5 相対論的粒子力学 - SPring

相対論的粒子力学
5
5.1
解析力学のおさらい
運動する粒子に関する力学的な情報は、作用積分
∫
S=
L(q, q̇)dt
(93)
の中に全て入っている。これは時間 t に関する積分であり、被積分関数 L はこの物理
系の Lagrangian で、粒子の座標 q = q(t) と速度 q̇ = dq/dt の関数として与えられて
いる。粒子の運動は、座標 q(t) が時間の関数として与えられれば決まるが、それは予
め決められていない。いま、作用積分の始点を a、終点を b としてそこにおける座標
の値 q(ta ) = qa 、q(tb ) = qb を固定する。その意味で
∫
b
S=
L(q, q̇)dt
(94)
a
と書く。a と b の間で粒子がどのような軌道をたどり、どのような速度で運動するか
は、次の変分原理で決まっている:
「実際の粒子の運動をあらわす q(t) に対して、
(94)
式の作用積分は極値をとる。」極値をとるとはどういうことかと言うと、なめらかな
曲線の極値のところでは一階微分が0になるように、q(t) を実際の運動に対応するも
のから少しだけ変えても S の値が変わらないということである。これを式であらわす
ために、q(t) を q(t) → q(t) + δq(t) と微小量 δq(t) だけ変え、そのときの S の変化
を δS と書けば、変分原理が言うのは、実際の運動に対応する q(t) に対して、
∫
b
δS = δ
L(q, q̇)dt = 0
(95)
a
つまり「作用積分の変分はゼロ」ということである。δq(t) は t の関数としての q(t)
をちょっとだけ変えるので、微分と言わずに変分と呼ぶ。この、ちょっとだけ変える
というのは、例えば、ta と tb の間のある t = t1 の近くでだけ q の値を少しだけ変え
ても良いのである。粒子の運動をこのような形で決めることが出来る、つまり、実際
の粒子の運動が変分原理から決まるように Lagrangian というものを設定することが
出来る、というのが解析力学の主な主張である。57
変分原理(95)から q(t) の満たす微分方程式を導くことが出来る。それには(95)
式の中味の Lagrangian の変分をとれば良い。Lagrangian が q と q̇ の関数であるこ
とに気をつければ、
∫
0 = δS
b
=
δL(q, q̇)dt
∫ b[
]
a
=
a
∂L
∂L
δq +
δ q̇ dt
∂q
∂ q̇
q(t) と δq(t) が t の関数として与えられているので δ q̇ の変分と時間微分は入れ替える
ことが出来て、
]
∫ b[
∂L
∂L d
=
δq +
δq dt
∂q
∂ q̇ dt
a
2番目の項は、a と b で q(t) が固定されている(つまり δq が積分のへりのところで
ゼロとなる)ことに気を付けて部分積分すれば
∫ b[
=
a
d
∂L
−
∂q
dt
(
∂L
∂ q̇
)]
δqdt
57 粒子の力学に限らず、非常に多くの物理法則がこのような形にあらわされることが分かって
いる。
73
δq は任意だから積分の中味がゼロにならなければならない。こうして結局、EulerLagrange 方程式
( )
d ∂L
∂L
=
(96)
dt ∂ q̇
∂q
が出てくる。座標 q に正準共役な運動量は
p=
∂L
∂ q̇
(97)
で定義される。 そこで(96)式は
∂L
dp
=
dt
∂q
(98)
となる。これが粒子の運動を司る運動方程式である。
Lagrangian からは、Legendre 変換によって Hamiltonian が得られる:
H(q, p) = pq̇ − L
(99)
Hamiltonian は、q と p の関数として与えなければならない。そのために、(97)式
を q̇ について解いて q と p の関数としてあらわし、それを上式の q̇ に代入しなければ
ならない。
Newton 力学の場合
非相対論的な Newton 力学の場合、ポテンシャル V (x) 中の質点の Lagrangian は
1
mẋ2 − V (x)
2
L(x, ẋ) =
(100)
で与えられる。上の話に出てくる q は今の場合質点の位置 x であり、q̇ は ẋ に読み
かえる。(97)式にあてはめて正準運動量を求めれば、
p=
∂L
= mẋ
∂ ẋ
(101)
となり、運動方程式(97)は
ṗ = −
∂V
= −∇V = F
∂x
(102)
となる。良く知られているように、F = −∇V はこの質点に働く力である。Hamiltonian
は
H(x, p)
=
=
=
1
mẋ2 + V (x)
2
p2
p2
−
+ V (x)
m
2m
p2
+ V (x)
2m
p · ẋ −
(103)
となって質点のエネルギーに一致する。
5.2
相対論的な作用積分
作用積分 S がある対称性を持つと、運動方程式(98)は同じ対称性を持つことに
なる。例えば S が空間回転に対する不変性を持てば、対応する運動方程式も空間回転
不変となる。相対論的な作用積分は、Lorentz 変換に対して不変であることが要求さ
れる。その結果、相対論的な運動方程式は任意の慣性系で同じ形で成り立つことが保
証される。粒子の座標変数から作ることの出来る Lorentz 不変な量は固有時間だけで
あり、自由に運動する粒子に関する相対論的な作用積分は
∫
S = −mc2
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dτ
(104)
で与えられる。Lorentz 不変性だけでは前の係数は決められないが、S がエネルギー
×時間の次元を持つようにしてある。符号は便利のためである。dτ = dt/γ の関係を
使うと、
∫
√
S = −mc2
1 − β 2 dt
(105)
と書けて、Lagrangian が
√
L = −mc
1−
2
( )2
ẋ
c
(106)
で与えられることが分かる。(97)式にあてはめて正準運動量をつくれば
−β/c
p = −mc2 × √
1−
( )2 = mcγβ
(107)
ẋ
c
となり、運動量の相対論的な表式(56)が再現される。(106)式の Lagrangian には
粒子の座標 x が入っていないので、運動方程式(98)は
dp
=0
dt
(108)
となる。慣性系を変えると、左辺の p も t も Lorentz 変換で変わってしまうが、
(104)
の作用が Lorentz 不変なので(105)式は新しい慣性系の変数を使って全く同じ形に
書き下すことが出来、その結果新しい慣性系での Lagrangian も(106)式で ẋ を新
しい変数 ẋ0 に置き換えるだけで良く、最終的に得られる新しい系での運動方程式は
dp0 /dt0 = 0 のように上式と全く同じ形となる。
(99)式に従って Hamiltonian を作れば
H(x, p)
=
p · ẋ + mc2
2
√
1 − β2
2
=
p
mc
+
mγ
γ
=
mc2 γβ 2 +
=
mc2 ((γβ)2 + 1)/γ
=
mc2 γ
mc2
γ
(109)
これは相対論的なエネルギーの表式(58)に一致する。このようにして、相対論的運
動学の内容は全て作用積分(104)とそこから導かれる Lagrangian(106)の中に含
まれていることが分かる。この作用積分 S は時間並進や空間並進に対して不変であ
り、そこからエネルギーと運動量の保存則が出てくる。特に運動量の保存は、運動方
程式(108)として一目瞭然に実現されている。
共変形式
作用積分(105)は Lorentz 不変であるが、dt はそうではなく、その結果(106)式
の Lagrangian も Lorentz 不変ではない。また、運動方程式(108)の形が慣性系に
依らないことも、簡単とは言え考察が必要で、一目で分かるというわけではない。そ
こでここでは、Lorentz 不変性を徹底的に追求する立場から、時間発展を dt で追わ
ず、dτ で追うことにする。つまり作用積分を
∫
S=
LC dτ
という形に書いて Lorentz 不変な”Lagrangian” LC を導入する。LC は τ による系
の発展を記述するものなので、普通の t による発展を記述するものと区別する意味
で”Lagrangian”と括弧付きで呼ぶことにする。さて、(104)の表式から直接 LC を
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作ると定数 −mc2 になってしまい運動方程式が出て来ない。そこでここでは作用積
分を次のように与える:
∫
SC = mc
√
u2 dτ
(110)
uµ = dxµ /dτ は四元速度である。u2 = c2 という関係を思い出せば、この作用積分
は(104)式のものと符号が逆になっているだけである。符号はどちらにとっても本
質的な違いはなく58 、以下の議論のやり易さで決めている。(104)式の中の mc2 の
c の1つを u であらわして書き換えたわけだが、2つとも書き換えていけない理由
はなく、そのようにしても同じ運動方程式が得られる。同じ運動方程式を与える作
用積分は物理的に同等である。今は扱い易さからこの SC を採用する。SC に対応す
る”Lagrangian”は
√
dxµ dxµ
(111)
LC = mc
dτ dτ
である。(97)式に倣って座標 xµ に共役な運動量を求めると、
pµ =
∂LC
∂
( dxµ ) = m
dτ
dxµ
= muµ .
dτ
(112)
xµ は反変ベクトル、それに共役な運動量 pµ = gµν pν は共変ベクトルとなる。pµ に
対応する反変ベクトル pµ はエネルギー・運動量ベクトル(60)に他ならない。LC は
dxµ /dτ だけを含み、粒子の座標 xµ を含んでいないので、運動方程式(98)は
dpµ
=0
dτ
(113)
となる。59 これは自由粒子に対するエネルギー・運動量保存則である。xµ を粒子系の
重心座標と考えれば pµ は系の全エネルギー・運動量であり、孤立系のエネルギー・運
動量保存則が得られる。
粒子に力が働く場合、運動方程式は(113)式の代わりに
dpµ
= Gµ
dτ
(114)
という形になるであろう。これは左辺も右辺も Lorentz 変換に対して同じ変換性(こ
の場合 Lorentz ベクトル)を持っており、慣性系を変えても全く同じ形で成立するこ
とが一目瞭然である。このような形式を共変形式であると言う。さて、dτ = dt/γ と
いう関係に気を付ければ上式の空間成分は
γ
dp
=G
dt
と書ける。Newton 力学における力 F は、(102)式にあるように dp/dt に等しい。
従って共変形式の”力”の空間成分は、G = γF とあらわすことができる。時間成分
G0 は p0 = E/c の時間変化に対応するが、E の変化は粒子の運動エネルギーの変化
であり、それは 4.4 節でやったように力学的仕事による変化として dE = F · dx で与
えられたことを思い出そう。これを使えば G0 = γdE/(cdt) = γF · β を得る。この
ようにして、(114)式に出てきた共変形式の”力”は
(
µ
G
=
γF · β
γF
)
(115)
と書けることが分かった。
Newton 力学の場合には、ポテンシャルの入った Lagrangian(100)を考えること
によって(102)式のような力が出て来た。いまの場合、(111)式に何を加えたら上
58 変分原理を「最小作用の原理」と呼ぶことがあるが、その場合は運動方程式を満たす軌道が
作用積分の最小を与えるように符号を決めなければならない。ここでは作用が極値をとることを
要求するだけで最小か最大かを問題にしないので、符号の問題は無い。
59 計量テンソル g
µν が定数(これは特殊相対論の特徴である)なので、反変ベクトルが満た
す微分方程式は、そのまま共変ベクトルに対して成立する。
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の Gµ が出てくるであろうか?次にその様子を見てみよう。(111)式の LC に何か60
を加えたものを同じ名前で LC と呼ぶ。Euler-Lagrange 方程式は
d
dτ
(
∂LC
∂uµ
)
=
∂LC
∂xµ
(116)
で与えられる。これの右辺が Gµ である:
Gµ =
∂LC
∂xµ
(117)
Gµ が一定であれば、この結果を与える LC は簡単に作ることが出来る。すなわち、
LC = mc
√
uµ uµ + Gµ xµ
(118)
これが一定の”力”が働く場合の”Lagrangian”である。しかし、Gµ が一定であること
と、対応する F が一定であることとは違うということに気をつけねばならない。実
際、一定の F が働けば粒子の速度は時々刻々変化してゆき、(115)式から Gµ の成
分は変化するであろう。
60 それはもちろん
Lorentz 不変でなければならない。
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