ブリュッセル・シャルルロワ空港における航空会社 空港の

海外トピックス
風力発電の電気を一部使用して走行する電車(マルメ,スウェーデン)
ブリュッセル・シャルルロワ空港における航空会社─空港の垂直的統合と
競争政策上からの検討
小 熊
仁 情報センター副主任研究員
1. 問題の所在
ーロ割り引くこと(通常料金は8∼13ユーロ)
・以上の措置はライアンエアのみに与えられる
こと
EC 条約第87条第1項(Article 87(1)of EC Treaty)
2008年11月17日,欧州裁判所(European Union’s
によれば,事業の適正な実施や財の生産にあたっ
Court)は2004年にライアンエア(Ryanair)から出
て,競争を妨げる,あるいはその恐れがある国家
された告訴内容ついて同社の訴えを全面的に認め
補助金は EU 単一市場のルールの中においてはい
るとの最終判決を下した。この判決はベルギーの
かなる場合であっても正当化されない。欧州委員
首都ブリュッセル南部に位置するシャルルロワ空
会は EC 条約第87条第1項との整合性を審査する
港,および同空港を管理するワロン広域圏(Wallon
ために,市場経済投資家原則(Market Economy
Region)とライアンエアとの間で取り決められて
Investor Principle;MEIP)の考え方を採用した。
いた次の優遇措置に関するものである。
ME I P では,もしシャルルロワ空港が民間空港
(1)ワロン広域圏とライアンエアとの契約による優
遇措置
であれば,同じ環境のもとで同一の助成措置を講
じるか否かが審査の焦点となる。2004年,欧州委
・乗客1人あたりの着陸料を法令に定められて
員会はライアンエアに対して2001∼2003年までに
いる基準のおよそ50%(1ユーロ)まで割り引
シャルルロワ空港とワロン広域圏から受領した助
くこと
成措置の一部(=400万ユーロ)の返還を求めた。
・以上の措置はライアンエアのみに与えられる
こと
(2)シャルルロワ空港とライアンエアとの契約による
優遇措置
2004年にライアンエアは欧州委員会の決定を不服
とし,欧州裁判所への上告を示唆した。今回の欧
州裁判所の判決では,「シャルルロワ空港も民間
空港と同様に1つの事業体であって,類似の助成
・ライアンエアのプロモーション& PR 活動推
措置は数多くの空港でとられている。従って,
進のために航空利用者1人あたり4ユーロ補
ME I P をもとに EC 条約第87条第1項との整合性
填すること
を査定するプロセスは不当である」とするライア
・1路線開設につき,16万ユーロを補填するこ
と
・パイロットの訓練費として76万8 , 000ユーロ,
ンエアの主張が全面的に承認されたことになる。
空港やその関係自治体が空港使用料の免除,な
らびに補助金を通して航空会社の就航を支援する
客室乗務員の宿泊代について25万ユーロを補
措置は決して珍しいことではない。ところが,航
填すること
空自由化が進展し,航空のみならず空港において
・ハンドリング料を航空利用者1人あたり1ユ
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10 . 8
も民営化や商業化の必要性が指摘されている現在
運輸調査局
において特定の航空会社に限定した助成措置は航
い,これまで大手航空会社によって運航されてき
空産業の競争体系そのものを歪めかねない。とく
た地方空港発着の不採算路線や二次的空港発着の
に,シャルルロワ空港のように空港と航空会社の
路線においては,輸送力の削減や路線そのものか
契約事項の中に,特定の航空会社を対象とした長
らの撤退が生じている。そこで,そうした空港で
期運航契約や空港使用料の大幅な割引,および非
は空港使用料の割引や非航空系収入のシェアリン
航空系収入のシェアリングなど空港と航空会社の
グなどの特典を用意し,航空会社を誘致しようと
垂直的統合を強化する事項が含まれている場合に
するのである。航空会社も空港との長期契約をベ
は,反競争的効果を及ぼす可能性がある。以下で
ースに安価な空港使用料のもとでビジネスを駆使
は,このような航空会社と空港の垂直的統合が競
し,しかも,混雑の少ない空港を利用することで
争体系にどのような影響をもたらすのかについて
機材稼働率を向上させ,競合他社より優位にコス
検討する。
トパフォーマンスを発揮することができる。
2 . 垂直的統合の動機
3 . 垂直的統合が競争体系に与える影響
垂直的統合の定義については諸説検討されてい
しかし,垂直的統合は統合企業の市場支配力向
るが,ここでは特定の生産物の生産・販売におけ
上をもたらすから,非統合企業に対しては潜在的
る2つ以上の分離可能な継続的段階を単一企業が
競争を回避する目的から①締め出し(Foreclosure),
共通の所有,あるいは支配の下に結合している状
②価格スクイズ,③参入障壁の引き上げなどの影
態と定義する。垂直的統合には後方統合と前方統
響が及ぼされ,公平な競争基盤を確保することが
合の2つがある。例えば,酪農場を購入する乳製
困難となる。すなわち,統合企業は原料価格と完
品販売業者やコーヒー・プランテーションを購入
成品の価格との間のマージンを支配して狭め,非
するコーヒー販売業者は前者の事例である。製パ
統合企業が利潤を上げることができない水準に価
ン所を購入する製粉業者や靴店を自ら設立する靴
格を設定する。それによって,非統合企業が接続
製造業者は後者のケースを指す。航空産業に照ら
する段階にアクセスする際の参入障壁を強化し,
し合わせれば,空港との合弁会社を設立し,空港
非統合企業を締め出そうとする。先に述べたシャ
をコントロール・所有する航空会社,あるいは,
ルルロワ空港のケースはまさに競争基盤の公平性
空港との長期運航契約のもとで長期間に及ぶサー
の確保という視点から問題視される条項を数多く
ビス供給を保証し,空港の収益もシェアリングす
含んでいた。そのために,航空産業界を中心に数
る航空会社は後方統合を行っているといえる。そ
多くの批判的な意見が寄せられた。ただし,その
の一方で,空港使用料の大幅な割引を通して航空
中には地方空港や二次的空港については競合航空
旅客を取り込み,安定的な収益を確保しようとす
会社と潜在的競争が展開されるほどの需要はそも
る空港や特定の航空会社を対象に発着枠の優先的
そも存在しないため,航空会社と空港の垂直的統
配分やターミナルの独占使用権を認め,航空会社
合を通して航空便の誘致をはかったほうが後背地
を囲い込もうとする空港は前方統合の場合にあた
の振興や空港の利用促進に寄与すると指摘する見
る。一般的に,企業が後方に統合しようとする根
解もあった。Tae Hoon Oum 教授らが指摘するよ
拠は,必要とされる型や原料,ならびに中間財の
うに,垂直的統合によって地域にもたらされる便
供給を正当な価格,量によって得るためである。
益と競争基盤の公平性の確保はトレード=オフの
前方統合では生産物の販路の獲得や後続過程の技
関係になり得る。政策当局は両者を比較した上で,
術不足による損失の回避がその動機となる。
いずれの便益が高いのかを判断し,適切な対策を
EU では航空自由化以後,大手航空会社と LCC
講じることが必要であろう。
の価格競争や大手航空会社のハブ空港集約化に伴
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