天使のためいき - Chat Noir

天使のためいき
ージュ」も「パンタロン」も「エステ」
福島 祥行
もフランス語だったっけ…
学生時代に 2 年間習っただけのフラン
ス語の記憶は、もちろん霧の彼方だ。け
れど、初老の先生がモゴモゴ喋った雑談
だけは、妙にはっきりと憶えている。
――「G パン」てのは「ジーンズ・パン
ツ 」と い う 和 製 英 語 の 略 で す が 、jeans と
いうのはイタリアのジェノヴァのという
意 味 の 古 い 仏 語 janua か ら 来 て ま し て 、
pants て の は 仏 語 の 長 ズ ボ ン pantalon
から米語にはいった言葉なんですね…
なんとか会社をサボる口実を考えなが
らも、ゴミだけは出しておこうと、傘を
さしてアパートのゴミ集積所にいき、ゴ
ミ袋を抛り込んで戻ろうとした美喜の眼
に、コンクリート塀の横で雨に打たれて
いる鳥の翼のようなものと、その下の人
雨の日にアンニュイになるのは、新し
の姿が映る。叫ぶのを思いとどまって駆
く買ったベージュのパンタロンが履けな
け寄ってみると、それは背中に翼をはや
いせいじゃないし、起きぬけに鏡に向か
し た 12 歳 ぐ ら い の 男 の 子 だ っ た 。
った視線が、思わずエステのちらしに吸
――ちょっと、だいじょうぶ…?
い寄せられてしまったことへの自己嫌悪
――お腹すいた…
のせいでもない。もちろん、昨日の係長
――…!
の小言とかお局様の嫌味とは無関係だ。
傘を抛り出して、男の子を引きずるよ
――なんとなく…
うに部屋に戻ると、会社にはでっち上げ
だが、そう口に出してみると、まこと
の理由で遅刻の旨を伝え、とりあえずで
に無駄に落ち込んでいる気がして、いっ
茹でたパスタを男の子の前に置く。
そう気が滅入った。こんな日に現実逃避
――きみ、だれ?
したくなったとしても、美喜を責めるわ
――天使
けにはいかないだろう。テレビに目をや
――少年、年上をなめちゃいけないよ
ると、ニュースがパリ市長選挙の話題を
――フランスに行きたいと思ってる?
やっている。ふと彼女の頭の中に「フラ
――なによ、いきなり…
ンス留学」という文字が浮かんだ。
――勉強しなおそうかなとも思ってるね
――そういえば、
「 ア ン ニ ュ イ 」も「 ベ
絶句する美喜に構わず、男の子はパス
①
タをパクつく。
― ― 黒 海 の 南 側 。向 こ う は カ フ カ ス 山 脈 。
*
現 在 で い う と 、ト ル コ 東 部 ロ シ ア の 南 西 、
美喜の許へ《天使》が転がり込んだの
カザフスタンの西側ってとこかな
は、そういうわけでだった。
――現在って、いま、いつなのよ?
――あんた、天使なんだったら、エイヤ
――さあ。あそこの人に訊いてみようか
ッて、ペラペラにしてよ、フランス語
――訊いてみるって、何語で?
――それじゃ魔法使いだよ。だいたいそ
――インド・ヨーロッパ祖語。フランス
んな力があったら、腹ぺこでひっくり返
語や英語やドイツ語やロシア語やペルシ
ってなんかいないね。空腹がおさまった
ャ語なんかの共通の祖先。イギリスの考
ら、時空間移動の力くらい使えるけど
古学者コリン・レンフルーによると、イ
――ぜんたい、どうして翼ぶらさげたデ
ン ド・ヨ ー ロ ッ パ 祖 語 は 紀 元 前 七 千 年 前 、
クノボーに成り下がっちゃったのよ?
この辺で生まれて、それが農耕の伝播と
――まあ、ワケありってやつさ
共に西ヨーロッパに流入したんだとさ
――あんた、ほんとに天使?
――紀元前七千、てことは九千年前…
――その証拠に、フランス語の歴史を見
――まあ、他の説も色々あって、紀元前
せてあげよっか
四千年だとかもっと後だとか、場所もカ
――なによ、それ
スピ海の北側だとか北欧の方だとか…
――フランス語の系統って知ってる?
――ふむ、フランス語と英語で似てると
――さあ、イタリア語やスペイン語の仲
こがあるのは、親戚だったせいかあ
間だってことくらいかな。あ、英語とも
――それにはまた、別の理由が…
単語が似てるよね
――でも、英語には、フランス語みたい
――まあ、そんなとこだろうと思った
に、名詞に男性・女性なんかないよね
かいびゃく
――そりゃあんたは天地開闢以来住ん
― ― 英 語 に も 12 世 紀 ぐ ら い ま で は 名 詞
でんだから、モノシリでしょうよ
に三つの性があったんだよ
――じゃ、行こうよ
――ふたつだってヤヤコシイのに…!
男の子はやにわに立ち上がると、美喜
― ― イ ン ド・ヨ ー ロ ッ パ 祖 語 の 名 詞 に は 、
の手を掴む。
「生物/無生物」の区別があってね、生
――ちょっと、どこ行くのよ?
物は雄と雌からなるから「男性/女性」
――いいから、黙ってついておいでって
に分けられるけど、無生物はそれ以外と
*
いうことで、
「 男 性 / 女 性 / 中 性 」っ て 三
ジャンル
次の瞬間、美喜たちは見渡すかぎりの
つ の 文 法 上 の 性 (genre )が で き た の さ 。 今
草原に立っていた。
でも、ドイツ語やロシア語には三つの性
――どこよ、ここ…?
があるし、フランス語のお母さんにあた
るラテン語にだってあったよ
― ― じ ゃ あ 、「 天 使 」 っ て 男 性 名 詞 ?
②
――でも、日本語は別系統なんでしょ?
主なインド・ヨーロッパ諸語
●イタリック語派
◆ラテン語→フランス語/イタリア語/ス
ペイン語/ポルトガル語/ルーマニア語な
ど◆オスク語など
●ギリシア語派◆ギリシア語
●ケルト語派◆島嶼ケルト→アルランド語
/ウェールズ語/ブルトン語など◆大陸ケ
ルト→ガリア語など
●ゲルマン語派◆東ゲルマン→ゴート語◆
北ゲルマン→アイスランド語/デンマーク
語/スウェーデン語/ノルウェー語など◆
西ゲルマン→英語/オランダ語/ドイツ語
/フリジア語など
●スラヴ語派◆北スラヴ→ロシア語/ウク
ライナ語など◆西スラヴ→ポーランド語/
チェコ語/スロヴァキア語など◆東スラヴ
→ブルガリア語/セルビア語/クロアティ
ア語/スロヴェニア語など
●イラン語派◆ペルシャ語/クルド語など
●インド語派◆サンスクリット/ヒンディ
ー語/シンハラ語/ベンガル語など
――まあ、現在のところ、日本語は系統
*
アンジュ
― ― フ ラ ン ス 語 の ange は 男 性 だ け ど
――へえ、中性じゃないんだ
――なんだよ、じろじろ見るなよ…
――けど、ペルシャ語とも親戚とはねえ
――仏教の言葉になってるインドの
サンスクリット
梵 語 も ね 。ほ ら 、卒 塔 婆 (stupa)と か 奈 落
(naraka) と か 刹 那 (ksana) と か け っ こ う 日
だ ん な
本語にも這入ってるよ。
「 旦 那 」も サ ン ス
ク リ ッ ト dana か ら で 、 元 の 意 味 は 「 お
ド ン
布 施 」。こ れ は フ ラ ン ス 語 の don (贈 与 )、
ド
ヌ ー ル
donneur ( 与 え る 人 ) と か 、 そ の フ ラ ン ス
ド ナ ー
語 由 来 の 英 語 donor と 同 じ 語 源 だ ね
不明の言語だけど、アメリカの言語学者
次の瞬間、二人は、塀で囲まれた街の
メリット・ルーレンなんか、紀元前十万
一角にいた。周りでは、なにやら人々が
年 に 口 に さ れ た tik っ て 単 語 が 人 類 最
慌ただしく立ち働いている。
初の言葉だっていってるぞ
――ここって、街…?
――紀元前十万年なんて、想像もできな
― ― 紀 元 前 52 年 、フ ラ ン ス 中 東 部 、Alesia
い よ 。だ い た い 、tik っ て ど う い う 意 味 ?
の 城 市 。今 の Bourgogne 地 方 、Dijon の北 東
――「指」って意味だってさ
辺りで、全ガリア連合軍を率いるウェル
――あ、でも、あんた天使なんだから、
キンゲトリクスが籠城してる
ほんとの歴史知ってんでしょ?
――ガリア?
ア レ シ ア
ブ ル ゴ ー ニ ュ
実際の
ディジョン
ゴ ー ル
ところ、どうだったわけ?
― ― フ ラ ン ス 語 で は Gaule だ け ど 、よ う
――えーと、じゃ、次!
するにケルト人のことさ。北はイングラ
ンドから西はイベリア半島まで広がった
問答無用で美喜の腕をひっつかむ。
一族で、独特の文化を持ってたんだ。そ
「父」
る」
パ
テール
印 欧 祖 語 (BC3000) *p ´t e r
パーテル
ラ テ ン 語 (BC50)
<*g w emit
ゴ ー ト 語 (350)
英語
ドイツ語
フランス語
イタリア語
pater
ファザル
fadar
ファーザー
father
ファーター
Vater
ペ ー ル
père
パードレ
padre
「 彼 が 来
グ
の中で、多くの部族が集まってたのが、
ウェメティ
*g w emeti
venit
今のフランスとベルギーの辺りで、ロー
クウィミス
― ― Paris っ て ケ ル ト 系 の 名 前 だ よ ね ?
ウェニット
ガ
リ
ア
マ 人 か ら Gallia っ て 呼 ば れ て た
パ
qimiþ
he come
er kommt
il vient
viene
リ
パリスィー
― ― そ う 、 ガ リ ア の 一 部 族 Parisii 族 の
土地っていう意味さ
――でも、フランス語って、ラテン語、
つまりローマ人の言葉の子孫でしょ?
③
――『ガリア戦記』で名高いガリア討伐
――なに、それ…
戦の七年目、かのユリウス・カエサル率
――フランク族ってのはゲルマン系で、
いるローマ軍に囲まれたこのアレシアは
もともとライン川の東にいたんだけど、
落城、全ガリアはローマの支配下に這入
クローヴィスっていう頭領が西の方に進
り、人々はラテン語を話すようになる。
出、ガリア全土を征服して王国を打ち立
この後、共和制から帝政に移行したロー
て、パリに都をおいたのが 5 世紀末。フ
マはどんどん広がって、地中海沿岸地域
ラ ン ス の 初 代 国 王 さ 。つ い で 8 世 紀 に は 、
を 制 覇 す る ま で に い た る け ど 、 395 年 東
トランプのハートのキングのモデル、シ
西 に 分 裂 、476 年 に は 西 ロ ー マ 帝 国 滅 亡 、
ャルルマーニュ大王が一大王国を築くけ
なま
その間、徐々に各地で訛っていったラテ
ど、孫たちが領土を分割相続して、フラ
ン語が、土地の言葉になったってわけさ
ンク王国は三分裂。末弟シャルルの国に
(パウルスはユーリアを愛している)
パウルス・
ラテン語
ユーリアム・
なった西フランクこそ、今のフランスさ
アマット
Paulus J u l i a m amat .
パウロ・
アマ・
フランク
― ― そ う か 、 France っ て 国 名 、Franc か
ジュリア
イ タ リ ア 語 Paulo ama Giulia .
ポル・
エム・
ら 来 て る ん だ 。で も 、ゲ ル マ ン の 国 な ら 、
ジュリ
フ ラ ン ス 語 Paul aime Julie .
――ふうん、フランス語って、ラテン系
ゲルマン語になっちゃうんじゃないの?
だったんだ。どうりで、フランス語とイ
――フランク族ってのは、長年ローマと
タリア語って似てるはずよねえ
付き合ってたからね。でも、兵士たちは
――でも、フランス語はゲルマン系の影
地元の言葉しかわからなかったから、あ
響をうけてるんだけどね
の誓約の文書、お互いに相手方の言葉で
――ドイツ語や英語の影響を?
書いてるんだよ
――ちょっと違うんだな。さ、行こうか
――ということは、ルートヴィヒは西フ
――またあ…!
ランクの言葉で書いた…?
――そう。その文章が、現存してる最古
*
のフランス語文献なんだけどね
彼方では、甲冑に身を固めた兵士の群
が、二手に分かれて対峙している。
――でも、さっき、ゲルマン語の影響は
――また、戦争…?
あったっていってたじゃない
――ううん。そっちが西フランク国王シ
――単語の流入とか、発音の変化とかに
ャルルの軍、あっちが東フランク国王ル
影響があったね。でも根本はラテン系さ
ー ト ヴ ィ ヒ の 軍 。842 年 2 月 14 日 、今 は
――じゃあ、単語が英語と似てるのは?
と 、男 の 子 は 、無 言 で 美 喜 の 腕 を 掴 む 。
ス ト ラ ス ブ ー ル
仏 独 の 境 目 に な る Strasbourg で 、お 互 い
*
に協力しようって誓約書を交わしてると
――なによ、また戦争じゃない…!
ころ。二人は兄弟なんだ
しかも、激戦のまっただ中だ。
かな
――やっぱ、仲良きことは美しき哉よね
――手を組んで、一番上の兄貴ロテール
― ― 1066 年 10 月 14 日 、英 南 部 ヘ イ ス テ
と喧嘩しようって約束なんだけどね
ィングス。イングランドの王位継承権を
④
主張する北仏ノルマンディー公ギヨーム
の瞬間、突貫してくる騎兵の前から、二
の軍勢が、新王に名乗りを上げたウェセ
人の姿は掻き消えていた。
ックス伯ハロルドの軍と激突してるとこ。
*
ノルマンディー公っていうのは、パリを
地 中 海 の 海 辺 。頭 上 は 、満 天 の 星 空 だ 。
含めた北仏一帯を荒らし回ったノルマン
― ― う わ あ 、す っ ご ー い !
こ こ 、ど こ ?
コ
ル
ス
人 、つ ま り 北 欧 の ヴ ァ イ キ ン グ の 末 裔 で 、
― ― 1944 年 7 月 30 日 、 コ ル シ カ 島 北 東
占領した土地を正式に貰うかわりに、フ
部ミオモの海岸。少し南のボルゴ基地に
ランス王に臣従してたんだ
は 、連 合 軍 北 ア フ リ カ 戦 線 33-2 偵 察 飛 行
――で、どっちが勝つの?
大隊が駐屯してる…
――ギヨームだね。即位後は呼び方も英
――どうして戦争中ばっかりなのよ!
語式にしてウィリアム 1 世。つまり、イ
あんた、神の使者なんでしょ?
ングランドはフランス人の国になっちゃ
― ― 同 年 8 月 15 日 、 連 合 軍 、 南 仏 に 上
っ た 。そ の 結 果 、以 後 200 年 に わ た っ て 、
陸 、同 25 日 、パ リ 解 放 。翌 年 、戦 争 終 結
イギリスの公用語はフランス語だった。
…
ア ン ゲ ロ ス
当 然 影 響 も の す ご く 、 現 代 英 単 語 の 30%
美喜は憮然として海の方を見やる。
は、フランス語由来だそうだよ
――コルスって、フランスなんだよね…
――なるほど、単語が似てるわけよねえ
― ― 1768 年 以 来 ね 。中 世 以 来 、フ ラ ン ス
と、二人の傍らの地面に、折れた槍の
がヨーロッパの中心として勢力を伸ばし
先が宙を舞ってきて突き刺さる。
たおかげで、長らくフランス語は全欧州
――いやあ、激戦だねえ。この戦争の様
の共通語、つまり外交や文化の言葉とし
子を刺繍した壁掛けが、ノルマンディ西
て栄えることになるんだけど、経済的に
バ イ ユ ー
部 の 街 Bayeux の 教 会 に 残 っ て る よ
もイギリスに負けじと、アメリカ新大陸
――ナニ呑気なこといってんのよ
を は じ め 、 あ ち こ ち に 植 民 地 を 作 り 、 19
― ― だ い じ ょ う ぶ 、『 俺 た ち は 天 使 だ 』
世紀にはインドシナやアフリカ北部、西
――冗談じゃないわよ、沖雅也じゃない
部にも進出した。ま、そのせいで、今で
ん だ か ら 。『 俺 た ち は 天 使 じ ゃ な い 』 !
もカナダやアフリカ諸国をはじめフラン
――ぼくは、デ・ニーロのリメーク版よ
ス語を公用語とする国がたくさんあるわ
り、ボギーのオリジナルの方がいいな
けだけどね。フランス語を使う国々が集
ヌ ・ ヌ ・ ソ ム ・ パ ・ デ ・ ザ ン ジ ュ
――あ、
『 わ た し た ち は 天 使 じ ゃ な い 』っ
ま る「 フ ラ ン ス 語 圏 会 議 」に は 、50 以 上
て、フランス・ギャルの歌もあったっけ
の国や地域が参加してるよ
― ― 60 年 代 の 日 本 じ ゃ 、『 天 使 の た め い
――へえ、フランス語って、けっこうイ
き』ってタイトルにされてたけどね
ンターナショナルなんだ
――ザ・ピーナツがカヴァーしたやつね
――国連の作業語や欧州議会の公用語は
――うーん、マニアックなネタだ…
英仏二語だけだしね。昔からのフランス
途端に、美喜が悲鳴を上げる。が、次
語圏のベルギーやスイスでも公用語だよ
⑤
オ ・ ル ヴ ォ ワ ー ル
― ― そ う そ う 、ボ ギ ー の『 カ サ ブ ラ ン カ 』
――じゃ、またね!
しばし海に向かって夜空を眺めていた
って、仏領モロッコの話だったっけ?
――なんだ、見てないの?
ル・
北アフリカ
プティ・
プ ラ ン ス
Le Petit Prince の 作 者 は 、陽 気 に 挨 拶 す
の チ ュ ニ ジ ア 、ア ル ジ ェ リ ア 、モ ロ ッ コ 、
ると、元来た闇の中へ消えていった。
いわゆるマグレブ三国はフランス語圏さ。
― ― 12 時 30 分 、 予 定 時 間 に 帰 還 せ ず 。
フランスにも、多くの人が移住してるよ
14 時 30 分 、 積 載 燃 料 に よ る 可 能 航 行 時
――そういえば、仏文学でいちばん有名
間 を 過 ぎ る 。 31 日 の 基 地 日 誌 特 記 事 項 、
な 本 、『 星 の 王 子 さ ま 』 の 作 者 サ ン =テ グ
「操縦士帰投せず、死亡と推定さる」
ジュペリも、郵便飛行機でカサブランカ
――…
に飛んでたのよね
――誰だって、やるべきことをやるため
――しかも『王子さま』も『カサブラン
に生まれてくるんだから…
カ 』 も 、 一 年 前 、 1943 年 の 発 表 だ よ
美喜は項突く。
ふ い に 、男 の 子 は 空 の 一 角 を 振 り 仰 ぎ 、
その時、闇の中から人影がのっそりと
――いけね、もう戻らなくっちゃ…
現れ、二人をぎょっとさせる。
ボ
ン
ソ
ワ
ー
ル
――あ、またイキナリなんだから!
――こんばんわ…
――あ、ボ、ボンソワール…
*
大 柄 な そ の 男 は 、煙 草 を ふ か し な が ら 、
気がつくと、男の子の姿はなかった。
海岸に向かって歩いていく。
当然かもしれない。たぶんリアルな夢だ
――だれ、あの人?
ったのだろう。でも、パスタの切れ端が
― ― 33-2 飛 行 大 隊 第 3 中 隊 所 属 、ア ン ト
へばりついたお皿の説明まではできない。
ワ ー ヌ ・ ド ・ サ ン =テ グ ジ ュ ペ リ 少 佐 …
美喜は深く考えないことにした。
― ― え っ 、あ れ が ?
――さーてと、仕事、いくか…
あ 、サ 、サ イ ン を !
駆け出そうとする美喜を押しとどめて、
あの日から集めだした語学学校のパン
――きっと一人になりたいんじゃないか
フの束をテーブルの端にそろえて置くと、
な 。明 日 は P38 ラ イ ト ニ ン グ に 搭 乗 し て 、
窓に眼をやる。外は、今日も雨だ。
最後の偵察飛行に出るんだから…
――あいつ、守護天使だったのかな…
――最後って…?
あ、まさか…
そうつぶやくと同時に、どこかで溜息
― ― 1944 年 7 月 31 日 8 時 45 分 、 223 号
の音が聞こえたような気がした。
機、リヨン東部地域航空写真撮影に出発
(ふくしま・よしゆき
――とめなくちゃ…!
けれど、前に立ちはだかった男の子の
視 線 に 捉 え ら れ て 、美 喜 は 動 け な く な る 。
――だって、あと少しで勝つのに…
――歴史は変えられないんだ、たとえ神
様でも…
⑥
イラストも)