A I R M A I L 職人肌のスタッフに助けられて ―50 50のベッ のベッドで年間1000 ドで年間 1000有余の 有余の 手術をして病棟を回転していくには− 米川 泰弘 米川 泰弘 / よねかわ・やすひろ 1939年、三重県津市生まれ。 64年、京都大学医学部卒業。 京都大学医学部助教授、国立循環器病センター・脳神経外科部長などを経て、93年より、 チューリッヒ大学脳神経外科主任教授。 チューリッヒ大学病院 http:// www.usz.ch/ 昔から“ 海 外では教 授 職はその仕 事ぶりが絶えず厳しい評 価に 郵便物や通知などの重要な書類は開封してチェック、整理した上で さらされていて、1度就任してもその座は終身安泰であるとは限らない” 私に回してくれるので、大 切な情 報が 一目瞭 然に分かる。秘 書 の という話をよく聞いてはいた。最近、その通りの事件がこちらで相次い 最も大切な条件の1つに余計なことは口外しないことが挙げられるが、 で発生し、少なからず驚いた。教授会の厳しい選考を突破した新任 彼女はそのお手本でもあった。またアポイントメントのない人が不意 教 授たちが、スタートわずか1∼ 2 年で退 任せざるを得なくなったの に電 話や 来 訪で私と話をしようとしても、ガードを堅くしてなかなか である。その主な原因は、着任後自分流の方針を強引に押し通そう 会わせないという、いわば嫌われ役もしてくれたが、これがなぜ重 要 として、前からいる医師団や看護部と軋轢が生じたことである。また なのかはこちらに来て初めて分かった。細切れの時間では大切な話 それが外 科 系である場 合、それに加えて手 術の結 果があまりよくな をしたり、重 大な決 断ができないことを考えると当 然 のことである。 かったり、手 術がいつも長 時 間にわたったりすると、そういう風 評を 誰でも時間が十分にないと心に余裕がなくなり、相手に対して配慮 聞いて患 者が少なくなり手 術 件 数も減っていく。こうなると病 院の のある対応ができなくなる。彼女の後に何人かの秘書を経験したが、 収 益、ひいては経 営に大きな影 響が 及んでくることから、ついには 彼女ほどの人は現れず、J女史の有り難さをあらためて思い知った。 病 院 の 運 営 部がのりだしてきて退 任を促す、というパターンである。 指 導力と実 績を内 外にはっきり示せなければたちまち首が飛ぶとい 日本の大病院では中央手術室システムが一般的で、手術室を色々 う厳しさを目の当たりにした。私の場 合は夢 中のうちに1 0 年 近くが な科で共同で交代して使うことが多い。麻酔医やナースも様々な科 過ぎ去ってしまったが、今このような事 件が次々と起こると、あらた の、様々な手 術をこなさねばならない。一 方こちらには脳 神 経 外 科 めて遠い“ 極 東 ”から来たカルチャーの異なる外 国 人が、この白黒 専 用の手 術 室が4 室ある。またそこには脳 神 経 外 科 専 属の麻 酔 科 のはっきりした弱 肉 強 食 の 社 会で今までよく生き残ってこられたも のスタッフと専 属のナースと看 護 助 手が働いている。脳 外 科 手 術 のだと思う。1つには、脳 神 経 外 科に忠 実な職 人 肌のスタッフたち を熟 知した専 属のスタッフといつも仕 事ができるのは大きなメリット に支えてもらったことがその大きな要 因であると思う。今 回はそうい である。4 室 のうち 2 室は特 殊な手 術 用なので、普 段よく使うのは う人々のことをテーマにしたい。 残りの2室であるが、予定に組み込まれた手術と予定外の緊急手術 を合わせて1 年 間に1 0 0 0 件 余りをこの2 室でこなしていくには、あら まず最 初に紹 介したいのは、もう定 年 退 職したが 非 常に有 能で ゆることを考 慮に入れなければならない 。1つの 手 術が 長引いたり、 あったスイス人の秘 書のJ 女 史である。彼 女はドイツ語の他に英 語、 再出血などで再手術になったり、緊急手術の割合が増すと、スタッフ フランス語、イタリア 語、スペイン語 の 5カ国 語を自由に話し、読み の負担が重くなり、疲労がたまり病気で休む、残ったスタッフに負担が 書きし、色々な国から来る患 者や 家 族、医 師などに対 応してくれた。 かかる、 といった悪循環に陥ることになる。従って手術は午前、午後 2 専 門 用 語にも精 通し、種々の文 書の作 成も確 実で早く信 頼できた。 件ずつ、計 4件( 多くても5 件 )にとどめ、午後 4 時半までには終える 手 紙や文 書には大 変 重きを置く欧 米では、これは大 切なことである。 ようにプログラムを組んでいる。この中に若いドクターの育成( 大切 中でも多 言 語 国のスイス人はとりわけ言 語には敏 感であり、 ミスの だが時 間がかかる)をも組み込んでいかねばならない。予 定 通りに ない書 類 作 成を求めることができる。私には秘 書が2 人いて、彼 女 プログラムを推し進めていくには、何 人かの“プロの職 人 ”の存 在 は主に臨 床、病 棟の事 務を受け持っていた(もう1 人は研 究、教 育 が必要不可欠である。 に関しての事務を受け持つ)。仕事の内容は、例えば私がテープに 中でも特に有り難い存在であるクロアチア人の麻酔医、C医師を 吹き込んだ毎日の手術記事(記録)や手紙を口述筆記で作成したり、 紹 介したい 。彼 の 麻 酔 術はまさに達 人 の 域に達していると言える。 入 院 予 定 者への案 内 状の送 付、通 信 文の作 成などの他に、7 人い その 卓 越した技 術はどんなであるかというと、彼が 麻 酔をかけた患 る脳 神 経 外 科 全 体の秘 書たちの統 括も行っていた。また、私 宛の 者はいつも、開 頭 手 術の最 後に頭 皮の縫 合を終えて手 術が終わり、 11 図:座位の手術(R oth氏作) 専属麻酔医の Curcic 医師と筆者 専属イラストレーターの R oth氏 頭 部 固 定 のフレームをはずすと同 時に麻 酔から覚めて、気 管 内に 器 具をタイミングよく手 渡してくれることである。彼 女と一 緒に手 術 挿管していた麻酔用の管をはずせるような態勢にあるのである。他の をすると流れがスムーズになり動 脈 瘤の手 術も、バイパスの手 術も、 麻酔医の時はこうきっちりいくとは限らず、麻酔が覚めるまで数時間 2 時 間 以 内に済むことがほとんどである。慣れないナースの 時とで かかることも珍しくない。そうすると次の手 術の用 意ができなかった は所 要 時 間に3 0 分から1 時 間の差が出る。また例えば大 変 緊 張を り、手術が終わった後に術部で何か異常が起こったのではないかと 要する血 管 縫 合の際に、少し温か目のリンゲル液を術 者の手 及び C T の 検 査をしたりと余 計な手 間と時 間をとることになる。反 対に ナイロン糸に注ぎかけてくれるタイミング、その適 温、適 量さは余 人 麻 酔からの覚めが早く、フレームをはずすより前に覚め始めると、患 の追随を許さない。こうして糸結びの際のナイロン糸のすべり具合 者は半 覚 醒の状 態で抜 管 以 前に色々な不 測の事 故が起こりやす がよくなり、術者の心が和み、手術は速やかに進行していくのである。 いので、麻酔医の経験豊かな、麻酔薬使用の匙かげんは大切である。 有 能であるのにあくまで謙 虚で、さらに向 上を目指して新しいことに また、手術中に患者の体温が冷えて下がり過ぎると、麻酔の覚め際 挑 戦しているのには脱 帽する。例えば 以 前“ 術 中 M R I ”のことを に全身の震え(シバリング)が起こる。これが起こるとその際の患者 連 載に書いたが( 4 2 号 参 照 )、当 科が、M R Iの磁 気に影 響されずに手 の苦痛を和らげるために再度麻酔薬を追加して体を暖めねばならな 術室で使える手 術 器 具を揃えたり、開 発したりしているのに彼 女が いので余 計な時 間がかかるのであるが、よく観 察すると、彼は術 中 大きく貢 献しているのである。私 生 活では敬 虔なカトリック教 徒で、 に自らそっと患者に毛布をかけて患者の身体が冷えすぎるのを防い 周りに困っている人がいれば喜んで力になり、自身はつつましく暮ら でいるのである。 しながら故 国に仕 送りをして甥の学 費を出している。先日彼 女は手 また、当 科では、患 者を座らせて座 位 の 体 位で行う手 術( 図 )が、 術室看護部の幹部になるための試験にチャレンジし、見事合格、今 全ての開頭術及び脊髄脊椎の手術のうちで1 / 4∼1/ 3を占めている。 しばらくは研 修のため他 科の手 術 部に出 向いている。というわけで、 この座位による手術は、術中に空気栓塞を起こす危険性があること 当分の間私は辛抱しなければならない。 が喧 伝されて日本や米 国に於いてはほとんど行われていない。しか しながら座位の手術を安全に行うことができれば、その利点には計り 脳 神 経 外 科 専 属 のスペシャリストの 中 にはメディカルイラスト 知れないものがある。但し麻酔医にとっては、手術前の準備が大変 レーターや 写 真 家 、コンピューター専 門 家もいる。スイス人 のイラ で、慣れない人だと数 時 間もかかるし、また、術 中の麻 酔 管 理も仰 ストレーターの R 氏は、学 会 発 表の資 料、論 文の作 成、学 生の講 義、 臥 の 体 位 の 時より神 経を使う。ところが C 医 師 の 場 合は普 通 の 開 患者のカルテ作 成の充 実などには欠かせぬ存 在である。彼は脳 神 頭の場 合と同じ数 十 分で、難なく準 備を整えてくれるのだから大 変 経 外 科の手 術を知り尽くしているイラストレーターであり、当 科にと 助かる。また術 中も、術 者が空 気 栓 塞にあまり気を取られて本 来の っては大変貴重な存在である。いつも現場に居合わせて術野で何が 手 術の進 行が妨げられることのないように色々と気を遣ってくれる 行われているのか理解しながらしっかり観察しているので、彼のイラ など、 さりげない配慮や工夫で惜しまぬ協力をしてくれるので本当に ストは上手なだけでなく迫力があるのだと思う。私どもの論文に添え 感心する。最近C医師が自身の病気で入院し2ヵ月間不在になった て描いてもらった彼の絵が、脳神経外科の専門雑誌のカバーに時々 時ほど、このよきパートナーの有り難さを思い知ったことはない。 選ばれるのは、当然のことに思われる。 手 術 室 のナース、フィリピン人 の M 女 史についても是 非 書かね その他にも、挙げたい人々がまだまだいるが、脳神経外科に忠実 ばならない。いつも感心するのはまず、彼女の大変気持ちのよい礼 な、このような職 人 肌の人々が中 核になって、それぞれの受け持ち 儀 正しさである。また手 術 中はその勘のよさである。術 中 次に術 者 仕事を責任持って果たすだけでなく、 さらに独自の工夫や開発を加え が何を要求するかを一足先に読んでいること、また、術者のクセをす て支えてくれ、カバーしてくれたので私もなんとか今までやってこられ ばやく読み取り、それに合わせて何も言わなくても次に必 要な手 術 たのだとしみじみ感じる次第である。 12
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