったことを思い出す.磁わ
いアクチュエータという初めて手に触れた変位制御素子とその研究実施過程は,これまでに学んだことの中
で最も興味をそそるものであった.修士課程では,磁わいアクチュエータの欠点を考慮して,圧電アクチュ
エータを利用することにした.磁わいアクチュエータ,圧電アクチュエータは,アクチュエータというより,
当時は高周波振動子として使用されることが多く,微少変位制御素子という観点から利用された例はほとん
ど見当たらなかった.このような新しい試みを池辺先生が提案され,研究をさせていただいた有難味を当時
はほとんど理解していなかったが,後に機能性アクチュエータの研究を本格的に始める契機となった重要な
研究課題であった.修士論文では,圧電アクチュエータに印加する電圧をできるだけ小さくすること,ノズ
ル噴力によるフラッパ変位の減少を最小にとどめることに留意し,前者についてはバイモルフ型の 2 枚の圧
電素子(PZT)の利用,後者については,2 枚の圧電素子の中間に金属の板ばねを挟んで等価的なばね定数を
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2011 年 8 月(平成 23 年)
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ノズル噴力に対して最適化した構造のフラッパを考案,試作し,その特性実験を実施した.その結果,フラ
ッパ変位に大きなヒステレシスが存在するが,ほぼ満足できる大きさのフラッパ変位と周波数応答を達成で
き,ノズルフラッパ弁への応用に向けて研究が進むはずであった.しかし,修士課程 2 年になると大学紛争
が激しくなり,大学が封鎖される事態に至った.向学心(?)に燃えた筆者は入校できないことを言い訳に,
近くにある洗足池へ金魚釣りに出かけ,水面に浮かぶ浮きの微少変位の感覚をつかむことに熱中し,その成
果を実証するため芦ノ湖へと足を伸ばすこととなった.そのため研究は進まず,思案していたが,結局修士
論文の発表は大学外の会場で行う非常事態に恵まれ,曖昧なまま無事修士課程も修了することができた.こ
の 1 年間の勉強不足を補うため博士課程に進学し,修士論文で研究した内容を引き続き発展させることとな
った.ここでは,圧電アクチュエータで構成されたフラッパ変位に存在する大きなヒステレシスの除去と,
このフラッパを応用したサーボ弁の開発およびこのサーボ弁を用いた油圧駆動制御の研究を行った.ヒステ
レシス除去については,池辺先生が客員教授として滞在された米国パデュー大学の R.Oldenburger 教授との共
同研究結果 1)を利用させていただき,パルス幅変調(PWM)駆動によって,フラッパ変位に存在するヒステ
レシスがほぼ除去されることを実証した.つぎに,試作したサーボ弁を用いた油圧駆動制御系の特性実験を
行うに当たり,PWM 変調器の周波数特性の理論解析を行った.PWM 方式には前縁変調や両縁変調など,基
本的には 4 種類の変調方式が通信分野では利用されている.いずれの方式でも変調器出力には入力信号成分
の他に,多くの側帯波成分が発生し,特に入力信号周波数より低い低側帯波成分は駆動制御系の出力に悪影
響を及ぼすことが予想されたので,入力信号成分に対する低側帯波成分が,ある値より小さくなるという評
価基準を設けて検討した結果,両縁変調方式が望ましく,この場合には入力信号周波数の 7 倍以上の周波数
の搬送波で変調すべきであるという結論を得た.これらの結果を総合して駆動制御実験を行い,約 100 Hz の
バンド幅(-3dB)を有する油圧制御駆動系が実現されたことを検証した.この一連の研究をとりまとめた博
士論文により,工学博士の学位を与えられた.その後は,負荷圧力に依存しない負荷流量を吐出するサーボ
弁の補償法を考案し,負荷変動にロバストな駆動制御系の実現に向けた研究や,スプール弁の定常軸力の計
測研究などを行った.卒業研究を皮切りに,約 13 年間,池辺先生のご指導を受けながら油圧制御の研究に従
事したことになる.この 13 年間は,筆者にとって研究はもとより,色々な経験をさせて頂いた貴重な時期で
あった.当時の研究室は講座制で,池辺教授,中野和夫助教授,前出の松島助手,佐藤助手という強力体制
が敷かれ,卒論生,大学院学生,留学生,企業からの研究生など,多くの学生に厳しい研究指導がなされて
いたが,一方ではまだ先生方も元気はつらつで,学生たちを引っ張る形でお遊びにも精を出され,どちらか
というと暇を見つけて研究するという状態であった様な気がする.それぞれ独特の個性をお持ちの諸先生の
笑うに笑えぬエピソードはあまりに多く,ここでご披露できないのが残念である.筆者が勤務する大学では
到底考えられない,また受け入れられない雰囲気の研究室であった.昔は良かったというつもりはないが,
もう少し余裕のある教育,研究体制が必要であると考えているが,時代の趨勢で如何ともし難いようである.
1979 年,東京工業大学を退職し,新たに勤務することになった工業技術院機械技術研究所(現,産業技術総
合研究所)では,研究所の方針として,大型プロジェクト「海底石油パイプラインの設備診断」の業務を与え
られた.その他,個人研究も可能であったが,フルードパワー関係の研究を実施することは難しそうであっ
たので,微少重力環境における気液分離,光アクチュエータ(PLZT)の開発などの研究を行うことにした. 1993
年から東京電機大学工学部精密機械工学科に勤務することになったが,研究費,場所,周囲の環境などの点
から油圧制御の研究は難しいと判断したが,研究内容のことは考慮せず,望郷の念で研究室名を流体制御研
究室と命名した.すでに述べたように,筆者は磁わいアクチュエータ,圧電アクチュエータに大きな興味を
持っていたので,機会があれば,このような機能性アクチュエータの研究を進めたいと考えており,調査を
少しづつ行ってきた.その中でもっとも興味を引いたのが,圧電素子(PZT)の一種である光アクチュエータで
あり,機械技術研究所時代から研究を進めていた.このような経緯で,機能性アクチュエータを研究テーマ
に設定し,機械技術研究所時代から持ち越した光アクチュエータを中心に,超磁わいアクチュエータ,ER 流
体アクチュエータ,後に ECF アクチュエータをテーマに加えた.研究内容と研究室名をある程度近づけるこ
との必要性と開発した機能性アクチュエータの応用面から,空気圧も取り入れることにし,空気圧ノズルフ
ラッパ弁の研究と電気空気圧複合駆動システムの研究も開始した. 2002 年より,新たに開設されたコンピ
ュータ環境の教育・研究を行う情報環境学部(千葉キャンパス)に移動したが,以前の所属学科から学生を
派遣していただき,光アクチュエータ,ECF アクチュエータ,電気空気圧複合駆動システムの研究を継続し
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た.光アクチュエータは空気圧ノズルフラッパ弁のフラッパとして利用し,光空気圧駆動制御システムの研
究へと進展した.その後は本学部,研究科生の学生のみとなり,アコースティックエミッション(AE)セン
サを利用した流量計測法,パイプラインの漏洩検知法という 2 つの研究を行っている.
3.研究雑感
大学の研究者は大きな一つの研究テーマを決めて,それを極めていくというのが一般的な進み方のようで
あるが,筆者の場合には色々なテーマに手を出しすぎ,何も極めることなく自己満足に陥った研究活動も終
了に近づきつつあり,この点は大きな反省材料である.しかし,前述の微少重力環境における気液分離の例
を取れば,微少重力環境における毛細管力による管内気液界面の移動のダイナミクスを統一的に把握するた
め,界面移動に関する無次元化式を理論的に導出した結果 2)を,航空機の1回の放物線降下で約 10 秒間の微
少重力環境を作り,気液界面移動の観察実験結果で検証したが,その中で微少重力体験をはじめとして,新
分野ならではの研究の面白さを種々経験し,新たな知見にも接することができた.どちらの方向性を選択す
るかは,研究者の好みに任せるべきものなのであろうか?
4.おわりに
例年の表彰式では,受賞者に対しおめでとうございますという意味で,拍手を送ってきた.ところで,3
月 11 日午後に発生した東日本大震災,それに伴う福島原発事故により,大きな打撃を受け,未だに先が見え
ていない.特に,福島原発事故は機械技術者の一人として,誠に残念に思い,これまでに味わったことのな
い,何ともいえない暗い気分に浸っていた.このような中で行われた表彰式では,総会後の技術懇談会にお
ける,若手の方々を対象とした講演論文賞を含めて,例年のおめでとうという意味に加え,これからの復旧,
復興,そしてさらなる日本の発展に向けて,若手の方々に大きな貢献をお願いせざるを得ず,表彰された方々
には,若手の代表としてよろしくお願いします,という切なる気持ちで拍手をした.この度は,筆者も受賞
者の一人であるが,この受賞は若手とともに頑張りなさいという激励の意味で表彰されたものと考えている.
フルードパワー技術が日本の将来の発展に大きな貢献をするよう,会員の皆様,頑張りましょう.
日本油空圧協会設立以来今日まで,学会員として色々と貴重な勉強,経験をさせていただいた.末筆では
ありますが,多くの会員の方々によるこれまでのご支援,ご協力に対し心よりお礼申し上げる.
参考文献
1) R.Oldenburger, Y.Ikebe:Linearization of Time-Independent Nonlinearities by Use of an Extra signal and Extra
Nonlinearity,Trans.ASME, J.Basic Engineering., 89, (1967) pp. 241/250
2) 市川直樹,里田洋子,中田毅:毛細管力による管内気液界面の移動のダイナミックス,日本航空宇宙学
会誌論文,39-452,(1991)pp.485/490
著者紹介
なかだ
中田
たけし
毅
君
東京工業大学精密工学研究所,工業技術院機械技術研究所を経て,1993 年東京電機大学
工学部精密機械工学科教授.現在,同大学情報環境学部情報環境学科教授.機能性アクチ
ュエータ,液体流量計測法などの研究開発に従事.
E-mail:[email protected]
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