C H AP T E R 1 融資の意義・目的 いままで少なからずとも融資業務を経験してきた人には, 「融 資の意義・目的」について,それなりに自 自身の えをおもち のことでしょう。しかし,それがすべてでしょうか もし,融資の意義・目的の一部 しか理解していないとするな らば,足りない部 を補うことにより,さらに幅広い融資業務を 展開することができるでしょう。 本章では,融資の意義・目的について解説しますが,これは融 資業務と重要な関連性をもっており,基本的なことですので,し っかりと理解しなければなりません。 1 融資の意義と基本原則 融資の基本原則には5つあります。①安全性の原則,②収 益性の原則,③成長性の原則,④ 共性の原則,⑤流 原則の5つです。これら原則の正確な理解の有無によ 資推進活動の幅を大きく変えてしまいます。 また,これらの原則は融資の指針を示すもの であり,つまり融資開拓を行う際,どのような 方向性をもち行えばよいかの,判断基準になる ものです。 1.融資は金融機関の基本機能 …………………………………………………………………………… 金融機関の基本的な業務には,受信・与信・為替の3業務と,これらに付随したサ ービス業務があります。受信業務の中心は預金の受入であり,これにより金融機関は 預金者に対して資金の安全保管機能や貯蓄手段提供機能,さらに通貨・準通貨による 支払手段提供機能などの,諸機能を提供していることになります。また与信業務では, 融資により資金供給機能・ 信用 造機能 を発揮しています。 金融機関の重要な存在意義は,資金の受入と供給業務を同時に行うことにより,社 会的資金仲介機能を発揮していることにあります。この社会的資金仲介機能は,金融 機関が有する専門知識や情報を活用することにより,安全で有意義な仲介を可能にし ています。 これらの諸機能は,その基本的な性格として社会性が強いため,これら諸機能を広 く社会に提供する金融機関は,おのずから 共的な存在であるといわねばなりません。 金融機関が他の一般企業にも増して,経営の 全性を問われる理由はここにあるので す。とくに金融環境の変化や,国際化の進展が著しい現在,金融機関の 要請は,よりいっそう高まっているといえます。 2 全性向上の 1 融資の意義と基本原則 図1-1> 金融機関の諸機能 安全保管機能・貯蓄手段提供機能 受 信 業 務 金 支払手段提供機能 融 機 資金供給機能 関 与 信 業 務 信用 造機能 2.金融機関の 全性向上と融資 …………………………………………………………………………… 金融機関が 内容の 全経営を行うためには,運用資産の安全性と流動性の確保など,資産 全性維持が必要になります。そして,それらの資産を効率的に運用すること による収益性の確保,自己資本の充実なども重要な課題です。しかし,強い社会性を 帯びている金融機関としては,利益中心的な経営姿勢に偏るようなことがあってはな りません。さらに,横並び経営に安住するのではなく,企業が真に求めているものを 追求するとともに独自性を発揮するなど,新しい経営体質の構築も望まれます。 3.融資の基本原則 …………………………………………………………………………… 金融構造は実体経済の流れと表裏一体の関係にあるといえます。したがって,企業 の資金ニーズも実体経済の動向や,それぞれの時代の要請を受けて大きく変動してい ます。さらに金融機関の融資先はあらゆる業種に及び,企業規模もさまざまです。 そのうえ企業は,それぞれを取り巻く経済環境のなかにあり,その環境も絶えず変 化しています。そのなかにおいて融資渉外担当者としては,企業ニーズを迅速かつ的 信用 ITEM アイテム 造機能 金融機関は,預金を原資として貸出を実行することができ る。これは,受け入れた預金の支払準備としてつねに 100%の資金を確保し ておく必要がなく,一定割合以上を運用に回せるからである。そのうえ,貸 し出した資金の一部を再び預金として受け入れるので,これを貸出金の原資 として利用できることになる。こうした過程を通じて,当初,受け入れた預 金金額の数倍の預金通貨を 出することをいう。 3 確に把握しなければなりません。さらに融資に際しては,企業の実態把握,資金 途 の確認,所要資金の算定,返済財源の確認,返済期間・方法などの検討を行わなけれ ばなりません。 そこで,これらの融資業務を適切に取り扱うためには,なによりも基本を守ること が重要になりますが,それが「融資の5原則」とよばれるものです。 ⅰ ⃝ 安全性の原則 ⅱ ⃝ 収益性の原則 ⅲ ⃝ 成長性の原則 ⅳ ⃝ 共性の原則 ⅴ ⃝ 流動性の原則 融資の基本原則は5つありますが,いずれの原則に重点をおくか,優先順位をどの ようにするかは,各金融機関の融資戦略や,個別の案件により異なってきます。ライ バル金融機関との競争が激化すると,「木を見て森を見ず」が表わすように,つい融資 の5原則を見失いがちになります。しかし,長期的・マクロ的見地から, 全な融資 渉外業務の推進は,あくまでこの5原則の調和のうえに成り立つことを忘れてはなり ません。 ⑴ 安全性の原則 回収に懸念のないこと 安全性の原則 将来(見通し)のチェック 担保はあくまで信用補完 ① 回収に懸念のないこと……安全性の原則(その1) 金融機関が 全性を維持・推進するにあたっては,まず運用資産の安全性を確保す る必要があります。そのため,融資の資金源においては,そのほとんどが預金などの 外部負債に依存していることから,預金者保護や信用秩序維持のために融資金回収は 確実でなければなりません。もし,融資金の回収遅 動性を損じ,経営基盤の が発生した場合,運用資産の流 直化を招きます。さらに融資金の回収不能は,金融機関の 収益性を大きく低下させるばかりでなく,運用資産の減少も招き,最悪の場合は,金 融機関の存立基盤までも危うくしてしまうことになりかねません。 したがって,融資の実行に際しては,融資先の資金 ける対応力などについて十 途や償還能力,業況変化にお な検討が必要であり,不動産担保や保証人などによる債 権保全の確認も欠かせません。 ② 4 将来(見通し)のチェック……安全性の原則(その2) 1 融資の意義と基本原則 たとえば運転資金の場合は,融資先の売上債権の回収,棚卸資産や流動資産の資金 化等により償還財源が確保されます。一方,設備資金の場合は,その企業の減価償却 費と税引後当期利益により長期 割返済されるのが一般的です。したがって,融資先 の資産運用状態や収益状況の正確な把握なくしては,償還計画の妥当性や償還能力の 見通しは不可能であり,融資の安全性確保も十 に行うことができません。 また融資実行時において,これらの点について十 に安全性を確認したとしても, 景気変動や産業構造の変化,海外経済環境の変動など,外的変動要因等の不確定要因 が大きい場合は,将来についての安全性も重視したチェックが必要になることもあり ます。 ③ 担保はあくまで信用補完……安全性の原則(その3) 安全性は,あくまで債務者の償還能力によって決められるべきものであり,回収に 懸念がある場合は実行を見送るのが原則です。しかし,実際には融資条件を厳しくし たうえで,物的担保や人的担保を徴求して案件を採り上げるケースも少なくありませ ん。安全性の点から問題になるのは,企業の実態把握をおろそかにしたり,また,あ きらかに信用に不安が認められるのに,不動産担保の徴求が可能だからとして融資を 実行することです。さらに,企業の信用に不安がないにもかかわらず,少額・短期の 融資にまで,必要以上の担保を徴求するケースです。担保の徴求は融資の目的ではな く,あくまで信用補完であることを認識すべきです。 ⑵ 収益性の原則 収益性の原則 ① 金利と社会的 金利と社会的 命 合的な取引メリットの追求 命……収益性の原則(その1) 5 安全性の確保と並び重要なのは,収益性の確保です。金融機関は資金調達に際して, 預金などの外部負債に対して利息を支払っています。そしてそれに営業経費を加えた ものが,資金コストになります。したがって,この資金コストをカバーする収入の確 保が,金融機関の経営上の基本要件といえます。また,適正な利益を確保して内部留 保を充実させ,経営の 全性をより高めることは, 共性をもった金融機関に課せら れた社会的な責任といえます。 融資業務の収益を簡単に表わすと,貸出金利と貸出金額との積になります。したが って,一般的には貸出金利をできるだけ高く設定すると同時に,預金量を増やし運用 資金量を増大させることにより,収益増加が可能になります。しかし,現実において 貸出金利の水準は,内外金融市場における金利体系や金利政策などにより,一定の範 囲内に収斂します。金利は,あくまで金融機関と融資先の合意によって成立するもの ですが,もし金融機関が自己の収益増大のために,不当に高い金利を押し付けるよう では,競争力を失いやがて多くの融資先を失う恐れがあります。 つまり産業や企業の育成をするという社会的な存在意義に反するような金融機関の 経営姿勢は,自らの経営基盤を弱体化させてしまう結果にもなりかねないのです。金 融機関は,いたずらに金利を高くするのではなく経営の効率化や融資の効率化に努力 することにより,つねに豊富で良質な資金を,できるだけ低金利で企業に供給すると いう,社会的 ② 命をまっとうしなければなりません。 合的な取引メリットの追求……収益性の原則(その2) 個別取引の収益性は,約定金利だけで決定されるものではなく,約定金利の妥当な 水準維持と取引メリットの確保により得られるものです。したがって,つねに妥当な 金利水準の維持だけでなく,融資先の営業性資金の 合的な獲得,また納税・配当・ 増資払込・給振などの取扱が必要です。これらに伴う実質的な預金歩留りの向上や手 数料収入の拡大,多面的な取引の推進こそが,収益性の向上には欠かせないものとい えます。 ⑶ 成長性の原則 成長性の原則 ① 融資先の成長は金融機関の成長 将来性への配慮 融資先の成長は金融機関の成長……成長性の原則(その1) 金融機関の融資活動は,一般の経済情勢の変化や社会的ニーズの動向と密接な関連 性をもっています。とくに経済の転換期にあっては,金融機関として,将来に向けて さらなる発展を指向して,企業に対する積極的なサポートが必要になります。 6 1 融資の意義と基本原則 これは,長期的にみれば,金融機関の成長は,融資先の成長性にかかっているとい っても過言ではないからです。見方を変えれば,融資の成長性をいかに維持するかが, 長期的な収益性と安全性の確保にかかっているといえるのです。したがって,融資渉 外業務の推進に際しては,短期的な観点にとどまることなく,長期的な展望に立つこ とが必要です。 ② 将来性への配慮……成長性の原則(その2) 企業訪問の心得 事前情報収集 訪問先での会話は,挨拶と説明だけで構成されているわけではなく,何気 ない雑談や世間話しのなかに,仕事をスムーズにすすめるヒントが多く隠さ れています。 そして,その話題は相手任せではなく,こちらが用意していくべきもので あり,そのためには事前の情報収集が必要不可欠となります。 さて情報収集といえば, 「取引の経緯」 「社歴」 「扱っている商品・ヒット商 品」 「客層」 などと常識的に えがちですが,もう1つ,個人的な生活面での 情報もとても役立ちます。 なかでもアンテナを張りキャッチしなければならないのが,「慶弔」に関す ることです。たとえば祝い事は,開口一番「会長の喜寿の祝い,おめでとう ございます 」 , 「おめでとうございます,お孫さんが 生なさったそうで」 と切り出せてこそ相手も「いやあ,ありがとう」と,ともに祝い,自 たち に関心をもってくれていることに満足するわけで,帰り間際に「ところで」 と付け足したのでは,昨日買った刺身を食べているようなものです。 悲しみごとも同様,弔意は訪問した最初にきちんと伝えるべきものなので す。 人間は,ただ「こんにちは」だけよりは,一言でいいから同じ気持になれ る話題を振ってもらえると嬉しく,ふと心が柔らかくなります。そして,そ の後の会話が上手く運ぶようになるのです。心が開くから口も滑らかに開く のでしょう。 準備に熱心な人は日頃から心掛けて,ペットの名前までをも耳にしたらさ っとメモしておくといいます。 勝負は,事前情報収集にあり,なのです。 7 現在は変化の時代であり,企業を取り巻く環境は大きく変わりつつあります。この ような状況下では,今日の成長企業が明日も成長企業,また今日の零細企業が明日も 零細企業とは限りません。したがって,融資渉外担当者としては,過去のデータや実 績のみに目を奪われることなく,また,先入観や世間の風評・外見にまどわされるこ となく,企業をみていかなくてはなりません。 また融資渉外担当者としては,企業だけに注目するのではなく,つねに産業構造の 変化にも留意することが必要です。産業を取り巻く環境の変化は加速度的であり,そ の変化についていけない産業や企業は,どうしても衰退の道をたどることになります。 したがって,今後,進展が予想される内需シフトやリストラクチャリング,新技術の 波,高齢社会への移行などが,融資先に与える影響に注意をしなければなりません。 ⑷ 共性の原則 コスト資金の供給 共性の原則 平な資金配 (供給) 全な融資推進 ① 低コスト資金の供給…… 共性の原則(その1) 金融機関は融資に際して,第1に社会・経済発展への貢献が求められています。そ のため金融機関は経営効率化に努力し,低コストの資金を必要とする企業へ効率よく 供給しなければなりません。この低コスト資金の適正配 という社会的 命をまっと うすることにより,金融機関は社会経済の発展に貢献することができるのです。 ② 平な資金配 (供給)…… 共性の原則(その2) 融資に際しては,第1に低コスト資金の供給,そして第2に れます。金融機関の資金配 した配 会が が望ま (供給)機能というのは,あくまで経済的効率を基準に が原則になります。そして,すべての融資希望先に対して,融資を受ける機 平に開かれていることが必要になります。特定の業種に対する偏りや,特定の 企業に対し過度に集中した融資は, ③ 平な資金配 全な融資推進…… 共性・安全性の原則からみて問題があります。 共性の原則(その3) 金融機関はつねに社会的必要性に基づく資金の供給を心掛けなければなりません。 とくに投機的な資金や反社会的な活動あるいは組織への不 批判の対象になるだけでなく,リスクが大きい点からも 全な融資は,強い社会 共性のみならず安全性の原 則にも反することになります。また,不必要な融資も社会的必要性の充足度が小さく, その融資効果も疑問視されます。他方, 害防止投資資金や地域開発のための地方 共団体からの資金需要は,一般企業融資に比べて,取引採算性や取引メリットについ 8 1 融資の意義と基本原則 て劣るケースも少なくありません。しかし金融機関の 共性から,相応の資金提供は 欠かせないものです。 ⑸ 流動性の原則 流動性の原則 ① 貸出原資の安定性維持 運用資産の流動性確保 貸出原資の安定性維持……流動性の原則(その1) 融資の原資は,その多くが不特定多数の預金者により成り立っています。したがっ て,金融機関はいつでも預金者からの払戻し請求に対し,預金の払戻しに応じなけれ ばならない義務を負っています。 一方,金融機関は,つねに融資の門戸を広く開き多くの産業界からの資金需要に, 積極的に応えることが望まれています。したがって,預金量に見合った貸出資産の流 動性を維持し,資金の固定化を防止することが必要になります。 ② 運用資産の流動性確保……流動性の原則(その2) 貸出資産の流動性が低下すると,金融機関の資金繰りは 直化する傾向にあり,円 滑な資金運用に支障をきたす可能性があります。 企業の財務内容を 析する場合は,資金の流動性について必ず 機関も同じ企業であり,運用資産の流動性確保が 析しますが,金融 全経営の基本であることはまった く同じといえます。しかし,ことさら流動性を確保しようとするあまり,融資期間を 必要以上に短縮し資金の回転をはやめたりすると,企業の資金繰りを圧迫させてしま います。また収益性の高い長期資金の減少を招き,金融機関の収益性を低下させてし まう可能性もあります。要は,資産と負債のバランスを 慮し,資産構成の 全化に 心がけた運用が大切なのです。 4.融資の基本原則と運用上の課題 …………………………………………………………………………… ⑴ 安全性の原則と担保主義型融資 融資にリスクはつきものといえます。まったくリスクの伴わない融資などは,ほと んどないといっても過言ではありません。そこで安全性の原則が適用されるわけです が,安全性を重視するあまり,担保にウエイトを掛け過ぎたケースが見受けられます。 安全性とは,企業の債務償還能力に不安のないことを指しますが,これは担保がどれ だけあるのかということで判定するのではなく,企業の収益性や長期安定性・短期支 払能力,成長性などを,財務面・実体面から判定することなのです。 9 表1-1> ⑴安全性の原則 ⑵収益性の原則 ⑶成長性の原則 ⑷ 共性の原則 ⑸流動性の原則 10 融資5原則の展開 趣旨 問題点のある融資姿勢 あるべき融資姿勢 融資金の回収に不安 のないこと ●企業内容に問題があって も,担保があれば融資し, 企業内容・資金 途に問題 がなくても担保がないと融 資を見送る。 ●優良企業・少額融資・短 期融資にまで,行き過ぎた 担保徴求を行うなど,担保 主義型融資の弊害が発生。 ●企業内容の審査よりも不 動産担保の審査にウエイト がおかれる。 ○担保主義型融資から内容 主義型融資へ ○リスク回避型審査からリ スクコントロール型審査へ ○保全・回収技術の強化よ り,事前回避・リスク管理 技術の向上へ ○横並び審査からの転換 ●高金利融資の指向。企業 内容や資金 途に問題があ っても,高金利ならばあえ て融資を採り上げる。 ●自己利益中心的となり, 金融機関のコンプライアン ス低下。 ○付加価値融資(コンサル ティング融資・育成型融資) による金利の差別化 ○利益至上主義的融資から 共存共栄型融資により収益 性を高める ○金利収入のみならず手数 料(フィー)収入などの拡 大 ●問題の多い企業や業種で も,成長性が高いと偏った 融資を行う。 ●現状の成長業種で速効的 な融資効果を狙う。 ●投機的資金に近い 途で も融資を行う。 ○潜在優良企業・成長企業 の発掘と育成 ○新規開業・経営多角化, 事業転換などへの積極的な サポート ○短期的融資から長期的融 資へ ○実績重視審査から未来重 視の審査へ 命を えた 平な融資 ●資金余剰の場合は,不要 不急の資金 途や,偏った 業種や企業への融資。 ●不況期は中小企業への融 資縮小,貸し渋りの発生。 資金供 給 機 能 の 低 下 に よ り,社会的 命の欠落。 ●反社会的な企業・組織あ るいは資金 途への融資 ○企業育成による地域経済 の活性化という,新金融機 能により社会的 命感の確 立 ○モラル・ハザードによる 安易な融資姿努の防止 ○レンダー・ライアビリテ ィ(貸手責任)を自覚した 融資 融資金の固定化防止 ●企業の実態や融資のルー ルを無視した返済期限や返 済方法により,回収を長期 化させる。 ●資産・負債管理の意識や 技術の未熟 ● BIS 規 制 問 題 に よ り 過 剰な流動性確保( 「貸し渋 り」) ○金融業務多様化に伴うリ スクの多様化・複雑化をコ ントロ ー ル す る 融 資 に よ り,資金の流動化を図る。 ○金融機関は自己リスク耐 久力を把握し,融資審査に おいて,あるべきリスクレ ベルを設定し,受け入れる リスクを決定する。 収益性向上が大切 成長性の高い企業へ の融資 社会的 正・ 1 融資の意義と基本原則 しかし不動産担保価額が融資額を大幅に上回ることをよいことに,はじめから資金 途の確認や,所要資金の算定をおろそかにするケースも見受けられます。担当者に してみると, 「償還財源も見込め,保全もそこそこできるのだから,たとえ財務内容に 問題があったとしても,融資については問題がないだろう」というわけです。これは 「担保主義型融資」ともいうべきものです。それに対して,「当社は,現状の自己資本 比率は業界平 を大きく下回っているが,今回,自助努力により高収益体制を確立し たので,今後,内部留保の充実により自己資本比率の向上が期待できる。したがって, 現状の長期安定性は不良であるが,ぜひ,この案件を採り上げたい」 というのは, 「内 容主義(重視)型融資」といえます。 実務上,回収という局面に至った場合は,やはり担保の有無がものをいうことから, 担保が決め手という え方も一理ありますが,このような見方では,不動産(設備) の少ない若い企業や卸売業,ベンチャービジネス,ソフト産業等においては,おのず と資金調達に限界が生じることになります。 担保はあくまで信用補完手段にすぎないことを心に銘記すべきです。 ⑵ 安全性の原則とリスク回避型融資 以前の融資リスクの管理は,いかに回収不能を回避するかということに重点がおか れていました。そこで,融資後の企業経営をいかに経営危機から遠ざけるかというこ とより,回収不能を回避するために不動産担保の徴求,倒産時の債権管理・回収技術 の向上にウエイトがおかれてきました。 現在は, 「ノーリスク・イコール・ノーリターン」の時代であり,リスクを回避する ことばかりにウエイトをおくのは,必ずしも適切な方法とはいえません。むしろ,リ スクを取り入れたうえで,リスクを上手にコントロールする方法が適切といえます。 これからの融資については,担保に依存したりリスクの回避だけにウエイトをおくの ではなく,企業の内容をよく見極め,リスクをどのようにコントロールしていくかが, 融資の安全性を高めていくうえで必要不可欠となります。 ⑶ 安全性の原則と慎重すぎる融資姿勢 融資渉外担当者として豊富な知識を取得したとしても,実践の場において経験を積 み活かすことができなければ,せっかくの長所も短所となってしまいます。たとえば, 知識は豊富でも経験の少ない融資渉外担当者ほど,融資判断において慎重な態度を示 しがちです。つまり,融資の取組姿勢として知識が豊富なために企業の問題点がみえ てくると同時に,経験がないため安全性を重視しがちになるといえるからです。 しかし現実において,それぞれの企業においてはさまざまな問題を抱えており,そ 11 れを理由に融資を見送っていたのでは,融資のチャンスをみのがすことになります。 安全性の原則とは,リスクをすべて避け慎重な態度をとることではなく,現実にあ るリスクをいかに的確に評価し適切な方策を講じて融資を行うかということです。そ して,そのためには, ⅰ ⃝ 問題は解決可能かそれとも不可能なのか ⅱ ⃝ 可能であれば,その改善方法は ⅲ ⃝ 自助努力で可能なのか,それとも金融機関の力により可能なのか ⅳ ⃝ 改善は短期間で可能なのか,長期間を要するのか 十 に堀り下げた 析が必要です。 したがって,これまでのような「問題点があるから融資は見送りたい」あるいは「問 題点があるので不動産担保を十 に徴求しよう」という保守的な「安全性の原則」の 遵守ではなく,これらの問題点をいかにコントロールしていくかという視点からの現 実的な「安全性の原則」の運用が重要といえるでしょう。 ⑷ 安全性の原則と実績重視主義 融資は企業の実態把握にはじまり,実態把握に終わるといわれています。その際, 融資渉外担当者として企業をみる場合の留意点は,先入観にとらわれたり,自己の好 みを加えてはならないことです。しかし,これらのことを 100パーセント排除するの は不可能に近いため,自己の企業 とが必要です。また,企業 析や判断については,再度,検証し確認をするこ 析は実績を中心に行われますが,これは 析するために はつねに数字などのデータの裏付けが必要とされるためです。しかし,長い間,過去 のデータばかり扱っていることにより,どうしても実績中心・実績重視になりがちで す。 安全性の原則は,企業 し,実績による 析に際しては確実なデータによる 析を要求します。しか 析は,一見,手固いように思われますが,実績はあくまで過去のデ ータであり,過去の状態が将来も持続するという保証はありません。企業は生きもの であり,今日の優良企業は明日も優良企業であり続ける保証はありません。したがっ て,過去の実績偏重は,変化の激しい時代にあっては,かえって実態把握を誤る恐れ があるため注意が必要です。 ⑸ 収益性の原則と「金貸」型融資 融資が伸び悩んでいる金融機関は,収益も伸び悩むことになるといえます。しかし, 融資においては,他金融機関からの借入をシフトさせることには限界があり,とくに 優良企業の場合は他金融機関からの借入を肩代りすることなどは,ほとんど不可能と 12 1 融資の意義と基本原則 いえます。したがって,融資渉外担当者としては,潜在優良企業や潜在成長企業を発 掘し,それを計画的に育成する融資を行わなくてはなりません。一方,既存融資先の なかから適切な企業を選び,積極・計画的にメイン化をすすめるようにします。なぜ なら,たんに資金供給のみの「金貸」型融資では,融資先の計画的な発展は不可能で あり,それでは収益性も伸び悩んでしまうからです。 融資業務は,金融機関と融資先企業が,共存共栄を図るための架け橋とならなけれ ばいけないといえるでしょう。 ⑹ 収益性の原則と顧客ニーズ充足との両立 資金余剰時,金融機関においては資金運用が困難となるため,(不動産) 担保のある 一部の企業に集中的に融資を行いがちでした。その結果,多額の不良債権が発生し, 金融機関の存続までを脅かすといった事態が発生しました。一方で,BIS 基準の導入 もあり金融機関の収益性や 全性が重視される時代となり,金融機関にとっては 全 性を維持しつつ取引採算の向上を図るためにも,付加価値型融資の展開がますます重 要になっています。したがって融資渉外担当者は,いかに融資に付加価値を付け,収 益率を高めるかに留意する必要があります。 取引先から支持される付加価値によって, 金利はサービス相応のコストであると企業に納得してもらえれば,収益性の高い融資 を行うことができるでしょう。つまり,単なる「貸出」ではなく「プラス α」のある サービス提供を伴った融資の提案を工夫しなければならないのです。 一方で,最近では,不良債権の処理を終え,業績を回復させた金融機関は中小企業 への積極的な融資の推進に取り組んでいます。金融機関はリスクに見合った貸出金利 を確保する代わりに,無担保を中心とした従来に比べ簡単な審査モデルを活用した一 定限度までの融資を前向きに行う傾向にあります。 ⑺ 成長性の原則と速効的効果の追求 企業はつねに成長を目指していますが,これは金融機関とて同じことです。金融機 関にとっての成長は,いかに成長力の高い企業に融資を行うかにあります。成長性に ついては,顕在的成長企業だけでなく,潜在的成長企業に対する発掘育成も望まれま す。つまり,新規融資先の開拓は,既往安定企業に対する, 「ぶら下がり融資」 , 「押込 み融資」ではなく,発展途上の若い企業に対する「育成サポート融資」ということに なります。 わが国の開業率を見てみると,高度成長期の 1960年代以降は高水準を保っていまし たが,80年代以降,急速に低下が目立ち,バブル期に目立った伸びがあるものの最近 の落ち込みは深刻であるともいえるでしょう (図1-2,事業所ベースでの数値とは異 13 図1-2> 会社の設立登記数及び会社開廃業率の推移 資料:法務省「民事・ 務・人権統計年報」,国税庁,「国税庁統計年報書」 (注)1.設立登記数については,1955年から 1960年までは「登記統計年報」,1961年から 1971年は「登記・ 務・人権統計年報」 ,1972年以降は「民事・ 務・人権統計年報」を用いた。 2.1963,1964年の会社数は国税庁「会社標本調査」による推計値である。1967年以降の会社数には協 業組合も含む。 3.会社開業率=設立登記数/前年の会社数×100 4.会社廃業率=会社開業率−増加率 図1-3> 資料:法務省「民事・ 景気循環と開業登記率との関連 務・人権統計年報」及び法務省調べ。 経済企画庁「景気動向指数」 なる)。金融機関としては,経済の活性化を図る意味でも,開業資金の支援のみにとど まらず,開業ノウハウのセミナーや起業家予備軍の育成など,ソフト面でのサポート も求められているところです。 ⑻ 共性の原則と自己防衛的融資 金融機関は一般の私企業と同じ面を有するとともに,その性格上から 14 共性も強く 1 融資の意義と基本原則 求められています。銀行法1条1項では, 「この法律は,銀行の業務の 共性にかんが み,信用を維持し,預金者等の保護を確保するとともに金融の円滑を図るため,銀行 の業務の 全かつ適切な運営を期し,もつて国民経済の 全な発展に資することを目 的とする」と規定されています。ところが,実際には信用度の低い小零細企業や業歴 の浅い企業,不動産(担保)の少ない企業などには,どうしても消極的な融資態度に なってしまいます。反対に,不動産担保が十 にあったり,高い金利を支払ってくれ る企業には,資金 途や企業内容に多少問題があっても,融資を採り上げるケースが あります。このような融資姿勢は,自己防衛的融資であり, 共性の原則に反するも のになります。 ⑼ 流動性の原則と融資条件 融資金の回収が異常に長期化する場合は,金融機関自体の資金繰りを 直化させ, 円滑な資金運用に支障をきたします。 融資期間という観点から融資を 類すると,「長期資金」と「短期資金」に けられ ます。一般に長期資金は返済期限が1年以上,短期資金は1年以内という区 になり ます。融資期間の長短は,実務上,金融機関自体の流動性を もっていますが,返済能力や資金 える上で重要な意味を 途をふまえて適切な期間に設定されるべきです。 15
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