逆流性食道炎の話(上) - 一般社団法人 日本海員掖済会

逆流性食道炎の話(上)
小樽掖済会病院
部
長
佐々木
消化器科
宏 嘉
食べすぎ、飲みすぎの後や、脂っこいものを食べた後などに、みぞおちのあたりの焼
けつくような感じや、酸っぱい水が上がってくる症状を、一般に胸焼けと呼んでいます。
私たちが日常の診療で、非常によく見かける消化器症状の一つです。では、胸焼けの時
には、体の中でどのようなことが起っているのでしょうか?
胸焼けの正体は、胃酸の食道への逆流です。本来、食道内は中性の環境にあり、胃と
食道の接合部(噴門)には、胃酸の逆流を防ぐバリアー(下部食道括約筋)が存在しま
す。すなわち、胃酸が分泌されると、このバリアー、すなわち筋肉が収縮し、噴門部は
閉じて胃酸が食道内へ逆流するのを防いでいます。しかしながら、このバリアーの働き
が落ちてしまうと、食道内に過剰の胃酸が入りこみ、食道下部を中心とした食道粘膜は
炎症を起こします。これを、逆流性食道炎と呼んでいます。日本では食生活の欧米化に
伴う脂肪の摂取過多により、10∼20年ほど前から増加傾向にあり、中年以降の人に
多く発症します。また、こうした胃酸の食道への逆流により、胸焼け以外にも‘のど’
の違和感や、慢性的な‘せき’といった症状が起こることも知られています。では、次
に、逆流が起こる原因についてお話しします。
逆流が起こりやすくなる原因疾患の一つに、食道裂孔ヘルニアという病気があります。
食道は横隔膜を通って胃につながりますが、その高さはちょうど噴門の高さに位置して
おり、横隔膜は噴門の働きを補助しています。ところが、加齢に伴い、この食道が短縮
するにつれて胃が横隔膜より上に持ち上げられた状態になります。これを食道裂孔ヘル
ニアといいます。この場合、酸逆流防止に働いていた噴門と横隔膜の共同作業が行われ
なくなるため、逆流しやすくなるのです。また、前屈みの姿勢を長時間続けたり、力仕
事などでお腹に力を入れたりした場合にも腹圧が上昇し、逆流を起こします。食べすぎ
や脂肪食を摂取した場合には、消化管ホルモンの影響でバリアーの力が弱くなります。
逆流性食道炎の診断には、上部(胃、食道)消化管内視鏡検査が最も一般的です。
典型的な例では、食道下部に縦に線状の‘びらん’を認め、同時に食道裂孔ヘルニアの
有無についても診断できます。しかしながら、胸焼けの症状があるにも拘らず、内視鏡
的に全く異常を認めないケースも少なからず存在し、こうした例では、食道内の酸濃度
を24時間測定することにより、より正確な診断が可能となります。
次回は、逆流性食道炎の治療のお話しです。
逆流性食道炎の話(下)
小樽掖済会病院
部
長
佐々木
消化器科
宏 嘉
前回は、胸焼けの原因となる逆流性食道炎の症状や、逆流を起こすしくみについてお
話ししましたが、今回は、治療のお話しです。治療の基本は、食道内に酸が逆流するこ
とを防ぐことです。逆流防止のための生活習慣の改善にはどういったことが必要かと申
しますと、まずは原因の除去が第一です。すなわち、暴飲暴食や、早食いといった食事
習慣の改善と、胸焼けを起こしやすい高脂肪食やケーキ、饅頭などの甘味食、柑橘類、
酸味の強い果物は、なるべく控えることが大切です。また、食後すぐに横になったり、
長時間前屈みの姿勢をとったりする動作も、胃酸が食道に逆流しやすくなります。
生活習慣の改善にも拘らず症状が改善しない場合には、薬物療法が必要となります。
逆流性食道炎の薬物療法の中心は、胃酸分泌の抑制と消化管の運動の活発化です。薬局
で市販されている制酸薬の多くは、直接胃酸を中和する働きを持つものが多く、即効性
はありますが効果としては弱く、症状の強い方には不十分です。近年は、胃酸を分泌す
る細胞の働きを直接おさえる薬(プロトンポンプ阻害薬)が保険適応となり、非常によ
い治療成績を上げております。一日一回の内服で長時間効果があり、問題となる副作用
も少なく、私たちが逆流性食道炎の治療をする上での第一選択薬です。この薬と消化管
の運動を活発化する薬との併用により、ほとんどの方に自覚症状の改善が認められ、快
適な日常生活を過ごされています。
しかしながら、こうした内科的な治療によっても改善しない場合、例えば強度の食道
裂孔ヘルニアなどで、胃酸の逆流を防ぐバリアーの機能が廃絶している場合には、外科
手術の適応となります。手術の方法は、ヘルニアの修復と、噴門の形成ですが、最近は
外科治療の進歩により、腹腔鏡下にこうした手術を行う施設もあります。
逆流性食道炎は、ガンや心筋梗塞などと違って、死に直結するような病気ではありま
せん。しかしながら、頑固な胸焼けは、非常につらいものであり、日常生活にも大きな
支障となります。また、
‘のど’の違和感や、持続する‘せき’などで耳鼻科や呼吸器
科を受診しても異常を指摘されず、病院を転々とする患者様も見受けられます。逆流性
食道炎は、これらの症状の原因疾患の一つであり、プロトンポンプ阻害薬を投与するこ
とで、ピタッとせきが止まったケースも多々あります。こうした症状でお悩みの方は、
一度専門医に御相談することをお勧めします。