RAKUGO with Mystery

TA N A K A H I R O F U M I
P R E S E N T S
RAKUGO
THE
FUTURE
JAPANESE TRADITIONAL
E N T E RTA I N M E N T
RAKUGO THE FUTURE
文:田中啓文
第 9 回:落語とミステリ
新年あけましておめでとうございま
くっているのなら気をつけたほうがい
す。
今年もよろしくお願いいたします。
い。
俺のハジキは気が短けえんだ」
え? もう、
二月? ほんまや。
おかし
ああ、
アブラゲと一緒に煮付けにした
いな。
わしゃ一月の間、
何をやっていたの
らうまいやつ。
だろう。
何も覚えていない。
ぼんやりと夢
「それはヒジキだ。
くだらねえ洒落を言っ
うつつのまま過ごしたような気がする。
てる場合じゃねえぞ。
あんたの偽者が現
まあ、
とにかく今年はじめての
「ラクゴ・ れて、
あんたの知らねえうちに原稿を書
ザ・フューチャー」
である。
気合を入れて
いてるとしたら、
この先、
もっとひでえこ
……え? すでに一月分はアップされて
とになりゃあがるかもしれねえぜ」
いて、
今回が二回目? それは嘘や。
だっ
なんかあんたのしゃべりかた、
ハード
てそんなものを書いた記憶が……。
ほ、
ほ
ボイルドというよりは、
江戸っ子の岡っ
んまや。
ちゃんと載ってる。
どどどどうい
引きみたいですな。
うこっちゃ。
「うるせえ。
書き分けはむずかしいんだよ、
「もしかしたら、
あんたがぼーっとひと月
べらぼうめ。
最近のジュニア小説を見て
過ごしている間に別人が書いたのかもし
みろ。
主人公の少年はたいてい、
どう考え
れねえな」
ても三代続いた江戸っ子としか思えねえ
あ、
あんたは誰や。
ような言葉をしゃべってやがる。
ま、
それ
「通りすがりの名探偵さ」
はともかく、
あんたの偽者は、
あんたの名
名探偵? お名前は?
前を騙って、
詐欺を働いたり、
女に手を出
「探偵に名前はいらねえ」
したり、
ひでえ時には殺しちまったりす
でも、
名・探偵言うたやないですか。
るかもしれねえ。
そうなったらあんたが
「あのな、
『な・たんてい』
じゃねえ。
『めい・た
サツに追われる身になるってわけだ」
んてい』
と読むんだよ。
あんた、
俺をおちょ
サツ? 薩摩藩から追手がかかるんで
RAKUGO
すか?
「あんたは勝海舟か。
そうじゃねえ。
ポリだ
よ」
「バケツ?」
「わかんねえやろうだな。
マッポだよ」
あんたはスケバン刑事か。
「わかって言うとんかい、
こらあ」
まま、
落ち着いて。
最近の若いもんは、
サ
ツとかマッポとか言わんみたいでっせ。
スピンとかターン・アラウンドとか言う
そうですわ。
「どういう意味だろう」
訳して、
おまわり、
いう洒落でっしゃろ。
そんなことより、
警察に追われるのはえ
らいこっちゃ。
何とかなりませんか。
「俺に任せな。
俺は腕ききの探偵だ。
あんた
の偽者を必ずとっつかめえてやるよ」
よろしゅうたのんます。
「じゃあ、
まず先月の原稿とやらを見せて
いただこうか」
これこれこれですねん。
ほら、
私はだい
たいこんな辰年がどうとかいったしょう
もないギャグで押し通すような恥ずかし
い真似はしませんからな。
これは絶対他
のやつが書きよりよったんですわ。
「あんた……誰かに恨みを買っているん
じゃねえのか」
ぎくっ。
どどどうしてそれを……。
「嫌がらせを受けているんだから、
そう考
えるのが一番自然だろう。
どうやら心当
たりがありそうだな。
言ってみな」
実は……この
「ラクゴ・ザ・フュー
チャー」
というエッセイにあまりにも落
語の話題が出てこない、
というので、
世界
落語愛好家協会とかいうところでかなり
問題になっとるそうですねん。
相当、
過激
な意見も出とるそうで……。
「そうだろうな。
落語のことなんかこれっ
ぽっちも出てこねえじゃねえか。
これ
じゃ、
狙撃されてもおかしくねえな」
そんな薄情な。
何とかしとくんなはれ。
「今月は何をネタにするつもりだったん
だ」
まだ、
なーんにも考えてませんでした
けど、
何となく落語とミステリ、
というよ
うな題でいこかいなとは思てました。
TA N A K A H I R O F U M I
P R E S E N T S
RAKUGO
THE
FUTURE
RAKUGO THE FUTURE
JAPANESE TRADITIONAL
E N T E RTA I N M E N T
「ミステリ? あんた、
ミステリ詳しいの
かい」
いや、
全然知らん。
「知らなくちゃ書けねえだろうが」
そこは、
お仕事ですからな。
それに、
たか
だか原稿用紙十枚ほどやから、
知らんこ
とでも適当にぴゃっぴゃーっと書いたら
できてしまいますんで。
毎回、
そういうポ
リシーでやってますから。
「殺されたほうが世の中のためかもしれ
ねえな、
あんたは」
そんなこと言わんと……あんた、
ミス
テリに詳しいんやったら、
いろいろと教
えてもらえませんやろか。
「そりゃまあ、
俺もこういった探偵稼業を
している以上、
ミステリの世界の人間な
わけだからな、
ミステリに関しちゃ、
ちょっとうるさいぜ。
まず、
ミステリには
本格ものとそれ以外がある、
ということ
ぐらいは知ってるだろう」
もちろん知ってます。
本書くもの以外
に、
シナリオにして映画にするやつとか、
テレビで二時間ドラマになるやつとかあ
文:田中啓文
第 9 回:落語とミステリ
るんでしょ。
「本書くじゃねえ。
本格だ。
つまり……謎解
きが主体になったミステリをそう言うん
だ。
知ってるか」
もちろん知ってます。
つまり、
クイズみ
たいなもんですな。
「うーん……そうともいえるが……」
ようするに、
次の三つの国のうち、
マッ
チの生産量が世界一の国はどこ、
とか、
有
名な奈良の大仏は、
もともと大阪新世界
にあったものを、
フランシスコ・ザビエル
が現在の場所に移設した。
この嘘、
ほん
と? とか、
手塚治虫とかけて何と解く。
サウナと解く。
そのこころは、
どちらも蒸
し風呂に縁があるでしょう、
とか、
そう
いったもののことですな。
「ちがうっ。
知らんかなあ……密室殺人と
かダイイング・メッセージとか消えた死
体とかアリバイトリックとか……」
知ってる! 最後にいうたやつ、
それ
知ってますわ。
近所の、
ほら……なんてい
う店やったかなあ。
あそこに勤めてた
……。
RAKUGO
「絶対まちがってると思うがね……」
マクドや。
マクドでバイトしてた外人、
そういえばあんたの言うとおり、
リック
いう名前でしたわ。
そうそう。
「何が、
そうそうだ。
それは、
アルバイト・
リックだろうが。
俺が言ってるのは、
アリ
バイだ」
四十人の盗賊?
「どういったらわかるんだ。
本格物の作家
には、
アガサ・クリスティとかエラリイ・ク
イーンとかディクスン・カーとかがいる。
知ってるか、
アガサ・クリスティ」
知ってるも何も、
こないだお茶した。
「死んどるわ、
とっくに! エラリイ・ク
イーンの
『Xの悲劇』
『Yの悲劇』
『Zの悲
劇』
は知ってるか」
えーと、
バツの悲劇……。
「バツじゃねえ、
エックスだ!」
それは知らんけど、
大阪では、
吉本新喜
劇のことを略して
「Yの喜劇」
、
松竹新喜劇
のことを
「Sの喜劇」
と呼んでますけどな
(嘘)
。
「とにかく、
先に話を進めよう。
本格物以外
にも、
いろいろな形式がある。
倒叙ものと
いうのは、
最初に犯人が誰かわかってい
て、
探偵役がどうやって彼を追いつめて
いくかを楽しむわけだ。
それから、
ハード
ボイルド。
俺みたいな、
クールでロンリー
な探偵が活躍する小説だ」
はあはあ、
あんたみたいなクールでロ
リコンな……。
「ロリコンじゃねえ、
ロンリーだ!」
ロンリーて何です?
「さびしいってことさ」
ああ、
そういえば頭のてっぺんが……。
「ぎく。
み、
見るんやないっ」
クールて何です?
「冷たいってことさ」
つまり、
さびしくて冷たい、
ろくでも
ないやつが出てくる小説ですな。
あんた
にぴったりや。
「うーん……日本語でいうと身も蓋もね
えな。
ハードボイルドの探偵っていうの
は、
一言でいうと、
タフガイなのさ」
うぐいすボーロ?
「それは春日井
(かすがい)
だ。
こんなギャ
TA N A K A H I R O F U M I
P R E S E N T S
RAKUGO
THE
FUTURE
RAKUGO THE FUTURE
JAPANESE TRADITIONAL
E N T E RTA I N M E N T
グ、
わかるやついるのか。
OK、
わかった。
こうなったらどういうものがハードボイ
ルドだか詳しく説明してやろう。
たとえ
ば……そうだな、
夜のマンハッタンの路
地裏を一人の若者が逃げまどっている、
ということにしよう」
あの……ここは日本で、
それも昼間
でっせ。
「だから、
仮にそう思えと言ってるんだ。
夜
のマンハッタンの路地裏でないとハード
ボイルドな雰囲気にならねえ」
法善寺横丁の路地裏ではあきません
か。
「必死に逃げ場を探す彼の前に男の影が
立ちふさがる。
その男は……」
背中に桜の入れ墨をした遠山の金さ
ん。
「そうそう。
この金さんの桜吹雪、
散らせる
もんなら……ちがうだろっ。
どうして時
代劇になるんだ。
黙って俺の話をきけ」
はいはい。
「禿げ頭に蜘蛛の入れ墨をした大男。
こい
つはでかいジャックナイフを取り出し
文:田中啓文
第 9 回:落語とミステリ
た。
あわや若者は……というところで、
さっそうと登場するのがこの俺だ」
はあ、
将軍に拝謁するために。
「それは、
登城だろうが! 登場だよ、
登場。
どうしてあんたは時代劇になるんだ」
ここは日本ですから。
「俺は、
あっというまにその禿げ頭を叩き
のめしてしまうが、
若者もその騒ぎの間
にどこかへ消えちまった。
ところが、
路地
の真ん中にその若者が落としたと思われ
る袋があった。
中身をあらためると、
これ
が何と……」
ご禁制の阿片。
上州屋、
おまえもワルよ
のう。
上州屋が麻薬の常習や。
「いい加減に時代劇から離れてくれ。
これ
が何と、
時価数千億万兆円という宝石だ」
へえー。
「場面は変わって、
粋なショットバーで俺
がバーボンのロックを飲んでいると、
隣
のスツールに目の覚めるような金髪美人
が来る。
『探偵さん、
どう、
今晩、
私とつきあ
わない』
」
夢や夢。
夢の話や。
RAKUGO
「俺は静かに言う。
『悪いが先約がある。
あ
る男とここで会うことになってるんだ。
目障りだから消えな」
あんた、
女とはあかんけど、
男とやった
らやりまんの。
「そういうことじゃねえっ。
『その男の素性
を当ててみましょうか。
たぶん、
サツのイ
ヌね』
」
あんた、
イヌとやったらやりまんの。
「いちいち口を挟むんじゃねえっ。
俺は言
う。
あんた、
くにはどこだ。
『イリノイよ』
と
女は答える。
長生きしたかったら、
すぐに
荷物をまとめてイリノイへ帰るんだ。
あ
んたは組織を利用しているつもりだろう
が、
実は利用されているんだ。
こんなとこ
ろにいたら、
やつらのエジキになるのが
おちだ」
ああ、
アブラゲと一緒に煮付けにした
らうまいやつ。
「それはヒジキや! あんた、
さっきもこの
ボケ使わんかったか。
……女が去って、
し
ばらくしてやってきたのが、
一人の老人。
この男が……」
あの……もうよろしいわ。
このネタ、
オ
チないんでしょ。
次の話題に移ってもら
えまへんか。
「ハードボイルドの何たるかが理解でき
たか」
あー、
もー十分。
クルクルパーでロリコ
ンなタフガイがヒジキを食べる話でっ
しゃろ。
「それだけわかってくれればOKだ。
それ
じゃあ、
最後に新本格というやつについ
て説明しよう」
わかってまんがな。
これだけ説明して
もろたら、
それぐらいのことわかりまん
がな。
新本書く。
つまり、
新しい本を書く作
家のことでしょ。
古い本を書く人は古本
書く。
「ちゃうっ。
そのネタは、
さっき本格物の説
明のときに使ったやろ。
けちくさい真似
をするんじゃねえ」
でも、
一粒で二度おいしい……。
「あかんっ。
……新本格というのは、
松本清
張以降のリアルな犯罪小説にあきたらな
くなった若い作家が、
謎解きミステリの
TA N A K A H I R O F U M I
P R E S E N T S
RAKUGO
THE
FUTURE
RAKUGO THE FUTURE
JAPANESE TRADITIONAL
E N T E RTA I N M E N T
復権を唱えて書き出した一連の作品のこ
とだ。
はあはあぜいぜい。
これで、
ミステリ
についておおまかなことがわかったろ
う」
わかったよ、
これで何もかも。
「何もかも? どういうことだ」
あんたが、
この前回の
「辰年」
ネタを私の
ふりをして書いた張本人だということ
が。
「何を言ってるんだ。
俺は、
通りすがりの名
探偵だと……」
嘘をつけ。
あんたは、
世界落語愛好家協
会から派遣された大阪出身の殺し屋だ。
ミステリ好きで、
ミステリのことを他人
に教えずにはいられない
「ミステリはワ
イにおまかせ」
略して
「ミスはワイ」
(ご冥
福をお祈りします)
というコードネーム
のスナイパーだ。
「アーイーヤー、
く、
くそっ、
なんでわかっ
たんや」
あんたの言葉の端々に出る大阪弁さ。
俺は、
わざとベタな大阪弁を使って、
あん
たを試してみたんだ。
最初は無理してひ
文:田中啓文
第 9 回:落語とミステリ
どい東京弁を使っていたが、
興奮してく
ると大阪弁が混じる。
どうやら化けの皮
がはがれたようだな。
「しもた……ばれとったんか……」
あんたは、
世界落語愛好家協会からの
依頼を受け、
俺の名を騙って、
わざと稚拙
な文章をガイナックスのホームページに
載せ、
俺の評判を落としたうえで、
困った
俺が藁にもすがりたい気持ちでいるのを
利用して俺に接近し、
言葉巧みに取り
入った。
どこか人目につかないところに
連れ出して、
こっそりと始末するつもり
だったんだろうが、
そうは卸屋が卸さな
い。
俺はとっくに気づいていたのさ。
「く、
くそっ……こうなったらやぶれかぶ
れや」
おっと、
そんなおもちゃはしまっとき
な。
俺は、
柔道三段、
剣道五段、
合気道四段、
棒術二段、
十手取り縄術三段……。
「ま、
ま、
まさか、
釣りきち三平に出てきた
十五段先生というのはもしかしたら
……。
だが、
わいも負けとらんで。
わいは、
算盤三級、
スイミングスクールCクラス、
RAKUGO
アイススケート八級、
日本皿洗い選手権
だ。
作者のセリフにはもともと鍵かっこ
準優勝、
K川ホラー大賞一次予選通過、
ふ
はついていなかった。
叙述トリックとい
ぐ調理師免許、
家屋調査士免許、
大型特殊
うやつだな
(ちがうか)
。
免許……」
「し、
しまった」
なるほど、
刺客だけに資格を持ってい
年貢の納め時だ、
おとなしく降参しろ。
るわけだな。
「そういうおまえはいったい誰だ」
「あんたもベタやな。
死ねえええっ」
俺か。
俺はな……。
どすっ。
◇
ばきっ。
誰にしよう、
と私は思った。
がつっ。
まあ、
誰でもいいか。
「ふっ……正義は勝つ。
こうなったら、
意地
今回はミステリ特集ということで、
何
だ。
世界落語愛好家協会め。
いくらでも刺
の仕込みもなく、
思いつきで書き始めて
客を送りこんでくるがいい。
俺は、
決意し
みたが、
それももう限界だ。
はっきりいっ
た。
これからもずっと絶対に絶対に
て、
全く収拾がつかなくなっている。
ぜーったいに落語のことは書かないぞ!」
これが、
メタ構造というやつか……。
待て、
ミスはワイ。
私は、
長いためいきをもらし、
次回こそ
「何を言ってるんだ。
ミスはワイは、
ここに
は落語の話題に戻ることを誓うのだっ
倒れている。
俺は、
このエッセイの作者だ」 た。
ふふふ……嘘をつけ。
おまえはミスは
ワイだ。
今、
この男と入れ替わっただろう。
「じ、
冗談もたいがいにしろよ。
俺は正真正
銘の……」
動かぬ証拠はセリフの前後の鍵かっこ