FTA 場面における携帯メールの配慮行動 三宅 和子(東洋大学) 1. はじめに 本研究は,携帯メールを介して行なわれる対人配慮の 言語行動を,ポライトネスの語用論研究と CMC 研究の枠 組みで分析するものである. 「謝罪‐謝罪の受入」という場面を設定してアンケー ト調査を実施し,回答者の 4 つの場面における相手への 返信メールの言語表現と心理的反応を分析した.具体的 には,「待ち合わせ時間に遅れる」というメールを受け取 った回答者が,それを受け入れざるを得ない状況下で, どのような返信メールを送り,どのように状況や相手を 評価するかを問うたものである.相手との「親疎関係」, メール文面の「ていねい度」を操作した 4 場面を設定し, 各場面において,返信メールの言語表現がどのように異 なるか,また不快度や相手の言動に対する信頼度,相手 の評価という心理的反応がどのように異なるかをみた. さらに,反応の言語的側面と心理的側面にどのような関 連がみられるかを考察した. 2. 研究の枠組み 携帯電話は 1995 年前後から,現代人のコミュニケーシ ョンの重要な部分を担うメディアとして急速に成長して きた.特にそのメール機能は,若年層のコミュニケーシ ョン行動に欠かせないツールとして認識されている(後 述).若年層では友人間の利用が多いことから,対人関係 とメールの言語表現の関連を分析することは,言語行動 研究分野に興味深い結果をもたらすことが期待される. しかしこれまでのところ,言語学的見地からの携帯メー ル研究は,さほど進んでいないのが現状である. 若者の携帯メールの利用と人間関係については,主に 社会学,メディア研究の立場からの言及が多い.松田 (2000)では,若者の携帯メールの人間関係が従来のよ うな物理的な近さと相関するのではなく,選択的人間関 係(自分と親和性の高い人物とは物理的な距離があって も人間関係を創る・保持する傾向)を志向することが指摘 されている.携帯メールは確かに,ON/OFF が一瞬のうち にでき,相手との関係を簡単に切ったり,好きなときに 好きな相手を選んだりすることが可能である.しかし, 大学生の日常生活では,サークルやバイトも含めて, ON/OFF が気軽にできる状況ばかりではない.気配りをし つつ良好な関係を続けていく努力が必要な場面も多い. 携帯メールはこのような状況の中で頻繁に使われている. いっぽう,直接顔を合わせずにすむやりとりは,対面時 には表面に出てしまいがちな不快感や気まずさなどのパ ラ言語,非言語情報を相手に見せないですみ,時間の余 裕をもって配慮ができる.きわめて制約の強いメディア でありながら,それが逆に対人関係の調整を楽にしてい る側面がある(三宅, 2003; 2005) .このような特徴が, 言語的にはどのような場面でどのように具体的に現れて いるのか,本研究では分析したい. 対人関係調整の言語行動というテーマは,これまでポ ライトネス研究や敬語研究など,広義の語用論研究にお いてしばしばとりあげられてきた.特に,依頼,申し出, 勧誘などの発話行為は,フェイス侵害行為(FTA=Face Threatening Act)として捉えることができる(Brown and Levinson, 1987).本研究で設定した「謝罪‐謝罪の 受入」というシークエンスは,「待ち合わせに遅れるこ との謝罪と,続けて待つように依頼すること」と「その 謝罪と依頼を受け入れて待つ」言語行動を含む.相手へ の働きかけや負担が大きく,細かい配慮が要求される場 面だ.本研究で分析するのは「謝罪の受入」側だが,気 まずさや不快感などをともなうことから,様々なストラ テジーを用いて対人関係が損なわれないような言語行動 をしていることが予想される. 3.研究方法 従来,アンケート調査(意識調査)の結果は,実際に 話されていることばや行動と異なる可能性があることが 問題にされてきた.携帯メールのコミュニケーションは, 若者の間で「会話」と捉えられるほど話しことば的であ る.しかし,記録に残る,推敲できるという書きことば 性は保持しており,その意味で言語表出時(メールを打 っているとき)にモニタリング(話者の内省)が行ない やすいメディアである(三宅,2006) .今回「謝罪-謝罪 の受入」の言語行動を調査する際に,アンケート調査の 方法をとった背景には,アンケート調査でも現実に近い 結果が得られるメディア特性が携帯メールにはあると 判断したからである. 若者がきわめて頻繁にメールを出す様子や,非用件の おしゃべりが大半という結果(三宅, 2000)から,思い つくままに気軽にメールを出しているものと思われがち だが,相手へのインパクトや文面に配慮している実態が 報告されている(三宅, 2003).特に「相手に誤解され ないように」「相手に冷たく感じられないように」とい った関係の悪化や誤解を避ける配慮をしている若者が多 くみられる.今回の調査のように,最初から FTA が予想 される場面では,いっそうの配慮が必要であろう.本研 究は,この部分に焦点を当て,場面を制御することによ って配慮の実態を探った. 調査参加者: 勤務校の大学生とその友人にアンケートをとり,女 性:111 人(59%) ,男性:78 人(41%) ,計 189 名の回 答を得た.平均年齢は 20.2 歳である.利用携帯電話会社 は docomo(119 人), au (47 人) ,softbank(23 人)で, docomo 利用者が 6 割強である.使用歴の平均は 5.43 年 (女:5.29 年 男:5.63 年) ,中学生の終わりから高校 生のはじめころに携帯電話を使い始めた世代である.1 日に平均 13.24 通のメールを送信しており,大学生のメ ールの使用頻度は年々増加していることがうかがえる (三宅, 2000; 2001) .男女とも 9 割以上が携帯メールは 「なくてはならないもの」か「あれば便利なもの」と把 握をしており,日常的なコミュニケーション・ツールであ ることが分かる. 以下のような状況設定をした. あなたはゼミ委員です.同じゼミ委員の鈴木さん(女性)とゼ ミ飲みをする居酒屋に下見にいくことになりました.駅のホー ムで待ち合わせしていたところ,約束の時間になって 30 分遅れ るというメールが入りました.すでにホームにいるので時間を つぶせる売店もありません.鈴木さんのメールへのあなたの反 応を聞かせてください. 対人関係の設定として,鈴木さんが「親しい友人」の 場合と「あまり親しくない友人」を分けた.また鈴木さ んのメールの文体として,以下のような「くだけた文体」 と「ていねいな文体」の 2 種類を考えた. ごめ~ん寝坊しちゃった 電車に乗り遅れたんで 30 分遅れます・・・ほんとーにゴメンね くだけた文体 すみません.寝坊して電車に乗り遅れました.30 分遅 ます.本当にごめんなさい. ていねいな文体 図1.携帯電話・メールの重要度(男女別 %) 5, 5% 2, 2% 女 この親疎と文体の違いの組み合わせで,以下のような 4 場面が設定されたことになる. 37, 33% 携帯は不要 メールは不要 メールは便利 メールは必然 67, 60% 2, 3% 4, 5% 男 18, 23% 54, 69% 携帯は不要 メールは不要 メールは便利 メールは必然 調査方法: 謝罪(待ち合わせ時間に遅れることの謝罪と,引き続 き待つことの依頼)メールに対して,受け入れざるを得 ない状況で受諾メールを出す場合,その内容とその場面 における心理的反応の意識調査(親疎と文面のていねい 度の違い:4 場面)を行なった. A場面:親しい友人からくだけた文面がくる B場面:親しい友人からていねいな文面がくる C場面:あまり親しくない友人からくだけた文面がくる D場面:あまり親しくない友人からていねいな文面がくる この 4 場面における謝罪メールへの反応として,1) どのような返信メールを送ったか,2)どのような心理 的反応をしたかをみることとする. 4.調査結果 返信されたメールには,4 場面において常体と敬体の文 体の異なり,絵文字や顔文字などの「絵記号類」の種類 やその多寡,表現や表記の異なりなどがみられた.以下 は返信メールの回答データからの抜粋例である. ①えー もぅしょーがないなぁ…今日はごちになります ②マジかよー!アホ!!許さないけど待ってるわ 調査場面 ③分かったぁ 待ってるからなるべく早く来てね ④いいよー☆じゃあついたら ⑤はいよー 了解しました ⑥そうなんですか.もう着いてるんで,なるべく早く来れるように頑 張ってください. これらの返信メールを,発話の機能に注目し,ムーブ の考え方(中田,1990; 熊谷, 2000)を使って小単位に区 切った.そして以下のようなカテゴリーに分類し,A場 面~D場面における分布をみた.また,分類に使ったア ルファベットは,文末が敬体(です/ます体)か常体(だ/ る体)かによって大文字と小文字に分けた.さらに,メ ールに頻繁に現れる絵文字・顔文字をはじめとする文字・ 記号を「絵記号」類とし,A場面~D場面の返答メール でどの程度の頻度でどのように現れるかをみた. 1.相手への反応 A: 肯定・中立的応答表現(含感動詞,応答詞の一部) おお~ うん(相手の情報受取の機能がない) そっかー まあ B: 否定的応答表現(含感動詞,応答詞の一部) なにぃ まじかよー こら ちょっとー ちょ www おまっ ざけんなよ~ バカ C: 事態の了解 わかった 了解 あーい あいよっ はい はいよっ D: 謝罪(=依頼)の受諾 いいよ まあいいさ 別にいいよ 大丈夫だよ それくらいなら待てます(No.50) 全然平気だよ いよー E: 事態の評価 しょうがないね めずらしいね しょうがないなあ J: 事後行動要求 着いたら教えてね K: 補償要求 なにか埋め合わせしてね. 4.相手への配慮 L: 事態原因: 寝坊したのかな M: 改善努力への配慮 ゆっくりきてね お気をつけて 気をつけて N: 自責の念の緩和 気にするな 自分もやるし ドンマイ 5.その他 X: 返信しない 冗談 「絵記号」と総称された「絵文字,顔文字,記号,カッコ 文字,?,!,空白,…/. . . 」は,以下の例のように, アルファベットの前後にアステリスク(*)で表した. 複数の「絵記号」が並んでいる場合は,複数のアステリス クをつけた. (例) 了解です★(笑) = C** もう着いてるんだけど・・・(>_<) = f** 5.考察 分析の結果,相手との親疎関係,相手の謝罪メールの ていねい度がともに,回答者の返信メールの内容や表現, および心理的反応に影響を与えることが明らかになった. 460 447 427 440 405 420 399 400 不快度 379 388 372 380 不誠意 377 371 悪評価 360 347 339 332 340 320 300 2.自分の状況 F: 自分の現況報告 もう駅に着いちゃってるんだけど G: 自分の今後の行動 適当に時間つぶしてるね そこらへんで待ってるから 3.相手への要求 H: 努力行動要求 15 分で来い! なるべく早くきてね とりあえず早く来い A B C D 図2.4 場面での心理的反応(悪い評価の点数化) 図 2 は,4 場面で回答者がどの程度不快に感じたか(不 快度),どの程度不信感をもったか(不信度),どの程 度相手の評価を下げたか(不評価)を 3 段階評価で聞い た結果を集計したものである(大変悪い評価が 3 点,や や悪い評価が 2 点,評価が悪くならないものは 1 点とし た).C 場面(あまり親しくない友人からのくだけたメー ル)において,回答者の評価が特に厳しいことが分かる. また,B 場面のように,親しい間柄でもていねいな文体で メールをもらうと,不快感や不信感が低い傾向がみられ る.いっぽう B 場面と D 場面の評価が類似していること から分かるように,文体がていねいだと親疎に関係なく 評価がよい傾向がみられる. 200 180 159 160 140 敬体 125 110 120 常体 106 混交 100 80 57 44 54 60 40 25 25 16 13 20 15 0 A B C D 図3.4 場面での敬体,常体,混交体の分布(件) 図 3 は,4 場面での返信メールの文体が,敬体(です/ ます体),常体(だ/る体),混交体(敬体と常体が同程 度混交)のうち,どれがどの程度現れるかをみたもので ある. A 場面の「親しい友人からのくだけたメール」に は常体のメールを返し,D 場面「あまり親しくない友人の ていねいなメール」には敬体のメールを返すのが一般的 といえる. D 場面にもかなりの常体が含まれることは注目に値す る.B 場面のようにていねい度の高いメールをもらっても, 親しい友人には常体で返信する傾向があることも興味深 い.さらに興味深いのは,B 場面と C 場面の返信メールの 文体の種類の分布がほぼ同じであることだ.親疎関係も 文体のていねい度も共通性のない相手に対して,同様の 反応をしているわけだ.図 2 において C 場面(親しくな い友人からのくだけた文体のメール)は評価が最も厳し かったのだが,図 3 の C 場面では言語表現自体は B 場面 の分布に酷似していることにも注意したい.このことは, 心の動きがメールには現れにくい(隠蔽される)傾向を 示しているといえよう. 350 305 300 250 216 191 200 絵記号数 150 128 100 50 0 A B C D 図4.4 場面における絵記号の数(件) 図 4 は,4 場面の返信メールに現れた「絵記号」の数で ある.A 場面では 1 メールにつき 1.62 件,D 場面の最も 少ない場合でも 0.68 件はある.図 3 と関連づけて考えれ ば,常体の数の分布と正比例の関係があり,敬体の数の 分布と反比例している. 6.おわりに ここでは数量的には示していないが,親しくない友 人へ敬体の返信メールをする場合,その冷たい印象を 緩和するために絵記号を使っているのではないかと思 わせるケースがかなりあった.現実の生活では,相手 を傷つけたり関係を悪くしたりしないように感情をあ からさまに見せないことがある.顔の表情やしぐさが 見えない携帯メールは,このコントロールが容易にで きて便利である.このような携帯メールのメディア特 性,そして表記・表現の多彩さをうまく利用し,関係調 整を行っていると思われる.今回,紙幅の関係から言 及できなかった内容も多い.メールを機能別に分類し てアルファベット化したもので,主に使っている言語 形式は何か,どのような組み合わせが多いかなどの分 析はそのひとつである.また「返答作成時に気をつけ ていること」についても分析を進めているが,これら については稿をあらためて論じたい. 参考文献 Brown, P and Levinson, S. (1987) Politeness: Some universals in language usage. Cambridge University Press. 熊谷智子.(2000). 言語行動分析の観点-「行動のし方」 を形作る諸要素について-. 日本語科学,7 松田美佐.(2000).若者の友人関係と携帯電話利用-関 係希薄論から選択的関係論へ.社会情報学研究,4 三宅和子.(2000). ケータイと言語行動・非言語行動. 日本語学,19-12.明治書院 三宅和子.(2001). ポケベルからケータイ・メールへ- 歴史的変遷とその必然性.日本語学,20-10.明治書 院 三宅和子.(2003) .対人配慮と言語表現-若者の携帯電 話のメッセージ分析.文学論藻,77 号. 東洋大学 三宅和子. (2005) .携帯メールの話しことばと書きこと ば.メディアとことば,第2巻. 三宅・岡本・佐藤編 ひつじ書房 宮嵜由美.(2005). 対人配慮からみた携帯メールの依頼表 現.専修国文,第 76 号. 専修大学 中田智子.(1990).発話の特徴機能について-単位とし ての move と分析の観点-.日本語学,9-11.明治書 院 連絡先 三宅和子 〒112-8606 東京都文京区白山 5-28-20 東洋大学文学部 [email protected]
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